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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
330/551

殴殺勇者シア編 そこは最前線の町

注意

本作品はフィクションです。実在の人物・団体・町とは関係ありません。

つまり秋葉原ではなく、あくまでもアキバの町です。

そういうことで一つ、よろしくお願いしますっ。





 ハジメ達が地球に帰還して数ヶ月ほど経ったある日。


「シア……本当に一人で行くのか?」


 心配そうなハジメの声が、南雲家のリビングに響いた。


 デフォルメされたウサギマークの刺繍があるウサバッグに、財布やら小物やらを入れながら、シアが困ったような表情で言葉を返す。


「んもっ。ハジメさんったら心配しすぎですぅ! 私をいくつだと思っているんですか」

「そうは言ってもな……まだ、こっちの文化や価値観にも慣れきっちゃいないだろう? 何も一人で行くことはないと思うんだ」

「あのですねぇ~。ちょっとお買い物に行くだけで大袈裟ですよ! 小さい子じゃないんですよ?」

「だけどな、シア。〝はじめてのアキバ〟だぞ?」


 一人で買い物に行くというシアに過保護なまでの心配を見せるハジメの、その心配の原因はそれらしい。


 若干呆れ顔のシアを前に、ハジメは難しい表情を見せると「ダメだ。やっぱり心配だ。俺もついていく!」と声を張り上げる。


「一体なんだというんですか……。ハジメさんの好きなサブカルチャー溢れる素敵な町なのでしょう? ハジメさんのような趣味を持つ方々の聖地だというくらいに。なのに、なんで戦地に送り出すみたいな感じになってるんです?」

「戦地、か。……ある意味、間違っちゃいないな」


 ぼそっと呟かれたハジメの言葉に、ウサミミをへにょっ?と傾げて疑問顔になるシア。


 ハジメはごほんっと咳払いすると、キリッとした顔で改めて宣言した。


「とにかく! 俺もついていくぞ!」

「も~~っ。ダメですよぉ」


 シアは、ハジメの強情とすら言える宣言に、嬉しいやら困るやらウサミミをふにゃふにゃさせてしまう。


 とはいえ、今のハジメを連れて行くわけにはいかない。


「目の下に、そんなおっきな隈を作ってる人とは一緒に行きませんからね! ここ数日、愛子さんを助けるために情報統制に奔走したり、新しいアーティファクトの作製でほとんど寝ていないでしょう? 今日はきちんと休んでくださいです!」

「いや、徹夜は慣れてる。異世界で鍛えられた今の俺なら、三十徹くらいいける」

「一ヶ月も寝ないことに慣れないでください」


 ぺちっと、ハジメの頭を叱るように叩くシア。溜息を吐きながら、しかし、心配してくれるのは嬉しいので代替案を出してみる。


「なら、ユエさんと行きますよ。二人なら安心でしょう? ユエさん、こっちに来てから大体家にいる暇な人ですし」

「!?」


 リビングのソファーで、面白そうにハジメとシアのやり取りを見ていたユエ様が被弾した。まるで、予期せぬところから矢で射貫かれたように、「はぅっ」と胸を押さえている。


「ダメだ。むしろ、余計にダメだ。いいか、シア。お前はアキバという場所を全く分かっていない。お前やユエがあの町に行くというのはな、そう、言ってみれば飢えたライオンの群れの中に生肉を放り込むようなものなんだ」

「ちょっと何を言ってるのか分からないです」

「……なら、俺も妥協しようじゃないか。シア、そもそも大した用事でもないんだろう? なら、次の休日に一緒に行くってことでどうだ?」

「私にとっては大した用事ですぅ!」


 心外な! と言いたげに、ウサミミをぶわっとさせるシアさん。


 ちなみに、シアがアキバの町に行きたいのは、たまたま今日は暇で、大体暇しているユエさん以外には遊べる人がいなくて、ハジメは直ぐに寝るべき状態で、ならばまだまだ知らないことの多い日本の町を散策してみようと思い立ったからだ。


 そして、何故アキバの町かというと、ウサミミ少女研究のためである。


 地球には、というか日本には、なにやらケモミミを愛する文化があるという。つい最近まで差別対象ですらあった自分達ケモミミ種族を好むというのだ。


 そして、創作物としてウサミミ少女が活躍する物語も沢山あるという。「ならば、勉強せねばなるまいですぅ!」と、シアは思ったわけだ。そう、よりハジメ好みの愛されるウサギになるために!


