天竜界編 Re:いないいないまおう
「説明を」
豪華客船アーヴェンストの船底後部にある巨大貨物室に、とても端的な言葉が響いた。
泥獣を〝なんかすごい虹色のビーム的な必殺技〟で倒したジュウリンジャー、もといハジメ&ミュウ&デモンレンジャーズ。
船底後部のハッチ――実は出撃時には夢とロマンのカタパルトになる場所から無事に帰還し、ジュウリンジャーを専用スペースに片膝をついた状態で待機させた後のこと。
最高傑作の機体を前に、ご機嫌な様子で感想や改善点の議論を交わす親子と七体の多脚ゴーレム達のもとへ出迎えにきてくれた、にっこり笑顔(ただし、額に見事な青筋付き)な女王様の第一声がそれだった。
「ハジメ様、説明を」
ズズイッと迫るローゼ様。背後には「ほら、言わんこっちゃない」「やっぱり油断ならないお人だ」みたいな顔をしているサバス&クロー姉弟もいる。
ボーヴィッドを筆頭に他の者達は周囲を見回すので忙しそうだが、ユエ達は揃って苦笑気味だ。
ローゼの気持ちは分かるので黙って成り行きを見守るつもりらしい。
デモンレンジャーズが面倒事の雰囲気を察して「あ、俺等そろそろ戻りますね?」みたいな空気感を出している。十分に楽しめたので、さっさと逃げたいらしい。
〝まーちゃん〟ことマモンだけは、最後まで「なぁ、誰か股間ポジション代わってくれよ。俺が司ってるの強欲だよ? 色欲担当のアスモデウスの方がいいだろ」みたいな感じでウザ絡みしているが。
当のアスモデウスが「ばっか、お前、姫様の前で下ネタとか最低か!」みたいな感じで頭をぶっ叩いている。
ユエ達は思った。あいつら、地獄の魔王のはずなのに、だいたいいつも男子高校生みたいなノリだなぁ……と。威厳も何もあったもんじゃない、と。
ミュウが「みんな~、また後で話そうなの~」と手を振るや否や、キリッとした感じで敬礼するデモンレンジャーズ。そのまま自ら光に包まれてミュウの〝宝物庫〟へと帰っていく。実はデモンレンジャーズに限り、ミュウの〝宝物庫〟には出入り自由なのだ。
というのはさておき。
「説明とは?」
すっとぼけるハジメに、ローゼの青筋は更にハッキリくっきり。笑顔も引き攣る。目元ピクピク、頬もヒクヒク。
「んっ」
ユエみたいな声を放ちながら、ビシッと真横を指さす。
全員の視線がそちらに向いた。
なんかやたらとごつい装甲車が停車していた。ブリーゼの四倍くらいある。つまり、積める武装も四倍増し。っていうか、ルーフから砲塔が見えちゃってるし。ボンネットから銃口が覗いてるし。
そんな戦車もかくやの車両が五台、綺麗に横並びしている。
「んっ」
今度は反対側を指さすローゼ。やっぱり全員が釣られて視線を転じる。
某スターなウォーズでお馴染みのX型の翼を持つ飛行機が並んでいた。それも三段の機械式立体駐機場に、一段につき五機ほど。
普通にバルカンやミサイルポッドらしきものが付いちゃってる。先程からボーヴィッド達が熱心に見ていたものだ。
「んん~~~~っ」
万の言葉を吐きたいが、吐きたい言葉が多すぎて出ない! みたいな声音で指先を貨物室中に走らせるローゼ。
全員の視線も合わせてスイ~~ッと動いていく。
そうすれば当然、視界に入る兵器――ではなく、あくまで乗り物の数々。
近未来的なデザインのヘリコプターとか、如何にも凶悪そうなハサミ型のアームがついている潜水艇とか、めっちゃステルスしそうなデルタ型飛行機とか、正体不明のボックスがたくさんついた超大型バイクとか、普通に銃口が見えてるホバー系の乗り物とか。
それどころか、アイア○マン系からモビ○スーツ系まで、人が着るor乗れる系の大小様々な人型汎用機体とか。
果ては、絶対に射出する系の槍が付属した金属製の馬車とか、光の水面に浮く流線型のボートとか。
あるいは、口内に銃口が見え隠れしている上に微動だにせず待機しているドラゴンやグリフォン、ペガサスとか。(もちろん、鞍付き)
一通り指を差して、ローゼが「何か言うことは?」と言いたげな素敵なにっこり笑顔をハジメに向ける。みんなもハジメを見ている。
「ふむ」
と、ハジメはローゼを見返した。とても真っ直ぐな眼差しだった。やましさ皆無。むしろ、
「あれらが何か?」
何が疑問なのか分からないと首を傾げる始末。
ぷつんっと音が鳴った気がした――直後、
「武装しとるやないかぁーーーーーいっ!!!!」
ローゼが、なぜか関西弁でツッコミを入れた。これまたお手本のようにビシッと手刀まで振るう。
「非武装って! 武装を捨てた豪華客船に生まれ変わったって言ったでしょうが! なのになんだよ、この兵器の見本市! 闇の武器商人ですか!? 年に一度の新兵器エキスポの会場はここですか!? どこと戦争する気だよバカッ!」
