天竜界編 旅行の終わりは唐突に
遅れてすみません!
「え~、つまりだ。ティオの世界には破格の才能を示す〝天職〟というものがあって、ティオのそれは〝守護者〟。誰かを守らんとする時にこそ真価を発揮するというわけだ」
結局、記憶消去は却下となった。
これから先、異世界交流計画もあるのだ。将来にわたって付き合っていく世界で、本性を誤魔化したままというのは、なんとも据わりが悪い。というか叫んだ通り、己に恥じるところなど一つもない! と、他の誰でもないティオ自身が止めたからである。
とはいえ、である。
「その能力の一つが〝痛覚変換〟であり、誰かの盾となり傷ついても、その痛みすら力に変えて更に強くなるという――」
竜王国の皆さんへの多少の配慮は必要だろう。天を支配し、人の力などものともしない巨大にして強大な龍の神。話に聞けば聞くほど憧れは募り、一生に一度はお目にかかりたいと願ってきたのだから。
というか、ほら、小さい子もいるんだし、夢を壊すわけにはさ? と、現在ハジメさんが頑張って、なんかこう良い感じに補足説明しているところである。
ドアップで映ってしまった恍惚顔は誤魔化しが効かないが、戦場で尻叩きしていたことには明確な理由があるのだと、断じて趣味ではない――いや、多分に趣味は入っていたし、むしろ、八割方趣味だったかもしれないが……ともかく! 龍神化に必要なプロセスだったのだと、それくらいは分かってくれるはずだ。
実際、竜王国の人々も、引き攣り顔ながら「な、なるほど。だから敢えて旦那に痛みを与えて貰って力を増幅したのか……」「流石のティオ様も、神の如き力へは普通の方法じゃ至れないのだな……」と納得の顔になり始めている……いる、と思わなくもなくもない……
「説明を聞いても、わけが分からないよ……みたいな顔ね。一番多いのは」
「そりゃそうだよ」
優花と鈴が悟りを開いた僧侶みたいな表情で竜王国の皆さんに共感していた。だって、自分達も未だにそう思うものだから。
で、だ。そんなハジメの細やかな気遣いと努力を、
「その通りじゃ! そして、その痛みは愛しき者に与えられることで更なる力へと昇華する! 愛する旦那様からのお仕置きという名のご褒美とあらば、その変換効率は天上知らず!」
当の本人が声高に台無しにした。
最初こそ流石に羞恥心にかられたティオだったが、喉元を音速で過ぎればすっかりいつも通り。両手を広げ、演説家の如く声を張り上げる。
「寄り添って座るよりも! むしろ椅子になりたい!!」
おい、誰か止めろよ。早速、常識を置き去りにし始めてるぞ。と淳史達が視線を交わし合っている。
「お姫様抱っこされるよりもぉ! むしろ馬になりたいっ!!」
愛子さん! 鎮静の魔法を! ダメです、リリィさん! さっきからかけてます!!
「愛しき男の前に跪き、差し出した尻を叩かれる喜び! 分からぬ女などおるまいて!!」
女に対する熱い風評被害、やめてもらえます? と何より雄弁に物語る竜王国の女性陣達の眼差し、そして引き攣った顔。
……おや? 一部、頬を赤らめて頷いている……? しかも女性だけでなく男性まで? そこのガチムチの男性兵士さんとか特に。いったいどっちの意味で頷いているのか。する方か、される方か。微妙に引き締まったケツを震わせている様子からすると……
相棒の黒竜が「え? お前、マジで……?」みたいな目で後退りしているが、今後の関係的に大丈夫だろうか?
というか、まさか魔神様の身内はみな……? という男性陣の信じがたい者を見る眼差しもユエ達に。
もちろん、ユエ達はブンブンッと首を振った。一緒にしないで! と何より雄弁に伝わるほどの勢いだ。
「まして、その愛しき男が甘美にして完璧な痛みを与えんと、日々、愛の鞭を打つ技術を高めているならなおさらに!」
え、そうなの……? 魔神様、パッねぇよ……みたいな見開いた目が竜王国の皆さんから一斉に注がれる。
もちろん、ハジメは首がもげそうな勢いでブンブンッと首を振った。そんな鍛錬は積んでない! と。ただ、日々のお仕置きで自然とスキルレベルが上がっただけなのだ。
「それは当然、昇天して神に至っちゃうのも頷けるであろう!」
もちろん、誰も頷かない。何を言ってるんだ、あの人は……みたいな顔だ。ハジメさん、両手で頭を抱える。
やっぱり気にしなくていいよ、ユエ。ティオの本性を隠し通すなんて、所詮は不可能な話だったんだから、本当に些細なミスだよ。ん、んぅ……みたいな視線のやりとりがユエと香織の間でも。
「ご主人様の愛の鞭は――まさに神!」
「なぁ、ティオ。お前、ちょっと黙ってろ――」
「! こ、公衆の面前で――服従を示せと!?」
「あれ? おかしいな。言葉も意図も通じてないぞ?」
いそいそと四つん這いになろうとするティオの首根っこを掴んで阻止する。
「ユエ、やっちゃってくれ」
「……ん。こうなったら、もはや格好いいティオで相殺するしかない」
相殺、できるかなぁとミュウ達が不安そう。しかし、やるしかあるまい。竜王国の皆さんの憧れとイメージを少しでも守るために!
