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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
329/549

トータス旅行記⑨ R-18指定の奈落ライフ




 目の前で、ハジメが倒れた。


「「ハジメ!」」


 その光景に、愁と菫は思わず駆け寄った。


 傍らに膝を突いて手を伸ばすが、その手は息子の体を通り抜けて宙をさまよう。


「父さん、母さん。俺はこっちだって」


 苦笑いしながら、愁と菫に歩み寄るのはハジメだ。そう、現実のハジメだ。


 ハッとして視線を転じた二人は、そこにミュウを抱っこしている息子の姿を見て安堵と共に大きく息を吐いた。そして、同じように苦笑いを浮かべる。


 と、同時に、目の前の、満身創痍である過去のハジメが宙に溶けるようにして消えていく。


 ここは真のオルクス大迷宮――百階層。奈落の終着点であり、オスカー・オルクスの隠れ家がある場所であり、そして、最強のガーディアンたるヒュドラが待ち構える場所。


 ハジメ達は今の今まで、かつてハジメとユエが繰り広げた壮絶なラスボス戦を見ていたのだ。


 ただの映像に過ぎないと分かっていても、3D映画など比ではない迫力の生存闘争。


 ヒュドラの咆哮、致死のブレス、魔法と銃撃による反撃……


 そして、ユエを庇って極光に呑まれるハジメ。


 右目が蒸発し、体の一部が炭化し、力尽きたように前のめりに倒れる。


 ハジメを守るべく、魔力の乏しい状態でドンナーを片手に駆け出すユエ。


 流星群のような光弾の嵐が空間を蹂躙する様は、ただの映像と分かっていても身を竦めずにはいられない。実際、薫子や昭子は、ティオに精神耐性を上げる魔法をかけてもらわねば、二桁単位で気絶していたことだろう。


 その光弾がユエをボロボロに打ち据える光景は、今の無敵女王な彼女の有様からは信じがたいものだった。


 同時に、歯を食いしばって、決して引かず、命を懸けてハジメを守らんとする姿は心揺さぶるほど尊くて、菫も愁も、映像を見ながらユエを抱き締めずにはいられなかった。


 やがて放たれる断罪の極光。不埒な侵入者を滅ぼさんと放たれたそれを前に、しかし、ユエは真っ直ぐに前を見て……


 間一髪、ハジメが復活。


 誰もが、思わず「おぉ!」と歓声を上げた。が、見て直ぐに分かった。復活などではないと。ただの根性だ。見るも無惨なハジメの姿が、ほとんど回復すらしていないことを如実に示している。


 しかし、そこから先は劇的だった。圧倒的で、驚異的で、奇跡的だった。まるで、神話の物語のようだった。


 流星群の中を、寄り添う二人が踊るようにして抜けていく。もはや、致死の光は、二人を彩る華美な照明に過ぎなかった。


 宙を走り、天井を砕き落とし、即席の溶鉱炉を錬成。阿吽の呼吸で放たれる終焉の蒼き炎。


 ラストガーディアンの断末魔の悲鳴が木霊する。


 全てが終わったとき、その壮絶で神話と見紛う光景を見届けた愁達は、否、シア達ですら、何か言葉にできない強烈な感慨で息をするのも忘れていた。


 そうして、ハジメが「もう無理」と言ってぶっ倒れたところで、ようやく我に返ったというわけだ。


「凄かったろ?」


 ハジメの、どこか得意げな言葉が木霊した。


 それに、愁と菫は目を丸くする。


 どちらかと言えば、ずっと過去映像を見せるのに乗り気でなく、「もう終わったこと」として大した言及もしなかったハジメが、得意げ……否、見るからに分かるドヤ顔である。


 途中から、抱っこされているミュウがヒシッと抱きついていたので、顔面の半分が幼女で埋まっているが、もう半分の顔から自慢しているのがよく分かった。


「珍しいな、お前が自分の作品以外のことでドヤ顔するのは」

「死闘だったからな。……神水っていう反則な回復薬に、使用者がどんな状態でも過剰威力を放てる武器、そして魔法チートな相棒。どれか一つ欠けても生き残れなかった。文字通り、俺とユエの全部を賭けた戦いだった」


 ある意味、全てはこの勝利から始まったと言っても過言ではないかもしれない。


「何より、相棒が頑張ってくれたわけだしな。この戦いでの勝利は、まぁ、謙遜の必要もないさ。俺とユエの――誇りだ」


 そう言って、いつの間にか隣に来ていたユエの頭を優しく撫でるハジメ。ユエは、なんだか「ふに~」という声が漏れ出しそうな、ゆるふわな表情になっている。


 愁は「そうか……」と眩しそうに目を細め、菫も「なるほどね」と穏やかに微笑んだ。


「それにしても、凄まじかったのぅ」

「ええ……想像を遙かに超えていたわ」


 ティオと雫の言葉を皮切りに、他の者達も口々に感想を話し出した。


 親達は興奮を隠せない様子で、シア達は若干の羨ましさと感嘆を滲ませて。シアだけ、拳を打ち鳴らしながら「タイマン希望。拳のみの縛りプレイでどこまでやれるか、試してみたいですぅ! 再ポップしませんか?」とウサミミを荒ぶらせている。


 強敵を知るや拳を振るわずにはいられない荒ぶるウサギ。


 かつての争い事が苦手で残念なウサギは……死んだのだ!


