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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
509/545

機工界編 思ってたのと違うッ



 そりゃ着るよね。知ってた。


 と、言わんばかりの視線がハジメの後ろに注がれる。もちろん、視線の的は優花である。


「……んぅ…………ぅ………」


 ハジメの背に隠れるようにして、無駄に年季の入った()()()()()ロングポンチョを掻き抱くようにして両手で押さえている。


 後ろが長く前が短い、いわゆるフィッシュテールドレスのような外套(がいとう)だ。そんなことをすれば、ただでさえミニスカ丈の前部分が更に上がってしまうのだが……


 〝このポンチョこそ最後の砦! 死守するッ〟と言わんばかりに必死な優花ちゃんに、その自覚はなかった。


 加えて言うと、ピッタリサイズのSF系パイロットスーツは、しかし、だからこそいろんなところが擦れるようで、歩く度に刺激がダイレクトアタックしてくるらしい。


 生地にこだわっているので痛くはないし、むしろ肌触りは抜群なのだが……それが逆に、ということだろう。


 さっきから微妙に艶めかしさを感じなくもない小さな声が漏れているのは。


 なお、現在ハジメ達が歩いているのは、今もここだけは変わらず雲上界と呼ばれている元マザーの領域だ。


 先導役のジャスパー一家を前に、その後をハジメ達が追随している形だ。


 さっきからジャスパーとミンディはハジメ達と色々な話をしているのだが、ジャスパー家の男子達はほとんどが上の空だ。そのうえ頑なに前を凝視している。


 耳が赤いのはご愛敬。見ないようにしている辺り、実に紳士である。逆に言うと、見てはいけないと思うほどエ○いと感じているのだろうが。


 最年少の男の子(十二歳)なんかは「考えちゃダメだ考えちゃダメだっ。くそぉっ、でも気になるッ。あの上着の下はどうなっているんだ!? ハッ!? 違う、そうじゃない! 僕はそんなこと考えてない――ああっ、でも気になるっ。エッチなお姉さんの上着の下が気になって気になって仕方ない――」と頭を掻きむしっているが。


 愛ちゃん先生、患者さんですぅ! はいっ、シアさん! お任せあれ! 心のお薬、処方します!!


 ペカーッと輝き、一時的に落ち着きを取り戻すいたいけな少年。しかし、エッチなお姉さん(少年視点)がもたらす外套の奥の深淵は、少年の心を捕らえて離さない!


 考えてはいけない、その深淵を覗いてはいけない。そう己を律すれば律するほど逆に気になる! エッチなお姉さん(少年視点)の魅力は少年の無邪気な好奇心を止めどなく湧かせてしまう!


 あるいは既に手遅れなのか。一度歪んでしまった性癖は、もう元には戻らない……


 この時、この少年が後にコルトランの歴史に残る最初の本格的なファッションデザイナーになるとは誰も知らない……という話はさておき。


 なお、女の子達は遠慮なく肩越しにチラ見していた。「そこまでやるんだ……」「なんとなく察した。優花お姉さんはまだ、なんだね」「うん。だから必死に頑張ってんのね」「応援してあげよ!」みたいな小声も聞こえてくる。


 居たたまれない。まぁ、だからハジメを壁にして子供達から隠れているわけだが。


「ユ、ユエさん。ちゃんと認識阻害してるわよね?」


 ハジメの隣を歩いているユエが肩越しに振り返った。


「……してるしてる。超してる」

「なんか軽くない!?」


 一気に不安になっちゃう優花。ユエの「お前もエッチなお姉さんにならないか?」と手招きしてそうな雰囲気、あるいは既に仲間と認めているかのような眼差しが、その不安を更に煽ってくる。


 ハジメに貰った認識阻害用アーティファクト(ピンバッチ型――デザインは統一でニコちゃんマーク)を、悪霊に襲われている人の如く御守り代わりに更に強く握り締める。


 ロングポンチョと一緒に握り締めているので更にフロント丈が上がった。もうほとんど足の付け根くらいまできてる……


 ハジメの右腕にちょこんとお尻を乗っける形で抱きかかえられながら、両腕を首筋に回しているリスティが目を眇めた。


「そんなに恥ずかしいなら着なければいいのに」

「!?」


 至極もっともなご意見がクリーンヒット。優花が「うぅっ」と唸り声を漏らす。二の句を告げず空気を求める金魚みたいに口をパクパクさせちゃう。


 なので代わりに、乙女の味方が参上。


「はぁ~、これだからリスティは。乙女心っていうのが分かってないの」


 同じく左腕に抱えられているミュウが、「やれやれだぜ」と言わんばかりにオーバーリアクションで首を振った。ついでに「腕、邪魔なんですけど?」と自分の腕もねじ込むようにしてパパの首に回す。


 ミュウの態度にピキりつつ、絶対に腕は外さないとばかりに力を強めるリスティちゃん。


 もちろん、パパの首は抱っこをせがまれた直後から現在進行形で締まり続けている。狙っているはずはないが、見事に頸動脈の上がギュッギュッギュ~~~~ッされている。


 気を抜けばストンッと意識を持っていかれかねないので油断はできない。


 まぁ、それはともかく。


「ち、違うし……奈々と妙子がせっかく用意してくれたから、やっぱり着てあげなきゃ悪いなって思っただけだし……それにみんなが期待の目で見てくるから空気を読んだというか……」


 優花が誰も聞いていない言い訳をぶちぶちと口にし始めた。


「うんうん、そうだね、優花っち♪」

「分かる分かる。プロテインだね」

「あんたらも軽すぎでしょ!」


 優花の後ろを、奈々は頭の後ろで手を組んで、妙子は己の推しモデルの出来映えに大満足のデザイナーみたいな表情で「うんうん」と頷いている。


 だが、優花の話を聞いている素振りは皆無だ。実に適当な相づちである。そんなことより、ただただ着飾らせた(?)親友の姿を堪能しているのだろう。


 優花はチラッと前を歩くハジメを見やった。ミュウとリスティがハジメの頭越しにペチペチし合っていたせいで髪がボッサボサになっているハジメは振り返る様子もない。


「何よぉ……」


 せっかく着たのに、さっきから全然こっち見ないじゃない……


 見たかったんじゃないの……? 


