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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
499/543

星霊界編 英雄の凱旋



『え? 嫌ですけど』


 救世主シアの伝説。その始まりの時〝TAKE2〟が、慎重に慎重を重ねたユエによって行われた。シアが<●><●>みたいな目で見てくるから。


 召喚直後からドリュッケンを取り出して警戒するシアが収まりゆく光の中から現われる姿は、まさに伝説の始まりに相応しい光景だった。


 油断も隙もない。至難上等、かかってこいやっと言わんばかりに不敵な笑みを浮べていて大変素晴らしい。実に絵になる。


 ミュウのみならず、優花達も「おぉ、かっこいい!」と歓声を上げるほど。観客と化した兵士達も当然のように色めき立っていた。


 で、ルイスが世界の救済を丁寧に頼み込んだ直後の返しがそれだった。にべもない。悩む素振りすら皆無の即答だった。


「……シア、どこで切り取っても結果は同じだったんじゃ?」

「ち、違いますよ! 話の前後! 意図! これ大事!」


 ユエのジト目返しがシアに突き刺さる。シアはぶんっぶんっとウサミミを振った。


 幻滅しました。救世主殿のファンやめます……みたいな雰囲気にまでは至ってないが、夢から醒めそうな雰囲気の兵士達もちらほらと。


「落ち着け、お前達。あの時のシア殿の言い分はもっともだった。この拒絶は、彼女の誠意と優しさのあらわれだ」


 ざわめきと動揺が広がるのを防ぐため、エリックがナイスフォローする。


「まぁ、そうだな。即答で安請け合いとかしてたら、〝この初期天之河めっ〟と罵倒してやってたところだ」

「それ、ハジメの中では罵倒なのね……」


 雫が微妙な表情で呟けば、シアが冷や汗を拭い出す。


「あ、あっぶねぇですぅ。そんなことハジメさんから言われてたら、ショックで一週間は寝こむところでした」

「〝初期天之河〟ってそこまでショックなの!?」

「無理もなかろう。妾も、そればかりは気持ちよくなれん。普通に落ち込むのじゃ……」


 あの罵倒=ご褒美のドMドラゴンが精神的ダメージを負うほどの言葉。それはもはや〝呪言〟の一種では? と雫の表情が引き攣る。


「光輝っ、良かったなぁっ。〝初期〟ってつけてもらえるようになってよぉ」

「光輝君、頑張ったね……幼馴染みとして、私、嬉しいよ」

「……はは、天之河くんの微妙を極めたような表情が目に浮かぶよ」


 鈴の言う通り、別世界にいる光輝は勇者の直感で現在、微妙な表情になっている。なんか悪口を言われたような? でも自業自得だから反論できない……みたいなモヤモヤを感じる……と。勇者、恐るべし。


