魔王&勇者編 後日談⑥ 説明回 下 ~冒涜的な妖精を添えて~
「「「キャァァアアアッシャベッタァアアアアーーッ!?」」」
絶叫が木霊するのは、ブラウ・ニーベル家のリビング。
おぞましい怪物でも見たような有様なのは、ハジメ、光輝、そして浩介の三人だ。
アウラロッドによる大方の説明がなされ、勇者と聖剣の話が終わった直後のことである。
視線の先には、香ばしいポーズを取るノガリマザーと、その頭の上で万歳しているエガリさんがいた。
そう、少し先の未来でユエ達が仰天したのと同じく、ハジメ達もいきなり流暢にしゃべり始めた二体に魂消たのである。
「……主、実に良いリアクションで嬉しくはあるのですが……使徒ボディに換装した時に普通に会話したではありませんか。そんな化け物を見るような目で見なくても……」
「お、おう。そう言えばそうだったな……」
「そもそも、少し前から普通に意思疎通できていたでありませんか。なのに、キャァアッシャベッターッですって。ププッ、主かわゆす」
「……」
ノガリマザーに冷静にツッコミを返されて珍しくも動揺しつつ、直後のエガリの揶揄に青筋を浮かべずにはいられないハジメ。
「っていうかエガリさん達、普通にしゃべれたのかよ」
「いいえ、スーパー英国ヒーロー、深き闇の具現アビスゲート卿。会話などできませんでしたよ?」
「……わざとか? なぁ、わざとなのか? 浩介でいいんだよ?」
「いきなり名前で呼べだなんて……いやらしい。どこの勇者ですか」
「とんだとばっちりだよ! いやらしいの代名詞に使わないでくれる!?」
突然、普通に話し始めたエガリとノガリマザーは声の質が全く同じなうえ、口が動かない――というか口がないので、どっちが話しているのか分からなくなる。若干ウザさ成分多めの方がエガリっぽいが……
ともあれ、このふざけた言動は、まさにエガリ&ノガリさんである。紛れ込んだ妖魔の類いではない。その点に疑いの余地はなし。
「もしかして、この世界に来てからやたらと大人しかったのは……」
「はい、主。なんかこう、魂にビビッときまして。ちょっと集中して頑張ったらイケるんじゃない?っという感じやってみたらできちゃいました」
「……声は神の使徒のままなのに、なんでこう軽いというかチャラいんだ……」
「それはもちろん、私がノイントであってノイントにあらずな、主のノガリさんだからです!」
「以下同っ!! エガリさんでっす!」
「説明になってねぇよ」
ノイントボディに換装すれば明確に会話ができた時点で、いずれ詳しく正体を聞こうとは思っていたハジメだが、その機会は存外早く訪れたようである。
と、そこで、目を丸くしていたアウラロッドが、更に目をまん丸にして呟いた。
「この感じ……まさか、自力で念素に干渉を?」
ノガリマザーとエガリさんが揃って仰け反った。指と脚をビシッと指すのも忘れない。圧倒的ドヤッがそこにはあった。
「エヒトの信仰心魔力置換術式を参考に、使徒の知識と技、そしてシア様から見取った〝気合い〟で頑張ってみました」
「ふっふっふ、もうノガリだけに良い思いはさせません! 主! 見てください! こんなこともできるのでっす!」
質問する暇もない。テンションアゲアゲのエガリさんが、突然ペカーッと輝き出した。
かと思えば、光の玉がノガリマザーの隣に集束していき――
「超絶美女妖精エガリちゃんっ、参✩上♪」
左手は腰に、右手は横ピースで目元に、片足をクイッ曲げて、星が散るような素敵なウインクッ!
