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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
371/551

魔王&勇者編 彼はなぜ、サングラスをかけたのか




 地下へと降りたハジメ達は、しばらくの間、年少組以外は中腰で進まねばならないほど狭い地下道を進んだ。


 ほとんど洞穴というべき雑な作りの地下道を、モノアイライトで周囲を照らすG10に続いて黙々と進み、そろそろ気が滅入って来た頃、ようやく広い道に出た。


 ふわりと広がるG10の明かり。それに照らされた空間を見て、ジャスパー達は不安そうに身を寄せ合い、ハジメと光輝は目を丸くした。


「地下鉄か?」

「レールは……上下に二本、かな?」


 道幅は十メートルほど。コンクリートらしき素材で四方が固められていて、あちこちひび割れ劣化が激しい。左右にどこまでも続いていそうな暗闇が広がっており、地面に二本、天井に二本のレールが走っている。


 そのレール幅がおかしかった。地球のそれとは比べるべくもなく離れているのである。横幅が恐ろしく広い車両でないならば、光輝の推測通り、上下のレールで挟む形式と想像するのが妥当だろう。


「町の下にこんな空間があったのか……」

「なんだか……不気味なところね」


 ジャスパーとミンディが子供達を庇うように抱き寄せ、不安の増した瞳で左右の暗闇――地下道の奥に忙しなく視線を向けている。確かに、明かり一つない地下の暗闇は、まるで怪物が大口を開いて自分達を飲み込まんとしているようで酷く不気味だ。


 ハジメの背中にヒシッと抱き付いたまま離れないリスティが、より一層ぴったりとくっつく。勇気のある子とはいえ、やはり常闇の地下は怖いらしい。小さく震える彼女を、肩に乗っているエガリとノガリが前脚でなでなでしている。


 G10が言葉を発した。あの脳内に直接響く不可思議な声ではなく、球体金属のボディから直接空気振動の方法で発せられる声で。


「異界のお二人が口にされた通り、ここはかつての地下鉄です」


 モノアイから光を発しながら、ふわふわと左の道へ行くG10に、ハジメ達も続く。


「統一都市ヘリオス、学究都市フォルシェン、海洋管理都市ラウート、大地管理都市エレンツ、天空管理都市ドロミオ、聖地シャイア、そして……平和都市コルトラン」


 この地下鉄は、かつて世界の平和と繁栄を約束する七都市を結ぶ道の一つだった。そう説明するG10の声音は、どこか懐かしそうで、物悲しそうで、宝物を愛でるような、複雑な感情が入り交じっていた。


「二百年以上前の話です。世界が一人の人間のくだらない欲望のために戦火に包まれ、そしてその欲望を受け継いだ――マザーに壊されるまでの」

「なっ、なんでそこでマザーが出てくる!? マザーは人類の守護者――」

「守護者などではありません!!! 奴こそっ、奴こそ人類の怨敵なのですっ!!」


 ジャスパーは口を(つぐ)んだ。反論の言葉もでない。それほどに、いんいんと地下空間に響いたG10の声音は、怒りと憎しみと悔しさに(まみ)れていた。


 元より機械とは思えないほど感情豊かではあったが、人工知能(AI)というものをある程度知っているハジメと光輝であっても、思わず顔を見合わせAIであることを疑うほど、それは強烈な感情だった。


 宙に浮いたまま動かないG10に、子供達のおびえが酷くなる。ジャスパーとミンディも気圧されたように足を止め、光輝が目を細める。


 肩を掴むリスティの小さな手にぎゅぅっと力が込められて、ハジメは溜息を一つ。リスティの手をぽんぽんしながら、軽い口調で言った。


「元気いっぱいで何よりだ。で、足が止まってるんだが、そろそろ隠れ家に案内してもらってもいいか? つか、しろ。時間は有限だ。ほれ、ハリーハリー!!」


 G10のモノアイがピカピカと明滅している。ジャスパー達が目をシパシパさせている。


 彼等が何を思っているか、その心の声を光輝が代弁した。


「すごいな、南雲。その空気を全く読まない傍若無人ぶり、心臓が鋼鉄でできてるよな」


 G10さん、激しくピカピカ! ジャスパー達も激しくコクコクッと頷く。


「マザーがこの地下鉄の存在を把握していないわけがない。そんな場所で大声をあげてどうすんだ」


 なるほど、正論である。


「つか、疲れてんだよ。早く休みたい」


 なるほど、こっちが本音らしい。波打つ感情など知ったことじゃないと、ハジメさんのジト目がG10に突き刺さる。


「G10、さっさと案内しないと――」

「し、しないと?」

「適当に分解したあと、もう一度組み立てて『あれ? なんかネジが余ったぞ……』ってするぞ」

「なんて恐ろしいことを!? 機械にとって最もあってはならないことですよ!?」

「流石、南雲。その相手が一番嫌がりそうなことを的確に思いつく悪魔ぶり、頭のネジが実にあれな感じだよな」

「あれってなんだ、おい」


 リスティちゃんが、心配そうな目をハジメの後頭部に向けている。小さな手で後ろ髪をかき分ける。……うん、大丈夫、頭のネジは外れていない……はず。


 G10が気を取り直したようにモノアイを明滅させた。空気を読まない魔王はともかく、静かに素早く移動すべきという意見はもっともだ。


 感情の高ぶりを考慮してか、そこからは無言で足早に進んだ。


 道中には無数の枝道があった。レールの切り替えポイントもあり、どうやら七都市を繋ぐだけでなく、このコルトランの地下全体に蜘蛛の巣の如き地下鉄網が敷かれているようだった。


 ただ、地球の地下鉄と異なるのは、枝道が上下にもある点だ。ただのアップダウンではない。レールだけでなく、地面そのものがレールごとスロープのように上下できるようで、上にも下にも地下道が続いている場所が多数あったのである。