 と、そんなやり取りをしている間にも過去映像は進み、シアの真意が明らかにされる。


 すなわち、


『私の命は、私だけのものではないんです』


 家族がいるのだと、その家族が大切に思ってくれている〝私〟を、私自身が大事にしなくてどうするのかと。だから、


『――私は、私の命を最優先に守らないといけません』


 シア・ハウリアを愛してくれている全ての人のため、シア・ハウリアは断固たる決意を以て優先順位を決める。我が身可愛さにあなた達を見捨てるのだ、と。


 そう、一切の後ろめたさも陰りもない表情で宣言する。


「みゅ~~っ! やっぱりシアお姉ちゃんは優しいの!」

『ふふふ……貴女様は、優しい人ですね』


 なんだかとびっきり甘いお菓子でも頬張ったような表情で、そう言うミュウと過去のルイスの言葉が重なった。


「そうですね……こんな断言なんてしない方が交渉には有利だったでしょうに」

「あらあら、でもリリアーナさん、そこがシアさんの良いところですよね? いつでも真っ直ぐ。気持ちが良いくらいに」


 レミアが目を細めると、リリアーナも「ええ、確かに」と滲み出るような笑みを浮べて頷く。対照的に、なんだか落ち込んでいるのが愛子だ。


「うぅ、ほんとそうですね。私、一瞬ですけど協力するフリをした方が……って思っちゃいました。落ち込みます。リリィさんに毒されちゃった……」

「愛子さん? それどういう意味ですか? ねぇ、ちょっとこっち見てください。ねぇってば!」


 そりゃあ「民衆を操るなんてチョロイ!」とか「計画通り!」みたいなあくどい雰囲気を垣間見せる腹黒王女の影響って意味だろう。


 とハジメ達は思ったが、今は過去映像に集中したいのでスルー。愛子に詰め寄るリリアーナのことは、「あ、あらあら」と困り顔のレミアが諫めてくれているし。


 それに何より、


『約束しちゃったら、守らないといけませんからね。私の、そして家族の矜持に賭けて』


 嘘はつけない。果たす気のない約束はできない。


 だって、私の最愛の人は、そう言って私と家族を守ってくれたのだから。


 言外に伝わるシアの言葉を聞いて、なんだか心の柔らかい部分に触れられたようなくすぐったい気持ちになってしまって、それどころではなかったから。


「シア……」

「へへっ、ハジメさんの妻たる私が適当なことはできませんからね。ええ」


 ハジメもユエも、初めてフェアベルゲンに乗り込み長老達と交渉した時のことを思い出したのだろう。


 二人揃って、ちょっと照れたようにふりんっふりんっしているシアのウサミミを愛しそうにもふもふする。


 香織達もトータス旅行で過去を見ているし、優花達も話だけは聞いているので、三人の寄り添った姿にほっこり顔だ。


「察するに、お二人とシア殿の間に何かあったのだな」


 当時のエリック達には、言葉通りの意味しか受け取れなかった。ただ、誠意を示す言葉だとしか。


 けれど、今の姿を見れば、あの言葉が経験に基づくものだと察することは容易い。


「うむ。シアの一族はな、元々最弱種族と軽んじられておった。同族にすらの。そして、シア自身も弱く、しかしてその特別さ故に故郷から拒絶されたのじゃ」

「いろいろあって、最後には一族ごと処刑処分を言い渡されたんだよね……」

「なっ、シア殿が? 一族ごと? 馬鹿な……」

「シア様が弱かった……などと、想像もできません」

「嘘でしょ? つまり、え? 迫害されたってこと?」


 エリック、ルイス、フィルが揃って唖然としている。言葉はなくとも、グレッグもまた大きく目を見開いて驚愕をあらわにしていた。


 それほど大きな声ではなかったが、近場の兵士達には聞こえたのだろう。彼等もまた困惑に顔を見合わせている。


 神さえぶっ飛ばす最強無敵の勇者様の想像だにしない過去に動揺が隠せない。


 その間にも過去映像は進み、ついに天人の強襲が始まった。


 過去のルイスがシアを助けようと手を伸ばし、それを回避するシアの映像が流れる。ルイスの「え? 嘘でしょ?」みたいな顔に、奈々達が爆笑している。


「事実じゃよ。そして、そんなシアと家族を救ったのが、当時のご主人様とユエだったわけじゃ」

「ハジメくん達にも目的があって、それにはシア達が必要でした。利害の一致ですね。でも、長老さん達がハウリア族の代わりを用意するって言ったんです」

「なるほど……南雲殿は選んだわけだ。シアとその家族と共に行くことを。約束をしたから」

「より大きな力と権力ある側より、一部族を……合理的な判断より、信義を取ったわけですね。南雲殿は」


 ティオと香織が揃って笑顔で頷く。


 詳細は分からない。けれど、それがあの三人の本当の意味での始まりだったのだろうということは分かる。


「だが、だがしかし……うぅむ、信じられん」

「確かに、今のシアの超人ぶりからは想像できんじゃろうなぁ」

「いや、そうではなく。むしろ、弱かったという部分は納得だ。先程、過去映像で流れていただろう? 助けを求めた話だ」


――肘鉄を食らって、電撃浴びて、足蹴にされて、挙句、魔物の群れにカッ飛ばされ


 シアが語ったそれ。ハジメとの出会い。既知とはいえ、ティオ達さえ何度聞いても思わずハジメに「うわぁ」みたいな視線を向けてしまう。


「助けを求める女性に対しあるまじき所業だ。その鬼畜ぶりからすれば、〝助けを求めた相手〟とは間違いなく南雲殿だろう。そんな男が約束を守るとは……」

「いや、そっちかい」


 思わずツッコミを入れるティオ。


 香織が苦笑している。隣のティオをチラリ。まさかエリック陛下も、目の前のこんなに綺麗な女性がお尻にパイルバンカーされたなんて、それどころか後遺症(?)で、お尻よわよわドラゴンになってしまったなんて思いもしないだろうな、と。


 もちろん、そんなアブノーマルな事実は積極的に口にしたりはしないけれど。しなくとも、どうせ心の露出狂ドラゴンの生態はバレてしまうだろうし。本人に隠す気がないから。


 なんてことを香織が考えている間に、


「では、もしやシア様の強さは……お二人と共に行くため、ですか?」


 ルイスが半ば確信しながら問う。ハジメ、シア、ユエが三人で並び立っている姿を見ながら。その光景は、とても〝自然〟だった。


「ふふ、凄いじゃろ? 虫も殺せん、小動物にすら怯える一族の子が、ただただ〝大好きな二人と共にいたい〟という気持ちだけで、泣きべそ掻きながらも数多の修羅場に踏み込み、何度土にまみれても立ち上がり、とうとう神すら殴り倒す英雄に至ったのじゃから」


