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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
400/549

トータス旅行記㉙ 魔性の幼女?




「「「「「ゴ○ラ!? ナンデゴジ○!?」」」」」


 なんて絶叫ともツッコミともつかない叫びが木霊した。


 場所は帝都に新設された闘技場である。


 仮面ピンク流行騒動の後、この円形闘技場を見学していたハジメ達は、現在、階段状の観客席の最上段にある貴賓席から某怪獣の王が帝都を蹂躙する光景を見ていた。


 もちろん、過去再生だ。


 かつて、魔人族の特殊部隊の工作により魔物が巨大化かつ暴走し、旧闘技場と周辺一帯が破壊の限りを尽くされたことは周知のこと。


 せっかくなので、当時の様子を見てみようとなったわけだが……


 現れた魔物の外見は、まさに某怪獣の王そのものだったのである。もっとも、全長三十メートルくらいの縮小版ではあったが。


 それでも、岩のように頑丈な巨躯と空気が爆裂するような咆哮の迫力は圧巻の一言。


 被害も尋常ではなく、人がゴミのように踏み潰されていく。尾で薙ぎ払われる。あげくの果てには、背びれがスパークを纏うと同時に吐き出された雷炎のブレスが石造りの建物ごと一切合切を滅却していく。


「んん~~っ、香織! 外部への幻術結界代わって! 視覚の暴力が過ぎる!」

「わ、わかったぁ!」

「いったいどんな素体を進化させれば、こんな魔物になるのかのぅ?」

「ティオと愛子は精神安定よろ!」

「は、はい! ――〝鎮魂〟!!」


 想像以上の怪物ぶりと大惨事に、ユエが必死に大量の〝見せられないよ!君〟を出して無数のミンチを隠していく。


 だが、ちょっと遅くて。


「おっふ」

「オロロロロッ」


 前者が愁、後者のリバースさんが智一だ。薫子と昭子は既に白目を剥いて倒れ込み、それぞれレミアと霧乃に支えられている。


「ほぅ、流石は軍事国家というべきか? 帝国兵の皆さんは中々の胆力をお持ちだ」

「蹂躙状態だが心が折れた様子もなく、攻略の糸口を掴もうと犠牲を省みずトライ&エラーを繰り返している。連携も素晴らしいな」


 平然と、奮闘する帝国兵の感想を口にする鷲三お祖父ちゃんと虎一パッパに、雫が向ける目は「この人でなし!」と言いたげだ。


「パパ、見えない。ミュウもゴジ○見たいの」

「今、ユエがR指定になりそうな映像をコミカルに編集してくれてるから、良い子のミュウはもうちょっと我慢しような?」

「むぅ……良い子は見ちゃいけないものが多くて大変なの」

「……今度、自動キッズフィルター付きの眼鏡でも開発してみるか」


 ハジメに目隠しされているミュウが、特に抵抗もせず腕を組み仁王立ちしている。もうすっかり見ちゃいけない状況に慣れた様子だ。そちらの判断でベールを取りたまえ、と言わんばかりの全てを受け入れた態度である。


「こんなのよく倒せたわね」


 鎮静魔法を受けてもまだちょっと青ざめている(すみれ)が呟くと、ネアが笑顔で解説してくれた。


「数の暴力です、お義母様。そこに魔法の力――結界などで動きを封じ、弱点属性の魔法を乱れ撃ちすれば、いかに強力な個体と言えど倒せます」

「まぁ、ゴジ○もそんな感じではあるわね……」

「ゴジ○が何かは分かりませんが、所詮は知性もない獣が一体。むしろ、被害が大きい方ですよ。まったくこれだから帝国兵は!」


 ネアちゃん、やっぱり笑顔だ。トレイシー皇女の目尻がピクッと反応する。


「樹海も魔人部隊と魔物の侵攻を受けましたが、こちらは数の暴力でした。しかぁし! 我等ハウリアに欠員なし! 怪物より厄介な数の暴力! 数の暴力より強き我等ハウリア! しかも魔法なし! つまりぃ!」


 ネアちゃん、物凄い笑顔で眼下を見下ろし、必死に戦いながらも命を散らしていく帝国兵に向けて……


「帝国兵ざぁこ! ざぁ~こ!」


 死体蹴りを行った。


 死者に対する冒涜? 帝国兵の存在自体が冒涜的なので問題なし!


