トータス旅行記㉜ これがハウリアか……
すっかり耕された樹海の一角に、香織の放つ再生の光が満ち満ちる。
まるで、かつて帝国の火攻めにより焼け野原となった樹海の一部を再生した時の再現だ。過去再生して当時の香織の活躍を見てもらうまでもなかったようである。
ただ、魔力の輝きを乱舞させて、失われた自然を再生する神々しいまでの娘の姿に、母の薫子も、本来なら感涙すら流しそうな智一ですら称賛の声は出せなかった。
というか、直視できなかった。
だって、再生魔法を行使する香織の周囲には、この旅行ですっかりお馴染みになりつつある〝見せられないよ!〟のモザイクがかかりまくっているから。
そう、
「オォ、オ゛……オッ」
「ア゛ア゛ッ」
「イ゛ィ゛~」
死屍累々と横たわるウサギの肉塊共……もとい、ハウリア男性陣である。
酷い有様だった。原形をとどめていないというか、奇怪なオブジェと化しているというか、あれだ。某鋼の錬金術師さんが人体錬成に失敗した結果みたいな。というか、一部は普通にお亡くなりになっている?
何もなくとも化生みたいな姿で常人のSAN値を削り、瀕死ないし昇天していてもやっぱりSAN値をごりっと削る……
「もうどうしようもねぇな。このまま閻魔に任せる方がいいんじゃねぇか?」
どうにかSAN値直葬の危機から回復したハジメが呟く。すると、
「向かう先が地獄なのは確定なんですか?」
「というか、閻魔様が泣き出しかねないからやめてあげましょうよ」
愛子と雫が苦笑いを浮かべながら、横目で惨劇の犯人を見る。
シアが、自分で掘った円柱型の塹壕みたいな穴の中で三角座りをしていた。ウサミミがしなびている。水気を絞ったワカメみたいだ。
「……シ、シア? 元気だして?」
最終的に超重力場で止めたユエが、穴の縁にしゃがんでシアの頭をなでている。魂魄魔法での精神的治癒を併用したなでなでだ。本気の超重力だったのに普通に動き回ったシアに戦慄して、手がちょっと震えているが。
昇華魔法も併用してようやく止まったが………おそらく、昇華魔法などで威力の底上げをしていないノーマルの〝黒天窮〟なら普通に耐えるか、場合によっては内側から粉砕していた可能性が高い。なので、最強吸血姫がビビるのも仕方ない。
「……何かしてほしいことない? ユエさんが今ならなんでも――」
「穴があったら入りたい」
「……も、もう入ってますが?」
そういう心境らしい。父親と一族男性陣の化生メイド化はよほど心に堪えたようだ。蘇生可能とはいえ、マジで殺しにかかるあたりが心的衝撃の強さを物語っている。
「で? お主等はなんでまたそんな格好をしとるんじゃ?」
「パ、パル君は、いつものパル君の方がいいと思うの……」
ティオが、ハウリアの肉塊を見て正気値がレッドゾーンに突入しているっぽい白崎夫妻と昭子、八重樫家……は特に問題なさそうなので、レミアとミュウにも魂魄魔法での癒やしを施しながら問うと、
「あっしは何も知りやせんあっしは何も知りやせんあっしは何も知りやせんあっしは何も知りやせん」
美少女メイドなパル君がウサミミごと頭を抱えて震えていた。シアの姉御の鬼神もかくやという悲憤にはハウリア魂も砕けたらしい。
見た目は可憐な美少女メイドなので、怯えて震える姿は…………なんというか、物凄く庇護欲をそそる姿だった。
未だに虚ろな目のまま、「もうおしまいだぁ」と外界の情報を完全シャットアウトしているネアが隣に転がっているので余計に、なんだかいけない現場に見える。
と、その時、再生していく木々の狭間を通り抜けて新たな集団がやって来た。
「その件に関しては、私が説明いたします!」
兎人族特有の露出過多だが一般的な民族衣装を普通に着ているラナを筆頭としたハウリア女性陣だ。
いったい、今まで何をしていたのか? なぜ、族長と男共の暴挙を許したのか。
そんな非難の眼差しがボスから注がれて、ラナ達は慌ててジャンプした。そして、そのまま流れるように、
「一族のアホ共が大変失礼いたしました!」
「「「「「失礼いたしました!!」」」」」
土下座を敢行。一糸乱れぬ集団土下座は、技術点はもちろん芸術点まであげたくなるほど見事だった。
「まぁ、なんて洗練された土下座なの!」
「土下座マスターを自負する南雲家としても、これには満点を出さざるを得ないな」
