第8話 奴隷
窓の外で小鳥の鳴く声が聞こえている。カーテン越しに明るい光が差し込んでくる。
朝だ。そんなのは、誰だって分かるだろうな。
昨日は寝られなかった。優さんと麗さんのことが頭に浮かぶのもあるし、あの盗賊のことが浮かぶのもある。急に怖くなって、どうしていいのか分からなくなった。
ちょっといろいろなことが集中しすぎたんじゃないかなって思う。
頭が痛い。そりゃあ、昨日、あれだけ血を流したんだ。怪我は治せても、失血死寸前の私をどうにかする魔法なんてあるはずもない。逆に、どうして生きてるのか不思議な位だ。
たしか、大人だと二リットルの血を失うと死ぬそうだけど、それってどれくらいだろう。とにかく、運が良かったのかもしれないな。動脈だと危険だとも聞いたし。
「朱璃、入っていいかしら?」
「あ、雅さん。どうぞ」
私はベッドに入ったままだったけれど、残念ながら起きられそうにはないのでそのままにしておく。
「大丈夫、かしら?」
「う、うーん・・・。ちょっと・・・」
「頭痛? 吐き気は? 起きられそう?」
一気に言われて困ってしまった。どうするべきか。
<仕方ないね。少し力を分けてあげるよ。世界を救う前に死なれたら困るのでね>
あれ、随分すっきりした。このペンダント、いや、魔王のおかげだろう。じゃあ、昨日も助けてくれたのかな。
「大丈夫です。すぐ行きますので、下で待っていてください」
「そう。なら良かった。じゃ、待ってるわ」
「元気そうでよかった。これからは、もう絶対一人にしないほうがいいよね?」
「そうだろうな。ただ、絶対に一緒に居られるわけじゃないだろう?」
優さんと潤さんが話している。確かに、もう、一人は怖くて嫌だ。
「奴隷でも、見に行く?」
琳ちゃんが呟くと、全員の視線が集まった。
ぴたりと動きを止めて、焦ったように笑った。「なんか変なこと言った?」
「いや、奴隷、ですか。それはいいかもしれません」
「そうだよね・・・。朱璃ちゃんは勇者さんなんだもんね。死んじゃ困るよね」
「今日、見に行ってみる?」
え・・・? そうなるの?
「いらっしゃいませ、お客様。おや、なかなか珍しい方でいらっしゃいますね」
背が高くて、細い。真っ黒のマントとスーツを着ていて、シルクハットをかぶっている。いや、想像通りというか・・・。あ、ちょっと吸血鬼っぽいと言えば伝わるかな?
「戦闘能力高めの子っているかしら?」
「あなたがたの方がよっぽど強いでしょう。まあ、一応、予算を」
「いくらでもいいわ。獣人でなくても全く構わない」
あわわわわ・・・。雅さん、今なんと・・・。いくらでもって・・・。
引っ込んでいった奴隷商人はやたらすぐに戻ってきた。
「このあたりがおすすめでしょうか?」
五人の男女が入ってきた。みんな奴隷なんだよね・・・。
ん? 戦闘能力高めって言ったのに、ずいぶん小さい子ばっかりだ。
一人目。十歳くらい? 青い顔で俯いてぎゅっとスカートの裾を握って震えている。あまりに汚いワンピースの為、余計奴隷っぽく見える。
種族は・・・。犬だろうか? 少し低めのところに垂れ耳がついている。
二人目。年は一人目と同じくらいに見える。狼のようだ。毛色は茶色。私のことを睨んでいるように見える。なんだか、ちょっと仲良くなるのに時間がかかりそうな感じだ。綺麗な茶色の長い髪が特徴的。
三人目。もうちょっと大きそうか。私と同じくらい? 猫の獣耳だ。真っ黒のショートカット。でも、この子にこのワンピースはダメだと思う。体型がいいんだけど・・・。
ま、まあ、そんなことはどうでもいいや。
四人目。唯一の男の子だ。多分虎。しましまのしっぽが生えているから。うーん、やっぱりちっちゃい。何度も逃げ出そうとするのを捉えられている。もう泣きそうだけど、いいのかな。
五人目は・・・。エルフ・・・?
