魔王&勇者編 ここはお前に任せて先に行く!
更新再開です。
楽しくて15,000字くらい書いてしまった。眼が疲れないようご注意ください。
視線で人を殺せるなら、間違いなく自分は既に死んでいる……
と、冷や汗を流しながら考えているのは光輝だった。やたらと煤けている。髪もボサボサで、衣服も割とボロい。
「な、南雲。け、怪我はないか?」
「あるわけねぇだろ」
「そ、そうですよね!」
思わず敬語になっちゃう勇者。だって、今この瞬間も精神力をガリガリと削ってくれている殺人眼光の主――魔王ハジメさんが直ぐ隣にいるから。隣からジト~とした正妻様ばりのジト目を送ってくるから。超不機嫌な様子で。
そのハジメもまた微妙に煤けている。髪もボサッとしている。衣服は光輝のそれと比べものにならないくらい頑丈なものであるから、ほつれの一つも見当たらないが、傍から見るとあれである。
そう、コント番組で爆発オチに叩き込まれた芸人。
「い、いやぁ~、それにしてもビックリしたな! いきなり爆発なんてな!」
「……」
「あ、でも、あれだ! 南雲的に、自爆はロマンだし――」
「ア゛?」
「なんでもないです」
場の雰囲気が変わらない! 光輝は自然と正座に移行した。
なぜこんなことになっているのか。その原因は光輝が口にした通り、襲いかかってきたSF全開な機械兵達の自爆にあった。
魔王の銃撃と勇者の剣撃は、苦もなく彼等を穿ち、あるいは両断して全滅させたのだが……最後の一体が破壊された直後、全ての機体がピッピッピッとありがちなカウントダウンを響かせたのである。響かせちゃったのである。
あ、やべ……と二人が表情を引き攣らせた刹那、案の定というべきかお礼参りが発動。閃光と爆炎と衝撃波が空間を容赦なく埋め尽くし、ハジメと光輝は咄嗟に伏せたかいもなく強制錐揉み飛行させられたのである。
結果、魔王と勇者の頑丈さは普通の人間のレベルを遥かに凌駕しているため揃って無傷ではあったのだが、爆破コントを受けた芸人の如き愉快な有様になるのは避けられなかったというわけだ。
なんとも居たたまれない空気が流れる中、起き上がった二人は召喚された台座の縁に腰掛け、しばし無言。
そうして、ハジメが改めて懐から羅針盤を取り出して深い溜息を吐いたり、宝物庫を見つめながら試行錯誤したり、何やらいろいろ検証して一拍。強烈なジト目が光輝に突き刺さって現在に至るのである。
ハジメは、神妙な顔付きと冷や汗をお供に正座待機している光輝に少し溜飲を下げ、おもむろに溜息を吐いた。光輝くん、思わずビクッとする。まるで肉食獣を前にした小動物の如く。
(はぁ……いつまでも八つ当たりしていてもしょうがねぇな)
視線を外し、ボサボサ髪を更にボサッボサにするかのように頭を掻くハジメ。
面倒に面倒が重なった現状、実に腹立たしい。だが、そもそもの原因は光輝のタックル召喚巻き込みにあるとはいえ、後から魔力を消費して探し、更に連れ帰るというプロセスを嫌って巻き込まれてやったのは自分の判断だ。まして、自爆はロマンと豪語する自分が、自爆オチを失念していたのは自業自得。
なので、光輝にジト目を送って地味に精神力を削っているのは、ハジメ自身が認める通り八つ当たりだった。気持ちを切り替え、ハジメは億劫そうに口を開いた。
「おい、トラブルホイホイ勇者」
菫お母さんと愁お父さん辺りが聞いたら「超ブーメラン! ププッ」と吹き出すこと請け合いの呼び掛けに、
「すみませんでした。出来心だったんです。殺さないでください」
華麗な土下座で応える勇者様。これまた菫お母さんと愁お父さんが「素晴らしい土下座」「ここ十年で一番の土下座」「ほどよくキレがあり、それでいて流麗さを失っていない見事な土下座」と評価しそうである。南雲家のお家芸であるが故に。
ハジメ、再び深い溜息。
「話が進まねぇからさっさと頭を上げろ。処遇は帰ってから……ユエに決めてもらう」
「俺に未来はなかった」
旦那を全力で巻き込んだ相手に、果たして正妻吸血姫様のお仕置きはいかなるものとなるのか……想像して、より悲壮な表情になってしまう。
「とりま、現状認識を共有するぞ」
「分かった」
光輝は数瞬、考える素振りを見せて口を開いた。
「今、一番重要なのは魔力霧散現象だよな? 自然の魔力も全く感じないし……南雲、羅針盤とか宝物庫を弄ってたけど……やっぱりか?」
「ああ、発動しない」
正確には、羅針盤を発動させられるほどの魔力がない。概念魔法式のアーティファクトは、ただでさえ消費魔力量が桁違いだ。ライセンより遥かに強力な魔力霧散現象が発生しているこの場所では、魔力量によるごり押しでも難しい。
