天竜界編 竜王国の今
ワァアアアアッと眼下の王都から多くの歓声が上がっていた。
竜王国の民が上空を見上げて手を振っている。
輝く表情、ぴょんぴょんっと元気に跳ねる体、活気に満ちた力のある声。
この場所が簒奪の王――グレゴールの支配下にあり、クヴァイレン天空神国と呼ばれていた時とはまるで違った空気感。
陰惨な雰囲気も、暴力的な気配もない。
竜種が電池代わりに生産され消費される日々。元竜王国の民が奴隷にされ過酷な労働を強いられていた悪夢の如き日々は終わりを告げ、取り戻したかつての日常。
人々に太陽の如き輝きが戻るのは当然だ。
そこに加えて、今日はまた特別だったが故に人々の輝きもまた格別だった。サプライズプレゼントともいうべき突発のイベントが開催されたのである。
『ふむ、クワイベルよ。しばらく見んうちに随分と成長したのぅ?』
まるで親戚のおばちゃんみたいなことを言うのは、黒竜モードのティオだ。その背にはハジメだけが仁王立ちしている。
そんな二人の隣には、
『う、うん! いっぱい食べていっぱい訓練してるからね! 真竜の涙泉の力も、あの時よりずっと扱えるようになったんだ!』
白銀の竜――泉の力で成竜モードとなったクワイベルが嬉しそうな声を響かせながら並走していた。背にはドレスから軍服っぽいパンツルック衣装に着替えたローゼが同じく立っていた。
夜が具現化したような美しい黒の竜と、太陽の具現ともいうべき白銀の竜が並走しながら王都の空を舞う光景。
その周囲を、祝福するが如く、あるいはご機嫌に踊っているみたいに飛翔する王都中の竜族達。
救世主と神龍様の再来なのだ。この世界の竜達が狂喜乱舞しないわけがない。そんな竜達の歓喜は意図せずとも人々に伝播していく。
なるほど。まさに、ここが人と竜の共存世界であると断言するに相応しい雄大で美しい光景だ。
まさに、サプライズプレゼントと言うべき空中パレードだった。
「うわぁ、凄い盛り上がりだね。外に出てくる人もどんどん増えてるし」
「伝説の竜騎士と神龍様が戻って来たうえに、この演出だもの。当然かしらね?」
周囲を舞う黒竜――かつて、ティオの祝福を受けて転変した眷属ともいうべき竜達の背に騎乗している香織と雫が眼下を眺めて頬を緩める。
実はユエ達も同じだ。星霊界で龍太郎達がそうしたように、けれど、今回はハジメ以外の全員が個別に黒竜へ騎乗している。
雫の言う通り、演出のためだ。
いろいろショックな内容が多い会話の後、ローゼの心の復調も兼ねて、客船に改修された新生アーヴェンストの見学に行くことになったハジメ達だが、傷心していても流石は女王様というべきか。ローゼが提案したのだ。
流石に王都の上空にいきなり巨大船を出しては人々も混乱してしまうし、パニックになったり、逆に少しでも近くで見ようと密集地帯ができてしまえば危険が生じるかもしれない。
なので、お披露目はまず自分達だけに王都から離れた場所で行ってほしいが、それならば移動ついでに軽くハジメ達の来訪のお披露目もしないかと。
そうすれば元々は光輝から来訪を聞いていて準備していた祭典もアーヴェンストの見学中に進められるし、改めて王都の民に豪華客船アーヴェンストのお披露目をするにしても事前に告知できるので混乱は避けられる。というか、国軍で対応できる。
そして何より、相応しいお披露目の場にもできる。
というわけだ。
「ユエさん、良かったの?」
優花がスッとユエが騎乗する黒竜に近づいて、窺うように尋ねた。
優雅に王都上空を並走する黒竜と白銀の竜。そして、その背に乗るハジメとローゼの姿は実に絵になっている。南雲家の内情を知らぬ王都の民からすれば、いろんな意味で、それぞれがベストパートナーに見えることだろう。
まるで、上位存在を乗せているが如く、やたらガチガチに緊張しているっぽい黒竜の首筋を撫でてあげながら、ユエは肩を竦めた。
「……空気くらい読む」
ここでユエこそが正妻だとハジメに寄り添えば、人々が再会当初のローゼと同じく困惑するのは明らか。せっかくの救世主の再来だというのに、素直に喜ぶことができないというのはあんまりだろう。ということらしい。
