ミュウの春休み くーるクーネのクールなご挨拶
そわそわ、そわそわ。
白亜の宮殿において最も荘厳な広間――玉座の間に、なんとも落ち着きのない少女の姿があった。
美しい金髪のツインテールとチョコレート色の肌、翡翠色の瞳を持つ幼き女王――クーネ・ディ・シェルト・シンクレアだ。
白亜の石を削り出して作られた豪奢な玉座にちょこんっと腰掛けている。金色の刺繍と腰帯が美しい純白のワンピースドレスを纏っていて、頭には草花を模した王冠。
天窓から差し込む幾筋もの陽の光は、玉座への安易な進入を阻むように整然かつ交差するよう設計されている。
故に、まるで陽の光に守られているかのような小さな女王の姿は、神話を記した書物に描かれる一枚の挿絵のようでハッとするほど美しかった。
ただし、その神秘性は、
「……クーネ様。足をパタパタさせるのはおやめくだされ。はしたのぅございます」
「……ぅ」
本来はないはずの玉座の前に置かれたテーブルの下で、忙しなく動く足のせいで半減していたが。
常にプルプルと震えているのがデフォルトの今にも砕け散りそう系お爺ちゃんにして筆頭文官――ブルイットにたしなめられ、ばつが悪そうに小さな鳴き声をあげるクーネ。
代わりに、美麗な編み上げサンダルのつま先から、ちょこんと見える足の指先をきゅっきゅっと丸める。
「先程から手も頻繁に止まっておりますぞ」
「気のせいです。それはブルイットの気のせいだと、クーネは断言しま――」
「予定の半分も終わっておらんのですが?」
「……」
半世紀以上にわたりシンクレア王国を支えてきた〝皆のジィ〟には、〝混沌王女〟〝出現三秒でカオス〟と民から恐れられた(?)元いたずら王女も頭が上がらない。
特に、王女時代には大目に見られていたことも、今は厳しく見咎められるから。
「集中できぬなら、やはり執務室に戻られませ」
「や、やります! やりますとも! ここで! 威厳たっぷりに! 女王らしく!」
慌ててキリッとした表情に戻り、目の前の書類に目を通し始めるクーネ。
その様子を見て、ブルイット老はいかにも「やれやれ……」と言いたげに肩をすくめた。が、普段は閉じているようにしか見えない目が今はうっすらと開かれ、その奥の瞳には優しい光が湛えられている。
クーネが、今日に限ってわざわざ玉座の間にテーブルを持ち込んで執務をしたり、妙に落ち着きがない理由を理解しているから。
王族姉妹が幼少の頃より、祖父の如く接してきたブルイットである。クーネの心情は手に取るように分かるし、だからこそ微笑ましくて堪らないのだ。
「クーネ様」
「なんですか、ブルイット。この通り、クーネはきっちりかっちりお仕事してますよ。自分でも惚れ惚れするほどの仕事ぶりです。まさに、できる女! くーるクーネです! 一目も二目も置かずにはいられないと、クーネは自画自賛しま――」
「下手に格好をつけるより普段通り接した方が、きっと仲良くなれましょうぞ」
「!?」
言葉通り、羽ペンをく~るくる回しながらくーるクーネを気取って自画自賛していたクーネがビシッと固まった。
目が泳いでいる。任務開始時間直前に、作戦の穴に気が付いてしまった現場指揮官みたいな動揺ぶりだ。
「同年代の、対等に接してもらえる友人がやっとできるかもしれないと意気込むのは仕方ございませんが」
「い、いいい、意気込んでなんかいませんが!? なにせ、クーネはクールですからね!」
「空回り、しなければ良いですなぁ」
「し、しないもん!」
ぶるんっぶるんっと荒ぶるツインテール。あと、乱れる口調。それが、彼女の内心が穏やかさとはかけ離れているのを如実に示しているようだった。
実際、クーネは酷く緊張していた。
それはもう、数日前から夜も眠れず、あれこれ考えすぎて奇行に走っちゃうくらい。
例えば、急に服装を露出過多でセクシーなものに変えようとして侍女達に止められたり――
やたらと大人っぽい化粧を勝手に自分で施して侍女達に悲鳴を上げられたり――
