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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
379/551

魔王&勇者編 決戦 上




 その日、コルトランの空が極光に貫かれた。


 前の日から物々しい雰囲気は確かにあった。最下層の一部の区画で機兵部隊と誰かが()()()なんて、一笑に付してしまうような噂も流れた。


 禁忌を犯した馬鹿な最下層民がいたのかもしれない。とはいえ、そんなものなす術もなく処断されたに違いなく、物々しい雰囲気も、触発されて禁忌違反を行う馬鹿が出ないよう見張りを厳重にしたためだろうと推測できる。


 そして、そんな馬鹿がいるはずもなく、きっと禁忌違反者も頭がおかしくなった最下層民が錯乱でもしたに違いない、数日もすればまたいつも通りの日々となる……


 と、誰もが思っていた。


 現場を目撃していた最下層の人々ですら、何か恐ろしいものを見てしまった気がして、暗黙のうちに誰もが口を閉ざし、息をひそめるようにして代わり映えしない明日が来ると信じていた。


 だからこそ。


 幾度となく(とどろ)いた凄まじい雷鳴に、許されざる行為と分かっていながら労役の手を止めて天を仰いだ。


 雲上界を覆う雲が吹き飛び、腰を抜かした。


 山頂より放たれた天を衝く極光に、天変地異か、世界の終わりかと震えあがった。


 そして、


「……きれいだなぁ」


 空を見た。円状に消し飛んだ暗雲の向こう側に。青く透き通った空を。


 熱を感じた。人工の光が付随して作り出すそれとは全く異なる、誰かに抱擁されているかのような暖かさ。


 目が眩んだ。世界を照らす燦然(さんぜん)たる輝きに。


 コルトランの光が一斉に消えて、周囲の機兵が力なく崩れ落ちるなどといった異常事態がすぐそばで起きているのに、誰も慌てない。


 ただただ、心を奪われた。心の奥底まで差し込むような光に、わけもなく涙が溢れ出た。視界は滲んで、眩しさに視界がチカチカして、けれど目を逸らせなかった。


 それは、空が晴れて数時間経った今も変わらない。


「……ああ、綺麗だ」


 コルトラン最下層の住民である男は、隣から聞こえてきた十歳の息子の声にオウム返しのように答えた。


 同じようなやり取りが、そこかしこでなされている。


 今年で三十歳――〝寿命処理〟されるはずだった男にとって、この数時間内に起きたことはあまりに現実離れしていて、心のキャパシティーはとっくの昔に決壊していた。


 おそらく、それは周囲の者達も同じだろう。


 この避難民で溢れかえった人混みの中で、天変地異の直後に聞かされた内容を明確に理解している者がどれほどいるか。ほとんどの者がただ思考を停止させて太陽を鑑賞するか、絶望を前に現実逃避しているのどちからかに違いない。


