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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
328/540

トータス旅行記⑧ あの頃のイナバさんは主人公だった



 どうにかこうにか、ミュウのご機嫌取りに成功したハジメパパは、まるで魔物の肉を喰って変貌した直後のような疲れた様子を見せていた。


「ここから先なんだが、五十階層までは俺がひたすら戦って喰ってを繰り返すだけだ。そんなん全部見てたら日が暮れるし、特に面白くもないからな。一気に五十階層に行こうと思うんだが……」


 異論はあるか? と、ハジメが視線で問えば、愁達はそれで構わないと返した。


「……んぁ。転移する?」


 ユエが、ハジメの首筋から、ちょっぴり扇情的な顔を上げて尋ねた。


 再生魔法の連続行使で減った魔力を、かぷちゅ~で補っていたのだ。おんぶ状態で、後ろから噛み付く感じで。


 普段から隙あらばハジメの至る所からかぷちゅ~しているユエなので、もはや風が吹けば草木が揺れるのと同じくらい自然な動きだった。ツッコミの余地もないほどに。


 あとちょっとと言いたげに、ハジメの首筋に舌を這わせようとするユエを、香織がぺいっと引き剥がして放り投げるのを横目に、ハジメは言う。


「その前に、せっかくの機会だから、ちょっと見ておきたいものがあるんだ」

「ハジメが、か?」


 愁が不思議そうに首を傾げる。ここを一番知っているのはハジメで、何かしているならハジメ以外にはいない。一体何を見るものがあるのかと当然の疑問だ。


 ハジメはミュウを肩車しつつ、先を歩き始めた。同時に、宝物庫から取り出したサングラスを装着した。


 菫が、やたらと優しい目になった。


「ハジメ……」

「やめろ、母さん。そんな『薄暗い洞窟でサングラスなんて、まぁ、この子ったら! まだ卒業できていないのね!』みたいな目で見ないでくれ」


 このサングラスは過去映像を見るためのアーティファクト――ウルド・グラスである、と弁明しつつハジメは何かを探すように洞窟内を進む。


「ハジメさん、何を探しているんです?」


 ぞろぞろとハジメの後に続きながら、代表してシアが尋ねた。


「ウサギだ」

「ここにいますよ?」


 ぴょんぴょん! と、両手をウサミミの横に添えて跳ねてみせるシアウサギ。つられて、肩の上のミュウも両手でウサミミしながらぴょんぴょん!


 ほっこりしつつ、ハジメはウルド・グラスを調整しながら視線を巡らせ、


「お、いた」


 そう言って、ユエに過去再生の魔法を視線で頼んだ。合点承知とユエがフィンガースナップをぱちんっ。


 投影されたのは……


「蹴りウサギ、ですか? あっ、もしかして!」


 シアがぴょん! と納得の表情を見せれば、香織が答えを引き継いだ。


「イナバさん!」


 そう、今ハジメ達の目の前に投影されているのは、立派なウサミミをぴこぴこさせている若かりし頃のイナバさん、否、始まりのイナバさんだった!


「香織、イナバさんっていうのはなんだい?」


 智一の問いかけに、香織は他の人達にも分かるよう説明した。


 すなわち、イナバとはこの階層の魔物である蹴りウサギなのだが、ハジメが垂れ流していた神水を偶然服用したことで知性を得て、更には魔力と肉体が強化されたことで、普通の魔物から逸脱した存在になったということを。


「この階層の主である爪熊をハジメくんが倒したところを見ていたらしくてね。自分もまだまだ強くなれるなら、ハジメくんに追いつきたい! って、武者修行しながら自力で階層を降りていったウサギさんなんだよ」


 香織の説明に、智一達はほぇ~と感心の声を上げる。視線の先では、地面のくぼみなどに僅かに残っている神水を探し飲みしながら、適当に同族や二尾狼を蹴り殺しているイナバさんがいる。


 雫が苦笑いしながら説明を補足。


「最終決戦前に、従魔を得に来た鈴が偶然に見つけて、雇用契約を結んだのよ」

「こ、雇用契約……」


――衣食住保証。一日四食昼寝付き、週休二日制、有給あり! その他、自由時間についても応相談! しかも! 今ならなんと鈴特製の魔石が付いてくる! これであなたも昨日までの自分とおさらばです! さぁ、この機会に、素敵な職場で愉快な仲間に囲まれつつ、ステータスアップしてみませんか!?


 きっと、あのときの鈴はどうかしていたのだ。従えられた魔物が虫しかいなくて、若干、心を病んでいたのだ。必死だったのだ。決戦の相手である恵里に「え、何この虫女。キモいんですけど……」と言われないために。


 そんな説明をしている間に、イナバさんは遂に遭遇してしまったようだ。


 そう、迷宮特有の作用で復活していた爪熊さんに。ウサギ顔が「やっべ、マジやっべっ」というように焦りまくっている。


 捕食者の目を向け、己が絶対強者であることを疑わない爪熊が、その威容を見せびらかすかのように迫ってくる。


 逃げ場はない。背を見せればその瞬間に死が確定する。


 本能が警鐘を鳴らし今すぐ逃げろと訴えるが、神水が与えた思考能力が、その事実を突き付ける。


 戦う以外に活路はない、と。逃げれば死ぬ、と。


『きゅ……きゅきゅぅっっっ!!』

「おぉ! 覚悟を決めたぞ!」

「イナバさん! 頑張れなのー!!」


 覚悟というか、むしろ自棄っぱちだと思うんですが……と、シアを筆頭に見ている者達は思ったのだが、なんだか仲直りした父娘が盛り上がっているので黙っておいた。


 完全に観客と化して声援を送るハジメとミュウを横目に、他の者達もイナバ決死の戦いへと意識を向けた。


 速度を生かして、ひたすら爪熊の周囲を跳ね回るイナバさん。その距離は超至近というべきもので、爪熊の爪や牙を紙一重で交わしてはローキックを叩き込んでいる。


「あ、危ないのっ。イナバさん! もっと離れないとなの!」


 思わず、両手で目元を覆いながら、しかし、指の隙間からしっかり観戦しつつ叫ぶミュウ。


「……いや、あれでいいんだ」

「というと? なの」

「いいか、ミュウ。爪熊は、あの図体のくせにスピードファイターだ。直線勝負なら蹴りウサギと同等以上。その速度であの巨体に迫られれば、それだけで詰む。攻撃範囲から出られないんだ」


