お正月特別企画④ 魔王と勇者(と卿)のアフター
新年あけまして、おめでとうございます!
正月と関係ないうえになんでもない閑話みたいなものですが、お正月ののんびり時間のお供になれば幸いです。
とある有名なファストフード店。
その表通りに面したガラス張りのカウンター席に、一人の美少女が座っていた。
艶やかなロングの黒髪に、綺麗なアーモンド形の目。ぴったりとフィットしたジーンズとシンプルなブラウスという飾り気のなさは、逆に彼女のスタイルの良さと魅力を全面に押し出している。
外を通りすぎる人――特に男が思わず二度見する、という事態が既に幾度も発生していた。モデル、またはアイドルと言われれば誰もがすんなりと納得するだろう。
それでも、安易に声をかけにいかないのは、その美少女が、まだ明らかに中学生くらいに見えたからだ。大人びてはいるが、色気はさほど感じられない。
頬杖をついて、片手でスマホを弄りながら、物凄く不機嫌そうな雰囲気なのも声をかけづらい原因の一つだろう。
そこへ、
「美月ちゃん、お待たせ!」
そんな雰囲気は知らねぇ! と言わんばかりに近づく者が。
眼鏡にゆるい三つ編み、ベストとワンピースにベレー帽という如何にも文学少女っぽい雰囲気の女の子だ。同年代に見える。
「大丈夫よ、真実。まだ待ち合わせの五分前だし」
微笑を交わし合う二人の女子中学生――天之河美月と遠藤真実。
美月は、あらかじめ頼んでいた飲み物を差し出した。おごりらしい。真実が嬉しそうにお礼を口にして隣に座る。
「それで、今日はどうしたの? 相談があるって……」
「お兄ちゃんのことよ」
「光輝さん?」
こくりと、深刻そうな雰囲気で頷く美月。てっきり、また〝南雲先輩を分からせる作戦〟を考えたいということなのだと思ったのだが……
そう思って、昨夜、連絡をもらったあと朝の四時まで考えたのだが……
どうやら違うらしい。
「お兄ちゃん、今、家に帰ってきてるのよ」
「う、うん、それは知ってるよ。浩にぃから聞いたし。詳しいことは知らないけど、なんかあっちこっち召喚されて……あ、あ~、そういうこと? 異世界のアマゾネスヤンデレ女王様とヤンデレブラック女神をお持ち帰りしたっていう……」
「ま、まぁ、そうね。すごい大雑把な説明だけど」
半月ほど前の話だ。帰還一周年パーティーから、当の帰還者達が一週間ほど行方不明になった事件。後始末関連でまた紆余曲折があったのだが、それも落ち着いた今日この頃。
「問題なのは、義姉面をしてくるヤンデレ共じゃないの」
「義姉面してくるんだ……」
「お母さんとお父さんには嫁面よ。いちいち張り合うものだから鬱陶しいったらないわ。おまけに超常の力を使ってまで好感度稼ぎにきては失敗するから微妙に実害出てるし」
「それは普通に問題なんじゃ?」
「いつものことよ」
美月も真実も、帰還者の身内だ。異世界や魔法という超常の力そのものは、もう受け入れているし、驚くほどのことではない。
なので、美月的には、最初にトータスに召喚される前のモッテモテの兄に群がる女達と大して変わらない、ということらしい。嫌な慣れだな……と少し美月に同情する真実。
「それじゃあ何が問題なの?」
「南雲先輩のことよ」
苦虫を嚙み潰したような、とはこういう顔かと真実は思わず感心してしまう。
「南雲先輩は私達にとっていつでも大問題な人だけど……」
「ええ、不俱戴天の仇よ。でもね、その南雲先輩のことを……お兄ちゃん、最近はよく口にするの」
「……ほぅ? 詳しく」
おや? 真実の眼鏡が光源不明の光に反射して? ついでにクイッと?
