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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
514/545

機工界編 違法は違法なんだよぅ




 二階建ての家屋程度から、十階建てのビルくらいの高さまで大小様々なガラクタ山が連なった山脈地帯の一角に、


「しぃーーーねぇーーーっ!!」


 少女からはあまりに聞きたくない言葉が放たれた。


 大変お口が悪いのはガラクタ山の側面に立つリスティだ。腰のポーチより丸い物体を取り出し放り投げたかと思えば自らも飛び上がり、裂帛の気合いと共に剣を振り下ろした。


 まるでテニスのサーブだ。剣の腹に打たれた丸い金属塊が一瞬で剛速球と化す。


「甘いの!」


 〝どんなぁー〟を両手で構え、スッと目を細めるミュウ。その目つき、まるで鷹の目! 普段の柔らかで無邪気な目元が嘘のよう。


 放たれた弾丸は見事に飛来する丸い金属塊へ命中し、あらぬ方向へ弾き飛ばした。


 その直後、ズドォンッと衝撃と爆炎が。


「「「「「いやっ、手榴弾かいっ!!」」」」」


 龍太郎達から一斉にツッコミが走る。思ってたのと違う! もっとこう……試合っぽい雰囲気を想像してたのに殺意全開すぎぃ! と。優花と愛子など思わず抱き合って「はわわっ」している。


 だが、爆殺されかけた当のミュウに動揺は欠片もなく。


「そうでなくては! なの!」


 むしろ、不敵な笑みを浮べた。リスティの本気度を感じて、実に満足そうである。


 そして、お返しとばかりに流れる水の如き自然さで〝しゅらーくぅ〟を抜き撃ちした。


 ジェットパックを噴射して降下強襲しようとしていたリスティの額を撃ち抜かんとする正確無比な一撃!


 それを、やはり事前に撃ち込んでいた片側のワイヤーアンカーを少し巻き上げることで空中スライド移動を実現し回避するリスティ。


 だが、放たれた弾丸はそれを見越してのものだった。


 ドォンッと迸る真紅の衝撃波。


 特殊弾〝バーストブレット〟。空間震動ではなく普通の衝撃波だが、それでも強烈極まる横殴りを受けて、リスティは盛大に吹き飛ばされた。


「チィイイッ!!」


 痛みに顔をしかめつつ、反対側のガラクタ山に突っ込む前にネコの如く身を捻り、きちんと足から山肌に着地。片方の剣を突き刺して体を固定する。


 ペッと血の滲む唾を吐き、眼下のミュウを睨む。ニィッと笑うミュウ。〝しゅらーくぅ〟をホルスターにしまい、手の平をリスティに突き出す。


 かと思えば、くるりと反転。手の甲を向けたまま、指先だけクイックイッと。


 リスティの額にビキビキッと青筋が浮かんだ。


「吠え面かかせてやるっ」


 再び飛びかかっていくリスティ。


 レミアとミンディが無言で、かつちょっと泣きそうな表情でハジメを見た。そっと戦場に指をさす。


 殺意が高すぎる。本当に殺し合いしてるんですけど……みたいな表情だ。


 代わりに答えたのは香織だった。聖母の如き微笑みを浮べて、安心させるように言う。


「大丈夫だよ! レミアさん! ミンディさん! 死んでも蘇らせるからね!」


 違う、そうじゃない……と二人&ジャスパーと子供達は思った。


 少女二人がマジの殺し合いしていること自体に問題あるよね?っていう話をしているんだ、と。


「いや、でもまぁ、止まらないだろうし、止めたら不完全燃焼で互いに納得できないんじゃないか? モヤモヤが残ったままというか」

「……ん。香織のエセ聖母はともかく、命に関わらないのは保証する」

「見守りましょう! 憎しみ合っての決闘でもないんですしね!」

「そうじゃなぁ。子供であろうと、否、子供だからこそ本気のぶつかり合いが必要な時もあろうて」


 ティオが苦笑気味に視線を転じる。


「オラオラオラオラオラァーーッ!!」

「無駄無駄無駄無駄無駄ぁーーっ!! なのぉ!!」


 互いに双剣状態で斬り結ぶミュウとリスティ。


 剣機兵候補だった元上界民に鍛えられた軍隊式剣術にジェットパックとワイヤーアンカーを併用した立体機動型剣術と、八重樫流&神の使徒流が混じった双剣術のぶつかり合いは、使い手が少女とは思えない見応えがあった。


 互いに真剣だ。わずかな隙も見逃さんと言わんばかりに眼を見開き、気迫を漲らせている。これ以上ないほどの本気だ。


「なるほど。こりゃ確かに〝喧嘩〟じゃなくて〝決闘〟だわ」


 龍太郎が苦笑気味に頷く。異論を口にする者はいなかった。


 お互いがお互いを認めるための戦い。否、認めさせるための戦い。


 全力で己を魅せて分からせる!


