トータス旅行記⑱ 優花はダークホースなり得るか調査会
一ヶ月以内の更新ができず、すみませんでしたっ。
ようやく書籍の執筆作業が落ち着いてきたので投稿します。
前回までのあらすじ
・ニュー○ライザー・ニュー! してウル民を誘導。
・水妖精の宿のオーナー、魔王に尊敬される。
・お部屋見学していると、おや? 優花の様子が……
・調査せねばなるまい!
↑ 今ここ
発足してしまった〝優花はダークホースとなり得るか調査会〟。
宮崎奈々にハジメのことで揶揄され、あたふたしていた優花を見れば、確かにユエ達としてはいろいろ確認したい気持ちにもなるだろう。
なんてことを部屋の隅で、
「ハジメさん、聞いているんですか?」
「あ、はい」
正座しながら思うハジメ。目の前には魔王みたいに迫力のある笑顔を見せてくれているレミアママがいる。膝が触れ合う距離で、笑っていない目で真っ直ぐにハジメを見ている。
「最近のミュウの言動は、正直、目に余ります。パパとして、バレなければ合法なんて言葉はいけないと思いませんか?」
「あ、はい。いけないと思います」
「ほら、今だって室内なのにサングラスをかけているんですよ。見てください、まるで小さなギャングです」
「いや、室内でサングラス=ギャングはちょっと短絡的――」
「何か?」
「いえ、なんでもないっす」
くどくど、せつせつ。最近、いろいろ言動がスタイリッシュになってきたミュウのことを、よほど心配していたのだろう。溜まっていたらしい鬱憤が、レミアの口から洪水みたいに吐き出される。
普段はおっとりふわふわな雰囲気ばかりのレミアさんであるから、ハジメは、これは甘んじて受け止めねばと神妙な顔付きで話を聞く。
神殺しの魔王が正座で説教されるという衝撃の光景を見て、新教皇シモンや、リリアーナは、「これ、絶対他の人には見せられません」と目配せで了解し合い、重大な秘密を抱え合うことを誓ったのだった。
それはそれとして、あたふた優花の方だが……
「ん~」
「……うぅ」
何やらユエと香織を唸らせていた。別に、あ、これマジでダークホースだ! 第二の雫ちゃんだ! となっているわけではない。
むしろ逆だ。
雫と愛子が、静かな納得の表情で呟くように口を開いた。
「まぁ、それはそうでしょうね……」
「ですね。私も、まだ心の整理がついていませんでしたし……情けない話ですが、園部さん達と十分な話し合いができていたとは……」
視線の先の過去映像――奈々の優花に対する『南雲っちを異世界美少女から奪えないよ!』発言より前に戻した時間軸――の中には、どこか沈んだ表情の優花達がいる。
実は、先の発言は、元より暗く沈んでいた部屋の空気を変えるための奈々の空元気、あるいは優花と妙子を気遣って無理やりでも空気を変えようとしたため、だったようだ。
その理由は、この過去の時間軸が、ハジメ達の去った後――つまり、清水が死んだ後だったから。
その時の事情やハジメ達の心情は、フォスとの挨拶の際に語られている。だから、この場にいる者達は客観的に見ることができている。
だが、優花達からすれば目の前で起きた信じ難い出来事なのだ。当事者なのだ。
『南雲っち……怖かったなぁ』
奈々の、ぽつりと零れたその言葉こそ、まさに彼女達の、そして隣室の敦史達の偽りのない気持ちだったのだろう。クラスメイトが、クラスメイトを殺したのだ。当然と言えば当然である。
いくら清水という人間の暴挙に、同情の余地のない憤りを感じていようと。いくら、ハジメ達がいなければ、今頃自分達も死んでいたに違いないと頭では分かっていても、目の前で知っている人間が殺されたのだ。怖いものは怖い。
『南雲……変わっちゃったのかな……』
優花もまた、心を零すように呟く。それは見た目や強さのことではなく、心のこと。人としての在り方のこと。
『前は、なんかいっつもヘラヘラしてる奴だったのにね、南雲っちって』
『なんていうか、へたれな感じ? 檜山達に何をされても、全然反論しなかったしね』
『今、思い出すと、怒ってる姿すら見たことないよ』
