第11話 勇者の約束
「恵さん、今まで、ありがとうございました」
「は・・・?! なっ・・・!」
私が渡した金貨の入った袋を、恵さんは落としてしまった。大きな音がして金貨が散らばる。
ちょっと悲しそうな顔をしたシルシィがそれを拾い集める。
「もう、ここに居ることはできないんです」
「な、なんで・・・?!」
この世界に来てちょうど一年。暖かい春の日が心地いい季節だ。
時間は六時頃か? もうすぐ――それこそ、本当に数時間後、一年ぴったりか。
「それに、これ・・・。どういうこと?!」
「どういうこともなにも、私たちを一年、泊めてくださったのですから」
渡した袋には、金貨五千枚が入っている。これも、意味はあるのだけれど・・・。
恵さんたちには、言っちゃいけないんだっけ・・・。
「どうして、行ってしまうの?」
「それは・・・、ぐっ・・・」
激しい痛みで、私は思わず胸に手を当ててしゃがみこんだ。
恵さんは慌てた様子だ。対照的に、シルシィはちょっと呆れたような顔をしている。
<おいおい、言っちゃダメだろ? もう忘れたのか?>
(わ、わかってるよ。もう言う気はないよ)
すっと痛みが引いた。私はもう一度しっかりと恵さんを見つめ直す。
雅さんたちも何事かと集まってきた。場所はリビングだ。
「最近、というか、去年の夏から、私たち、何をしていたのか、知っていましたか?」
「いいえ・・・。すぐに行ってしまったから、わからないわ」
「二週間に一度ほどは、ドラゴンたちと戯れてました」
そう、毎日毎日、狩りをして、図書館で法律などを学んで、準備は整っている。
といっても、法律なんて、あってないようなもの。人殺しについても、奴隷についても、何も書かれていなかった。処罰も、なさそうだ。
「じゃあ、せめて、朝ごはん、食べていかない?」
「え・・・」
また痛みが走る。呆れたような声も一緒だ。
<お前さ、わかってるよな? もうあと一時間もない。早く切り上げろ>
「わかってる、よ。もう、いくから。緩めてよ」
<はいはい。ちゃんと聞いてるんだからな。考えてる事もお見通しだぜ>
「あいにく、時間がないもので。シルシィ、頼んだよ」
「分かりました。すぐに追いかけます」
「ちょっと!」
私はタロットカードを一枚取り出した。
「なっ?! それは・・・」
「それでは、みなさん、さようなら。開門!」
<おい、おい、おまえ。わざと痕跡残したな?>
「え? バレてた?」
さっき使ったのは、移動魔法のタロット。この為だけに買った。シルシィも持ってる。
私はわざと、完全に消す事も出来る痕跡を残してきた。あまりにも、酷いと思って。
でも、痛みはない。おかしいな・・・。
<俺だってそんな非道じゃないぜ? ちょっとくらい許してやるさ>
コイツは、魔王の使い魔で、私の心臓に寄生している・・・。ちょっと違うか?
とにかく、私が罰則を犯しそうになると、心臓を締め付けるのだ。勇者候補には、みんな付いているらしい。
<おい、そんなに落ち込むな。一年経ったら、勇者候補は自立する。決まりだろ?>
「わかってるけど、でも、お別れ、ちゃんと、できなかった」
<そりゃ、お前が悪い。ま、あと八年経って、それでもあいつらがお前と居たいなら、それは許すって決まりだろ?>
そう。勇者は、自分の力でこの世界を守らなくてはいけない。
雅さんたちは、私のものではない。だから、一緒にいられるのは、一年だけなんだ。
でも、その『敵』が来る直前、一年前からは、仲間を募集してもいい決まりになっている。その時なら、許して貰えるけど・・・。
「すみません、遅れました、マスター」
<お、白髪エルフの嬢ちゃん。荷物持って来れたのか>
「私の役目ですから。それより、私は平気なんですよね?」
<その分の金も、含めて、だ。問題ないぜ。にしても、金貨五千枚、よく集まったな>
そう、借りは返す、が勇者の決まり。シルシィの分も含まれてるみたい。
実際、お金は楽だった。ドラゴン狩れば千枚位は稼げるのだ。しかも、恵さんたちは気づいていなかった。
で、ここだけど。
森を抜けた先の海の街。そこに、小さな家を買った。
といっても郊外だし、中心街とは離れているけど。でも、海の見える綺麗な家だ。
ちなみに、家具は置いてきた。当然だ。木目調を大事にした、シンプルだけど綺麗な家具を買ったから、問題はない。
「見つけたわ!」
「なっ?! そんな!」
雅さんが手を腰に当ててたっていた。
痕跡は残した。でも、一ヶ月で解析できるように調整してあったんだ。おかしい。まだ十分も立っていない。
「どういうことなのか、ちゃんと説明しなさい!」
「どういうことって、それは・・・、あっ・・・!」
さっきよりもずっと強い。私はそっとしゃがみこんだ。
言っちゃいけないんだ。また、やってしまうところだった。でも・・・。いい案が思いつかない。
「マスター・・・。ダメですよ・・・」
<お前さ、殺すぜ? 何考えてんだよ?>
「うあっ、わ、わかってる。でも、どうすればいいの!」
急に赤いペンダントが光を放った。それと同時に、使い魔の力が弱まる。
すぐに分かった。つまり、魔王がなにか命令したって事だな。なんだろう?