加えて、この世界を救ったのはハジメとティオ。二人こそが主人公。ならば、感謝と歓迎の声を最大限に受けるのは二人であるべき。という気持ちもあるらしい。
優花は納得と同時にぐびりっと喉を鳴らした。
「こ、これが正妻の余裕というやつなのね」
「……ん。それにどうせ、滞在中に誰もが理解することになるし」
「これが正妻の余裕なのね!」
フッと笑いながら髪をかき上げるユエに、優花が畏敬の念を込めた目を向けた。
そんな優花へ、ユエと同じく空気を読んでバイクではなく黒竜に騎乗しているシアが、反対側からスゥ~ッと寄った。そして、ジッと優花を、否、その胸元を見つめて。
「優花さん、優花さん。風に衣装が煽られて脇ぺぇが大変なことになってますよ!」
「わ、分かってるわよ! でも手綱も握らなきゃだし……」
某東方の脇全開巫女風衣装である。しかも、職人妙子&奈々は何を考えていたのか。本来あるはずの〝さらし〟を用意していなかった。そして、下着の装着を頑なに阻止した。現代のブラジャーなんて解釈違いにも程があるっと。
なので、後は分かるね? と言わんばかりの見た目である。
「あ、ほら。私の地獄ウサミミイヤーがまた捉えましたよ」
「何をよ」
お披露目なので、サービスも兼ねて建築物の上空ギリギリの低空飛行もしちゃう。そして旋回時には当然、少しばかり傾く。
そうすれば見えるわけだ。
――あの女性達が来訪予定の?
――ああ、きっと魔神様のご友人に違いない!
――流石は魔神様だぜ……なんてエッチな格好をさせてるんだ!
――脇から見えるおっ○い……そうか、そういうのもあるのか……
――お母さん、あのお姉さんの服……
――こらっ、見ちゃいけません!
――異世界、最高かよ……
そんな声が地獄ウサミミイヤーに届く。なので、シアは困った人を見る目になりながら優花に言った。
「その衣装、ちょっとエッチすぎです! 露出過多ですよ!」
「シアにだけは言われたくないんだけど!?」
思わずツッコミを入れつつも、顔を真っ赤にして思わず手綱を手放す優花ちゃん。胸元を両手で掻き抱く。
ハジメの視線がチラッと向けられたのは気のせいか。奈々と妙子がハジメにサムズアップを送っている。ユエや香織から「やりおるっ」みたいな視線が飛んできているのは気のせいではない。
なお、黒竜達は想像以上に賢く、ティオの厳命もあって騎乗者を最大限に気遣って飛んでくれている。おまけにしっかりした鞍と転落防止のベルトもついているので、優花が落下することはなかった。
それに苦笑しつつ、リリアーナが己の黒竜を撫でる。
「流石はティオさんの眷属ですね。とても乗りやすいです」
「黒竜以外の竜に乗っている方は……少ないですね」
最初はおっかなびっくりだった愛子も、周囲を見回す余裕が出てきたようだ。
ティオとクワイベルの周囲を女性近衛隊長のオルガ率いる近衛部隊が編隊を組んで囲っているのだが、その全てが黒竜だ。
更に全体に散らばる形で飛んでいるボーヴィッド率いる国軍の兵士達も大抵が黒竜に騎乗している。
嬉しそうにティオの周囲を飛ぶ黒竜以外の竜族はたくさんいるが、人を乗せているのは極一部である。
「ティオ様に力を与えられた竜以外は、まだまだ人を乗せて飛ぶには不安があるのです」
そう説明してくれたのは、その極一部であるサバスだった。灰色で、しかし、目元から首筋にかけて特徴的な群青色の線模様が入っている竜に乗っている。
「何せやせ細ったものばかりでしたから、二年に届かぬ月日ではまだ本来の力を取り戻せていないのですよ」
「なるほど。リハビリ中というわけなんですね?」
「ええ。とはいえ、健康状態は良好です。今も続々と世界各地の竜族を保護しておりまして、国民と〝生涯の友〟となる子達も増えてきております。もう数年もすれば彼等も力を取り戻し、かつてのように多くの人々が竜王国の空を〝生涯の友〟と自由に飛び交う光景が見られるでしょう」
「それは素敵ですね」
「やはり、トータスにおける野性の竜種とは根本的に違うのでしょうね。性質も意思疎通のレベルも違うように思います。……いえ、アドゥルさんに相談すればあるいは?」