「あいつはめちゃくちゃだ~とか、配慮ってものが足りない~とか、そういう話ね」
「つまり、悪口?」
「いえ、どちらかというと愚痴かしら?」
「う~ん……それは普通なんじゃないの? その、ちょっと言いづらいけど、ほら、光輝さんと南雲先輩って仲が悪いっていうか……光輝さんが一方的に嫌ってるっていうか?」
「否定はしないわ」
けれど、と前置きして、美月は眉間に皺を寄せつつ、アイスコーヒーをズゴゴゴッと勢いよく飲む。そして、ガッと乱暴に紙コップを置く。
「ちょっと違うのよ、今までとは」
「どういうこと?」
「確かに、お兄ちゃんは南雲先輩を嫌ってる。ううん、嫌ってるってことから目を逸らしてた。高校を中退して、またトータスに行くまでは、南雲先輩のおかげで帰ってこられた、取り返しのつかない事態を避けられたんだって、むしろ、感謝するようなことを口にしていたの」
「今と逆ってこと?」
「そうね。より正確には、自分に言い聞かせる感じかしら。そもそも、南雲先輩のことを口にすること自体がほとんどなかったのよ。……いっつも、どこか痛そうっていうか、苦しそうっていうか。自分のことで手一杯って感じで」
「そうだったんだ……」
なるほど、と頷く真実。
当然ながら、トータスでの出来事は浩介から聞かされている。複雑極まりないだろう心中を想像すれば、確かに、口を閉ざす心境にならざるを得ないというのは分かる話だ。
なのに、最近はよく話題に出す。最大の鬼門と言っても過言ではなかったはずの男のことを。愚痴だが、心境に大きな変化があったのは事実だろう。それも、どうやら改善方面で。
「そう言えば、美月ちゃん。浩にぃが合流するまで、光輝さんと南雲先輩って二人っきりで異世界だったんだよね?」
「え? まぁ、現地の人もいたみたいだけど……」
「他に知り合いはいなかったんだよね!」
「そ、そうね」
真実の口元が嗤った。なぜだろう。ニチャァという擬音が聞こえるのは。いかにも良からぬ妄想をしていそうな表情だ。
「貴女ね……いい加減にソウルシスターズなのか、腐女子なのか、はっきりしなさいよ」
「両立できる女に、私はなりたい」
「業が深いわね……」
取り敢えず、兄で腐るのはやめてほしいと思う美月。南雲先輩? いいぞ、もっとやれ! むしろ薄い本にして販売してやれ!
「んっんっ、とにかく! お兄ちゃんは最近、何かと南雲先輩の話題を出していて――」
「二人の関係が怪しいと。ハァハァ」
「ちょっと黙って! ハァハァしない! ……それで、お兄ちゃんったら、今日、南雲先輩と会うそうなの――」
「密会キターッ」
「本当に黙りなさい! 他のお客さんに迷惑でしょ!」
真実の口を物理的に手で閉ざして、さっさと本日の本題を話す。
「それでね、お兄ちゃん、随分とお金を用意してたのよ。財布がいつもより膨らんでいたから気になって、お兄ちゃんの秘密の隠し場所を確認してみたら……残金から言って、たぶん十二~三万は持ち出したわ!」
「そ、それは大金だね……(光輝さん、秘密が秘密になってませんよ……)」
「南雲先輩にかつあげされてるのかも……」
「南雲先輩、浩にぃが引くレベルでバイト代出せるお金持ちだよ?」
「〝あいつ容赦しないだろうからなぁ、これで足りるかなぁ〟なんて不安そうに呟いてたの。何か弱みを握られて脅迫されてるのかも!」
「弱みも何も、光輝さんからしたら黒歴史を握られてるようなものだと思うんだけど……」
とにもかくにも、「ぐぬぬ……南雲先輩め。いったいどんな邪悪極まりない計画を立てているのっ」と紙コップを握り潰す美月を見て、真実はくすりと笑った。ニチャァではない。
「ふふ、なんだかんだ言って、美月ちゃん、お兄さんのこと大好きだよね」
「んぐっ。なんでそんな話になるのよ。お兄ちゃんがボケボケだから私がしっかりしないといけないのよ!」
「うんうん、そうだねぇ」
美月のほっぺがほんのり染まる。なんの罪もない紙コップが握り潰され、プラスチックのストローや蓋がベキベキと音を立てて圧縮されていく。最終的にビー玉サイズになってころり。
「ええと、まとめるね? 光輝さんが大金を持って、これから南雲先輩に会おうとしている。怪しいから、実際に何をする気なのか確かめたい、ということでいいのかな?」
「まぁ、そういうことよ」
「突撃or尾行?」
「尾行」
実に参謀と会長らしいやり取りだ。たまたま隣に座った大学生っぽいの男性がギョッとした様子で直ぐに別の席へ移っていった。
「でも、無理でしょ? 魔王様と勇者様だよ? うちの浩にぃでもない限り直ぐに気が付かれるよ」
「それくらい分かってるわ。だから助っ人も呼んである」
「え、じゃあなんで私、呼ばれたの?」
「……だって、愚痴を吐けるのなんて真実くらいだし」
「あ~、美月ちゃん、無駄にカリスマあるから、普通は愚痴を吐かれる側だもんねぇ」
「無駄って言うなし」
天之河家の宿命か。無駄にキラキラしちゃうのだ。同年代の友人で、本当の意味で対等と言えるのは、同じ帰還者の身内という仲間意識もあってか真実しかいないらしい。
なお、男は論外。最初は普通でも、奴らは大抵十分も話せば瞳がハートになる。男はみんな狼なのだ!
