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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
518/544

天竜界編 謡う女王様




 天竜界に出発する朝のこと。


 真白の通路を歩きながら、機工界の深奥にある〝世界扉〟の部屋へと向かっている道中のこと。


「……おいおい、本当に大丈夫なのか?」


 ハジメは隣を歩く愛子へ目を眇めた。心配半分呆れ半分といった様子だ。


 そしてそれは、話を聞いていた他のメンバーも同じだった。


「ひとまずは。〝鎮魂〟で正気も取り戻しましたし、襲われてから半日くらい経ちましたが周囲に怪しい人影もないので……」


 と頷く愛子に、ミュウと雫がなんとも言えない表情で口を挟む。


「あまいお姉さん、去年のクリスマスも大変だったのに……」

「しかも、(りん)まで一緒とか……相変わらずトラブルに愛されてるわね……」


 そう、日本で起きたバスガイドさんが襲われた件である。昨夜はずっと分身体に意識を繋げていて、今朝、ハジメ達が起き出してから改めて報告しているというわけだ。


「あまいお姉さんってなんだ? 甘党なのか?」


 と首を傾げる龍太郎に、鈴が苦笑気味に言う。


「修学旅行の時、最初に名乗ってくれたでしょ。甘衣(あまい)杏寿(あんじゅ)さん。バスガイドさんだよ」

「……ああ! そんな名前だっけか!」

「え? ああ、そうか。それで甘衣お姉さんか。てっきり糖分の化身みたいな味覚してるから、あだ名かと」

「なんでハジメ君が納得してるの。去年のクリスマス、南雲家にも招いてるのに」


 香織のしら~っとした視線から、ハジメは誤魔化すように顔を背けた。


「……それより、愛子。敵の正体は不明のまま?」

「みたいですね。たぶん邪神か何かの崇拝者集団だろうとのことですけど。いつものことらしいので」

「な、難儀な人生じゃな。クリスマスの時にも聞いたが、随分とハードな人生を送っておるようじゃ」


 ティオが苦笑する。ハードな人生といえば自分達もだが、甘衣バスガイドさんは自分達が召喚されるずっと前から命に関わるような騒動に度々巻き込まれていたらしい。


 クリスマスの時に聞いた話曰く。


 世の中には人外の化け物が確かに存在している。人では到底力の及ばない正真正銘の怪物で、まず出会うことはない。だが、うっかり彼等の領域に踏み込んでしまったり、頭のおかしい連中が意図的になんらかの手を出すことで出会ってしまうことがある。


 で、出会えばだいたい死ぬ。生還できても大抵は精神的におかしくなり、その話なんてできなくなる。


 なので必然的に話は伝わらず、伝わっても断片的。それらが継ぎ接ぎのように集まって、あるいは形を変え、マイルドに改変されたりして一種の都市伝説とか伝承とか、つまりオカルトの類いとなって密かに残される。


 普通なら娯楽の一種として消費して終わり。次の話題へ飛びついて、直ぐに忘れてしまう類いのお話。


 だが、世の中にはそれを本気にする者もいて、更に真実へ辿り着く者もいる。


 そうして、真実を知った者達は二通りに分かれるのだ。


 実在する超常現象の力に魅せられる者、魅せられて理性をなくした者達が怪物を刺激しないよう止める者。


 大抵の場合、前者を崇拝者、後者を探索者と呼ぶのだとか。


 崇拝者とはつまり怪物を神と崇めるが故、探索者とはつまり、いらぬ災害を呼び起こそうとする不届き者を探索する者であるが故だ。


 クリスマスに、悲壮感たっぷりに語ってくれた甘衣バスガイドさんを思い出して、レミアが同情心たっぷりの表情になる。


可哀想(かわいそう)なのは、甘衣さんがどちらでもない、ただの一般人という点ですね……」


 ついでに、思い出す。話のお供にと甘みたっぷりのカフェオレを入れてあげた時のことを。


 口を付けた途端に悲しげな表情になった甘衣さん。甘みが足りなかったのかしらん? 角砂糖、四つも入れたのだけど……とレミアが角砂糖の瓶を差し出したら、パァッと表情を輝かせて全部入れた。


 もちろん、カフェオレはドロッドロである。飽和して溶けきってないのだけど? もはや角砂糖入りカフェオレではなく、カフェオレ入り角砂糖なのだけど? と誰もがまるで未知の怪物でも見たような真顔になった。