 伸長する風の爪に、更には飛ぶ斬撃もある。


 つまり、


「あの巨体の直ぐ傍だけが唯一の死角! 超インファイトこそがイナバにとっての唯一の活路なんだ!」

「なんてことなの! ハイリスクハイリターン一点賭け! イナバさん、漢なの!」


 父娘が、めちゃくちゃ盛り上がっている。


「あー! イナバさんの空中回し蹴りが爪熊さんの頭部にヒットなのぉ!」


 一瞬の隙を突き、振るわれた爪自体を足場に跳躍したイナバの強烈な回し蹴りが爪熊の頭部を捉えた。前のめりにぐらりと揺れる爪熊。


 しかし、


「効いてないの! イナバさん! 痛烈なカウンターを食らって吹き飛んだぁ! お腹をばっさりやられちゃったの! パパ、どうして爪熊さんは平気だったの?」

「インパクトの瞬間、僅かに打点をずらしやがった。あの超反応も爪熊の強みだ。何せ、俺のレールガンも、流石に視認して避けることはできなかったが、発射の瞬間の殺気を読み取って回避しやがったからな」

「なるほどなの」


 そう言っている間に、神水の効果が続いていたことで命拾いしたイナバは、「きゅぅ~~~っ」と雄叫びを上げながら立ち上がった。「まだや……まだ、死ねるかぁあああっ」と言っているように見える。


「あ~と! イナバさんの速度がさっきより上がったの! しかも! 加速中に更に加速してるの! あれはなんですか、パパ!」

「あれは……縮地と、重縮地だ。あの野郎、この瞬間に派生に目覚めやがった……」

「のぅ、ミュウにご主人様よ。なんだか、実況と解説みたいになっとるんじゃが……」


 ティオの半笑い気味の指摘に、ミュウとハジメは顔を見合わせ、


「ダメなの! 速くなっても爪熊さんは更にその上をいく! 地面に刺した爪を使って鋭角ターン! 爪熊さんの機動力は化け物か! なの! イナバさん、強烈なタックルを食らって吹き飛んだぁー! 解説のパパさん、イナバさんに勝ち目はあるのでしょうか? なの」

「実況のミュウさん、お答えしましょう。今のままでは、イナバさんの勝率はゼロです!」

「お主等ノリノリじゃの!?」


 いつの間にか、ミュウはマイクまで装備していた。実況席であるハジメパパの肩の上で、小さな拳をぶんぶんと振り回しながら熱い実況を続ける。


「崩れ落ちるイナバさん! 立てないかっ、もう立てないのか!? 否、立つんだっ、立つんだイナバーーーっ! なの!」

「立った! イナバが立った! これは胸が熱いな!」


 血反吐を吐きながら、それでも立ち上がるイナバさん。その瞳に諦めの色は皆無。むしろ、より激しい闘志の炎が轟々と燃え盛っている!


 そして、ハジメパパとミュウも熱々に燃えている! なんだかそのノリに当てられて、愁達のみならず、ユエ達まで熱い声援を口にし出した。


 そうして、何度ぶっ飛ばされ、何度切り裂かれようとも、神水の回復とギリギリで致命傷を避ける必死の動きで命を繋ぎ止め続けたイナバは、全身血塗れの満身創痍状態となりながらも……


「イナバさん! 速い! これは速い! 残像しか見えないの!」

「説明しよう。あれは無拍子を利用した緩急自在の動き。急激すぎる停止と加速の動きが、焦点速度を超えて残像を生み出しているんだ!」

「ありがとうなの、解説のパパさん! あっ、イナバさんが何もないところで足を振ったら、爪熊さんが吹き飛んだの!」

「ふっ、ついに飛ぶ脚撃――嵐○も身につけたようだな。あの野郎、この戦いで急激に成長を……いや、進化してやがるっ」

「○脚! 戦いの中で進化! パワーワードが出ましたなの! おぉっと! あれはなんでしょうか、解説のパパさん! イナバさんが爪熊さんの足下で逆立ちしながら足を交叉させたら、回避したはずの爪熊さんの首がぱっくんちょして血がダバーなの!」

「なんてこった……あれは龍○か……」

「○破? 解説のパパさん、それはなんでしょうか? なの」

「千年の歴史において不敗を誇る武術の……相手は死ぬ!」

「解説が面倒になった解説のパパさん、ありがとうございますなの! 詳細はググッてね! なの!」


 香織が「ミュウちゃん!? 誰にしゃべってるの!?」と困惑し、シアが「あの野郎、技を隠してやがりましたね……生意気な。今度、私の無○波を食らわしてやりますぅ」と意気込み、ノリノリの愁達が歓声を上げる。その直後、イナバはラストダンスを舞った。


