第37話 毒の治療
「いったい何があったの?!」
「話は後、治癒師を呼んでくれ!」
「わ、分かったわ」
朱璃の様子を見るなり、花凛と咲耶はパニックに陥り、冷静な行動など出来なくなっていた。
潤が叫ぶと、割と冷静だった雅は、慌てた様子でギルドに向かって走り出す。
潤たちが島の町まで戻ると、丁度花凛たちのグループ、雅たちのグループが話しているところだった。
つまりは、全員集合しているわけだが、ゆっくりと話す時間は今はない。
もはや意識のない朱璃には、大泣きの心花が付いている。自分の仕事だったはずの、解毒が出来ない。屈辱の涙だった。
「大丈夫? ねえ、大丈夫?」と不安そうなエリーを、颯也がそっと抱き締めている。どちらかと言えば、茫然としたようなシルシィは、ティーナが頭を撫でながら声をかけている。
「つ、連れてきたけど・・・」
「解毒を頼みたい! クエレブレの毒だ」
「そ、それは・・・! 私どもでも、厳しいです・・・」
「何でも良い。とにかく、出来る限りの事をやって貰えないか?」
「潤さんの命であれば、まあなくとも、もちろんですが・・・」
治癒師は迷った。クエレブエの毒を受けて、後遺症なく助かった人が思い浮かばなかったからだ。
そして、命が助かった人も、そう多くはない。一人一人の顔を、しっかり覚えているほどに。
それに比べ、毒を受けた人は山ほどいる。それが現状だった。
「とりあえず、儀式魔法を使います。病院まで、連れてきていただけますか?」
「わかった。付いて来ても、来なくてもいいからな」
『・・・』
結局、全員が病院に向かった。怖いのはもちろんだが、それ以上に、自分の居ない所で死んでしまったら、というほうが強かった。
治癒師たちは、せっせと儀式魔法の準備をしている。魔法陣や、精霊との交渉はもちろん、集中を高めると言う事も、大切な準備に当たる。
「医紙アスクレピオスよ、我らに力を貸したまえ」
「医術の女神、エピオネよ、我らに力を貸したまえ」
呪文の詠唱が始まった。この魔法は、医神アスクレピオスと医術の女神エピオネの娘を始めとし、その娘女神パナケイア、女神ヒュギエイア、女神アイグレ、女神パナケイア、女神イアソ、女神アケソに力を貸して貰う儀式魔法。
ヒュギエイア女神は良い健康、アイグレ女神は光輝く健康、パナケイア女神はすべての治療、イアソ女神は回復と癒し、アケソ女神は治療と回復の順調な過程を司る女神で、彼女たちの力を借りれば、どんな病でも治るとされていた。
「これ、助かるかな」
「どうだろうな。もう、時間が経ち過ぎている」
潤から説明を受けた琳が、不安そうに儀式を眺めている。潤の言う通り、朱璃は時間が経ち過ぎている。助かるかどうか、分からない。
シルシィらは、自分の衣服をぎゅっと握って、助かる事を祈っている。
カッと治癒師の体が光り、そこに居たみんなが慌てて席を立った。
治癒師も驚いて目を見開く。こんなことは、今までで一度たりともなかったのだ。
「あなたたちの願い、聞き届けました。解毒を承りましょう」
もう一度強く光ると、その光は消え去った。
すると、朱璃が目を覚ました。目を擦って体を起こし、「何があったの?」と首を傾げる。
「朱璃!」
なんだか、あんまり覚えてないや。でも、助かったってことで良いのかな。
ううん、なんだか不思議な感じ。ちょっと自分の体じゃない感じ。
「良かった・・・。元気で、良かった・・・」
「なんだか、ごめんね、ありがとう」
「もうー、心配しましたよ!」
跳びついて来たみんなを何とか支えて、頭を撫でてやる。多すぎるって。
その様子を、ほっとした様子で眺めている雅さんたち。それから、兎たちも。
それで、こんな目にあったのでクエレブエについて教わる事にした。
クエレブエは、竜の中でも強い部類に入るものだ。フローラのドラゴンとは違う。
鱗は堅く、弾丸も跳ね返すとか。まあ、銃の性能と撃つ者による。この世界の銃は性能高いし、撃つ人の力を直接伝えるから。まあ、これは後で。
それから、翼竜で、飛ぶ事が出来る。吐息で毒を放ち、叫び声は遥か遠くまで響く・・・、遥か遠くってどこ?