 ある意味、自分を見て欲しい、貴女を見たいという一種のコミュニケーションなのかもしれない。余計な口出しや細かなルールは野暮というものだろう。


「ミュウの妹になろうという者がこの程度か! なの!」

「誰が! 妹はそっちだろ!!」

「実年齢じゃなくて精神年齢と娘歴で序列は決まるのぉ!!」

「娘歴はともかく精神年齢は納得いかないぞぉっ!!」

「ミュウのこと幼稚と言ったか!? 死ねなのぉーーっ!!」

「言ってないけど、そこでキレるのは幼稚だろぉーーっ!!」

「ミュウよりチビのくせにぃーーっ!!」

「!? 身長のことは言うなぁーーっ!! お前よりはギリ高いしっ!!」

「いーーや! ミュウの方が1cm勝ってるのぉ!!」

「いーーやっ、お前の方がチビだね!」

「リスティの方がチビぃ!」

「ミュウの方がドの付くチビィ!!」


 淳史が龍太郎を見ながら言う。


「やっぱり喧嘩じゃね?」


 視線を泳がせる龍太郎に代わり、鈴が苦笑気味に所感を口にする。


「でも、戦い自体は凄まじいよ。とても十歳以下の子供とは思えないくらい」

「ミュウちゃん、ここまで強くなってたんだねぇ」

「俺等もうかうかしてらんねぇなぁ」

「それに食らいついてるリスっちもヤバヤバじゃん?」


 妙子と(のぼる)が心底感心している。そして、奈々の感想に、剣術の師匠たる雫と香織が深く頷いた。


「二刀流って、皆が思っているよりとっても難しいのよ。片方を防御用と割り切るならまだしも、同時に攻防に使うなんて至難の技なの。実際、八重樫流に正式な二刀術はないわ。代わりに素手での合気は用いるけれど……」

「左右ばらばらに、かつ的確に動かすのって、もう感覚でやらないと頭が追いつかないんだよね。ノイントの経験トレースがなかったら、私じゃあたぶん会得できなかったよ。双大剣術なんて」


 視線の先では、リスティの攻撃を捌き続けるミュウの姿が。


 基本的には雫の言う通り、左の小太刀(こてつぅ)で防ぎ、右の小太刀(むぅらまさ)でカウンターを放つスタイルだ。


 リスティもまた双剣スタイルで、しかも、きちんと別方向から同時攻撃を仕掛けているので大したものだ。


 たとえ、刹那の剣戟の中でずっとそうしているわけではなく、ジェットパックによる高速移動とワイヤーアンカーで行うトリッキーなヒットアンドアウェイの中で一回一回仕切り直しつつであったとしても、双剣の強みを理解しているのだから。


 故に、本来ならミュウも二刀で防がねばならない。


 だが、それをすり足による体移動で片方の防御だけで済ませ、的確にカウンターを放っているのだから、七歳とは思えない技量である。


 だというのに、それだけではないのである。


 八重樫流の技を用いた受け流しで隙を作るや否や、連続した二刀術がリスティを攻め立てる。必ず別方向から襲い来る、自分より遙かに流麗な二刀術に対応できず、リスティは手傷を負いながらもジェットパックで強引に距離を取るしかない。


