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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
385/551

魔王&勇者編 後日談④ いやほんと、か弱い乙女だから。嘘じゃないから




 時間は少し戻る。


 妖魔の大群との戦争で無事に勝利を収めたハジメ達は、再び天樹の頂上に集っていた。


 アウラロッドも再び「んっぎゃぁーーーーっ!!」と女神が出しちゃダメな感じの絶叫を上げて天剣形態を解除し、涙と鼻水と涎をふきふきして何事もなかったみたいな雰囲気を醸し出している。無駄である。


「勇者様、魔王様、そして………………フッの方」

「浩介でいいですよ」

「この度は天樹を救済してくださり、本当にありがとうございます」


 さっきまで天樹の根元で三角座りしながら精神の安定を図っていた浩介が、斬新な呼ばれ方に即座の訂正を求めるが全員にスルーされる。悲しみ。


「ですが、先の大群は、あくまで私が疲弊した隙を突いただけの一時的なもの。この世界は未だ、滅亡の危機に瀕しています。遠からず、また同等以上の侵攻が始まるでしょう」


 沈痛な面持ちでそう語るアウラロッドへ、光輝は見定めるような静かな目を向けている。彼女の言葉の真偽を、全身全霊で確かめようとしてるのだろう。


 代わりにというべきか、ハジメが言葉を返した。


「気になるワードがボロボロと出ていたな。女神、俺は今、天樹にまつわる真相に興味津々だ。このまま滅びたくなければ洗いざらい吐け」

「南雲、オブラート」

「身内への優しさ、もうちょっと他人に分けてもよくない?」


 悪魔の軍勢を従える魔王の言葉に、アウラロッドがぷるぷるし始める。今にもストレスで嘔吐しそう。


 このままハジメに任せると女神様が血反吐のマーライオン化しそうなので、光輝は嘆息しつつ質問をオブラートに包んだ。


「女神様。この世界に、いったい何が起きているんですか? 妖魔、と言いましたか……彼等はなぜ狂うようなことに? なぜ天樹を狙うんですか? それに……彼等の多くは、俺達の世界の伝承や物語に語られる存在に酷似していました。それはなぜ?」


 溢れ出す質問を、できる限り丁寧な言葉遣いで、優しい声音を心がけてする。


 すると、


「敬語じゃなくていいですよ、勇者様。もっと、普通に、いえ、乱暴な口調でも私は一向に構いませんっ」

「なんで!?」


 乱暴な口調に嘔吐しそうになっていたくせに、なぜ語気も荒くタメ語を求めるのか。女神様の期待に輝く瞳が勇者様を捉えて離さない!


「おら、時間の無駄だろうが。さっさと事情説明しろや、この駄女神が」

「もっと優しい口調でお願いしますっ」


 魔王様には優しくしてほしいらしい。浩介が「情緒不安定女神……」と微妙な顔で見ている中、ハジメは敢えて目を眇めた。


 あれだ。ドラマとかでやっている取り調べする刑事だ。女神の性格からして、自分と光輝をムチ役とアメ役に見立てた方がいろいろやりやすいと考えたのだろう。アウラロッドが下手に誤魔化さないように。


 決して、ティオに対するようなドSなご主人様気質が「呼んだ?」と顔を覗かせたわけではない。……はず。


「えっと、えっとですね……まず、妖魔が勇者様達の知る存在と酷似しているという点についてですが、それは間違っていません」

「どういうことですか?」

「……口調」


 女神がしょんぼりしている。勇気を出してフレンドリーに接してみたら、スルーされて従来通りの対応されたぼっちのように。


「んんっ、女神様、どういうことかな?」

「! な、名前で、いえ、この際、親しみを込めてアウラでも構いませんよ!」


 女神様の顔がパァッと輝いた。なんて顔に出やすい女神なのだろう。


 できれば心の距離を正月にだけ会う親戚くらいに保っておきたい光輝だったが、話が進まないので咳払いを一つ。


「アウラ、どういうことかな?」

「ふひっ」


 女神にあるまじき歓喜の声が漏れ出した気がしたが、これも頑張ってスルー。ハジメと浩介、それにエガリ&ノガリマザーが「ひゅ~、勇者やるぅ~」とニヤニヤした様子で実にうざったいが頑張って無視。