自室を大人の女系(クーネ基準)、可愛い系(クーネ基準)、知的系(クーネ基準)等に何度も模様替えし、最終的には「もういっそ、全部の部屋を用意しましょう!」と言い出して侍女達を困らせたり――
「メッキは直ぐに剥がれるものですぞ」
「メッキ言うなし!」
とにもかくにも、クーネは今日、訪問予定の者達に良いところを見せたくてたまらないらしい。
それもそのはずだ。
その訪問者達とは言わずもがな。
「ミュウという子も、陽晴という子も普通ではないのですよ!」
方や、あの魔王の愛娘。方や、砂漠界を救った勇者様の祖国において、由緒ある家柄の姫君にして最強の術士。
「むしろ、クーネの方が対等ではないかもしれませんっ」
「貴女様も一国の女王ですぞ」
「それだけでは足りないかもしれないではないですか! あら、この程度で友達になりたいだなんて、身の程ってご存じ? とか言われたら、クーネはオアシスにダイブするでしょう! ダイブして浮き上がってこないと、クーネは確信します!」
「そんなことを言う輩とは、そもそも対等な友人関係など誰も築けぬと思いますが」
ブルイットが「心配しすぎですな」と溜息交じりに言うも、「ああ、クーネは果たして、そんな凄いお二人と対等でいられるのでしょうかぁ!」と頭を抱えてまったく耳に入っていない様子のクーネちゃん。
どうやら〝対等〟にこだわりすぎて、逆にこじらせているらしい。
もはや、本人の主張する〝くーるクーネ〟の姿はどこにもない。
そこにはただ、初めてできるかもしれない対等な友人というものに極度の緊張をして、嫌な妄想のドツボにはまっている八歳児の姿だけがあった。
「まぁ、そんなことより――」
「そんなこと!? クーネが孤独な女王になるか否かの分岐点なのに、そんなことって――」
「だまらっしゃい。友人も大切ですが、勇者様と前王様がご帰還されるめでたき日であることもお忘れなく」
黒王を打ち倒した救世の勇者――天之河光輝。
彼の偉業を知る王都の民はもちろん、各地に救援に来た異邦人が勇者の仲間であることは既に知れ渡っていること。
そんな彼等に国を挙げての感謝を捧げたいと思う者は、当然ながら数知れず。
しかし、当の本人は救世を成した直後に別世界へGO! である。
一度はハジメや浩介と共に砂漠界へ戻った光輝だが、元よりハジメ達もリリアーナの知らせを受けて急遽かけつけた身だ。おまけに、ハジメ達が砂漠界に帰還するまで一週間ほどかかっている。
そんなわけで、早急に帰宅したかったハジメ達に便乗する形で帰還した光輝であるから、戦勝祝いも簡易なものしか参加していない。
多くの民にとって、特に後方の領地の民からすると、感謝を捧げるどころか一目見ることも叶わず、救世主一行は元の世界へ帰ってしまったという認識なのだ。
おまけに、世間一般ではモアナを娶ったという認識でもある。
救世主に、感謝も祝福も捧げられない民のもやもや感はいかほどか。どれだけ歴史的勝利に湧こうとも、その主役がいないのである。画竜点睛を欠くというか、素直に万々歳していいものかと歓喜を躊躇ってしまうというか、そんな気持ちなのだ。
「あの方は目立つことを嫌うやもしれませんが、だからこそ、できる限り負担のない歓迎式典を提案しなければ。まして、此度はご友人候補のご旅行こそが本来の目的。各地を巡る観光計画に支障があってはなりません」
くどくど、くどくど。ブルイット老のお説教(?)が響く。
唇を尖らせるクーネ。
「ある意味、クーネ様が戴冠して初めての大きな催しです。新たな女王は、たとえ幼くとも新時代を率いるに足りることを示す良い機会です。逆にしくじれば、モアナ様に余計な心配をかけ、何より最も気になされている方々に、それこそ幻滅され――」
「ああもうっ、悪かったです! ええ、集中していないクーネが悪かったと認めますとも!」
歓迎式典に関する書類を寄越せ! と、頬をぷっくり膨らませながら右手を突き出すクーネ。
ブルイットは満足そうに頷き、関連書類を手渡しながら内容の補足説明をしようと口を開く――寸前。
「バァーーーーーンッと私が帰りましたよ、クーネ様!」
