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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
527/545

天竜界編 天竜界の神話

大変お待たせ致しました。本日より更新再開です。よろしくお願いします!





 その後。


 白眼を剥いたまま糸の切れたマリオネットみたいになっていたヒッグス助祭は、赤ちゃん竜に付き添われながら、無事(?)に回収されていった。


 迎えに来た黒竜と竜騎士達の表情は、ヒッグス助祭への哀れみとハジメへの畏怖に引き攣りまくっていたが。


 何か誤解されてるな……と感じて声をかけたハジメに、彼等は「ヒッ、ごめんなさい!」と声を揃えて平身低頭。それどころか、黒竜達まで仰向けに寝転がり、いわゆる〝ヘソ天〟状態に。


 ハジメは少し落ち込んだ。


「〝いないいないまおう〟の時といい、天竜界では落ち込むことが多いのぅ?」


 テミス・モシュネー寺院の地下――実際は巨大な一本岩の内部なので地上より上だが――への階段を下りつつ、ティオがハジメと腕を組む。


 巨大と称すべき胸元にハジメの腕が埋もれるようにして沈んだ。ティオなりの慰めだろうか。


「まぁ、あれは流石に大人げないというか、自業自得だったと思うわよ?」


 それを真後ろからなんとなしに見つめつつ、優花が苦笑を漏らした。


「言うな。自覚があったから落ち込んだんだろうが」

「ハジメさん、なかなかの浮かれっぷりでしたねぇ~」

「ふふ、ちょっと可愛かったかも?」


 シアと香織の微笑ましげな表情にはそっぽを向くしかないハジメだが、転じた視線の先にもユエの生暖かい眼差しが。逃げ場なし。


「……ん。帰る手段はあるし、逼迫した事情もない。なら、意図せず迷い込んだ未知の世界なんて、ハジメの大好物。浮かれて当然」


 なるほど。と、子供っぽい悪戯をして竜達を危うく昇天させかけたハジメの、魔神としての姿とはかけ離れた様子に驚いていたローゼ達が納得の表情を見せる。


 ティオとは反対側でハジメと手を繋いでいたミュウが、覗き込むように前のめりになって、にっこりと言う。


「それに、ティオお姉ちゃんと一緒だったから。なの!」


 なの! は、でしょ? の意味だろう。ハジメに向ける顔が、どこかニンマリしているから。


 もしハジメが一人だったなら、死の雨が降る異世界で、あそこまで浮かれはしなかったに違いない。たとえ帰還手段があるとしてもだ。


 冒険心を共有できる大切な人が傍にいた。


 だからこそだったに違いない。


「まぁな。ティオと二人きりの時間もあまりなかったし……」

「ご主人様……」

「空を行くしかない世界に、よりにもよってティオと二人きりで迷い込むってのは……ちょっと運命めいたものを感じて心が躍ったんだよなぁ」

「……」


 ミュウの言葉を否定せず、むしろ、ティオに微笑を向けるハジメ。細められた目は、どこか慈しんでいるようで。


 ティオは目を伏せた。頬をほんのり染めて、恥ずかしげに。目を逸らした代わりにというかのようにハジメの腕を抱き締める力は強めながら。


 かわいい……と、前にいるユエ達も、後ろにいる優花達も思わず顔を綻ばせる。


「南雲っち南雲っち~。後で過去視ツアーする時にはさぁ、二人のイチャイチャシーンも忘れずにね?」

「はぁ? 嫌に決まってるだろ」

「ティオさんの乙女姿はレアなんだよ? 旅行でくらい見てもいいじゃん!」

「そうだそうだ! ティオさんの可愛い姿を独り占めなんて横暴だぞぉ! 我々は〝ティオかわシーン〟を要求する!!」


 奈々と妙子から要求(リクエスト)が投げられた。家族はそうでもないが、奈々達からすれば〝ドMドラゴン〟か〝スーパーティオさん〟くらいしか見る機会がない。


 カードのレアリティでいうなら、コモンかスーパーレアだけだ。それはウルトラレアな〝乙女ティオさん〟が見られる機会を逃したくはないだろう。


「あなた。見せるのはいいですけど、R指定が入りそうなシーンがある場合は事前に教えてくださいね? ミュウもいるんですから」

「そもそも見せねぇよ! そんなシーン!」


 お前は何を言ってるんだ? とレミアにツッコミを入れるハジメだが、そこへR指定が入りそうな告発(?)暴露(?)が。


「そ、そうですよ! あんな……あんなエッチなシーンをお披露目なんてけしからんですよ! ええ!」

『ローゼ……君、必死だったんもね……なんとかして見ようとして……』

「しょうがないじゃない! だって、だってっ! あえて半裸状態でなんて! しかもなんですか! わざわざ、あんな……確か、浴衣というのでしたか? に着替えさせてまで! くっ、なんなの! なんだというの! あの衣装が醸し出す半裸の異様なエロさは! レベルが高すぎる!!」

