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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅤ
441/544

トータス旅行記㊺ 見た目で判断するのはよくないと思う



『――ポイ捨てはらめぇええええええぇぇぇ………………』


 真白の極寒地帯に、過去の悲鳴が木霊する。


 〝シュネー雪原〟にフェルニルで突入して、親達や、実は初来訪である愛子、レミア、ミュウが万年氷雪地帯の絶景から驚愕と感動をたっぷり受けた後のこと。


 ネックレス型の防寒アーティファクトを装備し、下船して、最初に見た過去再生の場面がそれだった。


 そう、谷口鈴が崖の上から投げ落とされた場面である。過去の光輝、雫、龍太郎が戦慄している。寒さだけではない恐怖の震えが三人を襲っている!


 その『信じられないっ』と言いたげな視線の先にいるのは――


「ティオさん、君、なんてことをっ」

「さ、殺人事件……」

「いやいやいやっ、智一殿! 薫子殿も! 鈴はちゃんと生きておろう!? そもそもこれには、きちんと理由があってじゃな!」


 過去の三人と同じく「貴女が犯人だったなんて……信じられないっ」とサスペンス劇場に出てくる関係者達の如き視線を向ける智一と薫子に、ティオ、必死に弁明。


「ティオちゃん……いつかやると思ってたわ」

「自首しよう? 大丈夫、つきそうからね」

「悪ノリはやめてくれんか、義母上殿! 義父上殿!」


 南雲夫妻は案の定だった。こういう機会を逃さない性質(たち)なので、とりま一言物申してスルー。それよりも、だ。


「ティオお姉ちゃん……ストレスなの? パパにお仕置きしてもらえなくて、鈴お姉ちゃんに八つ当たりしたの? いつもの優しいお姉ちゃんは…………どこ?」


 ミュウの眼差しが一番辛い。これはぜんっぜんハァハァできない。お姉ちゃんの尊厳が危機に瀕している。


「ミュウよ、これはあれなんじゃ。〝獅子は我が子を千尋の谷に落とす〟というやつなんじゃ!」

「鈴お姉ちゃん……泣いてるの」

「ついでに言いますと、鈴さんは谷底では泣きながら下着を替えるはめになりましたよ!」

「やめたげてよ、シア。実は今でも軽くトラウマらしいよ?」


 お漏らし仲間とでも言いたいのか。シアがにっこにこ。鈴の不名誉が勝手に暴露されて、当時、全力で慰めていた香織が頭痛を堪えるような仕草をする。


「ええいっ、ユエよ! 変な場面から再生するでないわ! まるで悪意ある記者の切り抜きみたいじゃろうが!」


 最初から! 最初から! やり取り全部見せてあげて! と訴えるティオだったが、ユエが何か言う前に雫が透き通った微笑と共に歩み寄り、そっと肩に手を置いた。


「当時は善意の叱咤をありがとう」

「し、雫よ、手に力を込めすぎではないかのぅ? ミシミシ鳴っておるんじゃが……」


 言葉より雄弁な、もう二度とフリーフォールの半強制は許さないという感謝の肩潰し。過去映像の中で、やけくそ気味に雫達が飛び降りていく。


「ふむ。察するに、大迷宮に挑むのだから、この程度の崖に腰が引けてどうするのだと叱咤してくれたという感じか」

「おじいちゃん、ちょっと覗いてみてよ。それでも〝この程度〟って言えるかしらね!」


 今ならともかく、当時は〝空力ブーツ〟も支給されたばかり。


 崖の高さは約六百メートルだ。大樹よりも高い場所は、いくら無事に着地する手段があったとしても、足が竦んでしまうものだろう。


「でも、雫。死んでしまってもコンテニューできるでしょ?」

「だから問題ないでしょ? みたいな言い方やめてくれる?」


 霧乃お母さんの指摘に、雫は「これだから八重樫は!」と吐き捨てた。いや、お前の家だよ、とハジメ達から視線でツッコミが入る。


「とっかかりも足場も多いし、これならお父さん達でもいけるんだがなぁ」

