表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
461/544

ミュウの春休み こ、困りますぅ…アッーー!


「クーネちゃん、元気だして? ミュウもヒナちゃんもぜんぜん気にしてないの!」

「……ぅ」

「わたくし、実は異世界の女王様に謁見すると聞いて少し緊張していたのです。ですから、普段のクーネさんを見られて、むしろ助かりました」

「ふ、普段はあんなのじゃないですけど」


 場所は変わって、玉座の間から談話室に。


 丸テーブルを囲うのはクーネと本日の来客たる光輝達。それに護衛のリーリンと給仕をするアニールだけだ。


 ブルイット老は仕事の指示出しと、戦士長のドーナルや筆頭術士のリンデン、それに近衛隊長のスペンサーを呼びに行って不在である。


 ミュウと陽晴はクーネの両サイドに、それもわざわざ椅子の位置をずらして手が届く位置に陣取って、クーネのうつむきがちな横顔をニコニコと見つめている。


 その様子を、光輝とモアナ、アウラロッドとリーリンは楽しそうに眺めていた。


 結局、あの後「超クールで格好いい女王様クーネ」のTAKE2は、クーネが玉座に座り直し、取り繕って、名乗りを上げた直後に終了した。


 なぜかは言うまでもなく。


 玉座の前に整列するミュウ達のクーネを見る眼差しがとても生暖かかったからだ。


 その空気感にクーネが耐えられるはずもなし。


 やり直しの方が居たたまれない……ということに遅まきながら気が付いたクーネは、そっと玉座を降りた。


 そして、真っ赤な顔で涙目になって、消え入りそうな声で、


――よ、ようこそしんくれあおうこくへ。くーねです


 と、いかにも全部ひらがなっぽい口調で普通に挨拶し直したのだった。


 もっとも、ワンピースのお腹辺りを両手で握り締め、チワワの如くぷるぷるしながらなされた、ある意味TAKE3となった挨拶は、むしろ成功と言えただろう。


 何せ、シスコンのモアナが鼻血を噴き出してぶっ倒れたのは当然、ミュウと陽晴でさえ思わず駆け寄って抱き締めてしまうほどの愛らしさだったのだから。


 実際、陽晴などは自分で言った通り割と緊張していたのだ。


 何せ初めての異世界である。しかも同じ年頃の女の子とはいえ一国の王と謁見。何もかもが初めての経験だ。


 失礼があってはいけないと、モアナに畏まらなくていいと言われてなお、念のためにとシンクレア流の礼儀作法を事前確認しちゃうくらいには気張っていた。


 それがすっかり吹き飛んでしまった。否、それどころか今この瞬間も、「失望されてないかな? 大丈夫かな?」とこちらを窺うようにチラ見してくるクーネの姿に、


「なんて可愛らしい女王様でしょう」

「ふぇ!?」


 思わず、うっとりとそんなことを口走っちゃうくらいには好感度がぐんぐん上昇していた。


 異世界の女王という肩書きと、今の小動物のような姿のギャップに、陽晴はすっかり心を奪われてしまったようだ。


 上品に片手を頬に添えて、少し首を傾げて優しい眼差しを向けてくる陽晴に、クーネは動揺を隠せない!


「ミュウも安心したの! 混沌系策謀家王女様だって聞いていたから!」

「それ誰が言いました!? クーネは情報開示を要求しますっ」


 動揺は加速する! 別ベクトルの動揺だけど! バッと光輝を見やるクーネだが、光輝は必死に首を振っている。嘘には見えない。冤罪らしい。


 動揺著しいクーネに、ミュウは笑顔で容赦なく追撃をかける。


「ねぇねぇ、クーネちゃん。クーちゃんって呼んでもいい?」

「エッ!? そんないきなり愛称で!? 普通は呼び捨てに至って、親友に昇格してから愛称だと思っていたのに……距離の詰め方が想定外です!」

「ダメ?」

「も、もちろん! ミュウ様がお望みなら構いませんけどもぉ」

「みゅ! クーちゃん! ミュウに〝様〟はいらないの!」

「わたくしも〝様〟は不要です。どうぞ、陽晴でもヒナちゃんでも、お好きなように呼んでください。クーちゃん?」

「で、では……せっかく〝クー〟と呼んでくれるのですから、私は〝ミーちゃん〟と〝ヒーちゃん〟と呼んで、も?」

「「もちろん!」」

「なんてことでしょう。長年の夢の一つが一瞬で叶いました……クーネは夢を見ている?否、これぞ魔王のご息女とその友人様の力ッッ」


 なお〝長年の夢〟とは、引き出しの二重底に隠している〝対等なお友達ができた時にやりたいことリスト〟のことだ。


 友人になって呼び捨て、親友に昇格して愛称呼び、パジャマパーティー、秘密の文通、お揃いの何かを持ち合うetc.