『……ローゼ、僕、君が恥ずかしいよ』

「というか普通に暴露するのやめてほしいんじゃが!?」


 先導と案内のため先頭を行くローゼが肩越しに振り返って見上げてくる。顔が真っ赤なうえに、鼻からツ~ッとムッツリの赤い証を垂らしている。クワイベルが心底嫌そう。


「ふぅん? ハジメくん、招かれたばかりの船の上で致しちゃったんだ? ティオのこと襲っちゃったんだ?」

「しかも、一国の女王様に見られるような場所で、ねぇ?」


 当然ながら、香織と雫からジト~ッとした眼差しがハジメに注がれた。愛子とリリアーナも……


「おまけに衣装指定まで……いえ、それってもしかしなくてもティオさんの要望では? 無理やり脱がされるシチュエーションとか好きって前に言って……」

「分かるぅ。乱れた和服ってなんであんなにエッチなんでしょうね?」


 いや、愛子は大正解な考察を、リリアーナはローゼに激しく共感していた。


 ローゼの暴露と愛子の図星な指摘、そしてハジメへの冤罪(?)に、ティオがわたわたする。


「いや、確かに着替えたのは妾じゃが、人前でなんてしておらんよ!? 襲われてもおらんからな!? 時と場合くらいは弁えておる!」


 弁えて……? 希代のド変態が何か言ってる……と、淳史と(のぼる)は訝しんだ。というのはさておき。


「そうだぞ。キスくらいはしたと思うが……する時はちゃんと部屋でした。甘えてくるティオが可愛くて……我慢できなかったのは認める。でも一応、防音の結界は張ってたぞ」

「言わんでよくないかのぅ!? ご主人様よ!」


 公衆面前ハァハァは恥ずかしくないのに、純粋なイチャイチャは恥ずかしいらしい基準のよく分からないティオさん。顔を真っ赤にして恥じらっている。後続の竜王国の皆さんも、わけが分からないよ……みたいな顔だ。


 と、そのあたりで全員が地下一階に足を踏み入れた。ローゼの鼻下を拭ってあげていたサバスが振り返り、深々と頭を下げる。


「その節はローゼ様が大変申し訳ございませんでした。お年頃ということもあり何度お仕置きしてもやめず……いえ、言い訳ですな。全てはじぃの不徳の致すところ。あの手この手でお部屋を覗こうとした女王のスケベ心、きちんと教育いたします故、どうかお許し頂きたく」

「丁寧な謝罪が逆に辛い……スケベでごめんなさいでした!!」


 ローゼ様、今度は別の意味で更に真っ赤に。


「えっちなことへの抑えきれない好奇心……どこかブルックの町のソーナちゃんを彷彿とさせますね……」

「ああ、〝マサカの宿〟の。そう言えばシアさん、知ってます? 最近、帝国貴族の多くがブルックに足繁く通っているそうですよ。ハウリアに対抗できる隠密技術を、ソーナさんから学ぼうとしている、なんて噂も届いています」


 リリアーナの報告に、シアのみならずハジメやユエも、「そんなまさか……」と目を見開いた。


 だが、あり得ない話ではない。ただの宿の看板娘が、勇者の認識能力すら凌駕するスキルを獲得しているのだから。そう、全ては抑え切れぬエロスへの好奇心が故に!


 という話は置いておいて。


 寺院の地下一階は、遺跡というには随分と現代風(天竜界の)だった。


 まず岩を削って作られた階段から、床が、否、壁も天井も変わった。全方面が金属板と柱で補強されている。


 その天井には直管蛍光灯――オフィス等でよく見る細長い棒状の蛍光灯――のような光源が取り付けられていて、部屋の中央にはこれまたオフィスらしいデスクと椅子が並んでおり、壁際には新しい金属製の壁棚が作られていた。


