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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅣ
367/551

魔王&勇者編 今、あなた方の脳内に直接語りかけています




 賞味期限切れて腐り始めヘドロっぽくなってきたヨーグルト……みたいな食料と、手入れを怠った庭のプランターに溜まった一年前の水……みたいな飲料水を前に、仲良く硬直した魔王&勇者。


 視線が刺さる刺さる。グサグサと。


 飢えた獣の唸り声の如き腹の虫を鳴らしまくる子供達や、その子供と差し出した食料へ悲壮な眼差しを往復させるミンディさんの様子、そしてジャスパーの言っていた〝全てが決められている〟という言葉から、この食料がなけなしのものであることは察するにあまりある。


 それでも、ジャスパーのすることに誰も異議を口にしないのは、地下空間での仲間からの見捨てられっぷりからは信じられないくらい、彼が子供達に信頼されているからなのだろう。


 ニコニコともてなしながらも、固い決意の宿る笑っていない眼差しを向けてくる今の様子からも、それは分かる。


 なんて分析を光輝が現実逃避気味にしつつ、「お腹は空いてないから君達がお食べ」をしようと、いざ意を決する……というそのとき、ハジメが溜息を一つ。その直後、サッと木製スプーンを手に取ると、ヘドロヨーグルトを一気に掻き込んだ。


「な、南雲?」

「おっふ」


 南雲さんから変な声が出た。出ちゃうくらい、見た目に反さずヤバかったらしい。ちょっと涙目になりつつも、そのまま一気呵成(かせい)に水もごっくん。


 木製コップをドンッとテーブルに置くや否や、


「奈落の魔物すら喰った俺に、この程度で勝てると思うなよ」

「誰と勝負してるんだ、南雲」


 不敵に笑いながら口元を拭うハジメは、ちょっと壊れ気味なのかもしれない。どういうつもりなのかと光輝が困惑し、子供達&ミンディが、いかにも「あ~~~私達のごはん……」みたいな悲しみの表情をしていると、


「もてなしに感謝しよう。礼だ」


 なんて言って、唐突に魔力を迸らせた。と言っても、もちろん線香花火みたいな儚い魔力だが、それでも宝物庫は主の意志に従い真紅の輝きを放つ。


 ジャスパーがギョッとして身を引き、ミンディが咄嗟に子供達を庇う。


「ふんぬぅうううううおおおおおっ」


 気合いの声が迸る! エガリ&ノガリさんが、どこから取り出したのかミニポンポンを脚に取り付けて、チアガールみたいに「ふれ~、ふれ~、あ・る・じ!」と応援する!


 そんな気張るハジメを見て、光輝は察した。同時に苦笑いを浮かべて、小さく「敵わないなぁ」と呟き、次いで同じようにヘドロヨーグルトと水を掻き込んだ。涙目になる。


 ジャスパーが目の前で起こる超常現象に瞠目しつつ声を張り上げる。


「お、おい! あんたいったい何を――」

「いでよ! 非常食!」


 やっぱりハジメさん、少し頭をやられているのかもしれない。普段ならたぶんきっとおそらく叫ばないだろう香ばしめのセリフを叫んじゃう。


 結果、テーブルの上に出現したのは言葉通りの非常食。カンパンや豆と野菜のスープ、各種栄養ブロック(カロリーメイ○)、そして新鮮な飲料水だった。


「ぜぇぜぇ……一宿一飯の礼だ。好きに食え」


 肩で息をしつつ、豆と野菜のスープが入った容器の下に取り付けられたヒモを引くハジメ。そうすれば途端に水蒸気が発生し、温もりと美味しそうな香りがジャスパー達に届いた。


 自然、ごくりっと生唾を飲み込む音が。


 疲れたのか腕を組んでむっつりと黙り込み、エガリ&ノガリに汗をふきふきされているハジメを横目に、光輝が後を引き継ぐ。カンパンや栄養ブロックの袋を開けて、


「ほら、君たち。このお兄さんが、ごはんを分けてくれたお礼だって。こっちに来て食べなよ」


 元来、人好きのする優しい顔立ちである。光輝が穏やかに微笑みながらそう言えば、子供たちはおずおずとミンディやジャスパーを見やり、言外の許可を求める。


「ええっと、今のは……いったいどこから出したんだ? その、これは食べて大丈夫なのか?」

「大丈夫。ただ、もてなしはもう十分だよ」

「……悪いな。良い食料持ってたのに、あんなもん出しちまって」

「そういうことじゃない。少ない食料を分けてくれたこと、本当に感謝しているんだ。見ての通り、取り出すのは南雲の負担が大きくてさ。ただ、子供達の飢える姿を横目にっていうのは、耐え難いものがある」