「あ、後ね、お土産を持ってきたの!」

「お土産、ですか? わざわざクーネのために?……ふっ、クーネは女王ですから並大抵のものでは――」


 クーネの悪癖――対等な友達を作りたいのに、親密度が増すと恥ずかしくなって逆に王族風を吹かせてしまう――が発動するが、もちろん、ミュウの前には無意味ッ。チートとバグな家族をもってしてチートと言わしめたコミュ力が友達に飢えた女王様に襲いかかる。


「――〝ひらけごま~〟」


 ネックレスに通された指輪――〝ミュウ専用の宝物庫プロトタイプ〟が、起動ワードにより中身をテーブル上に召喚する。なお、起動ワードは(仮)だ。


 起動ワードを設定する時に、香ばしいポーズを取りながら「開け、我が内なる深淵よ!……がいいの!」とミュウが言ったので、取り敢えず却下され、取り敢えず現場に居合わせた浩介が羞恥心でのたうちまわり、取り敢えず定番のワードで設定されたのだ。


 なお、魂魄魔法を用いたセキュリティなのでミュウ以外が同じワードを口にしても起動させることはできない。起動ワード自体はなんでもいいので考え中だ。香ばしくないやつで。


 閑話休題。


「じゃーんっ。いせかいつ~しんき~!!」

「なぜダミ声!?」


 それはもちろん、例の青いネコ型ロボを真似て、だ。ミュウは映画シリーズが大好きである。


 それを見て「パパどらえ○ん~~~」と物真似をした某宝物庫創造者のパパが盛大にスベって娘から優しい眼差しを頂戴し、羞恥心でのたうちまわったこともあるが、父娘二人だけの秘密である。


「ええっと……これは?」

「遠く離れていてもお話できる道具なの!」

「秘密の文通!!」


 複雑怪奇な魔法陣が刻まれた青白いクリスタルのような質感のプレート。大人の掌くらいのサイズ感だ。


 なお、神結晶製なので内包する魔力は莫大であるが、それでも異世界間通信となると数分しかもたない。地球にいるミュウなら簡単に補充を受けられるが、クーネ側はそうはいかない。なのでクーネからは緊急用となる。


 ただし、同じ世界の中でなら話は別だ。それなりに使える。なので一応、本来の目的は砂漠界でいろいろ調査する間の光輝とクーネの連絡用だ。


 また、ミュウからは頻繁に連絡することを見越して、ハジメ的には耐久テストも兼ねていたりする。


 その辺りを説明しつつ、


「帰ってもミュウから連絡できるの。クーちゃん、忙しいと思うけど……時々お話してくれる?」

「いつでも大丈夫です! クーネは常にフリーですから!」

「そんなわけないでしょう」


 リーリンの風刃のように鋭いツッコミは、しかし、クーネの耳を右から左へ素通りした。何せリスト項目4――〝友達との秘密の文通〟に近しいことが叶うのだから!


「それからね、新しいパジャマ!」

「まさかっ」

「モアナお姉さんから聞いてるの! クーちゃんのやりたいこと! 今夜はミュウ達とパジャマパーティーだぜ! なの!」

「何を勝手に話してるんですかバカお姉ちゃんと言いたいけれど、今だけは、クーネはこう言います! グッジョブお姉ちゃん!」


 ビシッとサムズアップを姉に向けるクーネ。お姉ちゃんは幸福の絶頂みたいな表情でうねうねする。隣のアウラロッドが気持ち悪そうに椅子をずらして距離を取った。


 ちなみに、パジャマは動物を模したモコモコ系だ。フードを被ると着ぐるみみたいになるやつである。ミュウがウサギ、陽晴がキツネ、クーネはトラだ。砂漠の虎……他意はない。モアナチョイスである。


「まだあるの!」

「まだあるんですか!」

「こちらは、わたくしから……ミュウちゃんと二人で選びました」


 そう言って、気に入ってもらえるかな? と少し心配そうに陽晴が差し出したのは、可愛らしい花をモチーフにしたピンバッチだった。


「アクセサリーにしようかとも思ったのですが、クーちゃんは女王様ですから装いも自由にできないことは多いでしょう。なので、服の内側など見えないところに付けられるものにしてみました」

「友達になった証なの!」


 そう言って、ミュウと陽晴はまったく同じモチーフのバッジを取り出した。


 物は本当に二人でデパートに行って買ってきた市販品だが、親バカ錬成師が「友情の証なんて大切なものなら……」と、こっそり手を加えているのでアーティファクト化していたりする。自動修復機能と、一回限りだが所持者の危機感に反応して展開する結界機能付きだ。


 そんなことは知らずとも、クーネにとっては関係なし。


「す、凄い勢いでリストが埋まっていくッッ」


 感極まった様子で、そっとバッジに手を伸ばす。繊細なガラス細工でも扱うみたいに手にとって、唯一無二の宝物でも手に入れたみたいに胸元へ掻き抱いた。


「嬉しいです。クーネは、とっても、とぉおおおっても嬉しいですっ。ミーちゃん! ヒーちゃん! ありがとう……」


 それは、残雪が春の日差しで溶けるような笑顔だった。


 アニールが尊いものを見るような眼差しのままクーネのもとへ歩み寄り、「ようございましたね、クーネ様」と声をかけながらバッジを受け取り、胸元につけてあげる。


 クーネは、誇らしげというか、照れくさそうというか、全身から喜びを溢れさせてピンッと背筋を伸ばした。


 ミュウと陽晴も、胸元にバッジをつけてドヤァッと見せ合う。一拍おいて、堪えきれないというように笑い合う女の子三人。


 そこにはもう〝友人になれるだろうか?〟という不安は微塵もなく、初対面特有の緊張感も綺麗さっぱりなくなっていた。


 お姉さん組から「あらぁ~♪」という声が聞こえてきそうだが、この空気感を壊したくないのか、光輝も含め静かに見守るに留まり――


「普段の暴風雨みたいなクーネたんも良いけれど、借りてきた猫ちゃんみたいなクーネたんも、素直かわいいクーネたんもすっごく素敵だわ! だってお姉ちゃん、こんなクーネたん滅多に見られないんだもの!」


