深淵卿第三章 裏側の戦い 前編 ~もうユエさん一人でいいんじゃない?~
「うぉおおおおおおっ!!」
「ぬぁああああああっ!!」
裂帛の気合いが迸った。
妖精界の全土に響けと言わんばかりに雄叫びを上げたのは、聖剣を燦然と輝かせる光輝と、天樹の化身(代行)たる漢女神――ブラウ・ニーベルだ。
天樹の上から、光属性最上級攻撃魔法〝神威〟そのもので創造された極光竜と小光竜の群れを率いて、自らも〝天翔閃〟を乱発している。
反対側では、汗の蒸気を噴き上げながら常軌を逸した筋肉を隆起させ、漢女神がなぜかダブルバイセップスポーズを取っている。
すると、これまたなぜか天樹が呼応するように輝き、反射して汗も輝きつつ、枝の弾幕が放たれた。
それはかつて、アウラロッドが九尾の狐に放ったのと同じ。当たれば身のうちに入り込み根を広げる必殺の権能。
だがしかし……
「くっそぉっ、厄介なのがわんさかとっ」
「ごめんなさいねぇっ、押さえ込めなくてぇっ」
視界を埋め尽くすほどの、龍、竜、大蛇、蛟……
更には、怪鳥に宙を泳ぐ魚、地には巨大亀、頭部だけ別の生き物の特徴を持つ龍体の妖魔、逆に頭部だけ龍のそれである異形などなど。
龍に関わる伝承を持つありとあらゆる存在が、正気の感じられない様子で押し寄せてくる。
以前に妖魔の大群を相手にした時と比べると、確かに数字上の戦力は少ない。
だがしかし、前回とは決定的に異なる点が一つ。
それは、
「!? ブラウッ、頭上! でかいのが来るッ」
「ああんっ、もうぉっ」
総身に鳥肌が立つような戦慄を覚えて頭上を仰げば、いつの間にか稲光を蜘蛛の巣のように走らせる暗雲が広がっていた。
そこからとぐろをまく巨体が出現してくる。どこぞの世界の龍神だろう。
刹那、降り注いだのは世界を白く染め上げるほどの雷撃だった。
音を置き去りにし、下界の一切合切を消滅させかねないそれは、紛れもなく神威の発現。
まさに〝神鳴〟というべき一撃が天樹に落とされ、それを結界が受け止める。
大きくたわみ、ブラウ・ニーベルの自称ぽっちゃりなだけの肉体が脈動する。血管が浮き上がり、高圧ガスのボンベの栓を外した時のような鼻息がバシューッと排出される。
「いい加減にしなさぁいっ」
ポージングがモストマスキュラーポーズへと移行する! 三角筋と僧帽筋が肥大化し、両腕が芸術的な筋肉ラインを見せつける! それはまさに、筋肉による一人大山脈地帯ッ!!!!!
途端、天に座す龍神の圧力が激減した。天樹の化身を女神たらしめる権能――念素と想念への直接的かつ絶対的な干渉権――により力を大幅に削いだのだ。なぜポージングと連動しているのかは分からないが!
もっとも、それで安心などできるはずもなく。
「やっばいっ。――〝極大・神威ッ〟」
光輝の〝神威〟が、今まさに放たれた赤い竜のブレスと正面から激突した。
世界が揺れたと錯覚するような衝撃。周囲にいた龍種の妖魔が余波で吹き飛ぶ。
そこへ、赤い竜の後ろから飛び出た白い竜のブレスまで。
まるで連携でも取ったかのような絶妙なるタイミング。あるいは、龍神の雷撃さえ間隙を生み出す一手だったのかとさえ思えてしまう。開戦当初から度々見られる現象だ。
正気など感じられないのに、がむしゃらに突っ込んできているはずなのに……
極光竜のブレスが白い竜のブレスを受け止める。
「こんのぉっ!!」
更に気合いを入れて魔力を注ぎ、主従同時に、どうにか正面から打ち破る。
だが、息が上がる。前回と違い、一気呵成に蹴散らせない。
その理由こそ、
「流石は神格持ちかっ」
襲来する龍種の中には神格を有するものが多数存在していたのだ。
前回は、アウラロッドが神話群を封じていた。妖魔達も連携らしき行動など取らなかった。
相手の手数は前より減少していても、こちらもハジメと深淵卿という数の暴力がいない。
おまけに、
「アウラロッド様ぁっ、ごめんなさいねぇっ! 大役をお与えくださったのにぃっ、あたしがしっかりしてないからぁっ!! ダメダメな女神よねぇんっ!! オォオオオオンッ」
ブラウ・ニーベルは数ヶ月前に権限を委譲された新米であることも悪い要素だった。
本来、この世界の存在は天樹の化身たる女神に抗い得ず、神格持ちの龍種達も封印を破れるはずがなかったのだ。
加えて、地球の王樹が復活して想念が流れ込み世界が潤い始めていても、まだまだ足りていない状況。彼等の力とて本来のレベルには遠く及ばないはずだった。
