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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
462/543

ミュウの春休み 新時代の女王様

先週は投稿できずすみません。九割書けていたんですが体調崩して力尽きました。なので、今週は二万字オーバーです。




 ブルイット老の登場で、どうにかカオスと化した場が鎮静した後。


 ブルイット老は式典開催の決定及びミュウ&陽晴の参加を受けて更なる指示出しに向かい、ドーナルとリンデンも警備や民衆の誘導指揮のために、そして


「テラスには皆さんだけでお行きください。私はアウラロッド様を客室へ。ああ、どうか起こさないで。この方、死ぬほど疲れているみたいなんです」


 と言って、元社畜女神をおんぶしたアニールマンマも、肩口によだれだら~されても気にした様子もなく客室へと去っていった。


 ミュウは思った。「そ、それ、もう死んでる人に使うセリフじゃ……」と。同じくネタを知る光輝が慌てて呼吸を確かめたが、アウラロッドちゃんは近づけられた指にパクッと食いつき「まんまぁ、もう食べられないよぉ」と定番のセリフを幸せそうに吐いたので大丈夫だろう(大丈夫じゃない)。


 そんなこんなで、残りのメンバーで移動した先にて。


「うわぁっ、すっごいの! 全然、砂がないの!」

「聞いていた話と随分と違うような……でも、すごく綺麗……」

「そうでしょうそうでしょう。クーネの都は綺麗でしょぉ~」


 玉座の間の更に上にある四角錐形の尖塔。その尖った天辺の少し下に、四方を見渡せる空間がある。四本の柱で支えられた吹き抜けの空間だ。戦時には最高高度の物見台となるその場所こそ、シンクレアの都を一望できる最高のテラスだ。


 ミュウは手すりから身を乗り出すようにしてキラキラ笑顔で、陽晴は片手を頬に当ててうっとりと、そして、クーネはそんな二人に並んで思いっきりドヤ顔をしていた。


 その後ろで、光輝とモアナが目を丸くしている。


「あ、あれ? 目の錯覚かな? 随分と様変わりしたような……」

「……自然が、溢れて……」


 二人の言葉通り、王都はわずか半年程度で随分と様相を異にしていた。


 中心に王宮がそびえる大きな湖。四方に伸びる橋と白亜の石製の町並み、その都全体を囲うドーナツ状の巨大な湖や、町中に走る水路はそのまま。


 だが、目に見える緑の量が以前とは比較にならない。


 まず地面が砂地ではなくなっている。まるで森の中の地面だ。柔らかそうな土が見え隠れし、更には草花が生い茂っている。


 街路には木々が並んでいて涼しげな木陰をたくさん作っており、ついでに瑞々しい果実まで実らせている。


 湖の外縁にもバオバブのような木々が幾つも生えており、その天頂からは水が溢れ出していて、小さな泉や支流をあちこちに作り出していた。


 以前より、王宮から見る砂漠がずっと遠く感じる。


――砂漠を呑み込み広がっていくオアシス


 女王クーネの治世における王都は、まさに、そんな印象を見た者に与える変わりようだった。


「クーネ様が〝再生〟の鍛錬と実験がてらに頑張ったんですよ、光輝様」

「そ、そうなんだ」


 補足説明が流し目と共にリーリンから。光輝くん、ぽっと頬を染めて思わず視線を逸らす。


 イケメンリーリンの影響力がまだ残っているらしい。普通ならここでモアナが牽制なり鉄拳なりを繰り出すところだが、


「……」


 今のモアナはそれどころではないらしい。王都を眺めたまま、どこが呆然としている。その表情を、どう表現すべきか。あえて例えるなら、いつか手に入ればと夢想した宝物が不意に手元に転がり込んできた人の表情、というべきか。


 乙女光輝の様子をパシャッとさりげなく撮影しているミュウに苦笑しつつ、リーリンの言葉からクーネの目的を推測した陽晴が、遥か東の地平線を指さしながら問うた。


「あの砂漠のずっと向こう側に新たな町を作るという話でしたね? そのための鍛錬と実験、ということでしょうか?」

「ですです。加えて計画が成れば、この王都は重要な最前線への補給拠点になりますからね。見てください。西側には大規模な農耕地も作る予定なんです」

「戦争は数と兵站だ――ってパパも言っていたの!」


 クーネが町並みと逆の方向――西側を指させば、なるほど。確かに整然と区画分けされ、その間に整備された水路が走っている場所が見える。


 半分くらいに、何かの野菜だろうか。瑞々しい緑色が並んでいて、もう半分は収穫済みか、それとも今から何か植えるのか。なんにせよ、土の色が明らかに砂漠のそれではない。栄養豊富そうな濃い茶色だ。


「とはいえ、計画はまだまだ始まったばかりです。この王都が、前線の砦としての役目を終えられるのはまだまだずっと先のこと。結界の湖の外への拡張は、そろそろ控えないといけないんですけど……」


 このまま王都から東域へ自然を広げていき、その先で拠点を作るというのが確実な方法であり、人心的にも大変喜ばしい。


 しかし、自然回復とはすなわち、〝暗き者〟にとっても恩恵力を吸収し放題になるということ。


 そのリスクは、取れない。


 いつか、〝暗き者〟の脅威が完全に晴れたと断言できるようになる、その日まで。


 遠い飛び地に拠点を作る方法さえも確立できていない今、それは確かに、まだまだずっと先の話だった。


 少しもどかしそうに眉をしかめているクーネの細い肩に、控えていたスペンサーが優しく手を置いた。頑張りすぎる主を諫めるように、同時にとても誇らしそうに。


「いつも言っていますが、陛下。焦る必要はございませんぞ。天恵術の使用量、範囲、効果のいずれも目を見張る成長をなさっていますし、自然を取り戻した王都の姿には、民も日々心を躍らせております」


 幼き女王の奮闘は、誰もが余すことなく理解している。


 むしろ、毎日限界まで天恵術を行使し、自然の復活のための努力を欠かさない姿に心配してしまうほど。かつての悪戯王女の姿を知っているからこそ、なおさら。


「べ、別に焦ってなんていませんよ? クーネはいつだって超クールですからね!」


 と、スペンサーの称賛に少し照れつつ、「ちなみに」と続けるクーネ。


「後方の領地からも移住者を募っています。王都と後方領地の間、つまり西域方面にはまだまだ農地化の余地がありますからね」

「自給自足できるようにするのかい?」

「いいえ、光輝様。完全にではありませんよ。生産力の全てを後方に頼っていた今までと違い、王都自体の生産性も上げるというだけです。農業だけでなく工芸関係も招致する予定で、つまり――真の意味で、この王都をシンクレアの中心にしたい。それがクーネの野望なのです!」


 まだ当分の間は前線拠点なのは変わらないけれど、だからといって従来のままにするほど切羽詰まってはいない。


 いつか叶える野望のために、今できることを一つ一つ。


 そう言って、両手を腰に当ててふふんっと胸を張るクーネ。かと思えば、直ぐにちょっと苦笑気味になって。


「まぁ、ここまでできたのも全ては魔王様の奥様方に尽力いただいたおかげなんですけどね」


 元より、あの決戦で甚大な被害を被った王都で、今こうして〝復興〟ではなく〝発展〟に力を注げているのは、ハジメと光輝の帰還を待つ間に香織やユエ達が再生魔法で王都を修復したからだ。


「ミーちゃんのご家族は凄いですね! 時間が逆行でもしているみたいに直っていく王都の光景を、クーネは生涯忘れません! 感謝の気持ちも、決して忘れないとクーネはお約束します!」