「すごい……まるで一流の剣術家のようです。攻撃から攻撃に繋ぐ流れが凄まじく流麗というか……美しいというか……ミュウちゃんは剣術の才能があったのですか?」


 王国の正統派騎士剣術をずっと間近で見てきたリリアーナからしても、ミュウの淀みない連撃は感嘆に値するらしい。思わず目を見開くほど驚いている。


「う~ん。雫ちゃん曰く、ミュウちゃんの剣術の才能は決して高くないらしいんだけど……」

「そうね。ないわけではないけれど、たった一年やそこらで二刀術を扱えるほどではないわ。それでも八重樫流と使徒の双剣術を様になる程度に使えているのは……」

「ミュウちゃん曰く、〝格闘ゲームのコンボと同じ〟らしいよ」

「……ハジメのゲーム脳も継承してた」

「ああ、分かりますぅ。私もよく参考にしますしねぇ」

「いや、まったく分からないのだけど」


 優花のツッコミに、龍太郎達は強く頷いた。もちろん、リリアーナはピンと来ない様子だ。


「要するに、ミュウのあれは全て型どおりということだ」


 もちろん、基本的な攻撃はできる。基礎はみっちりだ。だが、連続攻撃においては臨機応変にやっているわけではない。


 基本は防御で隙を窺い、攻撃に転じる時は状況に応じて予め組み立てた通りのコンボを放つのだ。その数は四つのみ。


 二刀流による攻撃を短期間で様になる程度に実現するために、ミュウ自身が考えた手法だった。


 どれだけ頑張っても、どうせ一年やそこらで雫お姉ちゃんや香織お姉ちゃんのように二刀は振るえない。というか、一本でも無理。


 それでも旅行までに実戦で使える程度の小太刀二刀術を身につけたいなら……これだぁ!! と、パパと格闘ゲームをしている時に思いついたわけだ。


「ミュウにパナしが通じると思うなぁ! なの!!」

「なに言ってるか分かんねぇ!」

「ジャスガッからのぉ~~対空コンボォーー!!」

「くそがぁっ、なんでこれに対応できんだよぉ!!」

「パパが若干キレるくらいぃ~! ミュウはきっちり対空が出るタイプぅ!!」


 ショートブーツの〝空力〟能力を併用しての空中コンボを決めていくミュウ。なるほど、確かに格ゲー染みた動きだ。


「ほ、ほんとにゲーム感覚なのね……」


 たった一年程度でハジメが旅行を認める程度の実力を身につけた秘密の一端を聞いて、優花がなんとも言えない表情になっている。


 なお、「実戦的なコンボ開発、たぁ~のしぃ~~のぉ~♪」とは、時に寝食を忘れるほど鍛錬に打ち込むミュウを心配したレミアやハジメ達への返答である。


「まさに、〝楽しいは成長にとって最高のバフ〟の実例ですね」


 授業で心がけているのだろう。愛子が感心半分納得半分で頷きつつ、先程からずっと気になっていたことへ、遂に言葉を向けた。


「ところで、ジャスパーさん達はいったいどうしたんですか? 頭を抱えていらっしゃいますけど……」


 そう、実は先程からずっとジャスパーは頭を抱え、子供達も目が遠くなっているのである。まるでショックな事実でも目の当たりにしたみたいに。


「大方、殺意マシマシのリスティにショックでも覚えてんじゃないか?」

「……違うんだ……旦那ぁ」


 違うらしい。ギンギンギンギンッと激しい剣戟、そしてリスティが時折投げつける手榴弾の衝撃と爆炎の狭間に、なんだか随分と弱々しいジャスパーの声が響いた。


「あのな……戦後処理でな……銃火器の類いはもちろん、爆発物の類いも全部回収したんだ。後から発見した場合も申告させて……使用は許可制にしたんだ……」

「それはまぁ、外敵はもういないし、小競り合いで銃火器を持ち出されても面倒だしな…………あ? ちょっと待て」


 ドォンッと爆音が轟き、爆風がハジメ達の肌を撫でる。


「……あの子、普通に使ってるけど?」

「え~っと、許可したってことです? ミュウちゃんとの決闘のために?」


 ユエが指をさし、シアが小首を傾げる。ジャスパーはふるふると首を振った。


 ドォンッと爆音が轟き、砂利がビチビチと飛んできた。ハジメ達はうわぁ~っという顔になった。だって、それはつまり……


 危険物を管理・取り締まっている組織のトップ、否、一国のトップの身内が率先して違法行為に手を染めているということだから……


「野球みたいな方法でよく正確に飛ばしてくるの! 手榴弾バッティング、相当練習したようだな! なの!」

「野球が何かは知らねぇけど通じないなら意味ねぇ! 発見した危険物は隠すのも再利用すんのも大変なんだぞ! 簡単に対処しやがって!」


 戦場に自白が木霊した。ジャスパーお兄ちゃん、両手で顔を覆っちゃう。子供達は天を仰いだ。ミンディさんの目がつり上がっていく……


「もしかして、あのジェットパックとかも違法だったりするのかのぅ?」

「いや、あれは許可してる。高所作業用具として生身でも使えるよう改良したのも、アンカーとの併用案を考えたのもリスティだ。実際、上の方では運用してるからな」


 まだ誰もリスティほど使いこなせていないらしいが、これもリスティがもたらしたコルトランへの貢献の一つだったらしい。


 体中の細かな傷は、もしかすると誰よりも練習した証なのかもしれない。


「バレなきゃ違法じゃない……いつだったかハジメさんが言ってましたね! ある意味、娘として相応しいかもしれません」

「……んっ。ここでのことは外に漏れない! 隠蔽は完璧!」

「違法は違法なんだよぅ」


 ジャスパーが涙声になっているので、シアとユエはすごすごと引き下がった。


「はぁ~、危険物に関しては後で問いただすとして……」


 ジャスパーさん疲れ切った中年サラリーマンの如き雰囲気で盛大な溜息を一つ。


「え~と、つまり……なんだ。さっきの話的にリスティは勝てねぇってこと、か?」


 ジャスパーが困り顔で尋ねる。


 気が付けば、細かい切り傷をたくさん作っているリスティが息を荒げ始めていた。軽口や罵倒も刻一刻と減ってきている。


 だが、対照的にミュウは落ち着いたものだ。軽く汗はかいているものの呼吸は安定していて、表情にも余裕が見える。


 地力の差が見え始めていた。


 先程の剣術の話も相まって、ジャスパーにはそういうことに思えたのだろう。末の妹のルール違反に頭を抱えつつも、結局、そこが一番気になっている辺り実にお兄ちゃんである。


「ミュウには防御を重点的に教え込んだ。身を守ることが第一の目的だからだ」

「お、おう?」


 戦場から目を逸らさぬままハジメが答える。


「基本的な戦い方は各々で教えたが、実戦式訓練の内容は基本的に――俺達の攻撃を凌ぎ続けること。自分でも苛烈だったと思うよ」


 再生と蘇生を準備した上での訓練と言えば、その苛烈さが伝わるだろうか。


 ミュウが望んだことで、ミュウのことを最大限に考えたが故の方法だとは分かっているが、当時を思い出してユエ達も複雑そうな表情だ。


 大事な大事なミュウを攻撃し続けるなんて、まさに心を鬼にしなければできないことだった。


「……ん。訓練を見守ってた時のレミアは少し怖かった」

「じゃなぁ。ほわほわ笑顔がデフォルトのレミアが、ずっと真顔なんじゃもん」

「絶対に止めないし、抗議もしないし、怒気を発してるわけでもなかったんだけど……それが逆に、ね」

「あ、あらあら……すみません。皆さんに思うところはもちろんなかったのですけど、やはり平常心ではいられなくて……」


 恥ずかしそうに頬を染めるレミアさん。表情がストンッと抜け落ちたような彼女はもう見たくない……


 これからも訓練中は同じ感じになるだろう。パパとお姉ちゃんズの心労は、むしろミュウより増えていくに違いない。


 訓練用アーティファクトの幻影エンドゥ君にはもっと頑張ってもらいたいものだ。彼を相手に訓練成果を試している時が一番気楽だし。


 閑話休題(それはさておき)


「あ~、旦那?」

「悪い。つまり、ミュウの攻撃面は防御面ほど習熟できていないということだ。攻撃力は基本的にアーティファクト頼り。攻勢スタイルはカウンターと、さっき見たコンボが中心だ」