 ティオはまるで自分のことのように誇りに満ちた表情で胸を張った。


 兵士達の間に再びざわめきが。過去のシアがダリアをお姫様抱っこし、天人の襲撃から守っていた。


 伝説の始まり(意味深)だ! みたいな歓声が上がる。まさに、主人公とヒロインの出会いを見ている気分なのだろう。


 話が聞こえる位置にいる兵士達は、映像と話のどっちも気になって視線や首が右往左往している。


「ああ、シア様。あの時、あのような様子でわたくしのもとに駆けつけてくださったのですね?」

「え、ええ、まぁ。それよりダリアさん、表情がちょっとだらしない……」

「ああっ、お恥ずかしい! わたくし事ながら、なんと情けない受け答えでしょうか! 過去に戻れるなら自分の顔を引っぱたいてやりたいっ」

「……普通の反応だと思うけど?」

「いいえ、ユエ様! 今ならば覚醒と同時に一礼を決め、笑顔で状況説明ができております!!」

「「いや、それは逆にこわい」」


 きっと、そんなダリアとは距離を取っただろう。いくらシアでも。


「お、おい、ダリア。良いのか? 当時の映像を見られるのは確かに貴重な機会だが……知っていることより、シア殿の過去を聞かせてもらう方が良いのではないか?」

「あ、大丈夫よ、エリック。もう知ってるから」

「なにぃ!? いつ、どこで!?」

「ああ、そう言えば少しお話しましたね。王宮にお泊まりした召喚初日の夜に。ハジメさんの迎えを待っている間、何度かお茶を入れに来てくれた時ですね」

「っ!!? そんな報告、ダリアからは受けてないぞ!」


 エリックがルイス達を見る。ルイスもグレッグもフィルもぶんぶんっと首を振った。全員でダリアを凝視する。当時はまだ〝公爵令嬢〟だったはずだ。意識も行動指針も!


 ダリアはスッと視線を逸らした。


「ゆ、勇者様のプライベートな話を報告するなんて、とんだ不敬よ」


 ごくごくプライベートなことで、お茶の席に少しだけお話しただけだ。シアもまだ警戒心があったので、家族や仲間の詳しい話はしていなかった。


 なので、真っ当な理由ではあるだろう。


 会話の内容をちくいち報告していることをシアに知られれば、間違いなく二度とそういう話はしなくなっただろうから。


 だが、それならそう言って断固として口を閉ざすのがダリアだ。こんな風に視線を逸らすなんてことはしない。なので、エリックはジト目を向けた。


「本音は?」

「…………わたくしにだって、独占欲はあるのよ」


 特別、国益に関わるような話でもなし、わたくしだけが知っている勇者様の昔話。なんて甘美な!


 何よ、別にいいじゃない! 文句があるの!? と言ってるみたいにキッと睨み返し、一種の逆ギレをしちゃうダリアさん。


「だからって、お前だけシア殿の過去を知っていたなんて…………ずるいじゃないか!」

「ずるいって……幼稚ね。さっき成長したと言ってなかったかしら?」

「それはそれ、これはこれだ!」


 エリックとダリアが睨み合う。


 まるで子供時代に戻ったかのような、しょうもない喧嘩だ。ルイスが眉間を揉みほぐし、フィルは忍び笑いを漏らし、グレッグは興味を失ったように過去映像に視線を戻している。


 で、その過去映像の中で、戦闘を回避しようと懸命に言葉を尽くすシアと、聞く耳を持たない、それどころか下等生物だと見下してくる天人のやり取りが流れ……


「「「「「理不尽キタァーーーーッ」」」」」


 まっさきに歓声を上げたのは、ハジメ、ミュウ、そして龍太郎、淳史、昇だった。やはりロマンを知る者にとって〝真っ直ぐ行って右ストレート〟は興奮するらしい。


 ピンボールみたいに飛んでいく天人さん。


 兵士達が唖然として言葉を出せない中、巨大鉄球が虚空に出現し、それが冗談みたいに打ち上げられる。


 そして、いとも容易く音速に突入しながら雲を突き破ったそれが、淡青白色の衝撃波を全方位に放つ光景を見た。


「そ、空に穴が……」

「お、親方ぁっ、空から天人が!」

「親方って誰だ、隊長と呼べ……」


 天人族は隔絶した力を持つ種族だ。まさに、この世界における〝神の使徒〟。一流の人間で、ようやく戦いになる。超一流に至ってようやく勝機が見える。そんな脅威そのものだ。