「そういえばハジメ。迷宮の魔物は再ポップするものなんだろう? ヒュドラは出てこないみたいだが……」

「ああ、ラスボスだからかな。俺かユエがいると再ポップしないんだ」


 なるほど、では一人でくれば奴とやれるんですね! とウサミミをぶわっぶわさせている闘神ウサギは置いておいて、智一が瞳を輝かせながら部屋の奥へ視線を向けた。


「それでハジメくん。あの見事な扉の奥が隠れ家かい?」

「ええ、そうです。さっそく行きますか?」


 智一的に、このラスボス戦の部屋も実に興味が惹かれるところらしい。


 荘厳な列柱廊など一本一本に見事な彫刻が施されていて、奥に構える両開きの大きな扉は、それだけで芸術品だ。ならば、隠れ家はさぞかし建築家として心惹かれる場所に違いない、と。


 ちなみに、再生魔法がかけられているようで、激戦の痕は勝手に修復されている。ある意味、この大きな空間そのものが自動修復機能を持ったアーティファクトとも言えるわけで、オスカーの技量が神がかっていることがよく分かる。


「……ん、その前に、是非ハジメの訓練風景を見ていってくださいな」


 ヒュドラ戦後のこの部屋は、攻略後の2ヶ月間、ハジメとユエにとって良き訓練場となった。


 今のハジメの、ゾッとするほどの精密射撃や戦闘技能が簡単に手に入ったものでないことを、そのハジメの努力を、ユエは皆に見せたかったらしい。


 智一が「ふん……いいだろう、見てやろうじゃないか」と、〝第何回目か分からない義理の息子として相応しいか審査〟の目をハジメに向ける。香織から肘鉄を脇腹に食らう。


「実に興味深いな。あの銃技は尋常ではない。どんな訓練をしたのか気になっていたところだ」

「体術もな。体系的ではないが、実に合理的な動き……実戦で培ったものとは分かっていたが、やはり、訓練も非常に気になっていた」


 鷲三と虎一には、非常に魅力的なイベントだったらしい。二人の目が爛々と輝いている。ついでに鼻息荒く最前列を確保しようと前に出る。雫から峰打ちを食らう。


「……ん。では…………この辺りかな?」


 と、ユエが呟きながら、時間軸を調整してフィンガースナップ。


 映し出されたのは、ユエとハジメの撃ち合いだった。


 見るからに、ハジメは過剰な訓練で疲弊しており、ユエはどこか心配そうにしている。それでも、限界を越えないと訓練の意味がないと、ハジメはユエに相手を頼む。


 ハジメの決意に応えるべく頷いたユエに、ハジメは叫んだ。


――さぁ、遠慮はいらない。来い! 魔法チート!

――んっ。くらえ、数の暴力!


 数の暴力だった。天を覆うほどの炎弾だった。そして、何故かハート型だった。ユエ様、魔法の核を撃ち抜かれて霧散させられるハート型炎弾を見て胸元をキュッ! 「撃ち抜かれちゃった」とかのたまっていらっしゃる。


 ハジメへの想い、摂氏三千度♡


 と、言ったところか。加えて、尽きることのない暴力的な数である。


「ユエちゃん……お母さんは、嫌いじゃないわよ?」

「チッ……」

「ユエさん……」

「流石、ユエじゃのぅ」


 呆れを含んだ視線がユエに突き刺さる。一人だけ舌打ちしている。


「……んっ。ちょっと間違えました」


 時間軸を間違えたらしい。ちょっぴり焦った様子で別の時間軸での訓練を見せようとするが……


 ユエの言動はともかく、広がる光景は凄まじかった。まさに、先程の光弾の流星群もかくやというべき魔弾の嵐を、ハジメは二丁の拳銃で撃ち抜き、辛くも凌ぎ続けている。


 言語が途切れ途切れになるほどの集中力。


 超高速のガンスピンによる超高速空中リロード。飛来する米粒を狙うが如き、背筋が震えるような精密射撃――魔法の核撃ち。


 そうして……


――では、いただきます

――ちょっ、まっ、アッーーーー!!


 抗いきれなかったハジメさんは押し切られ、というか押し倒され、美味しくいただかれた――


「ブンカイッ」


 過去映像が、魔力ごと分解されて霧散した。


「ユエの変態! 訓練って言いながらあんなうらやま――不埒なことして! 信じられないよ、まったく! しかも、疲れ切って動けないハジメくんを襲うなんてうらやま――酷いことして!」

「香織、本音」


 雫の指摘通り、香織さん、本音がダダ漏れだった。ちょっとじゅるりとしていらっしゃる。智一さんは遠くを見た。何も見なかったことにしたらしい。


「……ん、失礼しました。ハジメを襲うのが日課になっていたもので」


 なんの言い訳にもなってねぇ……と、誰もが思った。そして、男性陣から「日課的に襲われていたのか……」と、なんとも言えない表情がハジメに向けられた。ハジメは、とても遠くへ視線を投げた。


 そんなこんなで、毎回ぶっ倒れるまで訓練するハジメと、動けなくなったハジメをいろんな意味で介抱するユエと、介抱にR指定が入りそうになる度にブンカイッする香織を見学することしばし。


 無茶を続けるハジメを見て、今の強さに愁達が納得顔を見せ始めた頃、訓練見学(イチャイチャ見学)は終わり、一行は遂に隠れ家へと足を踏み入れた。


「ここが……地下なのか?」


 思わずそう呟いたのは、一番楽しみにしていた智一だ。その漏れ出た心情は、一同、全く同じらしい。


 広々とした空間、天井に輝く人工の太陽、奥の壁は一面が滝となっていて、川もあれば果樹のなる木々や畑もある。


 そして、岩壁を直接削って造ったような三階建ての館は人工の太陽に照らされ、その白亜の壁を美麗に見せつけていた。


「夜になると月みたいになります。この人工太陽を応用して、俺は太陽光集束レーザー兵器――ヒュベリオンを創ったんです」

「……ハジメくん。恵みの太陽を見て大量破壊兵器を思いつく君に、私は大人として何か言うべきだと思うんだが……すまない。言葉が見つからない」

「いや、智一さん、そんなドン引き顔で謝られても……」

「パパぁーっ! 来年のお誕生日は、ミュウも太陽が欲しいの!」

「いや、ミュウ。そんな太陽みたいに輝く笑顔でねだられても……」


 とはいえ、ミュウも年頃の女の子だ。そろそろ兵器は必要か……


 などと思案するどうしようもないハジメパパはさておき、ユエが率先してガイド役を担う。


「……はい、皆さん。ここがトータスにおける私とハジメの住居です。愛の巣です」

「オスカー・オルクスさんの隠れ家だね!」


 あ? お? とメンチを切り合うユエ様と香織ちゃん。是非、自主規制君を二人の顔面に張り付けて欲しいところだ。それくらい、美少女がしちゃいけない表情である。


 はいはい大人しくしましょうね~、とシア&雫が二人を引き離している間に、ハジメは愁達を館の中へと誘った。その最後尾を、ユエと香織がそれぞれの親友に引きずられてくる。


