トータス旅行記㉝ キィイイエエエエエッ!!
新年あけましておめでとうございます! 白米はガキ使がなくて年越しした実感が未だに湧きませんが、何はともあれ今年もよろしくお願いします!
樹海の奥深くに、魔人部隊の怒声が響き渡る。
屈辱と憤怒に塗れた声だ。だが、それは動揺を振り払わんとする虚勢の現れでもあった。
負けるはずのない戦いだったのだ。
この樹海を亜人族の聖域たらしめる最大の要因――認識を狂わせる白霧。それを無効化できる魔物の軍団を従えた歴戦の精鋭部隊だ。当然、魔物も全て変成魔法による破格の強化済み。
故に、当初は想定通りだった。
南方より攻め入った魔人の特務部隊は、老若男女、種族、非戦闘員の区別なく全てを濁流に呑み込むが如く蹂躙していった。
フェアベルゲンへの警告と、少しでも被害を減らすべく民を都へ避難させようと奮戦した警備隊の死傷者数は目を覆わんばかり。
とうとうフェアベルゲンの門前まで攻め入られ、戦団長も戦死。
魔人部隊の目的が、〝真の大迷宮〟を攻略することであったから、長老衆の実質的なトップであるアルフレリックが、かつてのハジメと同じく、攻略の邪魔はしないので争いを治めてほしいと交渉に出るが……
ハジメとの決定的な違いは、魔人族がこの世界の例に漏れず亜人を差別していたこと。
下等な生き物との交渉などあり得ないと、問答無用に攻撃を続行。門は破られ、部隊と魔物が雪崩れ込み、アルフレリックも奮戦するが絶体絶命の危機に陥った。
止めを刺される…………という、まさにその時。
――隊長! 襲撃を受けていますっ
――霧の中に何かいるっ
――部隊との連絡途絶!
――魔物が戻りません!!
一気に吹き抜けた混乱の風。順調だった侵略に突如として暗雲が覆い被さってきた。
気が付けば、他の部隊が音信不通となり、各方面へ送り出した魔物の応答もない。それどころか、直ぐ傍にいたはずの部下の姿まで、いつの間にか消え去っている始末。
都から白霧を排除する水晶の結界も、いつの間にか位置をずらされて範囲が狭まっており、その霧の向こうに得体の知れない影が走る。
それに戦力を送り込めば、まるで白霧と深い森に呑み込まれてしまったかのように姿が消えて、それっきり。
何かまずいと気が付いた時には、その焦燥を助長するようなタイミングで投げ込まれてくる――部下の体の一部。
フェアベルゲンの切り札かと疑う魔人部隊の隊長だったが、アルフレリックからしても青天の霹靂だ。なんのことかさっぱり分からない。
しかし、答えは直ぐに出た。
半壊した門の上に、いつの間にかウサミミをなびかせる男が立っていた。
臆病の代名詞たる兎人族のくせに、威風堂々と佇む姿。異様なまでに研ぎ澄まされた戦意。
その手に持っていたもの――魔人兵の首を投げ捨て、鼻を鳴らして嘲笑まで。
魔人族からしても信じ難い光景。
同じ亜人からしても、ハジメが出て行った後、ずっと接触のなかった最弱種族の突然の帰還に唖然呆然。
その男――カムは、お手本のような挑発的な態度のまま、これまたお手本のように気配をすぅと消しながら霧の向こうへ消えていく。
「うっひょ~~~! 族長かっこいい!!」
「くっそぉ! あの役目! 俺がやりたかった!」
「族長! 族長! 次はクジで決めましょう! あんな完璧なシチュエーションで登場なんてずるい!!」
「ハッ、馬鹿め! あれは族長特権だ! 譲るものか!」
ハウリアの里へと向かいながら、道中、ユエが空間魔法でディスプレイのような小窓を作り、それを通して遠隔地の過去再生を行って魔人侵攻時の流れを見ていた一行の耳に、ハウリアの騒がしい声が響いてくる。
「確かに、さっきまでモンスター――ごほんっ。メイドの服装でふざけていた人物とは思えないな」
「ええ、まるで映画のワンシーンみたいな登場よね!」
凄惨な戦闘シーンが含まれていたので、魂魄魔法や〝見せられないよ!君〟のモザイクありだったとはいえ沈痛な面持ちの白崎夫妻だったが、カムの劇的な登場には感嘆の声を上げている。
なお、カムが投げ落とした魔人の頭部は、ユエさんの配慮により〝ゆっくりしていってね!!!〟のコミカルな生首になっていたりするので各人の精神的ダメージは少ない。
