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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
502/544

星霊界編 ユエ流無念無想の境地

本日21時にもう一話更新します。

今話は星霊界編の最終回の前編みたいなものです。




 レテッド民主国。


 霊素の消失で最も影響を受けた国は今、大変な賑わいの中にあった。


 自分達は魔族であるというある種の選民意識も、神や自然を軽視する思想も今は過去のもの。


〝新時代のために開かれた国家を〟という新方針のもと、研究・開発・そして商業を全面的に推奨する今の民主国は、魔王国だった時とは比べものにならないくらい普段から人も物も入れ替わりが激しく活気に溢れている。


 が、今日の賑わいは更にその上をいっていた。


 祭りだ。


 通りは表も裏も人で溢れている。普段の数倍は屋台が広げられていて、何か出し物があるのだろう。小さな舞台もそこかしこに。


 奇妙なのは、祭りなのにラフな感じがしない点だ。


 むしろ、誰も彼もどこか緊張している。意識が祭り自体に向いていないというか、上の空というか。身だしなみを何度も整えている者さえもちらほら。


 店主達も準備に余念がなく、舞台の裏では忙しなく駆け回っている者達もたくさんいるようだった。


「……ふっ、とても祭りの最中とは思えん雰囲気だな」


 そう苦笑を漏らしたのは獣王グルウェルだ。


 五階建ての長方形型建物、その上にある天文台のようなドーム状の建築物の外回廊に立って、都の騒然とした雰囲気を眺めている。


「仕方ないさ。まだ本当の始まりではないし……何より、聖女の帰還に救世主殿とご家族の来訪だ。私とて浮き足立っている自分を否定できない」


 答えたのは隣に立つ凄まじい美貌の青年――アロガン首長だ。五年の月日を経たとは思えない相変わらずの美人だが、長く艶やかだった黒髪が随分と短く切りそろえられている。纏う雰囲気もかなり温和だ。


 グルウェルは嫌みのない笑みを浮かべて深く首肯した。


「昨日今日で用意したにしては立派な祭りだ。今や、最も共存を体現した都市なだけはある」

「お褒めに預かり光栄だよ。……獣王国においては、少々残念なことだろうが」

「なに、一応は寄ってはくれるとのことだ。それで十分だとも」


 特に気にした様子もなく、グルウェルがアロガンの肩にぽんっと手を置く。


「それに、こうして転移で民主国へ送り届けるという配慮はいただいた。これ以上は贅沢というものだろう。……あまりわがままを言って、また風穴を開けられてはたまらんからな」

「ははっ、確かに! もう二度とごめんだ!」


 冗談じみたグルウェルの様子に、アロガンは思わず噴き出した。


 五年前では考えられない親しみが両者の間に感じられた。新時代を率いるリーダーとしての苦労が、立場を超えた友情を育んだのだ。


「それはそれとして〝禁足地の聖女〟とはまた……」

「歓待が終わったら、話し合わねばならないことがどっさりと増えるね」


 新たな苦労(予定)話に、二人揃って天を仰ぐ。


 実は、ハジメ達の旅程は当初のそれからは少しばかり変更されている。禁足地での滞在という予定外があったからだ。


 そこで、ハジメは禁足地に宿泊した夜、星樹へ行く前にアロガン達へ連絡を取っておいたのだ。


 とある従者が二人のもとへ通信機を持って訪れ、話し合いの結果、民主国への訪問を優先することになったのである。


「「それにしても…………美人だったな」」


 二人揃ってほわほわ~んと〝例の従者〟を思い浮かべる。


 銀髪に絶世の美貌を持つ女性――ノガリさんとエガリさんである。それぞれハイブリットロボとフェアリーという進化先の違い(?)はあれど顔面は一緒である。


 黙っていれば傾国の危険性さえ秘めていそうな美貌の従者が、突然、使者として出現して事情説明やらなんやらするのだ。元々好色なアロガンはもちろん、グルウェルも驚愕半分下心半分になってしまった。


 そして、必然的に、


「「そして…………凄く残念だったな」」


 浮ついた心は直ぐに治まった。


 あの男の従者である。手を出して風穴&蘇生ループが再現されては、せっかく乗り越えつつあるトラウマが悪化してしまう。


 だが、それ以上に、だ。


「なぜ、私達が話している間、ずっと奇妙なポーズを取っていたのだろうね?」

「じっとしていれない種族か何かなのだろうか? 物凄い煽り顔をいちいち向けてくるから無性にイラッとさせられたのだが」


 二人は知らないことだが、それはジョジ○立ちと呼ばれるものだった。


 ジョジ○立ちベスト10しながら話す美人……


 しかも、「お前にこれができるか?」と言わんばかりの実に腹の立つ顔を向けてくるのだ。顔を逸らしても、スッと回り込んできて常に視界の端に映る。


 意味が分からなかった。ジョークとか、シュールとか、そんなチャチなものじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だった。


 まぁ、あの男の従者だし理解し難いのは当然か。と妙な納得と共感をするアロガンとグルウェル。


 気を取り直すようにして、アロガンは遠くを見やった。


「さて、時間的にはそろそろ見えても良い頃合いだと思うが……」


 午前と正午のちょうど中間を知らせる太陽が燦々と輝いている。


 実は、ノガリ達が帰還する際に言づてを頼んだのだ。これくらいの時間帯に、都の正門の方角から飛来してほしいと。


 演出のためである。救世主と聖女の来訪――この五年で一番の朗報だ。どうせなら、民の頑張りに報いるためにも、祭りの本当の始まりも多少は劇的でいいだろうと思ってのことだ。