 智一が大きく溜息を吐いた。


「なんて美しいんだ……。しかも、継ぎ目がない(・・・・・・)なんて」

「オスカーは俺と同じ錬成師です。この住居も錬成によって造られたものですから、普通の建築とは様式がかなり異なるでしょうね」


 異様で見たことのない建築方式に、智一はひたすら感嘆の溜息を吐いている。その瞳はキラキラに輝いていて、まるで初めて遊園地に訪れた子供のよう。薫子が、そんな夫の様子に生温かい眼差しを向けている。


 それから、ハジメは住居スペースや工房、未だオスカーの作品が数多く残る宝物庫や、かつてユエに焼き捨てられた〝オスカー試作・ハジメ継承〟のメイドゴーレム保管場所跡地などを巡った。


 目新しいものばかりで、愁達は終始興奮している様子だ。


 特に、宝物庫で〝試作品・ドラゴン殺せる剣〟(命名:オスカー)を見つけたときなど、男子総出で試し斬り祭りである。


 ちなみに、一番扱いが上手くて似合っていたのは、何故か霧乃お母さんだった。


「それでここが……初めて神代魔法を得て、この世界の真実を知った場所だ」


 三階の重厚な扉を開いて入ったのは、神代魔法継承のための魔法陣が刻まれた部屋だった。


 ハジメが、少し考える素振りを見せる。愁が魔法陣に目を輝かせつつ尋ねた。


「ん? どうした、ハジメ」

「……ああ、どうせなら紹介しておこうかと思ってさ」

「紹介? 誰をだ?」

「もちろん、この大迷宮の創設者にして解放者。希代の錬成師――オスカー・オルクスだ」


 そう言って、ハジメはユエに目で合図した。


 直後、部屋の奥の鎮座する椅子の前に人影が浮かび上がる。黒衣の青年――オスカーだ。


『試練を乗り越え、よく辿り着いた。私の名はオスカー・オルクス。この大迷宮を創った者だ。反逆者と言えば分かるかな?』


 眼鏡をかけ、黒髪を首の後ろで結った知的な青年の登場に、物珍しげに部屋の中をキョロキョロしていた親達が一斉に注目する。


「オスカーが残した記録媒体だ。遺言みたいなもんかな。試練をクリアして魔法陣に入ると、攻略者に姿を見せてくれる。今は、過去映像の投射だけどな」


 ハジメの説明が入る間も、瞳の奥に深い知性と断固たる意思を宿すオスカーの話が続く。


 世界の真実、自分達の歩んだ軌跡、そして願い。


「……彼等は、神に勝てなかった。でも、戦いには負けなかった」


 ユエが目を細めて語る。珍しくも、その瞳には深い敬意が見える。そのことに、愁達は僅かに驚きを覚えた。ユエが、純粋で深い、心からの敬意を示す相手は極めて少ないのだ。


 引き継ぐようにして、香織が言葉を紡ぐ。


「自分達はダメだった。でも、未来を諦めなかった。いつか、自分達の力を受け継いでくれる人が現れるのを信じて、世界の果てに消えたんだよ。仲間ともお別れして」

「それが私達の力になった。香織が生き残れたのも、彼等が残してくれたもののおかげよね」


 雫が感慨深そうに、深い感謝の念と共に言葉を震わせると、愛子もまた同じように深い感謝の念がこもった声音で言う。


「みんなで日本に帰れたのも、彼等が力を残してくれたおかげです」

「まこと、天晴れの一言じゃ。長き竜人族の歴史においても、彼等ほど強固で鮮烈な生き様を貫いた者達はおらん」


 冥福を祈るように目を閉じ、静かに、最大の賛辞を贈るティオ。


 シアが、ウサミミをしんみりさせて口を開く。


「ミレディさんなんて、すっごくウザかったですけど、ゴーレムになってまで生き続けて……千年、万年? 誰も分からないくらいの時をたった一人で……ウザかったですけど、私達を助けて、世界を守って、散っていきました」

「……ん。笑って逝った。ウザい人だったけど、憧れるくらい強い人だった」

「お、おい。シア、ユエ。ちょくちょくウザいって挟まなくても……いや、ほんとその通りなんだが……」


 普段、あえて空気を読まないハジメが、ちょっと空気を読んだらどうでしょう的な発言をするが、当然のようにスルーされた。


『君のこれからが、自由な意思の下にあらんことを』


 そう締め括って、オスカーは消えた。


 シンとした静謐な空気が満ちた。


 一拍して、愁と菫が前に出た。何をするのか分かっているかのように、智一達も前に出る。


 親達は、揃ってオスカーのいた場所に手を合わせ黙祷した。感謝や敬意、その他にも様々な想いを込めて。


――ん。どうするの?

――うん? 別にどうもしないぞ。元々、勝手に召喚して戦争しろとかいう神なんて迷惑としか思ってないからな。この世界がどうなろうと知ったことじゃないし


 全員が、聞こえてきた会話に「んん?」となった。ハジメとユエが「……あ」と声を漏らす。


――ユエは気になるのか?

