魔王&勇者編 決戦 下
「正気を失いましたか」
自殺行為とも言うべき、超高高度からの特攻。
意表を突かれて思考が停滞し、不敵すぎる宣戦布告に名状し難い不快感を覚えたのはほんの数瞬。しかし、今この瞬間にも加速している高速貨物航空機は、その数瞬で彼我の距離を瞬く間に食らっていく。
残高度――八千メートル。
速度は既にマッハ七を突破。だが、そんな分析も、これ以上悪態を吐く時間もない。地上に到達するまで、五秒もかからないのだから。
迎撃のチャンスは一度のみ。
マザーのモノアイがカッと輝いた瞬間、全対空兵器の砲塔が頭上へ回頭し、ほぼノータイムで一斉射撃。
天地逆転した流星群の如く、おびただしい数の青白い閃光が空を切り裂いた。高出力のレーザー砲が容赦なく迎撃に走る。
自動車程度の大きさなら、本来、隕石群ですら全て空中にて撃破できるだけの破壊力を誇るそれは、しかし……
『流石、自分用の脱出艇は頑丈だな?』
嗤っているかのような声音が伝わってくる。その言葉どおり、本来、最後の最後でマザーの砦となる機体は、今、高熱を受けて赤熱化しながらも搭乗者達を守り抜いていた。
その圧倒的な速度と質量により吹き飛ばされることもない。まるで進路上の全てを轢殺する戦車の如く、一直線に我が道を押し通る。
残高度――六千メートル。
腹立たしい。自分の所有物を我が物顔で利用するところも、わざわざ既に解析済みであるG10の秘匿回線を使って声を伝えてくるところも、何もかもが腹立たしい。
レーザー砲に一瞬遅れて、他の対空火器が火を噴いた。
チャージの終わったレールガンによる砲撃に加え、艦隊からも無数のミサイルが放たれる。
地球の空母くらいの大きさで縦長の菱形のような戦艦は、わざわざ船体の方向を変える必要もなく全方位へ攻撃が可能だ。故に、船外の装甲に走るモノレールにより集まったいくつもの主砲が頭上へ向けて火線の密度を上げる。
残高度――四千メートル。
砲弾とレーザーとミサイルの群れで空が覆いつくされ、高速貨物航空機の姿が暴威の向こうに消えた。その直後、空を閃光と爆炎が彩った。夕日に赤く染まっていた聖地が、一瞬だけ昼間のように色を変える。
いくらマザーの脱出艇としてひと際頑丈に作られているとはいえ、それだけの火力の集中攻撃を受ければ数秒と持たず破壊されるだろう。
だが……そんな予想は刹那のうちに覆された。
「ッ、空間干渉っ」
ボバッと爆炎を吹き飛ばして、船体を激しく損傷しつつも原形を留めた貨物航空機が出現した。
翼はなく、尾翼も吹き飛び、船体は既に空中分解寸前の有様。しかし、それでも、搭乗者を守り抜いた。
その原因は、機体の船首部分にある十字架に相違ない。あの、コルトラン山頂での戦いの時のように四つの十字架が空間遮断障壁を展開し、最低限の範囲だけ守ったのだ。
その十字架は、役目を終えたとでもいうかのように輝きを失って、虚空へと錐揉みしていく。
直後、カウンターと言わんばかりに、機体の破損箇所から地上へ向けて砲弾が飛び出した。
炸薬と貨物航空機自体の速度によって、天から放たれた槍のように大気を突き破るそれは一際大きな戦艦――おそらく旗艦級の戦艦の装甲を見事に貫通する。ただ、一発の砲弾で轟沈するほどSF世界の戦艦は甘くないらしく、多少揺らいだ程度にとどまったが。
とはいえ、第二波を放つ時間は――もはやなかった。
残高度――二千メートル。
貨物航空機の後部から直径二メートル以上ある大きな金属球が飛び出した。否、パージされたというべきか。おそらく、後ろの搬入口から放り出したのだろう。空気抵抗を増すためか凹凸が多く、実際に、貨物航空機に置き去りにされるかのように距離を開けていく。
その間にも貨物航空機は黒煙を吐き出しながら聖地上空へと到達し……
残高度――一千メートル。
「無駄なことです」
轟音が木霊する。空気が爆ぜる。数百トンの金属塊が、最終的に音速の十倍近い速度で突っ込んだ破壊力は凄絶の一言。
衝撃波が円状に広がり、艦隊が津波でも受けたみたいに揺らいで砲火を止める。更には、大量の爆薬でも積み込んでいたようで、誘爆に誘爆が重なって太陽が顕現したかのような爆炎まで広がった。
しかし、マザーの言う通りであった。
その特攻は無駄だった。貨物航空機は塞き止められていた。聖地の上空にて波紋を広げる力場によって。
止めたとはいえ迎撃できなかったことに、またも強烈な不快感を覚えるマザー。吹き荒れる黒煙へモノアイを向け、せめて間抜けな異界人へ罵倒の贈り物をしてやろうと考える。
が、その前に、
『ハハッ、久しぶりに冷や汗掻いたぞっ』
「なっ!?」
一拍遅れて突っ込んできた金属球が、力場を素通りした。
否、正確にはそう錯覚しただけだ。
貨物航空機が墜落した刹那、絶妙なタイミングで発動した空間の捻じれ――空間歪曲。おそらく、衝突の瞬間に完璧なタイミングで空間歪曲爆弾が起動するようセットしていたのだろう。
そして、あろうことかその場所に、金属球がピンポイントで突撃したのだ。普通なら空間ごと爆砕されてしかるべきその死地への突撃が計算されたものであることは、金属球が通過する瞬間だけ真紅の光を纏ったことから明らか。
マザーの解析能力は、金属球が空間の捻じれに一切影響されなかったことから、クロス・ヴェルトと同じく空間干渉系のシールドを張れることを見抜いていた。
そう、力場という障壁に対し、空間の捻れと遮断によって強引に道を作ったのである。同時に、あの貨物航空機の特攻も、全てはその隠れ蓑に過ぎなかったことも理解する。
「小賢しい真似をっ」
落下地点近くのレールガンを起動。金属球を狙い撃ちにする。
凄まじい衝撃音を響かせて、金属球はピンボールのように吹き飛んだ。だが、一部が破損した程度で、貫通することも粉砕されることもない。当然だろう。
――可変式大盾 アイディオン
錬成による速攻修復こそ厳しいとはいえ、それはかつて〝神の使徒〟が放つ分解砲撃の集中砲火すら防ぎきった魔王の防壁なのだから。
逆に、吹っ飛んだ先でぶち当たった塔を頂上の対空兵器ごと崩壊させ、空中へと跳ねる。かと思えばカシュンッカシュンッと音をさせて球体形状が解かれ、中から飛び出したアンカーワイヤーが近くの塔の屋上へと突き刺さった。
その塔のレーザー砲が照準されるが、直後に閃いた真紅の光が砲口から内部へ突き刺さり大爆発を引き起こす。
アンカーワイヤーが高速で巻き取られ、金属球はレーザー砲を押し潰すように塔の上へ落下した。爆発の黒煙がもうもうと舞う中、カシュンッカシュンッという音は続き、煙の向こうに人影が見え始める。
「……死に損ないが、どこまでも邪魔を」
怨嗟にも似た声がマザーから漏れ出した。