 壁棚には薄い金属板で作られたA4サイズくらいの保護ケースがみっちりと並んでいる。中には紙の資料が収められているのだろう。


 寺院を復活させるにあたって、資料の保存方法も現代風に改良されたらしい。


 黒い雨が再び降るような事態は二度と起こさないというローゼ達の決意は本物だろうが、それはそれ、これはこれということだろう。否、だからこそだろうか。


 この先、何があろうと歴史は途絶えさせない。そんな強い意志を感じる。


「ご見学の要望は〝神話の壁画〟でしたな?」


 サバスの確認にハジメは頷いた。


 なんだかんだハプニングも相まって時間が経っている。地下に入る前に見た限り、空はだいぶオレンジ色を帯びていた。お祭りの準備も随分と進んでいるに違いない。


 いったい何千年前から存在しているのかも分からない遺跡なんてロマン溢れる場所は、じっくり見学したい気持ちもあるが、今日のところはひとまず、だ。


「時間があれば、寺院のことだけじゃなく竜王国の建国記なんかも見てみたいんだけどな……」

「あら、我が国の歴史に興味を持っていただけるなんて嬉しいです。それなら王宮の書庫にも残っているものがありますが、こちらで復元された資料も帰りに持ち出しましょう」


 嬉しそうに微笑むローゼ。視線で文官の一人に指示を出せば、老齢の文官もまた嬉しそうに頷いて資料棚へ向かっていく。


「残っているもの? 王宮自体は無事だったのに、そちらに保管されていた書物も無事じゃなかったということかしら?」


 耳ざとい雫が不思議そうに首を傾げる。かつての地上での戦火、あるいはグレゴールの簒奪戦争時に失われたのかと。


 答えたのはサバスだった。眉間に深い皺を作って首を振る。


「グレゴールが意図的に焚書にしたのですよ。竜王国の民の心を折るために、わざわざ民衆を集めて盛大に焼いたそうです」


 ()の簒奪王が歴史書などに価値を見い出す男でないことは自明のこと。


 なるほど、納得の利用方法である。


 だが、だからこそだ。書物の価値を知る者達が必死に隠した少なくない書物の数々は、特に探されることもなく現存していた。


「焼け残った一部から復元していただいた書物も多数ございます。ハジメ様と光輝様には竜王国の民一同、深く感謝しております」

「再生魔法を使ったのは天之河で、俺は何もしてないぞ?」

「多大な魔力を、ご提供いただいたと聞いております」

「……まぁ、それはそうだが」


 サバスのみならず、竜王国の面々から感謝の滲む眼差しを向けられる。が、無限魔力を手にしたハジメにとって本当に大したことではないので、なんともむずがゆい。

 

 寺院が守り積み重ねてきた歴史を一部でも取り戻せたことは、それだけ竜王国の民にとって大きなことだったのだろうが……


 きっと、光輝もあまりにも感謝の念が大きくて、だから、同じような気持ちになってハジメの話を持ち出したに違いない。なので、ハジメも半ば誤魔化すように言う。


「一番感謝すべきは、焼け残った一部ですら大事に隠し持っていた竜王国の民だろう。大した愛国心だな」

『あははっ、勇者さんも同じことを言っていたよ。二人ってどこか似てるね!』


 クワイベルの無邪気な一言に、ハジメの表情は一気にしぶ~い表情になった。思わず噴き出す香織と雫。龍太郎達もクツクツと忍び笑いを漏らす。


 なので、またも誤魔化すように口を開く。


「その天之河からの報告書に、建国時代のことも少し記載されていたんだが……幾つか気になった点があってな……夜にでもゆっくり読ませてもらいたい」

「ふふ、承知しました。では、お部屋に運ばせておきますね」


 そう言えば、ハジメ様の話を聞く度に光輝さんも同じようなしぶ~い表情になっていたなぁ……と思い出し、思わず口許が緩んでしまうローゼ。


「さて、そろそろ参りましょうか。目的のものは最下層にございますが、道中、気になるものがありましたら、どうぞ遠慮なくご質問ください」


 流石は気の利く執事様。淳史や昇、それに奈々達がニヤニヤ顔で何か言いかけているのを横目に、ハジメに助け船を出すように先導を再開してくれた。


 そうして。


 更に階下へと進みながら、博物館のごとく展示された歴史的な宝物の類いを見学したり、新たな歴史の資料室――特に魔神と龍神様の記録や作製中の彫像を見たり、もちろん、ハジメとティオが悶えたりしつつ。


 辿り着いたのは五階層ほど下。そこは金属の壁や柱で補強されてはいなかった。


 見えるのは岩壁と、壁に直接埋め込まれた天核を用いたランタン。いずれも古めかしく、どこか襟を正さずにはいられない不可思議な空気感があった。


 直径二十メートルほどの円柱形の部屋で、床には何も置かれていない。部屋の中央に螺旋階段があるだけだ。


「なんだか……空気が綺麗な気がするの……」

「ええ、そうね……地下なのに不思議ね」

「みゅ。例えるなら、土地神様が残ってる山奥の(やしろ)みたいな空気感なの」

「ええ、そう……ね? え? 土地神様?」


 レミアママ、娘の例えに困惑する。どうしてそんな場所を知っているのか、土地神とは? というか残っているとどうして分かるのかとか疑問は溢れてくるけれど、ハジメに透き通った微笑と共に肩をぽんぽんされて同じような表情になった。


