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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
472/543

目指せ、バラ色の大学生活!




「なぁ、玉井。お前なら断らねぇだろ? ちょいと面貸せって」


 男が四人ほど、通路の端で玉井淳史を囲んでいる。


 どいつもこいつも体格がいい。なんらかの格闘技を嗜んでいることがよく分かる鍛えられた肉体だ。


 そのうちの一人、一際体格の良い男が淳史の肩に置いた手に力を込めた。ごつい手だ。人を殴り慣れた固さが見て取れる。身長も百九十センチほどあり、淳史より頭一つ分は高い。


 上から見下ろすような視線は鋭く、ニヤリと笑みを浮かべる口元は実に悪どい。


 端から見れば、ごく真面目な教育学部の一年生が、不真面目で素行の悪い上級生達に絡まれているという絵面だ。


 昼休憩の時間で人がだいぶいなくなっているとはいえ、それでもまだ残っている学生は多数いて、何人かはヤバそうな雰囲気を気にしてチラチラ視線を飛ばし、大半の学生は「厄介事はごめんだ」とばかりに目を合わせないようにして足早に去っていく。


「おい、なんとか言えよ、玉井」

「あ~、なんつーかだな……」


 肩を握り締める手と、笑みが消えて険しさが増すボクシング部の男を前に、淳史は、どこかうんざりした様子で頭を掻いた。


「あ? なんだよ、その態度は。こっちは親切で場所を変えようって言ってるんだぜ?」

「でしょうね」

「いや、そうか。分かったぜ。そっちがその気ならもういい。こうすればお前も分かってくれるよなぁ?」


 再びニヤリと笑うボクシング部の男。周りの連中も何がおかしいのかニヤリと笑う。


 肩から手が離れた。拳が握られる。


 それに目を細める淳史。


 周囲の学生達、特に女子から息を呑む音が微かに伝わる。


 その次の瞬間だった。


「玉井ぃ……いや、玉井君! 南雲君を紹介してくれぇ! お前だけが頼りなんだっ」

「「「頼むよぉ~、玉井ぃ! このとぉ~り!!」」」


 周囲の学生達の目が点になった。


 無理もない。どう見ても関わり合いになるべきではない雰囲気の、暴力に慣れきったような男達が一斉に頭を下げたのだから。


 軽く足を開き、握った拳を膝の上に添えて、斜め四十五度の綺麗な一礼。例えるならそう、頭にヤのつく自由業な人達がオヤビンに頭を下げる時のような……


 なお、一部の生徒は見慣れているのか「またやってるわ」みたいな目を向けているが。


「あのさぁ、取りあえずその話は一回こっちに置いといて」


 手で物を脇にどかすジェスチャーをしつつ、淳史は周囲に苦笑を見せた。問題ないよ~と伝えるように。緊迫した雰囲気だった生徒達が、訳が分からないまでも少しホッとした様子で去っていく。


「池田達はもう少し自分の外見つーか、雰囲気? みたいなもんを自覚した方がいいと思うんだ」

「百も承知だっつーの。だから、こうして頼んでるんだろ」

「その頼み方からして犯罪臭しかしねぇって話なんだよ」

「犯罪臭はひでぇだろ!」

「そうだそうだ! 俺達は普通におしゃべりしてるだけなのに!」

「道ばたで話してるだけで、なんで職質されんだろなぁ」

「見た目が怖いとかどうしろってんだよぉ。整形でもすりゃいいのか?」


 上から順に、ボクシング部の池田、柔道部の青木と五反田(ごたんだ)、剣道部の向坂(むこうざか)