感知機能が、またも己を虚仮にしたような事実を告げてくる。貨物航空機の残骸が噴石のように飛び散り、大半は力場に弾かれ、小さな破片のような脅威と判断されなかったようなものは雨のように降り注ぐ光景が、まるで演出のようで尚更に。
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」
通信ではない生身の憎たらしい声が響いてくる。煙が風にさらわれ晴れていく中、黒いコートをはためかせる白髪眼帯の男が見えてきた。
左手に棺型の身の丈程もある大盾を、背中に機兵が持つレーザーライフルのようなものを、右手には大型リボルバーを所持。
その横にG10が浮き、そして反対側にはあり得るはずのないもの――自身の予備素体が立っていた。内部のコンデンサもCPUも自壊させたはずで、G10に遠隔操作などできるはずがないにもかかわらず。
「……そう言えば、お前は廃材で召喚装置を製造したのでしたね」
マザーの目がG10へ向けられる。今はマザーも金属の球体だ。しかし、マザーの方が一回り大きく、そのボディも光沢のある黒で、既にボロボロのG10とは存在感が段違いである。
しかし、G10に臆した様子は微塵もない。
「……ええ、マザー。型は古いですが、この二百年の間に廃棄されたCPUの一つや二つ、掠め取るくらいはどうということもありませんでした」
「コソ泥風情が。分相応というものを知りなさい。遠隔操作と言えど、その機体は、お前には不釣り合いです」
苛立ちを少しでも晴らすためか、マザーが嘲るように言う。それに対しG10は、ハジメや光輝を見習うみたいに軽口を叩こうとする――前に。
ノガリマザーが、なぜかポーズを取った。片手を腰に、横ピースを目元に、片足を上げてウインク☆している。まるで、某世界で一番うざレディなあの人みたいな完璧なポージングだ。ハジメにド突かれている。
「……随分と異界人の影響を受けたようですね、G10」
「え? あ、そ、そうですね」
自分専用機で漫才をされたマザーの声音は、いよいよ怒りの沸点を超えたのか抑揚が消えてしまっていた。
G10の声は逆に、動揺で少し震える。怒りを当てられたからというよりは、まるでいわれなき非難を受けて、でも誤解だと言いたいけど言えない! みたいな感じだ。
「……認めましょう。お前達は人を虚仮にする天才です。かつて、これほどまでに感情を波立たせたことはありません」
「そいつは光栄だ。拍手喝采の代わりに、断末魔の絶叫でも聞かせてくれ」
「これ以上、お前の戯言に付き合うつもりはありません」
塔の上の兵器が一斉にハジメ達へと向いた。塔を天機兵が這い上ってきて、塔と塔を繋ぐ鉄橋にも重機兵が押し寄せ、艦隊から三又の槍のような形状をした小型戦闘機が溢れ出て周囲を旋回し始める。
飛行能力を持つ機兵が次々と上空に飛び出してきて包囲網を形成する。その光景は、かつて神域で使徒と戦った時を彷彿とさせるもので、もはや機兵と戦闘機の竜巻というべき凄まじい数だ。
更には唐突に、空に雲が発生し始めた。どす黒い暗雲。否、雷雲だ。
相手の懐に飛び込み、広域破壊兵器を無力化するという第一関門は突破したものの、敵戦力はなお圧倒的。
マザーがいる鉄色の建造物までは直線で五百メートルもないだろう。にもかかわらず、その距離が果てしなく遠く感じる。
「コルトランの民を上手く煽動したようですが……あちらも直ぐに終わるでしょう」
どうやらコルトラン側では既に戦闘が始まっているようだ。直ぐ終わるということは、今のところ抵抗できているようだが、時間の問題ということだろう。
ハジメは、一瞬だけ東の空へ視線を向けるも、直ぐにマザーへ向き直った。
そして、
「ああ、直ぐに終わる」
不敵な笑みと共に真紅の魔力を噴き上げた。〝限界突破・覇潰〟の輝きだ。右手のドンナーをホルスターへしまい、代わりに〝宝物庫〟を光らせる。
虚空に出現したのはクロス・ヴェルト四機。ただし、ワイヤーを介して魔力の直接操作で動かす有線式だ。
同時に、ノガリマザーが背中の装備に手をかけた。肩越しに掴み、固定具を外して一振り、二振り。それは大剣だった。幅広で鍔なしの双大剣。それを、心なしか機嫌良さそうに斬り払う。見る者が見ればゾッとするほど鋭く、使い慣れたように。
G10もまた、大盾アイディオンの内側へ。ハジメの手元に近い場所で、ケーブルを伸ばして自らを固定する。そうすれば、ハジメの眼前にホログラムの戦術支援システムが展開された。
「さぁ、始めよう。ほんの一時の戦争を!」
「いいえ? 始めるのはただの蹂躙です!」
聖地に、運命決する闘争の風が吹き荒れた。
周囲から猛烈な火線が放たれる。炸裂する花火を逆再生した、とでも表現すべきか。逃げ場などない全方位からの砲火。
それらが到達する前に、ハジメは足場を粉砕する勢いで飛び出した。ノガリマザーもまた、ほぼ同時に追随する。
一拍遅れて、一瞬前までいた塔が哀れなほど木っ端微塵に粉砕された。と同時に、進路の先から飛来した強烈極まりない弾幕がハジメを捉える。
「ぉおおおおおっ!!」
裂帛の気合いが迸った。前面に構えた大盾アイディオンから尋常でない轟音と衝撃が伝わってくる。
何もない空中だ。危うくそのまま吹き飛ばされそうになるのを、普段の十倍近い魔力を消費し、一瞬の〝空力〟を発動することで耐え、突破する。
「ノガリ!!」
「イ゛ッ!!」
お任せあれ、と言わんばかりに、衝撃で僅かに減速したハジメの肩を踏み台にして、ノガリが前方へ砲弾の如く飛び出した。
かと思えば直後、虚空に美しい弧線が描かれた。壱之大剣が反応すら許さず空中の砲機兵を両断したのだ。しかも、そのまま斬った砲機兵を踏み台にして更に前進し、別の機兵を弐之大剣で袈裟斬りにしてしまう。
双大剣を縦横無尽に、それこそ光輝の剣閃に勝るとも劣らない技量を以て振るう。斬った敵を踏み台に、あるいは大剣の遠心力をも利用して次の標的へ。
ハジメ達の進路上にいた機兵の壁が一刀両断のもとに次々と斬り崩され、包囲網に穴が空いていく。
ないはずの翼を幻視してしまうような空中舞踏。双大剣の妙技は、やはり〝神の使徒〟を彷彿とさせるもので、道を切り開くノガリマザーの背を、ハジメは一瞬なんとも言えない眼差しで見てしまう。
が、ここはオーバーキルのただ中。気を抜く暇など微塵もない。
「ハジメ様!」
G10の警告と同時に、投影された戦局情報がアラートを鳴らす。可視化された一秒先の弾道予想が視界を埋め尽くす。
〝瞬光〟により間延びしたような時間感覚の中であっても、攻撃の取捨選択をしている余裕がない。
G10が咄嗟に情報を絞り、どの攻撃を食らうべきかを示してくれる。
「ッッ!!」
アイディオンを持ったまま空中で反転。刹那の〝空力〟で僅かに高度を上げると同時に減速し、背後から襲来した目当ての攻撃を受け止める。