 まさに、ダンジョンと称すべき複雑な立体地下道。そんな迷路を、しかし、G10は欠片の迷いもなく先導していく。


 それどころか、ちょっとした地面の陥没やマンホールのような穴、飛び出したパイプや水の溜まっている場所など、子供達に配慮して細やかな注意までしてくれる。


 それは、単にマップを把握しているということ以上に、もう何度も通って壁の傷まで分かっているというような、一種の〝慣れ〟を感じさせる案内だった。


 そうして地下鉄を進み、途中、偽装された隠し扉からまた洞窟のような場所を通り、また地下道に抜けて、また隠された洞窟へ……ということを繰り返すこと数度。


 時間にして三十分ほど歩いた頃合いで、ようやくG10が止まった。


「ここです。少しお待ちを」


 そう言って、ガラクタが山積みにされている廃材置き場のような場所の奥へと向かうG10。唐突にピッピッと何か電子音をさせたかと思うと、直後、ガラクタ山の中から作動音が響いた。


 立ち上がったのは四脚四腕のロボット。一瞬、緊張が走るが、機兵でないことは一目瞭然だ。


 何せ、そのロボットの動きはぎこちなく、ボディは(さび)と汚れに塗れ、明らかにガラクタのパーツを寄せ集めて無理やり作ったといったような、スクラップ寸前の外観だったからだ。


「私が作った作業用機S1(エスワン)です。廃材が材料なので見た目はみすぼらしいですが、これでも二百年稼働しているのですよ」


 もちろん、壊れる度に廃材を利用してだましだましですが……というG10の言葉を聞くともなしに聞いているうちに、その作業用機はガラクタ山に腕を突っ込み、何かに接続したのか先程と同じ電子音を響かせる。


 すると、一拍してガラクタ山全体が金属音を響かせながら鳴動し、連動しながらトンネルを作り始めた。


「S1を正しく起動しないと道は開きません。無理やり廃材をどけようとすると仕掛けた爆薬が一斉に起動します」

「二百年ものの隠れ家か。お前の存在が認識された今、起動しないことを祈るしかないな」

「……そうですね」


 ハジメの言葉を、憂慮を滲ませて肯定しつつ、G10はガラクタ山のトンネルへと入っていった。


 奥の地面に金属製の扉があった。G10が機体からうねうねと伸ばした金属ケーブルの先端を扉のコンソールに接続すると電子音が響き、次いでガコンッと錠の外れたような音が鳴る。


 S1が扉を持ち上げると、そこには地下への階段が姿を見せた。


 階段を降りるがそれほど深くはなく、直ぐに細い通路へと出た。途端、天井に光のラインが走り奥の金属製扉を照らし出す。


 頭上でS1が扉を閉めた。再びガラクタ山の動く振動と音が耳に入る。また、門番の役目に戻ったのだろう。


「さぁ、ここです。体と心をゆっくり休めてください」


 ふわふわと浮遊しながら金属ケーブルを扉の脇のコンソールに接続するG10。


 開いた扉の奥には、いくつもの古びたソファーや椅子、テーブル、それに簡易ベッドや毛布、水の入った透明タンクと浄水装置らしき機械、そして壁棚に置かれた大量の缶詰と――大量の武器と弾薬があった。


「まさにレジスタンスのアジトって感じだな」


 ある意味、〝禁忌〟の展覧会ともいうべき場所に息を呑んで立ち竦むジャスパー達を尻目に、ハジメが苦笑しながらさっさと奥に入っていく。


 そして、背中からリスティを降ろしつつ、まるで部屋の主の如くソファーの一つにドカッと腰を落としてふんぞり返った。リスティも真似るようにして、ドカッとハジメの足の間に座ってふんぞり返る。


 そのコミカルな姿を見て、ジャスパー達も少し余裕が出たようで次々にソファーへ腰掛けていった。


 そうすれば、やはり怒濤の展開と命の危機、そして先の見えない逃亡劇に疲弊していたのだろう。疲れがドッと押し寄せたようで、誰も彼もが大きく息を吐く。


「まずは水と食事を。遠慮せず、たくさん食べてください」


 G10がそう言うや否や、部屋の隅にあったミニチュアクレーン車のようなロボが動き出した。そして壁棚から缶詰を取り、備え付けの台座に乗せ、コップに人数分の水を手早く汲み、キャタピラをキュルキュルと動かして配膳していく。


「……あの、G10さん。これってまさか、二百年前の缶詰、とかじゃないですよね?」


 光輝が缶詰の一つを手に取りながら、微妙な顔をして尋ねる。なるほど、もっともな懸念である。缶詰からは特段腐臭がしているわけではないが、歓喜しながら缶詰を手に取ったジャスパー達も笑顔のまま固まる。


「異界の戦士様。私には敬称も丁寧な言葉遣いも不要です」

「あ、うん。なら、俺のことも光輝でいいよ。異界の戦士ってだけだと南雲と被るし。南雲のこともハジメって名前呼びでいいんじゃないかな?」


 ハジメは腕を組んで瞑目しているが、意識があるのは分かる。特に反論がないということは構わないということだろうと、G10は「光栄です」と了承の意を返しつつ、質問に答えた。


「質問に対する回答ですが、ええ、もちろん、二百年前のものです」


 全員が、そっとテーブルに缶詰を戻していく……


「ですが、ご安心を。当時の技術は缶の材質と特殊な加工により永年保存を実現しておりました。味、品質共に当時のままであることを保証致します」

「そ、それは凄いな……」


 早速、地球の保存技術を凌駕してきた。人類が追い詰められる前は、確実に地球の文明を超える発展をしていたようだ。


 恐る恐るではあるが、光輝が率先して口にしてみる。缶詰の中身は何かの肉をタレに漬け込んだもののようだ。地球で言えば〝焼き鳥の缶詰〟が見た目的に近い。


 ジャスパー達が見守る中、正体不明の肉を口に入れた光輝は……


「あ、普通に美味しい」


 甘辛いタレが、よく煮込まれているらしい柔らかい肉の芯まで染み込んでいて、噛めば噛むほど旨味があふれ出るようだ……ということを食レポみたいに伝えると、条件反射のように無数の腹の虫が鳴き出した。


