トータス旅行記53 いつか見た光景
寒暖差激しすぎて風邪引くわ!とツッコミ入れてたら本当に引いた。皆さんもお気を付けください。
それはそれとして、今回魔人族の処遇関係の話が出てきますが、アフターなので毎度のことながら書籍準拠にさせていただいています。書籍版より簡潔に書いたので説明が分かりづらかったらすみません。よろしくお願いいたします!
果たして、純地球産ファンタジー男とハジメが奈落に落ちる前に親しくなっていたら……
なんてIFストーリーの妄想をお茶のお供に休憩することしばらくの後。
「ここが今日最後の見学地、魔王城だ」
強烈な夕日が豪奢な窓から差し込む玉座の間に、〝ゲート〟で移動したハジメ達の姿があった。
人っ子一人おらずしんっとした大広間を、愁や菫達が物珍しげに、あるいは感嘆の溜息を零しながら見回している。
「戦闘の痕はないのだな?」
「随分と激しい戦いだったって雫からは聞いているけど……」
虎一と霧乃が、まるで観光地にある城や宮殿の開館時間外の屋内の如く綺麗に整えられ、どこか物寂しさを感じさせる玉座の間に小首を傾げた。
王城や帝城とはまた違った趣のある異世界の城に見惚れていた智一を筆頭に、薫子と昭子もキョロキョロと周囲へ視線を巡らせた。
「ハジメ君、廃墟というわけではないんだろう?」
「普段からきちんと掃除されているみたいね。香織から聞いた話だと、確か各国が合同で管理しているのだったかしら?」
「それにしては静かすぎる気がするけれど……」
「ええ、薫子さんの言う通りです。なので、戦闘痕も決戦後に修復しました。ただ、この地はちょっと俺達が観光するには微妙な点があるので、事前に連絡して人払いしてもらったんです」
言葉通り微妙な顔をしているハジメを見て、割と詳しく当時の状況を教えられている菫と愁が「あー」と声を揃えた。
「お前、相当暴れたんだもんな。それに、確か魔人族は神域が崩壊した後に昏睡状態で見つかって、今も大半の人達がそのまま封印? されている状態なんだよな?」
「その封印している張本人がハジメだものね……」
「あとは世間一般に〝魔王〟の呼称が通っちまってる点な」
鷲三が苦笑しつつ納得したように頷く。
「自分達の王を打倒した者が新たな王と認知されている。しかも、敵対種族たる人間族に……なるほど。普通に考えれば中々どうして挑発的だ。そこだけ聞くと非道の極みだな?」
魔人族の王でなくとも、悪魔の王という意味なら納得できると、智一達も少しばかり口元を引き攣らせている。
ハジメは肩を竦めつつ説明を加えた。
「それぞれ香織達から聞いてるかもしれませんが、父さんの言う通り、決戦の後、魔人族は魔都の近郊にて発見されました。昏睡状態で」
「ふむ? ハジメ君、君達が助けたのか?」
鷲三が目をすがめるようにして尋ねる。ハジメは「まさか」と苦笑気味に首を振った。
では、どうして彼等は神域の消滅を免れたのか。その疑問にはティオが答えた。
「鷲三殿。おそらくじゃが、フリード……妾達と最後まで敵対した魔国の総大将が救ったのじゃと思う。最後に相対したおり、奴は最期の瞬間に神域へなんらかの干渉をしおった。そして、その時の奴の顔は……本来の心を取り戻していたように、妾には見えたのじゃ」
根拠はないがの? と神妙な顔つきで言うティオ。
今になっては確かめようがない事柄だ。だが、ティオの表情を見れば、半ば確信していることは十分に見て取れた。
「まぁ、氷雪洞窟の試練を狂信者がクリアできるとは思えないですからね。元々は別の、いえ、本来の強い志というものがあったのでしょう」
「……ん。狂信に陥らせるのはエヒトの常套手段だったから」
「……ちょっとかわいそうなの」
ミュウが肩を落とす。恐ろしい目に遭わせてきた敵陣営の幹部の一人だったとはいえ、本来の意志をねじ曲げられていたと聞けば同情の一つもしてしまうのだろう。
「ミュウよ、同情は不要じゃ。妾もそうであるが、洗脳されたこともまた己の不甲斐なさが故よ。その結果は受け止めるべきであろう」
「みゅ……」
「妾も取り返しのつかぬ過ちを犯してしまったが、幸いなことにご主人様達と出会い、どうにか手遅れになる前に己を取り戻すことができた。そこは……非情な言葉ではあるが〝運〟じゃろうて」
「……」
納得し難そうに小さなお手々をぎゅっと握りしめるミュウ。ティオは、そんなミュウの頭を優しく撫でた。救いのない話ではないと、言葉を重ねる。
「じゃが、逆に言えば……あの行き着くところまで行き着いてしまった戦場で、それでも最後に己を取り戻し同胞を救ったのじゃ。妾なら、あの世でエヒトにこうしてやる」
「……?」
顔を上げたミュウに、そして耳を傾けている他の者達によく見えるように、ティオは不敵な笑みを浮かべて、なんと大変お下品なことに中指を立てた。
そして、あたかも目の前にエヒトが、あるいは直接、洗脳の術をかけただろうアルヴがいるかのように感情を込めて。
「してやったり」
そう言ってのけた。ミュウがお目々をぱちくりしている。ハジメ達も「なるほど。そういう見方もあるか」と少し驚いている。
「俺はエヒトの思惑全てをぶち壊すつもりだったが……魔人族のことは完全に頭から抜けていた。というか意識するほどの対象じゃなかった。だが、エヒト側からすれば良い道連れだったのかもな」
最初に洗脳した神代魔法使いが、最後の最後で裏切った。ささやかながらも己の思惑を外す行為を成し遂げた。