 連続の飛ぶ脚撃で爪熊のバランスを崩し、更には無拍子で飛び上がって爪熊の視界から消えると、直上の天井に着地。


 たわむ足が天井に特大の亀裂を与え、次の瞬間、「きゅきゅぅうううううう(これで……決めたらぁあああああっ)」という雄叫びと共に、天井にクレーターをこさえながら彗星の如く落下。


 体勢を整えた直後の爪熊の脳天に、最大威力の豪脚を叩き込んで粉砕した。


「「「「「やったぁあああああああーーーー」」」」」

「イナバ万歳!」

「イナバさん最高ぉ!」

「「「イナバッ! イナバッ! イナバッ! イナバッ!」」」

「痛みに耐えて、よく頑張った! 感動をありがとう!」


 洞窟に、やんややんやの大喝采が木霊する。いつの間にか戻ってきていたデモンレンジャーズまで多脚を踏みならし、盛大に拍手を送っている。


 そんなアクション系ハリウッド映画の名作でも見たかのようなハジメ達の視線の先で、倒した難敵を前に天を仰ぐイナバさん。


 言葉はなくとも、強く握られた拳、ピンッと天を衝くウサミミ、武者震いするウサシッポから、その心中は察することができる。


 彼は今、己の望みを理解したのだ。それすなわち、己を鍛え、遙か高みへと駆け上がるということを。広い世界に出て、並み居る強者達と戦い、そしていつか、新たな王と再会するのだという望みを!


 ウサミミを前足でふぁさっ!


 イナバさんは、そうして歩き出した。暗き道の先を。


「……なんか既視感を覚えるわね」

「さっき、うちの息子がやってたのとうり二つだな」


 菫と愁の言葉に、ハジメは聞こえないふりをしてそっぽを向いた。


 菫ママと愁パパは、そんな息子にニヤッと笑いながら追撃。


「というか、いろいろ食べちゃダメなもの食い散らかしたり……」

「殺す殺す連呼しながら、危ない感じで笑っちゃう誰かさんより……」


「断然、主人公っぽいわね!」

「断然、主人公っぽいな!」


 確かに! と智一達も頷いた。


 そんな親達に、ハジメは、だから自分の黒歴史なんて見せたくなかったんだ! と心の中で絶叫しつつ、ちょっぴり頬を染めて「悪かったな! 主人公っぽくなくて!」と怒鳴り返したのだった。













 イナバさんの冒険の始まりで大いに盛り上がった一行は、ハジメの羞恥もあって直ぐに五十階層へと転移してきた。


 開かれた状態の大きな扉と、その両サイドに人型の大きなくぼみがある。


 それを前に、ハジメは心配そうな表情をユエに向けた。


「大丈夫か、ユエ」

「……ん。問題ない」


 ここは、ユエが三百年もの間、囚われていた場所だ。その心中は常人には想像もできない。


 ハジメの懸念を察して、菫達も心配そうな目を向ける。


「ユエちゃん。辛いようなら、無理しなくていいのよ?」

「菫の言うとおりだ。ユエちゃん、なんなら最下層にある隠れ家というところに、もう行ってしまっても構わないよ」

「……ん?」


 気遣う菫と愁、そして同じく気遣いの目を向けてくる智一達に、しかし、ユエは「え? 何この空気……」みたいな困惑顔を見せる。が、直ぐに事情を察して苦笑い気味に口を開いた。


「……勘違いです、お義父さま。お義母さま」

「勘違い?」

「……ん。ハジメが心配そうなのは、私が封印されていた場所だからじゃありません。この先、私ってば大体真っ裸なので」

「「あ……」」


 恥ずかしそうに頬を染めて、もじもじしながらユエがそう言えば、菫達だけでなくその場の全員が「あっ」と声を漏らした。


 そう、ユエ様、この先大体、真っ裸に前が閉じないタイプのコート一枚という、実にけしからんお姿が続くのだ。戦闘なんてすれば、防御力が濡れたティッシュ以下のコートである。それはもう、盛大にチラリズム……否、普通にあれこれ見えちゃう大変なお格好なのである。


「そ、それは確かに、ハジメくんが心配するのも分かるね……」


 智一の、なんとも落ち着かない感じの言葉に、ユエはふるふると首を振った。


「……いえ、ハジメが心配しているのは、私じゃなくてお義父さまや皆さんの目です」

「……目?」

「……ん。『本当に対策はできてるのか? 場合によっちゃあ、容赦なく父さん達の目を潰すことになるが、大丈夫か、ユエ』という意味です」

「ハジメくぅん!?」


 自分の目が危機に瀕していたと知って、智一がバッとハジメの方へ振り返った。警戒したように鷲三と虎一もちょっと距離を取っている。


 家で、ラッキースケベ的なハプニング(主にユエ達の暴走が原因)で、いろいろ見そうになったとき、大体息子に目潰しか電撃で処理されている愁が、悟ったような目をしている。


 ハジメは、ちょっと怯えている智一に、如何にも心外だと言いたげな表情を見せた。それを見て、「流石に、ユエちゃんの冗談だよね」と、智一は安堵の息を吐こうとして……


「再生魔法があるので大丈夫です」

「ぜんっぜん大丈夫じゃない!」


 再生魔法は、いろんな意味で悪影響がありそうである。


 更に距離を取った鷲三と虎一を見つつ、ごほんっと咳払いしたハジメ。


「いや、ほんと大丈夫です。俺と出会ったときのことは、父さん達に是非見てもらいたいからって、ユエがきちんと対策を取ったらしいので」

「……ん。お任せあれ」


 自信たっぷりなユエ様。自分の裸が見られるかどうかがかかっている状況でのその態度に、なら大丈夫かと愁達は肩から力を抜いた。目潰しされるのも、妻達の怖い雰囲気がなんらかの物理を伴う事態になるのも、激しく勘弁である。