「やっぱりお姉様よ! お姉様こそが至高の存在!」
「こんな場所で何を言ってるの。周りのお客さんに迷惑でしょ」
ツッコミは真実――ではなかった。その至高の声音に、美月も真実もグリンッと頭を回す。ホラーだ。先程の大学生っぽい青年がチーズバーガーを喉に詰まらせる。
「「お姉様!!」」
「はいはい、お待たせ。美月ちゃん、真実ちゃん」
そこにいたのは、魂の契りを交わした(一方的)魂のお姉様――八重樫雫だった。
ポニテはいつも通り。恰好はジーンズにブラウスとシンプル……真実がバッと美月を見た。こいつっ、狙いやがったな! 裏切り者! みたいな目だ。
なお、美月ちゃんがどうやってお姉様の本日のコーディネート情報を入手したのかは秘密だ。取り敢えず、八重樫家の中に手の者がいるのは確かである。
「それで、え~と、光輝がハジメに脅されている可能性があるって話だったわよね?」
「はいっ、お姉様! 今日、その現場を押さえましょう! 奴は真正の邪悪っ。ダメダメお兄ちゃんがいいように搾取される様を見て、どうか目を覚ましてください!」
「まさかの一石二鳥狙い! ……いえ、むしろ光輝さんを犠牲にお姉様を南雲先輩から引き離す作戦こそが本命ッッ。流石は会長ですっ」
真実ちゃんが戦慄しながら美月ちゃんの内心を丁寧に説明してくれた。なるほど、ソウルシスターズ創設者にして会長は、いつだってソウルシスターだったらしい。
雫が呆れ顔で溜息を吐く。
「まぁ、ハジメがわざわざ休日に光輝と会うなんて言えば、私も気になるけどね」
なので、一応、こうしてやってきたわけだ。
「ああ、でも私を呼んだところで二人を欺くような隠形は無理だからね」
「えっ、最強の〝八重樫〟なのに、ですか!?」
雫は思った。ついでに動揺した。美月ちゃん、あなた、八重樫の何を知ってるの? もしかして、ちょっとした雑技の裏の顔を知ってるの!? どうやって!? と。
「あの、お姉様、それじゃあどうするんですか? 浩にぃ、呼びます?」
真実の提案に、雫は首を振った。そして、「あら?」と周囲をキョロキョロ。
「私の方で助っ人を頼んだのだけど……」
連れてきた助っ人がいないらしい――と思いきや、
「……お困りか?」
「ひゃぁっ!?」
「な、なに!?」
不意に横から声をかけられた。ついでに強烈な存在感まで突如湧き上がって、美月と真実が飛び上がり、雫が呆れ顔に。
横を見れば、
「……迷える少女よ、お困りか?」
なんか、月に代わってお仕置きするポーズのユエさんがいた。
一瞬前までいなかったはずの美貌の少女。しかも、今は雫に合わせてか十六、七歳くらいの成長バージョン。スカートにパーカーというラフな姿ながら、一瞬で店中とガラス越しの通りにいる人々を虜にする存在感。
「暇すぎて死にそうって言ってたから呼んだのだけど……って聞いてないわね。ねぇ、ユエ、登場シーンを演出しないと気が済まない悪癖、治したら?」
「……これのどこが悪癖か」
「傾国級の美女が唐突に現れて奇怪な行動に出るとね、普通の人はフリーズするのよ。立派な人災よ? この愉快犯め」
「……ほっぺをつねるの禁止ぃ」
実際、美月と真実は唖然茫然。絶句状態。
敬愛は絶大なれど親しみのあるお姉様を呼んだら、ラスボス女王様が飛び出してきた、という心境である。無理もない。
そんなわけで、ファストフード店と表の通りを魅了で時間停止させた下手人を猫のように抱えて、ついでに硬直中の妹分二人の背中を押すようにして、雫お姉様はそそくさと店を出たのだった。
「あ、あの、値段の桁がおかしいんですけど……」
「お、お兄ちゃんの財布が……死ぬっ」
場所は移って、街中の高級焼肉店。
真実がメニュー表を見て慄然と身を震わせ、美月が兄の懐事情を想って両手で顔を覆う。
「……ん、好きに食べるといい」
「ちょっとこれは予想外だったのだけど。ねぇ、ユエ。持ち合わせあるの? 大丈夫?」