 四人揃って淳史と同じ一年生だ。上級生ではない。貫禄だけはあるが。


 彼等は決して悪い人間ではない。というか、普通に真面目な連中だ。大学でできた淳史の友達である。


 ただ、見た目がお手本のようなチンピラで、如何にも日常的に暴力やら恫喝に慣れていそうな雰囲気をバンバン放っているだけで。


 本当に、言動がいちいち犯罪臭いだけなのだ。


 なお、初対面の五人が友人となったのも、その特性が原因だったりする。


 入試に向かっている際、試験会場の近くで何やら困っている様子の男子受験生がいたのだが、何か手助けできればと池田が駆けつたのだ。


 しかし、強面である。その雰囲気に相手の男子はビビリ散らかし、それをたまたま目撃した青木が「不良が受験生に絡んでいる!? 助けねば!」と参戦。


 後は、同じ経緯で五反田と向坂も順次駆けつけ、端から見ると受験生を囲む四人の不良という構図に。


 で、受験シーズンとあって巡回を増やしていたお巡りさんが、その光景を見て駆けつけ職質を実行。


 しかし、何を言っても誤魔化しているようにしか見えず……


 というその時に、一般通過淳史が登場。


 同年代にはない濃厚な人生経験を積んでいる淳史である。人を見る目や危険を察知する目は養われている。


 というか、身近に見た目は凶悪だけど、実は仲間や身内を大事にする良い奴(と淳史は思っている)がいるので、本当に厄介な相手か否かは、なんとなく察することができる。


 なので、端から見れば警察に反抗しているようにしか見えない池田達のことも、普通に困り果てているようにしか見えず。


 お節介と分かっていながらも「同じ受験生だしな……」と介入した結果、なんだかんだで友人関係になったというわけだ。


 つまり、廊下で淳史に話しかけた時も、本人達的には至って普通に話しかけただけで、決して良からぬことを企んでいたわけでも、まして恫喝していたわけでもなかったのである。


「まぁ、誤解を招きやすい人っているからな」

「これでも笑顔を心がけてるんだぜ?」

「悪巧みしているようにしか見えないんだよなぁ」

「真面目な顔してたらもっとビビらせるだろ!」

「そうなんだよなぁ」


 どうしろってんだよ! と頭を抱える強面四人衆。同じ星のもとに生まれてしまった者達が、奇しくも同じ大学を選び友人になるというのも、ある意味、運命的ではある。


 だが、本人達的には、もう少し違う運命が欲しいのだ。


「そんなことよりだ! いや、そんなことじゃないんだけどよぉ、取りあえず、俺等が引かれるっつー話は置いといて、だ」


 先程、淳史がしたように脇に物をおくジェスチャーをしつつ、池田くんは愛想笑いを浮かべた。揉み手をしながら、腰を低くして。


 本人的には精一杯和やかな雰囲気を心がけつつ、淳史にお願いを聞いてもらうため機嫌を取ろうとしているのだろうけど……


 やっぱり、犯罪グループの計画に参加して甘い汁を吸おうとしているチンピラにしか見えない。


 今ちょうど講義室から出て来た二人組の女子学生が、「絶対に悪いこと企んでる!」みたいな表情になって、そのままササッと教室に引き返してしまった。


 結構、可愛い子達だった。


 池田くん、涙目で揉み手をやめる。その手で目元を拭う。青木くん達が痛みを分かち合うように肩や背中にポンポンしている。


 本当に、正義感もあれば義理堅くもあり、礼儀だってきちんとしている気の良い武道青年達なのに……


「で、南雲を紹介しろって話だっけ?」


 哀れな姿を見て同情心が湧かないわけもなく、玉井は嘆息しつつもつい自分から話題を元に戻してしまった。


 なんとなく話の流れが予測できるので、物凄く嫌そうな顔だが。


「そうだよ! 玉井、いや、玉井君! むしろ玉井様!」

「やめろよ、キショい。池田達に様づけで呼ばれてるとか噂が広まったら、俺までやべぇやつ認定されちゃうだろ。こちとら教師を目指してるんだぞ」

「だから気を遣って場所を変えようって言ったのに! 渋ったのお前だろ!」

「しょうがないだろ。南雲のこと紹介しろって奴、最近多いんだよ。大抵は話したこともない奴ばっかりだけどさ、そのうえで友達からも頼まれちゃあうんざりもするって」


 いい加減めんどいわ! とジト目になる淳史。


「そ、それはわりぃ。でも、でもよ! 分かってくれよぉ! 俺達だって、俺達だってっ――」

「「「「女の子とキャッキャウフフなキャンパスライフを送りたいんだよぉーーっ」」」」


 魂の叫びだった。漫画だったらきっと揃って血涙を流しているに違いない形相だ。


 もう大丈夫かな? と教室から顔を覗かせた女子学生達が「ケ、ケダモノよ! 女に飢えたケダモノがいるわっ」と再び教室に引っ込んだ。


 周囲への誤解が加速していく!


 淳史は無言で廊下の奥の目立たない場所へ池田達を先導した。このままでは自分の名誉にも関わる。やはり面倒臭がらず場所を変えるべきだった……と若干後悔しつつ。


「最近、何かと話題になってる工学部の学生――南雲ハジメ。信じられねぇよ。四人もの美女を侍らしてるってんだぜ?」

「お、俺、見たんだ! 朝、あいつの車から凄まじい美人が三人も降りてくるところを! ってか車もすげぇ良いやつだったしっ、なんだよ、映画かよ! 非現実的すぎんだろ!」

