表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
383/551

魔王&勇者編 後日談② 戦い続けますっ、死ぬまでは!



 しんとした空気が漂っていた。


 アウラロッド・レア・レフィートと名乗った女神からこぼれ落ちた、


――も、もう五千年ほど不眠不休で頑張ってるのですが……まだ助けてもらうわけには……あ、ごめんなさい。頑張らないとダメですよね……そうですよね、はい


 という言葉で。


 女神の威厳ある目が、いっそ鮮やかなほどに死んでいく。期待していた援軍が来ないことを告げられたあげく、納期は絶対! 稼働をあげて乗り切れ! と宣告されたブラック企業の社畜のように。


 神々しい後光がひゅるるるる~といった感じで萎んでいく。


 神聖な雰囲気だったこの真白の空間も、「もう演出する力もないっす……」と言っているかのように色褪せていく。


 そうすれば、あらわになっていくアウラロッドさんの絶世の美貌(哀)。


「うわぁ、なんだあの目の隈……」

「痩せてるというより、やつれてるな……死相が浮かんでるじゃねぇか」


 浩介がドン引きし、ハジメの頬が引き攣る。


 過剰な光で誤魔化されていた女神の、安い発泡酒だけが心の友と言いそうな疲れ果てたOLさんの如き姿があらわになった。


 キラキラだったプラチナブロンドも、美しい純白の衣装も、悲しいほどによれよれ。


 肌は潤いを失っていて、先程の威厳はどこにいったとツッコミたくなるほど猫背。


 いろんな意味で、実に酷い有様だった。


 つまり、そんな今にも天に召されてしまいそうな、むしろ天国ウェルカムしそうな女神相手に、某勇者は「もっと頑張れ!」と言ったわけで。


 ハジメと浩介の鬼畜生(おにちくしょう)を見るような目が光輝に突き刺さった。


 うっ、と身を震わせる光輝。


「イ゛~~!(や~いや~いっ、死体蹴り勇者! この女神殺しぃ~!)」

「イ゛~~!(い~けないんだぁいけなんだぁ♪ このパワハラ勇者ぁ! 土下座しろぉ!)」

「何を言ってるのか分からないけど、面白半分で責められているのは分かるっ」


 ハジメの頭の上のエガリさんと、その斜め後ろに控えるマザーノガリさんが脚と指をこれでもかと差してはやし立てる。まるで、放課後のホームルームで先生に言いつけたい小学生のように。


 イラッとするも、既に限界まで追い詰められているっぽい相手を追撃するような真似をしてしまったのは事実だ。


 光輝は、背後からのイ゛♪ イ゛♪とうるさい声を無視し、アウラロッドへと向き直った。


 女神様、じっと床の一点を見つめている。こわい。何より、やばい。雰囲気が。


「あ、あの、女神様? すみません、俺、何も知らないのに言い過ぎました。よければ事情を――」

「無能ですみません。頑張ります」

「え? いや、あの女神様――」

「役立たずですみません。文句を言わず働きます」

「……」

「できないのは、私の頑張りが足りないからです。申し訳ありません――」

「もういいですからっ!! お願いだから休んでくださいぃっ」


 魂がどこかに飛んでいるっぽい女神様に、光輝は思わず叫んだ。どんどん猫背になっていくので、慌てて駆け寄り支えてあげる。


 そうして近づけば分かる、アウラロッドさんのヒュッヒュッという奇妙な呼吸音。


 この女神、女神業のストレスで過呼吸になっていらっしゃる。


「大丈夫、大丈夫ですよっ。ほら、深呼吸して! ヒッヒッフーですよ!」

「天之河、そりゃ出産の時のだろ」

「冷静にツッコミ入れるくらいなら、回復薬の一つでもくれないか!?」


 効くかは分からないけど! と、アウラロッドさんの背中をポンポンしながら訴える光輝へ、ハジメは肩を竦めて回復薬を宝物庫から取り出して投げ渡した。


 空中をくるくると回って飛んできたそれをキャッチした光輝は、いつものアンプルでないことを訝しみ、というか普通のアルミ缶だったので怪訝に思い視線を落とした。


 そして、


「モンスター○ナジーじゃないかぁっ!!」


 地面に叩き付けそうになって、(すんで)のところで堪える。


「仕事に疲れ果てても更に頑張りたい時はそれだろ。父さんや母さんの職場でデスマーチになった時はな、箱買いしてるそれをスタッフ全員でキメて乗り切るんだ。もはや、南雲家の隠れた家族と言っても過言じゃない」

