魔王&勇者編 深淵卿だからさ!
切り立った崖をロッククライミングしているような心持ちで、暗い縦穴の急勾配な階段を登山している集団があった。ハジメ達だ。
「もう少し緩い勾配にできなかったのか?」
「すみません。限られた電力で動かす作業用機での掘削だったもので」
ハジメの少し困った表情での言葉に、G10は、ふわふわと浮いて上昇するという苦労知らずな様子でモノアイを明滅させる。
ハジメや光輝は、もちろんこの程度の急勾配など問題ない。たとえ、隠れ家の銃火器などを詰められるだけ詰め込んできた超重量のボストンバッグをたすき掛けにして担いでいても、だ。
むしろ、狭く小さいとはいえきちんと規則正しく段差があるおかげで、やろうと思えば全速力で駆け上がることもできる。
だが、ジャスパー達――特に年少組にこれはきつい。
結局、ジャスパー達はあの隠れ家には留まらないことになったのだ。この雲上界の少し手前まで続いているという山中の秘密の縦穴式洞窟通路の先にも、秘密の隠れ家があるとG10が教えてくれたからである。いざ帰還するというとき少しでも近い方がいいというのは自明のことだ。
とはいえ、丸一日たっぷりと休み、新鮮な水と栄養豊富な食料で英気を養っていたとしても、五千メートル級の山の中を、体感的には垂直に近い感覚で登山するというのは、そんな経験も体力も元よりない子供達には地獄の行軍となったようである。
「……うぅ」
リスティが可愛らしい唸り声を上げた。頑張りたいけど、足が上がらない……でも、頑張るのぉっと、マジで頑張っている。
「お前、本当に根性あるなぁ」
「ふわっ」
ひょいっと、苦笑いを浮かべるハジメがリスティを片手で持ち上げた。そのまま背に回せば、すかさずエガリさんが糸をくるくるっと巻き付け固定する。
「……まだ、いける!」
リスティちゃんの目が燃えている。まるで限界に挑戦するアスリートのよう。急いで逃げなければならない緊急時でもない以上、ハジメの手を煩わせたくない……という気持ちが透けて見える。
「だが、遅い」
「ぅ」
幼女の頑張る宣言を、容赦なく切り捨てるハジメさん。リスティちゃん、いかにもガーンッとショックを受けたような表情に。
「……力が、欲しいっ」
「主人公みたいなセリフだな。変な声が聞こえても簡単に誘いに乗るなよ?」
G10とジャスパーが揃って視線を逸らした。変な声の主と、誘いに乗ってしまった大人である。
「あはは……既に相当登ってきたし、むしろよくもった方だよ」
「光輝様のおっしゃる通りです。そろそろ上界に差しかかります。休憩できる場所を作ってあるので、一度そこで休みましょう」
高度にすると二千メートル近い。その間、助けられながらとはいえ泣き言一つ言わなかった子供達は、リスティのみならず実に根性がある。
彼等もまた、幼くとも理解をしているのだろう。世界の真実を聞いて、このままでは未来はないと。ここで頑張ることが、今の自分にできること。生きるためにやらなければならないことなのだと。
命を弄ばれ支配されるディストピアで生まれ育った彼等の心は、一度火が着くと中々に強く輝くのかもしれない。
とはいえ、子供は子供である。九人いるうちの最年長でも十二歳である。
「一番チビのくせに、ずるいぞ」
なんて言って、リスティより少し上の少年がキッと妹分を睨んだ。その視線に込められているのは、楽をしようとしているリスティへの単なる弾劾ではなく、どちらかというと……
「ったく、しょうがねぇな」
「あっ」
背中のリスティをそのままに、ハジメは少年を片腕に座らせるように抱き上げた。途端、少年の瞳がキラキラと輝き出す。まるで、憧れの有名人に声をかけてもらったファンの少年のように。
どうやら、先ほどの「ずるい」は、ハジメに構われるのがずるい! という意味だったらしい。
その証拠に、直後、他の子供達から一斉に「ラル、ずるい!」「僕も!」「ハジメさん、私も!」と声が上がった。子供達が狭い階段で押し合いへし合いしながらハジメに群がっていく。
「南雲、大人気だな?」
「お前もな」
気が付けば、光輝の足下にも子供達が……皆、ジッと上目遣いで光輝を見ている。瞳が期待で輝いている。
「まぁ、あんなとんでもねぇ戦い見せられたらなぁ」
「そうね、本当に言葉にできないくらい凄かったもの」