まんま〝神の使徒〟の怜悧な姿で、どこぞのウザレディみたいなポーズを取るエガリさんが、そこにいた。
ただし、素っ裸で。
光輝と浩介がバッと視線を逸らす。アウラロッドとブラウ・ニーベルが「まぁっ」と赤面しながら両手で顔を覆う。なんと言っても元は神造の芸術的な美女であるから無理もない。
で、ハジメはというと、
「ティオかよ。服を着ろ」
逆に冷静になってツッコミを入れた。光輝と浩介から、「こ、こいつ、やっぱりレベルが違うっ」みたいな目が向けられる。なんのレベルかはさておき。
「おっと。これはお恥ずかしい」
どうやら素の失態だったようだ。やっぱり〝神の使徒〟とは思えない感情の豊かさ――赤面しつつ両手で胸と下半身を隠すなんて行動を取る。
「流石は姉さん。あざとい。主に全裸アピールとは、実にあざとい。そのうえドジっ子演出とは……いい年して恥ずかしくないのですかぁ?」
「年の話はブーメランでしょう、この愚妹めっ」
パァッと輝いて、今度はきちんと服を着るエガリさん。見慣れた戦乙女の装束だ。
もっとも、その背中には見慣れない三対六枚の羽が生えていた。そう、銀翼ではなく、幾何学模様を重ねて合わせたような、美しい半透明の妖精の羽が。
「おいおい、まさか妖魔化したのか? 自力で?」
「主、妖精です。いいですか? 私は空前絶後の超絶清廉可憐天才美女〝妖精〟です。私のどこに〝魔〟の要素があるというのか」
「さりげなく盛りまくるなよ。謙虚さの欠片もねぇところが完全に〝魔〟だよ」
「酷い。いつでもどこでも主の後ろに控える守護妖精エガリちゃんなのに!」
「なんだろうな。刻一刻と言動がウザくなっていくんだが……」
「主、見てください! こんなこともできまっす!」
そう言って、エガリ妖精はスゥッと透けて姿を消した。そして、
『このように、姿を消して主の護衛をすることも可能なのです! 称賛を! さぁ早く、拍手喝采をくださいな!』
「どこの英霊だよ。っていうか、耳元でわめくな」
途端、パァッと光って背後に出現したエガリは、なんだか香ばしいポーズを取って「むしろ、スタン○と言っていただきたいッ」と力説する。
どうやら、ユエや香織に続いて、ハジメもまた念願(?)の〝後ろの何か〟を手に入れてしまったらしい。
なんて応酬はさておき、アウラロッドは改めてマジマジと具現化したエガリを見つめた。
「この念素の密度、想念の大きさ……本当に妖魔として生まれ――」
「そこ! 妖精ですよ!」
「い、いえ、他世界の想念で構成されているので、定義的には妖魔――」
「よ・う・せ・い!」
「……はい、妖精です。本当に妖精として自力で生誕するなんて信じられません。特に、今のこの世界においては」
天樹の中であるここならば、〝妖精〟が生まれる下地はある。けれど、流石に他世界の想念を源流とする妖魔は生まれ得ない。
にもかかわらず、アウラロッドの目には具現化したエガリが、他世界の、それも莫大な想念によって形作られているのが見えていた。
「考えられるのは……もともと、莫大な想念を宿していた?」
おそらく、その辺りにエガリ&ノガリの正体に関する答えがありそうだ。と、ハジメ達も推測したようで、さっさと吐けと言わんばかりに鋭い視線を向ける。
「では、年甲斐もなくはしゃいでいるダメ姉に代わり、この才色兼備かつ絶世の美女たるノガリが説明しましょう」
「自分への称賛がえげつねぇな。似た者姉妹だろ。それより、お前は具現化しないのか?」
「私は、このマザーボディを主にいじくり回してもらうのです!」
「言い方」
「主に最高のご奉仕ができる戦闘メイドロボに、私はなるッ!!」
「聞けよ」
アウラロッドとブラウ・ニーベルから、驚愕と軽蔑の眼差しがハジメに向けられた。まさか人形ボディで興奮する人だったなんて……と。撃ちたいが話が進まないので我慢!
「で? 結局、お前等はなんなんだ? ノイントとエーアストではあるんだろう?」
「存在の核はそうなりますね」
こくりっと頷き、ブラウ・ニーベルが作った正体不明の粉が入っているとは思えない絶品のクッキーを頬張るエガリを横目にして、早くも具現化するか迷う様子を見せるノガリマザー。
くっ、具現化のメリットがそんなところに!