 なんて内心の声が滲んでいそうな超小声がぽつり。ちょっとしょんぼりしているように見えなくもない。


 なので、香織がハジメの腕をツンツンした。同時に、念話スイッチオン。


『ハジメ君? 着せるだけ着せてスルーはないんじゃないかな?』

『いや、そもそも着て欲しいなんて言ってないし?』

『あんなあからさまな雰囲気でそれはないでしょう』

『ご主人様よ。何気に優花のリアクションが気に入っておるじゃろ? 優花が何を着ているかより、着用による反応の方を楽しんでおるというか、のぅ?』

『前から思ってましたけど、ハジメさん。優花にだけはちょっと意地悪ですよね?』


 ティオの面白がるような視線と、雫とリリアーナのジト~ッとした眼差しを感じてハジメは肩を竦めた。それがどういう心情から来るものかはさておき。


「園部」

「! な、なに……?」

「上着は取るなよ?」

「はい? 取るわけないでしょ! これを失った瞬間、私の尊厳と羞恥心は死ぬわ!」

「そうか。ならいい。くれぐれも他の誰かに見られないようにな」

「当たり前でしょ! こんな恰好、見せられるわけ――ん? ??? ……え?」


 反射的に声を張り上げるが、途中でハジメの言葉に引っかかって言葉に詰まる優花。言葉の意味を考えて視線を彷徨わせ、自分なりに解釈してスゥ~ッと頬を染めていく。


 急にモジモジしながら、ちょっと上目遣いで未だに振り返らないハジメの後頭部を見つめる。両サイドから少女二人がジ~~ッと観察していることにも気が付かない。


「ね、ねぇ、南雲。今のって、つまり、その……」

「山頂とか映えそうなんで、後で目線とポーズおなっしゃす」

「誰がコスプレイヤーよ!! 撮影会なんか絶対にしないからね!!」


 見事なツッコミだった。ハジメの背中をグーでポカポカッ。


 当然、先程までより距離は近い。そして、ポカポカし終わった後も距離は元に戻らなかった。少し手を伸ばせば届く距離のままだ。


「何を見せられてんだろうなぁ」

「カーッ、見てるこっちがはずいわ! でもうらやま!」


 淳史と昇がげんなりしている。昇は「(リーウ)さんが恥ずかしそうにポカポカパンチなんてしてきたら、一瞬で昇天する自信があるぜ」と素直な願望を垂れ流しながら。


 最後尾の龍太郎と鈴は、流石に余裕があるというかなんというか。顔を見合わせて苦笑しつつも、前方のやり取りをのんびり楽しそうに眺めている。


 なんというか、既に恋人というか熟年夫婦感を感じなくもない雰囲気だ。


 と、その時、


「分かったか、なの。この唐変木のリスティめ。これが乙女心というものなの」

「どれだよ」


 ミュウが優花を指さすが、リスティは「はぁ?」とジト目を返す。乙女心というのは、リスティにはさっぱり分からないものらしい。


 パパ相手にはすぅ~~ぐふにゃるくせに、なぜ分からないのか。膝上に乗る時もモジモジしてただろうに。乙女心じゃなくて娘心だからなの? と内心で小首を傾げつつ、


「まったく、そっちの分野はまったく成長していないとは……精進するがいいの」

「その〝やれやれ〟って仕草、今直ぐやめないとスパナで殴るぞ」


 肩を竦めてまたも〝やれやれ状態〟のミュウに、リスティの額もビッキビキッだ。


 すっかり挑発的になってしまった娘の姿に、レミアママから「あらあら……」の呟きが止まらない。が、慣れてはきたのだろう。なんだかんだ、会話が止まる気配ゼロの二人の姿が微笑ましくもあって、いつもの微笑を取り戻している。


 ユエ達もなんだかんだ微笑ましそうだ。が、優花はそれどころではない。自分の話題で喧嘩する二人に、「わ、私のことで争わないで……」と、どこぞのヒロインみたいなセリフを呟いちゃう。


 だからだろうか。ついでに、悲劇(?)のヒロイン役にも抜擢されることに。


 ハジメパパの肩からぴょんっと飛び降りるビキビキのリスティちゃん。何を思ったのか優花の傍へ寄り、


「乙女心だかなんだか知らないが、要するに、おと――(あに)さんを誘惑したいんだろ? なら、こんなの着てたらダメだろ」


 優花の最後の砦とやらを凄まじく自然な動きでぺろんっとしちゃう。そう、ただでさえ短いポンチョの前をめくり上げたのだ。


 当然、あらわになるジャストフィットスーツ(股間付近!)。鼠径部やヘソの形はもちろん、ムチッとした太ももと見事な逆三角形の隙間、そして――


「んんにゃぁっ!!?」


 何をされたのか分からなくて一瞬フリーズしてしまう優花。凄まじい速度で内股になり、全力でポンチョを引き下ろす。


 そして、バッと弾かれたように顔を上げた。ハジメと目が合った。


 リスティが飛び降りたので何事かと振り返っていたのだ。ナイスタイミング。いや、最悪のタイミングか? 