 アウラロッドは実に満足げな様子で、これまた咳払いして真面目な雰囲気を漂わせた。


「妖魔とは、他世界の伝承より生まれし存在。天樹とは、その伝承に込められた人々の想念を吸い上げ、この世界にて形を与える役目を持った世界の要なのです」


 曰く、この世界の住人は、他世界の伝承が具現化した存在なのだという。


 伝承とは、人々の願いや祈りであり、あるいは崇敬の対象であり、畏怖の象徴でもある。


 それらを総じて〝想念〟と呼ぶところ、これは魔力などと同じ歴としたエネルギーなのだという。


 そして、この想念はどの世界にも存在し、天樹とは他世界の大樹を通じて想念を吸い上げ、〝念素〟と呼ばれるこの世界固有のエネルギーに変換し、形を以て具現させるのだとか。


「それじゃあ……あの九尾や鴉天狗は……本当に書物に載ってる存在ということなのか?」

「いいえ、勇者様。確かに、妖魔達の源流は伝承にありますので、能力は近いものを有しています。けれど、その人格においては異なります。彼等はこの世界に生まれ、この世界で生きていく中で個々の自我を確立してゆくのです。お伽噺の中の存在ではなく、この世界で生きる命なのです」


 真剣な眼差しで語るアウラロッドの、その瞳には、女神というに相応しい慈愛の心が見て取れた。彼等妖魔を、心から愛してるというように。


「加えて、伝承が存在するのは勇者様の世界だけではありません。……幾つもの世界にわたって幾万、幾億と存在するのです。その中には似通ったものも数多くあり、時にはこの世界で混じり合って産声を上げることもあるのです」


 ハジメの目元がぴくりっと反応した。見逃さなかったからだ。アウラロッドが、〝幾つもの世界〟のところで、敢えてその数を語らなかったことを。


 自然、目が細められる。


 理由は分からないが、なんだか魔王様が魔王様な目で見てくるので、アウラロッドはスススッと移動し、視界に入らないよう光輝を間に挟んだ。

 

 なので、ハジメもスススッと動いて、じっとアウラロッドを見る。アウラロッドは無意識のうちに胃をなでなでし始めた。


「そうか……だから、彼等は不滅だと言ったんだね」

「ええ。妖魔の死とは、源流たる伝承の完全なる忘却のみです」


 こくりと頷いたアウラロッドが続けて説明するところによると、当然ながら、神話に語られる存在――神や神獣、邪神の類いなんかも存在するらしい。


 今回の侵攻で神話群がいなかったのは、かつてアウラロッドが真っ先に戦って打倒し、現在進行形で想念に干渉しつつ、復活を妨げているからなのだという。


 つまり、神話の存在は一時的に封印することに成功しているのだが、そのせいでアウラロッドの力も常時、かなり制限されているのだという。


 それらを聞いて、ルトリアと神霊達の関係を連想し、素のアウラロッドの力はやはり凄まじいのだろうと理解しつつ、今度はハジメが尋ねた。


「で、狂った理由だが……」

「あっ、えっと、そのっ」


 ハジメ相手に緊張しすぎである。完全に伝承通りではないとはいえ、神話の存在を封印できる女神様なのに。


 流石に同情したのか、浩介から白い目を向けられ、ハジメは心なしかゆったりした口調に変えて言葉を継ぎ足した。


「予想はできる。この世界で命を生み出す元であり、妖魔達が生きるためのエネルギー……想念ってやつが流入しなくなったんだろ?」

「っ、どうしてそれを……」

「おそらくだが、一種の飢餓状態なんじゃないか? そうなれば人間だって発狂するもんな」

「……加えて言うなら、流入も循環も滞った結果、この世界の想念が澱んでしまっているのも原因です」

「空気が汚染されているようなものか」

「ええ。それで理性を失ってしまった彼等は……」

「自己という存在の源流に囚われ、伝承通りの性質を見せつつ、天樹という食い物を実らせる樹に群がる。実際のところ、想念の流入はゼロってわけでもないんだろう?」

「そこまで分かって……まさか、あなたは……いえ、あなた方は複数の世界に?」


 ハジメの推測は的を射ていたらしい。アウラロッドが目をまん丸にして驚きをあらわにした。そして、一つの可能性に思い当たり、思わず声を張り上げる。


「もしや、想念の流入が激減した理由をご存じなのですか!?」

「それもまぁ、推測だがな」


 ハジメは肩を竦め、しかし、その視線だけは鋭い。


「というか、あんたも分かってるんだろう?」

「……伝承そのものが全ての世界から消えて無くなるなどあり得ません。ならば、最もあり得るのは……各世界の天樹に何かがあったということ」

「だな。少なくとも、地球と地獄(二つの世界)からは失われている。あんたが俺達を呼び出す前の世界も、直前までエネルギーを吸い取られまくって朽ちる寸前だった。ウーア・アルトは、いつでも復活できる状態で保全されているが、普段は意図的に枯れた状態になっている」

