星霊界編 気合いだ! 気合いだ! 気合いダァーーッ!!
本日は2話更新しています。
こちらは星霊界編の最終回の後編に当たります。一つ前に前編を投稿していますので、先にそちらをどうぞ。
都のあちこちから悲鳴が上がる。
それは過去から届いた悲鳴であり、それを見た今の人々の悲鳴でもあった。
幻影とはいえ、足下が砕け、蜘蛛の巣のように裂け、恐ろしい轟音が鼓膜を乱打すれば、それは悲鳴を上げずにはいられないだろう。
何より恐ろしいのは、結界越しに天を覆う二千人の天人軍、そして、全長四百メートルはあるだろう大地の巨人だ。
まさに、絶望の光景である。
「愛子、やっぱ頼む」
「は、はい」
パニックの気配を感じ取ったハジメが愛子に魔力を流しながら言えば、愛子もオロスの威容と天人軍の苛烈な攻撃にポカンッとしていた顔を引き締めた。
愛子の魔力が瞬時に都全体へと、それと気が付かぬほど淡い輝きを伴って広がる。
「すまないな。パニック対策で都中に兵士を配置しているが、彼等も当時の恐怖を思い出すだろうから……」
穏やかな表情で感謝を告げるアロガンから少し離れた位置に、過去のアロガンが飛んでくる光景が映った。
そこからは、まさに国の存亡を賭けた死闘に次ぐ死闘だった。
地震と地割れにより切り札の兵器たる音叉型の塔は倒壊しかけ、大地の裂け目からはゴーレムが溢れ出す。結界は絶えず悲鳴じみた軋み音をあげ、それすら塗り潰す轟音がオロスの拳打により何度も響き渡る。
対抗するアロガンの霊法術は魔王というに相応しいもので、何度も四百メートル級のゴーレムを粉砕する。
「アロガンさんやるじゃん! シアっちにぶっ飛ばされたシーンが面白すぎて、勝手にネタキャラ扱いしてたけどめっちゃ強い!」
「ただの自信過剰なイケメンじゃなかったんだねぇ」
「あ、ああ、まぁ……」
奈々と妙子の遠慮のない物言いに、ちょっと哀愁の漂う表情になるアロガンさん。そうか……あれ見られたのか。ネタキャラと思われていたのか……と。
歓待式の時ふと目が合ったので笑顔を返したのだが、奈々と妙子が顔を背けたのは照れたからではなく、噴き出すのを堪えたから。
という可能性に今更ながら思い至る。「しまった。また虜にしてしまったか?」と焦っていた自分の頬をひっぱたいてやりたい……
「すんません、アロガンさん。うちの女子が失礼な態度を」
「誰のせいとは言わないんですけど、男の基準がバカ高けぇんですよ」
「あ、ああ、なるほど。貴殿等も…………それは複雑だろうね。いろいろと」
「「そうっすねぇ」」
ちょっと芽生えそうな男の友情。淳史&昇とアロガンの間だけでなく、エリック達も同じような表情をしている。
「よく戦っておる。じゃが……」
「ええ。やっぱり神は神ね。理不尽な強さだわ」
ティオと雫が、何度破壊されても直ぐに元に戻り、それどころか更に巨大化した大地の神霊オロスの威容を見上げる。既に、その全長は六百メートル以上。
日本で最も高いタワーを幾つも束ねたような巨体が、超高層ビルを振り回してるかのような光景が広がる。
「素晴らしい結界ですね。王都の大結界クラスです」
巨神の鉄槌を何度も受けてなお耐える結界に、リリアーナは感心の声を漏らす。だが、その表情は厳しい。未来視の能力などなくとも、結果は火を見るより明らかだったからだろう。
「なぁ、鈴。お前の結界ならどうだ? 何発、耐えられる?」
「う~ん、どうだろう。〝反射〟とか〝緩和〟とか〝分散〟とか威力軽減のバフを全部かければ、魔力が持つ限りは耐えられるかなぁ」
流石は世界最高クラスの結界師。だが、アロガン達が「マジで?」と驚愕もあらわにしているのと対照的に、鈴の表情は苦笑気味だ。
自分で言ったとおり、魔力が問題だからだ。大地の化身。そんな相手に自力で持久戦などできるはずがない。
もちろん、二人もハジメから無限魔力供給用アーティファクト(お揃いのキーホルダー型)を受け取っているので、エマージェンシーコールをすれば直ぐさま無限魔力の供給を受けることはできるが。
「むむっ、シアお姉ちゃん急接近の気配!」
「あらあら、分かるの? ミュウ」
レミアさんがキョロキョロしている。シアの姿は見えない。
過去映像の中では、遂にアロガンが膝を突いた。次は耐えられない。その表情が如実に物語っている。
「こう、おでこのあたりにキュピーーーンって来る感じ? ちょっと前から、パパやユエお姉ちゃん達なら近づいてくれば分かるようになったの!」
「ミュウ、お前、いつからニュー○イプになったんだ……」
娘が知らないうちに新たな、そして妙な特技を身につけていた。家族愛のなせるわざか。
「……いや、でも、ミュウ? これ過去映像だから気配とかは――」
『シャオラアアアアアアアアアッ!!』
いや、ほんとに来るんかい! と心の中でツッコミを入れるハジメ達。まぁ、雰囲気的に来ていなければアロガンがぺしゃんこになってるはずなので、ある意味メタ読みはできるのだけど……