 だから、食料を分けてくれた子供達の我慢に食べることで応えて、そのうえで感謝と礼を兼ねて、ハジメは無理を押して食料を出し返したのだと。


「そうか……あんた達は、やっぱりここの人間じゃないな」


 最下層民にそんな心配りをする人間が、この世界の人間であるはずがない。言外に、そんなことを苦笑い気味に言って、ジャスパーはミンディと子供達をテーブルに呼んだ。途端、わっと集まってくる子供達。


 ミンディが慌てながらも一人一人に行き渡るように配分した直後、待ちきれないとばかりに子供達はカンパンやスープを頬張り、


「お、美味しい!!!」


 と、満面の笑みを見せた。ただただハグハグハグハグと夢中で食べている子もいる。ミンディとジャスパーも同じ有様だ。


 そんな彼らの様子を、光輝はひたすら優しい表情で眺め、そして、そのまま視線は転じずに小声をハジメに向けた。


「俺が知らない間に、ずいぶんと丸くなったんだな」

「……そりゃあ、心がけているからな」

「心がけ……あぁ、善良で模範的な日本人ってやつか」


 苦笑しつつ、「ああ、でも」と心の中で呟く光輝。そう言えば、こいつはあの殺伐としたトータスでの旅の時であっても小さい子を助けていたと。その子が今や、目に入れても痛くない愛娘なのだ。飢えた子供を目の前にして、冷徹に切り捨てるなんてするわけがなかったと納得する。


「……もっと良い物を、もっと多く。天之河ならそう言うかと思ったが、存外大人しいな」


 ハジメからすれば一番質素で必要最小限でしかない非常食を、夢中で食べている子供達を眺めながら光輝にそう言えば、光輝も視線は子供達に固定したまま静かな表情で言う。


「俺達は、帰るんだ。この世界の在り方を変えるつもりがないなら、無責任なことはできない。そうだろ?」


 出そうと思えば、それこそ宝物庫には美味しい保存食から高級食材、果ては出来立て状態の料理までなんでもあるので出せる。


 けれど、そういった豪勢な食事は、たった一度のそれは、果たして子供達にとって幸福なことだろうか。


 答えは、きっと否だろう。


「そもそも、南雲のものじゃないか。俺がとやかく言えないよ。余程のことがない限り」

「余程のことがあれば言うんじゃねぇか」

「余程のことがあれば、俺が何か言う前に南雲が手を打つんだろう? 今みたいに」

「……大人が自分のケツを自分で拭くのは当たり前のことだ。だが――」

「――子供は違う。本来、無条件に助けられていいんだ、だろ? かつて、南雲がミュウちゃんにそうしたみたいに」


 ハジメは、思った。落ち着いた光輝の姿に――なんだこいつ、イラッとするわぁと。


「お前、風穴空けるぞ」

「なんでだよ!? ちょっと言葉の地雷が多すぎないか!?」


 なんかハジメのことを分かってる風に語る姿が非常にむかついた、とは口にせず、戦々恐々としている光輝の姿に溜飲を下げる。肩から力を抜き、いよいよ瞑想に近い状態に精神を置いて回復に努める。


 すると、不意に一人の子供が席を立った。先程、ハジメと目が合った五歳くらいの女の子だ。ミンディと良く似た栗毛をお下げにして、かなり汚れの目立つワンピースを着ている。


