機工界編 ちょっと休憩
すみません! 今回は短いです!
雲上界の中枢。かつてのマザーの御所にして、今は墓所。
山頂まで一直線に貫く円柱形空間のそこは、ハジメと光輝がマザーと死闘を繰り広げた場所でもある。
今も昔も、許可なく入ることはできず、そもそも寄りつく者もいない場所だ。
そんな聖域からは、実のところ昇降機や階段で山頂の屋外へ出ることができた。
足場はそう広くない。まるでダムの上の道路――天端道路だ。巨大なドーナツ状の歩廊が金属製プレートで舗装されている。
展望台でもなければ観光地でもないと無言で訴えるように、岩肌は見えず、手すりの類いも一切ない。
外縁から下は崖の如き急勾配だ。風に吹かれてバランスでも崩そうものなら一気に滑落・即死コースとなりそうである。
高所恐怖症の者には、中々覚悟の必要な場所だろう。
とはいえ、標高五千メートルの高みから見える景色は、文句なしに絶景である。今日は幸い天気も大変良い。
魔法によって外部環境が整えられてさえいれば、まさに絶好の登山日和、否、登山はしていないのでピクニック日和か。ともかく、ランチをするには最高の場所だ。
そんな素敵な場所に、
「はぁ~、なんかドッと疲れたぜ……」
なんとも辛気くさい声が響いた。
ハジメが錬成で作ったベンチに背中を丸めて座り、お昼ご飯をモソモソと食べている。
「ほんと、総督より社畜サラリーマンって言われた方が納得の姿だよね」
「目がしょぼしょぼしてやがる……」
「ジャスパーさん、哀愁がすげぇな」
奈々と淳史、そして昇が、同じく昼食を口にしながらなんとも言えない表情になっている。
そう、ジャスパーだ。医療班からどうにかこうにか解放されたらしい。後を追われぬよう頑張った健康&正気アピールによほど神経と根気を使ったのだろう。
奈々の言う通り、いや、それ以上に、まるで上司と部下の板挟み状態を十数年続けた歴戦の社畜中間管理職おじさんのようだ。「静かな公園で、独りで食べるお昼ご飯が何よりの癒やしだよ。ハトさん、今日もこんにちは……ふふふ」という声が聞こえてきそう。
そんなジャスパーに、しかし、当の家族はまったく気にした様子を見せなかった。
「ああ、この味だ……この味だよっ」
「ぐすっ、なんか泣けてきたっ」
「この口の中の水分を一気に持っていかれる感覚と喉に詰まりそうな刺激っ、たまらないわ!」
ハグハグハグハグッと景色もそっちのけでお昼ご飯に夢中だ。彼等の手にあるのは見覚えのある蒸気で温めるタイプの容器に入ったスープに、カンパンや栄養ブロックの類いだった。
そう、初めてこの世界に来た時、ハジメが一宿一飯の礼にと譲った非常食である。
さて、お昼には何を食べようか。と相談した結果、リスティが遠慮がちにおねだりしてきたのだ。あの時に食べたものを、もう一度食べたいと。
確かに現代の非常食は良くできている。だが、あくまで非常食だ。もっと美味しいものも用意できる。というか、ジャスパー達も普段からもっとちゃんとしたものを食べているだろう。
と、困り顔になったハジメだが、他の子供達もリスティの提案に異論を述べず、それどころか大賛成といった様子で。
期待の滲むキラキラの瞳で見つめられれば、それは苦笑しつつも応えてあげたくなるというもの。
結果、ハジメ達も揃ってカンパンに豆と野菜スープ、あるいは栄養ブロックをお昼ご飯にしているのである。
「おと――兄さん、あ~~~」
「自分で食えなの!」
「もがぁ!?」
あの日の再現のように、リスティはやっぱりハジメの膝上だ。もちろんミュウと左右の膝を分け合う形で。
流石にもう食べ物を零したりはしないが、だからこそ食べさせてもらおうとヒナ鳥のように口を開けている。ミュウに阻止され続けているが。
リスティがお返しに栄養ブロックをミュウの口に突っ込む。なにするか! とミュウも更に反撃。スープをスプーンですくって、そぉ~っと零さぬよう突き出す。
ほぅれ、飲まないと零れるの! 食べ物を粗末にする気なの~? と煽る(?)。
リスティは悔しそうに「食べ物を質に取りやがって、卑怯者ぉ!」と、よく分からないことを言いながらも、そぉっと口に含む。
仕返しに自分のスープもそぉ~~っと。むむっと唸りながらもパクッと食べるミュウ。
もはや普通に食べさせ合いっこだった。仲良し姉妹にしか見えなかった。むしろ、〝微笑ましい〟と〝可愛い〟の極致だった。
これにはハジメパパもにっこり。
「それにしても、随分と様変わりしたな……人間味があるというかなんというか」
地上に広がる街並に目を細めるハジメ。
魔眼石や身体強化でも見えるが、ミュウや他の子供達、それにハジメ達ほど遠視できない龍太郎達のために望遠機能付きの浮遊ディスプレイも展開している。