 そう、コルトランの機能が死に、もはやマザーによる絶対の防壁はなく、侵略者の大軍が迫っているなんてこと……最下層の民に受け止め切れるはずもない。


「父ちゃん、おれたち死ぬの?」

「……」


 息子の問いかけに、男はハッとした。今、まさに考えないようにしていたことを明確に言葉にされて、答えに(きゅう)する。


 簡潔で明瞭な言葉は、騒然としたこの場において、やたらと響いた。周囲の人々まで視線を向けて、何か言いたげな、けれど何も言えない様子で口をもごもごさせている。


 否応なく、記憶が喚起された。


――コルトランの民に告げる


 天変地異の如き異変の後しばらくして、天から降ってきたかのような女性の声。


――私はマザー。コルトランの守護者


 衝撃が走った。今まで、マザーの意志は全て機兵を通じて伝えられていた。存在は知っていても、まさに雲上の存在だった。


 そんな自分達にとって神に等しい存在が、初めて声を届けてくれたのだ。天に輝く太陽と相まって、あまりに心迫る体験だった。


 けれど、感動している猶予は与えられなかった。


――コルトランは侵略者の手により、その機能を喪失しました


 何を言われているのか、まるで分からなかった。


――もはや、ここは安全な場所ではありません


 だってここは、マザーが守る人類最後の砦だ。何百年も機械の兵士達が侵略者を寄せ付けず、厳しいルールはあれど人の生を保障してくれていた領域だ。


――内なる敵は撃退しましたが、今この瞬間にも侵略者の大軍が迫っています


 マザーが、また守ってくれる。なんだかよく分からないけれど、大人しく従っていれば、知らない間になんとかしてくれているはず。


――残念ながら、私にこの大軍を防ぐ力は、もはや残っていません。


 ……大丈夫。大丈夫に決まっている。偉大なるマザーが、侵略者なんかに負けるはずがない。何か想像もできないような方法で、今回もまた自分達を守ってくれるはず。


――故に、命じます


 ああ、ほら。命令をくれる。何も考える必要はない。神の下す命令に従いさえすれば、明日はやってくる――


――戦う準備を

――明日を生きるために、今日、戦ってください

――武器を手に。私と共に、最後の瞬間まで戦ってください


 した……がう? 従いさえ、すれば? 戦う? 自分達が? 侵略者と? 何を言っているのか、まるで分からない。武器は……禁忌だ。触れることは、禁忌のはずだ。マザーがそう定めた。


 何かの冗談だろうか? 


――人類の存亡を賭けた戦いなのです。今日、決まるのです。人か、侵略者か。明日、この世界に存在するのはどちらなのか


 ……


 ……


―― ………………申し訳ない。本当に、申し訳ない


 マザーが……謝っている? 神が、自分達に? なぜだろう。先程までの声より、ずっと人間味があるように思える。声が震えているように感じるのは、気のせいだろうか。


――貴方達を守るために私は生まれたのに……長く、辛い時を……


 先程までの言葉があらかじめ決められた言葉だとするなら、今の言葉は、まるで心で話しているような……


――今度こそ守ると誓ったのに、最後の最後で貴方達に戦いを強いている。いつだって守り切れなくて……本当に申し訳ない


 やめてくれっと叫びたかった。貴方はずっと守ってくれたじゃないかと、そう言いたかった。けれど、なぜか、心の奥の奥で引っかかるものが、そんな言葉を塞き止めていて。


 どこかで、この今にも擦り切れてしまいそうな声音で話す相手は本当にマザーなのだろうかと、そんな抱いてはいけないあり得ない気持ちがあって。


 でも、どうしてもその気持ちを無視できなくて。


 だって、マザーの声なんて聞いたことはないけれど、今までの冷たさすら感じるやり方と、この人間味あふれる声の主は、あまりに違うような気がするから。


 たくさんの困惑が津波みたいに頭の中をぐちゃぐちゃにしていた。いつの間にかマザーの声音は戻っていて今後の具体的な指示を出したりもしていたのだが、その内容はあまり頭の中に入らなかった。


 結果、男は今、息子の手を取り指定された避難場所へと流れていた。戦う者が赴かなければならないのはまったく逆方向――外壁の方だというのに。


 周囲を見回しても、そこかしこに大人が溢れている。本来ならマザーの言葉は絶対のはずなのに、誰も彼もが避難場所へ向かっているのは、大軍が攻めてくる恐怖だけでなく、きっと男と同じくマザーの言葉に心の片隅で思うところがあったのかもしれない。


 それが恐怖や絶望を助長されたからなのか、それとも本当は感じていた不満の種に火をくべられて「何を今更」と思ってしまったからか……


 と、その時、


『すまねぇっ、お前等! 聞いてくれっ!!』


 ビリリッと空気が震えるような大声が響き渡って、男はハッと顔を上げた。


 避難民が指示されて集まっているこの場所は、本来、住民の立ち入りが禁止されているエリアの手前だ。禁忌の象徴たる金属の巨大な格子が行く手を阻み、スライド式の格子門があって、その奥には広場と金属製の大きな建物がある。


 普段は機兵部隊が厳重に警備しており、不用意に近づこうものなら問答無用に取り押さえられてどこぞへ連れていかれてしまう恐ろしい場所だ。


 その恐ろしい場所の、その金属製の建物の屋上に――人がいた。男のみならず、誰もがギョッとしたように目を剥く。


『俺の名はジャスパー。お前等と同じ下界の人間だ! 最下層の連中なら知ってる奴も多いんじゃねぇか!』


 不自然なまでによく響く声だった。男は知らないことだったが、ジャスパーには小型の拡声器が与えられており、それにより何百メートルも離れた後方の人々にまで声が届いていた。