 当時を思い出してしまったのだろう。同情心たっぷりだったレミアさんの表情が固まる。口許を手で押さえうっぷっとなっている。


「ねぇ、南雲。邪神だとか、危ない力を使える宗教団体だとか、王樹が復活する前からそんなのあり得るの?」

「ん? そんなの――」


 肩越しに振り返って優花を見やるハジメ。ちょっと言葉が止まる。ジ~ッと眺め、ふむ。と納得したように頷く。


「そんなの十分にあり得る――」

「ちょっと待って。言いたいことがあるなら言えば!?」

「今日も素敵な衣装だな」

「!!? す、素直に褒めるんじゃないわ――いや、その……ありがとぅ」


 ハジメのドストレートな称賛に、つい反射で言い返しそうになった優花だが、驚いたことに途中で言い直した。顔を赤くしてモジモジしながら。


 あら~♪ みたいな眼差しになる女性陣。


 とまぁ、それはそれとして。


 本日ももちろんしております。既に恒例となった日替わりファッションショー。


「ふふ、南雲っちが某弾幕シューティング系ゲームをこよなく愛していると香織っちから聞いてね。デザインに取り入れてみたよ」

「竜と巫女って、なんかシナジーあるよね? 空を飛ぶのが当たり前の世界でもあるみたいだし、何より、清楚と脇チラはたまらんだろう?」


 妙子先生が悪い笑みを浮かべて「ぐっへっへ」と汚い声を漏らしている。


 淳史と(のぼる)が「なぁ、昇。なんか菅原の奴、だんだんおっさん化してね?」「今度からタエおじとでも呼ぶか?」とコソコソ話しているが、それはさておき。


 優花専用十二着の衣装が一つ。


 天竜世界初日用の衣装は、紅白の巫女風ノースリーブワンピースだ。頭の後ろにはリボン、袖はロング手袋のように二の腕からはめている。なので、肩と脇が見事に露出している。ご丁寧に、腰にはお祓い棒も装備。


「取り入れたというか、もはや完全にコスプレでは?」


 リリアーナから真っ当な意見が出た。


 朝、集合場所に現われた時、流石に慣れてきたのか、優花が如何にも「何か問題でも?」と言いたげな澄まし顔だったので何も言わなかったが、たぶん、みんな思ってた。


 というか、ピチピチスーツの時も思ってた。


「おぉ、見ろよ、鈴。ツッコミも気にせず、堂々と胸を張ってるぜ。顔は真っ赤だけど」

「成長したね~。それとも焦ってるのかな? もう三つ目の世界だし、もう少し進展があってもいいのにって……」

「これはあれですね。焦りの方ですね、きっと。ほら、ミンディさんが現地妻に満更でもなかったから……」

「そこ! うるさいわよ!」


 わざわざお祓い棒を突きつけるようにして龍太郎と鈴、そしてシアを黙らせる優花。なるほど、某巫女さんに、態度というか言動が寄せられている気がしないでもない。


 そんな優花の肩に、ぽんっと手が置かれた。ユエだった。なんだか優しい表情をしている。優花の頑張りが微笑ましいのか……


「……優花、残念」

「え?」

「……そのコスプレは既に私がやった」

「「「!!?」」」


 二番煎じだったらしい。これには優花のみならず奈々&妙子先生も揃って「なん……だと……?」の表情に。


「……というか、その作品のキャラコスはだいたいやった」

「!?」

「……ベッドの上で」

「ッッッ!? な、南雲の変態! ばかっ」


 微笑ましいのではなかったらしい。ユエ様、普通にマウントを取りに来た。旅行中は、基本的に優花に甘いユエだったが、たまには正妻の貫禄を見せておかねばと思ったのかもしれない。


 もちろん、暴露された方は堪ったものではないが。


 ほぉ~へぇ~ふぅ~~ん? みたいな視線が女性陣からハジメへ注がれる。淳史と昇からは「こいつっ」と羨望半分呆れ半分の眼差しが、龍太郎は彼女さんに意味深な眼差しを送っている。


「んっんっ、ごほんっ。話の続きだが、日本自体が〝龍〟だったり、悪魔の影響は昔からあったり、超常の存在が地球にいるのは既に周知のことだろう? 同時に、エクソシストや影法師、陰陽師も実在したし、ヒュドラみたいな組織もあった」

「ねぇ、ユエさん。その……あくまで参考になんだけど……」

「……皆まで言わなくて良い。ハジメが特に気に入ったキャラコスは――」

「聞けよ」


 話題を逸らせなかった。なのでリトライ。質問しておいて無視した優花と、夜の営みの一部を暴露したユエの頬をむにぃ~~っとしつつ話を続ける。


「そもそも、よく分からないが常識では説明できない存在を〝神〟だの〝悪魔〟だのと崇めるのは、どこの国でも、いや、世界でもあり得る〝人のあるある〟だろう?」

「な、なぐもぉ、いふぁいってばぁ~」

「……はじめぇ、ごめんらさぁい。ゆるひてぇ~」

「………優花もユエも顔がゆるゆるじゃない。話を聞きなさいよ。そもそも今は、甘衣さんの状況について愛ちゃんが説明しているところでしょうが」

「「ふぁ~い」」


 雫に手を引かれて後方へ連れていかれる正妻と愛人……みたいな構図は、ひとまずスルー。雫の言う通り、話が進まないから。


「ともかく、そういう話自体は不思議じゃない。凶悪な存在みたいだから、バスガイドの話を聞いて羅針盤でも確認してみたが……まぁ、本人の記憶がとにかく曖昧だからか検索のためのイメージ自体、設定が困難で結局何も分からなかった」


 と、クリスマスの時の話をよく知らない龍太郎達に前置きしつつ、ハジメは再び愛子へ目を向けた。


「今回の襲撃理由も〝書物〟だって?」

「そう聞かれたみたいですね。なんとかって本を持っているんじゃないか。あるいは、どこにあるか知っているんじゃないかって」

「なんとかってなんだ」

「甘衣さん、こういう事件に巻き込まれた時は全力で〝見ざる聞かざる言わざる〟を貫くらしくて……」


 愛子が苦笑を浮べている。甘衣さん曰く、知れば知るほど泥沼にはまるので、巻き込まれた際に生き残る最も大事なのことは、とにかくそれらしい。あと、逃げ足と体力、回復用の甘い飲み物。これはマスト。


