トータス旅行記㊳ 私は乙女座の男
未だに、外ではハジメVS八重樫お父さん&お爺さんの決闘により、やんややんやの大盛り上がりをしている中、
「なるほど! ご両親の英才教育を受けてこそ、今の魔王陛下がおありなんですね! ハーレムやろう――ごほんっ。女性に大変おモテになるのも、その教育のおかげと!」
まるでタイミングを見計らったみたいにするりと昼食会に参加してきた翼人族の族長にして、ゴシップと脚色と事実の歪曲が大好物な〝月刊フェアベルゲン〟編集長――マオの怒濤かつ嬉々とした質問が乱れ飛んでいた。
答えているのは当然、
「まぁ、そう言えなくもないわね! 何せ、自慢ではないけれど、自慢ではないけれど! 私は〝恋愛漫画の伝道師〟なんて言われるほど人気絶大な創作家だからね!」
「まぁ、そう言えなくもないな! 何せ、自慢ではないけれど、自慢ではないけれど! 俺は〝最高のエロゲ制作会社〟ともっぱら評判の会社の社長だからな!」
菫と愁である。
魔王様は八重樫家の二人に配慮して相手をしている場合ではない。最悪の部類に入る記者に、〝プライバシー? 何それ、おいしいの?〟というレベルで黒歴史を暴かれているのだから。しかも、犯人は両親である。情報の確度は最高だ。
都に入った際のお祭り騒ぎや、それを煽動する族長達の中にマオはいなかった。
また、巧みな話術により、ハジメの親としての自分達を思いっきり〝よいしょ〟されまくって、あげく息子をこれでもかと称賛され続けて、最初は苦笑い気味ながら口の固かった菫と愁も今はこの通り。
気分よく息子の〝かわいいところ〟――幼少期のおねしょを必死に誤魔化そうとしていたことや甘えてきた時の仕草、菫の漫画制作の助手のお姉さん方に可愛がられて赤面したり照れたり、迷子になって号泣し、愁が見つけてくれた後はしばらくひっついて離れなかった想い出などなど。
それに加えて性癖や、その性癖に至った原因やら過程までせきららら~。
「お、おい。南雲愁、それに菫さんも! もうそれくらいに――」
智一がブレない良識を以て、ハジメのプライバシーを守らんと苦言を呈する。が、
「お父さんはちょっと黙ってて! 今、重要なところなの!」
「香織!?」
娘からまさかの苦言を頂戴してしまった。香織は食事の手も止めて、真剣な表情で南雲夫妻の暴露話に耳を傾けている。
両親が思う〝息子のかわいいところ〟とは、すなわち、ハジメが頑として語らない〝自分の黒歴史〟だ。
こんな貴重な話、聞く機会は今しかない! と、心の中の悪魔香織に天使香織はワンパンでノックアウトされたのである。
もちろん、その心情はユエ達も同じだ。
「……ん。ハジメの初恋、少し怖くて聞いたことなかったけど……まさか、ギャルゲの登場人物だったなんて」
「らしいと言えばらしいですけどねぇ~」
「ちょっとホッとしちゃったけれど……ねぇ、それより、今の話が四歳の時ってどうなのかしら?」
「まさに、サブカルチャーの英才教育というかなんというか……しかも、ハジメ君ったら先生キャラが好きだったなんて」
「愛子よ、何やら赤面して悶えておるが、スタイルは妾のような先生キャラじゃからな? ご主人様がよく、〝変態でさえなければ〟と言っておったのは、つまり、妾こそが最も初恋の相手に近いというわけで――」
「……ん。ティオも愛子も残念。えっちなゲームでは吸血鬼推し」
「いえいえ、ユエさん。ハジメさんは十分にケモナーですよ?」
「ユエお姉ちゃんたち……そんなところで対抗心燃やさないでほしいの」
ハジメの初恋相手に対する議論で大盛り上がり。止める気配はまったくなし。むしろ、もっとちょうだい! もっと活きの良い黒歴史カモンッという感じだ。
そして、智一以外の親達――昭子、薫子、霧乃、そしてレミアも。
「普通なら、幼稚園の先生とかでしょうにね?」
「どうりで香織がアプローチしても舞い上がらなかったはずね。だって、ハジメ君は二次元の女の子にしか興味がなかったんだもの!」
「リアルなファンタジー世界で、二次元の女の子のようなユエちゃん達と出会って、それがきっと心の中で上手く現実の女の子と結びついたというわけね。もし召喚されていなかったら、一生リアルの女の子には興味を持たなかったかも」