「……問題ない。カードがある」
「そう、それなら……」
「……けど、今日は現金をすっからかんにしようと思う。せっかく、香織の財布から抜き取ってきたお札だし」
「カードにしてあげて!」
「……そんなことより、あまり騒ぎすぎないように。流石に気づかれる」
そう言って、衝立で隔てられたボックス席から、そっと顔を覗かせるユエ。合わせて、美月達もそっと顔を覗かせる。
その視線の先には、斜め前のボックス席で一人、頭を抱える光輝の姿があった。見るからに哀れを誘う有様だ。取り落としたように広がっているメニュー表から何に絶望しているのかは言うまでもない。
「それにしても、まさか、こんな場所で待ち合わせとはね」
美月がスマホのGPSで光輝の場所を探知し、こっそり尾行を開始した後のこと。
光輝は、この高級焼肉店の前で、しばらく呆けていた。元々見目の良い美男子である。白のスキニーパンツにジャケット、細い鎖のネックレス姿も似合っていた。更に、召喚されすぎぃ事件から帰った後、クラスメイトからも〝男が上がった〟と評判だ。
当然、注目を集める。ただぽけ~っと突っ立っているだけでも。逆ナンホイホイになりそうなくらい。
その光輝は、しばらく呆然としていたがスマホのコール音で我に返り、電話に出た。
そして、通話相手に何を言われたのかショックを覚えた様子で硬直し、次いで抗議したかと思えば、溢れ出そうな感情を抑えているみたいにプルプルと震えだし、通話を切った直後に地団駄を踏み、近くのATMへ。
追加で幾人かの諭吉をお供にして、若干涙目で焼肉店に戻り、今に至る――というのが現状だ。
席について、かれこれ十分ほど。光輝くん、微動だにしない。まるで、ローンがまだ三十年は残っているのにリストラされたお父さんのよう。
若いというのもあって、店員さんの目がだんだんと厳しくなっていく。
そんな試練にも似た時間は、唐突に終わりを向かえた。待ち人来たる、だ。
ユエが真剣な表情で魂魄魔法による〝魂の隠蔽〟〝認識阻害〟を空間魔法の結界及び幻術と組み合わせて、一般的な家族がいる風景を作り上げる。そもそも、注目が来ない空間でもある。
そこへ、ハジメがやってくる。光輝の席へ真っ直ぐと。ユエ達には気が付いた様子なし。
ユエがビシッとサムズアップした。雫達も揃ってビシッとサムズアップを返す。
「今日はゴチになります、勇者さん」
「ぐっ。どこでもいいとは言ったけど、よくもこんな高い店を! このクソ魔王っ」
途中から分かっていたことだが、やはり勇者のおごりで高級焼肉を食べにきたらしい。
愉悦する魔王先輩と、歯噛みするお兄ちゃん勇者の様子を見て、美月が愕然とする。
「そんな……てっきり人気のない寂れた神社とかで恐喝とお金の引き渡しがされるものだと……」
「美月ちゃん、あなたドラマの見過ぎよ。こんな店でおごらせるのも大概だし」
「人気のない神社で、密会? 光輝さんと南雲先輩が? フフフッ」
「……ん!? なに、この気配。ねぇ、ちょっと、雫。エンドウの妹がなんかヤバい!」
「あ、ユエ先輩、お気になさらず。真実は、ちょっと腐ってるだけなんです」
「……ちょっと腐ってる!? どういう意味!?」
その辺りは、まだまだピュアなユエさん。意味が分かってしまった雫は、少し遠い目になる。
なんて会話をしている間にも店員が呼び出され、やって来た女性の店員さんに容赦なく注文していくハジメ。まるで格安焼肉店で、腹ペコ運動部員がするような注文の仕方である。
にこやかな笑顔はマジ魔王様だ。値段? 俺、そんなの見ない派ですけど? と言わんばかりである。
「おい、どうした天之河。ほら、好きに注文しろよ」
「俺の金だしね!」
半ばやけくそになって自らも注文する光輝。目が据わっている。女性店員の視線は厳しいものからヤバい人を見るものになった。