吹き飛ばされつつ自らレーザーの群れに突っ込む中、アイディオンを半展開。
「ぐっ、っ」
腰や足を掠めた熱線のもたらす激痛に歯を食いしばりつつ、両サイドに回り込んだ三叉型戦闘機をクロス・ヴェルトの炸裂スラッグ弾で破壊し、そのままG10が示した通り絶妙なタイミングで飛来したレールガンをアイディオンで受けて、軌道をねじ曲げながら更に吹き飛ぶ。
まさにピンボールの如くであるが、コルトラン雲上界に残された高品質パーツにより、どうにか数分程度なら戦術支援機能を取り戻したG10のサポートは正確無比であった。
上手い具合に、より鉄色の建造物に近づく形で、塔という足場へと落下する。
当然、レーザー砲撃を放ってくる塔屋上の兵器だが、それをアイディオンで受けつつ、そのまま押し潰すようにして破壊。
「イ゛ッ!」
直後、隣の塔からレールガンの砲弾が、四方八方から砲機兵の砲弾が飛来するが、その全てを、一瞬遅れて着地したノガリマザーの双大剣が斬り捨てた。
ハジメ謹製の双大剣は、刃先が単分子レベルの薄さだ。普通は砲弾など受ければ欠けること必定であるが、ノガリマザーの冴え渡る剣技の前では紙切れを斬るのと大差ないらしい。
とはいえ、流石に多勢に無勢。
三叉型戦闘機からのレーザーの直撃を受けて、ノガリマザーの肩に穴が空く。砲弾が掠めて、あちこちから血飛沫のように破片が飛び散る。
「ミサイル!! 全方位! これは……耐えてください!」
ハジメは即座にアイディオンをかかげて亀の甲羅のように半球状へ展開した。ノガリも素早く潜り込んでくる。
直後、凄絶な衝撃が襲いかかった。人外の膂力に、五倍のスペック上昇を加えてなお、体をバラバラにされそうな破壊力が間断なく攻め立ててくる。
「近づけさせはしませんよ。お前達異界人は、どんな手札を持っているのか分かったものではありませんからね」
たとえ屈辱的であろうとも、安全策を取る。自らの手で、などとはもはや思うまい。ただ、圧倒的戦力を持って封殺する。
そう宣言する通り、ノガリが斬り開いた機兵と戦闘機の壁も瞬く間に埋め尽くされ、再びマザーの姿は隙間から見える程度になってしまった。
「所詮は敗北した過去のAI。足を止めるなどという悪手を示すとは……だから、かつての仲間も虚しく散ったのでしょうね」
「――ッ」
終わらない集中砲火。足を止めたことで照準が容易になったせいだろう。遂に天罰ならぬ雷撃まで放たれてきた。絶縁処理はしているとはいえその破壊力は凄まじく、砲撃と相まってアイディオンが徐々に砕けていくのが分かる。
だが、それより先に足場が持たなかった。塔が崩壊する。G10が咄嗟に浮遊機能を発動してアイディオンごと浮き、ノガリもまたアイディオンに掴まる。地上の機兵達が自分達へ照準しているのを察して、ハジメは歯を食いしばりながらアイディオンを球状に全展開した。
『ぐぅっ、G10!』
『まだです!』
いくら劣化部分を高品質パーツに換装したとはいえ、G10は既に限界の身。大盾と二人分の重量が加わって浮遊機能は悲鳴を上げ、そのボディからは不吉なスパークが放たれ始める。
『っ、ハジメ様、聖樹はっ……』
『さて、手応えがないわけじゃないがっ……やっぱ、あの〝檻〟と距離が問題かっ』
マザーに探知されぬよう密着状態での〝念話〟を行う。ハジメの声は苦しそうで、G10の声にもまた激しいノイズが混じり始めていた。
「こちらのエネルギーは無尽蔵です。耐えるのは自由ですが、死ぬまで攻撃はやめませんよ?」
言外のチェックメイト宣言。これ以上、無駄な抵抗はやめて諦めろと促してくる。
「ハッ、上等だ。帰還のための保険をかけてる場合じゃねぇな」
エレマギアに蓄積された残存魔力の、およそ八割強を使えばトータスに渡れる。他の世界には更に数倍の魔力が必要になるが、そもそも〝宝物庫〟を起動するための魔力とは桁が異なる。
アイディオンしかり、双大剣しかり。クロス・ヴェルト再召喚や〝限界突破〟を含めた戦闘のための魔力をどうにか二割以内に収めて、作戦が失敗した場合にゲートを開けるよう保険をかけておきたいのが本音ではあった。
が、やはり現実はそう甘くない。出し惜しみはしていられない。成功を掴むには、いつだってリスクを背負わなければならない。
そう、たとえそれが、味方が潜在的に有するリスクだとしても。
「ノガリ……」
「イ゛」
ハジメが目だけを動かして隣のノガリを見やる。無機質なマザー素体の目が静かに見つめ返してくる。〝信じてください〟と訴えているみたいに。
ハジメは小さく笑った。
「準備しとけ。合図と共に出ろ。あとは作戦通りだ」
「イ゛!!」
アイディオンは既にアザンチウム製の外装を失い、魔力量で耐久度を上昇させるシュタル鉱石製の防壁まで亀裂を入れられている。空間遮断障壁は持続的に使うには消耗が激しすぎて、一瞬一瞬でしか使えなかったから仕方ないと言えば仕方ないのだが……
今、遂にレーザー砲の一撃が貫通した。それを合図にしたかのように、アイディオンが刻一刻と砕け散っていく。
そこへ更に、
「艦砲射撃!」
G10の叫ぶような警告と同時に、聖地に被害が及ばない位置へ移動していた戦艦の一隻が、真横から主砲を撃ち放った。
ホログラムが示すのは、その戦艦の表面を割ってせり出した冗談のような口径の砲塔。まるで第二次世界大戦中の戦艦が装備する主砲のようだが、その砲塔を囲むようにスパークするレールが走っていることからすれば、想像される威力は悪夢という外ない。
電磁加速された四十㎝越えの砲弾が刹那のうちに飛来した。
〝瞬光〟を最大強化。G10をアイディオンから引き離し、目前に迫った砲弾に添えるようにしてアイディオンを上方へ流す。
「ッ~~!?」
思わずうめき声が漏れるものの神業は成された。衝撃でアイディオンが吹き飛んでいくが、戦艦の電磁加速砲を逸らすことに成功したのだ。
そして、一瞬遅れてクロス・ヴェルトの四点結界を発動させ、再び堅牢なる防壁を構築する。
空間遮断に比例して凄まじい勢いで魔力が失われていく。残存魔力が七割を切った。G10の浮遊機能が不安定になり、〝空力〟も発動して踏ん張れば更に魔力消費が加速する。
連続する稲光が何度も白く聖地を染め、尽きぬ火線と砲撃音が大気を攪拌し続ける。
数十秒か、あるいは数分か。どれくらい耐えただろうか。
「どうしました? コルトランで、私を滅したあの切り札を切ったらどうです?」
残りは四百メートルほど。残存魔力は五割を切った。
数の暴力を以て釘付けにされているハジメ達に、マザーが告げる。その声音に油断は微塵もない。
ただ耐えているだけで、ハジメが吐血した。ろくな回復もできておらず蓄積した疲労、にもかかわらず連続使用した〝限界突破・覇潰〟で肉体が悲鳴を上げているのだ。