「あらあら、でしたら。そういう意味でもユエさんには感謝ですね。私達の好意をハジメさんが受け入れてくださったのも、ユエさんが〝現実の女の子も良いでしょ?〟と教えたから、ということですしね?」
「……ん! 文字通り、奈落時代に毎晩、体に叩き込んだ!」
「ユエさんグッジョブ!」
「くぅ、悔しいけどグッジョブと言わざるを得ないよ、ユエ!」
ドヤ顔で胸を張るユエ様。奈落の底に響いた「アーーーーーッ」の数だけ、ハジメは分からされたということか。
「むごい……」
「まったくの同意だ。ボス、ご両親を止められぬ無力な部下をお許しくださいっ」
男の矜持というか、恥ずかしい部分というか、晒したくなかっただろう歴史で盛り上がられる辛み。
それが分かるので、アルフレリックは両手で顔を覆い、カムは無念を表情に称えて項垂れてしまっている。
「なるほどなるほど。つまり、魔王陛下は女や夜の営みについて数多の想定を重ねてきた夜の帝王でもあり、そのように育てられたと……」
「「そうそ――ん?」」
気持ちよく語っていた菫と愁が、思わず「そうそう」と言いかけて、しかし、よく聞くとおかしなまとめられ方に疑問符を浮かべる。
マオ編集長は、凄まじい、それこそ残像が発生していそうなペン捌きでメモを取りつつ、ニッコリ笑顔で言う。
「ならば、ハーレムくらい築いていないと妻が一人では大変ですね! シア姫が唯一でなくとも仕方ない! 全てはご両親の計画通り!」
「「えっ!? ちょっ、ちがう――」」
「貴重なお話をありがとうございます! それはそれとして、シア姫の日本での日常についてお聞きしたいのですが!」
「いや、その前に誤解が――」
「シア姫は南雲家で上手くやれているのでしょうか? キャラの濃すぎる妻達に日陰においやられているのでは? 所詮は田舎のウサギだと、お二人も下に見ておられる?」
「そんなことないわよ! 料理は上手だし! 家事は万能だし! 特売の店から店へ、いつの間に移動したのかしら? 既に凄腕の主婦ね!って、ご近所さんにも評判なのよ!」
「まったくだ! 地域のボランティアや清掃活動にも積極的に出るし! むしろ、ユエちゃんじゃなく、シアちゃんこそ正妻だと思われているくらいだぞ!」
「エッ!? お義母様!? お義父様!? その話、詳しくっ」
「ユエさん、必死w」
寝耳に水といった様子でガバッと顔を向けるユエ。絵に描いたような愕然とした表情だ。
だから、いつもご近所さんとの付き合いは大切に!って言ってますのに、最近すぅ~ぐナマケモノになるんですから、とドヤ顔で胸をぶるんっとするシア。
香織達も、シアのご近所での評判が想像以上と知って、より話に傾注し出す。
……マオ編集長の悪癖を、愁と菫と同じくスルーしてしまったことに気が付かず。
「ほうほう、相当な信頼を置いているようですね?」
「もちろんよ」
「ああ、不満なところなんてないさ」
「んもぉ、義母様も義父様も褒めすぎですよぉ」
「……あ、あの、お義母様? お義父様? 私は? ユエさんは信頼されてますか?」
てれてれウサウサと頬を赤らめるシアと、不安そうに菫の服の裾を引っ張るユエ。休日の過ごし方が、ここまで如実に評価へと繋がると思いもしなかったらしい。焦っている。
しかし、その問答が始まる前に、そして、香織達まで自分への評価を聞こうと口を開く前に、
「ですが、魔王陛下自身は、どう思っていらっしゃるんでしょうね?」
その一言で、ぴたっと空気が止まる。あ、なんかまずそう……とアルフレリックが口を挟む。
「マオ、そろそろ良いだろう。少し踏み込みすぎだぞ」
「おっと、これは失礼! いやぁ、記者としてはやはり気になってしまうんですよねぇ。――結局、誰がお嫁さんに最も相応しいのか、という点がね?」
ずぉっと気配が膨れ上がった。言わずもがな、ユエ達である。レミアまでそわそわしている。やはり、気になるらしい。
「一緒に生活して初めて感じる不満、見えてくる欠点。たとえ、今まで最愛の恋人だったとしても、妻としては……なんてことも、ね? どうですか、皆さん! ご自分は十全に夫婦生活を営めていると言えますか!? シア姫より上だと断言できますか!? 夜の営みの回数、シア姫が一番多いのでは!?」
「「「「「「そ、そんなことないけど!?」」」」」」