「えっと、つまり、どういうことだ?」

「特に近接戦においては、基本的に型通りの攻撃しかまだできない。それこそゲームのようにな」


 つまり、コンボ特性を見抜けば隙を突ける。ということだ。


「リスティも何か狙ってるみたいだしな。ミュウの対応力を超えた予想外の一撃を当てられるか、ミュウの隙に気が付けるか……」

「とにかく、リスティにもチャンスはあるってことか」

「まぁ、うちの子、射撃センスは花丸だけどな! コンボの隙も理解してるし!」

「なんで今、それ言ったの?」


 ミンディや子供達も苦笑しつつ「なるほど」と頷き、改めて末の妹の戦いを凝視する。勝てる見込みは薄いのかもしれない。けど、血混じりの汗を弾けさせる必死な姿に、自然と「がんばれーーっ」と応援の声が重なる。


 その声援を耳にしつつも、しかし、リスティの表情は苦い。話は聞こえていなかったが、今までの攻防で誰よりもそれを理解させられていたから。


(くそっ、こいつ……固すぎだろ!!)


 爆弾は尽きた。何百何千回と地面に体を打ち付け、瓦礫の山に突っ込み、転がり回って習得した立体機動戦闘。戦闘職の大人にだって勝てるようになったのに、自分より年下の少女相手に通じない。


 受け止められ、回避され、流される。そして、的確に反撃が飛んでくる。傷を負うのは攻め立てているはずの自分だけだ。


 悔しい。食いしばった歯を噛み砕いてしまいそうなくらい。


 だが、同時に〝それでこそ〟と歓喜にも似た感情が湧き上がる。


(やっぱ、(あに)さんみたいに格好良くとはいかないな!)


 形振り構ってはいられないと、悔しさと嬉しさ混じる微かな笑みを口元に浮かべる。


 直後、腹を強かに蹴られて吹き飛び、ジェットパックとワイヤーアンカーで追撃に対する回避行動に出るも、アンカーの打点に銃弾を撃ち込まれてバランスを崩した。遠心力で更に吹き飛び、大地を派手に転がる。


「これで終わりなの!」

「くっ」


 左の特殊弾を放つ銃は残り二発。右は今ので空っけつ。


 散々、あの人の武器を見ていたのだ。模倣した銃の装填数と残弾くらい把握済みだ。


 そして、通じない猛攻でボロボロになりながら確かめた事実――父親の如き神速絶技のリロードがないだけ、まだマシと無理やり笑う。


「まだ終われるかぁ!!」


 〝しゅらーくぅ〟の引き金が引かれると同時に、否、その寸前に地面を強く蹴りつける。砂利で隠されていた鉄板がテコの原理で跳ね上がり、バーストブレットを受け止めた。


 鉄板が弾け飛んで、リスティも後方へ吹き飛ぶ。だが、ダメージはそれほどではない。思った通りに。


「再装填の暇は与えないっ」

「みゅ!?」


 吹き飛びながらも剣を投擲。二本の剣が回転しながら豪快にミュウを襲う。


 武器を手放したことに少し驚きつつも、側宙の要領で地面と水平になりながら、なんなく回避するミュウ。


 だが、どうやら狙いはミュウではなかったようで。


 背後に剣が突き立った音が聞けたと同時に、カチッと不穏な音が。


「あ――」


 と、ミュウが声を漏らしたのと地面が盛大に弾け飛んだのは同時だった。


「地雷かよ!?」

「ちょっ、私らの足下は大丈夫!?」


 淳史が思わず叫び、奈々が不安そうに足下に視線を巡らせる。ジャスパーがまた両手で顔を覆った。子供達が「そこまでやるか!?」と戦慄の表情に、ミンディさんは白眼を剥きかけている。


「ミュウちゃんは!?」


 優花の心配そうな声が響いた。衝撃で舞い上がった砂埃で姿が見えない。否、砂埃のせいだけではない。黒い煙のせいだ。


 ただの地雷ではなくスモークグレネードの役目もあったのか。黒い煙が一瞬で広がった。


 そこからミュウがボバッと飛び出してきた。


「ミュウ!」

「大丈夫ですよ、レミアさん! 無傷です! ちょっと煤けてますけど!」

「でも、しゅらーくぅは手放しちゃったかな?」

「バーストブレットを地面にでも撃って、爆風を相殺。同時に、自分も衝撃で飛んで回避したってところね」

「いやいやいや、カオリンもシズシズも普通に感心してるけど、やってること超人的だからね!?」


 鈴のツッコミに、もちろん龍太郎達は頬を引き攣らせながら頷いた。咄嗟の判断力と対応力が化け物すぎる。まるで歴戦の戦士だ、と。


 ハジメの言う〝とにかく生き延びるための訓練〟の過酷さがヒシヒシと伝わってくる。


 その間にも、ミュウは片手で〝こてつぅ〟を抜きながら、〝どんなぁー〟のシリンダーを器用に片手で抜き飛ばした。シリンダー自体の交換によるリロードのためだ。腰のガンベルトのそれに換装する――