なにはともあれ、間に合った過去のシアはただの殴打で、振り落とされた超高層ビル級の拳を弾き返した。
その光景は、シアをよく知るハジメ達でさえ思わず「おぉ~~っ」と声を漏らしてしまうくらい馬鹿げた光景だった。
「本当に、今見ても非現実的だね。ははっ」
「あ、ああ、まったくだ。技術も何もない。ただただ力で返すとは……笑うしかないな」
「人が出していい出力じゃないからなぁ」
アロガンが乾いた笑みを浮べ、グルウェルの表情筋が引き攣り、エリック達は既に不思議な生き物を見るような、あるいは悟りを開いたような眼差しでシアを見ている。
地上の人々も、オロスに比べれば小石どころか砂粒程度の大きさの少女が、ハンマー一つで神の鉄槌を弾き返し続ける姿に茫然自失状態だ。
当時この光景を目撃した者も、今日、初めて見た者も関係なく。
何度見たって、やはりシアの〝単純な力〟は冗談じみていた。
だが、あんぐりと口を開いた姿も束の間のこと。徐々に徐々に歓声は大きくなり、直ぐに都を揺らすほどの大歓声が響き渡り始めた。
絶えず鳴り響く轟音と、破砕された拳の粉塵でうっすら可視化される衝撃波。何度、神罰の拳が振り下ろされようと、その全てを戦槌一本で弾き返し続ける姿に興奮せずにはいられない。
都と民を背にして一歩も引かぬシアの姿は、まさに英雄だった。
「ある意味、シアの本領発揮よね。物凄い見応えだわ」
「優花さん……そうやって胸の下で腕を組んでキリッとした顔をしていると、本当に先生に見えますね? それも青少年の保護育成に悪影響がありそうな保健室の先生に」
「それ、今言う必要ある!?」
っていうか、やっぱりそう見えてたんだ。私も途中で「あれ?」って思ってたわよ! 気が付かないふりをしてたのに! と顔を真っ赤にしてキッとシアを睨む優花。
のことは放置して、
「さぁ、来ますよ! 問題映像が!」
と、シアは鼻息荒く言った。
「南雲殿! 既に生死の無限ループという制裁は受けた! そうだろう!?」
「あくまで過去のことだ! もう二度と同じ過ちは繰り返さん! 分かってくれていると思うが念のため!」
アロガン&グルウェルさん、必死。
どうしたんだ? と龍太郎達が小首を傾げている間に、過去映像はシアの言う問題シーンへと突入した。
『――彼女こそ人類の救世主、我等〝人〟の希望たる勇者シア! ――我が妃である!』
「「「「「うわぁ」」」」」
「「やべぇよやべぇよっ」」
女性陣から「やっちまったな、この人」みたいな視線がアロガンに突き刺さる。なんなら、万が一に備えてちょっと距離を取った。淳史と昇は我が事のように青ざめ、口元を押さえながらガクブル。
リリアーナが苦笑いを浮べる。王族として、アロガンの打算を理解したからだろう。
「あ~、状況を利用して〝勇者シア〟を取り込もうとしたんですね。自分の陣営に」
「どうせ、本気で口説けば後でいくらでも事実にできる~くらいに思ってたんじゃない? 引くわ~」
妙子の言葉が今のアロガンさんに突き刺さる! 胸を押さえて、穴があったら入りたい……みたいな顔になっている。
グルウェルとエリックが透き通った表情でアロガンの肩にぽんっと手を置いた。一人じゃない。仲間がいるよ? と言いたげに。
実際、その通りだった。
その後の展開と言ったら……
もう魔神様の神経を逆撫でするどころかヤスリでゴリゴリ削るようなことのオンパレードである。
グルウェルもエリックも、そしてウダルまで自分こそシアに相応しい。シアは自分の妃だと言い張ってやまず。
「シアお姉ちゃんモッテモテ~なの!」
「シアさん、シアさん。〝魔性〟の呼び名はシアさんにこそ相応しいと思いますっ」
「いつになく力説!? レミアさん、ちょっと意地悪な顔してますよ!」
「いいえっ、シア様! レミア様のお言葉は的を射ていると思いますっ」
「ダリアさんは黙って!」
魔王国の民はもちろん、天人族も、それどころか神霊達やルトリアまでシアはあくまで人類の味方なのだと勘違いを加速させていく。
当然ながら何度も否定するシア。けれど、本当に世界の抑止力でも働いているのかと思うほど、更なる訴えや歓声にかき消される。そもそも、だ~~れも話を聞かない。
だから、
「あ、キレた」
と呟いたのは誰か。アロガンの部下か、バルテッドの近衛さんか。
一生懸命、話を聞けと訴えていたシアの表情がストンッと抜け落ちた。
一斉になされるプロポーズ。男達の熱い求婚。
それらに対する返答は、
『レベルⅩ』
頭上を覆う巨大な影だった。
「「「「100トンハンマーキターーーーーッ!!!」」」」
超超超巨大な戦槌を、オロスの更に遙か上空で振りかぶるシアさん。この期に及んで無表情なのが凄く怖い!
宙返りで〝空力〟の足場を土台にして、隕石の如く落下。ただでさえ超重量のリアル100トンハンマーの攻撃力を悪夢のレベルまで昇華する!
