第7話 盗賊と2人の猫
次の日。ああ、ちょっと体調が良くなさそだ。そりゃそうか・・・。
まあ、いろいろあったけど、何となくこの世界のことも分かってきた。
この世界、地球にそっくりだから、地球育ちの私たちが選ばれたんじゃないかな。
違うのは、魔法が存在すること、魔物がいること、機械がほとんどなく、娯楽の類がまるでない事位か。結構違うって? そうでもないと思うけどなぁ・・・。
「朱璃ー、起きてるー?」
「あ、はい。今行きます」
昨日、恵さんは帰ってきた。当然のように潤さんは怒られてた。仕方ないよね。
私はある程度の準備をして下に降りる。
「おはよ。ねえ、これ見てよ」
慌てた様子の琳ちゃんが持っていたのは、羊皮紙・・・?
内容は、そこの家に女勇者がいるみたいだから、援助をさせてくれ、というものだ。
ふうん、女勇者・・・。あ、私?
「何か心当たりは? 私たち、分かんないんだけど・・・。優姉ちゃんはまだ起きてないけどね」
「え?! えっと・・・」
ないはずない。大アリだ。でも・・・。
「朱璃、ちょっとこっちに来い」
潤さんに呼ばれ、そちらに行くと、琳ちゃんに聞こえないように言う。
「どうする? 隠したほうがいいか?」
「え? うーん・・・」
でも、どういうこと? だって、勇者って、誰にも言ってないはず・・・。
違う、召喚した人は知っているはずだ。
「とにかく、このままだと女神と変わらないくらいの扱い受けることになるぞ」
「え! そ、それは困る!」
そんなことされても、私、何もできないもん!
「ったく、あの馬鹿はどうしてこうなんだ」
「・・・。何か、知ってるんですか?」
潤さんの顔が曇った。しまった、という感じで、声のトーンを落として告げる。
「朱璃を召喚したのは魔王。あいつは、なんだかんだで、この星を気に入っている。滅亡させたくないんだろ。ただし、人のことをものと同じだと思っている」
え、ええ?! なんか、言い方がライバルとかっぽいんですけれど?
「ずっと、世界の一位二位を争ってきた仲だからな・・・。やな奴なのはよく知ってるさ」
「ええええ?! ちょ、そんな!」
潤さん、世界のトップクラスだったんですかぁ?!
「本当に、悪かったな。あいつのせいで巻き込まれたとなると、俺がなんとかしないとか・・・」
「でも、ちょっと楽しい。こっちに来て、良かったと思うんです」
「そ、そうか。じゃあ、許してくれるのか」
潤さんは小さく微笑んで、良かった、と呟いた。
そんな感じで、援助は断り、今日も狩りだ。恵さんも含めて、七人で。
みんな散り散りになって狩り。ちなみに、恵さんは草原でブルーシートを敷いて待っていてくれているよ。
私は、今日、初めて森に入った。雅さんと一緒に、だけど。
森に入ると、魔物の強さは少し変わる。それに、魔物が違うから、倒し方も教わらないといけないし。
だから、二人。でも、一人じゃ危ないもん、こっちの方がいい。
少しすると、優さんからの連絡が入った。
「お、お姉ちゃん! 雅お姉ちゃん! お父さん! 琳ちゃん! お願い、すぐ来て!」
「はぁ?! 何があったの?」
「ドラゴンだよ! 私と麗くんだけじゃ・・・。あ! 麗くん! いいから、早く!」
雅さんは嫌そうな顔をして私に言った。
「そういうことよ。でも、朱璃はまだ危ないと思うの。どうする?」
どうする・・・。ここに残るか、一緒に行くか、恵さんのところに戻るか、だね。
ちょっと考えたけど、まだドラゴンとなんて会いたくない。でも、もうちょっとレベル上げたいかな・・・。この辺りの敵はもう慣れたし。
「ここにいます」
「そう。絶対に奥まで行っちゃダメよ。この辺で。危ないと思ったら、お母さんのところに戻りなさい」
「分かりました」
雅さんはいつものように私に言ったけど、大慌てで飛び出していった。
私はちょっと心配だったけど、潤さんもいるし、大丈夫だろうと思って辺りの散策を始めた。
「あ、あれ・・・」
戦いまくって、ちょっと疲れた頃だ。木になっているオレンジ色の木の実に目が止まった。
大きさや色は、蜜柑のようだ。休憩がてら、食べてみようか・・・?