「ひぃ!? 何事ぉ!?」
玉座の間の立派な両開きの扉が、凄まじい勢いで開け放たれた。
一応、侵入者が力圧しで入りづらいよう通路側へ開く設計ではある。なので、いつぞやの光輝の部屋のように蹴り開けられたということはない。
だが、それでも三メートルはある両開きの扉が暴風と共に弾けるように開けば、扉を破壊開けしがちなクーネ(実は扉を破壊しがちなのはシンクレア王家の悪癖だったりするが)とて、びっくりするわけで。
クーネが玉座の上で器用に跳ねる。下手をすれば襲撃と取られかねない派手な登場をした者は、女王を前にしているとは思えないほど威風堂々と、否、むしろ図々しいと称しても過言ではない足取りで入ってくる。
「リーリン! ノックをしろと何度言えば分かるのですか! というか扉の前の衛兵は!?」
「顔パスです」
衛兵ぇ! とクーネが睨むと、衛兵二人は揃って視線を泳がせながらも扉をそっ閉じした。
「というか、よりにもよってクーネ様が『ノックをしろ』とか……ふっ」
「なんで笑ったぁ!? 憤慨です! その小馬鹿した顔に、クーネは怒り心頭ですよ!」
顔を真っ赤にして、お行儀悪くもテーブルの上に飛び乗って抗議するクーネ。
その視線の先にいるのは栗色の髪のツインテールと、勝ち気そうな吊り目が特徴の美少女――リーリン・ストールだ。
女王に謁見するとは思えない薄汚れた戦闘装束のまま、肩には妙な斑点模様の染みが広がる麻袋を担いでいる。
なんというか、やたらと貫禄があった。戦士としての貫禄が。あの決戦から半年程度しか経っていないにもかかわらず、まるで数十年を戦い続けた歴戦の戦士のようだ。
「改めて、ただいま帰還しました。式典に間に合って良かったです。それと報告は二つあります」
「な、何事もなかったようにっ」
「あ、これ、お土産です」
ブルイット老が溜息交じりに眉間を揉みほぐす中、行儀悪くもテーブルの上で仁王立ちし続けるクーネの、まさにその足下にゴトッと重そうな音と共に置かれる麻袋。
直後、口紐を解かれた麻袋からゴロリッと転がり出たのは――
「ひょぇ!?」
「おっと、危ないですよ、クーネ様」
切断された異形の牛頭。瞳は虚ろで、額の一本角は砕かれている。
それは〝暗き者〟に相違なかった。この見た目だけは美少女な若き女戦士、狩った〝暗き者〟の残党の首を、わざわざ討伐証明のために持ってきたらしい。
驚きのあまりひっくり返ってテーブルから転落しかけたクーネを、リーリンは事もなげに無詠唱で放った風の恩恵術で受け止めた。以前も歳不相応に巧みであったが、どうやら更に腕を爆上げしているらしい。
クーネを思いのほか優しく玉座に戻しつつ、やっぱり何事もなかったように淡々と報告を続ける。
「牛頭種の頭領が一体〝灰燼アミド〟、この通り仕留めました。奴等の部隊も壊滅済みです。念のため、連隊は引き続き警戒域に駐留させていますが」
「そ、そうですか。というか、わざわざ頭を持って来なくても……リーリンの報告を、クーネは疑ったりしまんよ?」
「首を奪ってこその戦士ですから」
「それ、もはや戦士というより蛮族の思考では――」
リーリンがぬぅっと身を乗り出した。目がカッ開いている。こわい。何かがガン決まっている。クーネは言葉を呑み込んだ。
「自重せよ、リーリン。御前であるぞ」
「ハッ。申し訳ありません」
ブルイット老にたしなめられると、惚れ惚れするほどキレのある動きで姿勢を正すリーリンさん。「なぜ、クーネの時とこうも態度が違うのか……」とクーネがジト目になる。
「リーリン、ちょっと働きすぎじゃないですか? 最前線を望む貴女の希望を聞き、近衛の任を解いて残党掃討戦に加えたのはクーネですけど……こんなギリギリまで戦場に出ずとも……」
「せっかく連隊長に任命いただいたんです。たくさんの部下万歳。やる気充実、です」
そう、実はリーリン、単純な階級だけを見るなら大抜擢クラスの出世を果たしていた。
十六歳という若さで近衛隊に所属するだけでも凄いことなのだが、それが連隊長である。連隊は、王国における戦士団編制のうち師団・旅団の次に戦士を率いる規模だ。