「これが格差社会!! 富の再分配って言葉を知らねぇのか!?」

「分かった。死ぬほど羨ましいってのは分かったから、とりま落ち着け」


 池田くん、再び淳史の肩に手を置く。ガシッと。ちょっとばかし充血した目で。こわい。


「だが、だが俺達はある情報を掴んだ。これまた信じられねぇことだが、南雲って奴は既婚者らしい。金髪の子と夫婦だってんだ。ハゲろ」

「怨嗟が漏れてるぞ」

「つまりぃ! 他の子達はフリーってことだ!」


 池田が真実を見つけた探偵みたいな表情で――いや、ちょっと良い感じに表現しすぎた。金になる裏の仕事を見つけたマフィアの下っ端みたいな表情で言う。


 青木と五反田も「美味い話があるんだ。一儲けしようぜ?」と言ってそうな表情で続く。


「ああ、分かってる! あんなレベルの高い子、俺達じゃあ釣り合わねぇってんだろ? 分かってるさ!」

「でもな、夢くらい見てもいいだろ!?」

「贅沢は言わねぇ。でもな、でも……人生で一度くらい、あんな美人な子達とおしゃべりがしてみたいんだ! あわよくば、ちょっと良い感じになって甘酸っぱい空気になってみてぇんだ!」


 最後の青木の切実すぎるセリフに、彼等がこれまでどれだけ女子との関わりなく生きてきたか伝わってきて、淳史はなんとも言えない表情になった。


 そして、そんな夢を見てしまった理由もなんとなく察しがつくし。池田がグイッと顔を近づけてくる。でかいしこわい。


「ネタは上がってんだ。玉井が南雲と飯を食っていたってネタはな!」


 そう、それこそが現状に至った理由だ。本来なら「自分達とは住む世界が違うんだ……」と諦めていたところ、予想外の繋がりが見えてしまって手を伸ばさずにはいられなかったのだ。


「まぁ、高校のクラスメイトだしな」


 予想以上の繋がりの強さに、「おおっ!」と歓声を上げる池田君達。地獄に垂らされた一本の糸を見た罪人のような表情だ。


「えっとだな。これは善意の忠告だけど、南雲のことはあまり深く気にしない方がいいと――」

「玉井ぃっ、分かってくれよ! 俺達はこれまで女の子と無縁の人生を生きてきた!」

「顔や雰囲気が怖いのは仕方ねぇ。だから、せめて頼りになる漢と思われたくて、筋肉だって柔道だって鍛えまくった!」


 だから余計に怖がられるんだろう……と思ったが、グッと言葉を呑み込む淳史。


「向坂なんて……男子校だったんだぞ! しかも、しかも全寮制だっ」


 全寮制男子校を、そんな有名な監獄島(アルカトラズ)みたいに言わなくても……と思ったが、やっぱりグッと言葉を呑み込む淳史。


「……もう飛び散る汗と筋肉に囲まれるだけの人生は嫌なんだ。やっとアルカトラズから出たってのに、華やかな大学という名の世界に来たってのに!」


 向坂くん、本当にアルカトラズだと思っていたらしい。嫌なシンクロである。


「玉井……俺、女の子とおしゃべりしてぇんだ。かわいいカフェで一緒に甘いカフェオレを飲むのが夢なんだ……」


 剣の道に生きる修羅みたいな顔して、なに可愛いこと言ってんだ……と思ったが以下略。


 とにもかくにも、だ。切実さは伝わった。ならば、夢は早めに絶ってやるのが友の務めというもの。介錯つかまつる!


「……分かった」

「おおっ、分かってくれたか!?」

「ああ、紹介した後に真実を知るより、今、告げておいた方がいいだろうってことがな」

「どういう、ことだ?」


 心を強く持て。いつだって真実は残酷で、現実は厳しく、世界は悲哀に満ちているのだ。


 みたいな雰囲気を醸し出しながら、淳史は逆に池田の肩に手を置いた。


「お前等の言う美女四人……全員、南雲の奥さんだ」

「「「「……………………………………」」」」


 これぞ〝宇宙ネコのような顔〟のお手本。


 あれ? なんだろ、ちょっとよく分からないな? 聞き覚えのない言語が聞こえた気がする。ごめん、もう一度、言ってくれる?