――私の居場所はここ……他は知らない


 故人の、それも偉大な人物の遺言の後に、何故か桃色空間が形成される。香織の目が据わる。


 愁達のみならず、シア達の視線も微妙なものとなってハジメとユエに注がれる。


 ユエが咄嗟に映像を終わらせようとするが、香織が中継。ユエが「何をする!」と抗議の声を上げようとするが、その前に、


――あ~、取り敢えず、ここはもう俺等のもんだし、あの死体片付けるか

――ん。畑の肥料


 ついでに、オスカーの指から攻略の証である指輪を貰っておくハジメさん。


 攻略したので貰うのは当然なのだが……


 なんの躊躇いもなく抜き取る姿は、慈悲や感慨という概念そのものがない生粋のアウトローみたいな姿である。しかも、「他にもなんか持ってねぇかな」と、黒衣をガサゴソ。ハゲタカである。


 微妙だった愁達とシア達の視線が、ユエも真っ青なジト目になっていく。


 ハジメとユエは、阿吽の呼吸で明後日の方向へ視線を向けた。


 が、にっこり笑う愁が、ハジメの肩をガッする。そして、恐ろしく抑揚のない声音で言った。


「ハジメ。父さんが今、何を思っているか分かるな?」

「え、え~と……一応、あれだぞ、父さん。ちゃんと墓は作ったんだ」

「そうか。それじゃあ墓前に手を合わせたいから、この後、案内してくれ」

「う、うっす。それじゃあ早速――」


 誤魔化すように、さっさと踵を返しかけるハジメだったが、それは叶わなかった。反対側の肩もガッされたために。誰に? 菫に。


「ハジメ? お母さんとお父さんに、何か言うことないかしら?」

「言う、こと?」


 菫お母さんの笑みが、とても深くなった。ハジメは思った。「あ、これ、あかんやつや」と。


 その予感は的中! 直後、南雲夫妻の目がギュインとつり上がった!


「死者をぞんざいに扱うなっ、この馬鹿息子!」

「敵でもなんでもなかった人でしょう! それどころか大事な贈り物をしてくれた人でしょうが! この馬鹿息子!」


 全く以て、道理であった。ゴチンッと、拳骨を食らうハジメさん。


 当時の自分に、そんな心情や常識を期待する方が無理があるとか、いろいろ言い分はある。


 とはいえ、ミレディ達解放者に対して確かな敬意を持っている今は、振り返って見てあの扱いはちょっとなかったなぁと自分でも思ったり……


 そんなわけで、


「す、すんません」


 素直に反省を示す。


「ご、ご主人様が謝ったじゃと!? 悪夢じゃ! これは悪い夢じゃ! シアよ! 妾の目を覚ましておくれ!」

「お任せあれです! シャオラァッ!!」


 轟音。


 振り抜かれた戦槌。壁を突き抜け飛んでいく人影。そして、木霊する「ありがとうございます!」という喜びの声。


 何事もなかったように、愁と菫は視線をユエへ。


「ユエちゃんもよ! 家族以外、大体塩対応なのは、まぁ構わないのだけれど、死者を冒涜するような行為は、お母さん、感心しないわ!」

「……は、はい。ごめんなさい」

「まぁ、当時の状況を考えれば無理もないのかもしれないが……悪いことをされたわけでもないのに肥料扱いは、お父さん、ちょっと看過できないかな」

「……は、はい、お義父さま。自分でも改めて見ると、ちょっとないなぁと思うので」


 反省してますん……としょんぼりするユエ様。お義父さまとお義母さまに怒られちゃった……と、マジ凹みしていらっしゃる。


 世界最強を地で行く魔王とその正妻が反省するという世にも奇妙な状況。トータスの人々が今の光景を見たら、発狂するか気絶するか、あるいは某豊穣の女神の母親同様に、崇め奉ること間違いなしだろう。


 部屋の奥の椅子に、オスカーを示すものは何もないのだが……


 ハジメとユエは、なんとなく、彼が苦笑いしているような気がするのだった。


 その後、オスカーの墓前で手を合わせ、畑に突き刺さっていた竜人を引っこ抜いて収穫した一行は、隠れ家の随所で過去再生を発動しつつ、当時のハジメとユエの生活を垣間見た。


 まさに、新婚夫婦としか言いようのない甘々な生活。


 糖度極高。一発糖尿病間違いなしの光景に、香織の舌打ちがマシンガン化する。


 そして、ユエは照れながらもドヤ顔をする。銀の閃光が頬を掠める。


「う~ん……」

「? どうかしましたか?」


 何やら腑に落ちない様子の雫に、愛子が首を傾げて尋ねた。


「なんというか……不自然にあちこち映像が飛ぶというか……なんだか編集された映像を見ているみたいというか……」

「あ、確かに、そんな感じしますね」


 どうやら違和感を覚えていたのは雫だけではないらしい。愛子もぽんっと手を叩いて同意する。


 と、そこで、菫が部屋の奥の扉を指差して疑問の声を上げた。


「ねぇ、ハジメ。あそこはまだ行ってないわよ。何があるの?」

「あ~、そこは、あれだ。風呂だ。露天風呂に繋がってるんだ」

「あら! いいじゃない! 異世界でもお風呂の習慣はあるのね! それともオスカーさんの個人的な趣味かしら?」


 そう言って、うきうきと風呂へ足を向ける菫。そんな母親に向かってハジメは言う。


「言うまでもないが、過去再生はしないからな」

「分かってるわよ。ユエちゃんもいるし、何が悲しくてわざわざ息子の真っ裸を拝まなきゃならないのよ」


 菫の言葉に、反応が一つ。しかし、誰も気が付かないうちに全員が風呂場へとやって来た。


「ほ~、立派な風呂だな!」

「視線の先に滝がくるようにしてるのか……オスカーさんは建築デザインに関しても才能を持ってるようだな」


 感心する愁と智一。ハジメが、魔力を注ぐことで起動するマーライオン温泉Verから湯を出して見せる。


 と、その瞬間、


「アー、テガスベッタ~」


 香織さん、手が滑って過去再生を発動させちゃったらしい。


 風呂場で滑るのは足だろうし、手が滑ったとして何故神代魔法が発動するのかはさておき、うっかり映し出された映像には夜の温泉でくつろぐハジメの姿が。


「あら、良い体」

「!?」

「……あらまぁ」

「!?」


 ちなみに、上は霧乃で、バッと振り返ったのは虎一。下は昭子で、バッと隣を見たのは愛子である。


「おいこらっ、香織! 手が滑ったってなんだ! さっさと解除しろ!」

「……」

「凝視してるんじゃねぇよ! 今更だろうが! ああもうっ、聞こえちゃいねぇな。雫! さっさとそのむっつり幼馴染みを取り押さえて……って、なんでお前まで凝視してんだよ!」