だが、その抜擢にあたり異論を挟む者はいなかった。
残党掃討戦への参加を熱望したリーリンに一兵卒として参戦の許可を与えれば、それはもう目覚ましい活躍というかなんというか。
誰もが少なからず胸に抱く歴史的戦争に実質的な終止符が打たれた喜びなど忘れてしまったかのように、各地に散って潜伏を謀った〝暗き者〟の各グループを猟犬のように嗅ぎつけ、それらの首領の首を狩るわ狩るわ。
リアル「オマエ、コノ群レノ首領デスネ? 首領デショウ? ナラ首オイテケェッ」を実行するリーリンに、歴戦の戦士達が揃って「こ、こいつ戦闘狂だぁ!」と畏怖するほど。
あの決戦の日からほぼ休みなしに戦い続け、比例するように戦闘力も上がり続け、あれよあれよと武功を上げては論功行賞にて出世し、遂には連隊長に任命せざるを得ないところまできたわけである。
任命したクーネが一番引いた。もしかして、近衛の立場が首輪代わりだったのでは? と。狂犬を解き放ってしまった気分である。
「確かに、〝暗き者〟の残党グループはまだ多数存在します。奴等の中から新たな黒王が生まれないとも限りません。しかし、勢力図が大きく人間側に傾いたのは事実です」
故に、あまり無理はしないでほしい。それで倒れてしまっては元も子もない。と言外に訴えるクーネ。
「いったい何をそんなに焦っているのですか? それとも、決戦の日、終盤でしか戦闘に参加できなかったことを未だ気にしているのですか?」
玉座に座り直し、真っ直ぐにリーリンを見つめる。
そこには、先程まで新たな友人のことで一喜一憂していた八歳児の姿はなかった。まだ芽生え始めとはいえ、確かに女王の威厳があった。臣下に心を配る優しき女王の威厳が。
そんなクーネに、リーリンは一度瞑目すると――静かに語り始めた。
「あの日のことを、今でも夢に見るんです」
「あの日?」
「アークエットの陥落を覚悟しながら救援に駆けつけた日です。地下倉庫の上に立って、何千という暗き者を前に、気絶しながらも戦い続けた光輝さんの姿が」
「リーリン……」
あの日、リーリンは真の戦士というべきものを光輝に見た。
守るべき民に、指一本触れさせない。
誰が相手であろうと、どれだけの数が押し寄せようと――不退転。
リーリンの言わんとすることを察して、クーネは困った表情になった。
「つまり、光輝様のように強く――」
「正直、濡れました」
「…………………………………………ん?」
「今も、思い返す度に濡れます」
「…………………………んん?」
「寝こむ光輝さんの看病をしている時も、それはもう襲いたい気持ちでいっぱいでした」
「……」
「私は戦士ですから、国を離れるつもりはありません。最前線こそが私の居場所です。ですが、だからこそ! こうして再会できる日にこそ彼を抱きたいじゃないですか! こう、胸を張って!」
「ぶるいっとぉ~、クーネ、こいつの言葉が分からないです~」
「ご安心ください。分かる必要のない戯言です」
グッと握り拳を掲げて、少しでも戦士の高みへと登り、武功をあげて、相応の地位へと昇り、堂々と想い人と再会して、自分は貴方に相応しい、すごく頑張った、だからご褒美に抱かせろ! と言いたいのだと力説するリーリンさん。
武人的思考に磨きかかっている。地位と実力を上げて、己が欲する異性を手に入れる! とか、もういっそ、そのへんの男共より漢前じゃねぇか……とツッコミを入れたいクーネとブルイット。
嘆息を一つ。
「今のリーリンを光輝様に会わせるのは危険な気がしますね。……お姉ちゃんと修羅場になりそうだと、クーネは思うのですが」
「ですな」
「え? クーネ様? ブルイット様?」
「いっそ、このまま即座に新しい任務を与えて遠方に放逐した方が……」
「ご無体な! 私が何をしたというのですか!?」
「これからしそうだから怖いって話をしてるんですよ!」
とジト目を向けてくるクーネに、愕然とした表情のリーリン。よろりと後退りし、しょんぼりと肩を落とす。