「えへへっ、そうなの。ミュウの家族はすっごいの」


 不意打ち気味の家族への称賛に少し照れつつも、ミュウは興奮を抑えられない様子でクーネの手を取り、ぴょんぴょんと跳ねた。


「でもでも、やっぱりクーちゃんが一番すごいの! 尊敬するの!」

「わたくしもそう思います。こんな凄い女の子とお友達になれて、とても嬉しいです、クーちゃん」

「ふ、ふへっ」


 当初の目論見通り、「凄い友達ができた!」と言われて、嬉しさのあまりか、クーネは遂にくねくねしながら自慢のツインテールを使って顔を隠してしまった。


 その場の全員が視線で互いの気持ちを了解し合う。すなわち、かわいい……と。


 否、一人だけ違う視線をクーネに向ける者がいた。


「クーネ」


 普段のシスコンお姉ちゃんの雰囲気ではなかった。落ち着いた、けれど、どこか大きな感情が溢れ出すのを堪えているような、そんな眼差しがクーネに向けられていた。


 声音の雰囲気に違和感を覚えたのだろう。ツインテガードをそろりと解いたクーネは、そこで姉の真っ直ぐな眼差しを見て、ハッとした表情になった。


 シュッと背筋を伸ばして居住まいを正す。


 姉からも称賛の言葉を貰えると思ったのだろう。ちょっと照れくさそうに、でも本当は一番見せたかった相手だから、「どうです、お姉ちゃんがいなくても、クーネだって中々やるでしょう?」と自慢げに胸を張る。


「はい、お姉ちゃん。なんですか? 褒め言葉なら、クーネはいつでも受付中ですよ」


 だが、「凄いわ、クーネたん! 流石はお姉ちゃんの妹ね!」なんていつも通り大げさなくらい騒いで抱きついてくるだろうというクーネの予想は――


「――え?」


 裏切られた。良い意味で。


 ふっと微笑を浮かべたかと思ったら、なんとモアナは、その場に恭しく傅いたのだ。片膝を突き、最大の敬意を示すように頭も深く垂れる。


 これには流石にその場の誰もが驚いた。中でもクーネの驚きが一番だろう。目を大きく見開いて、自分には見せたことのない姉の姿に直ぐ言葉が出てこない様子だ。


「シンクレア王家の者が夢見た都の光景を、こんなにも早く見ることが叶うとは思っていませんでした。クーネ女王陛下はまさに、偉業のただ中に在るのですね。心から敬服致します。」

「あ、ぅ……」


 一度とて姉から向けられたことない言動。何より、庇護の対象と見られていた自分が、いつも姉に向けていた敬意を、否、それを超える敬服を向けられている。


 二の句が継げないクーネに、モアナはそっと顔を上げると、涙の雫が堪る目尻を優しく下げて、


「父様、母様、兄様、そして叔父様達と全てのご先祖様に至るまで……きっと思っていることでしょう」


 もはや歴史書にしか載っていない、緑と水に溢れたかつてのシンクレア王国。


〝暗き者〟との終わりの見えない戦いの中で、歴代の王族達は、誰もが〝いつか〟と夢を見続けた。


 最前線の砦たる王都ではなく、人々の平穏と豊穣の象徴たる王都を。


 その夢が、今、叶い始めている。


 シンクレア王家の末姫によって。


「貴女様のことを、我が王家の、いえ、シンクレア全ての民の――誇りだと」

「お姉ちゃん……」


 やっぱり、間違っていなかった。黒王という絶望の象徴と、まるで対をなすみたいに生まれてきたシンクレア王家の最も若き姫。


 その天恵術が〝再生〟という戦時中は役に立たないものだと分かった時、モアナ達は感じたのだ。


 この戦いの終わりを。


 クーネは、長き戦争の後のために生まれてきてくれたに違いない、と。


 だから、モアナは折れなかった。


 もちろんそこには王族としての使命感はあったけれど、家族がクーネを残して全滅しても、最大の切り札たる兄を失っても、なお折れなかった最大の理由はきっと信じていたからだ。


 クーネの時代が来ると。


 この愛しい妹が全力を振るい、世界をあるべき姿に戻す時代が来ると。


「クーネ女王陛下こそ、私達の希望の象徴です」


 絶望の象徴を打ち払ったその先で輝く希望の象徴。


 それこそが、クーネ・ディ・シェルト・シンクレア。


 それをモアナは、この自然を取り戻しつつある王都を見て深く感じたらしい。否、きっとスペンサーの言った通り、シンクレアの民の全てが感じているに違いない。


「ありがとう。私に、こんな素敵な光景を見せてくれて」


 そう言って、最後に姉の顔に戻ってクーネを抱き締めるモアナ。


「……あ」


 姉に抱擁された瞬間、クーネは不思議な感覚に囚われた。


 何か見えたわけではない。聞こえたわけでも、何かに触れられたわけでもない。


 ただ、抱き締めてくれている姉の温もり以上に、大勢の温かさに包まれたような、そんな感覚を覚えたのだ。


 多くは覚えのない、でも、一番近くの、まるでモアナごと抱き締めているかのような幾人かの温かさだけは覚えがあった。


 まだ物心つくかつかないかくらい。それは、両親と兄の……


「――光栄です」


 クーネは静かに目を閉じて、姉の抱擁に身を任せた。両腕を回して抱き締め返す。


 何か犯しがたい神聖な雰囲気に包まれているような気がして、光輝達も、そしてミュウと陽晴も静かに抱き締め合う姉妹を見守った。


 どれくらいそうしていたのか。


 やがて、クーネの方からすっと身を離した。


 女王の顔だった。幼くとも凜々しい、多くを背負う者の目でモアナを見つめ、そして不意に周囲にゆるりと視線を巡らした。


 それは光輝達を見回したようでもあり、別の誰かを見回したようでもある不思議な眼差しで。


「見守っていてください。この、クーネ・ディ・シェルト・シンクレアの治世を」


 全てを慈しむような目を細めた笑顔に、息を呑まない者はこの場にいなかった。


 静謐な神殿の如き雰囲気が、徐々に薄れていく。


 安心した、と吐息を漏らしながら眠る前のような、そんな空気感に変わっていく。


「さて!」


 パンッと柏手を一つ。


 それだけで一気に場の雰囲気が元に戻った。街中の喧噪なんてずっと聞こえていたはずなのに、今この瞬間、音を取り戻したような気さえする。


 王女の時分から〝場の支配〟という点において才能の片鱗を感じさせていたが、それにも随分と磨きがかかっているようだ。


「しんみり空気はここまでです! ほら、お姉ちゃんも立ち上がってください!」

「ええ、そうね。クーネたん」


 妹に手を引かれて立ち上がるモアナ。クーネを見る目に頼もしさが宿っている。


「リーリン」

「ハッ」


 キレのある動きで傍に寄るリーリン。何かしらの命令と察してか、傅く動きに躊躇いがない。


 モアナを茶会から連れ出した時もそうだが、いろいろ激しい性格なれど、クーネに対する忠誠心はやはり高いようだ。きっと、モアナの言葉通りだからだろう。


「風で拡声を。せっかくなので、光輝様達の帰還を都の皆に知らせてあげましょう!」

「素晴らしいお考えです」


 早速、術を展開していくリーリン。どこかぴんっと張ったような空気が広がっていく。


「さぁさぁ、光輝様、前に来てください! お姉ちゃんは、そのお隣ですよ!」

「い、いきなりだなぁ」

「ふふ、いいじゃない。光輝の姿が見られて皆も喜ぶわ」

「全員とはいきませんけど、王宮の近くにいる人達にはクーネ達が見えるはずです。ちょい見せサービスタイムというやつですね! クーネはサービス精神旺盛な女王なのです! ミュウちゃんと陽晴ちゃんはクーネの両隣に来てください!」

「お披露目なの!? ――いいだろう、第一印象は大事。ガツンとかましてやるの」

「ミュ、ミュウちゃん? 変なことしないでくださいね? 一応、南雲様からミュウちゃんのこと見てて欲しいと頼まれて――あ、なんで〝どんなぁ〟を取り出して――ダメですよ!」