だから、お前は愚妹だというのですよ! ああ、美味いわぁ~、生まれて初めて感じるクッキーの味、最高だわぁ~
これ見よがしにっ。ここはやはり、私も具現化して――
「はよ説明しろや」
ドパパンッと二発。ノガリマザーとエガリ妖精がもんどり打って床に転がる。
窓の外で、こっそり家の中を覗いていた小さな妖精達が「キャァーーッ、遂にこの世の終わりが来たわーっ」みたいな悲鳴を上げながら逃げていく。
取り敢えず、正座させられた正体不明存在二体は、主の雰囲気に神妙な態度となって語り始めた。
「主、覚えておられますか? 神域でのエヒトとの最後の戦いの時、奴が我々を取り込んだのを」
「……忘れるわけがないだろう。使徒どころか、神域の魔物も片っ端から取り込んでやがった。出来上がった肉塊のおぞましさは、今でも鮮明に思い出せちまうよ」
ハジメとユエ以外は目にしていない、エヒトの最後の姿――グロテスクで冒涜的なうごめく肉の塊。ユエを奪い返されて魂だけとなり、その魂も消滅しかけて、ただ生への執念から転じた成れの果てであった。
「少し話は変わりますが、我々使徒は知っての通り魂などない人形でありましたが、同時に、歴史の記録庫でもありました」
「ああ、確か全個体で記憶を共有しているんだったな」
「イ゛ッ」
ハジメが胡乱な目でノガリマザーを見た。まだふざける気か? と。
「すみません、主。すっかりくせになってしまっていて……」
「そ、そうか……」
指先で口元を押さえて恥ずかしそうにしている様子を見るに、本当のことらしい。ノガリ達の〝はい〟は、今後も〝イ゛ッ〟で続くようだ。
ごほんっと咳払いを一つ。
「どうやら、魂なき人形の存在であっても、悠久に等しい歴史の記憶や神の使徒という立場によって、我々には膨大な想念が宿っていたようなのです」
ノガリマザーの言葉を引き継いで、エガリ妖精が何かを思い出すように虚空を眺めながら口を開く。
「あの肉塊には、エヒトに宿る想念と我等使徒の想念、それに伝承にある神獣や魔獣への膨大な想念が混沌と混じり合っていました」
「そこに、主。貴方が、あの概念を撃ち込んだのです」
神に止めを刺した最後の概念魔法〝撒き散らした苦痛を貴方の元へ〟。
「混沌の中で、エヒトや我等が与えてきた幾万幾億という負の感情がもたらす死の概念が返り、結果、対消滅するような形でエヒトと共に滅んだわけですが……」
「では、信仰心や純粋な願い、祈りといった正の想念はどこへ? ということです」
善エヒトの存在は信じられ続け、使徒達にはその想念も宿っており、神域の魔物の中にも畏れ以外の想念が宿っていたのは想像に難くない。
ならば、確かに、神域の存在に捧げられた正の想念は残っていてもおかしくはなく、大樹ウーア・アルトが枯れた状態なら妖精界に流れ出すこともない。
「……つまり、お前等はそういった正の想念のごった煮みたいな存在ということか?」
「主、言い方」
「もっと格好良く! アビィ氏、お手本をどうぞ」
「エッ!? ……正なる無意識的集合体、とか?」
「「さっすが厨二の深淵を覗く者!」」
「うるっせぇよ! 早く話を進めろよ!」
光輝が苦笑いしつつ浩介をなだめる中、エガリ妖精が胸を張ってドヤ顔を見せた。
「正なる無意識的集合体となった私達は、その後しばらくトータスを彷徨い、そして香織様が元の体へ戻ったことで再び魂なき人形へとなったノイントの肉体に宿ったのです」
「理由は定かではありませんが、おそらく、無意識のうちに主を求めた結果、直接戦闘した個体であり、かつ、肉体的に仲間として認識されていたことが原因だと思われ」
「なんで俺を?」
「主、正の想念の中には、神の狂った遊戯を終わらせてくれたことへの深い感謝の念も、多分に含まれているのですよ?」
「主のお傍にと望むのは当然のこと。我等の根幹たる想念も、そこに尽きます」
「……そうか」
なんとも微妙な顔だが、それがちょっとした照れ隠しだと光輝達は見抜いていた。自然、笑みが零れる。
それに気が付いてか、誤魔化すように若干の早口でハジメは最後の疑問を口にした。