 と、池田達は視線で訴えた。なので、より分かりやすく伝える。


「正式に婚姻届を出しているのは金髪の女性――ユエさんってんだけどな、彼女だけだ。けど、他の三人とも結婚してる」

「ハハッ、おかしなことを仰られますなぁ、玉井殿は。ご存じないかな? 日本は重婚を禁止して――」

「法律上の婚姻はできないってだけだろ。事実婚ってやつだよ。あと、おかしいのは池田の口調な?」

「玉井ちゃぁ~ん、酷くなぁい? 俺等をからかうにしてもさぁ、やり方ってのがあるじゃぁ~ん?」

「からかってない。見なかったか? 他の三人も左手の薬指に指輪つけてるの。ってか、青木達が聞いた噂の中にもあったろ。みんな既婚者だって。あと、酷いのはお前の口調だ」


 動揺のあまり人格がブレる池田くん達。


 しばしの沈黙が流れる。全員、必死に現実と向き合っているところっぽい。何度も顔を見合わせ、淳史を凝視し、しかし、その表情から決して冗談や嘘を吐いているわけではないことが伝わって……


 沈黙に、沈痛が混じり始めた頃合い。


「なぁ、そろそろ昼飯に行きたい――」

「へ、へへっ、やってやるっ。やってやるぞっ、俺は!! そんなクソな現実、野郎ごとぶっ潰してるぅっ。ネット社会の怖さを思い知るがいいっ」


 五反田くんが発狂した。スマホを取り出し、ぶっとい指をやたらと器用に動かしてSNSに非モテ男子の怨敵をさらし上げようとする。


「ちなみに、南雲は情報関連に強いぞ。情報開示請求なんて目じゃない。自分で直ぐに特定しちまう。名前も家族構成も貯金の額まで個人情報の何もかもをな。敵対した奴の末路は……俺の口からは言えない」

「ネット社会こぇよっ!!」


 スマホを投げ捨てる五反田君。衝撃吸収用のカバーをつけているが、流石に壊れるだろう勢いだ。


 よくスマホに野菜スティックが刺さって買い換えることになる淳史であるから、つい反射的にキャッチした。


 明らかに常人離れした動きだったので、池田達は目を丸くした。それのおかげか、少し正気を取り戻す。


「……玉井って絶対に強いよな? なんも部活やってなかったって嘘だろ」

「い、いやぁ、ほんとだぞ? マジで帰宅部」

「道場的なとこに通ってたとか?」

「行ってない行ってない!」


 武道に青春を捧げてきた四人である。見た目は中肉中背の一般人な淳史でも、なんとなく感じるものがあるのだろう。


 事実、天職〝曲刀師〟というバリバリの前衛職で、自身へのバフてんこ盛りと、相手へのデバフてんこ盛り状態ではあったが、最終決戦では〝神の使徒〟相手に切った張ったを繰り広げた猛者の一人だ。


 なんとなく伝わるその強さも、きっと仲良くなった理由の一つに違いない。


「と、とにかく! 何が言いたいかって言うと、南雲を紹介するにしても変な下心を持って行くなってことだ。友人としてなら、ユエさん達も会話くらい普通にしてくれるから」

「お、おう、そうか……。いや、未だに現実を受け止められねぇんだけど、とりあえず分かった」

「まぁ、あんな美人と話せるだけでも夢みたいな話だし」

「そ、それに彼女達なら女の子の友達も多いだろ! 一人くらい、俺達とおしゃべりしても構わないって子がいるかもしれねぇ!」

「大学に入ってから二ヶ月……未だに話せた女の子は一人もいない。もう、玉井に頼るしかねぇ俺等だ。この際、お前の指示には全面的に従うぜ!」


 俺達を導いてくれ! 女の子とおしゃべりする夢を叶えるために! と訴える池田くん達。


 もう、事務員のお姉さんの事務的な会話だけが心の拠り所なのは嫌なんだ……。頻繁に訪れるのもご迷惑だし……と、別に聞いてもいない補足までしてくれる青木くん。


 お前、そんなことしてたのか……と、ちょっと泣きそうになる淳史だった。


「まぁ、女の子とお近づきになりたい気持ちは分かる。俺も彼女いない歴イコール年齢だし。八重樫と白崎は絶対女の子友達多いだろうから……その子達と、あわよくば合コンとかできたらいいよな!」

「「「「友よ!!」」」」


 ガシッとスクラムを組む五人。共感と共闘の精神が彼等の友情をより高め――


 その時だった。


「あ~~~っ、やっと見つけた! そんなところで何してんのさ! 玉井っち!」

「おおう!?」


 女の子の親しげな声が響く。ビクッと震える淳史。え? と困惑気味に顔を上げる池田くん達。


 廊下の奥からタッタッタッと実に軽やかに駆けてくるのは、サイドテールが似合う如何にも活発そうなギャル風の女子学生。


「え、かわいい……」


 向坂くん、思わず呟く。


「み、宮崎……」

「「「……」」」


 池田くん達、真顔を淳史に向ける。なんの感情も浮かんでいない。組織の裏切り者をどう処分するか考えているマフィアみたいな顔だ。


「お? お? なんだなんだ、男で揃って密会ぃ? なに怪しい匂いプンプンさせてんのさ! 犯罪はダメだよ、玉井っち!」

「イテテテッ、背中を叩くな!」


 ケラケラ笑いながらベシッベシッベシッと遠慮の欠片もなく淳史の背中を叩くのは、何を隠そう淳史と同じく教育学部で教師を志す宮崎奈々だった。


 意外な話だが、実は入学から二ヶ月経っていても奈々と池田達は今が初対面だった。


 別に淳史と奈々が互いを避けていた結果ではない。淳史がどちらか一方と居る時は他方とは出会わないし、会おうとしても不思議と都合が悪いという、奇妙なほどのすれ違い起きていただけだ。