 取り敢えず、本日の計画では、問題児達が異世界で暴れるので大体苦労している滅法強いウサミミ少女が活躍する作品と、ファンタジー郷で狂気を操っちゃうウサミミ制服少女の作品を買いあさるつもりだ。


 どちらも、周りに優れているけど問題児的な人が多いという点や、家事能力で優れているという点に親近感が湧いたのだ。


 あと、本格的な格闘系の作品も買いあさる予定である。ハジメ所有の蔵書は既に読み尽くし、お遊び半分ではあるが出てきた技は大体習得済みだ。


 未だに、ファンタジー色の強い作品の技――例えば、シアインパク○やシアフィー○ーなど某バグキャラの技は習得できていないが、ある程度現実的な技はシアの体によく馴染んだ。


 閑話休題。


 シアの決意(?)が固いと知ったハジメは、小さく溜息を一つ。


 おもむろにシアのウサミミへ手を伸ばした。もふもふ。


「んっ、んぅ~。なんですか、ハジメさん」


 気持ち良さそうに目を細めるシアに、ハジメは真面目な顔で言う。


「シア、自覚してくれ。お前のウサミミは人類の至宝だ」

「なに言ってるんです?」

「こいつのためなら、人類は戦争も辞さないだろう」

「ハジメさん、あなた疲れてるんですよ。いいからさっさと寝てください」


 ジト目のシアをスルーして、ハジメはシアのウサミミにイヤーカフスをつけた。途端、ウサミミがスゥと空気に溶け込むようにして見えなくなる。


「ウサミミを隠すのに、いつもカチューシャタイプというのも飽きるだろ? イヤーカフスタイプも作ってみたんだ。改良して、お前の容姿に対しても認識阻害がかかるようにしてある。一人で町を歩いたらナンパほいほいだからな、お前は」

「ハジメさんったら……もう、寝不足のくせに何を作ってるんですかぁ」


 ウサミミみょんみょん! ウサミミは口ほどにものを言う! 


 だが、てれてれしているシアを前に、ハジメは真顔だ。ちょっと怖いくらいの真顔で、シアの両肩をガッする。


「ハ、ハジメさん?」

「いいか、シア。そのイヤーカフスは、お前の生命線だ。アキバの町では、よくよく注意しろ。間違っても外すんじゃないぞ。……アキバの町が荒れるからな。いや、世界が震撼するか……とにかく、とても面倒なことになる」

「え、ええ。それはまぁ、外しませんけど……」


 ただサブカルチャー溢れる素敵な町に行くにしては、ちょっと大袈裟じゃないですかね? とシアはなんとも言えない表情になる。


 やっぱり寝不足で頭がちょっとあれな感じになっているんですねっと自己完結し、シアはウサバッグを背負って出発の意思を示した。


 なお、宝物庫を持っているシアが、わざわざウサバッグを持っているのは、荷物を人前で出し入れする場合を考慮してのことだ。


 玄関まで行くと、ハジメも見送りについてくる。ユエはどうしたのかと思ったが、シアの優秀なウサミミが、リビングから「……大体暇な吸血姫……いつも家にいる吸血姫……ニート吸血姫まっしぐら? ……そんな馬鹿な……」というブツブツとした呟きが聞こえてきたので、ちょっと冷や汗を掻きつつスルーすることにした。