「ええ、彼女はエルフです。お値段少々高めですが、滅多に入らないものでして」
綺麗な白髪。みんなより、多分もうちょっと小さい。尖った耳が可愛らしい。下を向いていて、顔までは見えない。
「彼女は、親に売られたそうですね。理由まではわかりかねますが」
「み、雅さん、あの・・・」
「この子がいいの?」
なんとなく、私と仲良くなれる気がした。雰囲気だ。分からないけど。もしかしたら、単に親に捨てられた子を助けたかったのかも。自分でもよく分からない。
私が近づくと、そっと顔を上げてくれた。目は綺麗な青目だった。超がつくほどの美少女・・・。ちょっと怯えてるのが残念だけど。それどころか、ちょっと睨んでるようだし。
「あの、私に、何を、しようと・・・」
「あ、えとっ、あ・・・!」
雅さんは金貨を大量に机に並べていた。私は慌ててそちらに行く。
「それっ・・・!」
「気にしないの。ドラゴンで稼いだ分だから。ね?」
うっ・・・、それは、そうだけど・・・。
「名前は・・・?」
「ひっ、シルシィ、です」
あ・・・。そうか、エルフの言葉は日本語じゃないのか。の割には話せるんだな・・・。
「私、お母さんに、教わり、ました。高く、なるから・・・」
あ・・・。そういうことね・・・。酷いな、それ。
って、こんな子連れてたら目立つんじゃ・・・。まあいいか。
そんな事をしている間に、雅さんは手続きを終えていた。
「じゃあ、優、麗、この子を家に連れて帰って」
「わかりました」
「朱璃、この子の服とか、見に行こうね」
洋服屋のものは、可愛いものばかりだった。まあ、地球と大して変わらない。
真っ白な髪と青い眼に合うように、薄い水色のワンピースを買った。白いフリルが沢山ついている。
「うん、いいわね。部屋は余りがあるし。それに、ね? ・・・これも、あの子の救出になるの。よろしくね」
「はい! わかってます。あんな小さい子が、売られるなんて・・・」
許せないけど、こうやって役に立つ人もいるわけだし、ああ!
「とりあえず、これ着てね」
「わかり、ました、・・・、マスター」
ちょっと片言だけど、会話はできる。アクセントとかおかしいところあるけど。まあ、外国人の女の子だし。大体、私に英語喋らせようとしたらこうなるんだろう。マスターはどうかと思うけど。
ただ、それよりもまだ距離があることのほうが問題だろう。
「マスター、よろしく、です」
「あ、うん。よろしくね、シルシィちゃん」
優さんがお風呂に入れてくれたのか、ちょこっと髪からシャンプーの香りがする。
シルシィちゃんは今見ればメイド服っぽい、さっき買ったワンピースを珍しそうに眺めている。
「これ、貰って、いい、ですか?」
「うん。って、え・・・? なんで?」
「私は、マスターの、奴隷、だから」
いやいや、そりゃないだろ。奴隷って、そこまで主人に従わないといけないの?
でも、これは、誰かが教えたってことだよね? 教えたのは、誰なんだろう。お母さんでも、奴隷商人でも、どっちにしろぶっ飛ばしてやりたくなるけど。
「マスターの、名前、何、ですか?」
「朱璃、だよ。言いづらいかな?」
シルシィちゃんはしばらく考えていたけれど、大丈夫だと返事をした。それから、視線を落して、誰にと言うわけでなく呟く。
「私、あそこ、嫌い、です。みんな、おかしく、なっていくから」
「あぁ・・・。そうだろうね」
おかしくもなるだろうなぁ、どんな人に使われるかもわからなくて。
「シルシィちゃん、こんにちは。私はみんなのお母さんの恵だよ」
「アヤ、さん、マスターの、お母さん、ですか?」
シルシィちゃんは不思議そうに私と恵さんを見比べていた。似ているところは見つからなかったよう。
私たちは『養子』について教えてあげると、余計に分からなくなったみたいだ。
「奴隷、とは、違う、ですか?」
「うーん、そうだなぁ・・・。奴隷のことをみんなどう思ってるかによる、かな」
「でも、シルシィちゃんは家族でいいと思うわよ。ね? みんな?」
え? と顔を上げると、みんなががこっちを見ていた。今初めて気が付いた。
「いいんじゃないの? 朱璃ちゃん次第。私、優だよ」
「さっき、お風呂、入れてくれた、お姉さん、ですね」
「また女の子・・・。どうしてうちは女の子ばかり増えるんでしょう? 麗です」
「ユウさん、そっくり・・・。双子、ですか?」
「そうだよ。二人は猫。私は狼なんだ。琳、だよ」
「リンさん、ですか。私、獣人、あまり、知らないです」
なんとか話にはなっているようだ。みんなもゆっくり言ってくれているし。多分、早口で喋ったら混乱するんじゃないかと私は思う。
私も大抵、英語のCDは聞き取れないしさ。
「マスター、あの、私、一人っ子、でした。こんなにお姉さんと、お兄さん、いる、ですか?」
「シルシィちゃんみたいな、親のいない子達をね、恵さ・・・、お母さんと、お父さんが、引き取ったんだよ」
「じゃあ、マスターも、ですか?」
あ・・・。私は例外だなぁ・・・。まあ、間違ってはいないけど・・・。
「ちょっと、違うかな」
シルシィちゃんは首をかしげて何か考えているようだった。
「それより、もうご飯にするから、ダイニングに移動して」
「はーい。今日なんだろー?」
琳ちゃんが楽しそうに恵さんについていった。
「あの、マスター? 私、は?」
「へ? 一緒に行こう?」
「いい、ですか?」
これだから奴隷は・・・。なぜそうなる。普通に考えて、私は奴隷じゃなくて孤児院を見に行くべきだったんじゃないの?