 トレイシーの目尻がキリリッと吊り上がっていく!


「こ、こら! ネアちゃん! お義母さん、そういうのは――」

「ごめんなさい! お義母様! いくら本当のことでも言っちゃいけないことってありますよね! 帝国兵が口だけのクソ雑魚ナメクジでも! あんなによわよわなのに兵士を名乗って恥ずかしくないのぉ~? と思っていても、帝国兵にしては頑張ったね!って言ってあげるべきですよね!」

「クソガキムーブがすぎるわよ! 二重の意味でヤバいわ! 分からされフラグが立ったらどうするの!」


 メッとネアのほっぺを摘まみ上げつつ、菫の視線はグリンッとシアの方へ。


「シアちゃんも! 小さな声で『いいぞぉ! もっと言ってやれぇですぅ!』って(あお)ってるでしょ!」

「うぇ!? ウサミミでしか拾えない声量なのに、お義母様すごいですぅ!」

「聞こえてないわ! 時々見る〝(わる)シアちゃん〟の顔をしていたから推測しただけよ!」

「むしろもっと凄かったです!」


 ハウリアの帝国兵に対するヘイトは、やはり根強いらしい。というか、奴隷の獣人達が避難誘導すらしてもらえず、むしろ肉壁に利用されて大勢犠牲になっている点も、分かっていたことで過去のことだがイラァッときているようだ。


 見かねたリリアーナが眉を八の字にして諫めにかかる。が、


「お二人とも、今は全種族の垣根を取り払うために前進すべき時代ですよ。恨み辛みは簡単に消えないことは重々承知していますが、ここはどうか――」

「上等ですわ。闘技場に下りやがれ! ですわっ」


 皇女様が台無しにする。煽りに煽られ狂犬復活。「しまったっ。トレイシー様の賢者モードが解けた!?」と頭を抱えるリリアーナ。


 ゴジ○モドキな魔物との死闘を尻目に、にわかに高まる殺気。ネアちゃんが「お? やんのか? おぉ?」とメンチを切り、トレイシーの瞳孔がきゅぅっと縮小する。


 と、そこで目隠しされたままのミュウが、やはり腕を組んだまま全く動じずに声を張り上げた。


「ネアちゃん! メッ」

「はい、お嬢」


 スンと真顔に戻って大人しくステイするネア。その姿は、まさに忠犬。


「こっちは収まりがつきませんわよ! 死ぬまで戦った兵士達のためにぃ! いざ、闘争の時間で――」

「トレイシー、控えろ」

「はい、我が主」


 スンと真顔に戻って大人しくステイするトレイシー。その姿は、まさに忠犬。


 父娘のそっくりな言動に、智一達の視線が恐ろしいものを見る目になっている。


 ついでにリリアーナが「言いました! 遂に〝我が主〟って明言しましたよ!」とハジメに指をさして問い詰めようとする中、しかし、空気を一変させるような抑揚のない声が。


「……見ないなら、もう消していい?」


 ユエだった。必死に過去再生映像をリアルタイムで見やすいように編集しているのに、誰も見ていないという現状にはジト目にならざるを得ない。めちゃくちゃ不機嫌そうだ。


「あ、ああ。悪い、ユエ。……トレイシー。この後、普通にガハルドが陣頭指揮を執って倒すんだよな?」

「ええ。悔しいですが、ネアシュタットルムの言う通り、弱点属性が氷属性だと分かった後、陛下が駆けつけられて、そのまま飽和攻撃で倒しましたわ。動きが鈍った後、決死隊が口内に飛び込み、内部から氷結したのが決め手ですわね」