ジャスパーとミンディが苦笑いを浮かべる。子供達の気持ちは分かると。
G10の話を聞いた後だとなおさら、子供達からすればハジメと光輝は、悪者の軍団からたった二人で自分達を守ってくれたヒーローみたいなものなのだろうと。
とはいえ、子供の数は九人。背に二人固定しながら背負うにしても、万が一に備えて片手を空けておくなら三人が限界だ。
普通に考えて、光輝とハジメが全員を抱えるのは無理――
「わたしの、歩くときがきた」
「時が来るの早ぇな」
リスティちゃんがふんすっと鼻息を荒くしている。本当に根性のある子である。しかし、ぷるぷると足を震わせながら登山されても困るだけ。
なので、ハジメは義手のギミックを作動させた。カシュンッカシュンッと音を立てて腕が伸び、変形し、五指も伸張して広がり、外付け盾も可変して広がる。それで片腕に一気に四人を抱え込んだ。
子供達が瞳をキラキラさせて「きゃぁ~~っ」と楽しそうな声を上げる。エガリ&ノガリも、なぜか「きゃ~~っ」と言ってそうなはしゃぎぶりでぶら下がる。
これで片腕を空けても六人。光輝が三人抱えて全員だ。光輝に抱えられている子達が、ちょっと義手座席に招待された兄妹を羨ましそうに見ている。
それを見て、G10が何やら思案し始めた。
「……ふむ。エガリ様かノガリ様、私に糸を括り付けてゴンドラのようにできますか?」
「イ゛ィ゛!」
朝飯前ですよ! と言っているみたいに、エガリがささっと糸を吐く。あっという間に出来上がった網状のゴンドラ。それを取り付けたまま、G10はミンディの前へ。
「え?」
「貴女も相当お疲れのようですので、行軍速度を上げるなら乗っていただくのがよいかと。一人くらいなら、私の出力でも問題ありません」
「えっと……ありがとうございます?」
網状ゴンドラの上にそろりとお尻を乗せるミンディ。ふわりとした浮遊感に思わず「きゃっ」と声が漏れるが、宙に浮くという初めての体験にちょっと楽しそう。
「よし、速度を上げていくぞ」
ハジメの号令に、光輝とG10が続いた。さくさくと登っていく。
それを見上げながら、ちょっと悲しそうな声が一つ。
「いや、まぁ、俺、大人だし? 別にいいんだけどな?」
なんて言いつつもジャスパーの足はガクガクしている。栄養失調気味の男の大腿筋は、既に悲鳴をあげていた。
結局、その後ノガリさんの糸で宙づりにされ、途中、ちょっと壁に激突したりしつつも運搬されて悲鳴をあげるジャスパーを尻目に、ハジメ達は上界へと入ったのだった。
高度は三千五百メートルを超え、七合目といったところ。
隠れ家としては最高高度にある穴蔵に到着したハジメ達は、少しの休憩の後、そこで外の様子を見ていた。
もちろん、カーテンの隙間を少し開けて外を覗く刑事さんみたいなことをしているわけではない。
見ているのはG10がモノアイから展開する立体ホログラムである。
元より上界の映像情報を持っていたG10だが、下界での騒ぎを考慮に入れ、エガリ&ノガリが偵察に出て、その最新の記録映像を撮影してきたのだ。G10にとって、地球産の記録媒体から情報を受け取る程度のことは、規格云々を無視してできる簡単なことらしい。
「案の定、警戒厳って感じだな」
「町の人達が困惑してるね。まぁ、人通りが少なくなるのは都合が良いけど」
物々しい雰囲気を感じ取ってか、住人達はそそくさと建物の中に入っていく。
「……これが、上界。こんな生活を……してたのか……」
球体状に浮かぶ、時折ノイズが奔る立体ホログラムに、何か焦がれるような様子で呟いたのはジャスパーだった。
映像の中には、白く汚れなき統一された建築物が並び、道は綺麗に舗装されていてゴミ一つない。歩いている人々はみな、周囲と同じ純白の衣装を身に纏い清潔感に溢れていて、見るからに健康的だ。
機兵の警戒した様子がなければ、きっと笑顔も溢れていただろう。実際、そんな雰囲気の中でさえ、子供は呑気に笑っているし、むしろ機兵達の動きに好奇心を刺激されているような様子さえ見える。
下界の子供とは雲泥の差。隣人への警戒心や、日々の労役と生活苦による疲労、荒んだ様子など欠片もない。
平和の持続、そして誰かに愛されることが、当然だと信じて疑わない純粋無垢さ。
リスティ達も、まるで楽園を目の当たりにでもしたかのように、食い入るような眼差しを向けている。