だからこそ、アウラロッドもブラウ・ニーベルに妖精界を預けて、〝世界樹の枝葉再生の旅〟に出ることができたのだ。
なのに、その前提が覆された。
推測の段階だが、状況証拠は揃っている。そう、〝龍〟の存在だ。
絶対的アドバンテージを有する当時の女神を半殺しにできるイレギュラー。
彼の存在に呼応しているのは間違いなく、おそらく、その影響が龍種のみ封印から抜け出せた理由であり、更に本来の力を有し、かつ妙な連携を取れている理由に違いない。
そして、新米女神であるが故に、今のブラウ・ニーベルでは神格持ちの力を一斉に削ぐことも、まして一気に封印することも難しい。
大妖クラスなら領域に入った瞬間に力を削げているので、小光竜達でも十分に相手取れているのだが……
神格クラス、それに近い力を持つ妖魔は、一体一体、力を削いで打倒し、一時的に霧散した状態で再封印するのがやっとだ。
それとて気を抜けば再び破られて復活されてしまう。封印処理が間に合わなかった場合は言わずもがな。
実際に、もう何体も神格持ちを倒した光輝だが、何体かは封印しきれず復活を許してしまっている。
もう、どれくらい凌ぎ続けているのか。天樹のバックアップや数多のアーティファクトで継戦能力も上がってはいるが、今この瞬間も押し寄せる龍種は増えている。
光輝達は、じりじりと、しかし確実に追い込まれていた。
「地球側に南雲がいるとはいえ、こんな龍種の大群を通すわけにはいかないぞっ」
「もちろんよんっ。でも……このままじゃまずいわん!」
奮闘する二人。揃って顔に焦燥を浮べつつチラッと背後を見やる。
そこには……
「ああもうっ。いい加減にして! 光輝がピンチなのよ! 根性見せなさい!」
「あ~? う~? ふへっ」
「ヘラヘラするんじゃないの! しゃきっとして!」
「熱血系はぁ~、きら~い」
「こんのっ、駄女神め!!」
実は、この場には更に二人いる。
必死に戦っている光輝とブラウ・ニーベル、更には天樹そのものに天恵術〝加護〟を発動してスペック上昇の支援を行い続けている砂漠の世界の元女王様――モアナ。
そして、古代まで記録を遡ったことで一時的に(たぶん)、頭がぱぁ~になっているアウラロッドである。
ちなみに、天恵術が効果を発揮しているのは、〝世界樹の枝葉再生の旅〟に出るにあたってハジメが与えたアーティファクトのおかげだ。武具の類いにも素子変換器で変換・ストックした恩恵力が宿っているので、モアナは異世界でも戦士の女王としての力を遺憾なく発揮できる。
そんなモアナの天恵術〝加護〟や回復系恩恵術、更には他の回復系アーティファクトや薬品の類いも使っているのだが……
アウラロッドさん、予想に反して一向に回復しない。何がおかしいのか、ずっとヘラヘラと笑っている。
既に、嬉々としたモアナから何度も往復ビンタを受けて両頬ともに真っ赤に腫れているのだが気にした様子もなく、遂に危機を感じ始めたモアナから本気のビンタを受けているのだが、やはりヘラ~~っとしたまま。
そんなアウラロッドを見て、
(これ、もしかして天樹の記録というより……)
〝世界樹の枝葉〟の大元、アウラロッド曰く〝大いなる世界の記録庫〟に僅かなりとも触れてしまったのでは? と懸念する光輝。
たとえ化身であっても辿り着けない、地球で言うところのアカシックレコードのような世界の話を思い出す。触れてしまえば耐えきれずに破滅するだろうという話だった。
なんて考察するが、それも直ぐに振り払われる。
実は、光輝達を徐々に追い詰めているのは龍種だけではなかったから。
「おらぁっ!! そこの人間!! 引きこもってんじゃねぇぞっオラッ!! 正々堂々と戦わんかいっ」
「よくも横槍入れやがったなぁっ。なめてんのか、この野郎!!」
「邪魔してんじゃねぇぞ、ぉお!? ぶっ殺されてぇのか!?」
明らかに龍種ではない妖魔達のチンピラみたいな怒声が、凄まじい衝撃と共に襲い来た。
特徴的なのは、数に差はあれど同じく生えている額の角。
飛翔自在の権能で迫る者もいれば、地上で結界に拳を叩き付けている者も多数。
「なんで〝鬼〟まで呼応してるんだよっ」
「分かんないわよんっ」
そう、多種多様な〝鬼〟まで、この争乱に参加しているのである。
全ての鬼種が来ているわけではない。その一部に過ぎない。
だが、それでも数千。多くが大妖クラスで、鬼神クラスも相応に。否、よく見ると他の種類の大妖もちらほらと。
それらが、明らかに憤怒した様子で叫ぶのだ。