「……奴のブレス、放射能とか出してないだろうな?」


 体内を冷やして倒す点に既視感を覚えて、念のため羅針盤で調べる。問題がなくてホッと一息。


 言っている間にトレイシーの言う通りの展開になったので、ユエに合図をして視聴を終える。


 元々、軍事国家の中枢を一部とは言え更地に変えた魔物がどんなものだったのか興味があっただけなので、誰からも文句は出なかった。


 むしろ、油断して大勢の生々しい死傷者を見てしまって、若干、後悔しているくらい。


「ユエ、ありがとな。夕食の前に母さん達の食欲が消し飛ぶところだった」

「……んっ」


 ハジメの労いの言葉で、ユエの不機嫌は直ぐに治る。香織が「私も結界頑張ったのに……」と拗ねたように労いを求めるが、それを遮って、今度は下から不機嫌な声が。


「パパ。ミュウはいつまで目隠しされたままなの?」


 仁王立ちスタイルのまま、ミュウの唇がへの字を描いている。ハジメから「あ」と声が漏れた。そろりと手を離すと、ユエばりにジト目のミュウが登場。


「ミュウは良い子なので、何も言いませんが」

「すまん」


 少し大人の対応を見せてくるミュウを、レミアが「あらあら」と微笑みながら抱き上げるのを横目に、トレイシーが気を取り直すようにパンッと手を打つ。


「さて、立食パーティーまでまだ時間がありますが、死合います? それとも他の場所を見学に行かず、死闘いたします?」

「どんだけ戦いたいんだよ」


 全然、気を取り直していなかった狂犬皇女様。


「せっかく魔王様一行がいらしているのですもの。闘技場ランキング第二位のネアシュタットルムを皆様の前で下し、どちらが上かお見せできればと」

「ツッコミどころが満載なんだが……まず、ランキング?」

「ボス、闘技場が一応の完成をみた後、新闘技場開設記念のランキング戦が行われたんです。ハウリア代表で私が出場し、準優勝しました!」

「ちなみに、参加者は剣闘士と冒険者、帝国兵合わせて百人ほど。わたくしは第三位ですわ」


 褒めて褒めて! とウサミミをパタパタしながら寄ってくるネアの頭を片手で押さえつつ「なるほど」と頷くハジメ。代わりにミュウが「ネアちゃんすごい!」と褒める。ネア、普通に照れる。


 しかし、グラップラーウサギの姐御は少々不満らしい。


「むぅ、帝国の人間に負けたんですか?」


 準優勝とは、つまり、そういうことだ。一瞬、トレイシーに負けたのかと思うが〝第三位〟と言っていた以上、別の人間なのだろう。


 しかし、シアの言葉に、ネアとトレイシーは微妙な表情で顔を見合わせ、


「……言い訳はしません、姐御。でもですね、〝あれ〟を果たして人間のカテゴリーに入れていいものかどうか……」

「ビキニアーマーにコートですわよ? わたくし、直視できませんでしたわ」

「ビキニアーマー? つまり女か?」

「「いえ、中間?」」

「ちゅうかん」

「「あと、筋肉」」

「きんにく」


 悪寒と共に嫌な予測が湧き上がる。思わずオウム返ししちゃうハジメ。


「……名前は?」


 ユエも心当たりがあるのだろう。というか、もう慣れたパターンだ。


「ディーベルですわ。弱かりし頃の名は捨てたと。元は我が国の軍人だったらしいのですが、突如やって来た偉大な男女に啓蒙されて、職を辞した後、新たな道へ進んだそうですわ」