「ありがとよ! やっとそこに来てくれた!」


 リスティのターンはまだ終わっていなかった。気が付いた時には、リスティが片手を地面に叩き付けていた。まるで、錬成魔法を使うかつてのハジメのように。


 そう、腰の装備とコードで繋がった、やたらとごついグローブを。


 地雷の奇襲は、やはりあくまで目くらましだったらしい。青白い光が一瞬、地面を奔りガラクタ山の一角に飛び込んだのが見えた。と認識したと同時に、


「仕込み兵器ぃ!?」

「くたばれ!!」


 発砲音にも似た爆音が轟き、かと思えばミュウが後ろへ吹っ飛んだ。


 更には、周囲一帯の地面が豪雨でも受けたみたいに弾け飛び砂埃が盛大に舞う。


「な、なんです? 今、何が起きて……」

「愛子さん、あれですよ。釘打ち機です。電動の」

「ショットガンみたいに一度に無数の釘を放てるよう改良したみたいだが……中々凶悪なもん仕込んでんなぁ」


 当然、威力と射程もだろう。地面を良く見れば、幾つもの極太の釘が突き立っていた。散弾式改造ネイルガン、否、もはやネイルキャノンとでもいうべきか。


「これはギリセーフ! 違法じゃないったら違法じゃない!」

「いえ、兄さん……確かに釘打ち機自体は違法じゃないけれど……違法改造だと思うわ……」


 とんでもないものをガラクタ山に建造していたことより、末の妹の罪状の数が気になるお兄ちゃん。お姉ちゃんの表情も一周回ってなんだか透き通っている。


「暢気に言ってる場合じゃ――って大丈夫なんかいっ!!」


 優花ちゃん、思わず関西弁になっちゃう。


 改造ネイルキャノンの直撃を受けたのだ。小太刀と銃だけでどうやって凌ぐのだと焦りを見せるが、当のミュウはというと普通に無傷だった。


「おぉ! 遂に〝ぴっこぴこはんまぁ〟の出番ですよ!」


 ハンマーを使った戦闘術の師匠たるシアが嬉しそうにぴょんぴょん。


 おそらく、師匠にならって「しゃらくせぇ!」したのだろう。散弾が飛んできた? 衝撃波でまとめてぶっ飛ばせばいいじゃない! と。


 もちろん、師匠の如く人外の膂力でなしたのではなく、〝ぴっこぴこはんまぁ〟の機能として衝撃波を放ったのだろうが。


 衝撃の壁で釘を散らしつつ、自らも反動で飛んで退避したのだろうと理解して、大したものだと龍太郎達も感心し、ジャスパー家はほっと胸を撫で下ろしている。


「……小太刀を手放してでも、咄嗟にピコハンへ切り替えたのは感心」

「宝物庫から取り出す速度も上々じゃな」

「最初から装備していなかった点を見ると、ミュウ的には隠し札を強制的に切らされたって感じだろうけどな。ほら、苦い表情してるし」


 一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を見せたミュウだったが、直ぐに意識を切り替えた。影が差したのだ。リスティが既に肉迫してきていた。


「切り札を簡単に防ぐなぁ!!」


 ちょっと涙声に聞こえたのはきのせいだろうか。虎の子の一発だったのかもしれない。


 ジェットパックを一瞬だけ噴かせて空中で大回転し、そのまま新たな得物を大上段から遠心力と悔しさをたっぷり乗せて振り下ろす。


 ゴォンッと衝撃音が空気を震わせた。


「くそぉ、そんな可愛いハンマーでぇ!」

「その無骨なハンマーも可愛くしてやろうか! なの!」

「願い下げだ!」


 そう、リスティもまた、どこから取り出したのかハンマーを持っていたのだ。ヘッド部分がやたらと大きく、しかし、柄部分は普通のハンマーと同じくらい。


 その特異な形状は明らかに作業用には向いていないが、理由は直ぐに分かった。


 激しくぶつかり合いながらも柄の一部を押し込むリスティ。途端にハンマーが帯電した。ヘッド内部はきっと発電ギミックが仕込まれているのだろう。


 だがしかし、やはり通じない。


「甘いの! ミュウのぴこはんは電撃を通さない!」

「ならこれでも食らえ!」


 バク宙で退避。と同時に空中でゴーグルをセット。そのゴーグルの縁に取り付けられたライトが強烈な閃光を放った。ただのライトではなくフラッシュバンの効果もあったらしい。


 一回限りのようでライト部分が割れて煙を上げたが、その効果は十分だ。


 閃光が視界を白く染める。


 その隙にハンマーをぶん投げるリスティ。驚くべきは、それが砲弾もかくやの速度で飛んだことだ。


「見えてるの」


 退いたリスティを追撃しなかったのは、空中でゴーグルを装着したのを見ていたから。と言わんばかりに、ミュウの目元も既にワンレンズ型サングラスに覆われていた。


 想定外の速度で迫るハンマーに驚きつつも、その程度は半身になるだけで回避できる。


 そのまま突進。魔法少女が持っていそうなファンシーなハンマーを振り上げ、リスティに迫る。


 リスティはジェットパックを噴かせてガラクタ山の方へ退避した。


「逃がさないの! 粉・砕!」

「あぶねぇ!」


 ガラクタ山の側面に着地するや否や、直ぐに飛び上がるリスティ。一瞬後、下方の山肌がごっそり吹き飛んだ。


 その威力に戦慄しつつも、空中で反転。崩壊した山肌から先程、一瞬早く引き抜いた新たな武器で反撃に出る。


 それを〝ぴっこぴこはんまぁ〟で受け止めた途端、ギャリギャリギャリギャリッと響き渡る激しい金属音。そして乱舞する火花。


「チェーンソー!? そんなものまで!」


 小型の回転刃。紛れもなくチェーンソーだ。ハジメ達はバッとジャスパーを見た。「セーフ!」と返ってくる。


 これも実はリスティがサルベージし修復したものの一つだったりする。家屋の建設などに大変役に立っているとか。もちろん、武器ではない。人に向けてはいけない!


