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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
340/547

殴殺勇者シア編 お巡りさん、こいつですぅ!



「こりゃまた派手な出迎えだな」


 クツクツとおかしそうな笑い声が響いた。


 それにギョッとしたのはエリック、アロガン、グルウェルの三王と、各々の王に随伴したルイス達精鋭部隊だ。


 天空に浮かぶ、天人族の本拠地たる巨大な浮遊島の威容は言わずもがな。大地と空を覆う精霊獣の大群と、複数の神霊の姿。


 歓迎の出迎えにしては大気を震わせるような威圧と殺意が強烈だ。曇天と相まって、まるで世界の終わりのよう。


 彼等が拒絶の防波堤であることは明確であるが故に、この世界に生きる者としては息を呑まずにいられない。ともすれば、喉が干上がり、心臓が縮み上がって、腰を抜かして心砕けてしまいそうになる。


 それほどまでに、憤怒が、そして死兵と表現してもなんら違和感を覚えない彼等の決死の意志が伝わってくる。単純な数の暴力という脅威以上の恐ろしさが、そこにはあった。


「てか、転移場所、ちょいずらされたか……やるな、星樹とやら」


 そう独り言ちるハジメは、周囲を見渡して苦笑いを浮かべた。


 転移してきた場所は、どうやら星樹の孤島の端――断崖の上らしい。直接星樹のもとへ転移するつもりだったのだが、どうやら空間に干渉されて島の端になってしまったようだ。


 果たして、クリスタルキーの転移能力を阻害した星樹が凄まじいのか、それとも一世界の神の阻害を押し切って端とはいえ本拠地に転移せしめたクリスタルキーが凄まじいのか。


 とにもかくにも、現状を客観的に見ると、まさに断崖絶壁に追い込まれた人々、という有様なのだが……


「随分とご機嫌みたいだが、なんかあったか?」


 エリック達の緊迫した様子などなんのその。軽口を叩くハジメに、誰もがなんとも言えない微妙な表情になる。仕方ないので、シアがハジメのほっぺをつんつんしながら言う。


「ハジメさん、それ、ツッコミ待ちですか? どう考えてもハジメさんのメテオパーティーが原因ですよ」


 全く以てその通り。そりゃあ怒る&恐れるに決まっている。聖地に隕石をぶち込まれたんだから。


 本来なら緑豊かな島だったろうに、あちこちから未だに黒煙が上がっていて、緑の山は一部が崩落している。見える範囲だけでそれである。島の中央にある星樹の周囲は、更に悲惨なことになっているに違いないのだ。


 と、その時、突如、滝が奏でる水の轟音がハジメ達の背後に響いた。


 おや? と背後を振り返ったハジメ達は、そこに滝のような海水を落とす巨大な影――鎌首もたげる怪物の姿を見た。三百メートルはあるだろうか。断崖の高さが百メートルはあることから、全長はキロ単位かもしれない。


「か、海流の神霊っ、メーレス――」


 エリックが叫んだのと、その怪物――水流を触手のように纏い、背後に水の竜巻を従える巨大な龍のような姿の海流の神霊〝メーレス〟が、顎門を開いたのは同時だった。


 直後に放たれたのは問答無用のブレス。一切合切を呑み込み、その質量を以て圧殺するような激烈な水流がハジメ達を襲う。


 ほぼ直上から放たれたブレスにより、ハジメ達の姿が水流の中に消えた。周囲が吹き飛び、断崖が圧力にたまりかねたように亀裂をこさえていく。


 そんな崖の一部を丸ごと崩壊させるような破壊を前に、


「ちょっと口を閉じてろ」


 真紅のスパークが迸った。かと思えば、次の瞬間、滝を登る昇龍の如く、真紅の閃光が水流ブレスを真っ向から真っ二つにかち割った。


『――!!?』


 声にならない驚愕と悲鳴。


 真紅の閃光はそのままメーレスの上顎を吹き飛ばし、曇天の一部をも円状に吹き飛ばして遙か空へと消えていく。


 弾け飛んだ水流ブレスの水飛沫が舞い散る中、姿を見せたのは無傷のエリック達と不敵な笑みを浮かべるハジメ。そして、結界を張ったのだろうクロスヴェルトと、未だにスパークを放つ長大な兵器――シュラーゲンA・A。


