その時の二人は 前編
南雲家の地下工房に、真紅のスパークが迸っていた。
壁にかけられた数多の工具や、スチール製の棚に詰め込まれている素材の数々、そして床に山積みにされている正体不明の何か。もじょ。
「チッ。使い方に汎用性がなさすぎるな。補充速度も遅い。一から考え直すか……」
そう呟いたのはこの工房の主――ハジメだった。ゴーグルを外して首にぶら下げたまま、ドカッと椅子に腰を落とす。
もじょり。
そんなハジメの前には、作業台の上に置かれた宝珠がある。そう、異世界の地にて、その世界の神である星樹ルトリアから譲り受けた、霊素を詰め込んだ宝珠だ。
「時間がなかったとはいえ、あの世界の術式や理論をあまり知れなかったのは痛いな」
ガリガリと頭を掻くハジメ。未知の力に惹かれて貰えるものを根こそぎ貰ったのはいいが、その世界固有のエネルギー故に、ハジメはその活用方法において行き詰まっているところだった。
魔力と混合してみたり、アーティファクトの動力源にしてみたり、あるいは魔力や電力に変換できないかいろいろ実験を繰り返したりしていたのだが、中々上手くいかない。
宝珠は、それ自体霊素を生み出し、減った分を、ある程度時間はかかるが充填する力がある。どうやら宝珠の中に小さな星樹の枝葉が入っているらしい。
なので、霊器や神霊武具を起動することはできるのだが……言い換えれば、その用途しか見つけられないでいるわけだ。
結論。
今のところ、あまり使い道がない。
技術屋としては、是非とも有効な活用方法を編み出したいところだが……
もじょるん。
ハジメは、それからしばらく、あーでもないこーでもないと頭を捻り続けた。
もじょもじょ~。もじょ! もじょ!
「だぁああああっ、さっきから鬱陶しいわ!」
椅子から立ち上がったハジメが、椅子の手すりに上って触手によるツンツン攻撃をしてくる緑色のスライムを掴むや否や、思いっきりぶん投げた。
べちょ~っと壁に張り付き、そのままずるりと床に落ちる緑色スライム。仲間のもとへもじょる。そう、仲間――黄色、土色、赤色、黒色、透明、水色のスライム仲間のもとへ。
「神霊の分御魂っていうから、てっきり意思もはっきりしているもんだと思ったんだがなぁ。本当に、ただのスライムじゃねぇか」
ハジメが溜息を吐きつつ、ビクビクしているスライムに手を差し伸べた。いかにも『あいつ怒ったわ! 投げるなんて酷い!』といった雰囲気だった緑色スライムが、『……あれ? 怒ってない?』と言いたげに、そろりそろりともじょり寄ってくる。
神霊の分御魂――異世界の、自然を司る神が、自らの魂を削り取って生み出した半身のような存在だ。
黄色スライムは〝雷雲の神霊ウダル〟、土色スライムは〝大地の神霊オロス〟、赤色スライムは〝火輪の神霊ソアレ〟、黒色スライムは〝宵闇の神霊ライラ〟、透明スライムは〝氷雪の神霊バラフ〟、水色スライムは〝海流の神霊メーレス〟、そして緑色スライムは〝流天の神霊エンティ〟の分御魂である。
てっきり、彼等の意思と人格が宿った分身のようなもので、本体と変わらず意思疎通ができるものだと思っていたハジメだったが、実際はこの通り。
意思の疎通はジェスチャーレベルでしかできず、動きもどこか幼さを感じさせるものが多い。そのうえ、権能自体はきちんと受け継いでいるのだが、その扱いが随分と拙い。
ソアレスライムを筆頭に、分御魂スライム達がシアから引き離されてこの空間的に隔絶されている地下にいるのも、暴発を恐れてのことである。
なにせ、初日に南雲家の上空に雷雲が発生し、風雨氷雪が吹き荒れ、なのに気温が上昇し続け、地震が起きたりしたのだ。全て、分御魂スライム達の力の暴発である。
霊素の使い方について、いつでも聞けると思っていたハジメ的には完全に誤算だ。
掌に乗った緑色スライム――本体は髪をツインテールにした踊り子のような衣装を纏う十代の美少女――が、もじょ?と、おそらく上目遣いしながらハジメに意識を向けてくる。
なんとなく、指で突いてみた。『やめなさいよ!』と言いたげに、小さなスライムハンドを伸ばして押し返してくる。