サバスの言う未来を想像して目を細める愛子と、早速仕事脳になってしまうリリアーナはさておき。
「もっと速く! 音速を超えて、空の彼方まで行くの!」
「グ、グルゥ?」
ミュウが先程から黒竜をすっごくペシペシして増速を促していた。黒竜が何度も背中へチラ見を送っては、どこか困ったような鳴き声を出している。
身長的に鐙――鞍と繋がった足を置く場所――に届かないので、ミュウだけはレミアの前に抱えられているのだが、レミアはまだ慣れていないようで、スピードを求める娘を必死に掻き抱いて制止している。
「ミュウ、ママは今の状態で十分だと思うわ。ね?」
「そんなことないの! むぅちゃんならもっとやれる! むぅちゃんの力はこんなものじゃないの!」
「違うわ、そうじゃないの。能力的な話をしているんじゃなくてね? ママ、あんまり慣れてないから今の速度で十分という意味で……というか、むぅちゃん?」
「みゅ! この子の名前は〝ばはむぅと〟。だから、むぅちゃんなの!」
「……それって、確かゲームによく出てくるすっごく強い伝説の竜の名前じゃなかったかしら?」
レミアは黒竜を見た。なんとなくこちらの言葉を理解しているのか、目を見開いたかと思えば物凄い勢いで首をブンブンした。「エッ!? 伝説の竜!? 違う違うッ、自分、ただの一般竜っす」と言ってそう。
レミアは、万が一に備えてサバスと同じく直ぐ近くを飛んでくれている近衛隊副長にしてオルガの弟ジャンを見た。勢いよく首が振られた。やはり〝ばはむぅと〟という名前ではないらしい。
「この子はつよぅなる。ワシには分かるの」
確信に満ちた目だった。コミカルな老師ムーブは一見するとジョークのように見えるが……騎乗する竜を選ぶ際、じっくり吟味した上で〝君に決めた!〟と、あのミュウが選んだのだ。
もしかすると、もしかするのかもしれない。と、同じく近くを飛んでいた龍太郎達は思った。龍太郎達が乗る黒竜達も「マジかよ。お前、そんなすげぇ奴だったのかよ……」みたいな目を向けている。
過剰な期待が突如として〝ばはむぅと〟に襲いかかった。人間だったら汗をダラダラ流していそうな雰囲気になっている。
「あの、すみません。勝手に違う名前を……この子の名前は確か……」
「あ、はい。その子の名前はモモコですが……」
名前かわいいっ。ってか女の子かよ! みたいな視線が龍太郎達から注がれる。モモコという、リンゴ味風の見た目スイカな果実が大好物だから付けられた名だったりするのだが……
「まぁ、その子が良いのなら好きに呼んでいただいて構いません。救世主様のご息女に名を授かったとあれば名誉なことですから」
「ジャンお兄さん、ありがとうなの! なら、今日から貴女は〝ばはむぅと・モモコ〟なの! ……どうかな? いや?」
龍太郎達は思った。芸人みたいな名前になっちまったじゃねぇか。悪化してるよ……と。
ミュウ的には本名も取り入れた最高の名前だと確信しているようで、期待のキラキラ目を向けている。
モモコちゃんの目が激しく泳いでいた。が、周囲の仲間の「マジかよ。いいなぁ~」みたいな羨望の眼差しに気が付いた途端、少し考える素振りを見せ、かと思えばツンッと鼻先を上げた。得意げに。
「ぐるぅ♪」
「OKなの!」
OKらしい。天竜世界に〝ばはむぅと〟の名を冠する黒竜が誕生した瞬間だった。
人外を惹き寄せ、原理不明の方法で心を交わす特異な少女に見初められた黒竜ちゃんは、果たしてその名に負けぬ存在になるのか否か。それはまだ、誰にも分からない……
閑話休題。
王都をゆったり何周かした後、そろそろ十分と判断したようで。
「ハジメ様、良い頃合いです。お付き合いいただきありがとうございました」
「そうか。まぁ、突っ立ってただけだけどな」
途中、「手くらい振ったらどうですか! 私の時のように! 私の時のようにぃ!」とシアから野次が飛んできて、仕方なく、かる~くだが手を振っていたハジメにローゼから突発パレードの終わりが告げられた。
ローゼが通信機を使って王宮の部下に連絡を取る。