 池田達が他学部というのもあるのだろうが……


 もはや縁結びの神の恨みでも買っているのではと考えた方がしっくり来るくらいである。


「初めましてだね! 玉井っちの友達の宮崎奈々! よろ!」


 そう言って、臆したところなど皆無な満面の笑みで手を差し出す奈々。


「え、え? あっ、よ、よろぉ?」


 池田くん、目が回遊魚になる。未だかつて、女の子に、こんなにフレンドリーに接してもらったことはないが故に!


 裏切り者への虚無な気持ちも一瞬で吹っ飛ぶ。


 反射的に差し出したごっつい手。それに比べれば幼児みたいに小さな手を躊躇いなく重ねた奈々は、更にギュッと握って上下にブンブンッと振った。


「おお~、かったい手! 体もでっかいねぇ! なんか格闘技とかやってる?」

「あ、その、ボ、ボクシングを少々……」

「おお! ボクサーだ! こんな感じっしょ? シュシュッ、シュシュッ!」


 手を離してシャドーボクシングの真似をする奈々に、池田は当然、青木達も揃ってほわんっとなった。


「っていうか、名前は?」

「あ、い、池田っす」


 動揺しながらも答える池田。奈々の視線が青木達にも向く。やっぱり怯えたところのない真っ直ぐな眼差しだ。


 実のところ、高校時代、地球に帰還して半年も経つ頃には既にそうだったが、奈々は割とモテる。男女分け隔てなく軽いノリで話しかけるし、〝○○っち〟と速攻であだ名をつけて呼ぶし、ボディタッチもバンバンするところがとてもフレンドリーだからだ。


 いわゆる、勘違いさせちゃう系女子というか……


 女の子に免疫のない男ほど、「もしかして、俺のこと好きなのかも?」と思わせてしまうのだ。例えるなら、オタクにも優しいギャルを地で行く感じである。


 そんな、ただでさえフレンドリーな奈々が、軽薄な言動の中に不思議なくらい芯の強さを感じさせるのだ。それが奈々の魅力を倍増させていて、大学に入ってからは更にモテるのだが……


 ()()()()()()()()()絶妙な距離感を保つのが上手くなったようで。


(だから、積極的には紹介したくなかったんだよなぁ)


 奈々のことを〝勘違い男子量産系女子〟〝ナチュラル悪女〟――などと勝手に思っている淳史である。


 自己紹介するや否や早速あだ名をつけられて既にデレデレになっている池田達を見て、「ああ、また被害者が……」と哀れみを抱くと同時に、「俺の純情な友達に何してくれてんだ……」と奈々にジト目を向けてしまう。口には出さないけど。なんであれ、池田達の夢が早速叶っているので。


「あのぅ、ちなみに宮崎さんは玉井とどういう……」


 池田がおずおずと尋ねる。奈々が答える前に、変な誤解を受けて友情にヒビが入らぬよう先んじて口を開く淳史。


「宮崎も高校のクラスメイトなんだよ。それだけだ。マジで」

「そ、そうか! そうだったのか! え、じゃあ南雲って奴とも……」

「おう、全員クラスメイトだ。ユエさん達も含めてな」

「なるほど……あ、あの、宮崎さんは、そのまさかと思うけど南雲って奴の……」


 歯切れ悪く、しかし、緊張感を持って尋ねる池田。青木達も「神よ! どうかご慈悲を!」と祈ってそうな表情だ。


 なんとなく、どういう話をしていたのか察する奈々さん。


「あははっ、噂を聞いたって感じ? リアルハーレム男の」

「ま、まぁ……」

「なるほどね。ちなみに私は違うよ? 雫っち達とは仲良いけどね?」

「そ、そっかぁ!」


 苦笑しながら手をパタパタと振る奈々に、池田達の表情が一斉にパァッと輝く。


 神も仏もこの世にはいたんだ! 初めて引かないどころかあだ名で呼んでくれた女の子が、リアルハーレムなんて不思議ワールドの住人でなくてほんっーーーとぉ~~~っに良かった! みたいな表情である。


