第1話 転生、しちゃったの?
「今日もやっと終わった、か」
私は茜色の空にぽつんと一つだけ浮かぶ雲を眺めていた。
あぁ・・・。まるで私のようだ。
ここに来た時より、ずっと暗くなっている。そろそろ家に帰らないと心配する頃だろうか?
そう思い、私は立ち上がって歩き出す。
ここは、家のすぐそばの土手。学校の帰り道、よく寄る場所だ。
春は色とりどり花が、夏は緑が、秋は赤や黄色が綺麗で、私のお気に入りの場所だ。
今は、六月。雨が多いから毎日は来れないけれど、紫陽花が綺麗に咲いている。
それに、誰にも邪魔されず、ずっといることのできる場所だから・・・。
しばらく歩くと、小さなレンガ造りの家がある。私は鞄を探って鍵を取り出す。差し込んでから回すと、カチッと音がした。鍵をしまってから扉を開ける。
「・・・ただいま、お母さん」
「おかえりなさい、朱璃。ご飯できてるわよ」
お母さん、といっても本当のではないが、ともかく彼女はキッチンの方から私に声をかけているよう。
すぐに手を洗ってからダイニングに行くと、もう夕食の準備はすべて整っているようだった。たくさんのお皿から、白い湯気が上がっている。
「今日も学校、楽しかった?」
「・・・うん、もちろんだよ」
もう・・・。楽しいはずもないよ。親に捨てられた私は、児童養護施設を通して、養子としてここに引き取られてきた。
おそらくは、そのせい。学校に友人などいないし、まあ、いじめられているといってもいいだろう。
ただ、養母に迷惑をかけたくはなかった。それだけだった。
これといって、他の人と変わったところもないこの顔。
黒い髪は胸くらいまで。少し焼けた肌の色。ほら、何か特徴があるわけでもないでしょ。
――なのに、どうして?
どうせ明日、学校に行ったところで、上履きがなくなっているくらいしか変わりはない、いや、それだっていつも通りだ。やっぱり、何も変わらないだろう。
「なんか、変わったことはないのかな」
やや暗い自分の部屋、ここと土手だけが私の安心できる場所だ。
また朝だ。私が何を考えていようと、朝は誰にでも平等にやってくるのだから。それは、誰がどうしようと変わりない。
校門をくぐると、たくさんの生徒で溢れている。女子も、男子も、みんな楽しそうに友達と話なんかをしている。
校舎に入り、靴を脱いで下駄箱を開ける。
・・・珍しく、上履きはそこにあった。
階段を上っていく。私は中2、14歳、あ、いや、まだ13歳だ。セーラー服っぽいようなブレザーを着ている。それは他の生徒となんら変わりないはずだ。真っ白のジャケットに、真っ赤なスカートとリボン。追い越していく彼女だって、同じ服を着ている。では、どうして浮くのだろうね?
教室に入ったところで、特にやる事があるわけでもない。鞄の中身を机に入れる。これで朝の準備など終わってしまうのだから。話をしながら、のんびり準備をしているその辺の女子とは違う。
本でも読もうか? もう、何回も読み返しているけれど。内容だって、覚えきってしまったよ。
・・・どうせ、今日だっていつもと同じ一日が続くのだろう?
なんて思いつつ、先生を待つ。周りの生徒はなにか楽しそうに話しているが、何かはわからない。分かったところで、だからなんだと言うわけでもないんだけれどね?
ふわっと一瞬、何かが光ったような気がした。いや、何かというか、黒板が。
次に光った時、光はもっと強くなっていた。流石に周りの生徒も何人かは気がついたようだ。
また光った時・・・。あまりに強い光で、私は目を瞑った。
「って、え?」
周りの景色がおかしい。目を開けた私は、咄嗟にそれだけを思った。だって、草原なんだもの。教室に居たんじゃなかったか? っていうか、教室に居たんだ。紛れもない事実。
「え、嘘、どこ、ここ?」
「な、なんだよ、これ」
何故か、私のクラスの人だけが此処に居るようだ。さっきの光と関係あるのだろうか・・・。
漫画やライトノベルに特別興味があるわけでも、よく知っているわけでもないが、これは、アレなんではないか?
異世界転生・・・。
いや、私は馬鹿か? そんなわけ、ない、よ、ね・・・?
と、後ろから何やらものすごい音がする。振り向くか? そんな勇気があるわけないではないか。あいにく、そんなものは持ち合わせていないので。
「お、おい! アレなんだ?!」
さすがに、振り向く気になった。 危ないのだったら、逃げなくてはいけないし・・・。
って、はぁ?!
大きさは・・・、車くらい? 大きな猪のようなものが突っ込んでくる。
「ひっ、きゃあああ!!」
誰かの悲鳴が響き、みんなが一目散に駆け出す。そんな、じゃ、ここは、もう、地球じゃないって事? 少なくとも、あのような生物が日本に住んでいるというのは聞いた事が無い。
そんなことを考えていると、誰かに突き飛ばされた。ちょっぴり濡れた草の上に倒される。
女子の中のリーダー的な、花凛。彼女が私を見て笑っている。あいつか。
・・・、彼女だけではないようだ。私を犠牲にして、みんなは逃げようってことかな。
もう目の前には猪がいる。これは、助からないだろうな。
運がなかったと思うしかない。もう、悪すぎてどこのことを言っているのかもはやわからないなぁ。
「っと、大丈夫?」
目の前が真っ赤に染まる。大量の血だと気が付くのに、時間がかかった。
トスンと軽く着地した女性の手には、赤く染まった長い剣が握られていた。って事は、私を、助けてくれたんだ。
「さ、逃げましょう? まだたくさん来るみたいだから」
綺麗な金髪、切れ長の目、それから・・・。尖った耳とふさふさの尻尾。どういうこと・・・?
彼女は、どこからどう見ても、人間じゃない。ぴったりの言葉は・・・なんて言ったかな?
「でも、たくさん来るってあの人たち・・・」
「なにいってるの? あの人たち、あなたを殺そうとしてたのよ? わかってる?」
あ・・・。それは、そうだ。それでも助けたいと思うほどお人好しではない。
「それは・・・。そうですね。やっぱり、嫌、です」
「そうね、じゃあ、とにかく私の家においで」
彼女は私を引いてどんどん走っていく。でも、なんて速い・・・。それほど運動神経のいい方でもない私は、それについていけるはずもない。
彼女はそれを見ると、私を抱いて走り出す。こっちのほうが早いのだろう。
「ふふ、また増えそうね」
何か言ったようだが、風の音にかき消されてしまった。