 割と前の方にいた男はジャスパーの顔まで確認でき、驚いて思わず声を漏らした。


「ジャ、ジャスパー?」

「あ、あいつっ、何してんだ!?」


 存外近くから響いた声に視線を転じれば、そこにも見知った顔が。ジャスパーや自分と同じ労役場で働いていた最下層民だった。


『マザーが言っていた〝勇気ある下界民〟ってのは、俺のことだ!!』


 確かに、マザーの具体的な説明の中にそういう存在は語られていたような気がする。


 混乱する頭では深く考えられなかったが、曰く、コルトランに紛れ込んだ侵入者を早期発見し、敵の目を掻い潜ってマザーのもとへ情報を届けたのだという。


 それにより、コルトランは甚大なダメージを受けつつも辛うじて救われたのだとか。


 まさか、と思う。


 同じ、底辺中の底辺を生きていた最下層の仲間なのだ。あり得ないと誰もが思う。たとえ、禁止区域にどうやってか入っていて、その肩には機兵が持つような禁忌の武器が担がれていても。


 だが、その直後に起きた事が、ジャスパーの言葉に更なる真実味を持たせた。


「なっ、あれは……」


 あちこちから上がる悲鳴じみた驚愕の声。一瞬、空が陰ったかと思えば、空より舞い降りてきたのは巨大な空飛ぶ物体――航空機だった。


 それが、まるでジャスパーに従っているみたいに、彼が屋上に立つ建物の真正面に、垂直方向の青白い光を放ちながら着陸した。


『わけ分かんねぇよな? 突然のことばっかりで、何をどうすりゃいいんだって、そう思うよな?』


 打って変わって落ち着いた声音だった。自然と惹きつけられるような何かが、その声にはあった。


『だって、しょうがねぇよ。俺達はさ、ずっと言われた通りに生きてきたんだ。辛くても、楽しいことなんて何もなくても、生きるために必要だから、いろんなこと我慢してきた』


 ざわつきが、少しずつ少しずつ収まっていく。


『従うことが、俺達の生き方だった』


 誰もが、突然現れた巨大な航空機から、視線を屋上の男へと向けていく。


『けどよ……それじゃあ、もう生きられねぇらしい。マザーだけじゃあ、もう明日は迎えられねぇらしい』


 自分達と同じ、みすぼらしい恰好だ。肌だって汚れきっている。なのに、


『戦わねぇとっ、もう何も守れねぇんだとよぉ!!』


 なぜ、彼の声は、あんなにも響くのか。ただ拡声しているという意味じゃない。ビリビリと空気を震わせるそれは、衝撃でも伴っているみたいに心を揺さぶってくる。


『なぁっ、お前等! 何もせずにここで終わって、それで本当にいいのか!?』


 やせ細った体のくせに、なぜか大きく見える。


『隣を見ろよ! そいつは大事じゃねぇのか!? 守りてぇって思わねぇのか!?』


 腕を突き上げ、空を指さす姿は、


『明日も、あの光を見てぇと思わねぇのか!?』


 息を呑むほど力強い。


『俺は守りてぇ!! 明日も家族と一緒に、空を見てぇ!!』


 距離があって見えるはずなんてないのに、


『だから俺は戦う!!』


 その瞳はギラギラと輝いて、自分を射抜いているようにすら錯覚してしまう。


『何百年もたった一人で戦ってきた奴が、俺達に力を貸してくれと言ってやがる! 潰れちまうくらい重てぇもん背負って、もうボロボロのくせに、俺等に生きてほしいって頭を下げてやがるっ!! だから――』


 ああ、そうだ、と思い出す。マザーの話を。


 コルトランに致命傷を受けた代価に、敵の本拠地が判明したのだと。自分はそこに直接乗り込んで戦争を終わらせるから、どうかそれまで生き延びてほしいと。懇願するように、そう言っていた。