土下座には一家言を持っている南雲夫妻が何か言っているがスルー。
「ボスのご家族とお見受けいたします。ご来訪を心から歓迎いたしますと共に、一族の闇をお見せしてしまいましたこと心よりお詫び申し上げます! 汚物は直ぐに消毒します故、どうかご寛恕のほどを!」
「「「「「なんなら、皆様の手で煮るなり焼くなりお好きなように!」」」」」
「他のご家族の皆様も、ようこそおいでくださいました! 我等ハウリアの女一同、お会いできて光栄に存じます! お近づきの印に族長どもの首をお持ちしましょう!」
「「「「「なんなら、闇に葬るなり大々的に処すなりお好きなように!」」」」」
「お前等、身内への殺意が半端なくね?」
ボスの苛立ちすらも吹き飛ぶ醜い骨肉の争い。さすハウ。
見た目は露出過多な美女・美少女揃いだというのに、全身から滲み出る残念感と厄介者感が魅力を瀕死に追い込んでいる。男性陣の誰も見惚れていないのが、その酷さを示していた。さすハウ。
「……それより、うちのシアをバーサーカー化させた元の原因は何?」
ユエがいつも以上のジト目でラナ達を見た。正座したまま顔だけ上げたラナ達が、キリッとした顔で答える。
「それはもちろん、ボスの専属メイドに選ばれるためです! そのためにこいつら、私達が頑張って用意した一級のメイド服と化粧道具を強奪しやがったんです!」
「女だけボスのお側にお仕えできるなんてずるいとか言い出して!」
「男じゃメイドになれないなんて誰が決めたって! 不可能を可能にするのがボスから教わったハウリア魂だって!」
「「「「「頭、おかしいですよね!!」」」」」
「「「「「くたばれ! このモンスター共が!!」」」」」
「いや、お前等も大概おかしいって自覚しろよ」
「「「「「?」」」」」
きょとんと首を傾げるラナ達。ダメだ、こいつら……やっぱり手遅れだとハジメは天を仰ぐ。
そこで、女性陣の目が妙に冷たさを宿して自分を見ていることに気が付いた。菫と愁は呆れ顔に、そして智一パッパが案の定、キレ気味に詰め寄っていく。
「ハジメ君。どういうことだい? これだけ女の子を侍らせておいて、まだ足りないと? バニーガールな専属メイドを集めて、いったい何をする気だ! このドスケベ野郎!」
ついで、香織も笑顔で詰め寄ってくる。再生魔法が中途半端に止まって、カム達が余計におぞましい姿でもぞもぞしているが、誰も気にしない。
「ハジメ君、ハジメ君。どういうことかな? かな? メイドさんが欲しいの? もしかしてヘリーナさんとこそこそしていたのは本当に引き抜き? 自分好みのメイドさんを集めてあんなことやこんなことをする気なんだね! このドスケベさん!」
「そうだそうだ! 香織、もっと言ってやれ――」
「そんなにメイドが好きなら私がなるのに!」
「香織!?」
「毎日いっぱい、あんなご奉仕やこんなご奉仕をしてあげるのに!」
「やめて! パパ、娘からそんな言葉聞きたくない!!」
「あら、あなたったら、若い頃は私にあんな恰好やこんな恰好をさせて奉仕させたのに――」
「やめてよ! 親のそんな話、聞きたくない!!」
「白崎家って、叩けばいくらでもアブノーマルな話が出てきそうだな……」
似た者家族のあれこれは脇に置いて、
「……ハジメさん? どういうことです?」
穴の縁に指をちょこんっとかけて、シアが僅かに顔を出していた。警戒するプレーリードックみたいだ。凄いジト目でハジメを見ている。また私の家族をおかしくしたんですか? と問うている目だ。
ハジメは、シアの目を真っ直ぐに見て、真剣な表情で言った。
「馬鹿を言うな。俺のメイド集団を選ぶ試験なんてねぇよ」
「でも、ヘリーナさんと……行く先々でスカウトっぽいこともしてましたし」
「そりゃあリリィのための人材だ。復興中はどこも人手不足だし、リリィのブラックぶりは見ただろう? 優秀な人材の確保はいつだってやっていかないとな。旦那として俺だって無関係じゃないし、俺の名を出せば地位や国に関係なく引き抜けるだろう? だから選別を手伝っているだけだ」
「本当ですか?」
大変、疑わしい。と言いたげな目を誰もがしていた。
ハジメは、ますます真剣な表情で全員を見回し、最後にシアを見つめて頷く。
「この目が、嘘を吐いているように見えるか?」