 ハジメ、香織の頬をペチペチして正気に戻しつつ、再度、魔法の解除を要請する。


「ほら正気に戻れ、むっつりマイスター!」

「むっつりでもマイスターでもないよ!」

「そんなことはどうでもいいから、早く解除しろ」

「え、え~と、ちょっと難しいかな! 手が滑ってるから! 滑り続けてるから!」

「手が滑り続けてるってなんだ!?」

「こう、ボブスレーみたいにね!」

「ボブスレー!?」


 マイスターとハジメがコントしているうちに、ハジメの恐れていた事態がやってくる。


「ユエ! 隠せ!」

「……んっ」


 やってきたのは過去のユエ。急いで水着の幻影を重ねて投射する。男性陣の目はギリギリのタイミングで守られた。


「香織」

「うっ、ごめんなさい」


 危なかったと冷や汗を掻きつつ、ハジメが香織にジト目を送れば、香織もはしゃぎすぎたと反省しつつ魔法を解除。


 が、何故か映像は消えなかった。映像の中で、何やら妖艶な雰囲気をまき散らしまくっているユエ様がハジメの前に立っている。


 何故消えない! と焦りを見せるハジメは、しかし、魔眼石で直ぐに魔力の流れを特定。


 犯人は、駄竜だった。


「シアァ!」

「ア、ハイ! シャオラァッ!!」

「ありがとうございますっ」


 駄竜は滝の向こうへと消えていった。


 が、映像を切るのはちょっと遅かったらしい。


――俺は上がるからな!

――逃がさない!

――ちょ、まて、あっ、アッーーーー!!


 そこで、何か大切なものが散ったかのように、映像が霧散した。


 し~んと、なんとも気まずい空気が流れる。


 そこで、ユエがポッと頬を染めつつ、改めてご報告。


「……ん。お義父さま、お義母さま。ご挨拶する前にごめんなさい。美味しくいただきました。ご馳走様でした」

「あ、はい、お粗末さまです?」

「いや、菫、なんか違うだろ」


 気まずい雰囲気が、更に気まずくなる。シア達が「あ~、このタイミングだったんだ……」的な微妙な表情を見せている。


「パパ~。ユエお姉ちゃんは何を美味しく食べたの?」

「……後でレミアに聞いてくれ」

「!?」


 親が困る子供の質問を、母親に丸投げするハジメさん。ライフゲージがレッドゾーンなのだ。


「な、なるほどね。編集されてるっぽい過去映像は、そういうことだったのね」

「……ものすっごく編集されてましたね」


 それだけ、日常的に〝見せられないよ!〟な場面が多かったということだ。頬を染めた雫と愛子が、なんとも言えない表情で視線を彷徨わせる。


 薫子や霧乃、昭子は「若いわねぇ~」と、気まずそうではあるが少しニヤついている雰囲気もある。逆に、鷲三や虎一は、気まずさ半分生温かさ半分といった感じか。


 そして、智一は、


「チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ」

「か、香織……」


 好奇心から勝手に過去再生して盛大に自爆した娘のガトリング舌打ちに、戦慄の表情になっていた。


「……そろそろ、昼メシ、食うか」

「……んっ」


 未だに、てれてれもじもじしているユエ。ハジメは遠い目をしつつ、どうにか空気を変えるために、オルクスツアー午前の部の終了を告げたのだった。




~~~~~~~~~~




 さくっとゲートで王宮に戻ったハジメ達。気が付けば随分と長い間、オルクスツアーをしていたようで、昼の時間をかなり過ぎていた。


 いろいろなものを見たせいか、忘れていた空腹が急に主張を始める。ハジメ達は、ヘリーナが用意してくれていた昼食を、おいていかれて泣きべそを掻きながら自棄仕事していたリリアーナととった。


 楽しくあれこれ思い出を語り合って、ますますリリアーナが涙目でむすっとする。


 同時に、香織から「ねぇ、聞いてリリィ! ユエったらね! ユエったらね! エロリストさんなんだよ! ねぇ、聞いてる? リリィ!」等と愚痴をマシンガンの如く語られ、むすっとしながら仕事しつつ香織を宥めて、更に食事も綺麗にとるという人間離れした技を見せる。


 そんなリリアーナをハジメがちょっと慰めつつ、昼食を終えた一行。


「まさか、本当においていかれるとは思いませんでした……」

「いや、悪かったよ、リリィ。でもな、ヘリーナの目力が凄かったんだ。『シゴト、アリマス。オウジョ、ツレテク、ダメゼッタイ』ってな」

「なんでカタコトなんですか。っていうか! わ・た・しぃ! 王女です! ヘリーナ、侍女です! どうしてヘリーナを優先したのですかぁ!」

「……ハハッ」

「なんで笑った!?」


 食後の紅茶、おいし~。みたいな顔でそっぽを向くハジメを、リリアーナは恨めしそうな表情で睨む。涙目なので全く迫力がないどころか、むしろ可愛いが。


 リリアーナは、〝涙目でキッ〟を犯人である自分の専属侍女へと向ける。ヘリーナは恭しく一礼した。


「申し訳ありません、リリアーナ様。しかし、明日以降、ロード――ごほんっ、ハジメ様のご旅行に同行するためにも、一両日中にリリアーナ様の決裁が必要なものについては今日のうちに終える必要がございましたので」

「そ、それはそうかもですけど……っていうか、今、ロードって言いませんでした? ハジメさんのこと、ご主人様って呼びましたよね!? ねぇ、ヘリーナ!?」

「本日はオルクス大迷宮が行先でございます。リリアーナ様の心中は、このヘリーナ、痛いほど理解しておりますが、明日以降の目的地である帝都などの方が、リリアーナ様が同行すべき場所でございましょう」

「うぅ……反論の余地がない……でも、ハジメさんの大迷宮での過去、知りたかったですし……あと、さらっと私の問いを無視しましたね?」

「リリアーナ様が望めば、いつか叶いましょう。今しなければいけないことは、今しなければ。後回しにできる仕事は仕分けております。政務が滞ったとあれば、ロードも気に病まれましょう」

「……そうですね。分かりましたよ、ヘリーナ。あと、もうロード呼びを隠しもしませんね。あとでちょっと部屋に来てください。誰が貴女の主か、今一度教えてあげますぅ!」


 ヘリーナは恭しく一礼した。主従関係の危機をちょっと気にしつつ、愁はハジメに目を向けた。


「それで、ハジメ。午後はどうするんだ?」

「一応、ライセン大峡谷を考えてる」

「私との出会いですね!」


 ウサミミみょんみょん。シアがとっても嬉しそう。


 が、それに香織が待ったをかけた。


「ごめんね、シア。ライセン大峡谷に行く前に、もう一度、オルクスに行きたいんだけど、いいかな?」

「ほぇ? それは構いませんけど、まだ見るところありました?」


 細かいところまで見ていたら、それだけで日程の大半が潰れてしまう。おおよそ、見るべきところは見たのでは……とウサミミを傾げるシア。


「あのね、再会したときのこと……お父さん達に見てもらいたくて」


 なるほど、とシアは頷く。


 この旅行で、割と心の距離が近づいたっぽい智一とハジメだが、やはり、自分が救われたときのことは、まだハジメへの当たりが強い父親に見て欲しいのだろう。


「ああ、それは私も是非見て欲しいわね」


 雫も当時を思い出したのか、チラリとハジメを見ながら少し頬を染める。


 それを受けて、ハジメは一瞬だけ無表情になった。が、それも本当に一瞬のことだ。


「……そうだな。ライセン大峡谷から出たときのことでもよかったんだが……そっちでもあったな」

「……ハジメ。大丈夫」


 隣のユエが目聡く気が付く。疑問符を乗せた〝大丈夫〟ではなく、確信を乗せた〝大丈夫〟に、ハジメは目を細めてユエの頬を撫でた。〝大丈夫だ〟と返すように。


 首を傾げる愁達に苦笑いを浮かべつつ、紅茶をグッと喉に流し込んだハジメは、オルクスツアー午後の部への出発を告げた。




