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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
393/551

トータス旅行記㉓ 帝城突入! 雫、渾身のボディブロー



 ヘルシャー帝国の象徴たる帝城。その玉座の間に、主であるガハルド皇帝の悲鳴が響き渡った。


 荘厳な玉座がひっくり返り、同じく、その主もひっくり返っている。


 武芸百般を地でいきそうな達人中の達人といえど、唐突かつ直上に開いたゲートから十人以上の人間が落ちてくる、なんて不測の事態には対応できなかったらしい。


 もっとも、それでも野生の勘というべき直感力を以て、座したまま咄嗟に、剣を半ばまで抜いていた点は流石の一言。


 玉座ごとひっくり返った主な理由は、間違ってもその刃が身内に届かぬようにと、ハジメが蹴倒したからにほかならない。


「おっと。悪い、皇帝」

「悪いと思ってんならさっさとどけぇっ! つか、顔に乗ってんのは誰だぁっ!?」

「あらっ、ごめんなさい!」


 蹴倒したうえに腹の上に乗っているのが息子なら、皇帝陛下の顔面をお尻で潰していたのは母だった。なお、父は父で皇帝の手を膝で潰している。剣の柄と挟まれて地味に激痛が走っていそう。


 ちなみに、床に激突する寸前にユエの重力魔法で全員が浮かされているので誰にも怪我はない。


 ただし、ユエだけでなく香織達も咄嗟に動いたので、


「香織……お父さん、ちょっと恥ずかしい……」

「あ、ごめんね、お父さん」

「いや、ありがとう。うぅ、たくましく育って……」


 智一が香織にお姫様だっこされて、両手で顔を覆って小さくなっていたり、


「ハジメ、ありがとう。でも、恥ずかしいから降ろして……」


 転移の直前、襲い来たソウルシスター(モンスター)にマジビビリしてプチパニックを起こした雫が、ハジメにお姫様だっこされて身悶えていたり、


「……しゅ、鷲三さん。どうもすみません。重かったでしょう?」

「いえいえ全く。昭子さんは羽のようですよ」

「……ぅ、そんな……」

「ちょっ、お母さん!? なんで赤くなってるの!?」

「う、うるさいわね! お姫様だっこなんて結婚式の時にお父さんにされて以来なのよ!」


 鷲三の渋い笑みに、咄嗟に保護されていた昭子お母さんが赤面していたり、


「薫子、大丈夫?」

「う、うん、平気よ、霧乃さん。ありがとう。……その、降ろしてくれないかしら?」

「まぁ、赤くなってかわいらしい」

「ま、またそうやって……もぅ」


 同じく、薫子をお姫様だっこする霧乃と赤くなっている薫子が、それぞれの娘がよく醸し出すキマシタワーッ的なユリユリしい雰囲気になっていたりする。この母親達にして娘達ありというべきか。


 なお、ミュウやレミアも咄嗟にシアやティオが抱きかかえ、愛子やリリアーナは流石に転倒することもなく着地していた。


 そして、特に手を出す必要のなかった虎一パッパは、暇だったのかわざわざ空中三回転ひねりを加えたうえで、スチャッとヒーロー着地を決めていたりする。


 だから、というわけでもないのだろうが、そんな余裕のある八重樫雑技団(笑)の方々的に、娘の醜態は見かねたようで。


「雫、情けないぞ。萎縮したとはいえ、この程度の着地すらできないとは」

「しのび――ごほんっ。雑伎とは、跳躍に始まり着地に終わると、何度も教えたはずだがな」

「たるんでいるようね。帰ったら修行のやり直しだわ」

「少しは心配して!? あれはもう追跡者(ネメシ○)よ! オネェエエエエサマァアアアッて叫んでたの聞いたでしょ!?」


 確かに、スタァアアアアアアズッ!!と叫ぶ例のあの人(?)に酷似している。まだ人の形は保っているようだが……


 そのうち異形風に三段階くらい変身しそうなソウルシスターに娘が狙われているにもかかわらず、欠片の動揺もせず、できる範囲で人助けをして華麗な着地を決めた八重樫家の大人達は、きっと鋼鉄の心臓を持っているに違いない。