「……やはり」


 難しい表情で考え込むアウラロッドに、ハジメは恐ろしい尋問官のような、あるいは好奇心を隠せない少年のような雰囲気で詰め寄った。


 考え込んでいたアウラロッドは逃げ遅れた。気が付けば目の前に魔王の微笑(凶相)が。ヘビに睨まれたカエルの如くビシッと硬直。


「教えてくれ、女神。世界は全部でいくつある?」

「……それが今、何か関係あるのですか?」


 スススッと円を描くように移動して光輝の後ろへ。肩越しに覗くようにしてハジメに答える。


 ハジメもスススッと移動して接近。


「全部で九つ。違うか?」

「!」


 本当に、顔に出やすい女神様。光輝を盾に反対側へ避難する。当然、ハジメが回り込む。


「そして、全ての世界に天樹は存在し、全て根本的な世界に繋がっている。あらゆるエネルギーに変換可能な〝素子〟ともいうべきエネルギーを生み出している世界に。そうだろ?」

「!?」


 光輝を中心にくるくる、くるくる。時に回り込まれて女神様が「ひゃっ」と声を上げる。慌てて反対回りにくるくる、くるくる。


 凄く迷惑そうな光輝を中心に、女神と魔王の鬼ごっこが繰り広げられる。


「女神なら知ってるんだろう? 根本の世界とは、どんなところだ? 何がある? この世界は、どんなふうに成り立っているんだ? さぁ、教えてくれ。さぁっ、さぁっ!!」

「うぅ……」


 涙目になりながら光輝にしがみつく女神は、しかし、一拍おいて深呼吸すると……表情を一変させた。神威と呼ぶに相応しい威圧を放ちながら、光輝の後ろから進み出る。


「わきまえなさい、人間。この世には、人の子が知るべきでないこともあるのです」

「ア、アウラ?」


 思わず浩介やエガリ&ノガリマザーが身構え、光輝が戸惑うほどに厳しい声音だった。それは、紛う事なき神が人にする叱責だった。


 先程までのヤンデレじみた残念な姿はどこにいったのか。輝きすら放つアウラロッドは肩越しに振り返り、光輝にも厳しい目を向ける。


「あなた方が、どれだけの世界を渡ってきたのかは知りません。しかし、本来、世界の隔たりを超えてよいのは大いなる世界樹に選定された勇者のみ。過ぎた好奇心は、その身を滅ぼすものと知りなさい!」


 神威が波動となって放たれたようだった。


 光輝も、浩介達も絶句している。


 なので、


「あ、そう。約束破るんだ。女神なのに」

「エッ!?」


 心底蔑んだような声で、ハジメさんが言った。目も、すっごく蔑んでいる。


「望むだけの対価を払うっていうから、必死に天樹を守ったのに。あんな凄まじい大群に立ち向かったのに」

「え、えっと……いえ! それとこれとは別で――」

「それなら事前に条件を提示してから契約してくれないと。後になって一方的に条件を追加するなんて人間同士の契約でも裁判沙汰だぞ? 女神様、酷いなぁ」

「ち、違います! そんな質問は想定していなかっただけで……」

「女神は嘘を吐かない。ってなことも言ってたような?」

「で、でも……前任の女神からの引き継ぎで、世界の成り立ちに関する話は安易に話してはならないって……」

「だからって、あんな恫喝するみたいに質問を潰そうなんて……はぁ~、ショックだわぁ」

「うぅ、ご、ごめんなさい。業務マニュアルに書いてある通りにしただけなんです……大体あんな感じで対応するようにって」


 いつの間にか、威厳が霧散していた。へなへなへな~っと萎れていく。


 浩介が「え、女神業にマニュアルあんの? なんかイメージ壊れるんだけど」と世知辛そうな表情で呟き、エガリ&ノガリマザーから「マニュアルと努力で威厳を出す女神……」と残念なものを見るような雰囲気がダダ漏れている。