あ、でも、戦いをさせるなら、奴隷か。うーん・・・。
今日は珍しくすべての料理が大皿だった。まあ、何が食べられるのかわからないし。
「さ、いっぱい食べてねー」
雅さんが言うから、雅さんが作ったのだろうか。暇だと料理を作るんだ、雅さん。恵さんとどっちが上手か・・・、微妙なところだ。
「え・・・? すごい・・・」
シルシィちゃんが驚いて料理を眺めていた。もう慣れてしまった私の感想としては『今日は珍しくうさぎが少ないな』くらいだけど、多分この子にとっては凄い事なのだろう。
「どれか食べられないのはある?」
「いえ、大丈夫です。あの、マスター、どれでも、いいんですか?」
「うん、取ってあげようか?」
「大丈夫です」
なんだかだいぶ馴染んだようだ。さっきよりも表情が柔らかい。あと、どこまでも私にくっついてくる。なんでだろうな・・・。
今は私の部屋にいる。けど、今とかじゃなくて、今日はこのままかもしれない。
「マスター、私の仕事は、何、ですか?」
「あっ、そうだ。私、兎でしょ? 一人だと、ちょっと色々危ないの」
「一緒に、戦えばいい、ですか?」
物分りがよくて助かる。っていうか、この子は戦えるんだろうか?
戦える子、と言って出してきたんだから、大丈夫なんだろうけど、小さすぎる。
「じゃあ、ギルド、行く、ですか?」
「そうだね。ちょっとしたら、みんなで行こうか」
「分かりました。その前に、聞きたい、ことが、あるん、ですけれど・・・」
シルシィちゃんが急に俯いて言った。目を細めて、手はスカートの裾が握り締められている。
全然、何を聞きたいのかわからない。心当たりがない。
「マスターは、何か、ここの人間じゃ、ない気が、します。本当の事、教えて、欲しい、です」
「え・・・・・・」
「マスターの、雰囲気、何か、違う。もっと、言えば、獣人じゃ、ないとも、思う」
私は絶句した。この短い時間で、そこまで当てるこの子は何者なんだろう。
エルフは魔法が得意だと聞く。もしかして、何か、魔力の違いで分かるんだろうか?
「う、うん、そうだね、そうだよ。魔王に、召喚されたらしい。私、世界を救うっていう、役目があるらしいの。失敗したら、多分・・・、殺される」
「えっ?! マスター、殺されちゃう、ですか? 私が、頑張れば、殺されない、ですか?」
「分からないけど。そういう問題じゃなくて、シルシィちゃんがいないとね、その前に死んじゃうと思うの。手伝ってくれる?」
「マスター、悪い人じゃない。それは、分かり、ます。私、マスターのため、頑張り、ます」
なんか、さっき会ったばかりなのに、随分信用されてるな・・・。何かしたっけ?
それにしても、シルシィちゃんの観察力には驚いた。これ、雅さん・・・。大丈夫なんだろうか?
立華 朱璃 13歳 ランクF パーティ『立華』 パーティランクD
レベル30 ダメージ700 マジックパワー550 スタミナ550 力450 魔法750 守備350 速さ800
タロットカード入手可能 召喚成功率小UP 短剣レベル1 ドロップ率UP 魔物使いレベル1
鞭レベル1
奴隷1 シルシィ
スキルポイント90 振り分ける
「あぁ・・・。スキル振り分けなきゃなぁ」
シルシィちゃんの登録を待っている間、私はスキル振り分けを始めた。
まずはタロットレベルを上げよう。3にする。必要なスキルポイントは20だ。
魔物使いはまだあまり役に立ってないし、後回し。短剣レベルを上げるか。よくドロップするし。
あとは、周りを探知する類のものもいいかもしれない。魔力で行うもの、視覚で行うもの、いろいろあるなぁ・・・。そしたら、昨日みたいなことにはならないか? 20ポイントで魔力レーダーを取る。
これで50ポイント消費、残り40か。パラメータ強化でもつけておこうか。
魔法UPを二段階、守備を一段階上げる。20ポイント消費。あとはとっておこうか。
「マスター、終わりましたー!」
見て、というようにカードを私に向けている。どんな感じだろう・・・。
シルシィ 9歳 ランクF パーティ『立華』 パーティランクD
レベル35 ダメージ1000 マジックパワー1200 スタミナ1000 力600
魔法1200 守備600 速さ750
エルフ魔法レベル5
スキルポイント20 振り分ける
えぇ・・・?! ちょっと待って、これって・・・。
「あの、雅さん、兎って、素早さのみが高いだけじゃなくて・・・」
ああ! 目を逸らした! ちょっと、おかしいでしょ?
「パラメータ、低いんですか?」
目を合わせてくれない。けど、こくりと頷いた。
うっ・・・・。やっぱりかぁ・・・。これでどうしろって言うんだよ・・・。
「どうしたの、ですか? マスター?」
「いや、ごめん、これ、返すね・・・」
「え、ええ? な、なんですか?!」
できれば知りたくなかったなぁ・・・。もう、これで勇者とか無理でしょ?!