そう思って辺りを見回すと、綺麗に温かい日が当たる小さな広場みたいなところがあって、真ん中に切り株がある。
なんの映画のシーンだ! と言いたいところだけど、まあ、ちょうどいいのは確かなのだ。
座ってから、皮を剥いてみる。中は柑橘類のような、房になっている。
毒は・・・。ないよね? っていうか、もう仕方ないんだけど。食べちゃったわけで。
「甘・・・酸っぱ!」
レモンと蜜柑の中間・・・いや、グレープフルーツみたいな味だ。ちょっとそのまま食べるのどうかと思う。
なんだかんだ思いつつも食べ慣れない味の木の実を食べ終えると、タロットカードの整理を始めた。
さっき手に入れたドロップ品。名前は『重い剣』。
・・・ちょっと、ここで召喚したら邪魔だろう。その他のドロップ品も含めて。家でやろう。
タロットカードは、雅さんにケースを作ってもらった。なんというか、四角くて小さなポーチみたいだ。
ごそっと入れてるから、探すの大変だけど、まあ、気にならない。
あとでもうちょっと綺麗に入れようかな、なんて思いつつ、恵さんのいるところへ向かい始めた。
のだけど・・・。まずい。これはまずい。どうして、こういう時に限って一人なんだろう。
私はそっと足を速めた。まだ、恵さんのところまでは、まだだいぶ距離があるんだ。早く帰らないと・・・。
ダン!
左の肘に激痛と大きな衝撃が走り、私はそのまま吹き飛ばされるように地面に転がった。
慌てて振り返ると、まあ、割と予想通りだった。
多分、犬か狼だろう。だいぶ大きい。彼らの手には、片方は煙の上がっている拳銃が、片方は剣が収まっている。
大きな男の『獣人』二人組が立っていたのだ。
気がついていた。
魔物独特の殺意とは違う、何か別の感情の目が見ている気がしていたから。この前の蜥蜴さんの事もあるし、盗賊だろうって、すぐに思った。
私の右手は小さく震えていた。顔は青いことだろう。体中を恐怖が支配していく。
ただ、それがこの不気味な笑みを浮かべた男の人を見たからか、左肘から真っ赤な血が溢れているからか、単に武器が怖いからか、あるいは全部か。心当たりが多すぎてわからない。
「おいおい、随分可愛いじゃないか、なぁ?」
「ええ。性奴隷にしたら、高く売れそうですね、ボス」
拳銃を持った奴が愉快そうに言うと、剣を持った奴もそれに続いた。性奴隷・・・。
って、売られるってことだよね?!
私が逃げようと立ち上がると、拳銃を持った方が私の右手をぐいっと掴んだ。
こうなってしまっては、か弱い兎にはどうすることもできない・・・。
というのが一般常識らしい。
私は痛む左手をなんとかポケットに手を入れる。雅さんに、よく使うカードはポケットに入れておけって言われていたんだ。左手を出して、そっと呟く。
「『弱火』」
「うおっ?!」
急に火が出たことに驚いたか、握っていた手が緩んだ。
私は手を振りほどいて走り出したが、もう一人、剣を持った奴に地面に転がされて、上から押さえつけられる。
あっ、なんて力・・・。息が上手く出来ない。
「おい、お前、逃がすな! そいつは新しい潤の娘だ!」
「へい! 任せてくだせえ!」
「いくら身代金が取れるかぁ? 人質にすりゃ、どうなるだろうなぁ?」
やだ、みんなに迷惑かけたくない! せっかく、少しずつ戦えるようになってきたのに。
でも、逃がしてくれそうにないや。まだなんとか話しつつ、私のことを押さえつける力は一切緩まない。
もう、いっそのことこのまま死んじゃえばいいんじゃない? さっきからまともに息が吸えないんだよ。
ある程度話し終わった頃だろうか。銃を持った奴が合図すると、剣を持った奴がなんの躊躇もなく私の右肩を刺した。あまりの痛みに涙が出てくる。
こんな、力の強い男の獣人二人に、弱い兎の女の子一人が勝てるわけない。
でも・・・。イチかバチか。
私は、二人が話している間、逃げようと暴れているように見せかけつつ、こっそりさっきのドロップカードを取り出していた。
もし、上手くいけば、逃げ出せる。でも、失敗したら・・・。敵に、武器を与えたことになってしまう。あれが使える代物なのか知らないけど。
とにかく、もう、これしかない! お願い、手伝って!