ハジメに頷き、指をパチンッと鳴らすユエ。
巨大な空間の〝窓〟――正確には違うが便宜上スクリーンと呼称する――に、再びアブノーマルな光景が映る。
四つん這いで尻を叩かれ恍惚顔を晒すティオは、紛うことなき変態だ。
話に聞いた生ける伝説。天を支配し、心身共に脆弱だった竜達を瞬く間に勇壮な黒竜にしたという理解の外にある御業、世界最強の艦隊を圧倒したという絶大な力。
竜の神というに相応しいそれに、その場にいなかった者達は話だけを聞いて想像を膨らませてきた。
その想像は、まさに威厳ある人格者のそれ。神の位に相応しい高潔なる存在。
敬愛するクワイベルが〝母上〟と呼んでいることもあって、中には聖母の如く思っていた者もいる。
それが、だ。蓋を開け見ればド変態だったなんて、ちょっとあんまりではないか……
救われた事実と偉業を思えば、感謝の念に揺らぎなど生じるはずもないが、それでも少し期待を裏切られた感は拭えず。
強いて言うなら、こんな龍神様はちょっと嫌だぁ……みたいな。
だが、それも束の間だった。
人々は目撃した。人伝に聞いた生ける伝説は、夢想した龍の神は……本当だったと。
ゴウッと、凄まじい風圧が、否、衝撃が心身を駆け抜けた。頬をひっぱたかれたみたいに目を見開く人々。
「なんだ、あれは……」
「…………黒い波紋……なんでだろう……」
「ああ、恐ろしいのに……綺麗だ…………」
無意識に感想を漏らす者達があちこちに。
スクリーンに映るは、人の身のまま天に竜の咆哮を上げるティオの姿。
その身から幾重にも重なる黒色の波紋が広がっていく。
見ているだけで鳥肌が立つ恐ろしくも美しいそれ。ああ、と納得する。ヘルムートとは確かに違う、と。
輝きを帯びたティオの魔力が広がる様は、まるで夜の帳が広がるかのよう。いつの時代も人を惹き付けて止まない、確かに星が瞬く夜天のそれだった。
衝撃は錯覚だ。過去の映像に過ぎないそれに、そんな物理作用はない。
だが、それでも、ユエ達でさえ気圧されるような感覚に陥るのは、まさに龍神がもたらす〝神威〟の一端故だろう。
「っ……なんて光景だ……」
それは誰の言葉だったのか。感動の滲むざわめきが王宮の裏庭に広がっていく。黒竜達の喉を鳴らすような鳴き声も重なった。
龍神の夜に誘われるようにして目覚め、生まれ変わった黒竜達が、檻を――戦艦の腹を食い破るようにして空に舞っていく。勇壮に咆え、砲火にも怯まず、傷つけど加護を受けて復活し、何度でも翼を打って。
そうして、母たる竜のもとへ集い、その身を以て天空に螺旋の柱を築き、数多の黒き竜による竜巻となる。
「この時の感動を分かち合いたかった」
無力で、心も砕け散っていた竜達。生き物としてさえ扱われていなかった。
そのことに何より心を痛めていた竜王国の民にとって、その全てを取り戻す始まりの光景は、ローゼが思った通り、心に迫るものだったようで。
――集え。ハァハァしている偉大な竜のもとへ
心に迫るものだったので! なんか聞こえた気がしたけど、竜王国の皆さんは以心伝心、老若男女例外なく完璧にスルーした!
『天空を統べる神王とやら。もはや、御託は並べん。――刮目せよ。竜とは、如何なる存在か。天空を統べるということの、本当の意味を!』
荘厳とすら感じる声音が空間を、時すら超えて人々の心を打った。
鳥肌が立つ。決して怖気から来るものではない。人が超常の存在を目撃し、その心の裡に感動と畏敬の念を湧かせたが故の鳥肌だ。
『っ。構わんっ、撃てっ。ボサッとするな! 殺害を許可する! 全火力を向けろ! 旗艦反転っ。全艦隊は、ドゥルグラントの撤退を援護しろ! 逆らった者は一族郎党、皆殺しにする!』
中にはビクリと肩を揺らす者もいた。案外、竜王国の民より元神国側の人間に多かったのは、かの簒奪の王の恐怖政治が骨身に染みているからか。
だが、同時に思う。
強大な軍事力を支配し、傲岸不遜を地で行くあの男が、かつて、ここまで切羽詰まった声音を出すことがあっただろうか、と。迷いもせず、全力で逃げようとする姿を見せたことが、あっただろうかと。
艦隊の全力攻撃が迫る。
だが、不思議と、誰の心にも焦りは浮かばなかった。結末は聞いているし、当の本人はここにいるからというのもあるが、それ以上に。
「はは……無理、だろ……」
そう、確信があったから。
『何気に、生で見るのは初めてだな。楽しみにしている』
『ふふ、期待には応えようぞ。――〝限界突破〟』
先程のSMに興じる(?)アブノーマルな二人の姿は、既になかった。
信頼。文字にすればたった二文字。
だが、そこには確かに、それを体現した光景があって。
それはまるで、本当にお伽噺の中の相棒たる〝人と竜〟のようで。
直後、世界が塗り変わった。その場の誰もが、そう感じた。
「あはは、この時点で前よりパワーアップしてますねぇ」
「言ったじゃろ? 敵に与えられた痛みより、ご主人様のご褒美の方が何倍も昇天できると」
「……ん。まぁ、分からないではない。私も、香織<<<超えれない壁<<<シア<<<ハジメだから。カプチュ~の変換効率は」
「ねぇ、ユエ。なんで私を引き合いに出したの? ねぇ、なんで?」
「……香織の血は、〝う~ん、まずい! もう一杯!〟って感じだから?」
「栄養満点ってことだね! 殴るよ!」
全ての攻撃が、竜巻と化した黒竜達の更に外側に生まれた力の奔流――黒と真紅の魔力による竜巻に呑み込まれて虚しく散っていく。
唯一、〝神域〟での龍神化を目撃しているシアさえも感嘆せずにはいられない力の波動が映像越しにも伝わってくるようだった。
そうして、雲海が巨大台風のように捻れていく中、伝説が顕現した。
地には渦巻く雲海。天には炎と雷の海。
見渡す限りに広がっていく雷炎の空が世界を赤く染め上げる。
その非現実的な燃え盛る天空から、雷を纏う巨体がせり出した。
「夜が……竜になって降りてきた……」
なんて詩的な表現をしたのは十歳くらいの男の子。将来が楽しみなその子の言葉を、否定する者はいなかった。多くの者が、そう感じたから。
ほとんど全ての人が微動だにできず、ただスクリーンを凝視している。それは、蛇に睨まれたカエルというより、大いなる存在に魅了され心も意識も囚われたから、と称すべき有様だった。
雷炎の天空より完全に姿を見せる龍神化したティオ。
宙にあってとぐろを巻く、夜天の鱗に覆われた巨躯。全てを見透かすような黄金の眼が、天下を睥睨する。