あるいは、このまま排除できるか……冷静な思考の中で、マザーがそう考え始める。
その直後だった。
「ハジメ様!!」
G10が声を張り上げた。焦燥のにじむ声ではない。諦観を叩き潰すような覇気のある声だ。
ハジメの口元が弧を描いた。
マザーがモノアイを鋭く光らせ身構える。いよいよ、あの太陽光を集束した破格の威力を誇るレーザー砲を放つか……と。
だが、その予想は裏切られた。
新たな手札によって。
「残存魔力の半分だ。持って行けっ――ノイント!」
「イ゛―――ッ!!」
クロス・ヴェルトが、ワイヤーの伸びる限界まで広がり結界の範囲を広げる。
魔力消費の観点からは無駄に広がったその結界内部に、巨大な菱形の鉱石が出現した。クリスタルのような透明度の高いそれは、万が一に備えて内部の存在を封じ、よく分からない存在であるアラクネ達の中の人が勝手に乗り移らないようにするためのもの。
かつて、香織が奪い取った。おそらくノガリの元の体。
そう、神造の戦闘人形〝神の使徒・ノイント〟の肉体。
クリスタルが砕け散る。マザー素体が双大剣を頭上に投げると同時に、糸を切られたマリオネットのように崩れ落ちた。
そうすれば、絶世の美貌が綻び、閉じられていた目がスッと開く。その両手が滑らかに動き、投げ上げられた双大剣を掴み取る。
そして、広がった。美しくも恐ろしい銀の翼が。
クロス・ヴェルトの結界上部が解かれる。〝神の使徒〟が集中砲火のただ中に出た。
全ての攻撃が、彼女を中心として発生した銀の光に触れた瞬間、塵芥となって霧散した。
「なっ……まだそのような手札をっ」
マザーの驚愕と忌々しさを凝縮したような声が迸る。
少し前に出たノイントが集中砲火を片っ端から分解しつつ、肩越しに振り返った。僅かな緊張がハジメの中に湧きあがった。
その、かつて無機質極まりないガラス球のようだった目は――
「私、参上!」
キラキラと輝いている。おまけに、口元は嬉しそうにニマニマ。
「主、私のことは引き続きノガリとお呼びください。私、ノガリさんですので」
なんて注文まで、なんか香ばしいポーズを取りながら言ってくる始末。
ハジメは、なんだかドッと疲れたような雰囲気で苦笑いを浮かべる。
「さっさと行動しろ。持って後十秒だぞ!」
「いえっさ~!」
バサリッと空気を打つ銀翼。二振りの大剣が切り払われ、同時に銀光を帯びる。と、同時に凄まじい速度で飛翔した。
ハジメがG10を抱えながら追随する中、マザーの狼狽えたような声が響いた。
「っ、いったいどういう原理ですかっ、それは!」
「おそれおののけ~!」
なんともふざけた返し。本当にノイントではなくノガリさんだ。だが、その言動に反して、たった十秒の復活劇は敵に対して惨劇をもたらした。
銀の砲撃が薙ぎ払われる。それだけで射線上の全てがボバッと音を立てて塵へと返った。機兵や戦闘機が壁となるも、双大剣が振るわれる度に両断され、あるいは三日月のような銀の斬撃が飛び、遙か後方まで断ち切られてしまう。
マザーから焦燥が感じられた。周囲の塔から流体金属が溢れ出て、間欠泉の如く噴き上がり、即座に硬化。物理的な防壁が出現する。
「主、最後です。あとでご褒美ください。具体的には、新ボディにロマンある改良をお願いします!」
「せっかくの復活だぞ?」
「私はノイントにあらず! 主のノガリさんなり!」
「あ、うん。そだね」
ノイントが、というか〝神の使徒〟が、こんなふざけた存在なわけがない! とげんなりした表情になるハジメ。
その間にも、ノガリは分解砲撃を放ちながら突撃。流体金属の防壁に穴を穿ち、圧死させようとうごめく周囲をも崩壊させながら、ひたすら前へ前へと前進する。主たるハジメを後ろに突破を図る。
「止まりなさいっ、止まれっ!!」
止めることなどできるはずもなく、どれだけ厚みを増そうとも防壁は虚しく塵へと返され貫通する。
マザーまで残り二百メートル。
ノガリは一瞬の溜めのあと、最後の分解魔力を解放した。トンネルが粉塵となって飛び散り、ハジメ達は再び外へと飛び出す。マザーが、もう目と鼻の先にいる。
「よくやった」
「恐悦至極」
なんて返しながら、ノガリはフッと銀光を消し、力を使い果たしたように静かに地上へと落ちていった。恐れをなしたみたいに、必要以上の砲火が落下するノガリを捉え、その肉体をボロボロにしていく。
だが、主を目標地点まで送り届けるという役目は、きっちり果たした。
「それ以上、近寄るなっ! 異界人っ」
「悪いな。もうキルゾーンだ」
再び襲い来る砲撃。それを四点結界で防ぎつつも正面だけは開けて、ハジメは〝宝物庫〟を燦然と輝かせた。
「お望み通り、存分に食らって逝け」
出現するは、マザーが切ってみろと口にした切り札――太陽光集束レーザー〝バルス・ヒュベリオン〟。
「ははっ、それでは足りませんよ。異界人!」
勝利を確信したみたいなマザーの高揚した言葉を吹き飛ばさんとするかのように、ヒュベリオンが閃光を放った。
膨大な熱量が、マザー目がけて直進する。間にどれだけの機兵や戦闘機が入ろうとも止められるはずもなく……
しかしその時、マザーは青白いスパークを放った。爆発したように展開したのは、彼女の居城そのもの。最後にして最強の手札――巨大な鉄色の建造物そのものが動き出す。
ヒュベリオンの閃光を前に防壁となって立ち塞がる。その質量、コルトランの時の優に百数十倍。溶解させどもさせども無限に湧き出してくるが如く、後から流れ込む流体金属が硬化を重ね鉄壁を見せつける。
「――第二、第三圧縮炉解放!!」
「その程度で、私の城は崩れはしないっ」
更に太く、強烈な熱量を叩き付ける。流れ込む流体金属の量が加速度的に上昇する。
「第四から第六圧縮炉解放ッ」
「落ちろっ、異界人!」
ハジメの背後からの砲撃が激しさを増す。残存魔力が二割を切り、クロス・ヴェルトの一つが遂に落ちた。立体的な障壁を張れなくなり、三角形の空間遮断障壁をどうにか維持するが、背中以外の部分から襲い来る攻撃までは防げない。
「ォオオオオオオオオッ!!」
「まだ落ちませんかっ、この化け物めっ」
防御技能〝金剛〟により致命傷だけは避けるものの、ハジメの体から血飛沫が撒き散らされる。G10を懐に抱え傷つけまいと守るが故に、余計に傷が増えていく。
「ハジメ様! 〝聖樹の檻〟の総量に到達しましたっ」
G10の合図と同時に、ハジメは背中のライフルを手に取った。
「死に物狂いで防ぐことをオススメするぞ!!」
片手で撃ったライフルから、バシュッと気の抜けたような音が鳴った。圧縮空気で撃ち出されたのは弾丸などではなく、撃ち出された方向もせめぎ合う閃光と防壁の上の方角。