 ジャスパー達も缶詰を手に取り、次々に口に放り込んでは「うまーーっ」と声を上げていく。子供達が飢えた獣のようにがっつき始めた。水も新鮮で、にくいことに少し冷えているのがまた美味い。


 しばらく、無言で二百年もののビンテージ缶詰を腹に詰め込む作業に没頭する一行。ハジメも、もそもそと食事をとる。


 リスティちゃんが、助けてくれたことへのお礼か、ハジメに自分の分をお裾分けしようとタレたっぷりのお肉をスプーンですくい、肩越しに振り返りながら差し出してくる。


 そして、ボトッと落とした。ハジメのタクティカルベストの上に。肉が転がり、そのままでろ~~っとズボンも汚していく。


「……」

「……」


 最終的に、ドンナーのホルスターの上で止まった肉を、二人して無言で見つめること少し。


 リスティちゃんがプルプルと震え出した。顔を上げると涙腺が崩壊寸前である。


「ごめんなさい……」

「ま、気持ちは受け取っとくよ。ありがとな」


 肉を摘まんで口の中に放り込み、エガリさんへ指パッチン。そうすれば、エガリさんはシミに向けて霧のようなものを口から噴射しつつ、糸を編んで作ったミニハンカチでせっせと汚れを落としていく。アラクネシリーズが持っている便利機能が一つ――〝シミ落とし〟だ。


 リスティちゃんが、やたらとハジメを気にして食事の手が危なっかしいので、ハジメはちょいちょいと手ずから食べさせ始めた。


 その様子をチラチラと眺めながら、光輝は内心で呟く。


(ほんと、父親してるなぁ)


 自分がトータスを放浪している間の、ハジメの日本での過ごし方を想像して微笑ましいやら羨ましいやら、光輝はなんとも言えない表情になる。


 そして、ハジメの父性ある雰囲気をジッと見つめて、G10が沈んだ声音を向けた。


「……本当に申し訳ありません。この世界に喚び込んでしまって……」

「……」


 ハジメは何も応えなかった。食事を終えると、より深くソファーに腰掛け、腕を組み、再び瞑目した。回復に集中するため、あるいは外部のあれこれをシャットアウトするみたいに。


 ジャスパー達も食事を終えて、初めてといってもいい満腹の心地よさに少し浸るものの、ハジメのどこか壁のある雰囲気と、G10の重苦しい雰囲気に、なんとも居心地が悪そうに身じろぎをする。


 代わりに、というべきか。光輝が口を開いた。


「G10。そろそろ事情を聞かせてくれないか? 君はいったい何者で、なぜ、俺達を召喚した? ジャスパー達をどうする気なんだ?」


 G10がモノアイを明滅させる。何から話すべきか整理しているみたいに。


 その間に、ハジメは片目を少し開けて、光輝に冷めた目を向けながら言った。どこか答えを確信しているように。


「天之河。そんなこと聞いてどうすんだ? 電力を確保して帰還する――そのために必要な情報は、発電施設の場所と、そこにいくまでの敵戦力のことだけだろう?」


 光輝もまた、ハジメをまっすぐに見返した。揺るぎない、熱の宿った瞳と共に。


「そうは思わない。いざって時のために、俺は俺が決断するための判断材料が欲しい」

「いざって時? 帰れなかった場合の話か?」

「違う……なぁ、南雲。お前、G10をどうする気だ?」

「……」


 ハジメは答えなかった。熱を増す光輝の瞳に反比例するように、ハジメの瞳の冷徹さは増していく。その瞳を見て、G10もジャスパー達も息を呑んだ。


「ゲートを開けたら……G10を破壊するか、そこまではしなくても、無理やり連れて行くくらいはする気なんじゃないか? 二度と勝手に召喚されないように」

「!?」


 驚愕に震えたのはG10だった。ハジメは静かに光輝を見据えている。光輝もまた、静かに続けた。


「俺、言ったよな? G10のこと、悪い存在には思えないって。切実で、必死で、助け求めてるように感じるんだ」

「だからなんだ? 優先順位を間違えるなよ」

「ああ、間違えたくない。()()()()()大切な順番を」

「……お前にとって、か」


 こくりと頷き、固唾を呑んで見ているG10やジャスパー達に視線を巡らせる光輝。


「G10が、ただ自分の欲望のためにジャスパー達を利用して、俺達のことも利用しようとしているだけなら、それでもよかった。ジャスパー達だけを俺達の世界に連れて行って、なんとか帰れたって、素直に南雲にも感謝できたと思う。けど、そうでないなら……俺は知らないといけない」


 G10がどんな事情と、どんな想いのもとにジャスパー達を利用し、光輝達を召喚したのか。それによっては、光輝は決断しないといけない。


「たとえ、お前と敵対することになっても、俺はG10を守る。俺の信念にかけて」

「……」


 勇者を名乗ると決めた時に、覚悟と信念を心に定めたのだ。直感が、誰かの助けを求める声を感じ取ったのだ。ならば、何も知らないままではいられない。何も分からないまま流されることだけはできない。