そして、
『地面の染みになれやっ、ですぅ!!』
今までの鬱憤を晴らすかのような一撃は、瞬間的に世界から音を消した。
一拍遅れて超大型爆弾でも落ちたかのような衝撃波が周囲一帯を根こそぎ蹂躙する。
そこに、大地の神霊の姿はもはやなく。
その悪夢じみた一撃は、しかし、まだ終わらなかった。即座に薙ぎ払いへと変化した。まったくもって冗談みたいな光景だった。
当時の魔王城の一部が紙くずみたいに消し飛ばされ、そのまま霊素兵器の塔も為す術なく吹き飛ばされる。
人々はただ、天災の如き暴力が過ぎ去るのをただ蹲って待つことしかできず、例外なく地に伏せていた。
そしてそれは、何も過去の人々だけではない。過去映像を見ていた全ての人々が、まったく同じ心境で固まっていた。
「……シ、シアのマジギレ、こ、こわひ……」
「シ、シアだけは怒らせちゃダメ、だね」
ユエと香織が抱き締め合いながら涙目でプルっている。その視線は天にただ一人たたずむ過去のシアに向けられていた。
ビキビキビキと額に青筋が浮かび、頭にヤのつく自由業の人みたいな凶悪な顔をしていらっしゃる。
神霊は自然の化身? なら今のシアは、まさに力の化身だ!
見てよ、あの雰囲気、表情! まるで不動明王みたいじゃないか!
とは思っても、怖いので口には出さない淳史達。妙子は尻餅をついていて、奈々はコップに手を付けたまま硬直している。ちょっと涙目。
……実は、100トンハンマーの幻影が頭上を通り過ぎた時、ちょっとチビッてしまったのは内緒だ。
そんな中、遂に宣言される。待望の(?)一言が世界に放たれる。
『わ・た・し・は!! 人妻ですぅううううううっ!!!!』
「やぁ~~~~~~っと言えましたぁ! ほんっと、間が悪いというか、肝心な時に邪魔が入るというか」
過去のシアの告白に、一拍おいて混乱が巻き起こっている。
だが、当のシアは「ほら、ハジメさん。私、ちゃ~~っんとハジメさんの奥さんだって宣言しましたよ!」とニッコニコ顔だ。
「なるほど……乙女系ゲーム世界の抑止力も、シアさんの暴力の前には屈してしまったのですね。そういうことなんですね!」
「違うと思います」
名推理だと言わんばかりのキメ顔をさらすリリアーナを、愛子がばっさりと切り捨てた。
『私には愛する旦那様がいるんですぅ!』
シアの心の叫びが、ダムが決壊したみたいに溢れ出す。
「いやぁ、流石に照れる」
「えへへっ」
すりり~っと体を寄せてくるシアの腰に手を回し、ハジメは少し恥ずかしげに、でもたっぷりの愛しさを込めてウサミミを撫でた。
過去のシアの旧魔王国民へ向けたガチ説教が木霊する。
「ママ、みんなのお顔がキリッってなっていくの」
「ええ、そうね。シアさんの言葉が心に届いているのよ、きっとね」
「はい、ミュウ様。レミア様。この時、確かにシア様のお言葉は民の心に届いておりました。今も、忘れてはおらずとも改めて心に刻んでいることでしょう」
自分達がしたことの責任は自分達で取れ、他者に縋って甘い汁だけ吸おうなど言語道断。
耳に痛いだろう言葉が、五年経った今、改めて彼等の心に初心を取り戻させているようで、ミュウの言った通り、人々の表情が引き締まっていく。
『――未来のために足掻こうとしない者の言葉など聞くウサミミを持ちません!』
そう言って、最後にシアは堂々と宣言した。これ以上の戦争を望むなら、『私は逃げます!』と。
もう、人の言葉を神様に届けるお手伝いはしないという宣言。
「きっと、シア様との再会を経ても民が勘違いすることはないでしょう。救世主は無条件の味方ではないのだと、いつだってわたくし達に見切りを付けて去ってしまう存在なのだと、改めて心に刻んだに違いありません」
ダリアが静かに言葉を紡ぐ。地上の人々に目を細める姿は、確かに聖女の如き慈愛に満ちた雰囲気だった。
「そうだな。そうであってほしい」
「大丈夫さ、エリック。民の表情を見れば。そうだろう?」
「やはり、過去の再現を頼んで良かった。禁足地に住まう者達とも、分かり合う努力をせねばな」
「ふふ、グルウェル陛下のお言葉、里長として嬉しゅうございます。みなにもお伝えいたしますね?」
都全体が、浮かれた雰囲気から、どこか厳かな雰囲気へと変わっていた。
なので。
きっとここまでにしておけば良かったのだ。そうすれば、きっと良い感じに終われただろうに。
祭りの夜を、改めて引き締めた心と新時代への希望を胸に静かに手を取り合うような雰囲気で過ごせたかもしれないのに……
「すまないが、南雲殿。過去映像はここまでに――」
当然、アロガンはそう提案した。この先は、いろんな意味で地獄だもの。
「この後! この後ですよ! 駄ソレ――じゃなくてソアレとルトリアさんの襲撃でちょっとピンチになった後! 必見ですからね!」
「……わ、分かったから、シア。落ち着いて! ぐわんぐわんっしないでぇ」