それはそれは、自分を全知全能と信じて疑わないプライドがエベレストなエヒトからすれば腹の立つことだろう。
「……ん~、当時はエヒトもそれどころじゃなかっただろうから感知はしてないだろうけど……知っていれば、顔を真っ赤にしてたかも?」
「まぁ、ハジメさんやユエさんと相対して二度も逃げ延びているあたり、しぶとさは認めなくもないですね。私からすると今も変わらずむかつく敵という印象ですが」
「そこは妾も同じじゃよ。ただ、白竜が半身を消し飛ばされても自らの意志で盾となり、フリードもまた相棒となら共に逝くのも良いと最期を受け入れた。その〝竜と人の絆〟を見てしまったのでなぁ」
「その絆で、神の洗脳を最後の最後にはね除けたってなら……確かに、お前なら、いや、竜人なら心に留め置くか」
「うむ」
「お前も、いつも俺達の盾になろうとするしな」
「絶対、死ぬなんて結果にはしませんけど……ふふ、私、ティオさんとなら最期を共にしても良いですよ?」
「……同じく。あと言っておくけど、私達の絆の方が圧倒的に強いから。三千世界で一番だから」
「ユエってば、そこで張り合わなくても……ま、私も同じ気持ちだけどね!」
香織に続いて雫、愛子、ミュウ、そしてレミア、リリアーナも勢いよく後に続く。決して縁起の良い話題ではないはずなのに、菫や愁達はほっこりと優しい表情だ。
目を丸くしつつも、ティオがなんとなしにハジメを見やれば、ハジメもまたちょっと照れくさそうに、
「シアに同意で」
なんて言うものだから。
「ぅ~、そうじゃな……くふっ、その通りじゃっ」
ティオは嬉しそうに同意しつつも、顔を真っ赤にしてパタパタと後ろを向いてしまった。かんざしの飾りと長い黒髪が気持ちをあらわしているようにぴょんこっぴょんこっと跳ね回っている。
更にほっこりした雰囲気が漂う中、とはいえフリードの話を聞いたせいか、やはりこの点は気になるらしい。智一が、ハジメに対するにしては珍しくおずおずとした様子で尋ねる。
「えっと……ハジメ君。魔人族の人達を起こす予定は……その、あるのかい?」
いろいろ封印しておかないといけない事情はあるだろうと思いつつも、やはり一種族全体が自由を剥奪されているというのは、一般人の感性からしても引っかかるものはあるのだろう。
「既にその判断は俺の手を離れていますよ」
肩を竦めたハジメの視線がリリアーナへと移った。意図を汲んで、リリアーナが智一達の前へ出る。
「魔人族の覚醒に関して、その時期や人数などは王国、帝国、公国、そしてフェアベルゲンにおける定例会議において議論し、その総意に基づいて判断・実行することになっています」
彼等を一斉に起こすことはしない。ただ、様子を見ながら少しずつ覚醒させていくことに各国は異論を唱えていない。神なき今、集団心理にさえ気を付けて少人数ずつ説得するなら共存の未来もあり得る、それが望ましいという考えで一致しているのだ。
「智一さん、もう連中の処遇については俺の許可は必要としていないんです。封印解除のアーティファクトはリリィ達に委ねているんですよ」
「そうだったのか……確かに、この世界の種族同士、国同士の未来の話なんだ。それを担う方々に任せるというのは、うん、良い判断だと思うよ」
「ねぇ、リリィ。私達が日本に戻ってから起こした人はいるの?」
実は気になっていたのだろう。香織が興味深げに尋ねると、リリアーナは微笑を浮かべて頷いた。
「二百人ほどの方々が封印を解かれていますよ」
「ふむ。魔人族全体から見れば微々たる数じゃが……」
「……未だ王国が復興に力を注いでいることを考えると、割と多い?」
「国民の一人一人が強力な魔法使いですからねぇ。二百人は立派な戦力ですよ」
「各国から派遣された駐屯軍がいるとはいえ、魔人族の人達が反旗を翻す危険性を考えると、ね? ゲリラ戦なんて最悪の展開じゃないかしら?」
雫の懸念こそが封印の理由だ。愛子とレミアが少し心配げに眉を八の字にしてリリアーナを見やる。
「多くの同胞が封印された状態では……こう言いたくはありませんが人質を取られているようなものです。安易な争いはしない……と思いたいですが」
「リリィさん、何か問題が起きたりは……」
「ご心配なく。反魔王派だった方々が本当によく協力してくださっていますし、各国からの使節団の人員も思想・人格的に厳選していますから、目立った争いは今のところ報告されていません」
「「反魔王派?」」
目をぱちくりとさせたのは昭子と薫子だった。娘からの帰還後のお話にも出てこなかった単語だったからだ。
ハジメ達の帰還後に世界定例会議で決めた呼び名であるから当然だろう。リリアーナは「失礼しました」と言葉を改めた。
「実を言いますと、あの日、神域に入った魔人族は全てではないのです」
できれば他種族との共存を、それが無理でも平和を強く望む穏健派は、ずっと以前から、それこそ数百、数千年前から魔人族の中にもいた。
多くは思想教育されたり、秘密裏に消されたりしたものの、全てではなかった。彼等の一部は、あくまで魔人族至上主義を崩さない魔国に愛想を尽かし、南大陸の辺境に隠れ里を作ってひっそり暮らしていたのである。
「魔国の方針に反対していた彼等は決戦後、少しずつですがこの魔都に集まってきました。そして、いつかの共存を望む我々の考えに賛同し、封印された同胞や魔都の管理、そして覚醒させた同胞の説得を買って出てくれたのです」
「そういうことか。使節団は共存のためだと」