 まぁ、ミュウだし、と。みんなも同じ表情だ。特に今は妖怪の存在も世界ごと証明されているし。


「これが、光輝が復元したっていう壁画か……」

「壁一面に描かれてんのな。高さも六~七メートルはあるから壮観だ……」

「結構しっかり色もついてるんだな」

「色褪せないよう保存することも寺院の役目ですから。黒い雨が降る前の時点でも十分に美しい状態を保っていますね」


 龍太郎が感心したように視線を巡らせ、淳史と昇が感心の声を上げ、サバスが補足してくれる。


 愛子とシアもまた視線を巡らせながら呟いた。


「あの大きな樹が竜樹ですよね? 幾つも描かれてる?」

「白い竜さんと常に一緒に描かれてますねぇ」


 香織が「竜樹っていうネーミングがぴったしだね」と感想を漏らし、雫は思案顔で「東西南北に一本ずつ……状態の違う形で描かれてるってことは……」と口にしつつ、ローゼへ確認するように問う。


「この壁画、東回りで神話を時系列順に描いているのかしら?」

「はい、寺院もそのように解釈しています」


 ローゼは頷き、北側の壁画へ歩み寄った。クワイベルがそっと追随する。埃一つ立てないように。あるいは、偉大なる先人の眠りを妨げぬよう心を砕くように。


 そして、床からジッと白い竜を仰ぎ見た。


「この北側に描かれた輝く竜樹から始まり、西側の根本を残して失われるまでの歴史を」

「ローゼよ。その白い竜は、どういった存在かのぅ?」

「私達の世界では〝命ある者の始祖〟〝始まりの真竜〟、あるいはまとめて〝真祖〟と呼ばれています」

「十中八九、この天竜界における〝大樹の化身〟だろう」


 なるほど、と納得の空気が漂った。ハジメが竜樹の化身にメーレスを選んだのは、単に天竜界だからというだけでなく、この壁画を報告されて、同じ竜種の方が竜樹に認められる可能性が高いと踏んだからに違いないと。


「天之河の報告書から思ってはいたんだが……」


 そのハジメは東の壁画へと壁沿いに歩いて行く。そして、そこに描かれている様々な絵画――人や竜、そして様々な生き物、自然や建造物を眺めながら、何か納得したように頷いた。


「やっぱり縮尺は割と意識して描かれているんだな。とすると、あの白い竜……龍神モードのティオよりも巨大だぞ」


 白い竜は竜樹をすっぽりと囲んでいる。東洋特有のドラゴンであるヘビ型ではない。西洋のトカゲ型にもかかわらず。


 根本に寝そべっているのに、その胴体の高さが竜樹の三分の二に至り、尻尾を入れずに胴体部分の全長だけで余裕を持って囲えてしまっている。


 東側の立ち上がった姿など、竜樹の全長を超えているくらいだ。


 ティオで言うなら、通常の黒竜モードが、そのまま黒龍神サイズになったというべきか。


 まさに、山の如し。天を衝くかのような威容が壁画からだけでも伝わってくる。


「それで化身の権能を振るえたのなら、なるほどのぅ。まさに神竜と表現すべきじゃな」

「ええ、まさに私達が信仰する神のお姿です。故に、後の頂に至った竜を、神に最も近い真の竜――〝真竜〟と呼ぶようになった。という言い伝えもあります」


 北側から東側の壁画を、指を滑らせるようにして指し示すローゼ。


 そこには天候や大地が変化していく様、徐々に動植物が増えていく様が描かれていた。より東側付近では人の姿も見られ、竜樹の根本には建造物群……おそらく国家だろうと思しき絵も見て取れる。


「天地創造に、生命の誕生、文明の発展ですね。北から東にかけては」

「ええ。そして、東から南にかけて、事の起こりが描かれているのでしょうね。竜樹が失われる一大事の」


 愛子の言葉を引き継ぎ、リリアーナが険しい表情で東の竜樹を見つめる。


 東側の竜樹と真祖は、黒い霧のようなもので覆われていた。


 まるで、キャンバスに薄めた黒のインクをぶちまけたような有様だ。


 その中で、真祖は立ち上がり咆哮を上げている。そこから白色で描かれた円環が竜樹と自身を囲っていた。


「一生懸命、黒い霧を払おうとしているみたいなの」

「そうだな。だが、上手くはいかなかった」


 ハジメ達の視線が東側から南側にかけて移動する。人々と竜が小さな黒霧の塊と戦っている姿が描かれていた。黒霧は人の姿にも、竜の姿にも、あるいは別の何かも見えて姿形が判然としない。