「陛下っ、ご無事ですか!?」

「南雲殿! これはいったいどういうことですか!」


 近衛らしき者達が真っ青になりながらガハルドを助け起こす中、謁見中だったらしい帝国貴族の者達が詰め寄ってくる。


「南雲殿、言い分を聞かせていただきたい。王国から旅行に来ているとの知らせはゲートを通じて知らされていましたし、襲撃ではないのでしょうが……」

「いくら南雲殿とはいえ、このような暴挙、失礼千万ではありませんか!」


 ごもっとも。自国の王を踏み潰されたのだ。貴族のおじ様方が額に青筋を浮かべるのも当然である。


 なので、バツが悪そうに頬をポリポリと掻きつつも、ハジメは素直に謝罪した。


「いや、本当に申し訳なかった。実は、もっときちんとした場所に転移するはずだったんだが、直前で凄まじいモンスターに襲撃されて緊急避難的に転移してな。そのせいで座標が少しずれてしまったんだ」

「史上最悪の化け物が避難を強いられる!? そんな馬鹿な!」

「あ、ありえない……神すら踏みにじって骨までしゃぶり尽くすほど利用する悪魔が逃げの一手!?」

「ハッ、まさか……未来から来た貴方ですか!?」

「「「それだぁっ」」」

「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」


 途端、憤っていた帝国の重鎮達が一斉に崩れ落ちた。実力至上主義の国で上り詰めてきた強者達が生まれたての子鹿のように震えている。あるいは、九十時間かけたゲームのやりこみ要素をあと一歩でコンプリートできるというタイミングで、そのセーブデータが吹っ飛んだゲーマーみたいに絶望している。


 帝国の、ハジメに対する認識が分かるというものだ。


 核を粉砕されたスライムみたいに、今にも溶け出してしまいそうな帝国貴族達。


 ユエ達は「さもありなん」といった雰囲気だが、帝国側のハジメに対する認識の根本を知らない親達は、「こいつ、いったい何をしたんだ……」と恐ろしいものを見るような目をハジメに向けている。


「あ~、てめぇら客人の前でみっともねぇぞ。落ち着け」


 香織の治療を受けて復活したガハルドが一喝した。


 普段ならバネみたいに跳ね起きてキレッキレの整列を見せるだろうに、帝国貴族の皆さんは〝未来で更に進化した悪魔の到来〟に心が完全に折れている様子。でろ~んと脱力し、ただの〝たれおじさん〟の集団と化している。


 ガハルドの額にビキッと青筋が浮かんだ。が、気持ちは分からないでもないので、とりあえず彼等は放置して、近衛兵が元に戻してくれた玉座にドカッと不機嫌さMAXの様子で腰を落とす。そして、足を乱雑に組み、肘掛けに右肘をおいて頬杖をつき、


「で?」


 完全に据わった目をハジメに向けた。


 さて、短い問いかけはいったい何を指しているのか……


 ハジメは思案し、一つ頷いた。そして、顔の表面を撫でるように手を動かしたかと思えば、一転して恐ろしいほど爽やかな笑顔を見せ、


「やぁ、親友。遊びにきたよ」


 なんてことをおっしゃった。説明が、いろいろと面倒臭くなったらしい。


 親友のガハルド君は、応えるように笑顔を見せ、


「コロスッ!!」


 今度こそ抜剣してハジメに飛びかかった。周囲から「陛下ぁっ、おやめください! 国を滅ぼす気ですかぁ!?」とか「陛下ご乱心!」「誰か止めろ!」という悲鳴じみた制止の声がかけられるが無視。


 ガキンッと音が響いて、ガハルドの剣がハジメの義手に受け止められる。ガハルドにとっては更に腹立たしいことに、指先で摘まむ形だ。


 血管が浮き出まくった顔面を至近距離にズイズイッと近づけるガハルドが、怒りで震える言葉を繰り出す。


「ずいぶんとまぁ、なめたまねぇっしてくれんじゃぁねぇか、おお? 南雲ハジメぇ」


 完全にヤクザである。巻き舌かつ血走った目でメンチを切りまくるその姿は、ヤクザの親分である。


 凄まじい迫力に薫子と昭子が顔を青ざめさせてぺたりっと座り込み、智一や菫&愁もごくりっと生唾を呑み込んでいる。八重樫家の皆さんは……まぁ、一般人の例外ということで。