「宝物庫から魔晶石を取り出すにも一苦労だ。どっちにしろ、今持っているストックを全部使っても全く足りねぇ」
宝物庫は、取り出す物体の大きさや重量に魔力消費量が比例している。魔晶石など、せいぜい指先程度の大きさだ。それでも取り出すのに一苦労と聞いて、光輝の表情が険しくなる。
「〝難しい〟のレベルか? それとも〝無理〟のレベルか?」
「ライフル以上の大きさで半分以上持っていかれる。取り出しの時点で魔力を失ってちゃあ本末転倒だ。中型以上のアーティファクトは実質的に〝無理〟というべきだろうな」
「南雲の手札がほとんど封じられた状態じゃないか……」
宝物庫から飛び出す強力無比にして千差万別のアーティファクト。量産された数多の切り札とその物量、そしてそれらの使い分けこそハジメ最大の力だ。それが、実質的に封殺された。
その事実に、光輝の顔色が悪くなる。
直ぐに帰還できるよう、なるべく面倒をかけないよう、敢えて一緒に召喚されたというのに、これではただハジメを窮地に追い込んだだけだ。責任を感じずにはいられず、自然と膝の上の手が固く握り締められる。
そんな光輝の様子に、しかし、ハジメは気にした素振りも見せずあっけらかんと続ける。
「で、だ。問題は魔力霧散現象がここ限定なのか。この世界自体の特性なのかってところだ」
「あ、ああ……」
「つまりだ、俺達がすべきなのは、この空間がどういう場所なのか。外に出れば魔力霧散現象はなくなるのか。それを確認することだ」
「そうだな……」
魔力霧散現象さえなければ残存魔力で転移できるかもしれない。世界の距離、隔たりの強さ次第だが、少なくとも可能性は広がる。
思考を回転させているのがよく分かる真剣な眼差しで、真っ直ぐ前を見つめながら蕩々と考えを口にするハジメの姿に、光輝の表情が僅かに和らいだ。
「仮に魔力霧散効果が世界の特性だとしても、まだ手はある」
「そう、なのか?」
「ああ、電力だ」
首を傾げる光輝。トータスで活動していた光輝はまだ知らないのだ。ハジメが電力を魔力に変換する方法を確立したことを。そして、それがトータスで光輝が召喚されたことを知る直前にやっていた〝帰還者一周年パーティー〟でお披露目されたことも。
その辺りを説明され目を丸くする光輝を置いて、ハジメは唐突に立ち上がると、とある機械の残骸へと寄っていった。
「見ろ。俺達を召喚したこの機械の部品だ。これ、構造的にコンデンサに見えないか?」
「いや、コンデンサの構造なんて知らないけど……そうなのか? あ、でも待てよ。さっきの機械兵も斬った時にスパークしてた……」
「だろ? おそらくというか十中八九、奴ら電力で動いてる。この召喚の機械もだ。この世界はSFじみているが、その主要エネルギーは地球と同じで電力なのかもしれない」
「そうか! だとすれば、南雲の技術で魔力に変換して……」
「そういうことだ。錬成がまともに使えないからここにあるコンデンサとかは修理できねぇが、どっかに発電施設があるだろう。そこから根こそぎ電力を奪ってやれば魔力霧散現象の中でもごり押しでいけるはずだ。できれば原発クラスの施設を強奪してやりたいところだが」
「ナチュラルにとんでもないこと言ってるけど、この際、目を瞑る!」
見えた希望に、光輝は大きく息を吐いた。同時に、苦笑いが生まれる。自分が自責の念に駆られている間に、逆境の中でも希望の光を見つけ出すハジメに。
そうだったと、改めて思う。こいつの中に諦めや停滞という概念はないんだったと。
生きることに、目的を成し遂げることに、その思考は一瞬も停滞せず、絶望は踏みつけられ、障害は不敵に笑い飛ばされ、活路は必ず掴み取られる。
それが、南雲ハジメ――魔王なんて異名で呼ばれ、神すら殺してみせた男。
まるで、自責の念に囚われている暇があるなら、まず行動しろと笑われているような気がして、光輝は苦笑いを深めた後、パンッと自分の頬を叩いて活を入れ直した。
「……精神的に自分を追い詰めるのが好きなうえに、物理的な自傷まで好みとか……お前、やっぱりティオかよ」
「誰がドMの変態だ! 気合いを入れ直してたんだよ! 分かるだろ!?」
蔑み全開の目を向けられて、光輝の気合いはあっけなく怒りに転換された。ハジメがちょっと距離を取ったのもすごく心外である。
咳払いを一つして気を取り直した光輝は、話をまとめにかかった。
「とにかく、今は魔力霧散現象の範囲と発電所の所在確認のために外に出ることを目指すってことでいいんだよな?」
「あん? 確認作業はここでできるだろ」
「え?」
光輝が首を傾げる中、ハジメはおもむろに部屋の隅へと歩き出した。そして、機械の残骸の山を義手で適当に放り投げつつ崩していく。