 その子は、自分の分のカンパンとスープの容器を、周囲を警戒したようにそそくさと抱え込むと、なぜかトコトコとテーブルを回ってハジメと光輝の間にやってきた。


 そして、「なんだ?」と視線を落としてくるハジメと光輝を交互に見やると……


「あ、こら、おい」


 ハジメの困惑と静止の声を置いて食料をテーブルに乗せるや否や、ハジメの膝の上にヨジヨジと上がってしまった。


 膝の上に座った女の子が、肩越しに振り返る。ジッと、ハジメの目を見つめてくる。


 ハジメが困ったように周囲を見れば、ミンディとジャスパーは驚いたように、光輝はキョトンとした顔で見ている。


 そして、他の子供達の中でも比較的に年長の子、特に男の子が虎視眈々と他の子に配膳された分を狙っているのが分かった。


 ミンディとジャスパーが目を光らせているので掠め取ることはできないだろうが、なるほど、大家族にありがちな取り合いがここでもあるらしい。そして、女の子はいち早く、より安全な場所を目指してきたらしい。


「こ、こら! リスティ! 何をしてるの! 早くこっちに来なさい!」


 ミンディが慌てたように声を張り上げる。それに対する女の子――リスティちゃんの返答は実に簡潔明瞭だった。


「やっ!」


 嫌らしい。リスティちゃんはなぜか、ハジメの膝上での食事をご所望のようだ。


「う、うちのチビが初対面の人間に懐くなんて……近所の連中すらちゃんと警戒するのに……特にリスティは人見知りも激しいはずなんだが……」


 信じられん! といった様子のジャスパー。何もかもが必要最小限しか与えられないこの場所では、たとえご近所さんであろうと警戒の対象というのは既に耳にした話。


 その警戒心は子供達にも根付いているようで、リスティちゃんは特に警戒心の強い子のようだ。


「お前、なんで俺のとこに来た。飯を出したからって警戒心を簡単になくしちゃダメだろうが」


 ハジメも、リスティちゃんがチョロすぎて少し将来が心配になったのか、叱るような口調で言う。だが、なぜかリスティちゃん、そんな厳しめの声音と表情を前に、むしろ安心したようにふにゃっと笑みを浮かべた。


 これにはミンディとジャスパーどころか、食事に夢中だった他の子たちまでギョッとする。口々に「リスティが笑った!?」「ミン姉とジャス兄以外が笑わせたことないのに!?」「機兵面のチビなのに!」などと驚愕をあらわにしている。


 そのリスティちゃんは、ハジメの言葉にふにゃりとした表情のまま答えた。


「ジャス兄と同じ。優しい感じがした」


 信頼する保護者と同じ優しい雰囲気を、魔王様から感じたらしい。


「……それなら、隣のこいつの方に行け。そこなしの優男だ」

「南雲が言うと、悪い方の意味で聞こえるんだが」


 光輝からジト目が飛ぶ。リスティちゃんは、ついっと視線を光輝へ転じた。かと思えば、次いでジャスパーへと視線を向け、直ぐにハジメへ視線を戻す。


「一番あったかくて、ふかふかした感じがする」

「ふかふか?」


 意味が分からん、と眉根を寄せるハジメだったが、その返答を聞いて光輝にはなんとなくリスティちゃんの言わんとすることが分かった。


 包容力があると言いたいのだろう、と。頼りになりそうな人、というのもあるに違いない。つまり、傍にいて一番安心できる人、ということだ。


 子供というのは時に大人より鋭く、相手が危険か否か、より安心できる相手は誰かを見分けるというが……それが本当なら、つまり、そういうことなんだろう。リスティちゃんが、光輝ではなくハジメを選んだのは。


「この一年で、ますます父性に磨きがかかったみたいだな、南雲?」


 ちょっと(うらや)むように、あるいはほんのり悔しそうに言う光輝。


 なんだかんだで、ハジメは小さい子によく懐かれるのだ。対して自分はどうか……と想像して、「あれ? 俺、小さい子に懐かれたことあんまりない……?」と、少しショックを覚える。


 ふと、自分に懐いてくれている(と思う)小さい子――クーネが脳裏を過ぎった。


 だがしかし、清濁併せ呑んだ判断ができて、自らの死を厭わず、八歳程度で国を背負う決意を自らする〝覚悟ガン決まり系幼女〟を〝ただの小さい子〟と称していいものか。


――え? なんですか光輝様。クーネをお膝抱っこして愛でたいと? 変態ですね! でも、光輝様ならいいですよ! ただし、クーネを堪能しようというのですから、当然対価はいただきますけどね! 対価の要求は当然であると、クーネは断言します!