自分達の知るハジメを、ぽつりぽつりと語っていく三人。優花達の語るハジメは、どこまでも暴力とは無縁の少年だった。暴力を振るうくらいなら、振るわれた方がまし。へらりと笑ってやり過ごす。受け流す。柳の木みたいな男の子。
その話に耳を傾けながら、香織や雫、そして愛子は懐かしそうに目を細める。菫と愁も目を細めて、部屋の隅を見やった。いつの間にか説教が止まっていて、ハジメ達も過去映像を見ていた。ハジメが菫達の視線に気が付いて、肩を竦める。
映像は流れ、しばらくの間、優花も奈々も妙子も、自分の中の感情を整理するように沈黙し続けた。
そうして、あまりに重い空気に、基本的に深く考えないお調子者のきらいがある奈々が耐えきれなくなって、徐々に明るい発言をしていき、最終的に先の言動へと繋がっていった。
映像はそこで一度切れる。智一や八重樫家の面々は難しい表情に、薫子や昭子はなんとも言えない表情になっている。
「ま、こんなもんでしょう。俺のしたことを考えれば、むしろ忌避感を抱いていないだけ驚きです」
「ハジメ君……」
親達に向けた言葉に、智一を筆頭に、誰もが複雑な表情になった。
「で、でも、この後、私はハジメくんの真意に気が付いて、園部さん達にも説明しましたよ!」
「いや、愛子。別にフォローの必要はねぇから」
あたふたと言い募る愛子に、ハジメは苦笑いを浮かべる。人を殺したのだ。誰も彼もが受け入れるなど、それこそホラーだ。内心に恐怖を抱いていて、あるいは拒絶感を持っていたとしてもなんら不思議ではなく、むしろそれが普通だ、と語りながら。
それを聞いて、更に複雑な表情になる面々。ハジメは苦笑いを深め、特に親達に向けて更に言葉を重ねた。
「聖人を気取るつもりはありません。万人によく思ってもらいたいなんて微塵も思わない。自分がしたことには正当性があるなんて、いちいち主張する気もない。当時の俺にとって、必要だったからそうした。それ以上でも以下でもないんです」
その結果として起こることは、受け止める。降りかかる火の粉に対しても、自分は必要なことをする。それだけ。
そう締め括ったハジメに親達は顔を見合わせ、最後に愁と菫を見て、二人が息子にしょうがない子を見るような、それでも受け入れていると分かる、そんな表情を向けているのを見て、大きく息を吐いた。
思うところは多々あるが、それは今後、ゆっくり語り合っていけばいいと、そう納得したみたいに。
この旅行は、ハジメの在り方について是非を論じ、裁判をするための旅ではないのだ。ただ身内になるかもしれない相手のことを知っておきたい、壮絶な旅の中で何を考え、何をしてきたのか。知った上で受け止めたい。そういう想いで参加した旅行なのだ。
そして、それはハジメだけに限らず、自分の子に対しても同じ。
だから、親達は口を閉じ、肩から力を抜いて頷いた。
「とにかく、これで分かったろ? 園部のことで邪推すんのはもうやめとけ」
全員が、感情を自分なりに落とし込んだと見て、ハジメはここでの見学を終わろうと促す。
なるほど、今の場面を見れば、優花ちゃんダークホース説を検証する必要はないだろう。
だがしかし、そこで待ったをかける者達が……
「……むぅ。どう思いますか、香織さんや」
「異議あり! 決戦が終わった後の優花ちゃんの態度から、この場面だけで判断するのは尚早かと思います!」
「……ん。異議を認めますっ」
「お前等、空気読めよ」
あえて空気を読まない魔王がなんか言ってるぅ~みたいな表情で、ユエと香織はハジメをスルーした。否、二人だけではない。リリアーナも挙手しながら前に出てきちゃう。
「はいっ! 私もそう思います! 王宮に戻ってきてからの優花さんの言動は……怪しいの一言に尽きます!」
もちろん、愛子も犯人を推理する探偵みたいな顔で、顎に手を当てつつ言っちゃう。
「確かに。ハジメくんの旅に便乗して帝国に向かったリリィさんが、ハジメくんに〝ゲート〟で王宮の食堂に投げ返されて来た時も……帝国でのハジメくんの話を聞いて不機嫌そうでした! 特に一緒にダンスを踊った話の時なんか、すっごいジト目でリリィさんを見てましたね!」