 ボッと噴火したみたいに赤くなる優花。穴があったら今すぐ入りたいっと思ってそうな羞恥にあふれた表情だ。ハジメの瞳に満足そうな感情が垣間見えたのは気のせいか。


 だが、ハジメが、あるいは優花が何か口にする前に、リスティちゃんの追撃。


 前を押さえてかがみ込んでいる優花に呆れ顔になりりつつ、ポンチョの後ろの裾に手をかけた。


「優花の(あね)さん。あんたいったい何がしたいんだ? 隠してたら意味ないだろ。ほら、うじうじしてないで堂々としろ!」


 そのまま勢い良く捲り上げようとする。おそらく、リスティの中で優花は〝へたれなお姉さん〟と認識されたのだろう。


 勇気を出せないなら後押ししてやる! という気持ちに違いない。……ただ単にじれったかっただけかもしれないが。


 あわや優花のお尻が再び、しかも後続の奈々や淳史達にも晒される! という、その寸前で。


「やめんかあほぅ! なの!」


 パパの腕から勢い良く跳躍。空中で一回転しながら、リスティの手を上から叩き落とすミュウ。


 そのまま片膝立ち&片手広げのポーズ――いわゆるヒーロー着地を決める。一拍置いて、ポンチョの裾がふわっと元に戻った。ギリギリセーフ!


 見えそうになった瞬間、バッと視線を逸らした龍太郎、淳史、昇の三人が安堵しつつもミュウへ拍手を送った。


 だって、優花が肩越しにこちらを見ているから。穴があったら全員埋めるッと言わんばかりの眼光だ。いや、むしろ穴を開けてやるッだろうか。穴が開くのはきっと、スマホではなく目か頭だろうが。


 直ぐに羞恥心が優先してぷるぷる震え始めたので一安心。


「ばかばかばか! ばかリスティ! 優花お姉ちゃんに何してるの!」

「脱がそうとしただけだが? 何か問題でも?」

「問題しかないわ! なの!」


 まったく悪びれていないどころか、むしろ不満そうなリスティちゃん。


 ミュウは頬を引き攣らせながら、うずくまったままの優花を指さした。


「見ろなの。まるで暴漢に襲われたみたいに震えているお姉ちゃんを。とんだ暴挙なの!」

「なんでだよ。確かにはっずい恰好だけど服は服だろう? 全裸じゃあるまいし」


 はっずい恰好というワードで、羞恥心が追加されたらしい。ぷるぷるがブルブルになった。少女の率直な意見が、優花の心にダメージを蓄積させていく……


「こんなの全裸と変わらないの! だからポンチョを羽織ってるんでしょ!」


 全裸と変わらない……そうよね、どうかしてるわよね……と優花は遂に涙目になった。


 そうだね、どうかしてるよ……と、淳史達から奈々&妙子にジト目が注がれた。


「だから、それが意味ないって言ってんだ」

「何が!」

「恥ずかしいけど頑張って着たんだろ? (あに)さんに喜んでほしくて。自分で決断したんなら、それがどんなに難しいことでも最後まで貫くべきだ。半端は良くねぇ」

「それは! …………そう!」


 あ、そこ同意するんだ……と立ち止まって少女二人のやり取りを見守っていたハジメ達はずっこけそうになる。


 同時に、リスティの言葉に「十歳の少女にしては、芯ありすぎじゃない?」と、なんとも言えない表情にもなってしまう。


 そして、優花は「半端」と言われて露骨に落ち込んだ。自分の体を掻き抱くようにしてしゃがみ込んでいた姿勢から、四つん這い状態へ。


「そうだけど、違うの。そこがまさに乙女心なの。大胆な恰好しちゃって恥ずかしい、でも気になるあの人には良く思われたい! 見てほしい! ああ、でもやっぱり見られるのは無理! でも~という感じなの!」


 両手を胸の前で組んで舞台俳優のように乙女心を説明するミュウ。


 恋愛系物語マスター(自称)のリリアーナが、うんうんっと激しく同意している。スミレ大先生の少女漫画はミュウの感性にしっかりと影響を与えているらしい。


 もちろん、優花お姉ちゃんは両手で顔を覆った。客観的に解説しないで……と言いたげな雰囲気だ。図星だったのか。


「素直になれないけど、精一杯頑張ってる姿こそが良いんだって、なぜ分からないの!?」


 常にない力説だった。むしろ、情熱的とすら言えるかもしれない。ハジメが趣味を語る時にそっくりだ。


 そこまで言われれば、リスティとしても思うところはあったのだろう。チラッと優花を見る。その視線を感じたのかビクッとなる優花ちゃん。


 次いで、リスティはハジメを見た。流れ弾の予感にビクッとなるハジメさん。


「おと――(あに)さんは、こういうのがいいのか?」

「多様性の時代だから」


 ふわっとした回答に、龍太郎達からなんとも言えない呆れた視線が飛んでくるが、もちろん無視!