「まぁ、どうしても答えたくないってんなら、それでもいい」

「え?」


 ひょいと肩を竦めて、軽い雰囲気で言うハジメに、アウラロッドは拍子抜けしたような表情になる。


「利がないなら帰るだけだし。俺等、自力で帰れるからさ」

「んなっ!?」


 そんなの不可能! とは言い切れない。世界間移動が可能だからこそ、あんな疑問を抱いたに違いないのだから。


 アウラロッドが表情に焦燥を浮かべた。


「ほ、他の要求とか――」

「いや、今のが一番軽い要求だし」

「いったい何を要求する気で言質を取ったんですか!?」


 もうやだっ、この魔王、本当にコワイ! と言いたげに震えるアウラロッド。


 ハジメは容赦なく追撃をかけた。


「安心しろよ。別に、あんたから無理やり聞き出したりはしない。他の世界の女神から話は聞けるからな」


 もちろん、ブラフである。どうやら原則的に秘匿事項らしい世界の成り立ちに関して、いろいろやらかしているハジメ相手にルトリアが快く語ってくれるかは未知数だ。


 とはいえ、アウラロッドは当然、そんなこと知らないわけで。


〝ルトリアの宝珠〟を懐からチラッと見せてやれば……


「ちょっ、ちょっと待ってください! そ、それは!?」


 アウラロッドがわたわたとハジメに駆け寄った。その手にある宝珠をマジマジと見つめ、ハジメを見上げ、また宝珠を見つめ――を繰り返すこと五度。「う、うそ……他世界の天樹に認められて? え、こんな凶悪な人が? どこのトチ狂った女神ですか?」と呟いてしまう程度には、まるでハジメがどこぞの天樹から信頼を受けているように見えてしまう。


 アウラロッドが迷い始めたのを見て、浩介と光輝は震えた。本当に、あいつあくどい交渉するよなぁと。


 その光輝へ、ハジメが笑顔を向ける。天之河くん? 借りを返すチャンスだよ? と言いたげに。光輝は更に震えた。


「え~と、アウラ。南雲は確かに見た目が凶悪で、内面も恐ろしい奴だけど……」

「おいこら、勇者」

「だ・け・ど! 好んで世界を危機に陥れるような奴じゃない。まして、誰かの不幸を喜ぶような奴でもない。こいつが本当の意味で牙を剥くのは、自分や身内に危険が迫った時だけ。ただ真実を知りたいだけなんだっていう点は、俺が保証する」

「勇者様……」


 ハジメが、なんとも微妙な顔をしている。実は、ただ単に自分も帰ると口にしてほしかっただけなのだ。勇者まで帰るとなれば、きっとアウラロッドも折れるだろうと。


 それが、何を血迷ったのかいきなり語り出して……


 取り敢えず、隣に来てニヤニヤ顔を向けてくる浩介の額を義手デコピンして悶絶ブリッジさせておく。


「この世界を救う手伝いをする代わりに、南雲の要求に応えてやってくれないか? 何があっても、俺は最後まで残るから……この通りだ! どうか頼む!」


 深々と頭を下げる光輝。自分自身、ハジメには返しきれない借りがあると思っているが故に、けれど、上手く器用に物事を運ぶなんてことできないから、ただ己をかけて愚直に頼み込む。


 そんな光輝を、マジマジと見つめたアウラロッドは、やがて苦笑いを浮かべ、


「実のところ、勇者様以外にこれほど強力なお二人が召喚されたことは、まさに望外の事態でした」

「アウラ?」


 顔を上げて不思議そうな表情になる光輝。ハジメ達も訝しむような表情になる。


「先程、妖魔はこの世界に生きる命だと言いましたが、実は、他にも命はあるのです。彼等は、妖魔のように復活することはできません」

「なっ、普通に死ぬってことですか? まさか、さっきの大群にも……」


 サァッと青ざめる光輝に、アウラロッドは女神らしい慈愛の眼差しを向けながらゆるりと首を振った。


「彼等はこの世界で生まれた命。故に他世界の想念を必要とせず、狂いもしない」


 代わりに、伝承に語られるような強力な力を持たず、生まれ持った想念の力を年月と共に失っていくことで寿命を迎える。


 この世界の神魔や妖魔達の願いで生まれたのが最初。ある意味、伝承存在の子孫達というべきか。


 その種族の名を、


「――〝妖精〟と言います」


 ハジメ達は顔を見合わせた。どうやら大群の中に混じっていた伝承通りの妖精――もちろん、発狂していた上にゾンビみたいになっていたが――とは異なる住人達がいるようだと、好奇心を刺激された様子で。