「くそっ、これでも傷一つ入らないって――流石は(あに)さんが作った武器だな!」


 てっきり卑怯だ! と言うかと思えば絶賛顔のリスティちゃんに、「あ、そこ褒めるんだ……」と香織が感心したように呟く。


 ミュウの武器がハジメ謹製であることなど最初から分かっている。性能差など、己の自作とは雲泥であることも。


 全て分かった上で挑んでいるのだ。今更、卑怯だのなんだの戦闘外の要素を指摘する気などサラサラないのだろう。


 むしろ、だからこそ燃える! 挑む価値がある! と言わんばかり。


「だが、勝つのは俺だぁ!」

「やってみろなの!」


 リスティのグローブが帯電した。


 スタンガンかと警戒するミュウだが、そうではなかった。微かな風切り音。あっという誰かの声。


 数々のパパ&お姉ちゃんズの攻撃を凌いできたミュウの直感が、全力で回避を命じた。


「んんにぃ!?」


 全力で脱力する。足を百八十度開脚してぺたんっと座り込むように。刹那、その頭上を何かが通り抜けた。そして、パシッとキャッチする音も。


「後ろに目でもついてんのかよ!」


 容赦なく振り下ろされるのは、あのハンマーだった。


 バク転の要領で後ろへ転がりながら回避し、そのまま流れるように起き上がって距離を取る。


「マ、マジですか……なんかめっちゃムジョル○アっぽいじゃないですか! かっこいいですぅ!!」


 シアが最近見た映画もあってか目をキラキラ、ウサミミをみょんみょんさせている。


 確かにそれは、形状や帯電機能、戻ってくる機能といい、かの有名なマーベル系ヒーローの〝雷神〟の武器を彷彿とさせた。


 リスティが柄頭のヒモを握ってヴォンヴォンッと音を立てながら回転させているので余計に。


 ハジメ達が、特に男子が盛り上がっている。ヒューッとテンション高めの口笛も吹いちゃう。完全に観客だった。


 だがもちろん、本人達は外野の盛り上がりも気にできないほど真剣だ。


「磁力、誘導?」

「一発で見抜くな! 三年もかけたんだぞぉ!!」


 ジェットパックで横っ飛び。そして、たっぷり回転させたハンマーを手放す。それだけでも十分に早い投擲だが、着地と同時に地面にグローブの手の平を当てれば、


「曲がった!?」


 高速スライダーの如く軌道を変更。曲線を描いてミュウを襲う。


 地中に、おそらく専用の磁力発生装置があるのだ。それを、やはり地中に埋めた電線を介して起動しているのだろう。あの帯電するグローブで電気を通して。


 ハンマー自体も磁力に特別反応する素材か、ヘッド内部に磁力発生器を内蔵しているに違いない。もちろん、グローブにも。


 それで、ある程度の投擲速度の増加、軌道変更、手元に引き戻しなどができるのだろう。


 まさに、ここはリスティが何年もかけて用意したテリトリーなのだ。


 ハジメさえも感心の表情を見せるギミックを前に、しかし、ミュウは当然の如く回避する。そこへチェーンソー片手にリスティが肉迫。


「これを自作なんて……とんでもない奴なの!」

「お前に言われてもなぁっ!」


 襲い来るチェーンソーを〝ぴっこぴこはんまぁ〟で弾き返す。片手万歳状態になると共にチェーンソーも弧を描いて飛んでいってしまう。


 その事実に、そしてリスティの隠しきれていない苦しそうな表情に、ミュウは目を細めた。


 そのまま回し蹴りを放てば、リスティは回避できず胸部に受けてもんどり打つ。


 直ぐに転がるようにして距離を取りながら起き上がり左手を伸ばすが、ミュウは引き寄せられるハンマーとの間に割って入って全力でハンマー自体を打ち据えた。


 ホームランと歓声が上がりそうな勢いでガラクタ山の向こう側へ飛んで行くハンマー。流石に磁力が届かないようで戻ってくる気配はない。


「もう、握力が残ってないの。動きも鈍くなってる」

「だからっ、ゼッハァッ、なんだってんだ!」


 ジェットパックを噴かせて更に後方へ移動。足を地面に打ち付けると、地面が爆ぜて砂埃を巻き上げた。


 ジェットパックを全開で噴かせ、砂塵を突き抜けるようにして再度の突撃。その両手には再び剣が握られていた。地中に仕込んでいた予備だろう。


 〝どんなぁー〟を抜き、引き金を引く。抜き撃ちではない。故に射線は読みやすい。


 リスティは体重移動だけで回避しつつ、勢いを落とさぬまま猛進した。


 今までなら、ここでワンクッション、フェイントか何か手を打っただろうリスティだが、今回はなかった。蓄積した疲労とダメージが、ここに来て遂に思考を鈍らせたのだ。


 故に気が付くのが遅れた。あえて抜き撃ちしなかったのは、射線を読ませるためだったということに。今いるのが、ミュウに選ばされた最適最悪のコースだということに。


 自分でもしまったと思ったのだろう。頬が引き攣る。と同時に、〝ぴっこぴこはんまぁ〟の衝撃波を推進力代わりに加速したミュウが、リスティの目測の数倍早く肉迫した。


「しゃおらぁっ!! なのぉ!!」


 そして、完璧なタイミングと角度でファンシーだが凶悪極まりない戦槌がフルスイングされた。


 リスティにできたのは、辛うじて両剣をクロスさせることだけだった。


「ぐぅっっ!?」


 当然、その程度では防げない。衝撃が突き抜けた。武器越しだというのに意識がブラックアウトする。


 次に気が付いたのは背中に衝撃と激痛を感じた瞬間だった。ガラッガラッと耳障りな音が響く。目がチカチカして、息が上手くできず、全身が痺れたように動かない。


(ああ、山に突っ込んだのか……)


