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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅤ
430/544

トータス旅行記㉟ もう箱推しでよくない?



「くっ、お祖父さま! なぜ分かってくださらないのですか!」

「もう何も分かりたくない」


 南雲家が認める芸術的な土下座を見せつけた長老衆の実質的トップ――森人族の長老アルフレリック・ハイピストが、疲れ切った表情で弓を引く。


 引くはずの弦を押し出し、弓を水平にして肩越しに後ろへ向ける。本来とは前後逆に構えられた変則的すぎる弓は、しかし、正確無比に目標を狙い撃った。


 真後ろへ飛んだ矢は、木陰から木陰へシュタタタタッと移動しようとしたアルテナの、今まさに踏み出そうとした足の数センチ先の地面に突き刺さったのだ。


「こっ、ゆびぃ!?」


 タンスの角に足の小指を全力でぶつけたような痛みを唐突に与えられて、アルテナが顔面から地面にすっ転ぶ。


 しかし、しぶとい。小指の激痛にニヘェッと気持ち悪い笑みを浮かべながら、流れるような前回り受け身を取り、そのまま霧の向こうへ姿を消した。


 そして、


「わたくしが嫁ぐ相手はわたくしが決めます!」

「相手の合意が必要だということを忘れてないか?」

「勝手に結婚相手を決めようとしても無駄ですわ!!」

「そうだな。絶対に無駄に終わるから考えてないぞ」

「わたくしの人生ですわ! わたくしの好きに生きて何が悪いんですの!?」

「公序良俗に反してるところ」


 会話が噛み合っているようで噛み合っていない。まるで、勝手に結婚相手を決める親(事実無根。困ったちゃんの思い込み)に反発する恋愛系物語のヒロインのようなセリフと共に、霧の奥から飛来する鋭き矢。


 それを半歩だけずれてかわし、それどころか溜息交じりに掴み取り、そのまま流れるように弓につがえて即座に放つアルフレリック。


 霧の奥から「あはんっ」という艶めかしい悲鳴が聞こえてくる。それに頓着せず、アルフレリックは腰の矢筒から三本の矢を取り出して、同時につがえつつ斜め上の上空へと放った。


「負けませんわ、お祖父さま! どうか認めてくださいまし! カム様に嫁ぐことを! シアの義母になることを!」

「もう、お前を貰ってくれるなら誰でもいいんだが……」


 チラッと、揃って三角座りして完全に見学者と化している南雲一行の一角、カムとシアに視線を向けるアルフレリックだったが、父娘の二人は揃って首をブンブンッと振っているので再び溜息。


「嘘です! 現にこうして、わたくしの幸せ家族計画を邪魔しに来たではありませんか!」

「幸せそうなの、お前だけなんだもの」


 すっかり変わり果てた森人の汚姫様は聞く耳を持たない。イメージするのは常にお仕置きされる自分。血潮はピンクで、心はぬれぬれ。幾度の打擲を受けてなお足りず。一人、脳内妄想に酔いしれている。お願いだから正気に戻ってほしい。


 という祖父の想いは、既に手遅れなので通じない。


 再び霧の奥から飛来する矢。頭部、鳩尾、股間を狙った上中下三カ所同時撃ちだ。


 流石は弓術に優れた森人族の姫というべきか。無駄に高度な腕前である。というか、一応、矢の先は球状の木片と布で覆った打撃用とはいえ、祖父の股間を容赦なく狙うという点に手遅れ具合がよく表れている。