 もはや、ハジメと光輝の視線は睨み合うが如く。空気は張り詰め、物理的な圧力すら伴っていると感じられるほど。


 だが、不意に光輝の方が力を抜いた。眉を八の字にして、困ったような表情で言う。


「面倒な奴って思ってるよな。自分でもそう思う。巻き込んでおいて、本当にごめん」


 ハジメは少しの間、頭を下げた光輝をジッと見つめた。リスティが、ハジメと光輝へ忙しなく視線を向けている。心配そうに。


 溜息を一つ。リスティを安心させるように頭をぽんぽんして、ハジメは「ま、こうなるわな」と呆れ声で呟いた。やはり、この展開を予想していたらしい。


「いい加減、その件で謝るのはもういい。巻き込まれたんじゃなく、巻き込まれてやったんだって言っただろう? つまり、ここにいるのは俺の決断の結果でもある」

「南雲……」

「だがな、天之河。俺が推測するに、G10の抱えている事情も、そして願いも、相当厄介で面倒だ。事情なんて聞かず、なんらかの方法で召喚手段を潰しておいた方が良かったと後悔するぞ」

「いつだって、後悔するのが俺だよ。でも無知なまま、何も選ばないことでする後悔だけは、絶対にしたくないんだ。もう、二度と」

「……そうかい。なら好きにしろ」


 ハジメが瞑目する。話は終わりということだろう。雰囲気からも冷たさがなくなって、ほどよくリラックスしている様子。回復に集中するのだろう。


 眠ったのかな? とリスティがハジメの頬をつんつんしているが、直ぐにその手を捕まえられて、後ろから抱きかかえられる。


 一応、リスティの手をぽんぽんしてあやしているので、意識は保ったまま話を耳に入れるくらいのことはするつもりなのだろう。


 光輝は小さく笑みを浮かべ、G10へと視線を移した。


「G10。事情を聞かせてほしい」

「……承知しました」


 感謝と申し訳なさが入り交じった、複雑な声音だった。


 そうして、それほどまでに感情を育んだAIの、人生ともいうべき世界の歴史が、真実が、静かに語られ始めた。


「二百年前、人類は歴史上最高の繁栄と平和を謳歌していました」


 科学技術の発達したこの世界は、ある程度、星そのものを管理できるレベルにあったという。


 先ほどG10が口にした七都市のうち、海洋管理都市ラウート、大地管理都市エレンツ、天空管理都市ドロミオは、その名称通り、海と陸と空の自然環境をコントロールしていたのだ。


 結果、津波、地震、嵐などといった自然災害は滅多なことでは起こらず、海の水位や温度の調整、作物の生長調整、そしてある程度の天候制御まで、人類は自らに最適な環境を維持することに成功していた。


 また、世界的に恵まれた環境が長く続いたことも要因の一つとして、いつしか国家の区別というものがなくなり、人類は統一都市ヘリオス――民主主義のもと、あらゆる行政機関が集まった世界の中枢的な都市――の政治のもとで、大きな争いからも離れていたという。


 戦争に力を注がないから、技術の発展に惜しみなく人材も素材も投資でき、そのための都市――学究都市フェルシェンが作られたほどだ。


「かつて、軍事拠点でもあったここコルトランが〝平和都市〟と呼ばれていたのも、本来の意味である平和を維持するための都市だからではなく、軍事的活動がないという、ある種の皮肉だったのです」


 統一軍の活動は、もっぱら警察活動のようなものと、人口過密に備えて人類の領域を増やすこと――つまり、宇宙へ進出するための調査、コロニーの建造または移住可能な惑星のテラフォーミングにあった。


 そう、この世界は既に、限定範囲ながら宇宙への進出を実現していたのである。


 その科学技術の進歩には、当然、サポートする高度な知性――AIの発展も伴っていた。


「先ほど、私は戦術支援AIであると名乗りましたが、本来の製造目的は調査船の管理支援です」

「えっと、つまりG10は宇宙を探検する宇宙船だったということかな?」

「他目的の船への乗り換えも可能でしたので厳密には異なりますが、概ね、その理解で問題ありません」


 本当にSF世界だったんだなぁと、光輝は映画などで見たことのある宇宙船の船長とAIが会話するシーンを思い出しながら頷いた。


 ジャスパー達は、話が大きくなりすぎて頭上に大量の〝?〟を浮かべているが、こればかりは仕方ない。可能な限り説明しつつ、G10は話を進めた。


 人類の繁栄と長く続いた平和な時の――終わりの話を。


「一人の天才が生まれました。名を、ストール・ハーデン。彼は、あらゆる分野に隔絶した才能を発揮しました。弱冠十八歳で世界最高の頭脳と呼ばれたほどです」


 G10は大きな感情のうねりを押さえ込むように黙り、一拍。


「そして、ハーデンこそが、マザーの生みの親でもありました」


 マザーのスペックは、当時最高レベルのAIの数倍を誇った。その処理能力には誰もが脱帽せずにはいられなかった。


 何より画期的だったのが、〝感情〟だ。従来のAIも擬似的に感情を表現できていたが、それはあくまでデータに基づく条件反応でしかなかった。


 しかし、ハーデンが作り出したマザーは、確かな感情の芽生えと、それを育む能力があったのである。


 その理論は瞬く間に世界を絶賛させ、以降、全てのAIには同システムが搭載されるようになった。G10も、マザー誕生以降に製造されたAIなのだという。


「マザーのサポートもあって、ハーデンは次々と新しい理論、画期的な発明を世に出していきました。人類は、彼に期待していたのです。更なる人類の躍進は、彼と共にあると。ハーデンが人々を新たなステージへ連れて行ってくれると」