「……では、早速」


 ユエのフィンガースナップがぱちんっ。過去再生が始まる。


 過去のハジメが現れ、サイクロプスモドキ二体が壁のくぼみから出現する。それをドパンで片付けるハジメ。


「ちなみに、この魔物が再生していないのは、この封印部屋に関わる魔物だけルーツが異なるからです」


 ハジメの説明が、もう一体のサイクロプスモドキと過去のハジメが戦っている間になされる。


 つまり、大迷宮の魔物がオスカー・オルクスと仲間の解放者達が用意したものであるのに対し、サイクロプスモドキとサソリモドキは、ユエの叔父であるディンリードが創り出した魔物であって、再生はしないということだ。


 ディンリードは、生成魔法と変成魔法の使い手ではあったが、再生魔法も魂魄魔法も使えなかったので当然と言えば当然である。


「……ん! ここです! 皆さん注目! ここ! ここ!」


 説明を終えると同時に、何やらユエ様が大興奮。指をピッピッと伸ばして注目を促してくる。


 映像の中では、巨大な封印石に囚われたユエが、必死に「助けて」と掠れ声を上げていて……


――嫌です


 容赦なく扉を閉めようとするハジメさんの姿があった。


 全員の視線がハジメに向く。


 囚われの、美貌の少女が、必死に助けを求める姿を見て、めちゃくちゃ胡散臭そうでめちゃくちゃ鬱陶しそうなハジメ。


 知っているシア達でさえ、改めて「ないわ~」とか、「鬼だわ~」みたいな目を向けている。親達は言わずもがな。


 しかし、あっさり見捨てられた当のユエ様はというと、


「……んんっ、この躊躇いのなさ。私に極甘な今のハジメも良いですが、割と容赦ないこの頃のハジメも良いものです。くふっ」


 ちょっとうっとりしていた。もはや、というか、やはり、この人はハジメならなんでも良いらしい。


「ユ、ユエよ。その感じは妾のキャラではないかの? 取らないで欲しいのじゃが」

「ティオさん、そういう問題じゃないと思うんですけど」


 ティオの困ったような言動に、愛子がもっと困った表情でツッコミを入れる。


「私との出会いのときも、ハジメさん全く容赦なかったですけど……美化して語ることはあっても、私、思い出してうっとりしたりはしないですよ。ユエさんが上級者すぎます。流石、香織さんと意気投合するだけはありますね」

「シア!? どういう意味かな!? かな!?」

「そのままの意味でしょ。香織、あなた、ユエとじゃれ過ぎてハジメに拳骨落とされたときとか、ちょっとニヤニヤしてるじゃない。類友よね」

「……」


 雫の指摘に、香織は明後日の方向を向いた。否定しない娘に、智一は泣いた。


「……んっ。静粛に! 今から大事なシーンです! ハジメと私の、そう、わ・た・し・の! 始まりのシーンです!」

「強調しなくてもいいよ! ユエの馬鹿!」


 香織の怒声が木霊する封印部屋に、ユエの「裏切られただけ!」という悲痛な声が響く。


 その言葉に、細い線のようになっていた扉の隙間の光が、消える寸前で輝きを留める。


 ハジメが、天を仰ぐ。


 痛いほどの静寂が辺りを包んだ。


 裏切られて奈落の底へと落ちたハジメの心中は、このとき、いったいどのようなものだったのか。


 生きるために、余分なもの全てを削ぎ落として、人の道から外れても望みを叶えると心に誓った。


 なのに、その一言に、閉じるべき扉は止まり、ハジメの顔は苦虫を噛み潰したような表情になっていく。


 余計なことに関わるなと言い募る己の心に、しかし、体は従わない。


 気が付けば、扉を開いていた。


 まるで、己の心を確かめる時間稼ぎでもするかのように、ユエに事情を尋ねるハジメ。


 そして、そんなハジメを、ただひたすら見つめ続けるユエ。


 まるで、奇跡そのものを目撃した人のように。あるいは、ずっと待っていた誰かに、ようやく巡り会えた人のように。


 そうして、迸った。


 全てを切り捨てて、邪魔するものは排除して、ただ己のためだけに生きると誓ったはずのハジメが、ただ一人の女の子を救うために全力を注いだ。


 部屋に満ちる鮮烈な紅色。暗闇を払いのける紅いスパーク。


 どろりと溶けて崩れゆく、三百年の檻。


 そうして解放されたユエを見て、ハジメは……


「いや、こりゃねぇわ、ユエ」

「!?」


 実に引き攣った表情でツッコミを入れた。ユエ様、「そんな馬鹿な!?」と言いたげな驚愕顔。


「うん、これはないよ、ユエ」

「がっかりなの、ユエお姉ちゃん」

「!?」


 香織とミュウから呆れのツッコミ。ユエ様、「うそでしょ!?」と言いたげな引き攣り顔。


「ユエちゃん、もう少しなんとかならなかったのかい?」

「お義母さん、悲しいわ。ユエちゃんのセンス、手ずから磨いた方がいいのかしら」

「!?」


 愁と菫からも溜息交じりのツッコミ。ユエ様、「解せぬぅ」と言いたげな虚ろ顔。


 希望を信じて周囲を見回すが……味方は一人もいなかった。


 仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれない。


 なにせ、いくら自分の真っ裸を見られないためとはいえ……


――見せられないよ!