「なんだかティオさんを思い出しますね~」

「また懐かしい話だな」


 シュラーゲンを肩に担ぎながらシアと軽口を叩き合うハジメを見て、一瞬覚悟を決めてしまったエリック達はハッと我に返った。


「ハジメ殿! シア殿! どうする!?」


 既に再生を終えつつあるメーレスの目が憤怒に歪む。それを見ながら、焦燥に表情を歪めるエリックがハジメに問うた。


「どうするも何も当初の予定通りだ。露払いはしてやるよ。星樹の母ちゃんとやらに、さっさとごめんなさいしてこい」

「つ、露払いって……いや、その前に母ちゃんって……」


 そんな無茶な……っていうか、なんて呼び方してんだ……と、エリックのみならずアロガン達も思った。星樹に対する呼び方は頑張ってスルーしつつ、視線をついっと正面に、島の中央に向ける。


 無数の咆哮が上がった。大気が震えるようなそれは、数十万に及ぶ精霊獣のもの。流石は彼等の聖地というべきか。魔王国に送り込まれた精霊獣とは格が違うようだ。


 普通なら軍隊が出動して対応すべきドラゴンが雑兵のように群れ、人が遭遇すれば絶望するしかない巨狼や獅子がはびこり、森の主かと思うような凶悪極まりない大きな昆虫が、それこそ蟻の如く地上を覆い尽くしている。


 おまけに、浮島からは白い霧が噴き出した。と、錯覚するような勢いで天人の軍隊が飛び出してくる。その数もまた万単位。


 先とは条件が違うのだ。


 メテオインパクトや太陽光集束レーザーのように、島ごと破壊するような攻撃をしては本末転倒。精霊獣は核となる霊石を破壊しないように、天人も極力殺さないように、神霊達も消滅させないようにしなければ、星樹への説得などままならない。


 露払いなど、とてもとても……


「時間差的に晩飯が近い。腹ぺこの娘を待たせるわけにはいかねぇんだ。おら、さっさと突撃しろ」


 尻込みするエリック達の目の前で、ハジメはクリスタルキーを空間に差し込み捻った。輝くゲートが展開される。対となるゲートが遠目に見えた。壁となって立ちはだかる大群の向こう側、森の直上に辛うじて。


 島の中央までは無理でも、目で見える範囲なら辛うじて転移可能ということらしい。


「はいはい、皆さん! 呆けている場合じゃないですよ! ハジメさんが受け持ってくれるんですから、私達は元気に突撃です!」

「なっ。ハジメ殿一人で、あの大群を相手にする気か!?」


 正気を疑うようなエリックの叫び。まさか、ハジメが一人でここに残るとは思わなかったらしい。一緒に強行突破するつもりだったのだ。


 ハジメは、ブレスを吐こうとしたメーレスへ適当にシュラーゲンの砲弾をぶち込み、更に、突撃してきた精霊獣、天人、神霊達へ、クロスヴェルト&グリムリーパーの大群を以て迎え撃ちながら肩を竦めた。


「ある意味、座標がずれたのは悪くなかったな。星樹の母ちゃんにお前等が謝っている間、背後から襲い来る大群を押しとどめ続けるより、離れた場所で、俺を(・・)抑え込ませる方がやりやすい」


 つまり、精霊獣達を阻むのではなく、彼等が最も危険であると認識しているはずのハジメが星樹のもとへ近づかないよう、精霊獣達にハジメの進撃を阻ませるというわけだ。


「まさかと思うが、ハジメ殿。彼等を……」

「殺さない殺さない。ハジメさん、ウソツカナイ」


 胡散くせぇ……と誰もが思った。とはいえ、異論を唱える余地はない。この救済計画の可否はハジメとシアに委ねられているが故に、二人が言うなら従う他はない。ただ、真っ直ぐと、星樹を目指すしかないのだ。