「えっと……その妖精達は……」

「生き残っています。かつてに比べれば、ほんの僅かですが」


 曰く、昔は大陸中に国や都があったのだという。妖魔や神話の存在が統治することもあれば、妖精が妖精を生み出すこともできるので、代を重ねながら妖精だけの統治をすることもあった。利益や価値観の違い、単純に野望から争ったりということもあり、他の世界と変わらない営みがあったのだ。


 アウラロッドは足下に視線を向けた。


「この天樹の中、そして東と北の最果てに彼等の都がありますが……勇者召喚が成功しようとも、もはや東と北は見捨てざるを得ない状況でした」

「そんな……いや、でしたってことは……」

「はい、勇者様。南雲様と遠藤様の協力があるのなら、両方とも救うことが可能かもしれません」


 だから、とアウラロッドは初めてハジメや浩介の名を呼び、そしてハジメへと真っ直ぐな目を向けた。


「約束は守りましょう。ですから、どうか勇者様と共に、世界救済のご助力をお願い致します」


 祈るように両手を胸の前で組んだアウラロッドの真摯な願いに、ハジメは苦笑いを浮かべて、浩介は頬を掻きながら頷いた。


 そして、


「そんじゃあ早速」

「はい、世界の真実についてですね」

「いや、その話を含めていろいろ長くなりそうだし、落ち着いた場所に行きたい。というか、本物の妖精をこの目で見たい。だから取り敢えず、その妖精の都に案内して――」

「絶対に嫌です」


 断固とした拒否だった。今、前任者から「話しちゃだめよ」と言われたことさえ話す決心をしたというのに、鋼鉄の意志を感じさせる拒絶が見て取れた。


「アウラ? 南雲は別に、妖精に危害を加えたりはしないよ?」

「いえ、行きたければどうぞ、勝手に行ってくださって構いません。道も開きます。でも、私は絶対に行きません。ここで待ってます」

「なんでだよ」


 ハジメのツッコミに、アウラロッドは全力で視線を逸らした。


 光輝が心配そうな表情で思い当たったことを口にする。


「もしかして……アウラは妖精を嫌っているのかな?」

「まさか。愛しいに決まっているではありませんか」

「じゃあなんで?」


 アウラロッドは落ち着かない様子で、どうにも話したくなさそうに視線を彷徨わせている。が、ハジメ達からの突き刺さる視線に耐えかねてか、ボソボソと小さな声を漏らし始める。


「……絶対、嫌われてますもん」

「は? 嫌われるって……アウラが妖精達に?」

「絶対そうですもん」

「い、いや、なんで? アウラは五千年も彼等を守ってきたんだろう? どこに嫌われる要素が?」

「逆に言えば、五千年も問題を解決できず、そのままズルズルと滅びに向かっているだけではありませんか。絶対、〝うわっ、うちの女神、無能すぎ?〟とか思われてますもん」

「えっと、そう言われたのかい?」

「そんなの恐くて聞けないもん! でも絶対にそう思ってるもん!」


 語尾に〝もん〟をつける五千歳の女神。どうやら、アウラロッド的に相当デリケートな問題らしい。幼児退行してしまうくらい。


 とうとう隅っこの方で三角座りを始めてしまったアウラロッド。


 もう今更、民に合わせる顔がない。というか、民と会うのコワイ。冷たい目で見られたら……石なんか投げられたら……心が砕ける。そうなったら立ち直れる自信がない。私は貝になりたい……と情けないことを呟いている。


