第9話 シルシィと私
「マスター? あの、パラメータ、低い、ですか?」
「ううん、シルシィちゃんは高いよ。凄いよ」
低いのは私だ。超低い。これはまずいなぁ・・・。なんにしろ、欠点多くないか?
えっと? 力が弱くて、ダメージが低くて、防御が弱くて。その上レベルに比べてパラメータが異常に低い。おいおい、雑魚キャラってことじゃないか。小ゴブリンじゃないんだから。いや、小ゴブリンは言い過ぎかな。
「ところで、エルフ魔法って?」
「タロットじゃなくて、呪文で魔法、使う、です」
そう言うと、シルシィちゃんは右の手のひらを上に向けて、スラスラ呪文を唱え始める。
「火の精よ、我に力を貸したまえ。『スクロームヌィ・アゴーニ』」
シルシィちゃんの手のひらに小さな炎が浮かび上がった。
「これは、レベル1、です。1がスクロームヌィ、2がマーリニキィ、3がバリショーイ、4がヤールキィ、です。5レベルになると、無詠唱、できます。でも、威力が落ちるから、私、あまり、使わない、です」
しかも、どこの地域の精霊もわかるようにか、詠唱は聞いている人の一番馴染み深い言語で聞こえるそうだ。魔法の事は良く知らないけど、いくらなんでもそれってどうなわけ?
シルシィちゃんがなにか呟くと、火はふわりと消えた。
「でも、エルフ魔法、スキル、では、1レベルを、持ってる人が、レベル上げるしか、できません。だから、使える人、少ない、です」
なるほど。最初から適性を持っていないと使えない。じゃあ、私たちは使えないってことか。
「私、魔法だけ、頑張った、です。楽しかった、から」
「そうなんだ。じゃあ、よろしくね」
「マスターの、ためなら、頑張り、ます」
シルシィちゃんはニッと笑って私に言った。パラメータの件はちょっとショックだったけど、向いてないんだから仕方がない。
っていうか、地味にレベル高っ。奴隷だったのに? 奴隷だから、か?
夜ご飯を食べているとき。シルシィちゃんは急に私の袖を引っ張った。
ちなみに、今日の夜ご飯はブラウンシチュー。ビーフじゃないよ。兎だし。私が大量に倒したからさ。
「マスター、マスター、今日、私、どこで、寝るですか?」
「あぁ・・・。恵さん、雅さん、優さん、麗さん、琳ちゃん、シルシィちゃんは・・・」
「え? うーん・・・。一緒に寝れば?」
ぐっ・・・。シルシィちゃんがキラキラした目で見てる・・・。
仕方ないよね、九歳・・・。しかも、小さい時から『売るため』に育てられて・・・。
あああ! それ以上考えられない! やめよう。諦めよう。
「わかった、一緒に寝よっか。ちょっと狭いかもだけど」
「はい!」
そのあと、お風呂に入ったシルシィちゃんは、恵さんの用意したネグリジェを着てくるくる回っていた。
ちょっと大人っぽいデザインで、スカートはふわっとしていて長い。下のほうは透けている。ちなみに、水色だ。
「マスター、これ、可愛いです」
「そう・・・。気に入ったなら良かったけれど」
どうしてこれなんだろう。私と寝るって言ってたのに。もういいけどさ。
でも、白髪で超可愛いエルフだよ。しかも順応。変なことに使われる前に見つけてよかった。
「私、誰かと寝るの、初めて、です。だから、楽しみ」
あ、やっぱりね。お母さんもお父さんも、そういうことはしてくれなかったんだ。
まあ、この子私にとっては妹だけど。それ以外何もない。妹と寝るくらいいいよね。ということにしておこう。
「マスター、起きて、ください。朝、ですよ」
「うぅ・・・。お、おはよ・・・」
六時頃だ。まだ起こされる時間じゃないと思うが、シルシィちゃんは私の頬をペチペチ叩いて起こそうとする。っていうか、完全に起こしてくる。
大体、今まで七時に起きてたもんだから、六時に起こされるってどうなのさ?
しかも、何故か練習着のようなものを着ている。どこから調達したんだか。
「早いねぇ・・・。おはよう、シルシィちゃん」
「おはようございます! マスター、今日は、何する、ですか?」
知るか! いくらなんでも早すぎる。1日の計は早朝にありってか? 今起きたんだぞ?