<ちょっとなら、許してやるってよ。もし、こいつらがバラしたら、お前もこいつらも殺すって条件付きだが?>
「わかった。それでいいのね?」
「マスター?! 信じて、いいんですか?!」
いいんだ。もし、雅さんが助けてくれてなかったら、私はもう、死んでたんだもの。
それに、最後くらい、信じたいよね?
時はさかのぼって、ベッドでシルシィが私と居たいといった、あの時。
ペンダントが光って、使い魔が飛び出してきたのだ。
ちょっとヒトデっぽい、心臓掴むには良さそうな体をしていたなぁ。
私に飛びつくと、すっと消えてった。私とシルシィは、黙ってそれを見つめていることにかできなかった。
と、急に色々と喋りだしたのだ。
<俺はお前の監視役だ。いいか、勇者にはスケジュールが決まっている。それに沿って行動しなければいけないんだ>
そうして、最初の一年はだれかの助けを借りてもいいが、その後は自立しないといけないと教えてくれた。また、最後の一年は、助けてもらうことも可能だと。
まあ、その時は何が起こっているのか分からなくて、ちゃんと理解したのはもうちょっと後の話。
<それから、そこの白髪エルフの嬢ちゃん、今、言ったな? コイツとずっといると>
「言った、です。私は、マスターと、一緒、です」
<よし。この嬢ちゃんはお前の持ち物だ。この声は、お前とお前の仲間しか聞こえない。もちろん、今聞こえるのは、世界中で、お前と嬢ちゃんだけだ>
そう言って、雅さんたちは私の持ち物ではないから仲間とはみなせないといった。
だから、世話になった分はここを出るときに返せ、と。あと、莫大な量だから気をつけろ、とも言ってくれた。結構優しいんだ。
<わかったな? 約束を破ったら、俺がお前を殺す。誰にも言っちゃいけないんだぜ? 嬢ちゃんもな>
「分かり、ました。喋ったら、マスターが、殺される、ですね」
<そうだ。わかったな? 俺だって殺したくないんだ。守れよ>
「そんな・・・。そんな前から、先のことを考えて行動してたの?」
「とにかく、あなたたちに喋られると、私は殺されるみたいですね」
「そうか・・・。だから、あんなに急いでたのね・・・」
雅さんは何か呟いているようだったけど、よく聞こえない。
隣では、シルシィが不安そうな顔で私を見ている。
「わかった。もう、追いかけないわ。八年後、会いましょう」
「随分あっさりしてるんですね」
「妹が死んでしまうのなら、従うしかないじゃない」
ああ、まだ、妹って思ってくれてるんだ。結局、あまり、お姉ちゃんって、呼ばなかったな。
「雅お姉ちゃん、ありがとう」
「朱璃っ・・・。もう、最後の最後で・・・。うん、忘れないから。頑張ってね」
最後、囁くように言うと、泣きながら家を出ていった。
シルシィも、ちょっとは寂しそうだったけど、なんだか、意外と普通に見える。
「私は、マスターだけを見てたので・・・。でも今、なんだか、すごく、私たちのこと思ってるのが分かりました」
「そう、だね。やっぱり、雅さんたちといたかったな・・・」
<だーかーら! 禁句だって言ってんだろ!>
使い魔がまた文句を言っている。でも、そんなこと、どうでもいい。
しばらくみんなのことを考えていたけれど、シルシィに言われて荷物を整理し始めた。
「マスター、あの、今日のご飯は、どうします?」
「狩りに行こうか。シルシィ」
「はい!」
結局、朝ごはん、食べ損ねちゃったなぁ。まあいいや。私は、だけど。シルシィはどうだかなぁ。
でもまあ、シルシィは鼻歌を歌いながらこの前買った釣竿の準備をしていたから、いいだろう。
「わぁ! 海近い!」
そうなんだ。海はすぐそばに『見える』。でも、それは、このあたりに建物がないから。遠くまで見えるってだけでもある。結構遠いんだ。
なんたって、植物を育てようと思ったら、潮風は大敵だし。離れてたほうがいい。
まあ、対して距離がないのは確かだ。それに、風の向きも聞いて、庭の位置も当たりにくいところにしてもらったのだ。問題は少ないだろう。
楽しそうな悲鳴を上げながら坂道をあっという間に下り終えたシルシィが手を振っている。
私はちょっと走ると、すぐに追いついた。兎、ホント速いよなぁ。前とは比べ物にならない。
「じゃあ、釣りしますね! マスターは?」
「この辺の魔物を確認しておくよ。じゃあ、よろしくね」
「お任せ下さい!」
シルシィは釣りが上手い。この前、川で釣りをやらせたらあっという間に大量に取れた。
餌は歩いている虫。でも、今はパンをつけてる・・・。私は指示してないよ?