見事なツッコミだった。淳史や昇が思わず「おぉ~」と手を叩いて感心してしまうくらい。
一方、優花は「気持ちはすっごく分かる。私も思わずツッコミいれたもん」と深く頷いていた。
ジュウリンジャーは先程の戦闘が初お披露目だったが、この貨物室は既に機工界で見学済みだ。むしろ、ここでの説明こそが一番長かったかもしれない。ハジメのパッションガイドが止まらない止まらない。
一息で言い切ったローゼがゼェハァッと息切れしているので、代わりにクワイベルがおずおずと尋ねる。
『アーヴェンストは一切の武装を捨てたんじゃなかったの?』
嘘を吐いたの? という言外の問いは、サバス達も同じなのだろう。なんとも言えない表情でハジメを見ている。
ハジメは堂々と言い切った。
「嘘なんて吐いてないぞ。アーヴェンストは非武装だ」
「パパは、〝個人所有ですぅ~、船に積んだ個人所有の乗り物がたまたま武装していたからって船が武装しているとは言えません~。はいっ論破! はいっ論破ぁっ!〟と主張していますなの」
「屁理屈がすぎるっ!!」
優秀な娘が素晴らしい通訳をしてくれたが、ローゼの反論には竜王国の皆さんも大いに頷いた。そうだ! そうだ! と野次も飛ぶ。
ハジメさんはますます堂々と胸を張った。
「まず、乗り物が武装しているのは常識だろ?」
ローゼがバッとユエ達を見る。ユエ達は揃ってブンッブンッと首を振った。
「そして、今は俺のコレクション置き場にしているが、本来、ここはお客様用の駐車場でもある」
「お客様の中には護身のため武装した乗り物、あるいは攻撃力を持った生き物でお越しの方もおられるでしょう。なので、仕方がない面もあるのだ。と、パパは言い訳をしておりますなの」
ん? とパパはミュウを見た。素晴らしい補足説明だったが、なんかちょっと最後の言葉にトゲが……気のせいか。
「兵器や武器そのものは一切置いてないし」
ローゼ達の視線が貨物室の一角に飛んだ。ショールームのようなライトアップされたケースが壁際に整然と並んでおり、中には近未来的な人型ロボが入っている。これまた近未来的なライフルを構えた状態で。
「あれらは警備ロボ。お客様の安全を保証する防衛システムの一つ。G10の手足みたいなもので、断じて私兵じゃないよ。実際、この船に武器庫の類いはないし、銃火器自体も保管してないよ、とパパは白々しいダメ押しをしておりますなの」
やっぱりトゲあるよね!? ミュウはパパの味方じゃないのか!? とパパは娘をチラ見したが、まるで〝できる秘書〟の如く、いつの間にかメガネをかけたミュウがキランッ&クイックイッしている姿があまりに可愛かったので「なんだ、やっぱり味方か」と胸を撫で下ろした。
とりあえず、
「「「「『ツッコミどころしかないっ!!』」」」」
ローゼ達は綺麗にシンクロした動きで頭を抱えた。
「流石はハジメさんですっ。誤魔化すどころか堂々と開き直り――いいえっ、それを通り越して〝むしろ、武装車両を禁止して道中のお客様に何かあったら責任取れるの?〟と逆に責めるような雰囲気まで醸し出すなんて! 面の皮がアザンチウムですね!」
王族として見習わなきゃ! とリリアーナ王女が感心している。そろそろ膝をつき合わせて本格的に道徳と常識の再確認をしないといけないかしらん? と、愛子先生の教師魂が疼く。
「いいか、ローゼ」
「な、なんですか? そんな真剣な表情をして……ご、誤魔化されませんからね!」
ズズイッと距離を詰めてきたハジメに動揺するローゼちゃん。キリッとした眼差しで見つめてくるハジメに頬をポッと染める。つい目も逸らしちゃう。すっごく乙女。
優花の目つきがシラ~ッとした。
ユエ様の目もジトッとした。ハジメ、分かっててやってる? と。
香織がにっこりした。背後にゆら~っと般若さんの姿が……
ハジメはササッと距離を取った。適切な距離感って大事だよな!
「載ってる物が脅威かどうかなんて今更だろ?」
「はい? 何を言って――」
「乗ってる者が脅威なんだから」
「……」
そう言って、自分を指さすハジメ。
一瞬、意味が分からなくてキョトンッとするも、直ぐに言葉の意味の違いを察したローゼ。目をぱちくり。クワイベル達も顔を見合わせる。
なるほど、確かに目の前にいるのはワンマンアーミーな魔神の船長。最強の戦艦が百隻あったとて蹂躙される未来しか見えない。
しかも、その身内も化け物揃いときた。
攻撃力を持たない客船アーヴェンストの最大の、そして切っても切り離せない脅威は、まさにキャプテンと、そのファミリー……
ハジメさん、とっても良い笑顔でダメ押し。
「あくまで個人所有だから問題ない! そうだろ?」
パンツじゃないから恥ずかしくない! みたいなノリで言っても……と香織や雫達は思ったが、しかし、悔しいかな。適切かつ効果的な反論が思いつかない!