咆哮を一発。過去映像のはずなのに、世界が揺らいだとさえ感じた。
「「「「「「――っ」」」」」
その瞬間、金縛りから解放される人々。視界の端に、頭を垂れる黒竜達の姿を見るや、ああ、それが正しい在り方だと自然に思い、誰もが膝をついていく。
まさに、神の降臨に立ち会った信者達の如く。
「……やべぇ、やっぱティオさんはかっけぇわ」
「坂上と同じく」
「これで変態でさえなければっ」
「待ちなよ、相川君。逆に考えるの。世界はバランスが重要なんだって」
「たえっち。……天才かよっ」
「いやな法則だなぁ。かっこいいならかっこいいままでいいと思うんだけど」
まったくもって鈴の言う通りである。だが、軽口を叩く龍太郎達も、初めて見るティオの最終奥義形態に体の震えを隠せていない。もちろん、恐怖ではなく感動で、だ。
竜人族の伝承をよく知り、ハジメ達が地球に帰ってからは誰よりも深く竜人族と関わっているリリアーナなど、
「りゅ、りゅじんぞくしゅごぉ……しゅごぉ……便利屋さんみたいに気軽に頼み事してごめんなしゃい……」
改めて偉大さを突きつけられたようにへたり込んでいる。
普段どんなに長たるアドゥルからしてフレンドリーで、中にはお茶目な者がいて、何よりド変態がいても、竜人族は、この領域に至り得るポテンシャルを持った種族。かつて、世界を統一し全種族共存の平和を築き上げた事実は伊達ではないのだ。
「まぁ、妙子の言うこともあながち間違いじゃないかも、ね」
「そうね。格好良すぎる龍神様には、ド変態というマイナスがついてようやく〝最高に魅力的〟くらいに収まるのかもしれないわ」
と、優花と雫が苦笑を交わし合う通り、ある意味、良いバランスなのかもしれない。
「……ん。高潔な普通の竜人だったら、私ももっと気後れして仲良くなるの遅れていたかも。それどころか尊敬が勝ってしまって、今ほど気安い関係にはなれなかったかも?」
幼少期から竜人族の伝承を聞かされてきたユエもまた感動に瞳を輝かせていた。
実のところ、南雲家の面々はリリアーナを除いて、ティオの龍神モードを見たことがある。龍神モードにより簡単に至るための訓練の過程でだ。
その時も十分に感動したし、なんならユエが一番興奮してツーショット写真まで撮りまくっていたが……
しかし、そんなのは関係なかった。何度見ても、否、ここが戦場で、守るべき者がいて、ならば、〝守護者〟ティオ・クラルスは言うまでもなく本気であり。
「……ティオが変態なおかげで、とても接しやすい」
訓練時のティオより、何百倍も格好いい!! と子供のようにはしゃいでしまう。
これにはシア達もまったく同じ気持ちだった。
「ですねぇ。アドゥルさんとかヴェンリさんには、未だに普通に居住まいを正しちゃいますし」
「ティオお姉ちゃんが変態で良かったの!」
「あらあら。そう考えると、ハジメさんのあれは〝ぐっじょぶ♪〟ということになりますね、結果的に。うふふっ」
「……ケツパイルから始まるフレンドリー化計画……?」
「やめろよ、愛子。なんでラノベのタイトルっぽく言った? しかも計画って……俺が狙ったみたいじゃねぇか」
なんて、身内は改めてティオの凄さと残念ぶりに、優花達は軽口を叩きつつも圧倒された様子で、それでも、
「おお~~い、皆の者よ。そう傅くでない! 平伏はやめい! 妾、崇拝の対象になる気はないからの! 崇拝するならメーレスにせい! ほら、顔を上げるんじゃ!」
と、一斉に傅かれてアワアワしているティオに、溢れんばかりの親愛と敬愛の眼差しを向けるのだった。
と、そこでふと呟きが。
「う~む、これは少しまずそうですなぁ」
サバスだった。困り顔になっている。一瞬、なんのことか分からなかったハジメ達だが、ティオから注目を外せば直ぐに理解した。
場の空気が少しおかしい。どうやら、龍神化したティオの姿、そして艦隊をものともしない圧倒的すぎる強大な力は、竜王国の人々にとって刺激が強すぎたらしい。
感涙を流すくらいならまだしも、瞳や雰囲気に過剰な熱気を感じさせる者が多数。特に年配の方々の中には「神よ……」と崇める者が出始めている。
偉大な存在への敬意以上の感情が、そう、信仰が生まれ始めているのは明らかだった。
なるほど、ティオが焦るのも分かる。照れ隠しではなく、普通に慌てていたようだ。
助け船を出すか、と口を開きかけるハジメだったが、その前に、ハジメ達との関係がどうあるべきか良く理解しているローゼとクワイベルが声を張り上げた。
「皆さん! ティオ様は我等の神ではありませんよ! また、それを求めてもなりません! 女王として、それは許しません!」
『ローゼの言う通り! 母上に、ううん、ティオ様に感謝と敬愛を捧げるのはいい。でも、それ以上はいけない。だって、僕達は僕達で僕達を救い続けることで未来を作るって誓ったんだから! そうだろう?』
その言葉にハッと我に返る竜王国の人々。
ティオが艦隊と戦ったのは、あくまで竜族を救うため。自分達、業を背負う人は、誰かに救われたのでは意味がないのだ。と、自ら血を流して戦い王都を奪還したのは女王達だ。
もちろん、事実としてティオが艦隊を、ヘルムートをハジメが倒してくれなければ、新生竜王国は存在し得ないのだが、少なくとも竜王国民ならば自力救済の信念は決して忘れてはいけないのだ。
熱に浮かされていた人々の顔に冷静さが戻り始める。
こうなったら……と〝鎮魂〟を準備していたティオや愛子が目をぱちくり、次いで感嘆の様子を見せる。それはハジメ達も同じだ。
大した自制心。感嘆すべき統一意志だ、と。竜王国の民は、一人一人が竜王国民としての信念を持って生きている。それは確かに驚くべきことだった。
ティオを見る目も過去映像を戻る前の、憧れや敬意のそれに戻ったようだ。深さは随分と増したようだが。
それに安堵しつつ、ティオは、
「ふっ、良きかな。しかし、覚えておくのじゃ……憧れとは理解から最も遠い感情だということを」
なんか髪を掻き上げながらキメ顔で言った。なのでハジメは声を大にして言った。
「やかましいわ、このド変態が」
「!!? 不意打ちのご褒美はやめいっ。濡れるじゃろ!」
ティオを見る目から、取り敢えず憧れは消えた。
目の前で内股になりながら、だらしない顔でハァハァしている姿を見れば、普通は百年の恋も冷めるというもの。いわんや憧れをや、という感じか。きっと、憧れを捨てた竜王国の皆さんは、今までより深く異世界の龍神様を理解してくれることだろう。
「ご、ごほんっ。皆さん!!」