王都中に伝わる全体放送設備からローゼ達がしばし王都を離れる旨や、準備していた祭りに関する伝達がされる中、見送りの大歓声を受けながらローゼとクワイベルは進路を北へ変えた。
「素敵でしたよ、ハジメ様。……ふふ、国民には私達の姿がどう見えていたのでしょうね?」
「そう見えれば見えるほど、後で負うだろうダメージがでかくならないか? ユエと寄り添う俺の姿への困惑とか、何よりローゼへの哀れみの眼差しとか」
「言わないでくださいっ。分かってますから!」
『ローゼ……かわいそう』
「クワイベル? 時にストレートな同情こそが最も人の心を傷付けるって知らないの?」
『なぁに。唯一無二の妻と思われていた妾が、実は正妻ですらなかったと知った時の民の反応を思えば軽かろう。というか、ハァハァッ、想像するだけで……クククッ』
まるで食後のスイーツを楽しみにするが如く、期待にハァハァし始めたティオはスルーして。
王都を外れ、巨大な浮島の外縁が見え始めたところでユエ達が追いついてきた。ユエ達にも空中パレード参加の礼を口にするローゼ。
「皆様、ご参加くださりありがとうございました。ユエ様におきましては特に。正妻様を差し置いて申し訳ありませんでした」
「……ん、気にしないで。旦那様と再会できたことを喜ぶ人達に水を差したくなかったのは同じだから」
「くっ、まぶしいっ」
そのハジメを心から想う愛情たっぷりな微笑も、心根も。と言わんばかりに片手で思わず顔を覆ったのは、ユエに後光を見たからか。漫画なら閃光を浴びてサラサラと崩れていく表現になったかもしれない。
女王の護衛のため周囲を飛んでいた近衛隊員達の中で、その笑顔が見えた者は同じく。「ふつくしい……」と呟いたり、陶然となって落下しかけたり。
天竜界においても吸血姫の美しさは魅力チートらしい。
「……それより、とても綺麗な街並みだった。決戦の時、それなりに損壊したと思うけど、よく短期間で復興したと思う」
「そう言っていただけて嬉しく思います。とはいえ、倒壊した塔は撤去し、貫通した浮島の大地は蓋をしただけなので、それほど苦労はしていないのですけど」
「……そう。でも、長年無法者達に占拠されていたんでしょ? 国民も奴隷にされていたって聞いてる。なら、もっと建物は傷んでいて、往来も汚れていたと思うけど」
「それは……ええ、ご慧眼ですね」
「……ん。なのに、都全体に凄く清潔感があった。国民一人一人が、きっと自分達の都を大切にしているんだと思う」
「……ユエ様」
「……素敵な都。そんな場所でお祭りをしてくれるんでしょう? ふふっ、楽しみ♪」
「くぅっ、あまりに尊いかわいいッッ。略して尊かわっ」
今度は両手で顔を覆った女王様。称賛とユエスマイルの直撃を受けて悶えている。耳まで真っ赤だ。
「不敬を承知で言うんだけどさ。なんかリアクションが芸人じゃね?」
「まぁ、良い意味で厳格さのない女王様だよな」
というコソコソ話をしているのは淳史と昇だ。聞こえたらしい奈々と妙子が「親しみやすくていいじゃん」「ねぇ~?」と笑っている。
そうこうしているうちに、とうとう浮島の外縁部を過ぎた。
かつての世界と違い、そこに暗き雲海はない。浮島の下には見事な草原が広がっていた。
『母上! 僕がやったんだよ! 王竜の力で自然を取り戻したんだ! まだ竜王国の周囲の大地だけなんだけど……』
そういうことらしい。親に高得点を取ったテスト用紙を見せる子供のように報告するクワイベルに、ティオが母性に満ちた眼差しを向ける。
『そうかそうか。よう頑張ったな。うむ、美しい大地じゃ』
飛翔のための風とは別に、温かさを宿したそよ風がクワイベルの頭を優しく撫でた。目をパチクリ。照れくさそうに翼で顔を覆うクワイベル。そうすれば当然、
「ちょっ、くぅーちゃ――」
落下する。むしろ、直滑降である。王竜の力で引き寄せられているのでローゼが落下することはないが、不意打ちのフリーフォールが心臓に良いわけもなく。
アーーーーーッ!!? と女王様の悲鳴が快晴の空に木霊した。ついでに、オルガ近衛隊長とジャン副長を筆頭に近衛達の「陛下ぁーーっ!?」という絶叫も。ボーヴィッドからは笑い声が響いたが。