『俺は戦う!!』


 ドンッと、腹の底に響くような炸裂音が轟いた。ビクリと体が震える。


 ドンッと、また轟音が鳴る。頬を叩かれたみたいな気持ちになって見てみれば、ジャスパーが空に向けて銃の引き金を引いていた。


 ドンッ。


 ドンッ。


 ドンッ。


 と、引き金が引かれる度に、それを見ていた男は、そして下界で生きてきた多くの者達は、拳を握り始めた。そうせずには、いられなかった。


『ここはっ、俺達の故郷だっ! ここにいるのは、俺達の仲間だ! 誰にも奪わせはしねぇ!! だから俺は戦う!!――お前等はどうだ!?』


 ドンッと鳴った一発の銃声。


 一拍の後、返ってきたのは……


「俺も戦う」


 一人の、誰かの声。拡声されていない声だったが、その一言は驚くほど大きく響いた。


 そうすれば、まるで決壊したダムのように、


「お、俺もだ!」「私も戦う!!」「た、戦ってやろうじゃねぇか!」「下界の人間なめんなっ」「ここは俺達の街だ!」「クソ侵略者共がっ、好き勝手させるかよ!」「戦うぞ!」「うちの子はまだ生まれたばかりなのよ! 死なせてたまるもんですか!」「逃げねぇよ! 逃げてたまるか!」「戦ってやるっ」「武器を寄越せ!」「やりゃあいいんだろ!? やりゃあよぉ!!」「あーっもうっ! こうなったらやけくそだっ」「どうせ死ぬなら侵略者を道連れにしやらぁっ」「戦おう! 一緒に!!」


 次々と上がる戦意に滾る声。波が広がるように、その声はどんどん広がっていく。


 それを眺めて、ジャスパーは一度、太陽を指さしていた手を下ろした。そして、強く強く、骨が軋むほどに握りしめて、再び、空を殴りつけるみたいに突き上げた。


『俺達は戦う!!』

「「「「「「「「「「俺達は戦う!!」」」」」」」」」」

『俺達は戦う!!』

「「「「「「「「「「俺達は戦う!!」」」」」」」」」」

『俺達は戦う!!』

「「「「「「「「「「俺達は戦う!!」」」」」」」」」」


 空気を吹き飛ばし、大地を揺るがすような(とき)の声が刻一刻と増大していく。


 そうして、


『戦って戦って戦ってっ――生き残るぞーーーーっ!!!』


 ジャスパーの号令に、数千人規模の雄叫びが応えたのだった。













 そんな決起の咆哮を通信機越しに耳にして、小さな笑みを浮かべたのは光輝だった。


 場所は、コルトランを囲う分厚い防壁の真西に位置する場所の上。


「シナリオのセリフじゃなくて、自分の言葉で話したいって言われた時は大丈夫かなって思ったけど……凄いな。南雲並みの煽動能力だ」


 呆れたような、心底感心したような、そんな独り言が口から転がり出た。かと思えば、直ぐに苦笑いを浮かべて首を振る。


「いや、煽動だと自覚してる南雲と一緒にしたら、ジャスパーに失礼だな。こっちは本心だし、煽動じゃなくて先導というべきだ」


 策士か、天然ものの先導者か。少なくともG10が慧眼だったのは間違いない。ジャスパーには、人を惹きつけ導く才能がある。過酷な世界で埋もれていたカリスマが、今、開花しているのだ。ステータスチェックでもすれば、天職〝先導者〟などと表示されるかもしれない。


 などと思いつつ、光輝は眼下へ視線を落とした。


 防壁内側の地上には、純白の服を着た者達が手分けして銃火器を下界の人々に渡している光景が広がっていた。


 更に別の場所では、撃ち方やリロードの仕方を教えている光景もある。


 上界民が、下界民に戦い方をレクチャーしているのだ。


「やっぱり、先に上界の人達を煽動――じゃなくて説得して正解だったな」


 実のところ、似たような演説を先んじて上界の民にしている。


 煽動役を引き受けたのはマザーの素体を乗っ取ったノガリ――通称ノガリマザー。サイレント映画の俳優かよ、とツッコミたくなるような迫真の身振り手振りを見せつつ、魔王が考えた煽動的演説をG10が隠れて読み上げる形で行った。