「ねでぃるくん、ほんとにごめん」

「いかんっ、ご主人様の精神が!」

「そろそろ魔力がキツイですが――〝鎮魂〟!!」

「……また新たな漢女を生み出してしまっていたみたい」

「ああ、思い出したよ。ユエとハジメくん、確か元牢番のネディルって人に……」

「情報を吐くまでスマッシュと再生を繰り返したんだったわね……」


 当時を思い出し、香織と雫が遠い目になる。例の彼は、やはり立ち直れなかったらしい。そして、生まれ変わって漢女グラディエーターとして再出発したようだ。


 ハウリアと帝国の最強格を押しのけて優勝とか、


「こわい」

「自業自得だ、ハジメ」

「鬼畜が過ぎるぞ、ハジメ君。同じ男なのに、よく平然と見ていられたな」

「若気の至りにしては高い代償だったようだ」

「ああ、彼等……いや、彼女等? は恐ろしいものだからな。増殖のきっかけを作った以上、現実を受け止めなさい、ハジメ君」


 パパ~ズから総じて白い目を頂戴するハジメ。魔境ブルックの悪夢が蘇り、「俺はっ、なんてことを!」と、取り返しのつかない悲劇でも見たみたいに両手が顔を覆う。


 やはり本気で検討しないといけないかもしれない。奴等の増殖を止める方法を。


「なんだかハジメとユエちゃんの、スマッシュ事案の爪痕の大きさを知る旅みたいになってきたわね」


 菫の苦笑い、ユエも居たたまれない雰囲気に。


「さ、流石はボスです! 理解不能な強さを誇る第一位を生み出した張本人だったとは!」

「魔王様……改めて感服致しましたわ!」

「うん、二人共、ちょっと黙って」

「「御意!!」」


 その後、ハジメのテンションがだだ下がりなのと、愁達もゴジ○モドキの蹂躙劇を見た衝撃で調子が悪いこと、仮面戦隊をあまり見たくない雫の要望もあり、一行は帝都見学を中断。


 少し早いが、立食パーティーの参加準備をすべく帝城に戻ったのだった。















 そして、その一時間後。


 一行は眺めていた。


 七色の煙を噴き上げながら、明るい音楽と共に跳ね飛ぶ無数の首を。


「……ふぅ。どうですか、皆さん。私渾身の演出は!」


 ユエ様がドヤ顔だ。某カメラを止めない映画のエンディングに出るスタッフ並にやりきった顔だ。


 その隣では、舞台挨拶のように並ぶ香織、雫、ティオ、愛子、リリアーナ、ミュウとレミアが恥ずかしそうに俯きながら立っている。


 何に羞恥を感じているのか。


 過去再生の中で、生々しい悲鳴や怒号、断末魔の絶叫の代わりに『い、いやぁ!』『あべしぃ?』『や、やられたぁ!』『もうダメだぁ、おしまいだぁ!』『ハウリアつぉい!』などなど、素人感丸出しのアテレコが響いていることから推して知るべし。


 なお、シアとネアだけはニッコニコの笑顔なのだが、


『ぐわぁ! やられたぁ! やっぱりハウリアが最強だぁ! 帝国人なんて戦闘力5のゴミだったよぉ!』

『調子に乗ってすみませんでしたぁ! ハウリア様ぁ、許してくだしぃ~』


 と、実に調子に乗った声音が元気いっぱい楽しげに響いている点で推して知るべし。


 さて、あの帝城が陥落し、帝国貴族や近衛達の首が悪夢のようにちょんぱされまくった惨劇の夜を、なぜ立食パーティー前に見ているのかと言えば。


 単純に戻るのが早すぎて侍女さん達の準備がまだ出来ていなかったこと、そして、ネアを筆頭に駐在ハウリア達が是非とも革命の瞬間を見てほしいと懇願したからである。


 もっとも、いくら魂魄魔法で軽減できるとはいえ、一般人的感性の親達に連続で凄惨な現場を見学しろというのは酷な話。


 そこで、ユエ監督が過去再生の本格的編集に乗り出し、某英国紳士的スパイ映画の衝撃的ラストシーンをオマージュしたような光景と、素人声優陣のアテレコが木霊する、わけの分からない空間が出来上がったというわけである。


「ちょっとあなた。ユエちゃんが褒めてほしそうにこっちを見てるわよ」

「悪い、菫。代わりに褒めてあげて。シュールすぎて、今、心停止してるから」


 愁パパの心臓は、別に止まっているわけではない。心が止まっているだけだ。念のため。


「か、香織! 見事な演技だね! お父さんは感心したよ! 将来は声優さんもありだね!」

「ものすごい棒読みだったと思うけど、香織の気持ちも分かるから何も言わないわ」


 香織が羞恥で(うずくま)る。


「過去再生では見えるようにしてくれているが、本来は真っ暗なんだよな?」

「みたいね。ねぇ、あなた、やっぱりハウリアの皆さんは気配操作が並外れてるわ。さっきの闘技場で駐在ハウリアの皆さんに模擬戦を申し込めば良かったわね」

「こらこら、霧乃。戦意を抑えないか。気配操作を称賛した口で気配を漏らしていたら、八重樫家の名折れだぞ?」

「あら、本当。恥ずかしいわ」


 雫は一般人とは異なる身内の感性に諦観の極致に至った。何も聞こえない、何も言わない、もう、何も見ない。


 なお、昭子さんは意外に想像力豊かだったのか、どれだけコミカルに編集されても人の首がちょんぱされまくる光景から実際の光景を思い浮かべてしまうようで、始まった直後からずっと目を瞑っている。