ローゼは「むぐぅ~っ」と可愛らしい唸り声を上げた。
そうして、キッとハジメを睨みつつ、
「釈然としないっ」
でも、とりあえず納得しておいてあげますぅ~~っ!! と頬を引っぱたくような声音で、そう返したのだった。というか、返すしかなかった。
「ローゼ様、だからじぃは口を酸っぱくして言うのですよ。努々、ハジメ様には油断なさらぬようにと」
サバスの溜息交じりの忠告と、クロー姉弟達の「ホントになぁ」「気を付けてくださいよ、陛下」みたいな視線が背に刺さる。
丸め込まれた感満載のローゼは、頬をぷっくり膨らませながらハジメの腕をペチペチせずにはいられなかった。
「で、大将。これ、乗せてもらえたりは?」
「いいよ! 宇宙でも飛べるよ!」
「「「「「最高かよ!」」」」」
ボーヴィッドを筆頭にパイロット組だけは少年のように瞳を輝かせていたが。
貨物室での釈明(?)の後。
ハジメ達は真竜を奉る寺院――テミス・モシュネーに降り立った。巨大な一本岩の頂上だ。ちょっとした競技場ほどもある。
天頂部分は長年の〝黒い雨〟による浸食を受けて、本来の標高から随分と下がってしまった程であるから、当然、真っ平らではない。
乱杭歯の如き岩場だ。あるいは天井のない鍾乳洞のよう、というべきか。
元々岩壁だったところと、くり抜かれた室内だった部分とでは浸食速度は変わるので当然と言えば当然の結果である。
外縁付近は発着場として綺麗に整備されているので、ハジメ達が降り立った場所もそこだ。
「ふむ、巨大な地下空洞ですか……」
崖縁に横付けし、そこからタラップを伸ばした旗艦パラスティアを背後に、ギルトン司令官が思案顔で顎を撫でさすっている。
「ああ、それもちょっとやそっとの深さじゃない。地球なら地殻を突き抜けているほどの深さだ。天之河が見逃しても無理はないな」
上空にて待機しているアーヴェンストを、他の艦船やパイロット達が囲むようにして眺めている。甲板から身を乗り出す彼等の興奮と驚愕の喧噪が降ってくる中、ハジメは羅針盤に集中しながらも興味深そうに目を眇めた。
あの巨大泥獣がどこから出現したのか。他にはいないか。再会の挨拶もそこそこに調査・索敵しているところだ。
「つまり、あの巨大泥獣はそこから上がってきたと? 地上まで続く穴があるのですか?」
ローゼが深刻そうな雰囲気で尋ねる。ギルトンを見やるが、そんな穴は周辺に確認されていないと首を振る。
「いや、そうじゃないな。たぶん、水が地面に染み込むように、あれは滲み出すようにして地表へ上がってきたんだろう」
「そんなことが……」
「一応、周囲千キロ以内には存在しない。竜王国近隣にもな。ただ、地下空洞や巨大泥獣自体は他にも存在しているようだ」
安堵し、直後の報告に頬が引き攣るローゼ。
『……僕達が倒してきたのは、それほど強くない個体ばかりだったのかもね』
「地表をうろついている奴は弱い。強い奴ほど地下深くにいるってことか?」
ボーヴィッドが「厄介だな……」と顔をしかめながら呟く。
地下にこもられては、こちらから手を出せない。出てきたところを叩くしかない。そして相手はいつ、どこから出てくるか分からない。
「出てくるのが災害級の怪物のモグラ叩きだなんて、ちょっとシャレになんねぇなぁ」
「ってか、あんな巨大な泥獣は初めて見たってことだったけど、なんで地下だと強くなるんだ?」
「あれじゃない? 黒い雨が原因なんだしさ、こう……ろ過の逆バージョンというか」
「地下に流れるほど黒い雨の濃度が上がって~みたいな?」
淳史、昇、奈々、妙子が疑問と推測を口にするが、案外的を射ているかもしれない。と、ハジメ達は頷いた。
「汚染された天核とかの影響もあるのかもな」
「……ん~、神結晶と神水みたいな?」
「飽和して高濃度の黒い水ができちゃったとかですかね?」
「でも、あの……ちょっと言葉では表現しづらい姿は……」
香織が気持ち悪そうに言い淀むと、雫が「そもそも、泥獣ってなんなの?」と疑問を口にした。
「確か、魂なき生き物の成れの果てって説明だったと思うけど……」
「そうだな。メーレスが言っていた通り、あれらに魂や意思といったものはない。自然災害という方が正しいだろう」
ただそこに存在し、生きとし生けるものを害するもの。凝縮したこの世界固有の負のエネルギーにより泥化した有機物の塊。
ただ、通常の自然災害と異なるのは、有機物を感知する能力と、それを取り込もうとする点にある。
その確かな理由は分かっていない。ただ、泥化はあくまで負のエネルギーが原因だ。そして、この世界の固有エネルギーは正と負の循環で成り立っている。
とするなら、だ。
「磁石の両極が引かれ合うように、正のエネルギーを求めて彷徨う……というのが一応の結論だ。動植物――人間は当然、特に竜なんかは正のエネルギーの塊みたいなもんだし」
「……肉体に本能や記憶の残滓があって、命ある存在に惹かれている……とも言えるかも?」
ユエが、どことなく哀れな存在への同情が滲む眼差しで巨大泥獣がいた場所を眺める。
ハジメは、「そうだな。それもあるかもしれないな」とユエの髪を優しく撫でた。
