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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
483/544

ありふれた休日小話 愛子の場合





「爽やかな朝だ」


 朝の職員室に、そんな言葉がやたらと明瞭に響いた。


 教頭先生だ。


 既に朝礼に突入しているはずのこの時間、いつもなら「くれぐれもっ」を連発しながら口を酸っぱくして諸注意を響かせているのだが……


 そんな教頭先生が、窓際に立って後ろ手を組み、空を見上げながら全身に朝日を浴びていらっしゃる。


「こんな日は、ずっと穏やかでいられる気がするよ」


 答える声はない。しんっとしている。


 誰も職員室にいないのか? 否、断じて否。本日も先生方はきちんと出勤している。遅刻者なんて一人もいない。


 だが、誰一人として朝礼の時間だと伝える者はいない。


 ただ、黙って、あるいは固唾を呑むようにして教頭先生の方を見ている。


 いや、正確には……教頭先生の背後に忍び寄る幸子先生を見ている!


「心なしか、頭までスッキリしている気がする」


 でしょうね。不自然なくらい艶やかな貴方の黒髪(カツラ)は、今、幸子先生が持っているんだから! と言いたいけどグッと言葉を呑み込む先生一同。


 少し気弱で、凄く穏やかな性格の幸子先生。


 だが、ズレ続け、あるいは落ち続けた教頭先生の尊厳(?)を密かに直し続けること一年以上。今や、教頭先生の背後に忍び寄る時だけ、幸子先生は歴戦の傭兵の如き目つきになる。


 腰を落とし、足音を消して、片手にカツラを持ち、そろりと近づいていく姿……


 まるで、近接戦闘(CQC)を仕掛けんとする某伝説の蛇のよう! カツラがナイフに見えて仕方ない! そのうちダンボールとかも持ち出すかもしれない!


「そう思わんかね?」


 肩越しに振り返る教頭先生。職員室に緊張が走る。だが、幸子先生は教頭先生の動きを完全に見切っていた。視界に合わせてスルリと移動し、教頭先生の背後へ。


 そのまま流れるようにカツラを戻し、超ソフトタッチで微調整まで。


 ん? と感触が気になって教頭先生が自分の頭に手をやった時には既に退避を終え、何食わぬ顔で自席に座った。


 音は出していないが、一斉にワッと湧き立ったのが先生方の表情で分かった。幸子先生も、満更でもなさそうな表情で称賛を受け止めている。


 雰囲気を感じ取ってか、再び「ん?」と声を上げて職員室を見回す教頭先生。既に、先生方はみな揃ってスンッとしていた。なんという連帯感。


 ハジメ達の在学期間は、どうやら彼等の結束力だけでなく、先生方のそれも大いに鍛えることになったらしい。


 少しの間、訝しそうに視線を巡らせていた教頭先生だが、一拍おいて、この職員室で自分以外に席に着いていない唯一の先生へ改めて問いかけた。


「聞いているのだが?――畑山先生」

「う」


 そう、朝礼をすっ飛ばし、こんな妙な雰囲気になっている原因は、ある意味言わずもがなというべきか。愛子が原因だった。


 職員室の一番奥、その中央に置かれた教頭先生のデスクの前でビシッと立っている。なんとなく、ダラダラと冷や汗を流している光景が幻視できた。


「そ、そうですね。ええ、はい。良い朝だと思います!」


 それに一つ頷く教頭先生。


「きっと今日一日、心穏やかに過ごせる。そうだね?」

「そ、そうありたく思いますっ」

「良かった。どうやら畑山先生とは同じ認識であるようだ。安心したよ」

「はいっ、安心してください! 教頭先生とはいつだって一緒です!」

「んんっごほんっ」


 違う、そうじゃない。もう少し言葉を選びたまえっと言いたげに強烈な咳払いをする教頭先生。


 ハジメ達が卒業しても、テンパって誤解を生む発言(教頭先生限定)をする愛子と、まんまと誤解させられる教頭先生のアンジャッシュ的なやりとりは続いてるらしい。


 先生方の視線が生暖かいのは、彼等がきちんとアンジャッシュ的やりとりの中身を理解しているからだろう。優秀な先生方だ!


「私はね、畑山先生。君を一人の教師として相応に評価している」

「恐縮です!」

「だから、今年は新任の先生の指導担当にもなってもらったし、最高学年の一クラスも任せた」

「ありがとうございます!」


 えへっと笑みを零しながら礼を口にする愛子に、しかし、教頭先生はニコリともしない。


 むしろ、何か物凄く湧き上がっている感情を抑え込んでいるみたいに、というか、今まで頑張って抑え込んでいた感情が、とうとう滲み出してきたかのように手が震え出す。


 その震える手で、そっと眼鏡を外した。胸ポケットから布巾を取り出し、それが心を落ち着ける儀式であるかのように丁寧に拭っていく。


「故に、きっと何かの聞き間違いだと思うのだ。だからもう一度、そう、もう一度だけ確認させてほしい。先程、なんと言ったかね?」

「……お休みが欲しいと言いました。はい……」


 それこそ、愛子が教頭先生のデスクの前に立っている理由。


 朝礼が始まる前に、休暇の申請……というより相談(?)的な話を持ちかけたのだ。


 それ自体は珍しいことではない。むしろ、事前相談するだけ教頭先生としては大変ありがたかった。


 教師というのは激務だ。残業や休日出勤なんて当たり前を地で行く職業である。


 教頭にとってそれは当たり前のことではあったが、さりとて昨今の働き方改革の波を無視するつもりもなかった。


 特に愛子が、一般的な教師なら決してする必要のない対応や仕事を背負っていたことをよく知っているので、〝彼等〟が卒業した今、まとまった休暇が欲しいと思うのも理解できたのだ。


