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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅤ
426/544

トータス旅行記㉛ あの時ッ、みんな死んだんだァッ!!




 うっすらと漂う真白の霧と、鬱蒼(うっそう)と生い茂る樹木。


 日中でも常に仄暗く、地面から飛び出した樹の根のみならず樹木自体も奇怪な形をしていて、しかも、そのどれもが日本ではそうそう見られない太さのものばかり。


 自然が複雑に入り組んで、地面も平面ばかりではない手つかずのそこは、どこか人の侵入を拒む異界のようだった。


 微かな葉擦れや生き物が立てる音が聞こえるだけの静寂さも、より一層、踏み込んだ者へ畏れに近い不可思議な情感を与える。


 その静寂を、ザッザッと地を踏みしめる音が破った。


 ついでに、「うぅ~」と唸る声も。獣のそれではなく、幼女の可愛らしい唸り声だったが。


「ミュウ、そんな気にする必要ないと思うぞ?」

「……パパはもう少し気にしてほしいの」


 歩きながら頭を抱えているのはミュウだ。その隣でハジメが苦笑いを浮かべている。


 帝国での立食パーティーを経てそのまま帝城に一泊したハジメ達は、翌日の今、クリスタルキーによる転移で直接ハルツィナ樹海にやって来ていた。


 フェアベルゲンに向かう道中だ。直接に転移することも当然にできたが、長老達への挨拶の前に少し樹海の雰囲気を楽しみたいという親達の要望を受けて、都から相応に離れた樹海内に転移したのである。


 もちろん、ミュウが唸っているのは樹海の散策が嫌だからというわけではない。


 悩みの種は帝城での別れ際のことだ。


 王国のランデル王子と帝国のレイモンド皇子が、パーティー会場でのバッチバチな闘争では飽き足らず、それはもうバッチバチにマウントを取り合いながら最後のチャンスと言わんばかりにミュウへ猛アピールし出したのである。


 最初に突撃したのはランデル。


――ミュウよ! この髪飾りを受け取るがいい! よ、余の気持ちだっ


 と、実は昨夜の立食パーティーの時にプレゼントする予定だったが、ドス黒い邪悪なオーラを纏う冒涜的で狂的な目つきの恐ろしき首狩りウサギ(ランデル視点のネア)とライトセ○バーバトルで忙しくて渡せなかった宝飾を差し出した。


 なお、この髪飾り、超一流の職人が仕上げた国宝級の装飾品で、宝石部分には婚約用として最も人気があるグランツ鉱石が使われており、日本円に直すと数十億単位だったりする。


 ルルアリア王妃とリリアーナお姉様の、ギョッとした顔から引き攣り顔へ、更には頭痛を堪えるような顔への変化はいっそ見事なほど。


 その顔を見れば、ランデル君が簡単にあげちゃダメなものを勝手に持ち出したことは明白だった。たぶん、本当に王族が求婚に用いるような貴重品だったのだろう。


 そんなランデルに対しレイモンドは、ミュウが何か返答する前に割り込み、


――レディを物で釣ろうなど浅ましい! 堕ちたものですね、ランデル王子!

――な、なんだとぅ!?

――ミュウさん。これが僕の気持ちですっ


 と、首飾りを取り出し()()()装着した。


 そう、既に取り外され回収されたはずの〝誓約の首輪〟である。


 ミュウがバッとハジメを見ると、ハジメは何故か良い笑顔でサムズアップ。どのタイミングか知らないが、ハジメパパが悪ノリの延長で渡したらしい。


 ガハルドや帝国貴族の、ギョッとした顔から引き攣り顔へ、更には頭痛を堪えるような顔への変化はいっそ見事なほど。


 無理もないだろう。自国の皇子が、〝本当に真心を込めた贈り物とは、私自身が贈り物になることだっ〟と、決して逆らえない誓約を自ら結んで人生を捧げようとしているのだから。


――くくっ、愛する者のために自らを捧げる。それが貴方にできますか!?

――王族ともあろう者が国を捨てる気か!? この痴れ者め!

――ふっ、貴方の愛は所詮、その程度ということですよぉ、ランデル王子ぃ!

――違う! 国と愛、両方の守護者たることこそが、余の目指す王なのだ!

――甘い! それは理想論です! 何かを犠牲にしなければ真に欲するものは手に入らないのですよ!

――自分のために国を捨てた男を、ミュウが愛すると思うのか!?

――自分のために国一つ捨てられない男を、ミュウが愛するとでも!?

――この分からず屋がぁーーーっ!!

――それはこっちのセリフですっ!!