「えっと、つまり泥獣は生物とは定義できない存在なのね? で、あのいろんな生物が融合したような姿は、やっぱり負のエネルギーと同じように、泥化した有機物が地下に流れ込む過程で凝縮されたから、とか?」
ここはローゼ達こそ知りたいところなのだろう。優花の問いに、しかし、ハジメは眉間に皺を寄せる。
「俺も初見だからな、流石に分からねぇよ。一応、戦闘しながらも可能な限り調べてたんだが……」
調べてたんだ。テンションマックスだったし、てっきり他のことなんて全て忘れてるかと思ってた……みたいな視線が、その場の全員から注がれた。
ハジメさん、自分のはしゃぎぶりを思い返して今更恥ずかしくなったのか、誤魔化すように咳払いを一つ。
「特に個体の泥獣との違いはなかった。負のエネルギー同士で引かれ合うこともないから……まぁ、そう考えるのが妥当だろうな」
と、言葉では優花の推測に賛同しつつも、ハジメの表情は一番納得がいってなさそうだった。
「ハジメ様? 何か気になる点でも?」
首を傾げるローゼに、ハジメは更に眉間に皺を寄せつつ逆に問うた。ローゼだけでなく、竜王国の、特にボーヴィッドやギルトン司令など軍人に。
「誰か、見たことがある奴はいるか? 今まで駆逐してきた泥獣の中に、今回の巨大泥獣みたいな戦い方をした個体を。報告を受けたってのでもいい」
「! それは……ありませんな」
「言われてみれば……大将、ありゃあちょいと変だよな……」
ジュウリンジャーの衝撃で頭が真っ白になったのは仕方ない。だが、思い返せば違和感に気が付く。
『戦い方? ……あ、そう言えば……まるで考えて戦っていたような……』
クワイベルが気が付き、違和感を言語化する。それに多くの者がハッとした様子を見せた。
「まぁ、戦術というほどじゃないし、ほとんどは本能的な動きだったと思うが……それでも時折、〝対応〟してきているような感覚を覚えることがあってな」
とはいえ、何度か精査したが魂も意思も感知はできず。特に異物が混じっているわけでもなく。
「案外、ユエさんの言う通り、記憶的なものが残っているのかもしれませんね?」
「複数の泥獣が混じることで、それが強化されて反射的に生前の動きをトレースする、みたいな?」
「竜の姿の泥獣が多かったものね。この世界の竜は賢いし、その影響かもしれないわね」
シア、香織、雫が推測を口にするが、それを確かめる術は今のところない。
「悪いな。研究用に捕獲するべきだったかもしれない」
テンションアゲアゲで必殺技の生け贄にしちゃってごめんね? と眉を八の字にするハジメさん。ミュウも「塵も残さず滅殺してごめんなさい」と頭を下げる。
「あ、いえ、寺院の保護が最優先でしたし、何より未知の敵だったので」
ローゼの表情が曖昧だ。今思えば確かにそうして欲しかったけれど、助けてもらった立場なので文句なんて言えるはずもない。安全策を考えればなおさら。みたいな表情だ。
「侘びといっちゃなんだが、滞在中に俺とミュウで別の巨大泥獣を鹵獲しとくから。メーレスの傍に研究用の施設も用意しておくか。監視付きなら安心だろうし」
「それ、ハジメ様がまたジュウリンジャーしたいだけじゃ?」
ハジメ様はそっと視線を逸らした。その視線の先で、ミュウも視線を逸らしていた。この似た者親子め! みたいな視線が集まってくる。
「なんにせよ! 地下空洞も気になるし、巨大泥獣の対策も全面的に協力するから心配しないでくれ!」
勢いで誤魔化そうとしているのは見え見えだったが、魔神様の加護が約束されたのだ。これ以上の安心はないとローゼ達も感謝の言葉を返す。
「ふむ。それでは、私はこの辺で下がらせていただきましょう。改めまして、助力、心から感謝致します」
ビシッと敬礼を決めたギルトン司令。真面目なことに、脅威が去ったとお墨付きをもらっても職務に戻るらしい。
「陛下、御前、失礼いたします。引き続き哨戒にあたりつつ、巨大泥獣の足跡の調査、今回の件を踏まえた上での防衛態勢の再検討を行います。報告書は今夜にでも」
「ええ、お願いしますね、ギルトン司令官」
ハジメを信じていないわけではなく、軍人として職務を全うすることは当然という信条が伝わってくる。
魔神一行がいるから問題ないと、頼り切らず、高をくくることもないその姿勢には、ハジメ達も感心と敬意の眼差しを送らずにはいられない。
そんなギルトン司令が、先程から一言も会話に入っていなかった、というか挨拶もそこそこに集団の輪にすら入っていなかった者へ視線を向けた。否、その原因にか。
「お前達! いつまでティオ殿にご迷惑をかける気だ! さっさと持ち場に戻らんか!」
『『『『『ギャオッ!?』』』』』
そう、黒竜達である。少し離れた場所でティオの前に並んでいる。一列になって整然と。
そして、ティオの前に来ては前爪を出して握手してもらい、感動に打ち震えた様子を見せながら『絶対にこの爪、洗わない!』みたいな雰囲気で脇にどいていくのだ。
奈々と妙子が苦笑気味に言う。
「さっきから気になってたんだけど……あれ、完全にアイドルの握手会だよね?」
「鱗に熱線でサインを入れてもらってる猛者もいたよ」