と、その時、工房の外から「ハジメさ~ん」と声が響いてきた。
入ってきたのはシアだ。途端、ソアレスライムとウダルスライムがシアのもとへ飛び込もうとして……空中で雷と炎が迸った。互いに吹き飛び、反対側の壁にべちょっ!っとなって床の染みとなる。
「そろそろごはんできますよ~って、エンティさん乗っけてどうしたんですか?」
ハジメとエンティスライムが、指先と指先を合わせて押し合いをしているのを見て、いろいろスルーしつつシアは首を傾げる。
「いや、霊素の扱いに行き詰まってな。改めて、こいつらを観察してたんだが……」
「めっちゃ嫌がってません?」
なおグニグニと指先で押してくるハジメに、エンティスライムはふわりと飛んで逃げだそうとしている。が、ハジメが鷲掴みにしているので逃げられない様子。
ライラスライムが『狼藉ものぉ!』と言っているかのように体当たりしてくるのを無視し、ついでにシアの指摘も無視してハジメは言う。
「赤いのと黄色いのの反応を見る限り、内面を全く受け継いでいないわけじゃないのは確かなんだよな。分御魂って魂を削り出すって話だったから、存在的に劣化しちまってるのか?」
エンティスライムを両手で摘まんでうにぃ~と引き延ばしながら、ハジメは首を傾げる。バラフスライムも体当たりに参加してきた。もじょもじょジタバタと抗っているエンティスライムを見かねたらしい。
う~むと唸るハジメに、シアは小首を傾げる。
「劣化というか……生まれたてなんですから、意思疎通できなかったり、力の扱いが上手くできないのは当然じゃないですか?」
「……」
赤ちゃんなら普通でしょう? と言うシアに、ハジメはぽかんっと口を開けて呆ける。
「目から鱗の気分だ」
「そ、そうですか?」
「だって、仮にも神だぞ? 赤ちゃん扱いとか普通しないだろ」
疑問を一発で解決してしまったシアに、ハジメはなんとも言えない表情になった。
溜息を一つ。
「まぁ、そうなると、こいつらが成長して意思疎通できるのを待つか、あの世界に簡単に行き来できる方法をさっさと確立して霊法理論をマスターするしか、今のところ霊素を十全に扱うのは難しそうだな……」
「神様の成長速度ってどれくらいなんでしょうね? 成長した後、ソアレさんの意識が芽生えるんでしょうか? ……今から教育して、清く正しい火輪の神霊さんに育てられないですかね?」
「う~ん……」
もじょもじょと足下にすり寄ってきたソアレスライムが、ついでとばかりにウダルスライムへ炎の玉を投げつけているのを見下ろしつつそう言うシアに、ハジメは思案顔を見せる。
そして、
「よし、霊素の活用研究はいったん中止だ。代わりに、シア、お前のヴィレドリュッケンを強化しようと思う」
「ドリュッケンをですか?」
「ああ。ウダルが一度、神霊武具にしようと試みたって話だったろ?」
せっかく分御魂が勢揃いで、見本となる神霊武具もたくさんあるのだ。分御魂の力でヴィレドリュッケンを神霊武具化できれば、シアの戦力は増強され、更に分御魂達の成長も促されるかもしれない。少なくとも地下工房にこもっているよりは。
「おお! それはいいですね! 今回の事件で、私には圧倒的に殲滅力が足りないと痛感していたところです! いくら雷くらい視認して避けられても、後ろの誰かを守るのは大変ですからね!」
「お、おぅ、そうだな。……そうだよな。お前、レールガンを視認して避けられるようになったんだよな……」
もしかして、俺、このバグウサギを更にバグらせようとしてる? とんでもない方向へ突っ走らせようとしてる? 早まったかな……。と冷や汗を流すハジメ。
とはいえ、今回の辻召喚なんて事態もあるのだ。家族の強化はどれだけしても、しすぎということはない。それに、
「楽しみですねぇ~。私の新しい相棒! ハジメさんハジメさん! いつごろ完成予定ですか!?」
うっさうっさとぴょんぴょんしながら期待の眼差しを向けてくるシア。そのキラキラと輝く瞳に、ウサギ嫁に甘々なハジメさんは「ASAPで頑張るよ」と苦笑いしながら答えるしかないのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