過去の意趣返しか。いや、シアのキラキラの瞳を見れば、ただ単に見たいだけなのだろうが、話を聞いてもらえなくて微妙な表情になるアロガンさん。
その間にも、シアの言った通りソアレが襲来した。天より降り注ぐ灼熱の太陽光線により、咄嗟に盾にした100トンハンマーが融解していく。
「この時はまだ〝できる女〟感が溢れてるのに、ね」
香織が心底残念そうに呟けば、愛子と雫も悲しげな表情で頷く。
「今はもう手の施しようがありません……」
「どうしてああなってしまったの……いえ、まぁ、〝だいたいハジメのせい〟なのだけど。シアも下手に優しくするから……」
「エッ!? 私のせいです!?」
ハジメとシアのせいだよ、と周囲の表情は言っていた。その容赦のなさと一握りの優しさが〝よこしまなもの〟を生み出したのだ……
というのは些細なことなので脇にポイしておいて。
「おぉ、声が、声が聞こえるっ」
「全ての母の声だ! 神の御言葉だ!」
突如降り注いだルトリアの声に、都中の人々が身を固くし、あるいは膝を突いて祈りを捧げ始めた。
直後、空が過去の幻影に――数万の精霊獣によって埋め尽くされた。
当時、都にいなかった者達が悲鳴を上げて腰を抜かす。最高神の殲滅の意志に震え上がる。
シアの説得も虚しく、どこぞの異界に放逐するための重力場の檻がシアを捕らえた。レベルⅩの後遺症で全力を出せず、脱せないシア。
そうして、
『誰の――』
「キターーーーーーーーッですぅ~~~~~っ!!!」
重力場の更に奥から、真紅の光を纏う金属の腕が突き抜けてきた。過去のハジメさんが何か言ったようだが、シアのテンションがMAXなので掻き消されちゃう。
「パパ、かっこいい!」
「……んっ、大変良き!」
「わぁ、シアったらうっとりしちゃってる。まぁ、気持ちは分かるかなぁ」
「やっとという感じじゃしのぅ。しかし、ふふ、なんでじゃろうな? 同じくピンチに現われたはずじゃのに、シアはヒーローそのもので、ご主人様は――」
「まるで邪神の出現ね」
少し言葉に迷ったティオに代わり、優花が言葉のストレートパンチを放った。
否定できる者は誰もいなかった。どうしてハジメさん、いっつも禍々しいの? みたいな視線が注がれる。
「ま、まぁ、シアを誘拐されたと思ってマジギレしてたから……」
特に意味のない弁明は、シアとはまた違った理不尽極まりない圧倒劇の轟音により掻き消された。
数の暴力に、クロスヴェルトとグリムリーパーという数の暴力が襲いかかる。
太陽の化身が太陽光砲撃で塗りつぶされ、大地の神霊が鋼鉄の砲弾により滅多打ちにされる。
反撃の暇など与えない。お前達が消滅するまで攻撃するのをやめない! と言わんばかりの苛烈さが神霊と精霊獣を襲う!
「これ、同時刻にメテオしてたんですよね?」
過去のハジメさんが『皆殺しだ』と宣言していらっしゃる。血のようなオーラを撒き散らしながら。過去映像越しにも伝わる殺意と憤怒。
地上の人々が再びパニックになり出した! なんだかSAN値を削られて発狂しそうな人もいる!
なので、愛子が質問しつつも心のお薬を連続で処方していく。
でも効果は薄そう……
とどめとばかりに、精霊獣の第二波がメテオインパクトで消し飛んだから。
いやぁーーーーっ、世界の終わりよぉ~~~っみたいな悲鳴が、過去と現在から木霊する。幻影だというのも忘れて、あるいはトラウマを刺激されたのか、にわかに都がアルマゲドンの雰囲気に。
愛子先生、フル稼働!! もはや、先生の意味が変わりそう! 教師から心のお医者さんに転職か。
一方、過去のウダルもルトリアの危機に気が付いたようで、ことの重大さを叫んでいる。ルトリアに何かあれば、この星の命が絶えてしまうぞ、と。
それに対するハジメの答えはシンプルだった。
『この星の全ての命より、シア一人の命の方が重い。当たり前のことだろう?』
「あふぅ~」
「「「「「うわぁ~」」」」」
現実のシアさん、ハジメさんのセリフに身悶えていらっしゃる。
現実の一般人さん達と龍太郎達、ハジメさんのセリフに白目を剝いていらっしゃる。
あまりに躊躇いがない。本当にそう思っていることが誰にでも分かる。分かってしまうから。
「んもぅ、ハジメさんの愛が重いです~~、うへっへっへ」
「シア様、よだれが出ていらっしゃいますよ」
ダリアさんが苦笑い。ハンカチで口元をポンポンしてあげる。それほどシアのお顔はだらしなかった。今も過去も同じくらい。
とはいえ、ここでトリップ状態に身を委ねていては星霊界は本当に滅んでいたかもしれないわけで。
過去映像の中でシアがハジメを説得している。ウサミミでモッフモッフして――その結果は言わずもがな。
『『『『『ゆ、勇者シア様! 万歳! 万歳! 万歳!』』』』』
「「「「「救世主シア様! 万歳! 万歳! 万歳!」」」」」
過去と現在のシアを称えるコールが幾重にも重なる!