「……見えませんね。ユエさん? 義母様と義父様はどうです?」
ハジメのことなら嘘発見器どころか妖怪サトリ並に分かってしまう正妻様と両親に確認を取れば、
「う~ん、嘘を吐いてるようには見えないわね」
「確かにな」
「……ん。嘘じゃない」
菫と愁が息子の無実(?)を肯定した。なんだ誤解だったのかという空気が流れるが、そこでユエが「でも……」と続けた。
「……嘘じゃないけど、本当でもない。という発言はハジメの得意技」
「「「「「あ~」」」」」
ハジメはふいっと視線を逸らした。怪しい……という視線が再び突き刺さるが、それを無視してラナに問う。
「てか、どこから仕入れた情報だ?」
「王国視察時に、ヘリーナから訓練場所としてハウリアのトラップ地帯を使わせてもらうことは可能かと打診を受けまして……」
「メイドの?」
「いえ、騎士達のという話でしたが、それなら騎士団長から問われるのが自然でしょう? なので、ウサミミにピーンッと来たわけです。あ、これボスがメイド集めてるな、と」
ふふんっとドヤ顔を晒すラナ。なんでそうなる……とハジメが嫌そうな顔をしていると、その背後でゆらりと立ち上がる人影が……
周りがギョッとしている中、ハジメは更に嫌そうに顔をしかめながらラナに言う。
「つか、ラナ」
「深淵正妻のラナインフェリナです」
「それだ」
「え? どれです?」
「お前、なんで俺の専属メイドになろうとしてんだよ。いや、本当に集めちゃいないけども、なろうとしてるだけで遠藤が泣くぞ」
「それはそれ、これはこれです。妻のライフワークに苦言を呈するような狭量な男を受け入れた覚えはないので」
「……今度、日本に呼んでやるから、一度ちゃんと話し合えよ」
「たとえ人妻になろうとも! ボスへの敬愛の念と忠義は変わりません!」
「マジで話し合えよ! 俺、嫌だからな! アビィ化したあいつに追いかけられるのは!」
「そうです! ボス! ぜひ、こうくんがボスに挑んだ時の過去再生を! 惚れた女のため! 私のことですが! 私のことですが! 魔王に傷一つ付けた男の勇姿を皆様にも見ていただきたいです!」
「やめろっ、思い出させるな! いろんな意味で酷い戦いだったろうが!」
なんてやり取りをしているハジメ達の後ろで、「ひっ」とパル美ちゃんやミュウ、レミアや昭子達の戦いているような声が微かに響いたが、それを気にする前にハウリア女性陣が声を荒げたのでハジメの耳には届かない。
「ボス! 言ってやってください! この浮気者のリア充がって! 恋人がいるくせにボスに侍ろうなんざ、マジでふざけてやがるっ!!!」
一番ラナと仲が良く、それ故に日々惚気を聞かされ、なのに自分よりちょいと上の実力なのでメイド選抜に勝ち抜かれそうで、もう嫉妬と鬱憤が溜まりまくっているミナが叫べば、それを皮切りに他のハウリア女性陣も鬼の形相で立ち上がった。
「そうだそうだ! なぁにが〝次はいつこうくんに会えるかなぁ?〟だ、ぼけぇ!」
「いちいち思い出して照れ笑いしてんじぇねぇ! この色ぼけが!」
「二兎を追う者は一兎をも得ずって言葉を知らないんですかぁ? 両方失っちまえ!」
「一人だけ勝ち組になんかしてたまるか! さっさとくたばれ!」
「裏切り者よ! ラナインフェリナはハウリアの裏切り者よぉ! 狩れ狩れ!」
自分を囲い始めた仲間に、ラナが身構えながら抗議の声を上げる。
「な、何よ、あんた達! こうくんとのこと、あんなに祝福してくれてたじゃない!」
「「「「「ボスに侍るライバルが減るんだから、そりゃ祝うわ!」」」」」
「っ、これだからハウリアは!」
「いや、お前もハウリアだからな?」
醜い。流石はハウリア。実に醜い。女の私欲と情念にまみれた闘争心が渦巻き始める。
と、そこで、
「殺気!? なに奴ッ!!」
響いたのはギギンッという刃が衝突した硬質な音。ラナの首を狙ったクナイを、小太刀で弾いた音だ。
射線を辿って、全員がそちらを見れば……誰もがゴクリッと生唾を呑み込んだ。
ゆら~っとゆらめく殺意のオーラ。だらりと下がった両腕に、幽鬼のような足取り。垂れ下がった前髪の隙間から覗く炯々と輝く妖しい瞳。
「……謀ったな?」
少女の声音なのに、地獄の底から響いてきたように錯覚してしまうほどの憤怒が感じられる一言。