ジャスパーの手が、無意識のうちに伸びていた。ホログラムに向けて、これが欲しかったのだと、願ったのはこんな世界なのだと、そう訴えるように。
だが、その手は、立体ホログラムに触れる前にミンディがそっと捕まえて握りしめた。それで我に返ったジャスパーは、恥じたように苦笑いを浮かべた。
「こいつらも、同じなんだよな」
「はい、ジャスパー。彼等もまた寿命が定められており、その運命の行き着く先は、マザーの駒に過ぎません」
上界と下界。なぜ分けられているのか。理由は単純だ。
雑多な仕事を任せられて、いくらでも補充の利く雑兵の生産地と、より上質な素材を育てる生産地を分けるのは当たり前のこと。
上界の人間も〝人類禁令〟の対象となる。だが、マザーから許可される範囲は下界とは比べるべくもない。
人類が金属に触れる機会を奪い、密かに技術力を磨くことを防ぐための禁令であるが、彼等はいずれ機兵となるのだ。
ならば、人類の脳を利用する機兵において、より良質な素材とは当然、教育を受けた脳である。
故に上界の人間は、良質な食事や環境のもと、理数系の基本的な学問の他、戦闘技術や戦術論などの義務教育を受けることになる。
当然、反乱の余地を排除するために、一人一人へ思想的な教育、場合によっては随時、記憶操作による調整を施される。
「ある意味、下界の人々よりも、彼等に自由はないのかもしれません」
「そうか……くそったれだな」
見るに堪えないといった感情が溢れ出ているG10の声音に、ジャスパーは吐き捨てるように応えた。
光輝が、少し聞き辛そうに口を開く。
「G10。砲機兵や盾機兵の他にも、何体か見覚えのない機体が見えるんだけど、あれらもグレードアップ版かな? つまり……」
「はい、上界の人間を使った機兵となります」
光輝の言う砲機兵とは、あの電磁加速式ライフルで武装した空機兵のことだ。盾機兵が力場を発生させる盾と両肩に戦車砲を装備した重機兵である。
上界の機兵は全て下層の機兵――衛機兵、空機兵、重機兵、突機兵のグレードアップ版らしい。
あとの二つ――攻機兵は衛機兵の上位。骨格は太く頑丈で、近未来的なライフルの他、ハンドガンをサイドアームとして装備している。
その動きはより洗練されており高度な部隊運用が可能で、かつ名称から分かる通り守りより攻めに特化した機兵だ。
突機兵の上位は剣機兵。骨格のボディ、というよりは超スリムなフルアーマーを纏った中世の騎士といった見た目。
上界の人間が叩き込まれる格闘戦術が反映されており、突機兵のそれが本当にただの突撃に思えるほど実力は違うらしい。
光輝の苦しそうな様子を横目に、今度はハジメが問うた。
「で、あの上半分が雲に突っ込んでるでかい門。あれが雲上界への入り口か?」
「通称〝天門〟。己を天上の存在と言わんばかりの、マザーらしい名称です」
吐き捨てるように言うG10に、ハジメは肩を竦める。
「神気取りなんてだいたいそんなもんだ。自分がそうならないといいな? 新たな世界の導き手さんよ」
「あり得ません。説明した通り、世界の安定を見届けた後は自死いたします」
マザーを倒せば、確かに人類は自由を取り戻す。外敵もいない。
しかし、それで本当に順風満帆な平和が訪れるだろうか? 答えは否だ。管理世界の住人が、唐突に自由な世界に放り出されれば混乱は必定であり、そこに争いが生まれる可能性は極めて高い。まして、下界と上界は意図的な差別的境遇の中にいたのだから。
故にG10は、マザー打倒後、衣・食・住の安定供給を最優先にするつもりらしかった。人が人らしくあるために、絶対的に必要なものだからだ。
そうして、過去のあらゆる機械的データを破壊し、人々が自発的に未来へ進み始めた段階で自爆するつもりだった。万が一に備えて、ご丁寧にもハジメや光輝、ジャスパーに起爆装置まで渡して。
「人の世は、人の手に委ねられているべきだったのです。機械に意思など、感情など、与えるべきではなかった。私達は、生まれてくるべきではなかったのですっ」
自分自身すら憎悪していそうなG10の言葉に、己の死を以て世界からAIを一掃しようとするその強烈な願いに、誰も何も言えなかった。
少しして、光輝が絞り出すように尋ねる。
「……G10。君は、本当にそれでいいのかい?」
「これが人類にとって最善の選択であると、信じています」
「けど……それは……」