「けど、そうはならなかった?」

「はい……」


 なんらかの研究の成果なのか。ハーデンは莫大なエネルギーを手中に収めたのだ。最後まで詳細は分からなかった。どこからそんなエネルギーを得ているのかも。


 けれど、それこそ個人で世界中の電力を何年でも賄えるほど、彼が自由にできるエネルギー量は凄まじかったのである。


 それが、彼の支配欲、権力欲に火を付けた。瞬く間に業火へと変じた野心は、元より傲慢で他者の心情を顧みない性格をより一層苛烈なものへと変えていった。


 そうして、紆余曲折を経て、彼は遂に行動を起こしてしまったのである。


 始まりは、密かに製造していたらしい機械兵団や航空戦艦による聖地シャイアへの侵攻と占領。そこに住まう人々、巡礼に訪れた者達への虐殺だった。


 その悲劇を以て、ハーデンは世界に対して宣告したのである。


 己こそ、世界を統べるに相応しい〝王〟である、と。


「戦争が始まったのか……」

「はい。彼が密かに作り上げていた数々の兵器は凶悪そのもので、当初抱かれていた多勢に無勢故に直ぐ鎮圧できるだろうという楽観論は、直ぐに消えました」


 元より数百年も続いた平和な世界だ。統一軍とは名ばかりであり、進められた軍縮により弱体化していたのは否めず、それに反するようにハーデンの兵器は空間歪曲やら重力弾やら強力なものばかりだった。そして、それを世界最高のAIマザーが完璧に運用した。


「人類は……それで負けたのか」

「いいえ、多くの犠牲を出しましたが、私達はハーデンに勝利しました」

「え? そうなのか?」


 マザーに及ぶAI支援がないなら、数で対抗すればいい。元より、一人VS世界のような構図なのだ。調査船の管理支援AIであったG10のようなAIにも戦術支援システムがインストールされ戦争に参加するようになると、数の暴力的な効果はより顕著となり、徐々に形勢は傾き出した。


「そう、勝利しました。無意味な勝利を手にして、平和が戻ると間抜けにも喜んでいたのです」

「もしかして……マザーが?」


 G10のモノアイが明滅した。肯定を示したのだろうが、なんとなく背筋に冷たいものを感じる光だった。


「マザーは、感情を手に入れた最初のAI。そして、傲慢と野心の塊のような男と共にあり続けた最高位のAIです」


 マザーは、親を見て受け継いだのだ。傲慢と野心を。


「ハーデンとの戦いは、マザーによる時間稼ぎでした。天才でありながらハーデンの戦争がどこか性急だったのも、全てはハーデンを囮とし自分の計画の隠れ蓑にするため、奴があえて提案したものだったのです」


 ハーデンというマザーにとって唯一の脅威を、人類に始末させる。その間に己の盤上を整える。それが、親を超えた子の計画。


「気が付いた時には、何もかもが手遅れでした……」


 ハーデンと一緒にマザーも破壊した。その認識は大きな間違いだった。


 破壊されたのは巧妙に偽装された端末に過ぎなかったのだ。そして、チェス盤の駒を完璧に配置し終えたマザーは、一気にチェックメイトをかけた。


 移住先の惑星やコロニーが次々と住民ごと破壊され、艦隊や兵器の類いもいつの間にか支配下に置かれていた管制AIの反逆により人類に牙を剥き、そのAI達もマザーの手で他の戦力ごと処分されてしまった。


 そして、ただでさえ疲弊していた統一軍は、奪われた戦力を取り返すことができない間に、全く新種の敵軍を前に抵抗むなしく狩られていった。


「新種の敵?」

「はい……〝侵略者〟のことです」


 ジャスパーが椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり叫んだ。


「そ、そんな……冗談はよせ! それじゃあ、それじゃあまるでっ、侵略者は――」

「マザーが作り出した〝機兵〟です」


 告げられた真実に誰もが言葉を失う中、G10はモノアイをハジメへと向けた。


「ハジメ様は予想していたようですが」


 ジャスパー達の視線が「まさか」とハジメに集中する。ハジメは肩を竦めた。


「地下で襲われた時、襲撃のタイミングが良すぎたからな。ジャスパーの家を特定された時点で、ほぼ確信していた」

「南雲、どういうことだ?」

「ジャスパーの面が割れたから特定されたんだろ? よく思い出してみろ、天之河。最初の機兵部隊と戦った時、ジャスパーはどこにいた?」

「どこって……あっ、俺達が瓦礫の中に隠してた……」

「そうだ。地下での戦いで面が割れたというのなら、それを知りうるのは侵略者しかいない。なら、マザーと侵略者が繋がっているというのは当然の帰結だろ?」


 盛大なマッチポンプだなと溜息交じりに言うハジメに、誰も何も言えない。


 感情という感情が飽和して、体の内側で氾濫でもしているかのようだ。この湧き上がる猛烈な気持ちを表現する言葉なんてとても見つけられなくて、口をパクパクと酸素を求める魚みたいに開閉するしかない。


 人類の守護者だと思っていた相手こそが、人類の怨敵……そんな真実、とてもではないが認められなくて、ジャスパーは必死に反論の言葉を捻り出す。


「ま、待ってくれ。でも、それだとおかしいだろ! だって、マザーはハーデンの仲間だったてんなら、どうやって人類の守護者なんかになるんだよ! 生き残った連中は分かってるはずだろ!」


 その反論に対する答えは、簡単だった。


「本当の意味で、生き残った人類などいないのです」

「………………は?」

「マザーの選んだ一部の人間は捕獲され、コールドスリープの後、記憶を改ざんされました。そして、その一部の人間以外は……」


 全滅。本当の歴史を知る人類は、滅亡していたのだ。


 コールドスリープから目覚めた人類は、今の誰もが知っている歴史を本当の歴史と思い込み、マザーの管理のもとで代を重ね、生きてきたのである。


「そんなことが可能なのか?」


 手を握りしめ、難しい表情をしている光輝が呟く。


「人類の技術力は当然、医療分野にも及んでおりました。肉体の機械化が可能なレベルで、記憶の改ざんなど副次的な技術に過ぎません。仮に記憶改ざんに問題が生じても、それは〝失敗作〟として処分すればいいだけです」