「「「「「よくも俺の酒呑童子を誑かしたなぁっ!! ぶち殺すッッッ!!!」」」」」
「だから意味が分からないんだよっ!!」
「東の頭領さんがなんだって言うのん!?」
「「「「「あぁ!? てめぇ、誰が〝俺の〟酒呑童子だぁ!? ぶっ殺すぞ!!!」」」」」
「ダメだ、聞いてない!」
「鬼の方々は、どうしてこういつも話が通じないのん!?」
一心不乱に天樹の結界を破ろうと突貫してきていたかと思えば、互いの発言が気にくわなくて殴り合い、どちらかがぶっ飛んだ隙にまた結界破りに精を出す。
そんなことがもう、幾度も繰り返されていた。
中でもヤバイのが、
「ぽっと出の人間如きがぁっ!! 存在感の欠片もねぇ野郎がよくも俺の女をぉおおおお!!」
マジもんの鬼神さん。氷の剣や槍を際限なく乱れ打ちし、火の雨を暴風と共に放ってくる。その拳は一撃で結界全体に波紋を打たせ、地震じみた衝撃を撒き散らす始末。
「光輝っ、やっぱり彼の女に手を出したの!?」
「身に覚えがないよ、モアナ!」
モアナが悲しみと暗黒の目で光輝を見やる。さっきから何度かしているやり取りだ。
「それに酒呑童子って確か……」
「とぉ~~ても美人さんですよぉ~、ふへへ~」
「光輝っ、やっぱりッッ」
「違うってば!っていうか、モアナもよく思い出して! 確か遠藤が……でも、今、なんでその話になるのかさっぱり……」
まさか既に地球に召喚されていて、そこで正気を取り戻した分御魂の大嶽丸に浩介との結婚宣言をしているとは思いもしない。
そして、他にも酒呑童子に惚れ込んでいた鬼や多種の大妖達が、自分達をさらっと無視して意中の女をかっさらっていった人間の男に憤怒しているなんて、まさかである。
実は、この場に集まった鬼の半分くらいは、「正気を取り戻して最初の祭りだぜぇ! 暴れろ暴れろ!」とばかりに便乗した愉快犯に過ぎなかったりするが。
「と、とにかく彼の本気は不味いわん! 力を削ぐわよん!」
ブラウ・ニーベルが大嶽丸に集中する。その鬼神としての力をごっそりと削ごうとする。
が、やはり龍種は正気でなくとも猪突猛進ではなかった。
ブラウ・ニーベルの意識が逸れた瞬間を狙って、一斉攻撃。
〝神鳴〟が、〝竜の咆哮〟が、破壊と死の権能が全方位より結界に殺到した。
軋む音が鳴る。天樹の輝きが悲鳴のように明滅する。
「ああっ、まずいっまずい! モアナぁっ、南雲に繋いでくれぇっ」
「わ、分かったわ!」
〝極大の聖絶〟を重ねて結界の補助を行う。その間に、ブラウ・ニーベルもサイドチェストにポーズを変えて結界の補強。
だが、守勢に入ってしまった。極光竜と小光竜の群れに神格持ちへの集中攻撃を命じるが、大妖クラス以下の龍種が割って入って防いでしまう。
モアナが慌てて空中に突き刺さっている鍵形のアーティファクトを捻った。途端に、その鍵を中心に真紅の小さな波紋が広がる。
異世界移動用ゲートキー〝フェアリーキー〟だ。
内包魔力的に使用回数が限られている代物だが、〝二世界の世界樹の枝葉に触れていること〟、〝両世界の女神が相互に補助していること〟、〝出力を極力抑えること〟という条件下により、臨時かつ相応に長時間使用が可能な通信機の役割を持たせたのだ。
後に創られる〝異世界間携帯電話〟のプロトタイプというべきか。
「繋がったわ、光輝!」
「南雲ぉ! 南雲ぉーーっ!! 手が足りない! やばい! 助けてやがってください!」
「魔王様には頭を下げたくない気持ちが滲み出てるわね! いいわ、私が状況を伝える! 光輝はそっちに集中して!」
「ありがとう! モアナ! 精神的に助かるよ!」
『……聞こえてるんですが? そういうやり取りは繋ぐ前にやってくれる?』
「「ご、ごめんなさい」」
冷え切った最強吸血姫様の声音に、光輝とモアナは震え声で謝罪した。
『……ん。それでなに? ハジメは忙しいんだけど……ピンチなの?』
「そ、そうなんで――ごほんっ、そうだ。援軍を寄越していただきたい」
ユエ様の貫禄に、思わず不意に社長と話すことになった平社員の如く敬語&平身低頭になりかけるモアナだったが、どうにか女王時代の男口調に切り替えた。
光輝とハジメの関係的に、その正妻にへりくだるのは、なんだか光輝に申し訳ないという気持ちから。
あと何より、「私のかわいいクーネたんに、〝ユエお姉様〟と呼ばれて慕われるなんて許せないッッ!!! お姉ちゃんは私なんだからぁっ」というシスコン根性的に。
そんな内心を押し殺しつつ手早く状況を伝えると、波紋打つ通信ゲートの向こう側から会話が漏れ聞こえてきた。