恐る恐る「空気、読めてますか?」と上目遣いで視線を巡らせるユエの可愛さが、追加の精神安定バフになっていたりする。
閑話休題。
「ねぇ、愛子。エルフさんって本当にいるのね。弓の扱いも凄かったわ。お母さん、指輪の物語を思い出しちゃった」
「ふふ、そうだよね。都に行けば、翼が生えた人とかドワーフみたいな人もいて、本当にファンタジーの世界に入り込んだみたいに思えるよ」
昭子も戦争の悲惨さに少し青ざめていたのだが、アルフレリックの弓の扱いや、歳を召してなお分かる端麗な容姿や笹のような長耳に感動した面持ちだ。
そんな中、
「……ねぇ、お爺ちゃん。お父さんとお母さんも。その目つきやめてくれないかしら?」
「「「……」」」
雫のお願いをさらっと無視する八重樫家の皆さん。どう見ても堅気の人間には見えない鋭い視線のままだ。まるで、見取り稽古でもしているみたいな集中力である。
雫が透き通った顔色になっていくのを香織が慰めているのを横目に、愁と菫がハジメの傍に寄って小声で声をかけた。
「な、なぁ、ハジメ。確かに完璧なタイミングだと思うんだが……その、なぁ?」
「創作なら劇的ではあるんだけど、ねぇ?」
当時のハウリアの行動は、帝国に向かう道中で拾ったパル達から伝え聞いていたので、愛子やミュウ、レミアを除いてハジメ達は知っている。なので察しの良い二人に苦笑い気味だ。
「いや、別に一番かっこいいタイミングを狙っていたわけじゃねぇよ」
「義父様、義母様……流石に目の前で人が死んでいってるのに格好良さ優先するほど外道じゃないですよぉ」
「そ、そうだよな!」
「ごめんね、シアちゃん!」
シアがへにゃ~とウサミミを垂らしている様子を見て、慌てて取りつくろう愁と菫。
「しかし、情報収集のためにフェアベルゲンを囮に使ったと言っておったような……襲撃されてるなら好都合と……」
「……ん。長老衆を人質に取ろうとした相手に、好きにすればいい的なことを言ったとか」
愁と菫がすっとシアを見た。シアはすっと視線を逸らした。
ハジメがフォローするように説明する。
「当時は、ハウリアとフェアベルゲンは絶縁状態だったんだ。長老衆がハウリアを追放するって形でな。しかも、元は処刑するつもりだった。心理的に、積極的な救援を望むのは酷だろうよ」
「いえ、心理的というより、ハジメさんに叩き込まれた合理的な判断の結果でしょう。父様達が私怨で行動を決めたとでも?」
愁と菫がすっとハジメを見た。ハジメはすっと視線を逸らした。
「おいおい、シア。私怨はないが、我等は合理だけで動いたわけではないぞ?」
「はい?」
先導するカムが後ろ歩きしながら訂正してきた。その足取りにはまったくブレがなく、まるで前を向いて平地を歩いているかのようだ。
鷲三達が感心したように目を細めていることからもカムの歩法の技量が高いことは明らかだが、それ以上に、その安定した足取りは彼等の〝庭〟に入ったことを示していた。
「皆様におかれましては、決して我等の歩いた場所以外に足を踏み入れませぬよう。既にトラップ地帯に入っておりますので。まぁ、死んでもボス達がいるので蘇れますし、興味があれば楽しんでいただいても結構ですが」
「ほぅ」
「お爺ちゃん、挑戦じゃないからね。勝手したら斬るわよ」
「……うむ」
はしゃぐ八重樫家の大人組に娘が釘を刺している傍で、薫子と智一、昭子がびしっと硬直し、かと思えば恐ろしげに周囲を見回しながら、なるべく一直線になる。
いや、来るの分かってたんだからトラップ解除しとけよ……という一行の視線に、なぜかドヤ顔で応えるハウリア一同。香織達が親達とレミア&ミュウを真ん中に周囲を固めていく中、菫が尋ねる。
「カムさん、合理だけでじゃないってどういうことです?」
「大奥様、どうぞ我等ハウリアのことは呼び捨てに。丁寧な言葉遣いも不要でございます」
「お、大奥様って……やだっ、もう!」
主家に対する従者の恭しい対応を取られて、菫がちょっと照れている。愁が呆れ顔になりつつ、