と、そこで、
「えぇ~と、俺はどうしよっかな……高すぎて引くわ。聞いたことねぇ部位とかあるし。あ、ビビンバもちゃんとあるんだ。取り敢えず、これください」
「えっ!? 浩にぃ!?」
「ん? 今、なんか……」
いつの間にか、ハジメの隣に黒を基調とした服装の浩介が座っていた。
真実の口を美月が慌てて塞ぐ。流石は斥候役というべきか。ハジメですらスルーしたユエの結界越しであっても何かを感じ取ってキョロキョロしている。
同時に、女性店員が「ひぃっ、誰!?」と腰を抜かしかけ、光輝が咄嗟に支える。先程まで不審人物を見る目だったのに、「大丈夫ですか?」と声をかけられてポッと頬を染める辺り、こちらも流石は勇者。
「いたのか、遠藤」
「いたんだね、遠藤」
「いたよ。さっきの店員さんの後ろにいたろ。注文してる間に座ったろ」
座ったらしい。
「……おのれ、エンドウめ。私の結界より優秀な隠形をこともなげにっ」
「今日は三人で焼肉だったのね。あ、なるほど」
「お姉様?」
何かを察した雫に、美月と真実が小首を傾げる。
「きっとお詫びとお礼なのね、今日の集まりは。砂漠の世界まで迎えに来てくれたことと、自分の召喚に巻き込んだことへの」
「あ、そういう……」
「ふぅん。それだけで、お兄ちゃんの誘いに南雲先輩が乗るでしょうか?」
「……ん~? 女神とか聖剣とか、あと大樹再生の旅のこととか、何かとあるみたいだけど? 時々、自分から勇者に電話してるし」
「ああ、最近、お兄ちゃんの通話履歴に〝厨二野郎〟という人の表記がやたらとあったんですけど、南雲先輩だったんですね」
「「「……」」」
ユエも雫も真実も、ツッコミどころの多い美月の発言については敢えてスルーした。代わりに自分達も注文しつつ、ハジメ達を観察し始める。
主に浩介が話し、光輝が合間合間に質問を入れる形で会話しながら食事を進めていく。
「なるほど。光輝がいなかった間の地球ファンタジーについて詳細を聞くっていう目的もあったのね」
「きっと、浩にぃが呼ばれた主な理由ですね。よく考えたら説明するの面倒だなぁって思った南雲先輩が、飛び入りで参加させたんですよ。説明役として。光輝さんがATMに行ったのはそれが理由に違いないです」
真実ちゃん大正解。
ハジメにも質問が飛ぶが、予想通り、肉の焼き加減を見極めるのと食事を楽しむのに集中して、かなり適当な返事だ。
その度に、光輝の額に青筋が一つ、また一つと生み出されていく。
「おい、南雲」
「ちょい待ち。もうすぐだ。この瞬間が一番大事なんだ」
ハジメさんの視線は、育て中のお肉からはがれない。
「た、確かに今日はお詫びとお礼を兼ねておごると言ったけどな? 今後のために情報共有もって話だったろ? だから、もう少し話に集中してくれ」
「……」
集中している。ハジメさんはお肉に集中している! もはや返事もない。
なので――〝無念有想〟発動!!
「――あ」
その完璧な焼き加減っぽいお肉、貰い受ける! と言わんばかりに、光輝の箸が抜刀術のように網の上を薙ぎ、刹那のうちに肉を奪い取った。
呆然とする魔王。その視線が、勇者の口に放り込まれた大切なお肉を見送る……
「むぐむぐっ。あ、すごいな。焼き加減だけでこんなに変わるもんなのか」
「コロスッ」
「わぁーーっ、こんな場所でドンナーを持ち出すなっ!!」
浩介がハジメの片腕に飛びつくようにして押さえ込んだ。
光輝が「大袈裟だな」と言いたげに肩を竦め、そろそろ焼きあがる自分の肉に箸を伸ばした。
「――あ」
「チッ。焼きすぎだ、下手くそ」
魔王に奪われた。でも、勇者は大人だから。こんなことで魔王みたいにキレたりしないから。
それに、魔王みたいに一枚一枚じっくり集中して焼くなんて流石に無理なので、三~四枚を一度に焼いている。つまり、まだ網の上には二枚のお肉が、大好物のハラミがあるのだ!