 そんな緊迫しているはずの状況で、しかし、ハジメは悲しそうに首を振った。


「酷いな。俺を親友だと言ったのはそっちじゃないか」

「んぐっ」


 神話決戦の後、戦争で使ったアーティファクトのほとんどは、ハジメの手により回収・破壊された。特に、帝国の使用品に関しては、わざわざアーティファクトを収集するアーティファクトを創造するほどの念の入れよう。


 当然、破壊を免れたアーティファクトなど存在せず、当時のガハルドは血涙を流しそうな有様だった。


 恥も外聞もなくハジメに縋り付きそうなくらい、あるいは親ガモの後をついて回る子ガモの如くハジメにつきまとい、物陰からジッと見てくるのだ。


 帝国最強の、しかもおっさんの、物欲しそうな視線が四六時中……


 いろんな意味で恐怖だった。途轍もないうっとうしさだった。


 なので、仕方なく小型フェルニルを譲ってあげたのだ。


 すると、翌日には魔王と皇帝は深い友誼を結んだ親友である――なんて布告がなされていたのである。


「当時は、とんでもない風評被害だと思って帝国にメテオしようかと思ったくらいだが……」

「おいこら、さらっと恐ろしいこと暴露してんじゃねぇよ」


 ちょっと復活しかけていた貴族のおじさん達が再びスライム化していくから。と、目線で訴えられてもスルー。


「せっかく共に神話決戦を生き残った仲なんだ。苦渋の決断ではあったが、俺は受け入れた」

「てめぇ、どんだけ俺のこと嫌ってたんだよっ。その発言がもうっ、俺の神経を逆撫でしまくってるからなぁ!」

「だから、親友として、こうして家族旅行の行先にも帝国を入れたんだ。皇帝にも、俺の家族を紹介しておこうと思ってな」


 だというのに……と言いたげに、いかにも嘆かわしそうに首を振るハジメ。ガハルドが魔法の詠唱を始めた。


 なお、実際は逆である。皇帝に紹介したかったのではなく、家族に皇帝を紹介したかったのだ。ファンタジー世界の帝国の、本物の皇帝はこんな感じだよ! と。ある意味、見世物というべきか……


 ルルアリアやアドゥルだけでなく、あの神話決戦にトップ陣として参加した各国・各組織のリーダーには相応の敬意を持っているハジメだったが、どうにもガハルドだけは扱いが軽い。


 やはり、かつての帝国の在り方と、それを皇帝として是としていた点に、どこか敬意を持つことを阻害してしまう感覚が残っているのかもしれない。


 何せ、そのせいでハウリアは大きな犠牲を払ったのだ。シアの嘆きや悔しさを知る身としては、そう簡単に敬意を以て接することはできないのかもしれない。


「さっきのも事故だ。本当は、もっときちんとした場所に開くつもりだったんだ。親しき仲にも礼儀ありって言うしな?」

「……ちなみに、どこに開くつもりだったんだ?」


 身内を紹介したかった。最低限の礼を失して事を荒立てるようなつもりもなかった。そう聞いて、不機嫌そうではあるものの一応、詠唱をやめて剣も引いたガハルド。が、


「そりゃあ……そこだ」

「そこ……」


 ハジメの指さした場所を見て、スッと表情を消した。だって、どう見ても城門の方向とか、帝都の正門の方向とかではなく、〝そこ〟――つまり、玉座から十メートルくらいの位置だったから。


 つまり、


「誤差じゃねぇかぁああああああっ!!」


 最初から玉座の間に直接転移してくるつもりだったわけで。


 まさに、一国の象徴ともいうべき場所に土足で上がり込むような所業! 礼儀も何もあったものじゃない! と、親達&雫達からすら呆れ顔が。シアだけ、「さっすがハジメさん! ガハルドはそれくらいの扱いでOKですよぉ!」みたいなサムズアップを決めているが。


 とにもかくにも、再び斬り込んできたガハルド君の剣を、やっぱり白刃取りしようとするハジメ。


 しかし、先程はなんだかんだ言って手加減していたのだろう。今度は、唐竹割りと思われた上段からの一撃が、まるでうねる蛇のように横薙ぎへと鮮やかに変化し、ハジメは咄嗟に身を引いて回避した。


 どうやら、ガハルド君は親友(笑)の所業に割とマジでキレているらしい。


 周囲から「陛下! やめてくだされ!」「帝国が滅びますぞぉ!」「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」とか、「なんと見事な剣術!」「直剣だというのに、まるで蛇腹剣の如き斬撃とは……やるな!」「体幹も素晴らしいわ。無駄のない肉体ね」なんて声が響いてくる。最後のは何樫さん達なのだろう?