グッズ販売とかしたら殺到するんじゃないか。と思うほど、一見すると勇壮な姿の黒竜達が、揃ってデレデレの雰囲気だった。
淳史と昇も「まるで良樹と信治みたいだぜ」「最近、アイドルの握手会によく行ってるもんな」と、友人達の気持ち悪いニヤけ顔を思い出して苦笑いを浮かべている。
ティオが地上に降り立つやいなや一斉に集まってきて、再会の挨拶どころではなくなったので、ティオが自ら離れた結果なのだが……なぜ、アイドルの握手会みたいになったのかは完全に謎だ。
「ひょこひょこ歩いて、恥ずかしそうに爪を差し出す姿はちょっと可愛い気もしますけど」
「ふふふ、見てください、愛子さん。ティオさんの表情も母性に満ちてますよ?」
眷属は我が子も同然ということなのだろうか。ティオの慈しみの表情はなんとも美しい。
そんな慈愛に満ちた雰囲気が、司令官の一喝で壊れたせいだろうか。
一斉に、『そんな!? せっかく偉大なる竜の母に会えたのに!?』『俺達からこの至福の時間を奪おうなんて……司令官の鬼! 悪魔!』『人の心とかないんか!』みたいな不満たらたらの態度が返される。
話し合いの最中は大目に見ていたが、これにはギルトン司令官の目もつり上がっちゃう。大噴火の一歩手前。
「ほれほれ、お主等。お仕事中であろう? 頑張っている姿、妾に見せておくれ?」
『『『『『ぎゃぉ~~~~~んっ♪』』』』』
は~~~いっ♪ と素直な返事が返された。一斉に飛び立っていく黒竜達。
アーヴェンストに夢中だった軍人さん達が、それで地上に目を向ける。そして、母性たっぷりな美しい表情で、ゆるやかに手を振るティオを目撃。
一斉にデレッと相好を崩し、「お、俺に手を振ってくれた!?」「は? 寝言は寝て言え。どう見ても俺だろ!」「冗談は顔面だけにして! 私を見てくれてるのよ!」みたいな醜い争いをしつつも手を返して大歓声を上げる。
「ティオお姉ちゃんの、この世界での人気マジでパッねぇの」
ミュウの唸るような感心の声音に、ハジメ達は揃って頷くしかなかった。
まったく……と溜息を吐きつつも、ハジメ達に目礼し、最後にティオにも敬礼をしてからキレのあるターンで踵を返すギルトン司令。
目礼を返しつつ戻って来たティオが、風になびく黒髪を片手で押さえながら微笑む。ハジメですら、ちょっとドキリとしちゃう。もちろん、周囲の男性陣は言わずもがな。
「相変わらず良き将校殿じゃな」
「ふふ、ありがとうございます。司令官だけでなく、竜王国軍の誰もが良き軍人ですよ!」
ティオの称賛に、ローゼが誇らしそうに胸を張る。
にこやかなティオと、自分達の女王様の満面の笑み。アーヴェンストの威容に釘付けだった軍人さん達の意識は、完全に地上へと移った。
巨大泥獣を倒した時も、ハジメ達がアーヴェンストから降り立った時も、それはそれは空気が震えるほどの歓声が上がっていたのだが、興奮はまったく治まっていないのだろう。
司令官と陛下、そして魔神様一行の挨拶の邪魔はすまいと控えていた彼等は、再び遠慮を捨てて歓声を上げていく。
その注目は、もはやティオだけに留まらない。異世界から来訪した美女達を目に焼き付けんばかりに身を乗り出し、反応の一つでも貰えないかと喉をからさんばかりに声をあげている。
「歓迎、ありがとうございます! なの!!」
ミュウが両手万歳スタイルでぴょんぴょん跳ねる。満面の笑みをこれでもかと振りまく。更にドッと空気が震えた。
「あはは、ミュウちゃんも、すっかり竜王国軍の皆さんのアイドルですねぇ」
「あらあら、この子ったら……」
横ピースにウインク! レミアママに寄り添って美人母娘アピも! 小声でママに「一緒に手を振るの!」とおねだりし、レミアママが困り笑顔になりながらも控えに目に手を振れば、更に盛り上がる場の空気。
奈々と妙子が「こ、この幼女、分かり手すぎる! 本職のアイドルもかくやのファンサ!」「そんな馬鹿な。どの角度から見ても完璧な画角ッ。いつの間にそんな高度なテクまで!?」などと騒いでいる。
「う~ん、なんだかボーヴィッドさんみたいな人がたくさんいますねぇ」
シアの地獄ウサミミイヤーが、レミアのゆるふわ美人ぶりに心を囚われる者達の声を、というか自分達の容姿に一喜一憂する声を聞き分ける。
自国の軍人を誇った直後の、美人を見て盛り上がる軍人達……
それどころか、ワンチャンあるのでは? と期待しちゃってる声なんかも。
胸を張っていたローゼが微妙に猫背になった気がする。
と、そこで、
「勇敢なる竜王国軍の諸君! 紹介しよう! そっちにいるのが俺の友人達。で、こっち側にいるのは全員――俺の嫁だーーっ!!」
珍しくも、そんな自慢を声高に叫ぶハジメ。普段はやらないことなのでユエ達は目を丸くしている。
手の届く場所にいたからか。ユエと香織の腰に腕を回して引き寄せたりなんかもする。二人は驚きつつもほんのり頬を染めて嬉しそうに身を寄せた。
一瞬の静寂。ティオこそが奥方だという認識は、ここでも同じであるが故に。
ざわっざわっ。
そんな馬鹿な。そんな不公平が、不条理があっていいのか? 神は何をしている!? こんな独占が許されて――あ、あの人、魔神だった……ガッデムッ!!