「何してるんだ――って、あ!?」
「忘れてたのかよ」
ズボッと掘り出されたのは、爆発で機械と仲良く吹き飛び下敷きになっていた男だった。ざんばら髪のジャスパーと呼ばれていた男である。頭から血を流しており、完全に脱力してぐったりしている。
「た、大変だ。容態は!?」
SFチックな機械兵士との戦いでド忘れてしていたことに歯がみしつつ、光輝は駆け寄った。同時に、ふと思う。忘れてなかったのに、南雲ってば情報共有を優先して今まで放置していたのか……と。顔を引き攣らせずにはいられない。
ハジメは、男の脇に膝を突いて容態を見始めた光輝をスルーして、
「おいこら、何スヤァしてんだ。さっさと起きろ」
義手ビンタを炸裂させた。しかも往復だ。ジャスパーの顔が右に左に激しくブレる。しかし、目を覚まさない。むしろ、余計にぐったりしたように見える。
「ちょっ、追い打ちをかけるなよ!」
「……おかしいな。叩けば普通、起きるもんなんだが」
「壊れかけのテレビじゃないぞ!」
「角度の問題か?」
「お願いだから話を聞いてくれ!」
話を聞いてくれるらしい。ハジメの振りかぶられた義手が静かに下ろされる。
「どうすんだよ。回復魔法なんざ無理だろ? 最上級クラスを余裕で超える魔力量が必要だぞ?」
「うんまぁ、黒王との戦いからほとんど回復してないから、そもそも初級魔法がやっとなレベルしか魔力が残ってないんだけど……」
「はぁ、しょうがねぇな」
ハジメは溜息を吐くと、義手に視線を落とした。途端、肩口付近がカシュンッと開き、小さめの容器が顔を覗かせる。どうやら緊急時に備えて仕込んでいた回復薬らしい。
本当に用意周到だな!っていうか、持ってるなら起こす方法に躊躇いなく暴力を選ぶなよ! と、光輝は心の中でのみツッコミを入れる。
「介抱は任せたぞ。その間に俺は装備を整えておくから、そいつから目を離すなよ?」
「装備? あ、ああ、そうか、いつもみたいに宝物庫使えないもんな……その、こうなったのも俺が巻き込んだからだし、いざって時は、南雲は俺が守る――」
決意を滲ませて真剣に言う光輝。必然、ハジメは全身に鳥肌を立てた。まるで、おぞましいものを見た! と言いたげなドン引き顔で。
光輝は速攻で言葉を止め「いや、なんでもないっ。なんでもないからドン引きするな!」と言い直しつつ、釈然としない顔付きでジャスパーの介抱に取りかかった。
そんな光輝へ、なんだかブルックの町に巣くう某服屋の怪物を前にしたみたいな警戒心たっぷりの目を向けつつ、ハジメは深呼吸を一回。宝物庫に集中する。
まるで線香花火のような微かで儚いスパークが宝物庫を中心に発生した。
「ぐっ……」
小さな呻き声が漏れる。最低限の装備を取り出すだけで湯水の如く流れていく魔力。本当にしゃれにならないと苦い表情を浮かべつつも、どうにか許容範囲の魔力消費で取り出せるものをあらかた召喚していく。
淡い紅色の光と共に、ドンナー&シュラークの弾丸がパラパラと出現した。同時にタクティカルベストや弾帯(弾丸を帯状に収納できるベルト)、弾丸装填済みのシリンダー、ジッポライターサイズの各種手榴弾、義手外付け用の縦長六角形をした小型の盾(腕輪のように装着)、ナイフや謎の液体が入った試験管複数個、その他諸々&なぜかヴァイオリンケースも出現。
そして、
「んぬぉおおおおおおおっ、あとこれだけはぁーーーっ」
「な、南雲!? 大丈夫か!? 何を出したいんだ!?」
あまりに気合いの入った雄叫びに、光輝は思わずバッと振り返って尋ねた。
その答えは、真紅に輝く空中の光の中から。
どこかぬるりっとした動きで脚が飛び出す。一本、二本、三本と、どう見ても虫の脚が。
「気持ちわるっ!? 南雲! 本当に何を出す気なんだ!?っていうか、宝物庫の中にいったい何を飼っているんだ!?」
ズリズリッわしゃわしゃと、まるでおぞましい怪物が現世へと這い出ようとしているかのような名状し難き気持ちの悪い動きで、徐々に姿を見せるそれは……
「出てこいやぁっ! エガリ&ノガリィイイイイイイッ!!」
「名前!? 名前を付けてるのか!?っていうか何その名前!」
光輝のツッコミを無視して顕現した八本脚の金属製手乗り蜘蛛二匹――そう、中身の存在が常に物議を醸し出す蜘蛛型アーティファクト。
「「イ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ!!!」」
エーアスト(仮)こと〝エガリさん〟と、ノイント(仮)こと〝ノガリさん〟だ! 揃って前脚(?)で万歳している。参上! を示すポーズなのか。
「ぜぇぜぇ……どうにか最低限の装備は取り出せたな」