 それを見て、更に池田達がどういうタイプの人間か察したらしい奈々。当然、自分の立ち位置もなんとなく理解。


 と、すればだ。


 自分的には自然に振る舞っているだけであり、あくまで勘違いさせちゃう系であって、勘違いさせたい系ではない奈々さんである。


 ならば、気が付いた以上、一応、距離感を調整しておこうとするのは自然な流れ。


 ただ、いつもと違って、先程ちょっとばかし引っかかる物言いがあったので。


「っていうかさぁ、玉井っち」

「なんだよ」

「〝それだけ〟って酷くない?」

「……………………は?」


 同じく、「は?」という顔になる池田達。困惑する男子陣を置いて、奈々は一歩、淳史との距離を詰めた。


 そして、爆弾を落とす。


「まるで、ただのクラスメイトでしかないみたいなさ。何度も同じホテルに泊まった仲なのにさ!」

「ばっ、おまっ、何言って――」


 しゅんとした表情になる奈々に、淳史は悪魔に遭遇したような表情になった。


「玉井、友情を確かめよう」


 池田の奇妙なほど落ち着いた声音が響いた。でも、ガッと肩を握る手の圧力はちっとも落ち着いていなかった。ガッタガタ震えている。いかにも溢れ出るパワーを必死に制御しているみたいに。


 そして、ガッタガタ戦慄いているのは青木達も同じ。玉井くんは果たして裏切り者か否か、それを見逃すまいと凝視している。


「ウソ、ツイタ?」

「カタコトはやめろ、マジでこぇから!」


 コテンッと一斉に首を傾げるガッチムチの巨漢四人衆。不気味さも四倍増しである。


「マジで嘘は吐いてない! 生まれてこの方、彼女なんていたことねぇから! 信じてくれ! 俺は、俺はマジでモテない!!」


 なぜ、こんな悲しいことを強く主張しなければならないのか。


 うつむいたまま、笑いを堪えて微妙にぷるぷるしている奈々に殺意が芽生えそう。


「そ、そうか……そうだよな! じゃあ、宮崎さんがからかっただけか」

「そう、その通りだよ、池田! お前なら信じてくれると思っていた!」

「まぁ、女の子にからかってもらえるなんて普通に羨ましいけどな」

「青木の言う通りだぜ。気安い関係って憧れるよなぁ」

「へへ、この向坂、友達を疑ったことなんてないぜ。玉井が女の子とお泊まりだなんて……ハハッ、流石にからかいすぎだよ、宮崎さん」


 奈々は顔を上げ、「ん~?」となんとも言えない曖昧な表情で首を傾げた。肯定も否定もしない、その姿。「あれ~?」と池田達の視線が再び淳史に向かい。


「なぁ、玉井。お泊まりなんて宮崎さんの冗談だよな?」

「………………しゅ、修学旅行のことだよ! そういう意味なら、お前等も一緒だろ!」

「「「あ、ああ!」」」

「……いや、俺は男子校だけど」


 自称アルカトラズ出身の向坂くんは置いといて。


「え? 修学旅行じゃないけど? 私達だけで民宿に泊まった時のこと忘れちゃった?」

「宮崎ぃいいいいっ!!」

「いろんなことあったよねぇ。すっごく緊張したし、あんなに激しく……」

「OK、お前との友情もここまでだ。その口、物理的に封じてやる――」


 なお、奈々はだいたいウルの町でのことを言ってる。〝私達〟――つまり愛ちゃん護衛隊のメンバーで同じ宿に泊まり、ハジメと再会した時は緊張して、洗脳されたティオVSハジメや、六万の魔物の大群との激しい戦闘も見ていたのだ。