 孫娘の所業に死んだ魚の目になりながら、それでも回転運動と共に射線から逃れつつ、アルフレリックは三本の矢を片手に速射を行う。


「ふぎゃ!?」


 一本目の矢が枝葉で生い茂る木の上側に飛んだ直後、額を打たれたらしいアルテナがひっくり返りながら落ちてきた。


 その落下中のアルテナの腹部に二本目の矢がヒット。「ぎゃう!?」と姫らしからぬ獣のような声を漏らして吹き飛び、地面に落下。


 ゴロゴロと転がるところへ追撃の三本目が当たり、微妙に右側へ跳ね飛ばされつつうつ伏せに。


 そこへ、先程上空へ飛ばした三本の矢が降り注いだ。冗談みたいに、それぞれ両脇と股の間の衣服に突き刺さって変態を地面に縫い付ける。


「ね、狙ってやったんだろうか?」

「だとしたら神業ね……」

「すごい! すごいわ、愛子! 映画に出てくるエルフさんより凄いわ!」

「う、うん。私も初めて見たけどびっくりしてる」


 白崎夫妻がぽかんっと口を開けて唖然とし、昭子が興奮気味に娘の肩を掴んで揺さぶっている。


 八重樫家から盛大な拍手が贈られたのをきっかけに、ハジメ達からも「おぉ~!」と驚嘆の声と称賛の拍手がなされた。


 苦笑いしつつ一礼したアルフレリックは、そのまま動けないアルテナのもとまで歩み寄ると、


「ま、まだです! わたくしはまだっ」


 なんて内容は変態が変態を押し通そうとしているだけなのに、見た目だけは主人公みたいな言動のアルテナを見下ろしつつ、懐から木筒と布を取り出した。


 そして、木筒の栓を抜き、中身の液体で布を湿らせて……


「そうだな。そろそろ胃痛薬のストックが切れそうだから補充しないといけないな」

「え? そんな話はしていませ――んんむぅ!?」


 後ろからチョークスリーパーをかけつつ、口と鼻を覆うように布をあてがった。


 絵面が完全に、少女を押し倒してヤバイ薬を嗅がせている犯罪現場である。被害者がちょっと恍惚としている点が異様だが。


「むぅ!! んむぅうううううっ!!」

「お時間を取らせて申し訳ない。この通り、孫娘は制圧したので気兼ねなく都へお越しいただければと思う」

「絵面がヤバすぎて話の内容が頭に入ってこないんだが」


 ハジメの言葉に全員が頷いた。アルテナがビクビクと痙攣し始めている。ただの眠り薬ではないっぽい。麻痺成分も入っているのだろうか。えげつない。


「あなた方の旅行を邪魔するどころか、カム・ハウリアとの婚姻を公認しろと決闘を迫る愚かな孫娘のことなど、どうかお気になさらず」


 二人が弓術戦を繰り広げ、それをハジメ達が座って観戦していたのはそういう事情からだった。


 土下座謝罪の後、アルテナを回収しようとしたアルフレリックだったが、当然ながらアルテナはごねたのだ。


 死んでもカム殿から離れない! 死が二人を別つまで共にあると誓ったのですわ! と。


 もちろん、その誓いにはアルテナが一人で勝手に、という但し書きがつく。


 念のために確認の視線を向けたアルフレリックに、カムは全力で首を振って否定したし、抱きつこうとしてくるアルテナを平手打ちで迎撃もした。


 しかし、汚姫様であるが故に、「ほら! このようにわたくし達は愛し合っているのです! 誰にもわたくし達は止められない!」とかのたまう始末。完全に〝障害多きラブロマンス〟に酔っていた。