「なるほど……結果ではなく過程が良いこともある。そういうことか?」

「そういうことなの」

「そうか……そういうのもあるのか」

「そうなの。そういうのもあるの」


 なぜか和解と理解が進んでいるっぽい少女二人。やっぱり変なところで気が合うらしい。


 ミュウが「後でお祖母ちゃん……パパのお母さんが描いた漫画という読み物をあげるの。それで乙女心を存分に学べ、なの」と言えば、リスティは「なにぃ!? おと――(あに)さんのお母さんが!? そ、それを俺に? ……あ、あり、あり……がとぅ」と嬉しさを隠しきれない様子ながら絞り出すように礼を口にする。


 乙女心という概念を少しでも教えられて満足そうなミュウは、「まったく姉貴分というのも楽じゃないの」と心の中で呟きつつ、話を締めにかかった。


 なお、スミレ先生の漫画一式は別に旅行中の空き時間に堪能しようと思って持ってきたのではない。


 最初からお土産用だ。どこかの、きっと対立するだろう誰かさんへの。


 そう口にしないあたり、ミュウも素直じゃない。と、これにはレミアお母さんも「あらあらまぁまぁ♪ うふふっ」である。もちろん、ユエ達もにっこにこだ。


 だがしかし、


「優花お姉ちゃんは優花お姉ちゃんのペースで頑張ればいいの。ユエお姉ちゃん達は揃って羞恥心に欠けてるところがあるから、ミュウはむしろ優花お姉ちゃんのいじらしい姿が大好きなの!」

「「「「「!!?」」」」」


 唐突な流れ弾に羞恥心に欠けるお姉ちゃんズが被弾した。


 名指しされたユエと、露出過多とよく言われるシアと、そして言わずもがななティオは当然としても、雫達まで思わず胸元を押さえたのは最近のあれこれ的に心当たりがなくもないからか。


 不思議なのは、香織だけ平然としていることだ。それどころか、「ほら、みんな言われてるよ? もう少し自重しようね?」みたいな呆れ顔になっている。


 ユエ達の額に揃って青筋が浮かんだ。阿吽の呼吸で視線を交わし、頷き合う。


 今夜あたり、香織は裁判にかけられることだろう。嫁~ズ裁判に。


 というお姉ちゃんズの不毛な争いは置いておいて。


「優花の(あね)さん」

「へたれでごめんなさい……お願い、もう許して……」


 少女二人の率直な議論は、優花お姉ちゃんの心のライフをゼロにしていたらしい。すっかり心が折れていらっしゃる。四つん這い状態から、いつの間にか足を揃えて投げ出すような姿勢でくずおれている。


 これには流石に、乙女心うんぬんを抜きにしてもやりすぎたと思ったのだろう。リスティは眉を八の字にして、


「無理やり脱がそうとして、ごめんなさい」


 と、素直に頭を下げた。


「良かった、リスティちゃんはまだ間に合うね」

「そうだな。南雲は〝たとえ俺が100%悪かったのだとしても下げたくない頭は下げられねぇ!〟とか言う奴だから。ちゃんと謝れるのは良いことだぜ」


 鈴と龍太郎の言葉がハジメパパに刺さる。小声で「そんなこと言うのはクソ勇者にだけだし……」とか呟いている。あと、さりげなくユエも被弾していた。香織に言ったことがあるからだろう。似た者夫婦め……みたいな視線が注がれる。


 というやり取りの間に、リスティの謝罪が耳に入った優花は我に返って顔を上げていた。


「あ、いえ、別に気にしてないから大丈夫よ!」


 小さな女の子に頭を下げられている状態が居たたまれないのだろう。顔を上げるよう慌てて言い募る優花。


「そうか」

「そうよ!」


 勢い良く立ち上がって元気アピール。ジャンプなんてしちゃうもんだから裾がふわっふわっ。ついでにポンチョがあってもなお分かるほど、胸元もゆっさゆっさ。


 そんな優花の姿をジッと見上げて、リスティは一つ頷いた。


「優花の(あね)さんは綺麗だ。です」

「へ?」


 優花の言動に一定の理解を得たからか。今更ながらに取って付けたような丁寧語を再開するリスティだったが、優花からすれば唐突なセリフの内容の方が気になってしまう。


「スタイルもすごくいいと思う。です」

「え、えっと、ありがとう?」


 唐突な褒め言葉はお詫びというかフォローなのか。しかし、社交辞令には感じない。リスティなりに本気で、一生懸命何かを伝えようとしてるように見えた。


「えっと、だから、その……ああっ、上手く言えねぇ、ですっ、けど!」

「う、うん?」

「服は服だし綺麗なもんは綺麗だから堂々としていればいい! ……と思った。です」


 つまりあれだ。パイロット風スーツもなんだかんだ似合っていると言いたいのだろう。恥じることはない。魅力的だから外套で隠す必要はないと。


 ただじれったくて、あるいはミュウとの売り言葉に買い言葉で暴挙に出たわけではなく、見せたところで何も恥じることはない綺麗な人だと思ったから、うじうじしている優花の背中を押す気持ちで行動に出た、ということなのだろう。


「……………おぉう」


 優花から聞いたことのない声が漏れ出た。またも赤面する。少女のストレートパンチがハートにクリティカルヒットしたらしい。


「よく言った! よく言ってくれたよ、リスティちゃん!」

「ふふっ、まだ小さいのに分かってるねぇ。そうとも。並みいる美女・美少女に少しでも並べるよう、こっそりジムにも通って鍛えている優花は同性でも惚れ惚れするボディを持ってるんだよ!」

「「魅せなくてどうするよ!!」」


 またもミュージカル俳優のように、両手を広げ合って見事にハモる奈々&妙子。


 何も優花の恥ずかしがる姿が見たかったわけではあんまりない。優花が地道に努力してきたボディラインを自慢したかったというのもあるのだ。


 それを十全に活かすのが、このSF系パイロットスーツ風衣装なのである!