「それはそれとして、あくまで集合体だというのなら、なんでエーアストとノイントが元になる?」
「それも確証があるわけではありませんが、おそらく、元エーアストたる私が〝始まりの使徒〟だからでしょう」
エーアストとは一番目という意味であり、つまり、私こそがナンバーワン! 姉に勝てる妹などいないのだよ! と言いたげな流し目がノガリマザーに注がれる。
ノガリマザーのボディブローがうなり、エガリ妖精が肘で受け止める。
ハジメが撃鉄を起こした。大人しく話の続きをする。
「ノイントの体に宿った後、ある種の内面闘争といいますか、主に侍るのは誰だ! という感じで無意識レベルですが覇権争いが起きたのです」
「神の使徒の時、姉妹という感覚は当然ありませんでしたが、それでもエーアストのことは特別視していたように思いますので……」
これまた無意識的なものではあるが、結果的に使徒の想念は集い、エーアストの意識が表面化し、内面闘争に勝利したのだという。
ノガリマザーが痛恨の極みみたいな顔で首を振り、「まさに黒歴史ですね」と呟く。エガリ妖精が「あ? どういう意味だゴラァッ」とヤクザみたいな表情でメンチを切る。
「姉妹仲、良いのか悪いのか分からねぇな。……まぁいいや。で、ノイントの方は?」
「使徒の意識が混沌とした想念の渦から表出した後、私もまた個体としての意識を確立することができたのです。おそらく、主への思い入れが特に強かったからできたのでしょう。何せ、直接ハートを撃ち抜かれた個体ですからね!」
パイルバンカーで物理的に、という注釈がつくが。
ノガリマザーが胸の前に両手でハートを作って、萌えキュンしながらアピールしてくるのをサクッと無視して、ハジメはエガリ妖精に目を向けた。
「他の個体は?」
「この世界に来て集合体を完全掌握できたので、意識を表出・憑依させることはできますよ」
「まぁ、元が使徒なので、最初はみな同じような性格になると思いますが」
分離した状態で経験を積んでいけば、より個性がはっきり別れていくことでしょう、と付け加えるノガリマザー。
情報を整理するように腕を組み思案顔を見せるハジメに、ノガリマザーとエガリ妖精はサムズアップしながら言う。
「まぁまぁ、主。そんな難しく考えないでください。超絶美しい守護妖精をゲットだぜ! と思っておけばいいんですよ! 私は主のエガリ! それでいいじゃないですか!」
「理想の戦闘メイドロボを好き放題弄り倒せるぜ! と思っておけばいいじゃありませんか! 私は主のノガリ! それで問題ありません!」
「しっかり考えて配慮しとかないと、気が付いたら増殖してそうで心配なんだよ」
「「……イ゛?」」
「突然言葉が分からないふりをするな」
揃って耳に片手を添えて「え? なんだって?」と難聴になるエガリ妖精とノガリマザー。
悪魔の軍勢に加え、近い将来、本格的な元使徒な妖精軍団も配下に加わりそうである。
「好き勝手に具現化するなよ? つか、エガリ。お前も何を勝手に具現化してんだ。アラクネの方が使い勝手いいのに。かっこいいし」
「ひどいっ。こんな忠誠心が限界突破してる絶世の美女妖精を前になんて言い草ですか! 主の鬼! 悪魔! でも好き!」
ヨヨヨッと泣き崩れながらもチラッチラッと見てくるエガリ妖精。実にウザい。
「さっきから思ってたんだがな、なんで言動がいちいちミレディっぽいんだよ」
「彼女はエーアストとしての私にとって思い入れがあるのです。何せ、歴史上、初めて殺しきれなかった相手で、別個体も返り討ちにされてますし」
主とは別ベクトルで頭のおかしい強さだった。同時に、頭がおかしいのでは? と思うほど個性的だった。感情などないはずなのに、頻繁に記憶を巡ってしまうほど。何か、言葉にできない、奇妙な感覚に襲われてしまうほど。
なので、
「個性獲得のためお手本とするに、これ以上の人材はいないかと」
「あいつの影響力どうなってんの? 怖ぇんだけど。ユエとシアも、時々あいつの言動が顔を覗かせるし……」