 漠然とそれだけ理解する。視界の端に、ミンディが口元に両手を当てて泣きそうになっているのが見えた。兄弟姉妹も何か叫んでいる。


 その直ぐ近くで、あの人が真っ直ぐにこっちを見てるのが分かった。


(ああ、違うんだ。まだ負けてない。まだ戦える。ちょっと待って、直ぐに立ち上がるから)


 と口に出しているつもりで、実際に出ているのは苦しげな咳だけだった。


 それでも根性と意地で体を起こし、瓦礫に埋もれかけた腕を引き抜き、這うようにして崩れた瓦礫の山から出る。


 四つん這い状態から、生まれたての子鹿のように足を震わせながら立ち上がろうともがく。


 宿敵がこちらに歩み寄ってくる。やたらと可愛いハンマーは、もうない。代わりに、その手には憧れたあの人とそっくりの武器だけが握られている。


「まだ、だ。まだ終わってな――」


 グローブにあるボタンを握り拳を作るようにして押し込む。ジェットパックを起動するスイッチだ。


 だが、限界なのはリスティだけではなかったらしい。


 バスンッと気の抜けたような音だけを立てて、ジェットパックは沈黙した。グローブのスイッチを何度も押し込む。他のギミックのスイッチも。


 だが、もう僅かな通電もしなかった。


 武装を動かす電力が尽きたのだ。


「は、はは……」


 ザッと足音が鳴った。十分に距離を取った場所で、ミュウが立ち止まり銃口を向けていた。


 小綺麗なものだ。自分と違って傷一つない。


「……これが……これが〝あの人の娘〟か」


 カチリッと撃鉄を下ろした音が鳴った。


 思わず笑みが浮かぶ。この期に及んで、ミュウには油断も隙もなかった。何を仕込んでいるか分からないと警戒し、決して近づこうとしない。


 そして、その瞳には哀れみも同情も愉悦もなかった。


 勝つべくして勝った。そんな泰然とした雰囲気さえ感じる。その姿が、銃を構える姿が、あの人に重なって見えた。


 それが、なぜだろう。死ぬほど悔しいのに、今にも泣いてしまいそうなのに、どうしようもなく〝格好いい〟と思ってしまって。なんだか無性に嬉しくて。


「参ったと言え」


 最後通告だ。言わなければ、きっとミュウは引き金を引くだろう。ここで躊躇うような奴じゃない。そんな、こちらをバカにしたようなことするわけない。


 その確信があった。


 だから、


「ああ」


 力を抜いてごろんっと寝転がる。快晴の空を見上げる。腹立たしいほど良い天気だ。血が目に入ったのか赤く染まっているのが少し残念。


「俺の…………」


 通じなかった。おそらく、ミュウにはまだ手札がある。余力を残している。この五年、磨き抜いたものは、宿敵を本気にはさせても全力を出させることもできなかった。


「負け――」


 ならば認めよう。ここは潔く、己の敗北を――


「とでも言うと思ったか! ばぁーーかぁ!!」

「んん!?」


 実は一個だけ残しておいた小型の手榴弾。痛む腕を無理やり動かして放り投げる。ほとんど自分を巻き込む位置へ。


 同時に、ワイヤーアンカーをガラクタ山の天頂付近を狙って撃ち込む。十数秒しか持たない一回限りの予備電池! 保険は常にかけておく! これもハジメから学んだこと!


 予想通り、ミュウは爆弾を優先して撃ち抜いた。


 爆炎と爆風が広がる。炎は目眩ましに、爆風は強制的な移動に使える。


 思った通り直ぐに二発目を撃ってきたミュウだが、爆風で吹き飛びつつ更に勘頼りで身を捻ったことも相まって肩口を撃たれるだけで済んだ。


(それでも当ててくるとか……化け物め!)


 激痛に歯を食いしばって巻上機を作動させる。体が浮くと同時に今度は足に衝撃と激痛。だが致命傷じゃない。


 三発目が頬を掠める衝撃に冷や汗が噴き出す中、リスティの体は逆バンジーの如き速さで引っ張り上げられた。背中のジェットパックを外して重量を大幅に下げたのだ。


 山肌に体をバウンドさせて更にボロボロになりつつも、容赦なくこちらを照準しているミュウへ――ニカッと笑いかけた。え? と一瞬キョトンとするミュウ。


「なんとかしてくれよ、ミュウ!!」


 マザーがいなくなったとて決して楽観視も油断もしていなかったリスティの、有事に備えた仕掛け。最大の保険。


 ガラクタ山の山頂付近のあちこちに仕掛けてあるものの一つを、ガラクタの隙間に手を突っ込んで起動させる。


 山を崩壊させて外敵を押し潰す、あるいは道を塞いで時間を稼ぐためのそれを。


 そう、仕込み爆弾による〝ガラクタ山崩し〟だ。


「ばかなのぉーーっ!? そんなところまでパパに似なくていいのぉっ」


 凄まじい爆発音と同時にガラクタ山が噴火したみたいに弾けた。大小様々な瓦礫が隕石群のように降り注ぎ、山も当然、雪崩の如く崩壊していく。


 ジャスパーが遂に白目を剥いて倒れ込み、子供達が災害を目にしたようにギャーーッと悲鳴を上げ、ミンディの表情からストンッと感情が抜け落ちた。もちろん、ハジメ達が全て防ぐので安全は保証されているが……