なんとも言えない空気感の中、ローゼが軌道修正するように声を張り上げた。
過去映像の中で、ちょうど簒奪王グレゴールが乗った旗艦が沈んでいく光景が流れる。
一つの時代の終焉。そして、新時代の始まりを意識させる光景だ。
「この光景を見て、歓喜する人もいれば、心を痛める人もいるでしょう。私は、どちらの気持ちも否定しません」
ローゼが厳かに女王の顔で語る。
「だからこそ、改めて見てほしいと思います。あのような絶望、二度と感じたくないと思うでしょう。トラウマを抱えている者もいるでしょう。それでも、見てほしいのです」
ローゼの視線がユエに向く。ユエはただ頷き、巨大スクリーンはそのままに、王都を中心に超広範囲に過去再生の領域を展開した。
直後、
「「「おぉおお!?」」」
「「「うわぁっ」」」
と驚愕の声が重なった。都中に届く警報音と連続して響く爆音の狭間に。
龍太郎達であり優花達だ。
それも無理からぬ話。何せ、頭上を覆うようにして戦艦がずらりと並び、その狭間を空戦機が駆け抜けていったのだから。それどころか機銃の流れ弾まで。
竜王国の人々の多くも悲鳴を上げて身を伏せている。
しかし、それも少しの間だけだ。
風圧も爆熱も衝撃も感じない。響くのは音だけ。ティオが「あくまで過去の投影じゃ! 安心するのじゃ~~」と声をかけたのもあって、恐る恐る顔を上げていく。
「なんて無茶な機動なの! 神業なの!」
守護艦隊のシールドに対し、空戦機の武装は無力だ。だからこそ戦艦の巨体表面を這うようにして飛び、シールドの内側という超至近距離から攻撃をする。
理屈では分かるが、はっきり言って正気の沙汰ではない。撃墜されるより事故死の方が遥かに確率は大きい。
だが、ボーヴィッド率いる空戦機部隊は、見事に狂気の空戦を繰り広げていた。
ミュウが興奮して叫ぶのも頷ける空の戦いである。
「ハジメさん、本当に敵本拠地の真上に転移させたんですねぇ」
「さぞ驚いたことでしょうね、ローゼさん達」
「それはもう。心の中でハジメ様に罵詈雑言を吐く程度には」
ローゼのにっこり笑顔がハジメに向けられる。「え? なんだって?」とハジメは光輝の真似をした。「最近はそれ、ないみたいよ……アップデートしてあげたら?」と雫お姉さんから苦笑いも頂戴する。
「ねぇ、ユエ。スクリーンまだ出てるけど消さないの?」
「……ヴァカオリめ。ここじゃあ過去再生しても都側とか王宮内の出来事が分からないでしょ?」
むぅ~んっと眉間に皺を寄せ、何やら集中している。今この瞬間もユエチョイスの〝良いシーン〟を過去視して探り、同時並行で見えない部分もスクリーンに映そうとしているのだろう。
言わずもがな、神業である。なので、頬を摘まんでやろうかと思った香織だが一応我慢してあげる。
それもあって、映像はスムーズに出た。
『なりましょう。戦う女王に。戦士達の女王に』
開いた船底のハッチから舞い込む風にセミロングの髪を揺らしていた。
今と比べればなんとも見窄らしい格好だ。だが、誓いを口にする彼女の瞳、雰囲気には息を呑まずにはいられない。
とても十代半ばの女の子がする眼差しではなく、ああ、と納得するものがあった。
間違いなく、彼女こそが、この国の女王なのだ、と。
彼女の前で誇り高く、胸を張って、不敵に笑うサバスやクロー姉弟率いる近衛達の姿がなんとも眩しい。
『行きましょう。私達の戦場へ』
不敵に笑い、まるで子供が親に抱きつくように、両手を広げて大空へと飛び出す女王陛下。
命綱もパラシュートもないスカイダイブだ。
それに近衛達も躊躇いなく続いていく。
「……ちくしょう。羨ましいなぁ」
「ほんとね」
なんて声が近くにいた近衛隊員の男女二人から聞こえてきた。二人はきっと、戦後に配属された者達なのだろう。よく見れば、同じような表情の兵士達がそこかしこに。
「命運を決するような戦いで、先陣を切る女王陛下に追従するなんてロマンだよなぁ」
「この上ない栄誉ってやつだな」
「軍人さんじゃない私でも、あのローゼっちにはついて行きたくなるの分かるよ」
淳史や昇、奈々が、そして妙子が「胸熱だね!」と瞳を輝かせる中、自由落下しながらも鋭い目つきで王宮のテラスを睨むローゼ。
クワイベルが力を使ってローゼ達を減速させ、ローゼもまた空中で一回転して着地態勢を整える。
サバスが食器用のナイフでテラスの敵を排除し、一人も欠けることなく見事に着地していく。
「ローゼお姉ちゃん、かっこいい!」
「え、そ、そうですか? えへへっ」
ミュウからの掛け値なしの称賛に、照れた様子で髪をイジイジするローゼ。
もちろん、ハジメ達もそう思う。竜王国の人々もローゼ達が飛び降りた直後から感嘆の声を漏らしている。
だが、直ぐにローゼへ称賛を送れなかった。その理由はやはり、サバスさんだろう。
食器用ナイフを投擲ナイフ代わりにして初手無双である。なんかナイフの跳弾?を利用して変態的な軌道で壁の向こう側の敵を討ち取ったし。
とりあえず、みんな思う。
「「「「「なんで食器?」」」」」
「執事でございますから」
執事はやはり凄かった。でも、サブカルを知らない竜王国の皆さんの頭上には大量の〝?〟が浮いている。
「わ、私だってあれくらいできるし! なんなら三回くらい跳ねさせてから当てることだってできるし!」
なんか優花ちゃんが張り合いだした。どしたん? みたいな目が友人達から注がれる。
サバスさん、チラッと優花を見て言う。
「フッ、私は四回までいけます」
「五回! いける!」
「! ……ナイフのジャグリング、二十本はいけますぞ」
「フッ、ジャングリングは得意です。百本くらいいけちゃいますけど?」
「!!?」
なんかこの二人、ナイフの投擲に関しては譲れないものがあるらしい。
お見せいただいても? それが本当ならば。と挑発的な視線を送るサバスさん。
はい? 余裕ですけど? ほらほらほぉ~ら! と宝物庫から出した大量の投擲ナイフでジャグリングし始める優花ちゃん。
な、なん……です、と!? 馬鹿な……もはや人間には不可能な神業の領域ッ!! 悔しいのぅっ、悔しいのぅっ。
視界の隅で四つん這いになって地面を叩くサバスさんの姿と、ドヤ顔で高さ数十メートルのチェーンソーみたいな有様になっているナイフ百本ジャグリングをしている優花がいるが……
えっ、ちょっと待って、なんかすごいことしてるんだけど! でも、映像の中でもサバスさんが食器で無双しているし――
どっちを見ればいいのぉ!?