 おらぁああああっという裂帛の気合いと共に、無数のうねる斬撃がハジメを襲う。それを、冷静に盾代わりの義手で防ぎ、あるいは体術で回避するハジメ。


 菫と愁があわあわと取り乱す。


「ハジメ! 謝りなさい! 悪いのはこちらよ! ほら早く!」

「南雲家の伝家の宝刀DOGEZAをするんだ、早く!」

「いっけぇっ、ハジメさん! ガハルドには床ペロがお似合いですよ! 身の程を教えてやってください!」

「シアちゃん!? 煽らないでぇ!」


 やっぱり、シアはガハルドが大嫌いらしい。菫が止めるのも聞かず、シャドーボクシングしながら煽る煽る。


「親友相手に酷いぞ、皇帝。さっさと落ち着いてくれないと、小型フェルニルに不幸な事故が起きかねないぞ」

「言ってることは完全にテロリストのそれだからな! 自覚あるか!? このクソ悪魔が!」


 確かに、まるで人質を取ったテロリストの如き言動だった。良識人の智一さんが頭を抱える。メモ帳には、また一つ〝ハジメ君更生プラン〟が加わりそうだ。


「香織、ハジメ君があんなこと言ってるんだが、やっぱり、別れた方が――」

「……お父さん?」

「ごほんっ。なんでもないよ、香織」


 ユエ達は思った。智一パパは娘に弱すぎる……と。代わりに、菫や愁と同じくオロオロしていた薫子が縋るように口を開いた。


「香織、止めてあげた方がいいんじゃないかしら? これ、国際問題とかにならない?」

「う、うん。それは大丈夫だと思うけど……確かに、帝国貴族の皆さんが魂を飛ばしそうだから止めた方がいい、かな?」

「妾にはじゃれ合いレベルに見えるがのぅ」

「とはいえ、このまま陛下が倒れるまで見てるわけにもいかないでしょう?」


 雫が嘆息交じりにそう言えば、霧乃お母さんから「まだもうちょっと見せて」と、風呂に入れと言われてもゲームをやめない子供みたいな意見が飛んだ。お母さんをキッと睨む雫。


「仕方ありませんね。旅行の時間が浪費されてしまいますし、ここは私が――」


 見かねたのか、リリアーナが王女の威厳と立場を以て場を諫めようと前に出た。帝国貴族の皆さん、近衛の皆さん、そしてオロっていた親~ズの皆さんから救世主を見るような目が向けられる……


「フェルニルはもう俺のもんだ! 奪われるくらいなら、皇帝の地位を返上して一緒に世界の果てまで逃げてやるっ」

「どんだけ気に入ってるんだよ。でも、まぁ、逃げるのは無理だぞ?」

「くっ、確かに転移があるか……なら、いっそ王国の宮殿にでも突っ込んで玉砕してやらぁっ」

「だから無駄だって。リリィが自爆させるアーティファクト持ってるし」


 ギンギンギンッと激しく反響していた剣撃の音がピタリと止まった。


 一拍。


 二拍。


 ガハルドは、震える手でそっと剣を下げる。その顔には「嘘でしょ? 嘘だと言ってよ……」と言いたげでありながら、「こいつならやりかねない」という憤怒がないまぜになった奇妙な引き攣りが浮かんでいる。


 そして、すっと視線を転じた。今、まさに仲裁せんと前に出てきていたリリアーナへ。


 リリアーナは、すっと顔を逸らした。


「リリアーナ姫」

「は、はい? なんでしょう、ガハルド陛下」

「今、このクソガキが言ったのは本当か?」

「……その件に関しましては、日々の膨大な業務により記憶の判然としない部分があり、すぐに回答することはできかねます。また、〝自爆〟〝アーティファクト〟などの定義に関しましても相互に誤解が存在する可能性もあり、関係者への調査も必要なところ、全力を挙げて記憶喚起を行いつつ、必要とあらば第三者委員会を設置し、これを以て近日中に正式な書面にて回答いたしますので――」