 一人、留まれなかったらしい。だから滅多に見られなかったんだろうよ、と光輝達のジト目が突き刺さる。が、もちろん、暴走する重度のシスコンは、そんなことくらいで急には止まれない。


「ああっ、光輝。私としたことがクーネたんの可愛さに頭がどうかしていたわ! あれを貸してちょうだい! 撮影記録用のアーティファクトよ! 今この瞬間を永遠に保存しなくていつするというの? 今でしょう!? さぁ早く! 最初から撮影できなかったお姉ちゃんの無能さを許してねクーネたん。でも大丈夫よ! 光輝は過去映像を撮影する道具も渡されているわ! 普段の傍若無人ぶりが嘘みたいなクーネたんを最初から最後まできっちり撮影して――」

「リーリン」

「はい、陛下。喜んで」

「アッ!? ちょっと何をするのリーリ――ぐぼぉ!?」


 渦巻く風がモアナを包み込んだ。息継ぎなしでよくまぁそんなにしゃべれますね? 仕方ないので空気を送り込んであげます、と言わんばかりに超局所的突風がモアナの呼吸器官を襲う! 


 で、そのまま浮かされて、空中でぐるんぐるんされながら部屋の外へ連れ出されていく元女王陛下。


 まるで、あれだ。フライステーションを体験している人。大きな筒の中で真下からの突風によりスカイダイビングを疑似体験できるあれである。


 三世界の女の子達が友情を芽生えさせる尊い時間が、シスコンにより終わりを告げた。


「……うちのお姉ちゃんが、なんかごめんなさい」

「う、うん、大丈夫なの。モアナお姉さんがクーちゃんのこと大好きなのは分かってるから……」

「ええ。出発前もそれは熱心にクーちゃんの素晴らしさを語ってくださいましたから」

「どこまで語られたのか、クーネは非常に気になります。気になるので、後で何を聞いたか全て語っていただくとして」


 ようやく普段通りの落ち着きを取り戻したクーネは、咳払いを一つ。居住まいを正して、改めて光輝達へと向き直った。


「改めまして、ミーちゃん、ヒーちゃん、ようこそシンクレア王国へ。歓迎いたします。アウラロッド様、そして光輝様、またお会いできて嬉しく思います」

「……クーネ、大丈夫かい?」

「どういう意味で言ってるのか察してますけれど、それ以上心配したら光輝様はロリコンだという噂を流します。クーネの今の権力なめんな」

「良かった! いつものクーネだね!」


 いたずら好きで、直ぐに場を混乱に陥れ、普通にえげつない策を口にして要求を通そうとする。それがクーネだ! と、ようやく再会できたみたいな雰囲気で笑う光輝。


「クーネは今や女王なんですよ。少しは変わるに決まっているじゃないですか。変わっていなければ逆におかしいと、クーネは思います。成長しているのですよ、光輝様」


 ジト目を返し、お茶を給仕してくれているアニールに同意を求めるクーネ。


 アニールは、以前の姉が妹を慈しむような眼差しとは少し異なる、敬愛の滲む眼差しをクーネに向けて頷いた。


「ふふ、そうですね。光輝様やモアナ様と再会した時に恥ずかしくないよう、たくさん努力なされていますのもね。光輝様、どうか褒めてあげてください」

「アニール!?」


 どうやら、実際にクーネは変わりつつあるらしい。女王たらんと、クーネ自身が誰よりも自覚し、そのために必要なことをしてきたようだ。


「……うん。見違えたよ。口調や立ち振る舞いが少し大人っぽくなったし、何より、前よりずっと強い目をしている。多くを背負う者の目だ」

「光輝様……」

「俺とモアナがいなくても立派に国を守っているんだね。やっぱり、君は凄い子だ」

「……当然です。クーネはできる女ですから」


 そっぽを向いて、照れを隠すようにお茶へ手をつけるクーネ。しかし、嬉しさは隠しきれておらず、頬が真っ赤だ。慕う相手からの〝見違えた〟は、今のクーネにとって何よりも嬉しい言葉だったらしい。


 カップで口元を隠しつつも、チラリと光輝を見やる。瞳には歓喜と、そしてちょっぴりの熱が宿っていた。


「くっ、乙女力が上がっている? 前はまだまだクソガキ感が抜けていなかったというのに……なんだか〝女〟を感じますっ」

「今、アウラから仮にも元女神が言っちゃいけない類いの暴言が聞こえた気がするんだけど……」


 元女神さん、年齢差五千歳なのに八歳の女の子に本気で警戒の目を向けていた。


 とはいえ、確かに以前のクーネに比べ、随分と芯の部分で落ち着きが感じられるのは事実。ただでさえ女の子は早熟というが、立場と環境がクーネを成長させているのは確かなようだ。