みたいな思考が綺麗にシンクロしたのだろう。直後、
――BoOOOOOOOOOOOO――ッ!!
素晴らしくシンクロしたブーイングが降り注いだ。いくら救世主が相手でも許せないものは許せないらしい。特に、なんかすっごいドヤ顔しているし。
「ワンチャンあるかもなんて思わんように! それでも文句がある奴は遠慮なくかかってこい! 拳で相手をしてやる!」
再びの静寂。一拍置いて、
――ウォオオオオオオオオオ――ッ!!
再び歓声が上がった。
「あ、あれ? なんか歓声に変わった? なんで?」
「分からねぇのか、鈴。漢のノリってやつだよ」
「うん、さっぱり分かんねぇよ、龍くん。普通に女性も叫んでるし」
「なら、軍人のノリってやつだな」
軍人達のアイドルたる娘にして、この父親というべきか。ここまで堂々と宣言されると、軍人さん達的には逆に気持ちがいいらしい。
「ああ、ここの人達は王都の人達と違って、滞在中に私達の関係を知る機会はないかもしれないものね」
ハジメはユエ達の魅力を甘く見てはいない。むしろ、世界中の誰よりも理解している。なので、変にこじらせた連中が生まれる前に釘を刺したのだろう。と、ハジメの宣言の意図を察して雫は苦笑した。
「牽制しつつ、関係性の周知が目的ですか……あはは、ちょっと残念。それなら、もう少し傍にいれば良かったかもですね?」
「ふふ、確かに」
「愛子さんも雫さんも何を言ってるんです。今からでもくっつけばいいじゃないですか!」
ぴょんっとな。ハジメの背中に飛びつくシア。雫と愛子は顔を見合わせると楽しそうな笑みを浮べ、同じく駆け寄った。
再び響き渡るブーイング。練習でもしたかのように揃っている。まるでコンサートで行う完璧なコール&レスポンスのようだ。
「ね、ねぇ、ローゼさん! 今の〝そっち〟ってどの範囲まで言ってたと思う!? 私、ちょうど〝そっち〟と〝こっち〟の中間くらいなんだけど! ねぇ、〝こっち〟に入ってたと思う!?」
「少なくとも確実に〝どっち〟にも入っていない私に、それを聞きますか?」
優花ちゃんが右往左往。なぜ、こんな微妙に位置に立っていたのか、と自分を叱り飛ばしたい気持ちでいっぱいらしい。ローゼ様の視線はとても白けていたが。
『馬鹿騒ぎもそこまでだ! 第三種戦闘配置! さっさと持ち場に戻れ!!』
鼓膜にランスをぶち込むような覇気に満ちた怒声が響き渡った。既に旗艦パラスティアに乗り込んでいたギルトン司令官が全体通信を使ったのだ。
条件反射のようにピタッと歓声&ブーンイングを止め、ビシッと背筋を正す軍人さん達。「イエッサー!!」と敬礼するや否や、慌てて持ち場へ帰っていく。
『皆様、部下が大変失礼いたしました。どうぞ、ごゆるりと見学なさってください』
「お、おう、ありがとう」
なんだか自分まで怒られたような気持ちになって、ちょっと視線が泳いじゃうハジメさん。尊敬する大人相手には割と素直に反応をしてしまうのだ。
旗艦パラスティアがゆっくりと降下していく。崖の縁に差し掛かって姿が徐々に見えなくなっていく中、最後に、少し躊躇う様子を感じさせつつもギルトン司令は言った。否、これは、一人の〝じぃ〟としての言葉か。
『陛下……いえ、ローゼ様。その……時には諦めも肝心ですぞ!』
「!!? カーターのばぁーかっばぁーかっ!! また寝てる間に眼帯ばちーんっしてやるんだからぁ!!」
言外に「全員、奥方!? マジかよレベルたっけぇ。陛下が割り込むのはちょっと無理が……」と言われているようで、ローゼは若干幼児退行した。
ギルトン司令の気遣いが、ローゼの乙女心を知らなかった者にはある種の暴露に、察していた者達にとっては同情すべき結末として伝わったのだろう。
散開していく軍人さん達から「え、陛下ってそういう……?」「戦わずして敗北か……」「陛下、かわいそう……」みたいな空気が漂ってくる……気がしないでもない。
「……ハジメ? もしかしなくても、さっきの宣言、外堀を埋められないようにする目的もあった?」
「さて、なんのことやら」
小声だったが、ローゼにも聞こえたのだろう。肩を竦めるハジメに、「そんなっ」みたいな目を向けている。が、直ぐに「いえ、これは搦め手なんか使わず真っ向勝負で堕としに来いという激励ね!」と自分を鼓舞し始めた。たくましい……
「そ、それにしても、凄い場所ね! というか、寺院の復元とかしなかったのね?」
ライバル(?)の成長に動揺したのか、少し慌てた様子で話題の転換を図る優花。なんとなく微笑ましそうな眼差しが奈々達から注がれている気がするが、無視!