「……すまない。ハジメ殿。シア殿共々、この恩はいずれ必ず」

「ああ、たっぷり恩に着ろ。具体的には物品でな。しけた礼だったら殺す」

「ハジメさんハジメさん、模範的な日本人を忘れてますよ。謙虚の心です!っていうか、そもそも私のためじゃなかったんですか?」


 もちろん、シアのためだ。シアが望むから、ハジメはここにいる。が、それはそれ、これはこれだ。労働に見合った対価はきちんと頂かねば、労働の神様だって激おこするに違いない。今だけ、ハジメは敬虔な労働の神様の信者である。


「シアに免じて、身ぐるみと国庫は見逃してやるさ」

「……十分、悪魔的だと思うが」


 ぼそりとアロガンが呟き、グルウェルが頷く。共に生死の地獄を経験したせいか、微妙に仲良くなっている気がしないでもない。


「ほら、さっさと行け」

「わ、分かった。後を頼む」


 そう言って、エリック達は表情を決然としたものに変えるとゲートの前に整列した。


 シアが、ハジメに飛びつき軽くキスをする。


「では行ってきますね、ハジメさん」

「おう、気を付けてな。俺がキレるような結果にはするなよ?」

「ですね~。ハジメさんから世界を守ってあげないと」


 そんな軽口を叩き合って、シアはくるりっとターンした。


「皆さん、覚悟はいいですか?」


 ここが未来へ続く分かれ道。ターニングポイント。光り輝くゲートは、その入り口だ。


 輝きを背に問いかけるシアに、エリック達は深く頷いた。


「では行きましょう! 未来を切り開きに!」


 返事は当然、覚悟の決まった力強い雄叫びだった。


「ところで魔王様! 先程の〝娘〟というのは、シア様との間のお子様でしょうか!?」

「ダリア!? なぜ今それを聞いた! 頑張って聞かなかったことにしたのに! キスだって見ないようにしてたのに!」


 ゲートに飛び込む寸前のダリアの問いに、エリックの悲痛な声が上がる。取り敢えずさっさと行けと、シアが二人まとめてゲートの向こうへ投げ飛ばした。


 そのまま、他のメンバーも、なんとも言えない表情でゲートの向こうへ消えていく。


 そうして、シアもぴょんっと飛び込み、一人になった戦場で、


「なんとも締まらねぇなぁ」


 と、ハジメは苦笑い気味に独り言ちた。


 そんなハジメへ。


 轟ッと、直上からの神罰が下った。絶対零度の氷雪を伴った超局所的ダウンバーストだ。


 真白かつ地面にクレーターを作り出すほどの打ち下ろしの風圧の中へ、ハジメの姿が消える。


『氷雪の、そして流天の、手を緩めるでないぞ。こやつだけは、この場で必ず滅する』

『分かってるわよ』

『このまま崖ごと海に沈める。海の中なら、メーレスの独擅場だ』


 遙か頭上で、深刻な表情を見せながら言葉を交わしているのは、三柱の神霊だ。


 長い黒髪で、漆黒のドレスと霧を纏った妙齢の美女――夜と闇を司る宵闇の神霊〝ライラ〟。


 ツインテールの淡い緑髪をなびかせ、踊り子のような衣装に身を包む十六、七歳くらいの美少女――世界の風を司る流天の神霊〝エンティ〟。


 クリスタルの如き透き通った体を持つ全長五メートルほどの大鷲――水気と冷気を司る氷雪の神霊〝バラフ〟。


 海流の神霊メーレスと合わせ、彼女達が最後の神霊だ。


 誰も彼も、災害のような攻撃をしておきながら、その目に油断や傲りの色は欠片もない。それどころか、このまま終わってくれという祈りにも似た焦燥と畏れのようなものすら見える。


 神をして、畏怖せしめたのだ。あの天より落ちてきた灼熱の星は。それが、まさか神ならぬ人の身でなされたなど、未だに信じたくもない。


 大地に奈落すら生み出しそうなダウンバーストと、生物が死滅を免れない絶対零度、更にはライラによる意識を闇に沈める状態異常の能力が一切の手加減なしに放たれている中、そのライラが天人達に声を張り上げる。


『神命である。天人族の王よ! 母のもとへ駆ける不逞の輩を誅せよ!』


 空中に整然と並ぶ天人総軍の前で、ペガサスのような翼の生えた白馬に跨がる一際豪奢な出で立ちの美丈夫が、恭しく頭を下げた。神霊の勅命を受けた喜び故か、頬は上気し、瞳には狂喜の炎が轟々と燃え盛っている。