「お母さん、大丈夫?」

「愛子、鎮魂が切れたみたい。もう一回お願いしていい?」

「うん……私も自分にかけとこう」


 当時を知らない愛子も顔が青い。母娘揃ってぺか~っと魂を鎮める魔法の光を浴びる。まるで薬が手放せない依存者のよう。


 そうこうしている間に、映像の奥ではガハルドとカム達の戦いが終盤に差し掛かっていた。


 こちらもこちらで、


『ハウリア、つおいんだお! 僕ちん、勝てないんだお!』

『いじめないで! 僕、悪い皇帝じゃないよ!』

『やめてください! これ以上は死んでしまいます! なんでもしますからぁ!』


 と、好き勝手にアテレコされている。


 犯人はもちろん、会場の奥にいる駐在ハウリア達。皇帝陛下を弄んでいる姿に白い目を向ける親達へ、良い笑顔でグッとサムズアップを返してくる。


 リリアーナが頭痛を堪えるように片手を額に当てた。


「……フェアベルゲンの方々は歩み寄ろうと努力してくださっているのに、ハウリアはどうしてこう……」

「頭のおかしい首刈り一族だからだろ」

「頭のおかしい首刈り一族にしたの、あなたですからね。ハジメさん」


 何を他人事みたいに言ってんだ、お? と王女様にあるまじきメンチが切られる。


「いや、ハウリアに関してなんでもかんでも俺のせいにするのはいかがなものかと思うんだが」


 と、少し不満そうに言えば、シアから「いや、どう考えても元凶でしょう」と真顔でツッコミが入る。


「でもな、別に催眠術とか洗脳をしたわけじゃないんだぞ? 徹底的に追い込んで闘争心を取り戻させただけなんだ」


 疑わしい。というか、その追い込みこそが一種の〝洗脳〟なのでは? と全員が物言いたげな視線を送る。


 なので、ハジメさんは気合いを入れた。


 明日以降、樹海へ行く予定なのだ。大量のハウリアが湧き出すのは自明のこと。連中が引き起こすだろう騒動の責任の所在をいちいち自分に求められては敵わない。なので全力で予防線を張る!


窮鼠(きゅうそ)猫を噛むということわざがあるだろ。ネズミだって追い詰められれば天敵に牙を剝く。戦わなければ生き残れない。それを本能が理解しているからだ。どんな生き物にも闘争心は備わっているんだよ。洗脳なんかで後付けする必要なんかないということだ。つまりだ、一見豹変したように見えるハウリアだが、実のところあれが本来の姿なんだよ。気弱で温和な性格だったのは平和のおかげだ。必要性の問題にすぎなかったんだ。なら必要に迫られれば本性を現わすのは至極当然のこと。ちなみに、シアの母親は病弱な身でありながら英雄願望を持った素晴らしい人だったらしい。彼女の存在が俺の言葉の正しさを証明している。兎人族もまた当たり前に闘争心を宿した存在なのだと。もしモナ・ハウリアが生きていれば、きっと俺なんかの出る幕はなく、出会った時点で既に今のハウリアになっていたに違いない。いや、もしかしたら『ウサミミのウサミミによるウサミミのための独裁国家を! 同胞よ! このモナ・ハウリアを、いざ仰げ! 樹海の女王に、私はなる!』とか言ってフェアベルゲンの王になっていたかもしれない。いや、なってる。絶対に。つまりだ。俺が何を言いたいのか、もう分かってもらえたと思うが――」


 怒濤というのも生温い弁舌が朗々と響き、過去再生ではガハルドが敗北宣言したタイミングで、ハジメは両手を広げながら、爽やかな笑顔と欠片のやましさも揺らぎもない確かな声音で言い放った。