 なので、やっぱり言葉が通じないとアルフレリックはゾンビみたいな顔色で強制送還しようとしたのだが、そこで、アルテナが決闘を申し出たのだ。


 彼女からすれば、祖父は自分の恋路を邪魔する分からず屋だったのだろう。自分と決闘し、勝ったら長老衆の立場で自分達の婚姻を公にしろと。


 カムが殺人的な目でアルフレリックを見たのは言うまでもない。


 アルフレリックは問答無用に連行しようとしたのだが、そこで実際に間近でアルフレリックの神弓術を見てみたいと思ったハジメ達が決闘を推奨。


 カムが絶望的な目でハジメを見たのは言うまでもない。


 アルフレリックからすれば最初から孫娘の妄言を聞く気は欠片もなかったのだろうが……何はともあれ、結果的には実力差がありすぎて問題なかったわけだ。


「いや、まぁ、こっちとしては神業も見られたし、良い余興になったんだが……」

「え、ええ。息子の言う通りなので……あの、アルフレリックさん? ちょっと拘束する腕に力が入りすぎじゃないかしら?」

「孫娘さんが白目を剥いてますよ! 唇が紫色になってるし! 窒息しかけているのでは!?」

「菫殿も愁殿もお優しくていらっしゃる。ご迷惑をおかけした孫娘に過分なご配慮、痛み入る」

「「いやいやいや! 配慮じゃなくて事実だから!!」」

「「いいぞぉ! そのままやっちまえ!!」」

「「カムさん!? シアちゃん!?」」


 がくりっと意識を飛ばしたアルテナ。顔は歪み、血走った白目を剥き、口元から泡と(よだれ)が溢れている姿は軽くホラーだ。まるで、某テレビの中の井戸から這い寄ってくる呪いのビデオの彼女のよう。仮にカムと相思相愛だったとしても、この時点で百年の恋も冷めそうな形相である。


「そろそろ昼食にも良い頃合いだ。さぁ、都へ案内いたしましょう」

「どんだけ都に来てほしいんだよ」

「ぼうど――んんっ、お祭り騒ぎになりそうでしてな」

「今、暴動って言いかけた?」

「長老衆の大半があっち側なので、あまり焦らすと何をしでかすか……」


 たぶん、あれだ。世界的な有名人が来訪する寸前の空港みたいなものだ。熱狂するファンで場が過熱し、通路に並ぶ警備員や警察官が冷や汗を流すやつである。


 アルフレリックが無表情で懐から何かの葉っぱを取り出し服用した。おそらく、胃薬の原料だ。加工する時間がなかったのだろう。もはや胃に一刻の猶予もないらしい。


 小さな声で「わたし、ブラック国家で長老しているのだが、もうダメかもしれない……」と呟いている。


「あ、あのアルフレリックさん、元気だしてください! 今、再生魔法で癒やしを!」

「……ティオ、愛子! 魂魄魔法、合わせて!」

「なんと哀れな。最大限で行使しようぞ!」

「アドゥルさんも同じ気持ちかもですよ、ティオさん。お爺さん世代の精神的負担が大変です。もっと労りましょう」

「愛ちゃん。私はむしろ、お爺ちゃんに精神的負担をかけられているのだけど」


 雫の訴えはスルーされた。鷲三お爺ちゃんが明後日の方向へ視線を逸らしている。


 その間にも香織から肉体回復、ユエ達から精神回復の魔法がかけられて四色の魔力に輝くアルフレリックお爺ちゃん。まるで温泉にでも浸かっているような安らいだ表情になっていく姿が、どこか昇天していく姿に見えてちょっと不安になる。


 菫がおずおずとした様子で言う。


「あのぅ、私達、これからシアちゃんのお母さんのお墓参りに行く予定だったんですけど……」

「そのまま出て行ったりしませんか? なんか都は面倒そうだな。適当に誤魔化して逃げちゃおう、とか思っていたりはしませんか?」

「しませんが!?」


 どうしよう、アルフレリックさんがマジで追い詰められている。


「都に顔を出してくださるなら……。ギル戦士長よ、しっかり随伴しろ。私はアルテナの封印と、今一度ハメを外しかけている阿呆共の統制を図る。ご一行を丁寧に、しかし、確実に案内するのだ。これは長老としての命令だ」

「……」

「ギル戦士長? おぉい! ギル戦士長! その嫌そうな顔はなんだ! 目をつぶるな! 耳をたたむな! あ、こら! いやいやしながら背を向けるでない!」


 重大な役目を与えられそうで、ギル戦士長がプチ反抗を見せる。万が一、ハジメ達が都への来訪をスルーした場合に備えて「命令? いや、俺のログには何もないが?……行き違いでもあったのでは?」と言い訳するために特技の五感シャットアウトを発動している。


 アルフレリックの瞳孔がキュゥウと縮小し、何か薬品を塗りたくった矢を手に取り出した。


「落ち着いてください、アルフレリックさん! お墓参りが終わったら直ぐに行きますから!」

「母さん、なんか面倒そうだしスルーしてもいいぞ?」

「ハジメ! お前は鬼畜か! 見ろ、アルフレリックさんが虚無の顔で静かに泣き始めたぞ! ブラックな環境にいる人には優しくしてやれ!」


 そんなやりとりの後、結局、アルフレリックはアルテナを引きずって都に戻り、命令を聞いたのかどうか分からないギル戦士長随伴のもと、シアとカムの案内で一行はモナ・ハウリアのお墓へと向かったのだった。