 だが……


 だがしかし、である。


「いつ、と言ったかな?」

「八月、です……」

「そう、夏休みだ。もちろん教師とて普段より長めの休暇があっていい。そのうえで、例の事件で教員が不足している我が校であるから、休暇に関して〝申請〟ではなく事前に〝相談〟してくれたのは大変嬉しい」

「いえいえ、当然のことで――」

「で、期間は、どれくらいと、言った、かね?」


 一言一言、感情が漏れ出さないよう制御しながら口にしている感がバリバリの声音だった。


 実は、既に三回聞き直した後だ。それでも現実を認められず「はは~ん、もしや私の頭、まだ目覚めてないな? やれやれ寄る年波には勝てんものだなぁ。ハハッ」とか思いながら朝日を拝んで精神的リセットを図った。


 スネー○幸子が朝から活躍したのも、愛子の休暇相談の内容を聞いて思わず頭を掻き毟ったせいだったりする。


 そんな教頭先生の、「どうか先程の相談内容は聞き間違いであれ」と祈っているかのような眼差しに激しく目を泳がせながらも、愛子は「ええいままよ!」と言わんばかりに思い切って言い放った。


「まるっと一ヶ月ですっ」

「欧米カッ」


 神速のツッコミが迸った。


 まるでオチをつけるみたいにキ~ンコ~ンカ~ンコ~ンッと間延びしたチャイムが鳴り響く。


 まだ朝礼もできていないのだが時間が来てしまったようだ。他の先生方がいそいそと立ち上がっていく。


 だが、教頭先生は怒髪天を衝くような精神状態のせいかチャイムが聞こえていないらしい。ついに振れきった感情が言葉となってマシンガンの如く発射されまくる。


「しかもなんだ! ええ? 詳しい旅行先は言えないが、衛星電話が必要な場所なので専用の電話を置かせてください!? アマゾンの奥地にでも行く気かね!? そのうえ緊急時は直ぐに戻れる伝手がある!? 衛星電話が必要な場所から即時に戻れる伝手とはなんだね!? いくらなんでも怪しすぎるだろう!? このっ、私がっ、そんな休暇を認めると思ったのかぁーーーっ!!」

「ですよねぇーーーーっ」


 ちなみに、教頭先生の言う〝衛星電話〟とは〝異世界間通信用アーティファクト〟のことであり、〝即時に戻れる伝手〟とはもちろん〝ハジメのクリスタルキー〟である。


 そう、愛子の長期休暇の相談は、夏休みに予定されている異世界旅行のためだった。


 なお、実際の日程は二週間程度だ。一ヶ月と言ったのは星霊界との時間差がどうなるか明瞭ではないため、最悪、それくらいずれ込む可能性があるという保険の期間だ。


 現在、ハジメはエンティ達神霊と相談して、どうにか両世界間の時間差をなくせないか試行錯誤している。


 閑話休題(それはそれとして)


 異世界旅行にはもちろん、愛子も行きたい。ぜひ行きたいのだが……


 それでもやはり生徒が第一である。ハジメ達が卒業したとて、それは変わらない。愛子の信念であり信条だ。


 なので、いつでも連絡が取れる対策と、いつでも対応に戻れる方法も持った上で、かつどれくらい仕事の調整ができるか、場合によっては旅行中であっても少しくらい学校に戻って仕事しよう、とさえ考えた上で相談を持ちかけたのだが。


(客観的に聞けば言ってること怪しすぎますよねぇ! 私の馬鹿! もう少し話し方というものがあったのに!)


 プライベートの旅行についてとやかく言う筋合いなどないことは教頭先生も分かっているが、異世界転移事件など端から信じていない彼からすれば、当時の集団失踪事件を連想するのは当然だった。