~~~~~~~~~~~~~




 期限間近の仕事は死んでも今日中に全部終わらせるぜぇ~と言いたげな、目が血走り王女様の見送りを受けつつオルクス大迷宮に戻ったハジメ達。


 目的地は表層のオルクス大迷宮――第八十九階層。


 香織が当時を振り返るように、少し虚空に視線をさまよわせながら語り出す。


「当時、私達は、この次の階層である九十階層まで進んできたの」

「ハジメが奈落に落ちてから、四ヶ月くらいだったかしらね」


 雫が補足する。


 説明の間にやって来たのは、かつて香織達が絶体絶命に陥った場所。八十九階層にある八角形の形をした広い空間だ。


 天井と壁に大穴が開いたままになっている。天井は、ハジメがパイルバンカーでぶち抜いた跡。横穴は、香織達が負傷者を抱えて命からがら逃げ込んだ即席の隠れ家の跡地だ。


 トラップの行先である六十五階層の石橋には再生する機能があったが、表層のオルクス大迷宮の大半には再生機能がない。なので、当時の戦闘痕が生々しく残っている。


 香織が過去再生を行使した。時間軸的に、ちょうど九十階層から、この部屋に逃げ込んできたところらしい。


 光輝を先頭に、青ざめた勇者パーティーと永山パーティー、そして檜山パーティーが通路の奥から姿を見せる。一言二言会話して、土術師の天職を有する野村健太郎が壁に穴を開け始めた。


「九十階層で、私達は待ち伏せされたの。魔人族とたくさんの魔物に。魔物は、どれも考えられないくらい強かったんだよ」

「二人が石化されて、鈴も重傷。敗戦の精神的ショックと疲労で、まぁ、見ての有様ね」


 魔人族の女――カトレアの襲撃時のことは、ハジメやユエ達も詳しくは知らない。なので、当時の香織達が必死に即席の隠れ家へ逃げ込む様子を興味深そうに見ている。


 すると、ハジメ達が注目する先で、野村達が何やら話し合いを始めた。そして、部屋に四つある通路のうちの一つを無言でジッと見つめる。


「? 何してんだ? ……ハッ!? 香織、今のところちょっと戻してくれ!」

「え? いいけど……」


 香織が、ちょっと場面を戻す。そして再生。


 今度は気が付いた。黒い人影がニュルルンと通路の奥に消えた。


「遠藤だ! 遠藤がいるぞ!」

「……んっ、エンドウ流石! 一回の再生じゃあ気が付かなかった!」

「遠藤さん凄まじいですねぇ。流石、魔物に一度も気が付かれずに迷宮を踏破できる男ですぅ! あの影の薄さは真似できません!」

「うぅむ。神秘じゃ。過去再生の映像ですら、うっかり見逃すとは……竜人族の長い歴史においても、あんな影の薄い者は初めてじゃよ」

「遠藤くん……出席確認のとき、毎回名前を呼ぶの忘れてごめんなさい! 先生、遠藤くんが学年主任の先生に『出席日数が足りない』って言われたときの絶望した表情が忘れられません!」