あまりに悲しい……。そう言いたげな光輝へ、G10は少し逡巡した後、言った。
「光輝様。助けを求めた私が言うべき言葉ではないかもしれませんが」
「……なんだい?」
「貴方は少し、背負いすぎるように思います。マザーの打倒、人類の解放、そのために助力いただけるだけで望外のことなのです。私のことで気にされることなど何もありません。そして、この世界の未来のことも。貴方が背負うものではありません」
「……」
迷いのない、きっぱりとした言葉だった。それでいて、光輝の在り方を短い付き合いながらも理解して、どこか案じるような声音でもあった。
だからこそ、光輝の表情はますます歪む。
「会って一日の奴に、自分の厄介な部分を見透かされて忠告されてちゃあ世話ないな」
「南雲……」
「お前、G10のことだけじゃなく、その後のことでも悩んでるだろ?」
「っ、それは……」
図星だったようだ。悩み多き勇者は言葉に詰まった。ハジメは、呆れ顔で続ける。
「確かに、このマッチポンプな世界はあまりにもクソッタレすぎると俺でも思う。ここまで知っちまって、少数とはいえこの世界の連中を助けて、なのにここで知らぬ存ぜぬ決め込んだら家族に胸を張れねぇと思う程度にはな」
もちろん帰還を優先するが、それでも戻ってぶち壊してやりたいとは思う。
けれど、
「ここまでやられちまった世界だ。人間が文明を取り戻すのには相応の時間がかかるだろう。その間、この世界の連中が仲良しこよしで手を取り合い続けるなんて、それこそ夢物語だ。――人間だからな」
そんな後の未来まで背負ってなどいられない。自分の人生を捨てて、人々を導く導師にでもなれというのか。あり得ない話だ。
「とはいえ、決めるのはお前だ。子供じゃねぇんだからな。他人の俺が、横から口を出すなんてお門違いだろう」
「南雲……」
困ったような表情になる光輝。子供じゃない……それは言外の、〝一人の人間として認めている〟という言葉――とも受け取れる。
「だから、俺の言いたいことはこれだけだ」
「聞かせてくれ」
目を合わせ、魔王は勇者に告げた。
「後のことは、お前の好きなようにすりゃあいい。だが、今は憂うな。この瞬間に全てを費やせ」
迷うな。躊躇うな。未来が暗くとも、二百年の孤独と共に戦い続けた命が散ることを決めていようとも、機兵が元人間でも――今この瞬間すべきことのために動き続けろ。
そう言うハジメに、光輝は大きく息を吸って瞑目した。そして、
「そうだな。相手は手強そうだし、魔王一人じゃ不安だもんな」
憂いを心の奥に押し込んで、悪戯っぽい笑みと共にそう返した。
もちろん、今この瞬間に終わらせてやろうか、と魔王は少し迷う。
溜息を一つ。ハジメは気を取り直して話を戻した。
「それで、〝天門〟以外に雲上界へのルートはないんだったか?」
「はい、ハジメ様。迂回路はなく岩壁をクライミングして強引に回り込もうとすれば、迎撃システムによる弾幕と空機兵の猛攻に晒されます。土中にもセンサーや爆薬が大量にばらまかれており、秘密通路もここまでが限界でした」
「上空からも無理か」
「逃げ場のないドーム状の迎撃放電の他、岩壁より酷い弾幕で歓迎されます」
「嬉しくて涙が出そうだな」
立体ホログラムの中の天門を入念に確認しながら、ハジメはボストンバッグへ視線を向ける。
「やっぱり正面突破より他に道はなさそうだな」
「はい。そのための準備をしてきましたから」
突破の切り札はG10が持っている。故に、天門はそれほど問題ではない。問題にしていては話にならない。
「雲上界はマザーのテリトリー。その情報はほとんどありません。天門突破後こそが最大の脅威です」
「ま、つけ入る隙はある」
「ハジメ様の〝ゲート〟ですね? 個人で世界間転移が可能とは、未だに信じ難いことですが……」
唸るようなG10だが、全てはそれが前提の作戦だ。
そう、マザーは知らないのだ。ハジメが、個人で異世界を渡れることを。そのために必要なのが電力であることを。
滅ぼしたはずのG10を引き連れて、異界の戦士二人が山頂を目指してくれば、それは当然、自分の打倒が目的だと思うだろう。
ならば、その予想通りにしてやればいい。マザー打倒を掲げて戦い、しかし、実のところそれは時間稼ぎ。その間に電力を奪い取って戦線を離脱し、ハジメはジャスパー一家を連れて帰還。光輝はG10と共に身を隠しゲリラ戦に徹し、ハジメが戻るのを待つ。