犯人はお前だ! と言わんばかりの確信が宿った声が響く。
すると、同じくティオが、両手を組んで口元を隠し、わざとらしい空中ゲンド○ポーズをしながら指摘した。
「そう言えば、さっきシモン教皇殿が言っておったのぅ――『姫様に相談いただいたのは、〝優花嬢ちゃん〟と愛子殿の語る相手がハジメ殿だと知った後でしたのでなぁ』と」
「あ、そういえば言ってましたね! 優花さんがハジメさんのことでシモンさんに相談することなんて……もう、そういう話しかありませんもんね! シモンさん、もげろって言ってましたし!」
シアが、「真実は一つですぅ!」とシモンを見やると、シモンは視線を逸らし、口を噤んだ。
「相談内容をペラペラしゃべるほど、わしは落ちぶれておらん!」
「さっき私の相談内容ペラッペラしゃべってましたよね!?」
愛子から鋭いツッコミ。しかし、シモン教皇は明後日の方向を向いたまま、「はて? わしはどうしてここにいるんじゃったか……」と急に呆けた振りをし始めた。一陣の風となって失踪できるハイスペックジジイなのは周知の事実なので、無理がありすぎる。
「……シモン教皇」
「な、なんじゃ」
ずいずいっと迫ったのはユエ様。そのデフォルトのジト目が、いつもよりジト目。ただ見ているだけなのに、相手を無性にそわそわさせてしまうという、既に魔法の領域にあるといっても過言ではない超ジト目だ。
動揺して後退るシモンに、ユエ様は命じる。
「……吐け」
「い、いやじゃ! わしの体の半分は誠実でできておるんじゃ! 乙女の相談事を口にしたりはせんっ」
「シモンさん、それはつまり、私は乙女ではないと? いえ、まぁ、別にいいんですけどね? 私、年長者ですし? 乙女という言葉にこだわるような年齢でもないですし?」
愛子の目からハイライトが消えている。紅玉のジト目と単一色の目がシモン教皇を追い詰める! でも、意外にしぶといシモン教皇!
ユエは嘆息して、直後、キランッと瞳を輝かせた。
「おい、ユエ。もういいだろ。さっさと――」
「……ハジメ。ちょっと出かけてくる。直ぐ戻る」
「え、おい、ちょ――」
言い終わる前に、ユエの手がガシッとシモン教皇の腕を掴んだ。かと思えば、二人してシュンッと消える。どこかへ転移したようだ。ある意味、教会のトップが失踪した状態なのだが……いつものことなので大丈夫、かもしれない。
「ハジメ、ユエちゃんどこに行ったのよ」
「たぶん……王都じゃねぇかな」
「片手間で王都まで転移できるのか……すごいな」
南雲一家がそんなことを話している間に、香織が何やら再生魔法を使い始めた。まだ何か見るつもりらしい。他人のプライベートを見ることに全く躊躇いのない娘の姿に、智一パパと薫子ママがちょっと引き攣った表情だ。
「か、香織。もうそれくらいにしておきなさい。友達とはいえ、踏み込んでいいことと悪いことが――」
「ミュウちゃん! こんな時の素敵なセリフをお願い!」
「――〝賽は投げられた。もう皆、共犯者なんだぜ?〟なの!」
「ハジメさん、もう一度部屋の隅にお願いしますね?」
「レミア、マジで反省してるから説教は勘弁してくれ。今後はまっとうな情操教育を心がけるから!」
「ご主人様よ、まっとうでない自覚があったんじゃな」
「ギルティじゃないですか、ハジメさん」
「八重樫家があれな感じだから、私もあまり強くは言えないのだけど……お義父さん、お義母さん、今度南雲家の家族会議に参加させてください。ミュウちゃんの今後が心配です」
ハジメパパの立場がやばい。
そんなやり取りをしているうちに、香織は目当てのシーンを見つけたらしい。どうやら、ハジメ達と優花達が再会した後の夜、北の山脈地帯に出発する前夜の時間軸のようだ。
『マジか~、あれが南雲っちか~、あり得ないわ~』
ベッドに腰掛け、腕を組みながら難解な問題に直面した科学者みたいな顔で唸る奈々。妙子も、部屋の水差しからコップに水を入れつつ、なんとも言えない表情で続く。