……アウラロッドに飲ませて
……スペシャルエナジードリンク
……百年は休みなく働ける
「「「やめたげてよぉ!!」」」
思わず、光輝、モアナ、ブラウ・ニーベルの悲痛な声がハモった。アウラロッドとはいろんな意味で馬が合わないモアナですら、だ。というか、電話の向こうでユエすらおののいている気配がする。
「ふへっ、へへへっ、おしごと? おしごとする?」
「もういいの! 貴女は休んでいいのよ!」
「そんなっ、休めなんて言わないで! 私は期待に応えます! だから見捨てないでぇっ」
「休めイコール見捨てられたって発想はやめなさいってばっ」
この魂の髄にまで社畜根性が染みついている哀れな女神を、モアナは思わずギュ~~~ッと抱き締めてしまった。モアナの豊かな胸に包まれた瞬間、ふにゃ~と力が抜けて「もしや、貴女が私のママ?」と世迷い言を呟き始めたのが、余計に哀れ。
と、そこで空間が渦巻くように光を放ち――
「……んっ、もう大丈夫! ユエさんが来た!!」
某平和の象徴さんみたいなセリフをドヤ顔で告げながら顕現する最強吸血姫様。
「ユエさん! 南雲は!?」
「……む。私一人では不安だと?」
「い、いや、そうじゃないけど……相手が相手なんだ! 神格持ちが多数! おまけにブラウが封印処理しないと、龍種だけは直ぐに復活するんだよ!」
それもおそらく、〝龍〟の影響なのだろう。
だからこそ、数の暴力が必要なわけで……
「……ん~」
ふわりと浮き上がるユエ。腕を組み、人差し指を顎先に添えてかわいらしく、しかしゾッとするほど冷たい瞳で周囲を睥睨する。
天空の龍神を、全方位にはびこる数多の竜を。今この瞬間も憤怒と闘争の狂乱に浸る鬼や妖魔達を。
凄絶という言葉程度では全く表現しきれない破滅的な集中攻撃と、軋む結界を。
光輝が「ユ、ユエさん! もう本気でヤバイからっ」と、一人だけでなく可能な限りの援軍を呼んでくれと求めて――
「……ふっ」
鼻で嗤った。
一拍。昇華魔法の言霊が凛と響く。
「――〝禁域解放〟」
カッと光が爆ぜた。ユエを中心に黄金の光が螺旋を描いて天を穿つ。
龍神がもたらした雷雲が穴を穿たれ、円状に払い除けられていく。
遥か宙の彼方に浮かぶ大きな月が姿を見せた。
直後、発生したのは、圧倒的で、規格外で、超越的で、理不尽で、常識も道理も踏みつけたような絶大なるプレッシャー。
思わず、といったところだろうか。
神格クラス未満の妖魔は戦慄に動きを止めた。まるで、猛獣を前にした子リスのように。
龍神の類いも本能的に危機を感じ取ったのだろう。プレッシャーを振り払うかのように壮絶な咆哮を上げて更なる猛攻を加えるが……
光輝達が揃って言葉を失い、ヘラっていたアウラロッドでさえ目を見開いて頭上を仰ぎ見る中、背筋が震えるほど艶やかな、それでいて心を囚われるほど美しい声音が響いた。
「ユエの名において命じる――〝ひれ伏せ〟」
魂魄に直接干渉する言霊――〝神言〟が、妖魔達に容赦なく浸透する。
ただ存在を感じるだけで震え上がっていた妖魔は言わずもがな、お遊び感覚だった鬼種は例外なく膝を突いた。空中にあるものは墜落する勢いで着地し、額を地面にこすりつける。
数瞬おいて、自分の行いに愕然としながら。
とはいえ、流石に大妖以上は振り払えていた。龍神クラスは攻撃の手を止めてもいない。
だが、それもここまで。
「……私は、〝ひれ伏せ〟と言った」
天樹を中心に、天空に一瞬で広がった漆黒の円環。天樹を避けるように中心だけ穴空きだが、円の外周の幅は優に一キロはあるだろか。
それが展開された直後、物理的かつ桁外れのプレッシャーが龍神達に襲いかかった。
――広範囲型超重力場 壊劫
無数の咆哮、否、悲鳴が上がる。天空は己のものだと言わんばかりに我がもの顔で座していた全ての妖魔、神格が一斉に墜ちた。
それはあたかも、片手間に叩き落とされた羽虫。
ズンズンズンッと巨体が地面に打ち付けられる衝撃が伝播し、土埃が砂嵐の如く広がる。
「ぐぅううっ、なんだぁっ!?」
その中でも生来の頑丈さ故か、辛うじて片膝立ち状態で着地に成功した大嶽丸が空を見上げた。
黄金の螺旋が解けていく。先端が天地を離れ球体のようになり、繭を抜けて蝶が生まれるが如く、奥の存在が姿を見せる。
そうして、清かなる月を従えるように背にしながら現われたのは。
「美しい……」
呟いたのは誰か。生唾を呑み込む音もそこかしこから。