 なんか政治家みたいな回答がツラツラと出てきた。ガハルド皇帝の額にビキビキと青筋が浮き出てきた。


「……以前、俺がフェルニルに同乗させてやろうと誘った時、がんとして乗らなかったな?」

「お恥ずかしいです。実は高所恐怖症でして。おほほ」

「地上で見学していたが、妙にニヤニヤしていたな? その時、何かをお手玉でもするみたいに手で弄んでいた。リリアーナ姫らしからぬ珍しい表情と仕草だったから、しっかりと覚えている」

「て、手慰みにジャグリングを習得しようかと思って――」

「紅い、小さな宝珠だ」

「私のログには何もありません」


 愁達は思った。リリアーナ姫が悪い影響を受けている! と。


 その悪い影響を与えている張本人が、ぽんっと手を叩いて発言した。


「あ、それだな。俺が贈った強制的に自爆させるアーティファクト」

「ハジメさん! なんで言っちゃうんですか! これから先も、ドヤ顔でフェルニルに乗る陛下を見ながら『でもまぁ、あなたの命は私の掌の上なんですけどね?』って神プレイしたかったのに――あ」


 ブラック姫様のブラックなストレス発散方法が露見した瞬間だった。


 菫や愁達のみならず、ユエ達まで「うわぁ……」と言葉にならないドン引き顔をしている。


 ミュウが「こ、こんなリリィお姉ちゃん……知らないの……」と知ってはいけないお姫様の暗黒面を知ってしまったショック顔でレミアに抱き着き、レミアママの目は情操教育を気にしてティオを見るときに近い目でリリアーナを見ている。


 帝国貴族の皆さんも、「流石は悪魔の花嫁……」「おそろしい……」「もうダメだぁ……おしまいだぁ」と畏怖の目を向けている。


「南雲ハジメぇ、この落とし前、どうつけてくれんだ、おお?」


 ガハルドの表情がなんとも名状し難い有様に。


 現状ただ一人、空飛ぶ乗り物を所有していて、それが何より気分良くさせていたのに、実は棺桶に早変わりする危険物に乗っていたのだ。その心情、察してあまりある。


「ちなみに、カムにも渡してあるんだが……」

「何してくれてんだ!? 俺にとって一番の危険人物じゃねぇかぁっ」


 いやだって、お前が制空権をたやすく取れるフェルニルで侵略行為しないとも限らないし、保険は必要だろう? と説明すれば、確かにその通りなので、ガハルドは歯ぎしりせずにはいられない。


「まぁ、安心してくれ」

「その要素が微塵もねぇ」

「今後は気兼ねなく乗れるように、ここらで自爆機能は取り除いてやるから」


 ガハルド皇帝、大変疑わしそう。完全に詐欺師を見るような目をハジメに向けている。


 とはいえ、竜人族という元来の天空の支配者が大陸に戻り、今後、こちらに新しい里を作る話を聞いたばかりだ。


 彼等がいれば、アーティファクト武装のない小型フェルニル一機程度どうとでもできる。もう、自爆による保険は不要だろう。


 と説明すれば、ガハルドは一応ではあるが納得の顔になった。


「そういうわけだから、さっきの転移事故は大目に見てくれ」

「チッ、そういう取引かよ」


 断ったら、きっと自爆機能はそのまま……否、起爆可能な人物を明かした以上、きっとまた別のえげつないオプションをつけられかねない。


 そう考えて、ガハルドは渋々、それはもう苦虫を万匹くらい噛み潰したような表情になりながら剣を収めた。


「そんなぁ……」

「おい、リリアーナ姫。なんか文句でもあんのか?」


 この期に及んで残念そうな素振りを見せるリリアーナに、ガハルドは怒りを通り越して呆れた様子を見せる。いかにも「こいつ、旦那に染められすぎだろ……いや、元からか? 似たもの夫婦? こえぇ」と思っていそうだ。