「あ、だからか。うちにお中元で大量のモンエ○を送ってきたのは」


 浩介が納得したように頷いた。息子の依頼で浩介くんを苦労させているので、と南雲夫妻から一年分(遠藤家一人につき)のモンエ○が送られてきたのだが、エナジードリンク系を(たしな)まない遠藤家は大変困惑したものである。


「いや、だからって……」

「安心しろ。ただのモンエ○じゃあない。市販品のそれに、ちょっと手を加えてある。こう注射器で特別配合のチートメイトDr(ドリンク)を注入して――」

「絵面ッ!!」


 確かに、どう見てもヤバいお薬を混入しているヤバい人の図である。


「大丈夫だって。父さんの会社の人達にも、母さんの事務所の人達にも好評だし」

「ほ、本当だろうな……」

「大丈夫だと思うぞ、天之河。うちでも試しに飲んだけど、そんなに問題はなかった」

「〝そんなに〟の部分がめちゃくちゃ気になるんだが!? 遠藤家は大丈夫か!?」


 大丈夫だとも、問題ない。ちょっとばかし、興奮した宗介(浩介の兄)がしつこいナンパで通報され、お巡りさんに補導&お説教を食らったり、真実(妹ちゃん)の腐本制作が凄く捗り、某エクソシスト少年が心に傷を負ったくらいで。


 なお、遠藤家だけではとても消費しきれないので、大半は遠藤夫妻の職場である市役所にお裾分けしており、一時期、職務の進行率が過去最高を示したとか。


 お役所なのに仕事が異様に早いと、市民にも好評だったらしい。ただ、目がギンギンに冴えている窓口係りだけは、ちょっと恐いと不評だったようだが。


 閑話休題。


 目を全力で逸らしている浩介にそこはかとない不安を覚える光輝。しかし、刻一刻と精神が不安定になっていく女神の方が不安なので、仕方なくモンエ○を渡す。


 虚ろな目が、動くものを無意識に追うような生気のなさでモンエ○を追い、やはり無意識のうちに受け取る。


「???」


 だが、アウラロッドはそれが何か分からないようだった。飲料缶など見たことがないのだろう。ならば、プルタブの開け方も当然知らないに違いない。


 光輝は優しい手つきでモンエ○を取り、プシュッと開けて、再度、差し出した。


「女神様、これは元気になる飲み物です」


 自分で言ってめちゃくちゃ怪しい響きだなと思いつつ、女神様がこんな有様になった原因として、できる限り優しい雰囲気を心がける。


「さぁ、飲んでください」

「え……私に?」


 信じられない……みたいな表情のアウラロッド。ただ飲み物を差し出しただけで、望外のご厚意をいただいた! みたいな大袈裟なリアクションに、光輝のみならずハジメ達まで涙が出そう。