 不意に、そんなクーネたんの高笑いしてそうな声が聞こえた気がして、光輝はぶんぶんっと頭を振った。


 一方で、光輝にからかわれた当のハジメはというと、意外にも怒らず、むしろますます困ったように頬を掻いた。


「まぁ、嬉しい評価ではあるんだが……」


 上手く父親をできているだろうかと悩むこともある今日この頃であるから、素直に嬉しい評価ではあったらしい。


 とはいえ、親交を深めるべきでない相手に懐かれても困るのは事実。


 事実なのだが……見上げてくるリスティちゃんに、さっさと降りろと即答できない辺り、やはり愛娘の影響は絶大なのだろう。魔王をして勝てないと言わしめるように。


 なので、


「ほら、さっさと食え」

「ん!」


 リスティちゃん、更にほにゃんとした笑みを浮かべるとテーブルに向き合い、なんの憂いも感じていないような安らいだ表情で食事を再開した。細っこい足が嬉しげにパタパタしている。


「……あんた、まさかと思うがリスティに手を出す気――」

「ジャスパー。リアルな節穴にされたい目は、右と左、どっちだ?」

「返答がいちいち怖ぇんだよ!」

「馬鹿なことを口走るからだ。娘と同い年だぞ」

「む、娘? そうか、家族がいるって言ってたもんな」


 ジャスパーに恐ろしいことを言っておきながら、リスティちゃんが口の端に付けた野菜の切れ端を取り、落としかけた豆を空中キャッチしてあ~んで食べさせながら、ついでに口の端から滴り落ちてしまった雫をハンカチで拭っているハジメ。


 本人も無意識レベルでやってそうな恐ろしく自然なパパぶりに、ジャスパーもほっと安堵の息を吐く。


 が、その瞬間、「……素敵」と呟く小さな声が。


「ミ、ミンディ?」

「は!? ち、違うのよ、兄さん。今のは別に変な意味じゃ……」


 ミンディさんがチラチラとハジメを見ている。ついでに、他の年少組の子たちも、ハジメをチラチラ見ている。構ってほしそうに!


 安らぎの表情を浮かべていたリスティちゃんが、急にハッと表情を改めた。そして、ミンディや他の子たちに視線を巡らせるや否やハジメの右腕を抱え込む。


 まるで、この人は私のパパだから! と主張するように。


 そして、そんな様子を、


「おい、エガリ、ノガリ。何をしている」


 エガリさんとノガリさんが撮影していた。レンズ眼の一部がRECを示す赤色灯に輝いているので間違いない。


「イ゛ィ゛イ゛イ゛!!」

「なに? ミュウに見せるため、だと?」


 相変わらず普通に会話するハジメさん。光輝も言語理解は持っているのに、普通にイ゛ィ゛にしか聞こえない謎言語にもかかわらず、なぜ普通に会話できるのか。


 光輝が首を捻っている間に、今度はノガリが何やら芝居じみた動きを見せた。


「――イ゛ィ! イ゛~イ゛ィ! イ゛ッイ゛ッイ゛ッ。イ゛ーイ゛ッ、ィ゛イ゛イ゛ー!!」

「なんだそりゃ。ミュウの真似か? なになに……『パパ! ミュウという娘がありながら、どこの馬の骨とも知れない子を娘にするなんて酷いの! パパの浮気もの!!』……だと?」


 無駄に洗練されたパントマイム。さながら名作サイレント映画に出てくる俳優の如く。見ているだけで、ノガリさんが何を表現したいのか分かるほど。ミュウが未来でその通りの言動を見せる光景が目に浮かぶ。


 ハジメの額にビキッと青筋が浮かんだ。


 エガリ&ノガリさんの反応は神速だった。瞬きの間にシュバッと移動する。


 光輝の肩の上に。それも、ハジメとは反対側の。自然、光輝の頭が盾になる。


「ちょっ、ナチュラルに俺を盾にしないでくれ!」


 抗議なんぞ知らんとばかりに、払いのけてくる光輝の手を華麗にかわしながら、エガリは後頭部側から、ノガリは顔面側から、半身を覗かせるようにしてハジメをうかがう。


 まるで「じょ、冗談ですよ、主」「ええ、冗談です。だからそんなに怒らないでください。大人げないですよ!」と言っているかのよう。


 そんなエガリ&ノガリ&光輝のコントじみたやり取りと、ミンディのあわあわした様子と、ジャスパーの今度は違う意味で疑わしそうなハジメへの視線、そして魔王の膝上を狙いだした子供達……