 仕方ないので、


「よし、じゃあ行くか。取り敢えず、下に行けばいんだろう?」

「ちょっ、やめて! 担ぎ上げないで! 不敬ですよ! このバチ当たり!」


 このいろいろと面倒くさい女神をひょいっと肩に担ぐハジメ。


「絶対に道は開きませんよ――アッ、その宝珠を使うのダメぇっ」


 愛しい民に会うことにビビリまくっている女神だったが、ハジメが〝ルトリアの宝珠〟で勝手に天樹内への道を開いていくのでジタバタと暴れる。


 裾がまくれて下着が丸出しになっており、それが光輝や浩介に晒されているのだが気が付いた様子もない。どれだけ必死なのか。


「おい、女神。抵抗するな。さもないと大事な天樹に物理的な穴が開くことになるぞ」

「で、でも! 妖精達に〝都に来てる暇があるなら働けよ〟って冷たい声音で言われたらどうするんですか!」

「被害妄想かもしれないだろ」

「こわいよぉ~、それならいっそ仕事に没頭していた方がいいよぉ~」


 しくしくと泣きながらも、天樹に風穴を開けられるのは困るので抵抗をやめたアウラロッド。そのままドナドナされるみたいに担がれたまま運ばれていく。


 それを見て、光輝達は顔を見合わせ、


「なぁ、天之河。絵面が完全に人さらいのそれなんだけど……」

「南雲だからなぁ……でも、ほら、引きずらずに担いでる当たり、少しは気を使ってるみたいだぞ?」

「イ゛~(さりげなく精神回復のアーティファクトも使ってますね~)」

「イッ(あ、今、女神の首に注射を……あれ、回復薬ですね)」


 合理的な理由からか、それともSっ気を見せた詫びか。


 いずれにしろ、首に注射を打たれてビックンビックンッと痙攣しつつも恍惚の表情を浮かべているアウラロッドは、実に酷い有様だった。


 そうして、どうあっても絵面がヤバくなってしまうらしいハジメの後に、光輝達は苦笑いを浮かべながら続いたのだった。














 で、話は妖精という存在への冒涜者との邂逅に戻る。


 ふっざけんなーっという魂の叫びが男性陣より放たれた直後のこと。


「ひぃっ、大きな声は出さないでぇっ」


 筋肉妖精が、なんかカリスマ○ードしていた。両手で頭を抱えてプルプルしている。


「や、やめてください! 彼女は戦いとは無縁のか弱い乙女なんですよ!」

「冗談は存在だけにしてくれ」


 見かねたアウラロッドがパタパタと駆け寄り、筋肉妖精を優しく慰める。


「冗談ではありません。彼女の名はブラウ。争いを嫌い、家事とお料理と裁縫をこよなく愛する心優しいニーベル一族の子です」

「むしろ、俺からしたらベル一族のブラウニーなんだが。伝承の家事妖精がなんて有様だよ。その筋肉はなんなんだ。何したらそんなに鍛えられるんだよ。家事と料理と裁縫の定義を教えてくれよ。絶対、鍛錬とプロテイン補給と外科処置的な意味だろ」

「酷い言いがかりです! ニーベル一族は皆、少しぽっちゃりさんなんです! お菓子作りが趣味だから!」


 ハジメのツッコミが冴え渡り、アウラロッドから斬新すぎるフォローが返る。筋肉に見えて実は脂肪だなんて、それはそれで異常事態だ。


「そもそも、私が選んだ巫女ですよ? 穏やかで気遣いができて、決して怒らず冷たい目で見たりもしない、最も優しい気性の一族を選ぶに決まっているじゃありませんか! 最小限の付き合いとはいえ、私が勇気を出して会話できる唯一の存在ですよ!」