空中でバサリッと翼を打ち、見事に風を捕まえてご機嫌にスピン。そのまま位置エネルギーを利用して勢いよく反転上昇し、白銀の光をブースト代わりに加速。
あっという間に元の位置に戻ってくるクワイベル。
『ほぅほぅ。飛翔の鍛錬も怠ってはおらんかったようじゃな?』
『はいっ、母上!』
『良い子じゃ』
己の背にしがみつきぜぇぜぇっと息を荒げている相棒の姿など眼中にないのか。ティオに褒められてクワイベルの尾がワンコのようにブンッブンッと荒ぶっている。
「おぉ……ティオさん、母性全開だな。すんごい〝ちゃんとした母親感〟があるぜ」
「お子さんに変態性が感染しないか心配だったけど、これなら大丈夫かもしれないね」
おそらく、ティオの子供欲しい願望が確固たるものになっただろうきっかけを目の当たりにして、龍太郎と鈴が感心すると同時に安堵していた。
ティオさんがお母さんって、情操教育的に大丈夫なのかな? と密かに懸念していたらしい二人に、ティオの目元がヒクヒクしている。
ナチュラルに刺してきた二人に文句の一つも言ってやりたいが、日頃の行いが行いなのでなんも言えない……と言った様子だ。
と、そこで、クワイベルに恨みがましい目を向けつつも息を整えていたローゼが、目を見開きながら「ティオ様のお子さん?」と呟く。
『うむ。来年あたりにな、子を授かりたいという話を家族でしておるのじゃ』
「……ん。リリィ以外の全員。だから、再来年くらいには家族が凄く増えてる予定」
「その時はまた異世界旅行したいですねぇ。うちの子達にはぐろ~ばるな感性を持っていてほしいですから」
「ぜ、全員? 子供を……おっふ」
物理的なジェットコースターショックから立ち直ったばかりだったローゼちゃん。今度は感情のジェットコースターに乗せられてしまったらしい。
そりゃあ全員奥さんなんだから子供がいてもおかしくないけれど、改めて突きつけられると心にクルものがある。という感じか。胸元を押さえてプルプルしているし。
「ああ……本当に。なんて親近感を覚える女王様なんでしょうか。私達、きっと親友になれますね♪」
「言葉では同情しているようですけど、リリィさん、満面の笑みになってますよ」
愛子の指摘に、しかし、リリアーナ姫の笑顔は変わらなかった。そして、奈々と妙子の視線の先には、案の定、ソワソワと落ち着きのない様子の優花がいた。
「みゅ? 優花お姉ちゃんも赤ちゃん欲しいの?」
「エッ!?」
「任せてなの! 一人二人増えたところでどうということもない! 皆まとめて、ミュウがお姉ちゃんしてやるの!」
「わ、私はその、別に、あれだし……」
どれだよ、と淳史と昇は思ったが口にはしなかった。
優花からのチラ見に気が付きつつも、それより気になるものが前方に見えたのでスルーするハジメさん。
「うん? あれは……」
どうにか立ち直ったローゼが、というか他のことに集中して意識しない手段を取ることにしたらしいローゼが答えてくれた。
「んっんっ、ごほん! ええ~、あれは農地ですね。地上の大地を使えるようになりましたので。おかげで食料生産率が大幅に上がりました」
「ああ、天之河の報告書にあったな。もう地上で暮らし始めている人達がいるって」
「ええ。これもハジメ様のおかげですよ。貴方様が汚染された大地を浄化してくださったから、直ぐに使えるようになったのです。……もっとも、数多のクレーターを整地するのは重労働でしたが……」
「そう言えばハジメくん。メテオインパクトしたんだっけ? それも流星群並みに」
「それはさぞ深くまで耕されたことでしょうね」
香織と雫が苦笑いを浮かべる。だが、そんな荒れ果てた大地を、むしろ利用しようと一大農業地帯にしてしまったのだからローゼ達の逞しさは中々のものだ。
「農地にしては物々しい雰囲気じゃない? あれ、話に聞いた戦艦でしょ?」
「あ、奈々、あれじゃない? ほら泥獣とかいう危険生物? の対策的な」
広大な農業地帯は綺麗に区画整理されていて、農業に関する設備のほか居住区と思しき場所も見えた。