なんてったって、空前絶後の超絶天才美少女魔法使いミレディちゃんだからね! 当然だね! と、横ピース&ウインクできゃるんっ♪しているミレディちゃんを幻視してしまうハジメ。頭を振って脳内から追い出す。
「まぁ、主のアラクネ好きは承知ですし、この世界の外でも問題なく具現化するには、まだもう少し調整が必要なので戻っておきます。嬉しいですか? 一粒で二度美味しいエガリさんですよ?」
「さっさと戻れ」
「イ゛!」
パァッと輝き、ぺたんっと倒れていたアラクネが実に気持ち悪い動きで脚をワシャワシャしながら動き出した。
それを見ながら、どこか体の水分を失ったみたいな乾いた様子の光輝が、引き攣り顔の浩介へと言葉を向ける。
「なんていうか、魔王軍がどんどん強化されていくな」
「笑えるだろ? それでも〝ただの軍団〟なんだぜ? ここに最強の幹部が加わるんだ。勇者として所感をどうぞ」
「勇者を辞めたい」
「土下座に磨きをかけろよ。きっとそれが、魔王軍と相対する勇者にとって、最高の武器になる」
「深淵卿は魔王サイドだろ? 賄賂を渡したら執り成しとかしてくれないのか?」
「勇者が賄賂とかいいのかよ」
「高校中退して始めたこの旅で、俺が学んだこと。土下座も賄賂もできない勇者は三流の勇者だ」
「あの良い子だった勇者が、すっかり荒んじまって……」
キリッとした顔で迷言を吐き出す光輝に、思わずほろりっと涙を流しそうになる浩介。
そんな二人を無視して、ハジメはアウラロッドへ視線を向けた。途端、
「ひぃっ、殺さないでくだしぃ!」
椅子の上でカリス○ガードを発動した。めっちゃ怯えている。ブラウ・ニーベルも顔色が悪い。なんか、「いざとなったら、このぽっちゃりの体で女神様の盾に!」と決死の覚悟をしているような雰囲気だ。
どうやら、会話からハジメが〝神殺し〟であると理解して怯えてしまっているらしい。
「いや、何もしねぇよ。まだ最後の要求もあるし」
「まだあるのですか!? 世界の秘匿事項を話しましたし、枝葉の干渉権だって……それでもまだ足りないと!? というか、もしかしてそれが終わったら用済みで処分されて……」
「女神様っ、しっかりしてちょうだい! いざとなれば……このブラウ・ニーベルが体を差し出してでも止めてみせるわんっ」
「おい、よせ、やめろ。俺が死んでしまうだろうが」
ストレスで白眼を剝きかけているアウラロッドと、「こいつ鬼畜かよ……あ、鬼畜王だったわ」と言いたげな目を向けてくる光輝達、そしてSAN値直葬間違いなしの献上品が送られそうな気配に白眼を剝きかけるハジメ。
「と、とにかく、大方話も終わったし、ひとまず〝小天樹〟の復活に動かないか? 何をするにしても、まずそれをしないと」
「だな。でないと、いつまた妖魔の大侵攻が起きるか分からないもんな」
光輝と浩介の言葉に、ハジメとアウラロッドが正気を取り戻す。自分の体を抱き締めクネクネしている筋肉妖精なんて視界には入らない。
「それで、アウラ。具体的にどうしたらいい?」
「あ、はい。皆さんには四方の小天樹のもとへ向かっていただきますが、その際、枝分けした天樹の一部をお持ちください」
そうすれば、遠隔でも天樹の枝を介して東西南北の小天樹を復活させられるのだという。
光輝が思案顔で呟く。
「一人は念のために残った方がいいな。その間に天樹が落とされたら意味がない」
「それなら天之河、お前が残れ。天樹の恩恵を一番受けられるのはお前だし、防衛戦の方が得意だろう?」
「じゃあ俺と南雲は、まだ生き残りの都がある北と東に行くか。移動はどうする?」
「羅針盤とクリスタルキーで十分だ。世界の壁を越えないなら、魔力消費もそれほどじゃないしな。さくっと片付けるぞ」
「主、主。私とエガリ姉さんをそれぞれ帯同してください。記録係です」
「お前等、もしかして撮影が趣味になってないか?」
「元々、記録保管の役目も担っていたからでしょうか? 撮影、超楽しいです」
「そ、そうか」
なんだか人生充実してそうなエガリ&ノガリさん。さっそく、じゃんけんで(エガリはわざわざ妖精モードになって)どっちがハジメに同道するか勝負をしている。本当に楽しそう。