 曰く、マザーもかつては人の子であった。


 ※ノガリマザー、ここで胸に手を添え、遠くを見るしぐさ。


 ※集められた上界の皆さん、「マザーは人間だったのか!」と驚愕する。


 平和な世界に突如やってきた侵略者との、長きに渡る戦争。その中で全ての仲間を失った。ただ一人生き残ったマザーは、仲間の最期の願いを胸に、人類を見守り続けることを決意する。


 ※ノガリマザー、ここでよよよっと泣き崩れつつも、決意に満ちた雰囲気で太陽を仰ぐ。


 ※上界の皆さん、もらい泣きしながら敬意に満ちた表情になる。


 それから数百年。機械の体で、たった一人、戦い続けた。


 ※ノガリマザー、寂しげに自分の体を見下ろし、次いで上界の皆さんを慈愛の雰囲気で見つめる。


 ※上界の皆さん、人の体を捨ててまで何百年も自分達を守ってきてくれたのか! と号泣し出す。


 しかし、それももはや叶わぬこと。先の攻撃でマザーもまた致命傷を負い……もはや、先は長くないだろう。ならば、敵の本拠地を見つけた今、この命! この存在の全てをかけて敵を討つ!


 ※ノガリマザー、足を引きずるようにして大地が見渡せる場所へ(なお、別に足に不具合はない)。ガクリッと片膝を突きつつも、地平の果てにいる敵に宣戦布告するように片手を真っ直ぐに突き出し、そして、自分の最期を悟っているかのように、肩越しに振り返って儚げな雰囲気をこれでもかと醸し出す!


 ※上界の皆さん、マザーの人類への献身に、遂に泣き崩れる。


 マザーは最期に言った。


 この時のために、人類の中でも特に優秀な貴方達に戦う術を教えてきたのです。どうか、下界の人々を、貴方達と同じ私の大切な子達を、同胞を!……守ってあげてください、と。いえ、守ってくださると、私は信じています! なぜなら――


 ※ノガリマザー、膝を突いたまま祈るポーズに。


――貴方達は、私の自慢の子達なのですからぁ!


 ※ノガリマザー、誇るように胸を張り、包み込むように両手を広げる。


 ※上界の皆さん、雄叫びを上げる。マザーを称える言葉と、必ず守るという決意の言葉と、マザーとの別れを嘆く言葉で上界の空気を揺らす揺らす、超揺らす。


 ※ハジメ監督と名優ノガリマザーの〝まったくの嘘ではないけれど真実とも言い難い、あえて誤解させるような〟演出に、制作協力の光輝を筆頭として浩介達がいたたまれない空気になる。


 ※特にマザー役の声優をしているG10は……なんだかモノアイが死んだ魚の目みたいな雰囲気になっている。かつての仲間に「汚れてしまった私を、どうか許してください……」とか小声で呟いている。


 ※リスティちゃんがキラキラの瞳になる。何かを学習してしまった模様。


 そんなわけで、後は簡単だった。住居区画ごとのリーダーを決めて、今後やるべきことを具体的に指示してやれば、彼等は機械のように動いてくれた。


 機能停止した上界機兵から銃火器を回収するのは当然、雲上界に保管されていた大量の銃火器の搬出、運搬用航空機――脱出用の改修機とは別に、G10が液体燃料で動けるよう調整できる中型の別機体が三機ほどあった――への積み込みと前線への運搬、下界上層及び上界下層の人々の雲上界への避難誘導……


「とはいえ、タイムリミットまでにどれだけ準備できるか……」


 回想から復帰しつつ、光輝はタイマーセットされた時計を見た。時間は、残り二時間を切っていた。


 手に持ったトランシーバーのような通信機のスイッチを入れる。G10が雲上界の保管庫で発見したもので、充電された状態で残っていたのだ。乾電池一本分程度の電力だが、三時間くらいは通話できる。


「ジャスパー、聞こえるかい?」

『ああ、聞こえるぜ』

「そっちはどうなった? 随分と勇ましい声が響いてきたけど」

『大半の連中が一緒に戦ってくれるみてぇだ。今、運搬機が離陸した。限界まで詰めても一度に三百人くらいしか乗れねぇから、全員をそっちに送るのは……間に合うか分からねぇな』