「む? 良かった。どうやら予定通りのようだ」


 竜人の優れた視力が陽光の中に幾つもの黒い点を確認する。飛竜の群れだ。


 その言葉を受けてアロガンは頷いた。


 身を乗り出して階下に待機していた部下に合図を送ると、ドームが音を立てて開いていった。中から姿を見せたのは大きな鐘だ。


 アロガンとグルウェルが耳栓をすると同時に、鐘が一回、二回と澄んだ音色を響かせた。


 都中の人々がハッと見上げてくる。


 アロガンは大きく手を振り、次いで真っ直ぐに空の彼方を指さした。


 その瞬間、爆音染みた歓声が広がった。


 人々がそこかしこでぴょんぴょん飛び跳ね、歓喜の表情を浮かべ、北の空を見上げていく。


 議事堂の前の広場、その両サイドにスタンバイしていた音楽隊が「さぁ、出番だ!」と言わんばかりに、やる気に満ちた様子で歓待の音色を響かせ始めた。


「さぁ、首長殿。行こうか」

「ああ、行こう。獣王殿」


 議事堂の入り口は、広々とした階段とエントランスがある。議事堂の前は広場なので、人々の前で賓客を出迎えるにはもってこいの場所だ。


 流石に、もう五階の高さから飛び降りて無事に済む体ではないので、二人は少し急ぎ気味に階段を降りていった。


 エントランスに降りると、それぞれの幹部達も勢揃いしていて出迎え万端といった様子。


 歓声はますます広がり、都の外縁部からは次々と花火が打ち上げられていく。


 そして、


「来た! 来たぞ!」

「救世主様ご夫妻と聖女様だ!」

「やめて! シア様は男と結婚なんてしないっ」

「黙れ、不敬だぞ! 真紅の暴君を愚弄する奴はぶち○すッ」

「警備兵ぇ! 警備兵ぇ~~! またシアダリ過激派と暴君過激派が取っ組み合いしてる! 止めてくれーーっ!!」

「見ろ! 本当にご家族やご友人もいらっしゃるぞっ」

「なんたる光栄っ。やはりダリア様のお言葉は本当だったんだ! 本当に救世主様が俺達の今を見に来てくださった!」

「「「「シア様――っ!! ダリア様―――っ!!」」」」」

「「「「真紅の暴君万歳!! 真紅の暴君万歳!!」」」」

「うぉおおおおおっ、暴君殿ぉ! どうか俺を踏んでくれぇーーっ!!」

「冷たい目で見下してぇーーっ!!」


 一部、なんか変な声というか妙な派閥同士で争いが勃発しているようだったが、広場を囲む大半の人々は喜色そのままに息を呑んだ。


 頭上を影が覆う。黒竜の予想外の大きさに人の輪がさざ波のように更に広がる。


 ハジメ達を乗せた飛竜が広場に降り立った。


 一拍おいて、観衆から爆発的な歓声が上がる――寸前で。


 誰もが思わず口を噤んだ。揃って困惑を顔に浮べている。


 それも無理からぬことだろう。だって、


「……た、頼む……アロガン殿、や、やすませ……て……」


 なんかバルテッド王国の方々が揃って死屍累々の有様だったから。


 何人か着地と同時に地面に倒れ込んだり、飛竜にしがみついたまま離れなかったり、小刻みに震え続けていたり……


 あと、見たことがないほど立派な黒竜は、どうしてあんなにもハァハァッしているのだろう?


 不敬だろうから絶対に口には出さないけれど、大多数の人は同じ気持ちだった。


 すなわち――


 勇壮な竜なのに、なんか妙にニチャニチャしてて気持ち悪いな、と。










 黄色い声と称える声、敬愛を込めた歓声に、なんなら祈りを捧げる声も。


 ありとあらゆる活気に満ちた喧噪が響く中、


「そ、そうか……エリック殿は……うむ、そうか」

「音の速度……そのような速さ想像もできんが……なるほど。それなら、彼等の状態も無理はないな。はは……」


 メインストリートを民主国と獣王国の兵士に囲まれるようにして歩くハジメ達に、アロガンとグルウェルが乾いた、いや、引き攣った? 笑みを向けている。


 あのなんとも反応に困る登場の後、空気を戻したのはシアだ。


 〝英雄シア・ハウリア〟は既にやったので多少は慣れがあったのだろう。バルテッド勢の死に体姿は長旅を限界まで急いだせいの疲労と説明しつつ、満面の笑みと共に大手を振って挨拶すれば戸惑いは直ぐに払拭された。


 後はアロガンの部下がエリック達を休憩室へ運び、ハジメ達は議事堂のエントランスで歓待の感謝を述べ、祭りの本格的な開会宣言に立ち会って、少しお互いに情報交換して、今は街中を観光中というわけだ。