 帰りにユエの好きなスイーツでも買って帰ろうと思いつつ。


「それじゃあハジメさん、行ってきますね」

「ああ。……財布は持ったな? 行き方は大丈夫か?」

「はい、大丈夫ですよ」

「ハンカチとテイッシュは? スマホはちゃんと持ってるな?」

「……持ってますよ。そんなに心配しなくても大丈夫ですから」


 まるで、本当に〝はじめてのおつかい〟に行く小さな子を心配する親のような言動に、流石にちょっとげんなりし始めたシアだったが……


「ドリュッケンは持ったか? 手榴弾は足りてるな?」

「ほ、宝物庫はちゃんと持ってますよ?」

「弾丸の貯蔵は十分か? 戦争する準備はOK?」

「どこの誰と!? アキバの町って電気街ですよね!? 戦地じゃありませんよね!?」


 急に不安になってきたシアちゃん。アキバの町が、血風舞う最前線に思えてきた。


「……無事に戻れシア。健闘を祈る!」

「やっぱり戦地なんですか!? 都会のど真ん中に!? 日本コワイ!」


 ビシッと敬礼を決める真顔のハジメを背に、シアはビクビクしながら出発したのだった。


 やっぱり止めておいた方が良かったかなぁと、ちょっと思いながら。





~~~~~~~~~~~~~~~~~





 その数時間後。


「はぁはぁ、くぅ~、なんてしつこいっ。ハジメさんの懸念は、こういうことだったんですね!」


 淡青白色の美しい髪をなびかせながら、アキバの町の裏路地を軽快に走る人影があった。


 純白のミニスカートを翻しながら悪態を吐いているのはシアだ。


 その顔には、いつもの天真爛漫な笑顔は浮かんでおらず、己の失態と今まさに自分を追い詰めている魔手に苦いものとなっている。自慢のウサミミも周囲を警戒するようにピコピコと忙しく動いている。


 シアは、ゴミ箱や配管を軽業師のように避けながらビルとビルの間の細い路地を突き進む。


 その姿は、まるで必死の逃亡を図っている人のようで……


 否、実際に、信じ難いことに、現在シアは逃亡を余儀なくされているのだった。


 ハジメ達と共に人外の仲間入りをしているシアを脅かせる存在などそうはいない。シアを知る者は総じて「リアル某バグキャラ」と評価するほど。


 通常弾であれば掴み取っちゃう上に、最近では「見てくださいハジメさん! 遂に会得しましたよ!」と言いながら、ガトリングガンもマトリッ○スのエージェントみたいに回避しちゃって、ハジメに「うぼぁ」と奇怪な呻き声を上げさせたほど。


 そんなバグウサギに逃亡の一手を強いている存在とは……


「み、見つけたぁ! ウサミミっ娘さぁああん!」

「ひぃ!?」


 リュックを背負い、達筆な字で「これぞ我が人生」と描かれたTシャツをまとい、長い髪の隙間から炯々とした眼光を覗かせ、その手にゴツいカメラを持った――〝アキバの戦士〟が、そこにはいた。


 裏路地から出る寸前に、ビルの裏口の扉をがばりっと開いて現れたアキバ戦士な少年に、シアは思わず情けない悲鳴を上げる。


 それも無理のないことだ。なぜなら、シアのウサミミは寸前まで彼の気配をビルの向こう側に察知していたのだ。にもかかわず、一瞬、気を逸らした直後には眼前に現れたのである。


 ここ地球ですよね!? 平和の国、日本ですよね!? と内心で悲鳴じみたツッコミを入れるシア。


 戦慄の表情を浮かべるシアに向かって、カメラを構えるアキバ戦士な少年は、突然、がばりっと頭を下げた。