 さほど歩くこともなく辿り着いたのは一本の大きな木の前。


 それを、目を細めて見上げつつシアが言う。


「樹海では、自然の木々が墓標となります。根元に埋葬して自然に還すのが習わしなんです」


 名を刻むわけでも花を添えるわけでもないが、樹海の住人は不思議と数多の木々に惑わされず、墓標となった木を見間違えない。


「この辺りでは、一番立派な木を選びました」


 にっこり笑顔を浮かべながら説明するシア。母はそれくらい立派で大きな人だったのだと誇っているのがよく分かる。


「ちなみに、樹の上は母様とっておきの眺望スポットで、ハジメさんが初めて自分から膝枕を求めてくれた場所でもあります!」

「その情報、必要か?」

「デレハジメさん、キュートでした!」

「その情報は不要だろ」

「その時の光景も見てもらおうかと思ったのですが……」

「聞いてくれよ」

「なんとなく独り占めにしたい気持ちなので、香織さん! ユエさん! 過去再生する時は映さないよう注意してくださいね!」

「……ん。シアがそう言うなら任せて」

「ふふ、シアったら乙女だね。いいよ、いっきに遡る感じでやるから」


 最初はジト目でツッコミを入れていたハジメが、想い出を独り占めにしたいというシアの言葉で無言になった。顔も逸らす。


「パパ、照れてるぅ?」

「……そんなからかい方、どこで覚えた?」

「「ハジメってば照れてるぅ~!」」

「いや、言わなくていい。分かったから」


 にんまり顔の両親に違いない。ほんと、学びの機会を逃さない優秀な娘である。


 ユエが当時ハウリアの里があった場所に空間の窓を開き、香織が過去再生の準備をしている間にカムが(きびす)を返した。


「では、私は少し離れているぞ」

「えぇ~、本当に見ないんですか、父様」

「うむ。やはり――」

「浮気したから罪悪感があると」

「ないが! 浮気もしてないが!」

「冗談ですよ」


 本当かな? なんか当たりが強くない? と不安になりつつも、先に語った心情は紛れもなく本当なので、少し困った表情でカムは離れていこうとする。


 その背に、シアは〝宝物庫〟から映像記録用のアーティファクトを取り出しながら声をかけた。


「父様」

「ん?」

「録画しておきますから、後で適当に見ればいいですよ。一人で勝手に泣いてやがれです」

「……ふっ。ありがとう、シア」


 少し目を見開いて、直ぐに破顔するカム。ぷいっとそっぽを向く父親にはツンデレなシアに、ハジメ達が微笑ましそうな表情になった。


 そうしてカムが霧の向こうへ姿を消した後、過去の時点を探り当てた香織が、およそ十年前――シアが六歳くらいの当時を映し出した。


 トテトテトテッとちびっこい幼女なシアが里の中を駆けている。


「うわぁっ、シアお姉ちゃんかわいいの!!」

「あらあら、今のミュウと同じくらいでしょうか? ふふふ、ほんと愛らしいですね」


 ミュウとレミアの感想を皮切りに、口々に「かわいい!」の声が上がって、シアが照れたようにモジモジする。菫と愁のシャッター音がうるさい。


 しかし、和やかな雰囲気は次の瞬間、微妙に凍った。


 家に飛び込むなり、その部屋の中央で縫い物をしていた女性――母性と包容力が人の形を取ったような柔らかな雰囲気でありながら、瞳には強く太い一本の芯が見て取れる美女、母たるモナ・ハウリアの豊かな胸元にダイブして、シアは満面の笑みで元気いっぱいに問うた。


『あら、どうしたのシア。そんなに慌てて――』

『母様! 友達ってなんですか! 美味しいですか!?』

『うっ!?』


 モナお母さんがくずおれた。心臓が痛んだみたいに胸元を押さえている。


 ティオに匹敵する豊かな肢体だが、露出の多い兎人族には珍しく厚手のワンピースとカーディガンを着込んでいる点と、その透けてしまいそうなほど白い肌が病弱であることを示しており、だからこそ余計にその姿がヤバく見える。