自然と、ラナ達の足が一歩下がった。
「私を帝国大使に推薦したのは、そういうことだな? ボスのメイドになるための選抜戦から私を抜くために、『大使をした方が実績を積めるよ! ボスもきっとお喜びになるよ!』とかなんとか聞こえの良いことを言って私を送り出したんだな? そうなんだなぁ?」
実はそうだった。だって、ネアちゃんったら小さいくせにお強いから。ボスへの敬愛と私欲で、追い詰められれば追い詰められるほど限界を超えて急成長していくから。
王国の視察から帰還して早々に満場一致で決めたのだ。ネアをハブろうぜ! ちょうど大使の枠が空いてるから適当に言いくるめて樹海から追い出しちゃおうぜ! と。
もうほんと、ハウリアである。
ミュウの拒絶で魂が死んでいたネアが、全てを察して湧き上がった憤怒を燃料に復活。
「クビィ、オイテケェーーーーッ!!!」
ケェーーッと怪鳥みたいな絶叫を上げて身内のお姉さん達に躍りかかった。
わぁーーっと復活した樹海の奥へ退避していくお姉さん達。ボスのご家族がいる場所を戦場にしない程度の分別はあったらしい。
しばらくすると、霧と木々の向こう側から剣戟の音や怒声、悲鳴が響いてきた。
「これが……ハウリアなのね」
「なるほど。これがハウリアか」
菫と愁の〝理解した〟と言いたげな生温い表情に、わっと両手で顔を覆いながら巣穴に戻っていくシア。
同情の視線が集まる中、ハジメの傍ににょっきりとカムが生えてくる。
「ふぅ、危うく死ぬところでした」
「いや、死んでたからな?ってか、完治にはほど遠かったのに、なんで復活してんだよ」
「気合い」
「……親子だな」
穴から更にワッと泣く音が聞こえてくる。
実際は気合いではなく、ハジメから支給されている回復薬と再生機能付きのアーティファクトを使ったおかげだ。
ついでに、先程までのおぞましい化生メイド姿ではなく、迷彩柄の装束姿で化粧も落としていた。鮮やかな変身である。なぜ、こんなところばかり優秀なのか。
「族長! なぜメイドモードを解除したんでさぁっ!」
パル美ちゃんが、端っこで次々に復活しては普通の戦闘服に戻っていく兄貴達を見て声を張り上げる。
「ボスがお求めになるならば! メイドにだって乙女にだってなってみせる! それが漢気ってもんでしょう!?」
「いや、どっちだよ」
乙女の中の乙女なのか、漢の中の漢なのか。というか求めていないと言っていたのを聞いていなかったのか。パル美ちゃんの心裏は迷走しているらしい。
なので、カムが現実を、というか身も蓋もない本音を言う。
「パルよ」
「なんでさぁっ、族長!!」
「やはり、あれはないだろう」
「!?」
自覚あったんかい! と全員からツッコミが入り、パル美ちゃんは酷い裏切りにでもあったみたいな衝撃を受けて固まっている。
「まぁ、お前が女装に目覚めたなら好きにすればいいが」
「!!?」
ハウリア男性陣一同、パル美ちゃんに少し心配そうな目を向けている。性癖が歪んでないかな? 漢気なんて欠片もない昔のハウリアに戻ってしまわないかな? と。
本当にどの口で言っているのかという話で、お前等がそんな目で見るなよ、とも声を大にして言いたいハジメ達。
パル美ちゃんが、恐る恐るハジメを見上げる。視線で「うそ、ですよね? 俺ぁ、漢気に溢れていますよね?」と問うてくる。
この場でただ一人女装した男の娘だ。疎外感が半端ないらしく、上目遣いの瞳は涙が滲み、瞳とウサミミは不安にぷるぷると揺れている。
ハジメに代わって、ミュウがはっきり言っちゃう。
「パル君、どこからどう見ても可愛い女の子なの。漢気の欠片もない完璧な乙女なの」
「!!!!!?」
ふらりとよろめくパル美ちゃん。縋るように周囲を見回すが、ボスは当然、ユエ達も、親達も、誰もがうんうんとミュウの言葉を肯定している。それどころか、愁と菫など見納めを察して、完璧な男の娘を永久保存せんと激写しまくっている。
フラッシュとカシャカシャカシャカシャカシャカシャという連写の音が響く中、パル美ちゃんは震える手でホワイトプリムを取った。
そして、それをペイッと投げ捨てると……
「真の漢気ってなんですかぁーーーーーっ!!」
涙の尾を引きながら森の奥へと駆け去ってしまった。女装がトラウマになったのではないだろうか?