 おずおずと受け取り、「本当に飲んでいいの? 後で対価を払えとか言わない?」みたいな感じの視線をチラチラと光輝へ向けるアウラロッドに、女神の威厳は皆無だった。


「大丈夫ですから。さっきは事情も知らず、貴女を追い詰めるようなことを言ってしまってすみませんでした。これはお詫びみたいなものです」

「え、あ、そ、そんな……」


 もごもごと口の中で何かを呟きつつ、やっぱりチラチラと光輝を見ながらモンエ○に口をつける。


 こくりっと喉を鳴らし……


 死んだ目が大きく見開かれた。両手の先でかわいらしく缶を持ちながら、くぴ! くぴ! くぴぴ! と勢いよく飲んでいく。


 どうやら気に入ったようだ。風呂上がりのコーヒー牛乳を、腰に手を当てて飲むおじさんの如く仰け反っていく。同時に、目の輝きも戻っていく。


 そして、


「くっはぁーーーーっ!!」


 仕事終わりにビールを煽ったおじさん女神が、そこにいた。無意味に缶を頭上に掲げ、反対の手は握り拳を作り、目が(><)みたいになっている。


「め、女神様?」

「いける……これならいける! あと三千年は戦えます!」

「休んでください」

「とことん社畜根性が染みついてやがるな」

「神にもいろいろあるんだなぁ」

「イ゛~~(哀れ……ほろり)」

「イ゛~イ゛(かつてを思い出してしまいます……ほろり)」


 ちょっと輝きを取り戻した女神様。流石はモンエ○・魔王特別配合Ver。女神もギンギンに冴えさせる魔法の飲み物である。(※注意:作中のモンエ○は架空のものです。リアルの方には、なんら危険な成分は入っておりません。美味しく冴えさせてくれる人類の味方です)