「カムさん、私達としては対等な家族関係を築きたいと――」
「大旦那様。どうかカムと呼び捨てに。我等の敬愛をお受け取りください」
「……わ、悪くない、かな? そこまで言われると、なぁ?」
「そ、そうね、あなた。仕方ない、かもね?」
従者ムーブされてちょっと気持ちよくなっている一般庶民な夫婦二人。即死を匂わせるトラップ地帯のことは大して気にしてなさそうな点、肝の据わり方は中々だ。
そんなやりとりの間にも、一行は少し広い場所に出た。白霧を退ける水晶の結界が敷かれた広場だ。同時に、合理だけが理由でないという意味も判明した。
「ユエ殿。私が門上に登場した時より、一刻ほど時を戻した時点をお願いできますかな?」
「……ん。指定があると助かる」
すぅと過去の情景が浮かび上がる。そうして、見えたのは……
――もし、連中が大樹に何かをして、ボスの大迷宮への道が閉ざされでもしたら
結集するハウリア達へ、そう始めたカムの言葉。
大樹の大迷宮に、四つの攻略の証と再生の力が必要なことはカム達にとって既知のこと。だからこそ、入れぬことに業を煮やした魔人達が大樹に何をするか、それにより大迷宮の〝扉〟というべきものが破壊でもされてしまったら?
杞憂ではあるだろう。だが、万に一つでもその可能性があるのなら看過などできるはずがない。
なぜなら、ボスの望みが断たれることに自分達こそ耐えられないから。
なぜなら、胸を張って再会できなくなってしまうから。
なぜなら、敵を見逃した自分達に、ボスをボスと呼ぶ資格などあるわけがないから!
カムの演説に、「Sir,yes,sir!!」の大声が何度も重なる。なのに、おぞましいほどの殺意が、吹き荒れるどころか逆に静まっていくことのなんと不気味なことか。
それはまるで、居合一閃を繰り出す前の刃の如く。
「ハジメ。お前、愛されてるなぁ」
「話には聞いていたけれど……鍛えただけでこんなに慕われるものなのかしら? なんか変なことしてないでしょうね?」
「人聞きが悪いな。強いて言うならハートマ○先生のやり方そのものが洗脳じみているくらいだよ」
「彼、最後は撃たれてるだろ。お前とは違うじゃないか」
両親からの疑わしそうな視線に苦笑いを返すハジメ。代わりに答えたのはカムだった。
「どうやら、帝都近郊の岩場での話し合いは見学されなかったようですな?」
「ああ。休暇も無限にあるわけじゃないからな。既に少し予定を押しているくらいだから飛ばしてきた」
帝城制圧作戦前の決起集会のことだ。その時に、カムが口にしたセリフこそが、ハウリアがハジメを慕う理由だった。
カムは心の裡を言葉にすべく瞑目し、静かな声音で言った。
「大切な者達を奪おうとする全てに立ち向かえる……その幸せをくださった方だからこそ、我等はボスを慕うのです」
きっと、庇護するだけなら深い感謝はしてもここまで慕いはしなかった。
弱者だからと優しくされるだけなら、きっと依存するだけで遠からず滅んでいた。
どうしようもなく動き出した世界の潮流の中では、逃げ隠れが得意なだけでは生き残れなかったに違いない。その確信がある。
「縋るな、媚るな。自ら立ち、自ら戦え。どうせ死ぬなら足掻いて死ね。最弱の種族相手に突きつける言葉としては、酷いと感じられますかな? 力なき者は庇護してやるべきだと、そう思いますかな?」
目を開けて、ゆっくりと見回すカム。他のハウリア達も静かで穏やかな、けれど、一本芯の通ったような眼差しで親達に視線を巡らせる。
「普通は……そうあるべきなんだろうけどね」
智一が言葉を選ぶように言った。でも、と続けたのはミュウだった。
「守られるだけなのは……嫌なの。弱くても、できることをしたいの。最後まで」
幼子とは思えない力強い声音での言葉。その瞳にもハウリアに負けず劣らずの強い芯が見えた。レミアが目を細めてミュウの頭を撫でる。
そう、日本のような法治国家とは比べるべくもない命の軽い世界では、戦う意志と力こそが何より大切なもの。
それを与えられたというのは至宝を授けられたに等しく、命の、そして人生の恩人と言っても過言ではない。
そう告げつつ、カムは更に続けた。