「しゃ、写真、お願いします!!」

「嫌だって言ってるでしょうがっ!」


 反射的に言い返すシア。


 しかし、少年は全くめげない! 退かない! 媚びない! 省みない! 「そ、そこをなんとかっ!」と、ちょっとどもっているくせに妙に強い意志を感じさせる勢いで更に深く頭を下げる。


 埒があかないと、シアはビルの壁を利用し、三角飛びの要領で少年の頭上を飛び越えどこかの通りに出た。


 すると、シアの怒声を聞きつけたようで、さっきまでシアを追いかけていた連中――戦士&紳士の集団がわらわらと集まってくる。


「ウ、ウサミミさんっ、写真、お願いしますぅ!」

「一枚、一枚だけでいいんでっ」

「あ、あの目線、こっちにお願いしまっす!」

「ポーズいいですか? で、できれば指でっぽうの形でお願いします。それと、ウサミミはもうちょいよれた感じにできますか? ていうか、こ、ここに制服あるんで、き、着替えてもらっていいですか?」


 あっという間に、下は十代半ばから上は還暦ぐらいまでの戦士と紳士に包囲される。いっそ、鮮やかと称賛したくなるほどの陣形成。その上、何かのイベントかと野次馬達まで集まり、遂には人垣まででき始めた。


「うぅ、一体なんだって言うんですかぁ。ネコミミつけた人とか、イヌミミつけた人達だっているのに。さっきのウサミミメイドさんなんて、なんか凄い動きしてたのに、なんで私ばっかり……。ハジメさんの言ってた『アキバの町が荒れる』って言葉通りですぅ」


 泣きべそを掻くシア。既に周囲はアキバの戦士紳士淑女で埋め尽くされ、シャッターチャンスを狙って今か今かとシアの許可を待っている。


 ちなみに、シアのいうウサミミメイドさん。シアは遠目に見ただけなのだが……


 路上でお店への客引きをしていたところ、どうやら盗撮犯を発見したらしい。ウサミミメイドさんは凄まじい速度で走り出すと、脱兎の如く逃げ出した盗撮犯へ「光速トライデン○タックル!」と何やら技名を叫びながらあっという間に取り押さえてしまったのだ。


 シアは幻視した。ウサミミメイドさんが伸ばした片腕に重なる、三叉の矛を。


 それはそれとして。


 なぜこんな事態になっているのかということだが、それは単純に、シアの痛恨のミスが原因だ。


 長く被差別種族として生きてきたシアにとって、自ら好んでケモミミを付ける女の子は大変珍しい存在だった。いや、ユエとかはよく〝ユエにゃん〟したりしているが、あの人はいろいろあれなので、それは置いておいて……


 とにかく、非常に視線と注意を奪われる存在だった。


 だからだろう。ただでさえ人が多い中、注意力も散漫になっていたシアは人とぶつかった拍子に、何かに引っ掛けたようでうっかりイヤーカフスを落としてしまったのだ。


 しかも、慌てている人あるあるな話。


 慌てて拾おうとしてうっかりつま先で蹴ってしまうという痛恨のミス第二弾。


 運の悪いことに、ころりっと転がったイヤーカフスは更にピンボールのように人混みに弾かれ、「ゴール!!」と実況が叫びそうなほど見事に側道の排水溝へと飛び込んでしまったのである。


 あわあわしながら排水溝の中を確認しようとしたシアだったが……


 イヤーカフスがなければ、当然、あらわになる。


 そう、シアのウサミミと、何より、その美貌が。


 淡青白色の月光を思わせる美しい長髪に、海外のタレントとて裸足で逃げ出しそうな美貌、モデル顔負けの完璧なプロポーション。