 ヴォンッヴォンッバヂィイイと翻っては火花を散らす二本のライトセ○バー。


 とりあえず、愛を告げられながらも、なんか蚊帳の外に置かれているミュウはドン引き顔だった。「いや、あの、ミュウはパパのものなので! 勝手に盛り上がられても困るんですが!」と声を張りあげるが少年二人の耳には入らない。


 で、だ。そんな光景を見て、自分を守るようにネアと対峙したランデルの勇姿に惚れ込んだアリエル皇女が黙っているわけもなく。


――貴女っ、またダーリンを(たぶら)かして!

――正気なの!? ちゃんと現実見えてる!?

――そうやって気のないふりをして影では誘惑しているのですね! 許せないっ

――話が通じないの!?


 と、マスケット銃をどうやってかスカートの下からスタイリッシュに取り出し、嫉妬全開の悪役令嬢みたいな表情で襲いかかろうとする始末。


 話を聞かず己の衝動に素直なところは、狂犬皇女なお姉様(トレイシー)とそっくりである。


 必然、基本的に場をカオスに導くことしかしないハウリア娘だって修羅になる。


――貴様……お嬢に敵意を向けたな? 死ぬがいい!!

――ネアちゃーーん!? 殺しはダメぇ!

――私は生まれ変わったの。もう、弱いだけの私はいない!

――アリエルちゃんも対抗しちゃダメぇ!!


 立食パーティーで散々戦ったというのに、再び始まるキッズ達のガチンコ闘争。


 当然、王国側はリリアーナとルルアリア王妃、帝国側もガハルドとトレイシーが止めに入ったのだが……


 レイモンド君、ルルアリアとガハルドが寄ってきたのを幸いに、ランデルの婚約者としてアリエルを売ろうと――ではなく、強烈に推薦。アリエルも、この機会を利用としようと猛アピール。


 焦ったランデルが「ミュウ! 余の婚約者になってくれ! せめてチャンスをくれ!」と遂にはっきりと漢を見せ……


 レイモンドも片膝を突いて手を差し出して「いいえっ、私を選んでください、ミュウさん! どうか私の妻に!」と求婚し、アリエルが「決闘よぉ! こうなったら一対一で決闘よぉ!」と叫び出し……


「まぁ、いいじゃねぇか。ミュウの『喧嘩ばっかりする子達なんて嫌い!』の一言でランデルとレイモンドは大人しくなったんだから」

「それが嫌だったの!!」


 んもぉっ! とハジメパパをぽかぽかするミュウ。


 ミュウとしては、ランデル達は友達枠だ。ネアにさえ〝ボスのお嬢〟として敬ってほしいなど欠片も思っておらず、対等な友達関係を望んでいる。特に今回はアリエル皇女に興味津々だった。年の近い女の子ということもあって、一番仲良くなりたかった相手である。


 だというのに……


「アリエルちゃん、トレイシーお姉さんに首締めで落とされたのに、それでもミュウに銃口を向け続けていたんですが……凄まじい執念だったんですが」


 友達になりたかった相手からの〝貴女には死んでも負けないわッ〟的な凄まじい闘志を思い出して、ミュウがワッと両手で顔を覆う。


「小さくともヘルシャーの血筋ね。荒ぶるものを持ってるわ」

「でも雫ちゃん、焚き付けたのは、というか覚醒させたのはハジメ君だよ」

「……ハジメ、悪い人! メッ」

「いや、でもほら。ランデルの帝国での評価は爆上がりだぞ。俺は、そう、義弟のためにやったんだ」

「ご主人様よ、そのせいでリリィが一時帰国するはめになったんじゃが?」


 ハジメはスッと目を逸らした。


 実は、一行の中にリリアーナはいない。なぜかと言えば、ランデルとアリエルの婚約話が想像以上に盛り上がったからだ。


 帝国側から是非とも嫁がせるべきという声が上がり、ガハルドも、どうせいずれかの皇族を嫁がせる予定だったのでちょうどいいと乗り気だった。


 しかし、そこでルルアリアが待ったをかけた。


 元より、ミュウがランデルを求めるならともかく、その逆、ランデルの意思を押し通すつもりはない。魔王一家との繋がりなどリリアーナとハジメの関係だけで望外であるし、魔王の娘に無理強いなどできるはずがないからだ。


 故に、皇族との婚姻自体に否はない。


 だが、その相手がアリエルというのは……どうなのだろう?