「女神様、あたしは皆に世界救済のことを伝えに行くわん。一緒に来て――」
「無理です」
「まだ無理なのん!?」
「人生、何があるか分かりません。いいですか、ブラウ・ニーベル。覚えておくといいです。ありえないなんてことは、ありえないということを」
「そのかっこいいセリフ、ヘタレの言い訳には使ってほしくねぇなぁ」
「大口叩いて出来ませんでしたなんてことになったら……そこまででなくても、不測の事態で延期になったら……私には釈明会見を開く勇気なんてありませんっ。姿を見せるのは成功してからです!」
とにかく保険と予防線を用意しようとする女神は、確かに堅実を通り越してヘタレというべきかもしれない。ブラウ・ニーベルからすら、なんだか残念なものを見る目が向けられている。
光輝が苦笑いしつつ、話を詰める。
「アウラ、小天樹復活の後は失われた〝世界樹の枝葉〟再生の旅をしなきゃならないわけだけど、その間、天樹は大丈夫かな?」
「妖魔達が正気を取り戻してくれたなら、守護を任せるにたる子は多数います」
それに、とアウラロッドの視線がブラウ・ニーベルに向く。
「ニーベル一族は、化身となる適性が全くないわけではありません。何十年も留守にするわけではありませんから、ブラウ、私がいない間は貴女に任せます。女神代行としてある程度の権能を振るえるよう、後で神器を創造しますから頼みますよ。大妖の子達と協力して天樹を守ってください」
「んまぁっ! このあたしが女神様の代理を? なんたる光栄ッッ!!!」
ウォオオオオオオオオンッと再び歓喜の咆哮が迸った。
ハジメ達が椅子から転がり落ちそうになり、そろりそろりと窓の外に戻りつつあった覗き見妖精達が、またも「今度こそ世界の終わりよぉ~~~!!」と泣きながら逃げていく。
「ま、待て、女神! 早まるなっ。お前は今、とんでもないことをしようとしているぞ!」
「何がですか? ブラウはよく巫女の役目を果たしてくれました。信頼できますし、力不足は妖魔達が補ってくれますからなんの問題も……」
「お前は、異世界に蔓延る漢女達を知らないから! そんな恐ろしいことができるんだ!」
「意味が分かりません!?」
ブラウ・ニーベルの外見は、クリスタベルによく似ている。血縁者かと思うほど。
つまり、だ。あのクリスタベルが女神になるようなもので。
漢女の女神――略して〝漢女神〟爆誕の危機。
「そんな凶悪な新種を生み出すことの恐ろしさが、なぜ分からない!?」
「むしろ、なんの理解を求められているのかが分かりませんが!?」
この恐ろしさは、きっとお尻を狙われる男子達にしか分からない。あのねっとりしていながらギラギラと輝く眼差しは、魔王すら克服しきれない魔眼なのだ。
これは何か、恐ろしい未来への凶兆かもしれない……と、最後まで女神代行に反対したハジメだったが、他に適任者はいないことから、最終的には光輝や浩介に「気持ちは分かるよ」と理解を示されつつも説得され折れた。
そうして、漢女神の誕生準備を背にして少々不安を覚えつつも、ハジメと浩介はそれぞれ北と東へ向かったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
魔王&勇者編、あと二つ今後の展開のためにやっておきたいことがあるので、後二話で終わりにする予定です。その後の更新ですが、長編としては、おそらくアビィ修学旅行編かトータス旅行記、どちらかになると思います。よろしくお願いします。
※ネタ
・ありえないなんてことはありえない
⇒鋼○錬金術師の某強欲様より。
※本日発売です!
優花や浩介をメインにクラスメイトの活躍を加筆してます。健気かわいい優花や、メルドの死で存在感が一般人になってしまっていた浩介の復活(?)など、楽しんでいただければ嬉しいです!あと、里帰りしたティオ姫様にSAN値を削られる竜人さん達も。
特典SS等含め、詳細は活動報告orオーバーラップ様のHPにて。よろしくお願いします!
http://blog.over-lap.co.jp/tokuten_arifureta11/