煽りに煽られて(?)、自分達がいかに満ち足りた日々を送っているかアピールし始めるユエ達。その合間合間に入るマオ編集長の質問が絶妙で、ハジメが聞けば悶絶もののイチャイチャ話まで語られていく。
「い、嫌だぁ! 娘のそんな話、聞いてたまるかぁっ」
「!? い、いかん! 智一殿! その窓は貴殿が耐えられる高さではありませんぞぉ!」
ハジメと鷲三、虎一が飛び出していった窓からダイブする智一。
おそらく、彼等が躊躇いなく飛び出たので窓の外には足場があると思ったのだろうが、実はそんなものはなく、地上十メートルくらいの高さにある。途中、太い枝が何本かあったりはするが、それだけだ。常人なら重傷以上間違いなしである。
智一が窓の向こう側にダイブした瞬間、カムが素早い動きで追いつき空中で腰にしがみついた。が、そこまで。二人の姿が下へと消える。「あぁ~~~~~っ」という智一の悲鳴と「なんのこれしきぃ!」という気合いの入ったカムの声が響いてきた。
一応、いつの間にか鉤爪付きロープが窓枠にかけてあったので、カムが上手く着地してくれるだろう。
香織と薫子が慌てて窓際に駆けつける。
「お父さん!? 大丈夫!?」
「あなた~~!? 無事なの!?」
「智一殿は大丈夫ですぞ~」
なぜか智一からは返答がなかったが無事らしい。たぶん、ナチュラルに九死に一生を得る経験をして声が出ないのだろう。心臓バクバクに違いない。
あと、なんで八重樫家の二人は普通に着地して決闘までしているのか、混乱しているに違いない。……逸般人だからか、というほかないだろうが。
香織と菫子が揃ってホッと息を吐く。いくら蘇生すら可能とはいえ、父かつ夫が身投げする光景は肝が冷えた。それはユエや愁達も同じだ。揃って気分を乗せられ、ちょっとプライベートすぎる話題を口にしまくっていたことを自覚しハッと正気に戻る。
特に、ユエ達は赤面してしまう。アルフレリックやカム、そして愁など男性陣が残っているうえに、母親まで揃っている状況で自分達は何を自慢しているのかと。
と、その時、元凶が敏感に反応した。
「むっ、時間ですね。菫様、愁様、そして皆さんも取材ありがとうございました! おかげで良い記事が書けそうです! それでは私はこれにて!」
「あ、こら待ちなさい!」
菫が何か言う前に、風の如くササッと別の窓まで移動したマオ編集長は、そのまま翼をばさりと打って飛び出していった。
それは、取材対象が正気に戻ったことを察知して、というより、まるで直ぐ近くまで猛獣が来ていることに気が付いたみたいな鋭敏な動きだった。
その危機察知能力は本物だったらしい。
「はぁ~、疲れた。精神的に。なんで炎の虎やら、連続する稲光なんて光景を幻視してしまったんだ?」
「達人クラスになれば当然だ」
「だが、今日は普段より技が冴えていたな。やはり、ハジメ君との戦いは良い鍛錬になる」
「目的、変わってません? あと、達人なら当然って……地球こえぇ」
マオ編集長と入れ違いになるようにして、ハジメ達が戻ってきた。
そして、部屋の微妙な空気――ユエ達が揃って赤面し、母親達が生暖かい目を巡らし、菫と愁はちょっと冷や汗を掻きながら目をそらしていて、アルフレリックとカムが酷く同情的な眼差しを送ってくる――に、困惑の表情を浮かべる。
「え、なんだこの空気。何かあったか?」
「な、なんでもないわよ、ハジメ!」
「母さん? ……何か隠してるな?」
「んま! この子ったら母親を疑うの? この目を見なさい。これが隠し事をしている人の目に見える?」
「その目を見て、何か隠していると確信したんだが? 父さんは、さっきから目を合わせようとしないし」
「そ、そんなことないが!?」
息子が絶対に心痛を煩うだろう思い出の数々をせきららしちゃった二人の動揺は、まるで犯人だと言い当てられた人のお手本のようだった。
ユエ達まで視線を合わせないので、ハジメはミュウを見てみるが……途中からレミアに耳を覆われていたのだろう。「ええ、ええ。ミュウは良い子ですからね! 何も聞きませんよ!」みたいなむすっとした表情で腕を組み、レミアの膝上に大人しく座っている。
代わりに答えたのは、男二人が義理の息子と楽しんできたことに少し妬いている霧乃だ。
「大したことじゃないのよ、ハジメ君。貴方の幼少期のかわいい思い出とか、娘達との夜の生活の話を少々、ね?」