 しきりに呼びかけられるシアがニコニコと手を振っている。


 意外なのはハジメへの声も多いこと。救世主や聖女への呼びかけに勝るとも劣らない人気があるらしい。


「なんか畏敬の念? みたいなものを感じるね?」

「まぁ、想像はつくわ。シアを迎えにいった時、ハジメったらガチギレ状態だったもの。むちゃくちゃしたんでしょ」


 香織と雫が小声で言葉を交わす。流石は理解者。大正解だ。


 シアやダリアへの好意全開の声と違って、緊張感の滲む声が多いのは確かにそのせいだった。圧倒的で暴君の如き理不尽さが刺さった人は多いらしい。それこそ、一部が紳士淑女(意味深)になるほど。


 なお、〝真紅の暴君〟という呼び名が心の厨二を刺激するのと、ガチムチ集団が頬を赤らめながらハジメを呼ぶ姿を目撃してから、ハジメは一切、声かけには反応していない。


 一方、


「ママ! こっちこっち!」

「あらあら、そんなに急がないでミュウ。人が多いから、ね?」


 周囲の空気感などなんのその。お目々キラキラのミュウはレミアママの手を引いてあっちへこっちへ。その度に獣王国の兵士さんが慌てて付き添っている。


 民度は素晴らしく、兵士達がハジメ達を囲んで空間を作っているとはいえ、無理に押しかけようとする人はいない。


 通りは人混みで溢れているが、ハジメ達の通り道を邪魔することもなく、ミュウが不規則に動いても自然と両脇や路地に入って道を開けてくれている。


 両サイドの建物の上階の窓や屋上から身を乗り出して手を振ってくれたり。花びらを撒いて、聖女の帰還と救世主一行の来訪を祝福してくれたりなんかも。


 歓迎一色のムードにユエ達も楽しげに手を振り返したり、奈々と妙子などはミュウと同じく屋台の呼び寄せに遠慮なく立ち寄ったりしている。


 そんな家族や仲間の様子を、目を細めながら眺めつつハジメは頷いた。


「ああ、運の悪いことにエリックは1乙した。音速で振り落とされたあいつは、まさに人間砲弾だったよ」

「……ハジメ、運で片付けるのは流石に可愛そうだと思う」

「だよね。ハジメくん、反省してね?」

「ティオとシアもよ? 分かってるのかしら?」

「お二人が張り合ったせいなんですからね! 私の〝鎮魂〟も意図的にガードして! まったくもう!」

「生きた心地がしなかったわよ、ほんと。私とリリィは特にね」

「優花の言う通りですよ? エリック陛下が吹き飛んでいく姿を見た時は、次は我が身と死を覚悟しましたからね……」


 口々に飛んでくる苦言に、ハジメ、シア、ティオの三人は揃って視線を逸らした。消え入りそうな声で「すまねぇ」「ごめんなさいですぅ」「許してたもうぅ」と呟きながら。


 何があったのか。まぁ、簡単な話だ。


 歓喜の飛翔をするティオと、それに竜族のプライドを以て追随すべく奮闘する飛竜達。


 そこで終われば良かったのに、シュタイフたんで追いついたシアがスピード狂の一面を覗かせるから。


 ……シアよ。なぜ、いちいちちょっとだけ妾の前に出ようとするんじゃ?


 言葉はなくとも空の覇者としての自負を刺激され、ティオはシアのちょっと前に出た。


 ……ティオさん? なんで、ちょっと前に出たんです? なんですか、その目。自分の方が速いアピールですか?


 後は〝前にちょい出〟の繰り返しだ。


 速度は徐々に上がっていき、香織達が自重を促したときには既に火が付いていた。で、そこに燃料が投下された。


――おもしれぇ。どっちが最速か、リアルワイルドス○ードだな! 