 よもや、当時の事件の関係者にまた会いに行くつもりでは? あるいは、またなんらかの危ない事に首を突っ込もうとしているのでは? と。


 後悔、先に立たず。鬼の形相で詰め寄ってくる教頭先生を前に、


「畑山先生! いったい――」

「すみませんでした!! 忘れてくださぁい!!」


 愛子は一時撤退を選択。小動物のようにパタパタパタッと小刻みな足音を響かせ、あらかじめ用意しておいたデスク上の教材をかっさらう。


 そうして、


「あっ、こらっ! 畑山先生! どこに行こうというのかね!! いったいどういうことかきちんと説明しなさい!」

「授業があるので!! 失礼しますぅ!!」


 授業という絶対的な盾を持ちだし、一目散に退散したのだった。


 授業から戻ったら、全部忘れてくれているといいなぁと若干現実逃避しながら。


















「なんてことがあって、その後も大変だったんで――だよ」


 翌々日の昼過ぎ。珍しくも、というか頑張ってそうなるようにしたのだが、丸一日休みの日曜日に、愛子は愚痴を吐いていた。


 場所は喫茶店だ。


 隣町の大きな公園の近くにある老舗である。外観も内装も歴史を感じさせるレトロな雰囲気で、非常に落ち着いた雰囲気だ。


 そんな雰囲気を客の側も壊すまいとしているのか、大声で話す者はいない。笑う時でさえ上品にくすくすと声を漏らす程度。


 香ばしいコーヒーの匂いと、ゆっくりテンポの音楽に満たされた空間は実に心地良い。まるで、店内だけ時の流れが異なるような気さえした。


「何があったんだ?」

「怒り転じて不安になる、みたいな……私が病んでるんじゃないかって教頭先生どころか他の先生方まで心配し出しちゃいまし――し出しちゃって」


 はぁっと溜息を吐きつつも、大きめのカップにたっぷりと注がれたカフェラテに口をつける愛子。


 コクのある優しい甘みが口の中に広がり、コーヒーの香ばしさが鼻腔をくすぐる。思わず、ほわぁっと表情が緩む。


「心配……ああ、精神的ストレスで長期休暇の相談をしたと思われたのか」

「はい……じゃなくて、うん……」


 向かいに座って、同じくカフェラテに舌鼓を打っているのはハジメだ。


 デートである。ハジメを除けば最も多忙な愛子との久しぶりの二人きりの時間だった。


 教師という仕事の多忙さと、愛子自身の仕事への情熱故に、ハジメも多忙になると本当に予定が合わない。最低でも二週間以上前から気合いを入れて〝この日!〟と決めて、ユエ達が意図的に譲らないと、リアルに〝二人っきりのデート、前回はいつしたっけ?〟〝半年前?〟みたいなことになりかねないのだ。


 実際、今日のデートも卒業後、初めてだったりする。


「ハジメくんが時々言う〝解釈違い〟がどういう意味か、分かった気がしま――気がしたよ」


 愛子は遠い目になって、再びカフェラテをくぴっとした。ほわわ~~んっとしながら、昨日のことを思い出す。


 一時間目の授業を終えて、戦々恐々としながら職員室に戻った後のこと。


 てっきり鬼の形相をした教頭先生が待ち構えているとばかり思っていたのに……


「あんな笑顔の教頭先生、教頭先生じゃないっ」

「酷い言われようだな。いや、気持ちは分かるけど」


 待っていたのは菩薩の如き微笑を湛えた教頭先生。大変失礼ながら、大変ホラーだった。


 他の先生方もギョッとしていたし、なんなら幸子先生なんて「ヒッ」と悲鳴を上げていたくらいである。


 改めて事情を話すよう求めてきた菩薩微笑の教頭先生を相手に、得体の知れない恐怖に襲われた愛子は咄嗟に、「じょ、冗談でしたぁ~! へへへっ」と笑って誤魔化したのだが……


 少し時間を置いたせいか冷静になった教頭先生は、愛子が授業をしている間に一つの考えに至っていたらしい。で、誤魔化し笑いをする愛子を見て「やはり」と確信したようだ。


 すなわち、


――畑山先生は精神的に限界が来ている


 通常の連絡が取れないような長期休暇を取りたいと言ったのは、教職から一度離れたいと思うほどに追い詰められているからだ! このままでは心を病んで辞職するのでは!? と。


 だとすると……そうかっ。謎は全て解けた! 認められるわけがないと分かっていて、こんな非常識な休暇相談を持ちかけたのは、私への心のSOS! すまないっ、気が付いてやれなくて! といった感じだったらしい。


「危うく休暇どころか休職させられるところでし――だったよ」


 新任の指導担当やクラス担任を重荷に感じているなら他の先生に代わってもらおうかとか、いっそ休暇ではなく一年くらい休職でも構わないとか、知り合いのカウンセラーを紹介しようかとか……


 〝菩薩の教頭〟の姿があまりにも強烈すぎて、そのまま「じゃあ夏休み一ヶ月いただきます!」と言えば認められそうだったのに、動揺のあまり思わず「本当に大丈夫ですから!」と逆に説得してしまったのは痛恨のミスである。


「結局、他の先生方にも心配をおかけしてしまいまし……かけちゃったし、はぁ」


 誤解を解け切れたとは思えない。二時間目以降も職員室に戻れば、教頭先生が何か言ったのか、他の先生方もさりげなく愛子の様子を見守っているのがヒシヒシと感じられたのだ。


 僅かな異変も、心のSOSも見逃さないぞ! 畑山先生、いつでも相談に乗るからね! みたいな感じで。


「新任の先生の指導も任せてもらえたのに、相も変わらずこの様です……全然、教師として成長できている気がしませ――しないよ……」

「そうだな。丁寧語をやめるのも全然できてないもんな」

「うっ」


 頬杖をついて苦笑するハジメに、愛子は恥ずかしそうに俯いた。


 ハジメが初めて愛子の実家にお邪魔することになった際、家族や幼馴染みの青年には普通に話している姿を見て、ハジメは自分に対しても丁寧語をやめるよう言ったことがある。


 だが、その後は周知の通り。愛子はやはり愛子だったというべきか。


 学校では誰に対しても丁寧語で話す中で、ハジメにだけ普通に話すわけにはいかない! ましてプライベートと使い分けて、うっかり他の生徒の前で丁寧語が取れてしまったら……教師として、それはダメ! せめて、ハジメと自分の関係が生徒と教師でなくなるまでは! と結局、丁寧語を貫いたのである。