黄金の女神。あるいは、月の化身。そう称するに相応しい存在が、そこにいた。
月下に佇み、燦然と輝く三重の輪後光を背後に、大人モードの体に黒のドレスのようなものを纏って、更に黒く渦巻く球体重力場と、黒水晶の宝珠を幾つも衛星の如く周回させている。
筆舌に尽くし難い美貌。畏怖を覚えずにはいられない、大瀑布の水圧の如きプレッシャー。
呆気に取られる。
目が眩む。
想念を母とする者達が、揃って夢幻でも見ているのではと魂消ている。
無理もない。なぜなら、龍神に代わって天に座す彼女から感じる力は――歴代の、天樹の化身を完全に超越しているのだから。
「……そのまま、良い子にしてて?」
小首を傾げて紡がれる言葉。なんて蠱惑的で、なんて恐ろしいのだろう。
だが、だからこそ許し難い。
地を舐めさせられた屈辱が、正気でなくとも龍種の誇りを刺激する。
漠然とした衝動――大いなる祖のもとへ馳せ参じなければというそれが、目の前の強敵に対する憤怒と闘争心に置き換わる。
爆発じみた咆哮が一斉に上がった。龍種が、神格持ちを先頭に一斉に飛び上がる。
「へ、上等だ。見たところ西洋の鬼か? あいつも俺の女にしてくれるわ!!」
鬼種もまた一斉に、極上の獲物を見つけたような獰猛な笑みを浮かべた。鬼の性が、黄金の女神を掌中に収めんと荒れ狂う。
「……むぅ。心が折れたのは半分くらい?」
ちょっと不満そうに唇を尖らせるユエ。だが、直後には、最愛の魔王そっくりの不敵な笑みが浮かんだ。
フィンガースナップを一つ。周回していた黒水晶の一つが唐突に砕け散る。
「……ん。魔力補充完了。では~~~~死ぬがよい」
無慈悲な宣告は、スパークを放つ暗黒の禍星の創造という形でなされた。
――重力魔法奥義 黒天窮
未だかつてない巨大さ。それが天樹を中心に東西南北の四カ所に同時展開。
展開範囲にいた存在は神格クラスですら容赦なく、周囲の妖魔達も、地上の妖魔も「ひれ伏したのに!?」と言いたげな様子で吸い込まれる。
逃れ得ない強力無比な引力が妖魔達を暴食していく光景は、いっそ悪夢のよう。
〝黒天窮〟は、同じ重力魔法の〝絶禍〟と異なり、圧壊して塵にする魔法ではない。消滅させる魔法だ。
想念と念素さえあれば、どこかで復活できる妖精界の住人だからこそ問題ないが、そうでなければ、この世界の種族的パワーバランスが崩壊していた可能性がある。
「……そこ、ぼぅとしない。今、倒した奴から封印していって?」
大人モードのユエが天樹の天辺を見下ろして、あんぐりと口を開けたまま硬直していたブラウ・ニーベルをメッと叱咤した。
我に返り、その鮮やかな紅色の瞳と目が合って、漢女神さんの頬がぽっと染まる。性別年齢種族に関係なく虜にしてしまう凄絶なまでの〝美〟に、漢女神はコクコクコクッと高速で頷くしかない。まるで、ユエこそがブラウ・ニーベルの神であるかのように。
「ハッ!? しまった直視してしまった! 危うく見惚れてしまうところだった……」
光輝が冷や汗を拭きながら呟く。魔王にドパンッされてしまう、と。
「そう言ってる時点で見惚れていたと自白しているようなものよ」
モアナの目が<●><●>になっている。が、いつもみたいに強くは言えないようだ。自分もまた見惚れてしまっていたから。ユエの本気を見たのは初めてで、その衝撃が中々抜けないようだ。
否、それは光輝も同じ。よくよく考えると、神話決戦以降、ユエが本気を出したのは今日が初めて。そして、光輝が知るユエの本気は、実のところ〝大樹の大迷宮〟攻略時のVSゴキブ○戦くらいなのである。
だから、南雲に匹敵するというレベルの認識しかなかった。なかったのだが……
――オォオオオオオオオオオッ
流石は神格持ちというべきか。〝黒天窮〟に呑まれながらも耐えていた龍神が、咆哮一発。なんと内側から奥義を打ち破った。他の神竜も同じく。
元より、あの巨体を浮かせているのだ。重力干渉の権能くらい持っているのだろう。
更に、全ての〝黒天窮〟が消えるや否やシュンッとその姿を消す。かと思えば、再びユエの頭上に。空間干渉も可能らしい。
再び暗雲が湧き出す。稲光を背負い、暴風が荒れ狂う。
天樹の結界は、彼等の権能を含めて攻撃を凌げるだろうが、しかし、ユエはニィッと笑うと、敢えて結界の外に出た。
同じく消える。ゲートを使わない瞬時空間転移〝天在〟を使い、龍神の正面に。
二つの極大の雷撃が落ちたのは同時だった。
ユエは回避しない。防御すらもしない。ただ、攻撃した。
結果は……
――グァアアアアアアッ!?