みたいな空気感になる会場。人々の目がスクリーンに向いてはバッと優花に向き、かと思えば、頭上の空戦にもチラチラ。
なんとも忙しい同時視聴。
「お、おい、南雲。あの人、今、トレーで銃弾弾かなかったか?」
「というか、普通に銃弾、避けてない?」
「弾いたし、避けたな……」
龍太郎と鈴がぽかんっとしながら指を差す。
飛ぶトレーが喉を潰し、裁縫針が目潰しを、糸が刃の代わりとなり、靴から飛び出したナイフがブレイクダンスに合わせて首をカッ切る。
最後には血の雨を優雅に取り出した折りたたみ傘で阻み、その傘の仕込み投げ槍を以て最後の敵を仕留める。
最後まで返り血どころか執事服に皺の一つもつけずに。
「かっこよすぎだろっ」
「かっこよすぎなのっ」
今度こそ親子の見解は一致した。最強執事はロマン。異論は認めない。瞳はキラッキラだ。
魔神様と、その愛娘様からの掛け値なしの称賛に、凹んでいたサバスさんはスチャッと復活した。乱れた髪を一撫でで整え、襟元をビシッと。
「恐縮にございます」
美しい一礼が、これまた格好いい。ハジメとミュウどころか、ユエ達もこれには思わず拍手である。
「暗器使い……それもただ隠すんじゃなく日用品を使うことでのカモフラージュ……うちの一族が好きそうですね」
「ハウリアだけじゃないわ。うちもテンション爆上がりよ、きっとね」
シアと雫がこそこそ話していた。サバスさんとは、きっと気が合うだろう、と。
しかし、純粋な感嘆もそこまでだった。
激化する戦場。散っていく多くの命。
ローゼとクワイベルを〝真竜の涙泉〟に辿り着かせるために、自己犠牲を厭わない近衛隊員達の決死の突撃。時間稼ぎ。
空の戦いも同じく。見る見ると減っていくボーヴィッド率いる空戦機部隊。
守護艦隊が動き出して空は見やすくなったが、その分、悲劇的な光景もよく見える。
いつしか、王宮の裏庭から言葉が消えていた。
ただ無言で、両陣営共にギリギリの戦いを繰り広げている様を息を呑むようにして、あるいは呼吸すら忘れて見入っている。
本物の戦争がもたらす凄惨さと、そこに命を懸ける者達の魂の叫び・行動に、胸を締め付けられているような面持ちで。
だが、それは確かに、超常の存在が介在する余地のない、人と人のぶつかり合いだった。
やがて、局面が変わる。
劣勢だったアーヴェンスト側の最後の希望が空に舞い上がる。成竜となったクワイベルだ。
太陽を背負い、白銀に輝く勇壮な竜。響き渡る咆哮。それは間違いなく、王の帰還を知らせる雄叫びで。
『みなさんっ。よく耐えてくれました! あなた達の女王は、王竜はっ、ここにいます!』
その背に威風堂々と立つローゼの姿も相まって、
「ふふ、お主等の方がよほど〝伝説の竜騎士〟ではないかのぅ?」
誰に同意を求めたわけでもないティオの呟きは、不自然なほど良く響き、その言葉に人々は自然と、強く、頷いた。
「ローゼちゃん、いや、ローゼ様、マジかっこいい……惚れそう……」
「めちゃ同意。女でもドキドキするでしょ、あんな格好いい姿。あ、でも、玉井が選ばれることは天地がひっくり返っても、来世で再会できたとしてもないから、ちょっかいかけるのはやめなね?」
「分かってるよ! でも、そこまで言うことなくない!?」
涙目で奈々を睨む玉井はさておき。
気持ちは同じなのだろう。竜王国の人々の表情を見れば、それがよく分かる。
「これはまた求婚する人、増えそうだね……」
「……ん。ハジメやティオに過度な感情を向けないのは、間違いなくローゼ自身にそれだけの魅力があるから」
「本当の意味で、誰が自分達を救ったのか、導こうとしてくれているのか……確かに、分かるわね。超常の存在なんて目じゃないわ」
雫が揶揄い気味にハジメとティオを見れば、二人してどことなく眩しいものを見る眼差しをしながら肩を竦めている。
映像の中で、必死に戦うローゼとクワイベル。やがて、そこに歌が加わる。王都中の竜王国民が歌っているのだ。
なんの効力もない、ただ昔から伝わる古い歌である。けれどそれは、ローゼとクワイベルを自分達の王と認め、支えんとする民の気持ちが最大限にこもった歌だった。
結果は言わずもがな。
クワイベルは守護艦隊を前に見事に勝利し、神国の兵士達も降伏。都は歓声に包まれ――
その過去映像に反比例するように、王宮の裏庭には緊張が満ちていく。ガクガクと震え、冷や汗を流し、蹲る者も多数。
そうして、ローゼが過去視を願った本当の目的が襲来した。
『王の血族……まだ生き残っていたか……』
過去映像だ。物理的にも精神的にも直接的な作用はない。一度は見た光景だ。
だが、そんなこと関係なかった。
現在の、星が瞬く美しい夜天にドス黒いヘドロの如き黒雲が重なっていく。
「あはは……ちょっと甘く見てました……」
そう呟いたのは愛子。空を見上げながら、自分を抱き締める。肌が粟立っているのが傍目にも分かった。
『苦しめ――』
『喘ぎ、悶え――』
『絶叫しろ』
『嘆き――』
『奪われ――』
『逃げ惑い――』
『恐怖しろ』
隣のリリアーナも、あれほどの神話決戦を指揮した司令官でありながら、歯がカチカチと鳴りそうなのを食いしばって耐えている。
そこかしこで耳を塞ぎ、目をきつく閉じて、あるいは腰を抜かす人達が続出する。子供達は言わずもがな。
そんな中で、気丈に天を睨むミュウは天晴れというほかない。たとえ、その手がきつくレミアの手と結ばれていても。その姿を見て、息を呑むばかりだった優花達も目に力を入れた。
「これは……ダメですねぇ。はは、確かに邪竜という存在を甘く見てました」
「……ん。力の大小は関係ない。放置してはダメな存在」
「ティオが、終わらせてあげたいって思うの……分かるよ」
「対比、ね。ローゼの気持ち、本当の意味で少し分かった気がするわ。なんて有様なの……」
シアとユエ、香織と雫も絞り出すような声音だった。恐怖からではなく、〝堕ちる〟という概念を体現したような存在が、あまりに哀れに見えてしまったからだ。
『死ね。苦しみの果てに――絶滅しろ』
呪いの言葉が伝播する。次々と悲鳴が上がっていく。