「なんつー説得力だ」

「ついでに、なんて悲しい説得力だろう」

「今更だけど、なんで前任者はこの人を女神に選んだんだろうな」


 どうやら、この筋肉妖精ブラウ・ニーベルは本当に見かけだけらしい。


「えーと、でかい声だして悪かったな。ちょっと存在が凶悪な知り合いに似ていたもんだから」

「俺も悪かったよ」

「ブラウ・ニーベルさん、申し訳ない」


 見た目だけで判断してしまったのは事実なので、謝罪を口にするハジメ達。


 ブラウ・ニーベルはそっと顔を上げた。


「いいのよん。こちらこそ、ごめんなさいね。こんなことで怯えてしまって」


 なよなよしながらも立ち上がるブラウ・ニーベル。なるほど、確かに穏やかな気性の持ち主らしい。神秘だ。


「それで、女神様? この素敵な殿方達はいったい……それに、直接会いに来られるなんてどうされたの? たいていは脳内に直接語りかけてくるだけですのに」


 アウラロッドが、ゴキッと小首を傾げるブラウ・ニーベルに、ハジメ達の素性とこれまでの経緯を簡潔に説明する。


 途端、ォオオオオオオオオンッと獅子の咆哮が衝撃波となって場を蹂躙した。ハジメ達が耳を押さえて頭を振る。


「なんということ! なんということなのん! 世界の救済が遂に! いえ、それ以上に! 女神様が、その尊きお姿を皆に見せてくださるなんて!」

「お前の泣き声の方が〝なんてこと〟だよ!」

「こ、こここ、鼓膜が破れたっ――」

「くっ――〝風壁〟! 〝回天〟!」


 光輝が咄嗟に風の障壁を応用して音の伝播を阻害し、同時に鼓膜へのダメージを癒すために複数人用中級回復魔法を発動する。


「見せません! 見せませんよ! 私はここで待ちます! 彼等だけ案内してあげてください!」

「そんなっ、なぜなのん!? 女神様はやっぱり、あたし達妖精に失望していらっしゃるの!?」

「エッ!? してませんけど!? むしろ、失望されているのは私の方……」

「なぜ女神様に失望を!? 五千年も守り続け下さっているのにっ」

「嘘です。ブラウ・ニーベルは優しいからそう言うだけで、他の子達はきっと〝歴史上ワースト女神〟とか〝歴代女神に謝れ〟とか〝女神なのに世界を救えないなんておかしい。逆説的に女神こそが世界を滅ぼそうとしているのでは? この邪神め!〟とか思ってるに違いありません」

「そんなわけないわよん!」


 鼓膜の調子が戻ってきたハジメ達は顔を見合わせた。どうやら、というかやっぱり被害妄想っぽいと。それもお互いに。


 頑なに都へ下りようとしないアウラロッドと、どうにか民に姿を見せてほしいと懇願するブラウ・ニーベルの間を取り持つように、光輝が進み出た。


 そうして、冷静に話を聞いてみれば……


 どうやら、妖精達とアウラロッドはお互いに引け目を感じていたようだ。


 妖精達からすれば、自分達は大した力もなく、ただ守られているだけ。


 歴代の女神の中でも隔絶した才覚と、天樹の化身となる適性を有するアウラロッドの代わりになどなれるはずもなく、結果、五千年も負担をかけ続けている。


 だから、最初の千年は都にて寄り添ってくれていたのに、そのうち姿を見せなくなり、今は声すらも聞かせてくれなくなった。


 外で戦い始めた時には、どうにか応援だけでもと都から出ようとしたが、それも天樹を操作して出られないようにされ。


 都の神殿にて日々、感謝を捧げようとも応えはなく。


 あの手この手でアウラロッドに会おうとしても、まるで見るのも嫌だと言わんばかりに去ってしまう……


「ち、違います! 都から出たのはいたたまれなくなったからですし、侵攻時に出さないようにしたのは危険にさらさないためです!」

「でも、女神様? 神殿での祈りは……あそこで祈れば、女神様がどこにいようと届くはずだわん」

「うっ……だって、罵詈雑言が届いたら心が折れますし……」


 エゴサーチして傷つくことを恐れる芸能人みたいな女神様だった。周りの声なんてシャットアウトよ! みたいな。


 きっと、会いに来た妖精達に背を向けたのも、〝去った〟というより〝逃げた〟というべきなのだろう。


 その辺りを察して、ブラウ・ニーベルの眉(毛はない)が八の字になった。いつもは厳かな雰囲気で声だけを届けてくる女神様の実態を改めて理解し、なんとも言えない様子だ。


 妖精側の心情を聞いて、それでも「……何割ですか? そんな風に思っているのは全体の何割ですか? 九割くらいは無能だと思ってませんか? 忖度(そんたく)はなしです。実数で教えてください」とか呟いている女神に、光輝が若干呆れ顔で声をかける。


「アウラ、もういいんじゃないか?」

「勇者様?」


 困惑するアウラロッドに、光輝は少しだけ目尻を下げて言う。


「アウラは最後まで諦めなかった。だから、俺に声が届いた。実際の評判がどうであれ、アウラはやり遂げたんだ」

「……やり、遂げた?」

「世界は救われるよ。俺だけじゃなく、南雲達までいるんだ。しくじるわけがない。だから、アウラはもうやり遂げた。勇者召喚を成功させた時点でね」

「……」


 自信と確信に満ちた様子でそういう光輝が視線を巡らせば、ハジメ達も肩を竦めて頷く。


 それを見て、アウラロッドもまた、完全ではないけれど心の天秤は信じる方へ傾いたのだろう。顔がくしゃりと歪む。


「なら、胸を張って民の前に姿を見せたっていいじゃないか。何を不安に思うことがある? 自分を恥じる必要が、どこにあるっていうんだ?」

「う……」


 小さく呻くような声をあげて、去来する思いを呑み込むように(うつむ)いたアウラロッドは、少ししてゆっくりと顔を上げた。


 そして、


「ありがとうございます……。私も、都に行きます」


 はにかむような微笑を浮かべて、そう告げたのだった。


「ふふ、良かったわん。今日はきっと最高の日になるわねん! それに、やっぱりあたしの見立ては間違ってなかったわ! あなた達、良い男ねん!」


 バチコンッとウインク炸裂。男性陣にバッドステータス。マーライオン化しそうになるのを必死に堪える。ハジメが無意識のうちにドンナーを抜きかけたが、それもノガリマザーがパシッと手を握って止めてくれた。グッジョブ。