 美人顔なのにまとう雰囲気はとても柔らかくて、ずっと見ていたくなるような愛らしさで溢れている。


 そんな、ただでさえ奇跡のように可愛らしい少女が、だ。


 よりにもよって、ウサミミをピコピコさせているのだ。


 この際、ウサミミがちょっとリアルすぎることなんて気にしない。どうやって動いてるんだろうとか、動きが自然すぎるんですけど……というツッコミだって内心の奥底に放り込む。


 だって、男なら、否、たとえ同性であっても、アキバを愛する者なら心奪われないわけがないのだもの!


 後は必然だ。アキバの戦士紳士淑女魔法使い達が、ハイエナの如く群がった。


 もし、ここで彼等がシアに対し無礼を働いたり、強行に出るようなことがあれば、シアは容赦なくぶん殴ってさっさと姿を消しただろう。


 しかし、彼等は流石だった。写真を撮る前にきっちり許可を求めて頭を下げるし、熱意たっぷりに遠慮なく要望をぶつけるくせに強行突破してこない。


 元々ハジメから騒動になると忠告を受けていて、しかもアーティファクトを失くすという失態まで犯したシアは、そんな彼等に対して逆に強行できずにいた。


 なので、さっさとアキバの町から退散することにしたのだが……


 彼等は、そう甘くはなかった。


 かつて、ハイリヒ王国の職人達が、ただその情熱だけを武器にハジメを追い詰めたように、彼等はシアを追い詰めた!


 本当にただの人間ですか!? とツッコミを入れずにはいられない驚異の追跡術と身体能力、そして初対面同士とは思えない連携をもって迫り、ひたすら丁寧に懇願してくるのである。


 まさに、〝シアは逃げ出した! しかし回り込まれてしまった!〟という状態だ。


 アキバの戦士紳士淑女魔法使い猟犬探索者達からは逃げられない!


 シアは思った。「駅が遠い……」と。


「ふぅ、仕方ありません。あまりハジメさんの世界で非常識なことはしたくなかったのですが……むしろ、あなた達の方が非常識ですもんね! これくらい大丈夫ですよね!」


 シアは、「写真、お願いします!」の声が大合唱になり始めたところで、深い溜息を吐きながらスタスタと歩き始めた。


 シアを囲む円形の人垣がざわりとするが、お構いなしに真っ直ぐ前へと進み、一人の少年の前で立ち止まった。


 少年は、「え、え? お、俺? もしかして、キタ? 俺の青春キタ?」と呟いているが、やはりお構いなしに、シアは少年の肩をガシッと掴む。


 テレビの中でさえそうそうお目にかかれない愛らしいウサミミ外人美少女に両肩を掴まれて、顔を真っ赤に染める少年。周囲が更にざわざわする!


 どこか期待するような表情の少年に、しかし、シアは非情な、一部の特殊な人間にとってはご褒美な言葉を贈った。


「すみません。ちょっと(ひざまづ)いてもらえますか?」

「え?」

「跪いて、もらえますか?」


 にっこり微笑みながらギリギリと力を込めていくシアに一瞬呆ける少年だったが、何故か更に顔を赤くし、ちょっと鼻息を荒げながら膝を折った。どうやら、この少年も〝一部の特殊な人間〟だったらしい。


 シアは、そんな少年の肩に足をかけた。思わず見上げそうになる少年だったが、直後、凄まじいプレッシャーに襲いかかられて本能的に頭を下げた。まるで、女王様に忠誠を誓う騎士のようである。


 周囲の人達が、まさかこんな公衆の面前でアブノーマルなあれこれが始まるのかと固唾を呑む。カメラのレンズがあちこちでキラリと光った。