 であるなら、クーネの光輝に向ける気持ちにミュウと陽晴が気が付かないはずもなく。


「クーちゃんも同士だったか……なの」

「ふふ。応援しますよ、クーちゃん」

「……ありがとうございます」


 流石にできたばかりの友人達に、「今夜は語り明かそう」などと完全に見透かしたような理解ある眼差しを向けられては恥ずかしかったのだろう。再び咳払いで空気変えを試みつつ、


「今後の話をしましょう」


 と、話題も切り替えた。


「魔王様からの事前の連絡で、今回の来訪目的は〝観光〟と〝フォルティーナ様との対話〟と聞いています。ただし、ミーちゃん達の観光に関しては七日の予定で、光輝様達だけは〝世界樹の枝葉復活計画〟のため引き続き滞在する……ということで間違いありませんか?」

「ああ。それで間違いないよ」


 よろしくなの~と笑顔を向けてくるミュウに笑顔を返しつつ、直ぐに真面目な表情になるクーネ。それはおそらく、為政者としての顔だった。


「こちらからも事前に少しお話させていただいていましたが、ぜひ、皆様には歓迎式典に出席していただきたいと思っています」

「うん、それも聞いてる。正式な戦勝宣言も兼ねたいんだったよね?」

「はい。だからこそ、黒王を討った本人がいなければ」


 〝召喚されすぎぃ事件〟を経て日本に帰る直前、モアナの門出祝いや光輝達へのお礼の宴は行ったが、予期せぬ長期滞在で地球ではまた行方不明扱いだったこともあり、割と慌ただしく帰ってしまった。


 〝暗き者〟が未だに多数潜伏している以上、再びかつ正式に救世主を迎えることが国や民心の今後のためにも必要だというのなら光輝に否はなかった。


「ミュウちゃんと陽晴ちゃんには時間を取らせて申し訳ないけど、クーネの良いように協力したいと思ってる。どうかな?」

「そこはクーネもお聞きしたいところです」


 観光に来ただけのミュウと陽晴の負担になるようなことはできるだけ避ける。そこは大前提だ。


 なので、もし二人が観光を優先したいというのなら、式典は延期し、二人が帰った後に光輝だけ参加する形での開催でも構わない。あるいは、何か条件や要望があれば応えると説明しつつ、クーネは「ただ……」と続けた。


「実は王都にてパレードや屋外パーティーなどができるよう準備だけはしているのです。クーネとしては、ぜひミーちゃんとヒーちゃんにも参加してほしいと思っています」

「歓迎式典とはいえ堅苦しいものではありません。戦勝祝いも兼ねていますが、言ってしまえば全部ひっくるめて皆で楽しく祝って騒ごうというお祭りのようなものです」


 アニールが、先程からお茶とお茶菓子が余程気に入ったのか黙って貪り食っているアウラロッドにお代わりを給仕しつながら補足してくれる。


「お祭りするの!? 楽しそうなの!」

「観光に来た、と、友達を……(まつりごと)に付き合わせる気はないのです。ないということを、クーネは保証します」


 友達のところでちょっと照れてどもるクーネ。


 救世主の再来と、ついでに正式な戦勝宣言のための式典は必要だ。それは明白な一つの区切りだからだ。戦争一辺倒だった王国の方針転換としても、民の気持ち的にも。


 だが、クーネの言う通り、そこには救世主本人がいなければ意味がない。だから、ずっと待っていた。


 けれど、当事者ではない幼子二人からすれば、どこか蚊帳の外に感じることだろう。各領地の領主といったお偉いさんが集まるような堅苦しい式ならばなおさら。


 そこでクーネが提案したのは、いっそ王都をあげてのお祭りにしてしまおう、というものだった。


「きっとミーちゃん達にも王都での時間を楽しんでもらえます。ただ、お二人は光輝様の世界の方。特にミーちゃんは魔王様のご息女ですから……」


 クーネが困ったような表情でアニールを見やると、アニールも同意するように苦笑を浮かべて頷く。


 あと、アウラロッドが「焼き菓子……なくなっちゃいました……」と腹を空かせた犬みたいな目で見つめてくるので、素早く次を出す。ぱぁっと表情を輝かせる元女神。犬だ……完全に餌付けされている犬だ。


「無礼を働く者はいないと断言しますが、その……お祭りですから高揚しすぎてしまって遠慮ない態度になってしまうと申しましょうか、かなりの人混みに囲まれてしまうことが予想されます」


 有名人がファンに囲まれるようなものだろう。確かに、人混みが苦手な者や、まして幼子であるなら大勢の見知らぬ大人に次々と話しかけれるのは怖いかもしれない……しかも異世界で。


 というのがクーネ側の懸念らしい。


「ばっちこぉい! なの!」


 もちろん、ミュウにそんな懸念は完全無用であった。陽晴もまたミュウの様子にくすりと笑みを零しつつ「わたくしも問題ございません」と迷いなく頷く。


「では、式典は開催し、ミーちゃん達も参加するということで良いですか?」


 良いでーす! と挙手つきの元気な声がミュウから。いつでも天真爛漫なミュウの雰囲気に場が和む。


 扉の外から「しばらく会わないうちに随分と腕をあげたわね! でも光輝は渡さないわ!」「モアナ様はいささか鈍ったようで。僥倖(ぎょうこう)です」なんて怒声(?)と騒音が、殺伐した空気感に乗って響いてくるのでなおさら。