「拝命致しました、我等が神よ。天王たる我――アストルス・フィン・ホンテッドの存在にかけて害虫共を――くぇ!?」

「まぁ、そう張り切るなよ。ちと遊んでいけ」

『なっ!?』


 天王アストルスの頸が絞められたような鳴き声と、神霊達の驚愕の声が響いた。


 もちろん犯人はハジメである。


 いつの間にか局所的災害の中から抜け出し、ペガサスの尻に乗った状態で、アストルスの首をわし掴みにしていたのだ。


 金属の指が、メキョッと素敵に天王の首に食い込んでいらっしゃる。おまけに〝纏雷〟によりアババしていらっしゃる。ご丁寧にも、ペガサスまで電流付きボーラを巻き付けられて空間に固定されていらっしゃる。


 天王と、その愛馬が白目を剝いて痙攣している様は実に悲惨だ。


『いつの間に……いえ、転移ですか』

『だからって無傷はないでしょ!? あいつ、本当に人間なの!?』


 ライラが苦虫を噛み潰したような表情になり、エンティがツインテールを逆立てるようにして怒声を上げる。


「貴様っ、不敬であるぞ!」

「その汚い手を離せ!」


 天人達も、まさか自分達の王に一瞬で肉薄されるとは思いもしなかったのか、動揺しつつも顔を真っ赤にして憤怒の感情を迸らせる。


 天王とは、神に仕える神官であり使徒でもある天人族の長。それすなわち、人という種において最も神に近しい存在。下々の民にとっては、現人神にも等しい存在だ。当然、その専用馬も神聖視される精霊獣――否、聖獣とされる高貴な存在だ。


 まさか、その聖獣の尻を土足で踏みつけ、現人神の首を締め上げるなど……天人族の歴史において前代未聞の惨事である。


 彼等が動揺するのも無理はない。


 なので、ダメ押し。


「こいつの命が惜しかったら動くな! それとも弾けたトマトが見たいか?」


 ハジメさん、ドンナーを抜いて天王様のこめかみにぐりぐりと押しつけた。


 完全に、人質を取った犯罪者の図だった。


『なんという卑劣!』

『あんたには血も涙もないの!?』

『人の情を、どこに置き忘れてきた!』


 神霊さん達から、怒濤の非難が殺到。天人達からも「この悪魔めっ」「卑怯者!」「正々堂々と戦え!」「鬼畜生とはお前のことだ!」等と、炎上まっしぐらな非難が弾幕の如く飛ぶ。


 そんな針のむしろのような場所で、ハジメは「ふむ」と一つ頷くと、


「勝てばよかろうなのだっ」


 どこかの吸血姫が言いそうなセリフを、自信満々に、何一つ恥じることはないと言いたげに胸を張って、ドヤ顔で言い切った。


 と、そこで、苦悶の声を漏らすアストルスが、何やら光を放ち始める。


『神霊様! 我にかまわず、この怪物をお討ちなさいませ! 我が誇り高き天の民よ! 勅命は既に下った! ならば使命を果たせ! それこそ我等天人である! 害虫共を駆除せよ!』


 なんらかの精霊の力を借りた術――精霊術を行使したらしい。喉を絞められ、しかも電流を流されて体の自由を奪われながらも、アストルスは空間全体に響くような必死の言霊を送り出した。