 と、ハジメさんが悪ノリしたのだ。ティオを鞭打って〝痛覚変換〟を発動させてまで。


 結果、ただでさえ超速度でギブアップ寸前だったバルテッド勢に更なる悪夢が襲いかかったのである。


 音速の世界へようこそ。


「せめて、私達のことは置いていってくれたら良かったのにね」

「し、しかし、鈴よ。置き去りは……忍びなかろう?」


 だから、わざわざ重力魔法で引き寄せ続けたらしい。


 龍太郎が咳払いを一つ。心を込めて叫んだ。


「ティオさん、わりぃが言わせてくれ。余計なお世話だよ!!」

「りゅ、龍太郎まで……」


 最後尾を歩いていた淳史と昇が同情の眼差しを肩越しに背後へ――議事堂の方へ向ける。きっと今頃、休憩所でうんうんと唸っていることだろうエリック達を思って。


「バルテッドの人達、絶対トラウマなってるぜ? あの様子だと」

「だろうなぁ。なんせ、白崎の回復と先生の〝鎮魂〟をかけられてもグロッキー状態だったもんなぁ」


 肉体的疲労と精神の安定は可能でも記憶が消えるわけではない。特にエリックさんは。


 忘れようにも忘れられない普通の人間(生身)in音速世界の恐怖の記憶は、彼等の足腰を未だに生まれたての子鹿状態にしているのだ。


「お、大袈裟ですよ。ほら、ダリアさんはこうしてしっかりして――」

「死んでもシア様から離れませんっ」


 実は、さっきから聞こえてくる黄色い声の中身、八割くらいはシアとダリアの有様を見てのものだったりする。


 シアの片腕にひしっと抱きつき、肩口に顔を埋めるようにして、ほぼ密着状態で歩いているのだ。


 こんなの、傍から見ればどう見ても、


「やっぱりお二人は相思相愛の恋人なんだわ!」


 と、パン屋の女の子がキャーキャー叫びながら言った通りである。


「……シア。これ、大丈夫だから同行したんじゃなくて、シアから離れたら死ぬっていう強迫観念に囚われてるだけなんじゃ?」

「……」


 ユエが流石に同情の眼差しをダリアに向けている。


 エリックのようにはなりたくない。エリックのようにはなりたくない。エリックのようにはなりたくない……


 よくウサミミを澄ますと、なるほど、確かにそんな呟きが聞こえてきた。


「ま、まぁ、幼児退行していた時に比べたら回復してますし、ね!」

「何が〝ね!〟なのか知りませんけど、もう一度、心のお薬処方しときますね」


 愛子先生が真顔だ。〝先生の顔〟で反省を促されている。


 それを理解して、シアは「はぁい」と神妙な顔で頷いた。「お二人もですよ?」と愛子先生の真っ直ぐな眼差しがハジメとティオを貫く。二人も揃って「はい……」と神妙な顔で頷いた。


「それに、ユエさん」

「……え!? 私?」

「止めようと思えば止められましたよね? ハジメくん達が楽しそうだからって、もぅ。私達の正妻様なんですから、ね?」

「……あい」


 「気持ちは分かるんですけどね?」と共感の微笑みを向けられたことが、逆に心にきたらしいユエ様。素直に頷く。


 愛子の魔法でペカーッと輝くダリアに、「なんて神々しいの……」「聖女様が輝いて見える……」「そうか。あれが幸せのオーラなのか」と誤解が加速する。


 シアのウサミミはピクピクした。片腕に張り付いたダリアを見やる。


 ……離れる気配がない。むしろ、更に密着度が増したような気がする。


 追い鎮魂を受けて、なお正気を保てないなんて、そこまでダリアの心はニトロ加速によるダメージを受けていたというのか。


 確かに、何度も「もうやめてくださいましぃ! せめて降ろしてぇーーっ」と叫ばれていたのを、「ここまでスピードに乗っておいて減速なんてとんでもない! ダリアさんも一緒に風になりましょう!」とハイテンションでスルーしたのは悪かったけども。


「あの、ダリアさん。そろそろ離して――」

「ダリアは死んでもシア様から離れませんっ」


 キャーーッ、聞いた!? ダリア様ったら熱烈だわ!!


「もう大丈夫ですから、ね?」

「いいえっ、シア様。この手を離したら、シア様はきっとダリアを置いていくに違いありません!」


 キャーーッ 聞いた!? もう二度と貴女を離さないですって! ですってぇ! なんて情熱的なの!


「っ、ダリアさん! 私が悪かったです! もう二度としませんから、ね?」

「一度走り出した貴女様は、わたくしのことなど忘れてしまうっ」


 やっぱりダリア様の失踪はシア様を求めてのものだったんだわ! 愛しい人を捜す旅に出たのよ!!


 シア様、どうかダリア様を不安にさせないで! 末永く幸せでいてぇ!


 ニトロ噴射並に超加速していく誤解。


 そこで気が付いた。ダリアがぷるぷるしている。顔を肩口に埋めていて表情が分からないので、てっきり怖がっているのかと思っていたが、これは……


「……ダリアさん、笑ってます?」

「い、いいえ? 周囲の声にシア様が焦りを加速させていく姿が愛らしくも面白い、などとは思っておりませんっ」

「だから語るに落ちてるんですよぉ!」

「スピード狂いなだけに、誤解も焦りも加速……ふふっ」

「やっぱり笑ってんでしょうが!っていうか、ぜんっぜん面白くないですからね!」


 ぺいっとダリアを引き離すシア。スッと背筋を伸ばして、いつもの凜とした立ち姿を見せるダリアからは恐怖の感情は欠片も見えない。むしろ、とっても良い笑顔。


 シアがこれでもかとジト目になる。


「……ダリアさん、意地悪しましたね?」

「はいっ、ダリアは意地悪を致しましたっ」


 両手で握り拳をグッ。なんとも可愛らしく力強い意地悪宣言だった。減速してくれなかったシアへのお返しだったらしい。


 んもぉっとダリアの両手を掴んでぶんぶんっと上下に振るシアと、それを楽しげに受け入れるダリアさん。


「なになに、どうしたん? これ見よがしにイチャイチャして」

「二人だけ、観光じゃなくてデートじゃない? 雰囲気が」


 シアとダリアの仲良しな様子を、アロガンとグルウェルは少し驚いた様子で、ハジメ達は微笑ましいものを見る目で見ていると(もちろん、黄色い声は刻一刻と増大中)、奈々と妙子が戻ってきた。