「何故、甘衣殿が何か知っておると、その者等は思ったのかのぅ?」

「前にも書物を運んでたからじゃないか?」

「甘衣さんもそう言ってました。それがどういう書物で、手に入れてどうしたいのかも分からないし、絶対に知りたくないらしいですけど」


 だいたい、頭のおかしな連中が欲する書物や道具なんて頭がおかしくなるヤバい代物に違いないのだ。経験則的に。とのことらしい。


 知らないことは、甘衣さんが巻き込まれがちな界隈において最大の身を守る術なのだろう。


「ちなみに、甘衣さん、界隈では割と有名らしいです。常人なら十回中十回は死ぬような状況で十回とも生き残る異能生存体とか呼ばれているようで」


 死ぬほど嫌そうな顔で、それも襲われた理由の一つかも……と某獄甘なコーヒー牛乳にスティックシュガーの束をまとめて注ぎ込みながら言っていたらしい。


 その時、愛子は胸焼けする感覚に苦しみながら思った。


 甘衣さんの体を研究したら、人類は糖尿病を克服できるんじゃないかな、と。


「そうか……それで? 今は後輩のバイト先に匿ってもらってるんだっけか? 確か、あの語尾がぴょんの変わった人」

卯佐美(うさみ)さんですよ。卯佐美兎和(とわ)さん。クリスマスに名乗ってたのに……」


 愛子からジト目が。名前、忘れすぎでしょうとお叱り気味だ。


 だが、ハジメにも言い分はある。クリスマスの日に南雲家に招いたサンタ三人は、いずれもキャラが濃すぎたのだ。


 〝断固たる意志を以て徹底して語尾にぴょんを付けるウサミミメイド(二十七歳)〟である。しかも、聞けば異能を使う相手からアメフト技で例の物を奪い返したとか。


 嘘でしょ? と言いたくなるし、それは名乗られても〝ウサミミメイド先輩〟で印象が固定されてしまうというもの。


「日野さんにも、いつの間にかあんなアーティファクトを渡して……本人は木刀だと疑ってもいませんでしたけど、あれ、中身は金属ですよね?」

「ま、まぁ、あいつも大概巻き込まれ体質だし……」

「なんだか凄い技も使うみたいですし? 剣道をしているからって絶対に普通の女子高生が使えちゃダメなタイプの」

「いや、それは無関係だぞ、愛子。ただ、お姉様への愛と俺への憎しみを糧に、あいつが猛特訓した結果だろう」


 珍しくも姉さん女房っぽい雰囲気で身を乗り出してくる愛子から視線を逸らせば、その先に当のお姉様のジト目が。


「……本当に憎しみかしらねぇ? あの子もハジメも、なんだか私そっちのけで楽しんでるような気がしないでもないけど?」


 ハジメは「まさか!」と肩を竦めた。なんともわざとらしい。


 実のところ、次はどんな技を体得してくるのか楽しみだったり、普通に「次、これとかどうよ?」とオススメしたりもしている。


「それより! 助けに行った方がいいか? 遠藤あたりに連絡するのでもいいが……」

「う~ん。一応、日野さん曰く、甘衣さんが発狂した時に、本当に何も知らないようだって向こうも納得したみたいなんですけど……」


 そのために発狂させたのだろう。そのまま放置してくれていれば良かったが、ついでとばかりに口封じしようとしたので、後輩ちゃんも最新の対魔神戦技をぶち込むしかなくなったわけだ。


 なお、後輩ちゃんが一緒にいた理由は、襲撃の前日に一緒にいたからだ。特に何があったわけではなく、普通に夏休みなのもあって一緒におでかけしていただけである。


 事件に巻き込まれた者が全員サンタコスという奇跡のクリスマス以来、バスガイドさん、後輩ちゃん、そしてウサミミメイド先輩はすっかり意気投合し、割とよく遊ぶ仲になっているのだが……


 ともあれ、そろそろお別れ~という時に今回の襲撃者に襲われたわけだ。


 最初は自分達で対処できていたというか、相手も一人なのでどうにでもできていた。で、なぜか裏世界に詳しいバスの運転手さんにコンタクトを取ったり、甘衣さんの知り合いに相談したりしつつ、放ってはおけない! と後輩ちゃんも家に黒木刀を取りに戻ったり……


 すると、相手も手を変えて、今度はワンボックスカーを横付けにして誘拐しようとしてきたので、とりま降りてきた連中を股間スマッシュし、かつ逃げようとした運転手を窓ガラス越しに左片手一本突き〝牙○モドキ〟でしとめ――気絶させたり……ついでにタイヤの空気も抜いたり……


 とにかく、翌朝まで逃げ回りながら状況把握に努めていたのである。


 二人揃って日常冒険系なものだから、基本的に何かあっても直ぐに他者を頼らない。そのせいで、ついに甘衣さんが頭あっぱらぱーにされてしまい、愛子に助けを求めたというわけだ。


「一応、ハジメ君が護衛に残してくれた悪魔さん達が仲間も呼んで手分けして犯人を追跡してくれてますし、見つけたら相手の正体も探ってくれるらしいので…」

「あいつら……張り切ってそうだなぁ」

「あはは、それはもう。お祭りだぜぇ! ヒャッハーって叫んでましたね。あ、それと中野君と斉藤君にも連絡したら直ぐに来てくれたので……」

「中野と斉藤が?」


 相も変わらずフリーターしている二人を援軍として呼んだらしい。


 たぶんあれだ。一番暇してる奴らだから一番確実に、かつ一番早く駆けつけてくれると思ったのだろう。


 何せあの二人、卒業パーティーで宣言していた通り、テレビ局に入ったものの、どの局でも女性出演者への視線や接し方がキモい、という理由で一ヶ月もかからず首になっているから……