それは、心からの「ありがとう」が滲むコールだった。
「女神様より先に、南雲に滅ぼされかけていたって誰にでも分かんだね」
「魔王を止めるのはいつだって勇者だもんな」
淳史と昇がしみじみと呟く。
本当の世界の脅威は勇者の身内だった……という事実と、その勇者に感謝する人々を見て、鈴がポツリと一言。
「マッチポンプ感、酷くない?」
「ま、まぁ、狙ってやったわけじゃねぇし、な?」
鈴と龍太郎の言葉にエリック達がなんとも言えない顔になっている。
で、当のシアとハジメはというと、
「きゃっ、恥ずかしいですぅ」
「おいおい、ユエ。流石に照れるって。上手くぼかしてくれよ」
鈴のツッコミを華麗にスルーして、なんか照れていた。
過去映像の中で、それはそれは濃厚なキスをしていて、それを万単位の人々に見られているのだから当然といえば当然の反応ではあるのだが……
「……ん、了解。もう少しシアのエッチな表情を見ていたい気分ではあるけれど、他の連中に見せるのはなんか嫌だし」
「あ、待って! ダメだよっ、ユエ!」
「あ……モザイクがかると余計に……卑猥ですよ! なんだかすっごく!」
リリアーナが顔を真っ赤にして指摘する。
実際、リリアーナの言う通りだった。「え? じゃあ、こんな感じ?」とユエが修正し〝見せられないよ!〟の自主規制君が出現するが、雫やティオから「これはこれでまずいっ」と指摘が入る。
クリエイターユエのエロく見えないための試行錯誤が始まった。
「……南雲達っていつもそうよね。直ぐに二人っきりの世界を創って、周りの人のことなんだと思ってるのかしら」
「分かるよぉ、優花っち。シアっち達も普通に桃色結界だすよねぇ~」
「見てよ、あのエリックさん達の表情。死んで腐った魚類みたいじゃない?」
過去映像の中で、シアに本気で惚れ込んでいた男達が軒並み瀕死だ。それはもう見ていられないくらい。
当時は、誰もがハジメとシアのそれに注目していたので、あまりバルテッド勢の様子に気が付いた人はいなかったようだが、キスシーンは現在進行形で編集中なのでなんとなく目を逸らす人も多く、結果、過去のエリック達の姿はかなり多くの人に目撃されていた。
「これはいったい、なんの辱めだ?」
「陛下、お気を確かに」
「ねぇ、ダリアだけすんごいキラキラしてるんだけどなんで?」
「フィルには分からないの? シア様の幸せはわたくしの幸せ。ずっと待っていた王子様がやっとお迎えに上がって、あんなに幸せそうなのよ? まして、当主様のお力、そして愛情深さといったら……なんてお似合いのお二人なのかしら? まるで物語だわ! 世界を異にしても想い合い、神さえ邪魔はできない最強のご夫婦だなんて、ああっ、素敵すぎるわ! こんな理想的な在り方がこの世にあって良いのかしら!? それを間近で見ることが叶ったわたくしは世界で一番の幸せ者なのだわ! 願わくばどうか――」
「分かった! 分かったからストッーーープ!!」
ハジシアてぇてぇガチ推しのダリアさん。
きっと、聖女していた時もこんな雰囲気で熱く語っていたに違いない。それこそ、あまりの熱意に噂が捻れて、シアダリてぇてぇへと至ってしまうくらいに。
ちなみに、熱く語るダリアさんの背後では、過去のアロガンさんがシアの逆鱗に触れてメッタボコにされていた。
「……もう思ってないから……許して……」
今のアロガンさんが、両手で顔を覆ってぷるぷるしていらっしゃる。
男としては勝っていると判断した過去のアロガンを見て、ユエ達の目からハイライトが消えたから。一斉にグリンッと顔を向けられた光景は完全にホラーだ。
「優花っち怒ってるぅ~」
「良い感じに染まってきてるねぇ、南雲ファミリーの感覚に」
「! ち、違うし! 今のは……そう! 目の電源をオフにしただけだし!」
いや、お前ロボットかよ……という淳史と昇のツッコミに、優花はプイッとそっぽを向いた。自分でも意味不明だと思ったのだろう。
『どこに行こうというのです?』
「ユエ殿! もういいのではないかな!?」
「なっ、ずるいぞグルウェル殿! 一緒に醜態をさらそうじゃないか! 私達は親友だろう!?」
過去のアロガンさんがピンボールみたいにぶっ飛び、壁を破壊して城内へ消えていった後、こっそり離脱しようとしたグルウェルに向けられたシアの目と言葉は……
やっぱりホラーだった。南雲家の女性陣は、怒らせるとだいたいホラーになる。
みんな、そう思った。
結局、「……いや? 普通に見るが?」とグルウェルの頼みを華麗にスルーしたユエにより、グルウェル陛下も両手で顔を覆うことになり。
その後、エリック陛下もシアへの呼び捨てを見とがめられて額を撃たれ、噛みつくソアレを筆頭に見るも無惨な〝魔王流嫌がらせ百八式 いっぺんと言わず、なんべんか死んでみる?〟が繰り広げられ、誰もがまたSAN値を削られている中で。
「それにしても南雲っち、やっぱ身内には甘々だねぇ~」
「今は俺等にも大概甘いしな」
シアの願いを受け止めたハジメの姿を思い出し、奈々がからかうような眼差しを、淳史は頭の後ろで手を組んで親しみのこもった笑みをハジメに向ける。それは鈴や龍太郎も同じだった。
ハジメはなんとも言えない表情で頬をポリポリと掻いた。そんなつもりはないのだが、ユエ達を見ても淳史の言葉に異論はないらしいから。
調子に乗って「よっ、俺等の大将! お小遣いちょうだい!」と両手を差し出す昇に「ハートマ○軍曹より厳しくしてやろうか?」と照れ隠しが滲む様子で軽口を返す。が、
「えへへ、でも甘々なのは本当ですからね~」
「私達の方で気を付けないとダメなくらいだからね」
「……ん。シアも良い顔してた。とろとろ」
ユエ達からは生暖かい視線を向けられてしまう。
後悔して、なんとかしようとしても出来なくて、でも諦められなくて必死になる気持ちは分かるという過去のシア。