時は流れ。
海外へ旅行デートをしていたハジメとシアが、ひょんなことから古代遺跡を見つけ、なりゆきで浩介にいろいろ仕事を投げた後。
二人は、地球ファンタジーを探しに英国の森デートに訪れていた。
「なんだかひっそりしていて素敵な森ですね~。日本の森とは雰囲気が違います」
「そうだな。英国の森が一番、ハルツィナ樹海の雰囲気に近いかもな」
雨上がりのようなしっとり澄んだ森の空気を、胸いっぱいに吸い込むシア。それなりに深い場所で、周囲には誰もいないのでウサミミも隠してはいない。隠蔽しても窮屈なわけではないが、それでもどこか開放感を感じているようにのびーっとしている。
なんなら、このまま森の中で野営でもするくらいのつもりで、どんどん奥地へ進んでいく二人。
やはり森のウサギさんだからか、シアの足取りは街中より弾んでいる。そんなシアの楽しそうな様子に、自然とハジメの足取りも弾んだ。
そうして、どれくらい森デートを楽しんだのか。
「え?」
「ん?」
その一歩を踏み込んだ瞬間、シアとハジメは同時に声をあげて立ち止まった。
「ハジメさんもですか?」
「ってことはシアもか。なら、気のせいってわけじゃあなさそうだな」
不思議そうにウサミミをピコピコさせるシアに、ハジメは「マジか……」みたいな顔になりながら、体の向きを変えた。元々、進もうと思っていた方向へ。
「ああ、やっぱり。意識が北へ引き寄せられるな」
「東に進んでいたのに、ものすごく自然に北へ踏み出しましたもんね」
シアが東へ一歩踏み出し、「おぉ、意識すると余計に違和感が!」と目を白黒させた。
「ハジメさん! これって!」
わくわく! うさうさ! といった感じで目を輝かせるシア。
「マジかぁ~、半分冗談だったんだけどなぁ。古代遺跡の次は森の迷路かよ。地球どんだけファンタジーなんだよ」
ハジメは、ちょっと頭が痛そうに天を仰いだ。そろそろ日が傾きかけていて、かつ、うっそうと茂っていることもあって、天の光はなんの慰めも届けてはくれない。
「運が良いのか悪いのか」
「良いに決まっているじゃないですか!」
「……なんとなくだけどな、この誘導、悪意を感じるぞ?」
「ですね!」
悪意程度で、森のバグウサギちゃんは止められない。「だよな、知ってた」と、ハジメは小さく笑って北へ進路をとった。
ファンタジー……というかトラブルとの遭遇率の高さにはなんとも言えない気持ちになるが、それでもそこは男の子。気持ちを切り替えれば、やはり冒険には心が躍る。
どことなく、ねっとりと絡みついてくるような空気の中を、シアがスキップしながらご機嫌な様子で進めば、ハジメの足取りも軽くなるというものだ。
しばらくすると、霧が発生してきた。急速に薄暗くなっていき、木々まで不気味に変形したものが増えてきて、まるで巨大な怪物の顎門の中へ踏み込んでいるような気さえ――普通の人ならするだろう。
「いかにもな雰囲気ですね~。あ、あとでユエさん達に見せてあげなきゃ」
「そんなこともあろうかと、カメラ機能付き眼鏡を用意してある。ヴェルダンディ・グラス。略してヴェル・グラスだ」
パーティーピーポー仕様の、電飾がペカペカと美しいサングラスを渡されたシアは、「どうしてもキラキラ眼鏡をかけてほしいのかしらん?」と微妙な顔をしつつも素直にかけた。
不気味な深い森の奥で、サングラスが七色に燦然と輝く。ハジメさんは、とても満足そうな表情だ。
そうしてもう少し進んだ後、ハジメ達は開けた場所に出た。不自然なほど綺麗なサークル状の空き地で、雑草すら生えていない。霧が濃くなって上を覆っている。
そこへ足を踏み入れながら、ハジメは思案顔になる。
「森の中にこんな不自然に草木のないところがあれば、普通、何かの名所とか、不思議な場所って感じで話題になると思うんだけどな……」
「世界の不思議な場所! みたいな感じでテレビに出そうですよね」
