機工界編 コルトランの今
すみません、少し遅れました! 最近執筆時間が中々取れず、先週の書きかけと合わせてやたら長い説明回になってしまい申し訳ないですが、よろしくお願いいたします!
「どうだ、旦那。今度はちゃんともてなしできたろ?」
ちょっとだけ得意げな顔になって、ジャスパーが鼻を指先でこすっている。
既にお互い自己紹介を終えて、お茶を頂き一息ついたところだ。
ガラス製の大きなテーブルを囲むソファー。その一角に座るハジメが、カチャリと微かな音を立ててカップを受け皿に置く。
「ああ、ありがとよ。けど、お前がドヤ顔することじゃないだろ?」
「いや、まぁ、そうなんだけどよ?」
対面で恥ずかしげに頭を掻くジャスパーに、ハジメも「冗談だ」と言いながら自然と笑みを浮べる。
そのハジメの膝上――左側に座ってハジメをジッと見上げていたリスティがふにゃ~っと笑い、右側に腰掛けているミュウが「あらあら、可愛らしいこと」なんてレミアママ半分、エセお嬢様半分みたいな口調でにっこり笑う。
途端、リスティが「あぁん!?」とメンチを切り、ミュウが「やんのか、おぉん?」とメンチを切り返した。既に四度目である。
なお、パパの膝上争奪戦は既に繰り広げられた後だ。
いち早く、自分の家の如くドカッとソファーへ腰掛けたハジメに気が付いたリスティは、ミュウとの一人称訂正戦争をさっさと離脱した。
そして、ハジメの傍らにテテッと駆け寄り、しかし、成長して羞恥心が少し芽生えたのか、昔のようによじ登るようなことはせず、モジモジしながら膝上とハジメの目を交互に見やるなんてことをして――ユエ達が悶えたのは言うまでもなく。
いつもなら相手を優先するだろうミュウが澄まし顔で割って入り、そのまま何食わぬ顔で膝上を占領した光景を見て、レミアママがふか~い苦笑を浮べたのも言うまでもない。
あと、他の子供達――と言っても、最年長は十七歳の少年、次が十六歳の少女、他はだいたい中学生くらいだが――も、
――な、なんだ、あの女の子らしいリスティは……
――忘れてたぜ……リスティは女の子だった、な
――うそ……私の妹、かわいすぎ?
――ガラクタ山の連中が今のリスティを見たら……たぶん、卒倒するな
――っていうか夢だと思うんじゃない?
――こんな子がレンチをぶん投げたり、ハンマーで殴りかかってきたりするとは誰も思わねぇよな
――なぁ、この前、投げたレンチがブーメランみたいに戻ってくるとこ見ちゃったんだけど、あれ夢か?
――あ、あたし、ハンマーがなんかビリビリしてるとこ見た……
なんてヒソヒソと気になるワードを撒き散らしたりしていたが、それはともかく、手四つ状態で組み合った末、ハジメにほっぺをムニィ~ッとされて、最終的に今の形に落ち着いたわけである。
ちなみに、ソファーは十数人が優に座れる大きさだが、この場の人数的にはなお足りないので、ジャスパー一家の子供達の幾人かと、龍太郎や鈴、あとシアとティオ、それに優花や淳史達もカーペットに直接腰を下ろしている。
その龍太郎と鈴が、珍しいミュウの姿に微笑ましそうにしつつ会話に混ざった。
「記録映像で見たけどよ、前はよく分からねぇゲル状の何かだったもんなぁ」
「南雲君が涙目になるってよっぽどだよね」
そんな二人の視線の先には、カップやティーポットとは別にお茶請けもあった。山盛りのクッキーだ。ゲルっていない。確かに固形だ。甘みのある香りが鼻腔をくすぐってくれている。
この五年は、ミンディ達に自炊どころかお菓子作りの知識と技能も与えたらしい。
お菓子は嗜好品だ。それを自作できる環境になったということは、ただ生存するためだけでなく、より良い生活を送るための余裕ができたということ。
以前の貧相の極みを知っているからこそ、龍太郎も鈴も感慨深そうにしている。
「ミンディ、それにお前等も。ありがとな。このクッキーも美味いよ」
ジャスパーの隣に座るもてなしの主役であるミンディが、ハジメに視線を向けられてピクンッと肩を震わせた。
子供達が得意気に胸を張り、あるいは「やった!」とハイタッチを決めたりして嬉しそうに笑う中、
「お口にあったようで良かったです」
ミンディもまた仄かに頬を染めてはにかみながら頷く。
ピクンッとハジメの両隣に座るユエと香織の眉が反応した。カップを傾けながら口許を隠すようにして観察の目をミンディに向けている。じぃ~っと。
そして、この二人に半ば強制されて、ハジメの正面、その足の間あたりでなぜか正座している優花もマジマジとミンディを見つめ、かと思えばそろりっと肩越しに振り返ってハジメの表情を確認したりしている。
なお、その優花の両隣はシアとティオだ。
……お分かりだろうか?
傍から見ると両サイドと足元に女を侍らせているハーレム野郎にしか見えないということが。いや、実際ハーレム野郎なのだが。
ジャスパー家の子供達の情緒とて、それなりに育っている。なんなら思春期真っ只中と言ってもいいくらいだ。
ハジメとの再会の歓喜が少し落ち着けば、自己紹介するユエ達に見惚れてしまうのは当然と言えば当然で、そんな彼女達がごく自然にハジメを囲むようにして座る光景を目にすれば……
特に男子達は「やっぱすげぇ人だぜ……」「ああ。変わってない……いや、僕達の想像を軽く超えてきた。憧れちゃうね」「そうか……これが目指すべき天辺か……」とハジメに畏敬の念がこもった眼差しを向けている。
もちろん、女子達はそんな男兄弟達に冷たい目を向けていた。思春期特有の好奇心に満ちた眼差しをユエ達にチラチラ向けながら。ついでに、ユエの微笑み返しで撃沈しそうになりながら。
やはり、あらゆるものを制限されて生きていた子供達にとって、南雲一家はいろんな意味で刺激が強かったらしい。
そんな子供達の視線もあって、優花も羞恥心から正座しちゃっているに違いない。