「この黒霧って……なんなの?」


 と優花が独り言のように疑問を口にする。ローゼは緩やかに首を振った。


「分かりません。どこから来たのか、その正体も。記録がないのです。竜王国が建国されたずっと以前から」

「泥獣じゃないの? ほら、黒い霧って……ヘルムートの時もそうだったんでしょう? だから……その、ね?」


 優花が少し言い淀んだのは、この世界の神様を侮辱することになりそうな疑問だったからだろう。誰もが崇める竜の祖が、堕ちていたんじゃないかなんて。


 しかし、ローゼ達は特に不快に思った様子もなく、むしろ、苦笑だけを見せた。自分達も考えたことだったからだ。


「確かに、そういう見解もなくはありません。ですが……」

「黒霧と真祖が放つ白い光は明確に使い分けられている。それはつまり、真祖は確かに黒い霧と戦っていたことを示している。と思う。つまり堕ちていない。だな」


 じっくりと壁画を観察しながら、自分の考えを口に出して確認しているような声音でハジメが答えた。


「んで、この黒霧の正体がヘルムートのような神話の時代の邪竜だったなら……なぜ、そう描かないのかが疑問だ。なぜ正体を隠す? その合理的な理由が分からない。つまり、この神話を後世に伝えようとした継承者達にも正体は分かっていなかった。と考えるのが妥当……」

「というのが、寺院での主流の解釈となっています」


 こちらを見もせず考えに没頭しているハジメに苦笑しつつ、ローゼが頷く。


 なるほど、と優花も納得顔で頷いた。今度はユエが指をさす。


「……竜樹を囲う黒い霧からシャワーみたいに細い線が延びてる。これで黒霧の小さな怪物を生み出してる?」

「だろうな。で、人と竜が協力して竜樹の救援に向かっているって感じか」

「はい。寺院の解釈もそうなっています」


 黒霧の怪物は竜樹を背にしており、人と竜は竜樹に向かっている。


 ただの一人、一体も竜樹に近い場所に人や竜の姿は描かれておらず、黒霧の怪物達がいかに強力であったかが伝わるようだった。


 それは、南側へ行くほど――つまり時間が進むほど黒霧の怪物は増えていき、逆に人と竜の数は減っていく様からも明らかだ。自然や建造物も徐々に朽ちていく様子も描かれている。


「パパ、これってクーちゃんの世界の……」

「砂漠界を襲った〝厄災〟や〝暗き者〟じゃないかって? ああ、俺も天之河も、そうだったんじゃないかと思ってる」


 天竜界もまた外宇宙からの〝厄災〟に襲われ、抗いきれず竜樹と化身を失った。


 この壁画は、それを伝えようとしているのではないか。


「見ろ、南側の竜樹を。まさに敗北の事実を描いている」


 竜樹に纏わりつく黒い霧。そして、少し離れた場所で力なく横たわる真祖の姿。あちこちに亀裂が走っているように見えるのは、壁自体の劣化ではないだろう。満身創痍を表現しているに違いない。