「はい……修学旅行の時のバスガイドさんが困ってるって言ったら、即答で来てくれました……」


 本当に暇してるんだな……と淳史達が半眼になっている。奈々達はもちろん、甘衣さんの身を案じた。襲撃のことではない。あの恋人に飢えた獣達は、果たして護衛になるのか……という不安で。


 と、その時、


「え? あ、ちょっと二人共――」


 愛子が何か言いかけた次の瞬間、プルルッと着信音が。ハジメのスマホだ。画面には愛子(分身体)の文字。念のために持たせておいた異世界通信機からだ。


 目の前にいるのに、なぜ? と思いつつも苦笑している愛子からは切迫した様子は見受けられないので、とりあえず出てみるハジメ。


『おうおうおう、ハーレム魔神さんよぉ! こいつぁどういうことですかねぇ~~』


 なんかすっごくガラの悪いチンピラの声が聞こえてきた。たぶん信治だ。


『かーっ、いやらしか! とんでもねぇスケベ男たいっ』


 たぶん良樹だろう。なんで方言なのか知らないが、大変憤っていることは分かる。


『『裏でバスガイドさんと繋がってたなんて許せな――』』


 プツッと切れる通話。ハジメは何事もなかったかのように愛子に尋ねた。


「とりあえず、直ぐに対処しに行く必要はないってことでOKか?」

「え? あ、えっと……護衛も強化されたら、向こうからしたら襲撃してもデメリットしかないですし、悪魔さん達が何か情報を持ってきてくれるかもしれませんし……うん、大丈夫だと思います。ひとまずは――あ、待ってっ」


 再びプルル~ッと着信音が。愛子が申し訳なさそうにハジメを見やる。出るだけ出てあげてほしい、と目が言っていた。


 仕方なく、信治と良樹に報酬の約束でもして黙らせようと思いつつ電話に出ると、


『南雲先輩っ! 聞いてませんよ! こんな便利な電話があるなんてぇ! これがあれば異世界旅行中でもお姉様と毎晩イチャイチャ寝落ち電話できるじゃないですか! なんなら囁きボイスで寝落ちASMRでも可! だから私にも一台くださ――』


 ブツッと電話を切るハジメ。そのまま素早く着信拒否設定へ。満足そうに頷き、やっぱり何事もなかったように懐へスマホをしまう。


「あ~う~、えっと~、分身体、後は任せます!! 頑張って!」


 流石の愛子も不平不満を口にするダメ人間まっしぐらな二人と、欲望に忠実すぎる後輩に詰められるのはしんどかったようだ。


 あたふたした後、分身体に丸投げした。生徒達から〝覚醒愛ちゃん〟と呼ばれる分身体だ。きっと上手くやってくれるだろう。学校を無断で抜け出して、きっと毛根と一緒にぷっつん来ているだろう教頭先生への弁明とかも。


「ハジメ、あの子に異世界通信できる端末は渡さないでね?」


 雫お姉様から切実な願いがなされた。


「……ん、それがいい。雫は当然だけど、たぶん物凄く頻繁に、ハジメにもかかってくるだろうし」

「あはは、なんだかんだ凛ちゃんってハジメ君のこと慕ってるもんねぇ」

「というか、異世界用端末じゃなくても普通にたくさんメールとか来てますよね? 九割九分くらい無視してますけど」

「なのに、懲りずに連絡してくるって、それもう――」


 めっちゃ好きじゃない? という言葉は呑み込む優花ちゃん。本人は鳥肌を立てながら断固として否定するだろうし、〝好き〟にも種類はあるだろうが……なんとなく言いたくなかった。言霊ってあるし、と。


「さて、ちょっとハプニングはあったが」


 あくまでスルーする方向らしい。ダメ人間コンビと後輩ちゃんに対してはとことん扱いが雑なハジメに、龍太郎達が苦笑する。


 が、タイミング的にもちょうどだった。目の前には〝世界扉〟の部屋に通じる扉が。


 話している間に到着したらしい。これまた良いタイミングで勝手に扉が開く。


「キャプテン、お待ちしていました。〝世界扉〟と聖樹、そして私のシステムとの連動、防衛システム、オールクリア。いつでも行けます」


 部屋の中央にスロープ付きの台座があった。真っ白で荘厳な両開きの扉が置かれていて、その上には天井から伸びる柱もある。


 その傍らでG10が待ってくれていた。転移装置のチェックと起動準備をしてくれていたのだ。


「ありがとう、G10。世話になった……と言うのはまだ早いか」

「はい、キャプテン。お披露目が、まだ残っています故」


 意味深に視線を交わし合い、ハジメはふっと笑い、G10はどこか楽しそうにピコンッとモノアイを光らせた。


「それじゃあ行ってくる。今度は直ぐだ。約束する」

「はい、キャプテン! 皆様も、どうぞお気を付けて。良い旅を」


 G10の言葉にユエ達が揃ってお礼を返すと同時に、天井から伸びる柱と台座に回路の如き光が奔った。


 同時に〝世界扉〟が輝きを帯び、その扉を開いた。











「「「「「お、おぉ~~~~っ!!」」」」」


 優花や龍太郎達が一斉に感嘆の声を上げた。予想外の光景が広がっていたからだ。


「うわぁ、なんだか海底遺跡を思い出すね……この海のドーム」

「ああ、船の墓場じゃないけどな」


 後に続いた香織が懐かしそうに目を細める。


 その言葉通り、天竜界の〝世界扉〟は海中にあるようだった。


 地面はある。大体三~四百メートルくらいだろうか。先まで色とりどりの草花で覆われた大地が続いていて、海水の壁を隔ててゴツゴツした岩肌の海底が広がっている。


 上を見上げても本当の水面は見えない。少なくとも太陽の光が届かない程度には深い場所のようだ。


 代わりにというかのように、発光する珊瑚のようなものや、チョウチンアンコウみたいな魚、やたらと目が光るサメのような生き物が多数いて、陽光の届かない海底でも随分と先まで見通せる。