「俺は悪くない」

「「「「「「「「「「ギルティ」」」」」」」」」」


 即行かつ満場一致のギルティ宣言だった。


 ハジメが「なぜ人は分かり合えないのだろう」みたいな顔をし、シアが「母様を勝手に革命家にしないでください!」とぷりぷり怒る。


 と、その時、


「……なるほど。当時はこんな感じでしたのね」


 女性陣のドレスを用意する手伝いに一時離れていたトレイシーが戻ってきた。キラキラ虹色エフェクトのモザイクだらけな光景だが、当時の惨状は想像できたらしい。少し頬が引き攣っている。


「衣装の準備が整ったのか?」


 ハジメの問いに、トレイシーは気を取り直してにこやかに頷いた。


「ええ。お楽しみの時間ですわ!」


 狂犬皇女でも、やはりそこはレディらしい。女性同士、着飾る時間は楽しみなのだろう。


 シュールすぎる光景に参りかけていた精神も持ち直し、女性陣の華やかな声が木霊する。一人を除いて。


 どうにも編集映像が不評だったようだと、ようやく理解して、ユエ監督が過去再生を解除しながらしょぼくれる。否、一切のやる気が失せたかのようにしなびていく。そのままふて寝してしまいそうだったので、シアが脇に抱えた。