 その真祖を守るように囲む、少なくなった人と竜が描かれている。


 一方で、竜樹の根本にはおびただしい数の小さな黒霧の怪物が描かれていた。


 誰の目から見ても勝敗は明らかだった。


「敗北は避けられない。そう認めざるを得なかった真祖は、だが、最後の最後で逆転の一手を放ったんだろう」

「……それは……あ、もしかして、それが天核や竜核の循環能力と、竜樹の役割の話?」


 南から西へ視線を滑らせながら、そこに描かれている光景を見てユエが察する。


 ここだけは、間に更に三本の竜樹が描かれていたのだが、その竜樹が今度は白い霧――おそらく輝きを表現しているのだろう――に、覆われている光景が描かれていた。


 合わせて、黒い霧の絵が目に見えて薄れ、少なくなっていく。


「竜樹が……消えていくの……」

「ああ。たぶん、竜樹自体を代償になんらかの強大な力を使ったんだろう」


 二本目、三本目と天頂から消えていく竜樹。消えていく端から光の粒子に変わって、その光が世界に降り注いでいるようにも見える壁画だった。


「おそらく、これが天核の正体です。真祖様は、黒い霧を打倒する苦肉の策、最後の手段として竜樹を代償にした。けれど、それでは世界の循環が滞ってしまう。ですから……」

「竜樹が力を使い果たし完全に朽ちる前に、細かく砕いて世界中に降り注がせた。せめて、この世界……いや、この星の中だけでもエネルギーが循環するように」


 この世界の竜樹も、元々は他の世界と同じくエネルギーの循環を司っていたに違いない。実際、復活した竜樹は問題なく他の世界と繋がり、素子の循環と変換を行っている。


「なるほどのぅ。天核は、かつての竜樹の欠片。あるいは、それが自然と結びつき変じたものというわけなのじゃな。ならば、驚異的な性質も頷けるのじゃ」


 ティオの瞳が西側と北側の中間に描かれた真祖の姿を見つめていた。


 感心と敬意と、そして悲しみの宿った眼差しだった。


「竜の神様……自分も代償にしたの?」

「……そうだな。きっとそうなんだろう。それが竜核だ。己の眷属たる者達に後世を託したんだ」


 竜樹と同じく、体の半分しか描かれていない白い竜。同じように光に転じ、しかしそれらは大地に降り注がず、全て生き残った竜達に繋がっていた。


「……竜種は世界のバランサー。ん、納得。化身の役割を、種族みんなで担った」


 黒い霧は晴れても、黒霧の怪物達は残っていた。


 真祖自身が倒さなかったのは、あるいは既に限界だったのかもしれない。壁画には、真祖の力を受け継いだ竜達が怪物達を駆逐していく光景が描かれていた。


 彼等・彼女等は、いったいどんな想いだったのだろう。平坦な絵からだけでも、敬愛すべき神を失った彼等の悲嘆と壮絶な覚悟、そして怪物達への怒りが伝わってくるようだった。


「あの、ハジメ君。竜樹と竜族さんの関係は分かりました。でも、そうすると竜樹が復活した今、天核や竜族の皆さんは……」


 何やら難しい表情で改めて東側の壁画を見つめていたハジメに、愛子が疑問を口にする。


「特に変わらないな。むしろ、この先、竜樹に何かあっても保険がある、くらいの話だ。むしろ、元が竜樹だからな。メーレス曰く、世界の把握や干渉がしやすいとのことだ」

「ああ、そうなんですね」

「ちなみに、巨大泥獣も感知して俺に連絡をくれてた。俺が救援に行かなくても、メーレスが間に合っただろうな」


 巨大泥獣は魂がなく、生物ですらない。それでは流石の化身も直接に探知することは難しい。だが、自然のエネルギーが急に失われたり、エネルギーの空白地帯ができるなど、間接的に異常を感知することは可能だ。


 なので、少し遅れはしたがハジメ達が救援に行くと決めた直後くらいには、ハジメに連絡が来ていたのだ。


 では、なぜメーレスは救援に来なかったか?


 もちろん、ハジメがロマンと、娘へのお披露目を優先したからである。


 閑話休題。


 ようやく視線を壁画から離し、ハジメは「それに」と肩を竦めた。


「さっきも少し言ったが、竜樹がないと他の星にエネルギーが行き渡らない。スケールがでかすぎて観測は十全にできていないが、それが世界に良い影響を与えるとは思えないしな」

「ああ、確かに。異世界と聞くと一つの星をイメージしてしまいがちですけど、正確には別の宇宙全体も含みますものね」


 納得顔で頷く愛子。


「……ん。加えて言うと、世界樹の枝葉と化身がいれば、この〝厄災〟に勝てずとも完全敗北はしない。ということも、ある意味証明されてる」


 ユエが黒い霧に目を細めている。冷淡さすら感じる横顔だ。戦闘モードの顔付きである。


 ただでさえ絶世の美貌である。戦女神もかくやの雰囲気を宿す表情なんてすれば、また別ベクトルの魅力が無差別に放たれるというもので。


 茶目っ気のある表情、のほほんとした、あるいは妖艶な姿しか知らない竜王国の面々が思わず視線を吸い寄せられ見惚れてしまうのも無理はない。


 ほら、また近衛副隊長(ジャン)君が「ふ、ふつくしい……」と顔を真っ赤にして胸元を握り締めているし。


 そんなジャン君に追い打ち。


 口の端を吊り上げ、吸血鬼の牙を僅かに覗かせるようにして不敵に笑うユエが視線を周囲に巡らせる。


 目の合ったものは例外なく、思わずポッとなった。それほど、自信に溢れた大人モードかつ戦闘モードのユエが放つ魅力は絶大だったのだ。ジャン君、気絶しかける&姉に嫌そうな顔で支えられる。


 そんなユエは、最後にハジメを真っ直ぐに見つめて言った。


「……そして、今は私達がいる。むしろ、私一人でも十分。〝厄災〟が再び現れることがあっても世界樹の枝葉と化身にゾンビアタックさせられるし」


 なんかヤバい存在がいるみたいだけど、最悪、大樹と化身を特攻させたら勝てるんでしょ? なら、回復してあげるから相手が死ぬまで特攻すればいいじゃなぁ~い!