というか子供達の視線が恥ずかしいなら座る場所を変えればいいだけなのだが……妙に畏まっているだけで特に動く気配がないのは、あるいは子供達にそう見られていることが満更でもないのか。
奈々と妙子がニヤニヤしてしまったのは言うまでもない。
閑話休題。
ユエ達の視線に気が付いていないのか、特に反応することはなく直ぐに落ち着いた雰囲気に戻ったミンディは、
「G10さんがいろいろと助けてくださっているおかげです。お菓子作りなんて、コルトランの誰も知りませんから」
「ああ……そうか、確かに。人類の嗜好品に関するデータなんて、マザーが保有し続けているわけないな」
「はい。ただ生きるだけではなく、人生の楽しみも育んでほしいと……G10さんはお元気でしたか?」
ミンディ達にG10の様子を知る術はない。ジャスパー家の者だけが使える生体認証付きの通信機を持ってはいるが、G10が雑談に興じることはほとんどないのだ。
必要な時に、必要な情報を最低限、伝えるだけ。
AIが人の営みを左右してはいけない。それを徹底しているのだ。あくまで、従属しか知らなかった人々が自らの足で進めるよう手助けするだけだと。
分かっていたことだ。だが、それでもミンディの表情には一抹の寂しさが滲んでいた。それは他の子供達も同じだ。誰もがG10を気にしている。
「ああ、元気だ。そりゃもう、こう、なんというか……パワフルだったぞ?」
宇宙戦争して勝っちゃうくらいに。とは心の中だけで。今ここで伝えても混乱させるだけだし。何せ自分達が混乱したくらいなんだから。
「そうですか……よかった」
ミンディが胸元を手で押さえるようにして安堵の吐息を漏らす。子供達も笑顔で顔を見合わせた。
笑顔の子供達に囲まれながら同じくほんわりと微笑むミンディの姿は、五年前に比べて随分と魅力が増していた。子供達の母親代わりでもあり、総督の身内ということもあり、きっと相当な苦労をしてきたのだろう。精神的な成長が窺える。
実際、淳史が「ミンディさん……素敵だ……」と見惚れているし、昇もぽへぇっと見つめてしまっている。
「実は、いつかハジメさん達が来られた時のために贈り物を用意していたんです。ようやく〝自分の物〟を少しずつですが得られるようになりましたから、あの時の感謝の気持ちを形にしたいと、この子達が提案してくれて」
「そうなのか? それは……余計に待たせちまった感じだな」
「ふふ、こうしてまたお会いできて良かったです。G10さんの分もあるので、聖地に戻ったら渡していただけますか?」
中学生になりたてくらいのお下げ髪の女の子が、背中に隠していた袋を恥ずかしそうに取り出した。中身はたくさんのハンカチだった。少し歪なものもあるが、花やコルトランの霊峰など様々なものが刺繍されている。
驚いたことにハジメ達の人数以上の数があった。昨日今日で用意できるものではないので、最初から十分以上の数を用意していたのだろう。
自分の物を少しずつ得られるようになってきたらしいミンディ達だが、それでもまだまだ贅沢品や嗜好品は貴重だろう。そんな中で用意できる一番の贈り物が、きっと刺繍だったのだ。
新生コルトランでの生活を安定させるために懸命だったろうに、何度も練習しながら、毎日、少しずつ手分けして作っていたに違いない。
容易に想像できるミンディと子供達の心づくしに、
「……みんな良い子ッ」
「うぅ、私、こういうの弱いのよ……」
ユエと雫が思わずといった様子で涙ぐんでいる。シア達も感動の面持ちだ。
喜んでくれていると分かって、子供達の表情にも花が咲く。
「あの、魔王様」
「チッチッチッなの。更にクラスアップした今のパパは〝魔神〟と呼ばれているの。もはや神様扱いなの。ふふふっ」
「え? そうなのか!? おと――兄さんすっげぇーー!! 何があったんだ!?」
額を付き合わせてメンチを切り合っていたミュウとリスティが、一瞬でドヤ顔とキラキラの好奇心に満ちた表情になっているのはさておき。
「ハジメさんでいいからな? 前はそう呼んでたろ」
戸惑っていたお下げの女の子は、ハジメの穏やかな声音に気を取り直してモジモジしつつも袋の中からリボンを取り出した。
大きな赤いリボンだ。大人の両手で持ってもなお余裕ではみ出すくらい。もちろん、刺繍もされている。
「リスティが磁石でくっつくようにしてくれたの。これならG10も使えるかなって」
「な、なるほど」
ハジメは想像した。ユエ達も想像した。
G10の頭に、このデカいリボンがちょこんっと乗っている姿を。
「良い出来だ。G10に似合うだろう。きっと喜ぶぞ」
シュール……と満場一致で思ったことはおくびにも出さず、ハジメもユエ達も満面の笑みで絶賛した。
G10が手放しで喜ぶことは、どうせ確定しているし。
贈り物の袋を大切そうに受け取り、改めてお礼を口にしながら各々好みのハンカチを選び出すユエ達を横目に、ハジメは話の軌道を戻した。
「だが、大丈夫なのか? コルトランの誰も知らない知識……今の話しぶりからするとお菓子だけじゃないんだろう?」
「そうなんだよなぁ。いろんな料理もミンディの開発ってことにしててよぉ。今じゃその道の天才、伝道師みたいな扱いだ」
ジャスパーが苦笑気味に補足する。確かに、G10とジャスパー一家の繋がりを知らないコルトランの民からすれば、ミンディは料理分野で次々と新しいものを生み出す天才に見えることだろう。
「ミンディお姉ちゃんは、たいていの女の憧れだ」
兄のことは兄貴と呼ぶくせに、ミンディだけはいつまで経っても〝お姉ちゃん〟と昔のままらしいリスティがドヤ顔をする。
ついでに、ハジメが手に持っていたカップをテーブルに戻そうとして手が届かないことに気が付き、ならばとリスティが受け取ろうとして……
同じく気を利かせていたミュウの手と重なる。もちろん、お互いにバシッと弾く。目がカッと見開く。バシッバシッバシッバシッ!! 兄さんの! パパの! カップを受け取るのは俺だ! ミュウなの!