「ええ。お互いの思想や信条、文化や価値観を少しずつ伝え合い、折り合いをつけることが目的です。……聖教教会が一新され、私達人間側の価値観も大きく変化していますから」
ちなみに、とリリアーナはいかにも無関心そうなハジメを横目にくすりと笑みを浮かべて言った。
「この共存プランは、ハジメさんが素案を作ってくださったんですよ?」
「「「「「……へぇ」」」」」
「なんでニヤつく」
それはまぁ、愁や菫だけでなく他のご家庭の親御さん達もツンデレぇ~と思っているからだろう。
ユエとシアまでニッコニコで指摘する。
「……ハジメなりの、解放者達へのお礼と弔い」
「ミレディさん達は魔人族も救おうとしていたはずですしねぇ~」
「俺的に魔人族は眼中にない。……が、まぁ、命が助かったんならわざわざ刈り取ることもないだろ」
「「「「そうですねぇ~~」」」」
「なの~♪」
香織と雫、愛子にレミアまでニコニコ。ミュウもすっかり満面の笑み。
これにはハジメさんも大変居心地が悪そう。ごほんっと大袈裟に咳払いを響かせ「とにかく!」と少々強引に話を先へ進める。
「隠れ里にいた連中はともかく、起こした魔人族達からすれば俺は今までの全てを壊した不倶戴天の敵だ。王都侵攻の時も、この魔王城でも相応の魔人を殺してる。そんな奴が――」
「呑気に〝観光しにきた〟なんて分かったらせっかくの使節団と魔人の交流に水を差しかねない、か」
「そういうことだ、父さん。だから事前にここの責任者に連絡して、まとまった時間、この玉座の間近辺からは人払いするよう取り計らったんだよ――――ヘリーナが」
「ここでヘリーナ!!っていうかいつの間に!!」
案の定(?)、リリアーナが咆える。ほんと、どれだけ自分の知らないところでやり取りしているんだろう? 問い詰めねば……今夜はとことんヘリーナを追い詰めねば!! わたしぃ、姫だものッッ!!
と、リリアーナから並々ならぬ熱意がオーラのように立ち昇っているのを尻目に、
「ねぇ、ハジメ。本当に観光なんてしていいのかしら?」
「不快に思う人達がいるなら、無理にとは言わないぞ?」
菫がなんとなしに扉の方を見やり、愁は智一達に視線で「な?」と問う。当然ながら、智一達も頷く。
元より、最も見たかった氷雪洞窟の見学は十分に見ることができたのだ。既に本日の観光としては満足感もある。どうしても言うほどではなかった。
「父さん達は勘違いをしているみたいだな」
「勘違い?」
「何よ?」
「いいか、余計な波風を立てる必要はないが、だからと言ってここをスルーなんて俺が許さない。父さん達に拒否権はない! 断固たる意志を以て強制する! じっくりゆっくり見学していけッッ」
「「いったいどうした!?」」
唐突な息子の熱血にドン引きする両親。もちろん、智一達も目を白黒させている。
「……ん~、私としても体を乗っ取られるという大失態を見せた場所だからちょっと恥ずかしいし、スルーでも良かったけれど」
「そうだな。あの時のお前はアルヴの口撃でゆらゆらするわ、あっさり光柱に閉じ込められるわ、客観的に見ても黒歴史って感じだったな」
「ハジメぇ!?」
ハジメさんからユエ様へのまさかの酷評! 普段から「俺、何度もさらわれたり人質になっちまう系のヒロインってイラッとするんだよなぁ」と公言しているだけはある。
「す、すごいレアシチュですよ。ハジメさんがユエさんに言葉の右ストレートをぶち込むなんて……」
「やぁ~いやぁ~い! ユエのお~まぬ~けさん♪」
「香織、ここぞとばかりに煽らないの」
「流石に、あれは仕方ない面があると思うんじゃがなぁ。というか、ご主人様もユエの鬼門であったディンリード殿を出されては仕方ないと言っておったじゃろに……」
「あぁっ、ユエさんが真っ白に……とにかく心のお薬を――注入!!」
愛子の魔法で桃色に輝くユエ様。ちょっぴり涙目でハジメを睨む。が、ハジメは気にした様子もなく真顔でユエの両肩をガッとした。
「……ハ、ハジメ?」
「だからこそ、お前にこそ見てほしいんだ、ユエ」
「……んん? 私に? エヒトに乗っ取られた後のことだから?」
「そうだ! 父さん達に見て欲しいのももちろんだし、なんなら全世界同時上映してやりたいくらいだ。なんてたって全世界が感動と称賛の嵐に呑まれ、もし金を取れば興行収入は天文学的数字となること間違いなしの素晴らしい光景なんだ! だがしかし! それでも敢えて観客を選ぶなら、ユエ! お前にこそ見てほしいッッ!」
「ちょ、ちょっ、落ち着いてハジメぇ!」
「あ~、私、なんとなく察したわ。ねぇ? レミアさん」
「そうですね、雫さん。うふふ……気持ちは嬉しいです。本当に頑張りましたから」
雫とレミアがハジメの意図を察して苦笑気味に視線を交わせば、シア達も理解したのだろう。
「なるほどです。あれは確かに、この過去を振り返る旅行において見逃すわけにはいきません」
「うむ、是が非でもお義母上殿達には見てもらわねばな」
「そうですね。小さな勇者様が、こわ~い魔王様に立ち向かって勝利したお伽噺みたいな光景でしたからね」
リリアーナがこれ以上ないほど優しく目を細めてハジメの傍らに視線を落とす。釣られるようにして他の者達も視線を移した。そう、
「みゅ?」
突然の注目にキョトンとした表情をさらすミュウへ。
「ユエを連れ去られて暴走しちまった俺を止めてくれたミュウの勇姿、そして、お前の代わりに俺達を支えてくれたミュウの頑張りと心遣いを、是非、見てやってくれ」