「はいはい、すごいすごい。流石は忍の者ね!」


 きっと、某狼な忍びの鉤縄(かぎなわ)アクションみたいな方法で崖を行き来するのだろう。八重樫だし。なんかハウリアとの技術交換で、それっぽいの教えてたし。


 首刈りのHAURIAと、忍殺のYAEGASHI……おそろしい。


「やります? 鉤縄くらいなら錬成で作りますけど」

「いや、日本でもできるから遠慮しておこう」

「日本でやってるんですか……」

「オリンピックの競技にもなるくらいだからな」

「ボルダリングと一緒にしたら選手が泣きますよ」


 虎一に曖昧な笑みを返し、ハジメは〝宝物庫〟から何やらモコモコしたものを取り出しつつ、〝氷雪洞窟観光〟の次の流れを説明し出した。


「この先、一キロほど先に目的地の〝氷雪洞窟〟があります。ピクニックに適した道ではないんで、入り口までは転移で行く予定です」


 もう少し雪原の景色を楽しみますか? と親達に視線で問うハジメ。


 見えない境界線から一切漏れ出さない猛吹雪の巨壁。万年ホワイトアウトという驚異的な景色を見せたくてフェルニルで飛んできたのだ。道中は愁達もしっかりと楽しんでいたので、案の定、もう十分だと親達は首を振った。


 それよりも、気になるのはモコモコの方だ。真っ白なそれは、どうやら子供用の防寒着らしい。それを物凄くさりげなくミュウに着せている。


「あ、あの、パパ? アーティファクトがあるから、別に寒くないの……」

「そうだな。攻略した時よりも高性能だから問題ないはずだ」


 ならなぜ着せる……という疑問は、レミアが代表して口にした。


「注意事項は分かりましたけれど、なぜミュウに防寒着を?」

「かわいいからだが?」


 それ以外に何がある? と、まるで1+1は何? と聞かれたような不思議そうな表情をするハジメ。レミアは「あらあら……」と困り顔になる。


「パパ、これじゃあミュウ、暑すぎちゃうと思うの」

「安心しろ。ぬかりはない。暑くならないよう冷房機能がついてる防寒着だ」

「ハジメ君、矛盾という言葉の意味、分かりますか?」


 愛子先生が授業したそう。体を冷やす防寒着とはこれいかに。


 ミュウがいろいろ諦めた表情になる。もうパパの好きにして……と言いたげに万歳し、目は遠くを見ている。


 ユエ達が揃って呆れた表情を見せているが、娘にかわいい格好をさせたい心情が分かるのか、智一パパだけは理解のありそうな微笑を浮かべてうんうんと頷いている。


 そうして、幾ばくもしないうちに、ハジメが是が非でも着せたかった全身モコモコ防寒スタイル(冷房機能付き)が完成した。


「くっ、これは……やるわね、ハジメ!」

「息子の業前が素晴らしすぎる件。写真、写真を撮らないと!」


 まず、菫と愁が絶賛した。レミアも「あらあらまぁまぁ!」と困り顔を一変させる。口元に手を添えて、瞳を輝かせている。


「あらぁ~、これは可愛らしいわねぇ」

「防寒着の存在意義を踏みつけにしても着せたかった理由が分かるわ!」

「ミュウちゃん素敵よ! かわいいわ!」


 昭子、薫子、霧乃も頬を真っ赤にして絶賛。もちろん、父親達も微笑ましそうな表情で拍手し出す。


「……ん~~っ、流石はハジメと言わざるを得ない」

「ミュウちゃんかわいいっ!!」

「よいのぅ、よいのぅ! ほれ、ミュウよ、ぴょんぴょんしておくれ!」


 ユエ、香織、ティオもにっこり。雫など魂を抜かれたみたいに、真っ赤な顔になってぼぅとしてしまっている。


 それほどに、意味のない防寒着はミュウに似合っていた。凶悪なまでに可愛らしかった。


 真っ白で、もっこもこで、ツナギのように全身を覆い、頭部をすっぽり覆って顔だけしか出ないフード付き。


 そのフードには大きな垂れウサミミが付いており、腰の後ろにはちょこんっと羽を束ねたようなウサシッポが。


 そう、それは完璧な雪ウサギスタイルだった!