 という看板を持った自主規制君がユエの前に現れたのだから。


 シリアスで感動的な場面なのに、いろいろ台無しである。


「……し、しかしぃ、テレビだといつもこんな感じで!」

「主にバラエティだろ? ドラマの感動的なシーンでこれが出てきたら、間違いなく炎上するぞ」

「!? ふ、不覚……」


 時々抜けている吸血姫は、膝から崩れ落ちて四つん這いとなった。


 日本人の感性的に自主規制君は感動シーンを妨げないのだろうと思った結果なのだが、実は、ちょっとその感性はどうなのだろう……でも、郷に入りては郷に従えというし……んっ、大丈夫なはず! と考えたユエの完全なリサーチ不足である。


 日本にはまだちょんまげがいると思い込んでいる外国人的な勘違いだった。


「……せ、せっかくお義母さま達に、ハジメとの感動シーンを見て頂こうと思ったのに……」

「あ~、ユエ? これ幻術を過去映像に重ねた感じだよな? なら、適当な服装を重ねてやればいいんじゃないか?」

「……ぐすっ。そうする。お義母さま、お義父さま、ちょっと戻してもいいですか? TAKE2やってもいいですか?」


 生温かい南雲夫妻の表情が、何より雄弁にOKを出していた。


 TAKE2ッ!!


 とりまワンピースを着た状態に見えるユエと、魔力枯渇で荒い息を吐くハジメの姿が映像の中に映った。


 今のユエとは比べものにならないほど、感情の薄い表情。しかし、ハジメの手を取り、真っ直ぐな瞳で、


――ありがとう


 そう口にしたユエからは、溢れんばかりの想いが見えた。


「……まぁ、こんときだろうな」

「何がだ?」


 ハジメの呟きに、愁が尋ねる。視線の先では、ユエが、初めて〝ユエ〟となった瞬間が流れていて、誰もが感慨深そうに、あるいは温かい眼差しで見つめている。


 ハジメは、優しい表情で過去のユエを見つめて、それから今のユエへと視線を転じて口を開いた。


「ユエが、俺に〝ありがとう〟と言ってくれたとき、たぶん、俺はユエに繋ぎ止められたんだ。化け物の身に落ちても、外道には落ちないように、な」


 そう言って、ハジメは再び視線を過去の自分達に向ける。つられて全員がそこへ視線を向ければ、サソリモドキと相対するハジメとユエの姿があった。


 一線を画す凄まじい威容のサソリモドキ。


 ユエは、その怪物を前に、しかし、静かにハジメだけを見つめていた。


 それは、決して助けを乞うものではなかった。


 委ねる眼差しだった。


 ハジメが、どんな選択をしようとも受け入れるという、己の全てを委ねる意思の発露だった。


 裏切られ、奈落の底の暗闇に三百年。


 そんな少女の決断に、ハジメは犬歯を剝くような不敵な笑みを浮かべた。


「改めて思うよ。このときの決断がターニングポイントだったって。ユエとの未来を歩めるか否かってことじゃない。俺が、俺でいられるかってことの分岐点。裏切られて、こんなとこに閉じ込められていたくせに、俺に命を預けやがったユエに、むしろ、俺の方が救われたんだ」


 人の心を完全に失い、外道も辞さない獣に成り果てようとしていた。


 ユエを見捨てていれば、あるいは、ユエがなりふり構わず自分の助命だけを嘆願していれば、きっとハジメはその道を進み、そしてシアとも誰とも交わることなく、きっと今のように笑うこともなかっただろう。


「……ハジメ」


 手を絡めて寄り添うユエ。ハジメの手が優しく握り返し、とびっきり優しい眼差しが注がれる。


 過去のハジメとユエがサソリモドキと死闘を繰り広げる中、しかし、愁達の視線はハジメとユエに向けられていた。


 寄り添う二人が、あまりに自然で、あまりに絵になっていたから。


 まさに、出会うべくして出会った二人だったのだと、訳もなく確信してしまう。


 愁と菫が、ユエの前に立つ。


「ユエちゃん、息子と出会ってくれてありがとう」

「異世界の地で、ハジメがユエちゃんのような子と出会ってくれて、本当に良かったわ」

「……お義母さま、お義父さま」


 んぅと唸るような小さな音は、きっと涙を堪えるユエのもの。


 過去映像では、ちょうどサソリモドキを倒し終えて、ハジメとユエが笑い合う姿が映っている。


 香織がちょっぴりふくれて、けれど直ぐに「しょうがないなぁ」みたいな苦笑いを浮かべた。


 香織でさえ、そんな感じなのだ。他の者達の表情は柔らかく、そして、確かに理解したようだった。


 ハジメにとってユエが特別であること、ユエにとってハジメが特別であること。


 二人の間にあるものは、何者にも、そう、それこそ神様にだって手が出せない揺るぎのないものであるということを。


「香織、凄いわね。この二人の間に突撃したなんて、お母さん、改めて感心しちゃったわ」

「褒めてる……のかな? なんだか呆れてるようにも見えるんだけど……」


 薫子の言葉に、香織は微妙な表情。そして、智一は、まるで腹痛を堪えているような、形容し難い複雑な表情になった。


「ほんとにねぇ。愛子、あんたいつからそんな積極的になったのよ。しかも教え子なのに」

「ふぐぅっ!?」


 愛子先生。急所を貫かれたような、形容し難い表情になった。


「雫――」

「何も言わないで、お母さん!」

「よく割って入ったわね、雫。しかも、親友である香織ちゃんの好きな人なのに……異世界生活が娘を変えてしまったのね」

「ふぐぅっ!?」


 愛子先生の隣で、雫もまたヘヴィ級のボディブローを食らったかのような、形容し難い表情になった。


「しかし、それを言うならシアが一番すごいのぅ。一番手で突撃じゃろ? それも、当時まだ体の八割が鬼畜成分でできておったご主人様と、ご主人様至上主義者――否、ハジメ教の教祖と称しても過言ではないユエ相手に。マジ勇者じゃな」