過去映像など関係ないと言わんばかりに精神を蝕むそれ。否、過去映像だからこそ、悲鳴を上げられているのだろう。過去の竜王国民は、それすら出来なかったのだから。
「愛子、上手く調整してもらえるか?」
「任せてください」
愛子の〝鎮魂〟が広がる。恐怖しすぎてもいけない。けれど、恐怖しなければならない。
彼等・彼女等が耐えられるギリギリの恐怖心を抱いたまま、しっかりと過去を見つめられる精神状態へ。
これもまた一つの神業だろう。人の心に微細に寄り添った慰めの力の扱いは、愛子が一番だ。
薄桃色の波紋が優しく人々を通り抜け、一人また一人と顔を上げていく。
黒い霧からヘルムートが姿を見せるが、目を逸らす者はもう、ほとんどいなかった。
そうして始まるクワイベルとヘルムートの戦い。
最初は一方的に、そして絶望的に。
どれだけ竜鱗が砕け散り肉を抉られようとも、決して諦めないクワイベル。
ローゼもまた黒い雨の中、一人でも多くを救わんと必死に指揮を執り。
敵も味方も関係なく、ただ生き残るために手を取り合って。
「クワイベル、マジかっけーーっの!!」
『ふふんっ、まぁね! へへっ』
「あらあら、ティオさん。これは母と呼ばれても仕方在りませんね? ふふふっ」
「う、う~む。ちょいと飛び方・戦い方というものを教えただけなんじゃがのぅ?」
形勢逆転。ティオの助言を受けたクワイベルの猛反撃に、恐怖に身を震わせていた誰もが命の熱を取り戻したみたいに熱烈な歓声を上げる。
そうして、現実と過去の声援を背に、遂にヘルムートに勝利するクワイベル。
この後の展開は分かっている。
結局、ヘルムートは分体にすぎず、倒したのはハジメだ。だが、それがなんだというのか。クワイベルの身命を賭した戦いを、民を守り抜いた戦いを、誇らない理由にはならない。万雷の拍手と喝采を贈らない理由はない!
ワッと声が上がった。一斉に贈られる拍手で空気が震えているようだ。その拍手喝采にはもちろん、ハジメ達も加わっている。それだけ勇壮で心に迫る戦いだった。
そこで、ローゼが前に出た。
「皆さん、どうか聞いてください」
女王が語るのは、ハジメ達に話した〝ティオの黒とヘルムートの黒の対比の話〟、そして、逃げるでも戦うでもない〝第三の選択〟の話だ。
真剣な表情で女王の話に耳を傾ける竜王国の人々。
戸惑いがあった。堕とさないことは大前提。しかし、それを超えて、堕ちても救い上げる……
そんなこと夢物語ではないか。人間には不可能ではないか。それこそ、この世界の新たな神になったという竜樹の守り神様に任せるべきでは……
そんな困惑の眼差しを交わし合う人々。
だがしかし、そんな困惑も。
『おいおい、いいのか? あっちには大切なものがあるんじゃないのか?』
世界を赤く照らす流星群――メテオインパクトという天変地異と、
『どうした。なぜ、避けない? まるで何かを守っているようじゃねぇか。そう、たとえば、兄弟の竜核を安置している場所、とかなぁ?』
邪悪に嗤う魔神と、
『ユルサナイッ、ユルサナイッ!!』
『許しなんぞいらん。死ね』
怨嗟の声を上げながらも為す術なく、世界を耕す隕石群に呑まれ断末魔の絶叫をあげて消えていくヘルムートを見れば、だ。
『こんなのって、あんまりだよぉ』
クワイベルの心の呟きが妙に響いたのもあって。
うん、確かにね! こんな最後を迎える前に、今度は救いたいね!! と、高笑いする魔神の天下で、竜王国の人々の心は一つになったが故に!!
「「「「「女王陛下の御心のままに!!」」」」」
「「「「「救われぬ魂にも、今一度救いの手を!!」」」」」
そう、叫んだのだった。
で、思わぬ形で女王の後押しをすることになったハジメの、あまりに容赦なき姿。真っ赤に染めた世界の中心で、どこか不吉なカラスの群れに覆われ、超絶ハイテンションで笑う様に、
「これには深淵卿もにっこり! なの!!」
「なんで今それ言った!?」
ハジメさんは羞恥心で顔を覆い、そんなハジメを龍太郎達はなんとも言えない半笑い気味の表情で、ユエ達(優花を含む)は「はしゃぎ方が子供っぽくてかわいい」と上級者すぎる感想を抱いきつつ生温かい眼差しを向けたのだった。
それから。
歓迎のお祭りを夜遅くまで堪能したハジメ達は、翌日からもゆったりと天竜界を楽しんだ。
例えば優花などは、ビキニアーマー風衣装を着たり(強制)。
それで、竜王国の一部の人々――特に青少年が性癖を捻じ曲げられたり。
ティオがハジメに甘えるシーン――ベッドの上でハジメに膝枕してもらい、頭をナデナデしてもらってご満悦な姿や、不意に撫でるのをやめた途端、ハジメの手の下に頭を潜り込ませて撫で撫で続行を要求する姿、それでは満足できずハジメのお腹に顔を埋めてご機嫌にムチムチの生足をパタパタさせたりなど――の過去視上映会を本人に無断で開催したり。
優花が某ゴブリン絶対殺す冒険者の物語に出てくる剣の乙女風衣装を着させられたり。(もちろん、ちゃんと前方が見える目隠し付き)
それで、更に多くの健全な青少年と一部の女性達の性癖が捻じ曲がったり。
一部の者達が、ユエを正妻として立てるティオに不思議そうにしていたので、ティオ発案でアダルトモード&輪後光展開状態のユエとの訓練戦を披露したり。
その結果、リアル女神降臨に老若男女の性癖が捻じ曲がったり。
なんとなくローゼの気持ちを察していた人達が「陛下、無謀な挑戦はやめましょうよ……」と同情して、ローゼが涙目になったり。
豪華客船アーヴェンストを一般開放し、竜王国の人達にも楽しんでもらったり。そこで優花に超ハイレグ&網タイツなバニースーツを着せて、やっぱり紳士諸君の性癖を捻じ曲げたり。
そんなこんなであっという間に過ぎた三日間。
天竜界最終日の今日、昼の頃合い。
ハジメ、龍太郎、淳史、昇に加え、サバスやボーヴィッド、それにジャンといった近衛隊員などの男性陣は現在、温泉を楽しんでいた。
初日に後回しにした、アーヴェンスト内の温泉街の一角である。
日本の温泉街、というか某神隠しアニメの温泉街をモデルにした人外や巨体にも対応した多種多様な温泉街なのだが、本日、ハジメ達がいるのは温泉街併設の自然エリア。