「俺も、寺院の存在を天之河から報告されて、魔力なら送るからそうすればいいと思ったんだが……」
ハジメがチラリッとローゼへ視線を向ける。咳払いをして気持ちを切り替えたらしいローゼが頷いた。
「ありがたい提案でしたが、お断りさせていただきました」
「それはまたどうしてですか? この寺院は竜王国の理念を象徴するような大事な場所だったのですよね?」
リリアーナが不思議そうに首を傾げる。トータスで言うなら教会の総本山みたいな場所だ。それが損壊しているなら、為政者側だけでなく国民からしても直したいと思うはず。
改めて、天井のない鍾乳洞のような地形になってしまっている寺院跡地へ視線を巡らせたローゼは、静かな決意の滲む声音で答えた。
「そう、象徴です。人の愚かさが招いた悲劇の」
あ、と理解と納得の声がリリアーナだけでなく優花達からも漏れ出した。サバスを筆頭に竜王国の面々も神妙な表情になっている。
「あるべき理想と、あってはならない愚行の、両方の象徴であるべきだと思うのです。この先の未来では」
何事もなかったかのように復活させるのは、まるで過去の愚行自体をなかったものとするみたいだから。
だからローゼは、寺院としての機能を取り戻す最低限の再建は必要としつつも、完全復元には最初から反対の気持ちだったのだ。
その想いを伝えつつ、家臣や国民にも寺院完全修復の是非を問うた結果、ほぼ満場一致で、この結論に至ったというわけだ。
「もちろん、竜樹復活に伴い情報が必要とのことでしたので、ハジメ様が望まれたのなら是非もなしではあったのですけど」
「本当に俺が知りたい情報は生き残りの寺院関係者からも聞けたし、その資料も深層部分にあると聞いたからな」
竜王国から遠く離れた寺院にまでは、流石に王竜の力も及ばなかった。天空に避難できなかった寺院の関係者がどうなったかは言わずもがな。
だが、当然ながら竜王国にも寺院の支部はあった。王宮に出向していた関係者も皆無ではない。
生き残った後に簒奪王グレゴールにより命を落とした者も少なくはないが、それでも現在まで生き残った、あるいは彼等の教えを継いでいる若き司祭はいるのだ。
彼等からの情報で、ハジメが欲する神話時代や竜樹に関する情報、そして資料の在処ははっきりしていた。
「古い資料ほど深層に保管されています。調査によれば、浸食された部分に保管されていた資料の大半は竜王国建国から数百年後、それ以降のものが主だったようなので」
「必要なら個別に資料だけ復元することもできるし、特に支障はなかったということだ。それなら、な?」
無理に復元する必要はない。ローゼ達の想いを尊重しよう、ということらしい。
肩を竦めるハジメ。
ローゼ達が想いを汲んでくれたことへの感謝と親愛がこもった眼差しを向けている。これにはユエ達もほっこり。
「同じ王族なのに、随分と配慮してもらっていたんですね……」
王女がなんか呟いている。昔のこと根に持ってる? 今は最大限に配慮されてるじゃん。みたいな視線が優花達から注がれる。
なんとなく、リリアーナの傍に寄って頭をぽんぽんしてあげるハジメさん。髪型が崩れないよう最大限配慮した優しい手つきだ。王女様の表情がふにゃりと嬉しそうに崩れた。
ちょろい……いや、ちょっと口の端で笑ってる? まさか、これを狙って!? 策士!みたいな視線がローゼから注がれる。
「とはいえ、流石にこのままでは関係者の衣食住にも困りますのでな、ある程度の再建や整備はしておりますが」
『もちろん、勇者様や魔神様の御力ではなく、僕達の手で少しずつだから時間はかかるけどね。まぁ、調査優先というのもあって浄化自体はお任せしちゃったんだけど』
くっ、あの強かさ、見習わなくては! みたいな目つきのローゼと、ふふ、お姉様と呼んでもよろしくってよ? みたいなドヤ顔をしているリリアーナの二人は大変忙しそうなので、代わりに説明してくれるサバスとクワイベル。
「元々予定には入れてたし、せっかくの機会だ。中を見ていこう」
足場が悪いので念のためにとミュウを抱っこしつつ先陣を切ったハジメに、ユエ達も「なるほど」と寺院の現状に頷きつつ後に続いた。
大きく陥没している地面にかけられた木製の橋を渡ったり、剣山のように伸びる岩の隙間を抜けたり、波打つ岩壁を迂回したりしながら進むことしばし。