 だって、だ。姉に締め落とされて白目を剝き、口から泡も吹いているというのに、なお銃口が獲物を探して彷徨っているのだ。七歳児の形相でも所業でもない。そのうち某悪魔に乗り移られた少女のように、ブリッジしながら駆け回ったりしそうな有様だ。大変こわい。


 この子が……わたくしの義娘に? いや、それはちょっと……あの、他の子達も紹介していただける? 一応、ね? というわけである。


 ランデルを想うが故の奮闘で、未来の義母(になるかもしれない人)にドン引きされてチェンジ要求されるアリエルちゃん……彼女の恋路は更に生い茂る茨の道となったようである。


 で、ルルアリアによる次期国王の婚約交渉が長引きそうになったため、本国の政務を取り仕切る者が必要になり……


「リリィちゃん、なんだかゲートで王国に帰る時の背中が煤けてたわね……」

「あれは、サラリーマンの背中だよ。楽しく家族と過ごしていたのに突然の連絡で休日出勤する時の、な。泣けるよ」


 輝くゲートの向こう側からサムズアップした手だけを最後に残し、『私、必ず戻りますから』と某ターミ○ーターみたいな言動と共に消えていったリリアーナ。なんとも言えない哀愁と悲壮な決意が伝わってきた。ただ、数日の旅行がしたかっただけなのに!


 あんまりじゃないか? と、(しゅう)(すみれ)の視線がハジメに突き刺さる。


 ハジメは「んんっ」と咳払いし、「アワークリスタルとか、いろいろ役立つもの渡したから……」と小さな声で言い訳した。


 そんな先頭を歩くハジメ達の後方では、


「ネアちゃん、いい加減に自分で歩いてくださいよ」

「……」


 ネアが屍のようになっていた。歩く気力もないのか、シアに襟首を掴まれた状態で引きずられている。手足もウサミミもだらんっと垂れていて、活力の欠片もない瞳は虚空をさまよっていた。


「……シテ……コロ、シテ……」

「何を馬鹿なこと言ってんですか。ウサ毛、むしりますよ?」

「こ、魂魄魔法、いります?」


 見た目幼いウサミミ少女の、人生に絶望しきったような様子に愛子が引き気味に提案する。愛子の母――昭子(あきこ)や白崎夫妻、八重樫一家も、なんとも言えない表情だ。


 シアは、ひょいと肩を竦めた。


「自業自得ですよ。ミュウちゃんが止めるのも無視して、私が腹パン決めるまで大暴れしたんですから」


 もちろん、ハウリアが胃液逆流級の腹パンを受けた程度で反省などするはずがない。


 アザンチウムよりも強固なネアの精神を砕いたのは、姉御の腹パンでオロロロロッと美少女補正の虹色液体を吐き出していた時に受けた一撃。


――失望しました。ネアちゃんのフレンドやめます


 その破壊力は凄まじく、ネアは「あ、やべ。これマジギレですわ」と真っ青になって即ジャンピング土下座。


 すみませんでしたっ、猛省します! と謝罪したネアだったが、その次の瞬間にはやらかすのがハウリアクオリティーである。


 それが分かっているミュウは、ぷいっとそっぽを向いた。今回ばかりは〝ミュウを想ってのことだから〟という理由で甘く見るつもりはないらしい。


 それから何度呼びかけてもぷいっとされて口もきいてもらえず、てっきり大使の一人であるから帝国に残るのだと思われていたネアが普通に同行を申し出た時など、


――え……一緒に来るんですか?

――敬語、だと!?


 まさに致命的な一撃(クリティカル)というべき言動を受けて崩れ落ちてしまった。


 お嬢に嫌われた……もうダメだぁ、おしまいだぁと、最終的には切腹までしようとしたのでシアの姉御が腹パンで黙らせたのだが、それからずっとこの有様である。


 ハウリアだから仕方ないね、とハジメ達は特に気にしていないが。


「ミュウ? もう許してあげたら?」


 レミアが優しくミュウの頭を撫でる。職場の居心地が悪いサラリーマンみたいに「人間関係がうまくいかねぇの……」と呟いている娘へ、微笑を浮べて「せっかくの旅行なのだし、今は樹海を楽しみましょうね?」となだめながら。


 ミュウはじっとレミアを見上げた。いつものおっとりと優しい笑顔だ。喧嘩中の者達すらレミアの笑顔で諫められるとほんわかして心を鎮めてしまう、ある種の必殺スマイル。


 ミュウは何かに納得したように頷いた。聞き分けの良い娘にレミアの笑みはますます深まり……


「ミュウ、男の子でも普通に友達になりたいの……ママのことは好きだけど、男の人に直ぐ結婚して~って想われるところは似たくなかったの……」

「!?」


 レミアママに致命的な一撃(クリティカル)!! 極めて限定的とはいえ娘から初めて言われた「ママみたいになりたくない!」である。ショックのあまり目が虚ろになり、よろりとよろけちゃう。