 海中に空間を作っているドームの全体像を見ようと〝世界扉〟からは少し離れて振り返れば、そこには巨大な樹木――竜樹があった。


 竜樹の根元に、まるで樹の中に出入りするための扉のような形で〝世界扉〟は設置されていた。


 リリアーナがぽか~んと口を開けながら幹を下から上へと見上げていく。海水ドームは壁の如き竜樹の幹を中心としていて、高さは大体三百メートルほど。その先からは海中を貫くようにして上へ伸びている。


 竜樹自体が淡く発光しているのでかなり上まで見通せるのだが、途中で巨大な枝葉が広がっているのもあって、やはり海面は見えない。


「大樹は海中でも問題ないんですね……」

「そうだな。羅針盤で竜樹の場所を調べた時は俺も驚いた。元からそうなのか、それとも大樹ウーア・アルトのように何かあって沈下したのか……」

「じゃが、少なくとも再生を竜樹に限定したわけでないなら、周辺の陸地自体も再生されるじゃろ? ということは元より根元は海中だったのでは?」

「う~ん、まぁ、そうかもな」


 なぜかハジメの歯切れが少し悪いが、ティオの推測は真っ当だ。こういう立地の大樹の枝葉もあるんだなぁと、誰もが感心したように周囲を光景を楽しんでいる。


「パパ! パパ! 泳いでいい?」

「いやぁ、ここ水深八百メートルくらいあるから装備なしはやめとけ」


 レミアママが今にも飛び出していきそうな娘の肩をガッとした。流石に海人族でも耐えられない。一応、海水の壁は容易に通り抜けられない結界なので、うっかり飛び出すなんて心配はないが。


「ねぇねぇ、南雲っち。これ、地上部分はどうなってんの?」

「小さな島みたいになってる。枝葉で作られた、な。リューティリスの隠れ家みたいな……って言ってもユエ達にしか伝わらねぇな……」

「? どういうこと?」


 妙子が首を傾げるが、見た方が早いので「後でな」と流すハジメ。


 行こうと思えばアーヴェンスト竜王国に直接転移できるにもかかわらず、こうして〝世界扉〟を通じて最初に竜樹のもとにやってきたのには理由があったのだ。


 既に閉じた〝世界扉〟に手を添えたり、背後の幹に埋め込まれている宝珠を確かめたりしているハジメに、ユエが尋ねる。


「……どう? ハジメ」

「う~ん、こっちは問題なさそうだな。愛子、そっちはどうだ?」

「え? あ、はい! 大丈夫です! 地球との時間差は生じてません!」


 遠慮した甘衣さんに固辞されたのもあって一端学校に戻り、キレるどころか逆に優しさと気遣いの塊みたいになっている教頭先生に粘り強く言い訳している分身体を通して、世界間の時間差を確認する愛子。


 どうしよう、ちょっと意識を戻した方がいいかな? と迷いながら。


 分身体が覚醒愛ちゃんモードなのもあって、教頭先生、ついに自ら病院に連行しようと決意を固め始めているのだ。


 やっぱり分身体愛子を、イメチェンではなく二重人格と疑っているらしい。


 ……うん、ここはやっぱり分身体に任せよう!


 愛子は意識の接続を切った。現実逃避とも言う。分身体から「メーデー! メーデー! 教頭先生が強い! 言いくるめられそうになし! 至急、対応を! 本体!? ほんたぁい!?」と意識の片隅に連絡が来るが、本体だって言いくるめられる気がしない。


 ユエさん達を参考に作り上げた理想の私なら、それくらいなんとかして! できるできる! ふぁいとぉー! と声援だけ送っておく。


 なお、二重人格とは現実の嫌なことから心を守るため、第二の人格を生み出して押しつけるというパターンがよく知られているが……


 あながち、教頭先生の見立ては間違っていないのかもしれない。


 閑話休題。


「ユエの目から見てどうだ? この領域にかかっている魔法に不具合や違和感は?」

「……来てからずっと精査してるけど、特に何も。歪みも不自然な圧も感じない。綺麗に魔力が流れてる感じ」

「そうか。後は……」


 おそらく、星霊界以外は旅行に出発する数日前から生じ始めただろう大規模な時間差。即座に対応したが、あくまで応急処置だ。


 なので、念のため最初に時間差を食い止めるアーティファクトや〝世界扉〟が正常に稼働しているか確認に来たわけなのである。


 ユエのお墨付きをもらって、ハジメは少しほっとした様子を見せつつ海水ドームを見上げた。


「転移に伴う竜樹の反応には気が付いたはずだから、そろそろ来ると思うが……」

「おう? 何が来るんだ?」


 鈴と一緒に「ねぇ、龍くん。あのチョウチンアンコウとかサメってさ、なんか違和感ない?」「あん? ……あ、確かに」「あれ、絶対グリムだよね?」「だなぁ。この場所が場所だし、魚類に見立てたガーディアンだったか……」と話していた龍太郎が小首を傾げる。