 それが、バラバラと羽虫のように。


 信じ難い光景に兵士達の声が震えている。この中には、初めてまともにシアの戦いを見た者もいるのだろう。否、ほとんどそうなのかもしれない。


 ただただ称賛と好奇心でいっぱいだった心の中に、畏敬の念が生まれているのが手に取るように、


「「「分かるぅ~~~」」」


 優花、奈々、妙子だった。


 いや、そもそもの話。何十トンあるのかしらないが圧縮金属の塊を自力で雲上まで弾き飛ばすってなんなん? 途中、白い膜を突破してたよね? あれ、音速を超えたってことでしょ? 普通に考えておかしいよね? 物理法則さん仕事して? みたいな顔だ。


『しゃらくせぇですぅ!!』


 生き残った天人から空を覆うような炎と雷撃が放たれるが、そんな一言と共に振られた戦槌の一撃で、まとめて消し飛んだ。


『そんな馬鹿な!?』

「「「「「そんな馬鹿な!?」」」」」


 天人さんの声と、兵士達の声が重なる。


「「「「「ですよねぇ~~」」」」」


 今度は愛子とリリアーナが加わった。目が遠い。なんで音速の壁、直ぐに突破されるん? みたいな顔だ。ただ振っただけで衝撃波が飛ぶって意味が分からない。


「ま、待って! それは悪手なの!」

「そうだよ! シアは〝このバグウサギ、刃物が刺さらねぇんだけどマジで〟の称号持ちだよ!」


 固唾を呑んで戦闘を見守っていたミュウと香織が思わず叫んでしまう。


 天人達が光を纏わせた剣で接近戦を試みたのだ。未来視などなくても分かってしまう末路に、「ああ~」と声が漏れる。


 案の定、


――カァン


 人体から鳴るはずのない音が鳴った。


『は?』

『え?』

「「「「「はぁぇ~~~~??????」」」」」


 天人さん達と仲良く一緒に目が点になる兵士さん達。もう理解が追いつかない。いったい何を見ているんだろう? と、揃って小首を傾げながらぽけぇ~~っと頭上を見上げている。


「あんた達! 理解を捨てるんだ!」

「坂上の言う通りだ! 深く考え出したら……呑み込まれるぞ!」

「もう、そういう生き物だと思って受け入れるのです」


 龍太郎と淳史も参加。奈々達と同じ透き通った表情で、昇は新興宗教の教祖みたいな雰囲気まで出し始める。


「……ハジメさん、ハジメさん。なんか私、深淵卿みたいな扱いされてるんですけど? なんとか言ってやってください!」

「……………………すまねぇ、シア。なんも言えねぇっ」

「なんでぇ!?」


 旦那様なのに、妻が名状し難い何か扱いされても反論なしですか!? と襟元を掴んでぐわんぐわんっ。次いで、ユエの方を見るも……


「……ごめん、シア」


 ユエは静かに視線を逸らした。


「なんでですか!? 私は至って普通ですぅ! 努力と気合いがあれば誰でもできる――」

「……魔力と氣力を融合させる技を――」

「究極戦兎々技です」


 頑張って考えたネーミングは譲れない。大事にして! という無言の圧力。凄くハウリア。


「……っ、究極戦兎々技! を会得した時点で、ああ、シアはとうとう理の外の存在になっちゃったんだなって」

「どういうことぉ!?」


 努力と気合いでなんとかなるわけがないことを、努力と気合いでなんとかしたのがおかしいという意味だ。

 

 だって、シアには某長官のように半生を魔力と氣力の両方に身を浸すようにして研鑽し続けたわけではないのだから。


 その間にも映像は進む。


 ダブルラリアットで二人同時首折り! その死体でバリア! 鳩尾にヤクザキック!