「それは大したことですが!?」
バッと、両親やユエ達を見るが、揃って冷や汗を噴き出しながらますます視線を逸らされる。なるほど。アルフレリックやカムが、同じ男として同情している理由がよく分かった。
「ハッ!? 待てよ、今さっき飛び立っていった気配は、確か翼人の族長……ちょっ、ばか! ゴシップ記者に何をしゃべってんだよ!」
「ち、違うのよ、ハジメ! あの人、すっごくハジメを褒めてくれるから、つい!」
「そうなんだ! 知られざるハジメのかわいいところを万人に知ってもらって、畏敬だけでなく親しみやすさも持ってもらいましょうって言われたら……つい話しちゃうだろぉ!?」
「話すな! ユエ達まで何をやってんだよ……」
「……だ、だって! あの女が〝誰が一番お嫁さんに相応しいか〟なんて言うから!」
「そうだよ! あきらかにシアを贔屓してるし!」
「大迷宮の攻略した後、あの人、私達に取材したじゃない? あの時も、シア贔屓の曲解と拡大解釈が凄かったし、ね? ……光輝なんて、ハジメのお尻を狙う禁断の愛の戦士にされていたじゃない」
「このままでは、ご主人様はシア以外眼中にない、くらいのことを記事にされてしまうと思ったんじゃ。以前の記事でも、そんな感じのことを書いておったし。反論と主張をしっかりせねば、何を書かれるか分かったものではなかろう?」
「私は……ユエさん達が自己アピールし出したので、雰囲気に流されてしまったと言いますか……ね、ねぇ? レミアさん」
「……はいぃ。私ったら、皆さんと娘の前でなんて話を……うぅ、恥ずかしい……」
昭子や薫子から「ハジメ君ったら、娘とそんなことしてるのねぇ……」みたいな生暖かい視線を送られて、ハジメは思わず両手で顔を覆った。
と、同時に、部屋に戻ってくる時、なぜか入り口付近に立っている元祖兎人族の幼女キラちゃんを見かけたことを思い出す。今も気配が入り口の近くに、ある!
バッと振り返ると案の定だった。ウサミミが入り口の端からひょこひょこ。そぉ~っと顔を覗かせて……ハジメと目が合う。ビクッと震え、瞬間湯沸かし器みたいに真っ赤になった。
そして、涙目になると、
「ぉとっちゃんのケダモノぉ~~っ」
物凄い小声でそんなことを呟いて、キラちゃんぴゅ~~っと駆け去ってしまった。
少しの間、固まっていたハジメは一息吐いて。
「ユエぇ! 空間の窓! 目標、クソ鳥!」
「! あ、あいあいさぁ~~!」
フォンッと開く窓。その向こう側に、木々の合間を万が一の追手をまくようにして飛び抜けていくマオ編集長の姿があった。
「クヒッ、いいネタが入りましたよぉ。見出しはこう! 『魔王陛下は夜の帝王!? しかして、応えられるのは一人のみ! 寵愛はシア姫のもの! 日本では既に正妻と認知か!』。世界よ、震えろ! もはや我等の同胞しか勝たん! 勝たんということを世界中に認知させてやるぜぇ~! 獣人こそ魔王陛下に最も近しい種族なのだとね! クハハハハハッ」
なんて、邪悪な高笑いを上げている。案の定とはいえ、これは酷い。私欲を原動力にした拡大解釈と事実の歪曲。悪徳記者の見本を見たような心持ちだ。
誰もがドン引きしている間に、アルフレリックが頭痛を堪えるように補足した。
「一応言っておくが、樹海が鎖国を解いているのは周知の通り、輸出品の中には情報誌もある。他国に出す分は検閲しているが……別の情報誌の密造や密輸出がないとは言えん」
樹海のこと、フェアベルゲンのこと、そして獣人族のこと。
それらを人間族に知ってもらい、今後の共存に役立てるための情報誌の発行は内容の厳選と、厳格な内容のチェックの後に各国に出されている。
それに紛れさせることは不可能ではないだろう。そう、マオ編集長の独断と偏見と私欲に満ちたゴシップ雑誌を。
そんなアルフレリックの説明が聞こえたのか、マオ編集長がふっと背後へ視線を向けた。
そして、追随する空間の窓、その奥の悪鬼羅刹の顔をした魔王陛下と目が合った。
「……」
「……」
無言ながら、人殺しの目を向けるハジメと、ぶわっと冷や汗を噴き出すマオ編集長。
一拍。
「……タ、タイトル。『魔王陛下と奥方たちの愛と平穏に満ちた日常』」
マオ編集長、ひよる。
魔王陛下、宣告する。
「処す」