「疲れてるところ悪いけど、この蜘蛛型ゴーレム?で俺の足をチクチクするのやめてくれないか?」
「俺はやってない。そいつらが勝手にやってるんだ」
「勝手にやってるってなんだ!?」
「中身が神の使徒だったエーアスト的な何かと、ノイント的な何かなんだよ」
「中身!? 中身って何!? 神の使徒!? 〝的な何か〟ってどういうこと!? いや、そうだ! グリフォン型のグリムリーパーもなんか凄い自由だった! どういう構造してるんだよ!」
「あっちの中身はただの悪魔だ」
「〝ただの〟の使い方間違ってないか!?」
「大罪戦隊の中身が大罪の七柱なんだから、面接で厳選したとはいえ量産型グリムの中身は平の悪魔で間違いないぞ」
「ダメだ! もうツッコミが間に合わない! 俺がトータスに戻った後、いったい地球で何があったんだ……」
遂に頭を抱えて蹲ってしまった光輝くん。常識のキャパオーバーを起こしたらしい。そんな光輝の頭の上に這い上がって、エガリ&ノガリさんはなぜかプスプスと前脚を突き刺している。勇者に何か思うところでもあるのだろうか。
光輝が必死に削られた正気度の回復を図っている間に、ハジメはコートの内側にタクティカルベストを身につけ、ヴァイオリンケースを背負い、ベルトを弾帯に変え、それらに弾丸や各種装備をセットしていく。
そうして、エガリ&ノガリさんがようやく満足したのかハジメの両肩にそれぞれ飛び乗った時には、普段とは異なる物々しい装備姿のハジメがいた。
「……最後に、これだけ聞いていいか?」
「なんだ?」
のろのろした動きでどうにか立ち上がった光輝が尋ねる。
「なんでヴァイオリンケースなんて持ってるんだ?」
「ロマンだからだ」
「ろまんだからなのかー」
「本当はギターケースタイプが良かったんだが、大きさと重量の関係上、やっぱり無理だった」
「そうなのかー」
もう、わけが分からないよ……と乾ききった目で虚空を見つめる光輝。
「で、目を覚ましそうか?」
「いや、全然反応がない。傷口は塞がったようだけど……これは……もしかすると、衝撃による脳震盪だけが原因じゃなくて、元から相当疲弊していたのかもしれない」
「ああ? 疲れてて起きれませんだと? 良いご身分じゃねぇか」
「直ぐにキレるのやめてくれるか!? あ、おいこら! 足を振り上げるな! 踏む気か!? やめろぉ!」
と、その時、ハジメと光輝のコントじみた空気が瞬時に戦闘時のそれに切り替わった。ほぼ同時に明後日の方向へ視線を向ける。
「チッ。増援か?」
「どうする?」
「敵の総力が分からない以上、積極的交戦は避けたいところだ」
先ほど機械兵達がやってきた通路の奥から何かが迫ってきているようだ。それも、先程の機械兵とは似て非なる大きな気配が。
「そいつに話を聞いてる時間はねぇな。取り敢えず振り切るぞ」
「こうなるとまだ目を覚まさない方が得かな。パニックになって暴走したり、隙を突いて一人で逃げ出そうとしたりされたら厄介だし」
「しっかり担いどけよ」
光輝は頷き、ジャスパーを肩に担いだ。その間に、ハジメは手榴弾の一つに極細のワイヤを結びつけ、敵が迫る通路の入り口にブービートラップを張る。
そうして、二人は召喚者達が逃げ出した通路の奥へ一気に駆け出した。
しばらくして、背後から盛大な爆発音が反響してくる。
「それほど足止めになってねぇな」
「気配もあまり減ったように感じない」
真っ暗な通路を凄まじい速度で駆けるハジメと光輝は顔を見合わせた。明かりは皆無だが、二人の足取りに乱れはなく、お互いの怪訝な表情もよく見える。ハジメは持ち前の〝夜目〟で、光輝はハジメが貸与したサングラスの暗視機能でしっかりと視界を確保しているのだ。
「エガリ。ネットを張れ」
「イ゛イ゛イ゛!」
ハジメの命令に従い、エガリが尻から凄まじい勢いで糸を吐き出した。壁や天井、そして床が瞬く間に見えないほど細い糸でジャングルジムのように被われていく。奈落に棲息している本物の蜘蛛型の魔物から採取した粘着質な糸だ。先程の機械兵程度なら容易く絡みつき拘束できる代物である。
ノガリさんが何やら前足でハジメの頬をプスプスし始めた。なんだか「主、私への命令はないのですか? エガリファーストなのですか?」と言ってそう。
一応、敵に追われている緊迫した状況なのだが、そんな光景を見せられるとなんとなく気が抜ける。光輝は、苦笑いを浮かべつつ軽口のつもりで尋ねてみた。
「なぁ、南雲。なんでこの暗視のアーティファクト、サングラスなんだ? 暗い場所で使うのを想定して作ったんだよな?」
「とある人物への支給品……の試作品だ。そいつはサングラスとターンをこよなく愛しているんだ」
「……地球人の話だよな?」