 山肌に近い場所にいたミュウは退避なり、防御に集中すべきなところ。


 しかし、直前で退避していてもジェットパックもないリスティが爆発の影響を受けないわけがなく、ガラクタと一緒に力なく落下してくる姿を見れば、そんな選択肢は思い浮かびもしなかった。


 死んでも蘇生できるとか。そもそも決闘中で、必要なら引き金を引くことも躊躇わなかったのだからとか、そんな合理的な考えは爆発と一緒に吹っ飛んでいた。


 〝空力〟を発動。全力で跳躍! 降り注ぐ瓦礫は〝どんなぁー〟で撃ち払い、軌道をずらし、それでもなおリスティには届かなそうだから〝これは鞭です〟を取り出して振るい――


「キャッチィ! このバッ――んみゃ!?」

「へっ、油断、たいてき、だ……」


 鞭に巻き付けたリスティを空中で引き寄せ、抱き締めようとした瞬間、頬に痛みが走った。リスティに張り手を食らったのだ。


 ニッと笑う腕の中のリスティを見つめながら、思わずぽかんっとしてしまう。


 刹那、影が差した。ハッとするが遅い。一際巨大な瓦礫が他の瓦礫に当たってピンボールのように飛んできた。


 あ……やばっ……と目を見開き――そして。


「二人共、無茶しすぎだ」


 瓦礫がぴたりっと止まった。鈍色の網のように広がった金属に支えられて。否、よく見れば全ての瓦礫が蜘蛛の巣状に広がった金属の網に捕らわれて静止していた。ガラクタ山の崩壊も同じく。


「パパ!」

「おと――(あに)さん……」


 ミュウとリスティをそれぞれ抱っこし、地上に降り立つハジメ。流体金属が瓦礫を次々と崩壊した山の上に積み上げていく。


「まったく……近寄ってこないミュウに、せめて一発お見舞いするには、これしかないって考えたのか?」

「え? あ、うん……こいつなら、ミュウなら絶対助けにくるから」

「なんでそう言い切れるの! 流石にこれは――」

「だって、お前はおと――(あに)さんの娘だろ?」

「っ、それはっ…………………そう! だけど!」


 何を当たり前のことをと言いたげなキョトンとした表情に、ミュウは顔を真っ赤して口をもごもごさせる。


「それに……腹立つけど……お前、良い奴だからな」

「ぐぅ……その良い奴の良心を利用したリスティは、今、どんな気持ちなのぉ!?」

「ほっぺの手形、最高に可愛くて満足! かな?」

「パパ、離して。こいつ殺せない!!」

「落ち着け」

「なんだよ。おと――(あに)さんならやるだろ? つまり、ミュウもやる。必要なら、これくらいのこと」

「それはっ……くぅーーーっ…………そう! だけどぉ!!」


 なぜだろう。どう見ても勝ったのはミュウなのに、今にも地団駄を踏みそうなくらい悔しそうなのはミュウの方で、反面、非常にすっきりした表情なのはリスティの方という実に不思議な光景がそこにはあった。


 駆け寄ってきたユエ達や、心労で気絶したジャスパーを引きずってきた子供達も思わず顔を見合わせてしまう。


「それで? まだやるのか?」


 ハジメが、リスティの表情を見て答えなど分かっているように穏やかな眼差しで問う。


 リスティはハジメを見つめ、それからミュウを見つめ、気の抜けたような表情で首を振った。


「認めるよ。今は、そのほっぺの手形で精一杯だ。絶対に諦めないけど……ああ、認める」


 香織の再生魔法を受けてうっすら輝きながら、リスティは真っ直ぐにミュウを見つめて断言した。少女達の大事な想いと矜持をかけた決闘の、決着を告げる言葉を。


「ミュウ、お前の勝ちだ。――い・ま・はーーっだけど!!」

「ふんっ。最後が余計なの」


 い~~っと歯を剥くリスティと、腕を組んでドヤ顔するミュウ。


 レミアとミンディがホッとした様子で顔を見合わせ、ユエ達も揃ってほっこりした雰囲気になっている中、ハジメは、そんな二人を、


「ふわぁ!? パパ!?」

「あわわわっ、おと――(あに)さん!?」


 まとめてギュッと抱き締めた。そして、とびっきりの優しい声音で、


「二人共――よく頑張ったな。格好良かったぞ」


 そう、称賛の言葉を贈った。


 揃って目をぱちくり。肩越しに顔を見合わせたミュウとリスティは、一拍おいて、


「みゅ!」

「うん!」


 それはもう太陽のように輝く満面の笑みを浮かべ合ったのだった。



いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


ミュウVSリスティが楽しすぎて書きすぎました。機工界編は次回で終われると思います。たぶん(保険かけてごめんなさい)。


※お知らせです。14巻の発売が来月に延期されました。楽しみにしていて下さった方々には申し訳ないですが、今しばらくお待ち頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。


※ネタ紹介

・オラオラオラ&無駄無駄無駄

 『ジョジョの奇妙な冒険』より。

・パパ、離して。こいつ殺せない!

 『S県月宮事件』の「お兄ちゃんどいてそいつ殺せない!」より。

 

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― 新着の感想 ―
リスティが作り、ミュウが戦う素晴らしいペアじゃないか
えっぐいなあ ユエvs香織、ハジメvs光輝よりもすごかった これはすごい
ハジメのクリエイターとしての後継者はリスティでしょうかね
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