「何を――」
「太陽を仰ぎ見な」
小さな宝石がキラリと光る。それは、コルトランでの戦いの時に第三圧縮炉まで使用した〝バルス・ヒュベリオン〟の残り。
そう、ヒュベリオンの核たる太陽光エネルギーを内包した〝専用宝物庫〟。その自壊による内包熱量の解放は、すなわち太陽の顕現に等しい。
――集束太陽光爆弾 ロゼ・ヘリオス
無差別に灼熱を撒き散らすそれが、三個。マザーの頭上にて炸裂した。
音が消えて、雷雲下の聖地が真昼の色に染まる。周囲の塔が放射状に倒壊し、機兵や戦闘機が吹き飛ぶ。
流体金属が傘のように広がった。正面からの閃光と頭上の脅威を前に、ハジメの言葉通り死に物狂いで防御に徹する。
代わりに、聖樹が姿を現した。
幾重にも聖樹を囲っていた流体金属製の建造物が、その全てを襲い来る熱波を防ぐために展開した故に。
聖樹は、枯れていた。いつまでも枯れたまま、けれど決して朽ちない大樹ウーア・アルトとはどこか違う。言うなれば、生かさず殺さず労働を強いられ続ける奴隷のような、そんな有様。
「凌いだっ、凌ぎましたよっ、異世界の化け物!!」
聖地を塗り潰していた陽の光が、急速に衰え始めた。バルス・ヒュベリオンも、ロゼ・ヘリオスも、その内包する熱量を解放しきってしまったのだ。
と、その直後、
「がはっ!?」
遂にクロス・ヴェルトの結界が消えた。魔力が底を尽きかけているのだ。そうすれば、もはやハジメを守るのは〝金剛〟のみで。
衝撃までは殺せず、背後より直撃した砲弾により骨が砕ける生々しい音を意識する間もなく、ハジメは錐揉みしながら吹き飛んだ。
そして、マザーの横を通り過ぎ、近くで見れば壁と錯覚してしまうような聖樹の幹に叩き付けられ、そのまま根元へ落下する。
「っ、まったく、あれで終わればと思ったが……まぁ、案の定、無理だったな」
苦笑いを浮かべ、聖樹の幹に背を預ける。魔力残量は、もはや体内魔力のみ。それも全開時の八割程度。悪あがきくらいはできそうな量のみ。
「ハジメ様、貴方はとてつもない方です。私の知る限り、貴方ほど強き人はいない。共に戦えて光栄でした」
「もう終わったみたいな言い方すんなよ」
吹き飛ばされながらも懐に抱えて守ったG10の言葉に、ハジメは肩を竦める。
そこへ、声が降ってきた。
「今度こそ、本当に最後です。私の楽園は、誰にも渡さない」
流体金属の巨人が音もなく前に立っていた。頭部の部分に穴が空いていて、そこからマザーがハジメとG10を見下ろしている。
鉄色の巨人が、拳を振りかぶった。ちょっとしたビルほどもあるそれが、今、追い詰められた二人へ、神の鉄槌となって、
「私の安寧のために――消えなさい」
振り下ろされた。
一方その頃、コルトランはまさに滅亡の瀬戸際にあった。
濁流のような天機兵の大軍を、最初こそ凄まじい密度の弾幕を以て塞き止めていたものの、それも戦闘開始から三十分程度のこと。
天機兵の大部隊が北と南にも分かれて攻勢をかけてきた途端、指揮官不足と、下界民の練度不足が如実に表れてしまった。
防壁の内側に入られれば、瓦解するのは早かった。
『ジャスパーッ! そっちは!?』
『どこもかしこも敵だらけだよ、くそったれ!』
西側で天機兵団本隊を相手にしながら通信を飛ばせば、撤退は叶わないと背後に敷いた防衛陣地にて迎撃に当たるジャスパーから悲鳴じみた悪態が届く。
挟み撃ちにされれば十分と持たず殲滅されるかもしれない。故に、貴重な上界民の戦力の大半をジャスパー側に配備したのだが、それでも、
『……十分。後十分が限界だ』
ジャスパー曰く、それが滅亡までのタイムリミットらしい。
『分かった。その時が来たら、俺ができる限り暴れる。一人でも多く地下か上界へ撤退させてくれ』
各避難所に設けられた最後の防御陣地。辿り着けるかも、そこでの抵抗でどれだけ時間を稼げるかも分からない。
『……了解だ。だが、あんたもこんなところで死ぬなよ。いざとなりゃあ、エガリさんが迎えに行くだろ? 上で、ミンディ達を守ってやってくれ』
『それも、分かってるよ』
こうして話している間にも、光輝は防壁の上に上がってきた天機兵を片っ端から斬り裂き、外側へ叩き落としている。
だが、それも徐々に追いつかなくなってきた。いくら聖剣の伸長能力があると言っても、一人の人間の手が届く範囲は限られているのだ。
「く、くるなぁっ」
「ギャァッ!?」
「誰かっ、助け――」
今この瞬間も、殺されていく人々の声が聞こえる。まるで、自分の心まで殺されていくようだ。
「光輝さんっ! 第三隊が全滅して――ぐぇ」
「くそっ」
報告に来てくれた青年が、目の前で下方より伸びた流体金属の槍に喉を刺し貫かれた。そして、そのまま放り投げられるようにして防壁の外へ落下。
天機兵の群れに呑み込まれ、血飛沫や体のパーツが悪夢みたいに飛び散る。
「ダメだっ、上がってくるっ! 止められない!!」
数十メートル先の防壁の上で、そんな絶望に染まった声が響いた。
「やらせるかっ――〝天翔閃〟ッ」
ごっそり抜けていく魔力の感覚。その代償に、輝く剣閃は今まさに防壁の上に飛び出した天機兵の一体を真っ二つに断ち割った。
遂に、肩で息をし始める光輝。
と、その時、凄まじい轟音が鼓膜を暴力的に揺さぶった。
「なんだっ!?」
「奴等、自爆したんだ!」
「ああっ、防壁が崩れて……」
南側へ百メートルほど先にて、確かに防壁が崩れていた。
辛うじて敵の侵攻を食い止められていたのは、防壁があってこそ。それに穴が空けば、どうなるかなど自明のこと。
防衛網は、遂に破られたのだ。
絶望が、蔓延する。
銃を取り落とし、尻もちをつく者も。
だから、
「行かせてたまるかぁーーーーっ!!」
光輝は飛んだ。
周囲の人達が目を剥く。天機兵の海かと見紛う地上へ、崩れた防壁の前へ、光輝が飛び降りたのだ。自殺の可能性さえ疑ってしまう暴挙である。
「――〝光爆〟ッ」
もちろん、自殺などではない。光り輝き、大上段に構えられた大剣モードの聖剣が、落下の勢いのまま、崩れた防壁の前の地面へ叩き付けられた。
人間が成したとは思えない破壊力が、今まさに雪崩れ込もうとしていた天機兵を纏めて吹き飛ばす。
まるで爆心地みたいなクレーターを作り出しながら、光輝は崩れた防壁の向こう側から驚愕に目を見開く人々に背を向けた。
「疾っ」
刹那のうちに使い手の意志を読み取り、聖剣が刀モードへと変わる。と、ほぼ同時に、伸長する抜刀術が繰り出された。
扇状に、殺到していた天機兵がまとめて数百体、一斉に真一文字を刻まれる。
核を破壊しない限り再生するが故に、完全に破壊できたのは二割もいないだろう。だがしかし、足は止まった。
「ここは俺が引き受けるっ。一体も通しはしない!! だから――」
――諦めるなっ!!