いやぁあああああっという悲鳴と共に、一目散に逃げようとするマオ編集長へ、空間を超えて魔王が襲い掛かった。
上から押し倒すようにして地面に落下し、そのままうつ伏せ状態で拘束。やめてぇ! 羽を毟らないでぇ! 謝りますから! 絶対に口外しませんからぁ! なんて涙まじりの懇願する声が聞こえてくる。
もちろん、容赦しない魔王様。次にトータスに来た時、俺達のゴシップ記事が出ていなかったら羽を再生してやるわぁ! とムシムシしまくる。
もはや、ハゲるのは避けられないと悟ったのだろう。マオ編集長は、悪魔に魂を売った記者のように開き直って叫び出した。
「たとえ私の羽を毟ろうとも、第二第三の私が世界に飛び立つだろう! ペンは暴力より強し! シア姫万歳! 我等の同胞こそ世界一ぃいいいいいっ!!」
それをドン引きしながら見ている間に、シアが白けた表情で言う。
「知ってます? あの人、かつてハウリア族絶対追放! 絶対処刑!って訴えていた人なんですよ」
掌く~るくる。マオ編集長のそれは、羽毛より軽く返されるらしい。
うわぁ~と声にならないドン引きな雰囲気が漂い、薫子さんが思わず一言。
「族長さんって、まともな人が……あっ、ごめんなさい! なんでもありません!」
わぁっと声にならない悲しみの雰囲気をまとって、アルフレリックは両手で顔を覆ったのだった。
なんとも騒がしい昼食会を終えて。
結局、マオ以外の族長は昼食会に参加してこなかったのだが、その理由が、お祭り騒動を鎮静化させた後に自分達だけ推しと食事ができるとドヤ顔した結果、ぷっつんした都民に「死んでも行かせるかっ!!」とキレられたからだったりする。
最終的に、派閥同士どころか派閥内でも大喧嘩が勃発し、各派閥のトップたる族長のみならず特に熱狂的な者ほど倒れ伏した状況に陥ったのだ。
そんなわけで、ハジメ達は実に静かに都を一巡りして楽しむことができ、今は都での最後の訪問地――郊外にある広場へとやってきていた。
理由は言わずもがな。シアの想いが成就した大切な場所だからだ。
過去映像の中で、夕暮れの優しいオレンジ色の光が、切り株のテーブルセットに腰掛けるハジメとシアを木々の合間から照らしている。
ハジメの表情は、参ったと降参しているような、あるいは慈しむような、今までシアに向けてきたそれの中でもとびっきり優しいものだった。
『シアが愛しい。誰にも渡したくない』
「「「「ひゃぁ~~~っ♪」」」」
「「「きゃぁ~~~っ♪」」」
ひゃぁ~っは菫、昭子、薫子、霧乃の歓声で、きゃぁ~っは当時はいなかった愛子、ミュウ、レミアだ。
「はぅああ~~っ、見て欲しいとは思いつつもっ、これは照れますねぇっ!」
シア自身もウサミミを垂らして目元を隠し、赤面しながらモジモジしてしまう。
「まぁ、これは悶えちゃうよね~」
「うむ、当時もでばがめしておったが、今見てもこう胸の内がきゅんきゅんするのぅ」
「……ん。見て、あのシアの表情。かわいすぎるっ」
「や、やめてくださいよぉ、ユエさぁん」
なぜかユエの方が自慢げに指を差して、しかも切り抜きみたいに静止画状態にしたのは、旅路の果てにようやく想いが成就して感極まるシアの乙女な表情。
それは、愁や智一達から見ても、思わず「ほぅ」と溜息が漏れてしまうほど可憐であった。
「ありがとうね、シアちゃん。うちの息子を好きでい続けてくれて。改めて言うけれど、奈落を出て最初に出会った子がシアちゃんで、本当に良かった。貴女は間違いなく、幸福を運ぶウサギさんね?」
「あんなに雑に扱われて……申し訳ないと思うが、同じくらい、それでも寄り添ってくれたことに父親として心から感謝するよ。本当にありがとう」
「義母様、義父様……」
ぐすっと涙ぐむシア。菫と愁は改めて、目を細めているカムを見やった。
「本当に、素敵なお嬢さんですね、カムさん。家族になれて、私達は幸せ者です」
「まったくです。貴方にも感謝を」
「……それは私のセリフです。娘を愛してくださり感謝します。まぁ、謙遜が必要ないくらい自慢の娘ですがね!」
「も、もぅっ、父様ったら!」
久しぶりに、実父から頭をぐりぐりと撫でられて、感涙を目尻に溜めながらもほにゃとした笑みを浮かべてしまうシア。