「……なるほど。決戦の後、話は聞かせてもらっていたけれど、ん! それは絶対に見たい!」
「だろ? そのためなら魔人族の気持ちなんぞ知ったことじゃない。文句があるってんなら、今度は物理で昏睡させてやる」
「パ、パパ? 落ち着いて、ね? せっかく仲良しになれるかもしれないのに、ミュウのために争わないでほしいの」
ミュウから魔性の女みたいなセリフが出たが、取り敢えずスルーして。
得心したユエは早速、念のために玉座の間全体に防音と外部からの不可視化機能を持った侵入防止結界を施した。同時に、香織が過去再生を発動する。
何やらミュウが活躍したらしいと理解して、智一達も興味深げに浮かび上がった過去映像に注目し出す。
ハジメ達を囲う複数の使徒に息を呑み、今は亡き中村恵里の姿に愁達が複雑そうな感情を見せている。
だがその表情も、玉座を挟むようにして存在する二つの檻の中を見て、直ぐに憤りと憂慮の色に変わった。
怯えながら抱き合うミュウとレミア、そして満身創痍となっているクラスメイト達。
愛子とリリアーナ、そして辻綾子が中心となって重傷者へ必死の治療をしているが、特に優花と浩介、そして重吾や淳史の怪我が酷い。ともすれば、既に死んでいるのではないかと思うほどギリギリの状態に見える。
「勇敢だったんですよ。園部さん達も、永山君達も最後まで。私は命を繋ぎ止めるので精一杯で、何もできませんでした……」
「使徒と戦ったんだったか?」
王宮からさらわれた当時を思い出しているのか、悄然と肩を下げながら頷く愛子。
ディンリードに扮したアルヴヘイトが戯言をペラペラとしゃべっている中、ハジメ達が興味深そうに自分を見ていることに気が付いて、愛子は映像の中の優花達を複雑な眼差しで見つめながら口を開いた。
「あの子達が使徒相手に無謀ともいえる抵抗をしたのは、仲間を守るためだったんです」
「畑山先生、それは抵抗しなければ、誘拐以前に誰かが殺されていたという意味ですかな?」
鷲三の質問に愛子は再び頷いた。
「使徒にとって、ハジメ君と関わりの薄い子達は人質としての価値がなかったんです」
「ハジメ君と関わりの薄い……王宮に引きこもっていた子達のことですな?」
「はい。ただでさえハジメ君はクラスメイトと関わりを持とうとしませんでしたから、戦う意思すら持てないなら、神の駒にもなり得ない。故に処分すると」
「なによそれ、勝手すぎるじゃない」
昭子が憤りもあらわに思わず声を張り上げれば、愛子は「園部さんも、そう叫んでたよ」と苦笑いを浮かべた。
「なるほど。ああなるまで抵抗したのなら……俺に対する人質ではなく、園部達への人質にならなると考えられたわけか」
「はい。あの子達の決死の抵抗が命を繋いでくれたんですよ」
そこで何かを思い出したようで、くすりと笑みを浮かべる愛子。意味ありげな視線を送られて、ハジメが首を傾げる。
「使徒が言ったんです。無能のために命をかけるのかって?」
「無能、か……」
「ええ。そしたら園部さん、怖くて震えてるのに、精一杯誰かさんそっくりの不敵な笑みを浮かべて、こう言い返したんですよ?」
――あんたの仲間は、無能と呼ばれていた人に負けたじゃない
「ふふ、あの使徒が思わず閉口してました」
「ははっ、そりゃ痛快だな」
神の決定なんてクソ喰らえ。仲間は死んでも見捨てない。
そう優花が咆えたからか、使徒はただ守られるだけだった生徒達に今一度、駒としての価値を見い出したのだ。
「ハジメ、お前はもう優花ちゃんに対しても責任取った方がいいんじゃないか?」
「なに言ってんだ、父さん」
「ハジメ、釣った魚に餌をあげないのは残酷なことなのよ?」
「釣ってねぇよ」
「あなた、今度一度、園部さんのお店に行きましょう。ご両親ともお話しないと」
「そうだな。本人達に任せていたらお先真っ暗だ」
「……行かせねぇからな」
「ねぇ、ユエ、私達も優花ちゃんと一度、きちんとOHANASIした方がいいね!」
「……ん。放っておいたらさりげなく愛人ポジに収まりそうだし賛成」
ユエさん、流石は正妻様。良い勘をしていらっしゃる。
自分の知らないところで外堀が埋まっていきそうな優花ちゃんに多少同情しつつ、霧乃がふと頭を過った疑問を口にした。
「畑山先生? 一つ疑問なのだけど……浩介君もまったく歯が立たなかったのかしら?」
「あ、そういえば」と疑問を孕んだ声音が次々と漏れ出す。この旅行で、浩介の異質さというか、特異さはよく理解したから、為す術がなかったというような愛子の説明には違和感を覚えたのだ。
「確かに、決戦の時の遠藤君、私に次ぐ撃破数だったはずだよ。私みたいな使徒スペックでもないのに、とんでもない勢いで使徒を暗殺してたよ」
「ラナさんに惚れて覚醒したって話は聞いてますけど……それにしたって、手も足もでなかったとは思えないですね?」
香織とシアも首を傾げる。答えたのはリリアーナだ。
「これ、永山さんや野村さんから聞いた話なんですが……遠藤さん、実は精神的に落ち込むと存在感が増すそうです」
「「「「なんて?」」」」
意味が分からなかった。親達どころかユエ達も目を点にしている。あまりに理解し難い発言に、香織さん、過去映像を一時停止。ちょっとそこ詳しく、と話の続きに集中する。
「遠藤さん、随分とメルド団長を慕っていたようで、ハジメさん達が王都を去った後も相当落ち込んでいました。慰霊碑の前に呆然と立ち続けていたりして……」
リリアーナから見ても、遠藤の落ち込みようは酷かったらしい。あまり眠れておらず、食事もろくに取っていないと親友二人から相談を受けたくらいに。