『銃とかやばいよね……っていうか威圧感が一番やばい。誰、あれ。南雲って実は二重人格だったり?』
『それね! もう完全に別人だよね! しかもさぁっ、あんな異世界美少女二人もさぁっ。南雲っちはそういうキャラじゃないっしょ! オタでしょオタ!』
『金髪の子、やばいくらい綺麗だったよね。でも、私的にはあのウサミミの子の恰好がやばいと思うんだけど』
『やばい! あれはやばい! おっぱい零れそうだったじゃん! 何あれ、南雲っちの趣味? 彼女に露出強要してんの? やばい変態じゃん!』
話しているうちに興奮してきたらしい奈々と妙子から、やばい!やばい!が連呼される。ハジメさん、相当やべぇ奴だと認識されているらしい。えん罪が発生している。
「……私の恰好、やばいですかそうですか」
そして、シアもなんかやばかった。ずぅんっと沈んだ表情だ。顔に縦線が入っているような気さえする。自分の衣装をやばいと言われた上に、間接的に変態の恰好だと言われた気がしたのだ。無理もない。だって、強要されてないし。民族衣装だし。
シアの縋るような目が、室内の皆さんに向けられる。今は日本で買った服装だが、やはり露出は多い、超ミニスカートだし、ヘソ出しスタイルでもある。もしや、自分の恰好はやばいのかしらん? と、そんなことないですよね? と確認してみる。
まず、親~ズがそっと目を逸らした。それから順次、愛子達も目を逸らした。
兎人族の民族衣装はやばい……と思われていたらしい。シアの目が死ぬ。
「シ、シアさん。私はそういうものだと分かっていますし、だから変だと思ってませんよ!」
「リリアーナさん!」
この世界の人からすれば、確かにそうだろう。ミュウも小さな握り拳を作ってシアを援護。
「シアお姉ちゃん! 全然やばくないの!」
「ミュウちゃん!」
「だって、ママの方が着てないから! 特にお家では!」
「ミュウ!?」
最後はレミアさんの悲鳴。エッ!? レミアさん……家では裸族!? と、智一、鷲三、虎一がバッとレミアを見る。レミアは自分の体を抱き締めるようにして頬を赤らめ、「きちんと着てますから……」と小声で訴えつつ、ハジメの後ろに身を隠した。
取り敢えず、薫子と霧乃から身内の男へと拳が飛ぶ。
ちなみに、ミュウが言っているのは、海人族も兎人族と同じくらい普段着は薄着だという意味だ。断じて裸族という意味ではない。しかも、それはエリセン在住時代の話。海と共に生きていた当時は、家に居る時もビキニにパレオスタイルが一般的だったのだ。
その反動からか、地球に来てからレミアの服飾に関する興味は尽きないようである。
閑話休題。
現実が脱線している間にも、奈々と妙子のハジメ一行への感想が続き……そして、ふと一人だけ黙りこくっている人物に注意が向く。そう、優花だ。
『優花っち? どったの?』
『大丈夫?』
ちょっと心配そうな二人の声に、ハジメ達も過去映像に意識を戻す。
過去映像の中で、優花は自分のベッドの上で三角座りをしていた。体と太ももの間に枕を入れて、足を抱えるようにしてぼんやりしている。
『ん? いや、別になんでもないけど……』
と返しつつも、〝別になんでもない〟とは到底見えない様子だ。奈々と妙子が困った表情で顔を見合わせる。友人二人の微妙な空気を感じてか、優花は苦笑いを浮かべ、かと思えば抱えている枕に顔を埋めた。
『ただ……生きてたなぁって』
それは、端的な事実以上に大きな感情を孕んだ言葉のようだった。
『南雲……生きてたぁ』
素足の指先が、きゅっと丸くなる。
『良かった……ほんと、良かったぁ』
心の底から出た安堵の言葉だった。背負う必要のない重しを下ろせたような、そんな声音だった。
ハジメの変化より、クラスメイトにはもはやなんの関心もないという言葉より、何よりハジメの生存こそが優花の心を大きく占めているようで。
過去映像の中で、奈々と妙子がまた顔を見合わせ、そしてニヤニヤし始める。