「みゅ……」


 あんまりに皆が皆、褒めちぎるので、ミュウは照れて真っ赤になってしまった。頑張って要望に応えて、両手をウサミミに添えながら「ぴょんぴょん!」と跳ねてみせるが、それで更に歓声が上がると、とうとう羞恥心からしゃがみ込んでしまう。


 それがより一層もこもこウサギに見えて、南雲夫妻は大興奮。カメラのフラッシュがこれでもかと瞬きまくる。


 ただし、一人だけ例外が……


「雪ウサギ……血の海……うっ、頭がっ」


 何やらシアが頭を抱えている。思い出したくないことでもあるみたいに。


 それには気が付かず、愁や菫と一緒にたっぷりと写真を撮ったハジメは、一仕事終えた職人みたいに大変満足そうな表情で頷いた。ユエに目配せすれば〝氷雪洞窟〟手前への〝ゲート〟が開く。


「入り口の前にビッグフットが出ます」

「「「ビッグフット!?」」」


 地球でも有名な未確認生物(UMA)だ。もちろん、トータスの魔物で地球のそれとは関係ないが興味はそそられるのだろう。白崎夫妻と昭子が瞳を輝かせている。


「攻略の証があれば出てこないようにできるのかもしれませんが、試してないので分かりません。そもそも迷宮の外でのことなんで……」

「……ん。前には出ないでください」

「せっかくじゃ。戦闘になったら雫がやるかの?」

「雫ちゃんなら、今なら一人でも余裕だよね。ね?」

「特に試してみたいわけじゃないけれど……そうね。前回はおちょくられた感じもするしやってみようかしらね」


 と念のための注意が終わって、さぁ、行こうという時点で。


「あの、このまま行くんですか?」


 愛子が微妙な表情で最後部を肩越しに振り返った。


 実は全員分かっていて、あえて指摘していなかったのだが……


「……しょうがないだろ。マジで死んでるみたいに眠ってるし」

「……ん。再生魔法も魂魄魔法もかけたのに全然目覚めない」

「死人みたいな顔してるでしょ? 信じられる? これで生きてるんだよ」


 ハジメ達の一番後ろには、木製の棺が浮遊している。中にはリアル眠り姫が。


 リリアーナ姫、未だに目覚めず。


 一応、棺ごとアワークリスタルの範囲に入れてお休み時間を引き延ばしているのに、だ。


 魔女の呪いではなく、仕事に忙殺されて眠り続けるお姫様とは……


 その顔色も、再生魔法のおかげで多少はマシになっているものの、なぜか(くま)も消えず青白いままだった。


 香織の言う通り、これで生きていることがちょっと信じ難い有様である。


 愁と菫が棺に歩み寄り、そっとリリアーナの頬を撫でた。胸の上で両手を組み、ぴくりともしない姿は〝起こさないでくれ。死ぬほど疲れているんだ〟を地でいってそうで、ちょっと怖い。ちゃんと魂入ってるよね? と。


「う、う~ん、どうしようか。リリィちゃん、旅行を楽しみに無理をして合流したみたいだからなぁ」

「そうよね……このまま起きなくて、目覚めたら氷雪洞窟の観光も終わってるってなると……」


 いと哀れ。


 と思わず古文風の所感を抱いてしまうくらいあんまりだ。


 と、みなが「どうしようか」「いや、どうしようもなくない?」と悩みながらも結論を出しかけた、その時、


「きゅ? きゅぅん?」


 なんて可愛らしい鳴き声が響いた。


 ハッとして〝ゲート〟の方を見れば、そこからなんともキュートなお客さんが顔を覗かせていた。


「わぁ! パパ、見て! 本物の雪ウサギさんなの!」


 そこにいたのはつぶらな瞳の小さなウサギだった。白銀の毛並みは見るからにふわふわで、雪の結晶でも振りまいているみたいにキラキラと輝いている。眼は魔物特有の赤黒さがなく、こちらも白銀色に見える。