「卒業したどころか、事実上とはいえ結婚までしてるのに……」


 これ見よがしに悲しげな溜息を吐くハジメ。愛子は眉を八の字にする。


「しょ、しょうがないでしょ。なんだか凄く、その気恥ずかしいというか……」

「学校にも結婚の報告しないし、指輪もはめないでネックレスにしてるし」

「うっ」

「旦那扱い、いつになったらしてもらえるのか……」

「してる! してるから! ちゃんと! でも、ほら、もう生徒じゃなくなったからって即日結婚しましたって……なんか……ダメだと思うの! 倫理とか世間体的に!」

「愛子、声」

「ハッ!?」


 思わず声が大きくなっていたらしい。バッと店内を見回すと店員さんや何人かのお客さんがチラチラと視線を向けてきていた。


 ぺこぺこっと頭を下げる愛子を見て愛想笑いを返して視線を外すが……


 なんとく彼等彼女等の横顔が「あらまぁ!」「聞きました?」「禁断の愛よ! 禁断の!」みたいな興味深いゴシップを聞いたような表情になっている。


 〝生徒じゃなくなって即日結婚〟の部分をしっかり耳にしたようだ。どっちが生徒で、どっちが先生か。お客さん達の中には誤解している人もいそうだ。ハジメに冷たい視線を送る人もいらっしゃる。


 当の本人に気にした様子はまったくなく、むしろ、赤くなっている愛子を楽しげに見つめているが。


「じゃあ、どれくらい経ったらOKなんだ?」

「……できれば、ハジメくん達が大学を卒業した後がいいんだけど――」


 ハジメの目がスッと細められた。慌てて言い直す愛子。


「わ、分かってる! 分かってるから! 来年! 来年には学校側にも伝えるし、指輪もちゃんとするから! せめて一年は待って!」

「愛子は面倒くさいなぁ」

「ひどい言い様!?」

「倫理だの世間体だの今更なんだし、なんなら常識もポイしちまえばいいのに」

「ひどい価値観!?」

「まぁ、そういう面倒なところが好きなんだけど」

「ひどい不意打ち!!」


 怒ればいいのか喜べばいいのか。赤くなりながら眉を吊り上げ、でも口元は綻びそうになってむにゃむにゃしている愛子。


 良い意味で〝人〟らしい。ハジメが〝人〟を忘れない良いお手本。かつて、そう言ったハジメの気持ちは今も変わっていない。愛子が変わらないからだ。


 長期休暇の件もそうだ。当然ながら、異世界間通信機の件も、生徒に必要とされたなら旅行中であっても少し抜けて帰る可能性もあらかじめ聞いていた。


 プライベートを犠牲にしすぎじゃないか? と(すみれ)(しゅう)なんかは普段の愛子の忙しさも鑑みて心配していたりするのだが、ハジメはそんな愛子に少し困りながらも、それ以上に敬意と嬉しさを抱いてしまうのだ。


 だって、異世界に誘拐されてさえ変わらなかった愛子のそういうところに、ハジメは多くの部分で救われたから。だから、自然と口元がほころぶ。


「……私をからかって楽しい?」

「全部、本心だが? 教師としての信条も同僚や生徒への誠意も、本当に尊敬してるよ」

「……」


 返事はせず、カフェラテをクピピッ。両手でカップを持って、顔を隠すようにして飲む。耳が更に赤くなっているのはご愛敬。


「まぁ、焦って教頭先生にストレート過ぎる相談をしたのは確かに失敗だと思うけど。長期休暇の件は既に方針を決定しただろ? 通信機も途中抜けもプランBのはずだ」

「それはそうなんだけど……」

「それとも、やっぱり初期計画で行くか?」


 ニヤリと笑って言うハジメに、愛子はぶんぶんっと首を振った。


「高位悪魔の替え玉作戦は断固拒否!」


 愛子に相談された当初、ハジメが提示した最初の解決策がそれだった。愛子は全力で拒否した。なぜなら、


「あんな、あんなエッチなのはいけないと思いますっ」

「それな。なぁんでどいつもこいつも愛子に化けた途端ああなるんだろうな?」


 悪魔の性というべきなのか。


 実は試しにと、〝箱庭〟の一部で地獄の門を開き、血風を呼び込むことで悪魔が実体化できるようにしつつ〝愛子なりすましオーディション〟を開催してみたのだ。募集をかけたら申し込みが殺到したのもあって。