「地球人の話だ」
「……変わった趣味の人もいるもんだな」
「いるもんなんだ」
地球が実はファンタジーに溢れていたなんて知らない光輝は、なんとも言えない表情だ。まさか、その変わった趣味の人が同級生だとは思いもしない。
そうこうしているうちに、通路の先に明かりが見えた。炎の揺らめきだ。おそらく、召喚者達が持っていた松明のものだろう。
一瞬、顔を見合わせたハジメと光輝は更に加速し――
そして、惨状を目にした。
「なっ、これは!?」
「チッ。機械兵に先回りでもされたのか?」
バケツをひっくり返したような血飛沫で彩られ、誰も彼もが倒れ伏し事切れた、凄惨な虐殺現場がそこにはあった。
ハジメと光輝は条件反射のように聖剣とドンナーを手に取る。と、同時に、二人の直感にけたたましい警鐘が鳴り響いた。
ハッと頭上を見上げる暇もなく、左右に分かれる形で飛び退く。
刹那、それは降ってきた。まるで重さを感じさせないズルリッとした動きで。
「おいおい、なんだこりゃ」
「……寸前までなんの気配も感じなかった」
天井から降ってきたそれは、敢えて既存の生物に例えるなら〝ヒトデ〟だった。ただし、三メートルほどの巨体で上下にも腕があり、かつ、鉄色の流体物質で構成された、という特異性はあるが。
そのヒトデモドキが、不意に二本の腕先をハジメと光輝に向けた。再び鳴り響く脳内の警鐘。直感に従い光輝は回避。ハジメはバックステップで距離を取りながら胴体の中心に向けて発砲した。
光輝とハジメが直前までいた場所の床が、腕先に貫かれてあっさり穴を空ける。金属製の床であるにもかかわらず、ガンッと硬質な衝撃音が響いた。
更に、ハジメの放った弾丸は、確かにヒトデモドキの胴体部分を吹き飛ばしたのだが……
「マジかよ……まさか流体金属なのか?」
ビシャッと飛び散ったヒトデモドキの一部は、床に落ちるなり水が流れるような動きで本体へと戻り、そのまま取り込まれてしまった。吹き飛ばした部分も、瞬く間に元通りになっている。
よく見れば、胴体の中央から腕の末端に掛けて青白い光が高速で行ったり来たりしていて、いかにも電気信号でも巡らせているように見える。
ますますSFじみてきた……と、ハジメも光輝も揃って微妙に頬を引き攣らせた。
だが、押し寄せるぶっ飛んだ現実に遠い目をする暇は、当然の如く与えてはもらえない。ヒトデモドキが転がるようにしてハジメへと急迫。流体故の不規則で捉え難い動きに加え、体のどこからでも自由に出し入れできるらしい腕先が逃げ場を塞ぐようにして射出される。
「南雲!」
「落ち着け」
腕先の刺突を紙一重で回避し、直後、体積を広げて高波のように呑み込まんとしてきたヒトデモドキに、ハジメは背中に背負ったロマン――ヴァイオリンケースを素早く手に取って、その取っ手のボタンをポチッとした。
そうすれば、ケースの先端からバシュッと音を立てて飛び出したミサイルがヒトデモドキのど真ん中に炸裂。空気を消し飛ばすような轟音と共に、凄絶な破壊を撒き散らす。
まるで、巨大な生物の顎門にごっそりと抉り喰われたように、体の半分を消し飛ばされたヒトデモドキ。その体を構成する流体金属が血肉の如く雨となって辺りに飛び散る。
「セオリーなら液体窒素で冷凍するんだろうが……」
「あ、ああ。あの映画か」
至近距離でのミサイルの爆破。その余波を受けたはずのハジメが、義手を前にかざしながら苦い表情で言う。あの外付けの小型盾が上半身を丸ごとカバーできる大型盾に変形している。かと思えば、直後にはカシュンカシュンと内側にスライドしていき、元の小型盾に収まった。どうやら可変式の盾だったようだ。
「しまったな。液体窒素自体は持ってるんだが、大型ボンベなんだよな……魔力消費が割に合わない」
「本当になんでも持ってるな」
ヴァイオリンケースの中身が兵器満載らしい点についてもツッコミを入れたかった光輝だが、体積の半分を吹き飛ばされてなお、一時的に機能停止しているとはいえ飛び散った液体金属を集めて再生しようとしているヒトデモドキが目の前にいるのでお口にチャックする。
「魔物みたいに魔石があればいいんだけど……」
「魔眼石には反応ねぇな……」
錬成が使えるならどうとでも出来そうなものなのに……と、しかめっ面になるハジメ。光輝も難しそうな思案顔になる。が、そこで、ハジメが「お?」と気が付く。
「熱源感知で見ると、一段と熱を持っている部分があるな」
試しにと、シュラークを抜いて撃ってみる。すると、ヒィインという独特の音を微かに響かせて、体全体に走っていた青白い光が消滅。更に、盛り上がりながら再生していた体が液体になってビシャッと床に広がった。