 なんてことを、ゾッとするほど美しいニッコリ笑顔で言い放つユエ様。マジユエ様。


 香織達は思った。神をも恐れぬ悪魔的所業とはこのことだ……と。


 ゾンビが何かは知らないが、意図は伝わったローゼ達も思った。さ、流石は魔神の正妻様……こえぇ……と。


 遠き地にも関わらず何か感じたのか。メーレスさんがビックゥッ!? と飛び跳ね、ついでに世界樹の枝葉経由で伝わったのか、星霊界の化身ルトリアさんもビックゥッ!? と震え、急に周囲をキョロキョロし始めているのだが……それはさておき。


「ああ、そうだな。……ありがとよ」

「……んっ」


 ハジメは相好を崩してユエの頬を撫でた。今の発言が自分を想っての発言と察したからだ。


 おそらくユエは、ハジメのここ最近の不調の原因の一つには〝厄災〟への危機感も含まれていると考えたのだろう。だから、安心させるために〝私がハジメを守るんだから問題ない〟と伝えてくれたに違いない。


 寄り添う二人のほわほわした桃色の空気感に、厳かさ、真祖の末路に悲嘆の滲む雰囲気があっという間に塗り替えられてしまった。


 この旅行は、ハジメを安心させるための旅でもある。それを隙あらば有言実行するユエに、香織達もならうようにしてハジメの傍に寄り添う。


 もちろん、竜王国の皆さんはなんとも居心地が悪そうだ。え、どうするのこの雰囲気……壊しちゃダメだよね……大人しく待つか……みたいな感じだ。


 皆さん、大変空気の読める大人達だった。


 そんな唐突に発生したうっすら桃色&アットホームな雰囲気を破ったのは、見学が始まってからずっと真祖の絵を見つめていたクワイベルだった。


『なら、そうする必要がないように、僕はもっと強くなるよ』


 静かな、けれど思わず誰もがハッと視線を引き寄せられる決意の滲む声音だった。


 クワイベルが振り返り、ティオを見やる。


『メーレス様より、ううん……母上すらも超えて強くなるよ』


 神さえ超越すると宣言するその眼差しに、幼子の夢想は感じられなかった。


 ティオは一瞬、目を丸くした。他者が聞けば不可能と断じるだろう大言壮語、場合によっては不遜で不敬とさえ言える宣言に、ついローゼ達が慌てて口を挟みかけるが、他の誰でもないティオが片手でそれを制する。


