深淵卿第三章 世界の変動
ガチ説明回。面白みに欠けますがよろしくお願いします。あとしつこくてすみませんが、同一名称でも実在のものとは関係ありませんので、その点も改めてよろしくお願いします。
「ええっと……つまり、盛大なマッチポンプってことか?」
呆れたような浩介の声が、荒れ果てた土御門の敷地に木霊した。
修学旅行中に起きていたことに驚愕した後、ハジメから黒幕の正体と、その第一プランを聞かされた浩介の最初の反応がそれだった。
見れば、ラナ達や陽晴達も同じような表情。否、利用されていた土御門の大半と、服部だけは随分と怒りを滲ませた険しい表情だ。
無理もないだろう。何せ、危うく日本政府を他国に牛耳られるところだったのだから。
そして、今回の騒動の黒幕たる他国というのが、
『流石は大国。中国の道士集団は世界一~って感じだな』
「いや、感心してる場合かよ」
そう、大陸の大国であり、その国家に所属する術者集団だったのだ。
呪術的組織〝影法師〟。それこそが黒幕たる中国の手足となって動いていた組織の名称。
超自然的な力に目覚めていたのは日本の陰陽師だけではなかったのだ。加えて、彼の国は日本と異なり、力に目覚めた者――覚醒者が現われる前から連綿と存在していた秘密の国家組織だったらしい。
大国故というべきか。人材の母数が桁違いであるが故に、大晴や陽晴のような、覚醒者が現われる前からそれなりに術を使える者が多数いたのだとか。
もちろん、それほど強力なものではなく、かつての陰陽寮がそうであったようにオカルト分野での調査や対応、国家事業などにおける吉兆の判断、助言などがメインであり、諜報活動においても一助として使う、という程度のものではあった。
それも、この数ヶ月で一気に国家の剣盾となり得るだけの力を持ったのだが。
「驚愕すべきは、いくら下地があったとはいえ、たった数ヶ月で他国に対する超自然的攻撃と防衛の組織的方法を整備したことですねぇ。いやはや、参りますよ」
服部が引き攣った己の顔を揉みほぐすと、ご老公と大晴もまた引き攣り顔で言葉を零す。
「我等土御門を傀儡として政府の組織に返り咲かせ、以て内側から日本を操る、か。我等が術の洗い直しや各地の封印の確認に奔走している間に、そこまでやるとは……」
「しかも、その返り咲きの方法が、天星結界の破壊により魑魅魍魎を解き放ち、それを土御門が華々しく対処することとは……」
そう、それこそが彼等の第一プラン。
日本において、妖魔の類いに対応できるのは土御門だけ。ならば、雇用にしろ国家組織として組み込むにしろ、政府が土御門を無視できるはずもない。否、はっきり言って凄まじい影響力を持てるだろう。
何せ、結界が破壊されれば一般の人々が危機に陥り、土御門は創作物よろしく、現代まで生き残っていた陰陽師集団としてヒーローになること間違いなしなのだから。
そうなれば、世論まで完全に土御門の味方となるだろう。
そんな日本の危機に颯爽と現われたヒーロー達が、実は他国の傀儡だなんて冗談にしてはたちが悪すぎる。が、凄まじく効果的だ。国家の戦略としては、この上なく上策である。
まさに、オカルトを制する者、世界を制するというべきか。彼の国は、それにいち早く気が付き、迅速果断に対応したというわけだ。
服部の「えぐいなぁ」という冷や汗ものの驚愕も、ある種の感心を見せるハジメの気持ちも分からないではない。
「ですが、ボス。それとボス達の家族が狙われた件、どう関係するんですか?」
元々ファンタジー世界の住人であるラナからすれば、国家が魔法的要素を利用することになんら不思議はないのでいまいち皆のノリについていけず、さっさと話を進めにかかる。
『あのな、土御門がヒーローなら、当然、結界を破壊して妖魔を溢れさせたヴィランだって必要なわけだろ?』
「え、まさかボス達を下手人にしたてあげようと?」
ラナが目を丸くして呟くと、ヴァネッサが信じ難いことを聞いたようによろけた。
「とんだ自殺行為ではないですか。彼の国は帰還者のことを、ろくに調べもせず見切り発車したのですか?」
そんな国なら、我が国の諜報部も苦労などしない。と言外に言えば、ハジメは苦笑い気味に肯定した。
超自然的力のアドバンテージがあるうちに得られるものを得ておく、打てる楔を打っておく。たとえ見切り発車気味でも、その効果・メリットの方を優先したのだろう、と。
帰還者の超自然的な力も今の自分達ならある程度対抗できる、とも考えたのかもしれない。