 外の修羅場なんて何も聞こえないとばかりに、頑なに扉の方を見ようとしない光輝が尋ねる。


「各地の領主様も参加されるのかな?」

「ええ、もちろん。歴史的な瞬間ですからね。魔王様が早めに連絡をくださったのもあって、多くの領主が数日前には到着していますよ」


 流石にあまりにも遠方の領主は断念したようだが、近隣領主はほぼ参加するらしい。彼等の喜びの度合いが分かるというものだ。


「アークエットのロスコーさんも? 結局、最後の方はろくに話もできないままだったから、ぜひ挨拶したいんだけど……」

「いらっしゃってますよ。ご子息と一緒に。彼も再会を楽しみしていました。生憎と奥方は不参加なので、代わりに領地への来訪を心待ちにしていると伝言を預かっています」

「シーラさんは不参加? 体調でも悪いのかな?」


 心配そうに眉根を寄せる光輝に、クーネは首を振った。


「どの領地も同じ対応です。何せ、式典の後に観光で各地を巡るとなると……魔王様から窺っていますが、高速の移動手段を渡されているのでしょう? なら移動速度が違いますから、領主達の帰還が間に合いません。救世主一行をもてなすに相応しい人員を欠くことになってしまいます」

「あ、ああ~、そういうことか」


 クーネが知っている高速の乗り物といえば、あのゴーレムのグリフォンだ。大人なら二人乗りが限界。観光で巡る領地の領主を全員乗せて、同行と帰還をさせるのは無理な話だ。


 何より、


「確か、グリム……パッパーでしたか?」

「うん、グリムリーパーだね。確かに魔王パパが生み出した死神だけども……」


 ミュウと陽晴が思わず噴き出すのを尻目に訂正する光輝。クーネはちょっぴり赤くなった。


「とにかく! ミーちゃん達も領主達を引き連れて一緒に飛ぶのは気が詰まると思いましたので、移動速度の違いに関してはこちらから各領主へ通達を出しておいたのです」

「なるほど。配慮してくれたんだね。ありがとう、クーネ」

「クーちゃん、ありがとうなの! ミュウは別におじさんいっぱいでも良い人なら困らないけど……」

「天之河様、今回はあれがございますし、わたくしも気にしませんが……」

「二人がいいなら……ええっと、クーネ。たぶん、観光予定の領地の領主様くらいなら一緒に運んで支障ないと思うよ」

「どういうことです?」


 実は、世界樹の枝葉復活計画における移動手段として、光輝にはフェルニルモドキも渡されている。ハジメのそれより小型だが、それでも二十人くらいは余裕だ。


 ミュウと陽晴が同乗を嫌わないのであれば、領主を送りつつ観光することは十分に可能だった。


 その辺りを説明すると、クーネは目を丸くした。


「そのような乗り物まで……観光はクーネもお供する予定なので、ちょっとドキドキしますね! ともあれ、きっと領主達も自らもてなしたかったはずですし、話を通しておきます」

「うん、頼むね」

「ミーちゃんとヒーちゃんも心遣い感謝します。領主達に死ぬほど感謝しろと、クーネが伝えておきますね!」

「旅は道連れなの! たくさんの人と楽しむ方が楽しいの!」

「死ぬほどの感謝は遠慮させていただきたいですけどね、ふふふ」


 なんて女の子三人で笑い合ったあと、不意にクーネは「あ、でも……」と続けた。唇に人差し指を当てて、少し虚空を眺める感じで。


「うん? どうしたんだ、クーネ」

「いえ、少し残念に思いまして」

「残念?」


 何を思いついたのか。訝しむ光輝へ、視線を戻したクーネは、


「グリムリーパーさんなら、また光輝様と二人乗りができたのにと」


 リーリンも乗っていた記憶が抹消されている点はさておき。


 小首を傾げて目を細めるようにして微笑むクーネちゃん。軽く片手で髪を払う仕草と合わせて、年齢不相応に妙な艶やかさが――


「クーネ様。侍女達から良からぬ話を収集しているようで――」

「フォルティーナ様の件についてお聞きしても良いでしょうか!」


 じっとりした眼差しをアウラロッドの口元を拭いてあげながら向けてくるアニールの、その言葉を遮るようにして話題転換を図るクーネ様。


 耳年増なところが、遂に実践でも試されるようになったらしい。それを侍女長はよく思っていないようだ。


「今のクーネちゃん、ちょっとドキッとしちゃったの。大人っぽくて。どう思いますか、同志ヒナ」

「そうですね。これはパジャマパーティーの時に詳しく聞く必要があると思いますよ、同志ミュウ」


 なんて、めっちゃ聞こえるコソコソ話はスルーして。


「ミュウちゃん達も一緒に行く予定だから、さっき観光は七日の旅程と言ったけど、実は六日目と七日目の二日はそっちにあてるつもりなんだ」

「……確か、恩樹の場所は世界の裏側にも等しい場所だと魔王様が仰っていませんでしたか? そう聞いたと、クーネは記憶していますけれど」

「そうだね。でも大丈夫。場所も特定しているし、早く行ける手段も渡されているから。二日取ったのは念のため……………だよ」


 一応、恩樹付近の観光も含めた計画だ。もし余ったら王都に転移で戻ってきてもいいわけだし、と。


 ちなみに、最後の方で言葉が詰まったのは、扉の外から「こ、これは何事だ!?」「モアナ様!? ご帰還早々なぜ殴り合いなど!」「リーリン、やめなさい!? とうとう乱心しましたか!?」という近衛隊長と戦士長、そして筆頭術士の声が聞こえてきたからだ。