もちろん、そんな話は聞いたことがない。衛星が発達した現代において、およそ地上で見渡せない場所などないはずだが……
ハジメは、しゃがんで地面の土を触ってみた。鑑定してみる。他の場所と違って腐葉土とはいえず、かなり乾燥した質感ではあったが普通の土だ。
「サークルの直径は五十~六十メートルくらいか……いったいこの場所は――」
立ち上がって首を傾げたハジメは、不意に言葉を遮られた。
――ニエ、ヲ
そんな不気味な声によって。
「ハジメさん!」
「おう」
シアがヴィレドリュッケンを、ハジメがドンナーを取り出して背中合わせになる。
――ニ、エ。ササ……
「ニエ? 贄か? 贄を捧げろって? どちらさまですか?」
初対面なので、声を張り上げつつも丁寧な言葉遣いで尋ねるハジメさん。それに対する応えは、なんとも荒々しいものだった。周囲の木々がうごめき、捻れ狂った木から急速に伸びた枝が、全方位からの槍と化したのだ。
「おいおい、問答無用かよ」
「私達に敵意はありません! 話し合いませんかぁ!」
と言いつつ、襲い来る枝をレールガンで正確にぶち抜き、戦槌の一振りで粉砕していくハジメとシア。
地面が盛り上がり、かと思えば地面の下から飛び出した根が槍衾となって迫る。
左右に分かれて飛び退き、ハジメはポイッと炸裂手榴弾を投げた。爆発と同時に真紅の衝撃波が迸り、触手のようにうねっていた無数の根をまとめて木っ端微塵にしてしまう。
ようやく、普通の迷い人ではないと理解したのか。
――その力……バチカンの人間かしら?
女の声だった。相変わらず空間全体に響くような伝わり方で、耳の奥にするりと入ってくる美しい声だ。しかし、同時に、悪意を煮詰めたようなおぞましい声だった。
「バチカン? またそこか……」
――違うというの? では、お前達は何者?
「ただの旅行者さ。招いたのはそちらだろう? ホストとして、まずは自己紹介をしてくれないか?」
隣で、シアが「おぉ~、攻撃されたのに、ハジメさんがきちんと会話をしていますぅ!」と驚愕と感心の表情を見せている。
――馬鹿な。あの女の耳は……本物? まさか、この時代にまだ生き残りが?
「お~い、会話のキャッチボールをしてくれないか?」
そういえば森に入ってからシアのウサミミは隠蔽していなかったと内心で舌打ちしつつ、ハジメは更なる会話を試みる。文明人とは、いつだって会話に始まり、会話に終わるべきなのだ。戦争、ダメ絶対!
――バチカンに属さず力を有する男に、神代の生き残り、いや、先祖返り?
「もしもし? お姉さん? 声、届いてるか?」
――面白い。ここ千年の中で最も面白いわよ、あなた達。贄にするにはもったいないわね
「楽しんでもらえて何よりだ。もっと楽しくなるためにも、そろそろ〝会話〟をしないか?」
答えは、森の奥からやってきた。ずるりっずるりっと何かが這ってくる音が聞こえる。べちゃべちゃと、気色の悪い生理的嫌悪感を煽るような音も。
「……ハジメさん。最初から分かっていたことですけど、やっぱりこの声の人、悪意半端ないですよ」
「贄ってこういうことかよ」
姿を見せたのは、凄まじく冒涜的な何かだった。一言で表現するなら〝肉塊〟だろう。土と、捻れた木々と、そして動物を、咀嚼するように蠢きながら這い寄ってくる肉の塊だ。大小様々な手足がところどころから突き出していて、百々目鬼のように無数の目がギョロギョロと動いている。
常人なら発狂してもおかしくない、おぞましい何かがそこにはいた。
――イイァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ
人の神経を逆なでし、頭の中を掻き回すような絶叫が空気を奮わせた。直後、肉塊から無数の触手が飛び出す。その触手は、空中で更に細分化して、細い糸のようになってハジメ達へと迫る。
シアがハジメと触手の射線に割って入った。
「ふんぬっ! ですぅ!」
パァンッと音速の壁を突き破って、代わりに衝撃波の壁を作り出す。触手が一斉に弾かれ、刹那、飛び上がったハジメが、シアのウサミミの間を通すような射撃を行った。