 どうやら偶然にも〝ゲート〟の直ぐ向こう側にいて、突然現れた光の膜が気になり顔を覗かせたらしい。


 鼻をすんすんっと鳴らし、周囲を見回し、たくさんの人間がいると見るや否や逃げるでもなくぴょこぴょこと寄ってくる。


 大丈夫かな? いじめないかな? ちょっと怖いけど……気になっちゃう! みたいな感じでウサミミとウサシッポをふりふり。


「か、かわいいっ」

「あらあらまぁまぁ! なんて綺麗な子なんでしょう!」


 愛子とレミアも、白銀の子ウサギの愛くるしい様子に一瞬で(とりこ)となってしまったようだ。


 それは当然、愁達も同じで、魔物の特徴がなく、危険もまったく感じない小動物に表情を綻ばせている。


 だがしかし、一方で香織、雫、ティオはというと……


「千切れるウサミミ……潰れて真っ赤な染みが……うっ、頭がっ」

「痙攣して血を噴き出すウサちゃん……うっ、頭がっ」

「止まらぬ殺戮……木霊する悲鳴……悪魔っ……うっ、頭がっ」


 頭を抱え出した。まるで封印していた記憶が漏れ出しそうになっているみたいに。


「え、ちょっと雫ちゃん!? どうしたの!?」

「香織!? 大丈夫かい!?」

「皆さん、どうしたんですか!? 鎮魂しますか!?」


 その様子に気が付いて菫や智一を筆頭に親達が、そして愛子とレミアが心配そうに駆け寄る。と同時に、危険はないと判断したのか、白銀の子ウサギが、


「きゅぅうんん!」


 と可愛らしい鳴き声を上げた。すると、〝ゲート〟の向こう側から一匹、また一匹と子ウサギが姿を見せてくる。


「パパ! いっぱい出てきたの!」


 最初の一匹が、雪ウサギスタイルのミュウを仲間と思ってかぴょこぴょこと近寄った。抱っこしてほしそうにミュウを見ている。


 ユエお姉ちゃん達の様子は気になるが、とにもかくにも抱っこしてあげようとミュウ自らも歩み寄ろうとして、


「ミュウちゃん見ちゃダメですぅううううううううっ!!」

「ふわぁ!?」


 何やら妙に静かだったシアが突然の覚醒。更にはミュウをかっさらうようにして抱き上げ距離を取り、そのまま抱き締める。シアの胸の谷間に顔が埋まって視界が完全に閉ざされるミュウ。


 その直後、


「きゅいぃ!? きゅうぅうううっ!!」


 驚きの声と、苦しそうな呻き声が耳に入った。まるで、そう、まるで首を掴まれて持ち上げられでもしたかのような……。


――ゴキュッ


 おや? これはまた生々しい、まるで固い何かが砕けたような音だ。子ウサギさん? どうして鳴かないの?


――ブォンッ


 風切り音まで。あたかも、何かを投げ捨てたかのような。


 しんとした空気が漂う。時が止まったかのよう。


「な、何が起きたの!? どうしてみんな静かなの!?」

「ミュウちゃんが知る必要のないことですよ」


 シアお姉ちゃんの優しい声音が怖い。んみゅうぅうううっと頑張って首を捻り、ついでにシアの胸をぎゅぅううっと押し込んで、どうにか片目だけでも視界を確保。


 そこでちょうど見えたのは、ハジメパパが何かを放り投げたような体勢になっている姿と、フリーズしている親達、何かを思い出して「あ~」と天を仰いでいる香織とティオ、そして両手で顔を覆っている雫だった。


 子ウサギ達まで動きを止めている中、新しく少し大きめの白銀ウサギが〝ゲート〟から出てきた。かと思えば、妙な雰囲気に目をぱちくり。もういっそあざといくらい可愛らしく「きゃるん?」と小首を傾げる。


 その視線が、正面の男の顔を見た。


「……………」


 ビシッと硬直。直後には冷や汗でも噴き出したみたいにキラキラを噴出させ――


「ピギャァアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 この世の終わりのような、あるいはコズミックホラー系の宇宙生物にでも遭遇してしまったかのような絶望の悲鳴を上げた。