「そ、それがっ、陛下のっ、ご命令とあらばッッ」
「そこまで死にそうな顔しなくても」
根本は変わらず忠臣らしい。
決戦前と比べても随分と気安い言動のリーリンだが、実のところ、それもクーネのためだったりする。
クーネとリーリンでは、王と臣下の立場である以上、どうしても完全な対等にはなり得ない。だが、戴冠式の日、早々に国を背負った幼き女王の決然とした表情を見た時、自然と忠誠を誓うと共に、その瞳の奥に姉を送り出した時と同じ少しの寂しさを感じて、ならば自分が少しでも気の置けない主従になろうと決意したのである。
だから、クーネの命令なら一日千秋の思いで待った想い人との再会も蹴って、血を吐くような有様ながら従おうとする。
なんとなく、その辺の心情を察しているクーネだが、今にも血涙を流しそうな様子には流石に呆れ顔をせずにはいられない。
「リーリン。目が血走っていて怖いです。冗談ですから落ち着いてください」
「……クーネ様、世の中には口にしていい冗談と、してはいけない冗談というものがあるんですよ?」
「お、大げさですよ。クーネは大げさが過ぎると思います! だから、ギラついた目で迫ってこないで……」
「大げさではありません。クーネ様とて、私の気持ちはお分かりになるはず」
「え、いや、気持ち?」
「そうです! クーネ様も光輝さんには惚れ込んでいるでしょう?」
「それはまぁ……クーネとてお慕いはしていますよ? 返しきれない恩もありますし」
「そうでしょうそうでしょう。できれば今すぐ抱かれたいと、夜な夜な嫌らしい妄想をしているはず」
「してないが!? いきなり何を言ってるんですか!? リーリンの変態! クーネはえっちじゃありませんよ!」
「嘘です! クーネ様は嘘を吐いている!」
「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃにを根拠にっ」
ブルイット老が懐中時計を確認し、そのまま黙して書類を片付け始めた。女子二人の生々しいガールズトークは完全シャットアウトらしい。
その傍らで、激しく動揺するクーネちゃん。とっても耳年増なのは周知のことだが、この動揺ぶりは図星か……ならば、ここが責め時! とリーリンは犯人を突き止めた探偵ばりにビシッと指をさす。
「表情を見ていれば分かります! 女の勘です!」
「根拠になってませんし! そもそもクーネは光輝様とお姉ちゃんの幸せを願って送り出したのですよ? あの時、光輝様が帰ると決めた時に、何十年も会えなくなる覚悟だってしていたわけで――」
「それはそれ、これはこれ。夢想するのは自由ですから。私が光輝様の話をする時のクーネ様、表情が嫌らしいです。滲み出てます」
「誰の顔面がエッチですか! いい加減にしないと本当に不敬罪で――」
「最近、侍女達に嫌らしい話を聞いては耳年増レベルを上げているとか。侍女長が怒って部下達を問い詰めてましたよ。八歳の女の子が知る必要のないことを知っている。誰が教えたぁ!って」
だって、滅多に会えなくなる覚悟だったのに、その後、召喚事件から帰還したら異世界間用転移ゲート〝フェアリーキー&リング〟なんてものが作られて、普通に会おうと思えば会える状態になったわけだし……
そうすると、ちょっとばっかし本の中だけではない本物の恋愛というものに興味が出ちゃうお年頃なわけで、仕方ないというかなんというか……
と内心で高速言い訳を並べ立てたクーネは、しかし、分が悪いと見て即時撤退を決め込んだ。
「……ブルイット。今日の執務は、やっぱり執務室ですることにします! ここでは集中できませんしね! 不届き者を素通りさせる衛兵もいることですし!」
羞恥心を誤魔化すかのようにぷんすかと怒りながら玉座を降りるクーネ。
そのまま逃げるように扉まで向かい、取っ手に手をかけたところで振り返った。
そして、真っ赤なお顔で、
「ほ、本当に、クーネはいけない妄想なんてして――」
「愛しのーーーーっ、クーネたぁ~~~ん!!! お姉ちゃんが会いに来たわよーーっ!!」