 が、次の瞬間、彼等は瞠目することになった。


「それでは皆さん、お騒がせしてすみませんでした」


 謝罪の言葉と共にぺこりと頭を下げたシアは、直後、少年の肩にかけた足にクッと体重をかけると、そのまま大きく跳躍した。


 少年は、人一人の跳躍を支えたにしては驚くほど手応えがなかったことに驚きつつハッとして振り返った。


 すると、そこには空中でくるりと一回転しながら、後方にいた一人の禿げたおじさんの頭を次の踏み台にするシアの姿があった。


 シアは、そのままアキバの戦士紳士淑女魔法使い騎士猟犬探索者店長ウサミミメイドさん逸般人達を踏み台にしながら、人垣の上をどんどん進んでいく。


「お、俺を踏み台にしたぁ!?」

「ありがとうございますっ」

「心がぴょんぴょんするんじゃぁっ」


 誰も彼も、華麗にぴょんぴょんと人垣を踏みつけていくシアに大興奮。


 ぴょこぴょこと揺れるウサミミと、ふりふりと動くウサシッポ、そしてばるんっばるんっと凶悪に跳ねる双丘に発狂寸前な人々が多数。戦士達が、狂戦士達になりかけている!


 もちろん、シアは狙ってやったわけではない。ひとっ跳びで人垣を抜け出すくらい容易いことだ。


 しかし、それでは本当に人外である。踏み台を利用し、人を足場に跳躍するくらいが、常識として処理できるギリギリの範囲だったのだ。


 人々のざわめきをよそに、最後に大きな跳躍と共に体操選手も真っ青な見事な空中宙返りでスタッと着地を決めたシアは、そのまま脱兎の如く駆け出した。


 我に返った戦士達が「ヒィーーハァーー!!」と一斉に動き出す。……半分くらい狂戦士化しているっぽい。あと、ウサミミメイドさんがめちゃくちゃ速い。「弟子にしてください!」という声がシアのウサミミに届いた気がしたが、きっと気のせいに違いない。


「今度こそぉ、アキバの駅に辿りついて見せますぅ! 神の使徒にだって打ち勝ったウサギを舐めんなです!」


 きっと神の使徒達も、アキバの戦士達と比べられたと知れば草葉の陰で泣いていることだろう。特にエーアストさんは。


 そうして最後の路地を疾走し、前方に駅を捉えたシアが、もうハジメの付き添いなしでアキバに来るのは止めておこうと決意しつつ、安堵を滲ませて気を緩めた――そのとき。


「はぇ?」


 シアの踏み出した足が、宙を泳いだ。思わず間抜けな声が漏れ出す。


 踏み込むべき足場を失い、ぐらりと傾きつつ視線を転じれば、そこには真っ暗なブラックホールの如き穴があった。


 直前まで、そこには確かに道があった。マンホールが外れていたわけでもない。何より、本能に訴えかけるものが、ただの穴でないことを強烈に示してくる。


 穴へと落ちそうなったシアは、しかし、動揺しつつもバグキャラに相応しい反応速度で、靴に仕込まれた〝空力〟の力で足場を作り対岸へと逃れようとする。


 だが、


「なっ!? 吸い込まれる!?」


 そう、その穴は、まさにブラックホールという表現がぴったりと当てはまるものだった。

 

 まるで、ユエの扱う〝絶禍〟の如く。抗い難い凄まじい吸引力が、シアを完全に捉えた!


「くっ、ハジメさんっ!」


 あまりの不意打ちと、神話決戦以降の平穏な日々により少し鈍っていたらしい実戦感覚のせいで対処しきれなかったシアは、最後に、最愛の人の名を呼びながら暗き闇の底へと呑み込まれていった。


 シアが消えた路地に、静寂が戻る。


 ひゅるりと、虚しい風だけが吹き抜けた。