もちろん、倒せるならそれに越したことはないが、楽観視はしない。
「門の向こうの詳しい経路も分からないんだよな?」
「はい。ですが、目指すべき場所は山頂、いえ、〝最も高い場所〟で間違いありません」
「マザーの性格的に、か」
「一度だけ、百年ほど前に雲が晴れた時があります。そのとき、遠目ではありますが整地された山頂と、そこにある神殿のような施設を確認しました」
「やっぱり、ただ上を目指すしかないな」
納得し、深い呼吸を一つ。
ハジメは古びてボロボロのボストンバッグを再びたすき掛けにした。更に、整備点検を終え装填状態の銃火器を可能な限り装備していく。
それを見て、光輝も同じように準備を始めた。
決戦の準備を。
リスティがトテテテッとハジメに駆け寄る。小さな手でハジメの手をギュッと握り締める。見上げてくる瞳に宿るのは、不安か、あるいは信頼か……
「ここで良い子にしてろ。必ず迎えに来る。いいな?」
「……んぅ」
「全部片付いたら、うちの娘にも会わせてやる。ミュウの方が少しお姉さんだが、良い友達になってくれると思うぞ? 楽しみにしてろ」
「……ぬぅ。負けない」
「何がだよ」
なぜかファイティングポーズを取ってやる気満々のリスティちゃん。
そんな彼女のおかげで少し緊張が解かれた。子供達が次々と応援やら激励やらの言葉をかけながら群がってくる。
「ああ、なんだ。その、改めてありがとよ。それから……死ぬんじゃねぇぞ」
「ハジメさん、光輝さん。どうかご無事で」
ジャスパーとミンディも、いろいろな感情が入り交じった眼差しで手を差し出してくる。
「ま、心配せずに待ってろよ」
「大丈夫、必ず成功させるから」
固く握手を交わし合う。
そうして、一拍。
「いくぞ」
ハジメ、光輝、G10の三人は、ジャスパー一家の眼差しを背中に受けながら、隠れ家を後にした。
緊急警戒の通達が上界機兵団に回って丸一日。
下界機兵団を主に、分隊長機以上の隊長格を上界機兵で編制した各部隊は、未だに敵を捕らえられずにいた。
下界での戦闘記録は既に周知されている。驚異的という言葉ではとても表現しきれないあり得ざる敵。
恐怖はない。そんな感情は削除されている。緊張もない。ただ、マザーの指令に従うのみ。
けれど、それでも、元人間であるが故の、いわゆる第六感というやつだろうか。
その剣機兵は、四体の下界機兵が探知センサーをフル稼働させているのを理解していながら、自分のそれを忙しなく動かしていた。まるで、不安を紛らわせるかのように。
周囲を覆い始めている霧が、酷く煩わしい。
『視界不良。熱探知ヲ重視セヨ』
部下に通信する。ついでに、他の分隊にも状況報告として伝えておく。
すると、
『視界不良……確認デキズ。第四分隊、詳細ヲ報告セヨ』
なんて通信が、他の分隊から……
第四分隊長である剣機兵は、刹那の間、混乱した。
なぜなら、こんなにも明確に霧が出ているのだから――
『! 敵襲――』
言い切る前に、霧の奥で連続した炸裂音が響き渡った。更には猛烈な爆発音も。
熱探知には何もかかっていない。他のセンサーも同じ。前方に展開していた別分隊に通信を繋げ状況を確認する。
が、返ってくるのはノイズのみ。いつの間にか、他の分隊からの通信も途絶。部下への通信も不能状態。
それでようやく気が付く。この霧は霧にあらず。敵の電波妨害なのだと。おそらく、電波を乱反射させるような金属片を利用したスモーク手榴弾タイプのものを使ったのだろうと。
だが、それに気が付いたところで遅い。
部下へ音声による直接の指示を出そうとした直後、両サイドの衛機兵が直上へぶっ飛んだ。否、糸に巻き付かれて吊し上げられた。
それを見送るみたいに視線を上げれば、複雑な結び形――そう、亀甲縛りにされている部下達が街灯に吊されながらも、ギギギッと機械音を響かせてもがいている光景が映った。
糸で操り人形のようにされているらしい。衛機兵の腕が勝手に動いて、ライフルの銃口が自分の頭部に向けられていく。
助け出す時間はなかった。指に巻き付いた糸が引き絞られ、己に向けたライフルが発射された。自らの頭部を撃ち抜いて力を失い。趣味の悪いオブジェと化す部下達。
その無残な部下達の更に上、街灯に逆さで張り付く何かが、霧に紛れながらうっすらと紅い光を発する。