という小競り合いもやはりさておき。
「俺も、G10にはいろいろアドバイスを貰ってるからな……。それで判断を下す度にやたらと尊敬されちまって……はぁ。この五年、ずっと腹がしくしくしっぱなしだぜ」
「一応、上界民から知識を学んだうえで判断してるんだろう?」
「おう。けど、上界民――今は住んでる場所じゃなくて役職とかで分けてるから〝有識者〟なんだけどよ。連中の知識も限定的だからな」
「知識以上のことをしているってことか? 具体的に、今のコルトランはどんな感じなんだ?」
「あ~、そうだなぁ~。例えば――」
農地拡大やインフラの再整備、新職業の確立と職業の自由選択制度及び報酬制度の新設、法律と罰則の再設定、衣食住の最低限レベルの引き上げによる可能な限りの格差の是正。
更には、知識格差の是正も図るために学校的施設を開設し、マザーによって破壊された設備の研究と修復に挑む技術研究所や、コルトラン外部の探索を目的とする調査団の設立などなど、元上界民や下界の代表者達と話し合って進めてきた政策は数知れず。
かつてのゴミ捨て場がガラクタ山脈に生まれ変わったように、スラムのようだった最下層も区画整理や家屋の建て直しが進み、公衆浴場や洗濯設備も充実化している。
加えて、息抜き兼コミュニーケーションの充実のためボードゲームやトランプのような、ちょっとした娯楽用遊具の開発なども。
そんな五年の間の成果を、誇るべきことなのに背中を丸めて、疲れ切ったワンコみたいな表情で語るジャスパー。
愛子やレミアが「いや、五年でそれって……普通にすごくないですか?」「あらあら、それは尊敬されて当然では……」と驚きをあらわにしていて、リリアーナも「ほ、欲しい……我が国に、ランデルの宰相役にスカウトしたいっ」などと獲物を狙う魔狼みたいな目になっている。
ハジメ達も完全に同意だ。予想外というか、想像以上というか。
「これはあれだな。G10がアーヴェンストに転職する日も、そう遠くないかもしれないな……」
「そうじゃのぅ。記録映像の時も思ったが、リーダーとしての資質が半端ないのじゃ」
「五年経って、余裕も出てきて、それでも元最下層の人間がリーダーを続けていられるわけですね。不平不満が募っても、実績でぶん殴られて黙らされる感じですぅ」
亜人の元最下層種族といっても過言ではない立場から、暴力で一切を黙らせた首刈りウサギの姫も、これにはニッコリ。
実際、元上界民達がジャスパーの上に立とうともしていないのは、知識があっても自発的に物事を推し進めるということが苦手で、まだまだ指示待ち姿勢が抜けないからだ。
自分達に素直に頭を下げて教えを請い、その上で知識以上のことをとんでもない勢いで実現していくジャスパーには、もはや畏敬の念すら抱いている。
「兄貴は、たいていの主都の連中にも好かれてる」
ミュウとなぜか握手して――いや、これは握力勝負か。をしながらも誇らしげに笑うリスティちゃん。笑顔なのに奥歯を食いしばっているせいか声が震えていて、ちょっと怖い。
「首都?」
ふんぬぅ~~っと、せっかくの可愛らしい顔が台無しになるくらい力んでいるミュウを見かねて軽い〝纏雷〟を発動しつつ、ハジメは首を傾げた。
髪を逆立てて仲良く「「あばぁっ!?」」と声を上げる妹とミュウの姿に苦笑しつつ、ミンディが答える。
「主な都という意味で〝主都〟です。下層や上層、数字で区画を表現するのは差別意識や選民意識に繋がる恐れがあるということで、そのように変更したんです」
「これもG10のアドバイスだな」
G10の助言には、今後起きうるトラブルや火種に対する注意も含まれているらしい。それを受けて事前に対策を練る辺りも、余計にジャスパーが尊敬される理由なのだろう。
何はともあれ、ミンディ曰く、今は元下層と最下層をまとめて〝主都〟、その主都を更に〝居住区〟〝農業区〟〝商業区〟などに分けて呼称しており、上界も〝政都〟と名称変更しているとのことだった。
「ちなみに、旦那。覚えてるか? 天機兵のプラントのこと」
「そりゃ覚えてる。西の山岳地帯だったか? コルトランを最後に潰すべく送ってきた戦力を製造・保管していた場所だよな?」
「それだ。実は、そっちは今〝副都〟って呼んでる」
「! まさか、もうコルトランの外への移住者まで出てんのか?」
確か、コルトランからは四百キロくらいあったはずだ。都の外にもう一つ都を作ること自体、予想外にもほどがあるというのに……と、今度こそ驚きをあらわにするハジメ。
だが、ジャスパーは苦笑しながら首を振った。
「いや、実際は〝都〟なんて規模じゃない。いいとこ村だな。開拓村だ。技研の連中を中心に派遣してんだ」
「本当に随分と余裕が……いや、逆か。余裕がなかったからこそ、か」
コルトランのシステムは、マザーが全て自壊させている。無事だったのは、当時ハジメ達が修復した一部の航空機や個人兵装レベルの、それも実弾系の銃火器くらいだ。
だが、天機兵のプラントは別だ。そこのシステムや技術力を掌握できればコルトランは一気に文明レベルを取り戻せる。
「まぁ、そもそもシステム関連なんか有識者連中でもチンプンカンプンなんだけどな。だからって放置はもったいない。少しずつでも成果を上げてくれればと思ってよ。それに、コルトランに何かあった時の避難場所も、あるに越したことはねぇから」
「なるほどなぁ。それもG10のアドバイスか?」
「いや、G10はシステムの復旧にはまったく手を貸しちゃくれない。今の人類には過ぎた力だってな」
だが、止められもしていない。人類が自力で研究し、把握し、その上で旧時代の力を復活させたのなら、それこそまさに人類が自ら歩む結果だからだ。
例外的に、発電設備の復旧、医療関係、そして食料や燃料関係だけは、最低限ではあるもののこっそりと支援をしてくれているという。人類の命に関わる部分だからだろう。
「それじゃあ、副都の案はジャスパーお兄さんが思いついたの? 凄いの!」
「はは。情けねぇことだが、そうじゃねぇんだ、ミュウちゃん。思いついたのは、今、ミュウちゃんが脇の下をくすぐりまくってるリスティだよ」
「え?」
ふひっ、んひひひっと変な声を漏らしながら震えているリスティに、ミュウはくすぐりの手を止めないまま目を丸くした。
見事にカップを奪い取ったものの直ぐにくすぐりの反撃を受け、しかし、カップを落とすわけにもいかず、ちょっと女の子がしちゃいけない感じの表情&涙目で必死に耐えているリスティちゃん。
ハジメが割って入り、どうにかくすぐり地獄から解放されたリスティは真っ赤な顔と涙目でミュウを睨み付けつつ、
「おと――兄さんに近づくためには、ガラクタを漁るより生きてる設備を体験した方が効率的だから」
そろりそろりとハジメの膝上から降り、警戒する猫のような雰囲気でカップをテーブルへ置きにいく。
そんなリスティを、今にも飛びかからんとする猫のようにジッと見返しながら、両手を鉤爪みたいにして構えガオーポーズを取るミュウ。
そろりそろり。ガオーッ。フシャーッ!!