割り切れないことを謝罪するシアに、ハジメはただ本心を口にしろと言う。とびっきりの優しい表情と共に。
だから、甘えすぎてはいけないと思いながらも願いを引き出されて、その返答は一言。
『了解だ。手を貸そう』
あまりにもあっさりした返答だ。けれど、その短い言葉には、自分の感情も、数多の事情も、数え切れない問題も全て受け入れた上での覚悟が宿っていた。
宿っていると、誰にでも分かった。
シアが、否、家族が願うなら、ハジメは一瞬で世界の命運クラスの重みさえ背負う覚悟ができてしまうのだ。
「……ほんと、ずるいわよ。そういうとこ」
「……んん? 優花? なんか言った?」
「優花ちゃん? 今、何か言ったよね? よね?」
「な、なんでもないわよ! ニヤニヤすな!」
絶対聞こえていたと分かる嫌らしい顔で、ユエと香織が優花に絡む。
ミュウがなんだか堪らない様子でパパの胸元に飛び込み、雫達はシアを囲んでからかったり、過去映像の感想を言い合ったり。
家族と仲間で一塊になって和気藹々とした雰囲気を漂わせる異界組。
ある意味、これも絆がもたらす結界というべきか。なんだか踏み込みがたい雰囲気があった。
「あのっ、当主様! シア様! よろしいでしょうかっ」
ずっと見ていたい気持ちを抑えて、ダリアが声をかける。
「? なんだ? 妙に静かだな?」
「それはそうでございましょう、当主様」
ダリアさんから苦笑気味のツッコミ。
周りを見れば、アロガン達がお通夜の参加者みたいな雰囲気だ。自分達の醜態を散々に見られたこと以上に、五年かけて軽減したトラウマが再発しているらしい。
民は民で、ハジメのあまりの容赦のなさにドン引きし、あるいは過去映像の発言なのに「魔神様が大人しくしろと仰せよっ」「機嫌を損ねたら死ぬことさえ許されなくなるぞっ、ハァハァッ」とばかりに息を殺しているようだった。
「あちゃ~。やっちゃったっぽい?」
「祭りの雰囲気じゃあないね~」
奈々と妙子が苦笑しながらユエを見やる。
別に責めたわけではないのだが、少し前までのお祭り騒ぎも、決意と希望に満ちた熱意も嘘のように霧散していた。
都全体がやたらと静まり返っている光景を見回して、ユエの目が泳ぎ出す。
「……わ、私は悪くない! 私は悪くない! 悪いのは物語みたいに素敵な光景を見せてくれたハジメとシアなんだ!」
「激しく同意いたします! シア様の願いを受け止め、周りの全てを制圧する当主様を見届けなくては不完全燃焼も良いところ! 途中でやめるなんてとんでもございません! 流石は奥様でございます! 分かっていらっしゃるっ」
「……え? そ、そう? ふふっ、まぁね? ふふふ」
ユエ様が肯定されて上機嫌だ。鼻高々。ダリアさんへの好感度が更に上昇したっぽい。
「ですが、それはそれとして、当主様かシア様から何かお言葉をいただけませんか?」
「はい? 言葉、ですか?」
「あ~、過去映像の締め括りにってことか。祭りの雰囲気を元に戻して、夜も良い感じに過ごしたいもんな」
「おっしゃる通りでございます。アロガン陛下は……あの通りですので」
ダリアが困り顔で視線を転じる。ハジメ達も釣られて見やった。
ヒッヒッフーッ、ヒッヒッフーッと頑張って呼吸しているアロガン達がいた。
いつの間にか、「はぁい、大丈夫ですよ~。なぁんにも怖いことはありませんからねぇ~」と声と魔法をかけている愛子先生もいた。すごく先生していた。
本来なら、アロガンが締め括りの演説でもするのだろうが、確かにしばらくは無理っぽい。
「まぁ、確かに何かしら声かけは必要じゃな」
「そして、それに相応しいのはやはりシアさんでしょうね」
魔神様は改めて畏怖の対象となったようだ。一部、「ああ、やはり魔神様は素晴らしい」「私も〝分からされたい〟」「あの絶対感を一度でも味わったら……もう全てが物足りないっ」とハァハァしていらっしゃる紳士淑女がいるようだが、そこはスルーして。
タイミング良く、外壁の直ぐ近くの地上から声が上がった。
「救世主様! 偉大な英雄様! どうか我等にお言葉を!」
誰が最初に叫んだのかは分からない。けれど、それが皮切りになった。まるで、ダムが決壊して水が溢れ出したみたいに、誰もが期待に瞳を輝かせて声を張り上げる。
「シア様! 我々は変われたでしょうか!!」
「諦めずに頑張ってきました! 今の私達は救世主様の目にどうお映りですかっ」
「またご家族と共に来てくださいますか!?」
「少しは誇れる存在になれたでしょうか!」
「救世主様! 救って良かったと、そうお思いになられますか!?」
シア様! シア様! 救世主様! 英雄様! と、まるで水面に波紋が広がるように声が広がっていく。シアの姿が見えない場所にいる人も喉を裂かんばかりに叫んでいく。
そこに、魔神や聖女の答えを求める声はほとんどなかった。
みな分かっているのだ。魔神様のしてくれたことも、聖女の奮闘も理解した上で、それでも、この世界が救われた根本にいるのはシア・ハウリアなのだと。
彼女の優しさが、世界の命運を動かしたのだと。
だから、他の誰よりもシアの言葉が聞きたかったのだ。
この五年の月日の成果を、新時代を生き抜いた、今生きている自分達をどう思うか。
きっと、ずっと、誰もがシアの言葉を、聖女の言う通りきっと再来してくれるだろう救世主様の言葉を聞きたかったのだ。
「どうやら、みんな俺と同じ気持ちらしいぞ?」
「ハジメさん?」
良く聞こえるウサミミが数多の声を拾い、強く強く求められていることにあわあわしていたシアの背を、ハジメがそっと押す。
「この物語の主人公は、やっぱりシア・ハウリアだってことだ」
自分のことように誇らしそうに笑うハジメに、シアのウサミミがピーンッとなった。周囲を見回せば、ユエ達も同じような笑顔で頷いてくる。
「どうか頼めないかな、シア殿。みな、ずっと待っていたんだ。貴殿の言葉を」