とにかく、彼等は行動を起こした。
『どうやら、この国から俺達の居場所をなくす……まぁ、居心地が悪くなればいい、くらいに考えていたようだな』
「どういうことだ?」
『つまりだ』
と説明するに、彼の国の計画では、帰還者を〝妖魔を解き放った証拠はないが限りなく怪しい集団〟に仕立て上げ、国民からのバッシングや政府からの監視などを強化しようとしたのだという。
同時に、日本以外の国や覚醒者には〝帰還者を手に入れた者こそ世界で優位に立てる〟という情報をばらまいた。帰還者の若者達こそ最新にして破格の神秘使いであると。土御門にそうしたように認識に干渉して意識誘導しつつ。
結果、起きたのが早い者勝ちの〝帰還者争奪戦〟である。
とはいえ、先の帰還者騒動は記憶に新しく、不自然に鎮静したもののメディアの記録はいくらでも残っているわけで。
未だ超自然的な力に戸惑っている段階にすぎない彼等であったから、帰還者自身に手を出さず、家族を人質にしようと目論んだわけだ。
日本政府の一部がごたごたしているというのも、〝影法師〟の道士が政府関係者の一部に暗示をかけて、諸国の諜報員達の邪魔をさせないため。
『そんで、〝影法師〟のエージェントが密かに俺達の家族を守るわけだよ』
「はぁ? 自分達で煽っておいて……ああ、そうか。で、恩に着せるわけか。実は自分達が守っていたんですよ的な感じで」
それが、多数の外国人に狙われていながら相争っているような形跡があった理由であり、どこもかしこも速攻で家族を拉致することができなかった理由だ。
『とはいえ、あえて見逃して数人から十数人程度は死んでもらうって計画だったようだがな。他国を憎悪させるために』
「くそじゃねぇか」
彼等にとって想定外だったに違いないのは、家族の方もヤバい集団だったということ。具体的には、一部の素でヤバい者達と、防犯用(笑)のヤバいアーティファクトを各家族が持っていたこと、何より、めちゃくちゃヤバい幼女が町全体を守っていたことだろう。
それさえなければ、程よく帰還者の身内が死ぬか被害を受けて、帰還者達の心は大いに揺れ、諸外国の諜報員を突き止め、憎悪を燃やしたに違いない。
そして、日本政府が黙認するかのようにブラックリストの人員が入国していながら警告もせず、それどころか情報の攪乱なんて利敵行為に走ったことも分かれば……
「国民からは白い目で見られ、政府は信用できず、諸外国は身内を害した。なるほどな、そこで〝保護しましょう〟なんて甘い言葉でもかければ転がると思ったわけだ」
『ついでに、俺達の力を存分に使っていいとか、自分達も超自然的な力を使う仲間だとか、国を上げて好待遇で迎えますよ、とか移住を促したりしてな』
「国家ってのはこえぇなぁ」
浩介がチラッとヴァネッサを見た。
英国保安局の局長とて、かつては生物兵器に転化可能なエミリーの薬品を強奪し、それでテロ組織と戦争しようとしていたのだ。今でこそ利害一致で手を結べているが、ヴァネッサは一歩間違えれば殺されるところだった。
「それくらいしなきゃ、国家なんてでっかいもんは守れないんですよ」
なんて、してやられた側なのでばつが悪そうにしつつも口にする服部。同時に、その表情は青白く、酷く焦燥している雰囲気を滲ませている。
「ちなみに、南雲さん。連中の処遇は?」
『もちろん、潰した。……だけじゃ腹の虫が治まらないんでな、奴等は今頃自国に戻ってジャスティスしているはずだ』
「あれってお前のつけた機能だったの!? そういうことは事前に言ってくれる!?」
『ん? バージョンアップ版を渡した時に説明しなかったか?』
「してない」
それはそれとして。
ハジメが〝影法師〟の計画をまるっと把握していることから分かる通り。
修学旅行から帰宅して襲撃を知るや否や、連絡がなかったことにはいろいろと思うところはあったものの想い出作りを大事にしてほしかったという気遣いに感謝しつつ。
羅針盤で、諸外国の諜報員だけでなく地元の町の一角に散って潜伏していた〝影法師〟の道士達もまるっと捕捉。
クリスタルキーでユエ達と手分けして捕縛し、諸外国の諜報員も、慌てふためきながら釈明し出した〝影法師〟も関係なく取り敢えず全員をフルボッコにしたのち、立派な村人にして情報を洗いざらい吐かせたのである。
その情報から他にやるべきことができて、日本に入り込んだ全ての〝影法師〟を捕縛する時間はなかったのだが……