「というわけで、まだ時期尚早だっつっても一人で旅立ちそうな勢いだったんでな……とはいえ、流石に安全性も分からねぇのに頷けねぇだろ?」
「なるほど。それで、有用な研究になるのは確かだし、と決めたわけか」
「そうなんだ。と言っても、天機兵プラントの存在なんて俺達しか知らないことだろ? 都市外への調査団設立の必要性を説いて回って、いろいろ理屈をつけて調査場所を誘導して、向こうに拠点を作って……」
「何も知らないふりをしながら、か。大変だったろ」
「胃がぶっ壊れるかと思ったぜ。結局、拠点作るまでで一年くらい経っちまったし。それから更に一年くらいか……案の定、一筋縄じゃあいかないみたいでな、今も大した成果は上げられてねぇ。居住場所としては充実してきてるんだけどな」
「この子ったら、もう我慢の限界だったみたいで……次の定期便で向こうに行く予定だったんですよ?」
ミンディが心配そうに末の妹を見つめている。
まだ十歳なのに凄まじい行動力だ。ジャスパーの言う通り、きっと副都計画が実行されなくても、リスティは一人でも旅立っただろう。
それが必要だと信じたのなら、己の信念に従って。
ハジメは、カップを置くや否や一足飛びで膝上に戻ってきたリスティの頭をポンポンしながら、
「道なき道を四百キロ、子供の足で旅か。あんまり姉ちゃん達に心配かけるなよ?」
尋ねると、リスティはハジメを見上げ、なんでもないように言った。
「聖地に比べれば目と鼻の先」
リスティの目は思わず息を呑むほど真っ直ぐで、決意と覇気に満ちていた。
自分の力で聖地再訪。それがリスティの大きな目標の一つ。プラントに行けずして、そんな目標を掲げるなどおこがましい。と、言わんばかりの眼差しだ。
「リスティちゃん、聖地に自力で行く気だったの?」
「……距離を知らないわけじゃないのに?」
香織とユエもまた驚いた表情で、思わずといった様子で尋ねる。
「おと――兄さんが来ないなら、こっちから行けばいい。そのためには長く飛べる機械がいる。今、コルトランにあるそれは長くは飛べないし、皆のために必要だから」
「みゅ……」
シア達が「え、この子かっこいい……」と感心する中、一番、反応が顕著だったのはミュウだ。
脇の下が弱点だと再びくすぐりを狙っていた手を止めて、なんとも言えない表情で口許をむにゃむにゃさせている。
「あらあら、うふふっ。ミュウとおんなじね?」
「むぅ~」
かつて、ハジメにお別れを告げられた時、確かにミュウは言った。自分からパパに会いに行くと。とても遠いところだと言われても引き下がりはしなかった。
リスティがこんなところでも自分と同じ気持ちで、実際にそのための努力をしていたと知って、「ミトメタクナァイッ! けど……まぁ、心意気だけは認めてやる……の」みたいな心境なのだろう。
当時を知るシア達もニッコニコでミュウとリスティを見比べている。
「それに」
レミアやシア達の様子に少し首を傾げつつも、複雑そうなミュウからはあっさり視線を切り、リスティはハジメを再度見上げた。
「一日でも早く、人はもうどこにでも行けて、なんでもできるって証明しないと……G10が安心してアーヴェンストになれない」
人類が、自力で聖地まで辿り着く。
リスティ一人が来たところで、G10が直ぐさま人類の見守りをやめるかは分からない。総合的に判断するだろう。だが、一つの区切りになることは確かだ。
「たぶん……それが一番の恩返しだと思うんだ」
「……まったく。お前ってやつは」
目を細め、少し乱暴にぐりぐりとリスティの頭を撫でるハジメ。頭がぐわんぐわんっと揺れているのに、リスティの表情はだらしなくふにゃ~~っとしている。
場の空気が実に暖かい。誰もがリスティの心意気に柔らかな雰囲気を漂わせている。
視線が集中していることに気が付いてハッ!? と我に返るリスティちゃん。キッとミュウを睨み付ける。
「ぜ、ぜんっぜんふにゃふにゃしてねぇし!」
「別に何も言ってないの」
実際、リスティのG10に対する気持ちと行動力に素直に感心していたので、特に揶揄する気持ちもないミュウである。
だが、その普通の態度が逆に羞恥心を刺激したようで。
生暖かい周囲の眼差しも相まって、リスティは視線を泳がせると強引に話題を戻しにかかった。というか、困った時はだいたい兄貴に丸投げしとけばいいという、この五年間で培った処世術(?)を、いつも通り実行した。
「と、とにかく、兄貴は有識者連中だけじゃなくて主都の連中にも慕われてるんだ。元最下層の連中のとこにもしょっちゅう顔を出して、一緒に飯を食ってるし」
乱れた髪を直しながら「うちの工房にもよく来る。来られても邪魔だって言ってんのに……」と悪態も吐いちゃう。だが、微妙に綻んでいる口許がリスティの正直な内心を何より雄弁に物語っていた。
ハジメ達の眼差しがますます生暖かくなっていく……
ともあれ、だ。元最下層の男が一国のトップに立っても変わらぬ態度で自分達と接することに、元最下層の人々も安堵と親しみを覚えているのは確からしい。
今のコルトランは安定していて、しかも、きちんと前進している。
その大きな要因の一つがジャスパーの人徳であることは間違いないようだ。
想定外に五年も経ってしまったが、コルトランにもジャスパー一家にも大きな問題はなさそうで、ハジメ達の雰囲気も自然と和らぐ。
そんな中、
「ほほぅ、なるほど。やりますね、ジャスパーさん。人心掌握術を心得ていらっしゃる」
なんか一人だけ腹黒い笑みを浮べていた。同じく国を率いる王女様だった。
総督さん、キョトンとしている。
「じんしん、しょう……? よく分かんねぇが……根が粗野なもんで。有識者の連中との飯が嫌なわけじゃないんだが、どうにも肩が凝っちまうんだ。だから、息抜きがてらな」
へへっと少し恥ずかしそうに笑うジャスパー。その笑顔はとても純粋だった。
気の置けない連中と飯を食いたいから食う。そこに誤魔化しは感じられなかった。まったくちっとも。
全員の視線が黒い笑みを浮べる王女様に向く。
温かさに満ちていた眼差しが「王女さんさぁ……」と呆れ気味に……
王女様は黒い笑みのまま固まった。かと思えば、ソファーの上でそろりと三角座りになり、立てた膝に顔を埋めて――
「……汚れてしまった私を見ないで……」
隣に座っているレミアが身を寄せ、抱えるようにして頭を良い子良い子する。
取り敢えず、自爆した王女は母性の化身に任せて。
「まぁ、とにかくコルトランの現状はこんな感じだ。なんとか騙し騙しやって、まだ総督なんて大層なもん背負わせてもらってる」
話をまとめにかかったジャスパーの顔には、過分な評価だと心底思っていることが分かる色濃い苦笑いが浮かんでいた。
流石に自己評価が低すぎる。そりゃないだろうと、大人しくクッキーを貪っていた淳史と昇が思わずといった様子で口を挟んだ。
「話を聞く限りだと……ちょいと謙遜しすぎじゃないっすかね?」
「マジで総督と呼ばれるに相応しい功績だと思いますけどね……G10の助言とか周囲の協力とかあっても、最終的に決断して先導してきたのはジャスパーさんでしょ?」
奈々と妙子も「もっと自信持っていいって!」とか「敬意を素直に受け取るのも、上に立つ人間には必要かも?」とジャスパーを称える。
子供達まで「ほら! この人達もそう言ってんじゃん!」「ジャス兄はもっと堂々とすべきだよ!」と追撃する。普段から同じことを思っていたらしい。
ジャスパーは困ったような表情で、「そうかなぁ」と頭を掻いた。
「まだ最下層民だった時の性根が抜けてねぇのかね? みんなそう言ってくれるんだが、どうにも座りが悪いんだ。だから、自己紹介の時にも言ったが俺に丁寧な口調はいらない……っていうか、勘弁してくれ」
「五年も人類のリーダーやってて、まだ慣れないか?」
「慣れねぇなぁ。旦那ほど図太くはなれねぇわ。それにな、たぶん順風満帆ってのはそろそろ終わると思うんだよ。正念場というか、問題が出始めるのはこれからっていうか」
「分かります。余裕がもたらすデメリット、ですね?」
人類一丸となった神話決戦後、復興が落ち着いていく中で直面した様々な問題を、まさに捌き続けていたリリアーナが深い共感の言葉を紡ぐ。
レミアママに半ば抱きかかえられながら。もう大丈夫かしらん? と良い子良い子していた手を止め――王女様の切なそうな眼差し! なでなで継続!