 地球からの慟哭が響いてきた……気がした。


 ちなみに、遠藤くんは皆勤している。遅刻だってしたことはない。


 取り敢えず、全親~ズが、浩介と浩介の両親を思って泣いた。


「え~と、香織? 彼はどうして一人で?」

「え、え~とね、遠藤くんはその、なんていうか、存在感が希薄というかね、とにかく気が付かれにくい体質の人なんだ。魔物も、目の前にいるのにスルーしちゃうくらい」

「……そんな人間が実在するのかい?」

「……するんだよ。不思議だと思うけど。技能や魔法じゃないの。召喚される前から持ってた体質なんだよ」

「地球も、割とファンタジーだったんだね。お父さん、知らなかったよ……」


 とにもかくにも、たった一人で迷宮から地上へ脱出できちゃう、さりげなく人類最強格な男のおかげで、ハジメという救援が間に合ったのだという説明がなされる。


 智一達は、彼もまた娘の命の恩人の一人だと理解し、映像を少し戻してもらって感謝の言葉を口にした。


 ウォーリ○並みに見つからなかったが。


 あれ? 映像戻したから、目の前にいるはずだよね? どこ? と思いながら。


 エンドウを探せ! にちょっと時間を費やした後、過去映像はカトレア率いる魔物の襲撃を映し出した。


 カモフラージュした隠れ家の入り口が吹き飛び、意を決した光輝が飛び出してくる。


 そこからの展開は早かった。


 限界突破を使った勇者の力を、しかし、カトレアはメルドという人質を使って封じる。


 引くことも戦うこともできず、アハトドという一線を画す魔物に光輝は敗北。取引を持ちかけるカトレアに雫が険しい表情で答える。


 どうにかして活路を見出さんと必死に言葉を連ねる雫。すると、意識を取り戻したメルドが身命を賭した最期の戦い――自爆をしようとする。


「彼がメルド・ロギンス殿か」

「なるほど……素晴らしい武人だな」


 雫の姿を穴が開くほど見つめていた鷲三や虎一が、王宮で話題に上がっていたメルドを見て感嘆の声を上げた。


 だが、その直後、決死の覚悟を虚しくも封じられ、致命傷を受けて転がる彼を見て、鷲三達は悲痛に表情を歪めた。


 それにキレたのは光輝だ。映像の中で、驚異的な力を発現して一度はカトレアを追い詰める。


 だが、事はそう簡単に運ばなかった。土壇場でようやく、〝自分が剣を向けているのは人である〟ということに気が付き、光輝は刃を鈍らせる。生きている存在を殺すということに関して、覚悟どころか自覚もなかった光輝を、カトレアは嗤った。


 そうして逆転。


 戦闘不能に陥った切り札たる光輝に代わって、最前線に立ったのは雫だった。


 今とは比べものにならないくらい未熟な頃と言えど、その速度、剣技は目を見張るもの。異世界における本格的で死に物狂いな娘の戦いに、鷲三はグッと口元を引き締め、虎一は拳を握り締める。


 そして、霧乃はそっと雫の手を握った。


 直後、霧乃の手に、雫が痛みを感じるほどの力が入った。


――雫ちゃん!


 悲鳴じみた香織の声。雫もまた、敗北を喫した。文字通り、血反吐を吐いて(うずくま)っている。母親として、見るに堪えない光景に違いない。


「あ、香織!」

「香織!」


 思わず叫んだのは智一と薫子。二人の視線の先で、密集して身を守っていたパーティーの陣形からたった一人、無謀にも香織が飛び出していた。


――か、香織……なにをして……早く戻って。ここにいちゃダメよ

――ううん。どこでも同じだよ。それなら、雫ちゃんの傍がいいから

――……ごめんなさい。勝てなかったわ

――私こそ、これくらいしかできなくてごめんね。もう、ほとんど魔力が残ってないの


 まるで、最期の言葉だった。否、まさに、最期の言葉だった。


 為す術なし。完全に詰み。


 それを骨身に刻むように迫るアハトド。


 緊迫を通り越した絶望的とも言える光景に、智一達は体を震わせて……


「ここです! お父さんお母さん! 皆さんも注目! ここ! ここ!」


 何やら香織さんが大興奮。指をピッピッと伸ばして注目を促してくる。


「……香織。それ、さっきの私……真似しないで」

「静粛に! 今から大事なシーンだから! ハジメくんと私の、そう、わ・た・し・の! 再会のシーンだから!」

「……んっ、強調しなくていい! 香織のあほぅ!」


 というか、香織、ユエのセリフを大体覚えてるんだな……という、どこか生温かい空気が流れた。映像的には、今まさに寄り添う香織と雫が死ぬ一歩手前なのだが、緊迫感が霧散しちゃっている。


 と、次の瞬間、天井が爆ぜた。紅いスパークを迸らせる巨杭が、絶望ごとアハトドを貫き粉砕する。


 ぶち抜かれた天井から、スタッと降りてくるハジメ。


 香織と雫を守るように背を向けて、肩越しに振り返る。


――相変わらず仲がいいな、お前等


 苦笑いしながら、呆然としている二人にそう言うハジメ。


 刹那。


「きゃぁああああああっ♪ ハジメく~~~ん!!」

「……香織、うるさい!」


 ユエの肩を掴んでガクガクと揺さぶりながら、まるで大ファンである芸能人に遭遇したかのような黄色い声を上げる香織。


 ユエの抗議の声も聞こえていないらしい。既にユエは揉みくちゃ状態だ。ジト目がどんどん進化して超ジト目になっている。


「お父さんお父さん! 見た見た!? 感動的でしょ!? あれ、ハジメくんだよ! そして、あそこで守られちゃってるの、私です! くふぅ!」

「あ、うん、見てるよ。か、感動的だね」


 香織の、ちょっと引いちゃうくらいのはしゃぎようがなければ。と、心の中で付け加える智一お父さん。薫子は額に手を当てて困った子を見るような表情になっている。


 そして、当のハジメくんは手で顔を覆っている。穴があったら入りたい心境らしい。


 一方、もう一人の当事者である雫は


「……」


 どこか、ぽへぇ~とした表情で、一時停止されている過去のハジメの横顔を眺めていた。


「惚れたのね」

「ここで惚れたのか」

「なるほどな」

「!?」


 霧乃、虎一、鷲三の言葉に、雫はビクンッとなった。今更否定することでもないが、一応「この頃は、まだ別に、自覚とかないし……」と小さな声でボソボソと呟く。


 優しい眼差しが注がれた。仕方ないので、ポニーテールを顔に巻き付ける。ポニテガード発動だ。私を見ないで!