「マスター、もしかして、いつも、まだ、起きてない、ですか?」
「うん、絶対起きてないね。あと一時間くらい遅いと思う」
「えええ?!」
これは・・・。なんだろう。エルフが早いんだろうか? この子が早いんだろうか?
どっちにしろ、この子とは生活リズムが合わないようだな。
「じゃあ、一人で、良いです。朝の練習、行って、きます!」
「あ、朝の、練習?」
「はい! ちょっと、走って、きます」
なんでだろ。魔法使いだよね? エルフだよね?
おかしいなぁ・・・。この子は、どういった生活をしていたんだ?
「マスターは?」
「朝走ったことはないけど・・・」
シルシィちゃんはじゃあいいか、と言って飛び出していった。
なんか・・・。不思議な子だな、いろいろと。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう、シルシィ」
「おはよー、シルシィちゃん」
「おはようございます、シルシィさん」
「おはよ、シルシィちゃん」
みんなと挨拶すると、やっぱり私の横にピタッと付いた。ちなみに、ワンピースに戻っている。
本当に走ってきたらしい。さっきシャワーを浴びていたのだけど、その音を聞いて、麗さんが「あ、そうだ、さっき、シルシィさんが走っていましたが、なぜですか?」と聞いてきた。麗さんもよく走っている。
朝食の時間にはきっちり戻てくるあたり、シルシィちゃんらしいのかもしれない。
っていうか、朝食の時間を知ってるってどうなんだ? 結構ぴったりなんだけど。
「美味しいです!」
「そう、嬉しいわ。どんどん食べてね」
恵さんが嬉しそうだ。それくらい、この子は本当によく食べる。
随分痩せてるけど、檻みたいなところに放り込まれていたからなんだろう。
「今日は、二人でレベル上げてきたら? 戦い方も見ておいたほうがいいんじゃない?」
「そう、します。いい、ですよね、マスター?」
「え? うん。じゃあ、食べ終わったら行こうか」
「はい!」
食べ終わるの、時間かからなそうだなぁ。
案の定、本当にあっという間に終わった。
「マスター、森、入りますか?」
「そうだなぁ・・・。行ってみようか」
入口付近なら、だいたいひとりでも倒せるくらいの魔物しかいない。盗賊に気をつけるだけだ。
私はそう思い、二人で森の方に行くことにした。
魔物を見つけるのは、シルシィちゃんの方が速い。
私よりも先に炎兎を見つけたシルシィちゃん。すぐに右手を前に向けた。
「水の精よ。我の命に従い、大量の水を出現させるのだ。『マーリニキィ・ヴァダー』」
シルシィちゃんが呪文を唱えると、シルシィちゃんの右手から大量の水が出てきた。
その水魔法、とりあえず、炎兎は楽勝だ。
「『雫』」
私は水の一番弱い魔法を使った。明らかにシルシィちゃんの魔法のほうが強い。
っていうか魔法だとかぶるから、さっきから基本鞭を使っているんだけどね。
「マスター、まだ、大丈夫、ですか? 奥、行けますか?」
「危ないかも・・・。やめておこっか」
「分かり、ました」
そのあとも、毒蛇を倒したり、カブトムシの巨大版みたいのを倒したり、大グモを倒したりした。わかると思うけど、森の中は、虫がいっぱいだ。しかも超大きい。
ちなみに、シルシィちゃんは、虫も平気みたいだ。普通に倒してた。倒せなかったら困るけど。私はちょっと嫌だなぁ・・・。
「火の精よ。我に従い、大きな火を起こしたまえ。『マーリニキィ・アゴーニ』」
なんだか、スラスラと呪文を唱えるシルシィちゃんの頭はどうなってるんだろうって思ってしまう。どうしたらそんなに覚えられるんだろ?