 結果、めちゃくちゃ妖艶な愛子が五十人くらい並ぶ事態になった。もう、こう、なんというか邪で淫靡な気配バリバリの愛子集団だった。


 なんなら体の一部を盛っている奴や、やたらと露出度の高い衣装の奴もいた。それどころか魅了の魔法を使ってる奴まで。


 リアル色魔な先生なんて……生徒達の情緒を破壊すること間違いなしである。


 愛子が「教師をなんだと思ってるんですかぁーーっ」とキレたのは言うまでもない。


「何より……」


 愛子がカップを置いて表情を改める。真っ直ぐにハジメを見る瞳には、確かに力強い信念が宿っていた。


「偽物を用意するのは、私に対する先生方や生徒達の信頼を裏切ることになるから絶対に認められないよ」


 愛子だから任せた仕事、愛ちゃん先生だから打ち明けた相談事。そういう事に対する誠意を欠く手段は、愛子が決して許容できないことだった。


「分かってる。〝箱庭〟に血風エリアを作れないか、その実験がてらの冗談だよ。だから、ちゃんと愛子が納得できる手段も提示したろ?」

「う、そうだね……それが上手くいってないから、焦ってBプランを教頭先生に相談しちゃったんだけど……」

「だろうな。まぁ、仕方ないだろう」


 再び落ち込んだ愛子に苦笑しつつ、ハジメは本来の作戦を口にした。


「魂魄魔法で分身体を作って、旅行しながらリアルタイムで教職も全うするなんて大変に決まってる」


 それが長期休暇と教職を両立する本当の作戦だ。


 発案のネタはもちろん、某アビスゲートさんである。彼の分身体はスキルによるものだが、本来は魂魄魔法に分類されるものだ。


 自分の魂魄の情報をコピーし、魔力体に組み込むことで自律性と情報の共有を行うことができる最高難易度の魔法である。


「一体作るくらいなら、どうにかなると思ったんだけど……植物に疑似魂魄を組み込んで戦わせることはできるわけだし」

「単純な戦闘行動と、本人完全コピーでは自律性のレベルが雲泥の差か。それと限界時間もだったか?」

「うん。本来の自分と変わらないレベルの自律性を与えることが、あんなに難しいなんて……しかも高度になればなるほど、魔法の維持も難しくなる。あれを何体も常時維持できる遠藤君はいったいどうなってるの?」

「愛子が苦心してるのを見て、俺も改めて感じてるよ。深淵卿のヤバさを」


 お互いに苦笑しか浮かばない。


 一見、なんでもないように分身体を使っている浩介だが、その実、魔法の使い手から見れば彼の分身体創造技術は神域にあると言っても過言ではなかった。


 本体と変わらぬ自律性に、同等の戦闘能力。今や耐久性すら克服している。


 そのうえ〝分身体からネズミ算的に分身を生み出す〟は、ユエにさえ〝自分には無理。なんでできる?〟と言わせたほどだ。


「まぁ、こうなったら自律性を少し下げるしかないな」

「だね。情報共有をできるだけして、分身体が対応できなそうな時は私が遠隔操作するしかないかな……でも、そうすると」


 愛子が上目遣いでハジメを見る。様子を窺うように。


 この作戦、実は一つだけ致命的な欠点があるのだ。


「分かってる。世界をまたいでも分身体を維持・操作できる手段の確立だろう?」


 そう、分身体は異世界間で運用できない。浩介でさえもだ。その解決はハジメに委ねられているのだが、本人に不安はなさそうだった。


「目処は立ってるから安心してくれ。間に合わせる」

「すごい、できそうなんだ?」

「元々、遠藤から頼まれていたことだからな。なんとかならないかって」


 エクソシスト事件の時から相談されていたことだ。その時から研究を始めて、その研究成果の基礎部分が異世界間通信に使われていたりする。


「あと、分身体の維持に役立つ補助アーティファクトも考えてる」

「……無理してない? 私のわがままのせいで」


 ただでさえ忙殺状態の中、こうして時間を作ってくれているのにと申し訳なさそうに眉を八の字にする愛子。


 既に空になったカップの底を見つめるように、自然と目が伏せられてしまう。


「わがままなもんか」


 両手で挟むようにしてカップを持っていた愛子の手に、包み込むようにしてハジメの手が重なる。


「愛子がそういう〝先生〟だから、今の俺がある。これからも、生徒のために一生懸命な〝先生〟でいてほしいというのは、俺の気持ちでもあるんだ」

「ハジメくん……」

「とはいえ、旅行も一緒に楽しみたい。つまり、半分以上は俺自身のためだから、そんな顔しないでくれ」


 少しの間、ハジメと愛子は見つめ合った。


 なんとなく、先程の愛子の取り乱しから注目されているような気がしないでもなかったのだが、やっぱり注目されていたようだ。「あらまぁ!」みたいな視線が一気に強くなる。


 流石に気が付いているようで、愛子の顔がどんどん赤くなっていく。


 ハジメの手に包まれている自分の手をそろりと抜き、取り繕った表情でカップを口に運ぶ。


 もちろん、とっくに空だ。


 気が付いていたのか、若い女性の店員さんがニコニコ笑顔でこっちを見ている。おかわりの注文を受ける準備は万端です! と言いたげだ。


 仲睦まじげな様子に声の一つでもかけたいのか、どことなくうずうずしていらっしゃる。禁断の愛を貫き結婚した(と思しき)愛子に、祝福の言葉の一つでもかけたいのかもしれない。


「そ、そろそろ出ましょうか! じゃなくて、出よっか!」


――まだ先生への敬語が抜けきらないところが初々しいですね、店長!

――こら、よしなさい。お客さんだよ


 愛子が笑顔のままプルプルし始めた。店内の空気感にいよいよ耐えられなくなってきたらしい。


 そんな愛子をずっと見ていたい気がしないでもないハジメだったが、三杯目の自分のカップも既に空になっている。これ以上飲んではお腹の中がたぷたぷになりそうなので、良い頃合いだった。


「分かった、出よう。……それはそれとして、マジで久しぶりのデートなのに、公園を散歩するだけでいいのか?」

「うん、それがいいの」


 言外に行きたいところがあれば遠慮するなと伝えてくるハジメに、愛子ははにかみ顔で答えた。


「何かをすると時間って早く流れちゃうから」


 とことんのんびり。その方が時間はゆったり過ぎて、気持ち的に長く一緒にいられるから。


 そんな気持ちはしっかり伝わって、ハジメの目尻が思わず下がる。


 実を言うと、のんびりお散歩したりカフェ巡りをして、日が沈む頃には愛子の家に帰って一緒に晩ご飯を作って、またのんびりまったり過ごす……というのが、愛子とのデートの定番だったりする。