 そんな混沌とし始めた食卓で、しかし、リスティちゃんだけはハジメの懐にすっぽり収まりながら食事を続けていく。


 人を見抜く心眼といい、人見知りでありながらも、必要とあらばいち早く自分の居場所を確保する行動力といい、なかなか有能な子である。


「お前、将来は結構な大物になるかもな?」

「?」


 何も分かってなさそうなリスティの頭を、ハジメは苦笑いしながらポンポンするのだった。











 それからしばらくして、全員が食事を終えた頃、腹が満たされてうとうとし始めた子供達を横目に、ハジメが雰囲気を変えて口を開いた。


「ちびっ子達を奥の部屋に連れて行ったらどうだ?」


 子供達を気遣っているような言葉だが、その実、ジャスパーのそわそわした雰囲気に釘を刺すような声音だった。


 一瞬、びくりっと震えるジャスパーだったが、一拍おいて深呼吸をすると、決然と首を振った。


「いや、このままでいい」

「え、でも、兄さん。あと二時間くらいで労役よ。少しでも寝かせてあげないと……」


 ミンディが困惑もあらわに訴える。その視線が、リスティを含む五歳程度の年少者にも向いていることからすると、どうやらこの世界は子供だからと自由が許されるなんてことはないらしい。なんらかの労役が課されているのだろう。


「いいから、ここにいてくれ」

「……分かったわ、兄さん」


 強く、有無を言わせぬ重々しさをもって繰り返すジャスパーに、ただならぬ気配を察したのだろう。ミンディは納得し難い表情をしながらも頷いた。


 そして、未だにハジメにくっついているリスティを、話の邪魔をしないようせめて預かろうと、ハジメへ視線を向けて、


「――っ」


 思わず、息を呑んだ。


 とても、冷徹な目をしていたからだ。隣で、どこか苦い、あるいは苦しそうな様子の光輝とは酷く対照的だった。


「リスティ。ミンディのところへ行け」

「う?」


 膝上でくつろいでいたリスティが肩越しに振り返る。ジッと表情の変わらないハジメを見る。


「いや、別にそのままでも――」

「ジャスパー。俺に、そういうのは通用しない」


 ジャスパーが口を挟むが、ばっさりと切り捨てられる。息を呑むジャスパーに、リスティは少しだけ視線を戻した。


 そして……やはり、リスティは聡い子だった。もう一度ハジメを振り返ると、これ以上のわがままは通らないと理解したみたいに、どこかしょんぼりした様子で自ら膝の上を退いた。


 二人の会話の意図が分からず困惑するミンディは、とにもかくにもとリスティを抱き上げて、今度は自分の膝上に抱える。


 なんだか緊張感が増していく雰囲気に他の子供達も困惑した様子を見せる中、ハジメは機先を制するように告げた。


「悪いが、お前の頼みを聞く気はないぞ」

「――っ、助けてほしいんだっ。俺の家族をっ」


 やはりか、とハジメは瞑目した。隣で、光輝が震えたのが分かった。


 自分達を匿っているのも、子供達の食料を差し出したのも、そして労役の時間が迫っていてなお子供達を傍においているのも、全てはそのため。同情でも憐憫でもいい。ハジメ達の情に訴えようというのだろう。楽園に行くために。


「俺達は上に行く。それを自殺行為と言ったのはお前だ」

「それでも行くと言ったのは、あんただ。勝算があるんだろう? なら頼むっ。俺達も連れて行ってくれ!」


 光輝の震えが大きくなった。耐えがたい痛みに耐えているみたいに、歯を食いしばっている。現実と願望の狭間で、滅多刺しにされているかのようだ。


 以前の光輝なら、即座に応えたに違いない。今耐えているのは、現実を見ているからか。ハジメに頼らざるを得ない状況で、自分の力だけでは打開できない事態で……だから、口は出せないと。この世界のことをまだろくに知らないのだ。守り切るなんて、とても言えないと。