 不敵な笑みを浮かべるミュウに一抹の不安を覚えつつも、


「あ~あ~テステス! クーネの声は今日もきれ~、超きれ~だと自画じさ~ん♪」


 なんて、相変わらず自信満々な自画自賛でマイクテスト(?)をするクーネ。


 なんだなんだと、王宮の中庭にいた者達は当然、王宮を囲む第一湖の近辺にいた人達も次々と水辺に寄ってきてはテラスを見上げていく。


 スペンサーが、こんなこともあろうかと用意していた台座をさっと設置。それに乗ったことで、幼女三人も手すりから上に上半身全体がひょこっと飛び出し、見やすくなった。


 ざわめきが広がった。


 都の奥からも慌てたように人々が集まってきて、あるいは家屋の屋上に上ったり、新たに並ぶようになった街路樹を早速利用してその上に登って視界を確保したり。


 今日が救世主の帰還予定日で、場合によっては式典が開催されると通達は出ていたため、いつでも参加できるよう準備だけはしていた王都の民であるが、やはり、実際にその姿を見れば感動もひとしおなわけで。


 高まっていく喧噪の中、ある程度人々の注目が集まったのを見計らって、いよいよクーネが声を張り上げる――


「注目あれ! 皆の女王様! クーネ――」


 でぇす! と続く寸前だった。


「酷いですよっ、光輝様! 私を置いていくなんて!!」

「「「「「「「!!?」」」」」」」


 誰もがギョッとした。バッと振り返れば、そこには奴がいる。


「気が付けば一人、その間に皆が別のところで楽しんでいるという悲しみがなぜ分からないのです!!」


 そう、死ぬほど疲れて眠っていたはずの駄女神様だ。かな~し~みの~♪ なんて悲哀たっぷりなBGMが背後に漂ってそうな雰囲気だ。


 糾弾の内容も闇深い。やめろ、それはぼっちに効く……という声が聞こえてきそう。五千年ほどぼっちだった元女神様だが……それ以前の妖精時代にでも経験があるのだろうか?


「アウラ!? いや、だって死んだように眠って――じゃなくて、シーッ!! 今は黙って――」


 一応、言っておくと、拡声の恩恵術は生きている。


 このテラスで発せられた声は、それはもう響く。りんりんっと都中に。


 なので、必死に人差し指を口元に当てて黙るよう伝える光輝だが、それが「てめぇは黙ってぼっちしてろ」に見えたのか、アウラロッドはますます悲しみのドツボにはまり。


「ア、アウラロッド様! いけません、今は――」


 ちょっと目を離した隙だったのだろう。アウラロッドが客室から消えて、慌てて追いかけてきたらしいアニールが、アウラロッドの肩に手を置き制止の声を小声でかける。


 マイクテストを聞いていたからだろうが、流石はアニールさん。


 だが、今回ばかりはタイミングがちょっとよろしくなかった。


 めがみぢから全開で追いかけてきたからか、スペンサーやリーリンどころか光輝の気配察知まですり抜けてこの場にやって来たアウラロッドである。

 

 背後に立たれるまで気が付かなかった衝撃は中々のもので、流石のリーリンも拡声の恩恵術を切るのが遅れる。


 そして、今のアウラロッドは親しい者達に除け者にされたような気持ちで悲しみに暮れており、直ぐ傍には無意識に母性を感じまくっていたアニールさんがいて。


 故に、こうなる。


「アニールママぁ~~~っ」

「えぇ!? いや、ちょっ――」


 もう一度、言おう。


 拡声の恩恵術は生きている!


 テラスの奥にいるため姿は見えず、なので伝わるのは声だけ。そう、悲しみで幼児退行しているせいか舌っ足らずな幼女の如き声だけだ。


 そんな女の子(五千歳)が、光輝を求めて声を張り上げ、邪険にされてアニール()()にすがりつく。


 なるほど、察した(混乱)。


 喧噪がさっきの倍の速度で広がっていく!!


 光輝に〝無念有想〟の踏み込みで口を塞がれ、アニールさんの青筋が浮かぶ笑顔でなだめられているアウラロッドと、ざわめきが止まるところを知らない都を高速で交互に見やるクーネ。


 脳裏にブルイット老の声が蘇る。


――クーネ様が戴冠して初めての大きな催しです


 だから、とっても重要だよ、と。


 クーネは頭を抱えた。


「ど、どうすれば! こういう時、クーネは女王としてどうすれば!」


 どれだけ覚悟ガン決まりでも、不測の事態に対する対応は経験値というものが如実に出てくるもので。


 なので、不測の事態という経験値ガン積みのミュウさんが、迷える新米女王の肩にぽんっと手を置く。


「ミーちゃん?」と、どこか期待した目で見てくるクーネへ、ミュウは笑顔で告げた。


「笑えばいいと思うの」

「ミュウちゃん、それ、何かのネタですよね?」


 ジト目の陽晴ちゃんが言う通り。


「さっきのお茶会に続き、またもカオス。ふむ、クーちゃん、良いこと教えてあげるの。こういうのを日本では天丼って言うの! 愛すべきお笑い文化なの」

「それ今、必要ですかぁ!? クーネはまったく笑えてませんが!」


 ブルイット老が、今にも砕け散りそうなぷるぷる具合からは信じられない健脚で中庭を突っ切ってこちらに向かっているのが見える。


 表情は見えないが、きっと鬼の形相だろう。


 嫌そうな顔になって手すりから慌てて身を引っ込め、スペンサーと目配せするモアナ。


「クリア!」


 特殊部隊の安全確認(クリアリング)みたいなかけ声がしたので見てみれば、アウラロッドがぐったりしている。


「私がお側に付きながら大変申し訳ございませんでした! この責はいかようにも負う覚悟でございます!」

「あ、いえ、アニールは別に……相手は一応、女神様ですし。というかアウラロッド様、なんだかさっきより顔色が悪いようなんですけど、あれ? 意識を失っていらっしゃる?」

「問題ないよ、クーネ! アウラは……そう! 死ぬほど疲れているだけさ!」


 本当だろうか? アウラロッドの口からでろんっと舌が出ているように見えるのは気のせいだろうか?