ピュアな総督の在り方が腹黒王女に与えたダメージは、思ったより深いらしい。
「あ、ああ。それな、それ。実際、既に派閥的なもんも生まれてる。より俺に近い位置に立つためにな。加えて、主都には一部、俺を神様みたいに思ってるやべぇ連中もいて、ちょいと過激な言動を取ったり、それで反発する集団が生まれたり……あっちを立てればこっちが立たず~みたいなことも少しずつ増えてきたんだ」
「あ~、なるほど。ありがちだな」
「……ん。これから総督としての真価を、本当の意味で問われる。かも?」
くたぁ~と萎れるジャスパー。なんとなくジャスパーの実質的な立ち位置を察して、ハジメとユエの顔に同情が浮かぶ。
クッキーを遠慮なくパクパクしている奈々と妙子が少し引いた様子で、お察しの内容を口にした。
「うわぁ、総督なんて凄い肩書きなのに、見た目が完全に中間管理職のサラリーマンじゃん」
「哀愁がすごいね……こう、疲れ切った社畜のお手本みたいな……」
ほんとにね……とハジメ達はなんとも言えない表情で頷いた。
総督という立場になってもまったく増長していないどころか、むしろ最下層民だったころよりくたびれていそうな姿に涙が出そう……
ハジメはとても優しい表情になって、そっと〝宝物庫〟から特製エナジードリンクを取り出した。
照れ隠しか、いつの間にかミュウのほっぺに襲いかかっていたリスティと、「にゃにするだぁーっ」とほっぺ摘まみ返ししているミュウ。お互いのほっぺを引き千切らんばかりに引っ張り合い仲良く涙目になっている二人を仲裁するついでに、リスティに兄貴へ渡すよう促す。
兄さんに頼まれた! と、人殺しみたいな目つきが一瞬で無邪気な少女のように輝き、ニッコニコでエナジードリンクの配達をしに行くリスティちゃん。
その間に、ミュウはもぞもぞとお尻をスライドさせてパパの中央を陣取った。腕を組んでデンッと構える。帰ってきてもお前の席ねぇから! みたいな面構えだ。
という領土戦争はもちろんさておき。
「それに良い暮らしをしているのは事実だからな。俺を敵視している元最下層の連中が皆無ってわけじゃない」
特にジャスパーと顔見知りだった元最下層民の中には、自分も政都に住ませてくれと直談判し、それを断られて逆恨みしている者も一定数いるらしい。
「敵視とは穏やかでないのぅ?」
「野心や嫉妬、勝手な主義主張……命を危険にさらされるトップなんて珍しくもない話だけれど……」
「ジャスパーさん、国を預かる者は誰よりも己の命に気をつかわなければなりません。それは義務です。身辺の警護は問題ありませんか?」
ティオが眉を潜め、雫が心配そうな眼差しを送り、リリアーナが王族として厳しい表情で助言する。もちろん、レミアの胸の間に顔の半分を埋めながら。
一部の男の子達が羨ましそうに、あるいは恥ずかしそうに顔を赤らめている……
「あ、ああ、いや、はい。気を付けます、はい……」
王女のシュールな姿に戸惑いつつも、得意先にお叱りを受けたサラリーマンの如くへこへこと頭を下げるジャスパー。
普段の部下達に対する態度が窺い知れる……と誰もが思った。
実際、ジャスパー家の子供達が溜息交じりに「そんなだから舐められるんだよ」とか「調子に乗る連中が増えるのよ」とか呟いている。
「でも、こういう人だから〝支えたい〟〝ついていきたい〟という人もいるんですよ? いえ、そういう人の方が圧倒的に多いんです」
ミンディが苦笑しつつ、「敵意と言ってもそこまで深刻なものではないですし、戦闘訓練を受けていた元上界民の方々が警備隊を組織してくれていますから」と補足する。
「ミンディお姉さん達もちゃんと守ってもらってますか? なの」
強く、あるいは守りが厳重な相手なら、その周囲の弱い相手を狙えばいい。その〝弱い相手〟の立場を誰よりも知るミュウもまた、心配そうな目をミンディに向ける。
何事も甘く見てはいけない。理不尽は生きる者にとっての隣人だ。それに、人は時に信じられないほど愚かな、あるいは理解不能な行動を起こすことがあるから。
少女が発するには随分と重さを感じる雰囲気に、ジャスパー家の子供達は顔を見合わせた。
そして、無事にエナジードリンクの配達を終えてハジメの元に戻る途中のリスティへ、なぜか一斉に目を向けた。
「文句があるならかかってくればいい。家族に手を出す奴は――全員殺す」
ハジメの膝上を占領しているミュウに瞳孔の開いた目を向けながら、そんなことを言っちゃうリスティちゃん。
なるほど、である。狂犬少女は番犬少女でもあったわけだ。ジャスパー家の兄弟姉妹に手を出せば、末の妹が黙っていない。
「こらっ、リスティ! そんなこと言っちゃダメでしょ!」
「おと――兄さんならそう言う」
「「「「「確かに」」」」」
ユエ達は揃って頷いた。そして、ハジメを見た。ハジメは天を仰いだ。
「こ、殺しはダメだからな? 前もミンディが止めたからいいものを、そうじゃなかったら五、六人はあの世だぞ?」
「……兄貴、大丈夫だ」
「あ、ああ。分かってくれたか――」
「次はバレないようにやる」
「違う、そうじゃない」
「兄さんならそうする」
「「「「「確かに」」」」」
ユエ達は揃って頷いた。そして、ハジメを凝視した。ハジメは両手で顔を覆った。「お願い……もう俺を見本にしないで……」と呟きながら。
リスティがギラギラした目でミュウの前に立つ。ほら、そこどけよ。と目が言っている。
ミュウは「ふんっ」と鼻を鳴らし、追い払うように手をひらひらさせた。
ビキッと額に青筋を浮べたリスティちゃんは――狂犬よろしく、その手にガブッと噛みついた。
「んんみゃぁ!?」
「ひゃっひゃとどぉけぇよぉ」
「こんの――ガウッ」
「ひぎゅっ!?」
リスティの手を取って、ミュウも負けじと噛みつく。少女二人がお互いの手を噛んで離さない。涙目でガブッガブッしている。一応、血は出ていないのでお互いに加減はしているようだが、立派な歯形はつきそうだ。
いい加減に見かねたユエがミュウを引き剥がし、香織がリスティを引き剥がす。そのまま自分の膝上に座らせて、涎まみれの手をハンカチでふきふき。
未だにガルルッと威嚇し合う二人へ、しょうがない子を見るような、あるいは微笑ましそうな表情になって顔を見合わせる。
「……リスティが傍にいると、ミュウの珍しい姿がたくさん見られる。喧嘩友達ができたようで何より」
「そうだねぇ。良い子なミュウちゃんももちろんいいけれど、喧嘩するほど仲が良いとも言うし、なんだかんだ良い関係になりそうだね?」
「「友達じゃない! 仲良くない!!」」
仲良くハモって抗議するミュウとリスティに、ふふふっと笑い合うユエと香織。
そんな二人を見てハジメ達は思った。え? 自己紹介してる? と。ユエと香織に、ミュウとリスティの関係が自分達の関係に似ているという自覚はないのか。