 深くは考えないようにする。


 あと、アウラロッドがアニールに世話を焼かれまくって、遂に「まんまぁ」とか呟き始めたが、それも深く考えないようにする。


「そうでしたか。実はお願いがありまして、魔王様にもお伝えしたのですが」

「ああ、聞いてるよ。クーネも同行したいって話だよね?」

「はい。フォルティーナ様の現状とお話は、この先の未来に深く関わります。女神様にお会いできる名誉以上に、クーネは女王としてこの機会を逃すわけにはいきません」

「うん、問題ないよ。ただ、あまり多くの護衛に同行されると困るけど……」

「ふふっ、当然です。連れて行っても一人二人ですよ。光輝様が一緒なんですから」


 今度は特に他意のない、ただただ全幅の信頼だけが込められた微笑だった。これには光輝も少し照れた様子で頬を掻く。


「おぉ、クーちゃんやるの。無意識の一撃が勇者さんにヒット!」

「これはアウラさんが反応を――寝ていますね。アニールさんすごい。あのアウラさんを寝かしつけてしまいましたよ」


 ミュウと陽晴のコソコソ話、再び。


 なお、アウラロッドは直ぐ隣に立つアニールさんの腕にもたれるようにして頭を預け、スヤァしている。良い子良い子と撫でられているうちに意識が落ちたらしい。


 周囲で人が何かしている時に、自分だけ休憩することに凄まじい罪悪感を抱かずにはいられない元社畜女神の大変珍しい姿だった。アニールさんの眼差しが優しい。子を見る母親の如く。この母性にやられたのか……


 光輝が、照れた自分を誤魔化すようにカップに口をつけてから、少し心配そうに尋ねる。本来はモアナがしたかっただろう質問だ。


「ええっと、二日とはいえ国を離れて大丈夫かい? 暗き者の残党とか、荒らされた後方の領地とか……」


 自分が去った後の国のことだ。日本で過ごしている時も、モアナはクーネやブルイット達を信頼しつつも常に気にしていた。今日も、出発前にいろいろ確認したいと言っていたのだ。


 言っていたのだが……


 扉の外から「これが、これが最後の一撃よ! 受けられるものなら受けてみなさいッ! リーーーーリィーーーンッ!!」「今夜のベッドは私のもの。お覚悟をッ。モアナ様ァーーーッ!!」みたいなクライマックスっぽい声が聞こえてくる。


 ついでに、「いかんっ。このままでは崩落しかねん!」「リンデン! スペンサー!」「分かっていますとも! 合わせてください、お二人共!!」みたいな別の戦いもクライマックスっぽい。


 なんというか、ここまでくるとあれだ。


 もう、逆に反応したら負けというか。負けの気がするから意地でも反応したくないというか。皆、平然としているのに自分だけ慌てるというのも変かも? みたいな空気感さえあるというか。


 シンクレア王国最強戦力三人が必死に余波を防いでなお響いてくる轟音に、クーネがちょっと表情を引き攣らせつつも、為政者らしい完璧な笑顔を浮かべる。


「掃討戦は上手くいっていると、クーネは報告を受けています。長らく〝暗き者〟の支配域であった東域全体まで調査できているわけではありませんが、そちらも地盤が固まり次第、軍を派遣するつもりです」

「そうか……被害が出ていないなら何よりだよ」

「はい。今は荒れた後方領地の立て直しと、東域調査のための拠点作り――つまり新たな町作りの計画を詰めているところです」

「砂漠のど真ん中に? あ、もしかして俺が召喚されたオアシス?」

「いいえ、もっと遠くです。お忘れですか? クーネの天恵術を。だとしたら、クーネは憤慨します!」

「あ、ああ……〝再生〟か。そうか、それで一からオアシスを作って……できるのか?」

「簡単ではないですね。だから、いろいろ実験はしています。場所の良し悪しもあるでしょうから、その調査も」

「なるほど」


 自然の残る場所を広げるように再生するのと、何もない砂漠のど真ん中を再生するのとでは難易度が桁違いだ。


 単純に考えて、恩恵力をその場に留めるなんらかの措置を取るか、定期的に恩恵力を補充するなどの措置を取る必要がある。


 でなければ、いくら一時的に自然を取り戻そうと周囲の砂漠地帯に力が流れてしまい、再び砂漠化するだけだからである。それが、一つの町が潤うほどのオアシスともなればなおさら難易度は高い。