「思春期ですな」
「お前、もういっぺん死んでこいよ」
パル君の後ろ姿を微笑ましそうに見送るカムに、ハジメの辛辣な返しが炸裂する。
「いやはや、うっすら聞こえておりましたが、ボスがメイドを求めているというのは勘違いだったようで。お目汚し大変失礼いたしました。改めまして、ハウリア族の族長を務めております、カム・ハウリアと申します。娘が大変お世話になっております」
「「「「「だれ?」」」」」
大変礼儀正しい紳士ウサギに、複数の疑問系が返される。無理もない。まるで別人だ。
「てめぇに娘なんざいねぇです」
お世話になっている娘の辛辣な返しが炸裂した。穴の縁からやさぐれウサギが鋭い眼光を叩き付けている。
カムの額にうっすらと汗が滲じみ出した。他のハウリア男性陣も視線が泳ぎまくっている。
本気で死んだことにされそうになったことと、ボスの家族および他の家の方々にまで関わるべきか悩むような素振りを見せられて、流石に今回はやらかした感があるようだ。
「す、すまん、シア! 許してくれ!」
「ふんっ」
すぽっと穴に戻っちゃうシア。カムがスライディング土下座の要領で穴の縁から覗き込む。
「ほら、事前に通信機で来訪の知らせは受けていたとはいえ、急だっただろう? 次はいつ会えるか分からんし、できる限りアピールしておきたかったのだ!」
「話しかけないでもらえますか? カムさん」
「!?」
シアが横穴を掘り出した。本格的に巣穴を作るつもりか。
ハウリア男性陣が総出で穴の周りに集まり、口々に許しを請い始める。
それを、ハジメ達がなんとも言えない表情で見守っていると、更に数人の気配が近づいてきた。なんとなく覚えのある気配だ。
「やっぱり本当の出迎えはあんたか。――ギル」
「今回は偶然じゃないぞ。出迎えの役目を正式に受けている」
がさりと茂みの向こうから現われたのは、虎人族の戦士だった。見覚えのある部下も数人、追随している。
常識人なうえ、ハジメ達が最初に樹海を訪れた時の冷静な対応と、その後、アルテナを保護して樹海に入った時にも偶然、最初に出迎えて適切な対応をした点が評価され、実力も十分であることから五人の戦士長のうちの一角を担う大出世をした元警備隊長だ。
「戦士長自らの出迎えとはな」
「魔王一行と、そのご家族がお越しになられるのだ。本来なら長老衆を筆頭に、盛大な出迎えをするべきだろうが……事前に、不要だと連絡したのだろう?」
「ああ。あくまで個人的な観光だからな。それはそれとして、一つ聞いていいか?」
なんだか親しげに話しているハジメに、愁や菫達が紹介を早くとせっつくが、ハジメ的にどうしても聞いておきたいことがあったので、そちらを優先する。
「なんで目を閉じてんだ?」
そう、ギル戦士長は、なぜか瞑目していた。
「見たくないものを見ないためだ」
いったい、何を見たくないのだろう。ユエ達の視線が自然と、穴の奥に向かって釈明と謝罪を繰り返す集団へと向く。もし、化生メイドが度々フェアベルゲンでも目撃されていたのだとしたら……
「なんで耳栓してるんだ?」
「聞きたくないものを聞かないためだ」
「どうして鼻に詰め物をしている?」
「嗅ぎたくないものを嗅がないためだ」
「なんで鳥肌が立ってる?」
「直ぐ近くにおぞましい存在がいるからさ」
まるでお婆さんに変装した狼に赤いずきんの女の子が質問しているようなやり取りだ。ハジメは珍しくも困惑した表情で最後の問いかけを口にした。
「それでどうして普通に動けて話せるんだ?」
「気合いだ」
どうしよう。この世の摩訶不思議を便利に説明できるシア理論が蔓延している……とハジメの表情が引きつる。
「人というものは、死ぬ気でやればなんでもできるらしい。己の心を守るために感覚を可能な限り封じたが、今では逆に以前より感覚のコントロールを精密にできるようになった。必要な情報だけを脳に入れることができるんだ。戦士として、一つ上の位階に昇華した気分だよ」
「なんでどいつもこいつも、決戦の後に強くなってんだよ」