 運搬機を操作しているのは上界の者だ。どうやら、マザーに〝処理〟された後は航空関係の機兵にされる者達だったようで、どうにか動かせている。


「そっちに集まっているので三万人くらいだったか……仕方ないね。徒歩で来られる人はそうするように呼び掛けてほしい」

『もうやった。他の上界の奴が誘導を始めてくれたからな、俺は次の避難場所に集まっている奴等のところへ行くぞ』

「ああ、頼むよ。こっちは大丈夫そうだから、避難所の補強に回る」

『また金属をスパスパ斬んのかぁ。目ん玉飛び出す奴がまた増えやがるな』


 当初は、雲上界に全員を避難させ、戦える者は外壁にて迎撃――という考えだったが、下界の住民の数と、その体力値というものが考慮しきれていなかった。


 どう考えても六時間以内に下界の民の全てを山頂に連れてくることは不可能だったのだ。


 上界の民が誘導して間に合いそうなのは、下界上層部の住民まで。


 なので仕方なく、それ以下の標高に住む者達は地下へ避難させることにしたのである。とはいえ、それでも数が数だ。基本的に女性(戦う意志のある女性は別)や子供だけを避難させるとしても、G10の隠れ家だけでは収容しきれない。


 そこで、光輝と、同じくサポート役で残ったエガリの出番だ。地下の比較的広い空間で、かつ出入口が限定されている場所を選び、光輝が斬鉄して金属を加工し、エガリが蜘蛛糸で即座に固定する。


 そうやって、地下に簡易のシェルターを作ったのである。


 その下界最下層の北、中央、南の三か所にあるシェルターへ、現在下界の人々をそれぞれ誘導しているところだった。


『雲上界の避難状況はどうなんだ?』

「六割ってところかな。エガリさんとミンディさん達も頑張ってくれてるから、ギリギリ間に合いそうだけど……戦闘員への銃火器のレクチャーと配置が間に合うかどうか……簡易でもいいから、作戦指揮の合図も知っておいてほしいし」

『敵は十万なんだろう? んなもん、引き金を引きやぁどれかに当たるだろうよ。俺達下界の人間の役目は弾幕要員。旦那もそう言ってたじゃねぇか。保管されてた武器弾薬は腐るほどあるんだからってよ』


 ちなみに、ジャスパーがハジメを旦那と呼び始めたのは、例の狂喜乱舞を見た後からである。


「まぁ、そうなんだけど……」

『……分かってんよ。撤退の合図くらいはってことだろ?』


 何せ、相手は十万の軍勢だ。それも核を破壊しなければ再生する怪物だ。コルトラン側の戦力は、当然、それ以下。総人口自体が十万なのだ。天機兵十万という数字は、おそらく人口に合わせた結果なのだろう。


 外壁に設置された大軍用の重火器も、電気を用いないタイプは使える。


 とはいえ、押し切られ内部へ雪崩れ込まれるのは想像に難くない。市街地戦など上界民以外には不可能で、それにしたって天機兵は強すぎる。


 ならば、半数に遅滞戦闘をさせつつ、もう半数はシェルターや運搬機で雲上界へと退避するといったような、〝最後の抵抗〟を試みるための作戦行動は必要だろう。


 だが、おそらくそんな集団行動は、下界民には取れない。迫る大軍を前に逃げ出さないだけでも称賛ものなのだから。


 とりもなおさず、それは下界民の多大な犠牲が予想されるということで……


『気にすんな、とは言わねぇが、本来なら何もできずに皆殺しだったかもしれねぇんだ。戦えるだけマシってもんだ。何もかもってわけにはいかねぇよ』

「……そうだな」


 本当に、随分と肝が据わったというべきか。出会った当初は、ハジメに睨まれただけで震えあがっていたというのに、才覚が開花したらしいジャスパーには揺らぎがまるでない。


 だから、こんなギリギリの状況でも、からかうようなことだって言ってのける。


『頼りにしてるぜ、新兵器の使い手さんよ?』

「あはは……そうだね。目ん玉が飛び出すくらい見せてあげるさ。聖剣(新兵器)の威力をね」


 マザーの説明の中には〝切り札〟の存在もあった。残していく人類を案じて用意した超兵器――聖剣と、その使い手〝勇者〟だ。光輝という存在が混乱を引き起こさないための措置である。