 実際、モナの容姿に関して口を開こうとしていた菫達が口を噤んでしまうほど。映像の中の幼女シアも大慌てだ。


『母様!? 大丈夫ですか!? 今、お薬をっ』

『い、いいのよ、シア。発作じゃないからね。ちょっと、娘に不便を強いている罪悪感に胸を貫かれただけだから』

『胸を貫かれた!? 大変ですぅ! 誰か呼んで来ないと……うぅ、でも、みんなお外に出かけちゃいました~。……お外ってどんなところなんでしょう?』

『うっ!? 里の外にも出してあげられなくてごめんなさい……』

『母様!? どうして謝るんですか!? というか悪くなってませんか!?』

『だ、大丈夫よ、シア。そろそろ誰かと一緒ならお外を見せてあげても――』

『母様の具合が悪いのに、私ったら一人遊びばっかりして! いけない子! シアはいけない子です! 一人遊びの達人なんて言われて浮かれていたんです!』

『うぅっ!? お友達を作る機会も与えてあげられない母様を許して……ゆるして……』

『母様!? どんどん悪化して!? しっかりしてください! かあさまぁ~~~っ』


 ピッと止まる過去映像。


 全員の視線がシアに向いた。言いたいことは分かる。なので、シアは激しく視線を泳がせながらしどろもどろに弁明した。


「み、認めたくないものですね。若さ故の未熟さというものは」

「無邪気な残酷さってやつか」

「……ぼっちマスターシア」

「ユエさん、それはやめてください。語感が心にくる……」


 過去のモナそっくりに胸元を押さえうめくシアに、菫や愁達は意外そうな顔になる。


「天真爛漫なシアちゃんには、一番似合わない言葉よねぇ」

「コミュ力レベル999って感じだもんなぁ」

「まぁ、私は髪色と魔力持ちという点で明らかに異端でしたからね。樹海で魔力を持っているのは魔物だけです。フェアベルゲンに知られては何をされるか分かりませんから、母様達が私を隠したのも当然です」