そんなことをしつつも、大量の獲物を手に入れた。
シルシィちゃんの異空間は広いし。大量に持っていけるのだ。
「ただいま。お母さん、これ」
今日の私の稼ぎは金貨五枚。多分頑張ったと思う。
いや、ほら、この世界のお金、良くわかんないんだもん。だから、多分。
「あら、ちょっと待って。これ、全額なんでしょ? 半分でいいわ」
「でも、割り切れない・・・」
「だから、ちょっと待って、って。ね?」
恵さんはエプロンの裾で手を拭くと、ポケットから銀貨を5枚取り出した。
「これで半分。ね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「マスター? 私の、分は?」
シルシィちゃんが金貨十二枚を握って困ったような顔をしていた。
「半分、もらうからね」
「じゃあ、その、半分は、マスターに」
シルシィちゃんが金貨三枚を私に押し付けた。
・・・四分の1 一が、私の半分より多いのだが。
いや、私兎だし。普通戦えないらしいし! 良いんだ、良いんだ・・・。
って、そうじゃなくて。
「いいよ、自分で使って。私も自分で稼いだから」
「ダメです! 私、ミヤビさんから、聞き、ました」
シルシィちゃんは私を睨むような強い目で見ている。
実際、何を聞いたのかよくわからないのだけれど。何かあったっけ?
「私を買った、お金は、マスターが、怪我した、原因だって。マスターの、ために、使いたい、って、言ってました」
それは、知っている。っていうか、そんなこと、聞いてたんだなぁ・・・。
「私、他の奴隷より、えっと、倍くらい、するから。エルフは、人気だけど、小さいから、貴族は、買ってくれない、ですし、庶民には、高すぎる、です」
ああ。そうか。可愛くても、小さいと、使いづらいもんね・・・。もうちょっと大きければ、良かったかも。って何考えてるんだ。まあ、メイドにするには小さすぎるよね、うん。
「あそこに、いた人、みんな、すぐ、いなくなっちゃう、です。あまり、良くないから、病気、なる、です。そしたら、殺されて、しまう・・・」
シルシィちゃんは泣き崩れてしまった。きっと、仲良くなった人も、多かったんだろうな。いつ自分が殺されるか、怖かったんだろうな・・・。
「私、もともと、体、強く、なかった、です。いつ、病気、なるか、わからない。怖かった」
「そっか。それは、大変だったね・・・」
「私、救ってくれたのは、選んでくれたのは、マスター、あなた、です。だから、私、マスターに、尽くし、ます」
え、それで、これを受け取れと? ちょっと違うような気もするが・・・。
でも、これで、受け取らないわけには、行かない、よね?
「マスターは、私のこと、どう思ってるか、わからない。でも、私に、とって、マスターは、命の、恩人、です。だから、お願い、絶対、見捨てないで・・・」
「もちろん! 絶対だよ! 大丈夫、絶対、離さないからね?」
私はシルシィちゃんの頭を撫でた。身長の差は随分ある。私は屈んで目線を合わせた。
不思議そうに目をパチパチしていたけれど、にっこり笑ってくれた。
「信用して、いい、ですね」
「マスターは、嫌、ですか?」
「え?! えっと・・・」
シルシィちゃんが、私の部屋を離れてくれない。このままここにいたいと言って聞かないわけだ。
別に、嫌じゃないけど、毎日六時に起こされるのはちょっとなぁ・・・。
でも、なんでかな。追い出せない。
「うん、いいよ。わかった」
「やったぁ! じゃあ、私、マスターと、いられる、ですね」
なんだか、困った子に育ちそうな気がするんだけど? これで、大人になっても「マスターとは離れません!」なんて言い出したらどうしようか?
・・・さすがに拒絶すればいいか。
「私、初めて、ここに来て、愛が、わかった、です。家族にも、愛して、もらえなかった」
「シルシィちゃん・・・。大丈夫、これから、その分、愛してあげるよ」
シルシィちゃんは、パァっと顔を輝かせた。可愛い。もはや娘にしか見えない。
そのあと、ちょっと恥ずかしそうに下を向いて、そのあと、上目遣いで。
「じゃあ、その・・・。呼び捨てで、呼んで、欲しい、です」
「え? えっと・・・。シルシィ」
「はい! マスター」
私は、勇者で、この子とは、多分、別れなきゃいけないだろう。
それどころか、事件に巻き込まれて死んでしまうのかもしれない。
まだ、教えたくなかったんだけどなぁ。まだ、幸せな生活がしたい。
十年後、死んでしまうんじゃないかなんて、思いたくもないんだ。