「とにかく、クエレブエの毒は危険です。次はこのような事にならないようにして下さい」
「ああ、悪かったな・・・。まさか、あんなところにクエレブエが居るなんて・・・」
「クエレブエは地下洞窟の近くでしか現れないはずですが?」
「いや、地下洞窟には一切近づいていない。一応、ギルドで警告を出しておいた方がいいと思うぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
とりあえず、私たちは宿まで戻る事になった。
「ご、ご主人、平気?」
「あ、フロスちゃん、シルちゃん、平気だよ。ありがとう」
「で、でも・・・。まだ、休んでた方が・・・」
「え? そうかなぁ?」
フロスちゃんとシルちゃんの返事をすると、ノームちゃんも心配そうな声を出す。
けど、どこか痛いとかも全くないせいで、どう反応していいのやら。
「マスター、明日は一応、休んでいて下さい。来てもいいですが、馬車ですよ?」
「う・・・。ま、まあ、そうだね」
「ご主人、また死にかけられちゃ困る」
「ごめんねぇ・・・」
ああ、本当に情けない。もっと強ければ・・・。
そんな風に思っても、私は兎獣人で、どんなに頑張ってもみんなみたいに戦う事は出来ない。
だったらいっそのこと、怪我しないようにしてた方がいいのかな。
「ああ、なんか今日は妙に疲れた」
「ロ、ローリ・・・。ごめんね」
「ご主人のせいじゃない。あの男の人」
ま、まあ、潤さんはやり過ぎだろうね。花凛と咲耶が引く意味がよく分かる位ね。
あれ? でも、二人は潤さんの事知らないよね?
まあいいか。明日はどうしようかな。大人しく此処で寝てた方がいいかな?
「じゃあ、そろそろお風呂行きましょう。きっと心花ちゃんたちもそろそろですよ」
「あ、そうだね。ほら、ラートちゃん」
「・・・、はい」
「朱璃、耳触らせなさい!」
「い、嫌だっ! 絶対にダメ!」
「どうしてですの?! そんなにふわふわなのにっ!」
花凛じゃなくても、例えばシルシィでも耳はちょっと・・・。いや、シルシィならいいか。奴隷たち、使い魔たちなら問題ない。それでも尻尾はダメだけど。
どうやら、咲耶に断られて私の方に来たらしい。来ないでよ・・・。
「では、尻尾は?」
「し、尻尾は、そ、それこそセクハラで訴えるよ!」
「なんでですの?! そんなに嫌ですの?」
「だめだよ! もう、いい加減にしてよ・・・」
私は近くに居た咲耶に助けを求める。すると、笑って逃げていった。なんて奴・・・。
せっかくお風呂行こうって言ってたのに、嫌な気分になるじゃないか。
「まぁまぁ。早くお風呂行きましょう?」
「うん。花凛」
「えっ? あ、ま、まあ、そうですわね」
エリーに頭からお湯をかけると、キャハッと楽しげな声を上げる。うん、可愛い。
お湯につかないようにいつもはツーサイドアップで垂らしてある髪を、私は綺麗に結い上げてやる。
普段は、そんなに広くないから、あんまり一緒に入らないんだよなぁ。ちっちゃい心花とかシルシィなら一緒に入ってあげられるのかもしれないけど。
隣のシルシィらと合流して、私たちは湯船に向かう、が。
「しゅーりー」
「ひっ、花凛が来た」
「マスター。そんなに嫌ですか?」
「絶対嫌だ。は、早く行こう」
けど、それは叶わず、捕まった。
今度は見兼ねて咲耶も助けてくれた。花凛を後ろから引っ張って。強引だ。
この中にも獣人は沢山居る。隣の国だからね。来やすいのは確かだ。
その子たちが、花凛を恐れたような目で見ていた。なにせ、獣人から見たら変態だ。
「しゅ、朱璃お姉ちゃん!」
「ゆ、優ちゃん?! お姉ちゃんって・・・」
「一緒に入ろう?」
「は、はぁ・・・」
花凛の目が光った。なにせ、獣人が増えたからね。優ちゃんと雅さん、琳ちゃん、それからティーナも。
私は慌てて彼女たちと湯船に浸かる。
「フィオレ、花凛に気をつけてね」