それらを囲むようにして、金属製防壁や詰め所らしき場所、あるいは監視塔などが見える。設置型の銃火器も点在しているようだ。
更には空戦機が十機ほど停まっていて、銃火器で武装した兵士が騎乗している黒竜も十体ほど巡回しているようだった。
そして、農地の中央付近には大きな艦船も停泊していた。
「奈々様と妙子様の仰る通り、竜王国近辺の泥獣は光輝さん達の協力もあって駆逐できましたので今は万が一に備えているだけですが、一応、防衛線を構築しています。あの艦船は元々は神国の守護艦隊の船を再利用したものですね」
いざという時、農業に従事する人々を詰め込んで、障壁を展開しながら浮島に避難するためのものらしい。
「当然、竜核は一切使っていません。新生竜王国が絶対遵守すべき法ですから。なので、現在は竜王国を守るための護衛艦三隻に加え、元々私達が使っていたアベリアとロゼリアを含む七隻の飛行艦だけを運用しています」
ロゼリアは引き続き女王が乗る旗艦として運用され、他は世界探索用と泥獣に対する軍用艦として運用しているらしい。
自然から採取できる天核は低出力だ。採取と加工の労力を考慮すると、十隻程度の運用が現状では現実的ということらしい。
「艦隊、というにはやっぱり小規模だな。いや……確か今、各地の探索に出しているのは三隻だったか? なら自由に運用できるのは実質、たった三隻か」
「そうですね。ですが、地上の安全圏が広がれば天核の採取量も増えます。手が足りない分は黒竜達が手伝ってくれますし、探索が進めば多くの竜族を迎えることができます。そもそも今は、手を広げるより地盤を固めることが重要ですから」
「加えて言えば、これからの時代は空戦機乗りより竜騎士の時代だしなぁ。俺みたいなロートルは、どうも空戦機の方が性に合ってるというか、好みなんだけどよぉ」
ボーヴィッドが補足するように、あるいは愚痴っぽく言う。一応、彼の相棒なのだろう。騎乗している黒竜が抗議するように身を震わせた。「どわっ」と悲鳴が上がる。振り落とされかけたらしい。「これだからよぉ」と再び愚痴が零れ落ちた。
それにくすりっと笑みを見せつつ、ローゼは頷いた。
「かつての竜王国にあった〝竜騎士団〟を復活させました。若い人達の憧れの職業なんですよ? 誰かさん達のおかげもあって」
「それは〝王竜と共に戦う女王様〟も同じだろう」
「ええ、まぁ。女性騎士の応募も山のように来てますからね!」
ふふんっと得意げに胸を張るローゼ。
なんにせよ、今の竜王国軍の組織形態は新旧部隊で足りない部分を補い合う形で、今後、少しずつ竜騎士団の方が主力になるよう移行していくらしい。
「そうか……報告書でも分かっていたが、実際に見ると実感するな。頑張ってんだなって」
「ハジメ様?」
声音が少し変わったように思えて、ローゼは小首を傾げながらハジメを見た。返された眼差しには、意外にも敬意が滲んでいるようだった。
「天之河達が来るまでは泥獣との戦いも大変だったろ。黒竜がいて、物理的な攻撃手段も失っていないとはいえ……誘惑に負けず、よく守ったな」
「っ、それは……」
「加えて、元神国の連中と竜王国の民の間に軋轢がないわけでもないだろうに、さっきユエがいった通り都は綺麗だった。それどころか地上での生活も実現していて、報告書を読んだが、いくつか遠方の地上に拠点も作ったんだろう?」
「ええ……ハジメ様が見学を希望されている寺院近辺などもそうですね」
竜王国がまだ地上にあった時、真竜を祭っていた場所がある。そこでは歴史や神話を保管・管理していた。地上の探索において、ローゼ達が真っ先に確認に向かった場所の一つだ。
結果、多くは朽ちていたが辛うじて残っていた部分もあり、ローゼ達は後世に残すべき大切なものだと判断して保護に乗り出したのだ。
竜樹の復活において、世界の歴史や神話は大いに参考になる。報告を受けたハジメは、光輝を調査に向かわせ寺院の復元にも着手させた。
愛子が疑問に思った竜樹の役割なども、そこで見当がついたのだ。
生きるためだけでなく、そういう文化なども切り捨てずに守ろうとしたローゼ達の心根の賜物である。