 光輝が久々の爽やかイケメンキラキラスマイルで、白い歯をキラッとさせながらサムズアップするので、きっと大丈夫なんだろうけど……


 その爽やかさが、今は逆に怖い。


 サムズアップしている手とは逆の手が、アウラロッドにこっそりかざされて何やら光っているからなおさら。


「ええっと、とりあえずリーリンに拡声してもらって、改めて声明を出すしかない、わよね?」

「この混乱ぶりで、直ぐに鎮まるかは怪しいですがなぁ」


 たぶん、都では「え? 光輝様のお相手ってモアナ様だったんじゃ?」「アニールさんにも手を出した?」「既に御子様が生まれて?」みたいな話が広がっているだろう。


 普通に考えればあり得ないのだが、混乱してるので。


 モアナのジト目がアウラロッドに注がれる。このバカ女神めっ、あとでどうしてくれようかしら! と。


「と、とにもかくにも、クーネから事情を説明します! う、腕の見せ所ですね! ハハッ」


 ちょっとやけくそ気味のようだが、何はともあれ、元凶は夢の世界に再び旅立ったようなので、リーリンが再び拡声の恩恵術の発動準備に入る。


「いつでも再発動できます、クーネ様」


 視線で合図(キュー)を待つリーリン。


 ええいっ、やったらい! この程度の混乱、治められなくて何が王か! と、両手でほっぺをバチンッして気合いを入れ直したクーネ。


 と、そこで苦笑気味の陽晴から一言。


「わたくし、人心を鎮める術を使えますけれど……」

「え?」


 クーネが、ゆっくり振り返る。


「おぉ、そうなの! 陽晴ちゃんは現代最強の陰陽師さんなの! かっこよくてかわいい和風プ○キュア、リアル魔法少女なの!」

「ミュウちゃん、その例えはちょっと照れてしまいます……」


 ミュウのお口が、陽晴ちゃんのほっそりした人差し指でぷにゅっと塞がれる。


 例えはよく分からないが、それはそれとして、なぜだろうか。「どうしますか?」と微笑を浮かべて小首を傾げる陽晴の背後に、後光が差して見えるのは。


「人様のお国で勝手に術を使うわけには参りません。けれど、クーちゃんが許可してくださるなら――」

「ぜひともお願いします、我が友よ!」


 喰い気味の許可だった。


 それにくすりと微笑んで、「承知しました」と、肩から提げていた小さなポシェットより呪符を一枚、引き抜く。


 人差し指と中指をピンッと伸ばし、挟んだ呪符は口づけでもするみたいに口元に添えて、スッと瞑目。


「オン」


 その瞬間、光に包まれた陽晴と、穏やかな日の湖の波紋のように優しい光の波が王都に広がる様を見て、そして人々が「おや?」と小首を傾げながらも落ち着きを取り戻していく光景を見て、クーネは思った。


「え、クーネの友達、最高すぎ?」


 その感想に、異を唱える者は当然、誰一人としていなかった。


「ちなみに、ヒナちゃんが本気モードになるとケモミミとケモシッポがぷりんって出て、可愛さが十倍!! すっごく神秘的で、ヒナちゃん、まるで女神様みたいなの!」


 術に集中していても声は聞こえているのだろう。陽晴のほっぺが朱色に染まる。


 クーネが「ですね! クーネにも女神様に見えます! クーネの女神友達!」とはしゃげば、やっぱり術に集中したままだけど、細い足をすり合わせるようにしてもじもじ。


 かわいい、と思いつつ、ミュウと陽晴以外の者達はチラッと見てしまう。本物の女神を。


 表情が柔らかい。だいぶ回復してきたのか。アニールに舌を口内に押し戻され、両手を行儀良く胸の前で組んでお祈りスタイルになっているので、光輝の魔法の光に淡く包まれる様と合わせると、まるで天に召されていくよう。


 一拍置いて顔を見合わせ、もう一度、光を纏い凜々しいお顔で術を操る陽晴を見て、


「「「「「「確かに」」」」」」


 今でも十分、女神より女神らしい。みなの内心は満場一致だった。


 なお、人々の冷静さを取り戻すことは無事に成功。同じく落ち着いたクーネがしっかり説明したこともあり、光輝とアニールの隠し子説はしっかりと否定され、光輝達の来訪宣言も無事に果たせたのだった。










 それから、二時間ほど後のこと。


 王宮を囲む湖の上には立派な船が所狭しと浮き、その上は超満員。水辺は当然、まるで王宮を包囲する軍勢の如く、人々が巨大な外縁を作って立ち並んでいた。


 湖と人垣で作るパレードのためのストリートだ。


 普段の王都の人口の三割増しくらいの人口密度である。運良く招待可能な人数枠に入れた後方領地の者達もいるからだ。


 その人垣の後ろの方、都の中に幾つもある比較的に開けた広場には、既に出店やら立食用の食事があちこちに並んでいて、建物は色とりどりに飾り付けられ、何か芸でもするのか小さな舞台もそこかしこに。


 パレードの後は民達がそれぞれ楽しむのであろう雰囲気が出来上がっていた。


 屋上や街路樹の上から見学する者の中には既に酒瓶を抱えている者達も多数。いや、既に酔っている者もいるか。


 誘導や警備、不測の事態に備えて散らばっている戦士達が、そんな民を見て苦笑している。ちょっと気が早いだろうと。


 とはいえ、咎めることはない。


 たった二時間でパレードの準備も祭りの準備も完成しているところ、そして民の熱気からすれば、彼等がどれほどこの時を待ち望んでいたか分かるというものだ。


 そんな光景を、王宮へ続く四本の橋の一つ、その門の隙間から覗いているのはミュウと陽晴である。


「さ、流石に緊張しますね」

「さっき盛大に紹介されたのに? というかヒナちゃんは、スーパーウルトラお嬢様だからお金持ちパーティーでも壇上で堂々とお話できて凄いって、アビィも言ってたの。場違い感が半端ないし、ヒナちゃんは頼りになるしで傍から離れられなかったって」