前衛による防御と、後衛による攻撃を阿吽の呼吸で行った結果、ドンナーの一撃は見事、肉塊のど真ん中に直撃した。炸裂弾がその暴威を解放し、真紅の波紋が肉塊の内側から膨れあがるようにして迸る。
結果は一つ。抗い得ない破壊を前に、肉塊は爆破でもされたかのように吹き飛んだ。
「まるで超劣化版エヒトだったな」
ぽつりと呟いたハジメに、シアが反応する――前に、
――イイァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ
――イイァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ
――イイァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ
肉塊が、全方位から溢れ出した。
「うそん」
「数の暴力系ですねぇ」
まるで、円柱状の肉の壁ができあがっていくかのような光景。広場を肉壁で覆った後、内側がどうなるかはあまり考えたくないところだ。
――不死なる魔女の森へようこそ
女の声――魔女とやらの嘲笑と悪意がたっぷり含まれた声が木霊した。
――安堵なさい。お前達は贄にはしないわ。我が魔道の虜にしてあげる
酷く耳障りな笑い声が木霊した。
肉の壁が天すら覆い隠さんとせまる中、ハジメは全く慌てた様子もなく口を開いた。
「シア。こいつ、あの肉塊に意識だけ宿してるみたいだぞ。それでもって、この肉塊は、ここを中心に周囲の森一帯と同化してやがる」
――!?
「つまり、この広場に核があるってことですか? 魔物みたいに」
「いや、ここが中心である理由は分からない。が、まぁ、半径五百メートル程度がこいつの領域だ。大方、永遠の命でも求めて、あの有様になったんだろう」
「森の中に人を誘い込んで、生け贄として取り込んで、延命し続けてきた代償って感じですか……醜いですね」
――なぜ……
その一言が、だいたい図星であることを雄弁に物語っていた。まさか、魔眼石で力の流れを辿られ、羅針盤で精査されたとは思いもしまい。
同時に、まさか、誘い込んだ相手が、己を遙かに超える化け物だったなど想像の埒外だろう。
理不尽は常に、生きるものにとって最も親しき隣人である。
遙か昔から、それこそ人が神秘と共に生きていた時代から、何を犠牲にしても生き延びてきた残虐で非道な魔女は、長い時により、そのことをすっかり忘却していたらしい。
唖然とした様子の魔女に、ハジメは穏やかな表情で言った。
「魔女さん、いったん落ち着こう。クールになるんだ。魔女といえばクールの代名詞だ。……いや、まぁ、最近は願いと引き換えに魔法少女になった挙句、絶望して魔女になって、厄災を振りまくなんて展開もあるけど……」
「ハジメさんハジメさん。話が逸れてます」
ハジメは、最近のシビアでいろいろと振り切れた魔法少女達を思い出して遠い目になるが、シアにほっぺをペチペチされて我に返った。咳払いを一つして言葉を重ねる。
「ごほんっ。とにかく、魔女さん。俺達も神秘を知る者で、つまり、あんたの仲間だ。ここは一つ、お互いのことを知るためにコミュニケーションといかないか?」
気になるワードを漏らしていた魔女。というか、現代の地球に、実在したおとぎ話の中の存在だ。絞り出したい情報――ではなく、お話したいことは山ほどある。
肉塊がただの使い魔なら問題なかったのだが、森と同化した肉塊そのものが魔女となると、もはや手段は限られてくるので頑張って笑顔を作るハジメさん。とても穏やかな雰囲気も心がける。
――私が内包する神秘とは比べるべくもない
ちょっと不穏な雰囲気。
――研究に、お前達の意思は不要
つまり、
――遠慮はいらない。存分に、私のもてなしを受けるといいわ
というわけらしい。地面から滲み出て、肉の壁で上まで覆われ始める。
ハジメは、「俺の純粋な善意は、どうしてもいつも踏みにじられるんだ……」と頭を抱え、シアに「いつか通じるときが来ますよ!……たぶん!」と苦笑い気味に慰められる。