「一応聞いておくが、お前の転移をミスらせた化け物、大丈夫なんだろうな?」

「いろんな意味で大丈夫ではない気がするが……まぁ、ソウルシスターだ」

「ああ、なるほど」


 スライム化していた帝国のおじ様達が復活した。


「なんだ、よかった。単なる雫様の狂信者じゃないか」

「最近、帝都にも〝お姉様信仰〟が広がりつつあるが、まぁ、問題ないな」

「ああ。雫様にさえ関わらなければ、ソウルシスターズは無害だからな」

「むしろ、適当に雫様を賛美しておけば、恩恵を与えられるくらいだ」

「ちょっと皆さん!? なんか聞き捨てならないセリフが多々あったんですけど!?」


 王都のみならず、帝都でもソウルシスターズが増殖しつつあるらしい。


 王国では女性騎士や貴族の子女との関わりも多く、それ故にソウルシスターが増えていったのだが……


 そこまで関わりのない帝都で広がるというのは解せない。


 その答えはガハルド自身から語られた。


「まったく参るぜ。神話決戦の際、王国の非戦闘員はゲートを通じて、こちらの軍と入れ替わる形で避難してきただろう?」

「え、ええ。私もゲートを設置したり案内したりもしましたし、それは分かってますけど」


 戸惑う雫だったが、元来、察しの良さは一級品だ。直ぐに「まさか……」と顔を青褪めさせる。


「気が付いたようだな。そう、その時に流れ込んできたわけだよ、王国のソウルシスターズがな」


 そして、語りまくるわけだ。〝雫お姉様の武勇伝〟を。いかに〝雫お姉様〟が素晴らしい人物かを。人類存亡の危機で不安に揺れる民衆や、武勇伝が大好物の帝国の貴族令嬢達に、それはもう熱く、無駄に洗練された演劇でもしているみたいに情感たっぷりと。


「おっふ」

「雫ちゃん! しっかりして!」

「八重樫さん! ――〝鎮魂〟!」


 白目を剥いて倒れかけた雫を、香織が支え、愛子が精神安定の魔法で癒す。しかし、雫お姉様のダメージは特大だ。


「……ん~、そのうち、聖教教会と二分する宗教になりそう」

「いやいや、ユエよ。デビッド達もそのうち女神教団などと自称して独立しそうじゃし、世界三大宗教になるのではないか?」

「二人とも! 嫌な予想を口にしないでちょうだい!」

「言霊ってあるんですよ! 特に力のある人のそれは! ユエさんなんて普通に〝神言〟とか使えますし実現したらどうするんですか!」


 ユエとティオの嫌な予想に雫と愛子が頭を抱える。


 某ワーカーホリックな姫が異世界で新興宗教の神になる未来もあるので、雫と愛子が神になる可能性も決して否定できない。特に、ソウルシスターは世界を跨いで存在することだし。