「私の妻は体が弱く、娘がまだ幼い時分に亡くなりました」
「シアちゃんから聞いています……お悔やみ申し上げます」
「お気遣い、痛み入ります」
菫の言葉に微笑を浮かべ、追憶に目を細めるカム。
「最弱種族の中でも最弱の体に生まれた妻ですが、その心はきっと亜人最強でした。兎人でありながら、全てを守れる英雄になることを夢見ていたほどです」
「ですね~。どんな高熱に冒されても、体が痛くても、いつだってこんなのどうってことないって私を抱き締めて笑ってくれました」
シアもまた思慕の念に満ちた眼差しで語る。シアの頭をなで、カムは言う。
「私個人としても、ボスには感謝しているのです。妻に報いることができたのは、弱い己を捨てる手伝いをしてくださったボスのおかげなのですから。妻が果たせなかった夢を、我等は一族の総力を以て成し遂げることができたのですから」
それは、ハジメの訓練があくまできっかけにすぎないと、兎人族はもともと強いんだと、そう誇るような言葉だった。同時に、そのきっかけこそがハウリアにとって、否、兎人族にとって最も必要なもので、至宝だったのだと訴える言葉だった。
ハウリア一族が揃ってザッと足を揃え敬礼をした。改めて、最大限の感謝と敬愛を捧げるように。
ハウリアの少し行き過ぎに思えた敬愛の理由が分かって、愁や菫、他の親達も納得の表情になった――
――ハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイハウリアコワイ
ちょっと良い雰囲気だったのに、なんか聞こえてきた。
全員がつぃ~っと視線を声の方へ向ける。
屈強な肉体を持つ熊人族の戦士がガクガクと震えながら縮こまり、それどころか両手で頭を抱えてカリス○ガードしている光景が、そこにあった。壊れた音声機械みたいに同じ言葉を繰り返している。
「……あの人、確かレギンさんでしたね」
「えっと、シアちゃん? レギンさんって?」
「父様達が訓練終了直後で暴走している時に、大樹への道行きを邪魔しようとしてコテンパンにされた人達のリーダーです」
おそらく、フェアベルゲンの危機を救うため助力を願いに来たのだろう。当時、ハウリア族の力を誰よりも知っている男だったから。
思い出したハジメがギルに話を向ける。
「あぁ、精神安定薬が手放せなくなった奴だよな? ……なぁ、ギル。お前の技能、こいつにこそ教えてやるべきじゃないのか?」
「必要ない。彼は出家により今は安定している」
「「「どういうこと!?」」」
ハジメ、ユエ、シアの驚愕が重なる。出家って、つまり聖教教会に入信して、もうフェアベルゲンにはいないということなのか、と問うハジメ達にギルは首を振った。瞑目したままだが、少し頭上を仰ぐ様子なので、きっと目蓋の奥では遠い目をしているに違いない。
「フェアベルゲンで最近勢力を増している新興宗教にどっぷりとはまっているんだ」
「し、新興宗教? そんなものができたのか? 何を崇めてる?」
ギルの顔がすっと香織へ向いた。
「香織殿。フェアベルゲンに訪問の際は、どうかお覚悟を」
「どういうこと!?」
なんでも、かつて傷ついた都や樹海、そして民を片っ端から癒やしてくれた香織を守護女神として敬愛していた者達が、決戦以降、なんか盛り上がって組織を立ち上げたらしい。
「前身は〝香織様のお役に立ち隊〟と言うのだが、他国との交流を経て更に大きくなったんだ」
「他国!? ちょっと待ってください! 世界規模で私を崇めているってことですか!?」
看過できぬ情報に香織のみならず智一と薫子も驚いた様子だ。
「アンカジ公国にも、〝香織様にご奉仕し隊〟というのを発足したのでしょう?」
「してませんが!? いや、確かにそんな人達がいた気がするけど!」
「領主のご子息がリーダーではありませんか。彼等とうちの部隊が、最初はどちらが香織様を慕っているかで争っていたんですが……」
「なんてくだらない争いを!」
香織様談義をしている間に意気投合したらしい。ついでに両集団も統合され、今や、
「〝天使教団〟という一つの組織になりまして」