「うわあああ?!」
大きな剣が出現し、剣を持っていた奴に横からぶつかった。そのまま吹き飛んで上に剣が乗った形で動けなくなったよう。私は立ち上がって走り出す。酷い目眩がするが、そんな場合じゃない!
後ろから容赦ない銃声が聞こえる。左肩から赤い液が吹き出したのが目に映っている。よろけたが、今度は転びはしなかった。
全速力で走れば、兎は相当早い。それは、分かってるけど・・・。
レベルが低い私は、速く走れても、スタミナが足りない! どうしよう、追いつかれちゃう。
と、少し遠くに、雅さんが見えた。もうドラゴンは倒し終わったのかな。呼びたいけど、そんな余裕はない。
まだまだ後ろから銃声は聞こえて、幾つか当たって血が吹き出る。
ああ、これ、失血死するんじゃないの? もう涙で、ほとんど前が見えない。
体は血だらけで、顔は涙でぐしゃぐしゃだ。もう、何がなんだかわからない。どうしてこれで走れているのか不思議な位だ。
痛い、怖い。お願い、助けて、雅さん・・・、いや、お姉ちゃん!
「朱、璃・・・? 朱璃! あなた・・・何をしているの?!」
気がついた! 雅さんが鬼のような顔で銃を持った奴を睨みつける。
何が起こったかわからないうちに、もう銃を持った奴は倒れていた。本当に、一瞬だった。
離れていたはずの雅さんが何をしたのか、よく分からなかった。とにかく、雅さんは適当に盗賊を縛り上げて、私を抱きしめる。
「朱璃っ、大丈夫? ごめんね、一緒にいればよかったわね」
雅さんが半泣きで言ってくる。そんなこと、言わないで欲しい。ちょっと、困ってしまう。
私を抱きかかえたまま走っていた雅さんだけど、急に何かに気がついたように連絡を始める。
「お父さん、優、麗、琳! すぐに集まりなさい! お母さん、治療の用意をしておいて!」
慌てたような声が聞こえて、通信は切れたようだ。なんか、悪いな。
森を一瞬で通り抜けて、草原を走って、ブルーシートにたどり着いた。
「まあ! 朱璃! なんてことなの!」
恵さんが娘が死んで帰ってきたかのように驚いた声を出す。
「優はまだ?!」
「ここだよ! すぐ治療するから」
魔法って便利だね。すぐに治してくれた。そう、完全に治ったんだ。でも、痛かったなぁ・・・。
「ごめん、本当に、ごめん。もう、離れないから」
雅さんが泣きながら私に謝ってくるけど、正直、どうしていいのか分からない。
「雅姉。それは朱璃姉困るって。ね?」
「あっ・・・。うん、ごめん。まさか、さっきまで元気だった子が、こんな姿になってるなんて思いもしなかったから」
そうだよね。もうちょっと強ければ・・・。って、そういえば!
「あ! もう一人! 置いてきちゃった」
『もう一人?!』
まだ重い剣の下にいた。ちょっと可哀想なことをしてしまったようです。でも、自業自得ってことで。
「にしても、よく男の獣人二人相手に生きてられたわね」
「運が良かったんです。ドロップアイテムがこれで」
「思いついたのがすごいよ。私、こんなことしないもん」
雅さんと優さんがしきりに褒めてくる。そんなことなのかな。
とにかく、今日はもう切り上げて、家に帰ることにした。もう、これ以上私が動けない。雅さんがおんぶ、で帰った位だし。
ちなみに、恵さんが私を見て倒れてしまったのはまた別の話。
「ねえ、朱璃、今、平気?」
「なんですか? 雅さん」
「ちょっと、お話したくてね」
雅さんは、私を雅さんの部屋に連れて行った。
実際、まだくらくらするし、あまり集中できないかもしれないけど、それでも、その『お話』が気になった。
「前に、優と麗の名前の由来、話したじゃん」
「ええ、聞きました」
「あれ、全部嘘なんだ」
?! ってことは、何か、別に理由があると?
でも、それって、今日のことと関係があるってことなのかな?