少なくとも地元の町の周辺をうろついていた〝影法師〟は既に、国家や呪術よりも〝正義〟を愛する戦士へと変わっている。
今頃は仲良く本国に戻っている頃。ジャスティスを叫びながら、フリーダムに自国や組織へジャスティスしているはずだ。愛国心も、忠誠心も忘れて。
彼の国と組織は、彼等の〝正義執行〟の前に、しばらくは混乱を余儀なくされるだろう。ジャスティス!
「それは重畳。ついでにもう一つお聞きしたいんですがね。諸外国の覚醒者ってところ」
『想像通りだ、服部さん。日本や中国だけじゃない。世界中で同じことが起きている』
「……そりゃあ不味い。我が国は無防備もいいところだ」
服部の声が低い。その視線は追い詰められた獣のように鋭く、チラリと陽晴を見る目は冷徹の極みだった。
『まぁ、俺達がいる限り日本には手を出させない。そこは安心してくれ』
「……おや、珍しい。日本を守ってくださるので?」
身内が狙われたとはいえ、まるで諸外国の自国に対する超自然的攻撃からは無条件で守ると言っているような発言に、服部が目を細めた。
確かに、日本政府が牛耳られた場合、帰還者にも不都合はあるかもしれないが……
正直、今までと同じように、手を出しても被害が出るだけと分からせて〝不可侵の存在〟になることはできるはずだ。
対価を要求する素振りもみせず、国家間の攻防に力を貸すというのは、いささかハジメらしくない発言である。
なので、当然の帰結として。
「南雲さぁん。あんたぁ、もしかしてなんかやりました?」
『服部さんは鋭いなぁ』
お前が原因じゃね? とジト目で問われると、意外にも素直に認めるハジメ。
『俺もまさかこんな影響が出るとは思わなかったんだよ。できる限りの予測と対策はしてたんだが……まぁ、言い訳だな。とはいえ、とある世界が崩壊するのを防ぐのに、どうしても地球の環境を元に戻す必要があったんだ』
「元に戻す? ……まぁ、取り敢えずいいです、今は。話を進めてください。でも、後で何をしたのかは教えてくださいよ」
『そうだな。腹を割って話し合おう。英国とバチカンも関わっているし』
「……あ~もぉ~」
服部が頭を抱え出す。ヴァネッサとクラウディアが盛大に目を逸らした。自分達だって、まさか王樹を復活させたことで、こんなことになるとは思わなかったのだ。
陽晴達も、自分達が覚醒した原因が電話の向こうに……いや、隣にいる浩介とその仲間とは思いもせず、嘘でしょ!? みたいな驚愕の顔を向けていた。
「ふふ、良いではありんせんか。おかげで、わっちはこうして愛しの君のもとへやって来られたんでありんすから」
「緋月さん? 抱っこしないで。空気読んで?」
お姫様抱っこされつつ耳元に囁かれて、浩介は思わず赤面しつつヒロインムーブをかましてしまう。ほら、エミリーちゃんの目が濁るから。懐から元気が炸裂しそうな液体の入った試験管を取り出しているから。
そんなやり取りに気が付いた様子もなく、ハジメが続きを口にする。
『話を進めるぞ。連中の第二プランについて。それこそが富士山の異変に――』
と、言いかけたその時、電話の向こうがにわかに騒がしくなった。
『あん? 天之河が泣きついてきた? 天樹のバックアップ受けてんだろう?』
『……ん。でも、漢女神はまだ新神だし、アウラロッドはハジメのせいでヘロヘロだから……。早く救援に来てほしいって』
どうやらユエが伝言を持ってきたようだ。会話の内容から光輝達は妖精界にいて、向こうでも何か起きているようだが……
なぜ、普通に自分と通話しているハジメが、彼等と連絡を取れているのか。
その疑問を口にする間もなく、電話の向こうの会話は不味い方向へ転がっていく。
『チッ。やっぱ俺達が対応するしかねぇか。とりま、アウラロッドにはこれ飲ませとけばいい。転送してやってくれ』
『……ハジメ? これ、なに? モンエ○? なんでシェーカーに入れてあるの?』
『こんなこともあろうかと用意しておいた、前にエミリーから貰った元気になるお薬各種を全部まとめてぶち込んだ特製エナジードリンクだ。怠惰の権化でも百年は休みなく働けるぞ……全てが終わったあと、ちょっとあれな感じになるが』
全員の視線がバッとエミリーに向いた。エミリーはバッと視線を逸らした。小さな声で「魔王様には……逆らえないの……」と弁解している。実によわよわ。というか、エミリーちゃん、実は治療薬より劇物を生み出す天才なのではないだろうか?