 多くの障害を前にして、けれど、クーネの瞳は気概に満ちていた。


 既にいない家族も、そして姉も、命を絞り尽くすほどに頑張ったのだ。


 全ては戦争に勝つため。人の尊厳と未来を守るために。


 そうして、戦争は終わった。


 ようやくだ。ようやく己が本分を全うできる時がきた。この砂の大地を自然溢れる世界へと変えるために、否、戻すためにこそ自分は生まれてきたのだから、と。


「クーちゃん、かっこいいの」

「ええ。やはり貴女は女王様なんですね。尊敬します」

「へ? い、いやぁ、まぁ、クーネですからね! クーネが凄いのは当然です!」


 見栄を張ったわけではない。クーネにとって呼吸をするより当たり前の意志だ。だからこそ、心から称賛する友人の声は思いがけないものだったようで、クーネは逆にテンパった。頬が赤い。視線はキョロキョロ。


「あ、後は……ええっと……」

「クーネ様、南と北の国に関して、光輝様にお願いがあったのでは?」

「そ、そうでした!」


 微笑ましそうなアニールの助け船を得て、クーネは小首を傾げる光輝へ観光後のことに言及した。


 それは、南の山脈地帯を越えた先と、北の海を越えた先で生き残っている他国に関することだった。


「そう言えば、まだ生き残っている国があるって話を聞いてたな……ごめん、シンクレアのことしか頭になかったよ」

「当時の状況を思えば仕方ないですよ」


 苦笑するクーネ曰く、南の国――ジャバルシャン王国は山岳地帯にあり、海の向こう側の国――シルトレーテ王国は島国故に、どちらも一種の天然要塞といえる立地であることから生き延びているのだという。


 なお、連絡自体は使者を送り合ってしていたが、互いに救援を出し合ったことはない。状況的に余裕がなかったというのもあるが、立地的に軍隊を移動させるのが難しく、一度移動させてしまうと、今度は本国に何かあった時に直ぐに戻れないからだ。


「既に黒王討伐の件は知らせを送っており、ジャバルシャンからは祝いと救援要請が返ってきています」

「緊急かな?」

「いえ、一進一退は変わらずとのことでダメ押しが欲しいのでしょう。こちらに余裕ができればとのことです」

「なるほど。いいよ。フォルティーナ様に話を聞いた後も、どっちにしろ各地を巡るつもりだから。できるだけ力になるよ」

「ありがとうございます! 光輝様ならそう言ってくださると、クーネは信じてましたよ! なので、とっておきの戦力を送ってやる感謝しろ! と既に返事を出しました!」

「早いな! そういうところ本当にクーネ!」


 戦後の利を既に意識しているクーネの強かさは、確かにモアナにはなかったものかもしれない。人類圏が広がり、共通の敵がいなくなった何十年後の世界のことも、既に視野に入れているのだろう。まさに、それこそが私の戦場と言わんばかりに。


 クーネは満足げな笑みを浮かべると、両手をぺちんっと合わせた。


「さて、最低限、必要なお話はできました。せっかくミーちゃん達がいるのに、いつまでも部屋にこもっていても仕方ありません。ひとまず最上階のテラスに行きましょう! クーネは二人に自慢の都を見てほしいです!」


 一段落ついたらしい。


 クーネと光輝の会話が、女王と勇者のものだと理解して大人しく聞いていたミュウと陽晴が、クーネへの尊敬の眼差しを一気にキラキラしたものへ変える。


「実はね、召喚された時のお部屋からも見ようと思えば見れたんだけど、アニールお姉さんに止められたの。どうせなら一番良い場所でって!」

「きっとクーちゃんが案内したいだろうからと聞いては我慢しないわけにはいきません。わたくし、もう本当にわくわくしていて」

「流石はクーネのアニール! 分かってますね! グッジョブです!」


 お褒めにあずかり光栄ですと一礼するアニールさん。その腕にしがみつくようにしてもたれているアウラロッドさんの口元からはたら~りと立派なよだれが。


 服に染み込むそれに気が付いているはずなのに嫌な顔一つしないところ、確かに流石のアニールさんだ。


 と、その時だった。


「勝った! 勝ったわ、光輝!」


 ズドンッと扉が破られた。外開きの扉が内側に開いている。辛うじて外れてはいないのが、逆に凄い。扉くんから「やっぱり王族には勝てなかったよ……でも、せめて膝はつくまいっ」みたいな声が聞こえてきそう。