 その直後だった。疑問に答えるように凄まじい巨体が海水ドームの外を横切った。極太の長い胴体、超巨大な海蛇のような存在。


「メーレスさんなのぉ!」


 そう、この竜樹の化身に選ばれた海流を司る神霊――海龍メーレスだ。


「あの、気のせいかしら? 星霊界で会った本体よりおっきくない?」


 優花の見立ては間違っていない。


 頭上の海水の壁に波紋を広げながらゆっくりと、まるで高層ビルが落ちてくるかのような迫力を伴って頭部を入れてくるメーレスを見ながらハジメが頷く。


「竜樹の化身になったせいだろうな。跳ね上がったスペックに合わせて、デフォルトの大きさも二倍くらいになった。ま、神霊だから大きさは自由に変えられるんだが」


 ティオの黒龍神モードを超える大きさ。圧巻である。やろうと思えば、直径約六百メートル、高さ三百メートルの海水ドームを、とぐろを巻くようにしてすっぽり覆い隠せるサイズだというのだからなおさら。


 元からあった神々しさや荘厳な雰囲気もレベルアップしている気がする。まさに、龍神というに相応しい威容だ。


 そんな竜樹の化身は、魂が震えるような威厳のある声で、


『チェンジで』


 なんてことを言った。思わず半眼になるユエ達、そして額がビキッとなるハジメ達。


 だが、怒りの制裁がメーレスに向けられる前に、


『魔神殿。勇者殿の代わりにと派遣してくれた悪魔共だが、チェンジで』

「「「「ああ、そういう……」」」」


 と、納得が得られた。ギリセーフ!


「何か問題でもあったか?」

『鬱陶しい』


 さもありなん。


 本来、竜樹復活からまだ一ヶ月程度の今、光輝は世界の経過観察をしているはずだった。少なくとも、あと二~三ヶ月は。


 だが、時間差問題への対応も兼ねて一足早く地獄界へ行ってもらったので、代わりに悪魔を派遣したのだ。


 まだ化身となったばかりで世界の管理・調整に試行錯誤なところがあるメーレスの補佐も兼ねて。


『我が世界の精霊獣か、せめて妖精界の妖精にしてほしい。聞き入れられない場合、あの悪魔共をうっかり海の藻屑にしてしまうかもしれない』

「いや、あいつら何をしたんだよ……」


 海流の神霊さん、ガチギレしてる……。


『とても馴れ馴れしい。我が神となったこの世界に、いちいち文句やら注文やらをつけてくる。却下するとあからさまに〝使えない奴〟扱いをしてきて、地獄界の魔王がいかに素晴らしいか我と比較しながら延々と語り続ける。挙げ句の果てに、こっそり自分達用の拠点を作り始めたり、仲間内で争い始めたり、その愚痴を我に吐き出しに来たり、幼子のように駄々をこねたり、我が世界のバランス調整と時間差調整に集中している時に限ってパーティーを始めたり、かと思えばまるで狙ったように無視できない報告をしてきたり――』

「分かった分かったっ、すまん! 俺が悪かった! 時間差問題で動揺して人選をミスった! 直ぐに箱庭の精霊獣と入れ替える! だから落ち着け! いや、病むな!」

『そうか。感謝する、魔神殿。ただ、一つだけ助言させていただく。悪魔はクソだ! 手を切った方がいい!』

「ああ、うん。分かったから、な?」


 悪魔を派遣して、まだたったの数日である。それだけで神霊のストレスをここまで溜めるとは……


 確かに、地球で動いている派遣悪魔達と違って、臨時だったので適当に喚んだ連中だ。かなりのハズレを引いたらしい。


「……やっぱり悪魔は所詮悪魔。厳選と手綱の引き締めはしっかりしないと」

「だな」


 ユエに苦笑い気味に言われ、ハジメは素直に頷いた。


『……すまぬ。せっかくの来訪に水を差したな』

「海流の神霊だけに? ぷくくっ」


 淳史のジョークには真冬の冷水の如き冷えた眼差しが一斉に向けられた。一番心に刺さったのはミュウのそれ。少女の冷めた目ほど痛いものはない。


 「もうしゃべらないから……ゆるして……」と竜樹の根本で膝を抱えた淳史は放置して。


『よくぞ参られた、魔神殿のご家族。そして、その仲間よ』

「メーレスさん! こんにちは! なの! 化身になったから? なんだか前よりもっとかっこよくなったの!」

『む……そ、そうか?』


 ゴウッゴウッと唸る海水の壁の外。海流が物凄い勢いで上機嫌に渦巻いていた。グリムっぽいサメ達が「あ~~~っ!?」「やめてぇ~!?」みたいな雰囲気で翻弄されている。


 ちなみにだが、実際、周辺の光源を持つ生き物は全てグリムリーパーだ。ただし、中身は悪魔ではなく、メーレスについてきた星霊界の水の精霊達である。悪魔同様に憑依操作できるよう、ハジメが調整したのだ。