 むしろ、捨てずに隠して、大事に育ててくれたことには感謝しかないと笑うシア。


 両親だけでなく、ハウリア族全員が満場一致でシアを守り続けていたのだ。実際、十六歳になるまで隠し通した結束力、情の厚さは唸らざるを得ない。


「それにしても、シアのお母さんって綺麗な人だね」

「ちょっとレミアさんに似てるわね?」


 再び過去映像を流していく中で、改めてモナの美しさに香織と雫がほぅと溜息を吐く。ただでさえ容姿端麗な兎人族の中でも、モナは格別に見えた。


 単なる造形の良さというだけでなく、そこにはやはり他の兎人族にはない凜とした輝きが見て取れたからだろう。言葉の端々、眼差しや声音に〝強さ〟が垣間見えるのだ。


 それは、高熱や体の痛みに脂汗を流していようと変わらない。むしろ、苦しい時ほど、その微笑みは力強さを増していくようだった。


「笑い方、シアお姉ちゃんとそっくりなの」

「あらあら。ミュウ、逆じゃないかしら? シアさんの笑顔がモナさん譲りなのよ」

「シアちゃんが、しっかりとお母さんの強さを受け継いだということね」

「はは、昔のカムさん、尻に敷かれてるなぁ」


 カムとモナ、そして幼いシアの三人で食事を取る光景が映っている。


 カムがモナから何やら注意されて頭を掻き、シアがそれを見てケラケラと笑っている。温かな、かつての団らんの光景をシアはじっと見つめている。


 そのシアの手に、ハジメは自分の手を重ねた。シアの手がそっと握り返してくる。懐かしさと切なさにウサミミはへにゃりと垂れて、瞳は潤んでいる――


『ひゃぁ!? 二人とも逃げるんだ! 蛇が入り込んで――』

『シィッ!!』

『ひぃっ!? 母様が蛇の頭を真っ二つに!?』

『今夜は蛇の蒲焼きにしましょうか?』

『『は、はい……』』


 部屋の隅に現れた蛇に、大袈裟に驚いて反対側の壁際まで逃げるカムと、震えながらモナに抱きついた幼女シア。


 実に旧ハウリアらしいビビり方だ。だから、きっと仕方ないのだ。


 モナが一切動じず、それどころか調理用のナイフを投擲して蛇の頭部を穿ち瞬殺してしまったことに引くのも。


 ナイフを引き抜き、ビックンビックンと痙攣する蛇を片手に『うふふっ』と笑う姿に〝妻には(母様には)、絶対に逆らえねぇ……〟と言いたげな顔で父娘がビビり散らかすのも。


「なるほど。英雄願望を持つだけはあるな。流石はシアの母親だ」

「……ん。食糧調達で鳥や小動物を獲る時でさえ怯える兎人族にあるまじき胆力。むしろ、シアより異端だと思う」

「病弱でなければ、本当に革命とか成功させていそうじゃの」

「樹海の王に、私はなるっ! みたいな感じなの!」

「それなら、ハジメ君が何もしなくても既に首狩り一族になってたかもね……」

「ウサミミ女帝の誕生というわけね」

「なんだか私、モナさん率いるフェアベルゲンの軍勢が帝都に押し寄せる光景を幻視しちゃったんですが……」


 半笑いで言う愛子の言葉に、なぜか全員がイメージしてしまった。マントをひるがえして軍馬を駆り、「AAALaLaLaLaieッ!!」とか雄叫びを上げながらフェアベルゲンの戦士を率いて帝国に侵攻するモナの姿を。


 どこかの世界線で起きた光景でも混線したのだろうか。全員がぶんぶんっと頭を振って現実に戻る。


 そこからは、シアの指示に従って時間を飛ばしつつ、思い出深い場面だけが流されていった。


 悪戯をしてお尻を叩かれるシアと、シアのお()りができなかったことを叱られて尻を叩かれるカム。


 料理を教えてもらうシアに、料理を教えてもらってもあんまりできないカム。


 裁縫、お掃除テクニック、気配の消し方にカモフラージュ技術。聴力を研ぎ澄ませる方法や薬草の知識を、まるで残された時間が少ないことを分かっているかのように教え込んでいくモナの姿は胸に迫るものがあった。