「あのね・・・。二人は、四年前、あ、琳の歳の時ね、ここに来たの。お母さんとお父さんを、事故で亡くしてしまったのよ」
「事故・・・・・・」
「それで、普通は、遺族が引き取るじゃない? 隣町なんだけどね、両親は、そこのアイドルみたいだった。そっくりな子供なんて、みんな引き取りたがらなかったのよ。その上、お姉ちゃん二人だけ、引き取って行った」
そんな・・・。思い出すからって? 無責任な。
しかも、二人の姉と、離れ離れにして? 酷過ぎる。おかしいでしょ。
お姉ちゃん達も、辛かっただろうし。なんて事をするんだろう。人の気持ち、考えられないんだろうか?
「そこから、だいたい、一ヶ月くらいだったのかな。私とお母さんは、孤児院を見に行くために、隣町に行っていた。丁度、そこの子が、この時間なら、海が綺麗だよって教えてくれたから、行ってみたの」
海・・・。あ、じゃあ・・・。もう、想像できるよ。
「小さな子が二人、海で溺れてる! って思って、急いで助けに行ったの。でも、溺れてるにしては、やたら大人しいな、とは思ってたんだけど。手、握っててさ」
「それって、溺れてるんじゃなくて・・・」
「うん・・・。なんだか、すごい、いろいろされてたみたいでさ。結局、二人きりで家に住んでたんだって」
「え?! 十歳の子供二人っきりで?!」
「街の人はみんなあの人の幽霊が来たみたいで嫌だ、って。名前も似てたらしくて、呼びたくないって。幽霊姉弟、ってさ」
「起きて、一番最初に『なんで助けたの?』って。名前聞いても、幽霊だ、なんて言うし、本当に困ったわ」
「あぁ・・・。十歳か・・・。」
その年だと仕方ないか。にしても、可哀想だな。なんで、そんなことになっちゃったんだろ。
「私、どうしても、この子たちを元気にしてあげたくて。毎日スタミナギリギリまで狩りに行って、お金稼いだ」
「え・・・? どういうこと?」
「そのお金でさ、二部屋、綺麗な家具で埋め尽くしていったの。リビングとか、私の部屋みたいに。私、それが一番だと、思いこんでた」
あぁ、元々雅さんの部屋とリビングとかはこのままだったのか・・・。って、そうじゃなくて。
「ただね、私も、盗賊に襲われたのよ。門番の人が助けてくれたけど。それで、家に運び込まれた。お母さんは悲鳴を上げて倒れちゃうし、お父さんは魔法使えないしね・・・。
その上、偶々部屋から出てた二人に、見られちゃったわ。そのあと、どうしてそんなことになったのか聞かれて、困ったわね・・・。でも、それくらいかしら、心開いてくれるようになったのは」
みんなワケあり、と言っていた慶さんの言葉が思い出された。そうか、優さんと麗さんは、そういう子だったんだ。名前も、そこから・・・。
なんだか、それだったら、私、恵まれてるかもなぁ。一応、養母はいたし・・・。
「だから盗賊って、苦手なのよ。思い出しちゃって。でも、今日の見て、なんとなく、言わなきゃダメかも、って思ったわ。優と麗にも許可はとった。っていうか、寧ろ話してくれって言われたんだけど」
「そう、ですか。私、そんなの、気づかなかった」
「そりゃそうよ。あの時の二人とは、比べ物にならないくらい。なんだか、朱璃が来て、もっと元気になったようにも思うわ」
雅さんはふう、と息を吐いて私を見て笑った。なんだか、さっき、追いかけられてた時に雅さんを見た、あの時から、雅さんを『お姉さん』としてみるようになった気がする。
なんとなく、違和感がなくなったような、そんな感じだ。
「優、私が最初見た時、麗しか信用してなかったみたいだったし、麗も、優を守ろうと必死だったし。今は、あまりそんな感じしないでしょ? 朱璃も、信用してくれたらいいんだけれど。裏切るなんて、絶対にしない」
「わかってます! 私、本当に、みなさんのこと、見てたからっ。本当の心も、わかってる」
「そう、ね。ありがとう。朱璃はいい子ね。じゃあ、そろそろ降りよう。みんなが心配するから。それと、嘘ついてごめん。なにも言わないと、それこそ駄目だろうって思っちゃって」
「気にしないでください。もう、充分ですよ」
「ありがとう。じゃあ、行きましょう?」
私は返事をして立ち上がると、雅さんのあとについて部屋を出た。