 まずいなぁと、そんな光輝を横目にしつつ、ハジメは更に断りの言葉を口にしようとして――その前に、ジャスパーが叫んだ。


「寿命なんだっ」


 ハジメが目を眇める。そう言えば、〝寿命処理〟がどうのと言っていたことを思い出す。


「俺達下界の人間は、寿命が決められている。三十年だ。生まれてきっかり三十年で、〝寿命処理〟される。俺は、今年で三十歳だ……」

「……処理? 処理って……」


 光輝が目を見開き、呆然と返す。ジャスパーは疲れ切った老人のような雰囲気で「死ぬって意味に決まってるだろう」と呟いた。四十歳代に見えたジャスパーだが、実のところ老けて見えただけらしい。


「この限られた場所では、人の数を制限するのは必要なことなんだよ」

「そ、それは、そうかもしれないけど、けどっ、そんな……」


 光輝が言葉を失う。一方で、ハジメは「そういえば、道中、確かに老人を一人も見かけなかったな」と内心で納得しつつも、僅かに訝しむような表情を見せた。それには気が付かず、ジャスパーは続ける。


「どうせ、今年で俺は処理される。だから、危険な橋も渡った。楽園への道を本当に開くことができたら、それを確認してこいつらも連れていくつもりだったんだ」

「ちょ、ちょっと待って、兄さん! いったいなんの話をしているの!?」


 たまらずといった様子で、ミンディが口を出す。やはり、家族には何も言っていなかったらしい。あるいは、〝仲間〟と称していた者達は、その実、ジャスパーにとって被験者のようなものだったのかもしれない。


 ジャスパーが、ミンディ達に今まで隠していたことを告白する。ハジメと光輝の正体も。


「だから……だから、兄さん、労役が終わった後に休みもしないでどこかへ行って……そんなに疲れ切って……っ、何を考えてるのよ! 禁忌を犯すなんて! どうしてそんな怪しい声なんかに! 私はてっきり、寿命が近いから自由にしたいんだって、そう思ってっ」

「黙っていて悪かった。けどな、いつ機兵に見つかるかも分からなかったんだ」


 そのときのことを考えれば、家族は何も知らなかったということにしておいた方が安全だと思ったのだろう。家族といえど血のつながりなどないわけで、寿命処理を恐れた愚かな男が暴走したにすぎないと、そういうことにしたかったのだろう。


「だからってっ禁忌を犯すなんて――」

「心配だったんだ! 俺が寿命処理された後、お前達がどうなるかっ」

「……兄さん」

「俺なんかより、もっと長生きしてほしかったんだ。もっと美味いものを腹いっぱい食ってほしかったんだ……」


 うなだれながら、次第に尻すぼみになる声音で願いを口にするジャスパー。その姿に、ミンディも子供達も、何も言えなくなる。


 この世界では寿命が定められているのは自然の摂理と同等の当たり前なのだろう。それに抗おうとしたジャスパーに、信じられないといった思いと、そこまで想ってくれていたことへの嬉しさで、言葉も出ないといった様子だ。


「あの……さっきから出てくる〝禁忌〟っていうのは?」


 なんとも気まずい雰囲気の中、光輝が空気を変えるように尋ねた。先程から、ハジメは再び腕を組んで瞑目しているので、光輝もおずおずとした様子ではあったが。


「……正確には〝人類禁令〟っていうんだ。破れば問答無用に処分される、人間に課された絶対のルールだ」


 第一位、マザーの意思に逆らうことを禁ず。


 第二位、一切の金属に触れることを禁ず。


 第三位、禁ずる理由の調査を禁ず。


 実際はもっと細かい規程だが、結局のところ何を禁じているかといえばこの三点であるという。規定の順位は優先順位だ。全てにおいてマザーの意思が優先されるので、たとえば支給品であれば例外的に接触・所有等が許される金属もある、ということだ。