段々畑状の岩場に、無数の水盤があって、そこに上から温泉が流れ込んでいる感じだ。トルコのパムッカレのような光景と言えばイメージが湧きやすいか。
天井の一部を開閉することで露天風呂にもなるし、今そうしているように竜達も入りやすい。現に、竜騎士達が思い思いに相棒と温泉の魅力に浸っている。
「つれぇわぁ~。大将達が帰ったら、もう味わえねぇと思ったらつれぇわぁ~」
と嘆くのはボーヴィッドだ。昼間から酒を飲んで、温泉の中でぐでぇ~としている様は完全にダメオヤジである。
「大規模な公衆浴場を作るのも良いかもしれませんね」
「……サバスさんって、失礼だけど今年いくつでしたっけ?」
龍太郎が恐る恐る聞く。それほど、サバス老の腹筋はバッキバキだった。筋肉バカと評判の龍太郎がビビるくらいに。
一応、混浴可能なエリアなのでハーフパンツを履いているが、おそらく太もももヤバイだろう。ふくらはぎとか、どうやって鍛えたらそんな場所が盛り上がるんだよ、小っちゃな岩でも埋め込んでんのかい! とツッコミが入りそうである。
加えて、めっちゃ傷だらけだし。淳史と昇なんて完全にビビっている。
「なぁ、大将~。この船、従業員募集してない?」
露骨に転職を願うボーヴィッドさん。本格的に堕落し始めているっぽい。
しかし、当のハジメは何やら防水タブレットに見入っていて聞こえていない様子。
「なぁ~、大将ぉ~、なぁってば――おぉおおうっ!!?」
ダル絡みしようと犬かきスタイルで近寄ってきたマダオだったが、その視線がハジメの向こう側を捉えるや否や、感嘆とも驚愕ともつかない雄叫びを上げた。
それは、釣られて視線を向けた淳史達も、そしてジャン達近衛達も同じである。
「……ハジメ? 温泉に入ってまで何見てるの?」
ボーヴィッドはスルーしたが、この声を聞き逃すなどあり得ない。肩越しに振り返ったハジメの視界に、それはまぁ他の男性陣を石化させるだろう光景が入った。
そう、水着の女性陣である。
公の場なので、ビキニタイプではあるが露出は比較的に少ない。Tシャツやパーカー、腰にパレオを巻いている者もいる。だが、そんなのは彼女達が放つ魅力を僅かにも陰らせてはいなかった。
その美貌は言わずもがな。透き通るような肌、細身だったり肉感的だったりと各々特徴はあるが、いずれも神々しいばかりのプロポーションである。
「鈴! めっちゃかわいいぜ!」
「んなっ!? そんな大声で言わなくていいって! ばか!」
美女揃いにちょっとばかし気後れしているっぽい様子の鈴だったが、彼氏の満面の笑みに赤面&あたふた。
淳史と昇が「こ、こいつ……流石は彼女持ちってかっ」みたいな顔をしているのはさておき。
「パパ! どうですか! なの!」
ハジメのいる岩棚にぴょんっと飛び込んでくるミュウ。
ハジメの目の前で腰に手を当て、堂々と胸を張る。
取り敢えずハジメは思った。
「なんで白のスク水?」
そう、白のスク水である。ご丁寧に胸元には〝みゅう〟名前まで。最近、おしゃれさんになりつつあるミュウなら、もっと可愛いのを選びそうなものだ。
「優花お姉ちゃんだけだと可哀想だと思って!」
「あ? あ~」
「な、何よ!」
視線を転じる。確かに優花お姉ちゃんも白スクだった。ネームはない。代わりに、なんだか水に濡れたら肌が透けそうなくらい生地が薄い気がしないでもない。
犯人は言わずもがな。こちらは上着もパレオもなく堂々とビキニ姿を晒す奈々と妙子がドヤ顔している。
「園部」
「何よ!」
「ここ、公の場なんでR18衣装はご遠慮ください」
「!!?」
「ミュウ、たまにはそういうのもいいな? 可愛いぞ」
「……優花お姉ちゃん、すまぬぅ」
「謝らないでくれる!? わ、私、着替えてくるぅ!!」
パタパタと走り去っていく優花ちゃん。慌てすぎたせいか、途中で転んで湯船にダイブ。
水着は……透けなかった。親友達も公開露出させる気はなかったようである。まぁ、それでも普通に着替えたくて走り去ってはいったが。
「ユエ達も似合ってる。ありがとな。俺の気持ちを慮ってくれて」
「……ん♪ 本気の水着はハジメしかいない時に着るから問題なし」
本気の水着とは!? と男性陣が今にものぼせそうな雰囲気だ。
ハジメの傍に入っていくユエ達を見て、ボーヴィッドが「あんたのもとに就職なんて真っ平ごめんだ! クソがっ。クソがぁっ」と泣きながらどこかへ走り去って行く。
隊長~~っ、飲みましょう! 今日はとことん飲みましょう!! と部下達が後を追いかけていく。
「いやはや、眼福ですな。ローゼ様も随分と勇気を出されたようで」
「その割には反応薄いですけどね! ええ、分かってますよ! ユエ様達の前じゃあ私ごとき霞だって!」
「大丈夫ですよ、ローゼさん。貴女にはまだ未来があるんですから」
「愛子さん! 愛子さん……愛子さんっ」
「その三段活用の内容いかんによっては、魂にビンタしますよ」
優しい言葉に感動! あ、でもそれって愛子さんはもう……愛子さんっ、元気だして! だったら危ないところだ。ローゼちゃんに限って、そんなことはないだろう。大量の冷や汗を流しているが。
「それで、ハジメさん。何を見てたんです?」
「エッチな動画だったり?」
「香織、お前は俺をなんだと思って……」
あはは、冗談だよぉ~と誤魔化し笑いする香織。
ハジメの周囲が美女・美少女揃いな上に水着姿の陛下もいるせいか。遠慮して周囲の男性陣が龍太郎達を除いて距離を開けていく中、ハジメはディスプレイを見せるようにして反転させた。
「前に言ってた竜王国の建国関連の資料だよ。電子化させてもらったから、改めて精査していたところだ」
「ああ、そう言えば初日の夜は結局、昼寝……じゃなくて夕方寝? したのも関係なく寝かされたものね」
「……ん。せっかくのバカンス。夜は寝るもの。無理はよくない」
「うっす」
で、なんだかんだ観光を優先して資料漁りは今になったわけだ。
「何か気になることがあったんじゃろ?」
「あ~、まぁな。……たぶん偶然だし、はっきり言って荒唐無稽というか、ほとんど妄想の類いなんだが……」