「? ああ・・・。まあ、尻尾触りたいって言うのは、動物を愛でたいっていうのと同じかな?」
「そうかもね・・・。私たちにとっちゃいい迷惑だよ」
「お返ししてやりゃいいのにゃ。あの子にとって、嫌なのは・・・」
「ティーナ、止めようか。変態みたいに聞こえるよ」
はぁ。もうちょっと平和にならないかなぁ? どこに行っても付いてくるこの花凛と咲耶、立華家を何とかしてくれ・・・。
とりあえず壁に寄り掛かってちょっと遠い窓から外を眺めていると、ぶわっと大きな鳥が飛んで行った。私は驚いたけど、おそらく、あれがジズだろう。
なんか、今日は疲れたなぁ。もう眠いよ・・・。五時だけど。
「ご主人、平気? ちゃんと休まないと、後で大変」
「え、あ、うん。ローリは優しいね・・・。って、ローリも花凛に気をつけてね?」
「シルが餌食になるところだった。私が助けたけど」
「うぅ・・・。嫌な趣味持って・・・」
ああ、暫くは花凛から逃げなくてはいけないようだ。
「あれ、朱璃様。食べないんですか?」
「うーん・・・。今日はもういいや・・・」
「やっぱり気分悪いですか? 早く部屋で休んだ方がいいですかね?」
シルシィが私の額に手を当てる。まあ平気か、と呟いて自分の料理を早く片付ける事にしたようだ。
さっきから潤さんが申し訳なさそうにしてるから、どうしていいか分からないよ。
「もう寝て下さい? 明日は、マスターは留守番です」
「分かったよ・・・。じゃ、じゃあ、お休み」
『お休みなさい』
凄いさっきから眠くて、ボーとしてたから、何回も心配そうに声かけられちゃった。
早く寝よう。病気にでもなったら、それこそ大変だ。私はベッドに入って目を閉じる。
「やっぱり、無理してたんでしょうか?」
「分からない。けど、ご主人は、自分の感情を、全て隠し通してる」
「うーん・・・。笑ってても、内心泣いてる、ってことですか?」
「まあ、そんなもの。兎はポーカーフェイスが得意だから」
ローリの言葉に、シルシィは納得した。実際、この兎たちがあまりに無表情でで、何考えてるんだか分からない。朱璃も一緒だと考えれば、納得である。
ならば、とシルシィは考える。朱璃は、考えている事を隠してる。私たちには、一切言ってないとしたら。痛い事も、辛い事も、全部、私たちに気づかれないようにしてる? 気がつかなかった事も、あったのかもしれない。
「ああ・・・。どうして早く気がつかなかったんでしょう」
「それが得意なのが、兎。気がつかないもの」
「でも、もしかしたら、辛いのに、隠してた時もあるかも・・・」
「それは、知られたくないから。私たちが心配してたら、ご主人は、嫌がる」
ローリは分かっている。朱璃が、他の人に心配される事を嫌っている事を。だからこそ、今まで黙ってきた。けれど、それももう隠し通せなくなってきていた。
でも、出来る限り、朱璃には笑っているところを見せたい、と思っている。だけど、ローリは結局、朱璃の前で笑う事が出来ていない。
「私も、シルシィみたいになりたい」
「? どういう事ですか?」
「何でもない。けど、シルシィと居る、いや、シルシィじゃなくても、奴隷たちと居るご主人は、楽しそう」
ローリはため息をつく。シルシィは、その意味を理解できなかった。けれど、それでも良かったのかもしれない。
そんな時、そうっと部屋に心花が部屋に入ってきた。
「心花? どうした?」
「いえ、朱璃様は、もう寝てしまいましたか?」
「うん、寝ちゃったよ」
「そうですか。あ、いえ、いいんです。その方が」
心花はシルシィとローリの間に座った。向こうで話していた兎たちもそっと集まってきた。
こんなに多人数になるとは思っていなかった心花は少し驚いた。が、それでも気にせず話しだす。
「朱璃様、私たちに、何か隠していますよね?」
「まあ、おそらく。内容は、転生前の事」
「私もそう思います。エリーや颯也は気が付いていないかもしれません」
「それで、考えたのですが・・・・・・」