「女神様、少しは元気が出ましたか?」

「え、あ、あっ、こ、こここれはお恥ずかしいところを……」


 まるでコミュ障な女子がリア充イケメンに話しかけられたかのような慌てぶり。


 光輝は苦笑いを浮かべつつ缶を回収しようと手を差し出す。アウラロッドは、その光輝の手と、手元の空き缶へ交互に視線を向け、


「あの、女神様? なんで抱え込むんです? ゴミならこっちで処分しますので――」

「ゴ、ゴミだなんてとんでもない! これは私の宝物です!」


 空き缶を抱え込み、光輝に背を向ける女神様。


「誰かに優しくされたのなんて、五千年ぶり……」


 五千年ぶりらしい。全員の目からぶわっと感情が溢れ出しそうになる。そりゃあ、ただの空き缶でも宝物に見えちゃうだろう、と。


「はっ、こんなに優しくしてくれるということは……もしかして私のことが……好き?」

「いえ、違います」


 ばっさり言っちゃうのは、きっと勇者の成長の証。


 そして、缶ジュース一本おごってもらっただけで思考が恋愛方面にぶっ飛ぶ女神様は、チョロいのを通り越して、だいぶ危ない系の人かもしれない。


 だって、都合良く光輝の否定は鼓膜をスルーしたようだし。


 今も、肩越しにチラチラと、獲物を見るような熱っぽい目を向けてるし。


 浩介がケッと唾吐きそうな表情で言う。


「これだからイケメンは。ハーレム男は爆死しろ」

「エガリ、撮影はしてるな? くくっ、あの砂漠の女王が見たらどんな反応をすっかな。ハーレム男は修羅場って困れ」

「お前等にだけは言われたくないっ!!」


 ごもっとも。本当にごもっとも。


「ごほんっ、それで女神様。いったい、どうして俺を召喚したんですか?」


 いそいそと空き缶を懐にしまい込んでいるアウラロッドの姿を、話が進まないので頑張ってスルーしつつ、光輝は本題へと踏み込んだ。


 アウラロッドは咳払いを一つして、今更ながらに厳かな表情になりつつ口を開いて――


 その瞬間、激震が空間を襲った。


「なんだ!?」

「どうせ、この世界に〝お前が〟呼ばれた理由だろう? 襲撃か自然災害かは知らんが」

「そもそもここどこなんだろうな? 地平線も定かじゃねぇし」


 肩を竦めるハジメと視線を巡らしている浩介の二人は、断続的に襲い来る激震の最中にあって実に冷静だ。光輝が少し赤面する。自分だけ慌てたのが恥ずかしかったらしい。


 なので、冷静にアウラロッドへ尋ねようとして、


「た、大変! 結界が破れてしまいますっ」


 わたわたしながらも踵を返したアウラロッドは、途中でぱたりっと動きを止めて振り返り、なんだか縋るような眼差しになった。


 だが、それも一瞬のこと。


「勇者様、巻き込んでしまった皆さん、少しお時間を。勝手ばかりで申し訳ありませんが、今は、この危機を凌ぐことを優先させてくださいませ」


 そう言って、柏手をパンッと一つ。


 途端、真白の空間は霧が晴れたみたいに消えて、代わりに薄暗く狭い空間がハジメ達の視界に飛び込んできた。


「ここって……まるで樹の洞みたいだな」

「予想はしていた。ま、召喚され損ってことはなさそうだな」

「……南雲? なんか悪い顔になってるぞ? 変なこと考えてないだろうな?」


 なんて会話を余所に、アウラロッドは「ここなら安全です。戻るまでお待ちください!」と樹の壁に向かって駆け出した。


「えっ、ちょっ! なんのために俺達を喚んだんですか!?」

「頑張れます! 私、まだまだ頑張れますから!」


 なるほど。


「流石はモンエ○だな。女神もギンギンだぜ」

「なぁ、南雲。実は、市長さんから追加はないのか、どこの業者だ?って父さんに問い合わせが来てるんだけど。市販品買ったんだけど、なんか物足りないって」

「遠藤! 気付け! それ依存が始まってるぞ! 追加どころか回収した方がいい!」


 なんてハジメ達が話している間にも、女神は壁へと突進し、あわやそのままぶつかるかと思われたが……


 樹の壁がアウラロッドを阻むことはなく、自動ドアのように左右に分かたれアーチ状の通路を作っていく。


 ハジメ達は顔を見合わせると、暗黙の内の全会一致をみせてアウラロッドの後を追った。


「なぁ、南雲。ここって、やっぱりそうなのか?」


 光輝の質問に、ハジメは頷いた。


「ああ、天樹だったか? まぁ要するに、この世界の大樹の中なんだろうよ。アウラロッドは、ルトリアの同類ってところだろう」


 浩介が併走しながらポンッと手を叩く。


「なるほど、それで南雲、お前、直ぐにゲートで帰ろうとしなかったんだな?」


 光輝が召喚される前、あれだけ抵抗していたのだ。普段のハジメなら、たとえデスマーチの辛さを知っていても、大人しくブラック女神のブラックな有様を眺めていたりはしない。知ったことかと帰ったに違いないのだ。まして、特別製のモンエ○を譲ったりなどするわけがない。


「この世界は、どうやら魔力が霧散することもないし、だから、最初は魔力が足りないのかとも思ったけど……」

「そうか、南雲は女神様に聞く気なんだな。〝世界の仕組み〟に関する仮説が正しいかどうか」

「まぁな。ルトリアに聞きに行くのでも問題ないが、整合性を確認する意味で、複数の女神から情報を得られるなら、それに越したことはない」


 なんて話をしている間に、通路の先に光が見えた。


 その出口から一歩を踏み出せば、当然、この世界の風景が視界に飛び込んでくるわけだが……


「こいつはまた……」

「な、なぁ、南雲、天之河。俺の勘違いか? なんかすげぇ高く感じるんだけど」

「いや、気のせいじゃないよ、遠藤。この大樹……尋常じゃない高さだ」


 まばらな雲が見えた。眼下に。大樹ウーア・アルトと樹海における濃霧の雲海モドキではない。雲の狭間からは確かに、遥か下の大地が見える。目測で、およそ三千メートルといったところか。


 比例して、天樹の太さもまた凄まじい。まさに計り知れず。辛うじて予想できるのは、地上付近の太さにおいて、おそらくハイリヒ王国の王都がすっぽり収まってしまうだろう、ということくらい。


 なるほど、〝天を衝く樹〟故に〝天樹〟というなら納得の威容である。


 だが、それほど壮大で、ハジメ達をして息を呑ましめるほどの巨大さだというのに、葉はまばらで、ところどころ枝が朽ちてしまっている。


 地上へ視線を落とせば、天樹を中心に一キロほどは綺麗なサークルを描くように緑が生い茂っているが、そこから先は前のSF世界もかくやという荒廃ぶり。


 空に太陽は輝けど、薄ぼんやりしていて十分な光は届いていない。よく見れば、空気が綺麗なのは天樹の周辺だけで、大気全体が灰色がかったスモッグに覆われているようだった。