「さっきのミュウちゃんとの立ち会いでも思いましたけど……リスティちゃんってやっぱり強いんですか?」
おそらく絡んできたのは大人だろう。それを、まだ十歳以下の少女が五、六人も半殺しにしたというのは相当だ。
ミュウは格別、陽晴ちゃんといいクーネちゃんといい、最近の少女つよすぎ? と愛子が少し引き攣った表情で問う。
「あ~、まぁ、そうだなぁ。元上界民に戦闘技能の教えを受けてるし、そのうえで十分に自作の発明品を装備していたら……警備隊の連中にも引けを取らないなぁ。場所がガラクタ山脈なら、あそこはリスティのテリトリーだから分隊程度だと全滅すんじゃねぇかな?」
「そ、そんなに?」
「兄さんの娘と認めてもらうなら、そのくらいできて当然」
娘のハードルたっけぇ……と龍太郎達がなんとも言えない表情になる。
「それに、サルベージャーは弱い奴には務まらない」
どこかキメ顔っぽいキリッとした表情でそういうリスティ。にこにこ顔の香織にギュッとバッグハグされたままなので、いまいちキメ切れていないが。
「サルベージャーってなぁに? お姉さんに教えてくれる?」
「む? 分かった。です。サルベージャーっていうのは新しいお仕事だ。です。コルトランの地下に広がる広大な設備を探索したり、マッピングしたり、有用そうなものを持ち帰ったりするのが仕事だ。です」
「そうなんだ? 冒険者みたいだねぇ?」
「冒険……うん、確かにそうとも言える。ます」
ガラクタ山脈を掘削し、旧時代の地下世界を探索し、そして集めたお宝を工房にて研究し、使える物を発明する。
それがリスティの日常らしい。
「旦那、俺達が最初に避難したG10の隠れ家があるだろ?」
「うん? ああ、永久保存できる保存食とかあった場所な」
「そうそう。実は奥に発電設備とか医療関係、燃料精製関連の文献があるってG10に教えてもらってな」
「未来のために大事に保管してたんだな」
「ああ。当然、回収することにした。もちろん、〝調査の過程での偶然の発見〟を装ってな」
なるほど、とハジメ達は頷いた。それがサルベージャーの始まりなのだろうと。
「で、準備してる間にリスティが回収してきた。まだ、文献の存在を話してなかったのに。〝兄貴、こんなの見つけた〟って」
兄貴の目が遠い。結構な衝撃だったのだろう。何せ、四年半くらい前の話だ。
つまり、まだ五歳くらいだったリスティちゃん、誰に何を言われるまでもなく一人で地下に入り、人類の生命線に等しいお宝をゲットしてきたわけである。
「あそこには貴重なものがたくさんあるって知ってたし、当時は少しでも早くおと――兄さんみたいになりたいってことで頭がいっぱいだったから、ちょっと突っ走り気味だったんだ」
「いや、今もだろ」
兄貴のジト目はスルーして。
とにもかくにも、リスティは地下にお宝が眠っている可能性をコルトランに示した最初の人間になったわけだ。
「つ、つまり、始まりのサルベージャー、なの!?」
「あん? まぁ、そうなるかな……」
ミュウの厨二心が疼く。羨ましいっと羨望に瞳が輝く! だって、始まりの~とか、原初の~とか、ファースト~とか、そういうワードが大好きだから!
何はともあれ、本当に貴重な物はG10が二百年の間に、召喚装置などのために回収済みではあるが、そんな高度な部品は今の人類にはどっちにしろ扱えない。
逆にG10の捨て置いたものこそが今の人類にとって有用だったりする。
それらが、ガラクタ山脈並みに眠っているのだ。物語のダンジョン探索のように、お宝を求めて地下に潜る人が増えるのは必然だった。
「その後もリスティの奴、勘が良いのかなんなのか何度か良いもんを発見しててな? しかも、それらを研究して電動工具や農具、簡易の運搬車の開発なんかもしたりして、コルトランに貢献してくれてる。そういう意味でも、うちのリスティは一目置かれてんだ」
単に総督の妹だから、あるいは強くて凶暴だから。だから手を出せないというだけではないのだ。確かな実績が、まだ子供であることに関わりなく他者に敬意を持たせ、ガラクタ山脈の隅っこで一人暮らしなんてことも可能にしているのである。
ジャスパーがドヤ顔で胸を張っている。自分の時はあれほど猫背だったのに、末の妹のことは我が事のように誇らしいらしい。チラチラッとミュウを見ているのは後押しだろうか? うちの子、凄いでしょ? 認めてやってくれない? と。
「や、やめろよ、兄貴。そんなこと――」
「やるじゃないか。これはますます、お前の工房を見に行かないとな?」
香織に抱きかかえられたままのリスティの頭をポンポンするハジメ。その瞳には確かに称賛と感心が滲んでいた。
掛け値なしのそれに、リスティは一瞬で真っ赤になった。照れくさくて、嬉しくて、でもふにゃふにゃの顔を見られたくなくて。
つい身を捻って香織の肩口に顔を埋めてしまう。うぅ~っと可愛らしい唸り声を漏らし、かと思えば「おと……さんに褒められた……♪」と消え入りそうな小声で呟き、口元をニヤけさせてしまう。無意識だろうが、香織の腕を掴む手もぎゅ~~っとなっている。
香織の顔が真っ赤になった。ついでにふにゃふにゃになった。ハートを撃ち抜かれたっぽい。
「リスティちゃん、いっぱい頑張ったんだねぇ? 凄いねぇ? 偉いねぇ?」
「! こ、これくらい当然だ。です」
「ふふふっ、無理に敬語を使わなくていいよ?」
「う、うん」
リスティのお腹に片手を回してがっちり固定しながら、もう片方の手で髪を手すきする香織さん。声が非常に優しい。いや、甘いと言っても過言じゃない。瞳にはこれでもかと慈愛が浮かんでいる。
なのに、なぜかリスティは固まっていた。
「ハジメ、どうしましょう? 香織が母性に目覚めてるわ」
「なのに、なんでリスティは蛇に睨まれたカエルみたいに、妙に緊張してんだ?」
「カオリンにロックオンされたら最後だって、本能で察してるんじゃない?」
「「「なるほど(ですぅ)(じゃ)」」」
ユエ、シア、ティオも納得の鈴的見解だった。
戸惑い気味に視線を泳がし、チラッと香織を窺い見るリスティ。雫達のやり取りが聞こえていた香織の笑顔は、ちょっと引き攣っていた。
「……やぁ~い、ストーかおりぃ~。子供に怯えられてやんのぉ~」
「そ、そんなことないもん!」
案の定、ユエがニヤッと笑う。香織は慌てて、つい強く拘束――じゃなくて抱き締めてしまっていた腕を解いた。
そして、「こ、恐がらせちゃったかな?」と申し訳なさそうにリスティを見やる。内心で「っていうか待って? なんで笑顔で接しただけで恐がられるの? いろんな意味で自信なくなっちゃうんだけど!」と嘆きながら。
「え、えっと、なんかごめんね? いきなり馴れ馴れしかったね? ほら、ハジメ君のお膝の上に戻ろっか?」