本当にそれ。とユエ達が激しく頷く。
「一応、ハウリアは元に戻ったぞ?」
「俺はだまされない」
よほど、あの化生メイドがトラウマになっているらしい。すっかりハウリア不信になっている。話題を逸らすように、改めて正式に自己紹介と歓迎の言葉を愁達に伝えつつ、ギルは長老衆からの伝言を口にした。
「観光を優先したいならそれでも構わないが、昼食はぜひ共にしたいとのことだ。王国や帝国の料理に比べれば素朴かもしれないが……」
「いや、郷土料理を味わうのも観光目的の一つだ。ありがたく招待を受けようと思う」
と言いつつ、ハジメが愁達へ確認の視線を向けると満場一致で頷きとお礼がギルへ向けられた。目も耳も塞いでいるのに、普通に理解して嬉しそうに頷くギル戦士長。
「あと、注意事項が一つ。監視していたアルテナ様を見失ったので出没に注意されたし、だ」
「野生の熊かよ」
カムがビクンッと震えている。どうやら、まだ怪しい関係は続いているらしい。
だが、今は失った娘の信頼……は元より怪しいので、家族の絆を取り戻すことに全力を注ぐカム。
「分かった、シア。許してくれるなら、なんでも一つ言うことを聞こう! どんな無茶で無謀な願いでも、父様と皆で叶えて見せる!!」
最終手段、〝なんでも言うことを聞く〟を発動。既に横穴にすっぽり入り込んでいるシアが、ひょこっと顔を半分だけ出した。じ~っと疑わしそうにカムと男連中を見やる。
「…………それじゃあ、今後二度と香ばしい言動を取らないと約束――」
「「「「「断固拒否する!!」」」」」
「即答!?」
なんでもは聞いてくれないらしい。舌の根も乾かぬうちになされた前言撤回に、シアが「お前等なんか嫌いだぁーーーっ!!」と怒声を上げる。
「待て! 待ってくれ、シア! 香ばしい言動は我等ハウリアのアイデンティティーだぞ!? お前のですぅと同じだ! 二度と言わないなど、お前にできるのか!?」
「私の語尾と一緒にすんなぁ! ですぅ!」
怒髪天を衝く、と言うべきか。横穴の中でふんがぁっと立ち上がったシアは、そのまま地面を吹き飛ばして地上に飛び出した。
そして、ちょっと涙目で言う。
「いっぱい考えてましたのに! 父様や皆をどう紹介しようか、香ばしい言動は義母様や義父様なら受け入れてくれるでしょうから、たとえそういう登場をしても、一族の良いところいっぱい紹介しようって、いっぱいいっぱい考えてましたのに! よりにもよってモンスター化してるなんて! このモンスターペアレント! モンスターファミリー!!」
シアの心の叫びに、カム達は罪悪感で冷や汗を滝のように流しながら顔を見合わせる。
そして、
「挽回のチャンスをくれ! 過去を見て回っているのだろう? ならば、樹海が侵攻された時の我等の活躍を見てほしい! ならば、きっと見直してくれるはずだ!」
「第一印象が最悪だって話をしてんですよぉっ! 兎人の恥です! ばっきゃろーーっ!!」
うわぁあああんっと、ユエに抱きつくシア。
あんまりな有様なので、菫が苦笑い気味に進み出た。
「え~と、改めましてカムさん、ハウリアの皆さん。ハジメの母の菫と申します」
カム達が一斉に片膝をついて頭を下げた。それにちょっと引きつつも、菫は言う。
「ちょっと衝撃的な出会いではありましたが、息子への親愛故の行動というのはよく分かりましたから、どうかお気になさらないでください」
「お、おぉ……なんと寛大な! ボスのご母堂様とは思えない!!」
「どういう意味だこら」
息子の抗議は置いておいて、菫はシアの頭をなでながら言葉を重ねた。
「シアちゃん、もう気にしないの。お父さん達が強くて立派な兎人だというのは、もう帝城で見せてもらってるわ。まさに英雄と呼ぶに相応しい姿だった。私もこの人も、シアちゃんの家族を恥ずかしいなんて思ってないわよ?」
「義母様……」
「ああ、そうだぞ、シアちゃん。むしろ、ハジメを精神的にとはいえ倒せるなんて凄いじゃないか! ちなみにだけどね、俺は宴会で魔法少女のコスプレをして部下を嘔吐させたことがある!」