「なるほど。殺し方は分かったな」
「それにしても、これはいったいなんなんだ――」
と検証している間に、ヒィインと音が。途端、通路の奥から二体のヒトデモドキが出現。どうやら追跡者の正体は同じヒトデモドキ達だったらしい。
「天之河、サングラスの右テンプル部分をタッチしろ。サーモグラフィモードになる」
「べ、便利だなぁ」
倒し方は分かった。二体程度ならどうということもない。取り敢えず、この二体だけでも速攻で片付けよう。
そう思って、ハジメは熱源に向けて発砲。光輝も、人一人を肩に担いでいるとは思えない流麗な動きで接近し、聖剣を振り下ろす。
そして、鳴る。
カァンッという金属音が。二回ほど。
「「……」」
熱源部分を守るように、流体金属が硬質化したらしい。それも相当な硬度を誇る金属に。そう言えば、腕先が金属の床を貫いてたね。そりゃあ、先っぽが流体じゃあそんなの無理だよね。と納得。
納得ついでに、床や天井の隙間からにゅるりっと鉄色の液体が流れ込み……あっという間に十体以上のヒトデモドキが。
そして、挨拶代わりの一斉攻撃。四方八方から剛槍と化した腕が伸びてくる。
どわっと微妙な悲鳴を上げて回避しつつ、ハジメが再びヴァイオリンケースミサイルで数体を吹き飛ばし、光輝がスッと眼を細めて斬鉄して道を切り開き、別の通路を背後に肩を並べる。
とはいえ、そのまま背を向けて一本道を進めば、背後から槍衾を喰らうのは必至だ。情報源の男がいることも鑑みれば、それは避けたい。
険しい表情で蠢くヒトデモドキを睨む光輝が、静かに尋ねる。
「どうする、南雲。まぁ、覚悟を決めるしかないと思うけど」
「そうだな。覚悟を決めろ」
静かに頷く光輝。
ジリリと迫るヒトデモドキ。
そして、
「天之河!」
「ああ!」
「ここはお前に任せて先に行く!」
「エッ!?」
バッと隣に視線を向けた時には、既に魔王さんはいらっしゃらなかった。ババッと背後を振り返れば、サムズアップしながらピュ~~ッと駆けていく魔王の背中が……
加えて、ふっと軽くなる肩。見れば、天井に張り付いたエガリさんが、糸でぐるぐる巻きにしたジャスパーを回収している。
そして、そのまま「ノガリちゃん、ぱぁ~~す!」と言っているかのようなコミカルな動きで放り投げ、自らもスパイダーマ○よろしく天井に糸を飛ばして遠心力で飛んでいく。しかも、腹と足先からアフターバーナーを噴かせて加速までしている始末。
もちろん、中継地点の天井に張り付いていたノガリさんも「エガリちゃん、ないぱぁすぅ!」と言っているかのようなコミカルな動きで簀巻きジャスパーをキャッチ。そのまま遠心力を利用して前方へ放り投げれば、ハジメへと見事にパスが繋がった。
エガリさんもノガリさんも、加速噴射全開でハジメに追いついて肩と頭に着地。呆然としている光輝にビシッと敬礼し、何事もなかったかのように前方へ向き直った。
なんて華麗な人さらい!
当然、逃がさん! とばかりに一斉に襲いかかってくるヒトデモドキの群れ。
そんな状況を前に、光輝は、
「こ、この人でなしーーーーーーーっ!!」
腹の底から思いの丈を叫んだのだった。
そんな勇者の罵倒と、直後に響いてきた「や、やってやるぅ! うぉおおおおっ」という雄叫びを耳にしつつ、ハジメは壁に小型爆弾を投げていく。壁に当たったそれらは阿吽の呼吸でエガリとノガリが糸で壁に貼り付けていく。
そうこうしているうちに、一度は微かになっていた勇者の雄叫びが、間延びしつつも急速に大きくなっていった。
「なぁーーぐぅーーもぉーーっ!!」
怒り心頭。怒髪天を衝くとは、まさにこのこと。みたいな感じで、鬼の形相が背後から追いついてきた。
「どうした天之河。そんな末期の檜山みたいな声出して」
「笑えない軽口はやめろぉっ」
ギュインッと音が鳴りそうな勢いで横に並んだ光輝をさらっと無視し、更に一つ、小型爆弾を床に投げ捨てる。と、同時にタクティカルベストのポケットから何やら端末を取り出した。スイッチが十個ほど付いている。
そのうちの一つをポチッと押せば、後方で爆発音が轟いた。そのまま順次、ポチポチと押していけば、順次、背後から爆音が響いてくる。
「な、なんだ?」
「仕掛けた爆弾を順次爆破してんだよ。あんな数の敵を相手に、情報源守りながらはきついだろ?」
つまり、多対一の定石。逃げながら敵を撃破していく戦法を取るために、一時的な足止めを光輝に任せたということらしい。
「それならそう言ってくれ。危うく死ぬかと思った」
と言いつつも、あの状況できっちり三体ほど狩っている光輝も大概ではある。
「完全に破壊できた確証はないが……足止めにはなったみたいだな」