 うん、嘘は言ってない。まるで、どこぞの魔王様を真似たような言い様だが。


 何はともあれ、である。


「タマイクン、もう一度ド、聞クよ?」

「イントネーションがさっきよりひでぇ」

「プライベートで、女の子と、お泊まりしたの?」

「……………………」


 これが自分に好意を寄せてくれる女の子の嫉妬から出た言葉なら、どんなに良かったか。


 だが、いつだって真実は残酷で、現実は厳しく、世界は悲哀に満ちているのだ。


 目の前にいるのは血管が体中に浮かび上がるほど、無意識パンプアップしちゃってる強面巨漢四人である。


 修学旅行の時のお堂見学で、こんな仏像がたくさん並んでるの見たなぁと、ちょっと現実逃避気味に思い出しちゃうくらい絵面がヤバい。


 汗が噴き出る。だが、事実は事実。友人に嘘は吐きたくない。なので、


「これだけは言わせてくれ」

「「「「ナンダ?」」」」

「断じてやましいことは何もなかった!! 本当に悲しいくらい何もなかったぁっ」


 またも魂の叫びだった。渾身の信じてくれアピールだった。否応なく本気と悲哀が伝わってきて、ちょっと発狂しかけていた池田達も思わず顔を見合わせてしまう。


 と、その時、ついに堪えきれなくなった奈々が噴き出した。お腹を抱えて、涙目になりながら笑い声を響かせる。


「宮崎ぃ、てめぇ……」


 何が何やらと困惑する池田達を横目に、割と本気で青筋を浮かべる淳史。指先で目尻の涙を拭いながら、奈々はテヘペロした。


「ごめ~ん! でもさぁ、玉井っちだって悪くない?」

「はぁ? 何がだよ」

「私ら背中預け合っていろんなこと乗り越えたきた仲でしょ? マジで〝それだけ〟じゃないんだし……新しい友達と仲良くしたいのは分かるけど、私らのことただの知り合いみたいに扱うのはなんかちょっとさぁ」

「…………」


 ジッと淳史を見つめる奈々と、その視線を受けてウッと痛いところを突かれたような表情の淳史へ、池田達が忙しなく交互に視線を向けている。え、何、この雰囲気……と。


「奈々さん的に、ちょっとムッとしたわけさ」

「……あ~、そうか。わりぃ。そうだよな。大事な仲間だもんな」

「そうそう! まったく、しっかりしてくれないと困るぜ、玉井っちぃ?」

「ああもうっ、ほんと悪かったって! だからグリグリしてくんな!」


 拳で頬をグリグリされて鬱陶しそうに顔をしかめる淳史。だが決して避けようとはしない。奈々の表情もすっきりしていて楽しそうだ。


 確かに、惚れた腫れたの空気感はない。けれど、二人の間には他者が容易に入れないほど強い絆と信頼関係があることだけは明確に伝わった。


 何も言えず、ただ顔を見合わせる池田達。


 と、そこに新たな人物が。


「ちょっと~~、奈々も玉井も何してんの! お昼、終わっちゃう――あ、どうも」

「「「「!? ど、どうも」」」」


 またもや女子だ。しかも、またもや自分達をまったく恐れていない! 奈々と淳史に声を掛けつつも、自分達に気が付くや普通に声をかけてくれている! と池田達が動揺する。


 それどころか、切れ長の目元や愛想笑いの一つも浮かべない様子に、「な、なんか怖い雰囲気の美人が来た!?」「え、俺等、睨まれてる? こわいっ」と狼狽えてしまうほど。


「え? 今日の集まりは中止じゃないのか? 南雲の奴、呼び出し受けたんだろ? さっき連絡あったけど」

「見てないの? その後にユエさん達とその友達の人達だけで集まるから、良かったら紹介するって連絡きてたでしょ? グループの方に」

「マジか。見てねぇわ。ってか、それって女子だけの集まりじゃね? イヤだぞ、男子が俺だけとか」

「玉井っちならそう言うかなって思って、適当に誤魔化しながら連れて行こうと思って捜しに来たの忘れてたわ!」

「宮崎、お前とは一度きちんと話をつけた方が良さそうだなぁ」

「あんた達、何やってんのよ……」


 どうやら、そういうことだったらしい。


 そこで、完全に置いてけぼりを食らっている池田達に優花が意識を向け直した。見た目は不良っぽくても気遣い屋の優花である。無視などするわけもない。


「えっと、玉井の友達よね? 初めまして、園部優花よ。二人とは同じ高校のクラスメイトなの」

「い、池田っす」

「あ、青木っす」

「五反田っす!」

「向坂っす!!」


 なんとなく姉御的な雰囲気を感じてか、なぜかめちゃくちゃ畏まる池田達。上下関係の厳しい武道系に身を浸してきたせいか反射的に出たらしい。


 その様子に優花は一瞬だけ目を丸くするも、直ぐにくすりっと小さな笑い声を上げた。


「何それ、流行ってるの? 何々っすって揃えるの。ふふっ」

((((か、かわいい……))))


 心は一つだった。そして、チョロチョロのチョロだった。


 悪い女にあっさり騙されるのではと心配しつつ、淳史は友としての責務を果たす。


「残念。そいつは南雲の愛人だぞ」

「「「「リアルなんてクソだっ!!!!」」」」


 池田くん達の悲哀と格差社会への怨嗟の声が響き渡ったのは言うまでもない。


 そして、先程講義室に逃げ込んでいた女の子達が、その轟音じみた叫びを聞いて「抗争よ! ケダモノ達の抗争が始まったわ!」「もうこんなところにはいられない! 私、家に帰るから!」とパニックになりながら必死に逃げていく後ろ姿が見えて……