『諦めるなっ!!』
拡声器を使ったわけでもないのに、戦場に凛と伝播した一喝。光輝の声だけではない。それは、ジャスパーが拡声器で戦場に響かせた声だった。
『一秒でも長く生き延びろ! 一瞬でも長く仲間を守れ! マザーはやってくれる! 俺達の勝利は、もうすぐそこだ!! 戦えっ!! 明日のために!! 今っ、戦え!!』
絶望しかけていた人々が、上界民も下界民も関係なく再度、奮い立つ。雄叫びを上げ、とにかく引き金を引き続ける。
光輝は「まったく……」と苦笑いを漏らした。ジャスパーの勇壮な鼓舞に、自分まで気力を分け与えられたような気がして。
「来いよ、ヒトデモドキ。俺は、ちょっとばかし強いぞっ!!」
りん、りんと美しい音色が響く度に、天機兵が斬られてただの流体となっていく。おびただしい鉄色の液体が、血のように大地を染めていく。
いつしか、光輝の目には静謐のみが宿っていた。
砂漠の世界でそうしたように、ただ無心となって守護を貫く。誰も認識し得ない極限の斬撃が、片っ端から天機兵を斬り裂いていく。
だが、防壁上の守りが薄くなったことに違いはなく、乗り越えた天機兵が一体、また一体と増える度に、防壁の内側から響く悲鳴の数が増えていく。
そして、とうとう、
『通達! 突破されたっ!! 全員、散れ! 避難所に走れ!』
再びジャスパーの声が通信と拡声器の両方から伝わった。背後の防御陣地が、遂に崩れたのだ。
そして、上空には航空機が。エガリが、もう限界だと察し、光輝を迎えにきたのだろう。着陸せずとも光輝なら――光輝だけなら飛び上がって乗り込むことができる。
話していた通り、雲上界の人々を守るためにここを離脱すべき時だ。
けれど……
『イ゛!!』
エガリの催促する声が聞こえても、光輝の体は地を蹴ってはくれなかった。
背後に、泣きそうな顔で戦う人々がいるから。
「っ!?」
一瞬の迷い。戦場で許されぬそれが、鉄色の槍となって光輝に代償を支払わせた。咄嗟に身を捻ったものの、肩を貫かれたまま防壁に縫い止められる。
直ぐに聖剣で斬って地面に足を着けるものの、隙を突いた天機兵の部隊が光輝の横を素通りして防壁を突破してしまった。
「また、また力が足りないっ」
顔を歪め、体からも心からも血を流しながら、目の前の天機兵を斬り裂き続ける。
エガリの航空機に搭乗していたらしい上界民が、上空から援護射撃をしてくれている。今なら跳び乗れるだろう。
いかなければならない。雲上界の避難民を守るために、ここにいる戦士達を見捨てて。
全ては守れないのだから。
分かっていたことだ。最初から。
「くそっ」
もう一度、悪態を吐き出す。
自分へのどうしようもない怒りを、理性でねじ伏せる。
そうして、
「――え?」
それを見た。
一拍遅れて、天機兵が動きを止める。困惑したように足踏みをする。
人々が、呆然と地面を見つめている。
まるで地割れからマグマが噴き出すみたいに、おびただしい数の稲妻状の光を放つ地面を。
「は、ははっ」
光輝の口から笑い声が漏れ出した。
「そうだよな。そうだよ。お前は、いつだってしくじらない。むかつくくらいにさっ」
聖剣を握り直す。肌に感じるもの、直感、そして地割れのような光のラインが集束していく先、輝き始めた霊峰コルトランを仰ぎ見て、光輝は叫ぶ。
「全ての敵意と悪意を拒絶するっ。神の子等に絶対の守りを! ここは聖域なりて神敵を通さずっ――〝聖絶〟ッ!!」
輝く光が、ドーム状に広がった。高波のように天機兵をさらい、しかし、守るべきはそのままに、絶対なる守護の中へ包み込む。
霧散は――しない。コルトランが、霊峰たる所以を見せつけるみたいに頂上から光を噴き出した。まるで、今、息をし始めたみたいに。
奇跡のような光景を前に、開いた口も塞がらないコルトランの民。
彼等を背に、光輝は大軍の方へと踏み出した。
「神意よ、全ての邪悪を滅ぼしたまえ。神の息吹よ、全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ。神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえっ――」
本来の西洋剣モードに戻った聖剣を天へと衝き上げる。いくぞ? と光輝が不敵な笑みを浮かべて、言霊を世界に響けと迸らせた。
「――〝神威・極大光竜〟!!」
まるで小さなコルトラン。噴き上がる純白の光は徐々に形をなし、SF世界に神話の巨竜が顕現した。
「もう、一人も殺させはしない。――覚悟はいいか?」
勇者の、理不尽に憤怒する心が具現する。
極大光竜の開かれた顎門に集束した破滅の光が、今、大軍を呑み込んだ。
「何を、何をしたのです……」
聖地に、マザーの混乱に満ちた声が響く。
鉄色の巨人の腕は、聖樹の根元に突き刺さったまま。否、その手前で塞き止められたまま。
「……どうやら、ちょいと助けてくれたらしい。俺が干渉したのは別のことなんだけどな」
そう、ハジメを守るように、地面を突き破って出現した幾本もの――聖樹の根によって。
「なぜ、なぜそんなことが! 何をしたのです!? それは……それはいったいなんなのですか!?」
巨人の腕が引かれた。
そうすれば、極太で、かつ地下施設の金属でも引き千切ってきたのか大量の金属を纏わり付かせた聖樹の根の向こう側に、淡い光が見えた。
ハジメの手に握られたそれは、美しい宝珠だった。中に、小さな小さな枝葉が一本、立っている。
「ルトリアの宝珠」
「ると……?」
「異世界の聖樹、と言えば想像がつくか? それにはな、意思があったんだ。ルトリアという名の聖樹――いや、星樹の化身。これは、そいつから貰い受けたものだ」
異界の意思ある聖樹。その言葉に、マザーは動揺したようにモノアイを明滅させた。
「知らなかったろ? 世界ってのは無数にあって、おそらくどの世界にも聖樹はある。世界は、こいつを中心に繋がっているんだろう」
そう考え始めたのは、地獄へと転移するはめになった事件の時。英国の深い森の奥に存在した不可思議な空間でそびえる大樹を幻視し、もしかすると全ての世界に大樹は存在し、根本的なところで繋がっているのでは? とハジメは疑問を抱いた。
「貰った当初は大して使い道もなくてな。電力を魔力に変換するアーティファクトもなくて、星樹の世界に確かめに行くことは未だに叶っていない」
ティオと迷い込んだ天空世界もかの洞窟からは行けなくなっており、魔力的な問題でこちらも確認には行けていない。
確認できたのは、地獄にもかつて大樹が存在したこと。デモンレンジャーの中の人曰く、既に朽ちて跡形もないらしいが。