 と、そこで帝国貴族のおじ様から追撃がぽつりと。


「まぁ、それ以前に陛下が求婚した相手だと陛下自身が言いふらしたせいで、名前が広がるのに拍車がかかった、というのもありますが」


 もとより、帝国での雫の知名度はめちゃ高かったということらしい。しかも、今は魔王の嫁の一人。


 つまり、自国の王と救世の魔王が取り合った女性……という認識になっていることも、〝雫お姉様マジお姉様!〟という具合に人気が高まったようだ。


「おっふ」

「雫ちゃぁーーん!」

「鎮魂っ鎮魂っ鎮魂―――っ!!」


 愛子の薄い桃色の魔力で全身を包まれる雫。かけられすぎて、なんだかピンク色の妄想にでも浸っているような有様だ。


 と、そこで聞き捨てならないといった雰囲気で声を漏らす者が。


「……ほぅ。うちの娘に求婚を」

「む?」


 何やらただならぬ強者の気配! とガハルドが少し身構える。もちろん、そこにいたのは自称雑技が得意なだけのおじいさん――八重樫鷲三だ。


「どうもお初にお目にかかります、皇帝陛下。私は八重樫鷲三と申す者。雫の祖父であります」

「……なるほど。その尋常ならざる気配。納得だ」


 何が納得なの? 尋常でない気配だったら、どうして私の祖父として納得なの? ねぇ、どこが! と復活した雫の目が据わる。


 そんな雫を放置して、ガハルドは一呼吸置いた。そして、改めてゆったりと来訪者達へ視線を巡らせた。


「しょっぱなからいろいろあって今更感はあるが、改めて名乗っておこうか。俺がヘルシャー帝国の皇帝ガハルド・D・ヘルシャーだ」


 思わず、愁達がごくりと生唾を呑みこむほどの刺すような鋭い王威が感じられた。先程までの、ハジメに対するツッコミ役の芸人みたいな雰囲気が嘘だったように。


 確かに今更感はあるのだが、それを理解してなお、ガハルドが皇帝であると理解するに十分な迫力だった。


 臣下たる帝国貴族達も居住まいを正して両サイドで縦列を作る。ハジメ達はその縦列に挟まれる位置でガハルドと向かい合う形となった。


 合わせて、愁達も襟を正すように雰囲気を変え、一人一人自己紹介と挨拶をしていく。


 ミュウとレミアも、ガハルドとは面識があるが重鎮達全員まで知っているわけではないし、帝城に来たのも初めてだ。なので。


「ミュウです! パパの娘です! よろしくお願いします!」

「ミュウの母で、レミアと申します。お目にかかれて光栄です」


 レミアはそつなく、ミュウは元気いっぱいに手をあげてご挨拶。


 途端に、場がざわめいた。


「あ、あれが悪魔の愛娘……」

「決戦の際には、とんでもないゴーレムを複数体同時に操り使徒を屠ったとか」

「幼子とは聞いていたが、まさか本当だったとは……」

「やはり、悪魔の子は悪魔ということかっ」

「おそろしい……」

「もうダメだぁ――」

「公爵殿、もうそれはいいので」


 戦慄と畏怖の視線を注がれて、ミュウが、「え? え?」と戸惑いを見せる。レミアの表情は完全に引き攣っていた。


 ハジメが〝悪魔の子〟と言った相手を悪魔的に葬ろうとしたが、話が進まないので菫お母さんに肩をガッされる。


 代わりにというべきか、シアお姉ちゃんの指弾(常備しているコインの一枚。やろうと思えば三十枚ほど重ねたコインをマシンガンのように放つ〝羅漢銭〟も可能)が、ターゲットの額をズバコンッと弾く。貴族達はそっと口を閉じた。


 だがしかし、


「え、ええっと、私は南雲菫と申しま――」

「あ、あの方がっ、悪魔の母君!!」

「この中にいるとは思っていたが……くっ、実際に見ると震えてきやがるっ」

「おいっ、一刻も早く人相を描いて複写だ! 関係各所に配布しろ! 失礼があれば帝国が地図から消えかねん!」


 直ぐに喧騒がよみがえった。プチ阿鼻叫喚状態となり、菫の表情が引き攣る。


 魔王が、過剰なまでに身内を大事にする人物であることは知れ渡っているのだ。その母親ともなれば、もはや魔王以上に気を遣う相手である。という認識を持たれていることが発覚した瞬間だった。


 そして、自己紹介していないのは一人のみ。その正体も明々白々。


 帝国の皆さんが生唾を呑み込み、緊張の冷や汗を滝のように流して見つめてくる中、いたたまれなくて泣きそうな愁が、蚊の鳴くような声で自己紹介。


「南雲愁です。いつも、うちの息子がご迷惑をおかけして申し訳ない……」

「なんと謙虚な……とても魔王の父君とは思えん」

「いや、待て。魔王の父ということは、それはもう大魔王というべき存在。能ある魔物は爪牙を隠すというし……」

「なるほど。我々は見定められているということかっ」


 違うんです。本当に、ただの一般人なんです。オタクで、ゲーム作りが趣味で仕事の……と言いたいが、勝手に膨れ上がっていく畏怖の感情を前に、愁は黙り込んだ。


 両親から、お前、帝国でいったい何をした? この人達の反応やばいんですけど!? 説明しろよ! おら、あくしろよ! と言いたげな眼光を突きつけられて、ハジメは咳払いを一つ。