 ほんとかよ……という男子陣の疑いの視線はともかく。


「……リスティ、やりおる」

「うん、そうだね。ハジメ君がよくやってたギャルゲーやエロゲーの主人公みたいなセリフだよ」

「ちょっと待って。なんで俺がやってたソレ系ゲームのタイトル知ってんの? ねぇ、香織さん? おい」

「ハジメ君が常連してるゲームショップの店長さんに、よく教えてもらっていたからだよ」

「店長ぉーーーっ!!」


 パッケージ主義かつ、ゲームショップでの物色を好む生態が仇になったらしい。顧客の情報を漏らすような店長ではないのだが、香織さん、いったい何をしたのか……


 それはそれとして、少女から「貴女は綺麗な人だ」なんてストレートに告げられて、内心では有頂天になってしまっている優花ちゃんはというと。


「そ、そうよね。服は服だものね。むしろ露出ないものね! シアの普段着に比べればぜんっぜん恥ずかしがることないわ!」

「……こういうとき、いちいち私を引き合いに出すのやめてもらっていいですか?」


 ジト目なシアの抗議は、何やら妙なテンションになってしまっている優花には、もちろん届いていない。


「リスティちゃんがこんなに応援してくれているのに、へたれたままなんてかっこ悪いにもほどがある! だから私、決めたわ! ――脱ぐ!!」


 あのぅ、そろそろ進まねぇ? 人通り少ないけど普通に技研の連中が通る通路なんだけど……と、先程から困り顔になっていたジャスパーがギョッとなっている。


 ミンディさんが素晴らしい瞬発力で兄の顔をグギッと前方に戻した。


 男の子達が「「「「「エッ!?」」」」」と動揺し、例の少年がなぜか正座待機した。目をカッ見開いて深淵の奥を目撃せんっと覚悟を決めた男の顔になっている。


 女の子達が、ポンチョに手をかけた優花を見て、キャーーーーッと黄色い歓声(?)をあげ、香織や雫、愛子が咄嗟に「やめなさい!」と制止の声をかけるが。


 時既に遅し。


「全裸じゃないから恥ずかしくない!!」


 顔を真っ赤にしつつも、バッとポンチョを剥ぎ取る優花ちゃん。豪快に投げられたポンチョを、奈々が待ってましたと言わんばかりにジャンピングキャッチする。


 同時に、


「やめろと言うに」


 ハジメの〝宝物庫〟から黒い影が飛び出した。トータス時代にも着ていたコートだ。流体金属も組み込んでいることで、某ストレンジなドクターのマントみたいに飛翔能力を持つに至った改良版である。


 それがポンチョの代わりに優花を包み込む。肩から羽織らせるような形で。


 見事に優花のピチピチスーツオンリーな姿が隠された。コートを飛ばすと同時に距離を詰めて正面に立っていたので、少し開いている前もジャスパー達からは見えない。


 例の正座待機少年が「どうしてっ、どうしてそんなことするのっ」と床をバンバンッしている。姉妹の視線が言っていた。「ダメだこの子。早くなんとかしないと……」と。男子達の目も言っていた。「いや、手後れだろう……」と。