そもそも優花や奈々、妙子、それに鈴に愛子、レミアは手すりもない外縁部は怖くて近寄り難いようなので、そういう意味でもディスプレイへ目をやった。
綺麗な街並だと思った。特にハジメからすれば最下層地域の変化は顕著で、思わず感心の声が出たくらいだ。
スラム街のようだった場所が、きちんとした街になっていた。俯瞰視点だからこそ良く分かる。かつての掘っ立て小屋の密集地帯はしっかりと区画整理されていて、建物も統一規格の真っ当なものに変わっている。
道端にゴミや廃材が適当に捨てられていることもなく、行き交う人々の身なりも見るからに清潔だ。
何より、映像越しでも分かる雰囲気の違い。
全てを諦めたような退廃的な空気が払拭されていた。それどころか活気が目に見えるようだった。
「ふふ、そうでしょう? なんだかとっても〝人間が住む都〟という感じがしませんか?」
例に漏れず、手すりもない山頂は流石に怖いらしい。錬成されたベンチにも座らず、何人かの子供達と寄り添い合うようにして歩廊の真ん中にぺたんっと腰を下ろしているミンディ。
チョコ味の栄養ブロックを両手で持って、美味しそうにリスの如くチマチマ食べていたのだが、ハジメの言葉を聞くや否やバッと顔を向けて我が事のように破顔した。
「数年後には区画もあってないようなものになりそうだけどなぁ。どいつもこいつも、最近はやりたいようにやりやがってよぉ」
「ふふ、そうね、兄さん。住む場所を勝手に変えたり、家を増改築したり、商業区や農業区に移動が面倒だからって住み着いちゃったり……」
一人だけサンドイッチを頬張りながら――あの女性所員さんに貰ったらしい。ユエ達はもちろん「ほほぅ?」とニヤついたが、それはさておき――溜息交じりに愚痴るジャスパーに、ミンディは頷きながら悩みの種の一つだろうことを口にした。
ただし、やっぱりニコニコの笑顔で。
「……ミンディ、嬉しそう」
「ふふ、分かりますか? なんというか……こう、管理しようとしてもしきれない感じとか、少しずつ住んでる人の気持ちに合わせて変化していく街並とか、そういうの素敵だなって思うんです。マザーが支配していた時とは違う〝温かみ〟を感じるというか……」
兄さん達は苦労しちゃうんですけど、とジャスパーをチラリ。だが、当のジャスパーに不機嫌そうな雰囲気はなく。
むしろ、少し口の端が笑っているような気がしないでもない。
年々制御を離れていくような住民達の行動に、同じく苦労を重ねているだろう部下達を思えば大っぴらには同意しかねるが、気持ちは同じ。と言ったところか。
「自分で考え、自分で決めて、行動して、自分の好みや楽しみ、やりがいを見つけて……人々の心も、本当の意味で少しずつマザーの支配から脱しているんですね」
愛子の神妙でありながら優しい声音に、ミンディは笑顔で頷いた。
そう、それを感じられるから、勝手なことをしちゃう人々の行動が、変わりゆく街並みが愛しいのだと。
「ふむ、人の営みというのは、完璧を目指しながらも完璧でない方が美しい……ということかもしれんのぅ?」
ハジメ達が座るベンチの前の外縁部に、シアや香織、それに雫と一緒に直接腰掛けて崖下にぷらんっぷらんっと足を垂らしているティオが、ミンディへ肩越しに綺麗な微笑を向ける。
子供達と一緒に、「よくそんな場所でくつろげますね……」みたいな表情になっているミンディさん。見ているだけで怖いのだろう。そっちの方が気になって返答に詰まる。
だからというわけでもないが、代わりに言葉を返したのはリリアーナだった。
「なるほど」
深い頷きだった。加えて、王女の顔付きだった。
そのまま、なんか天を仰ぎ出した。とても遠い目をしている……
「人の営みは思い通りにいかないからこそ美しい、ですか。良い考え方かもしれません。精神衛生的に。参考になりま――いえ、やっぱり帝国は許せないっ」
いきなりキレるじゃん……と、少し引くハジメ達。
なお、今リリアーナの脳裏には過っている。復興の最中、獣人の各種族や帝国から、あるいはギルドや民間団体や帝国から、それに帝国や帝国から山のように送られてきた要望やら提案書の数々が。
勝手なことばかり言いやがってぇ~っとは、一個人として思わなくもない。が、そこは王族だ。多くの声を聞き、考え、決断することが仕事である。
だが、帝国。てめぇはダメだ。
何度却下しても改善案も代替案も出さず、表現を変えただけの提案書をピストン輸送してくる厚顔無恥さ。
文章の随所に滲む慇懃無礼さ。
提案書になぜか毎回添付されている「ミニ・フェルニルで一人旅してきたよ! とても楽しかったよ!」的な皇帝の絵はがき……
王女様は壁殴りによるストレス発散方法を覚えた! 壁に亀裂が入ったので、最近はヘリーナさんが瓦サイズの廃材を用意してくれている!