 自らの命を惜しまないその姿勢……


 そして、そんな人に銃口を突きつけ人質に取っているハジメさん……


 中々に酷い構図だった。


「おいこら、俺を悪者みたいに言うなよ。これでも、お前等を極力傷つけないよう抑え込むために知恵を絞った結果なんだぞ」


 だとしたら、余計に外道だろうが……と、きっと神霊から天人までみなが思ったことだろう。


 ライラが涙ながらに声を張り上げた。


『致し方なし! 天の子よ! 敬虔なる子等の長よ! 汝の想い、決して無駄にはしない!』

「ありが……たき……幸せっ」


 最後は自らの言葉で。天王アストルスは無理矢理笑みを浮かべた。


 それに応えるように、天人の、おそらく軍団長なのだろう。白銀の鎧を纏う貴公子然とした青年が、やはり涙を流しながらも決然とした表情で叫ぶ。


「王の意志を無駄にするな! 総軍反転! あの怪物は神霊様と精霊獣達に任せ、我等は害虫共の駆除を執行する!」


 うぉおおおおおおっと、如何にも亡き王に身命を賭して応えんとする死兵のような有様でシア達の後を追い始める天人総軍。


 同時に、クロスヴェルトやグリムリーパーの攻撃を数の暴力でかいくぐった精霊獣達がハジメ目がけて殺到した。


 更に、宵闇の神霊ライラが、纏う黒霧を幾千の槍に変えて放ち、流天の神霊エンティがハジメの周囲から空気を奪いにかかり、氷雪の神霊バラフが周囲の空間を絶対零度にし、海流の神霊メーレスがレーザーのようなブレスを槍衾のように放った。


「やっぱそう簡単にはいかないか……」


 ハジメは小さな溜息を一つ。ドンナーの引き金を引いた。


 頭上へ。


 刹那、ハジメの姿が掻き消える。


――特殊弾 エグズィス・ブレット


 放った弾丸と弾丸、あるいは弾丸と使用者たるハジメの位置をそっくり入れ替える特殊弾である。弾丸は雷速。故に、ハジメもまた疑似雷速移動が可能となる。


 親切にも(?)、移動する寸前で天王をペガサスごと蹴り飛ばしておいたので、攻撃が殺到した時には彼等も地上の染みになるくらいで済んでいる。まだ生きているから大丈夫!


「くっ、必ずやっ、必ずや仇をっ」


 天人軍団長が、飛翔しながらも王のあまりに悲惨な有様に歯がみした。あの男こそ天人の怨敵と定め、使命を遂行した後はいかなる手段を取ろうともハジメを駆除すると心に誓う。


 それは、全ての天人も同じようで、彼等の目には一様に憤怒が宿っていた。


「どんな手を使っても、どんな……」


 軍団長は、ふと思いついた。自分達が追っている異界から来た勇者の少女。怨敵の男は、この少女を追ってきたのだ。先程は口づけもしていた。つまり、とても大切な存在だということだ。


「くくっ、使命と天罰を同時に遂行する良き方法があるではないか……」


 ほの暗い軍団長の目と引き攣った口元からすれば、何を考えているのかは一目瞭然。やられたことをやり返す。因果応報を突き付けてやれば、どれだけ胸のすく思いができるだろうか。


 軍団長の頭の中には、あの少女を蹂躙し、怨敵の男の前にうち捨てる光景が広がっていた。


 おかしくておかしくてたまらない。


 やはり、劣等種に対する天罰の執行は実に愉快。天人族にのみ許された特権の、なんと素晴らしいことか。


 ああ、楽しみだ。本当に楽しみだ……


「くくくっ、ふはははっ――ぶべっ!?」


 軍団長は壁の染みとなった。


 空中で、見えない壁に衝突したのだ。鼻が潰れ、顔面の骨が砕けて、まるで下手なパントマイムのように空中に張り付いている。


 同じ現象は、軍団の先頭を飛んでいた全ての天人にも起きていた。見えない壁に張り付くようにして、衝突時の衝撃と砕けた顔面や肩、胸から走る痛みに悶絶している。


 そして、そのままズルリズルリと血を見えない壁に擦りつけるようにして落ちていく。


――魔王流嫌がらせ百八式 俺のバトルフィールドへようこそ


※クラスメイト達の命名 ⇒ 魔王様からは逃げられない!


 クロスヴェルト数百機による超広域空間遮断型結界を張っただけの単純な嫌がらせだ。現在、ハジメを中心に三キロ四方及び高度三キロまでは、完全に隔絶された空間となっている。


 精霊獣や天人を相手にしていると見せかけて、こっそり地上の森の中や断崖を迂回させる形で配備していたのだ。


 ちなみに、地球のとある国の非合法エージェント達が帰還者に手を出した際に初めて使用され、その時は、うっかり範囲に入ってしまった信治と良樹共々「出してぇ~、ここから出してぇ~」と、誰もが見えない壁を叩き続けていたりする。