『世界すら超えて、助けたい人をみんな助けられるようになる。僕にはそれができるはずだから』

「どうしてそう思うのじゃ?」


 クワイベルは答えず、しかし、視線で示してみせた。己のご先祖様、白き神竜を肩越しに見て。


 己の持つ王竜の力は、そのために連綿と受け継がれて来たのだと。


 そのためにただ一体、最後の王竜として生かされ、大切に守られてきたのだと。


『大丈夫。約束するよ、ローゼ。みんな。新生竜王国の千年の未来も、新しい隣人達との未来も、何があっても僕が守り抜くって』

「クワイベル……」


 他の竜族に比べ、否、比較にならないほど王竜の寿命は長い。言わずもがな、ローゼ達よりも。


 まだ幼いクワイベルだが、彼は既にローゼ達なき未来のことも見据えていたらしい。


 それは、確かに〝竜の王〟というに相応しい決意であり、生き方であり、そして敬意を示すべき宣言であった。


 きっと、黒い雨が消えて生まれて初めてこの寺院に訪れた時に、同じように己の祖を見つめて、クワベイルは静かに決意したに違いない。


 ふわりと浮いて、ローゼの頬に顔を寄せるクワイベル。特に言葉は返さず、しかし、これ以上ないほど敬愛と信頼の滲む微笑みを浮かべ、ローゼはクワイベルの頬に手を添えた。


 先程とは少し違ったほんわか空気が広がる。


 なんとなくだが、寄り添うローゼとクワイベルの姿を見ると、


「ふむ。うかうかしていられんかもなぁ。妾達が何をせずとも千年の平和は成る……と思ってしまうのは些か楽観がすぎるかのぅ?」


 超える宣言をされていながら、どこか嬉しそうに笑うティオの言葉に、異論が浮かぶ者は一人もいなかった。決して楽観視しないハジメですら、だ。


 この見学が、ハジメ達にも、ローゼ達にも、ただ神話の壁画を見学する以上の不可思議な感慨を与えてくれたのは、やはりここが聖地と呼ばれる場所だからだろうか……


 と、その時、サバスの通信機が受信を伝えて来た。


「どうやら、祭典の準備が整ったようです。いかが致しましょう?」


 まだ見学するか、それとも王都に戻るか。そう問うサバスに、ハジメは「いや、十分だ」と答える。視線を巡らせるが、ユエ達からも特に異論はなく。


 雰囲気を変えるためか、それともただの純粋な欲望か。ミュウが万歳しながら元気いっぱいに声を張り上げた。


「パパ! ジュウリンジャーで帰っちゃダメ? アーヴェンストに併走する感じで!」

「ジュウリンジャーはジュウリンするためのものだからダメ。流石に王都の民衆に兵器を見せびらかすわけにはいかないだろう」

「今更そんな常識的な!?」

「そうだそうだ! 大将! せっかくだから格納庫の飛行機械、使わせてくれよぉ!」


 ミュウそっくりの表情でせがむ子供おじさんなボーヴィッドはさておき。


「ふふ、豪華客船には遠く及びませんけれど、存分に楽しんでくださいね」

『改めて、ようこそだね! 僕達の新しい王国に!』


 楽しませてもらってばかりだったが、ようやく歓迎の催しができると、ローゼとクワイベルがウキウキした足取りで(きびす)を返した。


 それに笑みを零しながらついていくハジメ達。


 最後に、なんとなく、ハジメはもう一度壁画を見た。東側の黒霧に覆われ、そこから怪物が生み出されている様子を。


 それは本当になんとなしの行動だったのだが……


「……ッ」

「ハジメ!?」


 振り返った直後に、ハジメの足下がふらついた。一瞬、視界がぐらりと揺れたのだ。


 傍らのユエが驚いた様子で、慌てて抱きつくようにして支える。


「あ、いや、大丈夫だ。ちょっと立ちくらみしただけだから」


 そんなことが今まであっただろうか? と、ユエのみならず香織達の表情も少し険しくなる。香織と愛子が再生魔法と魂魄魔法を用意し始めるが、それを見て逆にハジメが慌てた。


「いや、本当に大丈夫だ。単に寝不足なだけで」

「……寝不足? だからってハジメがふらつくなんて」

「流石の俺も十徹は厳しかったみたいだなぁ」

「「「「「……」」」」」


 たはは、と頭を掻くハジメに、ユエ達は一斉に無言になった。というかジト目になった。


 アーヴェンストの急ピッチ仕上げのために機工界最後の夜にアワークリスタル内で作業していたのは周知のことだが、この男、十日間も寝ずに作業していたらしい。


 改めて思う。それはまぁ、あんな目に痛いゲーミングモードとか実装しちゃうよ……と。


「……ハジメ」


 ユエ様、旦那の両肩をガッする。絶世の美貌がすっごくニッコリ。なのに、綺麗とか可愛いとかより、こえぇ~と感じる。


「……帰ったら寝て」

「いや、でも祭り――」

「……」


 更にニッコリ!! 凄まじい圧力だ! 時間なんて、それこそアワークリスタルでも使えばなんとでもなる。つべこべ言わずに直ぐに寝なさい! と言っているのは明白。


 もちろん、


「はい……」

「ん」


 ハジメは屈した。地上へ連行――ではなく、幼子のように手を引かれていく。


「無茶できる体とか、魔法とか……ある意味、その弊害かな?」

「ですねぇ。便利すぎるのも考えものです」


 体と魂の治療班二人が嘆息しながら続き、その後からティオ達も苦笑しながらついていく。


 そんな光景を見て、竜王国の面々は思った。というか実感した。


「な、なるほど。確かにあの方が正妻様だわ……」


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


一番辛いのは体調不良自体より、それで寝れないことだと実感した4月でした。何はともあれ、またよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
やったー!更新再開だー!体調の管理も忘れないでくださいね!!……ふぅ…一旦落ち着いて。 ハジメ奈落に居たときとか10徹とかしてそうだし、今までも何度かしてきただろうにいきなり目眩でフラつくってなんか不…
相変わらず正妻様の愛が深い!! それにしても、はじめの立ち眩みは本当に10徹だけが原因?
ありふれ世界の日本列島って巨大な龍だったのと今話の神話を合わせると日本列島の龍って堕ちた真龍だったりするのだろうか?
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