 楽しい場所や刺激的なことをするのは、ユエ達と一緒の時がいいらしい。


「もしかして、卒業後に一緒に住まないか提案した時、仕事の都合とか住所変更したら結局学校側にバレかねないとか、いろいろ理由をつけて断ってたけど……」


 今も一人暮らしを継続している愛子。別に南雲家に住むのが嫌だったわけではない。それは本心だ。実際、普段から時間さえあればゲートを使って入り浸っている。


 けれど、数ヶ月ぶりのデートでも、やっぱり最後はお家でまったりが良いというのであれば……


「えっと……内緒、ね?」


 ハジメとまったりタイムを、他には誰もいない自分だけの家で過ごせる。それが、どうにも手放し難くて。


 なんて些細な特別感を口にしたり指摘するのは、自他共に野暮というものだろう。


 不意打ち気味に見せた愛子のお姉さんスマイルに、ハジメは少し照れ臭くなって頬を掻いた。


 店内の何人かがカフェラテやケーキを口にして「あま~~~いっ」と呟いているが、果たして、それは口にしたもののせいか、それとも店内の空気感のせいか。


「もちろん、その……家族が増えたら……そっちのお家に、お世話になりたいけど」

「分かった。その続きは後にしよう」


 立ち上がりながらもモジモジ。頬を染めてそんなことを口走る愛子に、女性店員さんが「んんっ~~っ」と唸りながら両手で顔を覆って足踏み。身悶えているらしい。


 なので、ハジメは愛子の手を引いて、ちょっと足早に会計を済ませたのだった。
















 店を出て、街路樹が徐々に増えていく方向へのんびりと歩く。手を繋いで、良い天気の下、そよ風と木漏れ日を楽しみながら。


 特に言葉は交わさない。無言の時間さえ、どこか心地いい。


 一応の目的地である遊歩道に入った。大きな池を囲む歩道で、両サイドには花壇やベンチがある。ジョギングやウォーキングしている人、ペットの散歩をしている人、ベンチでのんびりしている人など、誰もが思い思いに静かな自然の空間を満喫しているようだった。


 しばらく池の畔の景色や空気感を楽しみながら歩く。


「さっきの話の続きでもあるんだけどな」


 遊歩道の四分の一ほどを歩いた頃合いに、ふとハジメが口を開いた。


「実は、今日はちょっと大事な話をしたいと思っていたんだ」

「え……まさか、離婚ですか!?」

「なんでそうなる!?」


 ジョギング中だった女性がすれ違い様につんのめった。危うく顔面スライディングしそうになるが、ベンチでぼけぇっとしていた青年がファインプレーで助ける。


 抱き合うような形で、お互いに目を丸くして見つめ合うお二人。何かが始まりそうな予感がする――というのは脇に置いといて。


「ついこの間、来年か遅くとも再来年には子供を作ろうって話をしたばかりだろが」


 呆れた表情を向けるハジメに、


「そ、そうだったね。みんなで一緒に作ろうって話したもんね」


 と、愛子はほっと胸を撫で下ろした。


 ダンスのワンシーンみたいに抱き合っていたジョギング女性と青年がバッとこっちを見た。「みんなで一緒にってどういうことぉ!?」みたいな表情だ。


「リリィさんだけ先の話になっちゃうから、そこはちゃんと話してあげてね?」

「当然だろ。あいつまだ十五歳なんだから」


 十五歳ってどういうことぉ!?っていうか、奥さんも成人しているように見えないんですけど!? みたいな視線が突き刺さってくる。


 なので、咳払いを一つ。ハジメは愛子の手を引いて、止まっていた足を少々強引に動かした。


 背後で、ジョギング女性と青年が再び顔を見合わせ、かと思えば若干赤くなって立ち上がる気配が伝わってくる。何やら話し始めた様子。彼等がどうなるかは……とういうのはどうでもよくて。


 今は、先日ティオとの話を契機に決まった新しい将来設計の話が重要だ。


 子供の話は既に全員で共有していて、かつ意見の一致を見ている。


 だが、愛子にだけは、ハジメ的にもう一度だけ確認しておきたかったのだ。愛子の性格的に、周囲の意見に合わせたということはないだろうかと。


「本当に良かったのか?」

「へ? 何が?」


 ハジメは気遣うように、努めて言葉を選ぶようにして続ける。


「愛子はユエ達と違って仕事がある。それもライフワークだ。ティオやレミアのように融通が利くわけでもない」

「ああ、そういう……」


 子供の件で、最も影響を受けるのは愛子だ。一番、配慮が必要な相手である。


 ハジメ達が卒業して特別クラスもなくなり、ようやくまっとうに教師の仕事ができるようになった。新任の指導やクラスの担任、他にもいろいろ任せて貰えると喜んでいた姿をよく知っている。