『……ユ、ユエさんが頑張るから、これはやめたげてよぉ』
『え? そ、そうか? エナジードリンクなんて、どれも疲労の先送りをする点では変わらないのに……なんでスペシャル版だとみんな拒否するんだろうな』
ユエ様がドン引きするくらい、スペシャル過ぎる効果だからだよ。とは、話が進まなくなるので誰も突っ込まなかった。南雲家は、エナジードリンクに慣れすぎなのだ。
「主さん、どこの誰か知りんせんが、アウラロッド殿に何かする気ならわっちが黙っては――」
「緋月さぁん、ストォップ!」
緋月が剣呑な雰囲気で声を上げる。アウラロッドを慕っていたらしい。
『あん? 今のは誰だ?』
「わっちは酒呑童子。妖精界の東域の鬼を統べる者でありんす」
『……お前かぁ』
おやぁ? なぜか酒呑童子さんの存在に反応するハジメさん。小声で『読めたぞ。それで連中、人間風情がって暴れてやがんだな。こんのアビスゲートさんがっ』と悪態を吐いている。
浩介は聞かなかったことにした。だって、浩介も読めたから。妖精界が大変らしい今、その原因に心当たりがありまくりだから。
『とにかく、ユエ。俺の方はまだまだ時間がかかる。愛子の〝樹海顕界〟と、神霊の守護もあるからこっちはいい。お前だけでも救援に行ってやってくれ』
『……んっ。お任せあれ』
なんてやり取りのあと、ハジメは〝影法師〟の第二プランを語り出した。
それによると、第一に天星結界を支える〝龍脈〟を穢し、第二に結界の要にして両天秤たる出雲大社の〝左天之祠〟と富士の樹海の〝右天之祠〟を破壊することで、封じられた存在を解き放つことが目的だという。
黒衣の男が〝龍穴〟に妖魔と一緒に飛び込んだのも、出雲大社が襲撃されたのも、同じく〝龍穴〟のある晴明神社や京都御所が狙われたのも、そのせいなのだと。
「お、お待ちください! 〝右天之祠〟に封じられた化生がいると? そのような話は存じません!」
そう声を張り上げたのは陽晴だった。慌ててご老公や大晴を見るが、二人も完全に泡を食った様子。
『だが事実だ。かの安倍晴明は、おそらく、その〝龍〟をこそ鎮めるために天星大結界を創造したんだ』
「なっ、結界は当時跳梁跋扈していた化生を封じるために……」
『カモフラージュだったんじゃないか? 一族にすら秘匿してんだから』
「そんな……」
それは、陰陽師達にとって連綿と受け継いできた知識がひっくり返るような衝撃だった。
当然、何を根拠にとご老公が気色ばむ。大晴も「なぜ我々の知らないことを〝影法師〟が知っている?」と穴を突くように指摘する。
ざわつく陰陽師達に、ハジメは結論から告げた。浩介達ですら直ぐには処理しきれない、とんでもない話を。
『いいか、安倍晴明は封じたんじゃない。鎮めたんだ。その存在は、遙か昔、それこそ人類が誕生するより前からいて、人類史が始まる前に眠りについた』
「お、おい、南雲? まさか神様とかいうんじゃ……」
『そんなんじゃない。よく聞け、仮称〝龍〟とは――この国、日本のことだ』
困惑が場を支配する。何を言っているのか分からない。だが、浩介達の当惑を無視して、ハジメは言う。
〝影法師〟を尋問した時のこと。奇妙なことが一つ。
富士に封じられた存在を解放する第二プランの詳細を聞いても、〝龍〟の詳細どころか、いつ、誰に、どうやって、その存在を教えられたのか誰も覚えていなかったのだ。
分かったのは、本来の第二プランは、天星結界の破壊は諦めて、各地に封じられている化生を人海戦術で解放していく、というものであったこと。
だが、ハウリアが樹海に入る前の時期に、第一プランの事前調査のため〝影法師〟の諜報員が富士の社を調べに行ったあと、第二プランは変更された。