 両手に抱えきれぬほどの出店の料理を持って。


 こいつら、マジでめちゃくちゃ楽しんでやがるっみたいな顔になるハジメ達。


 というか、


「ちょっ、奈々! 妙子! あんたら、なに兵士さん達に荷物持ちさせてんのよ!」


 二人に付き添っていた兵士さん達も抱えていらっしゃる。優花が慌てて「そんなことしなくていいですから!」と声を張り上げると、兵士さん達は顔を見合わせて困り顔に。


「え~、しょうがないじゃん? 注文してないのに、皆めっちゃくれるんだもん」

「そうそう。ぜひ受け取ってくださいって。あんな笑顔で言われたらねぇ? あ、兵士の皆さん、お腹空いてたら半分ずつなら食べていいですよ? 絶対食べきれないし」


 滅相もない! 雲上人への貢ぎ物に手を付けるなんて! と言いたげなギョッとした顔になって首を振りまくる兵士さん達。


「それよりほらぁ、優花っちも食べてみなぁ? おいひぃよぉ~」

「王国のに比べると野性味ある感じ? 王国がレストランで出す料理系なら、こっちはファストフード的な? いや、出店だからかな? ほら」

「むんぎゅっ!?」


 見た目はホットドックだが、パンではなく極太のソーセージに野菜とソースを入れ込んだものを、問答無用に優花の口に突っ込む妙子。


 下手に暴れて落としてしまっては料理店の娘の名が廃るとばかりに、優花は妙子を睨みながらも大人しく食べようとする。


 でも大きいのでちょっと涙目。ソースがぽたりと胸元に落ちて……


「おっと、こいつぁやばい」

「菅原先生! あんたって人ぁ、まさか、これを狙って!?」


 淳史と昇が戦慄する。むっちむちの女教師風コーデな優花と、その組み合わせは刺激が強すぎるのでは? と。


 だってほら、兵士さん達が目を思いっきり逸らしてるし、周囲の人々の中には、特に男性は凝視している者もいる。


 隠れドSが微量発動しているっぽい妙子先生は、ソーセージサンドをぐいぐいと涙目の優花に押しつけながら、チラッとハジメを見やった。そして、フッと笑った。


 今の自分のちょっと危うい姿に気が付いていないのは優花だけ。


 雫と愛子が顔を赤くしながらも額に青筋を浮かべて妙子を叱ろうとして――


「公衆の面前で何をやらせてんだ、ド阿呆」

「アイタッ」

「むぐぅ~?」


 妙子の頭をベシッとチョップしつつ、ハジメは取り落とされたソーセージサンドを片手でキャッチした。


 テヘペロしている妙子と、頭上に〝?〟を浮かべている優花に苦笑しつつ、そのままパクッとソーセージサンドに喰いつく。


「!!?」

「お、美味いな。すっげぇ肉々しいというか、このソースもちょっと醤油ベースっぽくて馴染みがある」


 頬をリスみたいにしながら優花があわあわしている。


「……ん、優花。動かないで。染みになる」

「もぎゅ!?」


 胸の谷間を滑り落ちそうになっているソースを、ユエが指で拭った。そのままペロッと一口。優花の顔がトマト化する。


「……ん、確かに美味しい」

「腹に何か入れたせいかな。急に空いてきたわ」


 優花が口に入れるだけでも苦労した太さのサンドを、たった二口でほとんど処理してしまうハジメ。残りの小さめな一口をユエに「あ~ん」させて食べさせる。


 優花がなんとも言えない表情になった。


 何か言いたげだが、お口の中を空にするので精一杯な優花は頑張ってもきゅもきゅするしかない。


 そんな優花の肩に、香織がポンッと手を置いた。目が言ってる。大丈夫だよ、気持ちは分かってる。動揺してるのが自分だけって微妙な気持ちになるよね? と。


 優花はしゅんっと肩を落とし「んむぅ~」と鳴き声を漏らした。


 そんなやりとりを興味深そうに眺めつつも、アロガンは謝罪を口にした。


「すまないな。事情説明に付き合わせたが、本来は彼女達の姿が私達の望むところ。いろいろ話すべきことはあるだろうが、それは後にしよう」

「うむ、今は祭りを楽しまれよ。あの時はろくな礼もできなかったのでな。何かあれば遠慮なく言ってほしい」

「ああ。ありがたく、もてなしを受けさせてもらうよ」

「というか……アロガンさんもグルウェルさんも少し変わりましたね?」


 シアの言葉に二人はキョトンとした顔になった。そうだろうか? と顔を見合わせる。


「仲良くなった感もそうですけど……エリックさんと同じで、少しは骨のある顔になりました」


 ニッと笑っていうシアに、アロガンとグルウェルは目を丸くした。


 それから、もう一度顔を見合わせると互いにフッと笑って、


「それは何よりの評価だよ」

「ああ。この五年の苦労が報われた気持ちだ、英雄殿」


 心底から嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。











 それから。


 ハジメ達はいろんな意味で危険性を秘めた祭りを、大きな川の流れに乗って流されるままになるような気持ちで楽しんだ。


 深く考えたら負けそうなことが多々あったのだ……


 例えば、シアダリ過激派や暴君過激派の争いとか、救世主と暴君の彫像とか、救世主を奪い合う聖女と暴君の物語とか、暴君を取り合う救世主と聖女の演劇とか、それらのグッズとかetc.