 緊張する? と小首を傾げるミュウ。その表情に緊張は見られない。


「え、遠藤様がそんなことを? 確かに、お母様に上手く誘導されてパーティーに参加させられていた時はずっとわたくしの傍をお離れになりませんでしたけど……」


 まぁ! と頬に手を当ててくすりと笑みを浮かべる陽晴。


 場違いだろうがなんだろうが、そもそも浩介は認識されていなかったのだが、お金持ちオーラを放つ人ばかり集まるパーティーは、小庶民な浩介には怖かったらしい。


 世界を滅ぼし兼ねない〝龍〟の影に真っ向から挑めるヒーローなのに、お金持ちは怖くて幼女の陰に隠れ続けたとか……


「うふふ、かわいらしいお人……」

「お、おうなの。ヒナちゃんが幸せなら、それでいいのだけども……」


 ほんのり頬を染める友人に、ミュウは珍しくもちょっと狼狽えた。


「それよりヒナちゃん」

「なんですか、ミュウちゃん」

「せっかくのお祭り。主役は光輝お兄さんだけど、ミュウ達も救世主一行の身内で期待されているの」

「期待、ですか?」

「そう――きっと、一発かましてくれるに違いないぜ! とね!」


 横ピースを目元に添えてウインク! 「え、いや、それはどうでしょう?」と、ちょっと苦笑い気味に小首を傾げる陽晴だが、ミュウは拳を握ってやる気全開モードだ。


「ミュウは期待に応える女だぜ、なの!」

「……何をする気ですか? さっきも言いましたけれど、わたくし、ミュウちゃんのお父様からミュウちゃんが無茶をしないよういろいろと頼まれて――」

「ヒナちゃんも一発ガツンッとかましてやろうなの!」

「わたくし達は、騎獣……でしたか? それに乗って手を振ってくれれば十分とクーちゃんが言っていましたよ? せめて、何をするのかクーちゃんに相談を――」


 ハジメとの約束通り諫めるモードの陽晴。一応、三歳ほど年上なのでお姉さんとしても諫める時は諫めないと、と思うが、全部言い切る前にミュウにガシッと手を掴まれた。


「サプライズは、黙ってやるからサプライズなの!」


 ミュウの瞳はキラキラだ。今を全力で楽しみ、それどころか楽しみを自ら作りだしていこうとする迸るようなエネルギーを感じる。


 陽晴は、先程ミュウが言った通りお嬢様中のお嬢様だ。


 当然ながら、周囲の環境はそれに準じる。大人は当然、子供でさえも精神年齢高めのお上品な子が多い。いわゆる、やんちゃな悪ガキなんて種類の人間はいない。


 こんな風に、アグレッシブに手を引いて、やっていいのか悪いのか、何が起きるのか、そんなドキドキせざるを得ない遊びに誘うような友人は初めてだった。


 しかも、ミュウはお嬢様を悪い遊びに誘う悪ガキというわけではなく。


「ミュウとヒナちゃんで、歓迎してくれるこの世界の人達にビックリと笑顔をプレゼントしてやろうぜ、なの!」


 この異世界の、しかも自分の〝裏の事情〟を分かち合える得難き友人が何かをしたいと望む時は、いつだって誰かを笑顔にするためだと分かっているから。


「ふふふ、仕方ありませんね。お返しは大切ですもの! ええ!」


 なので、楽しそうに同意しちゃう。こういうところは、陽晴もまだまだ子供だった。周りの大人が、浩介も含めて、むしろ嬉しく感じるところである。


 と、そこで、


「あぁ、ハウム! 久しぶりね! 私よ!」


 歓喜に弾む声が響いてきた。


 視線を転じれば、王宮と門橋の間にある広々とした庭に、整然とたくさんの馬車ならぬ獣車が並んでいるのが見える。


 立派に飾り付けられた車両と、それに繋がれた首の長い大トカゲのようなフォルムの生き物――この世界における馬代わりの生き物――騎獣のアロースだ。


 その平べったい背に直接乗るのが本来の乗り方だが、今回は式典ということもあって車両に乗る形だ。当然、アロース達もおしゃれモードである。


 光輝とモアナ、それにアウラロッドが乗る予定の三頭仕立ての獣車、二頭を斜め後ろに控えさせるようにして先頭に立つアロースに、モアナが駆け寄っていく。


 他のアロースより体が大きく、その面構えは歴戦の戦士もかくやという威厳があった。


 前女王の騎獣にして、今は戦士長ドーナルが預かるハウムだ。


 王族は、それぞれ自分の騎獣を幼少期に決めて共に育つのが通例なので、モアナにとっては家族に等しい。文字通り猫っかわいがりしていた。


 地球には流石に連れて行けないとなった時は酷く落ち込んだものだ。


 故に、これはまさに感動の再会で――


「会いたかったわ! ハウムも寂しかった――」


 でしょう? という言葉は、遮られた。他ならぬハウムによって。


「「エッ!?」」


 ミュウと陽晴が蒼白になる。


 仕方ないだろう。だって、モアナお姉さん、頭からがっつり喰われてるもの。パクッといかれたのだもの。


 ミュウが「生マミった!! 生マミった見ちゃったの!!」と珍しくも混乱気味。


 グワッと鳴き声一つ。長い首を持ち上げればモアナの足は地面を離れてぷら~んとしちゃって……


 ハウムの目は血走っている。今にも「食いちぎってやらぁっ」と言わんばかり。だが、実際のところアロースは草食なのでそんなことあるはずもなく、そのまま首を大きく振り、最後に不味い飴でも吐き出すみたいにペッとした。


「あぁんっ、もぉ! ハウムったら相変わらず甘えんぼさんなんだから!」

「「い、生きてる……」」


 幼女二人にトラウマを与えかねない衝撃的光景だったなんて自覚は皆無らしい。ついでに、ハウムが元女王を前にしているとは思えない血走った目でガンをつけていることも、特に気にした様子はない。


 モアナは、顔面に滴る涎を手ですくいぺっと払いのけつつ、嬉しそうに立ち上がった。


「見てちょうだい、ハウム。地球の日本というところはね、シンクレアよりずっと文化が進んでいるのよ? ほら、お土産をたくさん持ってきたわ! 貴方の大好きな可愛いリボンもこんなに――」

「グワァアアアッ!!」

「アッ」


 再び喰われる元女王様。今度は更にブンブンッと左右に振り回されまくる。まるであれだ。ワニが獲物に食らいついた後に回転して肉を引き千切ろうとするデスロール……


 だがしかし。


「ああんっ、ちょっと痛いわハウム! でも、それだけ嬉しいのね! 可愛い子! 今、たっくさん飾り付けてあげるからね!」

「くわぁあああんぁあああん」


 ミュウと陽晴は思った。


 ハウムの咆哮が、今は泣き声に聞こえる……と。このやたらと頑丈な勘違い女を頼むから誰かどうにかしてくれぇえええっという悲哀の声が聞こえたのは幻聴だろうか。


「モアナ、何をしてるんだ……」

「クワ!?」


 再びペッと吐き出されるモアナ。ズシャッと地面を転がる。


「光輝、見ての通りハウムと遊んでいたのよ。見て、この喜びよう。ふふ、よほど寂しかったのね」

「う、うん。そう、かもしれないね」


 君の中では。なんてセリフが光輝の表情から読み取れる。


 ハウムの救世主を見る眼差しが光輝に注がれている! 地獄に仏とはこのこと! と言わんばかりにすり寄る。


「あら、ハウムったら……やっぱり、私の旦那様が誰か分かっちゃうのね」

「違うと思う」


 ぽっと頬を染めるモアナに、光輝は真顔で返した。いつの間にやったのか。首に巻かれた水玉模様のリボンをさりげなく解いてポケットに押し込みながら。ハウムの好感度が爆上がりしていく!


「それよりモアナ。せっかくのドレスが汚れちゃってるじゃないか。そろそろ時間だよ。早く身なりを整えてきた方がいい」

「あ、あら、そうね。うん、そうするわ。ごめんね、ハウム。後でたっぷり構ってあげる――」

「グォルァアアッ」


 言わせねぇよ!? みたいな咆哮だった。それを、やっぱり歓喜の咆哮と捉えて、モアナは上機嫌に走っていった。こうなることを予想してか、お手入れグッズを抱えて苦笑しているアニールのもとへ。


「大丈夫だよ、ハウム。せっかく王宮の人がかっこ良く装飾してくれてるんだ。モアナが余計なことしないよう、俺が止めるから」

「クルゥ」


 深く頭を垂れるハウム。威厳ある眼差しはそのままに、光輝へ感謝と敬意を示しているように見える。


 元は王の騎獣だけあって、宝石を遇った首飾りや兜を身につけ威厳はマシマシなのだ。可愛らしいリボンなんてゴテゴテつけられて、しかもそれでパレードとか……


 九死に一生を得た気分になるのも、それを回避してくれた光輝に懐くのも当然と言えば当然だろう。


「なるほど。察し、なの」

「で、ですね」


 何はともあれ、光輝の言う通りそろそろ時間だ。


「さぁ、始めますよ!」


 王宮の奥からクーネもやってきた。


 正装した近衛戦士隊を率いて、自身も着飾っている。白を基調としたパレオタイプの水着に、金の刺繍が施された薄い帯を幾重にも重ねたようなドレス姿だ。


 片腕とお腹、片足が露出していて、誇るように天恵術の紋様が晒されている。細い足首には三重の金の円環もあって歩く度にシャランッと耳に心地よい音を奏でている。


「ふわぁっ、クーちゃん、綺麗なの! なんだか神聖な感じがするの!」

「ええ、本当に。どこかの神に仕える巫女様のような……素敵ですっ」


 確かに、正装したクーネは、八歳なので色気がないというのも確かにあるが、いや、むしろだからこそ、どこか神聖な雰囲気が感じられた。


 もちろん、黙って立っていればの話だが。


「ふへっ、あ、ありがとうございます。あ、お祭りが終わったら、お二人にもシンクレアの衣装をプレゼント予定ですからね! クーネがこ~でね~としてあげます!」


 きゃっきゃっと騒ぐ幼女三人に、続々と集まってきたブルイット老やリンデン達、それにリーリンに連れられたアウラロッドなどがほっこりした笑顔を見せている。


 なお、ミュウと陽晴は地球から来訪した時の服装そのままだ。その方が異世界人と分かりやすいからである。


 ミュウはだぼっとしたジーンズに白のフリル付きノースリーブブラウス。襟元にはリボンだ。足元は、かつてのユエの靴に似たリボン付きのショートブーツ。ごついベルトが印象的。割とボーイッシュなファッションである。


 陽晴はセーラー服っぽい襟元のワンピースだ。薄い水色で涼しげである。足元は白いフリル付きのソックスにローファーなので、どこぞのお嬢様学校の制服でも通りそうである。一応、異国の王に謁見ということで正装にも見えるファッションにしたのだ。