光輝の抗議をこれまたさらっと無視して肩越しに振り返ったハジメは、追いかけてくるヒトデモドキが四体ほどになっているのを見て一つ頷いた。残りはおそらく破壊できたか、少なくとも再生中でしばらく動けない状態なのだろう。
そんな冷静なハジメに、光輝は溜息を一つ。「こいつはこういう奴だよな。うん、知ってた」と死んだ目をしながら自らを納得させる。
「で、南雲、どこに向かってるのか把握してるのか?」
「してるわけないだろ。とりま、包囲されて飽和攻撃されないよう移動してるだけだ。つか、このおっさんマジでいつまで寝てんだ」
起きれば道も分かるかもしれない。そう思うと、途端にイラッとしてくる。ハジメは肩に乗っているノガリに視線を向けた。
「ノガリ。プスッといっちまえ。鼻の穴にでも溶解液ぶっ込めば激痛で目覚めるだろ」
「ショック死するかもしれないからやめてあげてくれ」
生憎と、エガリ&ノガリが現在実装している薬品は、エガリが〝息子殺し〟〝麻痺薬〟〝チートメイトDr〟、ノガリが〝息子殺し〟〝回復薬〟〝溶解液〟だ。穏便に覚醒系の薬品をセットしていなかったのは痛い。なお、他三本の脚は武器系や便利系ギミックである。
仕方ないので、腕とかで我慢するかと、ノガリさんが溶解液用の脚をウリィイイイッと振り上げる。絶叫を予想して光輝が目を逸らす。
が、それを実行する前に困った事態が目の前に。
「げっ、行き止まりじゃねぇか」
「斬るのは……無理だな」
分厚い両開きの扉が通路を途切れさせていた。見るからに重厚で、隔壁じみた頑丈さが窺える。容易く斬鉄を可能にする光輝が直ぐさまその可能性を捨てる。ハジメも、手持ちの火力では突破できそうにないと頭を振った。
しかも、
「……気配が増えたな」
「再生し終わったのか、増援か」
迫り来るヒトデモドキの数が増加した。
「やるしかないみたいだな。最悪、情報源は放置するか」
ハジメが肩に担ぐ男を見て呟く。
「放置はできない。俺が預かる」
光輝が即座に言葉を返した。
一瞬、視線が交差する。冷徹な魔王の瞳と、静謐な勇者の瞳。
だが、二人の意志が火花を散らす前に、そしてヒトデモドキがその凶器を二人に届かせる前に、不可思議な出来事が起きた。
ウゥンンッと、背後から微かな音が鳴ったのだ。ついで、ギギッと油を差し忘れた機械特有の不快な音を響かせて……
「あ? 開いた、だと?」
「……どういうことだ?」
今度は違う意味で視線が交わされる。だが、決断は一瞬。ハジメと光輝は何者かに誘われている可能性を承知の上で扉の向こうへ飛び込んだ。
扉の向こう側も奥へと通路が続いている。それを確認した直後、再び閉じかけていた隔壁じみた扉の隙間に、ヒトデモドキの腕が差し込まれた。その腕が硬質化し隙間を強引に維持する。
雪崩れ込んでくるヒトデモドキに、ハジメがミサイルを一発撃ち込んで足止めしつつ、二人は通路の奥へ駆けた。
「また扉だ」
通路の先にはまた扉。ただし、重厚感はない。が、やはり強引に開ける必要もなく、ひとりでに開いていく。
更には、枝分かれした先の通路で、まるで先導するように右の通路の非常灯が僅かに明滅した。
「南雲」
「虎穴に入らずんば~っていうだろ? 上等だ」
「そうだな」
言葉少なに、しかし、勝手に開く扉と、唐突に閃く非常灯の明滅を目印に迷い無く駆ける。背後からは依然、執念深くヒトデモドキの群れが追いかけてくる。
だが、その不可思議で緊迫した鬼ごっこは、五分もしないうちに終わりを迎えた。
「南雲! 梯子だ!」
「さて、地上なら嬉しいんだが」
更に加速。そして、そのまま光輝を先頭に駆け上がるようにして足だけで梯子を上っていく。そこでようやく分かったが、梯子の長さは三十メートルを超えていた。
半ばまで上ったところで真下にヒトデモドキの群れが押し寄せた。そのまま腕を壁に突き刺すようにして体を支え、壁を這い上がってくる。
「ノガリ! こいつを持ってけ! エガリ、ネットだ!」
イ゛ィ! といつもの掛け声一発。ノガリが上を走る光輝の肩へと飛び乗ると同時に、ハジメが担いでいたジャスパーを糸で回収。エガリは眼下に向けて大量の蜘蛛の糸を吐き出し即席の足止めネットを張り巡らせた。
粘着質で強靱な異世界の魔物製の糸は極めて厄介だ。いかに変幻自在のヒトデモドキと言えど触れればある程度の足止めは免れない。
そして、その一瞬があれば十二分。右手にヴァイオリンケースを、義手にはシュラークを。
直後に放たれるのはミサイル六発。硬質化しようとも純粋な破壊力を以て吹き飛ばし、一瞬見えた無防備な熱源をシュラークのピンポイント射撃で狙い穿つ。
一瞬で四散し液体金属の雨と成り果てる六体のヒトデモドキ。
「南雲! 出るぞ!」