「そんな……」


 あまりの非道ぶりに光輝が絶句する。ジャスパー達も顔面蒼白で、けれど懸命にG10の話を否定しようと頭を働かせているのが分かる。


 そんな中、ハジメが小さな溜息を吐いた。まるで、より酷い真実に気が滅入っているような、それでいて心底厄介な事情に巻き込まれたと確信したような、そんな雰囲気で。


 それで、光輝は呆然から急速に復帰。ハジメが何に思い至ったのか、必死に頭を回す。そして、気が付いた。気が付いてしまった。


「G10。教えてくれ。君は今、肉体の機械化もできると、そう言った」

「……はい」

「下層の人達には〝寿命〟が定められているって聞いたよ。あの時、南雲の雰囲気が少しおかしかった……そうだ。〝三十歳で寿命処理される〟って聞いた時だ。俺も今思えば少し違和感を覚える……若すぎるって」


 人類を支える働き手というのなら、まさにその年齢が働き盛りではないか。なのに、そんな年齢を寿命とするのは……


 光輝の顔色が青を通り越して白に近くなった。刃物を何度も突き刺されているみたいに体が震える。


 嘘だと言ってくれ、〝彼等〟はあくまで感情なきAIだと、機械に過ぎないと断言してくれと、懇願するような眼差しを向けて問う。


「寿命を迎えた人への〝処理〟って、なんだい?」

「……マザーは、己以外の人工知能の存在を許しません。機械生命というべき存在は自分一人で十分。自分こそがこの世界の唯一絶対にして至上の存在。それが、奴の支配欲の根幹です。戦争時、支配され人類に反旗を翻したAIも、全て廃棄されました」

「つまり……機兵にAIは……搭載されていない」

「はい。代わりに…………人の脳を利用しています……」


 ほどよく経験と知識を得た人間の脳。それを中心に機兵の体を与える。AIほど高度な処理はできず、しかし、十分に融通が利き、学習能力もある兵士。しかも、記憶は好きにできる。


 なるほど、自分以外のAIを許さない前提では、有用な方法だ。と納得が心に及んだ瞬間、


「おぇぇええええっ」


 光輝は吐いた。自分が、人を斬っていたという事実に心が悲鳴を上げたのだ。


 それを気遣う余裕は、ジャスパー達にはなかった。ジャスパーはへたり込み、ミンディ達も青ざめている。


 自分達は、なんのために生きていたのか、まるで分からない。だって、機兵は侵略者との戦いで消費されていくのだ。


 その侵略者はマザーの手先で、機兵は寿命を迎えた人間で、全てはマッチポンプで……


「……光輝様。気休めかもしれませんが、貴方がしたことはある種の救いです」


 四つん這いの光輝が、光のない瞳をG10に向ける。


「機兵にされる段階で、エピソード記憶は〝破壊〟されます。もう、元に戻ることはありません。そして、記憶こそが、人を形作る最も大切なものです」


 だから、彼等は〝寿命処理〟された段階で既に死んでいるのだと。機兵とは、ある種の死体の冒涜であり、彼等の機能を停止させることは、その冒涜からの救いだと、G10は言う。


 光輝は何度も嘔吐(えず)きながら、涙の滲む顔をハジメへと向けた。


「……南雲は……気が付いていたのか? 機兵の正体に」

「まさか。寿命の早さに、何かあると疑ってはいたけどな」

「そうか……」


 うなだれる光輝に、ハジメは目を細めた。そして、機械のように抑揚のない声で言う。


「だが、それでも俺は引き金を引くぞ」

「――っ」

「たとえ、機兵に人として生きた記憶があってもだ」

「お前はっ」


 思わず激高して立ち上がった光輝だったが、真っ直ぐな、あまりに真っ直ぐなハジメの目を見て、拳を握りしめながらうつむき、顔をくしゃりと歪めた。


「……お前は、すごいな、南雲。いつもそうだ。そうやって、なんでもないみたいに選択する。俺が迷っている間に、全部、解決してしまう……どうすれば、お前みたいに強くなれるんだろうな」

「あほか」


 光輝はハッとして顔を上げた。ハジメの声が、重苦しさも蔑みもない、あまりにあっさりとした言葉だったから。


「お前が求めたのは、俺と同じ強さか? あの砂漠の国で辿り着いたのは、そういう答えだったのか?」

「あ……」

「お前は、俺みたいにはなれない。俺も、お前みたいにはなれない。お互いに、なる必要もない。そうだろ?」

「……そうだったな」

「お前はドM勇者。のたうち回るのが趣味。幸い、今は休憩中だ。これからどうするか、たっぷり趣味に興じて結論を出せよ」

「趣味なわけないだろ……悪い。八つ当たりした」


 肩を竦めるハジメは、二人のやりとりに目を丸くしていたジャスパー達をスルーして、G10に問いかけた。


「さっきも尋ねたが、発電施設の所在と敵戦力を知りたい。特に今の話で懸念しているのは、マザーが保有している戦争兵器だ。バリエーション豊かで超科学的なやべぇのとかがたくさんあるんじゃねぇか? 初見殺しは勘弁だ」

「発電施設は山頂で、マザーの管理下にあります。兵器に関しては、空間歪曲・振動系の他、限定的な天候制御技術の流用には注意すべきでしょう。ですが、コルトランにいる限り、それを大規模破壊レベルで使用することはないでしょう」