復活したアロガンからも、穏やかな微笑と共に請われる。グルウェルやエリック達も強く頷いていた。
「……もぅ。皆さん、大袈裟ですよ」
なんて言葉とは裏腹に、シアの表情は酷く優しい。都中に響く声から、きっとその優秀な地獄ウサミミイヤーは想いと同時に誠意さえも聞き取っているのだろう。
ユエがパチンッとフィンガースナップした。巨大なスクリーンが空中に投影される。それも、都の複数箇所に同時に。
ハジメも〝宝物庫〟を光らせた。小さな虫のような端末が都中に飛んでいく。スピーカー代わりの超小型生体ゴーレムだ。
外壁の端に立つシア。ごほんっと咳払いを一つ。
空中巨大スクリーンへの驚愕もあって、一瞬で静まり返る人々。
そこへ、シアの言葉が響き渡る。
「皆さん! 今日は素敵なお祭りをありがとうございます!! とぉ~~~っても楽しかったです! たくさん驚きましたし、たっくさん感心しました! ……あ、もちろんこれで終わりじゃなくて、まだまだ楽しむ予定ですけどね? 楽しめますよね? 楽しめますかーーっ!?」
まるでライブで行われるコール&レスポンスのようだった。どうなんだ! と問いかけるシアに、都中から「おおおおおおおおおっ!!」と気合いの入った雄叫びが上がってくる。
シアの満面の笑みが、空中スクリーンを通して都中に届けられた。聞いてますよアピールか。ウサミミがピコピコ動く姿がとても愛らしい。
人々の心も、その笑顔を見れば魔神様のあれこれで削れていたSAN値ごと回復していくようだった。
「うん、本当に凄いですね。……たった五年でこんなに変わるなんて」
ニッコニコだったシアが、不意に静かな気配をまとった。目を細め、どこか厳かな雰囲気になる。
「どれだけ頑張ってきたんでしょう? 五年は長いですね? でも、癒えない悲しみも、心の奥に秘めた怒りも、忘れるにはあまりにも短いです」
思い当たることがあるのだろう。見える範囲にいる人達だけでも、その表情がグッと強ばった。唇を噛み締める人達もいる。
そんな人達へ、シアはじっくりと視線を巡らせた。目が合ったと感じた者もいるのだろう。スクリーン越しでも。
ひゅっと息を呑む者、びくりっと体を震わせる者もいる中、シアは心を込めてその言葉を贈った。
「――よく頑張りました!!」
かつて、弱っちくて泣きべそを掻いてばかりで残念ウサギと呆れられたシアが、初めて大迷宮攻略を果たした時に、大好きな人に贈られた言葉。
色褪せない記憶はたくさんあるけれど、その中でも特に大事な宝物のような想い出だ。
目を丸くしているユエをチラリ。ニッと笑って、シアは再び声を張り上げる。
視界の端でユエがもじもじしていて、それをハジメがからかっていることにちょっとほっこりしながら、もう一度、響かせる。
「皆さん! この五年間、本当にーーーっ!! よく頑張りました!!」
あ、と声を漏らしたのは誰か。最初の一言に呆然としていた人々が徐々に顔を歪めていく。
もちろん、不快だったからではない。胸の奥から歓喜や感動、達成感など本人にも判然としない、けれど莫大な感情が溢れ出したからだ。
「贖罪と試練の新時代。まだまだ皆さんは歩んでいかないといけませんね。頑張り続けないといけませんね。でも、今日くらいは褒めてあげましょう! シア・ハウリアが保証します! 皆さんは誇れる生き方をしていると!」
アロガンの頬に流れるものがあった。エリックは目元を片手で覆っている。グルウェルが、そんな二人の肩を力強く掴んだ。
「だから、今日は自分を、家族を、友達を、仲間を、隣人を、そして王様達のことも、褒めて褒めて褒めまくってあげましょーーーーっ!」
そう、シアが一際声を張り上げた直後、都が揺れた。そう感じるほどの大歓声が上がったのだ。
人々が直ぐ隣の人と抱き合い、肩を叩き合い、中には嬉し泣きしながら飛び跳ねている。
祭りの最中以上の熱狂と感情が都中に溢れかえっているようだった。
「ちょっと信じられます? あの子、俺のお嫁さんなんですよ?」
「……ちょっと信じられます? あの子、私の親友なんですよ?」
どこぞの魔神様と吸血姫様がめちゃくちゃドヤっている。香織達も、そして優花達や龍太郎達のみならず、エリック達もこれには少し呆れつつもにっこり。
「この先どんな困難があっても、今の皆さんならきっと大丈夫です!」
都の盛り上がりは最高潮。予想以上の反応にシアの気分も最高潮。
だから、盛り上がった気分のまま衝動的に言葉を足した。〝今まで〟に対する言葉は贈ったのだから、〝未来のための言葉〟も贈っておこうと。
「それでも、どうしても辛くて苦しくて、もう歩けないと思った時は、この言葉を思い出してください! 私が心から信じている、この言葉を!」
それはシアの信条であり、どんな困難も撥ね除ける魔法の言葉。
「気合いだぁーーーっ!!!」
あまりに気合いが入った言葉だった。声量だけでちょっと衝撃波が迸ったくらい。
ハジメ達が思わず耳を塞ぐ。都中に爆音で響き渡ったそれに、人々も思わず歓声を止めて、なんなら感涙も止まってスクリーンを見上げた。
ハジメ達は確信した。天に拳を突き上げ、ウサミミとウサシッポを荒ぶらせているシアを見て、「あいつっ、ハイになってやがるっ」と。
もちろん、いろんな意味でもう止められない。だから、その言葉は、この先の未来でずっと伝わっていく伝説の言葉になった。
「気合いだっ、気合いだっ、気合いだっ、気合いだぁ!! 気合いがあればなんでもできる! 物理法則を超えることも、世界の理をねじ曲げることも! 女神様を分からせることも、なんでもできる!!」
いや、なんでもできすぎだろ!? というツッコミが、この時、都中の人々の心の中で一致していた。かつてない同心状態だった。
こんな大勢の前での演説は普段ハジメやリリアーナ達に任せっきりのシアである。それもあって、ある意味トリップ中のハイウサギに空気読みなんてできるはずもない!