光輝は天井の蓋を開ける手間が惜しいと、剣線を閃かせた。十以上に裁断された金属製の蓋がバラバラと地面に落ちていく中、光輝は視界を染める淡い光の中へ飛び出した。
「追いかけっこはここまでだ」
追随し、しかし、その身はくるりと反転。背中から飛び出しつつ、ハジメは眼下に向けてヴァイオリンケースを投げ落とした。
数十体のヒトデモドキがおぞましくも苛烈に駆け上がってくる中、ニィッと口元を裂いてドンナーをクイックドロウ。
放たれた弾丸が、ちょうど群れのど真ん中を通過するヴァイオリンケースの一部を貫き――
「くたばれ」
立てられた中指を合図にしたみたいに、今までで最大の轟音と衝撃が迸った。
内蔵されたミサイルの残弾と、元より組み込まれている超圧縮された燃焼石の粉末が、SF世界に最上級炎属性魔法クラスの爆炎と破壊をもたらした。
激震が大地を震わせ、長大な縦穴を一瞬で崩落させていく。必然、周囲の地面も陥没していく。
「流石にこれなら追ってこられないだろ」
「ヴァイオリンケースでこれって……ギターケースバージョンが恐ろしい……」
飛び出したハジメと光輝は崩壊する足場を軽やかに蹴り、いち早く範囲から離脱。そして、噴き上がる粉塵を少し離れた場所から並んで眺める。
しばらく様子を見るが、ヒトデモドキが地面から飛び出してくる気配はない。
思わず、ふぅと溜息じみた息を吐いてしまう。
「それにしても……地上に出られたのはいいが」
ハジメは、改めて周囲を見回し、なんとも言えない表情となった。それは光輝も同じだ。
何せ、どこを見ても、どう見ても……
「ゴミの集積場、みたいだな」
ゴミと瓦礫の山、山、山。ちょっとしたビルほどの高さもあるゴミの山脈で周囲は囲まれていた。空は稲光も走る暗雲が立ち込め、外に出れたというのに薄暗い。加えて、案の定とも言えるが、
「魔力霧散現象に変わりはなし、と」
「世界の特性ってことかな」
再び、揃って溜息が出た。
と、その時、
「ぅ……ぐぅっ……ここは……俺はいったい……」
ジャスパーが目を覚ましたようだ。光輝が地面に横たえる。ジャスパーは意識がまだ朦朧としているようで、しきりに目を瞬かせている。
だが、一拍して周囲の状況を認識した途端、サァッと顔を青ざめさせた。
仕方ないことだ。
だって、蜘蛛の糸で簀巻き状態にされているのだし。
なんか、腹の上に見たこともない金属質な蜘蛛が二匹、「イ゛ィ゛!!」しているし。
そして、
「さて、ジャスパーとやら。お前の選択肢は二つだ。拷問されて吐くか、従順な犬となって吐くか。安心しろ。俺の聞きたいことに答えるまで、決して死なせはしないからな?」
ものすっごい笑顔で、ギュイイイインッとドリルに変形している義手(外付け腕輪の機能)を掲げるやべぇ人がいるし。
ジャスパーはガクブルしながら、涙目で答えたのだった。
「犬コースでお願いします」
同時刻。
崩壊した縦穴に近い地下通路の一角に、仄かな光が発生した。
その発生源は、金属製の球体だった。球体の一部が、まるでモノアイのように光を帯び、キョロキョロと左右に動いている。
その金属球はしばらくの間、忙しなくモノアイを動かすと、ジジッ、ジジジッと微かな作動音のようなものを響かせ、
『――自己診断完了。損傷軽微。システム再起動』
なんて言葉を発した。そのうえ驚いたことに、次の瞬間ふわりと宙に浮き上がった。
滑るように空中を移動した金属球は、瓦礫で完全に塞がった地上への通路をしばらくの間じっと見つめ……不意に言った。
『あ、悪魔みたいな人でした』
誰のことを言っているのかは推して知るべし。爆破に巻き込まれたのなら、そう言いたくもなるだろう。
『とにかく、彼等を見つけなければ』
滑らかな口調、というより妙に人間くさい呟きを発する金属球は、『地上へのルートを再検索』とモノアイを明滅させつつ、瓦礫に背を向けて暗い通路の奥へと消えていった。
『どうか彼等が、私達を終わらせてくれますように』
そんな呟きを、闇の中に溶かしながら。
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※ネタ紹介
・ヴァオイリンケース
映画『デスペラード』のギターケース型の武器がモデルです。
・「液体窒素」「あの映画」
言わずもがな、ターミネーター2のT-1000様。
※コミックガルド更新情報
・本編コミック37話 ティオw
・日常47話 ティオww
・零18話(11月15日分更新) 土下座ミレディは美しい。
⇒ニコニコ漫画で16話が無料で見れるのですが、神地先生の描くエーアストを見た後だと、エガリの中身と同じとは言い辛いw