その光景を見れば、誰もが同じように表情が和らぐ。幸福を運び、自身も周りも幸福にするウサギという菫の言葉が、シアとハウリア一族の歩んだ道の過酷さを知ってなお、なんの抵抗もなくスッと心に入るくらい。
もっとも、当のハジメだけは、同じく綻んだ表情ではあるが……少しばかり目が死んでいた。雰囲気は柔らかいので、ギャップで余計に違和感が酷い。
「パ、パパ? 大丈夫? いったいどこを見てるの?」
「大丈夫だ、問題ない。ちょっと羞恥心と戦うために時空の彼方を見つめているだけだから」
「それは大丈夫じゃないと思うの」
ユエ達に夜のあれこれを暴露され、幼少期の恥ずかしい経験も周知され、そのうえでの告白シーンの公開。
元より、当時はユエ達がでばがめという名の見守りをしていると知った上で正直な想いを告げたわけで、改めて見られることへの羞恥心はそこまで強くはなかったのだが……いろいろ知られるタイミングが絶望的すぎた。
こうやって想いが通じ合った後に、あんなことやこんなことを? と揶揄うような目で、または生暖かい目で見られるのは流石にいたたまれない。
そうこうしている間に、映像の中では夕日に照られさながらのキスシーンが映し出され、女性陣が更に盛り上がり始めた。器用にも、男性陣の前にだけは〝見せられないよ君〟が出るという配慮をしつつ。
もっとも、念のために出されただけで、愁達は紳士なので自主的に視線を逸らしていたが。
女性陣がシアを囲んできゃっきゃきゃっきゃと楽し気に騒ぎ、当時の気持ちなどを根掘り葉掘り尋ね、シアも弾むような声音で嬉しそうに応えている間に、愁達はハジメの方へと集まった。
「ふぅむ。それにしても、シア君をこのタイミングで受け入れたのは意外だったな」
「雫への対応しかり。今までの旅行で見た限り、君はユエさん一筋という感じだったしな」
積み重ねてきたものがあるというのは十分に分かったが、なぜこのタイミングなのか。という疑問を、鷲三と虎一が口にする。
「それは……」
少し考える素振りを見せて、ハジメは大樹の方へ視線を向けた。
「たぶん、心に少し余裕ができたからでしょう」
「余裕……何があったんだい?」
智一が興味深そうに尋ねると、ハジメは智一ではなく愁へと視線を転じつつ返答した。
「大樹の大迷宮を攻略して、ようやく手に入れたんです。家に帰る、具体的な方法を」
「……そうか。それでか」
圧倒的に見えて、迅速果断で迷いなどないように見えて、実際にその通りではあったけれど、内心には余裕などなかった。
いつ帰れるか、どうやったら帰れるのか。薄まるどころか強くなっていく望郷の念を抱える中では、それが分からぬうちに余裕など持てるはずがなかった。
もちろん、ユエ達がいてくれたから〝精神的に追い詰められる〟なんてことはなかったが……それでも、いつだって必死だったのだ。
だからこそ、羅針盤で地球の存在を感じ取り、概念魔法という帰還手段を知ったハジメは、ようやく少し、帰る目途がついて安心したのだ。
「旅の終わりが近いって、大迷宮の数だけの話ではなく、エヒトや魔人族との関わりにおいても漠然と感じていたんです。だから、言える時に言いました。ほら、この旅が終わったら~なんて、いかにもフラグっぽいでしょう?」
「ははぁ、あれか。戦争が終わったら結婚するんだ、みたいな」
「それです」
オタク知識には疎い智一でも言わんとすることは分かったらしい。納得顔で頷く。
「ハーレム教育を受けた君が、あれだけの経験を共にすれば、それは絆されもするか……」
「ちょっと待とうか、智一君。俺も菫もそんな教育はしてないが!?」
まだ誤解しているらしい。智一から、ハジメがハーレム野郎になってしまったのは、南雲夫妻のせいなんだよ、とこっそり教えられた鷲三と虎一も、愁の弁明を誤魔化しと捉えて首を振る。
「いや、そんな教育は受けてませんよ」
「ほら! 息子もこう言ってる!」
「教育と洗脳は紙一重なところがあってだね……」
「OK。智一君が俺をどう思っているのか、よく分かった。ちょっと話し合おうか」
今までの旅路で、ユエ以外の女性に対しては割と明確な態度を取っていたことは周知のことだ。なので、単純に女好きのハーレム野郎! と罵倒するのはどうかと思ってしまって、智一的には新たな責任の所在を見つけた気分らしい。
ハジメは苦笑い気味に父親を援護した。