「おぉ、確かに我が家の天使だけど、まさか異世界でも天使として慕われているなんて――」
「お父さんはちょっと黙ってて!」
「ふふ、崇められる気持ちが分かりました? 仲間ですね♪」
「愛ちゃんも黙ってて!」
「ちなみに、元は守護女神教団だったのですが、愛子様の宗派と〝女神〟の部分で被るのはどうなんだろうということで、天使教団にしたそうです。七日七晩、シモン教皇も交えて、デビッド達〝豊穣と勝利の女神派〟の幹部と話し合った結果だそうですよ」
「無駄に話が大きくなってるぅ!」
どうやら、新興宗教〝天使教団〟はシモン教皇にも認知されていて、一神教からの脱却を狙っていた彼からしても都合が良かったらしい。
世間一般では〝エヒク様〟を祀る聖教教会が主流だが、聖教教会から〝豊穣と勝利の女神〟を祀る宗派が既にできているので、元々そちらも独立すべしという話が出ていたらしい。
本来なら宗派対立や宗教戦争の危惧もありそうなことだが、〝天使教団〟も〝豊穣と勝利の女神派〟も、一人の男の伴侶という点で対立はなく、裏では聖教教会が再び暴走した時の抑止力としての役割を求められているのだとか。
「シモンさん、そんなこと何も言ってなかったのに……」
飄々としたシモン教皇を思い出して、愛子が引きつり顔になる。
元より崇められていたので耐性のある愛子ですらそうなのだ。トータスの宗教の裏事情を知らされて、知らぬ間に教団の崇拝対象になっていた香織は頭を抱えている。
「薫子さん、私達も仲間ですね♪」
「エッ、いや、その、それはちょっと……」
昭子さんが満面の笑みだ。王都で神殿騎士のデビッド達が愛子を崇め奉り、それを笑った昭子を愛子が道連れしてやると大々的に紹介して〝聖母〟認定されてしまったことは忘れていないらしい。一緒に聖母になりましょう? と、薫子の肩をぽんぽんしている。
フェアベルゲンで起きそうなことを想像して、薫子の視線が娘へと向く。我が意を得たりと香織が訴える。
「ハジメ君、フェアベルゲンとアンカジ公国には――」
「絶対に行こうな!」
「薫子さん! 楽しみね!」
「智一君も〝我等が父〟とか言われそうだな!」
「お義母さんとお義父さんまで!? これだから南雲家は! んもぉ!」
絶対楽しんでる! とハジメをぽかぽか殴る香織。智一と薫子も恨めしげな視線を南雲家に送るが効果はなし。ユエまで「……ん! 引きずってでも連れて行く!」と宣言しつつ、過去再生を進めてしまう。
抗議のタイミングを失って、ひとまず過去映像を見ていく。
決意表明した後のハウリアは、圧巻の一言だった。
カムの挑発にまんまと乗せられた魔人部隊は、フェアベルゲンなどいつでも陥落させられるとハウリアの殲滅を優先して追撃し、そのままトラップ地帯へ踏み込んでしまった。
高速飛行する魔物はワイヤートラップで斬断。
木々を粉砕して突き進む重量級は、お前等暇人なのかと思うほど作られた無数の落とし穴に落とされ、フェアベルゲンの戦士団を犠牲に調べ上げた弱点を的確について処分。
油断すれば首つりロープにかけられて樹上にさらわれ、落ちてくるのは血のシャワー。
ならばと広範囲魔法で周囲一帯を破壊しても、至る所に掘られた塹壕に潜り込んでいて、むしろカウンターの吹き矢やらクロスボウを放ってくる始末。
毒の噴射や粉の散布など当たり前。
何より凄まじいのは連携プレーで、右と思えば左から、上を警戒すれば土中からこんにちは死ね。魔人兵の死体すら冒涜的に扱って挑発を繰り返し、わざと同じパターンのトラップを用意して、回避した先に新手のトラップ。
軽傷しかもたらさない陽動のトラップと見せかけて、実は致死の猛毒が塗られていたり。
卑怯卑劣大好物です! と言わんばかりのあくどい戦法のオンパレード。
極めつけは、
「ここ! ここにご注目を! 決着の瞬間ですぞ!」
カムがビシビシと指を差す。
過去映像の中で、カムが魔人部隊の隊長に一騎打ちを望むかと尋ねているシーンだ。
既に部隊は全滅。魔物の援護もない。長老衆を人質とすることは無意味と告げられたばかり。
ならば、せめてカムだけでも。