 別ベクトルのヤバさで言うなら、射的屋なんかもあった。祭りの定番ではあるが、問題なのは射的道具が玩具じゃなかったこと。最新武器のお披露目も兼ねていたのだ。


 火薬式のボウガンである。文字通り何度も風穴を開けられたアロガンは、どうやらたくましくも銃器の原理をしっかりと記憶に止めていたらしい。


 もちろん、ドンナーどころか現代の銃火器にも遠く及ばない。それどころか弾を真っ直ぐ飛ばすのも困難だったらしい。


 そこで、もう広く基礎原理を公開して後は他の研究者達に競わせちゃえと丸投げした結果、弾丸の代わりに鉄矢を使った火薬式射撃武器が、今はメインで研究されているらしい。歓待式の時の花火も、この火薬研究からの派生だ。


 新武器研究のお披露目は他にもあって、なんなら相手にブッ刺した後に爆破して大ダメージとかロマンじゃない? と、火薬を仕込んだ大槍や大斧なんかもあった。


「女神様が知ったら……まずくないかな?」

「思いっきり異世界技術の流出よね?」

「……お、俺がばらまいたわけじゃない、し」


 時間はあっという間に過ぎて、今は空が美しい茜色に染まった頃合い。


 ハジメ達の姿は外壁上の一角にあった。休憩中だ。元よりカフェテラスとして使っていたらしく、テーブルセットもたくさんある。


「ま、まぁ、ほら、あれですよ。禁足地問題もありますし、その影響が既に出ているようですから、ね!」

「そうでございますね。進化体に及ばないクラスの獣は我々も監視しきれているわけではありませんし、そういう獣がいるのは何も禁足地だけではないでしょうから。やはり、情報共有するには良きタイミングだったようです」


 アロガンが、共存を重視する新時代に武器開発を進めているのは、何も戦争を想定してのことではない。


 実は、ダリアが去った後くらいから獣による被害が少しずつ増えているのだとか。


 その数、強さも少しずつ増しているらしく、最近では新種の獣も多いという。


 霊法術なき今、それらに対応するための武具の開発は必要だと三国で意見の一致を見ているらしい。


 禁足地で観測されている状況が影響していることは想像に難くない。否、それどころか、大陸中で食物連鎖の改変が進み、今まで辺境にいた動物達が新天地を求めて移動し始めているのだろう。


「熱いよなぁ。ハンターギルドだぜ? ハンターギルド! 新時代の新たな職業だってよ! 俺ぁ、ここに引っ越したくなってきたぜ」

「あはは、龍くんの好きなランス使いだっけ? 意気投合してたもんね?」

「鈴、間違えるな。あの人はガンランス使い、だ」

「あ、うん」


 真顔で訂正してくる龍太郎。やはり、モンハ○ガチ勢。


「ちょっとやめてくださいよ、龍太郎さん。貴方は我が国の騎士団長なんですからね!」

「いや、ちげぇよ。なんで確定してるどころか既になってることになってんだよ」


 真顔で釘を刺してくるリリアーナ。やはり、国益ガチ勢。


「ふむ、アロガン殿は普通に天才の部類ではないかのぅ? だとしたら、遅かれ早かれじゃったと思うが?」


 ティオが真っ白な飲み物を舐めるようにして飲みながら言う。ぷるるっと身震いしたのは、たぶん甘すぎるからだ。


 ハジメも一口貰ったが思わず震えた。極甘なカフェオレを回復薬にしている某バスガイドさんが歓喜しそうな甘さといえば、その凶悪さが分かるだろうか。たぶん、彼女にとってのエリクサーになるだろう甘さだ。


 店員さんが「うちの自慢のブレンドを飲んでもらえて嬉しい!」みたいなニコニコ顔で見ているので、頑張って飲んでいるらしい。


 ……いったい何をブレンドしたら、こんな殺人的な甘さのドリンクが出来上がるのだろう。とりあえず幾つかお土産にしておいた。後輩ちゃんと某バスガイドに飲ませて反応の違いを見てみたいから。


 というのはさておき、眼下を見やればそこには、


「パパ~~ッ! これおっそ~~い! の!」

「「「「!!?」」」」


 ミュウが自転車のようなものに跨がりながら、ご機嫌な様子で手を振っていた。


 傍らにはレミアが付き添っていて、テニスコートくらいの大きさのコースを走って――いや、歩いている。少し離れた場所では奈々達が同じく大型の三輪車やキックボードのようなものに乗っていた。


 いずれの乗り物も後部から生えた煙突より煙が噴き出していて、いかにも技術者らしき者達がミュウの発言にショック顔になっている。


「そうだなぁ。星霊界製の特殊な素材を使っているとはいえ、自力で蒸気機関発明してんもんなぁ」


 ミュウに手を振り返しながらも、ハジメは確かに感心の滲む声音を漏らす。


「内政関係が少し落ち着いて、研究に割ける時間が増えたとご本人はおっしゃっていましたけど……発明の歴史を知る私達からすると大変なことですね」


 愛子の視線が遠くを見た。


 その目に映るのは都内に流れ込む大きな川の一部。幾つもの水車が並ぶ光景は中々に壮観だ。加えて、自分達が今くつろいでいる外壁の上には一定間隔で風車も備え付けられている。


「ほんとにな。まさか、既に電灯まで生み出しているとは恐れ入った。神々の力の再現が元々のあいつの研究テーマで、そういった過去の文献もかき集めていたから下地はあったというが……」