「あ、あはは……我ながら、恐れ知らずだったなぁと思いますねぇ」


 そんなふうにシア達が笑っていると、ハジメから離れたユエが愁と菫の手を取った。


「……ん! 次、こっちです! お義父さま、お義母さま、こっちです! さぁ!」

「おっと! 分かった分かった。ユエちゃん、ちゃんとついていくから、そんなに引っ張らなくていいよ」

「ふふっ、ユエちゃんったらはしゃいじゃって……」


 ぐいぐいっと二人を引っ張るユエは、傍から見てもはしゃいでいる様子だ。頬は紅潮し、瞳はキラキラ。まるで遊園地で乗り物目指して親の手を引く子供のようである。


 よほど、愁と菫にハジメとの大切な思い出を知ってもらうのが嬉しいらしい。


 その子供っぽい姿には大いにギャップ萌えを刺激されたようで、ハジメを筆頭に全員がほっこりしている。いつもなら即座に揶揄するはずの香織ですらそうなのだから、お子様なユエの破壊力は中々に強烈なようだ。


 そんなユエが引っ張っていったのは、同じ階層の横穴だった。


「……ん。こちら、サソリモドキとの戦いを終えた私とハジメが、初めてゆっくり語り合った場所です」


 フィンガースナップをぱちんっ。過去再生が始まる。


 二人の語らい。やがて、ユエが最も見せたかった場面が訪れる。


――帰るの?

――元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……いろいろ変わっちまったけど、故郷に……家に帰りたい


 愁の手がハジメの頭をわしゃわしゃと撫で、菫の手がそっと肩に置かれた。ハジメは少し照れたのか、あえて反応せず視線を映像に固定した。


 その視線の先で、ユエが表情に影を落とす。


――私にはもう、帰る場所……ない


 過去のユエと異なり、現実のユエの表情はとっびきり甘く、そして温かさに溢れていた。


 次の言葉が、ユエにとって何物にも代えがたい宝物であることが、誰の目にもよく分かった。


――なんなら、ユエも来るか?


 自分の故郷に共に来るかというハジメの言葉。


 驚愕を隠せず、しかし、隠しようのない期待と少しの不安と共に「いいの?」と尋ねるユエ。


 そうしてハジメが頷けば……


「惚れたな」

「惚れたわね」

「……」


 父と母の言葉に、ハジメは今度こそ全力で視線を逸らした。少し赤くなりながら。ニヤニヤ顔の両親が非常にうざったいと思いながら。


 とはいえ、ハジメの反応も仕方ない。それくらい、〝約束〟をしたユエの花咲くような笑顔は魅力的だったのだ。


 香織が「ここかぁ~、ここでハジメくんがぁ~」と投げやり気味な声を漏らし、ティオやシアが「なるほどのぅ」「無理もないですねぇ」と納得し、「……あなた?」「ち、違うんだ薫子! 別に見惚れてなんて――ひっ!?」と白崎夫妻がコントをしたりするくらいに。


「い、一応、言っておくが、このときはまだあれだぞ? そこまで惚れたりしてないからな? 生死のかかったサバイバル中なんだ。恋愛感情に(うつつ)を抜かしてる暇なんて――」

「分かった分かった。つまり、惚れたけど、いろいろ必死すぎて〝自覚はなかった〟ということだろう?」

「そうね、自覚がないだけね。それにしても、ハジメがユエちゃんに惚れた要因が〝ニコポ〟だったとはねぇ~。あの笑顔だから無理もないと言えばそうなんだけど……」


 愁&菫、これ以上ないほどのニヤニヤ顔で、表情が引き攣っているハジメに声を揃えて言った。


「「ハジメさん、マジちょろイン!!」」

「やかましいわ!」


 男で、奈落の化け物で、魔王なんて呼ばれているのに、ニコッとされてポッしちゃうちょろちょろのヒロイン……


 断じて認めるわけにはいかないと反論するハジメに、すすっと寄り添ったユエがニコッ。


 ハジメさん、風船がしぼむように大人しくなる。


 全員が思った。


 マジちょろい!! と。


「……ふふ」

「ぬぐっ」


 楽しそうなユエに、ハジメは唸り声を上げた。そして、俺を手玉に取ろうとは良い度胸……いや、実際に手玉に取られてるけど、それはそれとして! このまま引き下がれるか!