破壊できずとも、せめて天星結界を穢し、あるいは少しでもダメージを与えて、〝龍〟を解放するというものに。
そうして日本で暴れさせることで、対応するだろう土御門の勢力を削ぎ、場合によっては帰還者が対応してその実力の詳細を把握するのに利用し、対応しきれない場合は援軍を送って国家としての恩を売る……というものに。
羅針盤で調べても、反応はするが〝龍〟の所在は明確に示さない。
ならばと文献の在処を探ったが、それには全く反応しない。
わけが分からない。〝龍〟とはいったい?
『そこで俺は、旅の最中にある天之河達を捕まえて、アウラロッドに正体を教えてもらおうとしたんだ』
だが、分からなかった。そんな存在の記憶を元女神は持っていなかった。
アウラロッド曰く、天樹には世界の記憶が根付いており、女神の力を使えばアクセスできるというので、光輝等共々妖精界へと飛んだ。
そして、漢女神と二人、新旧の女神が協力して、更にハジメの無限魔力も使って記録を遡らせた。しかし、一万年近く遡らせても記録は見つからず。
仕方なく、処理速度を上げるためにユエが昇華魔法を極限まで使ったり、アーティファクトで強制限界突破させたりしたことで、アウラロッドの頭がちょっとあれな感じになったものの、とうとうその存在を突き止めることに成功したのだ。
「え、待ってくれ。ないない、そりゃない。まさか、マジで日本そのものが妖魔なんて言わないだろ? 比喩だよな?」
『俺も信じたくないが、人類史が始まるよりずっと前に、かの〝龍〟は他世界の想念から生み出された。神をも超越する強大な存在として。で、当時の天樹の女神を半殺しにして妖精界を出て行った〝龍〟は、その後、地球に来たらしい』
そして、地球を荒らし回った〝龍〟と、健在だった王樹の女神が激突。
天樹の女神の世界を越えた協力もあって、どうにか大陸の端に封じることに成功したのだという。
その巨体故に、封じられた〝龍〟はいつしか大地となった。富士山は、かの〝龍〟の心臓部に当たるのだという。
「確かに日本列島の形って龍っぽいけどさ……そんなの完全に神話じゃねぇか……」
『日本沈没ならぬ日本浮上の危機ってな』
スケールがでかすぎて逆に笑えるよな。というハジメの発言を聞いて、浩介のみならずその場の全員が正気を疑った。神経が太いとかそんなレベルじゃねぇと。
とにもかくにも、女神が歴史の記録を精査して判明した以上、事実であることに変わりはなく。
そこで大晴がハッとしたように口を挟む。
「そういえば、富士は過去に何度も噴火しているが……平安時代だけは群を抜いている。晴明様は、それで?」
「当時〝龍〟が目覚めかけていたと? それに気が付いて鎮静のために天星大結界を創った?」
ご老公まで唸るように呟くと、陽晴が「手っ取り早い方法を取りましょう」と印を組んだ。
天星結界の真の目的を聞くなら、最適の存在がいる。
そう、結界の管理者――白狐の葛之葉だ。
陽晴が瞑目し交信を試みる。すると、しばらくして陽晴から溜息が漏れ出した。
「事実のようです。ただし、晴明様も葛之葉様も〝途轍もなく強大な龍の気を富士山の下より感じる〟という程度で、正体まで見破っていたわけではないようですが」
ただ、もし目覚めれば凄まじい厄災となり得る。頻発する富士の噴火、〝龍脈〟の異常、式占などによる結果などから、そう判断したらしい。
「天星結界は、出雲から富士までを一直線に貫く〝龍脈〟――〝御来光の道〟の中間に設けた堰、あるいはダムのようなもの。封じた魑魅魍魎もまた、龍脈の力を適度に消費させるため。以て、霊峰に流れ込む龍脈の力を調整することこそが、結界の秘匿されし真の目的だった、とのことです」
陽晴が、どこか複雑な表情で説明した。隠されていたことに思うところがあるのだろう。