「レミア!? 無事か!?」

「あ、あなた……私、もうダメかもしれません……」

「気持ちは分かる。俺が言われていたかと思うと、想像するだけで倒れそうだ。ミュウ! ママに酷い言い草だぞ!」


 倒れかけたレミアを支えたハジメが、ミュウにメッをする。


 しかし、ミュウがごめんなさいする前に、


「あらあらあらっ、レミアちゃんってそんなにモテるの? そうなの!?」

「まぁまぁまぁ! レミアさんったら! そこ詳しく教えてくれないかしら!?」


 恋バナ大好きな奥様方二人――(すみれ)薫子(かおるこ)が目を輝かせて詰め寄ってくる。


「い、いえ、私は別に……」

「パパ達が海底遺跡を攻略してエリセンから出て行った後、ママを巡って男の人達の争いが起きたの。お見合い相手を選ぶだけでトーナメント戦が開催されたり、ミュウにもパパになりたい人達がめちゃくちゃ寄ってきたの」

「ミュウ!?」

「同じ海人族だけじゃなくて、人間の兵士さんや貴族さんもママを欲しがるの。みんな、あの手この手でミュウを娘にしようとするの」


 将を射んとせばまず馬を射よ。とばかりに、ミュウにパパと呼ばせようとする男達の群れを思い出し、遠い目になるミュウ。


「ま、まさに魔性の母娘なのね?」

「昭子さん!? 違いますから!」

「やるわね、レミアさん。そうやって裏から故郷を牛耳っていたと……」

「霧乃さんまで! 私、本当にそういうのではありませんから!」

「ママがパパについていくからエリセンを出るって言った時は、町全体が死んだみたいに静かになったの」

「ミュウはお口をキュッとしましょうね!」


 ミュウを抱っこし、胸に抱き込むようにして口を閉じさせるレミア。


 菫と薫子の目がキラキラしている。


「これはエリセンに行くのが楽しみね」

「ええ、本当に。確か最終日の予定だったかしら? 待ち遠しいわ」

「お二人とも、本当になんでもありませんから。全てお断りしましたから……」

「「それでも未だ諦めきれない男達が、きっといるんだわ!!」」

「息ぴったり!?」


 レミアがミュウを抱っこしたまま疲れたように後方へ下がっていく。


「ええっと、樹海、楽しんでます? なんならもうフェアベルゲンに行ってもいいんですが」


 ハジメが親達へ視線を巡らせた。なんか樹海に入ってから人間関係の話題ばかりで樹海を楽しむという当初の目的が明後日の方向へ飛んでいってる気がして。


 それを鷲三と虎一が「とんでもない」と否定する。


「十分に楽しんでいるよ。ハジメ君。ここは素晴らしいな」

「ああ。富士の樹海も良い訓練場――ごほんっ。美しい場所だが、ここは更に美しい」

「虎一さん、今、訓練場って……」


 ハジメが確認の視線を雫に送ると、「ワタシ、ソレ、シラナイ」と雫の目が点になっていた。また裏の雑技的なあれこれらしい。


 智一が傍の木に触れながら感心したように言う。


「私も若い頃に観光で青木ヶ原樹海には行ったことがあるが、なんというかスケールが段違いだね。白い霧と相まって、本当に異界にでも迷い込んだようだよ」


 確かに木や地面から突き出してうねる根の太さは一本一本が大木にして古木ばかり。そもそも面積からして異なるのだ。伊達に大陸の東側一帯を覆っているわけではない。


 富士の樹海が遊歩道もある観光名所でもあることを考えると、その雰囲気は一線を画すものがあった。


 本当に、本来は人が踏み込んではいけない自然の象徴のような場所だ。


「この白い霧も面白いな。聞いていた通り、しっかりと先頭を行くハジメ君達を見ていないとあらぬ方向に行ってしまいそうだ」

「大樹ウーア・アルト、だったかな? それも近くで見るのが楽しみだ」