 で、その犯人は実に清々しい満面の笑みで部屋に入ってきた。とんでもない轟音続きだったが、一応、無傷に見える。


「捏造しないでください、モアナ様。引き分けです」

「何よ、素手の勝負で恩恵術使ったんだから、実質的にリーリンの負けでしょ?」

「そもそも素手のみなんてルールは決めてませんし、そんなこと言ったら〝加護〟を使っていたじゃないですか。天恵術を使う方が酷くないですか?」

「なんのことか分からないわね。証拠はあるのかしら?」


 子供の喧嘩みたいな言い合いをしながらリーリンも入ってくる。見た目はこちらも無傷だ。節度は守っていたのか。


 その後ろから、会社の危機を乗り越えるため三日三晩社泊して働いたサラリーマンみたいな有様のおじさん三人がついてくる。


 扉の向こうの廊下が崩落している様子はない。壁とか天井がひび割れくらいはしているが、きっと三人が死力を尽くしたおかげだろう。


 が、それも光輝を見つけるまでのこと。


「「「光輝殿!!」」」


 くたびれたおじさん三人の表情がパァッと輝く。光輝に抱きつこうとして互いに牽制し合っていた女子二人を置き去りにして突進。


 モアナとリーリンが「「あっ」」と声を上げると同時に、思わず立ち上がった光輝に次々とハグをかましていく。


「久しいですな! またお会いできる日を心待ちにしておりましたぞ!」

「これでようやく戦勝祝いができますね! やはり貴方がいなければ始まりません!」

「戦士達も喜びます! ぜひ、戦士団に顔を出していただきたい!」

「え、ええ、おひさりぶりです。とりあえず、ちょっと落ち着いて――ちょっ、ケツを叩かないでください! 痛い痛いっ、ドーナルさん力強い! スペンサーさん顔が近い!」


 おじさん三人が、まるで悪ガキの如き有様。光輝を囲み、ケツやら肩やらをバシバシ。


 おじさん衆の勢いに飲まれてポカンッとしているミュウと陽晴に、クーネがこっそり耳打ちする。


「実は光輝様、シンクレアでは女性より男性人気が高いんですよ。特におじさん達に」

「そ、そうなのですね。意外です」

「パパが〝漢女〟や〝男の娘〟に人気あるのと同じかも?」


 陽晴がバッとミュウを見る。知らない情報だったらしい。


「クーネは心配です。いつか、光輝様がおっさんずとラブな感じになるのではと――」

「ならないが!?」


 光輝、迫真の否定。と、そこでモアナに先んじてリーリンがいち早く急迫。


 ズンッズンッズンッと足音が聞こえてきそうな勢いで光輝を囲むおじさん三人衆に突貫する。実父を押しのけ、光輝の眼前に迫ってなお勢いは止まらず。


「わっ、ちょっリーリン!?」


 思わず後退り、それでも止まらないリーリンに合わせて下がればあっという間に壁際へ。


 そして、ドンッと。


 陽晴が「わわわっ、壁ドンです! ミュウちゃん! わたくし、生壁ドンを初めて見ました!」と興奮しているのはさておき。


 身長差があるので、片手を突き上げる形で、ともすれば睨め上げているようなスタイルだが、それは確かに壁ドンだった。


 そう、リーリンが光輝に壁ドンしたのだ!


「あの、リーリン?」


 困惑する光輝。真っ直ぐに見つめてくるリーリンに困惑を隠せず、その間にもリーリンは光輝の襟首を掴んでグイッと引き寄せた。


 陽晴から「きゃーっ」と黄色い悲鳴があがり、思わず隣のクーネを掴んでぐいんぐいんっ引っ張る。クーネから「きゃーっ」と普通に悲鳴が上がる。


 ちなみに、陽晴は最近、少女漫画にドハマりしている。想い人とのことで恋愛の勉強をしたいとミュウに相談し、某魔王の母親の影響ですっかり少女漫画マスターになっているミュウがおすすめを貸し出しまくった影響だ。


 閑話休題。


「リーリン、ちょっと近い――」

「いいから黙って――今夜、私に抱かれなさい」


 返事はハイかイエスのみ。さぁ、頷け――とリーリンの、いや、リーリンさんの瞳は言っている! 有無を言わせないとはこのことだ!


 陽晴から「ひゃぁ~~っ」と黄色い悲鳴が上がる。クーネが「いやぁ~~っ」と目を回し始め、ミュウが「ヒナちゃん落ち着いてぇ~~っ」と声を張り上げる。


 モアナがみるみるうちに鬼の形相となり、実父リンデンが同僚二人から「お前の娘、なんかとんでもないこと言ってるけど」的な視線を向けられて、思わず明後日の方向を見つめ始める。


 そうして、当の光輝はというと、


「…………こ、困りますぅ」


 なんか乙女みたいな反応をした。頬を赤らめ、目を逸らしていらっしゃる。


 〝乙女のおねだり〟なら耐えられたのだろう。けれど、〝イケメン女子の口説き〟は初めての経験! で、思わず乙女化してしまったらしい。誰得だろう。


「光輝、かわいい……じゃなくて! しっかりして! なに堕とされかけてるのよ!」


 モアナ得だったらしい。光輝がハッと正気を取り戻す。


 唇を奪う寸前だったリーリンをどうにか引き剥がし、その隙にモアナが襲いかかり、ありふれた修羅場が再び。


 光輝からのSOSの視線を受けたおじさん三人衆は、触らぬ神に祟りなしと言わんばかり。「おっと、お嬢様方へのご挨拶が遅れてしまった!」と、それはそれはわざとらしく視線を逸らし。


 周囲が騒がしいからか駄女神がぐずりだしてアニールママの腕を離さず、ママも困り顔。


 陽晴は自分の興奮ぶりを自覚して恥ずかしそうにうつむき、ミュウは目を回しているクーネの介抱に忙しい……


 で、


「……ほんの少し目を離しただけで、なぜこうなる」


 様子を見に来たブルイット老が、普段の三倍くらいプルプルした。






いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そういえば光輝にミュウをまかせるのはいいけど、毎度の召喚されぐせはちゃんと対策したのだろうか……肝心な時に召喚されていませんでしたじゃ目もあてられんと思うが
[一言] ありふれた修羅場が世界最強
[一言] ハジメは本編で既に済み 卿も各ヒロインにグイグイ(描写外でも一番酷いと予想wつか日常?w) で光輝も今回めでたく乙女化(笑 ありふれ主人公達は隠れたテーマというか宿命というか因業というかメ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