「う~ん、この後、私のエントランスの攻防戦も見てほしかったのですが……」


 当時の自分の活躍を見てほしいらしいシアが渋るが、愛子と昭子が苦笑い気味に首を振った。


「ごめんなさい、シアさん。私もお母さんも、ハウリアの皆さんはもうお腹いっぱいです」

「編集するのも時間がかかるでしょう?」


 えぇ~とシアの視線が菫達に向けられるが、やはり、全員苦笑い。


「まぁ、いいんじゃないか? どうせ近づいて殴るか、近づいてきたのを殴るか。それだけだろ?」

「……ん。それでだいたいミンチになる」

「首刈りより凄惨な現場っぽいよね」

「戦槌と拳で殴殺でしょう? あ、ダメだわ。想像しただけで……うっぷ」

「シアお姉ちゃん。ミュウ、ドレス選びしたいの」

「ミュウの感性をこれ以上歪めたくないので。シアさん、ごめんなさい」


 ハジメ、ユエ、香織、雫、ミュウとレミアまで。


 シアは拗ねた。やる気の一切を失ったみたいに座り込む。ユエを抱き締めながら。


 仕方ないので、二人を両肩に担ぐ香織。たくましい。


「それでは女性の皆様、わたくしについて来てくださいまし」


 トレイシーが先導を開始する。ハジメが首を傾げた。


「おい、俺達は?」

「大丈夫ですわ。別の者を案内に呼びましたので……」


 と言っている間に扉の方から幼い声が響いてきた。


「お、叔母上? 僕をお呼びだと聞きましたが……」


 入ってきたのは、十歳くらいの銀髪美少年だった。


 こんな立ち入り禁止となった呪われた場所に、なぜ呼び出されたのかとビクビクしている。そして、案の定というべきか。ウサミミを視界に入れた途端、


「ひぃっ!? 首刈りモンスター!?」

「誰がモンスターですか!」

「良い度胸ですね、レイモンド皇太孫」


 シアのツッコミとネアの冷たい声音に、頭を抱えてカリス○ガード状態になってしまったのは、どうやら皇族の少年らしい。


「紹介しますわ。この子は私の甥っ子でレイモンド。男性陣の案内係として呼びましたわ」

「案内ができる状態に見えないが?」


 とハジメ。


「わたくしがいなくなるのに、軍事国家の皇族たる者が、いつまでも怯えていては困りますから荒療治ですわ」

「それならハンドラーとかいう、あの女の子みたいな悲鳴を上げて気絶した皇子を呼ぶ方が良かったんじゃ?」


 素朴な疑問はハジメのみならず、他の皆も同じ……否、一人だけ、鬼畜を見るような目をトレイシーに向ける者が。


「? どうしたんじゃ、リリィよ」


 目聡く気が付いたティオが尋ねると、リリアーナは視線を泳がせつつ答えた。


「あの、彼は、その……亡きバイアス殿下の子です」

「「「「「え……」」」」」


 元リリアーナの婚約者で、皇太子で、ついさっき首ちょんぱされた男が全員の脳裏を過ぎる。


 つまり、だ。父親が死んだ原因の一行を、その子に案内させようとしているわけで。


「貴女の方がよっぽど冒涜的ですぅ!」


 シアの言葉に全員が激しく同意した。


「失礼ですわ。あのクズが服を着て歩いていたようなお兄様ですわよ? まともな父親だったと思いますかしら?」


 曰く、他にも皇太孫の立場にある子供達が幾人かおり、全てバイアスの側室や妾、あるいは手を出した使用人の子らしいのだが、当然のように父子の交流はなかったらしい。


 愁と智一が苦い顔つきで言う。


「本当に暴君を体現したような人だったんだな……」

「で、ハウリアという更に強力な暴力に負けたと。それがこの国の王侯貴族の当然の在り方だったなら、シアちゃんやネアちゃんの嫌悪が中々晴れないのも分かる気がするな」


 トレイシーが澄まし顔で肩を竦める。


「良くも悪くも、実力至上主義ですわ。まぁ、これからは変わっていかねばなりません。ですから、ハンドラー達のように思想が固まってしまっている者より、まだまだ柔軟な思考ができるこの子達には、帝国の未来のために頑張っていただきませんと」

「一番柔軟そうなトレイシー様が転職するからですか?」

「ちょっと何を言っているのか分かりませんわ。腹黒王女」

「誰が腹黒ですか!」


 とにもかくにも、一応はきちんとした理由あっての選任らしい。


 だが、レイモンド君の怯え方は尋常ではない。ガッタガタしている。


 取り敢えず、〝鎮魂〟で精神安定を図りつつ、男性陣の案内役ということであるから、父親達総出で慰めようかと思っていると……


 トテトテとミュウが進み出た。かと思えば、蹲っているレイモンドの傍にしゃがみ込み、よしよしと頭をなで始めた。


 ビクッと震えるレイモンドだったが、なんとも優しい手つきに、そして、視界の端に入った小さな足に僅かばかり安心感が芽生えて、そろりと視線を上げた。


「大丈夫?」

「っ、あ、亜人が僕に触るなどっ」


 まだまだ差別意識の抜けきらない、むしろ子供だからこそ周囲の言葉を鵜呑みした意識が、ミュウの手を振り払う。


 それにキレたのはネアだった。


「てめぇっ、ブッコロされてぇかぁ! アァ!? 首刈りの前に指つめんぞゴラァッ」

「ヒィッ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」


 やっぱり、ネアちゃんは三つくらい人格がありそうである。


 レイモンド君は青を通り越して真っ白な顔色になりつつ、涙目で半ばパニックとなり……


「ネアちゃん、怒鳴らないであげて? お願いなの」

「はい、お嬢」


 スンと真顔になり、ミュウの後ろで正座するネアの姿に唖然とした。


 レイモンド的によほど衝撃的な光景だったのか、涙は引っ込み、恐怖も吹き飛んで、ただ信じられない! みたいな表情でミュウとネアを交互に見やる。


「申し訳ありません、お嬢。差し出がましい真似を」

「そんなことないの! ネアちゃん、ミュウのために怒ってくれてありがとう」

「恐悦至極」


 なんだこれは。なんなのだこれは! あの悪魔の如きハウリアが借りてきた猫のように大人しく、忠犬の如く従順だなんて! みたいな呆然顔のまま、レイモンド君は思わず尋ねた。


「き、君はいったい」

「ミュウはね、ミュウって言います。初めまして!」


 母親譲りのほんわか笑顔。途端、ズキューンッと不思議な音が幻聴されて。


「か、かわいい……」


 レイモンド君の目が大きく見開かれた。胸元を手で押さえている。まるで撃ち抜かれたみたいに!