 上界民は、「こんな人いたか?」と誰もが思っていたようだが、ノガリマザーが名演で押し切った。


 聖剣が応えるようにピカリッと輝き、光輝は頬を緩める。


「君の言葉なら、たとえ死中にあっても下界の人達に届くだろう。俺も頼りにしてるよ、ジャスパー」

『ハッ、最下層民から指揮官モドキたぁ大出世だぜ』


 総司令官は光輝、最大戦力は武装した上界民。だが、数の暴力に対抗できるかどうかは、下界民の手数にかかっている。現場指揮官というべきか、その役目は彼等の士気の要となったジャスパーにしかできないことだ。


『次の現場に着いた。通信を切るぞ』

「ああ、残りの時間、できる限りのことをしよう」


 そう言って通信を切った後、光輝は避難所の補強に行くべく(きびす)を返した。


 が、一度、足を止めると肩越しに振り返り、遥か西の空へ目を向けた。


 馬鹿みたいに青い空が広がっていて、これからこの世界における人類の存亡を賭けた決戦が始まるなんて、これっぽっちも思えない。


 だが、確実に死神の軍勢は迫っていて……


「さて、どちらの命が先に刈られるか……」


 その軍勢の更に向こうには、こちらの死神がマザーの首を刈り取らんと迫っている。


「頼んだぞ」


 素直に友とは言い難いが、命運を預けるに欠片の不足もない信頼を寄せる男へ、光輝はただ一言、そう口にした。




 その二時間後。


 燃えるような夕日を背景に、地平線がうごめき始めた。


 防壁にて待ち構える人類の前に、遂に大軍勢が姿を見せたのだった。















 一方、同時刻。


 コルトランから西へ一万二千キロ。夕日で赤く染まる聖地の、最も高い鉄色の建造物の頂上にて、流体金属が螺旋を描いていた。


 その螺旋の柱の中央に、G10とよく似た球体金属が浮遊していた。


「……来るとすれば、そろそろですね」


 球体金属――マザーがモノアイを東の空へと向けた。


 幾百幾千という塔に設置された兵器の砲塔が、滞空する大小様々な戦艦の艦首が、そして地上に展開しているおびただしい数の機兵団が、全て東へと向く。


 破壊しきれなかった航空機を使って、あの異界人達が乗り込んでくる可能性は、当然、想定している。とはいえ、来るかどうかは五分五分だと考えていた。こちらの戦力をわざわざ見せつけたのだ。いくらなんでも無謀だと分かっているだろう、と。


 天機兵の軍勢にアクセスすれば、もう間もなくコルトランに到着するのが分かった。異界人の未知を前に屈辱を受けはしたが、それもここまで。


 赤く染まっている空。まるで戦火に燃えているかのよう。


 なぜか、ふとかつての戦争を思い出したマザーは、直ぐにあり得ないと記憶をストレージの奥へと叩き込んだ。


「戦争? あり得ない。これはただの蹂躙。神による神罰の執行です」


 戦いにすらなりはしない……と思った直後、マザーの感知機能がけたたましいアラートを鳴らした。レーダーが捉えたのは高度一万メートルにある機影。


 だがそれは、決して飛行などしておらず……


「っ、まさか……」


 不意に、マザーへ通信越しの声が届けられた。


『開戦メテオ――ロマンある宣戦布告だろ? 喝采しながら受け取りな』


 自由落下など生温い。最大加速にて増速しながら落ち来る、流星と化した超大型貨物航空機。


 そう、決戦の初手は、音速の五倍の速度で行うまさかの特攻だった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


※余談

ジャスパーの演説で「我々の独立記念日を祝おう!」的なセリフを言わせてみたかったけど、ジャスパー自身の言葉にしたかったので不採用に。というか恐れ多いし。映画『インデペンデンス・デイ』の大統領演説は何度見ても胸熱な名演説だと思う。



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― 新着の感想 ―
作者は幼女に過酷な人生を送らせるプロらしい...
ふはははははははははははははっ!! 萌える、いや燃える展開だ! 深淵卿も好きそうな王道的展開だ!!
[良い点] 深淵卿の抱腹絶倒シーンに勝るとも劣らない魔王無双の始まり~、な点
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