「そんな有様でしたから、皆さん酷く心配していたんです。……ええ、しょっちゅう遠藤さんを思い出しては大丈夫だろうか、と」
「「「「「あり得ない!」」」」」
「はい、あり得ないです。普段なら」
心配する以前に、存在を忘れられる男――それが遠藤浩介。それが四六時中、誰かに心配されていた、気に懸けられていたなんて怪奇現象だ。
「どうも永山さん達曰く、昔からそうだったみたいですね。落ち込みの酷さに比例して存在感も増していくようです」
「あいつ、やっぱ妖怪なんじゃね?」
ハジメの端的な指摘に、誰も異論は述べなかった。むしろ納得しそうだった。
そう遠くない未来において、とある陰陽少女が同様の話を聞き「やはり遠藤様は……」と満面の笑みを浮かべ、何か怪しげなお札をこっそり浩介に貼り付けようとしたりするのだが……それはまた別のお話。
「とにかく、当時の遠藤君は状態異常で常人になっていた、ということなのですな?」
「はい、そういうことです」
鷲三のまとめに、「状態異常で常人になるとは、いったい……」と誰もが首を傾げるが、まぁ、遠藤君だしいっか! とスルーすることに。
過去映像、再開。
『このドカスが。挽き肉にしてやろうか』
問答の末に起きたのが、躊躇いも容赦もない叔父様へのヘッドショット。びゅ~てぃふぉ~。
「ハジメ、あんた……」
「いや、中身がアルヴだって分かってるだろ、母さん」
「見ろよ、ユエちゃんの表情。トランプタワーに挑戦して前人未踏の高さまで積み上げたのに、最後の二枚を立てる寸前で横合いから突き崩された人、みたいな顔になってるだろ」
「なんだその例え。父さんの経験談か? 想像しただけで殺意が湧くんだけど」
「ちなみに、突いたのは私よ」
「母さんかよ! あんまりだろ!?」
「結婚記念日なのに私を置いて推し事に行ったことを根に持っていたものだから」
「それは……まぁ、仕方ない――」
「あれはお前が〆切直前だったから!」
「〆切と推し事、どっちが大事なのよ! 私の旦那なら缶詰にされていた私をさらってイベントに行くくらいしてほしかったわ!」
「それはごめん! 担当編集さんが怖くって! メールで警告文を送ってきたし!」
「あ、結婚記念日をすっぽかしたことに怒ってるんじゃなくて、一緒にいけなかったのを怒ってるのか……というか、〆切は優先してくれよ……担当編集さん、両親が苦労かけてすんません……」
なんて、凄く気になる親子の会話(智一はツッコミたくてうずうずしている)の間にも場面は進み、
『なぁにがっ〝私の可愛いアレーティア〟だボケェ! こいつは〝俺の可愛いユエ〟だっ!』
だぁ! だぁ! だぁ! と木霊するハジメの魂の叫び。そして、頬を赤らめもじもじと身悶える過去のユエさん。
ここが敵地で、切羽詰まった状況であることを忘れそう。
ほんと流れるようにイチャつくなぁと、シリアスな状況なのになんだかほのぼのしてしまう智一達。
だが、それもここまでだ。
「うぅ、この先はあんまり見たくないの……」
「ミュウ……ええ、そうね。ママも同じよ」
レミアのスカートに顔を埋めるミュウ。その姿に親達がぎょっとする。
好奇心旺盛なミュウである。今まで過去映像を見たいとねだったことはあっても拒否したことはないから。
だが、そんなミュウやレミアの心情は直ぐに理解できた。理解させられた。
怒濤の如く押し寄せ、目まぐるしく変わる展開。
そして、
「「ハジメ!?」」
「「「「「――ッ!?」」」」
ユエにより、腹に穴を開けられたハジメの姿に息を呑む。絶句する。
「……ほんと、腹が立つ。私の体でよくもハジメを……でも、それ以上に私自身に腹が立つ。過去に戻れるなら自分で自分をぶちのめしてやりたい」
ギリリと歯を鳴らし、まるで親の仇でも見るような目で過去の自分を睨むユエ。
落ち着けと、ハジメがその頭を優しく撫でる。
「……あのハジメ君達がここまで一方的に……」
「ハジメ君達は、あんなものと戦って勝ったというの?」
智一と薫子の声が震えている。昭子は口元を手で押さえ青ざめており、八重樫家の面々も表情は極めて険しい。
降臨した神と、その勢力の力は想像を絶していたのだろう。
言葉一つであっさり無力化され、あっという間にボロボロになっていくシア達。裏切った光輝や、恵里が手にした破格の力。
死んでいないことが理解できないほど、おびただしい血を流しながら足掻くハジメ。
だが、無情にもユエを乗っ取ったエヒトは、神域へと去ってしまい……
『ユエェエエエエエエエエエッ!!!』
慟哭にも似たハジメの絶叫が響き渡った。過去から時を超えて、菫や愁達の心さえ引き裂きそうな悲嘆と怨嗟が入り交じる叫びだった。
誰もが胸元を押さえ歯を食いしばる。そう、せざるを得なかった。聞いているだけで、どうにかなってしまいそうだったから。
「……ハジメ、本当にごめんなさい」
「謝るな、ユエ」
ハジメの腰元にしがみつくようにして、涙を堪える震え声で謝るユエ。優しい手つきで頬を撫で、ハジメはそっと顔をあげさせた。
「さっきは黒歴史なんて言ったけどな……俺がお前を守って、お前が俺を守る。そう約束したのに守り切れなかったのは俺だ。みすみす連れて行かせた……俺の方こそ、すまなかった」
「……それで謝られたら立つ瀬がない」
「だろ? 俺も同じだ。だから、何度も謝らなくていい」
「……んぅ」