「分かっちゃいるんだ。人類を守るために、滅亡を防ぐために、必要なことだって。自分達だけ楽園に行きたいなんて、自分勝手だって。でも、でもよぉ、それでも俺は……!」


 何も知らなければ、きっとジャスパーは運命を受け入れられた。けれど、楽園の存在を聞いてしまった。異世界の実在を知ってしまった。


 希望を持ってしまうのは、諦められなくなったのは、当然のことだった。


「……楽園の主とやらは、ずいぶんと残酷なことをする」

「南雲……」


 小さな小さなハジメの呟き。そこに、どんな感情が込められているのか。ただ、酷く、否、恐ろしいほどに平坦だった。だから、光輝も何も言えなくなった。


 ハジメには。


「すみません。連れていくことはできません。なんの約束も、交わすことはできません。本当に、すみません」


 光輝は、口調を改めて、深く頭を下げながら告げた。


 力の制限を著しく受けている今、二人だけでも命が危うい状況で要塞都市の守りを突破せねばならない。子供達を守りながら連れていけるなど、どの口で言えようか。


 あるいは、電力の確保さえできれば、ジャスパー達だけ共にゲートをくぐることはできるかもしれない。けれど、連れていけない以上は迎えにくる必要があって、それができるかどうかなど分からない。


 とても、約束などできない。下手に希望を持たせることなど、できはしなかった。それでは、楽園の主と同じだ。


 まるで、己の心を代弁したような言葉を口にした光輝に、ハジメは少し驚いたように瞑目していた目を開いた。そして光輝の、頭を下げながら、歯を砕きそうなほど噛みしめて、握りしめた拳を震わせる姿を見る。


 ジャスパーが悲壮な表情でなお何かを言い募ろうとした。しかし、それをミンディが止めた。ジャスパーの手を握って、震える光輝の姿を見つめながら。


 それで、ジャスパーも何も言えなくなった。ミンディが、代わりにというように微笑を浮かべて言う。


「兄さんが無理を言って、こちらこそすみませんでした」

「……」


 頭を上げない光輝に、ミンディは困ったような笑みを深めて言う。


「兄さん自身が言っていたように、自分勝手な願いなんです。みんな、ここでルールを守って生きているのに、自分達だけズルをしたいっていうお願いなんです」


 そう言いながらも、ミンディのジャスパーに向ける眼差しは温かい。


「マザーの庇護のもと、人が滅びないよう与えられた役割を精一杯果たして、そして次の子達のために場所を譲る。私達はずっとそうやって生きてきました」


 誰も何も言わず、ミンディの言葉に耳を傾ける。ハジメですら、瞑目を完全に解いてミンディを見つめている。


「希望がないなんて嘘です。だって、そうやって頑張って生きていれば、いつの日か、マザーが侵略者を倒してくれます。そして、きっと、もっと長生きできて、美味しいものをお腹いっぱい食べられる日が来ます」


 ジャスパーや子供達に言い聞かせるような、穏やかで、しかし、どこか力強さを感じさせる声音が響く。ジャスパーの表情が、悲壮なものから妹そっくりな困ったような笑みになった。きっと、楽園の主の声を聞く前にしていただろう表情に。