『何かを守る一番の方法は、その存在を知られないようにすることだろう。厄災の存在に気が付いたこともそうだが、日本の半分を覆う結界といい、徹底した対策といい、安倍晴明ってのは語られる以上に凄まじい人だったようだな』
そんなハジメの絶賛ともいうべき評価に、陽晴は、否、その子孫達はみな複雑な表情になった。
「それより、南雲。その〝龍〟がまた目覚めかけているってことなんだよな?」
話の軌道を、焦燥を滲ませつつ戻す浩介に、ハジメは泰然とした声音で返す。
『そうらしい。少なくとも、社に近づいた〝影法師〟の意識に影響を与えたのは〝龍〟だろう』
明白な意識や意志があるわけではなかったのだろう。元より、天星結界の破壊を目論んでいた集団だからこそ、呼応あるいは共感したというべきか。
〝ここには強力な龍がいる〟というイメージだけでも植え付けられれば、特に暗示や意識誘導などできなくとも、〝計画に有用だ〟と彼等が判断するのは必然である。
そうして、実際に彼等は実行した。
結界は穢され、出雲も堕ちた今――
『天星結界があるとはいえ、富士の社まで破壊された場合、何が起きるか分からない。何百何千万という時を封印されてたんだ。直ぐに日本列島自体が動くとは思わないが、少なくとも望ましくない影響は出るだろう』
「つまり、社が未だ狙われているんだな?」
『影法師の連中は数が多い。全ては処理しきれなかった。途中でやらなきゃならないことができてな』
〝右天之祠〟を偶然とはいえハウリア達に邪魔されたのだ。今度はもっと大規模な攻勢をかけるだろう。
そして、何やらハジメ達は手が離せないという。なら、言いたいことは一つだろう。
「俺達が防衛すればいいわけか」
『頼む』
「援軍は?」
『ハウリアと、お前の伝手の全戦力で頼む。保安局とバチカンには話を通しておいた』
つまり、だ。これまで浩介が紡いできた繋がり――保安局の強襲部隊、エクソシスト、陰陽師、そしてハウリア族で四方の社を全て守れということだ。
「了解した」
できない、難しいなんて言わない。躊躇いもない。南雲が頼むというのなら結果を出すまでだと、いつの間にか、浩介の目元が歴戦の戦士のそれになっている。
纏う雰囲気が研ぎ澄まされ、痺れるような覇気が放たれている。
それを見て、ラナが、エミリーが、ヴァネッサが、クレアが、そして緋月まで、ほぅと熱い溜息を漏らした。
陽晴が、先程までの深刻に深刻を重ねたような険しい表情が、ぽぅ~と赤らんだ呆け顔になる。
大晴パパがキィーーッと唇を噛んで浩介を睨む。うちの娘をたぶらかしおってぇっ、と言いたげに。ご老公達が、まるでダメなお父さんを見る目を向けている。
「やれやれ。英国やらバチカンの部隊やらを勝手に送り込まんでほしいんですがねぇ」
頭をガリガリと掻きつつも、服部は苦笑いしつつ携帯を取り出した。
「我が国を守るのは我々の仕事なんで、参戦させていただきますよ」
どうやら部隊を集めてくれるらしい。
『遠藤、こっちのことが終わったら援軍を送る。おそらく、シアかティオが行けるようになるはずだ』
「そりゃ心強い。回復手段が心許ないんだが、支援は?」
『もちろんする。相手は術者がメインだが、妖魔の類いを引き連れている可能性が大だ。連中にも効く弾薬の類やアーティファクト、回復薬を既にカムの方へ送っておいた。現地で合流して受け取ってくれ』
「OK、こっちは任せろ」
不敵に笑う姿を見れば、事の重大さに揺れていた陽晴達の瞳にも気概が宿り始めた。
未だに、全ては呑み込めない。まるで悪い夢でも見ているかのよう。
だが、それでもやるべきことは分かっていて、その先頭を躊躇いなく突き進もうという男がいる。その背中を見ていれば、自分達の力が必要とされるのなら、とにかく、ついて行こうという気にさせられる。