「話し合った日、愛子達が帰った後にふと気が付いてな……ユエ達も本当に愛子は良かったのかって少し心配になったらしくて」

「そうだったんだね」

「数日後に今日のデートだったから、ちょうどいいっと思って、二人っきりの落ち着いた時間に改めて確認したかったんだ」


 神妙な顔つきでそう語り、愛子へ視線を落とすハジメ。


「愛子の教師人生を全うしたい気持ちは尊重したい。だから、愛子が本当は違うタイミングが良いというなら、それを優先するつもりだ」

「ハジメくん……」

「ティオもな、全力でサポートするけど、愛子にとって大きな負担になるようなら、やっぱり待っても構わないって」

「どうしてそこまで、みんな私に合わせるようなことを」


 大事な将来の話の中心が自分であることに、愛子が少し戸惑いを見せる。


 そんな愛子に、ハジメは少しだけ強く手を握り直しながら優しさの滲む眼差しを向けた。


「ユエ達からの伝言な。――貴女が先生として本気でハジメと向き合ってくれたから、切り捨てずに済んだもの、増えた幸せがたくさんある。なら、私達が愛子の教師人生を支えるのは当然――ということらしい」

「皆さん……」


 愛子の足が止まって、きゅっと口元が引き結ばれる。胸の内の言葉にできない感情を愛でるように、目をつぶる。


 ハジメは急かすこともなく、黙って愛子の言葉を待った。


 しばらくして、


「ハジメくんの気持ちはどうなんですか?」

「俺?」


 逆に問われて一瞬きょとんとするハジメだったが、言葉はほとんど間を置くこともなく、するりと出た。


「……会いたいな。早く会いたいと思う」


 今度は愛子がキョトンとする番だった。欲しいではなく会いたいという表現が意外だったのだ。


 それは、なぜかハジメも同じだったらしい。目をぱちくりとしている。ほとんど無意識に出た言葉だったようだ。


 だが、そういう未来を確信しているが故に出た表現だというなら、


「ふふ、素敵な言い回しだね。……うん、私も会いたい。だから、大丈夫だよ。覚悟も気合いも十分です!」

「……そうか。ありがとな」

「こっちこそ、私のこと考えてくれてありがとう。ユエさん達にもお礼しなきゃ」


 見つめ合い、軽く抱き締め合う。途中で「え? あれって畑山先生?」みたいな声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。気のせいに違いない。


 気にせず、更に強くハジメに抱きつく愛子。顔を隠すように――ではなく埋めるようにして。


 ハジメが何かしたのか、足音が急速に遠ざかっていくのを確認して愛子は顔を上げた。


 今度はお互いに苦笑を向け合う。


「大事なお話は終わり?」

「ひとまずは」

「まだまだあるんだ?」

「最近の世界情勢は激流じみててな? 愛子の仕事を邪魔しないよう情報共有は最低限に止めていたんだが、そういうわけにもいかない事柄も出てきた。……でもまぁ、一番必要な話はできたから今はOKだ」

「じゃあ続きは夜かな? それまでは――」

「それまでは?」


 身を離し、愛子はにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「もっとくだらない話をしよ?」

「くだらない話か」

「うん。日常の、なんの山も谷もオチもない話。のんびりまったりと」

「悪くないな。癒やされるわ」


 ハジメもまた随分とリラックスした雰囲気で笑みを返す。


 そうして、


「あと、食材は買って帰らないと。ハジメくんは何が食べたい?」

「う~ん、どうすっかなぁ」


 手は離さないまま、二人はとことんのんびりと散策を続けたのだった。















「で、その夜はお楽しみだったわけですね、先生」

「ハッ!?」


 デート翌週の土曜日。半日授業が終わった昼過ぎの生徒指導室に、随分とやさぐれたような女子生徒の声が響いた。


 愛子が慌てて正面を見れば、本日、相談を持ちかけてきた生徒が半眼&頬杖状態で、今にもケッと唾を吐きそうな雰囲気でこちらを見ている光景が。ちなみに、デスクの下では片足だけあぐらをかいていたりもする。


「確かに、南雲先輩の近況を聞いたのは私ですけど、誰が惚気話をしてほしいなんて言いました? お姉様に会えない私への当てつけですか?」

「ち、ちち、違います違います! というか、お楽しみって、もうっ。何を言ってるんですか!」

「ちなみに、その夜の部屋着はどんな感じだったんですか?」

「部屋着、ですか? 普通にパーカーですけど……」

「下は?」

「……」

「やっぱり履いてないんだ! エロい格好で誘ったんですね! かーーっ、いやしか教師ばいっ」

「どうしていきなり方言に? じゃなくて、誰が卑しい教師ですか! いい加減にしないと、そろそろ本気で怒りますよ! 日野さん!」


 愛子が眉を吊り上げた。むすっとしつつも姿勢を正すツインテールがトレードマークの女子生徒。


 なぜ、学校では秘密のはずのハジメとの関係を、愛子は普通に話していたのか。


 日野凜(ひのりん)――何を隠そう彼女こそ、在学中ついぞハジメに名を呼ばれなかったソウルシスターズの特攻隊長、通称〝後輩ちゃん〟である。


 最高学年になった今は、同級生や後輩からは〝ひのりん♪〟とか〝ひのりん先輩〟と呼ばれることの方が多いが、そんな余談はさておき。


 クリスマスにバスガイドサンタさんやウサミミメイド先輩と共にちょっとした事件に巻き込まれ、なんだかんだで南雲家にお邪魔していろいろ秘密を知った後輩ちゃんは、今や学校で唯一、愛子の裏の事情を知る人間だ。