「……ふふ。ハジメ、良い顔してる」


 どんな分野でも、優秀なクリエイターを見つけると心底嬉しそうな、あるいは負けていられないと燃え盛るような表情になるハジメさん。


 ユエさんは、そんなハジメの表情が大好物である。愛しげに見つめながら、ハジメの釣り上がった頬をつんつんっ。


「そこまでお褒めに与ると流石に照れるな。今日は弾丸の雨でも降るのかな?」


 席を外していたアロガンが戻ってきた。外壁上までは重りを利用したエレベーターがあり、そこにはエリック達も乗っていた。もちろん、グルウェルも。


 グロッキー状態だった彼等が復活したという知らせを聞いて、アロガンとグルウェルが迎えに行ったのだ。


 ハジメ達に家族水入らずの時間をという配慮もあったのだろうが。


「掛け値なしの称賛だよ。技術が生きてる素晴らしい都作りだ。今日一日巡って、そう感じた」

「っ、これまたストレートな賛辞だね。……ありがとう。素直に受け取っておこう」


 まさか、ハジメからここまで称賛されると思っていなかったのか、アロガンは僅かに視線を逸らした。ほんのり耳の先が赤い。照れているらしい。


 男相手に照れる姿など、グルウェルやエリックはもちろん、彼の部下も見たことがなかったのだろう。ギョッとしている。


 それほどに、心血を注いで日々研究している次世代技術と、それを生かした都作りを絶賛されたことは彼にとって大きなことだったのだろう。


「ふっ、貴殿もそのような顔をするのだな。良いものが見れた」

「エリックの言う通りだな? これだけで今日ここに来た甲斐があるというもの」

「二人して私をからかうのかい? 後が恐いぞ?」


 エリックとグルウェルにニヤニヤ顔で肩を叩かれ、額に青筋を浮べるアロガン。


「……本当に、あの頃にも増して良き関係でございますね」


 ダリアが目を細めて三王を眺めている。嬉しさが滲み出ていた。共存のため駆け回った聖女様だ。各国のトップが友人として肩を並べる姿は心に迫るものがあるのだろう。


 当時を知る、あるいは過去視を見たハジメ達も顔を見合わせ、なんとなくほっこりした気持ちになった。


 なんとなく周囲から生暖かい目で見られていることに気が付いて、エリック達が揃って咳払いをする。


「長らく席を外してすまなかった」

「いやいや、エリック殿よ。こちらこそすまなかったのじゃ。少々はしゃぎすぎた」

「悪かったな。もう平気か?」

「ああ、大丈夫だ。ダリアが平気だったのに情けない限りだよ」


 恥ずかしそうに頭を掻くエリック。背後に控えるルイス達も苦笑いしているが顔色は悪くない。


 なお、ダリアの復活がエリック達より早かったのは、暴れる進化体にしがみついたりロデオしたりが日常茶飯事だからに違いない。


「さて、三人で話し合ったのだが……祭りも良い頃合いだ。そろそろ過去を映し出す術の出番ではないかと思うが、どうだろう?」

「ほんとにいいのか?」


 ハジメが()()、確認する。


 実は、ノガリを連絡役に送った時に、民主国での過去再生について話し合っていた。配慮のためだ。


 当時の民主国はオロスの襲撃で都が壊滅的な打撃を受けていて、当然、死傷者はバルテッド王国の比ではなかったから。


 それでも、アロガン達は過去再生を承諾した。否、むしろ頼んだ。


 エリックと同じだ。人は忘れる生き物。だから、この再会の時に喜びだけでなく、今一度痛みも思い出すべきだという見解で一致したのだ。


「都合の良い面ばかり見ているわけにはいかない。同じ過ちを繰り返さないためにはね」

「もちろん、南雲殿や皆殿が見たくないと仰るなら、そうしていただいて結構だ」


 アロガンとグルウェルが真っ直ぐにハジメを見やる。その瞳は驚くほど力強く見えた。厳しくも、真に民を思う為政者の目だった。


「そうか。……ということだが、どうする?」

「当時は本当に追い詰められてましたからね。都内は割と酷い光景でしたよ?」


 シアも「本映像には暴力表現・流血シーンがございます」的な注意を加える。


 龍太郎と鈴、それにちょうど戻ってきた奈々達が顔を見合わせ、一言。


「「「「「え? 今更?」」」」」

「ですよねぇ~」

「レミア、必要そうな時は頼む」

「フッ、ママめ、来るか。良いだろう。覚悟ならできている!」

「あらあら、ミュウったらすっかり慣れて。うふふっ」


 外壁の縁で腕を組み仁王立ちになるミュウ。さぁ、いつでもそのおっきなおっぱいで耳を塞ぎ、そのママハンドで目を覆うがいい! と言わんばかり。


「あの、都の人達は大丈夫ですか? 準備、しときます?」

「そうだな。念のため頼む」


 気遣うように外壁から街中へ視線を巡らせる愛子に、ハジメが頷く。


 一応、民へは祭りの布告と同時に過去再生の話もしてあるとアロガンから聞いているが、精神が安定していることに越したことはない。


 ハジメがアロガンに視線を向ける。アロガンは頷き、背後の部下へ片手を上げた。


 頷いた部下が、どこかへ更に合図を送る。十秒ほどして、議事堂の鐘が音色を響かせた。少し間隔の短い、ともすれば警報にも感じられる響きが都中に伝わっていく。


 外壁の上にいた人達も、地上で思い思いに祭りを楽しんでいた人達も揃ってハッと空を見上げた。


「ユエ、頼む」

「……ん! カプチューは任せて」

「違う、そうじゃな――アッ」


 なぜか屈伸運動してウォーミングアップしていたユエさんが、皆が見ている前でハジメをおそっ――じゃなくて抱き付いた。チューチューピチャピチャペロペロと、ちょっとばかし卑猥な音が鳴る。