「珍しいですね? ハジメさんが、そんなに言葉を濁すのは」
リリアーナが首を傾げる。余計に気になるのと、ユエ達も興味深そうな視線を注いだ。
「えっとな、竜王国が建国される以前、この世界も割と群雄割拠の時代だったらしい」
「ええ、そうですね。王竜が我が国にしかいなかったのも、その時代の戦争が原因と言われています」
『王竜同士でも、意見や価値観の相違はあるから、ね……』
ローゼが補足し、ちょうど舞い降りてきたクワイベルが少し寂しそうに声を震わせた。
神話の時代から長い時を経れば、王竜とて使命を越えて、譲れぬもののために争い合うことはある。まして、人間同士は……ということだろう。
「そんな戦国時代を終わらせたのが、初代竜王国の王と、その相棒の王竜だったらしい」
「……その後、千年の平和を築いたんだから凄い人達」
「ふふ、ありがとうございます」
『うん……ありがとう!』
ユエの称賛に嬉しそうに破顔するローゼと、翼を振るわせるクワイベル。
「で、だ。まぁ、当然ながら初代も相棒の王竜もバカみたいに強かった。まさに〝伝説の竜騎士〟だな。王竜の方は実際、天候を操れたらしいし」
「今と違い、まだ銃火器が発明されていない時代です。ですが、初代様はどうやってか、天核のエネルギーを使い、それこそユエ様達の魔法のように強力な自然現象を起こせたといいます」
今では原理不明の、まさにお伽噺だ。
まさに人竜一体。世界統一も頷ける英雄だったのだろう。
「ご主人様よ、じらすでないよ。気になったのは、何も天核エネルギーで魔法を再現できるか否かが気になったからではあるまい?」
既に、素子変換技術を持っているハジメだ。確かに、そこまで気にする技術ではない。
「ああ、そうじゃない。気になったのは、この相棒である王竜の名だ」
「王竜の名、じゃと?」
ますます分からんと小首を傾げるティオ達に、ハジメは言った。
「初代国王が名付けたらしい。――〝ウラノス〟と」
「!!」
聞き覚えのある名に、ティオだけでなくユエ達も目を見開く。不思議そうなのはローゼ達だけだ。
「ローゼ達に確認した。この世界に〝ウラノス〟という単語はない。なぜ、初代国王は相棒となった王竜にその名を与えたのか……」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ、ご主人様よ。それは……」
困惑するティオに。話の内容を理解して、ユエ達も顔を見合わせている。
「ルトリアは言った。死んだ者の魂は自然に還り、大樹を通して浄化され、また人に宿ると。それは、色の付いた水が大河に落ち、飛沫の一滴が宿るようなものだと」
だが、もし、その色水がなんらかの偶然、あるいは理由があって色づいたまま再び誰かに宿ったら?
それを、地球でも都市伝説のように語られる〝前世の記憶〟とか〝輪廻転生〟というのでは?
「まさか、本当に?」
ティオが信じがたいと言いたげな表情で言葉を零すティオに、否、ユエ達全員に、しかし、ハジメは苦笑気味に肩を竦めた。
「言ったろ? 妄想の類いだって。初代の名前は違うしな。けど、お前に聞いたあいつらの最期を思うと……もし、そうだったら、まぁ……」
「ご主人様……」
神域での戦い。死してなお相棒を守るため動き、その身を盾にした白銀の神竜ウラノス。その姿を見て最後の最後に己を取り戻した魔人族の大将フリード・バグアー。
元々は、ただ魔人族の安寧を願ってやまなかった一人と一体は、しかし、大迷宮を攻略したことで神に目を付けられ、大きく思想を歪められた。
そんな二人が、もし、もしだ。
死してなお離れることなく共に別の世界へ転生していて、再び相棒と出会い、今度こそ平和のために戦い、それを成したというのなら……
「悪くない。ロマンのある話だって思ってさ」
ティオ達は再び顔を見合わせ、そして共感の笑みを浮かべあった。その心情を代表して、
「……そうじゃな。うむっ。きっと、そうに違いあるまいよ」
ティオはとびっきり優しい表情で頷いた。
「え、え~と、その、もしかして初代様をご存じ……いえ、でも千年も前のことで……えぇ?」
すっかり置いてけぼりをくらって困惑しっぱなしのローゼ達。
どういうことなのか。改めて詳しく聞こうと口を開きかける。
だが、結果的にそれはできなかった。
直後、会話どころか、この異世界旅行自体が終わる出来事が、その始まりとなる出来事が起きたから。
「……んっ? 魔力反応? 転移!?」
いち早くユエが反応する。ハジメの魔眼石も捉えた。ハジメの数メートル前方の空間が揺らいだことを。次いで真紅の魔力が虚空にスパークした。
一瞬で警戒態勢を取るハジメ達。
そうして、ティオと香織がローゼ達を庇う位置についた次の瞬間だった。
「もぉぉおおおおおイヤァアアアアアアアアアッ!!!?」
凄まじい、それこそ発狂しているのではと思うほどの絶叫を上げて、何者かが〝ゲート〟から飛び出してきた。
相当な速度で走っていたのか、なんと水の上を数歩ほど走り、抵抗力で躓き、飛び石のように水面をバウンド。
「なっ、あんたは……」
そんな状態でも相手の正体が見えていたハジメは、避けると普通に死ぬ可能性があったので、しっかり衝撃を殺して受け止める。
直ぐに効力を失って閉じる〝ゲート〟。
何事かと駆け寄ってくる近衛達。
にわかに訪れた混沌の中、ミュウが叫んだ。
「あまいお姉さん!?」
そう、世界を越えて転移してきたのは通称バスガイドさん。かつて、ハジメが修学旅行で騒いだ侘びとして、何かあった時用にとアーティファクトの御守りを渡した相手だ。
すっかり目を回して気絶している甘衣お姉さんを抱えたまま、ハジメは、困り顔で周囲を見回した。
もちろん、状況を説明してくれる者はおらず、皆、同じような表情だった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
※ネタ紹介
・まずい! もう一杯
キューサイの青汁のCMより
・憧れとは理解から最も遠い感情
『BLEACH』の藍染より。オサレ。
・悔しいのぅ悔しいのぅ
元ネタは『はだしのゲン』らしいです。