 そして、それをオロオロしながら見守っているだけのカムには、情けなさで胸がムカムカした。すっごく。


「なぁ、シア。もしかしてカムの奴、モナさんが恋しくて泣きたくなるんじゃなくて、かつての自分の姿に泣きたくなるから見るのを避けたんじゃ?」

「……ん。新旧どちらにしても黒歴史。さすハウ」

「ひ、否定できないのが辛いですぅ……」


 両手で顔を覆うシア。


 なんにせよ、ハジメとユエの旅を充実させてくれた家事万能ウサギは、母親の教えのたまものであることがよく分かる想い出だった。


 だが、教えていくことがイコール自分の命の灯火を渡していくことであるみたいに、シアの成長に合わせてモナが弱っていく様もよく分かった。


 そして、シアのウサミミに届く。今でも一番よく覚えている大切な教え。


『あなたは何者にだってなれるのよ』 


 シアがハッと顔を上げる。樹海に流れる〝白い髪の化け物〟の噂をウサミミにして傷ついた幼き自分を、とびっきりの愛しさに溢れた眼差しと共に抱き締めるモナがいた。


 人か化け物かなんて、ただの言葉だと。


 人とは違うからこそ、シアはシアが望む自分になれるのだと。


 シアが自分で自分を嫌いさえしなければ、全部大丈夫なのだと。


 そう優しく諭す母は、魔力も天職も持たない身で、けれど天職〝占術師〟にして固有魔法〝未来視〟を持つ娘よりも遙かに偉大な預言を残した。


『いつの日か、きっと、シアは素敵な人達と出会うわ』


 そう、きっとシアと〝同じ〟人達と。


 そう確信的に告げて、最後には茶目っ気たっぷりに、


『シアの将来の旦那様かもしれないわねぇ~』


 なんて、まるで見てきたかのように。


 その言葉があったから、シアはどんなに打ちのめされても心を折らず、未来を信じて走り続けた。


 そして、辿り着いたのだ。あの日、深い谷底で生涯を共にする者達と。


 シアの、言葉では表現し難い思慕の念に溢れた表情を見て、香織とユエは静かに過去再生を終えた。


「本当に素晴らしいお母様ね、シアちゃん。同じ母親としては、少し嫉妬しちゃうくらいだわ」

「義母様……」


 菫がシアの肩に手を添えて、穏やかな笑みを浮かべる。菫の言葉は、薫子や霧乃、昭子やレミアも共感するものだったのだろう。いや、母親達だけでなく父親達も、親としての敬意をモナに抱いて居住まいを正している。


 菫達は揃って墓標たる木の前に並び、静かに手を合わせた。


 その後ろにハジメ達も並び、同じように黙祷する。


(ふふ、母様。どうですか? 私が辿り着いた未来は。とぉ~~っても素敵でしょう? まだまだ先があるので、お土産話は尽きませんよ!)