 これぞ暴力! 圧倒的な暴力! やはり暴力はこの世の問題の九割を解決してくれる! を地で行くようなハウリア的光景が広がり――


 そして、


『月までぶっ飛びなっ!! ですぅ!!』


 止めの一撃。まん丸お月様の冴え冴えとした光の中へ、人影が豪速で飛んでいき――消えた。


 後に残ったのは、戦槌を肩でトントンしながら佇むシアだけ。


 月を背に、その中心に佇むシアの姿はいっそ非現実的だった。月の光が逆光となって、まるで月に浮かぶ兎のシルエットのようでもあって。


「すげぇ……」


 とは、誰の呟きだったか。しんっと静まり返った場に、その漏れ出た心の声はやたらと明瞭に広がった。


 否定の言葉なく、兵士達はただただ天を仰いでいる。微かに震えているのは、感動か畏怖か。いずれにしろ、伝説を目の当たりにした衝撃は体と心の自由を奪うに十二分だったらしい。


「き、決まったの。これ以上ないほど完璧なの! パパぁ! 写真をお願いします! なの!」

「合点承知。クリアファイルにしてやるよ」

「できればアクリルキーホルダーとスタンドも欲しいの!」

「腕がなるぜ!」

「なにグッズ化しようとしてるんですかぁ!」

「当然だろ。こんな完璧に格好良く綺麗なお前を残さないなんてとんでもない!」

「……気持ちは分かるかも。それくらい決まってる。シア、かっこいい」

「へ? そ、そうですか?」


 過去映像が終了する。自然と、視線はシアに集まる。


 ユエの言葉にシアがモジモジしながら周囲へ視線を巡らせば、香織達も、そして優花達もうんうんっと頷いていた。


 理解不能の理不尽さはともかく、格好いいものは格好いいと。それはもう文句なしに。


 最初から最後まで貫き通した毅然とした態度も相まってなおさら。


 ダリアも物欲しそうにこっちを見ている。異世界用語は分からぬまでも、なんとなく今のシーンを切り取った何かがあるのだろうと察している様子。流石はメイド。頭上に〝?〟を浮べているエリックや兵士達とは違うのだ!


「つ、次! 次に行きましょう!」

「「てぇれてぇるぅ~~~?」」

「んっもぅ! ハジメさんもユエさんもほっぺプニプニしないでください!」


 ちゃぁんと対応できていたでしょう? たった一人で見知らぬ場所に放り出されても、ハジメの妻に、ユエの親友に相応しい在り方を貫けたでしょう?