 ぽかんっと自分を見下ろす優花。次いで、おずおずと正面に立つハジメを見上げる。


「まぁ、リスティの言うことは否定しないけどな。どうせ後悔するだろうし、ちゃんと隠しておけよ」

「う、うん……」


 素直に頷き、開いている前をしっかり手で押さえて隠す優花。じわじわと頬が染まっていく。


 と、そこで奈々が唐突に「ああっと! 勢い良く脱ぐからポンチョが破れてるぅ!」と、なんともわざとらしい声を上げた。


 妙子まで「ああ、ほんとだぁ! これじゃあお尻が丸見えかもしれないねぇ!」と棒読みで合わせた。


 そこまでやるか……みたいな呆れの視線が龍太郎達から注がれるが、奈々と妙子は優花への目配せに忙しい。


 優花は少し視線を彷徨わせ、一拍。


「そ、そういうことらしいから……借りてていい?」

「好きにしてくれ」


 あっさり踵を返すハジメ。その後ろで、ちょっと嬉しそうにコートをしっかり羽織り直す優花を、ユエ達はものすっっっっごく生温かい目で見守っていた。


「ミュウ、これも乙女心か?」

「そうなの。これも乙女心なの」

「まさか、最初からこれを狙って?」

「策士な乙女心もあるけど、これは天然の乙女心なの」

「そうか……乙女心にも種類があるのか。複雑だな」

「そう、乙女心は複雑なの」


 そんな話を真剣に話し合いながらも、ナチュラルにハジメへ両手を伸ばしてダブル抱っこおねだりをするミュウとリスティ。


 ハジメがこれまたナチュラルに抱え直そうとして、はたと動きを止める。


「おいおい、旦那。んなに綺麗な奥さん方がいて、まだ足りねぇってか?」


 そんなハジメに、苦笑半分からかい半分みたいな雰囲気で話しかけるジャスパー。ハジメから視線が飛ぶ。口パクと視線で『ジャスパー! 後ろ後ろ!』と伝えるが、


「え? なんだって?って、あんた達もどうした急に。そんな通路の端っこに寄って」


 察しの悪いジャスパーさん。急に通路の両サイドに道を開けるようにして身を寄せたユエ達に視線を巡らせる。


 子供達も気が付いたようで慌てて正座少年を抱き起こし、ミンディもジャスパーの肩をペシペシして小声で警告する。が、遅かった。


「に、兄さん! 人が――」

「そ、総督?」

「!!?」


 唐突にかけられた、ここにいる誰のものでもない女性の声。それで事態を把握したジャスパーは、油を差し忘れた機械みたいにぎこちない動きで振り返った。


 白衣を羽織った三十代くらいの女性がいた。キリリッとした顔立ちで髪をきつく結い上げている。おそらく、ジャスパーの言っていた技研の所員だろう。


 酷く困惑している様子だ。手には書類の束が抱えられているのだが、そのうち上の方の数十枚がハラハラと落ちていっても気が付いた様子もない。


「あ、いや、違うんだ! この人達は――」

「……この人達?」


 ジャスパーが先程まで向けていた視線を辿る。子供達の誰に向いていないように見えた通路の奥、何より巡らせていた両端へ。


 もちろん、所員さんには誰も認識できていない。


「ご家族を相手に随分と他人行儀では……」

「え? あ、お、いや――」


 今更ながらに、ハジメ達の存在には気が付いていないことに気が付くジャスパー。ミンディが頭を抱えている。動揺しすぎでしょう! 兄さんのばか! と言いたげ。


 そんなミンディを横目に、所員さんの表情は困惑から物凄く心配そうなものに。かと思えば、キリリッと決意に満ちた表情になった。


「総督、ご家族揃って何をしに来られたのかは存じませんが、お家に戻りましょう! さぁ、早く! 今すぐ! ゆっくりしっかり休んで!」

「へ? いや、俺は至って健康だが――」


 ジャスパーの戸惑いも言葉も聞いちゃいない。女性所員さんはミンディをキッと睨みながら「貴女がついていながら何をしているんですか!」とお叱りまで。


「とにかく、家に戻って休んでください! 子供達もですよ! 一応、医務官も手配しますから、さぁ、早く!」

「な、なんでだよ! 問題ねぇって言ってるだろ!」


 ハジメ達を案内中なのだ。帰らされるわけにはいかないと抗議するジャスパーだったが、女性所員はむしろ「貴方こそ何を言ってるんだ」と言わんばかり。


「誰もいない空間ににこやかに話しかけていることの、どこが問題ないと?」

「うっ」


 ごもっとも。と通路の端に一列に並びながら頷くハジメ達。この所員さん、どうやらかなり目も耳もいいらしい。ばっちりジャスパーの奇行を見聞きしていたようだ。


「い、いや、だからあれはこいつらに話しかけていて――」

「いつから、弟さん達のことを〝旦那〟と呼ぶように? そ、それに…………き、綺麗な奥さんが足りないなんて言葉も聞こえましたし……」


 ちょっと頬を染めている女性所員さん。ユエ達が一斉に「おやぁ?」とニヤつく。


「ご、誤解だ! 俺は別にそんなこと――」

「加えて申し上げるなら、仕事を放り出した挙句、普段はきちんと申請するヘリの使用も手続きを飛ばして総督権限で行いましたよね?」

「……はい、行いました。すんません」

「いえ、総督権限ですから、それはいいのです。普段にない行動というだけで。ええ、別に大慌ての貴方に困惑する我々を放置してまで飛ばした理由が、リスティさんを迎えにいくことだったり、そのまま休暇を取ってしまったり……ええ、それは別にいいのです」

「ほんと、すんません……」


 どうやら、ハジメ達との再会に浮き足立っていたのはジャスパーも同じらしい。周囲への配慮が少々おろそかになっていたようだ。


「それよりも、です! 様子がおかしいのは総督だけでなく、リスティさんやパオロ君もだなんて……」

「「え?」」


 正座少年改め、パオロ君が自分を指さす。リスティと顔を見合わせ、「なんのことだ?」と小首を傾げ合う。


「リスティさんは、なぜか通路のど真ん中で両手を突き上げたまま微動だにしませんでしたし、パオロ君は座り込んで一心不乱に床を叩いていたのに……自覚もないなんて!」

「「あ……」」


 ユエ達は「なるほど」と頷いた。確かに、ハジメ達が認識できていなければ、そういう風に見えるだろう。


 同じく、ジャスパー達も「なるほど」と頷いた。「こいつはやべぇ。言い訳が思いつかない状況だ!」と。


「思ったより深刻そうですね……。ハッ、そういうことですか!」

「どういうことだ!?」

「総督は何かしらの異変に気が付いた。だから、家族と共に療養することにした。けれど、事態は悪化。もはや療養だけでは解決しないと判断し、ここにやってきた!」

「確かに事態は悪化してるな! 刻一刻と!」

「やはり!」

「あっ、違う! そうじゃな――」


 女性所員さん、懐から取り出した何かの端末のボタンを押した。途端に通路の奥や曲がり角の向こう側から慌ただしい足音が響いてきた。


 どうやら緊急呼出し的な何からしい。


「ちょっ、何をして――」

「ええ、そうなんです! 兄さんとリスティ、それにパオロが想像上のお友達とお話するようになってしまって! ぜひ有識者の方々の意見が頂きたいんです!」

「「「!?」」」


 ミンディさん、突然の告白。何を言い出すんだとジャスパー&リスティ&パオロ君の三人が揃って愕然としている。


 ハジメ達も「言い訳が雑じゃない?」と思ったが、通路の奥からわらわらと「どうした!」「総督用の緊急呼出しとは何事だ!?」「あの方に何かあったのか!」「今朝から様子がおかしいと思っていたんだ!」と所員さん達が駆け寄ってきたのを見て察する。