「――あ」
「こっちはまぁまぁだな」
大丈夫、大丈夫。俺は大人。そもそも今日はお詫びとお礼を含めた食事会。子供っぽい魔王のことなんて、別に気にしてない。最後のハラミに箸を伸ばし――
カカッと箸が交差した。ミシッミシッとお箸が悲鳴を上げている。金属製のお箸なのだが。
「……南雲。これは俺の肉だ。分かるだろ?」
「天之河。俺の肉は俺のもの。お前の肉も俺のものだ。分かるだろ?」
視線が交差する。幕末の人斬りと強盗殺人鬼みたいな目だ。
浩介が胃痛を堪えるような仕草をしつつ、「な、なぁ、焼肉くらい普通に食えよ。っていうか食ってください。お願いだからさぁっ」と必死に諫めようとしているが……
「――〝光刃〟ッ!!」
「ッ!?」
光輝が箸に光の刃を纏わせた! 膂力では勝てない故に、獲物破壊を狙ったのだ。すっぱりと半ばから切断されたハジメの箸が宙を舞う!
浩介が「おまっ、ちょっ、ばかぁっ」と悲鳴を上げる。
にやりっと笑った光輝は、そのまま最後のハラミを取ろうとして――刹那、バスッと気の抜けるような音が。
「ふごぁっ!?」
「ハッ、テーブルの下がお留守だぞ?」
「お前はもっとばかぁっ」
テーブルの下で構えられたドンナー(消音バージョン)がゴム弾を発射した音だった。それが光輝の無防備な腹をぶん殴ったのである。危うく先程のお肉をリバースしかける光輝。
その間に、切断された箸を手中に収め、〝錬成〟でもとに戻し、ハラミをゲット!
と思いきや、ヒュパッと突き出されたトングが、ハジメの箸を挟み込み、そのまま捻るようにしてハラミを放させる。
「このクソ勇者が。トングまで持ち出し――ん、ちょっと待て。それ、お前!」
よく見たらトングではなかった。
「聖剣じゃねぇか!!」
「――聖剣〝ソードブレイカーモード〟だ」
中央にスリットが入った二股型の両刃ナイフ、と言い張りたいらしい。
「無理があるぞ! 見ろよ、聖剣! ちょっとプルプルしてんじゃねぇか! 挟み込むのに必死になってんじゃねぇかよ!」
「っていうかさ、天之河。どこに持ってたの?」
「ネックレスにしてた。柄も含めてアクセサリーみたいになれば持ち運びに便利なのになぁって思ってたら、小っちゃくなってた」
「聖剣ちゃん健気すぎぃっ」
ギンッとトング型聖剣を弾くハジメ。
再び睨み合う勇者と魔王。そして、胃を押さえる浩介くん。
魔王が静かに口を開く。
「おい、クソ勇者」
「なんだい、クソ魔王」
「ちょっとくらい仲良くしろよぉ」
網の上の食材が焼け過ぎないよう、さりげなく端の方へ退避させていく浩介。
「いいか、今日、俺はお前がどうしてもと言うから来てやった」
「どうしてもとは言ってない。迷惑かけた分、何かおごるくらいはするけど、本題のついでにどうかな? と提案しただけだ」
ちなみに、本題とは情報共有のほか、大樹再生の旅に関する打ち合わせと、聖剣の中の女神ウーア・アルトの意識をもう少しはっきりと表出できないか食後にあれこれ試す、というものだ。
……今の健気ちゃんな感じだと、自力で不可能さえ可能にしそうなので必要かどうかは微妙なところだが。
「細かいことはいい。重要なのは、今日、俺はお前のためにいろいろ持ってきてやったということだ」
「……これからの旅に必要なアーティファクト類だったか。宝物庫とか」
「そうだ。はっきり言って、この程度のおごりではお釣りがざっくざっくな好待遇だと思わないか?」
「大樹再生の必要性は別にしても、そこには多分に南雲の私欲が絡んでると思うけどね? 俺を利用する気満々のくせに」
「利害は一致してる。それ超えて俺の真心がたっぷりなお得パックだと言ってるんだ」
「なんなんだよ。はっきり言えばいいだろ」
ハジメは、ピンッと指で何かを弾いた。光輝が反射的に受け取れば、それは宝珠のついた指輪――宝物庫だ。おそらく、これからの旅に役立つものがいろいろと入っているのだろう。