 それを伝えたくて、この始まりの地への訪問に賛成したシアだが、掛け値なしの称賛には流石に照れくさくなったらしい。誤魔化すように王都の方角を指さした。


 頬を染めて、ウサミミをぶるんっぶるんっ、ウサシッポもパッタパタさせている点、その嬉し恥ずかしな内心はまったく誤魔化せていないが。


 かわいい……と、生温かい眼差しになったのはハジメ達だけでは、もちろんない。兵士の一部は鼻を押さえているくらい、それはそれは破壊力のある照れ姿だった。











「あの、ハジメさん。なんで直接、王宮に行かないんです?」


 王都に向かう道中、木々がまばらに生えた街道を魔力駆動車ブリーゼがゆったりと進む。


 いつの間に改良したのかオープンカーモードだ。しかも、座り心地の良さそうな革張りのソファーが両サイドに設置された客車も牽引している。


 運転席側には馬に乗ったエリック達がいて、後続には兵士達が同じく馬に乗って追随している状態だ。


「どうせウダル戦を見るんだから外の方がいいだろう?」

「いや、それなら直接現場に転移すればいいだけじゃ……」

「……なぁに、シア。そんなに見てほしいの? かっこいいところ」

「い、いえ、そういうわけじゃ」

「すっかり味を占めたな? この承認欲求モンスターめっ」

「……悲しい。ネットによく現われるモンスターにシアまでっ」

「だから! お二人してからかわないでくださいよぉ! そんなんじゃないですからぁ!」


 ハジメ達のやり取りに、エリックが苦笑している。


 一応、転移はしてきたのだ。前方にある小高い丘。そこを越えれば王都が見える、という近郊まで。シアとウダルが戦った場所も、直ぐそこだ。


 だが、それなら確かに現場へ直接転移すればいいわけで、シアの疑問はもっともである。


 直接現場に転移しない理由も、本来なら召喚の地の警備任務を負っているはずの兵士達を引き連れていることにも理由はあるのだ。


 他ならぬエリックの発案が原因だから。


 なお、その理由はシア以外の全員に共有されていたりする。


 後部座席のミュウを筆頭に香織達も、そして客車に座る優花達も揃ってニヤニヤしそうになる表情筋を必死に抑えているようで口数が少ない。


「そう言えば、エリックさんが何か頼み事をしたって言ってましたね? 転移直後にフィルさんだけ消えたし」

「さ、流石だな。フィルは十分に気配を消して離脱したはずなんだが……」


 なぁ~んか様子がおかしいです。と疑いの目をエリックへ向けるシア。


 目に見えて狼狽えるエリックに、ダリアが「隠し事が苦手なのは相変わらずね。王としてあるまじきことなのに」と困り顔になっている。


「シアおねえちゃんもうやめてー。いつからそんなに人をうたがう人になってしまったのぉー」

「すっごい棒読みの苦言!?」


 後部座席を見れば、レミアさんが何やら耳打ちしている。


「むかしのあなたはそんな人じゃなかったー。あのころのあなたにもどってーー」

「レミアさん! 何を言わせてるんですか!」

「あらあらまぁまぁ! いつからそんなに人を疑う人になったのですか、シアさん。私、悲しいです……」

「やかましいです!」


 レミアさんの助け船は、たぶんあれだ。セリフ的に何かの昼ドラのワンシーンを引用したに違いない。


 そうこうしている間に丘の麓までやってきた。後はここを登るだけ。丘の上まで行けば王都を一望できる。


 つまり、もう隠し立てできない距離になったということだ。


 シアのウサミミがピクピク。


「んぅ? なんでしょう。随分と騒がしいような?」

「はは、どうやら残してきた臣下達が上手くやってくれたようだな」


 エリックに訝しむような視線を向けるシア。だが、当のエリックの視線はハジメに向いていた。悪戯が成功した子供のような表情でありながら、瞳には深い感謝が見て取れる。


「王都の外こそが特等席と言われた時は首を傾げたが、過去を見られるあれで得心した。確かに、ウダル様との戦いの地こそが最高の特等席だ」

「どうせ見るなら一緒でもいいと思ってな」

「ああ。ありがたい。民も喜ぶだろう。この五年の頑張りに対する良き報いとなるに違いない。同時に、良い戒めにもなる。人は……脅威でさえも忘れがちな生き物だからな」

「そうだな。まぁ、こっちはこっちで歓迎してもらえるのはありがたい。利害の一致ってやつだ。あまり気にしなくていい」


 シアが口を挟めないでいる間に、ハジメ達は丘の上に到着した。


 そうして、わざわざ現場の手前に転移した理由を目撃した。


――ワァアアアアアアアアアアアアッ!!!

――シア様~~~~っ!!

――救世様ぁああああああっ!!!