「すみません、いつものことなんです」

「そ、そうか」


 香織の申し訳なさそうな説明に、アロガン達が目のやり場に困っているような雰囲気で頷く。


「魔力の補給でして、決してわいせつ目的では――あら? 待って? そもそもそんなに魔力使ったかしら?」


 雫が苦笑しながら補足説明しようとして、不意に真実に気が付いた。


 全員、一斉にペロリストしているユエを見る。


「……ふぅ、ごちそうさま」

「あの、ユエさん? 魔力、足りてなかったの?」


 優花がおずおずと聞いた。ユエはキョトンとした。何を言ってるんだ? と言いたげだ。優花の頬が引き攣った。


「じゃあなんで吸ったんですか!?」


 リリアーナから当然のツッコミ。


「……え? 吸いたかったから?」

「「自由か!!」」


 淳史&昇からも「羨ましいなこんちくしょう!」という内心が込められてそうなツッコミが炸裂。


「……なんなの? みんな休憩で喉を潤してたでしょ? 席を立つ時、コップに中身が残ってたら最後に飲み干しておくでしょ? 同じでしょ?」


 さぁ、一仕事するぞ? おっと、その前にラストの一口を~~ごっくんっ! という感覚だったらしい。


 水が高きから低きへ流れるが如きカプチュー。あまりに自然すぎて認識していても誰も反応できない領域に、それはあるらしい。もはや〝無念無想のカプチュー〟というべきか。


「南雲っち、感想をどうぞ!」

「おかわりはいかが?」

「……ではお言葉に甘え――」

「甘えないの! ほら、早く過去再生して! それとも私がやる!?」

「……時間軸の異なる当時の正確な時間軸を探り当てなきゃいけないから、香織じゃ無理。不可能。どうせ失敗する。だから無理しないで? 私がやるから」

「一言も二言も多いよ! 喧嘩売ってるなら買うけど!?」


 もはや〝無念無想の煽り(香織限定)〟というべきか。


 飛びかかりそうな香織を呆れ顔の雫が羽交い締めにして押さえている間に、ユエは「むぅ~ん」とわざとらしい声を出した。いかにも集中して魔力を練り、時間軸を探し出している感を出す。


 もちろん、もう二度も正確な時間軸を再生しているユエだ。既に感覚で掴んでいるので、本当なら一瞬である。


「むんむん言ってるユエもかわいいなぁ」

「……ふふ、むぅ~~ん♪ むん♪」

「…………………シア殿、お二人はいつもあのような感じなのだろうか?」

「はい、アロガンさん。いつもあんな感じです。というかお二人と出会った時から、ずっとあんな感じです」

「……そ、そうか」


 シアを含め、他の奥方達は気にしないのだろうか……という外部の人からすれば当然の疑問を、シアは当然のように頷いて返した。


 アロガン達からすれば、特に今から見る光景でもそうだけれど、ハジメがヒーローならシアこそヒロインという感覚なので、なんとも言えない表情である。


 それはそれとして、そろそろ香織が勝手に過去再生しそうな雰囲気だったので、ユエは「むん♪」するのをやめて過去再生に踏み切った。


 ゴゥッと噴き上がる黄金の魔力。外壁の上に発生した美しい光に人々が目を見開くと同時に、当時の切迫した光景が現実に重なった。







いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


本日21時にもう一話更新します。星霊界編最終話の後編です。なので実質一話。宣言通りです。よろしくお願いいたします。


※ネタ紹介

・恐ろしいものの片鱗を味わった

 言わずもがな『ジョジョの奇妙な冒険』ポルナレフより。

・1乙

 『モンスターハンター』で〝一回力尽きた〟という意味。なおエリックはしっかりと死んでいる。

・ワイルドスピード/ニトロ加速

 映画『ワイルド・スピード』シリーズより。なお、ニトロは加速装置の俗称みたいなものでニトログリセンリンとは無関係らしいです。真実を知った白米は「そう……なんだ…」ってなりました。なんにせよ加速装置はロマン。

 あと、まったく関係ない話ですが、昔、NISSAN車でワイスピのワンシーンを再現しているMMD動画を見て、なるほど、これが「やっちゃえ日産」という意味かと感心したのを思い出しました。





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[良い点] 優花ちゃんかわ
[良い点] いつも楽しく読ませていただいてます 皆の暴走が楽しいですね [一言] 車でニトロと呼ばれているのはNOSの事ですね 亜酸化窒素を給気に混ぜる事により、シリンダー内で酸素が遊離して燃料の燃焼…
[一言] > 勇壮な竜なのに、なんか妙にニチャニチャしてて気持ち悪いな、と。 ああ、今年の一月頃から俺らが頻繁に経験したアレですね 某勇気爆発な某レイバーンをみていると、こう気持ち悪くなるという(褒…
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