情報共有はあらかたできたし、渡すべきものも渡せた。それも上等なものを。旅の打ち合わせは電話でできる。聖剣は……もういいんじゃない? という感じ。
なので十分だろう、と言わんばかりに。
「もう帰っていいぞ。有り金だけ置いていけ」
ハジメさん、満面の笑みでチンピラみたいなことをおっしゃった。
光輝くん、満面の笑みを浮かべてピッと中指を立てる。
「寝言は寝て言え」
ジュージューとお肉の焼ける良い音が響く。他のテーブルから楽しそうな声が響いてくる。ここだけ極低温になっている。
「前にも言ったけど」
光輝は言葉を付け足した。
「俺、お前のことが世界で一番嫌いなんだ!」
やっぱり満面の笑みである。女の子が見たら一発で落ちそうなキラキラエフェクト付きだ。
もちろん、ハジメも、
「奇遇だな! 俺も、お前のことが心の底から気に喰わない!」
これ以上ないほどにっこり!
一拍おいて、
「あははははっ、そうだよな! 俺のこと嫌いだよな!」
「ハハハハハッ、安心したぞ! 嫌ってなければ殺してるところだ!」
なんか殺気まじりの恐ろしい笑い声が響き出す。
そんな中、
「はぁ、高級店ってのはビビンバまで別格なのなぁ。あ、キムチおいしい」
のんびりした声音が。二人は何気なく視線を転じ、一人、静かに食事を楽しんでいる浩介を見る。そして、気が付く。おや? 先程取り合っていたハラミがない? というか、他の育てていたお肉類もない?
ピタッと笑い声が止まった。シンクロしているみたいに。
「おい、遠藤。網の上に肉がないんだが」
「そりゃそうだろう」
「まさかと思うけど、遠藤」
「おう、食ったぞ」
しんっとした空気が流れた。
「いや、だって。喧嘩してる間に焦げるじゃん。お前等がうるさくないよう遮音もしておいたんだし、手間賃がわりだ。別にいいだろ?」
「そうか……いや、そうだな。争っていた俺等が悪いな?」
「それなら仕方ない。一声かけてほしかったけどね」
「……お、おい。なんで瞳孔が収縮してんの? なんで箸を俺に向けんの? また頼めばいいじゃん! 南雲なんか普通にいつでも食えるだろ!?」
ハジメと光輝は顔を見合わせ、一つ頷き合う。そして、くるっと浩介の方を見ると、
「そういう問題じゃない」
「漁夫の利とか、許せないよね」
「や、やめろ! 備え付け調味料も使って絶妙に仕上げた特製ビビンバだぞ! 半分食べながら俺好みの最適解を見つけたんだ! だから――あ、クソッ、やめっ、やめろぉーーっ、こいつに手を出すなぁっ」
なんて光景を眺めていた美月と雫は顔を見合わせ、それぞれ溜息と苦笑い。
「なんですか、あれ。ただのお馬鹿な男子連中じゃないですか。お兄ちゃん、いつからあんな有様に……」
「まぁまぁ、いいじゃない、美月ちゃん」
「お、お姉様?」
雫の表情は、なぜかやたらと優しかった。どこか母性すら感じさせる微笑に、美月は思わず赤面してしまう。
「私は嬉しいわよ。ハジメと光輝が互いに嫌い合うことができて。それを、堂々と口にできる関係になれて。……ええ、本当に、とても嬉しいわ」
「……よく分かりません」
「それじゃあ美月ちゃんは、前の光輝と今の光輝、どっちが好き?」
「……」
美月は答える代わりに、実に不機嫌そうな表情で焼きあがった肉を頬張った。
だが、争いながらもなんだかんだで食事を続ける光輝達をチラリと見て、眉を八の字にする。
それが何より雄弁な答えになっていた。
頬杖をついて、優しい表情で自分を見つめる雫に、なんだか無性に恥ずかしくなって、美月は視線を逸らした。自分も子供っぽないなぁと思いつつ。
そして、何とも言えないふわふわした気持ちが――吹き飛んだ。
「ふひっ、ふひひっ。お箸とお箸をぶつけ合って、ふひっ。嫌いと言いつつもぉ、ああダメっ、尊い! 尊死しちゃう!!」