 池田くん達の膝は、ついに折れたのだった。


 ついでに、


「ちくしょうぉ、ちくしょうぉ! こいつが何をしたってんだっ」

「じ、自業自得でしょ! バカ玉井!」


 淳史もまた膝を折っていた。


 その手にはシャーペンに串刺しにされてご臨終していらっしゃるスマホちゃんの無残な姿が。


 ちなみに、玉井のスマホには十三代目の当機から自己修復機能が付けられている。なぜか優花以外が原因でも直ぐに死んでしまうので、懇願してハジメにつけてもらったのだ。


「玉井っち、懲りないよねぇ~。あっはっはっ」


 奈々の楽しそうな笑い声が響き渡る。


 端から見ると、何やら怒っている女子の前で男五人が土下座している――しかも、うち四人は強面の巨漢――ような状態で、そのうえ、その光景を見て馬鹿笑いしている女の子がいるという構図である。


 ……実は、遠目にこっそり様子を見ていた学生が数人いたのだが、この時の優花達は特に意識していなかった。


 結果、なんかすげぇ女の子達として奈々と優花の噂が出回り、上級生も含めて何かと相談を持ちかけられたり、いろんなサークルなどからスカウト合戦されたりするのだが……それはまた別の話。


「あ、そうそう。それと、なんかそれぞれの友達を連れて親睦会しようって話になってるみたいよ。今日の夜、さっそく集まれる人は集まって食事に行くみたいだけど……玉井の友達なら、あなた達も良かったら来る?」


 池田達はガバッと顔を上げた。


 現実に打ちのめされていた彼等にとって、まさに希望の光。


「で、でも、俺等がいたら怖がらせちまうだろうし……」


 降って湧いたような望外のお誘いに、つい日和っちゃう。


 そんな池田達に、優花はこてんっと首を傾げた。


「怖い? どこが?」

「貴女が天使か」


 だが、愛人(他称)だ。


 死ぬほど複雑な表情になる池田達だったが、優花から「で、どうするの? お店の予約もあるみたいだから、人数、伝えたいんだけど……」と催促されれば答えは一つで。


「「「「是非とも、よろしくお願いしゃぁっす!!!」」」」


 教育学部の学舎に、歓喜の野太い唱和が響き渡ったのだった。


「良かったなぁ、お前等……」

「玉井っちもね。旅の間、私等とな~んもなくて悲しかった玉井っち! 可愛い子いるといいね、玉井っち!」

「え、なに、俺のこと一日に数回は刺さないと気が済まねぇの? ちょっと表に出ろよ」

「大学生の間に彼女作らないと……」

「な、なんだよ……」

「生徒に手を出す教師になる確率――100%!!」

「愛ちゃん先生のことかぁーーーっ!! やめてやれよっ、引き合いに出すの!」

「骨は拾ってあげるよ、玉井っち!」

「玉砕前提で話すのやめいっ」


 こっちはこっちで、ある意味、青春をしているのか。


 なんにせよ、今夜の親睦会は賑やかになりそうだった。















 一方、その頃、服部と合流し重要な会談に向かっていたハジメはというと。


「……お父さん?」

「!? れ、麗那(れいな)……どうしてここにっ」


 なぜか例の要人に会う前に、なんの偶然か服部の娘さん(?)と遭遇していた。


 動揺しつつも苦虫を噛み潰したような表情の服部と、そんな父親を胡乱な目で見ている高校生くらいの娘さん。


 親子仲があまりよろしくないのか。なんだか気まずそうというか、不穏な雰囲気が漂っている。


 なぜ、大学を抜け出してまでヘルプに来たのに親子喧嘩に巻き込まれそうになっているのか。


 なので、間に挟まれたハジメは瞬時に判断したのだった。


 よし、逃げよう、と。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


深淵卿編第三章「そんな愛の形もあるんだよ」にて示唆した服部の家族について、せっかくの日常会なので次回少しだけ触れようと思います。後半以降は浩介サイドの日常を予定。よろしくお願いいたします。


※ネタ紹介

・愛ちゃん先生のことかぁーーっ

 ニュアンスは「クリリンのことかぁーーっ」です。

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― 新着の感想 ―
あの流れだと敦史が襲われるって思うじゃん!!そんな事なかったよ!敦史よ、さっさと奈々と付き合え!!
女の子とキャッキャウフフなキャンパスライフを送りたい > それをハジメに頼むという事は女の子ゴーレムでも欲しいんだろうか? とマジに思った。
神水レベルの回復薬すらおっつかない胃の穴とは……
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