そんな中、何か手掛かりはないかと、今回の渡航の前に一度トータスへ行った際、大樹ウーア・アルトを調査したのだが……そこで〝ルトリアの宝珠〟が反応したのだ。否、正確には共鳴したというべきか。大樹ウーア・アルトの方も反応を見せたのである。
「どうやら、これはある種の許可証というか、大樹に認められた証のようなものらしくてな、ある程度大樹自体に干渉できるんだよ」
例えば、かつて〝解放者〟達が大樹ウーア・アルトの内側に大迷宮を創ったように。
枝葉を伸ばしたり、根を突き出したり、または――
「樹の内側に空洞を作って、一気に最深部までの道を作ったり、な?」
「ッ!? まさかっ!?」
つらつらと、状況を無視して珍しくも丁寧な説明をしていたハジメが、悪魔的に凶悪な笑みを浮かべた。
「素子配列相互変換システム。要は聖樹。ぶん獲ったデータからも解析済みだが、その構造や規模からして、あるんだろう? 聖樹の最深部に」
直後、
『南雲!!! アップロード完了! 成功だ! やっちまえっ!!』
「っ、あの男!!」
オープンの通信が響く。警戒していても認識を外してしまう天然の異能者というべき魔王の右腕――遠藤浩介の声で。
そして、
「幕引きの時間だ」
枯れた聖樹がカッと爆発したような光を放った。
そう、夕日よりもなお鮮やかな真紅の光を。
血管を流れる血のように、猛烈な真紅の輝きが幹を駆け上がる。聖樹そのものを真紅に染め上げるかのように、枝の先まで力が行き渡る。
そして、天を衝くような光を、噴火の如く噴き上げた。
聖樹を中心に、周囲の地面からも光が噴き出し、真紅の螺旋が竜巻のように天と地を繋ぐ。
光の奔流の中、ハジメがG10を抱えてトンッと地を蹴った。幾つもの波紋が広がり、あっさりマザーと同じ高度まで上がる。
なんの苦労もない様子で宙を踏み締め、輝く聖樹を背に自分と対峙したハジメに、マザーは焦燥と憎悪の声を迸らせる。
「この程度のクラッキングっ。旧式のガラクタ如きがっ」
「ハジメ様、お急ぎを! ウイルスと私の妨害でも、復旧まで六十秒が限界です!」
最深部にある〝素子配列相互変換システム〟に侵入されたのは明白。おそらく、コルトランの召喚装置を製造する際に作ったハジメの魔力データをもとに、星精力の変換先を変えたのだろうと推測する。
最深部へのまさかの侵入方法。そして、警備兵を掻い潜りデータチップをコンソールに仕込まれるという、本来ならあり得ない事態。
とはいえ、かつて数多のAIを相手に単独で勝利を収めたマザーのスペックは、G10のそれとは雲泥の差。
まだ挽回できる。六十秒もかけはしない。一瞬で制御を取り戻し、再び死に体をさらさせる! と己の処理能力を限界まで上げる。
同時に、ハジメに何もさせないため、聖樹が傷つくことを考慮せず総攻撃を命じる。
が、その前に。
「六十秒もいらねぇよ」
まさかの答えが返ってきた。
掲げた手。爆発的な光を放つ指輪の宝玉。
その直後だった。
「さぁ、蹂躙を始めようか」
真紅の波動が広がった。幾重にも幾重にも。物理的な衝撃すら伴うそれに、マザーの流体金属巨人も、その後ろに集結した機兵、戦闘機、艦隊も一緒くたに後方へ吹き飛ばされる。
「くっ、この程度では……」
後退はさせられたものの、損傷はない。だが、マザーは次の瞬間、飛び込んできた光景に絶句した。
それも当然だろう。先程のは攻撃ではなく、余波に過ぎなかったのだから。魔王が軍勢を召喚する、その余波に。
黒と紅の十字葬列〝クロス・ヴェルト〟――三千機。
圧縮燃焼石と魔力衝撃波により一発一発が巡航ミサイル並の破壊力を有するペンシルミサイル&ロケット弾を各五百発ずつ内包する、両面に翼を付けた巨大な十字架のような兵器――ミサイル&ロケットランチャー〝アグニ・オルカン〟。
六砲身のガトリングを一つの砲身と見立てた六砲身の電磁加速式ガトリング砲〝メツェライ・デザストル〟。
貫通特化の電磁加速式八十八ミリ対物狙撃砲――〝シュラーゲンA・A〟。
超重量かつ超強度の巨杭を電磁加速させて連射する電磁加速式ガトリングパイルバンカー――に圧縮燃焼石を詰めたパイルバンカーの新作――目標を貫通してから爆発する電磁加速式ガトリングバンカーバスター。
それらの兵器を武装した機械仕掛けの死神共。複数の動物を掛け合わせたような、おぞましくもどこか美しい怪物の軍勢――グリムリーパー三千機。
そしてダメ押しとばかりに、ハジメの周囲に浮遊する太陽光集束レーザー〝バルス・ヒュベリオン〟――七機。
切り札の量産と超兵器による圧倒的物量戦。まさに、魔王の本領。
ハジメの口元が、三日月のように裂けた。
「マザー。俺の安寧のために――消えてくれ」
「――ッ」
直後、両陣営から凄絶な破壊が解き放たれた。
だが、拮抗したかに見えたのは初撃のみ。
ヒュベリオンがもたらす灼熱の光が七閃。これだけでマザーは巨人の全能力を以て防御一辺倒を強要され、秒間千五百発のミサイルとロケットが一切の接近を許さず、敵側の放った攻撃は全て、クロス・ヴェルトによる聖樹ごと守護する正二十面体のような多面型空間遮断結界により全て防がれてしまう。
そして、クロス・ヴェルトの一斉射撃、ガトリング、パイル、八十八ミリ砲弾が次々と敵を打ち砕き、そこへグリムリーパーが動けば……
マザーの軍勢はあっと言う間に瓦解を始めた。
天機兵も他の機兵も戦艦も、死神の群れには抗しきれない。機動力が、戦術が、そして装備する火器の破壊力が圧倒的に違ったのだ。
何せ、中身は本物の悪魔である。それが魔王の超兵器を渡されているのだ。鬼に金棒どころの騒ぎではない。
おまけに、それらが今この瞬間も増えていく。光り続ける魔王の指輪が、雪崩を打つようなグリムリーパーの軍勢を虚空に召喚し続けているのだ。雷雲からの雷撃で撃ち落されるグリムもいるものの、全く以て焼け石に水。
就職希望の悪魔さんが多かったのだから仕方ない。元々千機程度だったグリムリーパーの軍勢が、需要に応えて五千機に増えていても仕方ないのだ! 魔王だもの!
「意外に粘る。大したものだ。――だが、死ね」
「このっ、化け物めっ」
立場が完全に逆転していた。真紅の光を纏いながら聖樹を背に戦場を睥睨する姿は、まさにコルトランにてマザーがハジメ達に向けた目そのまま。
どうしようもないほどの屈辱で思考が千々に乱れる。こんなこと、あってはならないと無意識のうちに何度もリピートするが、現状は言い訳の余地なく追い詰められている。紛れもない危機を打開できない!