一番の友人が、気持ち悪い笑みを浮かべながら身悶えていた。クネクネうねうねしている。
ユエが目の前のサラダだけを見つめて、決して視線を合わせないようにしている。なるほど、途中から静かだったのは、ティオとは微妙に異なるそれ――未知との遭遇を前に息を殺していたかららしい。
と、そうこうしているうちに、
「あ、あの、お姉様? 私の目、おかしくなったのでしょうか?」
「え? なに?」
ユエに気を取られていた雫は、目をこすってハジメ達の方を見ている美月に釣られるようにして視線を転じ、そこに見た。
何やら、ハジメの背後で香ばしいポーズを取っている銀髪の妖精美女を。
光輝の後ろで、やたらと楽しそうにニコニコ笑顔を浮かべている黒髪の美少女を。
浩介の後ろで、着崩した着物を纏い煽情的な雰囲気を漂わせる鬼の美女を。
ハジメ達は気が付いてない。肉と相手に集中しているせいか。それとも、想念的な存在として、彼女達が気が付かれないようにしているか……
詳細は分からないが、
「ス、ス○ンド!? オール美女ス○ンド!?」
「……む? 他の客には見えてない?」
真実とユエにも見えているのは確か。幻覚ではないらしい。
とにもかくにも、争う男子達のヒートアップに応じて、なんか守護霊的な人達まで出張ってきているのは大変によろしくない。
雫は溜息を吐いて立ち上がった。
「取り敢えず、相席しましょうか?」
「……その言葉を待っていた」
ユエが率先して移動する。ハジメの傍に行きたかったのか、それとも未知の生き物から距離を取りたかったのか。
真実も真実で、楽園に向かうような足取りで浩介のもとへ駆け寄っていく。
ハジメ達のテーブルから驚いたような声が届いた。
光輝が目を丸くして美月を見ている。
変わった兄。たぶん、良い方向へ。けれど、家族ですら変えられなかった兄の変わった理由が、あのにっくき魔王にあるのかもしれないと思うと、なんとも複雑で……
「違うわよ」
「お姉様?」
「変わったのは、光輝が頑張ったから。今度こそ戦い抜いたからよ」
ね? と頭を撫でられる。
ああ、と思う。やっぱり、本当の義姉になってほしかったなぁと。
「お姉様、今のお兄ちゃんをどう思いますか?」
「お姉様は一安心よ。弟分が、もうどこへだって歩いていけそうで」
「……むぅ。そうですか」
「ええ、そうなの」
悪戯っぽい笑みでなされたそれは、やはり望む答えではなかった。
けれど、なぜか肩の力が抜けた気がして、
「さて、マナーのなってないダメンズ達を叱りにいきましょうか?」
「ふふ、はい! お姉様!」
美月は、自然と笑みを浮かべていた。
それは、敬愛するお姉様そっくりの笑みだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
改めまして、あけおめでございます。
クリスマス、年末と更新できず挨拶できませんでしたが、なろう民の皆様、去年はお世話になりました。今年もよろしくお願い致します。
不定期な更新となっておりますが、なんとか時間を見つけて投稿していくので、今年も一緒に楽しんでもられば嬉しいです。
※念のため三人のスタン○さんの正体をば。
・ハジメ エガリ妖精(魔王&勇者編後日談⑥)
・光輝 聖剣ウーア・アルト(同⑤)
・浩介 酒吞童子(同後日談⑧)
※コミックガルド
・零 28話 12月14日分ですが前回の投稿以降に更新されているのでご報告。黒髪ミレディとかっこいいミレディ、両方楽しめますので是非!
※ニコニコ漫画も少し前のがアップされているので是非。
※それはそれとして、これは言わねばならない。
『ARIA The CREPUSCOLO』の公開日が発表されましたね! 3月5日! メインビジュアルも解禁! 応募していた電子年賀状も届いた! どっちも素敵すぎるわ……新年早々嬉しすぎる贈り物に浄化されました! 2か月後が待ち遠しい……