だから、それはまだいい。私だって旅行くらい出来ますもん! 皇帝さんには一生無理であろう異世界旅行ですもぉ~~~ん!! ぜぇ~~たいに絵はがき贈って差し上げますわぁ! お~~ほほほほっ。
という感じで、旅行している間に溜飲も下がったし。
だが、だがしかし、である。
一番許せないのは、ガハルド皇帝が大量の提案書を隠れ蓑に、こっそり関係各所に手を回して王都郊外に風俗店を多数作らせていたことだ。
別に、リリアーナとて一切禁止にするつもりは毛頭ない。必要性も理解している。だが、風俗の乱れは治安の乱れ。計画書や届出制度は厳密に定めていた。
それをあの野郎……
事後承諾せざるを得ないよう、王国の男共まで味方につけやがってぇ。
それだけならまだしも、調べは付いてんですよぉ! 本当の目的は間諜を多数紛れ込ませるためだってねぇ!
「クソ忙しい時にくだらないちょっかい出してきやがってぇ……ミニ・フェルニルの自爆スイッチ押すぞゴラァッ」
「リ、リリィさん、落ち着いてぇ! キャラがっ、王女なのに! ――〝鎮魂〟!!」
「あらあら、今はお仕事のことは忘れましょうね? はい、あ~ん」
「あむっ!!」
思い出しギレしているリリアーナを愛子とレミアが二人がかりでなだめる。
可愛らしい気品ある異世界のお姫様の豹変に、「お、王族ってこえぇ……」と揃ってドン引きしているジャスパー一家。
「ええ~っと……そ、そう言えば、あの子、戻って来ないわね? 大丈夫かしら?」
王女の覇気(?)に怯える子供達を気遣ってか、優花が話題を変えてくれた。
香織が場所を譲るようにして、ハジメの隣に座らされたので先程からそわそわしていたのだが、それでもしっかり空気を読むあたり流石である。
ちなみに、食事の際は流石に腕まくりしようとしていたのだが……
なぜか、ハジメのコートの袖は頑なにめくれなかった。めくってもスルリッと元に戻った。まるで、意志でも持っていて「萌え袖をやめるなんてとんでもない!」と意地でも萌え袖のままにしたいかのように。
果たして、某ストレンジャーなドクターのマントのように意思があるのか、それとも持ち主の意向か。
ジト~ッと持ち主の横顔を見つめても反応はなく、優花は諦めて、食べにくそうにしながらも萌え袖のまま食事している。
閑話休題。
「あの子?」
「ほら、あの……ちょっとえっちな子よ」
ジャスパーと一緒に連れて行かれた優花の被害者――ではなく、優花の隠されたコートの下に夢と希望と世界の真理を見い出したパオロ君のことだ。
自覚はあるのだろうか? 恥ずかしそうに、乱れてもいないコートの前をモジモジと整え直しているが、そういうところが、いたいけで無垢な少年の性癖をねじ曲げてしまったのだと。
ジト~ッとした目がユエ達から注がれる。そして、ニマァ~ッとした目が奈々達から向けられる。
戦友を亡くしたかのような遠い目をしながら、一人だけ帰ってきたジャスパーが重そうな口を開いた。
「ダメだった。あいつはもう戻って来られねぇ……」
ハジメ達は思った。それはどっちの意味で? と。
性癖の向こう側からか、それとも物理的に医療班の魔手からか。
「何度正気だと言っても信じてくれねぇからって、あいつ、なぜか吹っ切れたようにコートとぴっちりスーツの良さを説き始めてな……挙げ句、ジェシカ――あの最初にあった所員な? あいつにも白衣の下にピチピチインナーを着てみてくれないかって言い出して……むしろ、コルトランの女性はみな、そういう衣装であるべきだとか熱弁し出して……」
なるほど、パオロ君はもう戻って来ないだろう。ハジメ達は納得した。
きっと、彼は決意したのだ。この道を行く、と。
大志を抱いた少年の旅立ちだった。
優花の引き攣った顔が何より物語っていた。――聞くんじゃなかった、と。
「あいつ……歴史に名を残す男になるかもな」
「龍くん、なんでちょっと良い笑顔で遠くを見てんの?っていうか、それどっちの意味で?」
優花の引き攣った顔が何より物語っていた。――聞きたくない、と。
「……フッ、優花はやっぱりこっち側だった」
「ユエさん!? どういう意味!?」