「世界がやばいっていうのは、どうやら本当っぽいな」

「いやいや、南雲! 冷静に感想を漏らしてる場合じゃないって」


 光輝が指を差す。


 大気を覆うスモッグやまばらな雲を一時的に消し飛ばす存在を。


 今この瞬間も激震を迸らせ、天樹の結界を虹色に明滅させて可視化させている原因。


 宙にあって雷光を纏い、狂ったように凄絶な雷撃を迸らせている――獣。


 浩介が感嘆とも困惑ともつかない表情で言う。


「なぁ、俺の見間違いじゃなきゃ、あれって結構有名だったりしないか?」

「すっげぇ有名だな。あれが実際のところどういう存在かは分からないが、見た目はまんまだ。俺、ちょっと感動してる」


 その獣には、九本の尾があった。体長七、八メートルくらいの巨大な狐だった。


 そう、天樹を襲撃している犯人は、サブカルチャーも伝承や昔話の類いにも疎くとも大抵の人は知っている代表的な大妖怪――九尾の狐だった。少なくとも見た目は。


 空を自在に駆け、九尾から間断なき雷撃の嵐を繰り出している。


 カァンッと空気を叩いたようなかん高い衝撃音に続き、雷光が視界を明滅させ、その度に天樹を覆う円錐状の結界が虹色に輝きを散らしているのだ。


「いや、気持ちは分かるけど……俺もすごいってちょっと思ってるし。でも、そんなこと言ってる場合じゃないっていうかさ。ほら、女神様が――」


 実は、というか当然、天樹の太い枝から九尾を眺めているハジメ達の視線の先には、対処しに行った女神アウラロッドも映っていった。


 美しい白光の球体に身を包みながら、同じく空を自在に飛び回り、純白の閃光や光弾を放って応戦している。


 だが、傍から見ても押されているようだった。アウラロッドの攻撃は簡単に回避され、片手間のような雷撃で反撃を食らい、何度も天樹への攻撃を許してしまっている。


「モンエ○で復活したはずだが……元々そんなに強くないのか?」

「それか、九尾がめちゃ強いとか?」

「南雲、遠藤。そもそもの話をするぞ? モンエ○は神水じゃない! 一缶飲んで五千年分の疲労が消えるわけないだろ! ギンギンになって誤魔化してるだけだからな!」


 なぜだろう。浩介が微妙に嬉しそうな表情になっている。おそらく、ここに来てツッコミ役が替わった! そうだ! お前も地団駄を踏め、天之河! 俺達は仲間だろ!! とか思ってる顔だ。


「そんなに言うなら、お前が助けにいけよ」

「空中戦は無能で悪いなっ!! 聖剣もあの距離じゃあ届かないんだよぉ!」


 やっぱり、目の前で困っている相手は見捨てられないらしい勇者が地団駄を踏んだ。


 とか言ってる間に、


「あばーーっ!?」


 悲鳴が木霊し、アウラロッドが吹き飛んでいた。白煙を噴き上げ、肌が真っ赤に染まっている。どうやら雷撃の直撃を受けたらしい。


 空中を錐揉みし、しかし、虚空を踏みしめるようにして辛うじて滞空。


「うぐぐっ」


 唸りながらも、キッと九尾を睨み付けるアウラロッド。天樹が淡く輝き、途端、大火傷を負っていたアウラロッドが衣装ごと元に戻る。


「頑張れ頑張れっ、私! できるできるっ、諦めたらそこで世界が終了!」


 仕方なく、機動力の面から足手まといになるおそれを呑み込んで、空中の障壁を足場にして駆けつけようとした光輝が思わず動きを止めた。


 アウラロッドの体から無数の枝葉がうねるようにして生み出され、かと思えば次の瞬間、一斉に射出されたのである。


 九尾に向かって飛翔する十数本の枝は、途中でパァンッと弾けて分裂すると、一気に数百の小さな飛槍となった。おまけに、高速移動する九尾に向けて軌道修正したり、一部は曲射のように曲がって左右上下からの挟み撃ちまでする始末。


 九尾が全身からスパークを放って雷の球体を創り出し、防御を固めた。


 大半の枝槍は消滅してしまうが、数本が雷撃防御をすり抜け九尾の体に突き刺さる。


 そうすれば、


――クァアアアアアアアンッ!?