 変成魔法が一番上手いティオ協力のもと、ハジメがこだわり抜いたグリムリーパー・バイ○ハザードバージョンが解き放たれていたので無理もないだろう。特に、タイラ○トが大人気だった。何人かSAN値をまるっと失うくらい。


 なお、これも魔王流嫌がらせ百八式の一つであり、名を〝みんなここで死ぬんだよ〟と言ったりする。


 閑話休題。


「軍団長! しっかりしてください!」

「ぐぅ、な、何が起きた? どうなっている?」


 治癒の精霊術だろう。肩を支えられ淡い光に包まれた軍団長は、辛うじて意識を繋ぎ止め、頭を振りながら呟く。「先へ進めません! 見えない壁がっ」と混乱しながらも報告する部下の声に、軍団長もまた更に混乱し……


 次の瞬間、ぞわりっと背筋を粟立てた。本能が、けたたましく警鐘を鳴らしているのを否応なく感じる。


 油を差し忘れた機械のようなぎこちなさで、軍団長は振り返った。


 そこには、おぞましい光景が広がっていた。


 全てが、紅かった。


 真紅の奔流が、空を覆っていた。濁流のように。あるいは、広がる濃霧のように。


 そして、不吉を告げるかのような、おびただしい数の鴉が飛び出していた。


 真紅の奔流の中心で、悪魔的に嗤う男から。まるで、その体内に飼っていた使い魔を解き放っているかのように。


『何をするつもりか知らないけれど、そんなもの吹き飛ばしてやるわ!』


 凜とした声が、僅かに天人達の心を奮い立たせた。見れば、流天の神霊エンティが空間を覆い始めた真紅の濃霧を、生み出した竜巻で蹴散らそうとしている。


 真紅の霧は瞬く間に竜巻に吸い寄せられ、天へと巻き上がっていく。


「ッッ!? いけませんっ、エンティ様!」


 軍団長は咄嗟に叫んだ。わけが分からなかったが、とにかく、それが悪手であることだけは分かったのだ。


 本能的に。そして、怨敵が嗤っていたが故に。


 だがしかし、その忠告は遅かった。


『え? ど、どうして!?』

『っ、いつの間に空間を閉ざした!?』


 エンティが動揺し、バラフが気が付いて叫ぶ。


 その視線の先で、巻き上がった真紅の濃霧は見えない天井にぶつかり、強烈な風に乗って一気に拡散した。


『いい加減に墜ちなさい!』


 ライラが影槍の嵐を放った。とにもかくにも、ハジメを殺せば何をしようと関係ないと言わんばかりに。


 が、次の瞬間、


『ごふっ……え?』


 ライラは、自分が吐血したことに、ぽかんっと口を半開きにして呆けた。


『いっ、な、なに? 体が痛いっ』

『なんだこれは? 体の中に、何か……』


 エンティとバラフも、体に走る突然の痛みに困惑したように動きを止める。


 更に、


「がはっ」


 と、軍団長も盛大に吐血。否、軍団長だけでなく、全ての天人達がもがき苦しむように身悶えし始めた。


 その異常は天人や神霊達だけにとどまらず、精霊獣達にも及んだ。屈強で巨大な獣達が、総じてもがき苦しむようにして暴れ始める。


 まるで悪夢の中にいるようだった。直ぐ傍を、あるいは頭上を飛び交う無数の鴉がなおさら現実感を失わせる。


『具現化を解け! 再構築しろ! 霧を取り込むな!』


 轟いた警告は、ここにきて初めて言葉を発したメーレスのもの。神霊の中で最も寡黙で、同胞達すら滅多に聞かない彼の言葉は、焦燥に満ちたものだった。


 言われた通り、ライラは黒霧に、エンティは渦巻く風に、バラフは氷雪に、メーレスは水流に変じて直ぐに肉体を再構築。そして、それぞれの方法で霧をシャットアウトした。


 そうすれば、先程までの痛みが嘘のようになくなっている。


 メーレスが、結界により海の中すら限られた空間しかなくなったことで、陸へと身をうねらせながら這い上がってくる。


 そして、その眼光を、鴉の群れの中心で悠然と佇む上空のハジメへと叩き付けた。


『貴様、やはり人ではない。なんと恐ろしいことを』

「へぇ、流石は神ってところか。肉体の再構築で対抗されるとはな」


 言葉ほど残念そうではない、実に軽い言葉が返ってきた。


「貴様ぁっ、何をしたぁっ」


 軍団長が、一瞬で構築した精霊術による光の槍を飛ばそうとする。が、ハジメが一瞥し、軽く手を振った瞬間、体内の痛みに悶絶する。