「ですから、どうか頭を上げてください」

「ミンディさん……」

「……」


 最後に、ハジメと光輝に、真っ直ぐな目を向けて、ミンディは笑顔で言った。


「美味しい食べ物をありがとう。兄さんを、危険な場所から連れ戻してくれてありがとう。どうか、ゆっくり休んで、そしてお二人の目的のために進んでください」


 しんとした空気が漂った。光輝は頭を上げて、天を仰いでいる。


 ジャスパーが、大きく深呼吸して口を開いた。


「むちゃなこと言って悪かった。俺のせいで家族と引き離しちまったのにな。さっき言ったことは忘れてくれ」


 バツの悪そうな、どこか憑き物が落ちたような表情だった。


「……お前達の未来に、勝利と幸運を祈っている」

「はは、ありがとよ」


 ハジメの言葉にジャスパーは笑った。


 そうして、ハジメと光輝がゆっくり休めるようリビングを好きに使っていい旨を伝え、子供達を連れて奥の部屋へと去っていった。


 静かな空間で、ハジメと光輝はしばらく無言だった。


 どれくらいそうしていたのか。


 やがて、おもむろに立ち上がったハジメは壁に背を預けて座り込み、そっと目を閉じた。本格的に休息を取るつもりのようだ。


 それを見て、光輝も立ち上がり、反対側の壁に背を預けて同じように座り込んだ。


 しばらくして、目を閉じたままポツリとハジメが言葉をこぼした。


「よく〝連れて行こう〟って言わなかったな」

「……ミンディさんが言ったことが全てだよ」


 求められたのは救いであって救いではない。いざとなれば自己犠牲を厭わぬ勇者であっても、巻き込む相方がいる状況で無責任なことは言えない。願っては、ならない。


 ハジメは、タクティカルベストから試験管型容器を一本取り出し、光輝へと投げた。くるくると空中を飛んだそれを、光輝が危なげなくキャッチする。


「掌に垂らしとけ。剣の握りが甘くなってミスでもしたら、俺が迷惑だ」

「……そうだな」


 拳を握り締めたとき掌を爪で自傷していたらしい。目ざとく気が付いたハジメの珍しいお節介は、あるいは気遣いだろうか。光輝は内心で苦笑いを浮かべた。


 そうして時間は流れ、一時間ほど休息した頃だろうか。




 それは唐突にやってきた。




『聞こえますか? 聞こえますか?』


 ハッと意識を戦闘態勢に移行。ハジメと光輝は同時に立ち上がり、それぞれの武器に手をかけた。


 響く女性的な声音。まるで、空間全体に反響しているかのような、不可思議な現象。しかし、肝心の声の主は姿なく。


 まさか……と、ハジメと光輝は顔を見合わせた。そして、一気に緊迫感を膨れ上がらせる。


 予想が正しければ、この声こそ、ジャスパーが聞いたという楽園の主――




『今、あなた方の脳内に直接語りかけています』




 ハジメさん、一気に半眼になる。光輝も目元が引き攣った。オタクでない光輝でも、聞いたことのあるフレーズだし。


 緊迫感が霧散しかけ、「ふざけてんのか、この野郎」とハジメが青筋を浮かべながら口を開きかける。が、その刹那だった。


 ふざけたフレーズに反する、鋭く切迫した言葉が響いたのは。


『早くそこから逃げてください! 敵が迫っています!!』


 嘘か真か。


 どちらにしろ、完全回復の猶予は与えられないようだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


長くて恐縮ですが、いろいろあるのでお知らせさせてください。

●12月25日『ありふれた職業で世界最強 零4』発売です!

挿絵(By みてみん)

最後の解放者リューさんです。見た目はクールで格好いい樹海の女王。でも安心してください。もちろん、中身は問題しかありません!ハジメ時代の某森人族のパワーアップ版みたいな? 

話の内容的には本格的な教会VS樹海&解放者で、遂にミレディVS神の使徒が雌雄を決す!という感じです。他にも現代と繋がるあれこれや、「おや? ミレディとオスカーが何やら良い感じに…」的な話なども。是非ぜひ、お手に取っていただければと! よろしくお願い致します!

特典SSの詳細は活動報告またはオーバーラップ様のHPにて。


※小篇集もぜひ!こちらにもミレディ達が出ます。ミレディ&ユエ、オスカー&ハジメがタッグを組む奇跡の邂逅や、レミアさんの初挿絵&感想等で時折リクエストのあったハジメへの心情変化なども書いています。

挿絵(By みてみん)


●12月25日『ありふれた職業で世界最強 Blu-ray②』発売

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

アニメ6話~9話、未放送エピ『ユエの日記帳』を収録。ユエ日記では、ハジメを食べる(意味深)なユエ様、女教師なユエ様、SM女王なユエ様等いろんなユエ様を見られますw お手に取っていただければ嬉しいです!

詳細はありふれた公式HPに(https://arifureta.com/blu-ray/box2/)

未放送エピ(https://arifureta.com/news/news-1837/)


●1月19日開催『ありふれた職業で世界最強Live&Act』のキービジュが出ました。

挿絵(By みてみん)

個人的には愛ちゃん先生の髪型が新鮮でグッド。詳細は活動報告又は公式HPにて。


●コミックガルド零19話更新。

ソーナちゃんのご先祖説がある、やべぇ格好の宿屋の看板娘が活躍。メイル姉さんも登場!神地先生の画力が本当にすごい。


●その他コミケ等の情報を含め、詳細は活動報告にもアップしました。是非ご覧ください。


長々と失礼しました。今後ともよろしくお願いします!


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― 新着の感想 ―
この一連の流れでイチバン丸くなったのってもしやエガリ&ノガリなのでは……
[一言] 次が待ち遠しい! ほんとに! 楽しみに待っています。 出来れば長いのをw
[一言] イィィィィィ!イィィぃ!
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