「そうですね。外からそびえている姿を見てもらうのも良かったかもしれませんが、せっかくなので俺達が初めて見上げた時の感動を味わってもらえればと思います」


 大樹ウーア・アルトは樹海から大きく飛び出しているにもかかわらず、外部からは基本的に認識できない。


 もちろん、それは認識阻害によるものなのでハジメ達なら破れるし、フェルニルから眺めてもらうのも一つのプランではあった。


 だが、樹海全体を見下ろすなら、どうせなら大樹のてっぺんから、大樹自体は下から見上げる形で大きさを実感してほしいというのがハジメの推奨プランなのだ。


「この世界に召喚されて、初めて純粋に見惚れた光景は大樹だったと思います」

「……ん。当時は枯れていたけれど、それでも凄かった」

「私達からしたら特に珍しくもない場所だったんですけどねぇ。まさか大迷宮だったとは思いませんでしたよ」


 当時を振り返って、ハジメ、ユエ、シアが目を細める。


「あら、ユエちゃんは昔、女王様だったんでしょう? 外交とかで訪問したりして、封印される前に見たことはなかったの?」

「……はい、お義母様。私、最強だったので」


 ん? と小首を傾げる菫や他の親達に、ティオが言う。


「最強の称号は重いんじゃよ。力ある者が動けば、それだけで世界は動揺する。また、招くより赴くのが礼儀となろう。何より、吸血鬼族は元来、絶対数が少ないのじゃ」

「……ん。生まれてから国を出たことはない。国を守るために動くわけにはいかなかった」


 へぇ~と、女王時代のユエの想像以上の影響力に親達が感心の声を上げる……


「……初めて国を出たのは! なんと身内と家臣にボッコボコにされて奈落に封印された時でっす☆」


 ビシッと横ピースを目元に添えてウインクするユエさん。


 ビシッと親達は固まった。菫など「あ、もしかして私、地雷を踏み抜いた?」みたいな引き攣り顔に。足も完全に止まって、一行の空気も止まる。


「……ん? あれ? ユエさん流小粋なぶらっくじょーくなんですが……」

「あのね、ユエ。ブラックすぎて笑えないよ」

「ユエ、ずっと言いづらかったのだけど……貴女、ジョークのセンスが少し、ね?」

「うそ……でしょ?」


 香織と雫の嘆息混じりのマジツッコミに震えるユエ。過去再生の加工センスといい、どうやらユエ様の弱点はエンターテインメント方向らしい。


 と、その時、ハジメ達が一斉に前方へ視線を向けた。愁が目を丸くして尋ねる。


「ハジメ? どうしたんだ?」

「魔物が来てる。集団だな。せっかくだし何体か捕獲して見学してもらうか……」

「でも、ちょっと変じゃありません?」

「じゃな。こちらは今、気配を消しておらん。樹海程度の魔物なら本能的に避けるはずじゃが……」


 言ってる間にもザザザッと静寂の樹海がにわかに騒がしくなっていく。


 霧で視界の悪い、薄暗い樹海の中である。雰囲気と相まって、大丈夫だと分かっていても薫子や昭子の表情が緊張で強ばる。八重樫家の皆さんだけは刃物を片手に「やる? やるの? やっていいの?」みたいな顔になっているので、余計なことはしないようにと雫が睨みを効かせているが。


「ユエ、あまり騒がしくしたくないから、重力魔法で二、三体、半潰しくらいにしてくれるか?」

「……私のセンス、なさすぎ? いや、そんなはずは……」

「ダメだよ、ハジメくん。想像以上にダメージが深かったみたい。聞こえてないよ」

「ご、ごめんなさい、ユエ。せめてもう少しオブラートに包むべきだったわ」


 雫がゆっさゆっさとユエの肩を掴んで揺さぶるが、オブラートに包む時点で根本的な所感は変わっていないわけで、それが何より雫の本音を証明していて、ユエはちょっぴり涙目になってしまった。