――イ゛ィ゛ッ
――イ゛ィ゛ッ
蜘蛛だった。街灯に張り付き、不気味な真紅の眼で見下ろしてくる蜘蛛が二匹、そこにいた。
これが人間だったなら、リアルパニック系ホラーの当事者になってしまったと絶叫をあげたかもしれない。あるいは、早々に恐怖に負けて意識を手放すか。
もちろん、機兵にそのような失態は起こらない。
『対象ヲ確認! 攻撃ヲ――』
残った部下二体――重機兵に指示を飛ばす。同時に、自分も両手に握っていた高熱ブレードの柄のスイッチを入れる。音を立てて警棒のように伸びた剣身が瞬く間に灼熱の輝きを纏う。
が、そもそも意識をそちらに向けたことが失態だった。
轟音。衝撃波。それが左右から剣機兵の視覚センサーに盛大なノイズを発生させ、バランスシステムに容赦ない暴行を加える。
吹き飛ばされながらも、そこは高いスペックを誇る上界機兵。受け身を取って転がり、片膝立ちで早急にシステム復旧を行う。
だが、
「お勤めご苦労さん。ブラックな職場も今日で終わりだ」
退職金代わりに持って行け。と、放たれたのは今さっき両サイドで爆破粉砕された重機兵と同じ武装――ガトリングによる暴威だった。
人の身では到底担げないはずのそれが、両手に二門。軽々扱われて正確に、かつ逃げ場を与えない狡猾さを以て照準される。
当然、高熱ブレードのクロスガードなどなんの意味もなく、第四分隊長は木っ端微塵となってシステムを永遠に落としたのだった。
「ああ……ストレスが消えていく……」
そんなことを恍惚とした表情で言いながら、濃霧の奥より駆け出てくるのは、もちろんハジメである。
エガリ&ノガリが「良い仕事をしました!」「まさに必殺の仕事人ですね! 主! 褒めてください!」と言っているみたいに前脚をピコピコしながら飛び降りて肩に乗る。
「南雲、表情がちょっとヤバいぞ」
少し遅れて駆けるのは光輝だ。肩に大型の六連ミサイルランチャーを担いでいる。その後ろをG10も飛びながらついてきている。
「ガトリングは、やはり良いものだ。人類が生み出した文化の極みだな。電磁加速されていないのが少々不満だが」
「兵器で文化を語るのはやめろよ。あと、トリガーハッピーもほどほどにしてくれ」
電波妨害による奇襲もここまで。霧を抜けた先で殺到してきた機兵団へ、ハジメはG10が集めた銃火器を惜しみなく投入する。
光輝も、体力と身体強化のための魔力を温存するため、慣れない銃火器を手に引き金を引きまくる。
全て使い捨て。突破に全てを費やすつもりで、携行している火力を敵戦力へ叩き込んで道を切り開いていく。
そこに、ダメ押しの如き強力なサポートも。
「敵戦力分布データ更新。別ルートを表記します」
背後にピッタリと追走するG10がそう言った直後、ハジメと光輝の視界の端に映っているホログラムの地図上で、光のラインが微妙に道筋を変えた。
更に、屋内や建物を挟んで向こう側の敵の位置情報は当然のこと、遠距離からの狙撃や砲撃、ロケット弾などの面制圧タイプの武器使用を的確に感知し、位置のみならず使用火器の到達までの時間まで伝えてくれる。
それどころか、乗っ取るまでは無理でも、敵に随時ハッキングをかけているようで、敵の照準をずらしたり、動きを一、二秒遅らせたり、通信を妨害したり、欺瞞情報を入れ込んだ連携妨害といった支援までしてくれている。
「戦術支援AIの面目躍如だな」
「ほんと、凄く戦いやすいよ」
「恐縮です」
重火器にAIのサポート。これによりハジメは自前の武器を、光輝は魔力をほとんど消費することなく、一気に天門まで強行突破することに成功した。
真白の巨大な門がそびえたっている。
その根元の白亜の階段を上り門前に着いたハジメが叫ぶ。
「G10! 急げよ!」
「承知です」
光輝がボストンバッグを門前に下ろし、中身を取り出した。見た目は12型くらいのタブレットを少し分厚くしたようものだ。
それにG10がケーブルを伸ばして操作を始める。その間、ハジメと光輝は残りの銃火器を使い尽くすつもりで弾幕を張り、押し寄せる機兵団の足止めをする。
「起動完了! お下がりください!」
G10の警告を聞くや否や、ハジメと光輝は残しておいた最後のロケット弾を全弾発射した。
同時に、数段下の階段へと身を躍らせ、ハジメは可変式外付け盾を、光輝は大剣モードの聖剣を防壁にして身構えた。G10も二人の後ろへ文字通り転がり込む。