 悲鳴ウサギの後に続いてやってきたウサギ達も、ハジメを見た瞬間、絶望顔に。まるで「アイェエエエッ!? アクマ!? ナンデアクマ!?」と言ってるみたいに悲鳴を上げていく。


 そして、一拍おいて。


「「「「イヤァアアアアアアアアアッ!!?」」」」


 まるで人間みたいな声を上げながら、脱兎の如く(きびす)を返した。


 もう、ほんと、死に物狂いに〝ゲート〟に飛び込んでいく。それで、最初に現れた子ウサギ達も何かやばいと察したようで、慌てて引き返していく。


「な、何が起こったの?」

「どうやら、あの少し大きめのウサギさんは覚えていたようです」

「何をなの!?」

「悲しい、事件だったんです」

「何がなの!?」


 よほどショッキングな事件だったのか、シアは沈痛な表情で首を振るだけで口を閉ざしたまま。口に出してはいけない例の事件……みたいな感じだ。


「なんだ、あの時の生き残りか? 皆殺しにしてやったと思ったんだがな」


 ハジメの発言で、ミュウも親達もだいたい察した。おそらく、攻略に来た際にも、道中で白銀子ウサギの群れに遭遇したのだろうと。


「パパ……殺しちゃったの?」

「そんな家に帰ってきたら親しい人の殺人現場を見てしまった、みたいなリアクションされても困るんだが」


 れっきとした魔物なんだから、そりゃあ殺すだろうと肩をすくめるハジメパパが恐ろしい。


「……ちなみに、当時はこんな感じでした」

「ちょっとユエ! わざわざ見せなくても――」


 香織の制止をスルーして、ユエが空間の窓と過去再生が発動。映し出されたのは、


――あざといんだよ、この汚物が


 グシャッと踏み潰される何か。ユエが虹色モザイクをかけてくれているが、まぁ、分かる。何を踏み潰したのか。だって、ウサミミっぽい形状のものが痙攣しているのが分かるし。


――ぎゃぁああああああっ、南雲くんの悪魔ぁあああああっ


 鈴の絶叫も響いてきた。雫がふっと意識を失って倒れ込み、香織は両手で顔を覆ってしゃがみ込んでいる。


 その後も、止めるシアの前で、むしろ止めるシアを理解できないみたいな顔でウサミミを引きちぎり、壁に投げつけ赤い染みを作り、はたまた散弾針を飛ばすショットガンで子ウサギの群れを血祭りに上げていくハジメさん。


 過去映像の虹色モザイクの面積比率がどんどん増えていく。針には毒も仕込まれているようで、虹色モザイクの塊が不自然に痙攣したり、苦悶の声を上げながら転がり回る光景がなんとなく分かってしまう。


 まさに、阿鼻叫喚の地獄絵図が、そこにはあった。


「パ、パパ?」

「そんな目で見ないでくれ、ミュウ。いいか? あれは魔物だ。可愛らしさで相手の懐に入って、あっという間に熱を奪う割と凶悪な部類の――」

「どうしてミュウにウサギの格好をさせたの!?」

「あれとは関係ないぞ!? 普通にかわいいからってだけで!」

「かわいくても殺したの!! むごたらしく殺したのぉ!」

「落ち着けぇ!!!」


 まさかの誤解が生まれそう。ひょっとして「あれがお前の末路だぜ?」と暗に告げられているのかと震えるミュウ。


 もちろんあり得ない話なのだが、あんな可愛い生き物が次々と惨殺されていく光景に、さしものミュウも混乱してしまっているらしい。


「分かります。分かりますよ、ミュウちゃん。その気持ちが、当時、私が抱いていた気持ちです!」

「シアお姉ちゃん!」

「ミュウちゃん!」


 過去映像の中で、『チッ、汚ねぇウサミミだ』と千切り取ったウサミミを投げ捨てるハジメ。シアが『もうハジメさんが分かりませぇんっ』とユエに泣きついている。


 念願叶ってハジメと恋人関係になれたばかりの頃だ。なのに、〝ウサギ死すべし慈悲はない〟を完璧に実行する様は、なるほど、もしやウサギが嫌いなのかと勘ぐってしまうのも無理はない。