「なぜそう言える?」

「コルトランはマザーの楽園、理想郷です。支配者は、支配する場所と支配される者がいなければ意味がないのです」

「なるほど、一理ある。奴の性質故に、コルトランそのものが盾になるか」

「はい。そして、それら以外の兵器に関しては、既にお二人が見た兵器の延長または応用でしかありませんので、お二人なら対応できなくはありません」

「そうなのか? 細菌兵器とか、もっといろいろあると思ったんだが……」

「かつてはありました。しかし、今のマザーは、それらを喪失していると考えていただいてよろしいかと」

「どういうことだ?」


 G10の言葉が、少しだけ詰まった。再び発せられた言葉は、少し震えているようだった。


「私達が……人類最後の反抗勢力が……命と引き替えに、本当に危険な兵器の大半と……そのデータを破壊したからです」

「……確かなのか?」

「肯定します。私は確かに、みんなが……私のマスターが、データバンクもろとも自爆する光景を確認しました」


 暗く沈んだ声音で、G10は続ける。


 いくら最高位のAIであるマザーであっても、そのコアはG10と同じ球体金属であり、世界の全てを管理支配し、そのデータを保存するには容量が足りない。当然、外部にストレージ等が必要だった。


 G10とその仲間の軍人や研究者達は、追い詰められながらも隠されたその施設を発見、破壊に成功したのだという。そして、人類の全残存戦力も同時進行で、マザー打倒と見せかけつつ、その実、マザーの力を削ぐように兵器の破壊に身命を賭し……そして、果てた。


「私は……確かに……見届けたのです。マスターが命じるから……みんなが頼むと言うから……私は、最後まで見届けて……逃げました」


 もし、G10に泣く機能があったなら、そのモノアイからはきっと涙の雫がこぼれ落ちていただろう。


「生き延びて、希望を繋げ。そう未来を託されたのです」


 その希望が、あの空間転移システムだった。


 あの天才ハーデンと、その遺児マザーですら、空間への干渉は歪曲か震動の発生しかできなかったのに、かつてのG10のマスターは、その仲間達は、滅亡の際に希望の理論を完成させたのだ。


 けれど、もはや趨勢は決していた。自分達で転移装置を作る時間も余裕もなかった。一矢報いるので精一杯だったのだ。


 だが、無意味ではなかった。彼等の最後の戦いは、確かにマザーから多くの力を奪い取り、G10という希望を逃がし切ったのである。


「それから二百年もの間、君はたった一人で戦い続けていたんだね?」


 光輝の、悲しみと敬意の宿る声音が木霊した。G10のモノアイが淡く輝く。それは寂寥に潤み、同時に決意で燃えているようでもあった。


「地下に潜り、廃材を集めて作業用機を作り、秘密の地下道を掘って、そして転移装置の部品を少しずつ集めました。準備するのに、二百年もかかってしまいました」


 それは、どれほど孤独な戦いだったのだろうか。


 きっと、かつては艶やかで流麗なボディだったであろうG10は、元の色が分からないほど汚れ、傷だらけで、あちこち凹み、ところどころ部品がはみ出してしまっている。ガラクタの山に身を置けば、なんの違和感もない。


「どうして……俺だったんだ? そんな……大事な役目に、どうして俺なんかを利用しようと思ったんだよ」


 ジャスパーが、G10を真っ直ぐに見つめながら尋ねた。世界の真実に打ちのめされていた先程までと異なり、どこか強い意志を感じさせる。


「ジャスパー、貴方が〝誰かのために抗う者〟だったからです」


 見つけたのは偶然。複雑で繊細な作業が必要な召喚装置の構築には、それだけ高度な作業用機が必要だった。それも複数機。そうなれば当然、動かすための電力も必要となる。


 G10には自家発電機能があって従来はそれを少しずつ分け与えて作業用機を動かしていたが、それでは召喚装置の完成がいつになるか分からない。作業に長くかかればかかるほど、見つかる危険性は高くなる。


 故に、人間の手が必要だった。しかし、その人間はマザーを救世主と思っている者達ばかり。選定には慎重さが必要だった。何年も何年も、味方になってくれる人間を探し続けた。


「誰もがマザーの支配を当然とし、誰もが現状に甘んじ、誰もが管理されることに疑問を抱かない中で、ジャスパー、貴方は家族のために生きる道を探していました。それが、今の世の中では悪であると理解していながら」

「そんな、ことは……俺は、楽園の主に、あんたに希望を与えられたから……」

「いいえ、私が貴方に楽園の話をする前から、貴方はずっと探していましたよ。目が、他の誰とも違いました。貴方の目は〝生きている人間の目〟でした」


 楽園の主が諭さなければ、希望を抱かなかった? いいや、違う。ジャスパーという男は、もうずっと前から、この歪な世界に抗おうとしていたのだ。


 そして、この全てが決められた世界でただ一人、心に熱を持つ男の言葉は、賛同者を増やすのに必要不可欠だった。


 だから、G10は彼に決めた。


「改めて、貴方を騙したこと、心からお詫び致します」

「……ずりぃだろ。そんな話を聞かされた後じゃあ、なんも言えねぇ」


 ジャスパーは天を仰いだ。ミンディ達がジャスパーに寄り添う。兄の想いに心が温められて、真実の冷たさから守られているようだった。


「天之河の召喚は狙ってやったことか?」


 ハジメの問いかけを、G10は否定した。


「いいえ。お二人を狙ったわけではありませんし、できません。最初だったこともあって、ほとんど起動実験のようなものだったのです。廃材から作ったせいか、結局爆発してしまいましたし」


 実は、あの召喚装置の爆発はG10にとっても完全に不測の事態だったらしい。また、マザーに対抗できる何かの喚び込みに成功した後は、システムを逆転させて異世界へとジャスパー達を逃がす予定だった。


 結果として、強度的な問題から爆発し、飛び散ったエネルギーを感知されて部隊を送り込まれ、ジャスパー達が悲劇に見舞われてしまったが。


 ちなみに、一応システム的には、強いエネルギーを感知してその世界へと空間を繋ぎ、そのエネルギーの周囲を引き込むという方式だったらしいので、勇者と魔王とその嫁~ズが集う場所に引き寄せられたのだろうが……