「義父様……」
「え、ちょっと待ってくれ、父さん。それ、知らない。息子としてめっちゃはずいんだけど!?」
息子の抗議は置いておいて、菫と愁は優しい微笑を浮べてシアの頭をぽんぽんした。
「今から、また格好いいところ見せてもらえるんだろう? ほら、落ち込んでないで行こうじゃないか」
「シアちゃんも見たことないのよね? 故郷の危機を救ったなんて凄いじゃない! 早く見たいわ! だから、ね?」
しょぼしょぼしていたシアのウサミミが、ぴくぴく……しゅるんっ……モッと立ち上がる。「そ、そうですか? んふっ……そうですね。まぁ、そのあたりは凄いと言えなくもないですかね? うん、ふへっ」と頬を緩めていく。
抱きつかれているユエが、その可愛さにやられたのかシアの頭をもしゃもしゃと激しくなで、智一達もハウリアショックから立ち直り微笑ましいものを見るような眼差しを向ける中、
「さ、流石はボスのご両親だ。このカム、いえ、ハウリア一堂、その天空より広く、ライセンより深いお心に感服致しました!!」
「「「「南雲家万歳!! 我等が主家万歳!!」」」」
カム達もまた感涙を流した。ハジメだけでなく、菫と愁への忠誠心も爆上がりしたようである。
「どうやら魂魄魔法は使わなくてすみそうですね」
「うむ。一時はどうなることかと思ったがのぅ」
「まぁ、まだネアちゃん達は暴れてるみたいなの……止めにいった方が……」
「ミュウ? いい? 日本で学んだことわざにあるでしょう? 触らぬハウリアに厄災なしって。時には目を逸らすことも大切よ?」
「マ、ママ?」
愛子、ティオが安堵の吐息を漏らし、遠くから聞こえる闘争の音色に心配そうなミュウに、レミアママが意外に冷徹な判断を下す。うふふな笑顔つきなので、ちょっと怖い。
「ふむ、ハウリアの本領は樹海での戦闘だったか。帝城での戦いも素晴らしかったが、だからこそ本来のテリトリーでの戦いは非常に気になる」
「ですね。それに、ちょっと動揺しすぎでした。私達も潜入――ごほんっ。雑技のパフォーマンスで女装や男装をしたことならあります。あなた、とっても綺麗だったわよ?」
「よせ、昔のことだ。それに、お前だって男前だったさ」
「!!? お、お父さん? お母さん? 私、それ知らない。娘として聞き捨てならないんだけど!?」
八重樫お母さんとお父さんの会話に、雫が動揺しまくる。
「そもそも、カムさん達は揃って容姿はいいんですもの。きちんとメイクすれば……かなり良い感じになると思うわ!」
「無視しないで!? ねぇ! お母さんってば! ねぇ!」
「八重樫流変装術を伝授するか……代わりに、ハウリア流の気配操作と技術交換できれば……」
「お父さんも! 女装してたの!?っていうか変装術!? それも知らないんだけど!?」
「し、雫ちゃん、落ち着いて! ほら、おじさんの襟首から手を離して! おじさんの頭、がっくんがっくんなってるからぁ!」
香織に羽交い締めにされて引き離された雫の目が、不意にシアと合った。
シアの目が優しく細められた。仲間、ですね? と。
雫は、涙目でふるふると首を振った。
「これ、雫。変装くらいで動揺しすぎだぞ」
「変装、くらい? お祖父ちゃん、私には〝くらい〟とは思えない――」
「お前にも変装術を教えようと思っていたんだぞ?」
「えっ!? そうなの!?」
「うむ。香織ちゃんに怒られてしまったのでやめたが」
「えっ!? 私ですか!?」
「小さい時、道場に飛び込んできて私に直接抗議してきただろう? 雫ちゃんには長い髪の方が似合うと」
「「あっ!?」」
雫が、幼少期に武道をやる上で髪を短くしていて、自身が男の子っぽいことに悩んでいたというのは、ハジメ達も聞いた覚えのあること。
同時に、それが香織と仲良くなったきっかけでもあるというのも知っていた。少年っぽくてもなお綺麗な女の子だと感じた香織が話しかけて、雫の悩みを聞いて、突撃系乙女の本領を発揮し、八重樫流道場に乗り込んだあげく大勢の門下生の前で鷲三に抗議したことも。