二度目はない。今度こそ、お互いを守り合って最強だと、寄り添い、微笑み合うユエとハジメは、過去映像の悲惨さを幾分か和らげるに十分な力を持っていた。
愁達の表情が少し和らぐ。シア達も目を細めながら、ハジメとユエの周りに集まって肩を叩く。
「私達も忘れないでくださいよ? お二人だけで最強なら、私達が加われば無敵なんですから!」
シアの言葉に香織達も力強い笑みを浮かべて頷く中、まるでシア達だけじゃないぞと主張するみたいに、過去映像の中でも奮い立つ者が。
優花だ。ハジメがうつ伏せのまま動かなくなり、シア達もやられて動けずにいる中で、恐怖に震えながらも、神や使徒の目を盗んで仲間に状況打開の一手を伝えていく。
ハジメ達も初見の光景だ。自然と過去映像の中のクラスメイト達のもとへ歩み寄り、近くで当時のやりとりを見る。
『見てただろっ、王宮で! 俺は手も足も出なかった! 俺なんか役立たずだっ。出し抜けるわけがないっ』
この場の全ての目と意識をかいくぐり、怪我で動けないシアを連れてくること。更に、使徒が回収し腰に下げている香織の双大剣も盗み取ってくること。
それが唯一可能な、作戦の最大のキーパーソンたる遠藤浩介が、完全に自信を喪失した青白い顔で拒否している姿が見えた。
そんな浩介に、優花は悲壮な、それでいてハッとするほど強烈な意志で輝く瞳を以て言い返した。
『無駄にしたくないのよっ』
ハジメに助けられ繋いだ命を、無駄にしたくない。このまま何もせず、無意味に死ぬわけにはいかない。
そう伝えられ、その瞳を見て、浩介の顔色が徐々に変わっていくのがよく分かった。
言葉なんてなくても分かる。浩介の脳裏に、誰の姿がよぎっているのか。
敬愛する兄貴分。メルド団長に恥じない人間でありたい。その想いが、浩介に意志の力を取り戻させていく。
『やってみる』
映像ごしでも分かった。否、分からなくなった。復活する存在感の希薄さ。
映像で、更に注目しているからこそ辛うじて追える冗談のような気配殺し。
緊迫する状況の中、使徒も魔物も屍獣兵も関係なく目前をするりと移動して、眷属神の意識すら欺き、いっそ堂々とシアを背負って戻ってくる光景のなんと冗談じみたことか。
そこから始まる反撃。
『辻綾子さんでしたか? 回復感謝です! そこの見知らぬ人も!』
『えっ、あの、会ったことあるんだけど……』
そして、復活する浩介の不憫さ。
「「「「シア……」」」」
「シア、お主という奴は……」
「シアちゃん、お義母さんもこれは流石にかわいそうだと思うわ……」
「シアお姉ちゃん……」
「いやいやいやっ、こればっかりは仕方ないですよっ!!」
見事に双大剣の奪還までやってのけたというのに……完璧な仕事をしたというのに……
復活してもしなくてもかわいそうな浩介はさておき。
反撃は長く続かず、ミュウがアルヴの手に堕ち――そして、
「ティオさん、愛子さん、念のため皆さんに精神保護をかけた方がよくないでしょうか」
「レミア?……ああ、いや、そうじゃな」
「確かに、その方が良いですね」
レミアの懸念を察してティオと愛子がダブルで精神保護の魔法をかけた直後、それは起きた。
「「「ひっ……」」」
思わず引き攣った声を漏らしたのは白崎夫妻と昭子。八重樫家も頬を引き攣らせ、体の震えを押さえ込むみたいに握り拳を作っている。
映像越しで、かつ魂魄魔法をかけてなお見た者を発狂させかねないハジメの鬼気が、そこにはあった。
この世の怨嗟という怨嗟、憤怒という憤怒を煮詰めて醸成したような黒々とした瞳、全身から放たれる殺人的な真紅のオーラ。
――何もかも消えちまえ
極限の感情が生み出した、世界の全てを呪い抹消する概念魔法が生み出された瞬間だった。
腹に穴を開けたまま、全身を血に染め、真紅のオーラをまといながら幽鬼の如くふらりふらり。なのに、近づく者も逃げる者も、一切合切が抵抗すらできずに分割されては消滅していく。
悪鬼羅刹を体現したような姿に、さしもの愁と菫も絶句し、戦慄する。
「いや、本当に恥ずかしい。俺にとっても黒歴史だな。やっぱ、魔王城での出来事は」
「ハジメ……」
ともすれば気を失ってしまいそうなほど強烈な過去映像を前に、ハジメから響いた恥じ入るような声音はちょっとした清涼剤だった。
息を忘れかけていた者達がスゥッと勢いよく深呼吸する。
「もしかすると、これは俺の成れの果ての姿――その一つなのかもしれない。ユエと出会えていなければ、帰郷の願望のために全てを犠牲にするこんな奴になっていたのかもしれない」
だが、そうはならなかった。ハジメはユエと出会ったし、そして、シアとの出会いからたくさんの大切を作ることができたから。
その大切の一つが、ユエの代わりにハジメを繋ぎ止める。
「ほら、よく見てやってくれ。俺の自慢の――小さな勇者様のご登場だ」
それはそれは誇らしげに、本人より胸を張って指をさすハジメ。
その先に、
『パパっ、ダメなの! いつものパパに戻って!』
言わずもがな、ミュウがいた。
感情の極致にあるハジメの暴走は、神域に入り遅れた魔人族の民間人にも容赦なく向いた。クラスメイトでさえ無差別に殺されかねない状態なのだ。降伏宣言したくらいで、〝敵勢力〟の存在が見逃されるはずもない。
今まさに、魔人族の親子が消されるという寸前で、誰もがハジメの鬼気に呑まれて止めきれぬ中で、ミュウだけが躊躇わずに駆けたのだ。両手を広げて、ぐっと踏ん張って、ハジメの前に立ちはだかったのだ。
愁や菫を筆頭に、親達の目が見開かれる。驚愕のせいだけではない。だって、話には聞いていたから。