動揺と悲しさを隠しきれない様子で促す香織だったが、そんな香織をジッと見つめていたリスティは、
「…………も、もう少し……ここにいていい? か? ですか?」
ちょっと頬を染めながら、肩から力を抜いて香織にもたれかかった。昔の口調から、意識してやっている男口調へ、更に慣れない丁寧語へ。という後付け語尾の移り変わりが内心の気恥ずかしさをあらわしているようだった。
もちろん、香織さん的には堪らないわけで。
「かわいいーーーっ!!」
「むぎゃ!?」
「ユエなんかじゃなくて、私をお母さんになってくれるかもしれない人だって思っていいからね!」
「ふぎゅ~~っ!?」
一瞬で対面状態に抱き直し、リスティを胸元に掻き抱く香織。
胸元に埋もれながら「ち、力、つよっ」と少し苦しそうにくぐもった声をもらすリスティだったが、横顔は満更でもなさそう。
「あざといっ、カァーーッ、あざとい! お姉ちゃん達から籠絡していこうだなんて! なの!」
そうはさせんっと言わんばかりにミュウは香織のもとへ駆け寄った。そして、リスティをサンドイッチするようにして香織にヒシッと抱き付く。
香織さんの幸福度が増した! お顔がデレッデレだ。二人まとめてギュッと抱き締め、かと思えばハジメをチラッチラッ。
「子供って、いいよね!」
「まぁ、そうだな」
言外に何を言いたいのか分からないことはない。期待に瞳をキラキラさせて、なんならフンスッフンスッと鼻息も荒い香織を見れば。
ユエ達も似たり寄ったりだ。少女二人に取り合いをされている香織を羨ましそうに見つめつつも、ハジメをチラ見している。期待と興奮の混じった瞳で。
明るい家族計画は、中々ハードになりそうだ……
なんて阿呆なことをハジメが考えている傍らで、
「優花っち! ほら、頑なに視線を逸らしてないで!」
「やっぱり十二の衣装の一つを着せてくるべきだったね。SF系世界用に用意したのに頑なに拒否するから断念したけど……普通の衣装のせいで大胆さが失われちゃってる。衣装バフが足りないよ」
奈々と妙子がそんなことを言うので、優花ちゃん、居たたまれなくなったらしい。
頬を染めながら「いや、言外でも〝貴方の赤ちゃんが欲しい〟なんて言えるわけないでしょ! ばか! どんだけ段階すっ飛ばしてんのよぉ! ばかぁ!」と小声で返している。
もちろん、ハジメ達にはばっちり聞こえている。
両サイドのシアとティオに「ほほぅ?」とにやけた眼差しを向けられ「ハッ!?」となり、恐る恐る肩越しに振り返って、ハジメのなんとも言えない眼差しを目撃。
バッと顔を戻し、顔どころか首筋も耳も真っ赤にしながら奈々達の方へ逃避しようとして……ずっと正座していたせいで足が痺れていたのだろう。
「あうっ!?」
前につんのめる。ちょうど、ハジメにお尻を突き出すような形で。
なお、本日はミニスカートである。奈々と妙子チョイスの衣装を拒否したお詫び心で、同じく用意されていた少し大胆な面積の下着だけは身につけたのだ。
「ヒュ~、園部ってば大胆」
「おいおい、それじゃあほとんど痴女――」
角度的にはハジメとユエ&香織にしか見えないが、見えているだろうことは分かるので、つい冷やかしてしまう淳史と昇。
神速でスカートを押さえながら姿勢を戻した優花に、人殺しもかくやの眼光で睨まれて直ぐに黙ったが。調子に乗ると何を投擲術の餌食にされるか分かったものではない。
なので、明後日の方向を見やって下手くそな口笛を吹いて誤魔化す。
優花は足の痺れと羞恥心でぷるぷるしながら肩越しに恐る恐る振り返った。
「ゆ、優花ちゃん。子供の前だよ!」
「……ふっ、優花め。そんな下着をはいているとは――やりおる」
香織がミュウとリスティを抱え込んで見せないようにし、ユエはフッしている。
そして、ハジメはなぜか腕を組んで、いつぞやのように研究者の如き真剣な眼差しで見下ろしていた。優花の腰の辺りを。
流石は魔神様。紳士に視線を逸らすなんて真似はしなかったらしい。それどころか、何か問題でも? とさえ言いそうな雰囲気だ。
「じゃ、ジャスパーさん! 外に出てもいい!?」
「お、おう!? いや、えっと、ちょっとそれは待ってくれ!」
リスティが南雲家に受け入れられているようで喜んでいたところに、突然の詰問。
ジャスパーはキョドリつつも、自分以上に動揺激しい様子で今にも飛び出していきそうな優花に慌てて待ったをかけた。
完全プライベートの家だが、地上の部屋は窓を閉め切っているわけではない。不自然だからだ。そして、外には警備の者もいる。
覗き込んでくるようなことはないが、万が一を考えると家の中でも不用意に移動されるのは望ましくなかった。
「ほれほれ、優花よ。こっちへ来るのじゃ」
「ティ、ティオさん?」
「うむうむ、分かっておる。恥ずかしかったのぅ。ほうれ、妾がお顔を隠してやるでの。飛び込んでおいで」
「ティオさん!!」
未だにレミアママにママされているリリアーナに加え、優花もまたティオママの豊満な胸元へ飛び込んだ。穴があったら入りたい――いや、この場合、胸があったら挟まりたいだろうか? とにかく、すっぽり顔を埋めて少し落ち着いたようである。
そんな優花に苦笑しつつ、ハジメは空気を変えるようにジャスパーを見やった。
「まだ聞きたいことも、それこそそっちが俺達に聞きたいこともあるだろうが、いつまでも地下でお茶会というのも面白みに欠けるかな? そろそろ場所を変えるか」
「あ、ああ、そうだな。とは言っても、どうする? いろいろ見て回りたいんだろうが……」
気を取り直して、ジャスパーは困り顔で頬をポリポリした。
「分かってる。俺達の存在は万が一にも知られちゃいけないからな。そのためのアーティファクトは用意しているし、認識阻害や幻術でもどうにかなるが、流石に街中を堂々と観光するつもりはない」
これは最初からユエ達とも話し合って決めていたことだ。観光するにしても、人通りの少ない場所だけにしようと。それなら万全を期せるから。
「雲上界は今、どうなってる?」
「ほとんどの人間にとってあそこは一種の聖域だ。技研の連中くらいだよ、出入りしているのはな。特に山頂付近はマザーの墓所ってことにしてある。総督の許可がない限り、旦那がマザーと戦った場所なんかは誰も入れない」
「そうか。なら、せっかくだ。昼飯は山頂で食べるか」
「……ん。ノガリ&エガリがエンドゥの方についてたから、マザー戦の前半を見られてない。そこなら過去視しても問題なさそうだし、楽しみ」
「結構ボロボロにされたから、ちと恥ずかしいんだけどな」
「コルトランの全体も見られそうだし、ちょうどいいわね?」
雫の言葉に、龍太郎達も特に異論はないようで頷く。
ちなみに、冷静を装っているが、今の雫はふにゃふにゃである。