ぶらぶらと海岸を歩いていると、大きなカニを見つけた。水族館で見る、タカアシガニ、だっけ? あれみたいな大きさ。ただ、陸を歩いている。後で調べておかないと。
それから、家みたいに大きなヤドカリがいる。近づくのは怖いからやめておこう。
海の方を見ると、大きな背びれが見えた。ん・・・? 鮫?!
違う。海豚だった。バシャバシャ水で遊んでるみたい。随分大きいなぁ。
水の中には、たくさんの小魚が見える。こういうのって、捕まえようと思っても大変なんだよなぁ。
ちょっと飼ってみたいけど、捕まえられないんじゃ、仕方ない。
ん、ちょっと待てよ。
私は兎獣人だ。速さだけはとても速い。じゃあ、捕まえられるんじゃない?
まあ、後で網でも作ろうか。そうしたら試してみよう。
そんなことを考えながらシルシィのいるであろう場所に戻っていった。
「マスター! たくさん釣れました! 焼いてください!」
「あ、すごいねー。じゃあ、家に戻ろうか」
「はい!」
焼くのは簡単に。なにせ、今日はやることがたくさんあるんだ。
料理はお母さん、恵さん、雅さんと結構任せっきりだったけれど、お母さんに料理は教わっている。休日はよくやっていた。
それに加え、図書館で料理の本は相当読んだ。だから、大丈夫。
「美味しいです! なんて魚でしょう?」
「さぁ? 調べてみよっか。・・・、もうちょっと調味料が欲しいよね」
さて。まずは家の掃除だ。
不動産屋から買ったのだし、まあ、一応は綺麗なのだけれど、何年も人が住んでいなかったため、もう売れないと思っていたそうで、放置していたところもあるらしい。
ということで、細かい掃除はするということで、少しは安く譲ってもらったわけだ。
「シルシィは一階、お願いね。私は二階が終わったらそっちに行くから」
「分かりました。では、掃除用具を用意しますので、少々お待ちください」
小さいけれど、二階建て。海岸の別荘みたいだ。
一階はリビングとキッチン、水回りが揃っている。それから、小さめの部屋が一つ。二階は、小さな部屋が三部屋ある。うん、小さいって言うけど、立華家に慣れてしまったからかもしれない。
二階の窓からは海が一望できる。一階のテラスからも、見える。けど、そのうち飽きるかも。
シルシィが掃除用具をすべて持ってくると、私たちは掃除を始めた。
家具も少ないし、まだ楽だ。それに、基本的に綺麗だし。すぐに終わりそうだ。
「終わったぁ! マスター、次はどうするんですか?」
「街の中心の方で、買い物だね」
「わかりました!」
なんでも楽しそうだ。まあ、気持ちはわからなくもないけれど。
なにせ、大好きな主人と二人きりになれたんだし・・・、って、なんかおかしくない?
必要なのは、食材と、調味料と、日用品、それから、植物の苗があるといいかな。手入れは魔法で楽だし。
そんな感じで選んでいくのを、シルシィは楽しそうに見ていた。
「マスター、苗植えるのって、表の、空いてるところですか?」
「そう。綺麗になってたでしょ?」
「はい。どうするのかなって思ってました」
そっか。とりあえず、野菜の類(店員が勧めてくれた。地球にあるものかもわからない)を買ってきた。
帰ると、あっという間にシルシィが植えてしまった。すごい早業だった。まあ、帰るときにやり方と植える場所は言ったんだけどさ。
なんか、畑に植わってる野菜は見たことあるものだけど、何かまでは分からないものだなぁ。全然なんだか分からない。
「これで、ここにも住めますね! よろしくお願いします、マスター」
「うん、そうだね、よろしく、シルシィ」
何があっても、ついていく。そう言ってくれたシルシィ。私の一番大事な子だ。