「これは記憶を封じても仕方ないわね」

「ハジメ、もう少しなんとかならなかったのか?」


 菫と愁が困ったような表情で言う。過去再生の中では、すり潰された子ウサギ達を前に鈴が「えっぐえっぐっ」と泣きじゃくっており、先程から泣きっぱなしなので実に哀れを誘う。大迷宮到着前に、どれだけ精神的ダメージを負うというのか。


 薫子や昭子も口元を押さえて明後日の方向を見つめている。そこ以外は地獄の光景しかない故に。鏖殺(おうさつ)されていく子ウサギ達に、こちらもまた精神的ダメージを負ったようだ。


「まぁまぁ、菫さんも愁さんも。魔物が相手ですし」


 虎一が苦笑い気味に取りなせば、霧乃も続く。


「むしろ、見た目に惑わされず容赦しない在り方は感心だわ。娘を任せるにも安心できる男の子ね」


 鷲三も深く頷いている。八重樫家的には好感度の高まる所業だったらしい。


 正論ではあるのだけど、ちょっとついていけないです……みたいな空気が蔓延する。


「とにかく! あれは危険な魔物なんで決して近づかないように! ミュウも良いな?」

「はいなの……」

「あ~、あれだ。今度は気絶くらいにして放逐するから、な?」

「ハジメさん……私の時は問答無用でしたのに……」


 聞こえなかったふりをして、ハジメは声を張り上げた。


「さっさと進まないと日が暮れる。リリィは、まぁ、健康第一ってことで寝かせておくとして、氷雪洞窟の後は魔王国の廃都と城を軽く見に行く予定だが、時間なくなるぞ?」


 そう言われては、あまりのんびりもしていられない。


 なので、一行は衝撃的な光景を呑み込んで、ハジメの後に続き〝ゲート〟を潜った。


「おぉ、神秘的だね……」


 智一が感嘆の声を漏らす。


 出た場所は〝氷雪洞窟〟の入り口。巨大な二等辺三角形の広間。全てがアクアマリン色の氷で出来た空間だ。どこか神殿を思わせる荘厳さに、今度こそ子ウサギ殺戮事件から気持ちが切り替わった。