可愛いもの好きとしては我慢できなかったのか。懇願した結果、リスティを抱っこすることに成功し、更には予想通り「雫お姉ちゃんも渡さん! なの!」と抱き付いてきてくれたミュウに、それはもうご満悦の表情だ。
「なぁ、南雲。ついでに遠藤が召喚された時の様子も見ようぜ!」
「玉井、それは当然だろ? しっかり記録しないと」
「流石だぜ、南雲。流れる水の如き流麗なアビ虐。痺れるぜっ」
「よせやい、相川。当然のことをしてるだけさ」
深淵卿かわいそう……と龍太郎だけが思った。これを知ったら、きっとアビィも龍太郎の分厚い胸元に飛び込むことだろう。
これからの予定が決まり、ハジメを皮切りに腰を上げていく面々。
「山頂付近の見学が終わったら、リスティの工房だな。全力で人除けするから、いろいろ見せてくれよ?」
「う……慌てて出てきたから散らかってるけど……」
「工房なんてそんなもんだ。楽しみしてるぞ?」
「へへっ、うん!」
雫に頬ずりされながらも満面の笑みを浮べるリスティ。が、一拍置いて真剣な思案顔になると
「……人除けしてくれるなら決闘もそこでできる、か?」
独り言のような呟きに真っ先に反応したのは、もちろんミュウだ。
「フッ。そう言えばテリトリーって言ってたの。いいだろう、そこを決闘の場とするの。存分に装備を整え、万全の態勢でかかってこい! なの」
「情けのつもりか? 後悔するなよっ」
至近距離からギンッと闘志満々で睨み合う二人。そのほっぺはムッニムニィとされていていまいち迫力に欠けるが。
もちろん、犯人は雫である。「あんまり危ないことしちゃダメよ?」と母性溢れるニッコニコ顔だ。香織のことを言えない。
「……ハジメ。念のために衣装、合わせとく?」
「ああ、頼む」
ハジメが認識阻害用アーティファクトを龍太郎達に配り、更にはそれを無効化するアーティファクトをジャスパー達に配りながら、ユエに頷く。
ユエが仄かに黄金の光を纏った。ざわめくジャスパー一家。次の瞬間、
「……こんな感じでどう?」
ハジメ達に黄金の光が纏わり付き、かと思えばジャスパー達に良く似た衣装姿になっていた。幻術による、ある種の重ね着だ。
初めて見た魔法らしい魔法に、ジャスパーやミンディが息を呑んだのはもちろん、子供達は大興奮だ。瞳をキラッキラに輝かせて「ユエお姉さんすごい!」と大絶賛である。
「……そ、そう? ふふんっ」
これにはユエお姉さんも鼻高々。ミュウとリスティを取られた寂しさも晴れたらしい。
「そんじゃあ早速行くか。ジャスパー、先導を頼む。人の少ないルートの方がいいだろうからな」
「おうよ! 任せてくれ。代わりに、道中でいいから旦那の世界の話もしてくれよな。特に、光輝さんの話を――」
「あいつは遠い世界に行っちまったよ。だから知らん」
「エッ!? どういうことだよ!?」
なんてわいわいしつつ、さて出発――という寸前で。
「ごめ~ん、ちょっと待って南雲っち!」
「うん? どうした?」
「いや、この衣装がさぁ」
自分を見下ろしながら奈々がストップをかけてきた。
「なんだ、不満なのか?」
「いやいや、そうじゃなくて。ねぇ、妙っち?」
「流石は同志奈々。同じことを思ったようだね?」
なんだなんだと注目が集まる中、妙子は〝宝物庫〟を光らせた。
「ほら、さっきちょっと言ったでしょ? 優花が今日の衣装を拒否ったって」
立ち上がっても未だにティオママに抱き付いたまま優花がビクッと反応した。
「SF的な世界って話だったから、それっぽい衣装ももちろん用意してたんだよね」
「そしたらさ、偶然! 同じ真っ白な衣装だし、ちょっとタイトなだけでデザインもあんまり変わらないしさ! 皆で着るならハズくない!ってことで優花っちも今なら――」
「着るわけないでしょうが! あんな、あんなっ――」
やっぱりティオから離れることはせず、しかし、ズポッと胸元から顔だけ出して抗議の声を上げる優花。
直後、妙子の手元に例の衣装が転送された。すかさず奈々が手伝ってビロンッと見やすいよう広げてくれる。
「ピッチピチのボディスーツなんか!!」
男子陣から「おぉ……」と声が漏れ出した。ジャスパー家の男の子の中に「い、異世界にはこんなものもあるのか……そうか……」と何やら新境地が開拓されたような雰囲気を晒している子も。
確かに、それはボディスーツに見えた。いや、どちらかと言えば、もはや全身タイツでは? と誰もが思った。
こんなものを着たら、体のラインが丸わかりだろう。絶対に胸の形どころか、おへそやお尻の割れ目までくっきりはっきりに違いない。
「SF世界によく出てくるパイロット風スーツ!って言ってほしいね!」
「着心地とラバースーツ並のフィット感の両立を実現するのに苦労したんだからね!」
「やかましいわ! どこに労力かけてんのよ!」
親友のためならいかなる労力も厭いはしない。そんな気概が奈々と妙子からは滲み出ていた。大変、大きなお世話だった。せめて、方向性は吟味してほしかった。優花的に。
「安心して、優花。私達の衣装は全て二段構え」
「ほら、ちゃぁ~~んっと全体を隠せるようになってるよ!」
〝宝物庫〟から更に出てきたのは一見して薄汚れた外套だった。ポンチョ風だ。膝丈で、燕尾服のように前だけミニスカ並の丈で、後ろは膝丈になっている。
あえて裾がボロボロの不揃いにしてあった。荒廃した世界で戦い続けるパイロット……そんなコンセプトに違いない。たぶん、G10の話を聞いて思いついたのだ。
こだわりポイントなのだろう。二人揃って、「体のラインは隠れるけれど前からはぴっちりむっちりな脚線美だけは見える!」と力説していらっしゃる。
「どこに安心しろと? そもそもミンディさん達の衣装とも似てないでしょうが。絶対に着な――」
「南雲っちぃ!」
「どうなんだぁい!」
これを着た優花、見てみたくないのかぁい! と、まるでミュージカル俳優の如く両手を広げてスーツを見せびらかす奈々&妙子。
ハジメに注目が集まる!
ハジメは優花を見た。そして、ビクッと身構える優花に呟くように言った。
「なんだ。着ないのか」
「エッ!?」
どこか残念そうな雰囲気を感じないでもない! 絶対に着ない! という雰囲気だった優花の視線が早くも泳ぐ!
なぜか、ユエ達まで期待の目で見てくるのが一番意味不明だったが、求められているのは分かる。ミュウやリスティが、それどころかミンディ達まで頬を染めつつもドキドキした様子で、男子陣は言わずもがな。
「着ないのか……そうか……」
「……」
ある意味、出発前に相応しい暖まった空気感。
高まる無言の期待。
果たして、優花の選択は――
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
※ネタ紹介
・ボディスーツ
『勝利の女神NIKKE』のアリスより。流石に優花が羞恥心で死んでしまうのでロング丈のポンチョは必須。