龍神だけが悲鳴をあげ、空中でのたうつことに。
見れば、ユエの落雷は、ただの落雷ではなかった。
――重力・変成・昇華・雷属性混合攻撃魔法 従魔式・極大雷龍
雷で編まれた自律行動可能な半魔物の巨大雷龍。
龍神に勝るとも劣らない巨体を以て、彼の者の首筋に食らいつき、抉り、内部に雷撃を通しながら、飛翔のための重力干渉を無効化しつつ、そのまま落雷の如く大地へ直行。
そして、再び暗雲が晴れゆく空に、無傷のユエが現われる。
火傷一つ、服の破れ一つ、それどころか髪の乱れすらない。
「オラァアアアアッ」
いつの間に飛んできたのか。大嶽丸が巨岩のような拳をユエの肩口に放った。腕の一本でも吹き飛ばせば、泣いて許しを請うとでも思ったのか。
ユエは、やはり回避も防御もしなかった。片腕が肩口からごっそりと消失するように弾け飛ぶ。大嶽丸自身があっけなさに思わず戸惑うほど。
反応できなかっただけか。と、僅かに通り過ぎ肩越しに振り返って――
やはり、何事もなかったように存在している片腕が軽く掲げられ、パチンッと指鳴らしされるのを確認。
刹那、空間がずれた。幾重にも幾重にも、無数に、あらゆる角度で。まるで、何度も叩かれひび割れた鏡のように。
――空間魔法 千断
文字通り、千の空間断裂。逃げ場なき、絶対切断の檻。
ずれて見えたのは空間だけでなく、大嶽丸の視界もだった。意識が消える中、己の体がブロック状にバラバラになって落ちていく光景が見える。
(た、たまんねぇなぁ……)
こちらを振り向きもしない。ハエを払ったが如き吸血姫の姿に、大嶽丸は夢想した。酒呑童子と、この吸血姫を両脇に侍らせられたなら、どれほど気分が良いだろうか、と。
「……身の程を弁えろ」
(ハハッ、こいつは手厳しい!)
自分に言った言葉なのか、そうでないのか。それを確かめることもできず、大嶽丸の意識は消えた。
そうして、鬼神が去った戦場には、
「あぁ~、これは無理だ……」
生き残りの鬼が苦笑い気味に呟いた通り、大妖以下の妖魔達に諦観と撤退の念が広がっていた。
鬼種の中でも格別の鬼神たる大嶽丸が瞬殺されたから、というのは当然あるが、それ以上に。
「――〝七天之魔龍〟」
空を覆う七体の巨龍に、〝蹂躙される以外の未来がない〟と理解してしまったから。
雷龍、蒼龍、石龍、嵐龍、氷龍の五天龍はお馴染み。そこに〝神威〟で作られた光龍と、毒龍の如くありとあらゆるバッドステータスを撒き散らす闇龍が加わり、揃って極大化&魔龍化状態。
神龍クラスが七体である。しかも、術者たるユエが存在する限り即時に再生される。
おまけに、そのユエすらも魔力がある限り不死身。
言葉は魂にすら干渉し、重力や空間を手足のように操り、魔龍という生命すら生み出して、おまけに時間干渉系の再生すらも。研ぎ澄まされた技には、異世界の神から学び盗った権能級のものまで含まれている。
敵の攻撃を回避も防御もせず不死身の肉体に任せて放置し、その間に致命的かつ回避不能の魔法を乱発する――それが最強吸血姫の本来の戦闘スタイルだと気が付けぬ者はこの場におらず。
では、魔力が尽きるのはいつだ?