「あ、あの……南雲殿」

「あ、ああ。なんだ、女神」


 ふぅふぅっと呼吸を整えているハジメの前に、アウラロッドがやって来た。


「申し訳ないですが……良ければ、皆さんがつけていた目元を覆う道具、貸してもらえませんか?」

「あ? サングラスをか? まぁ、いいが」


 特に拒否する理由もないので宝物庫から取り出し貸与する。


 すると、アウラロッドは何を思ったのか、それを装着し、更に身に纏っていた衣装を輝かせた。どうやら植物の繊維で出来た衣装は、彼女の任意で生地を増やすことも形状を変化させることもできるらしい。


 それで、フードを作り出して目深に被り……更に、マスクも作って装着。


「コフーッ、コフーッ。まだ少し恐いので、お忍びで行こうと思いますコフーッ。民に姿を見せるにしても、少しタイミングを見計らいたいですしコフーッ。何より、世界の成り立ちや世界救済の方法などについてコフーッ、まずお話しなければなりませんからコフーッ。これなら誰も私が女神とは気が付かないでしょうコフーッ、コフーッ」

「そら完全に不審者だからな」

「こんな女神は嫌だもんな、誰だって」

「取り敢えず、アウラ。マスクはそんなにみっちり密着させなくても……呼吸音がやばいよ」

「コフーッ?」


 余計に目立つこと確実である。


「まずは、あたしの家に行きましょうか。都を一望できるわん。街中は通らないから大丈夫でしょう。お料理も振る舞うわ!」


 ブラウ・ニーベルは、確かに気遣いのできる妖精だった。


 そうして、一行はブラウ・ニーベルに先導されて都へ通じる門前へと移動し、


「それじゃあ、今から門を開けるから少し下がっててねん?」


 なんてことを言って、しゃがみ込みながら門の下部に手を差し入れたブラウ・ニーベルは、


「ゼェァアアアアアアアアアアアッ!!!」


 裂帛の気合いと共に、門を膂力で上げ始めた!


 なお、木の枝で編まれた門は、高さ七メートル・横幅四メートルの巨大さを誇る。


 当然、重量もそれなりのはずで……


 ブラウ・ニーベルの全身がガチガチに隆起し、血管が浮き出て、肉の軋むような音まで響く。


「やっぱり筋肉じゃねぇかっ」


 ハジメのツッコミは、ブラウ・ニーベルの勇ましい雄叫びに掻き消された。


 ゴゴゴッと音を立てながら、まるで重量挙げの選手のように持ち上げたブラウ・ニーベルの、血走った目が訴えてくる。「さぁ、今のうちに通りなさい」と。


 いそいそと横を通るハジメ達。


 直後、ズシンッと地響きを立てて門が落ちた。


 全身から汗の湯気を立てて、バシューッと鼻から熱気を排出するブラウ・ニーベルの姿は、まさに戦神。神話決戦時のベル一族そのもの。


「女神、白状しろ。こいつ絶対に強いだろ」

「こふぅ~」


 アウラロッドは、そっと視線を逸らしたのだった。知りたくない現実から目を逸らすように。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


説明回なのにあんまり説明できていない件。

あと説明内容もちょっと修正するかもです。11巻が無事に入稿し、息抜きにプライムで『メンタリスト』とかアメドラ見始めたら止まらなくなり、また書く時間がなくなって焦って書いたもので(汗

次週、説明回(下)です。よろしくお願いします。



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― 新着の感想 ―
メンタリスト面白いですよね! ありふれ、いつも楽しく読ませていただいてます。 やっとここまで辿り着きました。ストーリーが面白くて飽きないですし、キャラが生き生きとしてて最高です! 書籍版も徐々に購入…
この妖精をハウリア化すればこのセカイ救われるんでないか?ボブはいぶかしんだ
この漢女妖精を下せる妖魔がいるのか? 妖精の方が強いだろう!? 九尾も龍も勝てないよ、きっと。
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