ドバンッと再び弾け飛ぶように開かれる玉座の間の扉。よく耐えている。そんじょそこらの扉と一緒にされては困るぜ、と言わんばかりの耐久度だ。
まぁ、それはそれとして、取っ手に手を置いた状態で、そんな豪快な開き方をされてしまえば、小さいクーネたんがどうなるかなど分かりきったことで。
「あばらぁっ!?」
通路側へ勢いよく引っ張られるようにしてつんのめる。そのまま顔面から床にダイブ。ビタンッと痛そうな音が広がる。
次いで、しんっとした空気が広がった。
一国の女王が、いっそ芸術的なくらいのビタンッ転倒である。万歳の状態で真っ直ぐに伸びる体勢がちょっと美しい。ツインテールが奇蹟的にシンメトリーに広がって、まるで黄金のクワガタのよう。
一拍おいて、
「キャァアアアアアッ、クーーーーネェたぁ~~~~ん!!」
「むぎゃ!?」
一国の女王をビタンさせた犯人が、悲鳴を上げながら膝を突き、クーネたんを豊満な胸元に力の限り抱き寄せる。クーネたんの顔が完全に埋まり、小さな悲鳴が飛び出る。
「誰がこんなことを! 許せない! お姉ちゃんが成敗してあげるからね!」
繰り返し言うが、そのお姉ちゃんが犯人である。
「い、いい加減にぃいいっ、してください!!」
「はぐぅっ!?」
脇腹に、握り込んだ右手の人差し指の第二関節だけ突き出す形で姉の脇腹を殴るクーネ。
流石、非戦闘員とはいえ戦士の国の女王様だ。元女王様が「す、凄いわ、クーネたん。腕を上げた、わね」と脂汗を噴き出しながらうずくまる。
拘束を解かれたクーネは四つん這い状態で荒い呼吸をしつつ、相変わらずの姉をちょっと睨みながらも「お帰りなさい」の言葉を贈ろうとして――気が付く。
はて、姉がここにいるのはなぜ?
それは当然、今日、帰ってくる予定だったからだ。
一人で?
もちろん、違う。一緒にだ。そう、クーネがずっと良い格好をして少しでも好印象を与えたかった人達と。
「あ~、クーネ。久しぶり?」
「……」
見上げれば案の定、そこには光輝がいて。ちょっと少し気まずそうなのは、もしかすると、耳の良さまで勇者スペックな光輝であるから、扉の向こう側の会話とて聞こえていたかもしれず。
加えて、見た目だけは美しいがどこか病んでそうな大人の女が同情するような眼差しを向けてきていて、おそらく〝フェアリーリング〟を設置してある部屋から光輝達を案内してきたのだろうアニールは見ていられないと両手で顔を覆っており。
クーネの頬は盛大に引き攣った。
ツ~ッと視線を下げると、そこには待望の待ち人が二人。
ミュウと陽晴だ。
驚いた様子で目をぱちくりさせている。が、一拍おいて顔を見合わせると、気を取り直すように頷き合った。
そして、どんな感情なのか目を見開いて口をパクパクさせ始めたクーネのもとへ近寄ると、視線を合わせるため膝を突き、それぞれ片方の手を取って。
「初めまして、クーネちゃん! ミュウはミュウです! 会えるのをずっと楽しみにしてたの!」
「初めまして、クーネちゃん。藤原陽晴と申します。お会いできて、とっても嬉しいです!」
ミュウは弾けるような、それこそ太陽の如き眩しい笑顔で。
陽晴は、これぞ清楚と言わんばかりのお淑やかさで。
二人揃って同じくらい大きな喜びと、親愛を込めて。
何事もなかったかのように、挨拶をした。
自慢の友達と言ってもらえるようあれこれ考えまくっていたのに、いざ、その時が来てみれば、自分はぶっ転びで登場&四つん這い状態。そして、この気遣われようである。
居たたまれない。優しさが痛いとのはこのことだ。
きゅ~~~~~~っと羞恥心で顔に血が集まってくるのが分かる。もう頭は真っ白。
なので、
「……も」
「「も?」」
クーネは意識する間もなく心からの素直な気持ちを叫んだ。
「もう一度やりなおさせてくださぁーーーーーーーーいっ!!!」
砂漠の国の小さな女王様と、魔王の愛娘と、最強の陰陽少女の出会い――
TAKE2。
もちろん、「意味ないんじゃないかなぁ」というツッコミは、全員しっかり腹の奥底へと呑み込んだ。