そう考えるのは当然で、集団戦と地の利を活かした戦いこそハウリアの本領なれば、一騎打ちなど傲りとしか思えなかったのも当然だろう。
そう、思考を誘導されているとも気が付かずに。
だが、一騎打ちを望んだ魔人部隊の隊長を前に、いざ尋常に勝負! という瞬間。
「…………逃げた、わね?」
「逃げたな」
菫と愁が言った通り、カムは今にも飛び掛からん姿勢と気概そのままに芸術的なバック走をして逃げていった。先程までの華麗な後ろ歩きみたいに。
魔人部隊の隊長がキョトンとしている。「え? なんで? え?」みたいな顔だ。
そして、その顔に、あるいは体に、無数の矢が突き立った。
騙されたと気が付いた魔人部隊の隊長が憎々しげに外道だと声を荒げるも、再び現れたカムは、
――私は一騎打ちを望むか? と尋ねただけだが?
聞いただけで私はしないけどね? と、どこ吹く風といった様子で肩を竦めるのみ。
これは酷い……と、愁達のみならず、話に聞いていただけのハジメ達まで魔人部隊の隊長に同情の視線を送ってしまう。
現在のカムや他のハウリア達がドヤ顔なのも余計に光景の酷さを際立たせている。
「どんなもんです! こうして我等の手により魔人部隊は壊滅し、フェアベルゲンは、いえ、樹海は救われたわけですな! 敵対者には容赦遠慮を一切しない! ありがたき教訓のたまものです!」
褒めて褒めて! シア、見直しただろう? もっと誇って! ほら、大奥様と大旦那様に自慢して! と言わんばかりにウサミミをわっさわっさしている。ハウリア全員が。
誰もが微妙な表情だ。こんなの教えたの? とハジメにも視線が注がれる。
確かに、ハジメは生き残るためなら手段を選ばないし、そうしろと教えたので、内心では絶賛したいところだが、一般人の感性を持つ者達からすると救国の英雄というにはいささか見栄えが悪いことは否定できない。
「す、すごいの~! 流石はハウリア族なの~」
パチパチパチと、誰も何も言わない微妙な空気を察してから、できる幼女であるミュウが空気を読んで褒めちぎる。ちょっと声がうわずっているが。
カム達のウサミミがワサワサワサワサと心情を表して激しく動く。
それがきっかけとなったのか、実は違う意味で言葉に詰まっていた彼等が遂に声を上げた。
「素晴らしい!!」
「想像以上だ! カム殿! あなた方に心からの敬意を!」
「近年希に見る見事な戦いでした! 感動しましたわ!」
まぁ、言うまでもなく雑技が得意な人達だ。
「おぉ、そこまで称賛されると照れてしまいますなぁ」
「これはますます技術交換会が楽しみになってきましたなぁ!」
「その前にぜひ、戦闘理論についてじっくりと談義したいものです!」
「そろそろ女性陣も呼び戻してはどうでしょう? 私も彼女達と語り合いたいわ」
「それはいい! この先に集落がありますのでな! 休憩がてら寄っていってください! ぜひ、その間だけでも語り合いましょうぞ!」
盛り上がっている。めちゃくちゃ八重樫家の皆さんとハウリア族が盛り上がっている。
雫が「ちょっと」と手を伸ばすが、家族はハウリアの男達に促されるまま楽しげに語り合いつつ、すいすいと里の方へ行ってしまう。雫の伸ばした手は虚しく下げられた。
「あ~、雫。それなりに歩いたし、母さん達も休憩したそうだし、な?」
「うん」
「雫ちゃん。もういろいろと受け入れちゃった方が楽になると思うよ?」
「うん」
樹海の観光を始めて早々にハウリアに出会ったのが悪かったのか、早々に疲れ切った様子の雫。ちょっと幼児退行しているのか。ポテポテとした足取りで後に続く。
「はぁ、義父様、義母様。えっと……引いてませんか?」
シアが心配そうに尋ねる。愁も菫が苦笑い気味だが首を振った。
「実際、少ない人数であれだけの相手を倒して樹海を救ったのは事実だもの。ちょっとやり方にびっくりしたけれど、凄いと思ったわよ」
「ああ。流石はシアちゃんの家族だな」
「そ、そうですか? へへ、まぁ、それほどでもないですけどね!」
ちょっと照れてウサミミをふわ~りふわ~りと泳がせるシアに、菫が言う。
「それはそうと、シアちゃん。後でお母さんのお墓にお参りさせてもらってもいいかしら?」