「剣術やるうえで邪魔だから髪を短くしろって言ってたんじゃないの!?」
「違うが?」
違ったらしい。本格的に教えるのは先だったが、あくまで変装術の下地として短くするよう言っていたようだ。
「あの件でな、お前に無理をさせていたのだと理解して、雑技の方は教えずに行こうと虎一達と話し合って決めたのだよ」
「わ、私の突撃で雫ちゃんの教育方針が変わっていたなんて……」
まさかの事実にぼへぇ~となっている雫と香織に、シアのみならずハジメ達からも同情に似た眼差しが注がれる。
娘に精神的な衝撃を与えやすい、という意味ではハウリアも八重樫も変わらないのかもしれない。
「八重樫殿と仰ったか。先程の技術交換のお話、ぜひとも受けさせていただきたい」
「おぉ、カム殿。ありがたい! もし日本に来られることがあったら、うちの門下生と合同訓練などもしてみたいものですな!」
「なんと素晴らしいお誘いか! 貴方とは気が合いそうだ!」
ふはははっと固い握手を交わし合うカムと鷲三。
ハジメ達は思った。あれ? もしかして出会わせちゃいけない一族同士を会わせちゃった? と。
「南雲ハジメ」
「ギル?」
「我々も技術交換するか? 自在におぞましい情報を遮断できるぞ?」
「か、考えとく……」
ギルの優しい声音と表情での提案にちょっと心を惹かれつつも、日頃から五感を封じて生活するのは人としてどうかと思って、ハジメはひとまず保留にした。
「では、ボス。ご家族の皆様も。参りましょう。ククッ、まずは我等闇の一族が根城とする深き森の深淵へと誘う――」
「父様?」
「……ククッ、こちらです」
香ばしくなろうとして娘の殺気に止められたカムは、それでも根性でククッとして香ばしくターンを決めた。
そして、男連中に女性陣の闘争を止めに行くよう指示を出して、ハウリアの里の方へと先導を始めた。
「ふふ、楽しみね。それはそれとして、ハジメ」
「ん? なんだよ、母さん」
「後で見せなさいよ。浩介君との戦い」
「!?」
しっかりラナの発言を覚えていたらしい菫に、ハジメの表情が引き攣った。断固拒否しようとするが、
「……ん! お任せください、お義母様!」
「ユエ!?」
ユエのまさかの裏切り。
おまけに満場一致で見たいと言われて、ひとまずハウリアの勇姿を見るためかつての激戦地に向かいつつも、ハジメは憂鬱な面持ちで肩を落としたのだった。
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ハウリアが出ると話が進まないけど楽しい。旅行記なのでのんびり進行ですが、共にのんびり楽しんでいただければ嬉しいです。なお、ギルさんの出世は11巻で、香織の道場突撃は9巻番外編にてちょろっと出ている話です。
※すみませんがお知らせです。本日25日、以下の新刊が発売です!
外伝シリーズ、遂に完結です! 最後まで出すことができたのも皆様のおかげ。心から感謝です! ぜひ「ありふれた」のもう一人の主人公たるミレディの軌跡を、その生き様を見ていただければと。よろしくお願い致します!
原作コミック9巻、外伝零コミック7巻、学園2巻も同時発売です。いつもと同じく原作コミと外伝コミには巻末SSを書かせていただきました。香織の本性に気がつき始めるユエ達の様子と、頑張ってウザくなろうと頑張る幼女ミレディのお話です。ぜひ!
その他、店舗特典のSSなど詳細は活動報告、またはオーバーラップ様のHPにて。
・零6巻 http://blog.over-lap.co.jp/tokuten_arihurezero6/
・原作コミ9巻 http://blog.over-lap.co.jp/gardo_20211217_04/
・零コミ7巻 http://blog.over-lap.co.jp/gardo_20211227_03/
・学園2巻 http://blog.over-lap.co.jp/gardo_20211217_02/
以上、よろしくお願い致します!