 ここに来て初めて、九尾が悲鳴を上げた。その巨体に比して小さな枝が数本刺さっているだけなのに、まるで致命傷でも食らったみたいに。


 空中で身悶える九尾。その苦痛の原因は直ぐに判明した。傷口から急速に枝葉が生い茂り始めたのだ。


「えぐいな……刺さったが最後、体内に入り込んで生長するのかよ」

「これ、助けいらないんじゃないか?」

「ど、どうなんだろうな……」


 助けは、どうやら必要らしい。


 九尾が今までで最大規模の雷撃の豪雨を降らせた。それが、回避する暇も与えずアウラロッドに降り注ぐ。


「ぁああああああっ!!」


 体から生み出す極太の枝が渦巻き防壁となる。


 だが、刻一刻と生長する枝葉に呑まれていく九尾も、もはやここまでと命を費やす攻撃をしているのだろう。ユエの放つ雷属性最上級魔法〝天灼〟もかくやというべきそれに、アウラロッドは地上まで一気に叩き落とされた。


 衝撃音と粉塵が舞い、大きなクレーターができる。その中心で、必死の形相で樹の防壁を維持するアウラロッド。その瞳が輝きを放ち、地面から飛び出した太い樹の根が更に防御を固めるが……


 世界を染め上げるような極大雷撃の乱れ撃ちに、樹の防壁は加速度的に焼滅していき、遂に生み出す樹が徐々に足りなくなっていく。


「こいつはやばいな。取り敢えず、狙撃しとくか」


 おそらく、九尾が枝葉に呑まれるより、アウラロッドの防御が抜かれる方が早い。そう判断したハジメは、情報源を早々に失うのも困るとシュラーゲンを取り出そうとして――


「お、おい、天之河? 大丈夫か? さっきから構えたまま微動だにしないけど」


 浩介の声に、そう言えば途中から静かだった光輝へと視線を向ける。


 すると、そこには抜刀術の構えを取ったまま瞑目する光輝がいて。


「――分かるよ、聖剣。ありがとう」


 なんて呟いたかと思えば、直後、抜刀。ただし振り抜かず、右足を引いて半身となり、刀モードの聖剣を腰だめに。左手は、まるで刀身を隠すみたいに峰に添えられて――


「――射貫け、聖剣!!」


 刹那、九尾の頭に縦長の穴が空いた。剣閃も見えない。刀の長さが変わったかどうかも分からない。


 だが、それでも結果は何よりも雄弁に、伸長した聖剣が穿ったという事実を示している。


 もっとも、天樹の頂上付近にあるこの場所と、結界の外かつ地上に近づいていた九尾との距離は、目測で二千メートルは離れているのだが。


 雷撃が止まり、九尾があっけないほど簡単にホロホロと崩れるようにして消えていく。生物が死んだにしては、あまりに奇妙ではあったが……


 光輝は唇を噛み締めた。言葉を交わすこともなく命を奪ってしまったことへのやりきれなさや苦悩に襲われているのだろう。


 だが、ハジメからすれば、そんなことはどうでもよくて。


「お前の聖剣、ほんとどうなってんだ。確か、五十メートルくらいが限度じゃなかったか、それ」

「え? いや、なんか聖剣ができるってイメージを伝えてくれて……」

「なぁ、天之河。それどれくらい伸びるんだ?」

「えっと、なんか頑張れば三キロくらいいけそうな感じ?」


 ハジメと浩介の目が合った。そして、互いに頷く。こいつ、そのうち絶対に「13キロや」とか言い出すぞ、と。


「南雲、毒殺されないよう気を付けろよ。掠っただけで即死かもしれないからな?」

「だな。天之河のためなら、この聖剣、とことん要求に応えそうだし」

「なんの話だ!?」


 健気な聖剣ちゃんの、果てのない献身と進化についてである。無限魔力も掌中に収めた魔王様は既に天に立っていそうなので、余計に危ない。


 なんだか恐ろしそうな目で聖剣を見つめるハジメと浩介に首を傾げつつも、光輝は視線を落とした。


 いつの間にかアウラロッドが上がってきていた。三百メートルほど下から、潤んだ瞳で……否、ちょっと危険な香りのする某日常的な別時空の香織さんみたいな目で光輝を見つめている。