「あ……はい。ありがとうございます。ぜひ!」
シアの視線がカムに向く。カムも嬉しそうに頷き、「妻の墓は、かつての集落の近くにあります。後で案内いたしましょう」と言葉を返した。
ユエが、少し気遣うようにシアの手を握る。
「……シア。お母さんとの思い出、見る?」
「ユエさん……」
今のユエなら、七~八年程度を遡る過去視でも問題はない。
ユエの提案に、シアは花が綻ぶような笑みを見せた。こくりと甘えるように頷く。記憶の中の母をもう一度この目で見たいという気持ちは当然あるが、それ以上に、カム達と同じく母のことも紹介したいと思っていたのだ。
しかし、意外なことに、カムに「いいですよね?」と念のために確認してみれば、頷きはしつつも、
「その時は言っておくれ、シア。父様は遠慮させてもらうから」
なんてことを言う。シアは面食らって様子でカムに詰め寄った。
「え? ど、どうしてですか? 母様の姿、もう一度見たくないんですか!?」
「見たいかと言われれば、それは見たいのだが……」
「だが、なんです?」
なぜか、少し照れた様子で顔を逸らす父の姿に、シアだけでなくハジメ達も訝しむ。
それで誤魔化すことはできないと察して、カムは溜息を一つ。苦笑いと切なさが同居したような、表現し難い、けれど確かな愛情を感じさせる表情で白状した。
「恋しくて、泣いてしまうじゃないか」
そんな姿、ボスや娘の前では見せたくない。偲ぶなら、一人で、静かに。想い出と共に。それで十分。
そう告げるカムに、なんだか全員が綿菓子でも食べたような顔になった。
「あらあらあら! カムさんったら愛妻家なんですね!」
「なんだかこっちまで照れてしまうわ」
薫子と昭子が頬を染めて揶揄うように言えば、カムはますます恥ずかしそうに顔を逸らした。
「もぉ、父様ったら」
シアまで恥ずかしそうにウサミミをパタつかせるが、その表情には喜びの色が見える。どんなに変わっても、そういうところだけは変わらないのが嬉しかったのだろう。
「くくっ。そういえばフェアベルゲンでは多夫多妻が割と普通であろう? 特に、族長など地位のある者は」
「エリセンでも、日本のように一夫一婦制ではありませんね。地位のある方ほど多くの妻や夫を娶るものですが」
ティオとレミアまで、どこか微笑ましそうにカムを見る。
カムの立場なら他にも奥方がいて、シアにも異母姉妹や兄弟がいておかしくなかったのだ。まして、フェアベルゲンの長老衆と同等以上の地位を有する今ならなおさら。
「揶揄わないでいただきたい。単に、妻以外に縁がなかったというのと、今はボスにお仕えすること、他の兎人一族を鍛えることに集中したいだけです」
ごほんと咳払いし、先に行った部下達の後を追うカム。
その直ぐ後ろを、シアがくすくすと笑いながらついて行く。ハジメ達も和やかに笑いながら後をついて行った。
そう歩くこともなく、一行はハウリアの里に到着した。
里というには少々語弊がありそうな砦みたいな防壁や頑丈そうな家屋が並んでいる。井戸や食料庫も豊富で、ハウリア以外の兎人族も各々の仕事をしていた。
畑仕事は当然、装備作りや手入れ、戦闘訓練に、戦術講義……
七割方、戦闘関連なのは流石ハウリアの里というべきか。
「どうやら、八重樫家の方々は先に戦闘訓練の見学に行ったようですな」
「うちの戦闘お馬鹿達がすみません、カムさん」
「素晴らしいご家族だと思いますが?」
「うちの戦闘お馬鹿達がすみません、雫さん」
雫とシアが目と目で通じ合っている。この旅で二人の友情が更に深まりそうだ。
それはそれとして、ひとまず族長の家で腰を落ち着けようとカムの家に向かったハジメ達は、防壁に囲まれた里の中央に立つ一際大きな円形の家屋の前に到着した。
そして、カムが扉を開けながらハジメ達の方へ振り返り、
「さぁ、新しい我が家へどうぞ。修行中の若手がおもてなしの用意をしてくれて――」
「お帰りなさいませ、カム様!」
ビシッと固まった。
ギギギッとぎこちない動きで室内へ視線を戻せば、そこには森人族の美しいお姫様の姿が。
そう、野生のアルテナが現れた!!