 その光景を苦々しく見ながら、ライラが代わりに答えた。


『これは……目に見えないほど細かな……金属の欠片か』

「ご名答」


 金属粉塵――かつて、あのエヒトルジュエとの最終決戦にて起死回生の一手としたハジメの切り札の一つ。


 一度体内に侵入した金属粉塵は、血管の中にまで入り込み、内部から対象をズタズタにする。やろうと思えば、鴉型アーティファクト〝オルニス〟を中継点に〝集束錬成〟を調整しつつやることで、体内の金属粉塵を反応させて殺さず激痛やらダメージやらを与えることも可能だ。ちなみに、真紅の光はオプションである!


 金属粉塵が、真紅の光を纏って濃霧となり世界を覆う。その領域内にある生物は、魔王に体内を掌握されると同時に生殺与奪の権利をも握られるのだ。


 これすなわち、


――魔王流嫌がらせ百八式  こんなにも魔王が紅いから


 生かさず殺さず、魔王様の優しい拘束術、ここに完成。


 すくなくとも、数十万の精霊獣と天人総軍は完全に無力化されてしまった。


 戦慄が駆け抜ける。こんなことが現実なのかと、誰もが本能的に逃避を行う。精霊獣達は本能が敗北し、ただ震えるばかり。


 そんな中、


「なぁに、死にはしないし、殺しもしないさ。だからよ、もう少し付き合ってくれ。あいつらが目的を達するまでの間、な?」


 唯一、この真紅の地獄の中で動ける神霊達に、悪魔より悪魔らしい男のお誘いが響いた。


『……母よ。申し訳ありません。貴女のもとへは行けそうにない』


 ライラのその言葉が、何より雄弁に、神霊達の内心を物語っていた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


ハジメさんを書き始めると、楽しくてついつい字数が伸びる。

いや、まぁ、いつも楽しくて何書いても字数は伸びるんですけども(汗

すみませんが、シア編もう少しだけ続きます。


※元ネタ紹介

・みんなここで死ぬんだよ

 ⇒映画バイ○ハザードのレッドクイーンちゃんの素敵なセリフより

・こんなにも魔王が紅いから

 ⇒東○Projectの某カリスマ吸血鬼のお嬢様の痺れるセリフより


それはそれとして、【12月25日】発売の新刊情報です!

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

・左:原作9巻の表紙です。氷雪洞窟編ですね。表紙から誰メインかは言わずもがな。今回も加筆修正のほか、書き下ろし番外編が入っています。楽しんでもらえると嬉しいです。特に雫が好きという方々には!

・右:原作コミック4巻の表紙です。VSミレディまでですね。今回も巻末にSSを書かせていただきました。例の如く、ユエ目線でのお話です。RoGa先生の圧倒的画力共々、楽しんでいただければ!


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

・左:日常2巻です!シア表紙可愛い!しかし、表紙を開くと……森先生、流石ですw逆輸入ネタの宝庫たる日常ワールド、是非お手に取っていただければと思います!

・右:コミック版零2巻です。オスカー編の最終決戦ですね。迫力が凄いです。相変わらずミレディはウザいですが、コミック版では神地先生の力でかわいくも見える。神地先生に圧倒的感謝です!


オーバーラップ様のHPにも掲載されています。

あと、いつも通り、SSを含め各書店用の特典があります。また詳細が分かりましたら、お伝えさせていただきます。

年末年始辺りのお供にしていただければ、白米、とても嬉しいです。

よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
圧倒的な力を見せてもなお魔王に立ち向かう神霊達に涙を禁じえない
[一言] どこかに、「大丈夫だ、問題ない」が欲しかった。 というか、これだけの量のクロスベルトをせっせと作ってる魔王様を思うと、ちょっとほっこりしますね。
2021/08/03 22:09 退会済み
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