直後だった。
形容し難い、ガラスを引っ掻いたような音が空気を震わせたかと思うと、門前の空間がぐにゃりと捻じれた。その直径二メートルほどの捻じれに巻き込まれた門も地面も、同じく捻じれて中心に引き込まれていき――
次の瞬間、鼓膜を突き破るような破壊音と共に絶大な衝撃波が周囲一帯を蹂躙した。
「うおっ、流石はSF世界の遺物ってか? 範囲は狭いが、ユエの〝震天〟並みだな」
「マザーもこの程度は使ってくるでしょう。お気を付けを。効果範囲に捕まったら逃げられません」
今のが旧時代の遺物の一つであり、G10にとって数個しかない虎の子の兵器――空間歪曲爆弾だ。空間を無理やり歪曲させ対象を捻じ切り、更に元に戻る作用で爆砕する。
本来ならマザーの破壊に使いたい代物だ。できれば一発だけでも残しておきたいが、発動までに少し時間が必要という戦闘レベルでは使いどころが難しい欠点があるため、割り切って天門のような物理的障害の排除に使う。
速やかに移動しなければ、物量で叩き潰されるのが目に見えている以上は仕方がない。
とはいえ、切り札を一枚切った甲斐はあって、頑丈な天門には見事、直径二メートルほどの穴が開いていた。
ハジメと光輝は頷き合うと、背後からの銃撃を避けつつ一気に門内へ走った。
通り抜ける寸前で、
「エガリ、ノガリ! 塞げ!」
「「イ゛ィ゛!!」」
足元の階段を義手の振動破砕で破壊しつつ命じるハジメ。そのハジメへの攻撃を光輝が聖剣で弾いて守る。
その間に、エガリ&ノガリは砕いた大理石のような階段の残骸に糸を張り付けた。ハジメと光輝が門の内側へ飛び込み、その後にG10が続く。
それを確認するや、エガリ&ノガリも瓦礫を引き寄せながら中に飛び込んだ。そして、内側から蜘蛛糸で穴を塞ぐ。頑丈な瓦礫と蜘蛛糸の壁で、少しは追手の足止めになるだろう。
「……妙だな」
「ああ、変だ」
天門の内側は、巨大な格納庫のようになっていた。
しかし、妙なことに誰もいない。猛烈な反撃が予想されたのに、機兵が待ち構えている様子もない。
「G10」
「サーチしていますが、反応はなし……罠かもしれません」
それを聞いて、ハジメは不敵に笑った。光輝は肩を竦めた。上等だと、ならば踏み越えるまでだと。
一気に駆け出す。あっという間に格納庫の奥まで到達する。鋼鉄の扉の横にあるコンソールに、G10がケーブルを伸ばして開錠を試みる。
あっさりと開いた。奥に光のラインが走る真白の通路が続いている。やはり、機兵はいない。
「南雲、前衛は俺が」
「なら、G10は真ん中だ」
「了解です」
前後に対応できるよう隊列を組み直し、再び通路を駆け抜ける。
すると少しして、何か音が響いてきた。ついに罠が作動したか。あるいは機兵団の押し寄せる音か、と警戒を高めていると……
「……これ、爆発音じゃないか?」
「だな」
光輝の推測をハジメも訝しむように肯定する。
なぜ、侵入者を迎撃に来ないのか。なぜ、関係のない場所で何度も何かが爆発しているのか。
奥へ進めば進むほど、そして上へと登っていけばいくほど、爆発音は強く何度も響いてくる。
G10が半信半疑といった様子で呟いた。
「……誰かが、戦っている?」
そんなはずはない。ハジメ達の他に、マザーへ反旗を翻すような存在が、この世界にいるわけがない。
けれど、この状況からするにG10の推測を否定できる明確な材料はなかった。
やがて、おそらく九合目辺りにまで登ってきた辺りで、不意に音が止んだ。
「戦闘が終わった、のか?」
結局、ここまで罠にも機兵にも遭遇しなかった。固く閉ざされ、G10のハッキングでも開けない扉はあったが、それも空間歪曲爆弾で押し通れた。それでも、機兵が来ることはなかった。
あまりに予想外で、あまりに不気味だった。わけが分からない。
しかし、進まないわけにはいかない。
ひと際大きな扉の前で、ハジメと光輝は顔を見合わせ頷いた。勘が囁いていたのだ。この扉の先に何かあると。
ハジメはドンナー&シュラークを抜き、光輝は刀モードの聖剣の柄に手をかける。
「お二人共、よろしいですね?」
ハッキングで開錠できたらしい。ハジメと光輝は無言で頷く。
そして、扉が開くと同時に中へ踏み込んだ。
またも広い空間だった。最初の格納庫ほどではないが、体育館くらいはある。やはり機兵はおらず、罠が作動する気配もない。