頬を染めてシュタタタッと嫌にすばしっこい動きで玄関まで出迎え、しゃなりと身をくねらせながら言う。
「お食事になさいますか? お風呂になさいますか? それとも……お・し・お・き、してくださいま――」
ズバンッと勢いよく扉を閉めるカム。
ドンドンドンドンッと扉を内側から叩く音が響く。ついでにアルテナ嬢の大声も。
「ああっ、いきなりのご褒美ですの!? 放置プレイも悪くはありませんが、できれば直接のお仕置きが望ましいですわ! カム様! いえ、旦那様ぁ!」
「ハッハッハッ。今日は何やら虫が騒がしいですな。ささっ、集会所の方へ――」
「どうなさいましたの、旦那様! わたくしに至らぬところがあったなら、体に叩き込んでくださいまし! そう、昨日の夜のように! 夜のように! 激しくぅ!」
場の空気が死んだ。
「違うんです」
カムが背中で扉を押さえつつ冷や汗をダラダラ流しながら弁解しようとする。
だが、先程まで亡き妻を想い続けている愛妻家という認識だっただけに、この状況はあまりに酷かった。だいたい変態のせいだが。
「フッ、あやつめ。レベルアップしておるな? これもきっと毎夜の調教のせい――」
「ティオ殿、ちょっと黙っていただきたい!」
「……ちなみに、あの子は先程の過去映像に出てきたアルフレリックの孫娘で、シアと同い年です」
「ユエ殿!?」
死んだ空気から、蔑みの空気に変わった。娘と同じ歳のお姫様を調教してティオ化させたなんて……この外道! みたいな目がカムに突き刺さる。
「誤解です! この件に関しては私も被害者――」
「キィイイイエエエエエエエエエッ!!」
某流派のサムライみたいな絶叫を上げたのは、言わずもがなシアだった。
一瞬で発狂したらしい。淡青白光の魔力を噴き上げてカムに掴みかかる。
「落ち着け、シア! 誤解だ! 父様は何も――」
「まぁ! そこにシアがいるの!? いいわ、シア! わたくしのことは義母様とお呼びなさい!」
「お前は黙ってろぉ!」
「まぁ、お前だなんて……旦那様は亭主関白だわ。うふふ」
「ばっ、おまっ」
「キィイイイエエエエエエエエエッ!!」
その後、カムの家が綺麗さっぱり消え去ったのは言うまでもない。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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ハジメVSアビィを期待していた方はすみません。樹海編中には書く予定ですが、フェアベルゲン郊外での話なので今しばらくお待ちいただければと。あとシアと雫のダメージが深そうですが、八重樫家とハウリアの出会いの場面だから、ね……と合掌していただければ幸いです。告白の振り返りとかで回復するはず……
※1月6日、アニメ2期放送直前のスペシャル番組をやるそうなのでお知らせします。桑原さん、深町さん、高橋さんがいろいろお話してくれるそうです!詳しくは以下より。ぜひ見てみてください!
https://arifureta.com/news/news-2328/
※引き続き以下もよろしくお願い致します。〝零〟完結しました。解放者達の生き様、現代に繋いだものは何か、そんなゼロからハジメへ至る物語。お正月休みのお供にしていただければ嬉しいです。よろしくお願いします!
特典詳細は活動報告か、以下オーバーラップ様のHPより。
・零6巻 http://blog.over-lap.co.jp/tokuten_arihurezero6/
・原作コミ9巻 http://blog.over-lap.co.jp/gardo_20211217_04/
・零コミ7巻 http://blog.over-lap.co.jp/gardo_20211227_03/
・学園2巻 http://blog.over-lap.co.jp/gardo_20211217_02/