 上機嫌の香織が、ユエの頭を後ろから抱き締めてもふもふしながら言う。


「それじゃあ、連続リピート再生いっくよぉ~」

「……ばかおり、いかなくてよろしい」


 抱きついてくる香織のほっぺをペチペチしつつ、ユエは強制的に過去再生を終了しようとした。


「ユエ、悪いがこのまま頼む」

「……ん」


 ハジメの言葉で、ユエはそうだったと強制的に過去再生を先へと進めた。香織がうざかったので、つい終わらせたくなったのだ。


 一般人が見るにはドン引きな蹂躙劇により、強力な魔物達があっさりただの挽肉になっていく。一応、ユエの神業で、うっすらモザイクがかけられているので実際よりは目に優しい。


 そうして、そのときはやって来た。


 乾いた銃声が一つ。やけに大きく反響した。


 愁達は言葉を発しない。発することができない。まるで、言葉をしまってある箱に頑丈な鍵でもかけられたみたいに。


 鮮血が、彼等の視界の中で舞った。


――なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……


 光輝の言葉が木霊した。


「見れば分かる通り、魔人族は紛れもなく〝人〟だ。今行われたのは、間違いなく〝人殺し〟だ」


 そういうハジメを、愁と菫は静かに見返した。智一達は口元を押さえて青ざめている。


 愁は、ハジメのもとへ歩み寄った。そして、先程オスカーの遺体を適当に扱ったときとは裏腹に、優しい手つきで肩を握った。固まったものをほぐすかのように肩を揉む。


「よく見せてくれた」


 愁が言ったのは、それだけだった。他には、何も言わなかった。


 菫も同じだった。ただ、ハジメの頭をわしゃわしゃして、後は静かに過去映像の続きを眺めるだけだった。


 聞くべきことは、あの日、家に帰ってきてくれたときに全て聞いている。言いたいことも、全て言葉にしている。


 改めて何か話し合いたかったわけでも、まして諭したりしたかったわけでもないのだ。ただ、自分達の目で見ておきたかった。それだけだった。


 愁と菫の、瞳に宿る深い情感を、ハジメはどう呼ぶべきか分からなかった。けれど、なんとなく、それは海に似ていると、そう思った。


 ユエ達が見守る中、香織や雫、そして愛子にも、智一達が静かに寄り添った。


 映像の中で、ハジメの変わりようにショックを受けながらも、生きていてくれてありがとうという香織。


「お父さん、私は、運が良かっただけなんだよ」

「……そうか。いや、そうだな」


 智一は、ハジメを見た。日本人の感性として、否、人の感性として、目の前で起きた行為を直ぐに受け入れることは難しかった。


 けれど、一般的な常識や倫理だけでは測れないものを、智一も、薫子達も確かに感じていた。


「雫。よく頑張った。よく生き残った」

「お父さん……」

「友のために、よく戦った。誇りに思うぞ」

「おじいちゃん」


 虎一と鷲三は、当然、気が付いていた。雫が、心底怯えながら、けれど確かな殺意をもってカトレアと相対していたことを。


 二人して、雫の頭を不器用な手つきで撫でる。少し泣きそうな雫を、霧乃はそっと抱き締めた。


 そうして、智一達はハジメに向き直り、改めて一言、感謝を口にした。それは短い言葉だったが、今までで一番、深い感情が込められた言葉だった。


 映像が終わり、静寂が戻る。


 しばらくの間、誰もが己の心を整理するように、その静寂に身と心を委ねた。


 やがて、雰囲気を戻すためか、意外にも智一が口火を切った。


「それにしても、この後うちの香織が振られると思うと……うん、改めてハジメくんを世界の果てまでぶっ飛ばしたくなるな」

「そろそろ時効じゃダメですかね?」

「娘を思う父の気持ちに時効はないんだよ、ハジメくん」


 そんなやりとりに、場の空気は狙い違わず和みを見せた。


 その後、ハジメ達はもう少しだけオルクスでの出来事を見て回った。ここを出て、直ぐに新しい旅行先を楽しむのは、なんだか違う気がしたのだ。


 もう少し、透明で、複雑で、晴れているけど重くて、そんな相反する想いが混ざり合ったような胸中を抱えていたかった。


 そんなわけで、散歩するような雰囲気で、一行は封印部屋に再度訪れたりもした。ハジメの提案だ。


 見せたのは、神話決戦前のこと。


――必ず、取り戻そうね

――ああ。必ず、取り戻す


 香織とハジメで、ユエの思い出を語って、そして燃え盛る炎のような決意を見せた。


 ユエが「んふぅ」と身悶えるような声を漏らし、香織が何故か頬を染めて「べ、別に、ユエのことが好きだからとか、そんなんじゃないんだからね!」と訳の分からないツンデレを見せたりもした。


 オルクスの隠れ家でも、再度、過去映像を神話決戦前の時間軸で再生した。


――私の生死はユエさんと共にありたいと思います


 シアの覚悟が、ハジメに示された。自分だけ生かされるような選択肢を、ハジメから奪うために。ユエを助けられないくらいなら、ハジメも一緒に死んでくれと、そう願った。


 当たり前だろ、むしろ逃がさんと不敵に笑って応えるハジメ。


 ユエが「ぬわぁ」と悶死しそうな声を漏らし、シアが頬を染めて「べ、別に、ユエさんのことが超好きなだけなんですからね!」とストレートパンチを直撃させる。ユエは悶死した。自動で再生したが。


 そんなこんなで、みなの気持ちが落ち着きを取り戻した頃。


「さて、そろそろ旅行の続きと行こう」


 穏やかな声で、ハジメがそう号令をかける。穏やかな応答が響いた。


 そうして一行は、次なる旅行先――ライセン大峡谷へ、残念ウサギとの邂逅を楽しみにしつつ向かったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


これにて、トータス旅行記オルクス編は終了です。

次回からは、また別のお話をさせていただければと思います。

また折を見て、ゆっくり懐かしみながら続きを書ければと。

よろしくお願いします!



追伸

今話の奈落での訓練時のお話は、書籍版1巻番外編の一部抜粋です。

たとえば、優花の立ち位置が書籍版を基準にしているように(トラウムソルジャーから助けられた女性生徒)、アフターストーリーでは時折、そちらから引用することがあります。

ご寛恕いただければ助かります。


追伸2

ドラゴン殺せる剣 ⇒ 日常から逆輸入ですw




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― 新着の感想 ―
さいこーや
web読んで、文庫読んで、日常読んで、学園も読んでると、どのエピソードが本編で、どれか外伝(?)だか解らなくなる。
そのまま再生し続ければ恵里の犯行現場が映ったわけか
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