「少年にとって生涯忘れ得ない〝えっちなおね――憧れのお姉さん〟という存在は貴重だ。園部、流石だな」
「どこ褒めてんのよ!っていうか、何も誤魔化せてないわよ! 私、えっちじゃないから! ユエさんも〝分かってる分かってる〟みたいな理解者の顔しないで!」
うんうんと良い笑顔で頷く南雲夫妻。なんとなく遊ばれている気がしないでもない。
「優花の姉さんは……なんというか可愛いな?」
「リスティちゃん!?」
「そうなの。優花お姉ちゃんは可愛い人なの。リスティも見習うといい」
「ミュウちゃん!?」
いつの間にか、少女二人がじっと優花お姉ちゃんを見ていた。栄養ブロックをどうやってか細くなるようかじって、タバコでも吸っているみたいな仕草で。
少女二人から注がれる〝食後の一服のお供に大変良い〟と言いたげな観賞の眼差し。
実に居たたまれない。優花は席を立った。パタパタと逃げるように奈々と妙子のもとへ。二人の背後に隠れるようにして座り込む。
お~、よしよし、恥ずかしかったねぇ、優花っち?
ところで優花。ここにノースリーブへそ出し超ハイレグ版のピチピチスーツもあるんだけど……
優花の味方はいなかった。穴があったら入りたい……
と思っていそうなので、大きな縦穴へそろそろ戻っても良いだろう。
「みんな食べ終わったかしら? それじゃあそろそろ中に戻って、機械仕掛けの神VS魔王&勇者の戦い、見てみない?」
優花への助け船も兼ねて、雫が苦笑気味に促す。
待ってました! とばかりにハジメの膝上から飛び降りたのはリスティだ。ミュウも一拍おくれてぴょんっと。
少女二人の瞳が、ワクワクを通り越してギラギラしている。
実は一番楽しみにしていた過去再生なのかもしれない。
「分かった分かった。そんじゃあ中に戻るか」
本当はあんまり見られたくないけど、と往生際悪く思いつつも、ハジメは錬成魔法でベンチを歩廊に戻しつつ立ち上がった。
同じく、楽しみにしていたのだろう。子供達も勢いよく立ち上がって、
「「「「「はぁーーーいっ!!」」」」」
元気な返事を木霊させたのだった。
そうして。
帯電による輝きを纏い、三対六枚の機械翼を広げ、龍の如くうねる鉄色の流体金属を従えて、空中より睥睨するマザーを仰ぎ見る。
だが、恐ろしいとか、憎らしいとか、そういうこと以前に。
やはり例の衣装のせいだろうか。誰もが意識を〝そこに〟捕らわれてしまった。
そう、
「「「「お揃いじゃん」」」」
「「「「「お揃いだぁーーっ!!」」」」」
マザーのピッチピチなパイロットスーツ風の戦闘服に。
淳史達と、当時はそれどころではなくてまともに見てもいなかった子供達の声が重なった。
入った穴の中にも羞恥心の欠片は落ちていたらしい。一斉に向けられる視線を前に、優花は萌え袖を被るようにして顔を隠したのだった。
なお、後日。
兄弟姉妹が過去視で改めてピッチピチパイロットスーツ姿のマザーを見たと知ったパオロ君は、一週間ほど妬みとショックで引きこもったとか。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
マザー戦も書きたかったんですが、アニメ3期のBlu-ray特典小説の執筆で間に合わず、キリのよいところで区切らせて頂きました。また、次週も短いかお休みするかもしれません。
というのも、11月に14巻が発売予定でして(感想欄でお祝いの言葉を下さった方、ありがとうございます!!)、原稿は書き終わっているのですが、まだ各店舗特典SSの執筆が残っており……(汗)
落ち着いたら一気に進めていくので、すみませんがどうぞよろしくお願いいたします!
また、アニメ3期も引き続き、よろしくお願いいたします。
ご要望を頂けたので(ありがとうございます!)、活動報告の方にアニメ用の感想欄を作成しました。アニメに関して、ご意見・ご感想のある方は、ぜひそちらへどうぞ。
Xで公開されているピクチャードラマも、確か各話ごと一週間限定だったと思うので、まだ1話を見ていないという方はぜひ! ネアちゃんがハウリア一のエゴイストになるお話です。