 ジャスパーは、やはり随分と慕われているらしい。あっという間に十人近くの白衣集団が姿を見せた。誰も彼も心配と焦りに溢れた様子だ。


 時間経過で更に集まるかもしれない。ここで押し問答するのは、ハジメ達が通路の端に避けていたとしても得策ではないだろう。


「医務室へお願いします! 私達は――マザーの墓所へ。兄さん達の快復を祈ります。それくらいしかできませんから……」

「ミンディさん……ええ、分かりました! 総督とご弟妹のことは我々にお任せを!」

「ミンディ!? おま――」


 ミンディの憂いと信頼を感じさせる頼みに、所員さん達の気迫は漲った。一番不安なのは家族だ。自分達がしっかりせねば! と。


 なので「さぁ! 早く医務室へ!」「医療知識のある者を総動員しろ!」「可能な限りの検査機器を稼働させるんだ!」と慌ただしく声を張り上げながら、一斉に三人を囲み、守るようにして来た道を戻るよう促す。


「違います! 僕はおかしくなんてない! ただ深淵を探求したいだけで!」

「何を言ってるのか分からない……これは重症かもしれないっ」

「急ぐぞ! もう抱えていけ!」

「うわっ、抱き上げるな! 俺はおと――(あに)さんと一緒に行くんだぁ!」

「だから兄のジャスパーさんと一緒に行きましょうねぇ?」


 流石のリスティも、自分達を心配しているだけなうえに、姉に煽られた所員さん達に暴力は振るえないらしい。


 結局、抵抗も虚しく


「ミンディ! 後は適当に頼んだぞ~~~~っ」

「裏切ったな! ミンディ姉ちゃん! 僕を裏切ったなぁーーーっ!!」

「絶対に直ぐ戻るからぁ~~~~~~っ!!」


 ジャスパーは両脇を抱えられて引きずられるようにして、子供二人はハンモックみたいに二人がかりで抱きかかえられて、わっせ! わっせ! と運搬されていったのだった。


 一拍。


「さ! 皆さん、行きましょう!」

「「「切り替えはやっ」」」


 優花、奈々、妙子からツッコミが入るくらい、パンッと拍手して促すミンディはにこやかな笑顔だった。


「随分と(したた)かになった、な?」

「総督に最も近い身内です。それなりにいろいろあったんですよ」


 なんとも言えない表情のハジメに、ミンディは苦笑で応える。


 何はともあれ、身バレの危機は三人の尊い犠牲で去った。


 ハジメ達は顔を見合わせ、やっぱりなんとも言えない表情になりつつも先へ進んだのだった。












 そうしてやってきたのは、広い空間だった。


 あちこちが薄汚れ、あるいは破損している。中央には原形を留めていない機械の残骸があり、天井からは半ばから砕けて落ちたコイル状の何かもある。


 機兵の残骸こそ回収済みだが、ここで激しい戦闘があったことは明白だ。


 そう、この場所こそ遠藤浩介が召喚された部屋なのである。有言実行。まずはアビィが召喚された当時の光景を見学しようというわけだ。


「えっと、ジャスパーさん達、待たなくていいの?」


 サイズの違いで少し萌え袖みたいになっている優花が出入り口を気にしながら確認する。


 ジャスパー家の子供達が「いったい何が始まるんです?」とドキドキワクワクした様子だ。瞳が好奇心でキラキラである。そこに長兄や妹弟への心配の色は皆無だった。


「待ってあげたい気持ちもありますけれど……おそらく兄さん達が来たら、技研の方々もついてきてしまうでしょうし」


 残骸が〝召喚装置〟であると知っているのはジャスパー一家のみ。


 技研としても、他より激しい戦闘痕があるので何かしら重要な設備があったのだろうと推測はしているのだが、調査・研究すれど案の定、高度すぎてなんの設備か見当もつけられていないのが実情だ。


 完全にお手上げ状態。それより他に研究すべき場所はいくらでもあるので、現状、技研の人達からすれば、ここは普段来るような場所ではない。


 そんなところに一家揃って集まろうとする総督……


 なるほど、怪しい。何か企んでいるという意味ではなく、正気度的な意味で。


「まぁ、どうせ記録を取るしな。後でいくらでも見られるからいいだろ」

「遠藤的にはまったく良くねぇと思うが?」


 龍太郎のツッコミは当然のようにスルーされた。アビスゲートを弄る材料はなんぼあってもいいですからね、と言わんばかり。


「さぁ、早く見るの! リスティが帰ってくる前に! さぁさぁ!」

「あらあら、ミュウったら。またそんな意地悪を言って……メッよ?」


 レミアママのお叱りは当然のようにスルーされた。リスティにマウントを取るためならなんでもするっと言わんばかり。


「では、妾がやろうかの? ユエは認識阻害と幻術に集中した方が良いじゃろうし、先程は優花の脱衣に注目しすぎて失態をおかしたのでな」

「脱衣って言わないで! それじゃあ全裸になったみたいじゃない!」

「そうだね。チラッと見えたけど、優花ちゃん、前に見た時より随分と良い体になってたね。思わず見惚れちゃったよ」

「この旅行に向けて仕上げてきたという感じね。気迫が窺えるわ」

「香織も雫もじっとりした目で見るのやめてくれる!?」


 だから、所員さんが近づいていることに気が付くのが遅れてしまった。というのは、シア達も同じらしい。


「えっちな体でしたね」

「ええ、とてもエッチでした」

「シアもリリィも真顔で何を言ってんの!?」

「優花さん、エッチな体作りは別にいいですけど、純朴な少年に悪影響を与えるようなエッチな言動はいけないと思います!!」

「愛ちゃん黙ってくれるぅ!? それとエッチエッチ連呼すなっ」


 萌え袖のまま自分の体を隠すように掻き抱く真っ赤な優花ちゃん。もういい! 早く上映して! 男の子達が必死に顔を逸らしながら壁の弾痕を数えてるのが居たたまれないのよ! と目で訴えてくる。