その問いに絶望をもたらすのは、一気に三つ砕け散り、しかし直ぐに〝宝物庫〟から召喚される黒水晶の存在。これが幾つあるのか分からない以上、こう結論づけるしかない。
「魔力を無制限に使えるユエさんは……無敵か」
天樹の女神のような、絶対的アドバンテージなどいらない。
ただ、力でねじ伏せる。
無限魔力発生装置の小型化や、遠隔地への授受システムが確立した時が恐ろしい。ユエに無限魔力は、鬼に金棒どころの話ではなない。魔王よりヤバイかも。と、光輝のみならずモアナ達も畏敬の念を覚えたように頬を引き攣らせた。
そんな、比喩の必要なき神域の存在となっていたユエは、地上を見下ろし艶然と笑った。
来るなら来い。相手をしてやろう、と。
神格クラスの妖魔達が一斉に雄叫びを上げた。龍種達が当初の目的――〝龍〟の召集命令を完全に忘れたみたいに、ただ真っ直ぐユエを睨み付けて咆哮を上げる。
それに、目を細めたユエは。
「……んっ。ここでしっかり役目を果たしたら、シア達も尊敬しまくるに違いない。最近、どうにもユエさん、舐められてる気がしてたし!」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。まだ学生だもん。休日にゴロゴロしてて何が悪い。いくら私がユーモアの天才だからって、ネタキャラ扱いになりつつあるのは甚だ不満! 能ある鷹は爪を隠すユエさんなのだ。みんな、それが分かってない。地球の吸血鬼だって昼間は引きこもりでしょ! ユエさんはお家でまったりイチャイチャ派なの! そんなんじゃ将来ニート吸血姫って呼ばれますよって、そんなわけないし! 一人だけやることがなくて暇を持てあましたり、寂しくなって皆にちょっかいかけたりなんてしないんだから! 香織との喧嘩だって、あっちが突っかかってくるだけですしぃ? だいたい全部、香織が悪いですしぃ? たまに悪戯が警察沙汰になるくらいで問題児扱いは酷いと思うの!
だから、だからぁ!
ユエさん無双を、とくとご覧あれ!
後で過去再生の上映会して、私の凄さを魂の奥にまで刻んでくれるわぁ~!
「……ユエさんっ」
ばっちり聞こえていた光輝が、思わず両手で顔を覆った。ギャップが凄すぎて、なんだか見ていられなかったのだ。
だって、そんなことを呟きながらも、再び襲い来た神格クラスの龍種の群れを、天龍や二キロ四方の広範囲に及ぶ雷槍の豪雨や大地の剣山化、劫火の海に極光砲撃の嵐、乱れまくる重力方向や超重力場、あるいは断裂したり振動破砕する空間でぶっ飛ばしているのだ。
妖艶かつ不敵な笑みを浮かべて、両腕を豊かな胸の下で組み、優雅に空中で足を組むようにして余裕を見せつけながら。
と、そこで天樹の天辺にゲートが開いた。
「天之河、状況はどうだ? ユエがいるならなんとかなると思うんだが。一応、追加の魔力ストックを持ってきたぞ」
ハジメだ。どうやら、ある程度作業に区切りがついて様子見に来てくれたらしい。
「なんとかなるっていうか……」
空へ、そっと指をさす。無双するユエさんを。
「もう、ユエさん一人でいいんじゃないかな?」
「お、おぉ……」
実は昇華魔法〝禁域解放〟使用状態で、かつ魔力残量を気にしなくていい状態のユエの全力戦闘は、ハジメも初見だったりする。
見惚れるように、眩しいものを見るような目でユエを見つめるハジメ。同時に、ぶつぶつと呟かれるユエの内心に苦笑する。
そんなハジメの視線に気が付いて、ユエがハッと視線を寄越してきた。
超越者らしい冷然とした顔付きが、一瞬で少女の如きふんわりした笑みに変わる。
かと思えば、次の瞬間、
「……ハジメ♪ かぷちゅ~させて?」
ふわりとハジメの正面に出現。浮いたまま首筋に抱きついてくる。ご丁寧に、上空には幻影のユエを残したまま。
「なんだ、やっぱり魔力足りなかったか?」
「……ん~ん。ストックはまだあるから大丈夫」
では、なぜ? と小首を傾げるハジメに、ユエはぺろりと舌舐めずりした。細められた眼差しは、背筋が震えるほど妖艶だ。大人モードなので余計に。
「……ハジメの血なら、もっとできると思うから」
確かに、ユエの能力の中には〝血盟契約〟というのがある。唯一と定めた相手からの吸血だと取り込める力が著しく増大するのだ。
なるほどと納得し、ハジメは頷いた。
「もともと、余裕がなさそうなら飲んでもらおうと思っていたからな。状況的に問題なさそうだが、ユエがしたいならいいぞ」
「……ん♪」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、かぷっとな。
ちゅ~ちゅ~、ぺろぺろ、ちゅぱちゅぱ。んぅ、あふぅ~。
「光輝! 見ちゃダメよ!」
「ふへっ、光輝しゃん。わたしも~」
「あらやだっ、大胆!!」
モアナが光輝の目を後ろから両手で塞ぎ、ずりずりと這い寄ったアウラロッドが光輝の足に噛み付き、ブラウ・ニーベルがアブドミナルアンドサイのポーズでイヤンイヤンとくねくねしながら悶える。
そんな中、ご機嫌でかぷちゅ~していたユエの表情が……何やら、徐々に怪訝なものに?