 と、気恥ずかしさから若干暴走。


 クリスタルキーを取り出し、どこかに空間を繋げると、


「ちょっと寄り道しよう。是非、見てもらいたいものがある」


 そう言って、全員をゲートの奥へと誘った。


 やって来たのは格別薄暗い洞窟だった。ウルド・グラスで過去の時間軸と場所を確認したハジメは、何故か香織に耳打ちして過去再生を促す。


 困惑しつつ、香織が言われた通り過去再生をしてみれば……


「ユエ、だよね?」

「……ん。私だけど……ッ!?」


 洞窟の中を、きちんとした服装のユエがキョロキョロしながら一人で歩いている。


 何故、こんな場面を……というか、何故、ユエが一人なのか……


 という皆の疑問を香織が代表して口にしようとして、しかし、その言葉は、突如、何かに気が付いてバッとハジメを振り返ったユエによって遮られた。


「……ハ、ハジメ?」

「ん? どうしたユエ、そんなに動揺して。俺はただ、ユエの可愛いところを皆に見て欲しかっただけだぞ?」

「……さっきの腹いせ!? 大人げない!」

「なんのことか分からんなぁ」


 はっはっはっと笑うハジメに、ユエは「もうっ」と少し怒った目を向けつつ――香織を強襲した。


「ちょっ、ユエ!?」

「……断固、阻止!」

「シア!」

「合点承知!」


 飛びかかってくるユエに動揺する香織。覇気すら伴った命令を下すハジメ。条件反射のように思わず動いちゃうシア。


 残像すら残さず立ちはだかったシアの胸元に、ユエは顔面から突っ込み、そのまま胸の谷間と両腕で拘束されてしまった。


 フガ!? フガフガ! としか聞こえないが、きっと「シア!? 私とハジメ、どっちの味方なの!?」と言っている……ような気がする。


 そうこうしている間にも映像は流れる。同時に、ハジメの解説が入った。


「これは最下層を攻略して、隠れ家を拠点に訓練していたときの映像です。気配遮断の訓練で、ユエとかくれんぼをしていたんです。ユエが鬼役ですね。吸血鬼だけに」


 誰が上手いこと言えと……というツッコミの視線が注がれるが、ハジメさんは気にしない。


「ご覧ください。俺を見つけられなくて、だんだん不安になってきたユエの姿です」


 フガ~ッと、シアの胸元からくぐもった声が響いてきたが、この場面はシアも知らなかったので、「ユエさん、ごめんなさい! でも、私、興味あります!」と好奇心から拘束を強める。


――ハ、ハジメ~? い、一度、休憩にしよう? 出てきて~


 見つからなくて、洞窟内をとぼとぼと歩きながら声を上げるユエちゃん。


 しかし、訓練に関して、この頃のハジメはめちゃくちゃストイックだ。何事も限界を超えるまでやる人である。


――ど、どうして返事してくれないの? ハジメ~


 眉が情けない感じで八の字に垂れ下がり、小さな手は胸元に寄せられていて、おどおど、びくびくと歩くユエちゃんの姿は、今の自信満々なユエ様とはほど遠い。


 まるで迷子の子供……


 親達がこぞって思わず前に踏み出しちゃうくらい、やばいほどの保護欲をそそる姿。町中だったら大きなお友達か、自称紳士達に颯爽と保護されちゃうこと請け合いである。守護らねば!


 そんなユエちゃんの声が聞こえているはずなのに、それでも出てこないハジメさん。


 何事も、限界を超えるまで!


 そうして、ユエちゃんが限界を超えてしまった。


――ハジメぇ~、どこぉ~、うわぁあああんっ


 泣きべそも束の間、目元をゴシゴシしながら普通に泣き始めるユエちゃん!


 流石に、これには耐えられなかったらしいハジメが慌てて飛び出して来る。


 そんな映像を尻目に、全員の視線がシアの胸元へ。


 拘束を解かれたユエは、両手で顔を覆っている。如何にも、穴があったら入りたい! みたいな感じだ。耳から首まで真っ赤である。


 そこへ、


「ユエお姉ちゃん、可愛いの!」


 ミュウ的に、本気半分慰め半分の言葉だったのだが、


「……いっそ殺してください」


 不死身なので死ねないユエ様は、膝を抱えて小さくなってしまった!


 実に珍しい姿だった。


「ハジメ。お前、大人げないなぁ。グッジョブ!」

「まったく、ユエちゃんの泣き顔を見て喜ぶなんて、とんだドSね。そんな息子に育てた覚えはないわよ、GJ!」


 ふっと笑うこの親にしてこの息子ありなハジメ。そして、「うぅ、お義父さまとお義母さまのあほぅ! あと、そこでニヤニヤしてる香織、絶対にしばき倒す」と憤りをあらわにするユエ。


 香織が「なんで私だけ!?」と声を張り上げるのをサラッと無視して、ユエは復讐心に燃える瞳でゲートを展開した。


「……皆さん、こっちです」


 有無を言わせぬ迫力に、ハジメが「やべ、やりすぎたかも」と冷や汗を流す中、やって来たのは、どこかの洞窟だった。


 途端、洞窟の奥から緑の玉が散弾のように飛んでくる。


「……ん、雷龍ぅ」


 ゴァアアアッと落雷の咆哮を上げた雷龍が、緑玉をまとめて消滅させながら洞窟の奥へ。


 一拍。


 奥から「ぎゃぁああああああっ!?」という悲鳴が聞こえたかと思うと、直ぐに静かになった。……悪は去ったのだ。登場もさせてもらえずに。


 ユエは何事もなかったかのように過去再生を開始。


 頭に花を咲かせ操られるユエと、歯がみするハジメが映り、そしてエセアルラウネが登場。ユエが人質にされているという今ではあり得ない光景が目に飛び込んでくる。


――ハジメ! 私はいいから……撃って!


 悲劇のヒロインよろしく。緊迫した状況と、ユエの自己犠牲に、誰もが息を呑む。


 さっきまでのコメディチックな映像はどこにいったんだ、シリアスがいきなりすぎる! と言いたげな愁達。


 が、シリアスさんはやっぱり休業中だった。


――え、いいのか? 助かるわ


 ドパンッ♪ と、かる~い言動の後に、実にかる~い感じで引き金が引かれた。


 ユエの頭頂部が弾け、粉砕された花が舞う。


 映像の中で、ユエが「え?」となった。エセアルラウネさんも「え?」となった。


 ついでに、愁達も「え?」となった。


「……んっ。皆さん、見ましたか! 見ましたか!? ハジメ、撃ちました! ためらいなく私を撃ちました! 見てください! 私の頭皮、削れてます! ジョインッていう音は、頭皮が削れる音です! まさに鬼畜! 外道です! 超ドSです!」