 だからだろうか。つい気が緩んだというか、近況の意味を勘違いしてデートの話なんてしてしまったのは。


「先生、私はですね、何かあったら連絡しろと言ったくせに、いざ電話したらアンチクショウ先輩がまったくちっとも出やがらないものだから、そんなに忙しいのかと思って近況を尋ねたんです」

「……ですよね」

「なのに普通にデートの話をされた私は、いったいどんな顔をすれば?」

「そ、それで! 何かあったんですか! 先生が話を聞きますよ!」


 笑えばいいよと言わんばかりに誤魔化し笑い全開で話を逸らす、いや、この場合は元に戻すというべきか。とにかく、後輩ちゃんの話を聞く姿勢を取る愛子。


「あ、いえ、別にそこまで大げさな話じゃないんですけど」

「そうなんですか?」

「はい。ちょっと最近、友達が怪しげな宗教に勧誘されそうになって助けに行ったり、ストーカーされたんで犯人突き止めて逆にストーカーしてやったりしたくらいで――」

「ちょっと待って」

「あと、あまいお姉さん――バスガイドのお姉さんが、オカルト関係者の噂を頻繁に聞くようになったとか、軽い事件に巻き込まれることが増えたとか、それで何度かお手伝いしにいったとか――」

「直ぐに連絡しますね! まったくハジメくんったら!」

「もういいですよ。言ったじゃないですか。大げさな話じゃないって。本当にやばかったら鬼電しますよ」


 愛子的に、十分に大げさな話だと思うのだが。


 後輩ちゃんの表情を見るに、マジで大したことじゃないと思っているらしい。流石は日常冒険系女子高生。この程度は日常茶飯事ということか。


 いや、非日常判定のハードルが、南雲家の真実を知って更に下がってしまっている可能性は大いにある。


 実際、ハジメへの連絡も毎回一回だけで、留守電にも事情ではなく悪態をぶっ込むだけ。


 なので、本当に何かあったならメッセージくらい残すだろうと思い、ハジメも放置していたのだ。


 認識を矯正すべきかと愛子が思案している間に、後輩ちゃんが立ち上がった。


「時間取ってもらってすみません。もう行きますね」

「本当にいいんですか? 先生の方から一応、伝えておきましょうか?」

「いいえ、大丈夫です!」


 そう言って、立てかけていた竹刀袋を手に取る後輩ちゃん。実は、なんだかんだで実力はあるので、剣道部の新部長になっていたりする。


 なので、これから部活に行くのだと思えば、鞄以外に竹刀袋を持っていることも不思議ではないのだが……


 なぜだろう。表情に不穏なものを感じてしまう。


 まさかと思いつつ、ちょっと引き攣り顔で問う。


「あの、ちなみに〝もう行く〟って……部活に、ですよね?」

「まさか!」


 素敵な笑顔だ。まさに満面の笑みである。


 そんなキラキラの笑顔のまま、竹刀袋から木刀を抜き取った後輩ちゃんは、


「雫お姉様が孕まされるなんて聞いて黙っていられますかぁ!! 雫お姉様! 待っててください! 今、貴女の義妹が行きますよぉ!!」

「あ、待ちなさい! こら! いや、本当に待ってぇ! ここ二階――」

南雲先輩(やろうぉ)っ、ぶっ殺してやらぁあああああっ」


 なんて叫びつつ窓からひらりっと飛び降りた。見事な前回り受け身で衝撃を逃がし、そのまま凄まじい勢いで去って行く。


「こらぁーーーっ、日野さぁーーん! 戻りなさぁーーーい!」


 愛子の必死の制止が虚しく木霊する。


 その日、抜き身(?)の木刀を片手に町中を爆走する女子高生の噂がSNSの一部で盛り上がったり、更には学校に問い合わせの電話が殺到して教頭先生が頭を抱えたのは言うまでもない。


 ついでに、一方その頃。


「うっ」

「ん? どうした?」

「いえ、なんか悪寒が……」

「風邪か? 家に帰って休むか?」

「いえ、大丈夫よ」


 当のお姉様が何か悪い予感を覚えて身震いしていたのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


クリスマスの話に関して、季節的な特別話だったの時系列関係なく書いてましたが、少なくとも『集う、サンタクロース・フォー』は直近のクリスマスの話として組み込みたいと思います。

それに伴い修正が必要な部分は、簡単な部分以外は基本的に全て書き終わってからやっていきたいと思いますので、毎度のことで申し訳ないですが、生温い目で見守って頂けると助かります。よろしくお願いします!


※本日のネタ紹介

・スネーク幸子

 『メタルギアシリーズ』の主人公より。潜入系ゲームですが白米は大体ランボー式になる。

・欧米かっ

 タカアンドトシより。

・いやしか教師ばいっ

 『アイドルマスターシャイニーカラーズ』の月岡恋鐘の言ってないセリフより。


※改めまして『コミック13巻』発売しております。よろです。

挿絵(By みてみん)

RoGa先生が描くノイントさんは実に神の使徒。素晴らしいと思う。

※特典情報詳細:http://blog.over-lap.co.jp/gardo_20240119_03-9/



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ヤァロォぶっ殺してやらー(コマンドー)が元ネタ紹介にないです
本編と比べるとスケールダウンするけど、後輩ちゃんの冒険も割と本気で読んでみたくある
ハジメも愛ちゃん先生も、この会話カフェでしてるの? 周りの反応からすると音声とかOFFにしてないみたいだけど。 山も谷もオチもない話 > それ、やおいじゃん!? まさか腐って!?
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