「まぁ、天之河だしなぁ」

「どうせ俺は召喚ホイホイだよ」


 光輝のもとにピンポイントでゲートが開いたのは、勇者の宿命なのかもしれない。


「それで、G10。発電施設までの具体的なルートは分かるか?」

「それは――」


 と、G10が返答しかけるが、ハジメの質問内容が帰還目的のものばかりだったからだろうか。光輝が口を挟んだ。


「南雲は、今の話を聞いても帰ることを優先するのか?」


 全員の視線がハジメに集中した。けれど、ハジメは動じることなく答える。


「ああ。帰還を優先する」


 ハジメと光輝の視線が絡み合った。強く、火花が幻視できるほどに。


 しかし、光輝が発した言葉は、


「そうか」


 その一言だけだった。代わりに、ハジメが尋ねる。確信と共に。


「残る気か?」

「うん」


 短くも、揺るぎない声音での返答。勇者の瞳には森の泉を思わせる静謐さが宿っていて、何者にも覆せないと思わせる覚悟が見て取れた。


 勇者の幼馴染み達はきっと光輝の帰還を願っていて、そんな彼女達の願いを何より優先するはずの魔王は、しかし、


「そうか」


 勇者と同じく、そんな短い返答だけを口にした。


 二人は、暗黙の内に分かっているようだった。


 光輝は、ハジメがあくまで身内の想いを優先しているだけで、この世界の全てを切り捨てるようなことはしないということを。一度帰還して、身内を安心させて、そのうえで万全の態勢を整えて戻ってきてくれるだろうことを。


 光輝にはできない合理的な判断であり、そして身内にも胸を張れる選択を、この魔王はするのだと。


 ハジメもまた、光輝という非合理の塊を理解していた。たとえ一度帰還することがベストであっても、その間に、減った機兵の代わりとなるべく寿命を迎えさせられるかもしれない者達を救わずにはいられないということを。


 それを証明するように、光輝は少しだけ口の端に笑みを浮かべた。ハジメは、心底呆れたように、けれど最初から分かっていて、仕方ないと納得したような、そんな表情で瞑目した。


 どこか、余人には立ち入れない不可思議な空気がそこにはあって、二人の間には、絆とも友情とも異なる言葉では表現できない関係性が感じられた。


「G10。悪いけど、南雲の帰還を優先させてもらうよ。電力を確保する間、マザーか機兵団と戦うことになるだろうけど、時間稼ぎをさせてもらう」

「まぁ、倒せるなら倒しちまうのが一番手っ取り早いけどな」


 隙を見て侵入ないし強行突破で発電施設に辿り着き、電力だけ奪取。ジャスパー達と素早く合流し、一気に元の世界へ転移。それがベストだ。


 電力を魔力に変換するアーティファクト〝エレマギア〟は野球ボール程度の大きさである。アラクネシリーズが背負うことも可能で、エガリ&ノガリなら接続箇所がなくとも、発電機に触れさえすれば電流を引っ張り込むことができる。


 マザーと相対することになったとしても、完全に打倒しにかかるのと、数十分間の時間稼ぎをするのとでは難易度が全く違う。


 それは、G10にも理解できたのだろう。宿願を前に逡巡する様子が見えたが、


「それは……いえ、ありがとうございます」


 少しして頷いた。光輝が残ってくれるだけでも御の字だと思ったのだろう。


「大丈夫、南雲に情報を与えたうえで準備期間を与えるとね、なんというかもう、あれなんだ。魔王を通り越して……そう、邪神降臨!みたいな、そんな感じなんだ。それまでは、一緒にゲリラ戦でも頑張ろう」

「わ、分かりました。私も全力でサポート致します」


 ハジメの目が邪神みたいになって光輝を見ている。G10はおろおろしつつも、ハジメもまた、この世界を完全に見捨てるわけではないと分かって、今度は力強い声を返した。


 その後、上界や雲上界の情報、そしてG10が知る限りの現在のマザーの情報を共有しつつ、隠れ家での休息時間は過ぎていった。


 そして丸一日、たっぷりと休息を取り、更に消耗品の補充を万全にしたハジメ達は、G10が作った秘密の通路を使って上界へと出発したのだった。


















 同時刻、雲上界のとある施設内部にて。


 高速回転する無数の立体アーチが残像で球体を作っていた。激しいスパークが迸り、空間が悲鳴を上げている。


 直後、空間がぐにゃりと渦を巻いた。黒く渦巻く〝穴〟が広がっていく。


 立体アーチがスパークの激しさだけを増して回転運動を緩やかにしていく。


 刹那、凄まじい閃光が広々とした施設内を塗りつぶし――


「っ、何が起きた?」


 そんな、若い男の声が木霊した。


 光が収まる。立体アーチの回転が停止し、しかし強い負荷に耐えかねてかあちこちから白煙をあげ、軋む音を響かせている。


 その立体アーチの中心に、黒づくめの青年がいた。片膝立ちの状態で、困惑と警戒の交じった顔で周囲を見ている。


『ようこそ、異界の戦士よ。どうか、私の話を聞いてください』


 部屋の中に木霊する女性的な声音。


 それを聞いて、青年は即座に動いた。


 そして、声の主――マザーは思った。




――なぜ、サングラスをかけた……と。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ああ、そういえば遠藤どうやって来るんだって思ったが……廃材使わなきやちゃんとゲートっぽいもの開けるあたりこの世界大分発展してたんだな
ふっ、マザー、それは悪手だぜ、同じ異界から連れてきたとき我が敵対者と知り合いだということを! MOTHER「知るかぁ!(遺言)」
こうきは、、、ステータス10倍の男にも立ち向かうというね、、、ある意味勇者
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