 涙目のユエも可愛いなぁなんて思いつつ、ハジメが自分でやるかと拘束用アーティファクトのボーラを取り出して、一拍。


 霧を攪拌するようにして、樹上に魔物の集団が姿を見せた。


 サル型の魔物だ。一種のテレパシー的な能力を持つ集団行動タイプで、仲間との連携や標的の惑乱を得意とする。


 もちろん、親達の安全は確保済みだ。ティオと愛子が精神的影響を除去する魂魄魔法を二重に準備しているし、香織も結界を即時発動できるようにしている。


 だが、果たして必要だったのかは疑問だ。


 明らかに魔物達の様子がおかしかったのだ。


「妙だな。俺達を襲いにきたというより、不意打ちで遭遇してしまったって感じがするぞ」


 ハジメの言う通り、魔物達は硬直していた。ハジメ達を見てギョッとしている。


「ええ? 魔物のくせに私達の気配を掴み損ねていたってことです? 今は誰も気配を薄めてすらいませんのに?」


 いかにも「情けねぇ魔物ですぅ!」と言いたげにシアが発言した瞬間だった。


 ギギギッと油を差し忘れたブリキ人形のようなぎこちなさで魔物達の視線がシアへ、そして未だに引きずられたままダラ~ンとしているネアへ、否、そのウサミミへと向いて――


『『『『『ピギャーーーーーッ!?』』』』』


 一斉に悲鳴をあげて逃げ出した。


 まるであれだ。ホラー系洋画あるあるの、殺人鬼から逃げ切ったと思って一息吐いた直後、既に回り込まれていた被害者である。


 〝ムンクの叫び〟もかくやという形相と悲鳴をあげて、もはや統制すらなく四方八方へ逃げ惑っていく魔物達。完全にパニック状態であった。


 全員の視線がシアとたれネアへと注がれた。


 智一と薫子がぽつりと呟く。


「昨日、帝城で同じような光景を見たような?」

「ハ、ハウリアの皆さんは、人も魔物も関係なく恐れられているのね?」


 完全にやべぇ一族を見る目だ。昭子さんがスススッと娘の傍に身を寄せた。地味にショック。


「ち、違います! いえ、うちの一族はそうかもしれませんが、私は違います!」


 地味に一族を突き放すシア。無関係になりたいらしい。


 だが弁明し切る前に、魔物達がなぜハジメ達にも気が付かないほど必死に逃げていたのか、その原因が判明することに。


 更なるハウリアショックの襲来である。


 ガサガサッと霧の向こうから音が鳴り、それほど大きくはない人影が飛び出してきた。


「ボスッ、この必滅のバルトフェルド! いの一番に参上しやしたぁっ!!」


 ネアと同年代のハウリア、パル君だった。


 だがしかし、ハジメは返答できなかった。ハジメだけでなく、シアもティオも香織も雫も愛子も、そしてレミアやミュウも、ユエでさえ強制的に思考を現実に戻されたのに反応できず。


 それもそうだろう。


 だって、


「まぁっ、なんて可愛らしいの! ネアちゃんに続いて、こんな、こんな!」

「ウサミミ()()()が出てくるなんてな!」


 初見の菫と愁がはしゃぐ。更に、薫子や智一達も。


「愛らしいメイドさんね!」

「森の中で、なんでメイド服なのか分からないけど……確かに可愛らしい。まさかハジメ君、君の趣味じゃないだろうな?」


 そう、必滅のバルドフェルド君は、なんとメイド服姿だったのだ! ただでさえ、元は可愛い系の超がつく美少年である。それが女装なんてすれば、もうどこから見ても女の子にしか見えない。それもとびっきりの美少女だ。


「パ、パル君、なの?」


 ミュウが動揺に声を震わせながら問う。


「へいっ、お嬢! 俺ですぜ!」


 キラッと白い歯を輝かせ、親指でサムズアップするように己を差し、満面の笑みを浮かべるパル君。


 なぜそこまで堂々としているのか。自分の行いに欠片の疑いも持っていないことがよく分かる。まるで、こうあるべきだからこうなのだ! と言わんばかり。


 ミュウが黙らされる。もしかして、パル君は最初からこうだったかも? とお目々をぐるぐるさせながら大混乱状態へ。


「俺っ娘なのね! ハジメったら! どんだけバリエーション豊かな女の子と繋がりがあるのよ!」

「我が息子ながら恐ろしいぜ!」


 テンション爆上がりの菫と愁に、パル君は一瞬、訝しげな表情を向けるも、直ぐにハッと気が付いた。


 ハジメ達が未だに硬直している中、恐る恐る尋ねる。


「も、もしやそちらは、ボスのご、ご家族の方々で?」

「ええ、そうよ! 初めまして、母の菫よ! パルちゃんと呼べばいいのかしら?」

「父の愁だ。もしかして、君もネアちゃんと同じで息子のお嫁さんになりたい口かな?」


 それを聞いた途端、パルの雰囲気が一変した。


 チラチラッとハジメへ視線を飛ばし、「ボス! こんな格好になっても俺ぁ漢を見せますよ! よく見ていてくだせぇ!」と、まるで必殺技をお披露目するような気迫を迸らせる。