同時に、現実では香織達を筆頭に半数くらいが「やっぱり……」と言いたげなじと~とした目に、菫や愁を筆頭に残り半分がニヤニヤ顔に。
「忘れるなよ。この後、清水のことがあって、あのお通夜みたいな空気になるんだからな」
ハジメがばっさりと切り捨てる感じで言ってのける。すると、
「……さて、それはどうでしょうか」
やっぱり探偵モードっぽいユエ様がご帰還。隣には仏頂面のシモン教皇様も。
「……証拠は、ここにある!」
なんの証拠だよ、というハジメのツッコミもなんのその。ユエ様は王都で過去再生し、かつアーティファクトで記録してきたそれを公開した。
『――お腹いっぱい、うちの自慢の洋食を食べさせてやります!』
ハジメに何度も救われたのだと、なのに何も返せなくて、ハジメが求めるようなものを自分は何も持っていないのだとしょんぼりした様子で語って、そうしてシモン教皇に諭されて出た結論を、晴れた空のような笑顔でそういう優花の姿が、そこにはあった。シモン教皇と並んでベンチに座り、足をパタパタさせている。
「だから語りとうなかったんじゃ。こんな健気~で、一途ぅ~な優花嬢ちゃん、もげて爆発すればいいハジメ殿なんぞに見せとうなかったわい! あと五十年若かったら、わしが猛アプローチしておったのに!」
シモン教皇が語りたくなかった理由は、誠実さ故ではなく、ただの私利私欲だったらしい。あと嫉妬か。そして、やっぱり自分以外の相手にはしっかり相談役をしているシモン教皇に、リリアーナが冷め切った目を向けている。
そんな心は現役のジジイと、現職教皇の罷免を考えていそうな表情をしている王女を放置して、ユエ様は更に記録映像を投影し出した。
「……先回りして、これも撮ってきた」
映し出されたのは……
『――無駄にしないから!』
ハジメがしてくれたことを無駄にしない。対群戦の前、外壁の上で背を向けるハジメに、そう決意を届ける優花の姿。そして、ハジメに言葉を返されて、
『……ありがと』
苦笑いとも、はにかみ顔とも取れる小さな笑みを浮かべて、けれど弾む足取りで引き返していく姿を。
「ハジメくん。この時の感想を正直に」
尋問官香織の言葉が飛ぶ。ユエとシアは当時の段階でなんとなく察しているのでそれほどでもないが、雫達からは興味津々の視線が注がれる。
愁や菫からも、たんなる好奇心以上の、どこか温かい眼差しが注がれて、ハジメは居心地悪そうに頬を掻きつつ口を開いた。
「……まぁ、悪い気はしなかったな。当時の俺は、やっぱりどこか余裕がなくて、ユエ達と一緒に帰郷することに全力だった。だから、クラスメイトのことなんて関心を持てなかったんだが……俺が命を懸けたことを無駄にしないって言葉は、まぁ、ただ礼を言われるより響いたよ」
じっと注がれる周囲の視線に、ハジメは照れを誤魔化すように「愛子の〝大切なもの以外一切を切り捨てるような、寂しい生き方はしないでほしい〟って言葉もな」と付け足す。
優花だけでなく、この〝ウルの町での再会〟自体に、ハジメの心は影響を受けたようだ。変えるべき心も、変わらぬと決意を新たにした心も、ハジメは見つめ直せたのだろう。
流石は、俺の先生だと、愛子に微笑むハジメ。愁と菫も、一直線に突進するような旅を続けていたハジメに、〝考える〟きっかけを与えてくれた愛子に、改めて礼と感謝を口にする。
愛子は愛子で、矛盾を抱え、ただ必死で右往左往していた自分の未熟を思い出し、赤面しながら謙遜し、昭子は、そんな娘の先生としての顔に優しい目を向けている。
そんな昭子に、ハジメは笑顔で、当時の〝愛子先生〟がどんなだったか更に語ろうとして……
「……ん。愛子に感謝を。でも、ハジメ。話を逸らそうとしない」
ジト目ユエ様が、ハジメの袖を掴んでクイクイッと引っ張る。ハジメさんから「チッ」と舌打ちが。それで、全員がハッとする。そうだ、今は優花の言動に対するハジメの所感を聞いていたところだった! と。
「もうっ、ハジメくんったら! どうしてそう煽動とか意識誘導とか上手なの!」