~~~~~~~~~~~~~~~~~





 凄まじい浮遊感の後、シアはお尻の下に固い地面の感触を感じ取った。


 視界は光に溢れていて判然としない。しかし、その優秀な気配感知能力が、光の向こう側で自分を囲む複数の気配を察知する。


「どうやら即殺は免れたようですけれど……厄介事の匂いがぷんぷんですね」


 シアは苦笑いを浮かべながら、左手の薬指に嵌められた宝物庫に魔力を注ぐ。同時に掌を横にかざして握り締めれば、絶妙なタイミングで顕現したヴィレドリュッケンが手中に収まった。


 不測の事態ではあるが、そのずしりとした相棒の重さがシアに不敵な笑みを浮かべさせる。どんな事態になろうとも打ち砕いてみせるという自信と、必ずハジメ達と再会するという決意が、きらめく瞳に刻まれるように宿った。


 そうして、シアが警戒しながら様子を窺っていると、やがて宙に溶け込むようにして光が消えていく。


 さて、一体どんな輩が自分をさらうなどといった馬鹿げたことをしてくれたのか、とシアが剣呑に細めた眼差しを巡らせると、


「おぉ、成功したのか!?」

「流石、筆頭宮廷霊法師殿だ」

「見ろ、あの美しさを。まるで月の女神のようだ」


 驚愕と歓喜にざわめく二十人くらいの人がいた。法衣らしき衣服と鎧を着た兵士らしき者達だ。


 沈黙したまま観察の視線を巡らせるシアに、少し疲弊した様子の青年が一人進み出て来た。


 群青と銀の幾何学模様で彩られた立派なローブと、捻れた樫のような木で出来た杖を持った青年で、鮮やかな銀の長髪を根元で結っている。小さな鼻眼鏡をかけており、切れ長の瞳が理知的な印象を与えている。インテリ系の凄まじいイケメンだった。


 そんなインテリ系のイケメンがシアに向かって口を開こうとして、しかし、その後ろから肩を掴まれて静止される。


「待て、ルイス。不用意に近づくな。あの女、武器を持っていやがる。何をするか分からんぞ」


 そう言って、シアに警戒と猜疑の眼差しを向けたのは、これまた凄まじいイケメンだった。鮮やかな金髪と黄金の瞳。肉食獣めいた鋭い目つきと、身につけた軽鎧の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体。野生の獅子を思わせる男だった。


「えぇ~、そうかな? すっごく可愛い子だと思うけど? 俺は直ぐにでもお近づきになりたいねぇ」

「フィルは黙っていろ。色ボケの意見は聞いてない」

「そんなこと言って、エリックも内心では可愛いとか思ってんでしょ? それに、ほら、普段は女の子に興味ありませんって顔しているグレッグが見惚れちゃってんじゃん」


 軽薄な口調で出てきたのは、やはりイケメンだった。大きく胸元の開いただらしのない格好で、ウェーブのかかった深緑色の髪を適当に遊ばせている。


 更には、体格のいい、しかし、やっぱり何かのお約束のようにイケメンの黒髪短髪の男が、シアへジっと視線を注いでいた。


 そんな彼等を見て、いい加減しびれを切らしたシアは、ヴィレドリュッケンで肩をトントンしながら口を開く。


「あの、何の目的で私をさらったのか知りませんけど、敵意がないなら、いい加減事情を説明してくれませんか? 私、早く帰りたいんですが……」


 すると、そんなシアの態度に思うところがあったのか、いかにも俺様な性格っぽい金髪の男――エリックと呼ばれていた男が目を眇めて何かを言おうとする。


 そんな金髪を、今度はルイスと呼ばれていた銀髪の優男が止めて、柔和な笑顔を浮かべながらその目的を語った。


「失礼しました。私達があなた様をお喚びしたのは、この世界を救って欲しいからです。勝手を致しました無礼は幾重にもお詫びします。ですが、どうか、私達の世界をお救い下さい」


 そうして、決定的で、テンプレで、とってもありふれた言葉が放たれた。


「――勇者様」


 切実で、大きな期待に込められた彼等の言葉と眼差し。


 それを見て、聞いて、シアは思わずといった感じで、


「え、嫌ですけど」


 と、素で返したのだった。


 とても、居たたまれない空気が場に満ちた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


殴殺勇者シア編は、基本的にシアが世の中(異世界)の問題の九割を暴力で解決するだけのお話です。

なので、前にシア編をやったというのもありますし、あまり長くしないつもりです。

とはいえ、話数予告に関しては前科しかないので、断言はしません!

長くなったらごめんなさい。


なお、今回の話は、以前活動報告に載せたSSに加筆修正したものです。


追伸

ガルドにて、「ありふれ本編コミック 第25話」が更新されています。

ミレディ戦決着ですね。ユエに褒められて嬉しそうなシアが可愛いです。

あと、ミニミレディが良い感じにウザいですw

是非、見に行ってみてください!


よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
仲間キャラ属性まで召喚してしまうなんて...
シアまで異世界召喚のえじきに……
うん、普通は断るよね。
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