「分かった分かった。ティオ、頼む」

「うむ、任された。しばし待つのじゃ。時間軸を探るでの」


 ティオが瞑目した。途端に、夜空と瞬く星を彷彿とさせる魔力が部屋全体を煌めかせる。子供達の心は一瞬で奪われたようだ。わぁっと歓声が上がる。


 そう経たずティオは目を開いた。


「ほれ、ここじゃ!」


 過去が投影される。破損も残骸もない元々の部屋の様子が現実に重なった。


 完全武装した機兵数十体が台座を囲んでいる。直後、天井のコイルがスパークを放ったかと思うと、天井と台座が光の柱で繋がった。


『感謝しますよ、旧時代の死に損ない』


 愉悦をたっぷりと孕んだ声が響いた。マザーの声だ。ミンディ達の体が一瞬ビクリッと震えた。


『異界の力、資源、全てを我が手中に……』


 召喚装置が更に激しくスパークし、輝きは閃光の如く。思わず手をかざして目を庇うハジメ達とミンディ達。


『さぁ、来なさい。異界の何者か。不敬なる同胞諸共に私の糧となるのです!!』


 心なしか浮かれているようにも感じるマザーの声。既に盤石なディストピアを築いているというのに、まだ足りないのか。異界から得られる数多の力を夢想しているような雰囲気だ。


 そんなマザーの前に、奴は現れた。


『アーーーーーーーンッビィリィーーバボォーーーーーーッ!!!』


 ほんとにね、信じられないよ。みたいな顔になるハジメさん達。


 幻想的とすら言える輝きに満ちた空間と光の柱、それにマザーの邪悪な雰囲気に息を呑んでいたミンディや子供達の目が点になる。


 無理もない。だって、光の柱の上の方に出現した黒づくめの男が、なぜか荒ぶる鷹のポーズを取っていたから。


 重力制御が働いているのか、ゆっくりと台座へ降りていく。


 その過程で、微妙にポーズが変わった。荒ぶる鷹から、今にも飛び立ちそうな鳥のポーズへ。胸を張り、両手を水平に。手首の先だけ翼のようにパタパタさせている。


 もちろん、なぜそうしたのかは誰にも分からない。


 ほら、マザーも絶句している。


 その間に、ゆっくりと地面に降り立った卿は、召喚されたことへの戸惑いを欠片も見せることなく、それよりもこれこそ重要だと言わんばかりにヒーロー着地を決めた。


 そして、もちろんターンする。


『舞い降りる深淵、ここに参上!! 拍手喝采を以て出迎えたまえ!!』


 サングラスをクイッ。少し傾いだ姿勢で腕をクロス。最後にフッと口元だけで笑う。


 決まった! 完璧な召喚シーンだ! と思ってそう。


 生憎、この場にはジャスパー一家の子供達も含めて共感は得られていなそうだったが。もちろん、それは未だに沈黙状態のマザーも同じ。


 なのに、命令もなく機兵達が一斉に銃口を向けるという摩訶不思議。本能的に警戒しちゃったのだろうか? この理解不能な異界の珍生物を前に。


 何はともあれ、過去のマザーとミンディ達の気持ちは、きっと合致しているに違いない。すなわち、


「「「「「なんか思ってたのと違うッッ!!」」」」」


 でしょうね、とハジメ達は思った。




いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


全然話が進まなくてすみません。優花とひのりんを書き始めるとつい筆が弾んでしまう。まぁ、一番弾むのはアビィなんだけども。


※ネタ紹介

・お前もエッチなお姉さんにならないか

 『鬼滅の刃』の猗窩座「お前も鬼にならないか」より。

・下げたくない頭は下げられない!

 『ゼロの使い魔』の才人より。

・全裸じゃないから恥ずかしくない!

 『ストライクウィッチーズ』の「パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」より。天才と変態は紙一重だと、当時の白米は思いました。

・ダメだこの子。早くなんとかしないと……

 『DEATH NOTE』の主人公『駄目だこいつ…早く何とかしないと…」より。


※すみませんがお知らせさせてください! 9月25日に『アニメありふれた』の『Complete Blu-ray BOX』が発売します!

挿絵(By みてみん)

 アニメ1期2期に加え未放送エピやOVA、ピクチャードラマ、その他諸々まとめて収録したものらしいです。各店舗特典もありますので、ぜひチェックしてみてください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 深淵卿登場すると、良い意味でも悪い意味でも引き締まりますねw
[一言] 深淵卿、やはり貴方は偉大だ(腹筋に深刻なダメージ)
[良い点] "優香"のこんなかわいい姿は本当にいいですね。浩介らしいとても素敵なシリアスブレイクですね。 [一言] "香織"と"ティオ"は"ハジメ"との夜の描写をエピソードでほとんど見なかったのですが…
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