 確かに! と全員が頷く。


 どうやらユエは、ハジメへの報復に〝ユエ様の頭皮ジョイン事件〟を持ち出して、ハジメ鬼畜説により自分の恥ずかしい過去の記憶を上塗りしようと企てたらしい。


「ハジメ、お前、なんてことを……」

「物語的に言うなら、ユエちゃんはヒロインよ? ヒロインの頭皮を削る主人公なんて聞いたことないわよ」

「ハジメくん、君、まさか香織にも同じようなことしてないだろうね?」


 愁、菫、智一からドン引きの視線がハジメに突き刺さる。更には薫子や昭子、霧乃からも「流石に、ユエちゃんがかわいそうだわ」的な視線が突き刺さった。


 鷲三と虎一ならば、人質を取られたときの対応として認めてくれるのでは? と一縷の望みをかけて視線を送ってみるが、


「ま、まぁ、なんだ。良い腕だな」

「花を撃ち抜くためとはいえ、頭部を狙うとは……流石に驚いたがな」


 虎一、鷲三共に、やっぱり引いていらっしゃる。そんな馬鹿な! と訴えたいハジメ。あんたら非常識枠でしょ!? ここは「うむ、見事!」とかいう場面でしょ!? と。


「こ、この頃のハジメくん、本当に容赦なかったんだね……」

「か、香織、お前まで……」

「見よ、あの『助かるわ』と言って引き金を引いたときのご主人様の目! あれを鬼畜の目と言わずしてなんと――」

「ティオ、お前は黙れ」

「パパ……」

「や、やめてくれ、ミュウ! パパをそんなどうしようもない人を見るような目で見ないでくれ!」


 ミュウの眼差しが、一番きつかったらしいハジメパパは、何故かドヤ顔しているユエにキッと鋭い視線を投げつけた。


「ユエ、お前、まだ根に持ってんのかよ。心狭すぎだろ」

「……んんっ!? なんたる言い草。ハジメが鬼畜なのは事実なのに」

「昔のことだろ。大体、ちょっと頭皮が削れたくらいで大げさなんだよ」

「……そういう問題じゃない。撃ったこと自体が問題」

「撃っていいって言ったろ」

「……女心が分からなさすぎ」

「女心に配慮したから戦闘中に躊躇すら見せたんだろ。というか、本当なら花を狙い撃たずに顔面ぶち抜く案もあったのに、頑張って頭皮削る程度に収めたんだぞ?」

「!? ……は、初耳なんですけど。ハジメ、私の顔面を撃つ気だったの!?」

「手っ取り早いだろ? どうせ再生するなら、いいかな? って思って」

「……いいわけない! ハジメのあほぅ! 鬼畜外道!」

「わっ、なんだよ! って、あぶねぇ! 神罰之焔はやめろ! しゃれになんねぇ!」


 過去の映像を、香織が引き継いでリピート再生。


 操られたユエとハジメが戦闘する映像に重なるようにして、現実のユエとハジメが激しい応酬を繰り広げる。


 香織は部屋の隅に皆を誘導すると強力な結界を発動して、にこやかな笑顔で言った。


「ごほんっ。ええ~、ただいまユエVSハジメくんという激レアなイベントが発生しています。どうぞ、最後までゆるりとご鑑賞ください」

「香織……あなたねぇ」


 雫の呆れ顔もなんのその。


 ユエとハジメの喧嘩など、確かに、もしかして初めてなんじゃないかと思うくらい激レアである。


 香織でなくても、思わず見入ってしまうのは仕方ないこと。実際、シアもティオも、そして愛子も、「おぉ~」と目を丸くして見入っている。


「か、香織、止めなくて大丈夫なのかい? なんだかユエちゃんが大人になって、輪後光みたいなものまで背負い始めたんだけど。ハジメくんも、なんだか真紅の光を竜巻みたいに噴き上げているんだけど」


 智一が、引き攣り顔で娘に尋ねる。が、当の香織は、


「大丈夫、大丈夫。どうせ最後にはイチャイチャするんだから。……チッ」

「香織!? 今、舌打ちしなかったかい!? お父さん、香織をそんな子に育てた覚えはないよ!?」


 白崎父娘はさておき、


「……ハジメのあほぅ! 最近、二人っきりの時間が少ない! もっと甘えさせろぉ」

「それは悪かったな! この甘えたがりが! トータス旅行が終わったら、今度は二人旅行計画してやるから大人しくしやがれ!」


 ハジメとユエの喧嘩……喧嘩(?)はますます激しさを増していく。論点は完全にずれているのだが、果たして二人は気が付いているのか。


「チッ」

「香織!?」


 その後、ただのじゃれ合いにしか見えなくなってきた辺りで、香織が強制介入。


 全員から生温かい視線を注がれたハジメとユエは揃って身を小さくしつつ、誤魔化すように次の案内へと促したのだった。


 その間、香織の舌打ちが量産されたのは言うまでもない。


 そしてこの先、香織の舌打ちが量産されるのも言うまでもないことだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


書いているうちに書きたいことが意外にも増えていって、

結果、この有様です。オルクス編、もう少しだけ続きます(汗


ガルドにて、以下のコミック最新話が更新されています。

・零 6話 

 ⇒マナーが人を作るんだ、とオスカーに言わせたいところですw あと、良い笑顔でした。

・日常 24話

 ⇒遠藤くん、久しぶり! いたの?w

オーバーラップ様のHPより無料配信しています。是非、見に行ってみてください。

よろしくお願いします。




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― 新着の感想 ―
まだたまユエのターンが続く……
チッ、チッ、チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ これくらい?
[一言] 「トータス旅行が終わったら、今度は二人旅行計画してやるから大人しくしやがれ!」 ハジメとユエの二人旅行! 是非見たいです!
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