 閑話休題。


 隊列を成す戦士団の面々が獣車の周囲に整然と並び始め、モアナも身なりを整え直して戻って来た頃合い。


 重低音のラッパを鳴らしたような音が王宮の尖塔より響き渡った。


 式典開催の合図だ。


 獣車隊列の先頭は、今日の主役。光輝だ。戦時を生き抜いた元女王たるモアナがその隣に立ち、アウラロッドが控えめに後ろに侍る。


 自分の失態をアニールに教えられて、流石に反省中らしい。「光輝様の隣に!」という主張はぐっと飲み込んだようだ。


 ずっとにこやかで穏やかだけど、とんでもない誤解を王都中にばらまかれたアニールママの瞳が全く笑っていなかったのも原因かもしれないが。


 第二獣車には当然、クーネだ。できたばかりの、けれど不思議なほど心を許せてしまっている異界の友人二人を、自慢するように両サイドに招く。


「さぁ、行きますよ! 開門!!」


 女王陛下の号令に、門番の戦士は満面の笑みで応えた。


 途端に、人々の熱気がぶわりと。鼓膜を盛大にぶっ叩く大歓声も。


 ちょっと表情が強張る陽晴の手を、クーネが取る。視線を合わせてニッコリ。陽晴の肩から力が抜けて、クーネは反対側にも手を差し出した。もちろん、ミュウも笑顔で手を重ねる。


 隊列が動き始めた。


 歓迎&勝利宣言の式典――開幕だ。












 パレードの熱気は凄まじかった。


 まさにお祭り。ちょっと怖いくらいの熱狂である。


 民度は高いのでパレードの隊列に人が突っ込んでくるようなことはないが、人垣からの歓声で自分の声も聞き取れないくらいだ。


 なので、光輝もモアナも笑顔を浮かべ手を振る機械と化す。


 アウラロッドは、直接この世界の事情に関わりがないだけに、「光輝様の傍に立つのがモアナさんだけなんて許せなかったから乗ったけれど……想像を絶する居たたまれなさです」と早くも後悔している様子だ。


 まるで、そう。うっかり参加してしまったパーティーに陽キャしかいなくて、ノリについていけず表情筋が死んでいく陰キャのような。


 実際は、クーネが尖塔でアウラロッドのことも光輝の身内として紹介したので、誰もがアウラロッドの外見上の美しさに見惚れながら、流石は救世主のお身内だ! なんて美しさだ! と称えているのだが……


 アウラロッドの限界は近い。元来ぼっち体質故に。


「わたくしのような陰キャ女神が調子に乗ってごめんなさい……」


 日本で覚えた、そして親近感の湧いた人種を示す表現を使いながら、懐からすっとマスクとサングラスを取り出し――


「アウラ! もうちょっとだから頑張れ!」

「こんなところで不審者ルックはやめなさい! ほら笑顔!」


 気が付いた光輝とモアナが振り返って、両手をガッと押さえて阻止。アウラロッドは「もう、楽にさせてくださいっ」と涙目でぷるぷるする。


 だが、端から見ると三人で手を取り合っている仲良しの図――に見えなくもないので。


 ワァアアアアアッと更に歓声が上がる。モアナ様は、救世主様のお身内とも仲良くされているのだ。救世主様とも手を取り合って……なんて尊い! 幸せいっぱいに違いない! と。


「おぉ、お姉ちゃんも光輝様も盛り上げてくれますねぇ! クーネは対抗心がムクムクしてきましたよ!」


 クーネが後方へ視線を向ける。第三獣車以降にはドーナルとリンデン、それにスペンサーやブルイットといった王都の重鎮が乗車しているのだが、クーネの視線を受けて、リンデンが頷く。


 バッと腕を上げ何事かを呟くと、その手の先にスパークする火球が生じた。かと思えば、一瞬で上空まで上がり、そこで弾ける。


 晴天の空にバリバリッと雷撃が蜘蛛の巣のように広がり、更に中心の火球が破裂して火炎の華を作りだした。


 一瞬の静寂。


 ついで、筆頭術士様の妙技に歓声が爆発する。


 それを合図に、各地に配置された恩恵術士達が次々と技を披露していく。


 リンデンのような複合術はそうないが、それでも空には無数の炎華が咲き乱れ、湖の水が噴水のアーチを幾つも作り、あるいは水で造形された魚が宙を泳ぐ。


 砂塵を利用して風の動きを可視化させた者達は、まるで砂の生き物が存在するかのような素晴らしいアクロバット飛行を繰り広げる。


 光を操る術士達によりオーロラのような巨大ベールまで。大地が盛り上がって、一種のサンドゴーレムが様々な動物や戦士などに扮し、踊りながら隊列を更に華やかにする。


「ふふふ、どうですか? ミーちゃん、ヒーちゃん。我が国の術士総出による歓迎のパフォーマンスは!」


 ドヤッと胸を張るクーネ。ミュウと陽晴は魅入ったまま、ただただ拍手喝采だ。


 術の一つ一つに、異界の客人に喜んで欲しいという気持ちが詰まっている。それを感じる。


 それが何より嬉しい。


 ならばと、ミュウはキリッとした顔でクーネを見返した。


「クーちゃん!!」

「は、はい!」

「もてなしを受けるだけじゃあ、魔王の娘が廃るというものぉ!! お返しさせていただくぜ! なの!」

「え? ちょっ、何をするつもり――」


 目を丸くするクーネを置いて、ミュウは陽晴に目配せした。陽晴はちょっと緊張した顔ながら同じくキリッとした表情で頷く。


 と同時に、二人は車両の後方。少し高くなっている台座に乗った。クーネが何をする気!? と慌てる中、ミュウはスマホを取り出す。それを口元に近づける。


 拡声アプリ(実はアーティファクトとしての能力が組み込まれているので、魔法の効果だが)を起動させ、すっと息を吸うと。


「聞けぇい! 我こそ魔王の愛娘ミュウ!」

「わ、わたくしは魔王の右腕たる深淵卿の――」


 何か躊躇う陽晴ちゃん。ミュウがごそごそと耳打ちし、ビシッとサムズアップすると意を決した表情になり、


「妻!……の予定の陽晴!」


 の予定――の部分だけ小声ながら付け加えたのは、陽晴ちゃんの良識が疼いた結果だ。外堀を埋めるのは経営の鬼たる母親だけで十分。


 不自然なほどよく通った名乗りに、王都の民はまたも一瞬静かになるも直ぐに大歓声で応えた。


 先頭車両の光輝達まで何事かとギョッとした様子で振り返っている中、


「銃撃と爆撃のマジカル・ミュウ!」

「呪いと、お、お金のプリティ・ヒナタ!!」


 ミュウが荒ぶる鷹のポーズを、陽晴が今更ながらに恥ずかしくなってきたけれど、ええいここまで来たら女は突撃ぃ! みたいな雰囲気で顔を真っ赤にしながらキレのあるターンをする!