肩をぽんぽんと慰めるように叩いてくるシアに「そうだといいなぁ」と言いつつ、ハジメは、次の瞬間、冷めた目になった。
「あんたのもてなしはもう十分だ。そろそろお暇させてもらうよ」
カッと輝く真紅の光。
――何をっ
「もてなしの礼だ。遠慮なく受け取ってくれ」
出現したのはロケット&ミサイルランチャー〝アグニ・オルカン〟。同時に、発射されたロケット弾は全て異世界製タールをたっぷりと詰め込んだ焼夷弾である。
飛び出した無数の弾頭は、肉壁に直撃するや否や衝撃で吹き飛ばし、穴を開け、盛大に業火を撒き散らす。
森そのものが敵? なら、森ごと全てを真っ赤に染め上げてやろう。
というわけだ。合理的に考えるなら、いろいろファンタジーな情報を持っていそうな魔女を捕らえて尋問でもするのがいいのだろうが……ハジメ的に、そんな情報のために、これ以上このおぞましい生き物をシアの前に晒しておきたくなかったのである。家族のもとに捕縛して持ち帰るなど、当然、言語道断だ。
ついでに、放置してこれ以上の犠牲者が出るのを止めておこうというのも、一応、ある。
――おま、えっ、おまえぇええっ
「ハ、ハジメさんハジメさん。これ、延焼とか大丈夫ですか?」
「そんなへまするか。あの意識を誘導された場所からここまでは半ば異界だし、汚物を消毒するにはこれが一番いい」
「ま、まぁ、今までどれだけの人が犠牲になったのかと思うと、致し方なし……ですね」
クロスヴェルトによる四点結界の中に早くも引きこもって悠然としているハジメと、「あわわ、これ絶対ニュースになりますよね……」と、ちょっと顔が引き攣っているシアの暢気な会話。
その間も、結界の外に飛ばした可変式円月輪オレステスのゲートを通して、タールの豪雨が降り注いでいる。そして、森の魔女さんが絶叫を上げている。
摂氏三千度のまとわりつく業火には、流石に勝てなかったらしい。
瞬く間に全てを燃やし尽くされた魔女は、断末魔の絶叫を上げながら――
――許さないっ、地獄に落ちるがいいわ!
なんとも定番のセリフである。が、ただの捨て台詞でもなかったらしい。
「あ?」
「え?」
ハジメとシアは同時に声を漏らした。自分達の足下、正確にはこの開けた場所の地面全体が強烈な光を放ったがために。
――朽ちたる世界樹の残滓よ! 重なる界へと扉を開きたまえ!
直後、地面が爆ぜた。と錯覚するような爆発的な光が広がり……
「やべっ」
「わわわっ!?」
咄嗟に、ハジメはクリスタルキーでの転移脱出を図ったが、乱れ狂った空間そのものにより阻害され僅かに発動が遅れる。
その遅れを取り戻す前に、二人は光に包まれた。
魔女の断末魔の絶叫が響く中、猛烈な光が二人の視界を埋め尽くし――
(? あれは……)
一瞬幻視した光景に疑問を抱きながら、ハジメは、シアと共に地球上から姿を消したのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
後日談的なお話ですが、深淵卿編第2章での、ハジメサイドのお話でもあります。
リクエストもありましたので、年末に新しい話を始めるより区切りが良いかなと思い書かせていただきました。まぁ区切り悪く後編に食い込んだわけですが……
しかしっ、後編は元旦のお昼に更新できると思います。お正月に、こたつみかんしながら暇潰しのお供にしていただければと!
こたつみかんのお供に、是非、こちらもよろしくお願い致します。
それはそれとして、なろう民の皆様。
今年もありがとうございました。
毎年思いますが、本当に時間が飛んでるんじゃないかと思うほど、あっという間の一年でした。それも、ノリの良い皆様のおかげで、執筆が倍くらい楽しかったからだと思います。
皆様は、どのような一年でしたでしょうか?
いろいろあったと思いますが、本作品が、皆様にとって少しでもこの一年の楽しい思い出の一つになっていれば幸いです。
そして、来年もまた、一緒に楽しい時間を過ごせればと心から思います。
改めて、今年一年、ありがとうございました!
来年も、よろしくお願い致します!