 追い詰められている人への優しさは、ある種の猛毒である……


 なぜか、そんな言葉が光輝の頭を過ぎった。頬が引き攣っちゃう。


 と、その瞬間、ゴウッと大気が唸った。かと思えば、


「あびゃ!?」


 女神が出しちゃダメな感じの悲鳴を上げて、アウラロッドが吹き飛んだ。天樹の幹に激突し、そのままずりずりと太い枝の上に落下する。


 四つん這いになった女神さん。


「えっぐ、ひっぐっ」


 涙目で痛みを堪えている。片手で鼻を押さえているのだが、その指の隙間からダラダラと血が滴り落ちている。どうやら顔面殴打を食らったようだ。女神様にあるまじき哀れで悲惨の様子だ。


「女神様!」


 真っ先にアウラロッドのもとへ飛び降りる光輝。


 女神の顔面を遠慮なく殴打した犯人は、これまた見覚えのある姿をしていた。


「おいおい、今度は鴉天狗って奴か? この世界はいったいどうなってんだ?」


 地球でネット検索すればいくらでも出てくるだろう定番の恰好をした、まさに鴉天狗というべき第二の襲撃者が、そこにいた。


 女神に追撃をかけようとしたので、今度はハジメがドンナーの引き金を引いた。


 視認も難しい超高速飛翔で接近し女神に大ダメージを与えた鴉天狗は、しかし、流石にレールガンの不意打ちにはどうすることもできなかったようだ。あっさり頭部を吹き飛ばされ、やはり体を崩壊させながら地へと落ちていく。


 ハジメと浩介、そして妙に大人しいエガリとノガリが続く形でアウラロッドのもとへ。


「女神様、大丈夫ですか?」

「うぅ、また優しくされてしまいました……これはやはり、私のことが好き……」

「いえ、勘違いです」

「女神はなんでも知っています。それは照れ隠し――」

「照れてませんし隠してません」

「え? 何か言いました?」

「こ、この女神、意外に余裕なのか……?」


 鼻血まみれの女神様、難聴系主人公になる。


 その間にも天樹が輝き、アウラロッドはまたもノーダメージ状態へ戻った。


「おい、ラブコメしてる場合じゃないぞ。団体客が詰めかけてる」

「はは……遠目だけど、ほんと知ってる感じの奴がめちゃ多いんだけど」


 ハッとしたように光輝とアウラロッドが枝の端から身を乗り出すようにして地上へ視線を向けた。


「なんて数だ」


 大地がうごめいていた。そう錯覚するほどの怪物パレード。数十万、あるいは数百万という数の異形共が、この天樹を目指して進軍してきていた。


 しかも、感じる気配からすれば、天樹の反対側からも、否、全方位から迫ってきているのが分かる。


 おまけに、技能〝遠見〟やサングラスの望遠で見れば、浩介の言う通り、先程の九尾や鴉天狗同様に、どこかで見たことのある姿が実に多い。そう、いわゆる〝妖怪〟だ。それだけでなく、狼男のような西洋系の異形種も見える。


「……そんな……どうしてこのタイミングで……」


 愕然とした様子を見せるアウラロッドだったが、原因は直ぐに思い当たったようだ。


「……どうやら、勇者召喚で発した力を感知されたようです。……いえ、あるいは私が消耗する瞬間をずっと待ち構えていたのかもしれません……」


 アウラロッドが歯噛みしている。だが、直ぐに頭を振って立ち上がると、


「やるしかありませんね。ええ、やるしかないのなら、やるしかないのです」


 再び、目を腐らせた。まるで、デスマーチを乗り切って「さぁ、愛しのおフトゥンちゃんに飛び込むぞぉ!」と思った直後、大量の仕事が雪崩れ込んできた……といった様子。


「め、女神様? 今、召喚で消耗してるって……それに、治っているとはいえ、さっきかなりのダメージを……」

「問題ありません! 天樹さえ無事なら、私は不死身なのです!」


 瞳がどんどん濁っていく。唇が不自然に痙攣している。


「全身火傷も鼻血も軽傷軽傷! 手足を引き千切られようとも、全身粉砕されようとも天樹が生かし続けてくれるので! 意識さえ失いません! この五千年で、もう何万回も経験したことですから慣れました!」