 そういう意味でも、最初から精霊を喚べば良かった……とハジメは頭を掻いた。


「あらあら、ミュウったらまたそうやって……」

「みゅ?」


 レミアが無自覚たらしな娘の頭をぽんぽんしながら、あらあらまぁまぁと困り笑顔でメーレスを見つめる。


 なんとなく、はしゃぐ子供を微笑ましく見守っているような雰囲気に感じなくもない。


 相手は神霊なのに。むしろ、この世界の新たな神なのに。


 メーレスは少し視線を泳がせて大人しくなった。どこか恥ずかしそうというか、照れているように見えるのは気のせいか。


「……活性のミュウに、鎮静のレミア。母娘そろって神を手玉に取るなんて」

「海人族だから相性がいいのかしらね?」

「いやぁ、雫ちゃん。特に関係ないと思うよ? 全方位にあんな感じのような……」

「でも、ほら、ミュウちゃんって水属性の妖魔に特に好かれるようだし」

「ああ~、そう言えばそっか」


 メーレスがどこか居たたまれない様子なので、ハジメは話を進めた。


「この後、直ぐに竜王国に行くつもりだ。その前に異変はないか確認に来た。それと、どうだ? アーティファクトがなくても時間の差異をなくせそうか?」

『異変はない。時間差に関しては、今しばらく力を借りたい。先程も言ったが、この世界は未だバランスが崩れている。その調整と泥獣の捜索、処理にも意識を割かねばならん故』

「そうか。まぁ、化身になってまだ一ヶ月程度だからな。ゆっくり慣れていってくれればいい」

『配慮、痛み入る。栄誉ある大役を与えてくれたことにも改めて感謝を』


 どうやらメーレスもメーレスで、母ルトリアが担っている役目の大きさを実感し、今は慣れようと必死らしい。


 ハジメがエネルギーを管理している地球や創造主である箱庭の大樹の化身と違い、やはり一つの世界の神になるというのは、たとえ生まれながらの神霊であっても容易なことではないのだろう。


 その容易ではない点を助長しているらしいキーワードに、ティオが反応した。


「バランス……確かにご主人様は永久(グラスプ・)機関(グローリア)を創造するに当たって負のエネルギーをかなり吸収したが、バランサーたる竜種の数自体が激減しておるものな。一年半程度の期間では、やはり自然回復しきることはない、か……」

「まぁ、そうだな」


 光輝からのレポートから読み取った感じでも、環境はそこまで大きく変わっていないようだった。もちろん、少しずつ浄化されているようだったが。


 と、そこで愛子が不意に「あれ?」と何か気が付いたように首を傾げた。


「う~ん? ちょっと待ってください。確か、この世界って竜種の中にある竜核と、鉱石である天核が正と負のエネルギーを循環させているんですよね?」

「そうだが?」

「でも、本来、その役目は大樹の枝葉が担っているのでは? だとしたら、この世界の竜樹の役目は……」


 虚空に視線を彷徨わせつつ疑問を口にする愛子に、他の者達も「あっ」という顔になる。そう言えばそうだ、と。


「良いところに気が付くなぁ。まぁ、それにはちゃんと理由がある。と言っても、この世界の神話に関わる話だから、まだ確かなことは何も言えないんだが……」

「つか、俺からもいいか? 今、でいじゅう?って聞こえたけど、なんだ? 響き的に何かの獣っぽいけど、この世界にも魔物みたいなのがいんのか?」


 一応、天之河レポートの情報はユエ達にも共有してある。が、龍太郎達や優花達はその限りではなかったので、特にこの世界を気にかけていたティオが代わって答えた。


「地上の生き残り…………その成れの果てじゃよ。妾とご主人様が去った後、黒い雨の晴れた大地を探索する中で遭遇したそうじゃ」

「ええ、いたんですか!? 確か黒い雨って細胞を壊死させる効果があったんですよね!?」


 身内だけどレポート内容を共有されていなかったリリアーナが心底驚いた様子で声を上げた。ユエ達の表情が「あ、ごめんリリィ……」みたいな表情になっているが、それはさておき。


 リリアーナの言う通りだ。とても生き物が生きていける環境ではないはずだった。


『正確には生き残りではない。あれらに魂はなく、もはやただの現象。災害である』


 メーレスが訂正した。確かに、とティオが苦笑しながら同意する。


 何が何やら。と言った様子の龍太郎や優花達にハジメは肩を竦めた。


「ま、竜王国の現状やらなんやらも含めて、ここでレポート内容を説明するより、女王さん達と合流してからの方がいいだろう」

「南雲が観光地に選んだってことは、大丈夫ってことだもの、ね?」


 優花が信頼の滲む微笑を浮かべて問えば、ハジメも安心させるように笑って頷く。


 ユエと香織、それに今度はシアとリリアーナまで加わって「分かりあってるぅ~」と、実に腹の立つニヤニヤ顔になりながら両手で指を差した。


 腹が立ったので、その指を残らずへし折ってやろうと、真っ赤な顔した巫女さんが襲いかかっていく。きゃ~っと蜘蛛の子を散らすように逃げるユエ達。


「うんうん、すっかり南雲家の一員って感じだねぇ」

「やっぱり旅行はいいね~。でも、もっと進展があってもいいと思うんだよねぇ」


 奈々&妙子の意味ありげな眼差しを無視して、ハジメはメーレスに目配せした。メーレスが頷いた直後、地面から樹の根とワイヤーで楕円形に編まれたリングがせり上がってきた。