「大したもんだ。なぁ、ティオ」
『うむ。ローゼ達なら上手くやるだろうとは思っておったが想像以上じゃ。本当に、よく頑張ったのぅ』
「と、当然です。私は戦う女王で、我が国には強き人と最良の友がいるのですからっ」
誇らしげに胸を張りつつも、ハジメとティオの言葉がとても嬉しかったのだろう。声が震えていた。涙を堪えるように口元もキュッと引き締めている。
なんとも愛らしく立派な女王の姿に、ユエ達もほっこりしつつ感嘆の眼差しを送っていた。
ハジメの言った〝誘惑〟。その意味が理解できたから。
話に聞いているヘルムートとの戦い。本来なら回避くらいできたはずのメテオインパクトに、なぜ邪竜は滅多打ちにされたのか。
その理由は、ヘルムートが狂ってなお捨てられなかった大事な物が安置されている場所をあえて狙い撃ちにし、庇わざるを得ない状況にしたからだ。
そう、兄弟姉妹の王竜核である。
それを手にすれば守護艦隊の復活も叶っただろう。
だが、ローゼ達はそうしなかった。彼女達はその場所を見つけてなお、供養のための祭殿を作って禁足地としただけで決して手を出さなかったのだ。
大きな力を使える誘惑に負けず、手を取り合って戦ってきた天竜界の人々に、龍太郎達もまた敬意の滲む眼差しを向けている。
それに、クワイベルが誇るように、けれどやっぱり泣きそうな声音でクワァ~~ンッと咆哮を上げ、クロー姉弟やボーヴィッド達も噛み締めるような表情を見せた。
救世主と龍神の掛け値なしの称賛は、彼等・彼女等にとって何よりのご褒美だったようだ。
「今のお言葉、ぜひ王都の民にも聞かせてあげてください」
農業地帯で働いている人々が、上空を飛んでくる竜の群れを見て次々に歓声を上げていく。誰かが来訪と王都上空のパレードの話を伝えていたのだろう。動揺はなく、大きく手を振ってハジメ達の来訪を歓迎してくれているのが分かった。
ハジメはローゼへの返答の代わりに「ティオ」と呼びかけた。それだけで意を汲んだティオが『相分かった』と楽しげに返し、次の瞬間、急降下を開始。
どよめく地上に見せつけるようにロールしながら体勢を戻し、低空を飛翔していく。サービスに勇壮な咆哮も上げながら。
その迫力に一瞬言葉を失うものの、通り過ぎるや否や喉が張り裂けんばかりに歓声が上がっていく。
「ふふ、ありがとうございます、ハジメ様、ティオ様」
『なぁに、少し近くを飛んだだけじゃ』
ハジメは肩を竦め、ティオはパチリとウインク。
それにくすりっと笑みを浮かべ、ローゼは前方を指さした。
「あのまだ無事な山の向こう側あたりでどうでしょう?」
山脈だっただろう場所だ。メテオインパクトのせいで両サイドが崩壊しており、富士山みたいな山がぽつんっとそびえ立っている。
天変地異(人災)の爪痕を目の当たりにして、香織達からなんとも言えない視線が飛んでくる。これまたなんとく視線を逸らしつつもハジメは頷いた。
そうして。
「それじゃあ、心の準備はいいか?」
山の向こう側、その麓に着陸した一行。一足先に見学したユエ達が悪戯っ子のような表情でローゼ達を見守る中、ハジメが確認する。
ローゼと小竜に戻ったクワイベル、サバスにクロー姉弟率いる近衛部隊、そしてボーヴィッド率いる兵士の十数人、そこに加えてローゼの側近をしている元アーヴェンストの乗組員の幹部達がワクワクした様子で見つめている。
黒竜達でさえ、どこか落ち着きがない。竜化を解いたティオに「何が始まるんです?」と問うているような眼差しを向けている。
ハジメの問いにローゼは大きく深呼吸し、一拍。
「お願いします。どうか再会させてください。生まれ変わった私達の第二の故郷と」
そう、期待に満ちた表情と共に頷いた。
「いいだろう。刮目するがいい」
おや? とユエ達は思った。なんかハジメの悪癖――ロマンとか趣味が暴走している状態――が滲み出てない? と。だって発言が微妙に香ばしいもの。某深淵卿みたいに。
「ユエ達にさえ見せていない、天竜界に来る前夜に思いついて急ピッチで仕上げた新生アーヴェンストのお披露目バージョンを!!」