だから、その瞳に湧き上がった一番の感情は、まさにヒーローを見る感嘆と称賛の色で。
『ミュウは負けないっ。今のパパになら、ミュウは絶対に負けないの!』
不退転の意志。
向けられたことのないパパの酷薄な言葉、眼差しを正面から受け止める姿には、その意志がはっきりと見て取れた。
パパを、この先へは行かせない。
パパの心を、これ以上奈落の底に落としはしない。
絶対に引き戻す。繋ぎ止めてみせると。
かつてユエが、その存在を以てしたことを、ミュウは明確な想いを胸にやったのだ。
圧倒的。そう称しても過言ではない意志の輝きは、確かに厄災に等しい概念を生み出すほどの正気を失っていたハジメにすら届いていた。
反応する。動きが止まり、顔がしかめられる。
「……なるほど。これは確かに〝勇気ある者〟。ミュウ、ありがとう。貴女は本当にすごい子。私よりもずっと」
映像の中で、ミュウの勇気に当てられた香織達も飛び出した。香織の強烈なストレートパンチが、今度こそハジメを正気に戻す。
「ユエお姉ちゃん、それは違うの。ミュウは、ユエお姉ちゃんや皆をお手本にしただけなの。ミュウだって、守り合って最強なの!」
ふんわり笑顔を見せるミュウは、本当に特別なことをしたという意識はないらしい。
実際、ユエ達を意識してのことなのだろう。
過去映像の中でハジメが蘇生措置を受け意識を取り戻した後のこと。
ハジメの生還を喜び、ユエを奪われた悲しみと憤りに溺れぬよう各々が頑張って軽口を交わす中で、
『むぅ~、どうして避けるの! ユエお姉ちゃんの分まで、ミュウがパパを元気づけようとしたのに!』
『ミュウ……』
『シアお姉ちゃん達も、みんな寂しそうなの。だから、ミュウがみんなにチューしてあげる。チューは心を元気にするおまじないなの』
ハジメにキスをしようとしたミュウが、そんなことを言った。精一杯お姉さんぶって。
誰を真似ているのかなんて一目瞭然。
当然、おまじないを教えた張本人が分からないはずもなく。
「ミュウーーーッ!!」
「にゅわ!? ぐ、ぐるぢぃ~~~のぉ~~~っ」
感極まったユエに抱き締められて、ミュウがあっぷあっぷと身悶える。
普通ならユエを諫めて助けるところなのだろうが……この時ばかりは逆だった。
「ミュウちゃん! 本当に良い子! おばあちゃん感動したわ!」
「本当に、本当にっ、うちの馬鹿息子を助けてくれてありがとなぁっ」
菫と愁もぶわっと漫画みたいに感涙を溢れさせながら、ユエごと包み込むようにミュウを抱き締め、
「うぅ、改めて見ると自分達の不甲斐なさとミュウちゃんの強さに感動ですぅ!」
「本当に、レミアよ! お主の娘は天晴れ見事じゃな!」
「ふふ、ありがとうございます。ええ、自慢の娘です♪」
「今からでも遅くないよ! ミュウちゃん! 香織お姉ちゃんにチューして!」
「あら、じゃあ私にもしてもらおうかしら?」
「結局してもらってませんからね~」
「ぜひしてもらいましょう!」
シアもティオもレミアも、そして香織も雫も愛子もリリアーナも、こぞってミュウを抱き締める輪に加わり、とうとうミュウの片手だけが人混みから突き出し宙を掻くという状態に。
まるでゾンビの群れに襲われている人のようだ。
その光景に目を細めながら、ハジメは同じような尊いものを見るような眼差しになっている智一達に聞いた。
「どうでした? 一見の価値が、いえ、この旅でも最も価値ある過去じゃありませんでした?」
「……香織の試練こそがぁ~と親としては言いたいところだが、ふぅ……認めざるを得ないな!」
「ええ、本当に素晴らしい光景だったわ」
「ハジメ君が外せないと言った理由がよく分かったわね」
智一、薫子、昭子と続き、鷲三達も掛け値なしの称賛を口にする。〝魔王の娘〟という呼び名は、どうやら単なる呼び名以上に、ミュウにこそ相応しい呼び名であるようだ、と。
それからしばし。
「うぅ~、唇がヒリヒリするのぉ」
揉みくちゃにされていたミュウが、ようやく解放された。
結局、感極まったユエ達が中々離してくれないので、全員のほっぺにチューすることで荒ぶる魂を鎮めたらしい。魔王の娘は、巫女の資質もあったようだ。
骨抜きにされたみたいに「うぇへっへっへ~」と恍惚顔になっているユエ達の姿は、お姉ちゃんズというより、110番されちゃうタイプの危ない人にしか見えないが。
「ハジメ…………」
「ん? 父さん、どうした? そんなしょんぼりして」
「カミソリ、持ってないか?」
「カミソリ? なんで?」
「お爺ちゃんはおヒゲがジョリジョリで痛いからイヤッて拒否された……」
「あぁ~、もう日も沈む頃合いだし、そりゃ生えてくるか」
「うん……」
「プークスクス~、あなたザマァ」
「なんのザマァだよ! ゆる゛ぜん゛」
犬も食わぬ夫婦喧嘩はさておき。
その後の決起集会の様子も見ておこうかとなったその時、不意に複数の気配がこちらに向かってくるのをハジメ達は感知した。
「おかしいな。見学が終わったら連絡すると伝えたはずなんだが……」
「ヘリーナが伝達ミスするとは思えません。もしや、私達の来訪が魔人の方々にバレたのでしょうか?」
「……結界を抜いて感知された気配はないけど、人払い自体を怪しんだ?」
「どうする、ハジメ君?」
「一応、一番見たいところは見たのだし撤退するのもありよ?」
雫が視線を巡らせば、少し残念そうではあるものの鷲三達も頷く。
だが、ちょっとばかし判断が遅かったらしい。