 切り替わったと言ったら切り替わったのだ。


 たとえ、首が折れてだらんっと舌を出した子ウサギが転がっていても、背後の氷のトンネルの奥から未だに恐怖に満ちた悲鳴が聞こえているとしても。


「ビッグフットは……出てこないな?」


 一応、攻略の証を手元に出しているからだろうか。特に〝氷雪洞窟〟に干渉している感覚はないのだが、ビッグフットが現れる気配はなかった。


「……ん~、やっぱり大迷宮の魔物じゃなかったのかも?」

「奥まで入らず、入り口付近だけを住処にしとった可能性もなくはないのぅ」

「結局、雫ちゃん達も無傷で倒してたし、雪原に生息する普通の魔物だったのかもね」


 ユエ、ティオ、香織の考察に、愁と菫が少しがっかりした様子を見せた。


「生のビッグフット、見てみたかったな……」

「私達の子供の頃から定番のUMAだものねぇ」


 ファンタジー定番の魔物とはまた違った興味があったのだろう。智一達も残念そうだ。


「まぁ、ここは映像で我慢してくれ」

「……ん」


 ユエが過去映像を展開する。


 奥の壁にある亀裂のような〝氷雪洞窟〟の入り口からビッグフット達が姿を見せる。「おぉ、あれが!」と愁達のテンションが上がっていく。


 体長三メートルを超える完全二足歩行の白いゴリラ。確かに、雪山で目撃談が出るタイプに見える。


 それらと光輝、雫、鈴、龍太郎が戦い始めた。愁がハジメを見やる。


「ハジメ達は戦わないのか?」

「新アーティファクトの試しも兼ねているからな。戦闘は基本、雫達に任せる形を取ったんだ」

「それで攻略が良く認められたわね?」

「義母上殿よ。この大迷宮のコンセプトは〝己の弱さを乗り越える〟じゃ。直接的な戦闘より精神的な成長こそが重視されるんじゃよ」

「なるほど……それで鈴ちゃんはあんなにダメージを」

「あれはイレギュラーなダメージじゃ……」


 なんて会話の間にも雫達は優勢に戦いを進めていく。


 ビッグフットが無数の氷柱をガトリングのように飛ばしてきた際に、雫が実戦上で初めて昇華魔法〝禁域解放〟を発動し、時間をすっ飛ばしたような神速の連続抜刀術で迎撃した映像には、一斉に歓声が上がった。


「驚いた。お前が本気を出すとこれほどなのか……」

「何度斬った? 氷柱の数的に……秒間数十度は斬ったようだが」

「私達では全く見えないわね……」

「えっと、振った回数は確かに十度ね。でも黒刀の機能で風の刃も発動しているから三十は斬ったかしら」


 八重樫家のみならず、智一達も感嘆の声を上げた。


 目に見えないほどの斬撃なんて、魔法と同等のファンタジーだ。傍目には柄に手をかけて立っているだけに見えるのに、その先では一切合切が細切れになっていくのである。派手さはないが、これは見応えがある。


 雫がてれてれとポニテの先に指を絡めて称賛に応えている間、しかし、鷲三は少し厳しさを感じさせる表情で別の場所を見ていた。


「どうしました、鷲三さん」


 気が付いたハジメが問うと、鷲三はハッとしたように表情を改めた。


「いや、なんでもない」

「そうですか……」


 ハジメは、鷲三がどこを見ていたのか察していたが、あえて指摘はしなかった。それを逆に察して、鷲三は溜息を一つ。まるで白状するかのように重そうな口を開く。


「ハジメ君」

「はい」

「ここは〝己の弱さを乗り越える場所〟とのことだったが」

「ええ、そうですね」

「きっと、私も己の情けなさを突きつけられると思うのだ」

「今日は観光に来たんです。見たいものは自由に選べますよ」


 大迷宮の試練を受けたいという意味でないことは、直ぐに分かった。大迷宮の試練を受けた雫達の有様に、大人としての責任を突きつけられるだろうと、そう言っているのだ。


 だから、見たくない過去映像は見ず、楽しむだけでいいと気遣うハジメだったが、鷲三は眉尻を下げて首を振った。


「いや、逆だ。きちんと余さず見せてほしい。孫娘と……そして、我が家の門下生の己との戦いを。その勝利と敗北を。私は知らねばならんのだ」


 ハジメは鷲三の目を真っ直ぐに見返した。その瞳に宿るのは、何度も見た愁や菫と同じものだった。息子のやってきたこと、目を背けたくなる所業から決して目を逸らさない、きちんと知りたいという親の、あるいは大人の目だった。