「おお~、ファンタジー! 南雲君、これって竜王国行きのゲート?」


 鈴が目を輝かせて駆け寄ってくる。


「そうだ。天之河の報告では、地下にある〝真竜の涙泉〟に設置したらしい。神聖な場所で、原則として女王とその相棒の王竜しか扉を開けられないし、誰かが許可なく入れば王竜が気が付くからちょうどいいってよ」

「なるほどなぁ。ついに天空世界の現地妻さんに会えるわけか」

「お前も竜樹の根本で膝を抱えるだけの存在にしてやろうか?」


 からかうようにハジメの肩に手を置いた昇は、未だに膝を抱えている淳史を見て、そっと手を戻した。


「さてと。一応、念のために向こう側を確認してくる。問題なければ呼ぶから続いてくれ。メーレスもありがとな。後でローゼ達を連れてまた来ると思うが、その時はよろしく頼む」

『心得た』


 ザバッと飛沫を上げて結界から出て行き、そのまま巨体をうねらせて去って行くメーレスを見送りつつ、竜王国直通の〝ゲート〟を起動するハジメ。


 そうして、〝ゲート〟の向こう側を確かめるべくリングを潜り抜けて……











「ああ、私の運命よ。遙かなる空の上、再び交わるこの日。世界は煌めき、祝福の光が降り注ぐ~」


 なんかポエマーがいた。泉の前で膝を付き、祈りのポーズを取っている。


 真後ろにある竜の意匠が素晴らしいアーチが輝き、そこからハジメが出てきてポカンッとしていることにも気が付いてない。


「幾千年の時を経ようとも忘れられないこのメモリー。貴方が晴らしたの、私の世界の暗雲を。あの日からマァイハァ~トは雲一つない空のよう。けれど、乙女心は空模様。ときおり寂寥の雨を降らせるの……」


 千年も待たせた覚えはないが、ともかく、一日千秋の思いだったのは間違いなさそうだ。


 ハジメの目が泳ぐ。その想いを聞いて――ではもちろんなく、他人の日記を見てしまった時のような気まずさというか、隠し持っていた黒歴史ノートを見られた時のような居たたまれなさというか、絶好調の深淵卿を前にした時というか。


 ともかく、共感性羞恥心が、こうふつふつと湧き上がってくるというか。


 そんな背後の人には気が付かず、ポエマー改め竜王国の女王であるローゼ・ファイリス・アーヴェンストは、まるで舞台俳優のように情感たっぷりな様子で両腕を広げた。


「ら~ららら~~♪ あ~ああ~~~ああっ♪」


 舞台俳優というよりミュージカル俳優だったらしい。なんか歌い出した。自分のセリフに自分で舞台音楽を加えたようだ。


 ハジメは思った。もうやめてよ、卿を見てるみたいだから……と。


 だが、なんかいろいろこじらせているっぽい女王様は、歌いながら立ち上がり、空に手を伸ばしながら恋のポエム(?)のクライマックスを謡い始める。


 そして、


「分かっているの~、貴方には竜姫様がいると~♪ けれど私の~」


 セミロングから腰くらいまで伸びた美しい銀髪と、美しいドレスの裾を翻しながら、これでもかというくらい切なげな表情でクルクルッと回り始めた。


 そして、三回転目くらいでハジメと目が合った。


 四回転目で目を見開き、五回転目で顔が真っ赤になり、六回転目で涙目になって止まった。


 それが再会の感動からくる涙でないことは明白だ。


 空気を求める金魚みたいに口をパクパクして言葉も出ない様子の女王様。


 なので、ハジメはふぅ~っと深呼吸して状況を呑み込み、にっこり笑って言った。


「すんません。間違えました」

「!?」


 もちろん、そのまま引き返した。


〝ゲート〟を通じて聞こえていたのだろう。クイーンズポエムが。


 なんとも言えない、いや、ティオは「ほらの? 現地妻になりそうじゃろ?」としたり顔に、香織や雫を筆頭に何人かは生温かい目に、優花はハジメにジト目を向けているが、ともかく、微妙な空気になっているユエ達の耳に、


「待ってぇ~~~っ、違うんです! これは違うんですぅ~~~っ!!」


 そんな悲鳴じみた弁解が響いたのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・紅白の巫女風衣装

 『東方Project』の博麗霊夢の衣装より。

・なん……だと……?

 『BLEACH』より。一応、一護から。


※修正報告

『機工界編 ワレワレハチキュウジンダ!』の一部修正します。天竜界の時間差部分と妖精界の時間差部分です。他にも何点か気になっている点やご指摘いただいた点があるので修正予定です。ちょっと今後の展開とか考えても矛盾してしまうことに気が付いたので(汗)。すみませんが、よろしくお願いします!


※お知らせ

・12月25日 ありふれ原作14巻の発売予定です!

 内容はアフターで帰還直後から時系列順に書き直しました。加筆修正かなりしてます。また、現代衣装のユエ達が最高なので(たかやKi先生に圧倒的感謝!)、クリスマスプレゼントというわけでもありませんが、楽しんでいただければ嬉しいです!

・同日、アニメ3期のBlu-ray1巻も発売予定です! こちらもぜひ、よろしくお願いします!


小説情報  https://arifureta.com/books

Blu-ray情報 https://arifureta.com/bluray/4318

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― 新着の感想 ―
ハジメは誰の衣装が好きなの?
アフターの書籍化ありがとうございます! (っ'ヮ'c)<ヒャッホーイーーーーーーーーーーーー!!♪ あと、優花最高!後輩ちゃんもニヤニヤがとまらない。
異能生存体? ワイズマンの後継者かな?
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