「南雲の方は? たぶん、お前のことだから根本的な解決を図っているんだろうけど」
『その通りだ。俺は今、王樹の聖域にいる』
そこで、王樹復活に伴い覚醒者が現われた原因の解析を行い、現在、解決策を創造しているところだ。
『さっきも言ったが、結界の穢れと出雲の社が破壊されたことで、徐々に〝龍〟の影響が強まっている。妖精界がその最たる場所だ』
「ん? 妖精界の騒動は、緋月――酒呑童子関連の嫉妬じゃ? 俺が原因だろ?」
『そいつらは便乗した連中だ。今、妖精界の龍に関連する伝承持ちの妖魔の全てが正気を失って天樹に殺到しているんだよ』
「はぁ? え、まさか〝龍〟に呼応してる?」
『そういうことだろうな。本来、召喚などされない限り、地球に顕界することはできないはずだが、〝龍〟がその役目を担っているなら、万を超える伝承の龍種が流れ込む危険性がある』
浩介はチラリと緋月を見た。実際に、自分との繋がりと、呼び声に応えて顕界した伝承の鬼がいる。あり得ないことではない。
なるほど。光輝達と、先程送られたユエが防波堤の役割を担っているわけか、と納得する浩介。
『そして、封じられた妖魔が実在する以上、地球の龍の伝承も影響を受けないとは限らない』
「そういうことか。シアさん達が手分けして先手を打ちに行ってるわけだな?」
『ああ。クラスの連中の半数もな』
方法は単純だ。羅針盤でチェックした世界各地へ、ハジメのいる聖域を経由する形でクリスタルキーによる移動を行いつつ、全てのチェックポイントに一切を遮断する結界を張って回っているのだ。
ついでに、万が一何かあっても対応できるよう、少なくとも最低限時間稼ぎと連絡を寄こせるように、悪魔憑きグリムリーパーの軍勢も世界各地に派遣されている。
また、作業にかかりきりのハジメや聖域の防衛には、魔樹を率いる愛子と神霊達がついていた。
先の聖域への襲撃も黒幕は〝影法師〟だったのだが、なんでも霊視と占術に優れた者が王樹復活の際、それを感じ取っていたらしい。
正確な場所は分からずとも、神秘の伝承に事欠かない国で、最近は不可思議な事件が頻発していた英国に目を付けるのは必然だった。
そこで、覚醒の源流を探り、それを掌中に収めるため、素養ある一般人や覚醒者を操り、一種の人海戦術かつ威力偵察で場所を探っていたのである。
富士の樹海と同じく、今度は本格的な攻勢に出てくるに違いない。が、次の大樹の化身になるべくアピール合戦に余念がない神霊達が異様に張り切っているので、相手にもならないだろう。
「あの、南雲様? わたくし達陰陽師の一部は、京都の守護に向かいたいのですが……防衛している間にも〝影法師〟の人員が天星結界の要や〝龍穴〟を狙うかもしれません」
『そこも対処済みだ。既に、ミュウと……ミュウと、その、なんだ、愉快な妖怪達? を防衛に送った』
パパ、娘の交友関係に悩ましげ。というのが声音からよく伝わってくる。
「ミュウちゃんを送ったのか!?」
『京都の友達を放っておけないって懇願されてな……雫に護衛を頼んであるから大丈夫だと思うが』
むしろ、ミュウの安否よりも、また新たな〝お友達〟を作って来ないかの方が心配である。
『家の方も、エガリと園部達が護衛しているから問題ない』
「なるほど。了解だ。お前が解決策を実行するまで、富士を守り抜く防衛戦。確かに引き受けたぜ」
納得して頷き、浩介が周囲へ視線を巡らせる。
みんなもいいか? と視線で問う。答えは当然、問題なし。
そこへ、珍しくも神妙なハジメの声が届く。
『遠藤』
「ん?」
『俺達は世界を変えた。いや、世界をあるべき姿に戻した』
「……おう」
『だが、本来それは、この世界にとって関係のないことだ』