 そして、息の合った様子で背中合わせになると、


「超絶天災美少女アイドルユニット!! マジカル・プリティ!! ここに見参!!」


 二人して横ピースを目元に、ウインクを決めて、片足をきゅっと上げるポージング。


 いつの間にか宝物庫から出て獣車に追随する多脚ゴーレムさん(中身るしふぁ~)が七色の光をペカーっとする。


 決まった――


 そんな雰囲気が、ミュウのフッと笑みを浮かべた表情から伝わる。陽晴の顔は刻一刻と赤みを増していくが。


「シンクレアの皆さん! 歓迎ありがとうなの! そのお礼とぉ~~!」

「クーネ女王陛下――クーちゃんとお友達になれて嬉しい気持ちを込めまして!」


 ミュウがベルトのホルスターから青白い水晶に似た宝石を取り出して頭上へ掲げる。そして、起動ワードを響かせた。


「こんなこともあろうかと用意してもらった、特製宝石魔法ぉ~!――〝た~まやぁ~~~〟!!」


 直後、飛び出していく光の礫。それはひゅ~~っとなんとも耳に心地よい音を立てて遥か上空まで上がると、次の瞬間、鮮やかな造形を浮かび上がらせた。


 端的に言えば花火だ。


 日本の花火にいたく感動したミュウが、クーネにも見せてあげたいとパパに懇願し、親バカパパがお姉ちゃんズを巻き込んで作り上げた逸品。ミュウ専用宝石型魔法内包アーティファクト・プロトタイプだ。


 ならば当然、ただの花火なわけがなく。


 空に広がったのは「いや、どうやったら花火でそんなことできんだよ!」とツッコミが入りそうなくらい、「むしろ、これドローンアートでは?」と思うほど見事な――


「わ、私、ですか?」


 そう、クーネだった。髪の金色と肌の褐色、瞳の緑と、服の白の四色で構成されたクーネを模した花火だ。


 突如、都の上空に出現した輝く女王陛下の姿。これには誰もが唖然呆然。クーネどころかリンデン達もぽかんっと見上げるのみ。


 歓声もまた止まる。一人残らず頭上を見上げてぽかんっだ。


 だから、「ここでやるとか聞いてない……」と遠い目になっている光輝以外は気が付かなかった。


 陽晴が首から提げていたネックレスを服の内側から取り出したことに。四本の指くらい長さの竹筒が手に握られる。


「おいでませ――管狐」


 〝龍事件〟から数ヶ月。あの記憶を戻したばかりの頃とは違う。今後の変わっていく世界のために改めて力を磨いている現代最強陰陽師の新たな手札が一つ。


 それが、ぽんっと竹筒の栓を抜かれた瞬間に飛び出した。


 細い、朱色の光を纏う線が四本。それが空中で唐突に燃え上がって、かと思えば炎を纏う巨大な妖狐に変じた。


「二本目いくぜ、なの!」

「あなた達。狐火の美しさ、皆様に魅せて差し上げなさい」


 二本目の花火が打ち上がる。今度は、より盛大に、より大きな規模で。


 空に出現したのは、ミュウの願望。こうなったらいいな、いや、きっとなれる! と。


「あ……」


 クーネが声を漏らした。声にならない声を。


 金髪褐色肌にツインテの少女と、エメラルドグリーンの波打つ髪の少女と、黒髪ストレートの少女――火花の色を明確に分け、特徴をよく捉えている。


 そう、上空に浮かび上がったのは、クーネとミュウと陽晴だった。クーネを中心にして手を繋ぎ合っている。ドット絵のような花火絵でも分かる。三人とも、満面の笑みを浮かべていると。


 その周囲で、管狐達が踊るように、あるいは友情を祝福するように遊泳している。朱色の美しい狐火を幾つも周りに漂わせ、花火絵を更に華やかにしながら。


 唖然としている民をそのままに、ミュウはぴょんっと飛んでクーネのもとへ。陽晴も管狐に帰還命令を出しながら追随。


「クーちゃん!」

「……ハッ!? あれはいったい!?」


 興奮冷めやらぬ様子のクーネに、ミュウはいそいそとステッキを取り出した。めちゃくちゃファンシーな、そう、なんか〝きらめき☆〟とか出そうな可愛いステッキを。


 誰もが固唾を呑むようにして見守る中、ミュウはそのステッキを神妙な顔付きで差し出した。


「アイドルユニットは、本当は三人なの」

「アイドル? ユニット?」


 クーネの疑問を置き去りにして、ミュウは言う。


「クーちゃんこそ新たなミラクル! ミラクル・クーネなの!」


 なお、前任のミラクル・アイは自主ニュー○・ライザー・ニューで記憶を飛ばすほど嫌だったっぽいので既に引退済みということにしている。


 プリティ・リリィも、腹黒さのない陽晴の方がプリティだと思ったのでチェンジしている。(本人には事後報告予定)


「な、なんだかよく分かりませんけど……」


 でしょうね、と先頭車からこちらを見ている光輝の顔が物語っていた。


「とにもかくにも、これが友情の大切な証だというのは分かります! だって、先程のお二人はすっごく決まっていましたから! 完璧なポージングだったと、クーネは空前絶後の称賛を送ります!」

「ありがとうなの! これからはクーちゃんも一緒なの!」

「嬉しいです! クーネもキレッキレのポージングを練習します!! ミーちゃん、ヒーちゃん! ありがとう!!」


 ちょっと陽晴が羞恥心から現実逃避してそうな目をしているが、それはそれとして。


 思わぬサプライズプレゼントに、クーネは感極まったようでミュウと陽晴を丸ごと抱き締めた。ミュウと陽晴もクーネに手を回して抱き締める。


 尊さの臨界点、再び。


 静まっていた王都が、息を吹き返したような歓声に包まれる。


 あんな凄い力を見せた女の子二人――それも魔王の娘と、その右腕の幼妻とが、我が国の女王と深い友情で結ばれている。


 こんなに嬉しいことはない! と、それはもう大盛り上がりだ。


 ……一部の民衆の間で、「ていうか、深淵卿ってどこの領地を救ってくださった方だ?」「救世主様ご一行の情報は出回っているはずだけど……聞き覚えがないな」「失礼だろ!」「じゃあお前は分かるのか!?」「いや、知らんけど!」「でも、きっといたんだよ! ちょっとあれだ、目立ちたがらないタイプのお人に違いない!」「そうだな! きっといたんだな!」「目立つのを避けただけだな!」みたいな会話が繰り広げられていたりするが。


 ちなみに、彼等はいずれも、ハジメが浩介を連れて砂漠界に帰還した後の、ちょっとした宴に参加していた浩介と話をしたことがある屋台の店主達だったりする。


 閑話休題。


 そんなこんなで、途中でサプライズがありながらも順調に王都を一周し、全ての民が光輝達の姿を拝めた辺りで、パレードは終着点たる王宮前の広場へ到着した。


 民によく見えるように、高めの舞台が作られている。


 その舞台に上がる階段へと続く道の両サイドにずらりと並ぶのは各地の領主達だ。誰もが感動と歓喜の笑顔を浮かべ、盛大な拍手と共に出迎えてくれている。


 獣車から降り、クーネに導かれるようにして壇上へ向かう光輝達。ここで一端、アウラロッドとミュウ、そして陽晴はお別れだ。


 アニールやリーリンと一緒に、壇上脇のVIP席で見学である。堅苦しい式典での挨拶や演説にまで参加しなくていいというクーネの配慮だ。


 壇上へ向かう中、光輝は見知った顔を見つけた。アークエットの領主ロスコーと、その息子のロンドと目が合い、光輝もまた嬉しそうに黙礼する。


 視線で、後で話しましょうと伝えると、分かってくれたのだろう。ロスコーは破顔し、ロンドは頬をこれでもかと紅潮させた。隣に並ぶ領主達が羨ましそうにロスコーを見ているのが印象的だった。


 そうして壇上に上がった光輝とモアナは、両サイドにドーナルとブルイットを控えさせたクーネと向き合った。


 クーネ達が手前で、奥に光輝達といった位置取りだ。クーネ達が民衆を背にすることで、彼等を代表するという構図なのだろう。


 玉座の間のように、互いの位置に高低はない。双方が望んだ通り、救世主一行とシンクレアの間に地位の差はないと示すためだ。


 民のざわめきが減っていく。本当に民度の高い人達だと、光輝から笑みがこぼれる。


 それを合図にしたように、クーネは民衆へ向き直って拡声された声を響かせた。


「我等の歴史は、常に(いくさ)と共にありました」


 厳かな雰囲気だ。紛れもなく女王の顔である。


「一歩退くだけで絶滅を意識してしまうような瀬戸際の戦いを続けてきました」


 完全に民が静まった。女王の言葉に聞き入っている。


「まずは黙祷を。終わりの見えぬ戦でも決して折れず、我々を守るために散っていった全ての者達に感謝を捧げ、その魂の安寧を祈りましょう」


 そう言って、胸元を握り締めるようにして瞑目したクーネに、民も、そして光輝達も静かに従った。


 清涼なオアシスの風がそよそよと肌を撫でる。以前はなかった木々の奏でる葉擦れの音が心地よく、まるで死者達が何かを囁いてくれているようにも思えた。


 それぞれの感慨を胸に、たっぷりと時間を取って、クーネは瞑目を解いた。


 穏やかな微笑を浮かべる。


「今日、この日を迎えられたことを誠に嬉しく思います。改めて、黒王討伐を果たしてくださった勇者様と、絶望的な五年間、我が国を守り通してくださった前女王陛下に感謝と最大の敬意を捧げましょう!」