 そうして、スカートの両端をちょんと掴むと、中々に洗練されたカーテシーを決めた。


「旦那様、奥方様。お初にお目にかかります。ご子息にお仕えするハウリアが一人、パル美でございます」


 最後に清楚な笑みをふんわりと。年齢的にそのままでも女の子の声で通じそうなのに、わざわざ裏声で挨拶する徹底ぶり。


 なるほど。どうやら本当に、ハジメのメイドになりたいらしい。


 なので、


憤怒(ふんぬ)ぅぁああっ!!」

「ゲハァッ!?」


 シアお姉様の鉄拳による腹パンが鳩尾に炸裂した。


 美少女補正(?)の虹色液体をオロロロロッしながら、「な、何をするんですか、シアお姉様」とあくまで美少女ウサミミメイドムーブを崩さないパル美ちゃん。


 ボスのメイドに、俺ぁなるっ!! という鋼の意志が感じられる。


「シ、シア!? いきなり何を――」

「すみません、義母様(かあさま)。ちょっとお時間いただいても? 身内同士でオハナシがあるので」

「ア、ハイ。ゴユックリ」


 ゆらりと振り向いたシアの笑顔の圧に、菫はすごすごと下がった。他の者達も、目の前の暴挙に口出しできない。


「で?」


 絶対零度の視線と声音がシアから発せられた。パル美ちゃんが震え上がる。いいから洗いざらい吐け、という言外の要求に自然と正座状態となってコクコクッと頷いた。


 が、その前に事が、真のハウリアショックが襲来する。パル美ちゃんは所詮、斥候に過ぎない。いつだって本隊は別にあるが故に、


 ガサガサッと音を立てて霧の向こうから更に一人、飛び出してきた。


 時が止まった。


「……」

「……」


 シアが眼をかっぴらいたまま死んでしまったかのように硬直。


 ハジメ達は言わずもがな、今度は親達ですら完全に魂を吹き飛ばされたような有様になる。


 無理もない。そこには、あまりにおぞましい存在がいた。


「お久しぶりです、ボス」


 本来はダンディーな容貌が白粉で真っ白に。そこに、異様なほど鮮やかな口紅と頬紅が塗りたくられ、炭で書いたようなアイシャドウも。鍛え抜かれた肉体を丈の短いメイド服に包み、頭にはホワイトプリムが。ウサミミにもワンポイントオシャレ(?)で可愛らしいリボンが付けられている。


 まるで、「女装ってこんな感じっしょ?」と何も分かっていない男が、見よう見まねで女装したような酷い姿なミニスカメイドの正体は、紛れもなく、


「カム子だぴょん」


 カムだった。


 真っ直ぐに見つめられたハジメは、フッと笑い――


 そのまま後ろへ倒れた。


「パ、パパぁっ!?」

「ハジメさん!? 大丈夫ですか!?」

「……んんっ、ダメ! 意識が飛んでる!」

「いかんっ! 愛子よ! ダブルで〝鎮魂〟じゃ!」

「りょ、了解です!」


 ミュウが、まるで魔王城で腹に穴を開けられて倒れたハジメを見た時のような必死の形相で縋り付いた。レミアとユエが両サイドからハジメを抱えて、ティオと愛子が魂ごと癒やしにかかる。うっすらと靄のようなものがハジメの口から出ていきそうだったから。


「ボ、ボス!? どうなされました!? 持病か何かですかぁっ!?」

「「お前が原因だよ!」」


 愁と智一のツッコミが綺麗にハモった。ついでに、ハジメのもとへ駆けつけようとしたところで、香織の大剣と雫の黒刀が交差するようにカム子さんの行く手を遮った。クリーチャーをハジメに近づけまいと思わず動いてしまったらしい。