「シアを受け入れた原因を言うなら、それはむしろユエじゃないですかね?」
「む? どういうことだい?」
「ライセン大迷宮でシアを認めてからというもの、ユエはよく『シアのこと、もっときちんと見てあげて』と俺に言うようになったんですよ」
正直な話、実に複雑な気分だった。最愛の女から他の女もないがしろにしないでと言われるのは。
「そうでなければ、異性としては意識していなかったでしょうね。もちろん、人としてはこれ以上ないほど信頼していたのは間違いないですけど」
「……異性と意識するよう心掛けたからこそ、ハジメ君の心も育ったということか」
納得半分、不可思議半分。智一だけでなく、愁や鷲三、虎一まで曖昧な表情になる。
ハジメがシアを異性として意識するようになった理由は分かったが、しかし、それだとユエの心情がいまいち納得できない。
この旅で、ハジメという存在がユエにとってどれほど大きいかということは、誰もが知ったことだ。
思わず、愁達がユエへと視線を転じると、ユエ達も途中からこちらの会話を聞いていたようで全員が顔を向けていた。
「お義母さんも、ぜひ聞いてみたいわね」
なんとなく分かっていそうな慈愛の表情でユエの頭を撫でる菫。
ユエは少し照れ臭そうにしつつも、「そういうことなら」と口を開いた。
「……ハジメを幸せにするためです」
「他の女性を勧めることが、かしら?」
薫子が難しい表情で小首を傾げる。ユエは「んっ」と頷き、とつとつと語り出した。
「……最初は二人っきりで良いと思いました。ハジメ以外は、誰も何もいらない。むしろ、ハジメさえいるなら奈落で一生過ごしてもいいと。むしろ、それがいいと」
「分かるわ」
「薫子!?」
「……うっ、ちょっと分かる」
「香織ぃ!?」
お父さんズから、智一さんに哀れみの視線が送られる。
それはさておき。
「……でも、外に出て、シアに出会って、一生懸命に絆を育もうとしてくれて。愛子に出会って、その話を聞いて……本当にそれでいいのかな?って思うようになりました」
「ユエさん……」
「私の話、ですか」
「……ん。全てを切り捨てる生き方は寂しいって。あの言葉は、私の心にも響いてた。確かに、ハジメが慕うだけはある〝先生〟だなって」
「そ、そうですか」
愛子の耳が赤く染まる。照れているらしい。昭子が、ウルの町での娘を思い出して褒めるように頭を撫でている。
「……ハジメが生きていたことに心から安堵してくれる子達がいて、気に喰わないけど、生きていることを信じて必死に探そうとしている奴もいて、ハジメが変わらず信頼している子もいた」
ユエの視線が香織や雫を巡り、「そして」と続く。
「……旅の中で子供達を見るハジメの目は、ミュウが傍にいる時の雰囲気は、いつだって優しかった」
だから、確信したのだ。
「……私だけでも、ハジメを幸せにする自信はあった。けれど、もっともっと、私の想像を超えて幸せにするなら、ハジメにはたくさんの大切があったほうがいい」
だから、死地にすら共に飛び込めるほどの想いがあるのなら、他の〝特別〟な誰かがいることも許せる。たくさんの大切に、囲まれていてほしいと思う。
「……そのためなら、なんだってできる。なんでもする」
そう締めくくったユエに、誰もが声を発せなかった。気持ちの大きさに、怖いくらいの愛情に圧倒された気分だった。
ハジメのために、なんだってするユエ。
ユエのためなら、神だって殺してみせるハジメ。
「こういうところが、ユエさんには敵わないなぁと思っちゃうところなんですよねぇ」
「ふっ、誰がなんと言おうと妾達の自慢の正妻様じゃな」
「うぅ、悔しいけど反論はしないよ」
「マオ編集長に何を書かれても、結局、そのうち誰でも分かっちゃうでしょうね」
くすりと笑いながらの雫の言葉に、異論を口にするものは一人もいなかった。
「ユエちゃんも、ありがとうね」
「お義母様? ――うぷっ」
菫にむぎゅっと抱き締められたユエだったが、直ぐに引き離された。
ハジメである。ほとんど抱っこ状態でむぎゅっと。
「ちょっとハジメ。今は私がユエちゃんを抱っこしてるのよ。返しなさい」
「は? やだよ。ユエは俺のだし」
「はぁ~、独占欲丸出しでみっともない! いいからお母さんに返しなさい!」
「やめろぉ! 俺は今、無性にユエを愛でたい気分なんだ!」