用途不明の機械が雑多な感じで置かれていて、奥に円形の台があった。
警戒しながら先へ進む。
そうして、部屋の中央辺りまでやってきたとき、それは聞こえてきた。
『まったく、ようやく大人しくなりましたか』
この部屋に備え付けられているらしいスピーカーから響く女性的な声。
G10が激しく反応する。それを見れば、この声の主こそがマザーであると分かる。
『いったい、どういう原理なのか。感知システムをフル稼働していても見失いかねないなど……そもそも目の前を通っているのに機兵が反応しないとは……理解不能です』
身構えるハジメと光輝だったが……二人揃って訝しむ表情にならざるを得ない。
自分達に話しかけられているようには思えないし、独り言にも聞こえなかったからだ。
すると、そんな疑問に応えるように、
「ククッ、我が深淵を理解することなど、元より不可能」
なんか聞こえてきた。
ハジメの表情が引き攣る。光輝が一拍遅れて嘘でしょ? と目を見開く。
「なぜなら、深淵とは人知の及ばぬ常闇の世界であるからして。そして、我こそが深淵そのものであるからして!」
『何を言っているのか分かりません』
ごもっとも。
ハジメと光輝が心の中で同意している、直後、天井から円形の台座がゴウンッゴウンッと音を立てて降りてきた。どうやらエレベーターになっていたらしい。
「覚えておくがいい、姿なきお嬢さん。深淵を覗くとき、深淵もまた汝を覗いているのだということを! 我が、汝の悪意に気が付いていないとでも思ったか!? フハハハッ、甘い、甘すぎるぞ! 世界を救ってほしい? 侵略者を倒してほしい? ハッ! 虚飾に塗れたその言葉、この深き常闇の化身に通じると思うてか!」
『いい加減、黙りなさい』
確かに、もう聞いていられない。どんどん台座エレベーターが降りてくる。今すぐ、耳を塞ぎながら逃げ出したい。byハジメ&光輝。
『お前が元の世界に戻るには、私に協力するしかないのです。それを理解し、さぁ、目の前の敵を倒しなさい』
「フッ。そう慌てるな、お嬢さん」
『お嬢さんと呼ぶのをやめなさい』
「お望み通り、侵略者とやらは私が打倒してあげよう。だが、努々忘れるな。我が真なる怒りに触れたその時、汝は本当の深淵を見ることになる」
『分かりましたから、その意味の分からないターンと、おかしなポージングもやめなさい!』
ほんと、やめてほしい。もっと言ってやって! By心のハジメ&光輝。
G10が、怨敵を前にしているのに、わけの分からない状況のせいで混乱している。
そんな既にカオス状態の中、ついに台座エレベーターが下まで降りてきた。
その中央で、かなりボロッとした姿だが、一人の青年が背を向けて香ばしいポーズを取っていた。背を向けているのは、たぶん演出的なあれこれだ。
その見覚えのありすぎる黒づくめさんが、両手をバッと開いた。
「君たちに恨みはない。だが、吾輩にも譲れぬものがあるのでね。なぁに、命まで奪いはしないとも」
なんて、言いつつ右足を引いてキレのあるターンをしつつ、右手を胸元へ、左手を背中側に、そして優雅に一礼。
そして、
「さぁ、尋常に勝負――」
不敵な笑みを浮かべながら顔を上げて……固まった。
某正妻様を彷彿とさせる魔王のジト目と、片手で目元を覆い天を仰いでしまっている勇者を視界に収めて。
しんとした空気が漂った。
そっと、黒づくめさんの手が、サングラスを下にずらす。覗いた彼の目が、しぱしぱと瞬く。現実を確認中らしい。
そのまま、震える手でゆっくりとサングラスを外し懐へイン。姿勢も戻して、一呼吸。
『何をしているのです! さぁ、機械の目すら欺く異界の能力を以て、その侵略者共を殺しなさい――』
「できるわけねぇだろうがぁあああああああああああああ!!!」
二重の意味で「できません」と、彼――深淵卿ことコウスケ・E・アビスゲートは、心の底から叫んだのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
感想数が物語るアビィの愛され度。ありがとうございますっ。
そして、色々と期待してくださっている中での今回の話……
そんな意図は全くないんですが、なんか焦らしてるみたいですみませんっ。
※ガルド「零 20話」更新してます!