 不自然なほど元気な声が空気を震わせる。


 ついでに、ハジメ達の心も震える。主にブラックを通り越してダークネスな女神業の内容に。


 もはや、生かし続けてくれると言うより、それは〝死ねない〟と言うべきでは? 意識さえ失わないのではなく、〝気絶も許されない〟と言うべきでは? と。


 アウラロッドさん、見る者の正気をごっそり削りそうな歪でダークネス笑顔を晒しつつ、その言葉を響かせた。


「頑張ります! もっともっと頑張ります! もう休みがほしいなんて言いません! 助けを求めたりもしません! 戦い続けますっ、死ぬまでは!」

「頑張れって言って、本当にすみませんでしたぁっ!!!!」


 勇者、女神様に土下座する。元土下座マスターなハジメさんが思わず感心するほどキレのある、心のこもった素晴らしい土下座だった。


 光輝は光輝で「もういやだ!」と思うに十分な経験をしているので、アウラロッドに思わず叫んでしまったのは無理もないことなのだが……


 圧倒的なブラックレベルの差に、謝罪せずにはいられなかったらしい。


 と、そこへ、またも激震が。


 全方位から無数の閃光やら火炎やらが襲いかかり、そのまま天樹に直撃したのだ。


 そうすれば途端に、


「カハッ!?」

「女神様ぁあああああっ!?」


 アウラロッドが盛大に吐血した。


「うっ、先程の戦いで結界を張る力がもう……それに、天樹のダメージは、私のダメージになるのです……」


 鬼畜仕様らしい。ぜひっぜひっと喘鳴音を響かせ、ついでにオロロロ~とマーライオンしている女神様は、しかし、それでようやく少し正気に戻ったらしい。


 社畜の狂気から抜け出して、ようやく現実を見る。


「勇者様、どうかご助力を。天樹が陥落すれば、もはや世界を立て直すことは不可能。緩やかな滅びを迎えるしかありません。どうかっ」


 もはや、根性論でどうにかなる段階ではない。誰かの助力なくしては、目の前の滅びは確実に世界を覆う。


 どうやら、本当の本当に瀬戸際なのだと理解した光輝は、それでも僅かな躊躇いを見せる。まだ、事情を聞いていない。何も知らず命を奪う行為を、そう簡単に許容できない。


 とはいえ、時間は逼迫していて、選択しなければならないのというのなら……


 と、そんな光輝を見て助け船のつもりか、浩介が微苦笑を浮かべつつハジメへと視線を向けた。


「で、どうするよ、南雲」

「ま、取り敢えず、貴重な化身付き大樹を奪われるのは望むところじゃねぇな」


 肩を竦めて、ハジメはクロス・ヴェルトを大量召喚した。聖樹にそうしたように、天樹の周囲に展開して多重結界を展開する。


 刹那のタイミングで襲い来た第二波が完璧に防がれたのを見て、アウラロッドが驚愕に目を見開いた。驚きのあまり、ぽぴゅっと吐血しながら。


 そんなアウラロッドへ、ハジメは実に()()()()で近づく。


 そして、アウラロッドが何か異様な迫力を感じてぽぴゅぴゅっと連続吐血しながら後退っても、気遣うこともなく――


「で、女神。このまま見捨てられるのと、俺達が望むだけの対価を払って救われるのと、どっちがいい?」


 そんな鬼畜な話を持ちかけた。


 女神アウラロッドの返答は当然、


「ぽぴゅっ!」


 溢れんばかりの吐血だった。






いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※ネタ紹介

・13キロや

⇒某オサレ死神漫画の元三番隊隊長様より。※感想欄に書いてくださった方がいて、思わず笑いながらメモりました。素敵なネタをありがとうございます。使わせていただきました。なお、当初の〝伸長する剣〟のモデルはカラドボルグだったりします。

・モンスターエナ○ー

⇒しつこいようですが、実際の商品に魔王成分は入っていません。安心して箱買いしてください。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ハーレム野郎は爆発しろって、この場にはハーレム野郎しかいないじゃないか…
むしろ寿命を削って頑張らせる悪魔の宝具だろ...
「元気になる飲み物です」ってそれ大丈夫か…?字面だけ見ると覚醒ゴフンッ何でもないです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