「それは私もよ! ほら返して! 早く返して!」
「ふ、二人共、やめ――」
「ハジメさんも義母様も! ユエさんが苦しそうですよ! ここは間をとって私が貰います! シャオラッ」
「「ああっ、何をする! ユエを返せ!」」
「んん~~っ!?」
超膂力でひったくるようにしてユエを奪取。そのまま胸の谷間に収納するみたいに抱き締めて逃げるシア。それを追う南雲親子。
過去映像の中ではちょうど、
『ユエさんっ、私ぃ、やっとぉ』
『……ん。よく頑張りました』
『ふぇえええんっ、ユエさん大好きですぅ! ずっと一緒ですぅ!』
と歓喜に泣きじゃくりながら幸せそうな笑顔でユエに抱き着くシアと、それを慈愛の眼差しで抱き締めるユエの姿があり、
『……俺より、ユエとの方が感極まってないか?』
と仏頂面になっているハジメの姿が映し出されていた。
それを見て、ミュウがくすくすと笑いながら言う。
「やっぱりユエお姉ちゃんの一人勝ち! ユエお姉ちゃんしか勝たん! なの」
「う、う~ん。ミュウ、少し意味が違うかも?」
レミアの言う通りうちの推しが一番という意味とは少しずれるが、ハジメにも、シアにも、その家族にも奪われ合うことに幸せそうなユエを見ると……
誰もが「なるほど」と納得せずにはいらないのだった。
そうして、微笑ましい雰囲気でユエ達のじゃれ合いを眺めることしばし。そろそろ最後の観光地――大樹ウーア・アルトと、その試練を見学に行こうとなった、その時。
「ちょっと待ったぁ! シア、ずるいわよ! 自分だけ告白シーンを自慢するなんて!」
「ゲッ、ラナさん! それにネアちゃん達まで!」
「チッ、覚えてやがったか」
闘争に身を委ねていたハウリア女性陣が戻ってきた。
どうやら、例のあのシーンを見てもらうために必死こいて勝負を終わらせて駆けつけたらしい。全員が戦場帰りの兵士の如くボロボロだ。
シアは純粋に旅行の邪魔をされそうで嫌そうに、ハジメは本気で過去再生を見たくないのか露骨に舌打ちして拒否を示す。
「時間が押してる。諦めろ――」
「ユエちゃん、やっちゃって!」
「合点承知ですっ、お義母様!」
「ユエぇ!?」
ハジメのためならなんでもするユエちゃんは、でも、お義母様を優先する!
「父さん、とめろぉ! 全身がむず痒くなるぞ! 下手をしたら心が死ぬ!」
「え? 何を言ってるんだ、ハジメ」
お義父様の制止なら躊躇いくらい生まれるのでは? と考えて愁に頼むハジメだったが、彼の者の恐ろしさを知らない愁は戸惑うばかり。
その隙に、実際に見ていたので時系列に迷うこともないユエは、一瞬で過去の時点を探り当てた。ユエさんは優秀なのだ。
そうして、ハジメが改めて止める間もなく。
それは解禁されてしまった。
『君の圧倒的な魅力に私は心奪われた。この気持ち、まさしく愛だ!』
「いやぁ~~~んっ、こうくんったら情熱的っ!!」
手に入れたばかりの重力魔法で宙に浮き、キレッキレのターンと共に香ばしいポーズ!
現在のラナが両手を頬に添えてくねくねと見悶える。愁達がぞわぞわっと自分の香ばしい過去を思い出して身震い! 一人勝ち組なことをチラチラと視線でアピールしてくるラナに、ハウリア女性陣が怒りで戦慄く!!
そう、そこにいたのは、
『私は乙女座の男、コウスケ・E・アビスゲートッ!!』
『いや、誰だよ!?』
深淵に身を落とした浩介君だった。ライセンの試練を乗り越えて、なんともまぁすっかり香ばしくなって! ちなみに、浩介君の誕生日はかに座だ!
『どれほどの性能差であろうと! 今日の私は、魔王をも凌駕する存在だ!』
『おいおい正気に――いや、待て、そのセリフ! てめぇっ、俺の敬愛するグラハ○さんの名言をパクるんじゃねぇーーっ!!』
そうして始まった魔王VS深淵卿。
ラナの歓声が響く中、初っ端から香ばしさ全開の戦いに、お母さんズもお父さんズも揃って呆然とするほかないのだった。
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※ネタ紹介
・マオ編集長と月刊フェアベルゲン
⇒書籍8巻の番外より。
・乙女座の男
⇒ガンダム00のグラハムさんの数多ある名言の一つ。ガンダムシリーズで三本の指に入るくらい好きなキャラです。