 これぞシア・ハウリアが足掻いた先に手にした〝誇り〟であり〝幸せ〟だと、胸を張って報告するシア。


 不意に吹き抜けた風が枝葉を揺らし、少し大きめの葉擦れの音が鳴る。それがまるで、モナが〝よく頑張りました〟と褒めてくれているように聞こえたのは気のせいだろうか。


 それからしばらくして、ぐすっと鼻を鳴らす音で黙祷は終わりを告げた。


「父様……もしかして、途中から見てました?」

「う、うむ。やっぱりその……モナの姿を見たくてな……」


 じんわりと目元を赤くしたカムだった。どうやら、やっぱり過去視を見たくなって、気配を消して覗き見ていたらしい。


 一緒に黙祷を捧げる中で、気持ちが込み上げてきたのだろう。過去映像を見ている時はこらえられていた涙腺が崩壊したようだ。


「何度目だろうな。モナにこうして良い知らせを運べたのは」


 少し恥ずかしそうに目元をこするカムに、愁達父親組が肩を叩くようにして囲う。


「それもボスに鍛えられたからこそ得られたもの。改めて感謝いたします。愁殿には、父親として敬意を」

「いやぁ、カムさん。そう言ってもらえると助かります。必要に求められた部分は確かにあるとはいえ、ハウリア族への訓練の鬼畜っぷりにちょっと罪悪感が湧いてたもので」


 私の目が黒いうちは、もう二度とあんな苛烈で非人道的な訓練はさせませんがね! とハジメを横目にする愁。


 鷲三や虎一が「いや、状況的に仕方なかったのでは……」と反対意見を出すが、智一の声が大きく届かない。


「そうだぞ、ハジメ君! なんかいろいろあってスルーしてたけど、あれはえげつないにもほどがあるからな! もうやっちゃいけないぞ!」

「ああ、まぁ、はい。時間も方法も余裕もある今、もうあんなことはしませんよ。実際、シアの一喝がなければ狂気に陥っていた危険性が大ですからね」


 それに、アーティファクトでもっと手っ取り早く意識改変できるから必要ないし……と内心で呟くハジメに、愁と智一からジト目が届く。内心はバレバレらしい。


 果たして、ハートマ○式と、後に行われる村人やジャスティスの量産とはどちらが酷いのか。


 と、その時、きゅ~~っと可愛らしい音が鳴った。


 全員の視線が音源へ向く。ミュウがバッとお腹を押さえていた。恥ずかしそうに頬を染めて、お墓参りに雰囲気を壊してしまったかもと上目遣いになる。


「ご、ごめんなさいなの……」

「いや、謝らなくていいよ、ミュウ。パパも腹が減った」


 ミュウを抱き上げて視線を巡らせば、ユエ達も菫達も揃って微笑ましそうに頷く。


「み、都へ行くか? 行くよな? 来てくださいお願いします。俺の帰る場所がなくなる……」

「なんで、そんな悲壮感漂ってるんだよ。戦士長だろ」


 なんだかんだで命令はきちんと聞いていたらしいギル戦士長の、まるで人生の岐路に立たされたような緊迫した様子に同情の視線が集まる。


 ハジメが念のため一行に確認すれば、もちろん問題ないと――


「うぅ~、嫌な予感するなぁ。ねぇ、ハジメ君。認識阻害最大で、こっそり長老衆の人達のところに行って昼食をご馳走になるって感じじゃダメかなぁ?」


 天使教団が気になるらしい。香織の提案に、ハジメが考える素振りを見せる――が、


「そんなのダメですよ! 歓迎してくれているのに失礼です! さぁ、正面から堂々と逝きましょう! ギルさん、案内をお願いします! さぁ! さぁ!」

「愛ちゃん!? 酷い! 自分と同じ目に遭えばいいと思ってる目をしてる!」


 愛子が率先して歩き出してしまった。


 それに苦笑いを浮かべつつも、結局、一行は心底安堵した様子のギルの後に続き、フェアベルゲンの都へと向かったのだった。










 そして、目撃した。


「うるせぇ! 最前列は我等〝天使教団〟がもらう! 異論は認めねぇ!」

「この狂信者共が! ボスをお迎えするのだぞ! 我等ハウリアが最前列に決まっているだろうが!」

「だったら間をとって愛子様を信奉する我等が――」

「ふざけないで! 魔王様のご両親がいらっしゃるのよ! 男共は引っ込んでて! 私達にお迎えさせなさいよ! ワンチャン、気に入っていただければ……」

「ミュウちゃんが来るんでしょう!? お母さんっ、僕達が迎えにいくね!」

「誰かぁ! 子供達が徒党を組んで出て行きそうだ! 止めろぉ!」

「はいはい、雫様推しの我等が通りますよっと」

「馬鹿ばっかりだな。正妻様の怒りを買いたいのか? まずユエ様を推す――じゃなくて、お迎えする。常識だろう」


 醜い推し争いだった。老若男女、種族の区別なく、誰もが拳とメンチを突きつけ合ってお迎えの先陣を切る栄誉を得ようといきり立っている。


 悲しいかな。それぞれの派閥には長老衆も混じっていて、門の上のアルフレリックが虚無の表情で幹部達を狙撃して鎮圧を図っていた。


 どうやら、香織と愛子だけでなく、魔王一行自体が人気らしい。それぞれに推しがあって派閥争いもあるようだ。


 そんな、ある種のお祭り騒ぎなフェアベルゲンの都を前に、ハジメは振り返って一言。


「今日は外食にしようか?」


 返事は言わずもがな。満場一致で踵を返す魔王一行に、


「今日が俺の命日だっ」


 いや、お前かい。とツッコミたくなるセリフと共に、苦労人の戦士長は泣きそうな顔で立ちはだかったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・イメージするのは~酔いしれている。

 ⇒Fateのエミヤ様より。

・樹海の女王に、私はなるっ。

 ⇒言わずもがなワンピースより。ありふれた学園時空ですね。

・AAALaLaLaLaie!!

 ⇒Fateのイスカンダル様より。

※シア幼少期は書籍2巻番外にも少し。膝枕のお話は8巻より。


アニメ2期が遂に始まりましたね。感想をくださった方々、ありがとうございます。引き続き、感想などありましたら活動報告のコメント欄にお願いいたします。


なお、公式Twitterの方には1期の時と同じく「一週間限定ピクチャードラマ」が掲載されています。期間限定なのでぜひご覧になってみてください!

twitter.com/arifureta_info

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帝国の重鎮たちが今のハウリアの成り立ちを見たら…多分魔王こえー…:(•ㅿ•`):自然を愛するハウリアが首狩りうさぎになるまでの行動が最早狂気イヤアアアアって感じに白目むくんだろうね(笑) で、皇帝は(…
帝国の重鎮が知りたがってたハウリア生まれ変わりの秘密が雑に流されw
[一言] やっぱハウリアってどう足掻いても森のヤベぇ種族になるのが運命付けられてたんだよ、うん そして、シリアスとシリアルがミックスされた墓参りの末に辿り着いた都には世界中の狂信者勢力が集結し、聖戦の…
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