妖精界を見捨てていれば、何億、何十億という妖魔や妖精を見捨て、アウラロッドを切り捨てていれば、地球が変わる必要はなかった。
もちろん、九つの世界の一つが完全崩壊したとき、他の世界にどんな影響が出るかは未知数だ。それこそ、腐った枝葉が木全体を腐らせるが如く想像だにしない厄災が起きていた可能性もあるにはある。
その懸念には当然考えが及んでいて、結局のところ、妖精界の崩壊を見過ごすということはなかっただろう。
だが、それでも、
『やったことの責任は取らなきゃならない。日本がヤバいから、なんて直接的な理由じゃない』
「うん、〝人として〟な。俺もそう思う。妖精界の全てが滅べば良かったなんて、俺は絶対に思わない。王樹を復活させたことも、後悔してない」
緋月を見て微笑むと、緋月はぽっと頬を染めて微笑を返した。
「だからこそ、これ以上、被害は出さない」
僅かなりとも犠牲になった土御門の術者がいる。そのことに顔をしかめる浩介の手を、陽晴がそっと握った。
見上げてくる瞳には、真摯な光が宿っている。
「遠藤様。何かを成そうとすれば、何かが起きるのは必然です。全てを予測できなければ何もしてはいけないのであれば、人は一歩も前に進めません」
「陽晴ちゃん……」
「まして遠藤様達は、救うべきを救うために成したのでしょう? その結果を利用し牙を剝いたのは、あくまで〝影法師〟の意志。土御門が身命を賭して藤原を守ったのも、彼等の意志です」
だから、大元の原因だなんて思わないで、と真っ直ぐな瞳で訴える。見れば、ご老公や大晴達も同じ瞳を向けていた。
再び陽晴に視線を向けて、見つめ合い、浩介も笑みを浮べた。どこからか歯軋りの音が聞こえる気がする。
『服部さん、陰陽っ娘の年齢は? 声がだいぶ幼いが』
「九歳だそうで」
『遠藤はアウトか?』
「その辺りの話は纏まってるんで、後でご報告しますよ。ちなみに、ギリセーフってところです」
「二人とも空気読んでくださるぅ!?」
別にやましくはないのに、陽晴の手をパッと離す浩介。陽晴ちゃん、ちょっと悲しげに自分の手を抱き締める。ギリギギリギリギリッと歯軋りが。大晴パパと博士ちゃんと聖女ちゃんの口元からのようだ。
『ごほんっ。とにかく、遠藤』
「おう」
『こっからはパーフェクトゲームだ。事態を完璧に終息させるぞ』
「当然だ」
そうして、更にいくつかの情報共有をして、浩介は通話を切った。
再度、視線を巡らせる。
回復薬やアーティファクトの再生効果で負傷者達もだいぶ回復してきたようだ。
意識のない者はおらず、全員が強い眼差しを浩介に向けている。
そんな彼、彼女達に、
「あ~、そんじゃあ皆さん、協力頼みます」
苦笑い気味に、浩介はヘコッと頭を下げたのだった。そのちょっと締まらない感じに、思わず誰もがくすりっと笑みを零した。
妖精界を救済した代償を払う最後の戦いは、そんな少し緩んだ雰囲気の中、始まったのだった。
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感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
日本が龍…の形に見えるというのはよく聞きますが、日本=龍の物語だと凄い昔の作品ですが白米的に青山先生のYAIBAが印象に残ってます。好きだったなぁ。かみなり斬り、めちゃ練習しました。
それはそれとして皆さん。エナドリ✕エナドリのオリジナルミックスはやめましょう。本話は決してスペシャルエナドリを推奨するものではありません。フリじゃないですからね?マジでやめましょう。
※ガルド更新してます
本編 53話 火山攻略開始
零 35話 ヴァンドゥル・シュネー登場だチュ
日常 49話 再開祝!