だいたい岩山の中心辺りに来ただろうか。歯のような形の岩に囲まれた場所に地下へと続く階段が姿を見せた。
と、同時に、人も姿を見せた。階下からゆっくりと上がってくる。
「お~、よちよち。怖かったでちゅね~? もう大丈夫でちゅよ~」
なんか赤ちゃん言葉を使う青年だった。一瞬、え、キモッみたいな反応をしちゃう奈々や妙子達。
だが、青年が大事そうに胸元に抱く小さな命を見て納得した。
彼は胸元に、タオルで包んだ竜の赤ちゃんを抱いていたのだ。
赤ちゃん竜は「きゅ~?」と様子を窺うような控え目な鳴き声を上げていた。
おそらくだが、先程までの騒動を耳にして怯えていたのだろう。
艦船内に避難しているはずの彼等がなぜ寺院の地下にいたのかは不明だが、ともあれ、騒動が終わったのを見計らって出てきたに違いない。
「あ~、なんで竜ちゃまってばこんなに愛らしいんだろう? 過去に戻れるなら、捕獲部隊なんて俺が皆殺しにしてやるのに」
なんか物騒なことを言い出した青年。その気配を察したのか、竜ちゃまこと赤ちゃん竜が「ぴぃ~っ」と鳴き出した。
慌てて揺り籠のように腕を揺らしながらあやす青年。
「あ~ごめんねぇ~。怖かったねぇ~?」
もちろん、この間も一段ずつ慎重にではあるが上がってきているので、ハジメ達はもう直ぐそこだ。
それでも赤ちゃん竜に夢中で気が付かない青年だったが、
「ほぅ~ら、変顔だよ~? いないいな~~いばぁ? いないいなぁ~~~~い――」
赤ちゃん竜の方が先にハジメ達に気が付いて凝視するものだから、自然と青年も視線を上げていき――
目が合った。ハジメと。
「まじぃいいいいいいいいんんっ!!?」
コズミックホラーの被害者みたいな凄まじい絶叫を上げる青年。目がぐりんっと裏返る。白目を剥いて、そのまま背後に倒れ、階段を一気に下まで滑り落ちていく。
後頭部をゴッゴッゴッゴッゴッゴッと強打しながら。
それでも赤ちゃん竜は放り出さないのだから大したものだが、正気度を一瞬で消し飛ばされたかのようなリアクションには、流石のハジメ達も唖然呆然である。
手を差し伸べることもできず、青年の奇行と落下を眺めるほかない。
階下でぐったりとする青年。ピクリとも動かない。まるで屍のようだ。
胸元の赤ちゃん竜が心配そうにピーピー鳴いている。
「あ? なんだなんだ? いったい何が……って、ヒッグスの野郎じゃねぇか! 大丈夫かお前! おぉーーい!!」
後方にいて状況が掴めていなかったボーヴィッドが顔を覗かせ、惨状を見て慌てて階段を下りていく。
次いで、「し、死んでる? 外傷は大したことないのに!?」なんて声も。
発狂死したらしい。
ユエ達の視線が一斉にハジメへ向いた。
「いや、なんもしてない。俺は無実だ!」
「いや、ご主人様よ。この世界で最もトラウマを植え付けた相手じゃろうが」
ハジメはキョトンッとした。
ローゼ達がマジかよ……みたいな目で見る中、取り敢えず、香織と愛子は急いで救命に向かったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
長らくお待たせしてすみませんでした。ようやく狩りの沼から帰還しました。まぁ、まだ狩りたりないのですけども。
なお、ヒッグス君をお忘れの方もいると思うので念のため。喘ぎながら音速飛行してくるティオに追い回された元パイロットであり、〝おれ魔王さん、今お前の後ろにいるの〟された戦艦の生き残りです。トラウマによる不眠症に悩んでいた彼の癒しが竜だったので、一周回って竜を愛してやまない司祭見習いになりました。
※ネタ紹介
・まるで屍のようだ
『ドラゴンクエスト』シリーズより。
※お知らせです。『ありふれアニメ3期 Blu-rayBOX②』が3月12日に発売しています。
今回も45p程の特典小説がついてます。全4巻のBlu-rayBOX全てに特典小説が付属予定ですが、全体を通して今回は解放者達と〝生き残った子供達〟や〝継承者達〟に焦点を当てたお話になっています。よろしければぜひ! その他、各店舗特典などは以下よりどうぞ。
https://arifureta.com/bluray/4420