「あ、あの、カムさん、なんですよね?」


 香織が震え声で尋ねる。できるだけ直視しないように。


「カム子だぴょん」


 こんなところで鋼の意志を示さなくていい。あと、なんだその語尾は。と、思わず黒刀を握る手に力が入る雫。


 しかし、問いただす前に、事態を更なる混沌へ突き落とすのがハウリアクオリティーであるが故に。


 後続のハウリア達が、ボスの気配を察知して一斉に歓迎に出てきてくれた。


 出てきて、しまった。


「「「「「ボスぅ! お会いしたかったぴょん!!」」」」」


 野太い覇気に満ちた裏声が、樹海に木霊する。


 なるほど。魔物も脱兎の如く逃げ出すわけだ。


 漢女とは違う。彼女達は一本芯が通った性別の超越者達だ。お尻にねっとりした視線さえ向けられなければ、ハジメとてそれなりの付き合いに否はない存在である。


 だがしかし、こいつらはダメだ。


 マッチョなウサミミ男共が、揃って子供の落書きみたいな化粧をして化生メイド姿になっている光景は、悪夢の一言。


 それが集団で、深い霧の奥からわらわらと湧き出してくるのである。


 あまりに冒涜的な存在だ。正気度が一瞬で消し飛ぶレベルの。


 ある意味、パル美ちゃんは奇跡の存在だろう。化粧が必要なほどの年齢ではなかったのが幸いだった。


「ややっ、ボスが倒れているぴょん!」

「一大事だわ! 一大事だわ! 介抱して差し上げないと! ぴょん!」


 蘇生中のハジメを守る防波堤になっていた香織と雫が、マッチョ化生メイド集団の肉薄に涙目となり、イヤイヤッと首を振りながら後退っていく。


 八重樫家の皆さんは本格的に小太刀を抜いて腰を落とした。昭子さんと白崎夫妻が宇宙猫みたいな顔のまま時を止めている。


 ハウリアに、いったい何があったのか。


 もしや、樹海に転移したつもりで平行世界にでも迷い込んでしまったのか。


 誰もが混沌に叩き落とされた様子で動揺をあらわにしている中、その声は響いた。


「――〝レベルⅩ〟」


 桁外れの魔力が迸った。


「シ、シア? どうしたんだぴょん?」


 カム子お父さん……お母さん? どっちか分からないが、とにかく肉親の呼びかけに、シアは顔をうつむけたままゆらりと体を揺らし、


「全員死ねぇえええええええええええっ!!!!」


 直接的な罵倒と共に拳を振るった。大気が爆裂し、凄絶な衝撃波が津波となって一族に襲いかかる。


 うわぁあああ!? ぎゃぁああああ!? と悲鳴をあげながら、根こそぎ吹き飛んだ樹海の木々と一緒に宙を舞う化生メイド達。


 パル美ちゃんだけいち早く危機を察知し、こんな騒動でも虚ろなままのネアの傍に退避したが、他のハウリア達は正直、普通に死にかねない攻撃である。


 混乱しつつも、流石に止めるべきと思ったユエが声をかける。


「……シ、シア? 落ち着いて? カム達にも何か事情が……もしかしたら悪い食べ物でも拾い食いしたせいで――」

「だから?」


 振り返らず発せられた声音に、ユエが「んぐっ」と言葉に詰まる。


 でも、ミュウを筆頭に皆からの「がんばれ! ユエさん頑張れ! 正妻なんだから!」みたいな視線が突き刺さるので、もう少し頑張るぅ!


「……気持ちは分かる。でも、レベルⅩはまずい。流石にしゃれにならない。家族が死んでしまう――」

「家族?」


 ゆらりと、肩越しに振り返ったシアが笑顔のまま言う。


「アハハッ、おかしなユエさん! 私に、ユエさん達以外の家族なんていませんよ?」

「……え?」


 地面に転がりながらも戦慄の表情を向けてくるカム子達へ視線を戻し、シアは、グググッと前傾姿勢を取った。片手を伸ばせば、その手にヴィレドリュッケンが収まる。


 そして、


「私の家族は――」


 ドンッと大地を揺らす勢いで踏み込み、笑顔から正気を失ったような泣き顔となって、現実を否定するように絶叫した。


「あの時ッ! ライセンの谷底で! みんな死んだんだァッ!!!!」


 どうやら、シアの中ではそういうことになったらしい。


 なんだかんだで、菫や愁に一族を紹介するのが楽しみだったシアである。それが、まさかの出迎え。脳内歴史を改変するのもやむなしだ。ならば、目の前の家族を冒涜する存在を消し去ろうとするのも当然……かもしれない。


「シ、シア! 落ち着いてくれ! 正気に戻るのだ! ぴょん!」

「それはこっちのセリフだ死ねぇええええええっ!!」


 局所的な地震が連発される。肉塊になりそうなカム子さん達が死に物狂いの表情で逃げ回りながら、ユエ達に助けを求めてくる。


 再び、ユエに視線が集まった。ハジメが魂を飛ばしている以上、シアを止められるのはユエだけだ。


 一瞬、もの凄く嫌そ~な顔になったユエだが、一転して真剣な表情になるとコクリと頷いた。


 そして、立ち上がり、一瞬で更地になっていく樹海を真っ直ぐ見据えて、腹に力を込めて――


「シア~~~~っ!! 語尾(アイデンティティー)を忘れてるぅ~~~っ!!」

「「「「「違う、そうじゃない」」」」」


 正妻様、鬼神ウサギのあまりの迫力に日和(ひよ)る。


 その後、ハジメが復活するまでの間、「DEATHゥ~ッッ!!」と「ぴょん~~っ!?」が木霊し続けたのだった。




いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・私自身が贈り物になることだっ(元ネタは、月牙になることだ)

 BLEACHのイチゴのパロです。

・失望しました。フレンドやめます(元ネタは、ファンやめます)

 元ネタってマクロスでいいのかな? 白米は那珂ちゃんネタで知りました。








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― 新着の感想 ―
ハウリアは一体、どこへ向かっているのか……
なに、この混沌………。
お疲れ様です。 オーバーラップで11月に14巻の発売告知が出てるんですが、一部の通販では12月になってるんですが、実際はどうなんでしょうか?
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