「それで、鷲三さん。皇帝の求婚の件ですけどね」


 全力で話題を逸らしにかかった。どうせ、後で見学していくのだから無駄なのに……とユエ達から呆れの視線も頂戴する。


 当然、雫が余計なことを言わないでと訴えようとするが、その前に、ガハルドがさっさと決着をつけた。


「さっき少し話した通り、雫を気に入った俺が求婚し、そしてふられた。それだけの話だ」


 肩を竦めてさらりと言うガハルドに、「おぉ、潔い」と帝国貴族の皆さんのみならず、鷲三達も感心と納得を見せる。


 これでこの話は終わり……という前に、香織が何やら思案顔に。


「そういえば、雫ちゃん。決戦前、帝国に参戦をお願いしにいって、その時にしつこく口説かれたんだっけ?」

「……ん? なにそれ知らない。詳しく」


 反応したのは雫ではなく、ユエだった。当時は神域で神ムーブ(強制)していたので知らないのは当然だ。


「香織、余計なことを言わないで――」

「……ん! 過去再生!」

「ユエ!?」


 ユエの〝過去再生〟が問答無用に発動。他人の恋愛事情が気になるのは仕方ない! だって女の子だもの! と言わんばかり。


 雫が止めようと手を伸ばすが、ユエはひょいひょいと回避しながら遂に当時の時間軸を見つけ出した。そして、流れる。


『――では、陛下。よろしくお願いしますね』


 どうやら一通り説明や今後の方針の詳細が決まった後のようだ。しっかり頷いたガハルドは、一転、雰囲気を変えて不敵な笑みを見せる。


『で、雫。お前、もう南雲ハジメには抱かれたのか?』

『!? なんの話ですか! くだらないことを――』

『くだらなくはねぇだろ? で、どうなんだ? まだなら、いい加減、俺に応えろ』

『教える義理はありませんし! 何度も言いますが求婚に応じる気はありません!』


 決戦前の最後の機会とあってか、ガハルドのアプローチがしつこい。


 映像を見ているガハルドが嫌そうに視線を逸らし、帝国貴族がいつものことみたいな様子で眺め、八重樫家を筆頭に親達とユエ達が興味津々で鑑賞し、雫がユエを捕まえようと躍起になり……


 そして、映像の中で雫を何かと理由をつけて傍に置こうとするガハルドに、雫が遂にぷっつんした。


『ああもうっ、いい加減にして! 私が好きなのは南雲君なの! 大好きなの! 告白だってしたし、身も心も捧げてるの! この先、何があっても彼が私の特別な人なのーーっ!!』

「今すぐ消してぇえええええええっ」

「へぶぅっ!?」


 その瞬間、ドゴォッという凄まじい音と共に、雫の芸術的なボディブローがユエ様の肝臓部分に突き刺さった。ユエ様の体が横くの字に折れ、映像がフッと消えて、同時に膝から崩れ落ちる。


「ばか! ユエのばか! いじわる!」

「……し、雫、ごめんなさい……でも、もうちょっと手加減して……ほしかった……ガクッ」

「ユエさぁーーーーーん!?」

「あわわ、大変! ユエが白目を剥いてる!?」

「マジか。ユエを一撃でKOとか。雫はパワーファイターじゃなくてスピードファイターなんだが……」

「今のはシアのレベルⅥ相当じゃったか? 羞恥心で刹那の限界突破でもしたのかのぅ」

「雫お姉ちゃんの乙女力は絶大なの!」

「流石、乙女力チートの雫ですね」

「とりあえず、鎮魂しときますね……」


 玉座の間が、圧倒的なカオスに包まれた。


 ガハルドは既に、玉座に座って剣の手入れを始めている。


 果たして、旅行に関するまともな会話はいつ始まるのか……


 智一や薫子、そして昭子といった良識的な大人組がどうしたものかと顔を見合わせる。


 と、その瞬間。


 ドゴンッと轟音が響き、玉座の間の扉が吹き飛んだ。そして、


「おーーほっほっほっほっほ! わたくし参上ですわ! シア・ハウリア! いざ、尋常に死合いましょう!! ですわ!!」


 金髪縦ロールのゴージャス系美女が、禍々しいオーラを纏う大鎌を担いで飛び込んできた。


 時間が止まったかのような静寂が訪れる。


 どうやら、更なるカオスが到来したらしい。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・羅漢銭

 銭投げ的な技ですが、シアが使う場合のイメージはネギまのタツミーさんです。武道大会で、袖からジャラッと出してマシンガンみたいに指弾する姿にはときめきしかない。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] あれ?皇帝ってDの一族だったんですか?親戚に腕が伸びたりする人います?
[良い点] ネタ元を明かしてくれて、助かります。作者様は、ほんに博識でいらっしゃる(笑)
[良い点] 作者がネギま好きで赤松信者な俺もニッコリ
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