「いくぞぉーーーーっ!!」
どこへ!? と激しく動揺する民衆。エリック達も揃ってオロオロ。
一方、楽しくなってきたのかミュウや奈々、妙子や淳史達は乗った。このビッグウェーブ、乗るっきゃないでしょ! と言いたげな満面の笑みで。
「いーーっち!! にーーーっ!! サーーンッ!! ダァーーーーッッ!!」
「「「「「ダァアアアアアアアアッ!!!」」」」」
「「「「「だ、だぁーーーーっ!!」」」」」」
力強いダァッはミュウ達から。戸惑い気味なのは民衆だ。戸惑いつつも叫べたのは大変素晴らしい。
でも、シアちゃんはご不満である。
「気合いが足りないっ!! さぁ、もう一度!!」
「お、おい、シア? ちょっと――」
「ハジメさんも気合いが足りてませんよ!!」
「あ、はい。すんません」
「ユエさん! 口パクばれてますよ!」
「……ん!? ご、ごめんなさい」
「さぁ、行きますよ! 皆さん、いいですね! 腹の底から~~~~~~っ」
ここまでくれば、もう一種の集団心理というべきか。誰もが乗る。このよく分からないが、確かになんだかどんな困難も乗り切れそうな魔法の言葉に。女神様まで届けと言わんばかりの勢いで!
「さんっはい! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! ――」
「「「「「気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! ――」」」」」
興奮冷めやらぬ、それどころか際限なく上がっていくボルテージは、ある意味、祭りの夜に相応しいというべきか。
何はともあれ、都中の一体感がかつてないほど高まったこの日は、後に〝二度目の救世主伝説〟として、星霊界の歴史に刻まれたという。
その後。
一種異様なまでの盛り上がりを見せた民主国での祭りを存分に楽しんだハジメ達は、翌日、獣王国へと立ち寄った。
シアがハイテンションな自分を思い出して半日くらい羞恥心で身悶えたり。
優花が元祖兎人族衣装みたいな露出過多な民族衣装を着させられたあげく(十二着の一つではない)、テンパって転倒。
そのままハジメの股間に顔面ダイブしてしまったり。
名物の闘技場ではシアハーレムの噂を聞いた屈強な獣人の戦士達が、シアに認めてもらうべくハジメに挑戦したり。
ハジメが珍しくも素手での勝負に応じたあげく、最終的には一対百人の戦いに勝利を収め伝説になったり。
その戦いで魂が疼いたらしい龍太郎も獣人戦士達と戦い、ワーウルフモードやオーガモードまで披露して圧倒したせいか、女性の獣人さん達から熱い視線を頂戴したり。
彼氏の唐突なモテ期到来に鈴が女の戦いに参戦し、全ての女性挑戦者を封殺(殺してはいない)したり。
なお、首都の中央広場には龍神モードのティオの彫像があったりもした。グルウェルが記憶を頼りに作らせたらしい。
それで懇願された結果、龍神モードをお披露目したティオが崇拝されたりも。
そんな怒濤の半日を過ごしたハジメ達は、最後に三王達やダリアが開いてくれた送別会を楽しんだ後、別れの挨拶と再会の約束をして旅立ったのだった。
次の世界――機工界へと。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
長らく星霊界編にお付き合いいただきありがとうございました!楽しくて予定の二倍書いてしまった(汗
次回の投稿ですが、申し訳ないですが来月いっぱいお休みさせていただきます。
旅に出たり引っ越しの手続きや作業したり他にも7月中にやらないといけないことがありまして、ちょっと更新に時間を取れそうにないためです。(エルデンも1割くらい影響しているのは許してください)
次回からは機工界です。地球サイドの閑話を挟むかもしれませんが、再開した時はまたお付き合い頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします!!
※ネタ紹介
・いつもそうよね!~なんだと思ってるのかしら
『ゾンビのあふれた世界で俺だけが襲われない』より。ノクターンノベルの作品なので、年齢その他ジャンル等苦手な方はご注意ください。
・私は悪くない! 私は悪くない!
『テイルズオブジアビス』の主人公ルークより。
・気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いがあればなんでもできる!
アニマル浜口さんの「気合いだ!」とアントニオ猪木さんの「元気ですかー! 元気がればなんでもできる! 1,2,3,ダーッ!」の組み合わせより。両方とも本当に魔法の言葉だと思う。シアは地球の格闘技系を大体網羅しているので、この言葉を好きにならないはずがない。
・このビッグウェーブ、乗るっきゃないでしょ!
映画俳優ブッチさんの「乗るしかない。このビッグウェーブに」より。iPhone3G発売時の言葉らしいです。