流石は魔法に最も長けた種族というべきか。どうやらなんらかの魔法を使って高速移動しているようで、あっという間に玉座の間の両扉までやってきてしまった。
ここまで来れば喧噪も聞こえてくる。
制止する複数の声と、どうしても会いたいのだという老人のものっぽい声音が複数、押し問答しているようだ。
一応、ハジメ達の来訪は責任者以下少数にしか伝えないよう指示したはずだが、扉の向こうの老人は、どうやってか来訪の事実も、来訪者が誰かも分かっているらしい。
「随分と熱心だな。これは放置しておくと後々尾を引くかも知れない。どんな奴か、何が目的か、見ておくだけ見ておくか」
いいか? と愁達に問えば、多少の緊張感はあれど反対ではないようで頷きが帰ってくる。
万が一に備えてティオや雫、香織が親達の前に立ち、リリアーナは身分を抑止にするためか前に出た。
そうして、ユエに結界を解いて良いとハジメが伝えようとしたところで、
『ああもぅ! カマルさん! いい加減にしてください!』
『なぜだ。少し言葉を交わしたいと言っているだけだ』
『そんな物騒なもん携えて何を言ってるんですか!? お話に帯剣する必要がどこに!?』
『……それは言えん』
『ろんがぁーーい!!』
『信用してほしいものだ。私が今まで貴殿等の期待を裏切り、あるいは不信を招くような真似をしたことがあったか?』
『ないですよ! 信頼できるまとめ役だと思ってます! だから帯剣してても取り上げたりしてないでしょ!? けど、さっきから言ってますが謁見禁止の指示も出てますし、そもそも結界で入れないようですから――』
『ええいっ、らちがあかん! 私には時間がないのだ! 無礼は幾重にも詫びる!』
『えっ、ちょっ、何を抜剣して――ばかぁーーーっ!!』
ゾンッと音が響いた。途端に、ユエの目が見開かれる。
「……うそ。私の結界が――斬られた?」
「「「「エッ!?」」」」
シア達もこれには吃驚仰天。空間遮断結界ではないし、普通の光属性魔法かつ本気で作り上げた結界というわけではないが、最強の魔法使いたるユエが施したものだ。
初期白竜の〝竜の咆哮〟くらい余裕で防げるだけの強度がある。魔人といえど、並の相手では傷一つ付けられない。
それが、なんと一撃。
どうやら、並の手合いではないらしい。
ハジメがスッと目を細めた。親達の間に、にわかに緊迫感が漂う。香織達も表情を改め身構える中、遂に扉が開いた。
長い白髪を後ろで束ねた、褐色肌の老人が先頭を歩いてくる。見た目は鷲三と同年代といったところか。もっとも、どこか体が悪いのかやつれ気味で、体も細い。
とはいえ眼光は鋭く、声には覇気がある。なんとなくだが、アドゥル・クラルスに近い雰囲気を感じた。
敵意の類いは感じない。むしろ、どこか真摯な雰囲気が伝わってくる。
「……突然かつ無礼な訪問、心よりお詫び申し上げる。私は――」
平謝りしている騎士服の男をよそに、その魔人族の老人が血色の剣を納刀しながら、自己紹介の言葉を述べ始める――寸前だった。
「おいおい、どうしたんだ? カマルさんがもめてるって聞いて様子を見に来た――」
見覚えのある魔人族が、騒動を聞きつけたようで駆けつけてきた。
そして、ハジメと目が合う。
合って、いっそ感心するほど綺麗にすぅ~~っと血の気が引いていき、お手本のような絶望顔になると、一拍。
「イ、イヤァーーーーーーーーーーーーーーッッ!!?」
〝ムンクの叫び〟みたいな顔になって白目を剥き、真後ろへぶっ倒れた。
時が止まる。カマルお爺さんも目を点にして硬直している。
と、そこで悲鳴を聞きつけてか、更にバタバタと駆け寄ってくる音が。
「今のお父さんの悲鳴!? どうしたの――イヤァアアアアアアッアクマァアアアアッ!!?」
ミュウと同年代くらいの、これまた見覚えのある魔人の少年が、絶叫を上げて倒れた。お父さんそっくりの、まるで某呪いのビデオを見てしまった人みたいな苦悶の表情で。
後はそのまま雪崩を打つように。
「なんだ!? いったい何がァアアアアアアアアア!? ナンデ!? ナンデココニ真紅ノ怪物ガ!? ナンデェ――」
「ヒィイイイッ、信仰してません信仰してません信仰してませんっ! 神様死すべし! 魔王陛下万歳!!」
「アッ、アッ、アッ、ゆ、ゆるひて――」
「どうか妻と子供だけはぁああああああっ!!」
「うわぁあああんんっ、終わりだぁ! 世界の終わりだぁあああああっ」
誰も彼も見覚えのある――というかぶっちゃけ、先程の過去映像の中でミュウがかばった魔人の親子と、その他の魔人さん達だった。
実は、隠れ里から出てきた魔人の他、彼等もまた封印措置を受けることなく同胞と魔都の管理に従事する道を選んでいたのだが……
どうやら、あの時のことは未だにトラウマらしい。
まだ、ハジメがチンピラムーブで「信仰と子供、庇えるのは二つに一つだぞ」と刀で頬をペチペチしながら脅す過去映像は見ていないものの、暴走するハジメだけでも彼等の反応は理解できる。
なので、愁や菫を筆頭に、親達も納得かつなんともいえない微妙な表情に。
そんな中、ミュウが困った人を見るような目でパパを見上げながら一言。
「この光景、帝城でも見たの」
「そうですね」
思わず遠い目になるハジメ。シアが生暖かい眼差しと共に、肩に手を置いてくる。
流石です、ボス! というカム達の声が聞こえてくるようだった。
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