「ちょっと何言っているのか分からないぞ、香織。俺はただ、愛子への深い敬愛と感謝を語ろうとしただけだ。ニュー○ライザー・ニューも使ってないだろ?」
「パパ~。袖から銀色の筒がはみ出してるの~」
ユエの袖クイクイッでずり落ちたらしいそれを見て、全員が凄まじいジト目になった。菫が、笑顔で手を出す。没収ということらしい。
渋々ニュー○ライザー・ニューを渡しつつ、そっぽを向いて嫌そうな顔を隠しもしないハジメ。だって、予想できるから。これから出される調査会の結論が。
「……ん。では皆さん」
映像が終わると同時に、〝優花はダークホースになり得るか調査会〟のユエ委員長は、委員会メンバー(主に嫁~ズ)に視線を巡らせ、問うた。
「……結論は?」
「「「「「なり得る!!」」」」」
ダークホースになり得るらしい。
「ハジメ。父さんは、優花ちゃんがお嫁さんに来ても一向に構わないっ!!」
「俺が構う」
「ハジメ! お母さん、この子は紹介されてないわよ! お嫁さんにするならきちんとしなさい!」
「しねぇよ」
愁パパと菫ママは、早くも受け入れ態勢が整っているようだ。
「ハジメ君っ、君という奴は、この期に及んでまだ足りないというのか!?」
「誤解です、智一さん。だから掴みかかってこないでください」
智一に肩を掴まれガクガクさせられながらも、ハジメは、あくまで誤解だと説明を試みる。
「そもそも、園部の家の洋食ってのも食わせてもらったことないですし、誘われたことすらありませんよ。もうあいつも忘れてるんじゃありませんかね?」
鷲三達や薫子、そして昭子から「そうは言っても……この有様だし」みたいな視線が、室内の娘達に向けられる。なるほど、説得力は皆無だ。当然、香織達からも疑いの目が注がれる。
だが、それでも、あくまで自分にも優花にもそんなつもりはないという主張を崩さないハジメに、いらぬ聡明さを発揮するティオが提案を口にした。
「なら、占ってみてはどうかの?」
「占いだ? その発想はどこから出てきた」
ハジメのみならず、ティオともう一人を除いて全員がキョトンとしている。
「いや、あのじゃな。妾達には占いのエキスパートがおるじゃろう?」
「そんな趣味、持っている奴いたか?」
女の子はそういうの好きそうだし……もしかして香織か雫か? 以前、教室で他の女子と占いの話で盛り上がっていた記憶があるし……と二人を見るが、揃って首を振られる。
「……あのぅ、皆さん。私の天職が何か忘れてませんか?」
衣装がやばいと言われて落ち込んでいたシアが、おずおずとした様子で声を上げる。ハジメ達は顔を見合わせ……
「〝武人〟だろ?」
「……ん? 〝闘神〟でしょ?」
「え? 〝ハンマー使い〟だよね?」
「え? 香織、それはないわよ。シアの天職は〝格闘家〟じゃないの? だって素手でも強いし、いえ、むしろ素手の方が強いかもしれないわけだし」
「私もてっきりシアさんは格闘系の天職だと……」
「? パパもお姉ちゃん達も何言っているの? シアお姉ちゃんの天職は〝超越者〟なの!」
「あら、シアちゃんの天職は〝酒呑童子〟だったんじゃ」
「いやいや菫、確かシアちゃんの天職は〝抑止力〟のはず」
最後の菫と愁はおふざけが入っているものの、他は皆、シアが戦闘系天職の持ち主であると信じて疑っていないらしい。
呆れた表情のティオと、遠い目をしているシアの反応から、ちょっと焦って「あ、〝鉄人〟だったか?」「……違う、ハジメ。たぶん〝バグウサギ〟」「ユエ、ハジメ君が近いと思うよ! きっと〝鉄拳〟だよ!」と候補を挙げるが、全く近くないどころか離れていく。
「んもぉっ、皆さん私のことをなんだと思ってるんですかぁ!」
「進化が止まらない超人ウサギ」
「……体の半分が理不尽で、残り半分が筋肉でできたバグウサギ」
「ハジメさん、ユエさん。怒りますよ?」
ウサミミがモッと広がる。怒る一歩手前だ。
大人しくなり、しかし、なんだったか……と首を捻るハジメ達に、ティオが言う。
「シアの天職は〝占術師〟じゃろう?」
「そうですよ! 私は森の神秘的な占い師ウサギですよ!」