「ほぇ!?」


 物理的な衝撃が飛んできたのかと思うほどの大歓声が、シアとハジメ達を出迎える。


 人、人、人。視界に人が溢れていた。街道は王都までずっと人垣が形成されていて、途中の柵で囲まれた大きなクレーターの周囲は、まるで満員のスタジアムの如く。


 その誰もが丘の上に現われたシアを称え、笑顔で手を振っている。


 呆然としつつ、思わずハジメやエリック達を見回すシア。


 そこでようやく気が付く。そうか、と。


 わざわざオープンカーモードにしたのも、警備兵達を引き連れてきたのも、なんならエリック達自身が迎えにきたのも、全てこれのため。


 フィルが消えたのも、到着を伝えるためだったのだろう。


 そう、


「歓迎のパレード、ですか?」

「ま、そんな感じだ」


 トータス旅行の時はプライベートだからと王妃ルルアリアの要望を断ったのに、どうして? と首を傾げるシア。


 シアに事前に教えていたら、まさに同じ理由で断りそうだったのと、後は単純にハジメ達の悪戯心だ。シアはどうも救世主と呼ばれるわりに、その自覚が薄そうだったから。


「……シア、取り敢えず手を振ってあげたら?」

「へ? あ、そ、そうですね?」


 ユエの眼差しが、とても優しい。ハジメ達も同じだ。頭の中は疑問でいっぱい。だからこそ、ユエの言葉に反射的に立ち上がって、大きく手を振る。


 さっきの三倍はあろうかという大歓声が轟いた。空気がビリビリと震えている気さえする。


「うっひゃぁ~~~っ、すっごぉ!」

「ライブ会場みたい!」

「まさに推しのアイドルが満を持して登場!って感じだな!」

「ダリアさんの布教活動も影響してんだろうけど……それにしてもすげぇ人気だなぁ」


 奈々と妙子が思わず首を竦め、淳史と昇は観衆が放つ一種の圧力に少しばかり引き攣り顔だ。ここまで熱狂的とは……と。


「神に挑み、絶対のはずの決定を覆して人類を救った……まさに偉業じゃな」

「そうね。滞在日数も少なかったし、限られた人としか関わることもなかっただろうから余計に〝伝説の人〟になっているんでしょう」

「そんな人が直ぐ近くに来てるなら、それは熱狂するよね」

「エヒトを打倒してくれたハジメさんに対する、トータスの民も似たようなものですね。それだけ、彼等の心は救われたんです」


 ティオが、雫が、香織が、そしてリリアーナが温かな眼差しをシアへ送る。


 肩越しに振り返ったシアに、愛子達も続けた。


「感謝を伝えたいんですよ。直接伝えられる機会が、きっと欲しかったんだと思います」

「シアさんは、〝ちょっと冒険をした〟くらいの認識なのでしょうけど……誇っていいんですよ、もっと」

「ママの言う通りなの! シアお姉ちゃんはね、あそこにいる人達を守ったの! ヒーローなの!」

「そうよ。だから、そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。もっと誇ったら?」


 ミュウと優花の言葉に、シアは改めて歓声を上げる人々を見やった。


 自分の信条を貫き、己と家族の矜持に従っただけ。できることをしただけで、できそうになければきっと自分の命を最優先にした。


 だから、偉業だなんてちっとも思っていなかった。


 救世主と呼ばれ、感謝されているのは分かっていた。里でもそうだったから。


 けれど、万を軽く超える数の人達が王都への花道を作って、ハジメでも、ユエでも、他の誰でもなく()()()歓迎する光景には、流石に戸惑ってしまう。


 なんなら、ちょっと大袈裟じゃないかとも思ってしまうし、気も引ける。


「ハジメさんも協力してくれましたし、それこそ世界の改変はユエさん達のおかげですし、だから別に私の力だけってわけじゃ……」

「……でも、この世界の人達を想ったのはシア。その思いやりの気持ちは本当」


 ユエがとびっきりの優しい眼差しを向けている。ダリアとエリックからも、柔らかな笑みが届けられる。


「シア様が想ってくださらなければ、当主様も動かなかったかと。貴女様の想いと行動は、人の心を動かすのです」

「前は限られた人としか関われなかったから自覚が薄いのかもしれないが……この五年、たとえ姿はなくともシア殿の存在は確かに、彼等の心の支えの一つだった。どうか、感謝を受け取ってやってほしい」

「ダリアさん、エリックさん……」


 ゆっくりとブリーゼが動き出した。視線をハジメに向ける。


「頼んできたのはエリックだがな、了承したのは俺だ。シア的にこういうのが迷惑だったとしても、まぁ、許してくれ。俺のわがままだ」

「わがまま、ですか?」


 未だに心がなんだかふわふわしていて落ち着かない。ウサミミもふわんっふわんっと揺れ動き、表情はぽへぇ~っとしている。


 徐々に近づいてくる人々にほとんど無意識に手を振りながら、ハジメを見やる。


 そして、その言葉にハッとする。


「――英雄になりたかった」


 それは、かつてシアの母モナが言った言葉だ。


 大切な人を奪おうとする全てに立ち向かい、全てを守れるような英雄になりたい。それが、最弱種族の、更に最弱の体を持って生まれた彼女の誰よりも強く勇猛な願い。


 帝国との対決で、その願いはシアとカム達が叶えた。ハウリアは同胞達にとっての英雄になったのだ。


 それをモナの墓前で報告するシアの姿を、表情を、ハジメは鮮明に覚えている。


「シアは同胞達にとっての英雄になった。母親の代わりに願いを叶えた。でもさ、やっぱ子供ってのは親を超えてなんぼだろ?」


 ミュウという娘を迎えて、ハジメが抱いた願望。想い。きっと、モナも同じはずだ。


「燃えるような瞳と心を持った人だったと、お前は言ったけど、俺からするとシアの方が凄い。だって、シアは太陽みたいな奴だからな。瞳も心も」

「あ、あのぅ、ハジメさん。ちょっと恥ずかしいんですけど……こんな皆さんの前で……」


 モジモジウサウサ。掛け値なし、もはや口説いているのと同じようなハジメの言葉に赤面せずにはいられないシア。


 ユエ達が見ている。すっごいニヤニヤ顔で。ダリアさんは頬を染めていらっしゃる。エリック達や、だいぶ近づいてきた先頭の民衆は、恥ずかしそうなシアを見て胸を撃たれている(比喩)。


「太陽みたいな瞳と心を持った娘が母親の願いを超えて、同胞どころか世界を丸ごと一つ救ったんだ。なら、やっぱ見たいじゃねぇか。大勢に称えられる〝英雄シア・ハウリア〟の姿をさ」