「分かりました。気遣いはしません。避けることなく、何があったのかお見せします」

「感謝する」


 そんな、男二人のこっそり話に気が付いて、雫達が「どうしたの?」と声をかけてくる。


 ハジメと鷲三は揃って「なんでもない」と首を振り、先へ進もうと促した。


 が、そこで意外な光景を目にすることになって足が止まる。


 ユエが過去再生をまだ発動中だっため、過去のハジメ達が迷宮内に入った後の光景が映し出されているのだが、そこに例の子ウサギ達がひょこひょこっと姿を見せたのだ。


「……ユエ、ちょっと続けてくれ」

「……ん」


 あれほど逃げ惑っていた子ウサギ達なのに、どうやらハジメ達の後をついてきていたらしいと分かり、にわかに好奇心が刺激される。


 すんすんっと鼻を鳴らし、ウサミミをみょんみょんさせながら慎重に迷宮入り口の方へ進んでくる子ウサギの群れに、皆がやっぱり可愛いなぁと思いつつも注視していると……


 次に子ウサギ達がとった行動を見て、薫子が首を傾げて疑問を口にした。


「ビッグフットの死体を調べてるのかしら?」

「あら、鳴き始めたわ。ハッ!? まさかビッグフットとはお友達だったんじゃ」

「雪ウサギとビッグフットの友情……なんだか心温まる感じだけど……だとしたら悲しすぎるよ」


 昭子の推測に愛子は一瞬微笑ましそうな表情になるが、直ぐに状況を思い出して悲しげに目を伏せる。


 確かに、過去映像の中では、子ウサギ達はビッグフット達の周囲に集まり、まるで鎮魂歌でも歌っているみたいに鳴き声を上げていた。


 あるいは、共存が成り立っていたのかもと想像させるには十分な光景だ。


「ちょ、ちょっと! こんな映像を見せられたら罪悪感がっ」

「大丈夫だよ! 雫ちゃんのせいじゃないから!」

「雫、貴女……やってしまったわね」


 悪ノリする霧乃お母さんの言葉に、雫ちゃんがワッと両手で顔を覆った。


 誰もが悲哀に満ちた過去の現場に神妙な顔になってしまう。


 その次の瞬間だった。


「「「「「……え?」」」」」


 グバァッと裂けた。何がって?


 子ウサギの顔がだ。


 まるで花が開くかのように、頭部が縦横四分割されて裂けたのだ! その奥からは血管のような触手が粘液と一緒にうじゃうじゃと!


 あまりに冒涜的でおぞましい変貌。誰もが現実を直ぐには認識できず硬直する。


 そうして、目が離せないでいるうちに、


――グシャッ、バリッ、グちュっ、びチャッ、ズぞゾッゾ


 聴覚を冒し、脳を破壊しかねない恐ろしき音を響かせて、吐き気を催す食事が始まった。


 ビッグフットさん達が、可愛い子ウサギに見えていた〝何か〟に群がられ、瞬く間に平らげられていく……


 誰も、何も言えない。動けない。


 よくもまぁ、ハジメを見てコズミックホラー系の宇宙生物に遭遇したような悲鳴を上げたものだ。


 どこからどう見ても、奴らの方が子ウサギの皮を被った冒涜的生物である。


 ユエは、過去再生をそっ閉じした。


 図らずも、全員一斉にスゥーーーーッと深呼吸しちゃう。


 一拍おいて、ハジメが一言。


「分かったか、ミュウ! どんな相手でも、見た目で判断しちゃいけません!!」

「はいなの! 骨の髄まで叩き込みました! なのぉ!!」


 涙目のミュウの返答は、とても力強かった。


 ついでに、シア達も、親達の首肯も、きっとおそらく人生で一番力強かった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


雪ウサギの話はビッグフット戦の前にちょびっと入れた書籍版の加筆部分です。読んでなくとも問題ないように書いたつもりですが、分かりづらかったらすみません。


※ネタ紹介

・死人みたいな顔してるでしょ~

⇒タッチの言わずと知れたセリフ、の逆バージョン。

・起こさないでくれ。死ぬほど疲れてる

⇒コマンドーより。

・鉤縄と忍殺

⇒ゲーム『SEKIR○』の忍者より。

・アイエエエエッ

⇒上記とは別の、ちゃんと挨拶するタイプのニンジャより。



※アニメ2期のBlu-ray②が5月25日発売。引き続きよろしくお願いします!

挿絵(By みてみん)

いろいろ素敵な特典もありますので、ぜひチェックしてみてください。

arifureta.com/blu-ray/blu-ray-2335/


原作コミック10巻も同日発売です。

挿絵(By みてみん)

巻末SSは、ユエがユエしてティオが乙女化しちゃう話です。楽しんでいただければ嬉しいです!


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― 新着の感想 ―
ファンタジー系のウサギは信用してはいけない。うん、分かってた
この雪ウサギの元ネタはカールビンソンのジョン??
[一言] お食事する時の雪うさぎどっかで見た表現だなぁって思ったら、まんま某寄生する獣で見た表現だなぁって思いました。兎( '-'兎 )ウサチャン…
感想一覧
+注意+

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