「「「「「……ああ」」」」」
そう言えばそうだった、と思い出しつつも、まったく納得できていない顔付きのハジメ達。はっきり言って、この世界の七不思議の一つと言われても全く不思議じゃない。
「とにかくじゃ、シアに占ってもらってはどうかの? 優花の未来を」
なるほど。未来すら見通すシアだ。その占いの力は一見の価値があるだろう。
そこは納得して、ハジメは面倒そうに、ユエ達は興味津々な様子でシアを見る。シアは咳払いを一つして、足を肩幅に開いた。
「……シア、占いの道具は? 何を使うの?」
「手相とかは優花ちゃんがいないから無理だよね……誕生日とかで見るの?」
誕生日なら知ってるよ、と口にする香織に、シアはウサミミをふりふり。
「いいえ、そんなものは必要ありません。占いならなんでもできますけど、道具もないですし、今は私にしかできない方法でいきましょう」
「シアお姉ちゃんにしかできない方法?」
「はい、ミュウちゃん。ただ、優花さんを強く思いながら〝未来視〟を発動するだけです」
「まぁ、凄い。それができるなら王国でも重宝するのですけど。というか、人手不足解消のため、今度大規模な人材募集をする予定なのですが手伝っていただけたりは……」
「リリィさん、少し発想を仕事から切り離しましょう。むしろ、リリィさんが過労死する未来が見えそうですから。それと、〝仮定未来〟や〝天啓視〟のような正確さはありませんよ。なんとなく、こんな未来もあり得るかも? くらいの曖昧な感じです」
本当に、当たるも八卦当たらぬも八卦くらいの精度らしい。ただ、未来の可能性を示す一場面が見えるという点は、シアならではだろう。
そうしてシアは、「ではいきます」と口にして、集中力を高めながらすぅ~~っと息を吸うと……
「うぉおおおおおおおおおおおっですぅううううううっ!!!」
「なんか想像してたのと違うぞ!?」
ハジメが思わず目を剝くくらい、予想外の占いが始まった。
シアから凄絶な雄叫びと淡青白色の魔力が迸る。少し前かがみになって、腕を丸めるようにして力む姿は、まるでボディビルのポージング〝モスト・マスキュラー〟の如く!
その上、ユエの〝雷龍〟や香織の〝般若〟のような〝後ろの何か〟がうっすらと……
それはまるで、とある別時空にある、ありふれた日常における本性を現わした筋肉ウサギのよう……
キレてる! キレてる! 最高に仕上がってるよ! 筋肉が喜んでるよ!
そのあまりの躍動感に、覇王の如き迫力に、その場の全員が白眼を剝きそうになる!
「ぬぉおおおおおおっ!! ――視えるっ、私にも視える! 未来がっ!!……………………あ、ですぅ!」
パァンと弾けるように魔力が霧散した。前屈みで荒く息を吐くシアからは、シュ~~ッと白煙が上がっている。意味が分からない。
ハジメ達が呆然としている中、シアはふっとウサミミを掻き上げながら顔を上げた。
そして、
「ハジメさん、愛人を作るのはどうかと思いますぅ」
「なに言ってんだお前」
当たるも八卦当たらぬも八卦。バグウサギ曰く、未来は一生懸命頑張れば変えられるらしいが……
果たして、優花の未来はどうなるのか。
とにもかくにも、
「……そろそろマジで外壁に行くぞ。住民をかなり待たせてるからな」
その場の全員からの突き刺さるような視線を振り払うように、ハジメは足早に宿を後にしたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
※時折質問がくるので一応
優花ですが、アニメ版及びWeb版アフターにおける彼女の立ち位置は書籍版準拠となっております。
つまり、65階層でハジメがトラウムソルジャーから救った女の子が優花です。そして、書籍版ではそれに伴い、3巻再会時の言動も変わっております。ややこしくて申し訳ないですが、よろしくお願い致します。
※トータス旅行記ですが、あと2話くらいでティオのケツパイルまでやって一度区切ろうと思います。
※ガルドコミック、各最新話更新されています。
ぜひ見に行ってみてください!