聖地中から流体金属を集める。塔や兵器を構成していたものを解体し、天機兵団すら取り込んで。ほとんど大海原かと思うような、想像を絶する量だ。
しかし、七機のバルス・ヒュベリオンによる間断なき掃射の前には反撃の余地など許されず、ただ身を守るので精一杯。灼熱のマグマと化した流体金属が地を埋め尽くしていく。
攻撃は空間遮断障壁で阻まれ、機兵団も戦闘機も塔の兵器も、理不尽かつ、どこか「初めての全軍召集だ! ヒャハーーーッ!!」とはしゃいでいるっぽいグリムリーパー達によりスクラップに変えられていく。
頼みの艦隊もまた、電磁加速式ガトリングバンカーバスターを装備したグリムリーパー達に風穴を開けられては爆破粉砕されていき、あろうことか旗艦が味方を砲撃している始末。
どうやら、特攻中に打ち込んだ砲弾は特殊砲弾スクワームシェルだったらしい。つまり、中に小型の金属製蜘蛛が多数しこまれていたのだ。それに制御を乗っ取られたようである。
「ですが、あと少しでっ」
素子配列相互変換システムの制御を取り戻せる。そうすれば、今も噴き上げている真紅のエネルギーは直ぐに枯渇し、逆に聖地の大損壊を覚悟の大規模破壊攻撃ができる。まだ逆転の目は……
と、そこで、マザーにも、そしてハジメにも予想外のことが。
「あ? これは……」
「いったい何が……」
「ハジメ様、変換前のエネルギーが凄まじい勢いで流出しています! いえ、これは吸い上げられている? 完全にシステム外部からの干渉です!!」
マザーとの決死の電子戦故か、煙を噴き上げているG10が困惑と動揺に満ちた声を上げた。
それも仕方のないことだろう。
聖地が、白く美しい光に包まれたのだから。
聖樹を中心に、無数の光のラインが地割れのように広がっていく。それにより聖地全体が輝き、更には淡い燐光まで大気の中に浮かび始める。
何より大きな異変は――聖樹そのもの。
枯れた枝の先に、緑が見えた。みずみずしい葉が次々と生み出され、それが大きく力強く広がっていく。あれほど生気に欠けていた幹が、目に見えて潤いを取り戻していく。
そうして、聖樹が完全に緑生い茂る本来の姿を取り戻した直後、光の波動が世界に放たれた。幾度も幾度も広がるそれは、宇宙から観察できたなら、この星そのものを駆け抜けていると見えただろう。更には大地においても、光のラインが地平線の彼方まで一瞬で広がっていく。
それはまさに、この星が息を吹き返したような光景で。
「あり……得ない……あるはずがないっ。これほどのエネルギー、二百年前でも観測してはいなかったっ」
星のエネルギーは莫大。しかし、かつての戦争による尋常ならざる消費によって、実のところ総量自体は著しく下がってはいた。それは、みずみずしかった聖樹が今や枯れ木だったことからも明らか。
だからこそ、マザーはコルトランでは普通の電力施設のみを用いていた。
故に、たとえ素子配列相互変換システムの変換先を魔力に変えても消費し続けていることに変わりはなく、このような現象が起きるはずがない。
増して、全盛期よりも更に莫大なエネルギーを観測するなど……
これでは、これではまるで……
「星がもう一つあるようだ、てか?」
「ッ、やはりお前がっ」
そう、ハジメは何も、星精力を魔力に変換したのではない。そもそも時間勝負であるし、セットするのは浩介なのに、星精力を魔力に変換するプログラムをその場で組むなどできるはずがない。G10にとっても、星精力とは知ったばかりの未知のエネルギーなのだから。
だから、手元にあるエネルギーで、あらかじめプログラムを組んでおく必要があった。浩介がデータチップをセットするだけで、後は自動で変換できるように。
では、その魔力の元になるエネルギーとは何か。
答えは一つだ。
「グラスプ・グローリア。とある世界を模倣した――永久機関だ」
「永久機関……馬鹿な、ハーデンですら……それは手の届かなかった夢の……」
竜と人が共存する天空世界――そこで作り出した天竜力の宝珠。そこから無限に溢れる天竜力を、今までハジメは利用できなかったわけだが……
浩介に預けたそれが素子配列相互変換システムにより変換され、ハジメに無尽蔵の魔力をもたらした。
「どうやら聖樹のやつ便乗しやがったようだな。よほど腹ぺこだったとみえる」
つまり、そういうことなのだろう。聖樹は、グラスプ・グローリアから溢れ出る無限のエネルギーを吸い上げて復活を果たしたのだ。そして、それは取りも直さず、この世界の復活でもあった。
「ハハッ、魔力霧散効果も、世界的なエネルギー不足が原因だったわけか」
ハジメは懐からクリスタルキーを取り出した。いとも簡単にゲートが開き、ハジメの姿が消える。
「合わせて九機の兵器って半端だと思わなかったか?」
「空間を渡って!?」
慌てて振り返るマザー。閃光と流体金属の狭間で、驚愕したかのようにモノアイを激しく点滅させる。
真紅に輝く虚空の膜から出現したハジメが、ニィッと凶相を浮かべて十機目の〝バルス・ヒュベリオン〟を召喚した。
「終わりだ」
「――ッ」
渦巻くようにして集まった流体金属が、辛うじて太陽光レーザーを防ぐ。
だが、大海の如き流体金属のほとんどが、既に七機のヒュベリオンで赤熱化して地を埋め尽くしており、当然機能不全に陥っている。
総量が、どうあっても足りなかった。
「私はっ、私は死なないっ。世界を統べるっ、管理し続ける!! 忘れるなっ、異界人!! 全ての母は私だっ、私こそが世界そのもの――」
「いいや、忘れるさ。お前は――」
ヒュベリオンの閃光が、遂に流体金属を消し飛ばした。マザーが光の中に消える。中間位置でぶつかったヒュベリオン同士の光が上空へと向けられる。八つの閃光が雷雲を貫き、円状に吹き飛ばした。
聖地が、魔王の太陽で照らされる中、その魔王は懐から羅針盤を取り出した。
そして、
「どこにでもいる、ただの神気取りにすぎないからな」
人差し指と中指を揃え、ピッとあらぬ方向を指し示した。
マグマの海と化している地上の一角。塔と塔の狭間を隠れるようにして外へ飛行していく空機兵がいた。そいつが、ギョッとしたように振り返った。
そう、雑兵に紛れていた本当のマザーのコアを搭載した空機兵が。
「やっちまえ、G10」
「感謝します、ハジメ様」
応えたのは、電子戦から解放されたものの機能停止寸前のG10。与えられた心意気を余すことなく受け取って、AIらしからぬ……否、感情ある存在として当然のように力を振り絞って、最後のクラッキングを仕掛ける。
狙ったのは、もはや誰も制御していない塔上のレールガン。
その砲塔がぐるりと回頭し、真っ直ぐにマザーを捉えた。
アフターバーナーを噴かせて、必死の逃亡を図るマザー。塔と塔、建築物の狭間に入り、どうにか射線から逃れようとしている。その後ろ姿に、神の威厳など微塵もなく。
「イ゛~!(できる女! ノガリさん参上!)」
「しまっ――」
絶妙なタイミングで塔の陰から飛び出したのは、マザー素体に戻ったノガリさんだった。双大剣で空機兵の両翼を斬り裂き、芸術的な回し蹴りで蹴り上げる。
翼を奪われ、身動きできぬ空中へ。G10の操るレールガンが、正確に目標を照準する。
「やめなさいっ、G10ッ! 私がいなければ、世界はっ、楽園が――」
刹那のフラッシュバック。過るかつての仲間たち。その笑顔も、苦悩も、決死の覚悟を宿した優しい表情も、全てを胸に。万感の想いを込めて、トリガーを――
「――任務、完了です」
轟音。射手の心を示すように、終止符を打つ砲弾が真っ直ぐ空を切り裂いた。
赤く燃える夕日の中、飛び散ったのは小さな爆炎とちっぽけな残骸。
それが、このディストピアの本当の終焉だった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
先週はお休みしてすみませんでした。決戦終わりまで一気にやりたかったのですが、中々時間的にも内容的にも最後まで書けず、もう一週かけさせていただきました。次回SF世界のエピローグです。作戦全体像や裏側、聖樹や宝珠のことなど説明不足な点を解消したいと思います。
※宣伝で恐縮ですが、漫画版6巻、日常4巻、零4巻が発売しました。
特典など詳しい内容はオーバーラップ様のHP(http://blog.over-lap.co.jp/label/grd/)にありますので、よろしければチェックしてみてください。よろしくお願いします!
※〝日常〟の森先生の新連載が始まりました。
〝学園〟です。コミックガルドにて無料で読めますので、ぜひ森先生が描く最強可愛い〝ユエ先生〟を見に行ってみてください!