「ハジメさん……」


 それが、ハジメのわがまま。いや、きっとユエ達のわがままでもあるのだろう。


 二の句が継げない。湧き上がる気持ちを表現する言葉が出てこない。


 ただ、胸の奥を締め付けられるような感覚が、苦しくも甘美で。


 ウサミミが高速でパタパタし出す。ウサシッポなんて残像が発生しているのかと思うほどふりふりしている。


 人垣はもう目の前。いつの間にか、〝英雄シア・ハウリア〟のコールが綺麗に揃って連呼されている。救世主でも勇者でもなく〝英雄〟と。


 きっと、これもまたハジメの仕業なのだろう。悪戯が成功したような表情をエリックと交わしているから。


「もぅ……」


 言葉にならない気持ちで胸がいっぱいで、そんな呟きしか出てこない。


 停車する。人々の歓声が少しずつ小さくなっていく。反して、彼等の瞳は輝きを増し、表情には何かを期待するような色合いが。


 シアはハジメからユエへ、そしてティオ、香織、雫、ミュウ……最後にはエリック達へと順に視線を巡らし、もう一度ハジメを見やった。


 ハジメが微笑と共に、けれど力強く言う。


「この物語の主役はお前だ。シア・ハウリアが主人公だ」


 さぁ、称えられる家族の姿を、誇れる仲間の晴れ姿を、俺達に見せてくれ。


 言外に伝わる期待。あまりに温かい家族と仲間のささやかな願い。


 シアはもう、戸惑わなかった。思わず緩みそうになった涙腺をグッと引き締めて、ウサミミをピーンッと伸ばす。


 凜と胸を張り、真っ直ぐ前を見て、淡青白色の美しい輝きを全身に帯びる。


 そうして、おぉーーっとどよくめく人々に、身体強化の応用で上げた声量を以て第一声を響かせた。


 英雄の凱旋を知らせる、第一声を。


「みなさーーーん!! ――私は帰ってきたぁっ!!!」


 照れくさくて、ちょっとネタに走っちゃったけど。


――ウォオオオオオオオオオオオッ!!!

――ワァアアアアアアアアアアアッ!!!


 再び空気を震わせるような大歓声が響き渡る。


「見せてくださいね! 悲しみも苦しみも困惑も背負って、それでもなお前に進もうと頑張ってきた証を! 新時代を生きる皆さんの姿を!」


 ボンネットの上に飛び乗りながら、そう声を震わせて、更にぴょんぴょんっと元気いっぱいに跳ねながら手を振るシア。


 その姿が、いつの間にか空中に出現した巨大スクリーン――空間魔法で拡大投影した――に映し出されていた。


 ユエ様が「フッ」と笑みを浮べる。ナイス演出! とハジメ達からサムズアップが返される。


 一瞬、虚空に出現した映像にどよめくものの、


「シアシア、すっごいアイドル」

「それな!」


 と鈴が思わず呟き、龍太郎が快活に笑いながら同意しちゃうくらい、跳ねて手を振って笑顔を振りまくシアの姿は最高に輝いていたので。


 こまけぇことはいいんだよぉ! の精神は一瞬で観衆全体に伝播した。


 後はもう興奮と歓喜の嵐だ。


 人々の熱狂はしばらくの間、収まりそうになかった。













 なので、


「……ねぇ、ミュウちゃん。これ、ワンチャン私の代わりにシアでもよくない? ワンダフル・シアとかどうかしら?」

「優花お姉ちゃん、その話、今しなくちゃダメ?」


 後部座席で密かに〝四人目〟をなすりつけようとする優花の姿には、誰も気が付かなかったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


星霊界編、あと2話の予定です。楽しくなると書きすぎる悪癖持ちの白米なので、あくまで予定です(周知の事実)。あと少しお付き合いください。


※ネタ紹介

・救世主殿のファンやめます

 『艦これ』の「那珂ちゃんのファンやめます」より。

・親方、空から天人が!

 『天空の城ラピュタ』より。なお、今のシアは天人の浮島にバルス(物理)できる。

・刃物が刺さらねぇんだけどマジで

 『ネギま』ラカンの異名「つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで」より。

・てぇれてぇるぅ?

 『フェアリーテイル』のハッピーのイントネーションとか雰囲気をイメージ。

・私は帰ってきた!

 『機動戦士ガンダム0083』のアナベル・ガトーさんが元ネタのようです。

・こまけぇことはいいんだよ!

 『ブラック・エンジェルス』が元ネタらしいです。

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― 新着の感想 ―
読み返す度に思うんだけど、剣とか鎌を金属に叩きつけても「カァン」なんて軽い音は鳴らないと思う。 「ガキン」とか「ガァン」とか「ギィン」って感じがあってると思う。 そこが不自然過ぎて毎回モヤる…
アビィの分身はシアでもできない 系統が異なる力を混ぜることはハジメもできない あとは分かるな?
まっすぐいって右ストレートはやっぱ某幽遊白書ですね!
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