 薫子さんを筆頭に女性陣が「あらまぁ!」と口元に手を当ててニヤニヤ。


 ハジメと愁が拳を鳴らし始めたので、鷲三と虎一が羽交い締めに。


 レイモンド君の様子に「ん?」と小首を傾げつつも、ミュウは、怯える少年と隔意あるネア達の間を少しでも取り持てたらと、自分にできることをする。


「あのね、帝国の人とネアちゃん達が直ぐに仲良くするのは難しいっていうのは、ミュウにも分かるの」

「え、えっと……」

「でも、王国でも帝国でも、皆、仲良くしようって頑張ってて、ミュウもそうなればいいなって思う」

「……」

「だから、まずミュウとお友達になりませんか?」


 ミュウは海人族で、獣人ではある。けれど、直接、恨み辛みを突きつけ合った仲ではない。西の海の生まれで、王国に保護された種族であったから、ミュウには帝国に対する憎しみはないのだ。


 だから、きっと、樹海の獣人達より歩み寄れる。架け橋になれれば、ネア達もレイモンドのような少年達と、新しい形の未来を創れるはず。


 言外の想いは、果たして伝わったのか。


 少なくとも、見守る大人達は理解していて、レミアは誇らしそうに、菫達も温かいミルクティーでも味わっているような表情になっている。


 そんな中、ぽ~っとミュウを見つめていたレイモンドは、


「喜んで。お友達からよろしくお願いします」


 と答えた。


「おい、あのガキ。別の意味で言ってないか?」

「これは……ランデルに強力なライバルが出来たようですね」

「流石はレミアさんの娘。ミュウちゃんは魔性の女の子だね」

「香織さん? それ、どういう意味でしょう?」


 なんて言っている間にも、レイモンド君は立ち上がり、情けない顔は見せられないと涙をゴシゴシと拭って、キリリッと男の顔になった。


「叔母上! 恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありません! 僕はもう大丈夫です! ミュウを、彼女を完璧にエスコートしてみせます!」

「いえ、貴方には男性陣の案内をしてもらうだけですわ」


 そんな馬鹿な……と早くも崩れ落ちそうなレイモンド君を置いて、トレイシーが音頭を取った。


「それでは皆様、移動しましょう。魔王様、僭越ながらレイモンドをよろしくお願いしますわ。ミュウ様のことは予想外の事態ですが、どうか闇に葬るのだけはご勘弁を」

「いや、しねぇよ」

「レイモンド、失礼のないように。魔王様は、ミュウ様のお父上ですからね」

「!? 承知しました! 全身全霊を以て、おもてなししますっ」


 優雅にカーテシーを決めて女性陣を先導していくトレイシー。新たに生まれた恋路にきゃっきゃっと騒ぐ声が扉の向こうに消えていく。


 しんっと静まった会場で、レイモンド君はキレのあるターンを見せてハジメに向き合った。


「それでは僕達も向かいましょう! お義父様!」

「嫌な方向で一皮むけやがったな」


 思わず嘆息してしまうハジメだったが……ふと思い直してニヤリと笑う。


「レイモンド」

「はい?」

「聞いてるかもしれないが、立食パーティーにはな、王国のランデル王子も来る」

「? それが?」

「ランデルも、お前と同じだぞ?」

「……? ! ッ!?」


 意味を察して、目に見えて動揺するレイモンド君。


 いたいけな少年をたきつけて悪い顔で笑うハジメに、愁達が呆れ顔を向けたのは言うまでもない。





いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・ゴジ○モドキ

 ⇒シン・ゴジ○の体内に直接凝固剤を流し込む凍結プランより。

・七色の噴煙と飛ぶ首

 ⇒キングスマ○の1作目より。白米的に衝撃的でした。

・革命家モナ・ハウリア

 ⇒ありふれた学園時空のシアママ。首刈りウサギ化の元凶。クーデターを起こし捕縛される。

・エントランスの攻防戦

 ⇒書籍7巻の加筆部分。ハジメ達の言葉通りシアが敵をグチャッとするだけの話です。なお、敵の中にはWeb版第五章「帝城 前編」に出たグリッドがいます。

・ディーベル

⇒元牢番のネディル。ネーベルと表記していたので訂正しました。感想でのご指摘ありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
割と戦争の火種の一つに『女』って珍しくないのよね…… ハジメってば、火種を一つ着火させちゃってまぁ……
くっくっく………ライバルと思い込んでいる者同士、勝手に潰し合うがいい………。 と?
[一言] ミュウちゃんが王子達に惚れられる度に、その王子と結婚する未来を想像して、 何故かミュウがハジメから寝取られた気分になってしまう。
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