 クーネが振り返り、民衆を背に片膝をついた。モアナが尖塔のテラスでクーネにそうしたように。


 女王が片膝をついたことに不満をあらわす民衆はいない。従属ではなく、ただ最大の敬意を示すためと分かっているから、その気持ちは間違いなく一緒だから、誰もが躊躇いなく女王に追随した。ざっと音を重ねて万を超える人々が一斉に膝を折る光景は圧巻だ。


 モアナが早くも泣きそうになっている。


「勇者様。さぁ、どうか貴方様の口から宣言を。新時代の到来を告げてくださいませ」


 よく通るクーネの言葉に、事前に聞いていた通りとはいえ緊張を滲ませる光輝。


 一歩前に出て、聖剣を抜く。燦然と輝く刀身を掲げ、すっと息を吸って。


「ここに勝利を宣言する! 耐え難きを耐え忍ぶ戦いも、生き残るための決死の戦いも、今日ここまでだ! これより先は、人類の発展のために生きよう!! フォルティーナ様の祝福があらんことを!」


 その瞬間、都が爆発した。と錯覚するような歓声が上がった。


 誰もが立ち上がり、手に持っている帽子やらタオルやら何やらを頭上に投げて狂喜乱舞の様相を見せている。


 ずっと聞きたかった言葉を、救世主の口から聞けた。


 やはり、それに勝る区切りはなかったようだ。


「お姉ちゃん、見てください。皆の、あの晴れやかな顔を」

「ええ、ちゃんと見えてるわ……ちゃんと見えてるっ」


 歓声に紛れるように、こっそりと言葉を交わす姉妹。お互いに涙はぐっと堪えて、でも満面の笑みで気持ちを共有する。


 クーネが片手を挙げた。少し静まる都に、拡声の恩恵術全開で言葉を届ける。


「さぁ、シンクレアの皆さん! 改めて歓迎しましょう! そして、救世主様ご一行との得難き縁を祝福しましょう!」


 うおぉおおおおおおっと雄叫びじみた歓声と、救世主のシュプレヒコールが起こる。


 そんな中、幼くともここまで威厳たっぷりだったクーネは、


「っていうか! もう限界でぇす! クーネは最高のお友達と遊びたくて遊びたくて仕方ないですっ!!」


 唐突にクソガキと呼称されそうな雰囲気に変わった。


 えぇえええっ!? というどよめきが広がる。


 でも、クーネは気にしない。視界の片隅でブルイット老のいつもは開いているのか閉じているのか分からない目がクワッと開眼しているが、気にしていないと言ったら気にしていない!


 見せつけてやろうというのだ。宣言してやろうというのだ。


 新時代の女王というものを。


「新時代の幕開けを宣言します! 宣言した上で、クーネは言い放ちます! この新時代におけるクーネ・ディ・シェルト・シンクレアの最初の命令を!」


 ビシッと民衆を指さし、かつての悪戯王女を彷彿とさせるニマァッとした笑みを浮かべて、


「い~~~っぱい飲んで、い~~~っぱい食べて、死ぬほど楽しめぇーーーっ!!」


 諫めようと手を伸ばしてきたブルイット老の手をするりとかわし、壇上からぴょ~~んっと飛び出すクーネ。


 結構な高さがあるのでスペンサー達が顔を真っ青にするが、


「リーリン!」

「御意」


 腹心の部下の風が当然のように受け止める。


 そして、そのままステテテッと目を丸くしているミュウと陽晴の手を取ると、


「少なくとも、クーネは楽しむぜ!」


 と高笑いしながら、あわあわしている二人の手を引き、民衆の合間に逃げ込んでいったのだった。


 ぽかんっとしている民は、一拍おいて大爆笑。それっ、自分達も女王様に遅れを取るな! と都のあちこちにある広場や催し、そして屋台などに流れ込んでいく。


「さ、最近は大人しくしていると思っていたのにっ」

「クーネ様はクーネ様でしたねぇ」

「ドーナル! リンデン! 言ってる場合か! 追いかけるぞ!」

「スペンサー様、一応、リーリンが傍についているようなので……」


 青筋を浮かべるドーナルと、遠い目のリンデン。焦るスペンサーに、宥めるアニール。


 そして、壇上でめっちゃプルプルしているプルイット老を恐ろしげに横目にしつつ、


「もう、クーネたんったら……」


 と少し困り顔になるモアナ。けれど、そんなモアナの肩に優しく手を置いた光輝は、民に視線を巡らせながら笑って言った。


「いいじゃないか。これが、クーネらしい〝新時代の女王様〟ってことだよ」

「そう……ね。ふふ、スペンサー達は、もしかすると戦時中より苦労するかもね?」


 民は、みんな笑顔だ。どこに行こうか、何を食べようか、と楽しそうに笑い合っている。各店の店主の中にも「クーネ様の神出鬼没ぶりは健在だぞ! 急いで店に戻れ!」なんて叫んでいる者達もいる。


 女王のはちゃめちゃぶりに対する反応が最も怖い各領地の領主さえも……


 やれやれと肩を竦めつつ、やっぱり笑顔だ。


『あ、各地の領主方に告げま~す! 勇者様との蜜月はお好きなように! お姉ちゃん、勇者様のことお願いします! クーネ、頼りになるお姉ちゃんが好きですよぉ!』

「後のことは任せなさい、クーネたん!」


 一応、どこかから拡声された声でフォローも抜け目なく、ならばなおさらだ。


 生け贄にされた感がなくもない当の勇者様は、ちょっと種類の違うニッコリ笑顔を浮かべて迫ってくる領主達に顔を引き攣らせていたが。


 何はともあれ、女王の命令である。


 ならば是非もなし。


 歴史書に残るだろう今日という記念日を、シンクレアの民は、そして戦士達も、()()()()()()楽しむことに没頭したのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・起こさないで。死ぬほど疲れている

 ⇒言わずもがな、映画『コマンドー』より。全てのシーンがネタって奇跡の映画だと思う。

・ミラクルアイ

 ⇒トータス旅行記⑲『誓約のきらめき☆魔法少女に、なれよ』より。

・管狐

 ⇒イメージは『XXXHOLiC』の管狐です。

・マミった! (紹介漏れしてました。ご指摘感謝!)

 ⇒『魔法少女まどか☆マギカ』より。当時はマミさんがマミったの見てリアルに目が点になった。え…?って。

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― 新着の感想 ―
あれ、この世界には復活させるべき天樹?的な存在はまだ登場してないんだっけ?天恵が枯渇寸前だったなら、枯れかけた天樹、どっかにありそうなものだけど……
ホントにな! マミさん、マミって脳内真っ白。 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? じゃなく、 ………………………えっ………………? だった
[一言] どちらにしろ光輝は背中刺されるか首だけになるか どっちでもアウラがヤーヤーヤーと刺してモアナがnice boatか? ……にならなくて良かったのう "向こうへと"行きそうで行かなかった光輝に…
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