あ、これダメなやつだ……とユエ達は思った。一旦、制止して内容を聞いた方がいいかもと身内の間で視線を交わすが、時既に遅し。
カッと光が爆ぜた。真紅の光がハジメから噴き上がり天を衝く。それが天蓋の如く空に広がっていく。まるで真紅の雲海の如く。
もちろん、アーヴェンストを出すのに、そんな魔力の放出は必要ない。絶対に演出だ。
おぉーっとどよめくローゼ達の視線の先で、巨大な船が、ゴゴゴッと地鳴りの如き音を響かせて真紅に輝く雲海から降りてくる。
まるで〝降臨〟と表現すべき登場の仕方だ。絶対に演出だ。いつの間に……とユエ達は揃って生温かい眼差しになっちゃう。
本当に、こういうの好きなんだから……
でもまぁ、せっかくの再会だもの。多少は演出チックでもいいか。と顔を見合わせ苦笑い。
だが、甘かった。
とうとう全体像を見せたアーヴェンスト。かつての姿とは違い、下から見上げる外観だけでもかなり異なっている。
まず無骨な鈍色を基調としていた船体が、純白に変わっていた。見るからに滑らかで継ぎ目すら見えない船体は美しいの一言。だからだろうか。空母を二隻横付けにしたような巨体は変わらないが、ずんぐり感が減ってよりスマートな印象を受ける。
だが、最も驚くべきは船体の色ではなかった。まるでユエが本気モードの時に出す輪後光の如く、巨大な回転する円環が、船体を中心にして船尾付近に浮いていた。
更には煌めく星の如く、無数の小型自動車サイズの物体まで周囲に浮いている。
まさに異次元の船。人の手で作られたとは思えない神々しさすら感じさせるそれに、ローゼ達は息を呑んで――
次の瞬間、アーヴェンストは輝いた。
七色に。
しかも、端からウェーブするように色が変わった。めっちゃチカチカしている。
船体の横に虹色の光で文字が描かれる。
ご丁寧に天竜界の文字で――ウェルカム トゥ ニュー アーヴェンスト!! と。
周囲の浮遊体もギラギラに七色の光を放ち始めた。なんか騒がしいBGMも流れ出しちゃう。
ローゼ達のみならずユエ達もあんぐりと口を開けて呆ける中、ミュウがアーヴェンストお披露目モードを端的に表現した。
「ゲーミングモードなの!!」
そう、ハジメさん、何をとち狂ったのか、アーヴェンストに急遽ゲーミングPCやキーボードによくあるライティングの装飾を施したのだ。施しちゃったのだ……。
「豪華客船感を最大限に出すならカジノ風でもいいかと思ったんだが……流石にちょっと派手すぎるかと思ってな。奥ゆかしさが出ちまったぜ」
拍手喝采を疑いもせず、白々しい謙虚さを見せるハジメさん。
あまりの衝撃映像にフリーズしていたローゼ達が、そんなハジメの言葉が聞こえてか復活した。
そして、わなわなと震え始めたかと思えば変わり果てた第二の故郷を前に、次の瞬間、完全に一致した感情そのままに叫んだのだった。
「「「「「「「「「「なんかヤダーーーッ!!!!」」」」」」」」」」
と。まさに、魂の叫びだった。
え……と困惑するハジメの肩に、ぽんっとユエの手が置かれた。
「……ねぇ、ハジメ。時折、急に感性がバグるの、どうして?」
「……」
生温かい眼差しと純粋な疑問。
ハジメは答えられず目を逸らした。そして、ああ、だからG10の奴、作業中やけに物言いたげな雰囲気で周囲をうろうろしてたんだな……と今更ながらに察し、同時に、やっぱり深夜テンションで思いつきを実行するのはダメだな……と、人生において何度目かも分からない反省をしたのだった。
ふぅっと一息。ハジメは、そっとアーヴェンストを宝物庫に戻しつつ、
「TAKE2、してもいい?」
お披露目のやり直しを要求したのだった。
遅まきながら、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします!
話の流れ的に竜王国の話を先にしておきたかったので、アーヴェンストのツアーは次回にさせていただきました。期待してくださっていた方には申し訳ありません。次回、よろしくお願いします!
また1月20日(月曜)、アニメ3期の後半再開、ブラウザゲームの正式リリースがあるようなので、こちらもぜひよろしくお願いします!