「……ん? んん~? んっ!? んんなぁああああっ!?」
驚愕すべきことに、バッとハジメから離れるユエ。
普段ならあり得ない反応に光輝達が何事かと瞠目する。
ユエは舌を転がすようにして何かを確かめると、信じられないと言いたげな表情でハジメを見た。
「お、流石だな。ユエ。分かるのか」
「……ハ、ハジメ? もしかして……盛った?」
「人聞きの悪い。血中鉄分にチートメイト成分を付与して、ユエ専用アーティファクト〝俺〟にするのは、エヒトとの決戦時でもやったろ?」
「……そうだけど! でも、そうじゃなくて! どうして、どうしてっ」
血からモンエ○の味が微かにするの!? と戦慄くユエさん。光輝達もギョッとする。
「そりゃあ、俺のスペシャル配合を誰も飲んでくれないから……」
「……んん!? ハジメもお義母様もお義父様も! 南雲家の人達はどうしてそうもエナドリを飲ませたがるの!?」
「そんなつもりはないんだが……大変だったんだぞ? 血中に打ち込んでも大丈夫なオリジナルモンエ○を創るのは。……って、エミリーが言ってた」
「……才能の無駄遣い!?っていうか、エミリーのこと便利に使いすぎぃ!?」
「一番大変だったのはモンエ○風味を付けることでしたって。それは別にいいって言ってたんだが、ここまできたらこだわりたいって結局成功させやがった。すげぇよな、薬学の天才は」
「……エミリー!?」
やっぱり、劇物作製の天才マッドというべきなのだろうか。
ユエは、吸血行為以上の力が内側より湧き上がってくるのを感じながら、涙目でハジメに掴みかかった。
「……だからってハジメ! 最愛の妻に、そうまでして一服盛るのはどうなの!?」
「いや、だって、ほら、血の味なんていつも大体同じだろ? だから、さ。酒と同じで時間経過で抜けて元の味に戻るから一粒で二度美味しいというか、一石二鳥というか……とにかく! 良かれと思って! 良かれと思って!」
「……良かれと思って!?」
「な、なんだよ。ユエだって、大迷宮攻略の旅をしていた時は、シアの料理に魔物とか謎物質をぶっ込んでたろ? 良かれと思ってって、キレ散らかすシアに弁明してたじゃねぇか」
「……まさかのブーメラン!?」
ハジメから離れたユエは、地味に〝限界突破・覇潰〟状態になっていることにぷるぷるしつつ、一拍。
「……ハジメのあほぉ~~~っ」
涙目のまま、そんなことを言ってシュンッと消えた。
上空で、黄金の光が爆発的に増大。ただでさえ凶悪だった力が更に跳ね上がった。
三重の輪後光が直径三十メートルに巨大化。そこから、かつて神域でエヒトが使った〝光で創られた使徒の軍勢〟が次々と出現してくる。
当然ながら、戦況はいよいよユエの方へと傾いていった。
「アッ!?」
不意に直ぐ近くから聞こえた声に、光輝、モアナ、ブラウ・ニーベルが視線を戻す。
そこには、首筋にアンプル一体型の筒型注射器を添えられて何かを注入されているアウラロッドの姿が。
もちろん、ぷすっちゅ~をしているのはハジメである。
「それで、地球側の状況についてだが……」
「「「いやいやいや!」」」
思わず見逃してしまいそうなほど自然なモンエ○注入。
ビックンビックンと陸揚げされた魚の如く跳ねるアウラロッドの姿には戦慄を禁じ得ない。
「おま、お前なぁ! 絵面が完全に犯罪だぞ!?」
「いや、だって、へらってるから飲むより注入した方がいいかと思って」
「そういう問題じゃない! そんなヤバそうなものを――」
「光輝さん、どうしたんですか? 今は状況への対応に集中しませんと」
「アウラ!?」
キリッとした表情のアウラロッドがいた。復活したらしい。怖い。
「お前等、なんか誤解してるぞ。まるでエナドリを悪みたいに。そりゃあ飲み過ぎはよくないが、それは酒なんかも一緒だろ? 誓って有害な成分は入ってない。後でしっかり休養すればいいのはなんだって同じだし、なら必要な時には飲むべきものだと思わないか?」
「そ、それはそうかもしれないが……いや、そうか?」
「光輝! 流されないで!」
「エナドリは神。エナドリを崇めよ。以前いただいた飲料タイプはありますか?」
「おう、あるぞ」
「アウラロッド様ぁっ、はまっちゃダメよ! それはきっと底なしの沼よ!」
やんややんやと騒がしい光輝達に、ハジメは慈愛の恐ろしい表情を浮かべてシェイカーを四つ、取り出した。
当然。
光輝達は一歩、後退った。アウラロッドだけふらりと踏み出しそうだったので首根っこを掴んで。
結界の外は、刻一刻と激しさを増していく。蹂躙劇の度合いが強くなっていく。
頭上では、「ひれふせぇ~、おそれおののけぇ~」とかなんとか声を張り上げながら、聞いたことのないハイテンションな高笑いまでし始めたユエがいる。
でも、やっぱり一番、恐ろしいと思ったのは、
「まだまだやるべきことはある。さぁ、景気づけに一本、どうぞ?」
魔王の気遣いに満ちた表情だった。
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